カラカスでのある日本人の災難
■南米ベネズエラのギアナ高地の密林に鎮座するエンジェルフォールの雄姿。

 1998年12月30日、エンジェルフォールの観光を終えた私は、午後1時出発のカラカス行きに乗るために、カナイマ空港で時間を持て余していた。
 私が参加したティウナツアーのガイドたちは、揃いの黒いTシャツを着ていて、私はそれを土産にしようと思って、空港内のスタッフに尋ねた。
 もし非売品であったとしても、頼み込めばどうにかなるだろうと思った。それを日本で着てジョギングでもすれば、楽しかった思い出がよみがえってくるだろうと感じた。
 私がスタッフと話している時に、丁度その会社の社長が現れた。Tシャツの件を社長に話すと、社長は社員に持ってくるように命じた。その後、私に耳打ちしてそっと手渡してくれ、私はただで手に入れた。
 機内での座席の指定はなく、一人旅の日本人の隣の席が空いていたので、そこに座った。彼は浜松在住の六十五歳ぐらいのSさんで、カラカスで強盗に遭った話をした。
 それによると、27日午後6時ころ、市内観光を終えてヒルトンホテルに戻ろうとしていた矢先に起きた。ホテル手前三百メートルぐらいのところで、二十歳ぐらいの5人の少年がベンチに腰かけていて、Sさんが通り過ぎようとした時に、何か声をかけられたという。
 Sさんは無視して立ち去ると、5人の少年が走り寄ってきて取り囲み、羽交い締めにされ、腰に吊るしたポーチを盗んでいったそうだ。そのなかにはパスポートと小銭が入っていた。
 今までに彼は多くの海外旅行をしたが、強盗の被害に遭ったことはなく、南米は初めてだそうだ。いつもなら彼はビデオを持参していたが、もしもと思って、その時はホテルの部屋に置いていたという。
 私は93年、ペルーのクスコ駅を出てホテルに向かう途中、3人組の強盗に襲われ、羽交い締めにされて気絶し、気がついた時にはすべて盗まれていたことがあった。
 私にはSさんの彼の気持ちが痛いほどわかり、どのような慰めも彼の痛手を癒すことが出来ないと思い、言うべき言葉が見つからなかった。
 彼はベネズエラ観光後、アルゼンチンのイグアスの滝へ回る旅行スケジュールをキャンセルし、とりあえずエンジェルフォールを訪ねたそうだ。
 Sさんが泊まったホテルは最高級の宿泊施設なので、日本人スタッフが常駐していて、大使館への連絡や事後処理をすべて行ってくれ、「いいホテルに泊まることは、事故が起きた時の保険だ」と、私に説明した。
 私が空港からカラカス市内に向かう乗り合いバスで、隣に座った若い女性は「昼間でも観光客を狙う強盗が多発しているので気をつけて」と、注意してくれた。
外務省発表の1998年の資料によると、海外で事故などで亡くなった人は480人、被害に遭った総件数は19898件。
 強盗に遭ったとしても届けなかったりする場合もあって、実際の被害件数はもっと多いのではないかと思う。また、本人が言わない限り、被害状況の実態は掴みにくい。
 休暇中のトリニダードトバゴ大使館に勤務する清水さんご夫妻とも同じ飛行機だった。エンジェルフォールが眺められる展望台で一緒になり、写真をお互いに撮り合った。カナイマの空港で話をして、大使館員であるということがわかった。私は商社マンではないかと思っていたので、大使館員だと聞いて驚いた。
 私はカラカスからコロンビアのボゴタに向かった。ポゴタは南米で一番に治安が悪いという話は聞いていて、私は今まで旅行を控えていた。外務省の海外危険情報では観光旅行延期勧告が出ていた。
 空港で別れる時に、コロンビアでの不測の事態を考慮して、私は清水さんに私の名刺を渡しておいた。

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