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2000年8月22日午後9時ごろ、パキスタン人のラソールさんが、アフガニスタンに近いペシャワールの宿屋に自家用車で私を迎えに来た。
今回の旅行にたった8月11日、成田空港の待合室で彼に話しかけて知り合い、自宅訪問が実現したのだ。
彼は歯科医で三十四歳。四ヶ月ほど日本各地で研修したあとの帰国であった。飛行場で知り合っただけの招待だったので、その時は半信半疑であった。
空港内のパキスタン航空の窓口で働いていた人に尋ねてみると、パキスタンではお客さんを家に呼ぶ習慣があり、特に日本人は人気があるので心配はないと、言ってくれた。
今までの旅行で飛行機の中で隣り合わせた人の家に呼ばれたりしたことはあったが、空港での出会いは初めてで、時間が取れたら出かけようと、その時は思った。
成田では背広姿であった彼は、上着が膝下まで延びて、自動車修理工が着ている白いつなぎ服のような民族衣装であったので、顔を会わせた時は戸惑ってしまった。
帰宅途中に、何カ所かでコーラや果物を買っていた。私のためにそれらの買い物をしているのかと思った。
市内の幹線道路から郊外に出て、長土塀が続く路地に沿って走った。入り口の大きな鋼鉄製の扉が開けられて、中に入ってとまった。
車から出ると、男だけの十人以上の家族が出迎えてくれ、ひとりひとりと握手をして、中庭に面したゲストルームに通された。
そこは日本の応接間のような感じの広い部屋で、クーラーが利いている。その日まで各地を旅行していて非常に暑かったので、嘘のような別世界であった。
全員が思い思いにソファに腰かけたり、床に横になったりしてくつろいでいた。毎晩この部屋には友だちが訪れて、一日の労働のあとの語らいが彼の息抜きになっているそうだ。
しばらくすると、部屋の真ん中の床にビニールの敷物が用意され、食事が運ばれてきた。先ほどのコーラもなく、私は別室に案内されるものと思っていたので拍子抜けした。
男の家族が見つめる中で、私と彼はあぐらをかいて食卓を囲んだ。鶏肉の手羽先を唐辛子で煮込んだ料理がおいしかったが、パキスタンではよく唐辛子を使うそうだ。
男だけなので彼に尋ねると、女性の来客はプライベートな家族の住宅に案内することになっており、もてなし方が違っていると説明した。
イスラムの国では、乗り合いバスに乗っても、女性と同席することはない。自分の夫と並ぶか、女性同士であった。町なかでは、女性は鞍馬天狗のような格好で顔を隠している。
町の食堂に行っても、二階が女性専用であったり、働いているのも男性だけだったり、買い物をしているのも男性であった。
帰国時にパキスタンの空港で話しかけた日本女性の話だと、女性は結婚をすると家に閉じこもってしまうので太っていて、ダイエットが関心事だそうだ。
ご馳走になって私は辞去した。帰りぎわに住宅を見せてもらった。ゲストルームの裏側に回ったが、テレビで見る大統領官邸のような大邸宅だった。
親戚同士が同じ敷地に一緒に生活しているようだった。そのために現在の日本と違って、親戚や家族の絆がとても固いと思った。
自家用車を持っていたり、大邸宅に住んでいたりという生活は、歯科医だからできるのだろう。
奥さんを紹介してもらえるものと最後まで期待していたが、会えず、欲求不満だけが残った。
宗教が異なれば来客の処遇の仕方も千差万別であり、私にはイスラム的な習慣は理解しがたく、耐えられない。今回はそのような、貴重な体験をした。
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