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1996年5月2日の午前8時ごろ、私はヴァーラーナスィー行きの列車の切符を買うために、ブバネーシュワル駅に出かけた。
遠距離の切符売り場は別棟にあった。入り口のガラスの扉を開けると、クーラーの利いた室内は大勢の購入客で蒸し返っていた。私は真っ先に外国人専用窓口を探した。ボンベイではその窓口ですぐに買えたので。
しかし全体を見回しても、この駅には専用窓口はなかった。私は幾重にも数珠つなぎになった行列の最後尾に並ぶ。正確な人数はわからないが、私の前には300人ぐらいはいるかもしれない。切符を買った後、世界遺産に指定されているブバネーシュワルの旧市街を見学しようと思っていたが、時間がかかりそうなので諦めた。
並んでいるのは男性が大部分だった。食堂や切符売り場で応対してくれる人も、ほとんどが男性で、ヒンドゥー教のインドはイスラム教の国々と似ていると思った。
インドでは、女性は男性の背後に控え、女性が列に並ぶことはないそうだ。
マドラスの空港から電車で市内に向かった時のことだ。私が行く先を尋ねた女性も私と同じ車両に乗った。すると彼女は、周囲の客に咎められて、そそくさと「女性専用車」と書かれた車両に移動した。
空港の税関にも、一般客の入り口のそばに「女性専用入り口」が幅を利かしていた。イギリス植民地時代の名残なのかもしれないが、女性は優遇されていると、強く感じた。
2時間が過ぎた。一列だった行列が、窓口の近くで二列に分かれて、時おり大きな怒号が発せられる。あちらこちらで、列に割り込む人に対して罵声が飛び交う。とにかく、インド人の規律を守らない習性、騒々しさに呆れかえった。
私の前に細面でこざっぱりした身なりの大学生が並んでいた。私も手持ちぶたさなので、インドの印象や日本の物価について話した。卒業したら、日本で働きたい」と彼は言った。友達を見つけると、彼と私の切符を頼んで割り込ませ、私たちは列を離れた。
ホールの隅のベンチに腰かけて、しばらくすると、彼は「外へお茶を飲みに行こう」と言った。一瞬、私は後で彼の友達から、並んだ代償としてチップを要求されるのではと思って彼の誘いを断り、自分の列に戻った。
2年前、モロッコ旅行でこんなことがあった。バスの切符を買うと、窓口の従業員が乗り場まで案内してくれた。私は親切心だと思っていたら、強引に私にチップを要求した。私はケチな性分なので、腹の中が煮えくり返った。その時に、海外では無償の行為はありえないと悟った。
正午ごろに、待望の窓口に近づいた。ガラス越しに郵便ポストの入り口ぐらいの穴が開いている。その穴からひんやりとした風が流れてくる。職員は特権階級らしく快適な環境で、テキパキと仕事をしていた。
その穴にはすでに切符を買うために、3人の腕が差し込まれていたが、私も彼らに負けずに腕を差し入れた。職員の近くに届いている書類から処理していた。私は腕がガラスに当たって痛いのを我慢して、テーブルに身を乗り出して頑張った。
この窓口では整理券が配られた。そして、それに指示された行き先別の窓口で、順番を待った。1時間ぐらいして呼ばれた。職員は私の希望する列車番号が記入された書類を見て「運転していない」と言った。
その後、航空会社の事務所に行き、日本人に会った。彼の列車時刻表で運転日を教えてもらって、午後4時ごろに再び窓口に出向き、ようやく購入できた。
後で聞いた話だが、この駅近くのプーリー駅には専用窓口があり、簡単に買えたと言う。私にはインド人の国民性が垣間見えたが、疲労困ぱいの一日であった。
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