パラグアイの思い出
■パラグアイのアスンシオンで名産品のニャンドウティを売っているエレナ一家。パラグアイは観光客も少なく、のんびりするには最高だと思う。

 南米の地図を見ると、パラグァイ、ウルグァイという紛らわしい国名がある。
 今までに何度かパラグァイを旅行しようと思ったが、インカ遺跡があるわけでもなく、内陸にあるために行きづらかった。
 1998年1月5日、ブラジル旅行からの帰途、パラグァイの首都アスンシオンの空港に着いた。百花繚乱の5月ごろがベストシーズンであると聞いていたのだが、あまりの暑さに閉口する。
 町の中を歩き回って、美人が多いと感じた。かつて旅行した中南米のコスタリカ、チリでもそのような体験をしたが、それらを凌ぐのではと思った。
 白人と先住民族の混血のメスティソが、この国は大部分である。ブラジル人の血が入っているのが原因で、美人が多いらしい。
 この国の名産品にニャンドゥティがある。クモの巣のようなレース編みで、テーブルクロスにして売られていた。町の郊外にあるその生産地、イタグァ村を訪ねた。
 長距離バスターミナルに行ったが行き先表示の掲示がなく、観光客には不親切だった。乗り合いバスの乗車ホームの番号を案内所で尋ねた。
 幹線道路を1時間ぐらい走ると、客を呼び寄せるために、大きなレース編みを道に面して飾り付けてある店が多くなった。
 私はバスから降りると、その近くのとある店に入った。小太りの四十歳ぐらいの女店主が出てきて応対した。
 お目当ての品物を出してもらって、代金を支払う。町で尋ねた金額よりも、三割ぐらい安く、わざわざ訪ねた甲斐はあった。
 そこで水牛の角の部分を輪切りにした容器も買った。その中にマテ茶を入れ、熱湯や水を注ぎ、金属の先端に茶こしのついたストローで飲むものだ。
 宿屋でアルゼンチンからの旅行者が、水牛の角の容器で飲んでいた時に私が興味を示すと、飲ませてくれた。それで私も道具を買ったわけだ。
 町の中でも茶道具一式と冷水入りのポットを持参している人が多かった。パラグァイの最もポピュラーな飲み物のようであった。
 私がそこで買った道具で飲みたい素ぶりをすると、女店主は、普段使っていた冷水入りガラス容器と茶道具を店の奥から準備して、ご馳走した。
 最初に彼女は半分ぐらいのお茶を容器に入れて、冷水を注いで練ったあと、容器一杯に冷水を加えた。
 その後それを3回ほど吸って地面に吐き出した。初めはとても苦いのでそうするらしい。そうして容器を私に手渡した。
 この冷水を入れたものをテレレという。私は自分で冷水を注ぎ足たしながら、飲んだ。飲むほどに噴き出る汗は小休止した。ボリビアで噛んだコカの葉のような味であった。
 とにかく飲み始めると癖になり、彼女と話をしながら、ストローを吸う手が止まらなくなった。1時間ぐらい私はずうずうしく店先を占拠した。
 彼女の仕事は不規則なので、そのために食事の回数も多くなって、太ってしまったようだ。離婚して2人の子供と生活していた。
 店先で家族の写真を撮って、アスンシオン行きの乗り合いバスに飛び乗った。私は店にいる時に、彼女の名前を聞き忘れたので、走るバスの中から店の看板を確認した。「エレナ」と書いてあった。
 パラグァイを去る日、市場の近くで頭を刈った。その時に、テレレのお茶っ葉も買った。市場の屋台で炭火焼きの牛肉の串刺しを食べた。塩を振りかけただけであったが、おいしかった。
 この国は観光客も少なく、のんびりするには最高だ。私は暑くなって、日本に持ちかえった道具で、テレレを飲むのを今から楽しみにしている。

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