アフリカで頭を刈った
■アフリカ大陸の最南端と信じられていた喜望峰。実際の最南端は東南東に150キロ行ったアグレス岬。ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見を記念して、ポルトガル国王マヌエル1世が16世紀初頭、ポルトガルに希望を与えるという意味で命名した。

 1996年8月21日の昼下がり、南アフリカのケープタウンの観光案内所で、私はルーカスを待っていた。
 彼は宿屋の従業員で、隣国ナミビア出身の黒人の若者だ。髪が伸びたので、彼に行き付けの床屋を教えてくれと頼むと、彼は待ち合わせ場所と時間を約束した。
 帰国前日の旅行地で、私は頭を刈るようにしている。海外旅行の初めのころは、調髪して小奇麗な格好で、海外へ出かけた。このごろは後進国へ行くことが多くなって、頭は刈らずに普段着で、外国へ旅立つ。
 私の旅行スタイルは、安宿に泊まり、乗り合いバスを利用しながら現地の人との触れ合いを求めるのが目的なので、目立った格好はマイナスである。治安の面でも、普段着ならば強盗の餌食になる確率は減ってくると、経験を通じてわかった。
 私は2時間待ったが、ルーカスは現れなかった。宿屋に電話を入れると、彼は忘れていたようで、すぐにやって来て、床屋に案内した。
 その店は、人通りの多いケープタウン中央駅構内のガラス張りの建物で、客は黒人だけのようだった。彼は私の髪型を従業員に頼むと、宿屋に戻って行った。
 その髪型は頭部側面を円筒のように刈り上げて、上部は短めの状態だ。一瞬私は躊躇したが、まな板に上がった鯉の心境になった。
 鏡の前の椅子に私は腰かけた。野球帽をかぶったジャンパー姿の黒人の従業員は、私の身体を黒いビニールで包み、電気バリカンを無造作に取り出して、後部から始めた。途中で刃先を交換、頭部の周囲を何回かバリカンが走った。
 2年前に旅行したモロッコの床屋は、バリカンを使わないで、ハサミだけで丁寧に刈ってくれた。白衣を着た職人の手仕事は芸術的で、フランス植民地時代の名残かと思った。その時と比べると荒々しく、無頓着な仕草で、まさにアフリカ的であった。
 髪型は自己主張の手段だと、モロッコで私は悟り、帰国後、40年間通い続けた床屋を変更した。小学校時代の同級生の父親がやっていて、懐かしい話に花が咲くこともあった店だったが。
 馴染みの店では髪型には注文をつけず、店主のなすがままに刈ってもらい、長年が過ぎた。ある時、店主が手を震わせながら顔面を剃り、怖くなった。店主の衰えを感じたことも原因であった。
 現在、私は自由が丘駅南口にある「オシャレサロン ミナミ」に通っている。若い女性従業員が客の望みの髪型を聞くと、無駄口を話さず、テキパキと刈ってくれるので、気に入っている。
 私の行き付けの店は、マッサージに時間を費やす。従業員がマッサージの効き具合を尋ねると、心の中では申し訳ないと思いながら「効いていない」と私が正直に言うと、従業員はむきになって渾身の力を出す。
 日本の床屋は散髪、剃髪、洗髪、マッサージとやって、四千円。海外の場合は散髪のみであるが、日本の二十分の一ぐらいですんでしまう。日本の男性の散髪代金はとても割高だと思う。
 15分後、ケープタウンで私は見事なアフリカンスタイルに変身した。その時、気持ちはアフリカ人になりきり、カメラを取り出し、刈りあがった頭を写真に撮ってもらった。二百五十円を支払って店を出た。
 海外で床屋を利用するのには勇気がいると思う。短期間の旅行では時間が惜しいかもしれない。しかし、ひとたび利用すれば、他人の座敷に転がりこんだようで、その国が間近に見えてくる。
 現地で床屋を利用し、庶民に近づく海外旅行を、今後も続けて行きたい。アフリカの黒人女性たちも、自分の髪型にこだわっていた。

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