太宰治記念館(天下茶屋)  

2009年10月18日

今年は、作家・太宰治の生誕100年である。

天下茶屋
太宰治記念館の登り口

御坂山から黒岳を往復した時に天下茶屋から歩き、下山してから天下茶屋に寄った。

前日に、太宰治の原作である映画「ヴィヨンの妻」を見たので、太宰治の記念館が2階にある

天下茶屋にも行ってみたくなったのである。天下茶屋は食事をする人で賑わっていた。

天下茶屋の2階の部屋で、富士山のきれいに見える素敵な場所で、太宰は執筆活動をしたのかと思った。

滞在した部屋
太宰治と石原美知子との結婚式

太宰治が当時、滞在した部屋を復元し、使用した「机」や「火鉢」などが置いてある。

ここに滞在中に、井伏鱒二を介して、石原美知子と見合いし、婚約している。

太宰治と石原美知子との結婚式は、昭和14年1月、杉並の井伏鱒二家で行われた。

昭和16年には太田静子と会っている。代表作『斜陽』は太田静子の日記から生み出された。

作家でもあり、娘の太田治子は、死にたいという衝動に駆りたてられていった原因の一つに

自らの戦争責任への耐え難い罪悪感もあったのではないかと言われている。

昭和23年、太宰は39歳で、山崎富栄と玉川上水で入水自殺をし、波乱の人生に幕を閉じる。

記念館の展示
太宰治が愛用した徳利と杯

太宰治と松本成長の記事

太宰治と松本清張は同じ年に生まれている。したがって、二人とも今年生誕100年になる。

「富士には月見草がよく似合ふ」

太宰治記念館のリーフレットより

記念館設置の目的

太宰治が、滞在した天下茶屋から3代目にあたるこの建物は、昭和58年4月1日に開店した。

2階の、富士山と河口湖を一望できる6畳間に、ささやかながら記念館を設置した。

一般にあるような記念館とはちがい、太宰治が滞在した部屋を復元し、

当時使用した「机」や「火鉢」などを置いて、太宰治を偲んでいただきたいのである。特に床柱は、

初代の天下茶屋のものをそのまま使用したものである。

なお、このほか記念館にあるのは、「富獄百景」「斜陽」「人間

失格」などの初版本、「太宰治」「斜陽館」などのパネル、「太宰

治文学碑建設趣意書」「のれん」などである。

太宰治と天下茶屋

天下茶屋が建築されたのは、昭和9年秋のことである。木造2階建で、8畳が3間あって、

富士見茶屋、天下茶屋などと呼ばれていた。「天下茶屋」と呼ばれるようになったのは、

徳富蘇峰が新聞に紹介した記事がきっかけである。

太宰治が、はじめて天下茶屋を訪れたのは昭和13年9月13日である。

それまでの生活に区切りをつけ、思いをあらたにする覚悟、での天下茶屋滞在であった。

11月15日までの3ヶ月余りを、2階の一室ですごすわけであるが、ここでの生活は、

太宰に大きな転機を与えた。その第一は、未完ながら「火の鳥」を執筆した

ことである。作品の評価は別として、作家としての意欲に燃えるのである。第2に

結婚である。前年、小山初代と離別し、不規則な生活を送っていた太宰にとって、

結婚は安定への1歩であった。天下茶屋滞在直後の9月18日に、甲府清水門町の

石原美知子(現夫人)と見合いを行い、結婚を決意している。

「富士には月見草がよく似合う」の名作「富獄百景」は、当時の作者の心境を表現した作品である。

映画「ヴィヨンの妻」について

「ヴィヨンの妻」は生誕100年の太宰治の短編小説の映画化である。太宰の人生をからめながらも,

太宰の作品の複数の物語を題材にしている。ヴィヨンというのは、高い学識を持ちながら悪事に加わり、

逃亡・入獄・放浪の生活を送ったフランスの中世末期の近代詩の先駆者フランソワ・ヴィヨンのことである。

浅野忠信演じる作家の大谷は死ぬことばかり考えている。酒と女に依存している。

男の弱い部分をさらけだしている。退廃的ではある。男は弱いな駄目だなーと思ってしまう。

それでも、どこか憎めない。それにしても浅野忠信はかっこよすぎるし、顔色は健康そのものであるのが

違和感を感じた。松たか子演じる妻の佐知はそんな夫を受け入れて、たくましい女性である。

周りを明るくさせる魅力的な存在である。現代の風潮ではそぐわない男と女の関係かもしれないが、

今でも通じるようなテーマがある気もした。サブタイトルは「桜桃とタンポポ」となっている。

桜桃は痛みやすいけど甘味があって愛されるという意味をこめているらしい。一方、タンポポは、

どんな環境にも対応して成長し、誠実な美しさを意味しているそうである。

監督は最後の佐知の台詞のためにこの映画は存在すると言っている。最初の幼い時の「鉄管回し」の

シーンから始まり、このシーンと最後のシーンは意味がある。

また、松たか子と広末涼子の競演も見所がある。すれ違いざまの広末涼子のあの微笑みは見事である。

小説の最後の台詞は、「人非人でもいいじゃないの、私たちは、生きていさえすればいいのよ」