帝紀

1.献武帝【徳】 398〜405

2.超      405〜410


1.献武帝【徳】 398〜405
  字は玄明。諡は献武皇帝。廟号は世宗。慕容いの少子。慕容垂の弟。 慕容垂の後燕建国を助け、范陽王に封ぜられた。 慕容垂の死後ぎょうを守って北魏に対したが、慕容宝が中山から脱出したので、彼は滑台に移って慕容麟に尊号をうけ、さらに滑台が北魏に攻略されたため、400年広固に都を移して皇帝を称した。 塩鉄の生産をすすめ、戸籍を整え、国力の充実をはかり、富強となった。

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2.超      405〜410
  字は祖明。慕容徳の兄納の子。初め流浪していたが、慕容徳に帰し、慕容徳に子がなかったので太子となった。 慕容徳のあとを継いだが、多くの重臣を退け、政治をかえりみず、しばしば南下して東晋を侵略し、人民は困窮した。 409年東晋の劉裕の北伐をうけ、後秦に援軍を求めたが、後秦も赫連勃々に敗れ、救援するにいたらず、翌年広固が陥落し、南燕は滅亡した。

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