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アルミニウムの歴史
 アルミニウム(Aluminum)は地球上で酸素、珪素に次ぐと3番目に多い元素なのですが、アルミニウム元素は結合力が強いことから、ほとんどが化合物として存在し、アルミニウム単体として存在することがなく、アルミニウム単体の発見は電気分解が発明されてからです。
 天然のミョウバンはアルミニウムを含んだ白色の物質で、白礬(はくばん)とも呼ばれ、タンパク質の性質を変化させ血管などを縮める作用(収斂作用)や殺菌作用を持っていることから、止血剤や鎮痛剤などの医薬品として古代ローマ時代から使われてきました。また、化粧品や染色剤、消火剤、皮なめし剤、不純物を沈殿させるなどの用途もあります。

1761年に(L. B. G de Morveau)はミョウバン(alum)に含まれる未知の物質をアリュミーヌ(alumine)と呼ぶことを提唱しました。
1782年フランスの科学者ラボワジェ(Antoine Laurent Lavoisier質量不変の法則で有名)は明ばん石には結合力が強く、還元が難しい未知の金属元素が含まれていて、それが酸素と結合して出来た物質(酸化物)が明ばん石であるとの仮説を発表しています。
1807年にハンフリー・デービー(Humphry Davy英)は水素気流中で融解アルミナを電気分解する手法で得た合金からアルミナを生成できたことから、その中に何らかの未知の元素が存在するこを確認しました。
1825年にはデンマーク物理学者エルステッド(Hans Christian Orsted)が世界で初めて、塩化アルミニウムをカリウムアマルガムにより還元する方法で、アルミニウムを分離(単離)するのに成功しました。ただし、生産性は極端に低く、貴金属としての扱いを受けました。
1827年ヴェーラー(Friedrich Wohler)が塩化アルミニウムをカリウムで還元して純粋なアルミニウムが生産れるようになりました。
1846年フランスの科学者ドビーユ(Sainte-Claire Deville)がエルステッドの手法を改良し、カリウムの代わりにナトリウムを用いる還元法を開発し、生産コストを下げることに成功しました。
1854年に (Robert Wilhelm Von Bunsen)とドビーユは独自に電解法を発明しました。
1855年ドビーユは電解法で生産したアルミニウムをパリの万国博覧会に展示し、ナポレオン3世から注目され、開発にナポレオン3世の援助を受けています。そして、皇帝夫妻専用にアルミ製食器を作らせ、晩餐会では銀製食器を使う来賓の前でこのアルミ食器を自慢した有名なエピソードがあります。
1886年にホール(Charles Martin Hall米特許400,664)とエルー(Paul Heroult仏)がアルミナと氷晶石を用いた融解塩電解法をそれぞれ独自に発明した(ホール・エルー法Hall-Heroult process)。これは今日でも利用されている手法です。
1887年にカール・ヨーゼフ・バイヤー(Karl Josef Bayerオーストリア)はから高純度のアルミナを効率的に製造する方法(バイヤー法)を発明しました。バイヤー法はアルミナの製造法で、ボーキサイトをアルカリ性の溶液に溶解し、中和剤を添加して沈殿させた水酸化アルミニウムは結晶性が良く、容易にろ過・洗浄が行えることから精製が容易になり、高純度のアルミナを作る事ができるようになりました。バイヤー法はアルミナ製造の中間過程として利用されています。
19世紀後半に電気精錬の手法(ホール・エルー法)の改良が進展しましたが、安価な電力(水力発電)が利用できないことから、生産性量は低いままでした。
20世紀後半になると大規模な水力発電所が建設され、送電線が建設されて大量の電気が安価に使用できるようになると、大規模な電気精錬が行えるようになりアルミニウムの生産コストが低下し、アルミニウムの量生産が急激に増加することなります。
1900年大に銅の価格が高騰したことから、安価なアルミニュウム線を使用した送電線が作られるようになり、アルミニュウム送電線が広く使用されるようになりました。


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