スチームアイロンの発明者は日本人?  top   余話  アイロンの歴史 
スチームアイロンの発明者は誰か明確になっていませんが、米国特許では1915年の米国在住の日本人が特許を取得したのが最初のようです。
その人の名前は「SHNTARO KAKO」で、カリフォルニア州サンフランシスコ在住の日本人(a subject of the Emperor of Japan)で「FLAT-IRON」について1915年4月6日に特許を申請(serial no.23904)し、1915年6月15日に特許が公開(us. patent no. 1143050)されています。
次に「ELECTRIC STEAM-IRON」を1918年11月5日に特許を申請(serial no.261184)し、1920年の7月20日に特許が公開(us. patent no.1347224)されています

(詳細は拡大図を参照してください)

この特許では英国のフーバ社が1953年に導入したドリップ式のスチームアイロンを38年も前に発明しており、更に、1918年の特許「ELECTRIC STEAM-IRON」では1915年の特許に改善を加えています。
 ちなみに、電気アイロンではもう一人の日本人が米国特許を取得しています。
1920年にカリフォルニア州サンジエゴのストックトンに在住の日本人(subject of Japan)「YOTARO HARADA」は「IRON」で特許(us. patent no. 1326928)を取得しています。彼のアイロンは湯たんぽ式でアイロン状の容器にお湯の入ったものです。
 日本人関連で、
「DSIGN FOR A FLATIRON」で日系2世と思われるSamson-United社の(Abe O. Samuels citizen of the USA)がデザイン特許(102448)を1936年10月22日に取得しています。(詳細はアイロンのデザインを参照してください) また、Abeはヘヤードライヤーの特許(2126581)も取得しています。

 日本人の米国への移民は1888年に日本政府とハワイ政府の合意によって日本からの最初の移民がハワイに官約労働移民として送られました。その後、ハワイから米国本土に出稼ぎ労働者の移住が繰り返されましたが、移民排斥運動が生じました。
1908年日本政府はアメリカ政府と紳士協約を結び、労働目的の日本人の渡米を廃止し、以後、日本からアメリカに入国できるのは、外交官や留学生など労働者でない人々と妻や子供など日系移民の家族に限定されました。
1913 年にはカリフォルニア州で帰化不能外国人(=アメリカに帰化することのできない移民。アジア系の移民がこれに該当した。)の土地所有を禁じる外国人土地法が制定され、これに該当する日系移民も土地所有を阻まれることになりました。
合衆国の国勢調査によると1920 年には11 万1010 人の日本人がアメリカ本土に住むまでになったのです。
1924年制定の連邦移民法は、帰化不能外国人の入国を全面的に禁止してアメリカは日本人の移民に門を閉ざしたのでした。
 このような過酷な状況の中でスチームアイロンを発明した「SHNTARO KAKO」とはどのような人物で、どのような一生を過ごされたのかと興味がわいてきます。もし彼が電気式のスチームアイロンを世界で最初に発明した人であるなら、我々日本人はもう少し彼の業績に敬意を表すべきではないでしょうか。