家電機器の歴史の概要   top  交流電動機  単相交流電動機  交流電気の歴史 交流機器の歴史年表  電気製品の分類 
                         アイロンの歴史  トースタの歴史  掃除機の歴史  冷蔵庫の歴史  ヘヤードライヤの歴史  洗濯機の歴史 電子レンジの歴史 

1880年にエジソンによって電球が実用化され、エジソンランプ会社を設立して、電球とそれに必要な電気を販売するために発電所の建設が開始されます。
電灯会社の事業が展開されて、一般家庭に電灯用の電気が供給されるようになり、その電気を電灯以外の分野にも利用しようとしたのが家電機器発展の歴史です。

電熱利用
電熱(でんねつ)は、電力を使用した加熱を電熱といい、以下の種類があります。

抵抗加熱  被加熱物に直接電流を流すか、抵抗体(ニクロム線等)に電流を流すことによるジュール熱での直接加熱または熱伝導・対流・放射による間接加熱があります。
 針金に電流を流すと熱を発生することを誰が最初に発見したのか、それは解りませんが、ドイツのエルステッドという学者が、電流の熱作用の実験中に電流の磁気作用(エルステッドの実験)を発見したことから、1820年頃には電流の発熱作用は既に広く知られている現象でした。
  電熱の利用よりも更に高温にして光を発生する白熱電灯がまず実用化されました。 エジソン)は白熱電球の開発に長い間苦労しましたが、それは高温のフィラメントの酸化を防止するために真空を高めることと、真空中でもフィラメントが蒸発しない材料を探すことでした。
 電熱を利用するには空気中でヒータ線を赤い色になるまで温度を上げて、その放射を利用するのですが、物質を高温にすると酸化(酸素と化合すること、つまり燃えること)し易くなりますので、長期間使用するには発熱体の酸化を防止する方策が必要になります。
  空気中で長時間の電熱利用に耐えるヒーター線は、1905年3月 アルバート・マーシュが開発したニッケルとクロムの合金で作った細い線が高温にしても酸化が非常に少ないものでした。この線をニクロム線といい電熱利用の問題を一挙に解決してくれました。これによって一般家庭でも電熱利用が一挙に拡大することになります。
ニクロム線発明以前にも電熱を利用する努力がなされていました。
1882年6月6日ヘンリーシイリーは電気アイロンの特許(259054)を取得しました。このアイロンは炭素棒に電流を流して発生する熱を利用したものでしたが、温度調節が困難でした。
1904年にシンプレックス・エレクトリック社のカタログには電熱のトースタが描かれていています。
 電熱を快適に利用するためには火加減をする必要がありましたトースタはタイマーでトーストの具合を調節し、アイロンはサーモスタットで温度を一定に立つことが出来るようになりました。ほかに
あんか、オーブン、炊飯器等にも使用されるようになりました。

誘導加熱(Induction Heating  IH)  導線に交流の電流を流すと、その周りに磁力線が発生します、その近くに電気を通す物質(金属)を置くと電磁誘導によって、金属の中に電流が流れ、金属の持つ電気抵抗でジュール熱が発生するため金属が加熱されます。この熱を調理器具等に利用したものがIH調理器具です。

誘電加熱  数MHz〜数10MHzの高周波交流電界中に被加熱物を置くと、誘電体中の分子内に生ずる振動による発熱のことです。誘電加熱はプラスチック・木材・繊維・紙・食品・セラミックス等の加熱に利用されています。
使用する電磁波の周波数が1MHz〜200MHz程度のものを「高周波誘電加熱」、
マイクロ波を使用するものを「マイクロ波加熱」と呼んで区別しています。家庭用の電子レンジ等がこの原理を使用しています。これに使用されるマイクロ波の周波数は日本では2.45 GHz 、アメリカなどでは915 MHzも使用されています。 この周波数では水分を多く含む材料の加熱に向いています。

アーク加熱  被加熱物を電極としてアークを発生させる直接アーク加熱、他の電極でアークを発生させる間接アーク加熱があります。

ヒートポンプ加熱  冷凍サイクルの逆による加熱です。あまり高い温度を出せないのですが、投入したエネルギーよりも多くのエネルギーが得られることから空調機などに使用されます。

放射加熱  電力で高温に加熱した物体からの赤外線放射による加熱です。赤外線ランプによる保温や塗装の乾燥等に使用されます。


電動機利用
 掃除や洗濯のように人間の力を必要とする作業を電動機の力を使用して、楽にしようとする試みも始まりました。
 工場などで使用される電動機は大型で3相交流を使用したものでしたが、一般家庭には電灯用の単相交流が供給されていて、この電気で動作する電動機(単相交流電動機)を開発する必要がありました。

交流電動機 (詳細は交流電動機を参照してください)
1881年に交流によって街灯を点灯しましたが、 直流による電動機(詳細は発電機と電動機の歴史の概要説明交流電動機 交流電気の歴史 交流機器の歴史年表を参照)が早くから開発されたのに比べ、交流電動機が開発されていませんでした。その主な原因は交流による磁石では磁極が頻繁に変化してしまうことから、電磁石の力を回転力に変換する機構が見つからなかったことによると思われます。 それを打開するきっかけは多相交流という考え方でした。これによって回転する磁界を作ることが出来ると考えたのがニコラ・テスラです。これによって交流の電動機が実用化されます。
1890年にミチェル・ドブロウスキーによって3相かご型誘導電動機が発明され、工場では本格的な電動機利用が開始されました。

単相交流電動機(詳細は単相交流電動機を参照してください)
  家庭用の電気は電灯に使用される電気が単相であったことから、一般家庭で電動機を使用するには、単相の交流で動作する電動機が必要でしたが、一般家庭に電灯がつき始めたころにはまだ単相交流電動機が存在しませんでした。
 基本的に単相交流で回転磁界を作るこは困難ですが、さまざまな工夫がなされて単相交流電動機が開発されます。 まず初めに、テスラは2相交流電動機を単相の電源に接続すると回転することを1890年に発見します。各相間の製作誤差によってわずかな回転磁界が生じそれによって回転が始まり、同期回転数近くになると強力な回転力が発生することが解りましたが、このままでは始動時のトルクがちいさいことから、各相間の違いを大きくするために一方のコイルをを細い電線で巻くことによって起動のトルクを大きくすることができました。更に、翌年にはコンデンサを一方のコイルに接続することでより大きな始動トルクを生じさせることができました。
1890年代の初めには小型電動機の代表的な隅取コイル型の単相交流電動機が発明されました。これは小型のファンに使用されるようになりました。しかし、家庭で使用するには非力でした。
小型で強力な単相交流電動機は1910年代の初めに直流でも単相交流でも運転する小型のユニバーサルモータがハミルトンビーチ製造会社によって発明されます。これによって、家庭用の電灯線からの電気を使って動く電動機が開発され、この電動機はミシンの他に各種の小型機械に取り付けが容易で、ファン、グラインダ、ケーキ造り用の溶液やバターの攪拌機等に使用されるようになりました。
更に、掃除機洗濯機冷蔵庫、扇風機・換気扇、除湿機、空気清浄機、フードプロセッサ、電気時計等に使用されるようになりました。

電熱と電動機利用

電熱と電動機の両方を利用した製品の代表がヘヤードライヤです。ヘヤードライヤは1920年代には実用化されましたが、ヘヤードライヤは洗髪の後に使用われることから、濡れた手でヘヤードライヤを操作すと、ヘヤードライヤの内部に水が浸入したりして感電する事故が発生し、 1970年代の初めになるとドライヤーの小型化等の技術が開発され、普及が進んだことから、ドライヤを風呂の中に落として感電死する事故も多発するようになりドライヤには感電防止が必要でした。

家電品の自動制御家電品の自動制御を参照してください)
 アイロンはアイロン掛けそのものは人間が操作する必要がありますが、アイロンの温度は自動的に一定に保つ装置(サーモスタット)が付いていて、温度を調節しています。
  冷蔵庫は野菜などが冷えすぎて凍らないように温度を自動的に一定に保つサーモスタットが付いていてます。
  電気トースタではスライスしたパンを入れて、トースト時間を設定すれば美味しいトーストが出来上がります。
  洗濯機は自動制御(詳細は自動洗濯機の歴史を参照してください)が洗濯機に応用されるようになり、洗濯に要する労力と時間が大幅に減少できました。
 自動洗濯機は洗い上がりを見ると たまには十分に落ちていない場合もあります。このような場合を少なくするには「洗濯をしている時間」等をマイクロプロセッサ(電子計算機の歴史参照)を利用してきめ細かに設定する必要がありますが、あまり細かにすると使用する人が混乱することになりますので、一般的な洗濯物に対しての設定になっているためです。 最終的には何らかのセンサ(洗濯やすすぎを終了するための感知器等)が必要でしょうが、まだ実現していませんので、十分に汚れが落ちない部分はあらかじめ手洗いしてから洗濯機に入れる方法を取るのも洗濯機との良好な付き合い方でしょう。

大量生産
 家電品は一度技術が確立されると市場規模が大きいことから低価格化に有利な大量生産が開始され、巨大な産業が成立し巨大ビジネスに必要な宣伝や広告の他にもデザインやブランドに関する手法がとられるようになりました。

家電品のデザイン(詳細は家電品のデザインを参照してください)
 製品を作るには設計図等が必要で、それは製品やその後の修理等に関する製品のライフサイクル(生産から廃棄まで)全般に関する事項を決定する活動ですが、大量生産においては市場を考慮する必要があり、価格や機能以上に外観などが重視される場合があります。そのために、インダストリアルデザイン(industrial design、工業デザイン)という手法が用いられるようになりました。それは製品の機能や価格、外観等が製造者と使用者の双方が満足するようにすることですが、販売の拡大に大きな貢献をしました。
 最初に採用されたのがアメリカンモダン(American Modern)と呼ばれる流線型(streamlining)にするデザイン手法で、アイロンに適用されました。
 インダストリアルデザイン手法は家電製品の大衆化に伴う巨大ビジネスで大成功を収め、あらゆる家電製品に適用されるようになりました。

アイロンのデザイン(詳細はアイロンのデザインを参照してください)
 米国の工業デザインの創始者ヘンリー・ヂュリフスは流線型にすることの意味を「cleanlining」と表現しています。それは一見、ある物体の空力学的な抵抗を最小にすることのように見えますが、鋭い先端から滑らかの曲線によって描かれる物体には「重さ」を感じさせず、「軽さ」や「敏捷性」「簡明性」「滑らかさ」等を感じさせる力があるとしています。
 本来、アイロンには重たいという感じがありますが、流線型にすることで、それを感じさせなくする効果があるのです。
 1930年代の中頃に始まった流線型という設計手法が電気アイロンに取り入れられ、初期のデザインはかどを曲線にしただけのものでしたが角の無いものになり全体を流線型にしたスタイルを確立し、他社も追随するようになりました。

ブランド(詳細はブランドを参照してください)
 
ブランド(brand)とは商品などを象徴的に表現すたもので、他の商品等と差別するために付けた商品名称やシンボルマークなどをブランドといい、 ブランドの価値は他社とまったく同一の機能・性能を持つ商品を販売する場合、同一価格でも他社よりも多く売れるまたは高い値段を付けても売れる可能性があります。らそれがブランドの力に由来する価値で、その価値を高めるには価格やデザイン、広告戦略、顧客対応など、企業がかかわる行動等を含む総合的なもので、金をかければ達成できるといったものではありません。
 ラジオやテレビで宣伝をするようになり、それが浸透してくると、「ブランドを買うという現象」(複数の製品からある製品を選ぶのではなく、ブランドで製品を選ぶという消費者の行動)が確認されようになり、生産者はブランドの重要性を認識した行動をするようになりました。

Counter