水銀灯の歴史  top 電灯照明の原理と歴史  電灯の歴史年表 電球の歴史 電球の原理 放電 放電灯の歴史 光に関する用語

 水銀灯は白熱灯よりも効率の良いという長所がありましたが、青緑がかった光で演色性が悪く、有害な紫外線が多く含まれていることから、一般の照明には使用できませんでした。そこで、紫外線対策と演色性の改善が目標になりました。
  1934年エドモンド・ジャーマたちはは水銀灯の内面に蛍光物質を塗布して、それに紫外線を当てて可視光線に変換する方法を考え、蛍光灯が誕生しました。
 低圧水銀灯では水銀の蒸気圧が低いと粒子の密度が低いので励起の確率が低下しますが、高すぎると発生した紫外線を水銀原子が吸収する性質があり、を多く出す最適な圧力があります。そのときの温度が約40℃程度です。
1927年水銀蒸気の圧力を高めた高圧では、水銀の自己吸収によって効率は低下しますが、紫外線の割合が低下し、黄色いスペクト線の割合が増加することから発光色が白色に近づき、演色性が改善されます。高圧よりもさらに水銀蒸気圧を高めた超高圧では、スペクトル線の幅が増加して連続的なスペクトルになることから、太陽光に近づき演色性がさらに改善されました。

1857年フランスの物理学者ベクレルは蛍光灯の理論を発見しました。それは放電管の内部に蛍光性の物質を塗布した放電灯を開発しました。これが、後に蛍光灯と呼ばれるものです。
19世紀の半ばドイツの物理学者ジュリアス・ブルッカーはガラス管の両端に電極を取り付け、内部の空気を抜き取ってから、電圧をかけると僅かな光を発することを発見しました。
1890年代の初めに米国のピータ・クーパ・ヘイウィトは水銀で満たされたガラス管での実験を開始し、青緑がかった光が出ることを発見し、これでランプを作ることを決心し、更に、ウエスティングハウスと会社を作り、商業用の水銀ランプを作りました。
1901ヘイウィトはガラス管の中に金属蒸気(水銀蒸気)を封じ込んだアーク型の放電灯を開発しました。最初の水銀灯を作りました。    
水銀灯の光(発光スペクトル参照)には紫外線の約65%を185nmと253.7nmの紫外線が占めている)を多量に含んでいて、フリーヂリッチ・メイヤー、ハンス・スパナ、エドモンド・ジャーマは水銀灯の内面に蛍光物質を塗布して、そこに紫外線が当たり、可視光線に変換されることから、非常に効率的な光源を作ることに成功しました。
1927年エドモンド・ジャーマ等はより効率的で実用的な高圧水銀灯を発明し、特許を取得しました。
1934年エドモンド・ジャーマは高圧の水銀蒸気によって小型で高出力のランプを作りました。
1938年米国GE社のジョージ・インマン、リチャード・タイラは最初の実用的な蛍光灯を開発して発売を開始しました。
1941年10月14日ジョージ・インマンは蛍光灯の特許を取得しました。 
1962年アーク灯の新しい方式の放電灯として米国のGE社から特許が申請されました。
1964年GE社のメタルハルライド放電灯はニューヨーク世界博の照明に使用され、水銀灯よりも効率が良く、青い光が強化され、発光色が自然の太陽光である白色に近くなり、広く知られるようになりました。
1980年代の初期に電球形蛍光灯は PilipsとOsramによって開発され省エネ電球として普及しています。

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