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1928年ファンスワース(Farnsworth)はイメージディゼクタ(image dissector)と呼ぶ画像を走査して画像信号を作る非蓄積型撮像管を公開しました。
  これは画像を全電子的手段で画像信号を作る始めてのものでしたが、光を検出する能力(感度)が悪く一般的な明るさでは使用できず実用になりませんでした。しかし、ここからテレビ放送の実用化への道が始まりました。


画像信号を送るときには水平方向の走査の終了と開始、1画面の走査終了と捜査開始を受信側に指示しなければ画像信号を再現できません。これを同期信号(用語解説)といい、彼の特許(1,773,980) は同期信号に関するもので、画像信号と同期信号を合成して送信するものでした。 しかし、感度が低く室内や屋外での撮影は困難でしたが、2次元の画像を時間軸上の1次元情報に変換して送る電子的な手段が開発されたことで、以降光に対する検出感度を向上させてルことが課題でした。


その構造は真空管の内部に光電物質を塗布した膜を置き、そこに外部からレンズを通して画像を映し出します。光電物質に光が当たるとその強さに応じて光電子が放出(光電効果参照)されます。画像の各部分は光の強度に応じてそれぞれ光電子を放出していますので、真空管の外側にコイルを取り付け、ある部分の光電子のみが小さな穴を通過して光電子検出器(電子増倍管)で検出されるようにし、光電子を検出する部分が画像全体を移動(走査)するようにコイルの強さを変化させると検出器からの信号は画像信号になります。
しかし、この撮像管の光を検出する能力(感度)が悪く、非常に強力な光しか検出できなくて、一般的な明るさでは使用できず、もっぱら、研究室で使用されるだけでした。

1930年にこの特許を取得しましたが実用になりませんでした。
彼のテレビジョンシステムでは1枚の画像が100〜150本の走査線で構成されていて、走査速度は毎秒30本程度の画像信号を送るものでしたが、ここからテレビ放送の実用化への道が始まりました。


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