無線通信の歴史年表 top 無線通信の歴史概要 無線電信の歴史 無線放送の歴史 テレビジョン放送の始まり 真空管の歴史 無線通信用語解説
| 年 | 名前/name | 事 象 | 説 明 |
| 1833 | マイケル・ファラディ M.Faraday |
最初の半導体の発見 | 銀の硫化物が負の温度係数を持つことを発見していなす。 これが、おそらく最初の半導体の発見です。 |
| 1839 | ベクレル Edmond Becquerel |
光起電力効果の発見 | 光起電力効果(photovoltaic effect)の論文を公表 |
| 1865 | マクスウエル James Clerk Maxwell |
電磁波の存在を予言 | 電気と磁気に関する基本方程式で電磁波の存在を予測した。 |
| 1872 | Mahlon Loomis | 無線電話の特許取得 | 米国での無線電話の特許(20 July 1872 Patent No. 129,971)取得 |
| 1873 | Charles Edgar Fritts | セレンの光伝導現象を発見 | |
| 1874 | ブラウン Carl Ferdinand Braun |
鉱石検波器の発見 | 天然の硫化物クリスタルと銅線を接触させると整流作用があることを発見しました。 |
| 1876 |
Charles Edgar Fritts | セレンの光起電力効果を発見 | セレンの光起電力効果(selenium photovoltaic effects)を発見 |
| 1876 | ベル | 電話機を発明 | 電話機が発明され、会話を電気信号に変換したのが最初のマイクロホーンです。 |
| 1879 | デビド・ハーガス David Hughes |
電磁波の発生と検出に成功 | 電磁波の発生と検出に成功していますが公表せず、ヘルツの公表の後、別の人が発表しています。それは、彼がマイクの開発中に実験装置に電線を接続していないにもかかわらず受信側のイヤーホーンに信号が伝わることを発見しています。 |
| 1876 | ベルAlexander Graham Bell | 電話を発明 | |
| 1877 | Emile Berliner | マイクを試作 | 1877年頃にはEmile Berlinerは金属板と金属板が軽く触れ合っているマイクを試作、エジソンは炭素マイクと静電型(コンデンサ型)マイクを設計し、Hughesはカーボン棒型やカーボン粒子型のマイクを試作していました。 |
| 1879 | ヘンリー Henry Hunnings |
信頼性の高いマイクロホーンとして、ダイヤフラム(非常に薄い金属板)と背面の金属板との間にコークスの小さな粒子詰めたもので特許を取得しました。 | |
| 1880 | ブダペストケーブル会社 | 有線放送の始まり | 電話回線で時間を定めて娯楽番組を計画的に送信しました。ニュースを聞くためには特別な拡声器借りる必要がありました。これが有線放送の始まりです。 |
| 1883 | エジソン Thomas Edison |
熱電子放出を発見 | 陽極には接続した金属板に流れる電流はフィラメントの温度が高いと増加する(熱電子放出)ことに気づいていましたが、彼は論理的にこの現象を説明することができませんでした。 エジソンはこれを実用化することなく次の研究に移ってしまいました。 |
| 1883 |
Charles Edgar Fritts | セレン太陽電池の発明 | セレン太陽電池(selenium solar cell)の発明 |
| 1884 |
ポール・ニポー Paul Nipkow |
テレビジョンシステムの提案 |
機械式のテレビジョンシステムを提案しましたが実用化できませんでした。 |
| 1884 |
エジソン Thomas Edison |
2極真空管の発明 | 2極真空管の特許を取得しました。 |
| 1886 | エジソン Thomas Edison |
小型ボタン型マイクを開発 | 炭素マイクを改良して無煙炭の小粒を使用した感度の高い小型ボタン型を開発しました。 |
| 1887 |
ヘルツ Heinrich Hertz |
電磁波の確認実験に成功 | 電磁波(electromagnetic waves)が伝わったことが実験で確認されました |
| 1888 | オリバー・ロッジ
Oliver Joseph Lodge |
定在波の存在を確認 | 電線に定在波(standing wave)が存在することを確認して、そこから電磁波の存在を証明しようとしましたが、ヘルツよりも先に実験に成功することができませんでした。 |
| 1888 | ヘルツ Heinrich Hertz |
電磁波を実験で確認を公表 | 電磁波の存在が実験で確認されたことを公表しました。 |
| 1892 | ホワイト A.C.White |
ソリッドバック型マイクを開発 | ボタン型を更に改良して裏側に研磨した黒鉛板を使用し、前面にマイカ板を使用し、その間に炭素の小さな粒子を入れたもので、マイカ板がピストンのような役目をしてするもので、ソリッドバック(Solid Back)型と言われるマイクロホーンを開発し信頼性が向上したことから広く使用されるようになり1892年頃から1925年頃まで広く使用されました。 |
| 1892 | ブランリ Edouard Branly |
電磁波検出装置を発明 | 無線導体(radioconducteur)と名付けた電磁波検出装置を作りました。それは金属の粉を詰めた筒に電磁波か到達すると粉体の抵抗が極端に低下するものでした。これがコヒーラの原型です。 |
| 1894 | オリバー・ロッジ
Oliver Joseph Lodge |
コヒーラと命名 | 電磁波検出装置にコヒーラ“coherer”と名付けた。 |
| 1897 | トムソン J.J.thomson |
電子を発見する | |
| 1898 | オリバー・ロッジ Oliver Joseph Lodge |
同調回路を発明 | 同調(syntonic,tuning)回路の特許を取得しました。 |
| 1898 | ブラウン Carl Ferdinand Braun |
同調回路が考案 | 火花放電回路にコンデンサを接続し、アンテナとの接続に変圧器を使用する方法でした。 |
| 1899 | ボース Jagadish Chandra Bose |
水銀コヒーラを発明 | 水銀と鉄を使った自己復旧型コヒーラで、2つの異なった金属の接合による非線形抵抗を利用したものです。 |
| 1900 | レジナルド・フェセンデン Reginald Aubrey Fessenden |
約1マイルの距離ですが、音声の送受信に成功します。 | |
| 1901 | ボーズ Jagadish Chandra Bose |
鉱石検波器の最初の特許 | 方鉛鉱(galena)に針を接触させた鉱石検波器の最初の特許が出されました。 |
| 1901 | グリエルモ・マルコーニ Guglielmo Marconi |
大西洋横断無線電信に成功 | 1901年12月12日の大西洋横断の無線電信に成功しました。 (Cornwall, Englandから St. Johns, Newfoundland距離約2000マイル、モールス信号で「S(短点3個)」の文字を受信) マルコーニの大西洋横断無線電信実験の真実 を参照して下さい。 |
| 1902 | ヘビサイド Oliver Heaviside |
電離層の存在を予言 | ケネリー(アメリカ)、ヘビサイド(Oliver Heavisideイギリス)の両名がほとんど同時に電離層の存在を予言しています。 |
| 1902 | レジナルド・フェセンデン Reginald Aubrey Fessenden |
バレッタの特許取得 | 1902年と1903年にフェセンデンは実用的な電波の検出器を発明して米国の特許No706744、727331を取得しました。それはバレッタ(barretter)と呼ばれる方式でした。 |
| 1902 | パルゼン Valdemar Poulsen |
アーク発信器を発明 | |
| 1902 | レジナルド・フェセンデン Reginald Aubrey Fessenden |
ヘテロダイン方式を発明 | ヘテロダイン(Heterodyne)方式による復調回路を発明 |
| 1903 | レジナルド・フェセンデン Reginald Aubrey Fessenden |
高周波発電機を製作 | 高周波発電機(high frequency alternator)を製作(GE)し、それを使用して音声を50マイル離れたところで受信することに成功 |
| 1904 | フレミング John Ambrose Fleming |
2極真空管の検波作用を発見 | 2極真空管で電波を検出できること(検波作用)を発見しました。 |
| 1905 | フレミング John Ambrose Fleming |
フレミングバルブ(英国では一般に真空管をバルブ(Valves)といいます)の特許を取得します。 | |
| 1906 | リー・デ・フォレスト Lee DeForest |
1906年3月19日に3極真空管の特許を申請し、11月13日に特許を取得しています。この真空管を彼はオーディオン(audions)と呼んでいました。それはフレミングの2極真空管のフィラメントと電極版(プレート)の間にジグザクにした金属線(グリッド)を入れや物で、電気信号を大きくする増幅作用がある画期的なものでしたが、特許取得当時は増幅作用に気づきませんでした。彼がグリッドを加えた理由は明確ではありません。 | |
| 1906 | レジナルド・フェセンデン Reginald Aubrey Fessenden |
最初のAM放送 | 高周波発電機を使用した無線電話機を発明し、クリスマスイブにAMの放送でクリスマスソングや聖書の朗読などが送信され、この放送は大晦日の夜まで繰り返し放送されました。これが最初の放送であるのは、このとき、聞き手を一人に限定せず、送信のみであり、放送予定を事前に発表していました。 |
| 1907 | リー・デ・フォレスト Lee DeForest |
アーク式AM放送 | 海軍の艦隊にアーク式の無線電話を装備して、レコードプレイヤーを演奏し、艦隊の駐留地ので有名なオペラ歌手の歌を放送しました。 |
| 1907 | リー・デ・フォレスト Lee DeForest |
3極真空管を発明 | これは信号を拡大(増幅)する作用を持っていて、無線通信の大飛躍の始まりになるのです。 |
| 1907 |
Greenleaf W. Pickard | シリコン検出器を発明 | シリコン検出器(Cilicon detector点接触型)を発明 |
| 1907 | リー・デ・フォレスト Lee DeForest |
3極真空管の特許を取得 | 3極真空管の特許を取得しました。 |
| 1910 | チャールズ・ヘラルド Charles Herrold |
音楽放送を実施 | 雑誌にサンタクララ渓谷の人々にKCBSでレコードの演奏を無線で放送すると宣言し、一般向けの音楽放送を実施した。これが世界最初の放送だと主張している人もいます。 |
| 1912 | Herbert
van Etten Charles Logwood |
3極真空管の増幅作用を発見 |
3極真空管に増幅作用があることを発見しました。 |
| 1912 | アームストロング Edwin H. Armstrong |
再生による増幅と検波回路を発明 | 再生(Regenerative)による増幅と検波回路を発明しました。 |
| 1912 | Charles Herrold | 音楽放送番組を放送 | 音楽放送番組を第1次世界大戦で中断される1917年まで放送しました。このとき水冷炭素マイク(water cooled carbon microphone)と空管式送信機vacuum tube transmitter)を使用しました。 |
| 1915 | ヘラルド Charles Herrold |
環太平洋博覧会でラジオの受信を展示 | 1912年から1917年ヘラルドとその学生たちは音楽放送番組を放送し、環太平洋博覧会で毎日ラジオの受信を展示した。 |
| 1917 | アームストロング Edwin H. Armstrong |
スーパーヘテロダイン方式を発明 | ヘテロダイン方式を応用して、スーパーヘテロダイン方式を発明しました。RF信号と別の発信器(局部発信器)の信号を干渉させて増幅しやすい低い周波数(可聴域よりは高い)一定の周波数に変換し、その周波数(中間周波数Intermediate
Frequency IF)を十分に増幅してから検波(復調)する方式です。 |
| 1918 | リー・デ・フォレスト Lee DeForest |
戦時使用禁止が解除され、ニューヨークのハイブリッジで音楽、ニュース、選挙結果などの放送を開始し、このときの送信機に真空管が使用されました。 | |
| 1920 | WH社 | KDKAが放送を開始 | KDKAが認可を受けた放送局が最初の放送を開始しました。
米国の商務省の放送用の周波数の使用許可は1920年から認可され始めました。WH社はラジオを販売して、有料で放送を聴くことができるサービスの提供をする商業用に限定したWHの無線局の許可を申請し1920年11月にはKDKAが最初に認可を受けて放送を開始し、大統領選挙の結果を放送しました。WH社は家庭用ラジオの広告を出して販売に努力しました。出力100W(watt)波長360
m(meters)でした。 詳細は 最初の放送局を参照して下さい。 |
| 1923 | AT&T | ラジオで最初の広告が放送されました。 AT&Tが所有するWEAF局からラジオでの広告が放送され、放送ビジネスが確立しました。 | |
| 1924 | ジョン・ロジ・ベアード John Logie Baird |
テレビジョンの公開実験 | ニポー円盤と真空管増幅器を使用して静止画像を伝送(有線、距離約3メートル)する実験に成功しました。これ最初の画像伝送でした。 1925年10月30日のロンドンのデパートでテレバイザTelevisorと呼ばれる装置で腹話術師の人形の絵を送信する公開実験で動画を伝送することに成功しています。 |
| 1925 | チャールズ・F・ジェンキンスCharles F. Jenkins | 機械式の無線テレビジョンシステムwireless television systemでラジオビジョンと呼ばれるしシテムを開発し、公開伝送に成功しました。 | |
| 1925 | チャールズ・F・ジェンキンス Charles F. Jenkins |
機械式の無線テレビジョンシステム(wireless television system)でラジオビジョンと呼ばれるしシテムを開発し、公開伝送に成功しました。 | |
| 1926 | 高柳健次郎 | ブラウン管を用いたテレビを開発 | 昭和元年12月25日には日本でも浜松高等工業学校(現.静岡大学工学部)の高柳健次郎は送信側に機械式のスキャンナを使用し、受像側に電子式のブラウン管を用いたテレビを開発して「イ」の字を表示させることに成功しています。これが初めてのブラウン管による受像でした。ニポー円盤を使用した機械式のカメラで、直径800mmにニポー円盤に直径1mmの画像取り込み穴を40個(走査線40本)半径方向に0.2mm間隔、水平同期用の直径1mmの穴を同一半径上に40個、垂直同期用の直径1mmの穴1個、回転数9.33回/秒でした。 |
| 1927 | 米国 | FRCを組織 | ラジオで受信できる放送局が数百にもなり、お互いに妨害して良好な受信ができない状況が出現して、1927年にはFRC(Federal Radio Commission)が組織され、放送局の周波数が再調整されるようになりました。さらに、放送局の開局には公益と利便性、必要性が考慮されるようになりました。 |
| 1927 | フランスワース Philo T. Farnsworth |
イメージディゼクタを発明 | イメージディゼクタ(image dissector)を使用して 全電子型テレビジョンシステムを開発 |
| 1928 | Philo T. Farnsworth | カラーテレビを発明 | カラーテレビが開発される |
| 1932 | ツヴォルキン Vladimir Zworykin |
アイコノスコープの特許を取得 | ロシアのツヴォルキン(Vladimir Zworykin)は撮像管アイコノスコープ(Iconoscope)の特許を取得しています。 |
| 1933 | Edwin H. Armstrong | FM 放送の特許を取得 | FM (frequency modulation)放送の特許を取得したが1970年代まで使用されなかった。 |
| 1934 | 米国 | FRCがFCCに改組 | FRCがFCCに改組され不良広告を規制するようになり、各放送局ではラジオドクターを設置して自主規制するようになりました。 |
| 1939 | ツヴォルキン Vladimir Zworykin |
イメージ・アイコノスコープが開発 | アイコノスコープに改良を加えてイメージ・アイコノスコープが開発 |
| 1941 | 米国 | NTSCを決定 | テレビ放送の方式としてNTSC"National Television Standards Committee"が決定 |
| 1943 | RCA | オルシコン撮像管が導入される | オルシコン(Orthicon)撮像管が導入されました。 |
| 1945 | 米国 | NTSCを制定 | 第2次世界大戦が終わり、アメリカのによって、NTSCアナログテレビジョン方式の規格として制定されました。9局の商業テレビジョンを許可、その年に6局が放送開始しました。 |
| 1950 | RCA | ビジコンを導入 | ビジコン(Vidicon)が導入されました。 |
| 1969 | ウイラード・ボイル Willard Boyle ジョージ・スミス George Smith |
最初のCCDカメラが出現 | ベル研究所のウイラード・ボイルとジョージ・スミス(Willard Boyle and George Smith at AT&T Bell Labs)によってCCD(Charge Coupled Devices)が発明され、1970年の初期にはテレビジョンに使用できる最初のCCDカメラが作られました。 |
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