ウィリアム・トムソン(William Thomson、1824年6月26日-1907年12月17日)   top map map7 伝記
(ラーグスのケルヴィン男爵(Baron Kelvin of Largs)

イギリスの物理学者。古典的な熱力学の創始者の一人.
ケルヴィン卿(Lord Kelvin)の通称で知られ、絶対温度の単位「K: Kelvin」は彼の業績をたたえてつけられました。

1846年にグラスゴー大学の自然哲学(Natural philosophy)の教授となる(1899年まで)。
1848年に絶対温度の概念を導入。その功績をたたえられて絶対温度の単位としてはケルビン(Kelvin 記号K)が使用されています。ケルビンは国際単位系の単位であり、「度」や「°」を付けることは無いのですが、1967年の第13回国際度量衡総会まではケルビン度 (°K) が使用されていました。また、ケルビンは色温度の単位としても用いられています。
1851年にはクラウジウスと独立に熱力学第二法則(トムソンの原理)を発見、王立協会会員となる。
1852年にはジュールと共同でジュール−トムソン効果を発見
1854年マイケル・ファラデー(Michael Faraday)が海底ケーブルでの電信信号が遅れることを公表し、それに興味を持ちます。
1855年5月大西洋横断ケーブルの信号遅れ長さの2乗に比例して増加する(2乗法則)と王立協会に報告し、すぐ公開され、5月の王立協会では、ファラディーやウイリアム・トムソン等によって大西洋横断ケーブルの電気的特性が検討されました。
1856年に大西洋電信会社が設立され、大西洋横断ケーブル敷設事業の数学者として公募で採用されましたが、会社の方針と見解が異なることから解雇されましたが、無給のアドバイザーとしてこの計画に参加します。
1857年58年の大西洋横断海底電信ケーブルの敷設には無給のアドバイザーとしてケーブル敷設船に乗船し、海底ケーブル敷設の技術的指導をし、高感度の鏡式の検流計を開発し、それで1858年の電信を受信することに成功します。
1859年12月英国政府は西洋横断海底ケーブルの失敗に対して調査委員会を設立し、その委員として参加しケーブルの電気的な特性について指導しました。
1865年66年の大西洋横断海底電信ケーブルの敷設にもケーブル敷設船に乗船し、海底ケーブル敷設上の技術的指導をして海底ケーブルを成功に導きました。
 大西洋横断海底ケーブルの成功では、トムソンの指導によって電気の基本である導体や絶縁に関する技術が確立されました。
1866年11月には大西洋横断海底電信ケーブル成功の功績によってナイト卿が授与されました。
1890年には王立協会会長に就任(1894年まで)。
1892年には男爵に叙せられ、彼が住んでいた町がラーグス(Largs)で、彼が勤めていたグラスゴー大学の東南角を流れている川の名前がKelvinであったことから、ラーグスのケルビン男爵(Baron Kelvin of Largs)と名づけられました。通称ケルビン卿と呼ばれるようになりました。
1904年にはグラスゴー大学総長に就任しました。