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サイディア・フラハ


サイディア・フラハについて…

「サイディア・フラハ」とは、スワヒリ語で「幸福の手助け」という意味です。
サイディア・フラハは1994年3月。ケニア政府からNGO登録されました。
S.F.Oとは「Saidia Furaha Organization」の略です。
ケニアの子供・婦人と共に生きるNGOです。
小さな組織です。みなさまのお力をお貸しください。


■ケニア社会の問題点
■サイディア・フラハの目的
■サイディア・フラハのある場所
■サイディア・フラハの沿革
■サイディア・フラハの運営方針
■サイディア・フラハの施設
■孤児里親制度
■小学生教育基金


●ケニア社会の問題点‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥▲▲▲

ケニアは1963年の独立以来、他のアフリカ諸国同様「環境・社会・経済・政治・文化」の各面において幾多の変化を経てきました。ケニアではその過激な変化や天災のために様々な問題が起こり、人々の生活に悪影響を及ぼしています。
その問題とは…、

1 自然災害(日照りによる飢饉[ききん])
2 病  気(エイズ、マラリア)
3 政治不安(民族闘争、テロ)

等で、これら問題はケニア経済の低迷の原因となっています。経済の低迷は生活困窮者の増大を産み、ひていは家庭破壊、母子家庭の増大、ストリートチルドレンの増加等、深刻な問題を産んでいます。


●サイディア・フラハの目的‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥▲▲▲

・スラムの子供達の教育。
・母子家庭の母親の自立。
・擁護施設運営。
・地域コミュニティーの支援


●サイディア・フラハのある場所 ‥‥‥‥‥‥‥‥▲▲▲

ケニア共和国カジアド県カジアド郡キテンゲラ町にあります。キテンゲラ町は首都ナイロビから30Km南東に位置する、海抜1500mのサバンナの中にあります。遊牧民族マサイ人の地域にありますが、最近、工場地帯が誘致され、人口流入が激しい地域でもあります。

アフリカ全図ケニア全図
▼キテンゲラ町周辺の地図。
出所:ビヨンボ通信【ケニア発】128号 2002/7/8現在
キテンゲラ町


●サイディア・フラハの沿革 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥▲▲▲

※1985年、エチオピア飢饉の報道に心を動かされた荒川勝巳氏は、初めてアフリカに渡る。東アフリカを実状を見て回り、ケニアの首都ナイロビ近郊の孤児院で87年から90年まで働き、海外ボランティアについて学ぶ。
※1992年4月、ケニア人、デニス・コーデ、ピーター・カルリと共にケニアのストリートチルドレンを援助するためのNGO作りを始める。
※1993年2月キテンゲラ村に土地を購入。3月建物を建て、7月貧しい子供のための保育所を開く。
※1994年3月ケニア政府からNGOとして認可される。
※1995年1月、保育所を卒業した子供達のために小学校入学の費用の立替をする。そして週に一度、子供達の学習の進み具合をチェックし、補習授業を行う。
※1998年1月、ワークショップ開始。
※1998年現在23名。

arakawa_photo1.JPG
ピーター・カルリさんと荒川勝巳さん

衣服をチェックするカルリ園長
裁縫の教室で、衣服のできぐあいをチェックするカルリ園長(右端)。
メール『 ビヨンボ 』No.95より。2013/3/29

→内部リンク参照:メール『Pamoja!』113号/デニス氏の論文


●サイディア・フラハの運営方針 ‥‥‥‥‥‥‥‥▲▲▲

※ケニア人と日本人の共同運営
ケニア人が中心になって、ケニアに幾つかある同種のNGOの活動方法を学び、地元の必要性に応える活動を行う。日本人はそれを側面から支える。またケニア国内の人々にも強く呼びかけ、寄付を募る。
※自主財源作り
ケニアの底辺に位置する母子家庭の母親に職業技術を得る場を提供し、それによって作られた製品をケニアや日本で販売し、売上の一部を自主財源に回す。
※日本との相互交流
月2回、ケニアからビヨンボ通信を発行する等の交流をはかっている。
※民族、肌の色、宗教は問わない
キリスト教徒、イスラム教徒などの差別はしない。

school_photo1.JPG
授業風景


●サイディア・フラハの施設‥‥‥‥‥‥‥‥‥▲▲▲

※1996年2月、開園。
※サイディア・フラハ孤児院はサイディア・フラハによって運営される。
※場所は保育所と同じ敷地内。建物は仮設で10名程度養育可能なもの。ただし最初は4名ほどから。
※常にすくなくても3年間以上は子供達を養育できる財源を確保し、その財源の増加によって、子供を増やすかどうか決める。
※将来的には広い土地を手に入れ、恒久的な建物を建て、もっと多くの子供を養育する。

※1998年現在4名。

※1996年2月に開園した 、両親及び引き取る親戚もいない全くの孤児を対象とした養護施設には、1999年5月現在、 
ワンブワ(10才男) 
カゲゼ (10才男) 
ズーラ (6才女) 
サリマ (9才女) 
サボレ (8才男) 
の、5名がいます。

※2001年現在。
プロジェクトでエイズ子ども支援を始めたことにより直接、支援している子ども及び女性の数が急増。
★養護施設…4名
★支援小学生(エイズの子どもとサリマ・ムワンギを含む)…44名
★裁縫教室・ニット教室(メリーを含む)…22名予定
これで100名近くの子どもや女性を支援することになる。彼ら以外にもアクセサリー作りをしている女性グループ、社会人教育(セミナー)の対象となる地域社会の人々がある。このような組織拡充にともない子どもたちに対する支援課題、職業訓練学校開設がより重要となってきた。そこで日本政府等に対して職業訓練学校開設の助成金申請を始めている。
出所:ビヨンボ通信【ケニア発】123号

▼プロジェクト全景。絵をクリックして下さい。拡大表示します
→内部リンク参照:ビヨンボ通信【ケニア発】141号 2005/9/16現在

プロジェクト全景

▼プロジェクト全景。絵をクリックして下さい。拡大表示します
→内部リンク参照:ビヨンボ通信【ケニア発】134号 2004/2/10現在

プロジェクト全景

▼プロジェクト全景。絵をクリックして下さい。拡大表示します。
→内部リンク参照:ビヨンボ通信【ケニア発】110号 2000/1/7現在
      プロジェクト全景

▼プロジェクト全景。絵をクリックして下さい。拡大表示します。
→内部リンク参照:ビヨンボ通信【ケニア発】142号 2006/2/24現在

プロジェクト全景


▼(写真・カルリ園長と卒業したサイディアOB・OG)
カルリ園長と卒業した(施設、裁縫教室、溶接教室)サイディアOB・OG。
この8月3日にある20周年記念準備会のために呼び出したところ、
20名集まった。(写真に入っていない人をいれ)
卒業生は女が多いのだが、プロジェクトへ集まるとなると男が多くなる。
この写真から3名の名前を言い当てることができれば、あなたは相当なサイディアマニ
ア。
カルリ園長はずいぶん風格が出てしまったなあ!

→内部リンク参照:メールビヨンボNo107 2013H25/7/30現在

写真をクリックして下さい。拡大表示します。
カルリ園長と卒業したサイディアOB・OG

▼写真・田舎へ帰る子どもたち
サイディアフラハ施設からにこやかに田舎へ帰る子どもたち。左からエスター、ベロニカ、パトリシア、ディラ、エディナ、マーガレット、クリスティン、ワンゴイ。このうちエスター、ベロニカ、クリスティン、エディナ、ワンゴイの5名は裁縫教室を卒業したので、施設を完全に出ることになる。
手に持っている写真はカルリ園長から手渡された卒業式の写真。施設にいたこどもで、他の6名のうち4名はサイディア縫製工房(ワークショップ)に進み、2名は小学生なのでまだ残っている。

→内部リンク参照:メールビヨンボNo83 2012H24/12/14現在

田舎へ帰る子どもたち

▼プロジェクト組織運営図。絵をクリックして下さい。拡大表示します。
→内部リンク参照:ビヨンボ通信【ケニア発】118号 2001/1/15現在
    

※2007年現在。
施設の子どもは1月の時点で、

カゲゼ(19才男)、
ワンブワ(19才男)、
サボレ(17才男)、
サリマ(18才女)、
ズーラ(14才女)、
ワンボイ(13才女)の6名。

→内部リンク参照:ビヨンボ通信【ケニア発】146号 2007/2/15現在


●孤児里親制度‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥▲▲▲

※孤児を1人養育するのに年間10万円程かかり、里親3人で1人の孤児を支えていくようにする。
※里親には孤児の成長記録を随時送る。


●小学生教育基金‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥▲▲▲

※1995年1月より開始。サイディア・フラハ保育所を終了して地元小学校へ通う子供たちのため入学費用を立て替え、また週に一度その子供たちの学習の進み具合をチェックし、補習授業を行っている。(98年現在、18名)
※彼等のための教育基金を設立し、協力者には子供たちの学習状況を知らせる。