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ビヨンボ通信ケニア発141号
発行数‥‥‥139部 
2005年9月16日発行 
原稿執筆・編集・カット・題字/荒川勝巳

こちら(ケニア・キテンゲラ)は(西暦2005年平成17)9月に入ると暖かくなってきたが、それまでの7月、8月は冷える日が続いていました。

これら冷える日の夕方は、晴れることが多いせいか、夕映えが美しい。

キテンゲラのメインストリートを一歩、路地に入ると、夕方、露店がびっしり両脇に並ぶ。

肉焼き、腸詰め焼き、魚揚げ、とうもろこし焼き、ミルク売り、野菜商、雑貨商などなど。

さすがにアフリカだけに、アジアのような熱気は感じられず、人々は淡々と売り買いしている。

しかし、腸詰め焼きの煙にもやりながら、厚手の上着に身を包み、一日の終わりをホッとした表情で歩く人々を、赤く染める夕日の眩しいきらめきには、遠い故郷へ人をいざなう憧れがあります。

魚揚げ


●ケニア在住白人

スタレヘ児童擁護施設・高校のグリフィン理事長が72歳で亡くなられた。

同理事長はケニア在住白人で最もケニア人から慕われた人だったかもしれない。

彼は学業優秀な親のない子どもを、優先的に引き取り、スタレヘをケニアで一番優秀で、有名な高校へ仕立て上げた。
腸詰め焼き
この前、サボレ(15才男)の高校の保護者会へ出席した際も、そこの校長は「うちの高校は、この地区の“スタレヘ”になるんだ」と力説。

この様に、どこの小・高校もスタレヘを目指すほど。

一方、同じ在ケニアの白人にデラメア氏がいる。彼はグリフィン氏とは対称的に今、最もケニアで嫌われている白人だろう。

彼はケニアの野生動物保護官を射殺した疑いで、この前まで裁判にかけられていた。

彼はケニア植民地時代からの有力地主を先祖に持ち、彼自身も、この一家の跡継ぎで、広大な土地を所有。

先日、政治的な配慮からか、彼が仮釈放となる。

この時、ケニア人政治家の長老格のカメル氏が「人に大物も小物もない。みんなケニアの法律の下に平等なんだ」と熱心な演説を打ち仮釈放に反対した。

ケニア人の民意を考えての行動だった。しかし、この演説は功を奏せず、デラメア氏の釈放は撤回されなかった。


●サイディア・フラハの一日

平日の朝は夜明け前に既に始まっている。プリズン小学校は、児童が朝7時までに学校に到着しないといけないことになっている(ケニアの学校は、ひたすら子どもに勉強させる)。

モラ寮母は、朝5時半にはズーラ(13才女)と、ワンボイ(11才女)を起こして学校へ行く準備をさせる。

午前7時を過ぎると、板金・溶接訓練所へ行く前のムワンギ(17才男)や、モラ寮母が、私の部屋のドアをドンドン叩くので起こされる。

番犬2頭の食べる肉を買うお金や、事務室のカギを私が持っていて、また、事務室の棚に置いてあるマッチや石鹸が欲しいため。
ブランコ
私は「このくそ寒いのに…」とかなんとかブツブツ言いながら事務室へ出掛けると、もう既に保育園の子どもが2、3名、ブランコに揺られている。

『(7月でも)朝はセーターを着ていても寒いはずなのだが、こちらの子どもは風の子か?』と、まだ覚めやらぬ頭で考えてしまう。

午前8時前後には、職訓センターの全日制生徒たちもやってくる。

月曜と金曜には職訓センターの前で朝礼があって、カルリ園長が、園児・生徒の前で、日々の必要事項について話す。

カルリ園長が留守の時には、ジュゲ先生や私も話しをする。

私の話しは生徒たちにも人気がある。と言っても内容ではなく、下手なスワヒリ語の所が…。

朝礼のあとジュゲ先生は、保育園の教室の前に来て、トイレットペーパーを持ち、トイレへ行きたい園児たちへちぎって渡す。

園児たちがトイレから教室へ戻ってきたところで、彼らの元気な英語の挨拶…

「おはようございます。ジュゲ先生」が聞こえてくる(学校の外の普段の子どもたちの会話はスワヒリ語)。
プロジェクト各施設の位置
生徒たちの方は、事務室内にある倉庫へ、ミシンの頭部を取りに来る。

ミシン頭部は盗難防止のため、使わない時はこの倉庫にしまってある。

午前10時は、園児たちのお粥の時間。彼らは台所の前までわれ先に駆けていく。

モラ寮母からお粥の入ったプラスティックのコップを渡されると、こぼさないようにゆっくり教室に戻る。

一方、生徒たちは午前中に時々“キリスト教の祈り”の時間や、体育の時間がはさまる。

それで教室からケニア製ゴスペルソングが聞こえてきたり、グラウンドでキャッキャッと騒ぎながらバレーボールを打ち上げているのを見かけることがある。

カルリ園長と私は事務室で打ち合わせやケニア人訪問者と話しをしていると、すぐ昼近くになってしまう。

慌ててカルリ氏が、あるいは私がナイロビなどへ出掛ける。

午後12時になると、保育園は終わり、園児たちは英語で「バイバイ先生。私たちは家へ帰ります」と口ずさみながら帰ってゆく。

それと前後するように月、水、金曜には、女性グループのお母さんたちが、裁縫やニットの勉強のために現れる。

彼女たちは6名だが、休む人が多いので、いつも4名程度の集まりとなる。
水まき
彼女たちは話しをしながらミシンを踏むので、笑い声が絶えない。

午後1時にはモラ寮母が事務室へ「昼食ができました」と知らせにくる。

ミリアム(16才女、最近当施設に入った子ども)とモラ寮母と私とで昼食。

午後2時に、午後のクラスの職訓センターの生徒たちが、午前中に取り残したミシンを取りにくる。

彼女たちは、全日制の生徒たちと違って制服ではないので、簡単に見分けがつく。

年齢的には全日制の生徒たちと、それほど違わないのだが、メイド等で自活しているせいか、ずっと大人びて見える。

授業態度も真剣そのもので、そんな彼女たちを見ると、本当に裁縫教室を開いてよかったと思う。

午後4時過ぎには、生徒やお母さんたちが、ミシンの頭をしまって帰っていく。

やがて小学校の授業を終えたズーラ。ワンボイが帰ってくる。

夜警の道具
彼女らとミリアムは、モラ寮母を手伝って、晩飯の用意をしたり、木の苗、野菜へ水まきをする。

私は午後5時過ぎに、買い物がてらキテンゲラの街中を散歩。

午後7時前にムワンギは犬のための肉を入れたナイロン袋をぶら下げて戻ってくる。

午後7時から施設の子供たちや、モラ寮母、私はテレビニュースを見ながら食事。

この時、夜警が勤務のため、台所に現れる。

子どもは彼へ、泥棒退治のための弓と矢、懐中電灯を渡す。

午後7時半から学習。ズーラ、ワンボイだけでなく、ムワンギ、ミリアムもそれぞれの教室の宿題に励む。

午後9時就寝。


●異邦の子どもたち

先日、土曜日に支援小学生たち20数名と近くのサバンナに、何年か振りでピクニックに行く。

マサイ人の子どもで、この辺りのサバンナをよく知っているシリタ(16才男)を先導役にして、サバンナの中を突き進む。

ピクニック時によく立ち寄る小高い丘まで来たら、そこには以前はなかったマサイ人の家が一軒あった。

その近くの木陰で一人の初老の男性と、2名の小学校1〜2年ほどの少年が腰を下ろしている。

シリタはその男性に何かを話しかけた。その後、シリタの提案で「この丘の下の野生動物が多くいるという所に行ってみよう」ということになる。

そこは茂みになっていて、猛獣が出そうで、未だ我々は足を踏み入れた事がなかった。

シリタは「マサイ人の家があそこの近くにも建ったので危険はない」と言う。見れば確かに茂みの横に家が建っている。

私は「あの辺りも少しは開発され。危険ではなくなったのだろう」と判断。この茂みの手前にある大きな一本の樹がある所までみんなで行き、昼食を広げた。
ピクニック
そこからは草食野生動物の群や、ヤギの群が間近に見ることができ気分が良い。

昼食後、私は子どもたちへ「ここから遠くへ行くな」と伝え、軽い眠りにつく。

目を覚ますと、男の子たちのほとんどがどこかへ消えている。おそらくもっと奥の茂みに入っていったのだろう。

私は「これはまずい」と思ったが、女の子たちを残して彼らを捜しに行けないので、戻るのを待った。

すると若いマサイの男が、先程の2名の子どもと一緒にやってきた。

若い男は、女の子たちに「誰がお前たちがここへ入ることを許可したか?」と厳しい態度で迫ってくる。

私は「ますますやっかいなことになってきた」と内心うろたえた。その男と女の子たちが押し問答をしていると、シリタたちが戻ってきた。

シリタは「丘の上の男に許可を得た」と若い男に伝えたが、若い男の怒りはおさまらない。

我々は丘の上の長老が住む家へ連れて行かれた。その家から出てきた初老の男性(先程の初老の男性とは別)は少々、笑っている。

そして私へ「あそこの場所は決して安全ではない」ことを丁寧に語ってくれた。我々は無事、そこを立ち去ることに。

この時、私は「長老の横に立つ、先程から我々について回っていた2名の少年は何なんだ?」と気になったので、彼らの顔を覗いてみた。

彼らはすごい形相で我々をにらみつけている。私はそれでこの出来事のすべてを悟った。

一番怒っていたのは彼らだったのだ。

彼らはおそらく日々、体を張ってヤギを見張っている。そこへ我々のようなフワフワした連中がやってきて、彼らの領域を荒らした。

私はリーダーとしてとった行動の甘さを改めて指摘された思いがした。

後日、我々スタッフは、支援小学生と、この出来事の反省会を開く。


●サボレの保護者会

サボレ(15才男)のいる寄宿舎制高校は、キテンゲラ町からそれほど遠くないため、私は難無く午前11時には高校へ着いた。

まず担任の先生とサボレを交えて「サボレの成績が下降気味なこと」を話し合う。

午後からは講堂で、理事長、校長、教頭、先生たち、PTA、高校1年生、そしてその保護者たちが一堂に集う全体会議へ出席。

校長は「成績が優秀な生徒は、別の場所にある優秀な生徒ばかり集めた高校へ編入させる」「学費は速やかに払ってほしい」と述べる。

教頭は酒のビンや、マリファナを入れた小さなビニール袋を保護者に見せ「これらは校舎の裏で見つかった。これらから生徒たちを守らなくてはいけない」と訴えた。

次に保護者から学校へ対する質問へ移る。保護者たちは「生徒たちに夜中、水運びをやらせないで欲しい」など、いくつかの質問をする。

それに対して校長は「優秀な生徒ばかりを集めた高校でも、夜中に水運びをやらせたことがあるのに、どうしてこの高校ではダメなのか」など、速やかに答えていた。


●ミリアム、施設へ入園

職訓センター裁縫教室で、無料生徒の空きができたので、境遇の良くない少女をさがしていたら、孤児の彼女が見つかる。

彼女はナイロビに住んでいたので、当初、キテンゲラの町でメイドをしてもらって、職訓センターへ通わせたら…と考えていた。

しかし、適当な家庭が見つからず、親戚から彼女の食費を出してもらうという条件で、入園させることにした。

従って施設の他の子どもと同じ規則で扱うが、ムワンギ同様、1、2年ここで暮らして、技術を身につけたらここを出ることになる。

西暦2005年平成17年6月17日入園。


●ムワンギ帰郷

「ムワンギの態度が悪いので、なんとかして欲しい」と(西暦2005年平成17)8月16日、訓練所の先生より連絡が入る。

カルリ氏によると「ムワンギは最近、少々、技術が身に付いたので、他の作業場で働いて小遣いを稼いでいる」とのこと。

ムワンギは「先生は他の生徒に比べ僕を差別している」とぶ然とした態度。

彼が我々の施設に入ったのが昨年末。この時、既に年かさで、施設の拘束から逃れようとする傾向が強い。

そのことで我々は日頃から彼へ「もし当方の規則に従えないのなら、いつでもここから追い出す」ときつく言っていた。

また彼の先生も「仕事に厳しい」との話しなので、ムワンギのストレスが高じたことが考えられる。

それで我々は彼を2週間の予定で里帰りさせ、頭を冷やさせることにした。


●運動会

今年(西暦2005年平成17)も、8月のサイディア・フラハ・プロジェクト小学校補習授業の最終日に、地域の子どもたちと合同の“運動会”を100名前後の参加で開く。

もう5年連続で続けていることもあり、地域の子どもたちも、この日を心待ちにするようになってきている。

それにプロジェクトの高校生たちは、この手の催しに慣れて、彼らだけでもスムーズに競技役員をこなせるようになってきた。

運動会


●NHKラジオ「基礎英語1」

このラジオ番組を担当している冨田祐一さんより、サイディア・フラハへ「(西暦2005年平成17)11月の当番組で、ケニアの子どもを取り上げたいので、1名紹介してほしい」との問い合わせがありました。

「サイディア・フラハを支える会」の事務を手伝ってもらっている吉原千和さんは、この話しを聞いて…

「こういう風に教育の中で、途上国の事に触れる事で、子どもの頃からもっと興味を持つようになればいいなと思います。日本はこの辺りが遅れていると感じます…たまにランチタイムに、銀行の中の人に、アフリカの話しをしますが、皆のあまりの興味の無さにショックを受けます」という感想をもらす。

私はこの感想に同感したので、積極的にこの番組をお手伝いすることにしました。

そこで、小学8年生で、サイディア・フラハ・プロジェクトきっての“お嬢さん”ロリン(Lorine)を紹介しました。

冨田さんは「用意した質問にロリンに答えてもらい、それをもとにして番組づくりをする」そうです。

質問内容は、趣味や、将来なりたい職業など十数項目。彼女のこれに対する答えや、彼女の身のまわりの写真を、相当撮ったので、次号のPamoja!(※)でも、ロリンのことを取り上げることになりました。

「ロリンが、日本の人々へ訴えたいことは?」その答えはNHKラジオか、パモジャで…。

これがご縁で、ロリンは冨田様ご夫妻より、来年から高校費用を出していただけることになりました。

※Pamoja!=パモジャは「サイディア・フラハを支える会」発行の紙媒体の機関誌。パモジャはスワヒリ語でスワヒリ語で「一緒に!」の意味です。

※NHKラジオ「基礎英語1」テキストにもロリン、そしてサイディア・フラハのことが詳しく載っています。テキストは西暦2005年平成17年14月発売となっています。

→関連URL:NHK出版
→関連URL:NHK出版基礎英語1
→関連URL:NHK出版オンラインショップ


●アピールの反応

ビヨンボ通信139号で、引き続きご支援のアピールをしました。

早速、多くの支援者の方々が、これに応えてくださり、会費・ご寄付が増えました。胸をなで下ろしています。

どうもありがとうございました。


●ケニアにおけるご寄付

菊池公子様
大石加代子様
ドゥドゥワールドツアー様4回


●荒川帰国

私は今年(西暦2005年平成17)は、例年より遅れて9月30日、日本へ一時帰国する予定です。

ケニアへ戻る12月末まで、できるだけ多くの方にお会いし、ケニアの話しをしたいと思います。

お気軽に「サイディア・フラハを支える会」まで、ご連絡ください。宜しくお願いいたします。

→内部リンク参照:イベント情報
→内部リンク参照:サイディア・フラハを支える会
 

編集 荒川勝巳