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ビヨンボ通信ケニア発128号
発行数‥‥‥144部 
2002年7月8日発行 
原稿執筆・編集・カット・題字/荒川勝巳


アフリカ!
サッカーワールドカップでアフリカのセネガルがフランスを敗ると、ケニアの人々は誰もが(サッカーにまるで興味のないズーラ(11才女)までもが)我が国のように大喜びしていました。

カゲゼ(14才男)たちに言わせると「アフリカは一つの国だから」だそうです。

私は休暇を一週間取り、陸路で隣国タンザニアへ行って来ました。

タンザニアでもケニア人と同じような顔つきをした黒人がスワヒリ語を話していたので「別な国にいる」という意識はまるでなかったです。

私は日本の方にアフリカを説明するとき、多民族、50数カ国からなる大陸というようにアフリカの多様性を強調します。しかし同時にアフリカ独自の共通性もまた、かなりあるようです。

→関連URL:ケニア大使館
http://www.embassy-avenue.jp/kenya/index-j.html

→関連URL:タンザニア連合共和国大使館
http://www.tanzaniaembassy.or.jp/


ナイロビに片寄る経済

先日ケニアの新聞を読んでいたら「ケニア国内総生産の47%がナイロビに集中している」との記事が載っていた。

そう言われてみると、うなずけることが幾らでもある。ケニアの総人口3千万人のうち2百万人ほどがナイロビに住む。その過半数はスラムかそれに近い状況の場所。
悩み…
しかしその反面、ナイロビ郊外には高級住宅が広い敷地を伴って累々と築かれている。

そのような地区の近くには、日本にあるようなデパートがいくつもあり、また同じく日本にあるような遊園地があり、それらの駐車場にはピカピカに輝く高級車が目白押しに並んでいる。

こういう地区へ来ると自分がケニアにいることを忘れてしまう。

そして援助とは何かを深刻に考えてしまう。


●これから支援する子どもの調査

11名の両親が居ないか、それに相当する小学生を新たに教育支援することに決まった。

そこで我々はキテンゲラ近隣にある4つの公立小学校の先生を巻き込み、それらの小学校の先生たちから子どもを推薦してもらう。

そうした子どもたちを我々は独自に調査した。そのうち5名はプロジェクトの子どもが多く通うプリズン小学校から。
キテンゲラ町周辺の地図
土曜の午前中にこれら5名の子どもにプロジェクトへ来てもらい、午後からジュゲ先生、アンジェラさん、ボランティアの日本人女性、私とでその子どもたちを引き連れ彼らの家へ出かける。

この調査のついでに最近、土曜学級を続けて休んでいるチャムウェティ(14才女)・ベロニカ(13才女)姉妹の家へまず様子を見に寄った。

彼女らの家は診療所のすぐ近くの小さなスラムの中にある。ボロいトタン長屋に二つある部屋の一つは神棚に占められている。

というのもお母さんがキリスト教会でシスターとして働いているため。ちょうど、そには姉妹とその母親もいた。

ジュゲ先生はお母さんへ「プロジェクトで子どもたちの小学校授業料を払っているのだから、土曜日はこちらへ寄こしなさい」と言う。

だがお母さんは聞き入れず「うちでは食べるものが無くなっている。土曜学級なんかへ行かせないで農家の手伝いをさせ、金を作らせるつもりだ」と憤然と告げる。

このお母さん、普段はこちらへ協力的なのだが、生活が苦しくなると情緒不安定で強情になる。

部屋の片隅でこの会話をじっと聞いている女の子たちは非常に厳しい表情だった。

最初の調査対象の男の子の家は、キテンゲラのメイン道路に近い一般住宅の中。石造りの10畳ほどの貸部屋を使用。通されたほうの部屋には豪華なソファーセット、棚にはテレビが置いてあった。

そこの奥さんの話では「この子は私の姉の子どもで、シングルマザーの姉が昨年、死亡してから、この子と他に2名、うちで面倒見ているのです。うちには主人との間に4名の子どもがあります」とのこと。

次は道路の向こう側のスラムのトタン長屋の一軒。そこには60才代とおぼしき女性が動くのも辛そうにしていた。これが対象の子どものおばあさん。

おばあさんの話では「息子とシングルマザーの娘とその子とで暮らしてましたが、娘は昨年、死亡し、この男の子が残されました。息子は昨年、高校を終え、就職先を探しています。私は炭売りの仕事を探しているのですが結核を患い休みがちです」と弱っている様子。

トタン長屋
3番目は、また別のトタン長屋の奥にある大きめの大家らしき石造りの家。対応に出た女性はあまり我々を歓迎…という風でない。

彼女の話では「私たちは、この子の親戚ではなく好意で預かっているだけ。この男の子のお兄は日曜だけ仕事先から会いに来ます」どうも彼女は我々を子ども誘拐の詐欺師と疑っているようだ。

アンジェラさんが「プリズン小学校からこの子を推薦されて来ました」と告げると急に柔和になった。

4番目は郊外のこぢんまりとした石造りの家。ちょっとした畑や三軒トタン長屋が付随している。そこには、うちの裁縫教室へ通って来るエンダ(17才女)が待ち構えていてびっくり。

「対象の子は私の弟で、他にも2名の子どもがいます。父は死亡し母は今、野菜を売りに出ています」とのこと。

5番目は唯一の女の子で、彼女らが住むトタン長屋へ着くと彼女は早速、2名の年下の女の子の面倒を見始めた。「おばあさんはガソリンスタンド脇の炭売り場で働いています」とのこと。
炭売り
彼女を残し我々だけでそこへ行く。おばあさんといっても50才代に見える若さで、炭売り場で背筋を伸ばして立つ様は彫像のように凛々しい。

彼女の話では「娘が2名いました。シングルマザーの一人は対象の子どもの妹を残して2年前に亡くなりました。同じくシングルマザーのもう一人は自分の娘を置き去りにして何処かへ行ってしまいました」とのこと。

帰りの途中、ジュゲ先生は「これら死亡した親のうち4名はエイズ関連です」と小学校から得た情報を話してくれた。

私はボランティアで当プロジェクトで働いている日本女性へ、今日の調査の感想を求めた。

彼女は「彼らに比べたら施設の子どもは、まだ恵まれていると思います。でも一番可哀想なのはチャムウェティ・ベロニカ姉妹ね。お母さんがいても、そのお母さんが子どもたちを犠牲にしようとしているので…」

エイズ等の病気で親の居ない子どもが多くなったケニアの現在、親の居ない子どもの存在自体は特に不自然ではなくなってきていいる。

重要なことは親が居るかどうかではない。親が(親が居ない場合は親戚などの保護者が)その子どもを理解し、愛情を注ぐかどうかだろう。

2番目と5番目のケースは、すんなり支援することにし、他の3名はカルリ氏の再調査に委ねることに。

そのカルリ氏へ、私が今回の先生推薦による支援小学生受け入れで抱いた疑問を尋ねた。「どうして女の子は1名しか推薦されなかったのですか?」

カルリ氏は「ケニアは多国籍国家なので、なるべく多くの民族から子どもを推薦に出すよう調整することの方が、男女調整よりも優先されるのです」と語る。

小学校の先生は女性が多いはずだが、男性優位の考え方は同じ女性へも、しみ込んでいるためでもあるようだ。


●アフリカ子どもの日

(西暦2002年平成14年)6月16日は「アフリカ子どもの日」だった。

この日の謂(い)われは、アパルトヘイト(人種隔離政策)時代の南アフリカ共和国にある。

この国のソエトというスラムでアパルトヘイト反対のデモをしようとした高校生が、それを阻止しようとした警官隊の発砲を受け数百人、死亡した。

これを記憶にとどめようとしてこの日が設けられた(確かこうだと記憶しています)。

【Web Masterより:ネット上で「アフリカの子どもの日」の謂われについて調べました↓】
→関連URL:googleで検索「アフリカ 子どもの日

この日の2週間ほど前、県の青少年局職員より「この日になにか催しをして下さい」との通達があり我々は立ち上がった。

丁度この日、私はタンザニアへ旅行に出かけていたので、ボランティアの日本人女性(匿名希望)に、この日の催しの様子を書いてもらいました(この日はタンザニアでも催しをしていました)。

同封した写真はこの時のものです。

→参照:ビヨンボ通信ケニア発132号

タンザニアにて


●「アフリカの子どもの日に」
ボランティアの日本人女性(匿名希望)

多くの方のご厚意に支えられサイディア・フラハで早2ヶ月、日々有意義な経験をさせていただいています。

中でも恐らく末永く忘れられないと思うのは「アフリカの子どもの日」の催しに子どもたちと参加したことです。

当初、渋っていた子どもたちも、カルリ氏やジュゲ先生等の話を聞き準備に係るうちヤル気が出てきたようで、皆がプラカードを持ちたがるので誰に持たせるかで悩み、他の子どもたちには風船を持たせることで納得してもらう程でした。

太鼓や笛などの鳴り物、歌等で賑やかにキテンゲラの街へとくり出しました。

日曜日で、いつもに倍して人出の多い目抜き通りを教会へと向かい、大勢の人の前でアピールをし、さらに街をねり歩くうち子どもたちが連なり人数倍増。

その中に2人、シンナーのビンを隠し持っている子がいました。

初めサイディアの子たちは戸惑い2人を避けるようにしていましたが、いつの間にか2人を取り囲むような形になって、2人も上機嫌で皆と一緒に歌ったり、掛け声をかけたり。

人通りの切れた頃、カルリ氏や先生が2人に「隠し持っているシンナーを捨てれば一緒にサイディアに戻りお昼を食べさせる」というようなことを言うと、2人はビンを草むらに捨て(隠し?)サイディアへと。皆と一緒に昼食をいただき嬉しそうに頬ばっていました。

日本だったらとてもこうは、いかないだろう…とケニア人(大人も子どもも)の懐(ふところ)の深さに感心しました。

と同時に、このようなストリートチルドレンたちに何らかの手当がなされないものかと考えさせられもしました。

また、準備の過程で様々読み聞きし、それまで腑(ふ)におちなかったことが理解できました。

街を歩くと歩行者の群に凄い勢いで突っ込んでくる車をよく見ます。その傲岸(ごうがん)さに「金持ちの外国人か?」と思い見ると、現地の人であることが多く「彼らは何者?」と不思議に思ってました。

彼らは年端もゆかぬ少年少女たちを低賃金で、劣悪な環境で、自分たちの経営する農園や鉱山、工場等で酷使し、家庭では少女たちをメイドにして、身体的・精神的・性的に搾取(さくしゅ)し、

夜にはその高級車でこれまた幼い少女たちを買い漁(あさ)りに歓楽街へと繰り出す、そんなごく一握りの富裕層らしいと知りました。

しかも彼らは「政治家・役人・法曹(ほうそう)や警察関係者等」であることが多いとのこと。

(この国では、こういう人たちが、立場を利用して私腹を肥やすことは当たり前で、外国政府の援助も彼らのリッチな生活に大いに寄与しているとか…)

一体、神は彼らにどのような裁きを下すであろうか?と思うと一方、自分の生活が彼らのと同様、誰かの犠牲の上に成り立っているのでは?と省(かえり)みざるをえません。

間接的であるにせよ、ともあれ小さなことでも自分のできることをしていきたいと改めて思いました。


●サファリ

今年(西暦2002年平成14年)も6月30日に、プロジェクトの小学生たちは盛岡の吉田仁さんにナイロビ野生動物園へサファリ(野生動物見学)連れて行ってもらった。

毎年この時期、連れて行ってもらっている。子どもたちは、これを楽しみにしていて、いつも年始早々から「今年も『お絵かきパパ』(吉田さんのニックネーム)はサファリへ連れて行ってくれるよね」と私に尋ねる。
サファリ
私は、もし何かの都合でサファリが中止になるとも限らないので「いや、今年は日本も不景気だから連れて行ってもらえないな」と答えることにしている。

あいにく、この日は「晴天」で、動物たちはどこぞの草むらで昼寝をしているのか?例年ほど見られなかった。

しかし、吉田さんは、そんな子どもたちへ気を遣ってか?公園内にある「カバの池」へ散歩で連れて行って下さった。

池にカバは見当たらなかったが子ワニや大ガメが岸辺でひなたぼっこしている。猿の群も間近で観察でき子どもたちはサファリの楽しさを満喫していた。


●エイズカウンセリング

エイズ患者でエイズカウンセラーの女性と、カルリ氏、私とで会合を持つ。

彼女からエイズ患者の女性2名を紹介してもらい、面接して、その中から我々の専属エイズカウンセラーになる人を選ぶことにした。

選ばれた女性は前出のエイズカウンセラーに付き従ってエイズ患者のカウンセリングの仕方を学び、プロジェクトにカウンセリング室を設けカウンセリングを始める。

ところがエイズカウンセラーは1名しか候補を見つけ出せず、その紹介された女性も面接日に現れなかった。

エイズカウンセラーが言うには「エイズ患者が自分をエイズだと表明することは、とても勇気がいることなんです…」

しかし、それにもかかわらず先日あったエイズセミナーでは、聴講しているお母さんたちが、自主的にエイズで困っている人を捜し出し、その人の家へ出かけてエイズカウンセリングをしようという風に話が盛り上がっている。


●ODA・NGO見学会

ケニアで活動する日本のODA(日本大使館・国際協力事業団=ジャイカ)・NGOのネットワーク会議の方々13名が、(西暦2002年平成14年)6月20日に我々のプロジェクトを訪れる。

→関連URL:国際協力事業団(JICAジャイカ) 
http://www.jica.go.jp/

→関連URL:外務省>ケニア日本大使館 
http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/zaigai/news/kenya.html

ネットワーク会議。今年3度目の活動プロジェクト見学会。このグループがここを訪れるのは3年ぶり2度目。

もっとも訪れた方々の顔触れは前回と全員違い、ほとんどの方が初めて訪れた方で、初面識の方も数名いらした。


新しく小早川龍平様に、
継続して川上みゆき様に孤児の里親になっていただきました。

(西暦2002年平成14年)6月11日までに教育基金・自由寄付・会費等をいただいた方のお名前を載せさせていただきます。

■北海道
下口芙美恵様
新谷均様

■宮城
ウペポヤアフリカ様

■福島
酒井美智代様

■群馬
村岡三千代様

■千葉
山本禮子様
小林彰様
中村由美子様
遠藤七郎様
今村啓子様

■埼玉
岡部敏夫様
稲葉公子様
佐々木芳江様
小林好美子様
蒔田豊明様

■東京
荻原佐知子様
森下聖子様
稲葉房子様
池浦宗子様
久次環菊様
松本乃里子様
下川三代様
藤田明香様
経塚渡志也様
スマイルトウギャザー様
古川廊子様
牟田友希子様
「キ・アフリカ」様
笹田学様
千田裕様
小野法子様
藤田康祐樹様
黒坂美嵯子様
阿坂奈美様
永井美幸様
三輪里子様
斉藤和香子様

■神奈川
染谷佳子様

■静岡
細野節様

■愛知
小山み江子様

■大阪
渡辺視紗子様

■兵庫
ダイハン書房様

■福岡
永田千代子様

■ケニア
清野優様
森田紗代子様

ありがとうございました。
 
編集 荒川勝巳