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ビヨンボ通信ケニア発118号
発行数‥‥‥202部 
2001年1月15日発行 
原稿執筆・編集・カット・題字/荒川勝巳

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

今回から発行部数がほぼ倍に増え経費節約のため2種(日本では3種)郵便にしました。よろしくお願いします。
スクマ
私は西暦2000年平成12年12月13日、ケニアのナイロビ空港へ無事到着。空港出口の外には、カルリ園長に連れられた養護施設の子どもたちが、私を出迎えに来ていた。彼らは私がケニアを発つ3ヶ月前よりも幼く見える。

到着客を迎える大勢の人々に圧倒され、小さくなっているせいもあるかもしれないが「みんな大きくなっているだろうな」と期待する私の想像が大きすぎるためでもあるのだろう。

空港からキテンゲラ町へ向かう自動車の中から見える大地は土が乾いていて草もそう伸びていない。沿道に開かれたインゲン豆畑も1本の茎に2・3枚、葉を付いただけで実も付けずに成長を止め埃をかぶっている。

私はケニアの雨期の終わりの、目に鮮やかな緑とすがすがしい空気を期待したのに、これまた外れてしまった。その後、雨は例年、乾季のはずである正月過ぎに突如、降り出し、降り続いている。

キテンゲラの人々は思わぬ雨に喜び急いで畑へ野菜の苗を植えたり、豆を蒔いたり。しかし、これはもしかしてエルニーニョの影響では?


●クリスマスパーティー

子どもたちが1年で最も楽しみにしている12月22日のパーティーは今年、低調になりそうだった。

というのも我々は財政的な切り詰めを強化しているので、こういう予算は減る一方。それに私がケニアへ戻った当初に幾つも問題が起きてパーティーを準備する余裕が無かった。

それがパーティー2日前に、キテンゲラにある唯一の銀行〜コマーシャル銀行〜が食物や毛布、ノートなど3万円分寄付してくれたので、にわかにパーティーが活気づいた。
コマーシャル銀行  
今回はうちのプロジェクトと関係深い地域の診療所スタッフや、小学校先生やキリスト教会神父を招待しなかった。しかし、プロジェクトの子どもたちに加え、裁縫教室の生徒、近所のスラムの子どもやその親たちも多数加わったので、昨年同様の規模にふくらんだ。

また、在ケニアの日本人は、こちらの招待通知が遅れたため、数日前からプロジェクトへ泊まり込んでいたビデオカメラマンの中村賢二郎さん一人だけの参加。

ホールで昼のご馳走を食べる直前に、うちのクリスマスパーティーの慣例になっている「支援して下さっている方々」への長々のお祈りを行った。

食事の終わり頃にコマーシャル銀行キテンゲラ支店長と、本店幹部が背広姿をして自動車で駆けつける。「クリスマスシーズンは、あちこちでパーティーがあって忙しい」とのこと。

この2名が加わったことによりケニア人の好きなあの長い演説の時間が始まった。まず店長たちが「我々の銀行がいかにケニアの社会福祉に貢献しているか」について祝辞の中で述べた。

次にカルリ氏は「コマーシャル銀行は我々のプロジェクトへ企業としては初の記念すべき大きな寄付をしてくれたので、これをきっかけにこれからも寄付を続けて欲しい…」と述べ、最後に「そうだろう、みんな!」と子どもやお母さんたちへ同意を求めた。

それでみんなは「コマーシャル銀行どうもありがとう!」と一斉に銀行を持ち上げる。その次から演説する人や私もカルリ氏と同じやり方で銀行を褒めちぎったので、かの2名は終始、顔をほころばせっぱなし。

この後、子どもたちに飲み物が配られた。ケニアではビンのコーラやファンタをパーティーでラッパ飲みすることが常習のようになっている。でも人数分のビンのコーラ類は無い。

そこでカルリ氏は荒技をやってのけた。「子どもたちは、これでも満足する」と言いつつ、大きなバケツに濃縮ジュースと水を混ぜ、コーラやファンタをそこへぶち込みかき混ぜ別な飲み物を作った。
ラッパ飲み
それをまたビンに詰めて子どもたちに配る。子どもたちは味について不平も漏らさず「ラッパ飲みのスタイルをとることがクリスマスパーティーの醍醐味」とでも言いたげに、嬉しそうに他の子どもたちとワイワイやりながらチビリチビリとラッパ飲みを繰り返していた。

その晩、パーティーの残りのご馳走を、施設の子どもたちと夕食にして食べているとモラ寮母が「コマーシャル銀行はとてもいい。トウモロコシ粉や砂糖や調理油を沢山持ってきてくれたんだから。それに比べ日本人はなにも持ってこない(日本の訪問者は寄付として衣類や文房具を持ち込むことが多いが食料はあまりない)」と私をからかうようにワザと言う。

私が反論するより先にサボレ(10才・男)「でも、それは今日だけ。日本人は小学校の授業料やノートを出してくれる」と私が言おうとしたことを言った。

モラ寮母は「みんなはどう思う?コマーシャル銀行は、こんなに豆や、サッカーボールまで持ってきたのでコマーシャル銀行のほうがいいでしょ?」

そう言われると他の子どもたち、サボレの言うこともわからないではないが、まのあたりにした沢山の食糧と、いつも日本から援助してもらっていることへの劣等意識の反発から、それぞれ口ごもりながら「コマーシャル銀行のほうがいい。ケニア人のほうがいいんだ」と寮母に同調。

私は「日本人は日頃の食べ物だって買ってくれるし建物だって建ててくれるんだ」。するとモラ寮母「日頃の食物は園長がナイロビから買ってくるんだし、建物があったって食物が無ければ生きていけない」と屁理屈。

そこで私「建物がいらないなら外へ出ろ」と言うとサボレも「出ろ出ろ」と言って、ひとまず決着。


●ジョギング

ケニアに到着した翌日、私がスタッフ宿舎の自分の部屋でぐっすり寝入っていると、朝早くから部屋の鉄ドアをドドドドッとおもいっきり叩く音。
ジョギング
何事かと思ってドアを開けるとサボレがニコニコしながらそこに立っている。「アンコー(私のニックネーム)走ろう!」

『そういえば施設の子どもたちは、このクリスマス休暇(11月末〜1月始め)に毎日、早朝走っていると言ってたな』と思いだし、しかたなく私も一緒に走ることに。

ただし男の子たちと同じコースでは距離が長すぎるので、慣れるまでズーラ(9才・女)と同じコースで勘弁してもらった。同時に皆で走り出したのだが私が最後に息を切らしてプロジェクトの門へ入ってきた。

それを待ち構えていた子どもたちの中、カゲゼ(13才・男)が「アンコーは日本で美味しいものばかり食べて太ったので走れなくなったんだ」と言ったので、みんなどっと笑い出した。

子どもたちが走るコースは、私が日本へ行く前と別のコースで、しかも短くなっていた。このところ人さらいがケニアで続発し、その子どもたちは殺されている。

「悪魔払いが祈とうのためにさらって殺している」との話。そこで子どもたちは、自分たちもさらわれるのではと心配して、人の往来の多いところを走ることにした。


●入院

中村賢二郎さんがウガンダへ行ってマラリアにかかりケニアへ戻ってきた。

2日後に無理をして私をナイロビ空港まで迎えに出て、そこで倒れてしまった。我々は、あわてて彼をナイロビ市内の病院に担ぎ込み、中村さんは病院の個室に寝かされる。

次の日、私とカルリ氏は病院へ見舞いに行くと、看護婦たちは中村さんをほったらかしにして食事も与えない様子。腹がたったので病院の先生に抗議した。

すると先生「看護婦たちはウガンダで今、流行っているエボラ熱を心配して彼に近づこうとしないんだ」との答え。思わず納得。


●西暦2000年平成12年12月のプロジェクト訪問者

・岩崎ユウさん 大学生
・高橋トキさん スワヒリ語学生


●日本からの当ケニア・プロジェクトへの連絡方法

航空郵便が一般的です。

ここまで日本から10日間位で届きますが、札やそれに似たものを同封した場合、盗難にあって届かないことがあります。
(Web Masterより:田野さん宛に送られてきた当ビヨンボ通信の封筒も一部、封が開いてました)

電話は料金が高く電話のある事務室から私の部屋まで50mほど離れているので呼び出しに時間がかかります。

私の持っているEメール機械は充電式なので電気の来ていないプロジェクトでも使っていますのでEメールでもどうぞ。アドレスはトップページに記載してます。

詳細につきましてはココをクリックしてください。


●西暦2000年平成12年の日本での活動状況

私の日本での活動は「サイディアフラハを支える会」事務局や、その他、多くのボランティアの方々に支えられ、無事終わることができました。

今年は昨年と比べ格段に催し物参加や報告会が増えました。これは「サイディアフラハを支える会」事務局が、今までの山下さん、横山以外に、Dさん、小野章男さん、奥村康子さんに加わってもらって幅広い活動を展開できたことが大きいです。

そしてピータ・カルリ園長の初来日は、これらの活動に刺激をもたらし活性化させてくれました。

報告会は、時には文化交流的要素を強く打ち出し、ケニア料理・スワヒリ語・遊びを取り入れることにより親しみやすくし、大阪での報告会では子どもたちも巻き込むことができました。

「サイディアフラハを支える会」事務局の人たちは私の居ない間も活動を続けていますので、手伝っていただける方がありましたら助かります。

お問い合わせは日本事務局「サイディアフラハを支える会」までお願いします。


●切手と絵葉書

子どもたちの絵葉書に貼る使用済み切手を沢山の方からいただきまして、どうも有り難うございました。

これで2、3年は、もつことでしょう。なお、子どもたちに描いてもらった絵葉書は数に限りがありますので、報告会参加者等の方には通信に同封しませんでした。ご了承ください。

カード
(Web Masterより:田野さん宛に送られてきたカードです)


●プロジェクト製品委託店募集

「サイディアフラハを支える会」会員の新井和美さんのアフリカ民芸品の店「ポレポレ」にうちのプロジェクトのお母さんが作ったアクセサリー製品などを置いてもらっています。

他にもうちの製品を置いていただける店を募集します。宜しくお願いいたします。

「ポレポレ」についてはココをクリックしてください。


継続して 若木美代子様・遠藤七郎様に、
新しく  植月高志、祥太様・内田恵子様に、
孤児の里親になっていただきました。

西暦2000年平成12年12月29日までに教育基金・自由寄付・会費等をいただいた方のお名前を載せさせていただきます。

■兵庫
ダイハン書房様
山脇豊様

■大阪
伊倉かゑこ様
渡辺視紗子様
岡本栄一様
馬淵由利子様
坂田洋美様

■富山
古崎すえり様

■神奈川
吉濱みち子様
染谷佳子様
鶴見西口カフェ様
宮内聰思様

■東京
内山奨様
下川三代様
藤田哲司様
横河電気様
いずみの会様
小野法子様
日本中近東アフリカ婦人会様
高橋優香様
多巳江と仲間たち様
大森京子様
稲葉房子様
梶野幸三様
萩原佐千子様
タカの京子様
ゲタバキコンサート事務局
佐々木広史様

■埼玉
稲葉公子様
斉藤有朋様
古沢貞雄様
勝俣征司様

■千葉
小林彰様
田中、中嶋祐子様
松本圭子様
立川葵様
森岡礼子様
冨永幸彦様

■群馬
砂が由美子様
村岡三千代様

■新潟
小林たず子様
丸山悦子様

■福島
加藤妙子様

■北海道
小野幸子様
木村拓夫様
下口芙美恵様
松村久代様

■岩手
盛岡講演会様

サバンナクラブ様・日航労組様

ありがとうございました。


組織運営図を載せました。ご高覧ください。下の画像をクリックすると大きな画像を表示します。宜しくお願いいたします。


 

編集 荒川勝巳