2004年9月12日 学び会「福音派とは何か」 平岡広志

(1)現在のキリスト教界の状況

 従来、キリスト教界は「教派」によって区分けされてきた。勿論この区分けは現在でも有効ではあるが、現在のキリスト教界を明確に区分けしているのは、「教派」ではなく「リベラル派」「福音派」「聖霊派」という3つのカテゴリーである。

 それでは一体、これらの3つの「派」は何を意味しているのだろうか。リベラル派とは何か? 福音派とは何か? 聖霊派とは何か? 本日の学び会は、このことに焦点を当てて考えてみたい。(今回は特に「リベラル派と福音派」を中心に考え、「聖霊派」についての詳細は、後日改めて論ずることにしたい)


(2)「リベラル派」と「福音派」の「相互無理解」

 「リベラル派」「福音派」「聖霊派」というのは極めて現代的な区分けである。以前(というか昔)は、このような区分けはなかった。勿論、現在のこれらの区分けで呼ばれる立場の教派や教会は個々に存在してはいたが、それがこのような名称で「色分け」されることはなかった。

 しかし、20世紀に入ってから次第にこれらの立場の違いによる、キリスト教界における住み分けが明確化されてゆき、福音派とリベラル派は、各々の立場の中だけで交わりを持って、他の立場の諸教派や教会との交わりはほとんど持たない、むしろ、自分たちの立場だけが正しくて、他の立場は間違っていると主張する、従来の「教派主義」にも似た状況が長く続いてきた。

 私は富士川教会に来る前は、日本基督教団の教会(リベラル派)に属していたが、そこでは福音派の諸教会との交わりは殆どなかったと言ってよい。他の教会との合同の集会のほとんどは、日本基督教団内でのものであったし、超教派の集会の場合でも、そこに出席する教会は、ほとんどがリベラル派の教会であった。従って、福音派では知らない人のいない「ビリー・グラハム」「本田弘慈」「羽鳥明」といった有名な伝道者についても、どこかで名前くらいは聞いたことはあっても、それがどんな人たちなのか具体的なことは殆ど知らなかったし、また知る必要もなかったし、知らなくても恥ではなかった。だから、それらの人たちによる集会が近隣であったとしても、案内もなかったし、参加を呼びかけられたこともなかったし、また、仮に誰かから誘われることがあったとしても参加したいとも思わなかった。

 むしろ、私などは、それらの伝道者たちに代表される「マス伝道」集会というものを、感情的に人々をコントロールしてキリスト教に引っ張り込もうとする怪しげな集会として、ある意味の嫌悪感さえ持っていたし、「自分たちの教会はそのような怪しげな伝道はしない」という自負心さえもあった。

 これは何も私の個人的な感想や考えではない。例えば、1961年に開かれた東京クルセードでは、福音派および日本基督教団内の福音派寄りの諸教会が協力して大規模な伝道集会を繰り広げたが、同時に、激しい反対運動も繰り広げられた。それは多分に誤解に基づく偏見から来ていた反対であると言えるが、「このようなマス伝道は群集心理を利用した感情的・熱狂的な伝道であり、同時に反共という政治的に偏向した集会であり、日本のキリスト教界への新奇な闖入者(ちんにゅうしゃ)である。日本にはこれまで築いてきた伝道のやり方があるのだから、余計なことをしないでほしい」というものである。そして、このような伝道をされることは有害であり迷惑だとして、反対声明や反対パンフレットが出され、また東京都に対して会場となる都立千駄ヶ谷体育館の使用許可差し止めを求める申請が出されるなど、波乱に満ちた集会となった。ちなみに、このクルセードのメイン講師ボブ・ピアスは、福音派の慈善団体である「ワールドビジョン」の創始者である。

 しかし、自分と異なる立場に対するそのような拒否反応は福音派においても同様であった。いや、むしろ福音派の教会の方が、リベラル派の教会に対して強い嫌悪感や敵対感を持っていたのではないかと思われる。福音派は、自分たちこそが聖書に忠実であって、リベラル派の教会は聖書を信じていないと考え、そのことを強く非難してきた。確かに、リベラル派の中で極端な「自由主義」の立場をとる教会の中には、そのような教会もあるかも知れない。しかし大多数のリベラル派の教会は「聖書は神の言葉であり、信仰と生活の誤りなき規範」であると信じ、また、礼拝の説教もそのように語られている。しかし多くの福音派の人たちは「リベラル派は聖書を信じていない」と考えたり、教えられたりしてきた。そのことを、日本ナザレン教団の喜田川信という先生は次のように書いている。

「・・・・つまり、自分たち(福音派)の信仰こそが聖書信仰であって、他のものは凡て自由主義であるという感覚である。これこそがファンダメンタリズム(根本主義・原理主義)の感覚に他ならない。なぜなら日本の教会の大部分は極めて聖書的であり、イエス・キリストの十字架と復活を中心メッセージと信じる正統的なものであるからである。(中略)。にもかかわらず泉田氏はそれら一切をひっくるめて自由派となして福音派と対照させておられる。 
 『ファンダメンタリズム』付論「日本におけるファンダメンタリズム」

 昔は、プロテスタント教会⇔カトリック教会という図式で深い溝があった。しかし現在はリベラル派⇔福音派という図式での溝の方が深いと言える。リベラル派はカトリックとの間に相互理解と一致の道を図ろうと努力し(エキュメニカル運動)、両者の溝は次第に埋まりつつある。その具体的な表れが「新共同訳聖書」である。ここで言われる「共同」とは「プロテスタントとカトリックの共同」という意味であるが、福音派の教会の多くは「新共同訳」の意義を積極的には評価しないし、場合によっては否定的な評価を下すこともある。そもそも、福音派の教会で用いられている「新改訳聖書」というのは、従来広く用いられてきた「口語訳聖書」の翻訳に不満な福音派の指導者たちによって翻訳された聖書である。これからも福音派の教会で用いられる聖書は、基本的に「新改訳」であり、またリベラル派の教会で用いられるのは「口語訳」「新共同訳」だろうと思う。(勿論、例外はある。富士川教会の属する日本同盟基督教団の中でも、中野教会は「新共同訳」を使用しているし、日本イエス・キリスト教団の公式聖書は「口語訳」である)

 以上のように、リベラル派と福音派との間にはこれまで深い溝と大きな軋轢が存在した。最近では、それは幾分和らいできており、以前のような露骨な反対や嫌悪感は影をひそめてきてはいるが、深いところでは依然として大きな「相互無理解」の壁が立ちはだかっているように感じられる。

例えば、インターネット掲示板「2チャンネル」の「福音派」関係の書き込みを読むと、リベラル派と福音派の「ののしり合い」には目をそむけたくなるようなものがたくさんある。福音派はリベラル派を「社会運動にうつつを抜かして、肝心の聖書を信じていない似非クリスチャン」、リベラル派は福音派を「頑迷で反知性的なファンダメンタリスト」と非難し合っているのを見ると悲しくなります。


(3)「福音派」と「リベラル派」の違い

\蚕餞
 「福音派」を決定的に特徴づけるのは「聖書観」においてである。「福音主義」という言葉には非常に幅広い意味がある(例えばカトリック教会に対してプロテスタント教会は福音主義である。リベラル派の中で社会派に対する福音主義派がある。リベラル派に対して福音派は福音主義である、など)が、福音派における「福音主義」とは、「聖書主義」と同義語であると言っても過言ではない。すなわち、福音派は聖書全体一言一句が神の霊感によって書かれた誤りなき神の言葉であるという立場に立っている。これを「聖書の十全霊感」説という。これに対応するのは「部分霊感」という言葉である。これは、聖書のうちの特定の書物や特定の部分が霊感を受けて書かれたものであるという説であり、福音派はリベラル派を批判するとき、よく「リベラル派は部分霊感」であるという言い方をする。しかしこれは誤解である。リベラル派の代表とみなされている日本基督教団の信仰告白の中でも「旧新約聖書は,神の霊感によりて成り,キリストを証し,福音の真理を示し,教会の拠るべき唯一の正典なり。されば聖書は聖霊によりて,神につき,救ひにつきて,全き知識を我らに与ふる神の言にして,信仰と生活との誤りなき規範なり」となっていて、聖書の持つ権威は決して部分的に限定されたものではない。それでは、いったい福音派とリベラル派の聖書観の違いはどこにあるのだろうか?

   第一に、福音派では聖書は、そのまま(厳密にいえば原典において)神の言葉そのものであるのに対して、リベラル派では、聖書は神の霊感を受けて書かれたものではあるけれども、書かれた文字が「機械的に」神の言葉なのではなくて、それを読む人が聖霊の力を受けて読むときに、「神の言葉になる」という点である。福音派の聖書観「十全霊感」は別の言い方では「逐語霊感」と言うが、この立場に立つと、聖書の文字がそのまま機械的に神の言葉として絶対的な権威を持つことになる。このことを批判して、エミール・ブルンナーという神学者は「紙の教皇」という言い方をしている。すなわち、ローマ・カトリック教会が、ローマ教皇に絶対的な権威を置いて偶像化したように、福音派は聖書の「文字」に絶対的な権威を置いてしまい、新たな偶像化をしているという批判である。ここで福音派からは、プロテスタント教会の三大原理「聖書のみ」「信仰のみ」「万人祭司」のうちの「聖書のみ」に忠実であるのが何で悪いのか、という反論が出てくるであろう。しかし、宗教改革の基本原理のうち「聖書のみ」は「形式原理」と呼ばれ、「信仰のみ」は「内容原理」と呼ばれていることに注意したい。宗教改革者が「聖書のみ」と言ったのは、聖書の文字を機械的に神の言葉とせよ、と言う意味ではなく、形式として与えられている聖書の中から、内容としての信仰を読み取ることの大切さであったのではないだろうか。それゆえに、逐語霊感については「御子を飼葉桶と一緒に飲み込んでしまっている」という言い方で批判されることがある。聖書の中で語られている中心的メッセージ(御子)と、それを語るために用いられる当時の世界観(飼葉桶)を区別して、聖書が語ろうとしている中心的メッセージを読み取ることこそが大切なのだ、とリベラル派は考えるわけである。そうすると、福音派からは「そら見ろ、やっぱりリベラル派は十全霊感ではなく部分霊感ではないか」という批判が出てくると思う。しかし、私はそれに対して「否」と言いたい。リベラル派が聖書を解釈するとき、あらかじめ「この部分は神の言葉であり、この部分はそうではない」という前提はない。聖書はあくまでも全体が聖書なのであり、神の言葉の部分とそうでない部分に分けることはできない。言い方を変えれば、聖書のどの個所からも神の言葉(メッセージ)を聴くことができる。しかし同時に、どの個所においても聖書は「文字」として神の言葉ではなく、中心メッセージは「聖書の文字」という「飼葉桶」の中に入れられている「御子」なのである。このことをカール・バルトという神学者は「Sache」(ザッヘ、事柄)という言葉で表現し、ルドルフ・ブルトマンという聖書学者は「非神話化」という解釈学的方法論を提唱した。

 さらに、以上のこととも密接に関係するのだが、聖書を「誤りなき規範」と言うときの「誤りなき」の意味をどのように考えるのか、という点においても違いが出てくる。「聖書は誤りなき神の言葉」という言い方には次の二つの意味がある。すなわち、無謬性(infallibility)と無誤性(inerrancy)である。

 聖書は「無謬(infallibility)」であるというときには、「聖書は信仰の事柄に関して誤りがない」ということを意味している。しかし「聖書は無誤(inerrancy)である」というとき、それは「聖書は信仰の事柄だけでなく、科学的、歴史的にも正しい」ということを意味する。これは非常に重大な違いである。

 実は、「聖書は誤りがない」というとき、昔は「無謬」という言葉ひとつで表していた。しかし19世紀になってアカデミックな批評的聖書学が台頭してくるに従って、「誤りのない」ということの意味が厳密に論議されるようになってきて、「誤りのない」のは「信仰の事柄」に限定されるという解釈が有力になってきた。これに危機感を感じた福音派の人々が「無誤」という概念と言葉を使用するようになった。

 「無謬」と「無誤」では聖書の解釈に大きな違いが出てくる。代表的なのは創世記最初の天地創造の物語である。ここを文字通り解釈する人(いわゆる創造論者)は、恐らくリベラルな立場の人の中にはいないと思う。しかし、だからと言ってリベラルな教会はここを神の言葉として読まないのかと言えば、そうではない。創造物語の中に隠されている主題を読み取り、そこから福音のメッセージが語られるのである。

 聖書をそのまま神の言葉と理解するか否かによって、聖書学の方法論も影響を受けることになる。福音派にとって聖書は犯すべからざる神聖なものであり、人間が学問的研究対象とすることは不敬なこととされる傾向がある。具体的には、モーセ五書のJEDP文書仮説やダニエル書の歴史的批評的文書成立仮説、福音書のQ資料仮説、パウロ書簡の著者問題など、いわゆる高等批評と呼ばれる研究には否定的な評価が下される傾向にある。その一方で、聖書本文を確定する本文批評は盛んである。これは福音派の聖書観の積極的な面であると言えるだろう。


奇跡について
 前項においてリベラル派と福音派の聖書観の違いについて述べたが、このことは、聖書に記された「奇跡」の理解の相違において明確に表われる。

 福音派においては、奇跡は、神がこの世界に直接的に介入することによって起こされる超自然的な現象を意味している。例えば、出エジプトの時にエジプト軍に追われたイスラエルの民が、真っ二つに裂けた海の底を渡ったとか、主イエスが五つのパンと二匹の魚で5千人の人を満腹させたとか、病人を癒したとか、死人を生き返らせたとか、非常にたくさんの奇跡物語が聖書には記されているが、これら全ては神の奇跡的行為としてそのまま実際に起こった出来事として受け入れられる。ここでいう「実際に起こった」というときの「実際」とは「史実として」という意味である。聖書は神の言葉であるから「歴史的」にも「科学的」にも正しいという立場がここで明確に示される。「科学的」に正しいということは、次の二つの理由において主張される。

一つ目の理由・・・「科学的に正しい」ということは「自然の法則に反していない」ということである。しかし、「自然」も「自然の法則」も、もともと神様が造ったものである。従って、神様は何か必要がある場合には、自然の中に直接的に介入して、自然の法則を超えた行為(奇跡)を行うことができるのだ。例えば人間の世界においても、自動車は道路の左側を走らなければならないという規則がある。しかし病人や怪我人を救うために救急車は道路の右側を走ることができる。いわば、奇跡は、神様が人間を救うために道路の右側を走らせる救急車のようなものであり、それは、自然の法則を造った神様ご自身の業であるのだから、自然の法則に反しているからと言って、それは科学的に間違っていると非難することはできない。

二つ目の理由・・・「科学的」という言葉を現代人はよく使うが、「科学的」というものは、本当に絶対的なものなのだろうか。「科学」を「信仰」の代替としているだけではないだろうか。また「科学的なことこそが大切だ」と言って聖書を「非科学的な書物だ」と批判する人こそ、科学の本質を本当には理解していない「非科学的」な人間なのではないだろうか。本当の「科学」を知れば知るほど、聖書に書かれた奇跡的な業が「非科学的」なものであるどころか「科学的」に説明される時代に入っているのであり、最先端の研究をしている自然科学者の中に神様を信じる者が次々と起こされているではないか。

これに対してリベラル派では次のように奇跡を理解する。すなわち、自然律に反した不可思議な現象を「異象(ミラクル)」と呼び、「奇跡(ワンダー)」と区別する。「奇跡」とは「異象」と区別された「神の歴史的行為」を意味する。ここでいう「歴史的」とは「史実としての歴史(Historie)」とは区別された「実存史(Geschichte)」の意味であることに注意されたい。「奇跡」は「信仰の領域」での問題であり、「異象」は「世界観の領域」での問題である。「世界観」の問題であるということは、「異象」は「現象」に即して理解されるものだということである。「現象」に即して理解されるということは、それがたとえ「異常な現象」であっても、「現象」である限りは「認識」の対象として普遍的に認識できるものだということである。そこには「信仰」に基づく「決断」は必要とされない。従って「異象」は、そのままでは「信仰」とは何の関わりも持たないものである。それに対して「奇跡」は「信仰の領域、本質の領域」に属するものである。「奇跡」が意味を持つのは、その内容の宗教性にある。「異象」が「現象」の領域に属するのに対して「奇跡」は「本質」の領域に属する。「奇跡」を「奇跡」たらしめるのは、その内容の持つ「宗教的意味」である。「意味」は、それを決断によって受け入れる者にとってのみ生きてくる。例えば「友情」とか「愛」というものは、二人の人間同士の間における関係の中でこそ意味を持っているのであって、「二人の間の愛や友情」は全ての人間において普遍的に認識されるものではない。しかし普遍的に認識され得ないからその友情や愛は存在しないのかといえば、それらは間違いなく存在するのである。このように「異象」が「認識されるものとして」存在するのに対して、「奇跡」は「信仰されるものとして」存在する。従って、聖書に記されている「奇跡」について、リベラル派は「この奇跡はどういう信仰的意味を持ち、私たちに何を伝えようとしているのか」ということに焦点を絞って聖書を読み解釈する。「この奇跡は認識可能な出来事として本当に起こったのか」という論議は、不毛な論議として論議されない。しかし、その場合、その奇跡が「史的事実としては起きなかった」と言っているのではないことに注意されたい。「史的事実」として起きたか起きなかったかは「関心の対象外」ということである。起きたかも知れないし、起きなかったかも知れない。しかし、「史的事実」ではないとしても、それで聖書の権威が傷つくわけではない。大切な「事実」は「史的事実」ではなく、「信仰的な事実」であるからである。「信仰的な事実」とは、言い方を変えれば「真実」ということになる。リベラル派では、「事実」という意味においてではなく「真実」という意味において聖書は「誤りがない」と考えるのである。


A反タ棲悗諒野に関して
リベラル派においては、組織神学の分野では様々な哲学的手法や方法論を用いて神学が体系づけられるが、福音派においては、聖書は聖書そのものによって理解されるという考えが徹底しているため、特に現代思想と聖書との関わりという分野においては残念ながら卓越した神学者は見当たらない。(最近注目を集めている福音派の神学者にアリスター・E・マクグラスがいる。福音派といっても、英国国教会のローチャーチなので、教派そのものが福音派ではないが・・・。このマクグラスは福音派からもリベラル派からも著作の翻訳が相次いで出版され、また来日の折には、講師として福音派からもリベラル派からも招かれている。このような神学者は今まで存在しなかった。まさに福音派とリベラル派の架け橋のような人である)。しかし、リベラルな神学が無条件で良いかと言えばそうでもなく、一時的に流行しても時の経過という試練に耐えられずに消えていく神学も多い。例えば数十年前に流行した「神の死の神学」や「状況倫理」「プロセス神学」などは現在においてはほとんど省みられていない。そういう意味で、時代の状況や流行に左右されない福音派の神学は保守的かも知れないが堅実であるという見方もできる。ちなみに、現在の日本の福音派における組織神学の分野を代表する三人の神学者を紹介したい。一人は「宇田進」先生である。宇田先生はもともとリベラルな教会出身であられるが、現在は福音派神学の代表的な擁護者である。リベラルな神学には非常に造詣が深く、その学識はとても深い。福音派神学界の重鎮とでも言うべき方である。その立場は、リベラル神学を十分に理解し咀嚼した上で批判し、福音派神学を擁護し弁証するというもので、その点は非常にはっきりとしている。この先生の書かれたものを読むと、失礼ながら「福音派にも、こんな本格的な神学者がいるのか」と驚くほどである。福音派の保守的な神学を学問的に語ることのできる数少ない神学者の一人である。二人目は、日本ナザレン教団の喜田川信先生である。保守的教派に属し、保守派の良い面を持ちながら、同時に保守的神学を批判的に見る眼を持ち、リベラル神学に造詣が深く、リベラル派からも評価の高い先生である。このような先生が保守派とリベラル派の掛け橋となるのだと思う。三人目は、東京基督教大学教授の「稲垣久和」先生である。この先生は、一言で表現すると、福音派に属しているリベラル神学者(ご自身の専門はキリスト教哲学とおっしゃっている)ということになろうか。この先生の書かれたものを、知らずに読めば、十人中九人または十人はリベラル派の神学者の著作だと思うだろう。このような神学者が福音派の中におられるというのは、二〜三十年前には想像もつかなかった。今後は、福音派の中にも、このようなリベラルな学者が増えてくるのかなあと思うと感慨深いものがある。 尚、蛇足かも知れないが、日本の福音派神学の牙城であるはずの東京基督教大学の組織神学部門は、稲垣先生に象徴されるように近年リベラル化が進んでいるように思える。(私の気のせいかもしれないが・・・)


そ末論について
リベラル派と福音派において理解の仕方に顕著な差があるのは終末の理解だと思う。リベラル派では、「終末論」という言い方はよくするが、「再臨」という用語には多少の抵抗を感じる。リベラル派においては「終末論」は未来の出来事として理解するというよりも、現在の実存的な生き方を規定するものとして語られる場合が多い。勿論、未来的要素の面が全く無視されることはないが、例えばヨハネの黙示録やテサロニケ人への手紙等に描かれた終末の描写をそのまま受け入れるということは少ない。むしろ、それらを非神話化したり、象徴的解釈をしたりして将来の出来事である終末を現在化する作業がなされる傾向が強い。例えば「いのちのことば社」から出版されている終末に関する書籍の内容は、聖書に預言された終末の出来事がいかにしてこの世界に実現していくかということが詳細に論じられている。しかし、リベラルな傾向の出版社、例えば日本基督教団出版局や新教出版社から出されている書物の中に、そのような内容の書物は見当たらない。勿論、終末論に関する書物は出版されているが、その内容は福音派のそれとは明らかに異なっている。例えば、「携挙」という言葉がある。テサロニケ人への手紙の中に記されている空中再臨の時の出来事であるが、リベラル派の教会で「携挙」という言葉はほとんど使用されない。こういう言葉があることさえ知らない人も多いと思われる。また、千年王国に関しても、終末に関する福音派の書物では、再臨は千年王国の前か後かという議論、「千年期前再臨説」「千年期後再臨説」という議論がなされるが、リベラル派における終末論では、このような議論はほとんどされない。この議論が取り上げられるとしたら、様々な終末論を紹介する中で、保守的な終末理解のひとつの例として紹介される程度に過ぎない。このことは福音派とリベラル派の特徴の一面をよく表していると思う。


ヅ粗擦砲弔い討旅佑方
 リベラル派と福音派の違いがよく表れているのは伝道方法である。福音派はその名前のとおり福音を単純率直に伝道する。それが形として表れるのがビリー・グラハムに代表されるマス伝道、大衆伝道である。福音派はその初期において野外テントでの伝道集会から始まったという歴史を持っているので、現在においてもこのような伝道方式が主流であるが、リベラル派ではこのようなマス伝道は、ほとんど行われない。勿論、福音派が主催するマス伝道に協力する教会はあるが、リベラル派主催のマス伝道はほとんど行われない(と言うか、行われた実例を私は知らない)。また、バイブルキャンプを通して回心や決心を促すということもない。確かに複数の教会が合同で行う教会学校修養会や中高生修養会などはあるが、集会の最後でキャンプファイヤーを囲んで回心や決心の証の場とするというようなプログラムは行われないのが一般的である。

 この傾向は例えば神学校における夏期伝道実習のやり方についても表われる。例えば、福音派の代表的な神学校である東京キリスト教大学の夏期伝道は、伝道チームを組んで1週間位の期間、教会に遣わされて、そこで伝道集会を主催したり手伝ったりする。しかしリベラル派の神学校における夏期伝道実習は、チームではなく一人一人がそれぞれ各教会に遣わされ、そこで1ケ月くらい住み込んで牧師と共に教会の奉仕に携わる。聖日礼拝説教、祈祷会の聖書研究、家庭集会における聖書の学び、家庭訪問、病床訪問などを実地的に学ぶのである。例外的に、夏期伝道を伝道集会の機会とする教会もあるだろうが、それは上記の実際的な学びの一環としてである。リベラル派においては、直接的な「伝道」よりも「牧会」の方が重視される傾向にあると私は思う。

 リベラル派における伝道の第一目的は、キリストの福音によって、キリスト者として社会の中でどのように生きていくべきかを実存的に考え、主体的に実行していく人間を生み出すことであり、従って求道者に積極的に救いの教えを説き、回心者の数を増やしていこうという意識は薄い。むしろ、毎週の礼拝を通して本人が主体的に変えられてゆき、回心については機が自然と熟すのを静かに待つといった感じである。確かにリベラル派の教会においても伝道集会を行うが、あくまでも伝道の主体は毎週の聖日礼拝なのであり、毎週こつこつと守る礼拝こそが伝道なのだという考え方が主流である。だから、リベラル派の教会が行う伝道集会においては、集会の最後に「招き」をすることはない。伝道集会の目的は、人々に神の福音を伝えて礼拝に招くためであって、「その場で回心させることではない」からである。それゆえに、リベラル派の教勢は数字の上では伸び悩む傾向がある。福音派の教勢の成長率はリベラル派をはるかに上回るが、それは以上のような伝道の考え方の違いによることが大きく影響しており、単純に数の上からだけの比較はできないと私は思う。


(4)日本の教会史における福音派の位置づけ
 2000年5月に一冊の本がいのちのことば社から出版された。『日本における福音派の歴史――もう一つの日本キリスト教史』という本である。著者は新潟聖書学院院長の中村敏(さとし)牧師。

この本はふたつの意味で画期的な本であると私は思う。一つ目は、副題の「もう一つの日本キリスト教史」という言葉が端的に示している。つまり、この本が出版されるまで、福音派の歴史を体系的にまとめた本はなく、教会史の傍流としてリベラル派の歴史の影に隠されていた、しかし、そのようなリベラル派の歴史とは別に「もうひとつの日本キリスト教史があるのだ」ということをこの副題は表現しているのである。勿論、福音派の歴史は小さな本やパンフレット、また何か大きな本の一項目のような形では存在したかも知れないが、少なくとも体系だった一冊の本としては本書が最初である。それまでの日本キリスト教史の本はリベラル派の著者によって書かれ、そしてそこには福音派の歴史はほとんど載っていなかった。例外として、中田重治のホーリネス教会は戦時中の宗教弾圧事件の関係で記載されることはあったが、福音派全体を総括的にまとめたものは、ケアンズの『基督教全史』の巻末に収載された「日本基督教史」とか、日本福音同盟10周年記念誌『はばたく日本の福音派』、15周年記念誌『日本の福音派』等にとどまっていた。その理由は、リベラル派の教派は大教派が多いのに対して、福音派は小教派の集まりだったということも影響している。また「福音派」とは何か、その定義が曖昧だったことも理由の一つとして挙げられる。『日本における福音派の歴史――もう一つの日本キリスト教史』において著者の中村氏は、福音派を「聖書の十全霊感を信じるすべての教会を指す」と定義し、その線に沿って本書を執筆した。福音派をそのように明確に定義することによって初めてこの書物は完成したと言える。

 この本が画期的である二つ目の理由は、本書によって、日本の福音派のルーツが明治の初年、つまりプロテスタント宣教の初めにさかのぼることを明らかにしたことである。明治の初め、日本で最初のプロテスタント教会「日本基督公会」が誕生したが、この教会の母胎となったのは1846年にロンドンで結成された「福音同盟会」というミッションだった。この団体はその結成にあたり、9ケ条の信仰規準を掲げていたが、その第一条は「聖書は神の霊感によって成ったものであり、権威と十全性を有すること」という宣言だった。9ケ条は後に簡略化されていったが、この第一条だけは最後まで変わらなかった。福音同盟会は19世紀の間は唯一の国際的な超教派団体として大きな影響力を持っていた。そして20世紀に入ってこの団体の働きは、福音派の世界団体である世界福音同盟に引継がれていく。この福音同盟会こそが日本のプロテスタント教会の生みの親なのである。そして日本に初めて誕生した日本基督公会は「日本基督公会条令」と呼ばれる信仰規則を定めたが、その信仰告白の部分は、誕生母胎である福音同盟会の9ケ条の直訳であった。ということは、日本最初の教会こそが聖書の十全霊感を告白する福音派の信仰を告白しているのである。この意味で日本最初のプロテスタント教会こそが「福音派」の教会であるとも言えるのである。その後、この教会は日本基督教会に属するリベラルな教会として福音派とは別の歩みをしていくわけであるが、その誕生においては福音派と密接な関係を持っていたことになる。日本における福音派は、これまでキリスト教史の中で傍流として扱われてきたが、そのルーツにさかのぼれば傍流どころか主流中の主流であったことがわかる。『日本における福音派の歴史』は、そのことを我々の前に明らかにした点で画期的な書物であると言える。


(5)終わりに
 福音派とは何か、ということを自分なりに明らかにしようと、思うままに筆を進めてきましたが、考えていることの半分も語ることのできないもどかしさを感じながら、限られた時間内では如何ともしがたいので今日はこれで終わりにします。この学びの文章は、リベラル派で生まれ育ってきた私の視点から書かれているので、勘違いや思い込み、間違いがたくさんあると思います。気づいた点を教えて下されば幸いです。




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