人生は様々だ。
過去の栄光を引きずったまま寂しい晩年を送る人、
平凡な人生の晩年に波瀾が訪れる人、
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真田昌幸、65歳.。

頭脳プレイで徳川の大軍を2度も撃退した大将だが、
←ここ高野山九度山に押し込められた11年間に
すっかりしおれてしまい、今ではただの爺だった。
「よいか、信繁、戦の勝敗は刀や鉄砲では決まらぬ。
大切なのは心じゃ。それさえ知れば数千の軍勢も恐るに足りぬ。」
語るのは昔、徳川の軍勢に一泡ふかせたの手柄話ばかり。
過去の栄光を繰り返し始めるのは老いの証拠だ。
共に暮らす息子「信繁」も40代の中年男。
親子の会話はいつも同じだった。

一方で長男「信之」は徳川家家臣として大活躍。

が、家康は彼を重用しつつも昌幸の事は恨んでいたのだ。
昌幸、信繁親子を一生ここに閉じ込めておくつもりだった。

”この十余年、生き延びてきたのはそなたにもう一度会いたかったからです。
・・・何とか回復してもう一度だけでも顔を見たい。”

昌幸の信之への手紙にはこうある。

「家康め・・家康め・・」、彼は病に伏し、呪いの言葉を繰り返すようになった。
その年、慶長16年(1611)6月4日、昌幸はひっそりとこの世を去る。
後には信繁がポツンと取り残された。

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