平成11年の活動記録


平成11年1月9日
西荻窪「B小屋」にて 平成11年新年会だぜ〜っ!

参加メンバー

会長・O長老・Y厚生大臣・H島さん・D.Chan


新年会会場は、昨年末忘年会に引き続き、西荻窪「B小屋」にて午後8時より開催されました。今年はクラブゴクウ創立10周年との事でアニバーサリィ10クラブゴクウだぜい !大祝賀会 も併せてとり行われたのであります。

会に先立ち、カリスマ会長からの年頭にあたり、今年も自転車精神にのっとりうんぬんの話もあったようですが、書記は、目の前の刺身の盛り合わせをにらみながら、まずは鰺のタタキからにするか?脂ののったハマチにしようかな?などと、どこからいただこーかと一人頭を悩ませていたので、会長のありがたいお話の内容については記録することができませんでした。(ま、ホントは、いつものように過去にさかのぼっての各人の奇行・失態・悪口のたぐいのクラブの歴史を語っていたのではなかろうか????)

知的に盛り上がるはずでしたが、酒が入ればいつものように、なにがなんだかわからない話となり、混沌とした様相を呈してきました。なかでもやはり会長のばかでかい声が「B小屋」に響いておりました。曰く、正月のスキーのキャンピングカー(ライモ仕様キャラバン改)宿泊における寒さとウーロン茶の物理的条件における液体の固化現象の説明・昼食及びリフト1日券の販売店の地理適条件下における経済効率の追求・他・・・・・と酔いはどんどん進みます。

そのころ、書記は寄せ鍋をどのように食すか熟考の真最中、うっかりホタテを3つ食えば1〜2年位「食う間もなかった。」と言われるが、やっぱり堅くなる前に食さねば料理人に申し訳ないのでさっさと3つ程いただくことにして、やつには春菊を与えて忘れさせてしまいました。
そのころには、長老がすっかりおやすみになってしまい、アニバーサリィ10・クラブゴクウだぜい!を無事終了したんでありました。

終わり

平成11年1月17日
奥多摩 S尾根

参加メンバー

会長・会長ご子息様・Y厚生大臣・ひさしぶりのH松君・H島さん・O官房長官


新年初ツーリングは、毎度おなじみの奥多摩S尾根コース。だいぶご無沙汰していたH松君が久々に参加です。阿佐ヶ谷を出発したキャラバン改と白いエアロパーツ装備のアトレー?(H島氏所有)の2台は、甲州街道を西へ。途中電通大付近でH松君を拾ってH沢の滝駐車場に向かう。

やはり新年早々の自転車でのハードな登りをクラブ諸君が望むはずもなく、1台アトレーをデポしてMTB6台・人間6人を無理矢理詰め込んで登りカットの楽々ツーリングとなりました。

K張峠駐車場に到着していよいよダウンヒル開始です。雪はちらほら、各自今年最初の奥多摩を充分に堪能してのダウンヒルです。やや霜どけのぬかるみもあり走りにくい所もありましたが、それはそれでおもしろいものです。途中、会長のチェーンはずれのトラブル等ありましたが無事に浅間嶺に到着です。

ここからはガレまじりのコースです。久しぶりの登場(3年ぶりくらいか?)のH松君に会長は自慢のスピードゲーム号を貸し出し、ガレコースにおけるフルサスバイクの実力をみせびらかしたのであります。(H松君の愛車は、ノンサスのモンキィ号です。)ガレが終わり、茶屋に到着。今回は皆張り切っており、O沢へ下るコースに向かいます。しばらく走ると1人なかなか下りてこない人がいました。H島さんです。スキー場でもないのに顔面制動をやらかしたとのこと。(会長の話では、H島さんのその後の走りには怖じ気が入ったとの事。かわいそうなので縮みの堅い前サスを柔らかくセッティング。)

H沢の滝駐車場に戻り、Y口さん・H島さんでキャラバン改の回収。駐車場で五日市手前スーパーで買い出しした食材で鍋パーティ開催。ワタリガニ・鱈・鶏の入った寄せ鍋(鱈が塩鱈で失敗)で酒も入り、会長は記憶喪失状態。自宅に戻ってもキャラバン改に寝ていたそうです。H松くんは会長宅で晩御飯を食し無事に自宅に戻ったのか??。

S浅間の巻 完


平成11年2月21日
実行不能の箱根M神岳

参加メンバー

なし


なぜか皆、都合がつかず中止となる。やはり見出しの通り、実行不能の箱根M神岳であった。

次回計画時には、なにがなんでもM神岳の頂を極めたいものです。もちろん酒の誘惑をうまくかわして、てるてる坊主をMTBにぶらさげ、なおかつ、万一の大雪にそなえてビーコンを装着し、フレーム内に収納できる新型ゾンデ棒も忘れずに、とどめに雪崩ひもをMTBにくくりつけ、もちろん除雪・救助用のスコップを携行して万全体制をととのえ、鉄の意志で完遂だ。

てなことになるでしょうか?

平成11年3月28日
雪の無さそうなJ馬山

参加メンバー

なし

2月に引き続き、またまた、なぜか皆、都合がつかず中止となる。せっかく、焼き鳥とドロドロドリフトを楽しみにしていた反環境団体理事の書記も病魔には勝てず参加不能。真白き神聖なる富士山も拝めず、反環境団体理事は、天罰下って1週間後には強制収容所送りとなってしまう運命であった。クラブの皆さんは、安易なドリフト等で自然にダメージを与えぬよう、タイヤは地面に優しいスリックを使用して下さい。けっして KUJO ××とか、ギャザロッディ ×.×とかをヘイズのディスクでコントロールしてみたい、などとは夢にも思わぬように!!

平成11年4月18日
G現山 花見で一杯

参加メンバー

会長・会長ご子息・O長老・Y厚生大臣・O官房長官・H島さん


久しぶりのツーリングは、G現山コース。車2台(キャラバン改・長老ワゴン)で登り大幅カットのなじみのコース。1台はW見部落入口の道路脇に駐車。もう1台でW見峠下まで登って、そこからつづらの押し上がり。雨がポツポツ降り出し悲惨な登りになるところが、会長・長老の両講師による政治学の講義が始まり(東京特定区における議会のあり方に関する政治よもやま話)一同退屈することもなく、ばてることもなくアカデミックな時間のうち、稜線に到着。

稜線につくと、当然、G現山はカットされる。少々の登りでA降山頂上。送信設備周りの草原にワラビを探してみたが、まだ時期が早く収穫はなかった。

ここからDHの始まり。かって知ったコースで気持ちよく下る。藪も少なく快適。いつもの樋状のえぐれコースは相変わらずであったが、雨の中、無事DH終了。

車の回収には、Yさん・Hさんの犠牲的精神で行ってもらい、その間、長老と会長は、車回収グループの犠牲的精神の尊さに深く感謝の意を表し、今日の無事を祝い、本当は、ただの大酒飲みのため、ひたすら酒を飲んでいたらしい。Oコック長は、さらに犠牲的精神を発揮し、飲み助に目をくれることなく、せっせと鍋料理を用意したそうな。

クラブゴクウは、このように一見、てんでバラバラのように思えるが、バランスのとれた各人が、うまくまじくりあって見事に運営されている様に見えて、実体は、やっぱりただの酒好き集団か???

東京に戻ると、そのまま新宿の東京医科大学病院になだれ込み、14階整形外科病棟で、己ではなにもできないでベットに横たわっている書記を冷やかしに行ったのである。しかし本当の狙いは、きれいなナースの皆さんを鑑賞し、白衣の天使の姿を眼に焼き付け、後日のコスプレ遊びは看護婦コースにしようと心に誓ったのであった。

権現の巻、完

平成11年5月16日
上州 A城山 初登場!!

参加メンバー

なし


初登場の上州・赤城山は中止です。

平成11年6月20日
K津取り止め・A城山再チャレンジ!

参加メンバー

会長・会長ご子息・O長老・Y厚生大臣・O官房長官・H島さん


雨のK津はやめにして、先月行き損なった上州A城山に再挑戦。

前夜、高速インターをおりてから、キャラバン改は雨の夜道をリングワンダリング・まるで会長の暗い将来を暗示するボケの徘徊であった。夜の宴会は、想像にまかせる。

ツーリング当日は、悲しいかな雨。昨夜の会長のボケに負けず、朝から長老が一発かましてくれる。久しぶりのツーリングに興奮して、長老はなんと自転車のタイヤを忘れる大失態、徒歩での参加となってしまう。(普通の人は、がっくりきて、うずくまってしまい涙にむせぶところであるが、さすがに長老、慌てず騒がず落ち着いた振る舞いには、皆、驚嘆のまなざしをむけるのであった。)

さて、初登場のA城山は、なかなかよい感じで迎えてくれた。しかし、前夜に続き、再び徘徊癖のボケ会長の道間違え。ダブルトラック??の藪道(おそらく廃道)を猪突猛進するボケ会長は、怖い物なし。途中で熊?イノシシ?を蹴散らしての藪こぎDH。山椒の棘で傷だらけの天使となる。その山椒に「鰻丼食いたい〜。」と反応する食いしん坊は、おおくら〜〜〜。

なんとか別荘地にたどり着き、無事帰還。徒歩の長老も同ルートを見事完歩。水を借りて泥だらけのMTBをお清めして赤城山ツーリングの幕を閉じたのであった。

赤城の巻、完

平成11年6月26日
快気祝いだぜ〜っ!!

参加メンバー

会長・O長老・Y厚生大臣・I上さん・O官房長官・H島さん・T橋くん・D.Chan


しばらくの間、クラブ活動より逃避していた書記は、隠遁先の東京医科大学病院14階西病棟より世間に復帰したのであった。約2ヶ月の逃避行であった。

クラブ活動に復帰すべく、カーッ・キーッ・クーッの会を開催・場所は中央線吉祥寺駅南口・Iせや総本店。午後7時より始める。ところで、Iせや総本店とは由緒正しき割烹料理屋か寿司屋と想像していた人もいたようですが、そこは、ただの焼鳥屋でした。しかしながら、店前は行列の順番待ち、あきれるばかりの人だかりであった。

店内は、まるで東南アジアの屋台の様、ひょとするとYさんあたりは、入店を拒否するのではと心配したが無事着座。入店を拒否されるはずの会長は、店内に一歩足を踏み入れるやいなや、潮の引くがごとく人々が道をあけ、平然と着座。「さすがに会長!!!」オーラ漂う権威と威光が自然と体からあふれ出ていると皆、驚嘆の声。これまた大変お久しぶりのH橋君も出席、なにやかにやで8人無事揃いました。

わいわいと、飲み食いしながら、酒はすすみます。しかし、何を話題にしていたのか覚えていません。いつものように会長から始まって長老以下の奇行、悪口を肴にしていたのは、間違いないでしょう。

閉会の後は、カラオケの嵐の中に突き進むのでありました。以下、不明。

以上
平成11年
上半期を
振り返って
11年上半期は、6回のうち、3回中止で、出席できない書記の怨念のせいか????。
しかし厄落としも無事済んだので、後半は順調に進むことと思います。又、年末には書記の完全復帰となりますので、よろしくご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます。(少々へりくだってみました。)

平成11年6月30日

平成11年7月18日
F山 改め K形山

参加メンバー

会長・O長老・Y厚生大臣・O官房長官・H島さん


7月ツーリングは、F士山の予定でしたがK形山に変更です。

前夜、キャラバン改に乗り込んだ面々はいつもの通りの5人。Gロッジ駐車場で、これまた、いつもの宴会開始。途中のコンビニにてしこたま仕込んできた洋食メニューを肴に大いに盛り上がりました。

夜が明けると、なんとそこは、アヤメ祭りの準備会場でテントがいっぱい。キャラバン改+タープは、まるで関係者。その場所にしっとり溶け込んでいました。

いよいよツーリングの開始。舗装林道で展望台を目指します。しかし前夜の飲み疲れのせいか途中、O長老はメンバーより脱落、1人駐車場へ戻ることになりました。残るメンバーは、H成新道よりAヤメ平へ向かいます。沢にかかる滝は、木漏れ日に水しぶきがかかり、神々しさを演出していました。

丸太階段が多く、自転車を押すには不向きですが、人は少なく山深さを感じさせます。K尾根登山道に合流すると、Aヤメ平に向かう人がどっと増え、まるで富士山状態でした。アヤメ祭り期間中のMTBは避けた方がよさそうです。アヤメ平手前で配島氏は、バテバテ。救助隊が出動したらしい。アヤメ平は、小さなアヤメがポツポツと咲いている程度、もう終わりの季節、少々期待はずれでした。

いよいよDH開始。人で混んでいるのはK尾根だけで、M山登山道は人が少なく、DHに問題なし。道は、多少荒れているが順調。しかし、会長にあおられたH島氏は、前輪を小岩にすくわれ、大転倒。たまたま抱きついた岩が苔むしていて、しかもウェストポーチエアバックのおかげで大した怪我もなく済みました。

林道を経て、駐車場に戻り、無事DH終了。最後は、桃とトマトを頂き大満足のK形山でした。


平成11年8月22日
富士見(不死身)パノラマ アドレナリン分泌大会

参加メンバー

酔狂な会長・会長ご子息・O官房長官


アドレナリン大放出の不死身パノラマスキー場に集まったのは、酔狂3人組。会長親子は毎度の事であるが、最近、MTBにドップリはまったO倉氏。未成年を含む3人組で、前夜の盛り上がりはいまいちだったそうな。
 
さて、当日はドピーカンの良い天気。雨男O倉氏も優勢な太平洋高気圧に屈したようだ。ゲレンデは、酔狂たちの集まるところ。昔なじみのカズさん、障害手帳を持つキンさん等も来ていたそうな。(酔狂の上をいく輩達らしい。)
 
みんな張り切りDH。入れ込みすぎた会長は、大転倒をやらかす。プロテクターのお陰で打ち身程度に済んだが、膝はすりすり状態で、さすがの野猿もギブアップ。ロープウェー4回しか、楽しめなかったと涙したのであった。(一日券の元が取れないのでさらに悔しがっていたのであった。)

その後、野猿は、すぐに氷で冷やし、患部を圧迫したまま、足を上げてお休み。治療の効果で、それ以上の悪化はしなかった。

MTBドップリのO倉氏は、会長の上を行く5回。しかも、上で周回コース(初心者向けなはずなのに、下りちょっとの登りだらだらで大変きついコースらしい)をこなす張り切りに、書記の休んでいる間、クラブゴクウ酔狂ナンバー2の座をがっちりと確保。小猿と共に小転倒を楽しみ、いたーい・いたーいのSMの世界に引き込まれたようだ。そのうち、皮のパンツをはいて来るのではと心配だ。

なにやかにやの不死身パノラマゲレンデであったが大変楽しい1日であった。



平成11年9月15日
F山 改め K津芳ヶ平

参加メンバー

会長・会長ご子息・O長老・Y厚生大臣・O官房長官・H島さん


6月の変更で中止となったK津芳が平に再挑戦となる。前夜、駐車場に着くと、そこは雨。Y口氏の予測で翌朝は晴れのはずであったが、朝起きるとまだ雨。温泉に入って帰ろうか・・・・などと言ってるうちに二度寝に入る。

一応、11時頃に雨が上がり、かなり遅い出発となったが、霧の中をキャラバン改で登り始める。(下山後の必要荷物を選り分けコインロッカーにしまう。先を読んでの行動は、賢いはずであった。)上に行くと晴天となり、絶好のDH日和となる。自転車を組み立てDH開始。
 
下り始めると前回とは大違い。小砂利が敷き込まれ、ガラガラの岩だった登山道は整備され、大変走りやすくなった。小屋も新築された。去年は、ガスでまったく展望がなかったが、本日は、眼前に壮大な荒涼たる風景が広がっていた。「ここが芳が平か〜」と感心することしきり。素晴らしい天気のおかげで、後ろから遅れてくる大沢氏も見失うことなく確認できた。残念ながら、丸太階段は以前のままであった。

皆、転倒もなく無事下山。さっそくロッカーの荷物を出そうとするとな、な、なんとロッカーの鍵を上のキャラバンに忘れて・・・・。賢い行動のはずだったが・・・・。(犯人はOO氏)その上、バスがなく必死のヒッチハイク。結局、途中で出会った登山者の車回収に便乗させていただき助かった。

皆、温泉饅頭の無料試食をするが、O沢氏だけは、その容貌のせいで?饅頭もらえず残念。町民専用の無料の温泉につかって帰京。途中サービスエリアで土産物屋を3軒まわり、閉店間際にリンゴを買いたたいてお土産にする。



平成11年10月2日
10月緊急会議開催!

参加メンバー

会長・O長老・O官房長官・H島さん・T橋くん・D.Chan


会長より、クラブ活動について提案があるとのことで、緊急の会議開催決定。議場は、いつもの西荻窪・B小屋。いつもはクラブ活動に参加していないT橋・書記も出席。両名の会議にかける意気込みを感じさせる。午後7時、開催時刻。

会議前には、本年の活動内容の説明。なんと言っても、書記が一回もツーリングに参加していないため、半期報告ができない状態。皆が酔っぱらう前に、何とか各人の恥さらしぶりを聞き出し、しっかり記録したのであった。

さて、いよいよ酔いもまわり今日の議題の発表。
  
今日の議題・・・・・クラブにどうして新人が入らないのか?

新人は、もちろん女性でなければならぬ。泥だらけのDH・XC(まさに3Kの典型)のレース会場をみても必ず女性がいるのに、我らクラブには、なぜいないのか?。会長の熱のこもった演説に、一同ただ黙ってうなずくばかり。実は、ひたすら飲んでいただけであった。
 
ここは、ひとつ本性を押さえ、ジェントルでソフトな企画を立てようとのことで、来る11月7日にとりあえず家族でも呼び寄せてみようか、となった。O倉氏は、会長に対し「己の股ぐら手を入れ、ポリポリかきむしりながら『チ◯チ◯かゆいよ〜』などと決して言わないこと」と釘をさした。

しからば、昭和記念公園がよかろうとの事になり、書記はいつもの過激な内容を改め、ソフトな内容での案内状を発送することになった。無事、議案が成立し、後は、さらに腰を据えて飲むだけだ。
 
後は、よく覚えていない。


平成11年10月17日
D菩薩Uの寝尾根の豪快DH!のはずが突然の変更・奥多摩Tの巣山

参加メンバー

会長・会長ご子息・O官房長官


D菩薩・Uの寝のはずが、ふたを開けると奥多摩・Tノ巣山に突然の変更。出席者は、クレージーの域に達している会長親子とO倉氏。今年のO倉氏はMTBに開眼したらしく、出席率もパーフェクト。
 
会長のアメリカ原産MTB出血熱の感染は周知の事実であったが、長い潜伏期間を経て、とうとうO倉氏も発病したらしい。発病すると現代の医学では完治することがなく、熱におかされたまま、死に至る恐ろしい奇病である。

会長の奇行は熱病の典型的な症状であるが、発病したO倉氏も徐々に症状が現れるのは時間の問題である。アメリカではワクチンを開発するどころか、Iドライブ・レフティ等新型病原菌をどんどん日本にばらまき続け、病気は蔓延するばかりである。発病者がこれ以上増え続けると、クラブの品位がさらに下がる恐れもあり、早急に治療方法の確立を願うばかりである。

さて、前夜は、M谷分岐の奥多摩湖沿いの駐車場にキャラバン改で乗りつける。深夜、ローリング族の爆音に悩まされながらも熟睡。当日は絶好のツーリング日和、順調に鷹ノ巣避難小屋到着。弁当をとるが大変寒かった。頂上はカットして、巻道をKの木尾根に向かう。ダウンヒル開始直後、会長の奇行でミスコース。下り5分、登り返し15分の苦行を強いるが、今回の出席者は皆、発病しているので意に介せず会長のお尻を眺めて走る。倒木がやや多かったが、まじめなダウンヒルで無事熱海に下山する。


平成11年11月7日
突然ですが昭和記念公園  おっとどっこい またまた変更・福生南公園

参加メンバー

会長&会長令夫人・O長老・O官房長官&ご令嬢H姫・T橋くん・D.Chanと愚息の次男H


いつものように突然変更、福生南公園でバーベキュー。昭和記念公園は、予約一杯で申し込みできませんでした。
 
当日は、朝から小雨模様。集合時間は9時半に繰り上げて張り切っていたのにさい先悪い。駐車場は河原にすぐのベストポジションをキープ。モンベル社製特大タープを悪戦苦闘しながらセット。
 
炭をおこし、オリンピックから仕入れた特製の骨付きラム肉ブロックを焼き始める。焼き上がりの頃合いを見計らって、ずるい書記親子は、自転車自走で乱入。真面目なO倉氏はせっせと調理にいそしみ、ご令嬢Hるな姫は、働く父の後ろ姿をしっかりと脳裏に刻み込んだのであった。 

さて、トロピカルフルーツ入りのヨーグルト和えから始まり、おでんをいただき一杯やっていると、いきなりメインディシュの骨付きラム肉のできあがり。肉汁滴るそれをいただくと、Hるな姫・書記次男Hは大喜び。O沢長老より 「たまには、肉ぐらい食わせてやれ。」と、きついお叱りを受ける。ラムの次は、鳥、牛と続く。そんな中、他グループの女の子が塩・胡椒を貸してくれないかと来ると、上品にやるはずだったのに、会長がお下劣の本性をだしてしまう失態。

令夫人は、悟りきっているので平然としているが、外野はヒヤヒヤするのであった。ジェントルなクラブは、夢のまた夢。
 
ポップコーンは失敗したものの、O倉シェフ 特製の桜チップの薫製もうまくいってバーベキューは大成功。後かたづけが始まると、ずるい書記親子はさっさと退散。あとは、わからん。

新企画大成功の巻、完

平成11年11月145日
鍋パーティのG現山

参加メンバー

会長・O長老・T橋くん・D.Chan


常連の会長・長老及び、3年ぶり?の参加のT橋くん・1年2ヶ月ぶり復帰の書記、計4名のツーリング。W見部落の入口駐車場に全員集結したのは、午前8時半。キャラバン改に全員乗り込みW見峠に向かう。山は終わりの紅葉が楽しめた。峠には、先に駐車中の車が4台あり、マイナー権現からメジャー昇格。山の中でも大勢の登山者に出会った。
 
さて今回の自転車の紹介。会長は、なんと新車KUWAHARA V4.0。 O倉氏をコーフー開店セールに並ばせて手に入れた逸品。長老は、フルサスのモンプリ号。T橋君はGTの LTS。書記のみ懐かしのハードテール・クライン号。KUWAHARAを除く各車とも全て会長に手込めにされたつらい過去を持つ。ド新車のKUWAHARAも本日、会長の毒牙にかかり犯されてしまう悲しい運命が待っているのであった。登りはGTの重さにT橋君バテバテ。会長は、KUWAHARAの重さに比べれば屁でもないと一括。
軽量取り柄のクライン書記は、順調に登り、稜線でコルセットを装着し気合いを入れる。権現は当然カット。A降山からダウンヒル開始。皆、張り切って飛ばす。長老もフルサスバイクの威力か持病の膝痛も少なく絶好調の走り。会長は、KUWAHARAをいたぶるように全開で犯す。T橋君もブランクを感じさせない。そして書記も病み上がり全開で頑張る。ほぼ、完全復活をとげたのであった。

皆、真面目に走り長いコースも12時すぎに終了。
 
車回収の間に、食事当番の長老・T橋君がチゲ鍋にチャレンジ。ストレートスープを3倍に希釈し、薄味のためうどんつゆで活を入れ、コンロホース途中より出火しながら調理、皆で食べました。

権現の巻完


平成11年12月19日
忘年ツーリング in K比羅尾根

参加メンバー

酔狂な会長・O長老・Y厚生大臣・O官房長官・書記


ホリデー快速奥多摩号に乗り合わせた酔狂5人衆は、8時56分M獄駅に降り立った。中でも上下プロテクタースーツに身を包んだ会長は、一種異様な姿で他を圧倒していた。5人衆がバスに乗り込むも、会長の周りには近寄る人もなく、全員着席する事ができた。接続のケーブルカーにもうまく乗車でき、昨夜の雪がうっすらと残るM嶽山に到着。

自転車を組み上げ、出発準備完了。長老はアンプ・リサーチ+インディを準備し今回のツーリングに賭ける意気込みを披露。会長は、もちろんクワハラを投入。ブラックアンドレッドのカラーでコーディネイト。てんでバラバラの5人衆は、いよいよ大忘世紀会会場に向け出発。いつものK比羅尾根にMTBを進める。今世紀最後のツーリングを各自楽しみながらDH。会場に早く到着するため、Hの出山頂はカット。会長の恐れを知らぬカットビに「さすがに1本抜けている人は違う。」と皆感心する。K比羅神社の山門石段ですら、神をも恐れぬ会長は一気に下り、またまた狂人伝説を作ったのであった。
 
そんなこんなで12時少し過ぎには五日市の町にたどり着く。忘世紀会の準備にかかる。O沢グループは酒の調達。Iグループは鍋材料の仕入れ。日曜というのに誰もいない秋川河原に酔狂5人衆集結。鳥唐揚と餃子を肴にビールで乾杯。貴重な蛤2個を探し求めながら鍋をつついての節度ある?どんちゃん騒ぎ。いつものように長老お休みのあと会場を電車に移し(会長は山サイ研の星氏に合流)。さらに大酔狂3巨頭は、荻窪にその会場を移し忘世紀会に燃えたそうです。とにかく今年も無事終了したし、新世紀も酔狂でがんばろ〜。   

金比羅忘世紀会の巻完

書記注 1年早い忘世紀会のレポートにしてしまいました。ホンとは来年でした。

平成11年12月27日
世紀末(間違い)会議開催!

参加メンバー

会長・O長老・Y厚生大臣・O官房長官・T橋くん・書記


来年のクラブ活動についての打ち合わせのため、緊急の世紀末会議開催。
会議場は、西荻窪南口、お馴染みの「B小屋」。午後7時集合に集まった面々は、O沢・I藤・Y口・T橋・O倉・O田の総勢6名。
 
I藤議長は渋谷からの自走で遅れたので、勝手に開催宣言の後、議案@の来年の活動日及びコースを立案。コースについては、例年同様の意見の多い中、次の通り決定。

1月16日   走り初めS尾根   
2月 6日   雪の無さそなJ馬山    
3月 5日   ? (新コース予定)   
4月 2日   Tノ巣山 Kノ木尾根   
5月21日   新緑のK形山  
6月 4日   マジメ輪行U尾根  
7月1〜2日  K里高原別荘ベースM盛山
8月20日   ブチキレ富士見パノラマ
9月 3日   登らないF士山
10月  1日  奥多摩Y久保尾根
10月15日  K津Yガ平(なんと10月2回目)
11月 5日   ブイヤベースのG現岳
12月 3日   いつもの忘年K比羅尾根


何とか議案@を採択し、いよいよ本題の議案Aの討議。世紀末とアルコールの相関関係について実践により酔っぱらい度を実証。自転車会のカリスマ(但し無免許)会長を中心に新世紀に向けての暴飲大会となり会議終了。来年も酒乱・暴走・恥さらしに明け暮れそうな予感の閉会でした。
平成11年
下半期
編集後記
11年下半期は、上半期の3回ツーリング中止を吹き飛ばすがごとく月例ツーリング6回+1回、11月より書記田も完全復帰し、クラブ活動も充実していました。各人のバイクはフルサス化の様子。ますます過激なクラブを目指すのかというと、行動にはまったく進化がなく、あいかわらずのお騒ぎ集団でした。来年はどのようになるのか?楽しみなクラブであればと思います。それでは良いお年をお迎え下さい。

平成11年12月28日