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『着火点』

                         

 

 機動六課が解散し、私となのはも元の所属へと戻って少し経った頃。

 航行任務を終え、久々の休暇をなのはとヴィヴィオの元で過ごそうと私はなのはの家におじゃましていた。

「でも、まさか今日来てくれるなんて思わなかった」

「一刻も早くなのはの顔が見たかったからね」

 これまた久しぶりのなのはのコーヒーをのんびり味わいながら、私はにっこりとなのはに微笑みかける。

「それは嬉しいけど……航行任務のあとなんだから身体も休めないと」

 職場からそのまま顔を出した私にそう窘めたけれど、なのはもやっぱりどこか嬉しそうだ。

 ……うん、自分の部屋よりやっぱりここが一番落ち着く。

 なのはのいる風景に幸せをかみしめていると、ふと棚に置かれたワインのボトルに目がいった。

「あれ? なのは、お酒なんか飲んでたっけ?」

「ああ、それ? ちょっと前に隊のみんなから成人祝いに、って貰ったの」

「そうなんだ。これ、なかなか手に入らないって聞いたことあるけど」

 私もつきあいで少し飲む程度で、お酒にはさほど詳しい方ではなかったけれど、そんな自分でも噂を耳にしたことがあるほどの有名なワイン。

 どうやら相変わらず教導隊でも人気者みたいで、嬉しい反面、ほんの少しだけ寂しいような気もする。

「へぇ……あ、ヴィヴィオも寝ちゃってるし、丁度良いから二人で飲んでみよっか?」

「いいの?」

「うん、もちろん。一人で飲むのは寂しいなーと思って置きっぱなしになってたんだもん」

 そう言いながら、なのははなんだか嬉しそうに準備を始める。

「あ、手伝うよ」

「いいのいいの。フェイトちゃんは仕事で疲れてるんだから、そこで座って待ってて」

 立ち上がり掛けた私を無理矢理ソファーに座らせて、なのはは嬉しそうにキッチンに立つ。

「本当はそのワイン、フェイトちゃんが遊びに来てくれた時に開けようって、思ってたんだ」

 だからちょうど良かったよ、なんて笑いながらてきぱきと準備をするなのはを私はぼーっと見つめる。

 なんか、ヴィヴィオと暮らすようになってからキッチンが似合う感じになったな。

 若奥さん、と言った後ろ姿のなのはに、ちょっとしたいたずら心がわき起こる。

 そろりそろりとキッチンに侵入し、なのはの背後へと忍び寄る。

 そして、手元が危なくないのを見計らってそっと抱きしめる。

「フェ、フェイトちゃん!?」

「なんか、なのは可愛い」

 ちゅっ、とそのうなじに口づけ、その胸元に手を伸ばすけれど、「こら」となのはにその手を軽く叩かれる。

「もー、すぐ出来るからおとなしく待ってて」

「うぅ、でも可愛いなのはをただ見てるだけなんて我慢できないよ」

「我慢して下さい」

 甘える私にそう厳しく言うと、なのははまた手を動かしはじめる。

 何も言わないけれど、背後からは「これ以上邪魔したら怒るよ」的オーラが漂っている。

 ……最近はあんまり流されてくれないんだよね。

『ママ』になってから、さらに隙の無くなったなのは。

私はちょっと残念に思ったけれど、あんまり邪魔してもいけないのでここはおとなしく引き下がることにした。

 

         ◆

 

「そう言えば、こんな風にフェイトちゃんとお酒飲むのって初めてじゃない?」

 準備を終え席に着いたなのはのそんな言葉に、私はそうだったかな、と思い返す。

「六課の解散式のあととか、軽く飲んだりしたけど」

「もー、そうじゃなくって」

 とくとくと私のグラスにワインをつぎながら、なのはは軽くむくれる。

「二人っきりで、食事のついでとかじゃなく飲むのは初めてでしょ?」

「ああ。うん、そうだね」

 確かにお酒を飲む、と言う目的でこんな風に二人でテーブルにつくのは初めてかも知れない。

 そう思ったら、急にこのシチュエーションがくすぐったい気がしてきた。

 なのはの方を見ると、同じように思ってるのか照れくさそうに微笑み返される。

「じゃ、乾杯しよっか」

「うん」

 乾杯、と二人でグラスを軽く掲げ、そしてゆっくり口を付ける。

 ワインは思っていたよりも飲みやすかったけれど、何となく慣れない感じがおかしくて、お互いにちょっと吹き出してしまう。

「なんか、変に照れちゃうね」

「なのはが『二人で飲むの初めて』なんて言うから、変に意識しちゃうんだよ」

 堂々とお酒を飲める年齢になったとはいえ、まだなんとなく後ろめたいというか落ち着かない感じ。

 そんな感じも相まって、なんだかちょっとこそばゆい。

「……でも、ちょっと嬉しいかな」

「なにが?」

 グラスの中のワインを見つめながらなのはがこぼした言葉に、私は首をかしげる。

「こんな風にフェイトちゃんとお酒が飲めて」

 そう言ってグラスを傾けたなのはは、なんだかすごく幸せそうに笑う。

「なのは、そんなにお酒好きだっけ?」

 あまりに幸せそうな笑顔に、私はちょっと意地悪く返す。

「もぅ、そうじゃないってわかってるくせに」

 私の言葉になのははちょっと拗ねたような顔をするけど、すぐに「ふふっ」と笑い出す。

「なんかね、こんなに大人になるまで、ずっとフェイトちゃんと一緒にいられて良かったなって思ったの」

「……そうだね」

 なのはと出会ってから、もう十年以上。

 色んなことがあって、その中で悲しいことや辛いことも全くなかった訳じゃないけれど。

 それでも、ここまで二人一緒に過ごせたことは、とても幸福なことだと思う。

「なのはは、無茶ばっかりしてたけどね」

 何度も冷や冷やさせられた記憶を思い出し、ちょっと苦い気持ちがよみがえる。

「うぅ、心配掛けてばっかりでごめんなさい……」

「いいよ。その代わり私も容赦なくお小言言わせてもらうから」

 小さくなって謝るなのはに、私は冗談めかしてそう笑いかける。

 傷ついて、それでも立ち上がって誰かのために飛び続けるなのは。

 本当は傷ついてなんて欲しくないし、無理を引きずって飛び続けるなのはに不安がない訳じゃないけれど。

 だけど、君が君らしくいることが一番大事だから、私はこれからもずっと君の行く先を見守ってく。……こっそり隣で、心配しながら。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 真っ直ぐ向けられた視線を、正面からきちんと受け止める。

 

 初めて会った時から、変わらない瞳。

 優しくて、だけど決して自分の道は譲らない強い瞳。

 それと向き合う度に強くなる、私の中の君を想う気持ち。

 これまで、どれだけ伝えられただろう?

 これから、どれだけ伝えていけるだろう?

 

「なのは」

「うん?」

「……ワイン、美味しいね」

 少しでも言葉にできたらと口を開いたけれど、そう簡単に気の利いた台詞なんて思いつかなくて、口をついたのはそんなありきたりの言葉。

 だけど、なのはは一瞬不思議そうな顔をしたあと、すごく優しい顔で頷く。

「……そうだね」

 たった一言、静かにそう紡がれた言葉とワインを飲む口元。

 グラスに触れたその唇がなんだかすごく色っぽく見えて、鼓動が一つ、早くなる。

 言葉に乗らなかった想いを受け取って、ゆっくりと飲み干した彼女。

 でも、それに酔ってしまったのは私。

 やけに甘く響いた言葉は、ワインなんかよりもずっと私をくらくらさせた。

 上気していく顔に気づかれまいと、私はワインを煽る。

 しかし、全身にまわっていくのはアルコールに溶かされた、君への想い。

 なんだかもう収まりがつかなくて、私は天井を仰ぎながらため息をつく。

「フェイトちゃん、なんか顔赤くない?」

「そお?そんなこと無いと思うけどー」

 笑顔で余裕を示そうと思ったけれど、なんだか力が抜けて上手くいかない。

「あーっ、もしかして酔っぱらってるでしょ?」

 席を立ったなのはが私に駆け寄る。

 なんだか夢を見ているような浮いた感覚の中、確かな彼女の存在が欲しくて、私はなのはの首にまとわりつく。

「なーのは」

「もう、『なーのは』じゃないでしょ。そんなに酔っぱらって大丈夫?」

「酔ってないよー」

 そう言いながらもなんだかどうしようもない嬉しさが込み上げてきてきて、なのはの胸元にすりすりと顔を寄せてみる。

「あ、もうっ! フェイトちゃん絶対酔ってる」

「酔ってるとしたらなのはに酔ってるんだよ」

「もー、そんなこといって。ほら、ソファーでちょっと休もう?」

 首にしがみついたままの私を抱えるようにして、なのははソファーへと私を運ぶ。

「はい、到着。お水とってくるからちょっと離してくれる?」

「嫌」

 腕をしっかり絡めたまま、私は首を横に振る。

 ここで離してしまったらこの時間が終わってしまう、そんな気がして。

「少しでも離れたら寂しいから……側にいて?」

 引き寄せるようにして、なのはを捕らえている腕をきつくする。

「でも、水分とらないと、なかなか酔い覚めないよ?」

「このままなのはに甘えられるなら、覚めないほうがいい」

「……ばか」

 ぺち、と軽く額を叩かれる。

 けれどなのははそれ以上は腕から逃げることもなく、私に覆い被さるような格好のままじっとしていた。

 お互いの吐息がかかるほど近い位置。

 じっと見つめていると、小さなため息と共になのはの眉が下がる。

「フェイトちゃん、お酒くさい」

「……なのはだって」

 アルコール独特の匂いに、お互いちょっと苦笑する。

「それじゃ……塞いじゃおうか?」

「え?」

 首をかしげたなのはに構わず、私は素早く唇を重ねる。

 ほんのり感じたワインの味は、同じもののはずなのになんだかとても甘い気がした。

 深く舌を絡め、その甘みを思う存分味わう。

「んっ……ふ……」

 時折漏れるなのはの吐息が、背中がゾクゾクするくらいに色っぽく響く。

 何度も何度も、唇がふやけるほどにただひたすらキスを繰り返す。

 そうして。お互いの息が上がってようやく終えた頃には、二人ともすっかりのぼせ上がっていた。

「……フェイトちゃんのせいで、わたしまで酔いがまわって来ちゃったんだけど」

 ぽすっ、と私の胸に頭を乗せ、なのはが弱々しく抗議する。

「そう言うなのはだって、途中からはかなり積極的だったじゃない」

「だって、大好きな人とのキスだもん。それに……」

 言いかけたなのはは、ちらっと私の方を見るとなぜか真っ赤になって、私の胸に顔を伏せる。

「……酔ってるせいか、いつもより気持ちよかったの」

「そ……そうですか」

 胸に直接響くようななのはの恥ずかしそうな声。

 耳まで真っ赤になってつぶやくなのはに、私の胸はこれ以上ないくらいに早い鼓動を打つ。

「……じゃあ、さ」

 顔を伏せたままのなのはの髪を撫でながら、私は低い声で囁く。

「続き、しようか?」

 私の言葉になのはが一瞬顔を上げる。

「ダメ?」

「……酔いが覚めてからの方がいいんじゃないかな」

 再び突っ伏したなのはは、そう私の胸に返す。

 だけど、ぼそぼそと響いた言葉よりも、なのはの伝えた振動が胸に響いてむしろ歯止めがきかなくなってくる。

「私は、酔ってるなのはとしたい」

 バカなこと言ってると思いつつも、お酒の勢いに任せてつい本音を漏らしてしまう。

 怒られるかな、と内心ドキドキしながらなのはの答えを待つ。

「……フェイトちゃんの、えっち」

 返ってきた言葉に「やっぱりダメか」と苦笑すると、なのははむくりと身体を起こし、私の手を引いた。

「なのは?」

「でも……わたしもしたい、かな」

 そう恥ずかしそうに微笑んで、引き起こした私の唇に軽く口づける。

「ああもうっ!! なのは可愛い!」

 さっきよりも真っ赤になりながらキスをくれたなのはに、完全に理性を飛ばされた私は一気に彼女を押し倒す。

「フェ、フェイトちゃん。ベッドに行った方が……」

「無理、待てない」

 さっきと代わって私に組み敷かれたなのはは、「しょうがないなぁ」と困ったように笑うと、人差し指で私の鼻先をちょん、と押さえる。

「優しく……してね」

「うん」

 なのはの言葉に私は頷いて、その唇にそっとキスを落とす。

 ゆっくりと、小さな炎に風を送るように慎重に。

 

 そうしていつもよりちょっと浮いたような感覚の中、なのはの熱を頼りに私は深く甘い夜へと沈んでいった。

 

                                                                              ――終。