■日本と文明開化の足音■



開国から矢継ぎ早にやってきた明治の文明開化
日本は和洋折衷の不思議な文化を花開かせていました。



■日本と西洋文化■



【明治時代】
明治政府ができた明治元年1868年から
1912年(明治45年/大正元年)7月30日にかけて。
日本がヨーロッパ、アメリカを見ながら
見よう見まねで頑張っていた時代です。

この時代の日本はかなり英語に凝ってたらしく
無理やりあっちこっちに英語使ってて可愛い風景が見られます。

英語どどいつなんていう、日本のどどいつ
英語を組み合わせるという日本ならではの
英語の楽しみ方もしてたそうで
なんだか粋ですね。

【フランスのくしゃみ】

フランス語で「ハクション!」はatchoum!(アチョーム)
くしゃみすると「A vos(tes) souhaits(願い事が叶いますよ!)」と
声をかけるんだそうです




■文明開化とおカルテぃっく日本その1■

千里眼がはやりました。




【千里眼】
日本で当時ものすごいブームを巻き起こした超能力。
この時代とんでもない超能力者がガンガン出てきたため
色んな科学者が千里眼を研究しましたが
結局真相は謎のままです。


ちなみに日本が幻視して見ちゃったのは
ポンチ絵師の修羅場シーンです。

ポンチ絵師はいつの時代も大変ですね。


【屍人】


ホラーゲームSIRENで出てくる敵。
よく見るとお茶目な言動や、
ノスタルジーを感じさせる見た目がすこぶる可愛い。

日本でも夏と締切前に大量発生する。


【ポンチ絵】

今でいう漫画。
日本で最初に漫画雑誌を発行したのはイギリス人。

もともと日本には漫画の土台になる「劇画」「狂画」というものがあり
それが西洋の文化と合わさり、いろんな方面へ開花していきました。




■文明開化とオカルティック日本その2■

アメリカさんが来ました。







【テーブルターニング】
三本脚のテーブルにみんなで手をくっつけるように合わせて
質問すると、Yesは1回、NOは2回動いて
占ってくれるという西洋のコックリさん。
日本のコックリさんはこれがもとになってるんですって。

文明開化にこの遊びが入ってきた途端
日本では爆発的人気を呼び
明治19年にはこれの専門店までできたそう。



■日本と欧米の青年たち■





【旧習復古】

急速に欧米化していく中で
庶民の中で昔のものもいいじゃないかと
昔のものにまた戻っていった動きのこと。
結局日本のものいいじゃないという結論に落ち着く日本でした。


【明治時代に日本に定着したものたち】


【ビール】

ビールもこの頃に日本の生活になじんだものの一つです。
日本で初めての大衆向けビール工場は
山手の湧水のそばに作られました。


日本の水はビール作りに最適で
「これはウマいビールができる!!」
と目をつけたアメリカ人のコープランドさんが
せっせと作ったのが「スプリングバレーブルワリー」という会社。


「ビア酒」の名前で日本で広く親しまれ
海外に輸出するほどの大人気になりました。
が、景気が悪くなって日本のビール会社に譲渡されました。


それが現在のキリンビールの前身「ジャパンブルワリー」です。


ちなみに一番最初にビール作ろうとしたのは1854年
ペリーさんがやってきた時にもらったビールを再現しようとした川本幸民さん。
この人は日本化学の始祖とも言われています。
杉田玄白さんもビールを飲んで、作ってみようと思った一の一人。






【コーヒー】
コーヒーが日本に輸入されるようになるのは安政5年(1858年)
他国と自由貿易するようになってからです。

当時コーヒーは上流階級の飲み物だったんですね。


コーヒー自体はオランダ船で江戸時代には
長崎にコーヒーは入ってきていたみたいで
日本人も飲んだのではないかといわれています。

1804年、とある狂歌師いわく
「今日はコーヒー飲んだ。うわなにこれ焦げくさい!」だそう。

出島からコーヒーが出てこなかったということは
当時の日本人の口には「なんじゃこりゃ」って飲み物だったのかも知れませんね。