ノースロップの業績
ノースロップは天才的航空工学者とよばれている。
天才といわれる由縁は、飛行機が本格的な工業製品になり始めた頃から、その開発の第一線に立ち続けたことがひとつ、また無尾翼機という特殊な形態の飛行機の可能性にいち早く注目し、その研究をつづけ、現在の最先端の飛行機の一つ、ステルス機の基礎を築いた点にある。











業績の概要
アメリカ・ニュージャージうまれ : 1895−1981
     

1916 :ロッキード社に入社  その後 ダグラス社に転職
1921 :ダグラス社のワールドクルーザ計画に参画
1927 :再度ロッキード社に移籍、数々の記録飛行をおこなったベガを設計
1929 :自分の会社を起こす。会社はボーイング社の傘下にはいる
      高速長距離郵便機ガンマを設計製作(アルファ、ベータ、デルタシリーズもある)
      この頃から無尾翼機の研究を本格的に開始
1939 :完全に自立し、自前の工場をロスアンゼルスに設立
1940 :無尾翼実験機 XB−35製作
1942 :双発夜間戦闘機ノースロップ P61(ブラックウイドウ)初飛行
1948 :全天候・夜間迎撃型ジェット戦闘機F-89初飛行
1949 :無尾翼型ジェット爆撃機YB−49初飛行
1989 :ステルス爆撃機B−2初飛行  (ノースロップの没後)
☆天才といわれる : ジョン・K・ノースロップ
優れてる点
ノースロップは上記に示すように、数多くの飛行機製造会社を転々としました。この理由ははっきり語られていないようですが、優秀な技術者としてヘッドハンティングされた?、または自ら新しい技術をめざして転職したのどちらかでしょう。
理由はともかく、どの職場でも力量を発揮したと言うことは、本人の持つ技術力の優秀さだけでなく、その会社の技術員チームに上手に解けこめる人間性の豊かさもあったのではないでしょうか、そして多くの技術人脈を培っていったものとおもわれます。
私の視点
よく設計者にたいする忠告として、T字型の技術者を目指せと言われます。
これはTの字の横棒であらわされる、技術者としての幅広い見識をそなえなさいということ。またTの字の縦棒であらわされる、技術者として他の人に負けないと言うだけの深い専門知識をそなえなさいという忠告です。
そういう意味で、ノースロップは飛行機に関する幅広い知識、また経営者としての力量とともに、若い頃からの強い技術的な志向である、無尾翼の完成にむけたたゆまない研鑽などは、まさにTの字技術者ともいえます。ノースロップは設計者にとって貴重な先達としての姿をもっているとおもいます。

ノースロップと郵便機ガンマ

ワイリー・ポストが世界一周飛行に使ったロッキード・ベガ

無尾翼爆撃機 : XB−35

ステルス爆撃機 B-2