人間はいかに死ぬのか

 
私が四つの宗教を経て見得た死の面影を追いつめて確信した、綾織りのごとくの人生の完成たる死に捧げたまう

             ・・・死の意義が無いとは誰にも言えない・・・


    地上からかき消えて、空しさのみ残すのか!

   ただ一辺倒に、死は恐ろしいものでしょうか! 私はぜひその疑問を解きたい。

   全ての人に、間違いなく訪れるこのまつりごとは、全ての場面において深い

   意味が込められていると思います。

    そして今、生きている意味が、“死”を、如実に知ることで、はっきりと分かるも

   のだと思いました。

    私の“死”への挑戦は、敵対的挑戦ではなく、理解を深める心の裾野の拡大

   です。 無限の心を持つ貴方様へ捧ぐ
                                           平 野 高 壱



 序章 死は選べるか!

 この問題に関して、様々な答えがあるはずと思い、私は調べてみましたが、どうしても納得のゆく答えが見つからず、若い頃から思い悩んできたのでした。

 最近になって、私の身を通して、その答えが出てきた様子なので、ぜひ皆様にも共に考えていただきたく、私の考えを公表したいと思いました。


 人には生まれ落ちる場所とか時間とかが、通常本人には、選べないと同様に、死ぬ時期も実は選ぶ事が出来ないということでした。


 このように言いますと、自殺とか殺人とか、安楽死とか死刑とか、戦争暴動とか、他の人間の意志を反映して、人の死を左右している現状をみるときに、反論されそうですが。


 そうした疑問の中で、様々な死という現実を、皆さんと共に追求して、これまで無理に遠ざけていた、不愉快な未来を考えてみたいと思います。


 一に、上記の自殺と殺人に関してですが、これは明らかに両者とも殺人に他ならないと思います。自分を殺す、人を殺す、あきらかに同義だと思います。

 二に、安楽死と死刑に関して、これは自分以外の意志を反映していますが、両者は部分共有の性質を有しています。前者は死を甘受した状況を呈し、後者は死に値する行為を行った結果の社会制裁を甘受しています。両者とも“死”に既に深く関わっていた状況の中に足を踏み入れていた環境に置かれていたのだと思います。『貴方は既に死んでいる』という状況が作られております。

 三に、戦争や暴動で計らずも死を迎えてしまう人々は、いかなる構図が働いてしまったのでしょうか、ここは難しい判断が必要とされています。

 特定の個人を攻撃し合ったわけではないこれらの抗争の結果、ある一定の人々が死んで行く現状の数値的、犠牲的、不運は一体どういう構図で成り立っているのでしょうか。


 そして、一、二、三、の他に、予期せぬ”事故、災害”という、また不運な状況がありますが、これを四として分類してみたいと思います。


 
以上のおおざっぱな死の捉え方をして死者には誠に申し訳ないのですが、残された家族肉親、友人の方々に、またこれから必ず、死の世界へ数日後、数年、数十年後に行かれる全ての人々に、いかに死すべきなのかを考え、少しでも“死”に対しての、人間の勇気と慰めに、更にはその後の希望もが見えればと思う一心で書かせて頂く所存であります。

 絶対に、絶対に避けることが出来ない厳然たる事実である“死”を、一個の私が語る非礼無礼をどうかお許し下さることを願って、序章とさせて頂きたいと思います。



 第一章 それぞれの死の意味、その一

 一、二、三、四という、老衰や病気と異なる死以外の死亡は、誠に人間としてこの世界に生まれてきた甲斐もむなしく、あの世に旅立ってしまう残念さがあります。
 勿論、病死もはなはだ残念ですが、急病死を除いて死への階段が比較的なだらかな場合も多く、心の余裕が生まれやすいと言われています。

 さて、甲斐なく死す意味を考えてみると、本人の非道行為によって死に至った場合の“一”の自殺、殺人ですが、どういう結果が待ち受けているのでしょう?

 “生”は呼吸的に、だれでも公平ですが、“死”は消滅的に公平ではなさそうです。

 殺された人の行く末はどうなるのでしょうか。興味深いものです。仏教で言う因果応報で考えれば、人間は不平等があって当然です。特に、死後に、それは顕著に現れると説かれています。

 人を殺した場合(自殺共々)ある権威を冒涜したことになります。

 その権威は、ある種絶対的要素を包括した、見えない存在としての立場に存在している荘大な統合力を持った創造主と呼べばいいのでしょうか、人間を造った源の“芯”(神)たる、エネルギー体と申しておきたいと思います。

 その“芯”が与えた生という、芯からの分離体として、この世に於いて存在しなさいという誕生命令を、無視あるいは放棄することはその人間が、大げさに言えば、“芯”を侮辱したことになると思います。

 なぜかと言えば、“芯”は膨大な投資をして、一個の人間を造ったと思います。一個の鎖が切れると、社会の仕組みが欠損してしまうかもしれないからです。その社会の投資が危機に見舞われるかもしれないのです。

 その時間をかけて構築された膨大な投資を無駄にし、“芯”を裏切り、危機をもたらした人間は、【死に得】で許されることはないのだと思います。

 公平に処分する方法として、人間としての価値を次元を超えて、恒久に失うことになるかもしれません。普通の人を侮辱することさえ恨み憎しみをもたらす罪なのに、造物主を侮辱すればどういうことになるのかを冷静に考えてみましょう。

 汚名と蔑みと忘却とに依って、その魂は全人類の数だけに分解され、塵芥と化したゴミ様になり果てます。再生は非常に難しいものになるでしょう。もしくは全人類数分の憎しみ哀れみを受けることになるかもしれません。

 人に可哀想な人と思われるほど、人間は誇りを失い、精神の辛さを味わわされることはないでしょう。格下の卑下は昔の武士にとっては“死”に値します。今も変わりないのではないでしょうか。

 はなはだ宗教的になって申し訳ありませんが、今なぜ、宗教が延々と数千年以上も続いているのかを考えて余りあるものがあると思います。何故、多くの家庭に会社に、神棚や仏壇等の祭り棚があるのでしょうか?これを無視するわけにはいかないと思います。

 先祖を敬い慕ってこそ、その人は、以後の人々にも順番に順々と慕われるのですから、因果応報は立派に生きていて、形として“宗教化”しているといえないでしょうか!

 仏壇神棚なりに、頭を深々と下げて、奥に在りしたるべし先祖の遺徳を称える姿を、その子孫に見せることは、見えない存在を、自然に認めさせる宗教の神髄とも言えるのではないでしょうか。

 そのように、祖先から蕩々と受け継いでいる命を、勝手に絶つ行為は許されるはずはないと思います。

 さて、人の手によって殺される恐怖の極地において、苦しみ悶え滅んでいく肉体は、果たしてどの時点で気を失うのでしょうか、そして生命活動が完全に停止し、時間差をもって、魂の遊離を迎えてゆくのでしょうか。それが“死”なのでしょうか。

 “死の時”は、肉体が滅んだ時、同時ではなく、ある時間の差を生じて成立するものではないかと思います。全壊した車から死にかけの運転者が何とか降りたった時が、車の死です。

 ですから、精神は気を失ったままで、肉体の死は成立しているにもかかわらず、表裏一体で運転していて片方の車体が全損したけれども、瀕死の肉体は完全に死に切れていない場合が発生している事実があります。

 今は、フランスではギロチンによる死刑は既に廃止されています。かつてより、その断頭の一瞬で、首が絶ち切られて当然に絶命するはずの“死”が、そうではないという、書物によるいくつもの証言があります。

 転げ落ちた首の、目の視線が、死刑執行人の姿を追ったというのです。

 切断されたあとでも、生きていたというのです。瞬間、痛みや苦しみはないのでしょうか?

 私は腕の肘を、金属棒で突然、突かれ飛ばされた経験がありますが、その瞬間、全く痛みは無かったのです。脳からベータエンドルフィンという、強力な麻酔作用を持った物質が瞬時に放出されたためでしょうか。その後、痛みは襲ってきます。骨折は別でしょうが、骨折は最大の痛みの部類に入るかもしれません。それに比べれば僅かな痛みでしたが。

 そのギロチンによる“死”も、昏倒して気絶するような痛みを感ぜずに、自分の命を絶った憎い執行人を睨んだものと思われます。そしてへたをすれば、その執行された死刑囚は、その“死”すらも気付かずに、その人の精神とか、心というものは生き続けるのかもしれません。二つに、身体が両断された意味が解らずに、その後も、死んだまま悩み続けるのかもしれません。

 さて色身不二と言い、人間は心と肉体の合体作と言われています。色である肉体と心がほぼ同時に死を迎えないと、死に気付かないまま、浮かばれない状態が充分あると思います。まだ生きていると“心”は思い続けるのです。

 簡単な例があります。あまりに疲れてくると、人間の手足は部分的に自由に動かなくなります。手を顔に持ってくることすら難しくなります。その場合、もう一方の手で介添えする必要があります。自由は心だけです。

 おそらく、同時に死を迎えることは非常に幸福なのではないかと思うのですが、皆様はどう思われるでしょうか?



 
第二章 それぞれの死の意味、その二

 安楽死、死刑が問題になって、どのくらい年月が経っているでしょうか?

 私はこれを思うとき、人間の歴史の曖昧さを改めて考えさせられてならないのです。世界的な流れを見ると、近年になって死刑が廃止される国が増えつつあります。それこそ百八十度も社会の人々の見解や社会構造が変わるのです。

 それとも、人間の生き方には、時代によって厳しさの度合いが違ってきているのでしょうか?

 地域により、正義の意味の違いもあって、公平、不公平は文化の違いで異なりますが、今は人権の権利主張が華やかで、あらかたの地域では緩やかな生き方が許されているはずです。

 余談になりますが、我が国では、西暦八百十八年から千百五十六年の三百三十七年間、政府の刑罰の中に死刑はありませんでした。極悪非道の人がいなかったからではありません。(学研百科辞典より)

 死刑を好まない政治があったのです。これは歴史上の信じられない快挙であり、世界に誇れる偉業でした。このような治世を行った国は、過去のどこの国を探しても見つけることは出来ないでしょう。日本人はこの善良な国民性に、もっと自信を持つべきです。

 人が人の命を絶つ意味を考えるとき、人とは一体どういう“もの”なのか?権力が全てであるかの様な世界に生きている、ただの物体の一つなのか?と、考え込んでしまいます。

 人の命は地球より重いと言った総理大臣がいましたが、本当はある種、極めて軽いのではないかと思うくらいです。

 全くの処、実に簡単に人は死んでいきます。箸一本がのどに刺さって、風呂で溺れて、階段から落ちて、また流行のダイオキシン数ppm、電池のマンガン、銅、クロム、ブラウン管のカドミュウム等、身近な物質で汚染されて亡くなる人も多い中で、それを甘受で受け止めるしかない人間という不可思議なもの、がうごめくこの社会本来が不思議なものなのでしょうか?

 それらを知ってか知らずか、ある種の国では、権力を持つ者や集団は理由を付けて、無慈悲に簡単に人を殺しています。

“殺し”を、超越した人間とはどういう人なのでしょうか?彼らは本当に正しい判断をしているのでしょうか?

 恐ろしいことですが、それは彼らにとっては紛れもない“正義”なのです。世間では“正義”という言葉をよく使いますが、その意味は簡単に言いますと“秩序の維持”です。秩序を乱した人間に対する報復で平気で人の命を奪えるのでしょう。理路整然とした理由あっての行為に他ならないのです。

 普通の法事国家では上記のようなことはありませんが、理由がはっきりしていれば権力は、嫌々でも人の命を絶たねばならない状況に追い込まれます。

 ですから私たち普通の日本人は、とりあえず、せいぜい幸せな国家に住んでいると言えるのでしょう。

 秩序の維持という名目で、安楽死、死刑が行われていると解釈せざるを得ない人間の生き様に、絶対に正しいか、間違っているのだという、その根拠を見いだすことを貴方は誰に要望できましょうか?

 貴方にもし立場があれば出来るでしょうか、正常な個人にはその判断が出来るはずはないのです。いわんや、集団の議決に於いてもそれは正しかったのか間違っていたのかは、時代の途中とか中間では言い切れるものではないと思います。

 それはある時代が終わり、新時代が始まったとき決まることかもしれません。時代に公平を求めて社会を動かしてゆくためには、平等とか自由とかいう言葉を改めて考え直す必要があると思います。



 
第三章 それぞれの死の意味、その三

 戦争、暴動、革命、テロ

 これまでの人類の歴史の続く過程で、戦争、争議の無かった地上の楽園というものがあったでしょうか。

 むつかしい歴史の関わりはこの際、述べないことにして、あくまでも“死”の意味の奥義について書いて参ります。

 私の父は、若くして二度も戦地に招集され、太平洋戦争で主に、南方インドネシア方面に行っていましたが、終戦間近には特攻ボートに乗り、翌日は突撃の寸前までいきました。

 ベニヤ板製の小型ボートの先端に、槍のようなものをセットして、敵艦に体当たりするというものです。戦友が次々と死んでいったという話しを、何回も何回も聞いて育ちました。間近に終戦になって命拾いし、二十八歳で帰国したのですが、戦争中は小さな船上で、本当に頭の先を、弾丸がビュンビュンと飛んできたと言っておりました。その話しを私は何故か、不思議と面白く聞いていたのを覚えております。

 父が“死”に直面していたのにも関わらず、何回も何回もその戦争物語を面白く聞かせてもらっていました。その度に、父とはすごい人だと思わざるを得ない少年の日々を過ごしてきたわけです。

当然、父に逆らったことは父が癌による五十七歳の“死”まで、殆どありませんでした。

 さて、その戦争で多くの兵士や民間の人々が死んでいったわけですが、父のような、生き残った人間との差はなぜ発生したのでしょうか。

 すぐ隣で、流れ弾で頭を射抜かれて昏倒戦死する不運の人、狙い撃ちされ倒れる人、一斉射撃の中を勇敢に突撃して打ち倒れる人、戦闘機からの機銃掃射で、バラバラに身体が分解して亡くなる人、地雷で一瞬のうちに吹き飛ぶ人間、一体、どういう因果から命を落としてしまうのでしょう。

※参考ですが45口径という弾丸で頭部を撃たれた場合、頭は粉々に吹き飛ぶそうです。(45口径;100分の45インチで約11ミリ)

 兵士も、民間人も隔てなく、戦死死亡してしまうこの事象は、懲りずに営々と、これからも続いていくと思われます。

 当事者同士という殺す側、殺される側の因果は戦争時でも正当なのでしょうか。これを解明することが出来たら、世界中が犯罪者であふれかえることになります。しかし、こうしたことは事実なのですが、そうならないのは“神たる芯”の人間達への“思し召し”の部類にはいるとしか思えません。これに関しては深く“芯たる存在”に、人間達は感謝するべきだと思います。不遜に申せば“戦争”とは、統治者同士の“ゲーム”にあたるものかもしれません。

 人間はどうしてもゲームがやりたいのでしょうか。理想の世界のうんちくは言いたくありませんが、“死”は政策の一部という甘い考えが権力には必要なのでしょう。

 地域戦争、世界戦争という隔てがありますが、そのどちらもが人と人の見解の相違から始まっています。利をどれだけ取るか取らないか、の経済争議、イデオロギー相違という名を借りた、情けない分捕り合戦に収束します。人の欲の出し合いが戦争です。これは逆に人の根から持つ因果でもあるし、また生き甲斐の部類にも入るかもしれません。

 なぜなら、そうした状況時には、人々は多かれ少なかれ熱狂しているからです。私が父の話に身を乗り出して聞いていたのがその証拠でもあると思います。

 さてこの章の結論ですが、母方の海軍少尉の伯父も太平洋のガダルカナル戦線で戦死し、父の祖父、伯父、叔母と私の従兄弟も東京大空襲で焼死、警察官の認証で死亡確認されただけです。戸籍簿での、記憶再生を元に思える確信は“死”は選べないもの、例外は許されないもの、というまとめではなく、いずれ訪れられる“芯”からの贈り物として、全ての人は甘んじて受け入れるべき期限到来の、お供え物として提供出来る唯一の、自分からの“芯”への宝物の捧げものだと、悲しいながらも確信するのです。これは完全バーターで、恨みっこなしの、因縁抹消の証明だと思います。

 全ての、亡くなられた戦争犠牲者には心から敬意を表します。少なくとも哀れんではならないと思います。天に召されたのです。よく私たちの為に戦って下さった。感謝の思いです。

人は人に、哀れまれることを、もっとも卑しいと考えるのです。昔の武士の死に様を、栄誉として死んでいった気持を汲んであげて頂きたいと思います。全ては子孫の繁栄を願っているのです。生きている間、先祖に恥じない生き方を義務づけられているのが、私たちの生きている目的なのだと思います。

 冷たい意見だと思われるでしょうが、絶対に人は死にます。これは逆に言えば神からの贈り物ではないと誰が言い切れるでしょうか。



 
第四章 それぞれの死の意味 その四

 予期せぬ事故、災害

 この“死”こそが、私たちに言いようもない悲しみをもたらすものは他にないでしょう。

 ある日突然に、人が消えてしまうのですから!全く意図しない、関係のない、人間や物、動物、天候、地球異変、航空災害、落下、沈潜、爆発、暴発、等の人災や天災で、ある日突然、“命”もらいますと言われても、なかなか納得は出来ません。まだ返す時期ではありませんからと、思っていますから。まだ何十年も当然、生きていていいはずだと思わずにはいられません。

 この心情はもちろん私も否定などはしません。しかし、厳然とこうした事故は起きているのですから、何としてでも、その理由と原因をつかみたいものだと私は考えました。

 私は当事者の立場に立てば、それが分かるのではないかと思いました。

 それを敢えて、奪った立場の人間として考えていきたいと思います。それはこうして書いていく以上、受け身的な立場では悔しさがつのるのみで、冷静に考え思考できないと思ったからです。

 双方がどちらも非常に苦しみ、耐えるものを耐え、忍ぶものを忍び、感情の起伏の激しさは日夜、当分期間、治まりがつかないでしょう。

 列車や自動車、飛行機事故において、直接の原因が特定されてもなおかつ、その因果がどのように形成されてきたかを探るという事後調査があると思いますが、おそらくその殆どが、ジワジワとその枝葉を伸ばして、ついに結果として出てしまったその経過は大部分、分からないのではないかとみます。その後遺症として“能”の立場としては、受けに比べ、それこそ全体構成の欠損を起こしたことで、通常社会復帰の遅さに加え、耐えざる努力を強いられることになるかもしれません。

 (もちろん、直接原因の当事者と思われていても、その全体像が掴めるとは限りませんから、永遠に不透明なベールに隠されてしまい、どちらが能で、どちらが受けという図式は決定されないかも知れません)
 さてそうした、真に耐えるその努力は決して、無駄にはならないプロジェクトとして、自己の身に保存されるはずだと思います。

 受けの立場の方に対しては、精一杯の心身共の、ご冥福を祈らざるを得ないことは申すまでもないでしょう。それこそ、永遠の悔悟感をもって生きていく覚悟と、トラウマとが永久に要求されると思います。

 そして“受”の、立場の方の生き方の変化は、突然の死に遭遇して一時、雨あられの失望消失感に苛まれますが、月日の経過に従い人の記憶の薄皮が剥がれるように、忘れるひとときの時間が、段々に増えていく過程で、癒されていくものと思われます。

 何故なら、人は忘れることが出来る素質を充分持っているからです。過去の戦争も、何かのきっかけがなければ、思い出すことがないように、現在の生活には多くの、癒しの要素自体が含まれているはずです。

 さてここで、こうした突然の事故の因果ですが、これを正確に特定することは現在の処、不可能だと思います。しかし、必ず原因というものだけではなく、その因果があるはずです。

“原因”は居眠りとか、機械不調とかすぐに限定できますが“因果”という、宇宙法則的なものはあるはずなのですが、それは、それぞれ個人の全ての生まれてからの生き様とか、家族とかのそれなどの、全部の情報を突き合わせなければ解明できない複雑な要素があるのではないかと思います。

 宇宙に不合理があるはずがないと仮定した上の考察です。数十億年も生き動き、続いてきた地球の論理は正しいはずです。全ての出来事、私的な出来事さえも、地球の論理に含まれるのではないかと確信するのです。

 結果“死”は、自ら選べず“死”は突然やってきて、それを甘んじて受ける覚悟を終生、人間は持ち続けねばならない生物であり、生き物の代表として、この地球に命ある限り、人は「召されるまでは、ともかく義務として、生き続ける使命及び義務を持って生まれてきた存在」と、私は結論づけるのです。



あとがき

 この小論は私の生きてきた期間、先人に比べると、ほんの僅かな時間を題材にして書いたものですが、数多くの“死”に臨場し、深く悲しみ、なぜ死んだのかという原因究明観、並びに、その不合理性に、常日頃から抱いていた、強い恐怖感から解放されようと悩み明かした末に、少しずつたどることによって山というか、谷を克服して、結論に近づくことが出来るはずとの思い上がり、と同時に書かざるを得ない心境に駆られたのであります。

 生意気ながらも、勝手に結論めいた締めくくりをまとめて、いずれ解明されることなどないはずと思い切って書いてしまったことを、どうぞ大目にみて頂きたいと思います。
 ありがとうございました。


平成17年11月10日作成 (平成22年1月17日に他サイトよりジオシティに移動してきました)


平成22年9月14日「いかに死ぬのか」パート2をアップしました。

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