1.うつ病になって変わったこと
2.連絡が取れない時
3.こんな些細なことで落ち込むの?
4.落ち込んだときの対処法
5.お医者さまからのアドバイス
6.薬の副作用など
7.自分の支えになっているもの
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1.うつ病になって変わったこと
 うつ病になってから、落ち込み方が経験したことの無いくらい極端になってしまいました。それも、信じられないくらい些細なことが原因でです。これは、3.で詳しく具体例を記述しますが、私がうつ病だということを知らない人のちょっときつい言葉や否定的な言葉、また理解して欲しいときに理解されなかった時などに、一気に崖から転落したかのように、どーんと落ち込むのです。落ち込んでいる時は、何かをする気力はおろか、考える気さえ起こりません。指一本動かせないときさえあります。そして、ただひたすら「自分なんて要らない人間だ・・・」「もう死んでしまいたい」と思い巡らしながら泣く・・・。このときの苦しさは、経験した人でないと絶対に分からないと断言できます。死にたいのに死ぬための行動を起こせない自分に、自己嫌悪さえ覚えるのです

 締め切りや約束の時間が守れなくなってしまいました。そもそも家から出る気力、着替えをする気力がでないのです。締め切りが守れなかったときは、また自己嫌悪が始まります。「締め切りさえ守れないダメな自分」「生きていても仕方ない」「死にたい」という思考回路しか働きません。その結果、週1回行っていたバイトも辞めてしまいました。大学院のセミナーも休みがちになりました。無理に出かけようとすると強烈な吐き気に襲われ、玄関でうずくまって1時間ほど動けなくなるのです。幸い指導教官が理解のある方で、「セミナーは休んで構わない。無理をしないで来れる時だけ顔を出したらよい」と仰ってくださったので、お言葉に甘え、以来半年間丸々休ませていただき、現在少しずつ復帰しています。

 締め切りといえば、締め切り自体に極端な恐怖を覚えるようになりました。まず、守れないかもしれないという恐怖、守れなかったときの落ち込みの恐怖から、何が何でも先にやってしまわなければという強迫観念にとらわれるようになったのです。一番ひどかったのは、実家に帰る準備をしていて、出発までにやることのリストを作った時でした。書き出したのは、「新聞を止めてもらう電話」「荷物を郵便で出す(取りに来てもらう電話)」「妹の年賀状の印刷(印刷用のはがきが翌日届く予定だった)」「植物に水をやる」などでしたが、出発2日前の夜22時のこと。書き出したのはよいが、どれ一つとして、今、済ませてしまうことができないというジレンマからパニックを起こしてしまい、実家に電話をし「もう嫌だ!イライラする!」と半泣きで当り散らしたのです。結局、なだめられているうちに寝る時間が迫り、薬ですぐ寝てしまい、翌朝起きて新聞や郵便の電話を済ませたら、気分はケロッと良くなっておりました。

 特定の事にイライラするようになりました。小さい子供の金切り声、人ごみ、一方的にしゃべる人(電話だと尚更)は、三大恐怖です。次点に、大型電気量販店の店内(DVDやテレビなどの大音量、店内アナウンスなど)があります。数分で、「もうやめてくれ!」と叫びたくなる衝動に駆られます。我慢していると、冷や汗がでてきて頭がくらくらしてくるほどです。

 こういった喧騒が恐怖となり、外出する機会がめっきり減ってしまいました。もちろん、家から出る気力や着替えをする気力がないことや、セミナーやバイトに行かなくてよくなったことも手伝って、軽い引きこもり状態が長く続いています。電車にしばらく乗らなかったら、電車も恐怖の対象となってしまった時期がありました。

 記憶力も著しく低下しています。以前はあり得ないことでしたが、サッカーの試合をビデオで観終わったわずか3分後に、対戦チームが思い出せない。観たばかりの映画の主人公の役名を忘れる。話していて言葉に詰まる。言葉が思い出せなく、たどたどしくしか話ができない時があります。論文を読んでも頭に入らず、論理を追っているうちに最初に書かれていたことを忘れています。これらのことは、メモや日記をつけることで、なんとかしのいでいます。

 記憶力の低下と関連しているのか、充実感が感じられなくなりました。1、2ヶ月振り返っても、何かを成し遂げたという実感がないのです。実際には、大学院を休んでいる間、趣味のイラストに没頭しており、作品を作ってHPにアップして、来訪者さんから感想いただいて交流し、それなりに充実していたはずなのですが、調子が悪い時は、自分で書いたHPの更新履歴を見て初めて、「ああ、この時期はこれをやっていたんだ」と思う程度なのです。それも、事実として認めるだけで、充実感や達成感は感じないのです。作品を作っている間は楽しくて、時間も忘れるくらいなのに、出来上がった後には、次に何を作ったらよいかわからない不安と空虚さが入り混じった感情を抱いていることが多いです。

 特定の物や人に極端に依存するようになりました。前者は洋楽、後者は母です。洋楽は大体、「孤独な」「淋しい」「新しい自分でやり直すため」「どうしたらよいか分からない」といった歌詞に共感し、心境にぴったりくる曲1曲だけを1日中聴いています。中にはうつ状態を歌った曲もあって「殺してくれ」と叫ぶ歌詞とメロディの美しさに完全にはまってしまいました。(但し、そのアルバムでは生きていることの素晴らしさ、美しさも表現されていて、「絶対自殺なんかしちゃいけない」という強いメッセージを感じています。)一方、人への依存は母へのしかかっています。毎日2、3度実家に電話し、長々と話を聞いてもらっています。母の一言で深く落ち込むこともありましたが、私のうつ状態を理解しよう、苦しいときは助けてあげようとしてくれる姿勢が安心感を与えてくれるのです。また、研究者になりたいという目標を応援してくれ、私自身よりも私の絵を評価してくれている所にも、安心感を感じます。そういう意味では、他の家族や親友でもいいのですが、いつでも電話できる、いつでも安心感が手に入るという部分で母しかいないのだと思います。

 うつ病は、やる気が出ないのが主な症状の一つです。テレビも見る気が起きず、毎週欠かさずみていた2本の番組さえも全く見なくなってしまいました。バラエティ番組などは喧しい方が先にきてしまってつけていても楽しくないですし、ニュースの類は後述しますが、感情移入し過ぎて、悲惨なニュースに泣くわ夢にでてくるわで、悪いことの方が多く、避けるようになってしまいました。見て楽しいと思えるのは、サッカーなどのスポーツと芸術系の番組だけ。それも、新聞のテレビ欄さえ見ないので、よほどの大きな試合か、稀にテレビをつけた時にやっていたものを見る程度です。

 新聞も読まなくなってしまいました。読まないことには捨てられないので、ひどいときは半年前の新聞が山積みになっていました。(今も1ヶ月分たまっています。)体調の良いときは、朝ご飯を食べながら全ページをめくることができるのですが、調子が悪いと新聞をめくるのがおっくうで、また、嫌なニュースを見たくないという心境が、新聞を遠ざけてしまうのです。

 読書もまた、機会がなくなってしまいました。以前は通学の電車の中でよく本を読んでいたのですが、薬の副作用で寝てしまうことがほとんどで、楽しみが減ってしまいました。もちろん、家で読書をするほどの気力も出ないのです。

 うつ病は感情の病気でもあります。うつ病になってから、感情移入が極端になり、泣くことが増えました。前述したニュースなどは、例えば北朝鮮拉致被害者の会見を見て、心情を想像し、ぽかんと口を開けてぽろぽろと涙をこぼすのです。サッカーの国際試合の選手入場だけで泣いたこともあります。お互いに負けられない試合が始まるという緊張感と、国を背負っているプレッシャーの大きさに刺激されたのだと思います。また、性質の悪いことに、物にも感情移入するのです。新聞の役目を果たしていないのに捨てられるなんて可哀想・・・と思って、溜まっていく一方の新聞を捨てることができません。また小食になり、食事は残さず食べることに拘るようになりました。残りものを捨てることができないのです。見舞いに来た母に作ってもらったおかずが、食欲が出ず、食べられないまますっかり傷んでしまったことがありました。今更食べることもできず、かといって捨てることは絶対にできない・・・。結局、次に母が来たときに母に捨ててもらって、ようやく処分されました。(作ってもらっておいて本当に申し訳ないです。)

 WEB上のうつ病自己チェックでよく見る項目ですが、他人に関心がなくなる、性欲がなくなるというものがあります。これも当てはまります。以前は身近な人だったり、洋楽アーティストだったり、と、恋愛感情とまでではないにしろ、異性に憧れてどきどきする気持ちがよくあったのですが、それもほとんど無くなってしまっています。洋楽アーティストだったら、ネット上で画像を集めたり情報を追ったり、洋楽番組は録画しながら見るほどだったのですが、そういうことも今はほとんどないです。実生活にしても、素敵だなと思う人の前でも至って冷静で、あのどきどき感は一体どこへ行ってしまったのだろう?と淋しく思います。

 薬を服用していることによって変わったことに、安易に風邪薬を飲めなくなったことが挙げられます。飲み合わせが悪いためで、もしかしたら種類によっては問題ないのかもしれませんが、お医者さまから「薬は使わないでいい」と言われ、また、ただでさえ1日16錠飲んでいるのにこれ以上薬漬けになるのは嫌だという気持ちから、風邪をひいても毎回自力で治しています。しかし、これが結構辛く、熱があっても自然に下がるのをじっと待つ、咳や鼻水といった症状を軽減できないのが苦しくてたまりません。大体1週間くらい寝てばかりの生活になってしまいます。よって、絶対に風邪などひけないと思い、外出は必要最低限です。

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2.連絡が取れない時
 1.で述べたように、うつ病になってから様々なことが変わってしまいました。普通の人ならば当たり前のことができなくなってしまうのです。中でも特筆しておきたいのは、連絡が取れなくなってしまう場合があるということです。これは、私以外にも、うつ病を患っている方がやはり同じような状況になっており、「たかが事務的連絡なのに何故?」という疑問に対して、うつ病患者の視点から、私自身の具体例2例について述べたいと思います。


事務的なメールに返事ができない

 大学院生生活を送る中、どうしても書類を出さなければならない状況にしばしば置かれます。書類は準備できているのに、外に出かける気力が出ず、そのまま締め切りを過ぎてしまったことがあります。提出しなければ自分が損をするだけでしたので、出かける辛さを考えたら提出しないままでも仕方ないや、と割り切っていたのですが、事務の方が「まだ間に合うから」、とわざわざメールで連絡をくださいました。そこで返信をするべきだったのですが、締め切りを過ぎてしまったことについて理由を添えなくてはと思い、自分の体調について書き始めたら長いメールになってしまって、後から指定された期日に間に合って提出できそうだったので、直接提出すればいいや、と、メールは途中で破棄してしまいました。

 そうしたら、事務の方が本当に連絡が届いたのか心配になって、携帯と家に電話をしてくれたそうなのですが、両方とも非通知拒否をしていたため、大学の内線からはつながらず、困った事務の方は、私の指導教官に「書類が未提出で連絡を取ろうとしたが返事がない」と知らせたため、今度は指導教官から、「体調に関して、定期的に連絡してくれますか?今回のように、連絡がつかないと困ることがあるので。」というメールをいただいてしまいました。

 私はそのメールにも返信しようとしたのですが、結局できませんでした。体調の悪い時にその状況を書こうとすると、客観的に自分の状態を見ることになります。そのことで自分の異常さに気付き、ますます落ち込んでしまったのです。指導教官へのメールには、具体的には、「通学する気力が起きない」「悲痛なニュースなどにも感情移入してしまう状態である」「自分が生きている価値が無いと思えて、(その時ニュースで見た)イラクで悲劇的に殺されている人の身代わりになりたいとさえ思っている」ことなどを書きかけていました。しかし、ふと我に返り、私の精神状態は大丈夫か?と不安になって、これを読んだ指導教官に、連絡しない場合以上に、余計な心配をかけてしまうのではないかと思い、結局送信することができませんでした。

 うつ病を患う人には完璧主義者が多いと言われています。また、全部をやろうとして、物事の重要度・優先度の判断ができなくなるとも言われます。メールの返信をするときも、自分の状態を全部書かないといけないと思ってしまうのです。本当は、「連絡をせず申し訳ありません。現在は体調があまりよくありませんのでしばらく休養させていただきたいと思います。」と、大雑把な状態だけでも伝えれば十分だったりするのですが、どの程度のメールを書けばよいかの判断ができないのです。また、連絡を取らないと相手にとってはどういう状態か全く分からず心配をかけてしまう、ということに気が回らないのです。

 これらのことを踏まえて、まず、うつ病患者さんへ。連絡を求められたら、1行でも2行でも構わないので、できるだけ返信しましょう。その際にはどんなに簡略化した内容でも大丈夫です。事務的な内容だけでもOKです。体調が凄く悪くても、「連絡がとれる状態であること」だけで、相手の方は一安心します。連絡が取れないと状況が全くつかめず、最悪の事態を想定するなど、余計な不安を与えてしまいます。

 次に、うつ病患者さんと連絡を取りたい方へ。事務的な文面だけのメールは、うつ病患者さんを精神的に追い詰めることがあります。冷淡に接せられている、休んでいることに怒っているのではないか、などと悪い方向に感じやすいからです。なので、「体調はいかがですか?ゆっくり休養していて構いませんので、この用件についてだけ連絡をくれますでしょうか。」などと、患者さんの体調を気遣いつつ、返信が簡単でよいことを伝えてあげるのがよいと思います。


指導教官に会いに行けない

 前述の書類の提出が遅れた理由の一つに、指導教官の署名と印鑑が必要だということがありました。ですが、会いに行くのが精神的に非常に負担でした。なぜなら、自分の理想としている状態で会いたいからです。つまり、読んでおきなさいと言われた論文を読んである、準備しなさいと言われている投稿論文の草稿が書けている、などという状態でいなければいけない、という思いに囚われていたからです。指導教官に、事務的な用件で会うにしても、研究の話題が出る可能性も高いです。その時に「何も出来ていません」と言わなければならない自分が惨めで、かといってやらなければならないことを済ませることもできず、文字通り、会わせる顔がない状態でした。

 研究が少しでも進んでいれば、多少気楽に会えるのだと思います。ですが、完璧主義者であるゆえ、目標を100に据えたら100やってしまわないと気が済まず、そのためには何本もある論文を一字一句全部丁寧に読むことから始めなければならない・・・これは到底できない、と思って手がつけられないのです。
 前にも述べたように、うつ病患者さんは物事の重要度・優先順位の判断ができなくなっています。研究についても、一つ一つコツコツと始めればゆっくりであっても進むのに、それがなかなかできないのです。また、事務的な用件だけ済ませればいいものを、それ以外(私の場合は研究)の懸念事項まで予測して、肝心な用件ではないものが理由で会えなくなっている、ということがあります。これも、メールで連絡を取る時と同様に、用件だけでよいことを患者さんに伝えることが大事だと思います。

 私の場合は、指導教官の先生が非常に理解のある方で、研究が進んでいなくても病気を治す方が大事だ、と仰ってくださったり、雑談だけでも構わないから顔を見せにいらっしゃい、と声をかけてくださって、その言葉を信じて勇気を出して一度お会いしたら、本当に理解して心配してくださっていることが伝わってきまして、以来、大分気楽にお会いできるようになりました。指導教官の先生方は、本当に理解のある方ばかりで、自分の置かれている環境が恵まれていると思う一方で、先生方には感謝の念が絶えません。

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3.こんな些細なことで落ち込むの?
 うつ病の主な症状に「落ち込み」があります。ほんの些細なことで深く沈み、死にたいと思うほどの状態になるのはうつ病独特のもので、これまで経験したことのない辛さを何度も味わっています。このことは一般的によく言われていることですが、具体的に書かれているのはあまり見かけません。以下に、私が落ち込んだ時の些細な原因と、その時の自分の心境を綴ります。


病気だと知らない人の一言

 私は大学院生なので、普通だったら数ヶ月に1度、研究の成果をセミナーで発表します。私はうつ病のため、研究はおろか生きる気さえ起こらない状態だったので、指導教官に事情を説明して、しばらく発表はしないことにしていただいていました。しかし、うつ病の難しいところは精神的な病気だというところ。澄ました顔でセミナーに出ていれば、こちらから言わない限りは病気だとは気づかれないのです。

 その日はたまたま私の事情を知っている先生がご不在で、助教授の先生を中心にセミナーの今後の予定を立てていました。なかなか発表の枠が埋まらないうちに、私が半年以上発表をしていないことに先生が気づき、発表をするように促されてしまいました。ですが、発表できるような新しい成果は無い・・・。「ちょっと事情があって発表できないんです」と弁解したものの、「君は4月には博士課程3年で、論文を書かなきゃいけないんだから、今のうちに発表しておかないと後で自分が苦しくなるよ」と諭されました。もちろんそれは頭の中では十分に分かっているのですが、その一言でどん底まで落ち込んだのです。「病気なんです」と反論すればまだよかったのかも知れませんが、研究室の全員の前で宣言するのもはばかられ、言うことはできませんでした。結局、発表しない方向で押し通し、気まずい空気を背負いながら居室に戻る途中で、普通の大学院生がしていることができない自分が嫌になり、もう死んでしまいたいとさえ思いました。後日、指導教官が助教授の先生に事情を説明してくださって、次に顔を合わせた時には、助教授の先生は私の状況や苦しさを理解してくだっていました。気遣ってくださった指導教官の先生と、事情を知って以後、心配して度々応援や励ましのお言葉をかけてくださった助教授の先生には、今では大変感謝しています。


セミナーに出ただけで

 なんとなく調子の悪い日だったのですが、休むほどではなかったので大学院のセミナーに出た日がありました。その時は修士1年生の初めての発表で、博士課程3年の私から見ればまだまだほんの駆け出しで、つたないところのいっぱいある発表だったのですが、未熟ながらも一所懸命発表する姿を見て、「こんな入ったばかりの修士の子でも発表をこなしている・・・一方自分は発表できる状況にさえない・・・」と比較してしまい、自分は学年は上なのに中身は修士以下だという思いに囚われてしまいました。そう考えるともう自分には取り得がないように感じられ、大学院が自分の居場所と思えず、追い出されるような気持ちで帰路についたのを覚えています。以来、セミナーに出ることが怖くなってしまいました。


理解のない一言

 父は工学系の研究者をしており、学生の面倒も見ています。大学院での研究が思うようにいっていないことが、うつ病の主な原因ではないかと察したらしく、電話で研究について話をすることになったことがありました。その時私は、大学院に入るときに専門を変えたことが負担になっていること、今の専攻に対応するには何が必要かがやっと分かってきたということ、そのためにはセミナーに出て知識や考え方を吸収したいのだけれど、セミナーに恐怖心を持ってしまったこと、特に同学年の発表は自分が博士論文を書く上で参考になるはずなのに、自分より遥か先を行っていることを目の当たりにすると落ち込みそうだということを話しました。ほとんど聞き手に回ってくれていた父でしたが、少し考えた後の一言で「同学年の子に『がんばってね』くらい言ってあげたら」と言われて、その瞬間に落ち込みました。父が言いたかったのは、そのくらいの心の余裕を持ったら、ということだったのですが、私には、そんな精神的余裕があるはずもなく、それが理解されていないこと、更に、今電話で相談している私よりも同学年の子の論文の方が大切なのかと感じてしまって、ひどく傷つき、心配されているのが分かっているにもかかわらず、父と話すのがしばらく恐怖になってしまいました。


聴いていた音楽を止められた

 洋楽に強く依存していることは先にも書きましたが、1曲すごく好きな曲で、寝る時もかけっぱなしにし翌朝起きてから寝るまでまた聴いているほどはまっていた曲があります。普段は一人暮らしなので好き放題聴けますが、実家に帰っている間も私はその曲を聴き続けていました。夕食で家族が顔を合わせ、テレビではオリンピックをやっていましたが、私はそれよりもむしろ音楽の方が大事で、両親に了承を得て曲をかけっぱなしにしていました。しかし、金メダルの可能性が濃厚になってくるにつれ、妹にとっては曲は雑音にしか思えなかったようです。「消していい?」と聞かれ、「いいよ」と答えるしかなく、曲の途中でブツッとスイッチを切られてしまいました。曲にも感情移入している私は、曲の途中で消すことは、曲に対して失礼だと思って、決してできることではありません。それをやられてしまったことがまずショックでした。その後、オリンピックの金メダルのラッシュを家族と見ていたのですが、私の心には完全に穴が開いていて、空虚な気分で、まるで酸素がないと呼吸ができないかのように、曲を求めていました。それを自覚した瞬間、あまりにも曲に依存している自分が異常に思え、「なんでこんなふうになっちゃったんだろう?」と自問しても答えが出ない。その状況に耐えられず、突然わっと泣き出したのです。家族はびっくりしました。なぐさめてもくれました。理解しようとしてくれました。でも、妹のとった行動を責めたり恨んだりする気持ちは全くありませんでした。明らかに異常で依存症のような自分が信じられなくて、自分で自分が理解できなかったのです。


友達にペンを失くされた

 イラストや日記を書くので、ペンは私にとって必需品以上に愛着のあるものです。外出先で友達にペンを貸してと頼まれて渡したのですが、事情があってその場で返してもらうことができず、そのままになっていました。その後、ペンのことが気になっていたので、友達と会ったときに返してもらおうと「貸したペンなんだけど・・・」と切り出しましたが、友達は失くしてしまったようで、かばんなどを探してくれたのですが見つからず、うやむやになってしまいました。理性が働き、それ以上はとやかく言わないことにしたのですが、物にも感情移入するため、工場で生産され、文房具店にやってきて、数ある中から選ばれて私の手に取られ、うちに来たばかりの新しいペンの人生を考えると、行方不明になってしまったことが不憫で仕方ないのです。それ以来、しばらく気になって、ペンの気持ちになったつもりで落ち込んでいました。友達をちょっとだけ恨みました。今でも行方不明のままなので、自分は異常だと思いつつも、手元に戻ってこないのが気がかりなのです。


「野菜も食べなきゃだめよ」

 私はお餅、特にいそべ焼きが大好きです。調子が悪くて食事の準備をするのもおっくうな時は、お餅を2つ焼いて食事を終えてしまいます。一度、朝昼晩と全てお餅しか食べない、それ以外は薬を飲むときの麦茶しか摂っていないという日がありました。その話を母にしましたら、「お餅だけじゃなくて、野菜も食べなきゃだめよ」と諭すように言われました。そんなことは常識で分かっていますが、それが実行できないほど食欲がなく調子が悪いということを理解して欲しかった私は、一瞬で落ち込みました。幸い、この時はまだ軽い落ち込みで済んだので、そんなことは分かっていること、それを敢えて言われると実行できない自分がダメな人間に思えて落ち込むことを苛立ちながら伝えて、母に理解してもらったことで立ち直ることができました。


電話中に話をさえぎられた

 一人で居ても淋しく、なんとなく相手をして欲しくて実家の母に電話することがよくあります。ただ、母は当初は、うつ病患者の相手をする時に話を聞くことがどれほど重要かを理解しておらず、実家に父も妹もいたため、私の話の途中で、父と妹の話に加わって、一瞬話が途切れたことがありました。その瞬間、崖から落ちたかのように、気分が一気に落ち込みました。自分だけ蚊帳の外に置かれていると感じ、一人でいる自分とみんなで住んでいる家族との物理的な距離を埋められないと思い、絶望感に浸っていました。一度落ち込むと、這い上がるのは至難の業です。これは4.で後述しますが、本当に本当に大変です。


電話中に笑われただけで死のうと思った

 夕食を用意したにもかかわらず、それだけで疲れてしまい、食欲がなくなり食べれなくなったことが2回あります。しかし、やはり物に感情移入する私、食べないと食品に対して申し訳なく可哀想に思って落ち込むので、どんなに嫌でも無理して食べました。食べる意味さえ分からなくなり、生きるためとは決して思えず、泣きながらの夕食でした。その心境を誰かに分かって同情して欲しくて、母に電話をした時、こちらは真剣に一生懸命話しているのに、「食べ物が可哀想だなんて!あっはっは!」と笑われたのです。ショックでした。一瞬で落ち込み、「もういい!」と言い捨て、電話を一方的に切りました。自分は理解されない。普通の人間じゃない。そんな思いが全てにおいてやる気を殺ぎ、頭に浮かぶのは「死にたい」という言葉ばかりでした。

 その後、慌てて心配した母が駆けつけることになったのですが、自分を理解していない人間がこれから来ることが恐ろしく、一方で母が来るという状況を考えて、死ぬなら今だ、玄関の鍵をあけておけば死体を母が発見してくれるという思いに囚われていました。しかし、幸いにも死ぬ方法を具体的に知らなかった上、理性が少しだけ働いて、自分の死体を発見したときの母を想像し、空き巣にあったときに取り乱した自分と重ね合わせ、あんな思いは母にはさせられない、とブレーキをかけることができ、自殺には至りませんでした。(ただし、死ぬなら今だ、という切迫感の中で実行してしまう人の心理はよく分かったと思います。)その後、到着した母に、勇気を出して面と向かって不満をぶつけ、その翌日体調が悪いのに登校しなければならない自分に付き添ってくれたことで、ようやく許すことができました。また、イラストを描くアイディアを一緒に考えてくれて、作品を作ることで元気な自分を取り戻すきっかけをつかむことが、母のお陰でできました。


天気が悪い日々

 これは2003年秋に治療を始めてから数回経験しているのですが、4〜5日天気が悪いと落ち込みます。深く沈んだ気持ちになり、朝起きても布団から出る気がしません。薬を飲まなくては、と無理やり自分を納得させて起き上がりますが、顔を洗う気もしないので、薬だけ飲んで、朝ご飯も食べずに布団に逆戻りし、そのうち再び眠ってしまうのです。昼過ぎに起きて、外が薄暗いと、やはり何もやる気がしない状態です。お腹だけはちゃんと空くので、お茶漬けだけ食べて、野菜ジュースで昼の薬を飲み、また布団に入ってごろごろすること以外できないのです。布団の中では、寝ているか、携帯電話に入っていたゲームをやるかのどちらかで、読書や考え事などというちょっとしたことでも、前向きなことは一切できません。再び眠って目が覚めるのが夕方になると、落ち込みは更にひどくなります。今日一日、一体何をしていたんだ・・・と自己嫌悪に陥り、生産的なことができない自分を責め続けます。夕飯を簡単に済ませて、夜の薬が効いてくると少し楽になり、大体22時以降は気分よく過ごせるのですが、それもたった2時間しかもちません。寝る時間が0時ごろと決められており、22時に入眠剤を兼ねた抑うつ剤を服用するためです。結局、割と元気な2時間は、お風呂に入ったり、メールチェックをしたり、と、ちょっとしたことをしているだけですぐに経ってしまいます。そしてまた、翌日の天気が悪いと、全く同じ一日を繰り返すのです。


人生で最悪の誕生日

 今まで喧嘩などほとんど無かった仲の良い家族でしたが、母と妹が対立し、2ヶ月ほど険悪な雰囲気だった時期がありました。うつ病患者にもかかわらず私が板ばさみになり、双方を収めなくてはならない状況にあり、精神的にもかなり参って、沈みがちな日が続いていました。そんな中、自分の誕生日を迎えたのですが、自分の生まれた日、ということが「なぜ自分が生まれてきたのか」「生まれてくる意味があったのか」という問いを生み、調子の悪かった私は「生まれてくる価値なんてなかった」という結論に至ってしまいました。そのうち、友達からお祝いのメールが何通か届いたのですが、気にかけてくれるのがありがたいと思いつつも、全然祝うことではないようにしか思えず、むしろ生まれてきた運命を残酷だと思い、耐えられずに何度も泣き出し、一日中生を呪い死を願っておりました。翌日になったら、調子は悪いものの、死を想うほどの落ち込みはなく、単純にただ誕生日だから、というだけの理由で悲惨な一日を過ごしたことが不思議なくらいでした。

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4.落ち込んだときの対処法
 うつ病患者は3.で紹介したように、ごく些細なことがきっかけで、崖から転落したかのように落ち込みます。この極度の落ち込みは正直どうしようもないです。お医者さまにも相談したのですが、やはり「どうしようもないね」という回答が返ってきました。普通の人の落ち込みでしたら、身近な人が話を聞いてあげるなどの方法が考えられますが、うつ病の患者の場合、話す気力さえ無くなっているのです。ただひたすら「死にたい」とだけ思い、体も全く動かなくなる場合があります。よって、誰かに助けを借りようと行動することは、うつ病患者の側からは、とてもじゃないけれどできません。この状態は、うつ病になる以前には経験したことのないほどの辛さです。辛い状況を今すぐにでも抜け出したいのに、そのための行動ができない。抜け出すために何をしたらよいかさえ考えることができないのです。周りの人の助けを借りて這い上がることもできません。母との電話中に落ち込んだことがあったのですが、「生きていても仕方ない・・・もう嫌だ・・・」と何度かつぶやいた後、2時間ほど指一本動かず、声も出ず、無言のまま電話だけつながっていたことがあります。自然に気分が少しでも楽になるのを、何時間もじっと我慢して待っていなくてはならないのです。

 私は何回も極度の落ち込みを経験しましたが、どこかで復活し、今この瞬間は元気な状態でパソコンに向かっています。何がきっかけで気分が楽になったかを振り返ってみると、次のようなケースが多いです。

 ・気が済むまで思いっきり泣いて、疲れて眠る
 ・就寝時間が来てしまい、薬で眠る
 ・お腹が空くまでじっと待って、食事をする

経験上、一眠りして起きたときは、気分が少し楽になっていることがほとんどです。少なくとも、自分を落ち込ませた原因について話すだけの気力が出て、「こう言われると落ち込むからやめて」と言うことができ、心にひっかかっていたことを吐き出し、すっきりさせることができます。落ち込む時はもともと精神的・肉体的に疲れていることが多いですので、眠るという行為は非常に効果的に思います。また、眠ることで、嫌なことや落ち込んだ気分を少し忘れることができるようにも思います。就寝時間が来て寝て翌朝起きると、昨日とは違う一日が来たという気分になり、楽になっていることも多いです。落ち込んで体が動かなくなっている時は、お手洗いに行きたくても我慢して横たわっているほどなのですが、食欲が自然に出てくるとムクッと起き上がって、簡単な食事を自分で取ることができます。前述の、電話中に落ち込んで2時間動けなくなったときは、食欲が出たおかげで、膠着状態から抜け出すことができました。

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5.お医者さまからのアドバイス
 現在私は2週間に1度通院し、診察を受けています。これまでにお医者さまに言われたことを整理して書き記しておこうと思います。

 まず通院し始めてから3ヶ月くらい、口をすっぱくして言われていたのが、

 ・薬を必ず飲むこと(昼に飲み忘れたら夜に2回分飲むこと)

でした。うつ病の治療で主に使われる薬は作用が弱いものが多く、少なくとも1週間欠かさず飲んでようやく効果を示すそうです(種類によっては数週間かかるものもあり、効き始めるまでにタイムラグがあると言われています)。また、定常的に薬を服用することで体調や精神状態を正常に保とうとしますので、服用を中止するとそれが原因で落ち込むことがあります。実際に、あまりにも調子がよかったので、お医者さまの指示のもとに薬を一時的に減らしたことがあったのですが、まだ回復の時期ではなかったようで、1ヶ月半減らしていた分、半月ほどのタイムラグで同じ1ヶ月半ほどの間、他に原因がないのになんとなく調子が悪い、やる気が起きない、気分がすぐれない、といった症状が出てしまい、薬の量を元に戻したことがありました。

 普段の過ごし方としては、

 ・人ごみは極力避ける
 ・長電話はしない
 ・ウィンドウショッピングはしない(買い物は買う物を決めてから行く)

の3点に気をつけるよう言われています。これは統計的に、うつ病患者が苦手で調子を悪くする原因だそうで、私自身、1.で書いたように人ごみと一方的にしゃべられる長電話は何が何でも避けたいくらい苦手で、極度にイライラして精神状態をコントロールできなくなってしまいます。また、電話は相手が見えない分、余計なことを言われて落ち込むきっかけになることが多いですので、ほどほどで話を終えておくのが経験上無難です。ウィンドウショッピングに関しては、人の多いところをだらだらと長時間歩くのが疲労の原因となるとのことです。患者はうつ病のために、精神的・肉体的に疲労しやすいそうです。疲労すると落ち込みやすくなりますので、安静にしているのが良い過ごし方とお医者さまには言われています。

 母が通院に付き添ってくれたことがあり、「家族としてできることはありますか?」と聞いたことがあります。その時のアドバイスは、

 ・基本的にそっとしておく
 ・話をする時は患者に主に話させ、聞き手に回る(7:3くらいの割合)

といったものでした。確かに、家族は心配な分「ああしたら」「こうしなさい」と患者に言ってしまいがちですが、これはうつ病患者の側からすると、それができない自分=ダメな人間=死んだ方がまし、という思考に突入するきっかけとなってしまいます。長電話は避けるように言われておりますが、母は聞き手に回ることや言い方のコツをつかんできたため、母とは1時間話しても大抵大丈夫です。

 調子が良いときは、何の不安も無く、また、大学院の先生方からも「研究は無理をしないでよい」とプレッシャーもかけられていませんので、趣味などの好きなことに夢中になって過ごすことも少なくないです。こういう時は、

 ・自分の力の7割程度で動く
 ・無理は絶対にしない
 ・睡眠時間はきちんと守る

ことに注意するように言われています。調子が良いと思って無理をすると、後でどーんと落ち込む原因になるからです。実際に最初の通院から1年以上経ちましたが、よくなったり悪くなったりを繰り返しながら現在に至っています。また、3.で書いた、本当に死のうかと思うほどの状況の後、2週間後にはお医者さまに「顔つきで分かる」と言われるほど調子が良くなっていました。この時は、「 悪い状態があったからこそ、今調子がいいんだよ。」と言わました。

 どん底まで調子が悪い時にどうすればよいか、アドバイスを求めた時に言われたのが、

 ・どうしようもないこと
 ・そういう状況にならないように予防すること

でした。どうしようもないことは4.でも述べましたが、予防ができるということに少し希望が持てました。具体的には、調子が良くても無理をしない、天気が原因で落ち込みそうな時は前もって週間予報を見ておいて心の準備をしておくなどといったことでした。自分の落ち込む原因を知ることで、落ち込みを予防できることは重要なことだと思いました。

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6.薬の副作用など
 うつ病の治療薬は作用が弱いものが多く、治ってからも再発を防ぐために服用を続ける人もいるそうです。副作用も弱いと言われているのですが、私は眠気と便秘に悩まされています。後者はもともとの体質的なものに副作用が重なり、お腹がずっしりと重く、それだけで憂鬱になるので、下剤を処方していただいてやり過ごしています。問題は眠気なのですが、朝昼晩3度の薬の服用2時間後に眠気のピークが襲いかかり、何か積極的にやることがない限り眠ってしまうのです。ひどいときは1日に2度、3時間ずつ、10日あったら6〜7日の割合で昼寝をしています。そうなると活動時間が短いため、家事やささいなことをやっているうちに就寝時間が来てしまい、「今日は寝てばかりで何も生産的なことができなかった・・・」という虚無感に襲われ、調子が悪くなってしまいます。お医者さまからは、「昼寝は2時間までならいいですが、夜の睡眠をしっかりとりましょう」と言われ、夜中に目が覚めたときに飲む即効性の入眠剤を処方していただいたのですが、今でも3〜4時間寝る日は多く、しかも目覚ましや電話では途中で起きれないというやっかいな副作用です。

 コーヒーが大好きで紅茶も時々飲むので、最初に薬を処方された時に、お医者さまと薬局の薬剤師さんに「カフェインとの飲み合わせは大丈夫ですか?」と聞き、どちらも「問題ないですよ」というお返事だったのですが、場合によってはカフェインの副作用が出ることがあることを後から知りました。一部の選択的セロトニン再取込阻害薬(SSRI)を服用している場合に、通常は数時間で排出されるカフェインの排出が遅れ、120時間ほどそのままの濃度で滞留し、更に実際のカフェイン摂取量の5倍摂取した状態と同じになるそうです。カフェインを500r以上摂取すると、頭痛・イライラ感・吐き気・不眠などの副作用が出るため、うつ病患者などで該当するSSRIを服用している人はカフェインの摂取量に注意しなければなりません。私もデプロメールという薬が該当し、このことを知らずに、20分くらいつけてしまった濃い紅茶や、市販のペットボトルのお茶を飲んだことがあるのですが、それはひどい頭痛・吐き気とイライラ感で、冷や汗が出るほどでした。通常の飲み物のカフェイン含有量は、玉露でも100t中160mg、紅茶が50mg、コーヒーが40mg、緑茶が20mg程度だそうです。1〜2杯飲む程度なら5倍しても500mgという限界値を超えないため、お医者さまや薬剤師さんは、問題ないと言ったのでしょう。ですが、 つけ過ぎた濃い紅茶やペットボトルで500cc飲む時は気をつけなければなりません。ちなみに、コーヒーは深煎りほどカフェインが少ないので、コーヒー好きの私は豆を焙煎してくれる店で深煎りしてもらい、1日にマグカップで2杯飲んでも不快な副作用は出ないでいます。

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7.自分の支えになっているもの
 現在の私の支えとなっているもの。まず第一に周囲の人の理解があると思います。家族、特に母とは毎日2、3度電話し、その日の調子や気分を話したり実家の様子を聞いたり、趣味のイラストやHPについて前向きな意見をもらったりと、些細なことを通してですが、家族の大事な一員なのだということを実感させてくれます。また、ひどく落ち込んで私が「死にたい」と言いだした時には心配して必ず駆けつけてくれます。そして大学院の先生方。「大変だね」と同情してくださって決して見放さず、書きかけの論文もセミナーへの復帰も、焦らずに待っていてくださいます。長く休んでいることについても後ろ向きなことは一切仰らず、一貫して「まず治すのが第一だ、今は無理をしなくてよい」という姿勢でいてくださるのが、休んでいてもちゃんと自分の居場所があるという気持ちにさせてくれます。近くにいる友達、遠くにいる友達、うつ病だと打ち明けた人はみんな心配してくれているのが伝わってきます。さりげなく気を遣いつつも、今まで通り普通に接してくれるのがありがたいです。私の周りには、「うつ病なんておまえの心が弱いからなったんだ」という態度の人は一人もいません。うつ病の私を受け入れ、理解しようとし、回復を願ってくれている方々に、感謝の気持ちでいっぱいです

 二つ目の支えに、趣味が挙げられると思います。洋楽に共感し、浸っていると気分がよいということもありますが、もう一つの趣味であるイラストが大きな意味を持っているように感じます。絵が好きで、色鉛筆やペン、パソコンソフトなどで描いたものを、自分のHPで発表しているのですが、自分で思っている以上に、絵を気に入ってくださる方が多いのです。掲示板に作品の感想を書いてくださる方もいて、HPを運営していくのが一つの支えになっています。また、イラストは形に残るので、空虚な気分になったときに自分のHPに行くと、これだけのことをやったのだ、という満足感が得られることがあります。趣味は研究ほど大変ではないので、なにか生産的なことをやりたいけど研究をするには元気が足らないときに没頭できる、よい意味での逃げ道になっています

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