溶食痕の観察 第一部 第二部 第三部
第一部
ビカリアの化石にはしばしば表面装飾が溶解したものがみられ、その痕跡は溶食痕とよばれています。

以前その溶食痕について会誌に投稿したものが第一部で、ビカリアに見られる溶食痕は死後の痕跡であるとしました。

その後、知見の追加があり、それをまとめたものが第二部です。それらによるとビカリアに見られる溶食痕の二面性は、必ずしもビカリアの死後に被った痕跡ではなく、生息時に被った痕跡である可能性がでてきました。

そこでビカリアの溶食痕の再観察と、その他の巻貝における溶食痕を調べたものが第三部です。
ビカリアにおける溶食痕の観察
はじめに
中新世のビカリアの殻表面に見られる装飾の溶解した痕跡は、岡本・松尾(1994)によりマングローブ湿地の酸性環境下において貝殻が溶解する溶食現象によるものと報告されている。 

今回、北は佐渡から南は種子島まで16産地、約500個体のビカリアにおける溶食痕を観察したので、そこから考えられることを紹介します。

 
ビカリアにおける一般的な溶食痕
 ビカリアにおける標準的な溶食痕は、前腹面側の溶食痕と後背面側の溶食痕に分けられる(図1)。
前腹面の溶食痕は前腹面の中心線に沿って平面状に殻頂と体層から溶食が進行し、トゲも溶食により先端部が平坦になっている標本もしばしば見られる。
後背面の溶食痕は殻の曲面に沿って殻頂及び殻底から全体的に溶食され、後背面の溶食が進行すると平面状溶食痕の正反対側に稜ができビカリアの螺塔横断面が三角形状になる場合がある。
前腹面側の溶食痕は平面状でその表面が平滑であるのに対し、後背面側の溶食痕は殻の曲面に沿って溶食されその表面は凹凸である場合もある。この差は溶食のされ方が違うためと思われる。
ビカリアが殻口を地面に向けた状態で前腹面側は酸性土壌に最も押しつけられる部分が溶食され、後背面側は殻に付着した酸性土壌または酸性水により上面側から溶食されるため表面装飾の凹部でも溶食されるのであろう。
 
溶食痕の進行過程
 富山県大沢野町と岡山県大佐町のビカリアについて、溶食痕の強弱順に標本を並べて比較した。

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大沢野標本(図4)
D1では殻頂部分にのみ溶食を被り、前腹面に平面状溶食痕は見られない。
D2では幼殻部の溶食痕と前腹面殻頂付近に平面状溶食痕が見られ、殻底部分は溶食されていない。
D3においては前腹面の溶食がD2より進んでおり、前腹面側体層にも溶食による平坦部があらわれる。殻底の成長線も若干不鮮明になる。
D4では前腹面、後背面、殻底とも溶食がさらに進行する。殻底の装飾はほとんど損なわれる。
D5では前腹面において殻頂側と体層からの溶食痕が一体化する。
D6では前腹面に穴が開いてしまうほど溶食が進行している。殻底の溶食も著しい。

大佐標本(図5)
T1では幼殻部分の溶食と前腹面殻頂付近に平面状溶食痕がみられる。
T2では前腹面、後背面とも溶食痕が進行し、殻底も若干溶食を被る。
T3では殻底の溶食が進行し、その表面装飾は失われる。
T4では前腹面、後背面の溶食痕が殻頂から体層まで一体化する。平面状溶食痕と後背面との溶食痕の間の領域では表面装飾は良くのこる。

以上の観察より平面状溶食痕の現れる箇所は全て同じであり、同一産地のビカリアにおいては前腹面の溶食が進行している個体ほど後背面、殻底の溶食も進行していることが分かる。
 
殻口形態と溶食痕の関係

 
ビカリアの殻口形態には口唇部が肥厚しないものと、肥厚するものの2種類が存在する。便宜上、前者を殻口Aタイプ、後者を殻口Bタイプと呼ぶことにする(図2)。

 岡山県奈義町の標本群においては殻高55oまでは全てAタイプであり、55o位からBタイプが現れ始め70oで半々の割合になり、85oを越えると全てBタイプとなった。この結果70oを越えて成長すると、ほとんどのビカリアは口唇部が肥厚するようである。ただし八尾などでは100oを越える標本でもA形態のものがある。

 次に殻口形態と溶食痕の関係であるが、前腹面に平面状溶食痕をもつビカリアの殻口形態はほぼ全てBタイプであった。しかしBタイプのビカリア全てが前腹面に溶食を被っているわけではなく、殻頂部分のみに溶食を被っている標本も多い。さらに溶食を全く被っていない標本も少数ながら見られ、これらの標本においては殻底が溶食されていないのが一般的であった。

 Aタイプのビカリアにおいて前腹面に平面状溶食痕を持つものは無いに等しく、殻高80oを越えるような標本においても平面状溶食痕は認められなかった。
Aタイプのビカリアでは殻底が溶食されている個体は、殻頂から下方へ向かう溶食が進行していた。

 殻底部はビカリアの成長末期に形成された装飾があるため、この部分が溶食されていないものはA、Bタイプとも、死後に酸性環境にさらされることなく、すぐに埋没したため殻表面が生存時の状態に保たれていると思われる。
殻頂付近のみが前腹面、後背面の区別無く溶食されているものは生存時の溶食痕であろう。

殻底が溶食される標本でA、Bにより違いがあるのは(図3)、Bでは殻口外唇上部の突起が張り出しているため、ビカリアが潮が引いて空気中に露出した場合、殻口が下になる場合が多く、その接地部分が他の部分より多く溶食されるのだろう。Aでは外唇上部の突起が張り出さないため殻口が下になることが少ないため接地部を示す平面状溶食痕が明瞭に現れないと思われる。溶食は潮が引いて空気中に殻が露出した場合に進行するのであろう。
 
平面状溶食痕
ビカリアの前腹面に見られる平面状の溶食痕は、その位置する場所とその形状からビカリアが生存時に被った溶食痕である可能性が指摘されてきた。しかし巻貝の殻構造及びその成長を考えると疑問が生じてくる。

 巻貝の内部構造(図6)を観察すると、新しい螺管が古い螺管の殻底を覆いながら殻頂方向から見て右回りに螺旋を描きながら成長していくと思われる。すると殻口も殻が成長すると殻頂方向から見て右回りに移動していくと推測され、殻口が移動すれば巻貝の匍匐面も殻頂方向から見て左方向(右回り)へずれるはずである。

ビカリアの前腹面の平面状溶食痕はその形状から見て、酸性土壌との接地面の溶食痕と考えられる。だとすると平面状溶食痕の向かって右側がそれ以前の接地面であり、そこに平面状溶食痕が存在したはずであり、その部分の装飾は溶食をこうむっていたはずである。しかしながらビカリアの標本を観察すると、平坦部の向かって右も左も装飾は非常に良く残っている場合が多い(図7)。
もし、この平坦面がビカリアの生存時に出来たものとするなら、一度溶食により損なわれた装飾が螺塔の上部までも復元されなければならない。果たしてそのような表面装飾の復元力があるのだろうか。そもそもそれほどの復元力があるならば溶食痕は存在しないと思うのだが、それともビカリアは同一面を匍匐面としながら殻が成長することが出来たのだろうか。

 殻底の溶食痕と、平面状溶食痕の関係、それに殻構造を考慮すればビカリアに見られる前腹面、後背面、殻底の溶食痕はビカリアの生存時ではなく死後に被った痕跡と考える方が妥当であろう。

センニンガイの溶食痕


 ビカリア溶食痕との比較のため、ビカリアと同じくウミニナ科の大型種、センニンガイの化石種(Telescopium schencki)における溶食痕を観察した。富山県八尾町、鹿児島県種子島の2地点19個体である。
現生のセンニンガイ(Telescopium telescopium)はマングローブ湿地および、その前面の干潟に生息している。

センニンガイの溶食痕はビカリアに比べて著しく進行しているものが多い。
八尾においてビカリアと同様に前腹面、後背面が溶食された個体が3例確認できた。
著しい溶食を被った標本の中に体層の半周の表面装飾が明瞭に残された標本があった(図8)。著しく溶食された次体層を装飾が明瞭に残された体層が覆っているので、生息時から著しい溶食を被っていたようである。
このような装飾の残り具合は、津田ほか(1993)が指摘した生息時から溶食を被ることにより、異常な形態を示すようになったセンニンガイ(図9)とすることができる。

 種子島では体層の径が著しく大きくなり外形が異常形態に属する標本が2例認められた。種子島では螺塔は著しく溶食されているが体層の縫合下の装飾が良く残っている標本が多い。
これらのことからセンニンガイは現生種も化石種もしばしば生存時から著しい溶食を被っていたようである。
種子島で観察した現生巻き貝の溶食痕
種子島には小規模なマングローブ湿地が存在するが、そこで小型の巻き貝に溶食痕が観察できた(図10)。

 マングローブ湿地陸端には死殻や生殻が存在し、死殻の多くは色彩を無くし白化していた、これが殻皮の損なわれた状態なのであろう。
シマヘナタリ(Cerithidea ornata)の生殻はすべて殻頂を無くしていた。
問題はここのカワアイ(Cerithideopsilla djadjariensis)の死殻であるが、多くの個体は地表に露出している部分が溶食により殻に穴が開いており、土中に埋没している部分はさほど溶食されておれず表面装飾も残っていた。
土壌に接する部分より地表に露出する部分ほど溶食が進行するのであろう。

まとめ
今回ビカリアの溶食痕を観察した結果、溶食痕には、産地により強弱はあるものの基本的パターンが存在する事が確認できた。
殻口Bタイプのビカリアでは、前腹面に平面状溶食痕と後背面の溶食痕が対をなし、殻口Aタイプのビカリアでは前腹面、後背面の区別無く溶食されていた。

 平面状溶食痕は酸性の平面に殻を押しつけたような形状で、後背面の溶食痕は酸性物質を殻に上から垂れ流したような形状をしている。これらの溶食痕は標本の観察結果より、同時に形成されてものと考えられる。このため平面状溶食痕は、殻と酸性土壌との接地面で形成されたものであり、後背面の溶食痕は、地表に露出していた部分に酸性物質が付着し、溶食された痕跡と推測される。
種子島の現生貝類の観察では殻が地表に露出した部分ほど溶食されていたので、ビカリアでも同様なことがおきたのであろう。

 平面状溶食痕はビカリアの殻構造、及び殻底部の溶食痕との関係から、後背面の溶食痕とともにビカリアが死後に被った溶食痕と推測される。

では、なぜ殻口Bタイプのビカリアにのみ平面状溶食痕が存在するのか考えてみる。
貝殻の溶食は殻皮の損なわれた部分より進行するものとされている(津田ほか,1993、伊左治,1995)。そのため貝の生存時は殻皮の損なわれやすい殻頂部分から溶食が進行する。この段階のビカリアの標本はA・Bタイプとも殻底の装飾が鮮明に残されている。
ビカリア生息域の酸濃度はそれほど高くなかったと思われ、生存時より著しく溶食された標本は見いだせなかった。それに対しセンニンガイはより酸濃度の高い環境に生息していたため、生存時より著しく溶食される個体もある。
ビカリアが潮間帯に生息していたことはその成長縞のパターンより科学的に証明されている(東條・坂倉,1998)。
ビカリアの死殻は潮が満ちた状況では水没し海水中においては浮力が働くため死殻は波浪により容易に転動したことであろう。潮が引いた状況ではビカリアの死殻は地表に露出し、潮の引く段階で殻口Bタイプのビカリアは殻口外唇上部の突起がアンカーの役割をはたし殻口が下になる場合が多い(図2、図11)。地表に露出した後背面は日光にさらされ乾燥し易いため、殻皮の劣化が進行する。後背面に付着していた泥は水分が蒸発し、その硫酸濃度は高くなるのだろう。
前腹面は泥底に埋没し、装飾の凹凸の少ない殻頂と体層より平面状に溶食される。平面状溶食痕と後背面の溶食痕との中間域は、泥底より水分の補給を受け後背面ほど乾燥しないので、さほど溶食を被らない。
それに対し殻口Aタイプのビカリアは、殻口部がそれほど突出しないため殻口が下になる場合はさほど多くなく、そのため前腹面と後背面の溶食痕の区別は明瞭でない。


 以上、化石資料を観察した結果、ビカリアに見られる著しい溶食痕はビカリアが死後に被った溶食の痕跡であり、センニンガイでは生存時から著しい溶食を被っていた個体が存在した。故にビカリアの主要生息域はセンニンガイの生息域より海側であったと推測される。このことはTaguti(1981)や、金子(1997)の研究と矛盾しない。   


文献
伊左治鎭司(1995) 軟体動物殻体にみられる溶食現象の進化古生態学における有用性−Geloinaを例  として−. 瑞浪市化石博物館研究報告,22.

金子一夫(1997) 中新統黒瀬谷層(富山県)のGeloina-Telescopium群集とArcid-Potamid群集の生息環  境. 立山博物館研究紀要,4.

岡本和夫・松尾幸子(1994) 庄原および津山中新統からのVicaryaのshell corrosionについて. 瑞浪  市化石博物館研究報告,21.

Taguti,E.(1981) Geloina / Telescopium Bering Molluscan Assemblages from the Katsuta Groupe, Okayama      Prefecture - with Special Reference to Brackish Faunal Zonation in the Miocene of Japan. Bull. Mizunami     Fossil Mus., 8.

東條文治・坂倉範彦(1998) Vicarya yokoyamaiが潮間帯に生息していたことを示す新しい証拠 瑞浪  市化石博物館研究報告,25.

津田禾粒・寺沢達雄・糸魚川淳二・山野井徹(1993) Telescopium telescopiumの形態変化−環境との関  連をさぐる−. 新潟大学教養部研究紀要,25.
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