Ceruthidea kanpokuensis カンポクヘナタリ
2007/08/26
はじめに
Cerithidea kanpokuensis (カンポクヘナタリ)は初め朝鮮半島の中新統から新種記載されました。その後、日本からも多くの地点で産出が報告されましたが、研究者によって同定される種類が異なる場合があります。

そこで今回は、どの種類がCerithidea kanpokuensis にあたる種類なのかを検討してゆきます。さらにCerithidea kanpokuensisTerebralia 属の肋パターンの類似性も検討してみます。

 
各地から報告されたCerithidea kanpokuensis
学生版日本古生物図鑑 p.255 図版127 1210a,b では、石川県珠洲市藤尾の東印内層産の種類をCerithidea kanpokuensis とされています。


次に、瑞浪市化石博物館専報第3号−A の Pl.29, Figs.6a,b では瑞浪層群月吉層産の種類をC.kanpokuensis とされています。
ただし朝鮮半島の原記載標本より、頂角が小さく、縦肋が細く、螺溝数が多いのでC.kanpokuensis とするには検討が必要とされています。
なおPl.30, Figs.14a,b 15a,b には東印内層でC.kanpokuensis とされている種類と同種と思われる標本が図示され、種名はTerebralia? sp. とされています。


富山に生息したいきものたち 黒瀬谷層の貝化石 では、 p.59, Pl.14, Figs.16a,b の標本をC.kanpokuensis とされています。
他にC.kanpokuensis より縦肋数の多い標本をTerebralina sp.1, T.sp.2, Terebralina? sp. として図示されています。
そして先ほどの東印内層産や瑞浪層群産の標本はC.kanpokuensis とは別種と思われる、とされています。

はたしてどの種類がC.kanpokuensis なのでしょうか?
模式標本と各地の標本の比較
Cerithidea kanpokuensis はMAKIYAMA1926 でPotamides(Cerithidea)kanpokuensis として朝鮮半島の中新統より新種記載されました。

主な特徴として下記のものがあります。

・縦肋が12〜14本

・螺溝は3本で(つまり螺肋は4本となる)、上の一本は他より深い


 

それではC.kanpokuensis 模式標本と上述の各地の標本を比較してゆきましょう。
C.kanpokuensis 模式標本と東印内層産の種類を比較すると、東印内層産標本は縦肋がやや少ないように見えます。螺肋についてもC.kanpokuensis の4本よりはるかに数は多いです。
東印内産標本の縦肋が上から3分の1程度の所でくびれるのに対し、模式標本の縦肋に顕著なくびれはありません。
以上のことから東印内層産標本はC.kanpokuensis ではありません。

 
C.kanpokuensis 模式標本と瑞浪層群産標本類似種を比較すると、瑞浪層群産標本類似種の縦肋は13本と模式標本と同じです。しかし、模式標本と比較すると縦肋がいくぶん細くなっています。保存良好な標本を観察すると瑞浪層群産標本類似種の螺溝が模式標本に較べ遙かに数が多いことがわかります。なので、瑞浪層群産標本およびその類似種はC.kanpokuensis ではないことになります。

 
C.kanpokuensis 模式標本と黒瀬谷層産標本を比較すると、黒瀬谷層産標本が少し縦肋数が多いものの、表面装飾の構成が非常に類似していて、最上部の螺肋が他よりやや離れている所も同じです。
表面装飾の縦肋や突起の数は個体差や地域差があるもので、この程度の差異ならば模式標本と黒瀬谷層産標本は同一種と見なせます。
 
上述の黒瀬谷層産標本に表面装飾の構成が似ている標本は日本各地から産出します。
日本各地の標本
縦肋数は16本程度の個体が多いのですが、個体により縦肋数が増減することもあります。
頂角にもばらつきがみられます。
縦肋数や頂角の差を個体間や地域間の差と見るならば、これらの標本はすべてCerithidea kanpokuensis と同定することができます。

 
Cerithidea tokunagai
OTUKA1938 では、広島県庄原市の備北層群より左図のような、Cerithidea (Cerithideopsilla) tokunagai というCerithidea kanpokuensis によく似た種類が新種記載されています。
C.tokunagai はその後産出報告されたことはありません。

この種類の特徴は、縦肋が16〜18本、螺肋は4本で、最上部の螺肋は他より広い肋間で隔てられ、頂角は15〜18度とされています。

C.kanpokuensis より縦肋数が多く、頂角が小さいので、上図に示した、黒瀬谷層産その他の標本に似ています。
なので、縦肋数により厳密に種を区分したいのであれば、縦肋数の多いC.kanpokuensis に似た標本はC.tokunagai と同定されることになります。


しかし縦肋数の僅かな違いのみで種を区分する意味もなさそうなので、ここではC.tokunagai C.kanpokuensis の同種異名であり、記載年の早いC.kanpokuensis に含められるとの立場をとります。
 
Cerithidea kanpokuensisTerebralia 属の肋パターンの比較
「黒瀬谷層の化石」においてCerithidea kanpokuensis より縦肋数が多い標本がTerebralia 属に同定されているように、C.kanpokuensis Terbralia 属の肋パターンは非常に類似しています。

現生Terebralia 属は熱帯のマングローブ湿地に生息していて、主な種類としてT.palustris (キバウミニナ)とT.sulcata (マドモチウミニナ)があります。
両種の肋パターンの特徴として、比較的平頂な4本の螺肋が縦肋と交叉していることがあげられます。良く観察すると螺肋のうち最上部のものは他よりかすかに離れています。
なお4本の基本的な螺肋は成長すると分岐することがあります。

なお両種とも殻軸には顕著な襞があります。
Terebralia 属のうちT.palustris の幼殻とC.kanpokuensis は肋パターンが非常に似通っています。
4本の平頂な螺肋が縦肋と交叉することや、最上部の螺肋が下の3本よりやや離れているところも同じです。違いとしてはC.kanpokuensis の方が螺肋に丸味があり、最上部の螺肋の離れ方が大きいことです。


化石種から現生種へ、螺肋が丸味のあるものから平頂なものへ変化する現象は、下図のTerebralia itoigawai からT.sulcata への進化やCerithideopsilla,Telescopium 属にもみられる現象です。
 

肋パターンから判断する限り、C.kanpokuensis の肋パターンはT.palustris の肋パターンに近く、Cerithidea 属に含めるよりも、Terebralia 属に含めた方が妥当だと思えます。そうなるとC.kanpokuensis はマングローブ沼性種の可能性が高くなります。

ただし、Ceritidea kanpokuensis にはTerebralia 属にみられるような顕著な襞が殻軸になく、かすかな襞しかありません。 
おそらく直系の先祖子孫の関係にあると思われる、化石種Terebralia itoigawai と現生種T.sulcata を比較すると、螺肋が丸味を帯びたものから、平頂なものへ進化したことがわかります。

化石種のTerebralia itoigawai の装飾はどことなくCerithidea 属の装飾に似ている。Cerithidea 属からTerebralia 属が分化したことを思わせます。


 
まとめ
各地より報告されたCerithidea kanpokuensisC.kanpokuensis 模式標本の図を比較することにより、C.kanpokuensis とされてきた標本の中に別種が含まれていることが判明しました。

比較から明らかになったC.kanpokuensis の肋パターンの特徴、縦肋と交叉する4本の螺肋、最上部の螺肋が他と少し離れる、は現生種のTerebralia 属の肋パターンの特徴と類似しています。
このことはC.kanpokuensis がマングローブ沼棲種のTerebralia 属に含まれる可能性が高いことを示しています。しかしC.kanpokuensis にはTerebralia 属にあるような顕著な軸襞はあまり目立ちません。軸襞の強弱はVicaryella 属にも見られることで、今後検討が必要です。
 

 
参考文献
学生版日本古生物図鑑 北隆館

瑞浪市化石博物館専報 第3号-A.B

富山県「立山博物館」特別企画展 富山に生息したいきものたち 黒瀬谷層の貝化石

Makiyama,J.(1926),
Tertiary fossils from North Kankyo-do,Korea.
Mem.Coll.,Sci,Kyoto Imp.Univ.,ser.B,2,143-160

Otuka,Y.(1938),
Mollusca from the Miocene of Tyugoku,Japan.
Jour.Fac.Sci.,Imp.Univ.Tokyo,Sect.U,5,21-45.