市民が行政・議会・一部のネット族を監視するための辛口情報紙・東村山市民新聞


親創価・佐藤まさたかさん、選挙直前3ヶ月前の東村山市への転入の真相とは?

年間約1億円の巨額東京都補助金(現在)受けている
認証保育所施設内で生活した?!(矢野・朝木議員の追及から)
 “こんなことが許されるはずはありませんよね。”
―佐藤さんが裁判所に提出した書類に「ウソ」の疑惑も!―
 2003(平成15)年1月17日に、佐藤「市議」は、東京都認証保育所「空飛ぶ三輪車」が賃借していた東村山市野口町3丁目7番地38所在アパート「サンシテイ2の101号室」に、日野市から引っ越してきて、住民登録をしたと主張しているのでありますが、保育所とりわけ巨額の補助金が交付されている東京都認証保育所の管理運営、使用のあり方について多くの疑義があるので、窺います。
  ところで、佐藤「市議」は、昨年の4月に、東村山市市民部長や選管事務局長らの事情聴取をうけた際、質問に対して、
 日野市から転入して、この2003(平成15)年1月17日に住民登録をした東村山市野口町所在のアパートを、その1月17日当時に借りていたのは東京都認証保育所「空飛ぶ三輪車」で、前年の2002(平成14)年ころから借りており、この保育所施設の同アパートを、「昼間は保育所としてのスペースだったが夜は寝起きしていた。」と供述したことが選管作成の公文書に記録されています。
 また、法廷での証人尋問の場で、佐藤「市議」は次のように証言しています。
「園に一番近い2DKの部屋を保育所で借りて、そこで子供たちの制作だったり、あるいは大きい子たちの何か活動を、特に昼寝の時間の本園舎で寝ている小さい子のわきではできないので、そこで(前記アパート)やっているということがあったというふうに,記憶しています。」
と供述しています。
 さらに、法廷で、その東村山市内野口町の保育所空飛ぶ三輪車が借りていたアパートに、日野市から住民登録を移した当時に、家財道具はそのアパートにあったのかと尋問されて、佐藤「市議」は、
「だから、例えば園の書類があったり、私の日野から持ってきた本棚もありましたし、ですからそういう意味では、(※保育園の備品や書類などと)同居している、しばらく不便だけれども、同居するという形でしたが、日野から持ってきたテーブル、机、本棚、あるいは小さい、1人ですから、小さな和だんすのようなものも含めて、その部屋の一画にコーナーを決めて、そこに置いて,最初,生活を始めました。」
と、まさしく保育園の施設内に家財道具を持ち込んで「生活した」と供述しています。
 つまり、佐藤「市議」は、間違いなく、「昼間」は、東京都認証保育所「空飛ぶ三輪車」が保育の用に供していた東村山市野口町3丁目7番地38所在アパート「サンシテイ2の101号室」に、自分の家財道具を持ち込み、園児が降園したあとの、「夜は寝起きして生活していた」事実を公に認めたわけです。
 ところで、裁判所に提出した、陳述書の中で、佐藤「市議」は、
「当初は、確かに保育所と兼用でしたが、閉園時刻以降は私の生活の場として使わせてもらっていました。 そして、保育所の園舎の建替えは同年3月末にほぼ完成したため、5月の契約切り替え時(※市議選の終わった翌月)をもって、私の名義で借り受けることとしたものです。なお、この保育所は東京都認証保育所であるため、このような取扱いも設置者の裁量の範囲である旨、市の執行機関も東村山市議会で答弁するなどして認めているところです。」と述べています。
 要するに、佐藤「市議」は、日野市から東村山市に住民登録を移し市議会議員選挙終わるまで、保育の用に供する東京都認証保育所の施設内で生活をしたというのですが、なんと、このように認証保育所の施設内で佐藤市議が生活することは、保育所設置者の裁量で許されるし、このことは「市の執行機関つまり市長以下所管保健福祉部」も議会で答弁をした事実があると、裁判所に提出した陳述書の中で、佐藤市議は強調しているのです。

 私どもは、会議録を何べん読んでもそのような答弁が記録されている事実はないので、そこで、所管に伺いますが、認証保育所の施設内で佐藤市議が生活することは保育所設置者の裁量で許されるという答弁をした事実はあるのか、明快にお答えいただきたい。

 ところが、市側は部長も、市長も誰も、そのような答弁をしたとは、認めませんでした。佐藤「市議」が裁判所に提出した書類の中で、事実ではない「ウソ」を主張した疑惑が出てきたのです。


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