「淵の森」隣接地問題に異議あり!−市民全体の意見は確認したのか?

市民の意思はどこに?有名人が動けば、何でもとびつくのか
  緑を保全することに、誰も反対はしないだろう
  が、今回は問題が多すぎるのだ。

 だからといって、東村山市内の全部の民有緑地(雑木林)を市が買い取ることはできない。したがって、市はこれまで、都市計画決定や緑地指定のない雑木林は取得しないと言ってきた。
 現に、都市計画決定はともかく、市には「緑地保護条例」があって、指定を受けた雑木林は、固定資産税が免除されている、これを「指定緑地」という。が、この制度の恩恵を受けているのは、雑木林所有者全員ではない。
 緑地指定を受けたのは、歴代市長の「取り巻き連」がほとんどで、指定を拒否された地主さんもいるし、この固定資産税免除の制度のあることすらしらない地主さんもいるほどだ。ほとんどの雑木林の所有者は、払う税金だけでも大変なのだ。
 だから、雑木林の地主さんは、今回のように買い取って貰うまでいかなくとも、当分雑木林のままでおいとくから、「固定資産税を免除してほしい」=「緑地指定」してほしいと、試しに、市にもっていくことをぜひ勧めたい。淵の森隣接地所得を早々と決めた渡部市長が、要望全部を、気前よく受け入れてくれるかもしれない。
 
 だが、この「指定緑地」制度は欠陥だらけなのだ

 歴代の市長は、この固定資産税免除が緑地保存になるという理由で、「指定緑地」制度を維持しているというが、実際には、「指定をうけ税が免除されている雑木林」がどんどん開発されている。だから「保存」には役に立ってない。

 なぜか?

 この条例には、開発規制を謳ってはいる。が、開発をしない努力義務はあるものの、開発してもペナルティが課せられる規定がない。いつでも地主の都合で開発できるのである。
 草の根・矢野、朝木議員らは、以前から、開発規制を実効あがるものにすべきだ、と主張している。少なくとも、昔の「長期営農継続農地制度」と同様に、10年スパンで「緑地保存指定」をして税を免除するが、5年を単位に地主がその間に開発すれば、5年間の免除分の固定資産税は返還を義務づける、これをやるべきだ。
 これすらやらない。理由は簡単で、東村山市の緑地保存政策は 、歴代市長の市長選当選の論功行賞として「取り巻き連」に税免除というご褒美として、特定の地主の所有緑地に指定がなされてきた、からだ。

 新たなパターン」の限界

 このような、東村山市の緑地保護施策にあらたに加わったのが、市内のどの雑木林であっても土地代金の一部が「有名人」主導の「募金運動」によりまかなわれる場合は、市が残り全部の土地代金を出するという今回なされたパターンだ。
 6月22日読売多摩版には「この雑木林には「都市計画決定や緑地指定を受けていないため、市としての優先順位は低かった。しかし、・・・取得金額の3分の1程度の寄付がえられる見通しとなったことも公有地化を後押しした。渡部市長は、宮崎さんたちが全国に呼びかけ、多額の募金が集まったことを重く受け止めている・・・と理由を説明した」とある
 
 雑木林の公有地化のこれまでの基本的な方針を変更する理由が、単に「全国から取得代金の3分の1の募金が集まったから」というのではぜんぜん説明になっていない。
 所沢市在住の宮崎氏らが「ナショナルトラスト」方式で取得代金全額を集めたが、登記上の理由から公有地化してほしいというのなら、当然市は協力すべきだろう。
 渡部市長の上の没論理・感情論では、いまもって公有地化の基本方針変更の理由はさっぱりよくわからない。「ナショナルトラスト」完成までの先行取得用の一時立替資金を貸与、提供するというのでもないのだ。
 要するに、渡部市長に聞きたい。今後は、市内のどの雑木林であっても土地代金の一部(3分の1程度)が「有名人」主導の「募金運動」によりまかなわれる場合は、市が残り全部の土地代金を出すのか。

 「八国山」ならぬ「七国山」は、関係ないというのか?
  市に持ち込む前に、すべきことは?

 問題の土地は、宮崎氏が「トトロの森」の構想を得た「淵の森」の隣接地だそうである。
 『淵の森』で「トトロの森」の構想を得たと報道されている宮崎氏は、映画の中で、東村山市内の北山緑地つまり「八国山」を「七国山」と言い換えて、勝手に使っている。ゲゲの鬼太郎の水木しげる氏が境港ほかの町にに対して全面的貢献しているのとは大違いの『地元』無視の態度だ。『淵の森』関係に税金を出せと言う前に、宮崎氏よ、少しは水木氏を見習ったらどうか。
 が、いまだに東村山市ならびに東村山市市民には、なんの説明もないし、八国山の緑地を保存しようという呼びかけをしたということも、聞いたことがない。愛知万博で使った「サツキとメイの家」を八国山に移設したい、と東村山市民がさかんに働きかけをしたときも、関心を示したようには聞いていない。なぜ「淵の森」と隣接地だけなのか?しっかりアニメで利用し、売上げにも貢献したであろうから、このことははっきりと言っておきたい。 
 「七国山」いや「八国山」の方ははどうするのか?ぜひ宮崎氏に見解を聞かせてほしいものだ。アニメ「となりのトトロ」をお金を払ってみている次代の子供たちに、宮崎氏は「プレゼント」すべきではないか?
 アニメは自分の仕事、勝手にやってどこが悪い、というのなら、問題はぜんぜん別の方向へ向かう。
 ならば、宮崎氏が「淵の森」で「トトロの森」を構想したので、同氏個人のゆかりの地、隣接地こみで保存したい、という考えなら、動機がごく個人的な事情なのは明らかだ。
 東村山市に話をもってくるのではなく、宮崎氏個人がまず「ナショナルトラスト」方式をかける努力をすべきではなかろうか。宮崎氏が所謂有名人だから、いうべきこともいわないというのは「腰抜け」市長、「腰抜け」市議、ということになる。
 氏が、ポンと6千万円(全額)出すのでないなら、東村山市に協力を要請するとしても、「ナショナルトラスト」を呼びかけ、その完成までの先行取得用の一時立替資金の貸与、または、取得後の公有地化のための登記手続きとその費用、の協力要請が、援助の限度だ。

 かつて氏が3億円をだしたときも、「淵の森」取得には、所沢・東村山両市は税金を1億円も出している。これも疑問は残る。なぜ、自分で話を持ち出しながら、平気で市民の税金をあてにしたのか。

 市民の意思確認の手続きは、どうとったか?

 緑を守る、ことに誰も反対はしない。だからといって、市長や一部の市議が、その「人気とり」のために勝手に納税者の血税を使っていい、ということにはならない。

 渡部市長は、「市議会各会派の代表者にこれまでの経過などを説明し、前向きな経過を得られたことから、最終決断した」(22日付け読売多摩版)と報道発表したようだが、東村山市議会各会派のうち、少なくとも「草の根市民クラブ」の代表者には何の説明もしていない。
 市が今回出す取得費は3千万か4千万円としても、市民が要望している予算はほかにも山積み状態だ。東村山市はそんなに財政にゆとりがあるのか?
 しかし、最も重要なことは、14万余の市民には、この土地を取得することについて、何も意思確認がなされていないということだ。いまだに「西口再開発住民投票」を拒否したことは正しい、と言い切る自公推薦の渡部市長、同じ手法を続けるつもりのようだ。
 草の根市民クラブは、市民に対する意思確認なしで、人気とりのため、無原則に血税を支出し、「淵の森」隣接地取得を決定して報道発表したことに、反対の意思を表明するとともに、水木氏の態度を見習って、「七国山」という地元をもじった名称を勝手に使った罪滅ぼしに、宮崎氏が「トトロの森」関係を中心としたキャラクターの使用を地元東村山市に承諾すべきであることを強く求める
 
     2007.6.22(加筆8.19)
    東村山市議会議員 矢野ほづみ  同 朝木直子  
水木氏は、鳥取・境港市等にどう貢献しているか?
 故郷の鳥取県境港市に「水木しげるロード」がある。ロードに沿って妖怪オブジェが並び、水木ロード郵便局(既存局を改称)もある。設置されていた86体の妖怪を100体にするために1体100万円としてスポンサーを募集し、2007年現在、合計120体となった。
 合わせて市は「水木しげる記念館」も開館している。また同市では世界妖怪協会による「世界妖怪会議」の第1回、第2回も開かれた。 
 米子駅と境港駅を結ぶJR境線では「鬼太郎列車」が運行されている。また、同線の沿線16駅には「ねずみ男駅」(米子駅)「鬼太郎駅」(境港駅)の他、全国各地の妖怪をモチーフにした愛称が付与されている。 
 氏が40年あまり住んでいる東京都調布市には、「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクターが車体に描かれた鬼太郎バスが3路線運行されている。 
 2003年10月には調布市深大寺に鬼太郎茶屋が開店した。『妖怪舎(株式会社きさらぎ)』(本社:鳥取県境港市)が営業している。 
 水木が住む京王線調布駅北口の天神通り商店街にはゲゲゲの鬼太郎を始めとする代表的な妖怪のオブジェが並んでいる。商店街入り口の目印は街灯に腰掛けた鬼太郎。 
 2007年3月22日、妖怪のブロンズ像が並ぶ「水木しげるロード」の振興に役立てて欲しいと水木プロダクションは境港市に2000万円を寄付した。水木プロは2004年にも200万円を市に寄付している(『日本海新聞』)。(Wikimedia より)
鬼太郎に逢える町 〜水木しげるロードと境港市〜
《水木しげるロードとは?》
  「ゲゲゲの鬼太郎」などでよく知られる漫画家,水木しげるの出身地である,鳥取県境港市につくられた水木しげるロード(以下ロードと略する)。これは1989年よりスタートした境港市の「緑と文化のまちづくり」の一環として、水木しげるの漫画に登場する妖怪たちがブロンズ像になり、その数83体が境港駅から商店街へと続く道沿いに設置したテーマ型シンボルロードである。ブロンズ像以外にも,歩道には絵タイルが埋め込まれている。ちなみに街灯のランプシェードは目玉の親父である。
  また,その商店街には数々の鬼太郎グッズが売られており,その種類も実にさまざま。また,鬼太郎関連のイベントもほぼ毎月一回のペースで行われており,こうしたキャラクターの複合的な活用が大きな効果を生んでいるようである。
 
 (主に販売されているグッズ、サービス)
   キーホルダー,ストラップ,目玉おやじ電灯,ソフビ(ソフトビニール製)人形,パン,鬼太郎飴(金太郎飴のようなもの)鬼太郎ビール(地ビール),破魔矢,絵馬,Tシャツ,妖怪缶詰,一反木綿の凧などなど。また、記念撮影用のキャラクターぬいぐるみ(無料)、プリクラ、ねずみ男の引く人力車などのサービスがある。

《活動の経緯》
  1993年の設置当初は境港市が主体となり事業を進めていた。ロードは設置当初から人気を集め,数年は観光客も上昇しつづけた。また,同時にアーケードの改築・トイレ・ポケットパーク・駐車場の整備なども行われた。しかし,97〜99年には年間45万人〜50万人と横ばい状態になり,さらに、水木しげるの人物像や作品、収集コレクションなどを紹介し、全国に情報発信できる施設として、「水木しげる館」の計画を市がすすめていたのだが、同市本町の水木しげるロード沿いに建設予定地を確保、実施設計も終わって、99年4月に開館予定だったにもかかわらず,財政難を理由とする市議会の反対で計画を中断された。
 そうした観光客増加の決め手がない中で,元市役所職員であり,ロード設立に計画当初から関わっていた黒目友則氏が独立。商店主や市民18人とともに株式会社アイズを設立し,以後ロードにおけるイベント企画・販売戦略の中心として活動することとなった。アイズは,「夢のある構想・企画」(市役所職員談)を数多く生み出し,毎月一回という精力的なイベント開催の原動力となる。そのアイズの計画した「妖怪神社」が人気を集めたこともあって,2000年度の観光客数は、境港市全体の動員数が減少する中、過去最高の61万人を記録した。また、今年5月にロードの公式サイト、「水木ロード◎コム」が開設。その完成度の高さで雑誌にも紹介され、ロードのアピールに大きく貢献している。さらに先述の「水木しげる館」の建設が、現在その根強い建設要望の声を受けて動き始めており、計上している調査費が認められれば来年度初めからでも取り組みがスタートするという。
 水木しげる氏は「地元の人たちの意気込みに、これまでの街づくりの経験が生かせると思う」と話し、キャラクターの使用許可など全面的に協力を約束。アイズ社長の黒目氏は「民話や伝承を基にした水木さんの妖怪は日本人の郷愁を誘う。水木ロードが、現代人の『癒(いや)し』の場になれば」と話している。

《実際に水木しげるロードにふれてみて》
  さて、今回のゼミ合宿で初めて「水木しげるロード」を直に体験したわけであるが、ここではその実体験によって感じた様々な点について述べていきたい。
 ・ロードの現在の状況に関して
   実際に、ロードの目玉である妖怪のブロンズ像やトイレなどを見たが、思った以上に精巧に、使いやすくできており、非常に好感が持てた。特にブロンズ像は、実際に手で思い思いに触れられるので、その立体の面白さが非常に良く伝わり、大変良かった。また、ロードの各店舗もほとんどの店で鬼太郎に関連するグッズを売っており、商店街としての一体感が見えていた。中でもその関連グッズは、定番のもの、キーホルダーやストラップ、お菓子類から、アイデア商品、特に鬼太郎人形を限定生産することで付加価値を加えることに成功したもの、など幅広いアイデアと高い実用性に裏付けられており、今回最も感心した点である。

 ・ブロンズ像の設置に関して
妖怪のブロンズ像は車道をはさむようにその両端に設置されている。だが、車道の道幅が広く交通量も若干あるので、一往復するぶんには何ら問題は無いのだが、ロードの端から端へ一方通行で見ようとするととても時間がかかり、また高齢者にとっては往復1,6kmの道程となり幾分つらいと思われる。考えうる対策として、境港駅への別ルートを開設した上での、ロードの歩行者天国化(ロードの一部、あるいは休日のみ)などがある。

 ・非日常感について
 ロードの非日常感について考えたときに、平日の昼間ということもあり、人気があまり無かった、ということもあるだろうが、私は思っていたよりそこまで、異世界に踏み込んだ、という気がしなかった。
その原因を考えると、
・ ロードから一歩外れたところに目を向けると、とたんに普通の町並みになること
・ 妖怪を感じるうえで、街並みの中に妖怪の「動き」が無いこと(ブロンズ像のみ)
・ BGM、主題歌がごく一部の場所でしか流れていなかったこと
  などがある。それらを解決する対策として、ロードにアーケードを設置する、というのはどうだろうか。雨天の際にもゆっくり観光のできるアーケード内には、まるで妖怪のねぐらに踏み込んだかのような怪しい背景を描き、BGMにも気を配る。また、妖怪のからくり時計や、動きのある像も設置する。机上の論理ではあるがぜひやってほしいと思う。

 ・中核施設、ランドマークの不在
   現在そのどちらともがロードには欠けており、「水木しげる館」の早い完成が待たれる。その内容はもちろん、外観においてもロードの象徴となるようなデザインが望まれる。

《水木しげるロードのこれから》
  境港市は、漁獲量日本一の「漁業の町」である。この漁業の他にも「鬼太郎の町」という観光町としてのもう一つの顔ができたことになる。しかしながら、境港市は交通の便がかならずしも便利とはいえない場所にある。また、境港市全体の観光客数は減少している。そんな中で、そのハンデをはねかえすだけのPR やインフラの整備、そして先述の二つの「顔」をうまく組み合わせ、相乗効果につなげていくアプローチの方法などが今後の課題の一つである。また,現在の活動のほとんどはアイズが担っており,市との協力関係が薄い今,お互いが協力し合いよりよいものを作っていく,という関係作りも必要となるだろう。
  そしてこの「ゲゲゲの鬼太郎」という作品におけるこれからの役割についてだが、この作品が、これまで幅広い世代に読まれ、愛され続けているものである事は疑いようが無い。しかし基本的に鬼太郎は30年前の漫画であり、アニメの放送もここ最近途絶えている。この状況下において、「ゲゲゲの鬼太郎」が万人に知られる作品でなくなってしまう、ということが無いとも言い切れない。今後、ロードはこの作品、そしてそれを愛する人々の中の本拠地的な役割を果たし、そういうことの無いよう強く発信していくという努力をしていかなければならないだろう。

(佐藤 晋「鬼太郎に逢える町 〜水木しげるロードと境港市〜」より引用)
松江・米子・境港合宿巡検報告書(2001年) 


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