BGM CD中峰秀雄ギターリサイタルより。

2010年7月9日より、新・ギタリスト日記に継続しました。
新しい記事はそちらをご覧ください。

中峰秀雄・ギタリスト日記。
私の感じたままを、気取らず、作らず、時折、書いていきます。
毎日書けませんがご誤字、脱字もあわせて容赦を。

youtubeにて動画公開中
 私の生きる基本。

      自分を愛するのと、 同じ様に、自分にかかわった人総てに
      愛と優しさを持って素直に接する。
      相手が偽りの者なら、縁によって自然淘汰されると信じる。

      ふりかかる諸悪も平和的解決に努める。
       ただし・悪に泣き寝入りする、卑怯な敗者には絶対にならない。
          やられたら、やり返す、、、。

       嫌いなこと  嘘。偽善。傲慢。門閥権威主義。卑怯。
          やさしさの無いもの。利己主義。暴力。争いは総て、嫌いです。


2005から2010年7月10日までの記事

2010年7月10日(土)
パンフ版下完了

リサイタルのパンフがほぼ仕上がった。

いつんもながら、グラフィックは眼が疲れる、ギタリスト日記
は今日を、持って終了。

以後はブログ新ギタリスト日記で更新します。

どうぞ、今後もまたよろしくお願い申し上げます。

2010年7月7日(水)
門下の松本さん
七夕の今日、やはり雨だった。
いったい何年、再会が叶わず織姫と彦星は、離れているのやら、、、。
それとも天上界は雲の上で、毎年,俗界の我々が見れないだけで、雨のはるかかなた上の天井界では
甘いロマンスが開花しているのかも、、、。
そうか?神はデートする、彼らをさらし者にしない為、殆ど毎年、雨にするのではないだろうか?

神様も粋だよね。。
この年まで気がつかなかった。

さて今日は門下の松本さんが作ってくれた
ギターレスト(支持具)を紹介させて頂きます。
彼はICエンジニアですが、木工の経験も豊富。

若い頃は巨匠イエペスに憧れて構えもそっくり真似していました。
今、思えば子供ですね。あれは小柄なマエストロのが大きな十弦ギターを足代を使って合理的に構える為のフォーム。
皆、体型差があるので万人向きではない。

また、伝統的、足台での構えは、非常に非日常的姿勢。かならず腰やどこかに支障がおきる。

他の器楽奏者のフォームを見ると、共通しているのは、基本的に背筋が伸びて横隔膜が開いている事。
簡単に言うと歌の理想的、発声が叶う姿勢だ。そうすれば、呼吸が楽になりフレージングも滑らかになる。

その為に、ギターレストなる足台に変わるものが出現した。しかし、金属でギターを締めつけたり、見た目もイマイチ良くなかった。
そしてエルゴプレイという吸盤式の割合、お洒落なものが出現。
その後オーストラリア現地で木製のお洒落なエルゴプレイの改良型の様なギターレストを見つけた

これは東京国際コンクールでも外人ギタリストがたまに使用している。
そのオーストラリア製ちょっと重いので松本さんに改良出来ないと冗談半分で言った。
すると木工経験豊かな彼が見事にカッコいいのを作ってくれた。

手つくりなので、ぬくもりもあり、吸盤が4つなので安定性も抜群。接触部があらゆる形状に対応できる様に作られている。

門下生の殆どは彼にお願いして作ってもらった。
また、アームレストも改良型を作ってくれた。

市販ルートには乗っていません。
詳細製作依頼は僕のHP経由でメールにてお問い合わせください。
2010年7月5日(月)
木村 大演奏会
7月3日、娘のエリカは同級生の伊万里ちゃんと一緒に
茨城の坂東市民ホールで木村大君の演奏会を鑑賞。
以下は娘の報告を元にレポート。

木村大君が確か小学生の頃、半ズボン姿で、コンクールの予選でダントツの演奏をした事を鮮明に覚えている。
丁度その時、友人でアルゼンチンの名手、ビクトル,ビリャダンゴスも来日していて、そのコンクールを一緒に聞いた。
ビクトルは聞くや否や「ヒュー!!恐ろしい天才だ!!」と僕と手を取り合って感動した。
何故か?その時は?落選となっていた????しかし、真理はひとつ、
今や国際コンクール優勝のタイトルはもとより、彼独自の不動の道を歩んでいる。喜ばしい限りだ。

娘は大君のみならず、弟君の祐君の競演も大きな楽しみだった。
演奏はPA、照明、MCと、ロックの世界の様な聴衆と一体となった、演奏会だったそうだ。
演奏も、超絶技巧のバトルでスリリングだったそうだ。カッコいいステージだったに違いない。

会場で名古屋から聞きに来た或るご婦人に話しかけられたそうだ。
以前、ヴァイオリンの五島 龍の予定されていたコンサートキャンセルになり、その時、出演となった、木村大君の演奏を聞いて大ファンになったそうだ。

終演後、楽屋を訪ねると、木村ファミリーはとても暖かく迎えてくれたそうだ。
祐君はエリカに「軟ピー良いなあ!!」(軟骨ピアス、カッコ良いやんけの意味)「何度かコンクール、一緒ンになりましたよね!」
と、とってもフレンドリーに。。
東金まで帰らなければならいため、、木村義輝先生がしきりにバスの時間まで気にして下さった。

その為、祐君と大急ぎで写真撮影。スターの大君の方は、ファンに囲まれ挨拶と握手でリミット、残念だった様だ!

興奮して帰宅した娘に
「まだまだ、先は長いからまた、会えるよ、、」
       と親父の私。
2010年7月5日(月)
FC2に引越し
今日、ブログをヤフーからFC2に引っ越した
ヤフーは、ちょおと使い勝手が僕には悪かったので。
新規一転、また情報発してまいります。
こちらのHP上の日記は、より本音の内容になるようです。
あわせてまた宜しくお願いもうし上げます。
設定にちょおと、疲れましたので今日はこのへんで。
明日、茨城での天才木村兄弟の演奏会の様子をご紹介よていです。
2010年6月30日(水)
大序曲
ジュリアーニの大序曲を全力で弾ききると、大変エネルギーを消耗する。
年のせいかな?

この曲を最後に、舞台で弾いたのは1992年頃だったと思う。
まだ、生きるつもりなので当然これから、また再演して弾くつもりだが(,^^,・笑い)
それ以来、振り返ると舞台で演奏していなかった。
かつて、高弟の菊池君は僕の演奏を聞いてやる気になった、と言われた、、。
すると、帰国後、僕がどこかで弾いたのだろうか?

大序曲のフィナーレの終わり方がいつも腑に落ちない?
原曲では急に四分音符になり、急ブレーキが掛かった様に僕は感じる。

だから、僕は譜割りを、オリジナルの倍速の8部音符でアッチェランドしてなだれ込む様に終わる。
ブリームもそうだった気がする。巨匠ブリームは随所に彼のセンス有るアレンジが追加されていて華やかになる。

高校生だった菊池君が
コンクールの本線で大序曲を名演したのを思い出した。正に僕のバージョンで。
しかし、原曲に忠実でないバージョンが
審査員はお気に召さなかったのか?速弾き批判?
かなり低い、僕としては承服しかねる結果だった。

コンクールは言ってみれば、多数決?の民主主義?
はたして芸術を数だけで測って良いのやら????
世界中、沢山ミスジャッジは露呈している。
逆を言えば、そんなに重要視する事がないと言う事。
審査員はそんなに、ハイレベルなプレイヤーなのかな?
ジャンルは違うが数値に出来ないフィギアスケートや、シンクロスイミングでも時々感じる・?

おっと、、また憎まれる、、。

良い物が良い、正しいものが正しいと言う世の中
を願う
2010年6月29日(火)
左手親指の秘密
ギターの奏法で運指は重要なのは、皆、承知のところ。
意外と知られていないのが左手の親指のポジション。
教本には、およその、位置くらいしか指示されていない。
セーハ、和音の組み合わせ、フレットの位置により大きく変化させなければならない。
これも、文章では説明しにくい。要約すると、各ポジション上に左指をまず固定させて置く。
その際、左手親指はオフの状態で置いてから、左手の楽な親指位置を決める。
例 Cのコード、D弦の3フレットに3指、C弦2フレット、に2指、A弦1フレットに1指を指板上に置いてから、
その後に左手親指を楽に置ける自然な位置に置く。
この要領であらゆる、難所の左手の親指の位置を把握しておく。
そうすれば、音楽の流れの中で合理的な左手(腕、手首)の位置、形が見出される。

実際のレッスンでは、各曲の、ポイント毎に左手親指の位置、左手の角度、腕の方向性も指示しなければ、ならない。
多くの問題はこの方法でかなりの解決策を導ける。
当然・動画で説明、しないと難解かもしれない。只今、奮闘準備中なのでお許しください。

セーハに関しても多くの誤解が有る。人差し指と親指ではさむ、との解釈が多い。
この解釈で根性のガムシャラ練習をすると、まず腱鞘炎になることが多い。
これも言葉のあやで、間違いではない。
しかし指板が奏者の体から前方に進もうとするのを、人差し指を伸ばして邪魔するイメージを持つと良い。
人差し指を伸ばし面として指板を止めるイメージ。その時、左手親指をオフ(棹から離した状態)で練習すると上手く行く。
左手小指によるハイポジションのセーハも同様。これも動画で説明しなくては、。

先週のレッスンでは、菊池君のノルマに更にジュリアーニの大序曲が加わった。
この曲は、序奏の後、休む暇もないメカニカルな難所の連続。あたかも、ギタリストへの挑戦状の様な曲。
同じジュリアーニの、大曲ロッシニアーニも難曲だが、
まだ技術的に休める緩やかなフレーズが随所に有るのでスタミナは温存出来る。
大序曲は一気にフィナーレまでメカニカルなフレーズの連続。
これを安全運転しないで、限界スピードで弾くと実に鮮やかなベートーベンのような豪快な音楽になる。
大序曲を過少評価する向きもあるが、そういう輩はたいてい指が回らない人々。

音楽は生かすも殺すも奏者。

自宅教室の、加藤君も今日は刺激が伝染?したのか、大序曲をやった。
僕の譲ったミュラーと僕のミュラーのバトルはまた爽快なダブルトップの響きだった。

二階に居た娘が、「大序曲カッコ良いね、、」と、ぽつりと言った。
2010年6月27日(日)
月謝改定
月謝を改定・
より高度なレッスン・指導を必要とする、
一般クラスは値上げさせて頂いた。
この不況の時代に、不評を?
と心配したのだが、門下諸氏は快諾してくれた。
「演奏家に習うのですから、当然です、、。」
とまで、言って頂き改めてよき門下に恵まれ感謝。
門下諸氏にはより高度な秘儀を伝授させて頂く所存。

対照的に小学生以下のこどもクラスは、
集中力等考慮して時間を短め20分に設定。
その分5999円と今までの4割ダウンとした。
今までの体験を思い出すと児童の集中力はそんなに、持たない気がする。
30分のレッスン中、半分は躾の様な、、、僕の教室はそんな体験が有る。無理強いすると、苦痛と恐怖で逆効果の様だ。
子供はきちんと、ヒントを与えれば、
やる気と才能が有ればすくすくと伸びるものだ。
僕自身、演奏家のプライドとしてたとえ、子供でもそれなりの、指導料を、、と、かたくなに思っていた。
しかし、入門時の感覚が大きく将来を左右する。
また入門時こそ、本物の音を実際に聞かせなければならない。
ギター界の将来の発展の為に、入門の間口を広める事は、決して安売りではないと認識。
金の卵に出会う可能性も広がると思うのだ。

僕の娘は思い起こせば4歳からはじめたが、
正味レッスンで座らせていたのは、ほぼ15分位だったように思う。それも、たまに。

中学に行く頃から30分くらいのレッスンになった。
振り返れば、我が子には忍耐がなく、レッスン自体も月に一回有れば良いほうだった気がする。

家内に、生徒さんにはあんなに優しいのに、どうして、、自分の子には怖いの?と良く責められた。

身内の指導は、難しい。今、門下でトップを走る菊池君も中三から入門だった。やはり、自我に目覚めるその頃が本格的レッスンも意味が有るのでは?

娘は今、高校一年生。幸いにも本人自身がギタリストに意義を見出して、演奏の喜びを実感して精進の日々を送っている。
親子で、たまにだが、ヒナステラのソナタをバトルする瞬間、密かに感嘆と優越感の満足に浸っている。

今日の日に至るには壮絶な葛藤が有った。

2010年6月22日(火)
ギター道場
今日はレッスンの実況を。
専門家くらすの。菊池翔天君のレッスン。
彼は僕の指導で基本からプロまで育てた逸材。
毎回、レベル維持の為に、、以下の定番メニュー。

まずはビラ・ロボスのエチュード7番。
これを僕と一緒に弾く。

日によって、速度は標準だったり、異常マッハ快速になったり。

今週は、超マッハ。
僕の指が滑る様に走り出す。
彼も負けじと快速で着いて来る。
僕も師匠のプライド「おーやるやんけ!!」
と更に太く速く下降スケールそ応酬。

若きバリバリの駿馬と師のバトルだ。
お互い、もう9年目の付き合いなので、以心伝心の状態で、最後のセーハとトリルの連続の修羅場を通過して仕上げのスケール。

「先生、速すぎますよ、、」
「いやああ、君がに合わせたんだよ。疲れたニャー」〈笑い)

続いてビラ・ロボスのエチュード12番。
この曲もサボっていると直ぐ化けの皮が剥がれる。
強烈にお互い根性で弾ききる。

続いてバッハのシャコンヌ。
「さあもう一息ノルマ、頑張るよ!!」六弦をDに下げてから、シャコンヌ開始。

約13分のバトル。いや修練。

僕は視奏だが、暗譜の彼はたいしたものだ! 視奏で完璧に弾くのも僕自身、良い練習にもなる。

最後のトリルを経て、D音でシャコンヌを終える。

「お疲れ、、」ふーーー。」お互い、汗ばんで満足の笑み。
「先生、次回から大序曲、アランフェスもノルマにしてください、、・」とは翔君の弁、、。

そうすると、新曲のレッスン時間が足りなくなるなあ。、、、。

一昔、メニューインがシャコンヌを弟子と一緒に
完璧に弾いているのをTVで見て憧れていた。

「いつか、僕もあんな風に、、」と思っていたが、、願いが、叶った。

良い弟子に恵まれた。至福の時の今を神に感謝するのみ。

2010年6月21日(月)
個人レッスン
ギターを始める時、
上手くなりたいと皆、思うはず。
何が最短か?良い指導を受けることだ。
当たり前の事だが、意外と認識、実践されていないのでは、、?
僕は指導する立場としては、個人指導以外は想定できない。
グループは「みんなで渡れば怖くない、、」的、気楽な習う側の発想も理解できるが、。

今の学校教育・つまり集団教育で、全員同じ成果が得られていない現実を再認識して頂きたい。

経営サイドから言えば、当然、グループレッスンの方が、収益は効率よく大きい。

しかし、音楽という感性をともなう、個性の世界。マンツーマンでなければ決して、満足な指導は出来ない。
学習塾ですら、最高学府を狙う場合は個人指導を選択しているはず。

ここで、名言したい事。入門段階こそ確実に正しい技術の基礎を学ぶ必要が有る。
入門だから気楽に、そこそこで、、の考えで、悪い癖がついてしまうと、上級に進めば進むほど、その癖の矯正に苦しむ事になる。

独学の天才も居ないとは言いきれないが、独学はせいぜい、自室で自分独りの為の独白状態の演奏で終わってしまう。

その状況が良しとする考え生き方も、自由で否定しない。丁度、カラオケボックスで悦に入るように。

ただ、舞台演奏、メッセージとしての感動を与えるギターを習得したいなら、良い教師に師事する事をお勧めする。

当然、良い教師とは、実践演奏能力に優れ尚且つ、人格的に指導能力の有る事。

日本のギター界は残念ながら、海外のように音楽にはライセンスがないので、プロ、アマの曖昧なレベルは未だ混沌とした発展途上にあるとおもう。

ヴァイオリン、ピアノ界のプロの演奏は、当然ながらミスなど無縁で表現、解釈、音色と芸術性での優劣が論ぜられている。

ギター界も早くそうなって欲しいと願うのは私だけだろうか?
2010年6月16日(水)
季節感
梅雨入りしたにもかかわらず
初夏を思わせる暑い一日。

ようやく正常な季節感?

暑くてだるいが、リサイタル曲の準備は継続。

ヒナステラのニ楽章の中間のHarmの部分は、
自然ハーモニックスで弾くか、
オクターブハーモニックスで弾くか?

またA・ピエルリの様に実音を混ぜて弾くか?
前回の演奏ライブを確認すると、ピエルリ式に弾いていた。

この方が、音に憂いが含まれる。遥かかなたに、恋しい人を思う囁きのような?
実に、ロマンチックに僕の心には響く。
遠い星座に想いを寄せる、天の川のような、、、、。

前衛を弾く際、心がけていること。
決して虚無的な実験音楽にしたくはない。

また騒音としか感じられない、あるいは理解出来ない曲は、演奏しないと、、。
バッハも同様。
時折、バッハは崇高な音楽で、ロマンチックに唄ってはいけない、、みたいな、誤説が流れているが。

バッハの人生を見るとき、激動の波乱の人生を想像せずには居られない。
現代では最高の音楽家と評されているが、バッハの生きた時代では、ヘンデルの表面的な優雅さに、世間の評価は一歩譲っていたようだ。

僕は、バッハの音列に彼の「怒り、今風の切れた心」そして「孤独感」を、十分、感じる。

音楽は、クラシック、POP、演歌等、ジャンル分け?は在るが、
音楽の根底は心のメッセージだと思う。

学問としての、博物館の為の演奏スタイルは音楽の、目覚めた姿ではないと思う。

仮に,受け入れられなくとも、「中峰秀雄の音のメッセージ」が存在する演奏を、したい。
2010年6月15日(火)
レッスン
昨日の黙奏のすすめは、あくまでもステージ演奏想定なので、
初心者の方はまだ試さないでください(念のため)

今日は、自宅教室に、数年レッスンを中断していた、シニアの生徒が復帰された。
二年前の成東の僕の演奏会を聞いてから、またやる気が出て、
独学だとやはり、限界があり、きちんと習いたいとの結論だそうだ。
また銀座の有名楽器店で僕の事を聞いたら
良く知られていたので尚更、学習意欲が湧いたそうだ。
レッスン終了後、満面の笑みを浮かべて帰っていかれた。

ギターを正しく学ぶ意識は嬉しく歓迎である。
指導する立場は、門下生のモチベーションを上げる、役目と責任がある。

ささやかながら、人に喜びを与えられる、立場と時を嬉しく思う。

今日はレッスンの合間をぬって、ヒナステラの復習。

あたりまえだが、年月を弾けば弾くほど違った発見がある。
このソナタには、ゲルニカに共通したヒナステラの怒りを感じる。

正義があるべき世の中に、漫然とはびこる理不尽、不条理。
怒ってもその状況は変わらない。

人生の悲しみ、怒りそしてまたほんの小さな喜びを表現するのが芸術ではないだろうか。

私は音楽を、たわむれの慰み物には、したくないと、想う。
音に心を託して奏でたい。
2010年6月14日(月)
黙奏(もくそう)のすすめ。
久しぶりにスカパーのチャンネルをぐるぐる、巡っていたら
ヴァイオリンの五嶋龍のドキュメンタリーが流れていた。
上手いと噂は聞いていたが、納得。目を閉じて超絶技巧を美しく奏でていた。
現在ハーバード大在学中との事。
凄い!!芸術のみならず学問も最高レベルに位置している。天は二物を与えている!!脱帽で爽快!
芸術家であってもやはり、知識の広い幅の有る人間は、より魅力的で自ずと表現も深くなるのではないだろうか?
彼は単名なる、天才なだけではなく、魅力ある一人の人間でもあるようだ。
どのジャンルでも最高レベルの奏者は楽器と体、魂が一体となって、自分の音を深く聞きながら演奏している。
(黙想)黙奏〈目を閉じた演奏)が出来る時限まで追及してから初めて曲の魂に一歩、踏み込めたと言えるのではないだろうか?。
してみると、暗譜はやはり避けて通れない。オーケストラは視奏だから、やはり、シビアに言えば、完璧消化とはいえないのでは?
それとも、パート譜は独奏に比べ視奏で完璧に弾ける難易度?なのか?
前衛音楽はコンクールでも視奏OKと国際コンクールの規約で一般に謳われている。

しかし暗譜は、別次元のエネルギーが要る。楽器を持たずに頭の中で楽器をイメージして曲をさらうと、結構、止まる。これは完璧に暗譜出来ていない事になる。
10弦ギターの巨匠イエペスの言葉。「曲のどこでページが変わりまた、楽譜のどこにシミが有るかもしっかり記憶するのです、、、、」

これを実践すれば、舞台のストレスは半減するだろう。されど超難関!精進・黙奏で完奏してこそ、本物のレパートリー。
その状態で再度・視覚を有効利用すれば完璧なる演奏も叶うはずだ。
今、バッハのシャコンヌとヒナステラのソナタを暗譜し直している最中。(汗)奮闘中。
2010年6月12日(土)
リサイタル準備
今日は思いがけず、僕の秋の演奏会のチケットの問い合わせを頂いた。
パンフレットも配付していないのに電話でお話。
モチベーション低下していたのだが、まじめにやってれば良い事も起こる!
演奏家は如何なる時にも、気を引き締めて行かなければならないと、改めて自戒。
演奏、言動、どこで誰が見ているかわからないのだから、、。
弱小個人ながらも、舞台に立つ者は、常に責任を負うのだ。常に正しく生きなくてはね。

このところ、バッハの暗譜に苦労している。しかし、世の定石どおり、リサイタルは暗譜の方が好まれる。
要は良い音楽が提供できればよいのだが。演奏と、記憶は別次元のものだが、、。舞台人の宿命、聴衆の要求は甘くない。
最近はすっかり、かつて提唱していた、ゼロギターを忘れていた。暗譜専用でオクターブ低く調律した、張りの弱いギターの事。

気合モードで最近はずっと、コンサート用のギターのみで練習してきたが、、暗譜の際の目的からリスクを伴う。
思えば、アランフェスや、難曲は皆、ゼロギターで乗り越えてきた。肉体的鍛錬と、記憶訓練の分離だ!。

若い頃は徹夜も出来たが、もうそうは行かない。秋のリサイタルに向けて久々に燃えてきた。帰国十周年の想いを音に託したい。
2010年6月7日(月)
今年のフェステイヴアル
プログラム
今年のギターフェステイヴアルのプロ決定。。
今回は、思い出にちなんだ曲となった。
一曲目のソルのグラン・ソロ。一昔は合奏以外では原曲演奏不可?なんて、業界でまかり通っていた。
しかし、日比谷公会堂で、N・イエペスの演奏会で始めて実演に接して、痛く感動したものだった、、。
楽譜も、もちろん、今ほど普及しておらず、かなり、後になって原点版を見る事が出来た。
間もなく、ジュリアン・ブリームのジュリアーニの大序曲、ソルのグランソロ等の入ったLPを聞き、鳥肌が立って熱狂的にファンになった。
当時の演奏会は、魔笛とアストリアスをメインにミスなしに弾けば一流?と言う時代だった。
このグランソロは、南米でもしばしば、弾いた。暑い時期にはアレグロの入ると、聴衆がリズムに合わせて乗りながら?
プログラムを使って扇いで居たのは、忘れられぬ思い出。ピッタリとリズムに合わせて、場内でみんなが扇いでいるので、喜劇の様で楽しく弾けた。

続いて、クランジャンスの前奏曲。これは約25年?位前にギタルラ社さんから、輸入楽譜のイヴェントのゲスト演奏の仕事を頂いた際の思い出の曲、
当時、疑心暗鬼でもうギターは止めようか?と悩んだ時期だった。当時の営業番頭の井上勝仁君、(今はメジャーなアレンジャーとしても名著)の、
励ましでやりぬいた企画だった。珍しい輸入楽譜ばかりの演奏依頼で結構、」しんどかた。準備期間僅か一月?くらいだった。
ピアソラ、クランジャンス、デイアンス等、一時間程、視奏で頑張った。丁度、タンゴ・アン・スカイもまだ普及しておらず、イメージは今とは大分、
違う演奏スタイルだった、かもしれない?

この、クランジャンスはデイアンスに比べると日本ではあまり、演奏されない。たまたま、五月の末に、譜面の整理をしていて、思い出して弾き始めた。
レッスンの合間に練習していると、殆どの門下から「切ない哀しい曲ですね?何て言う曲?」とすこぶる、うけが良い!!
やはり弾くなら、聞いてもらって、喜ばれる物が良いと実感!僕なりの、アレンジを加えてより切なく再現したいと思う。
但し、ハ短調なので、すこぶる弾き難い!そこを涼しい表情で感動的に、、。それがプロの意地。(笑い)ご期待ください。

最後にアルベニスのアストリアス。これもやはり、日比谷で巨匠イエペスのライブで炎のようなラスゲアドに度肝を抜かれた。
ch,a,m,i,にpの返し(アップ・ストローク)を入れるのだ。殆どのギタリストは穏やかに淡白に弾く様だ?
僕は激しく切なく叫びの様に表現したい。

TVを見ると悲観主義になり気味なこの頃。もうあまり、TVは映画、ドラマ以外は見るのは止めにした。
されど、ギタリストは弾かねばならない。90代まで舞台でしっかり弾いた巨匠・セゴビアの長い情熱とエネルギーに再度、脅威と畏敬の念を実感。
まだ、まだ頑張らなくては、、。


2010年6月2日(水)
報道
鳩山首相、小沢幹事長、辞任劇の一日。
別に民主党支持ではない。
されど自民党も嫌だ。
僕にとっては、それに伴うマスメデイァの安全地帯からの中傷的、コメントが不快に映った。
なかには、嬉しそうに笑っているレポーターも散見。

ジャーナリストの様に、発言だけして、その予想結果には一切の責任はもたない。
実に、気楽なまこと、武士道に反する仕事に映る。

楽壇にも似たような、存在が、いるが、好事家の戯言で国益を損ねる事はない。

政治報道は結果、国益と重要な要素を含む。
機密費の恩恵に預かった、ジャーナリスト達は、既得権回帰を望んでいるようだ。
機密費なんて無くせばいい。

鳩山首相の最後の発言がひっかかる。『クリーンな民主党にもどす、、、」これでは、あたかも金に汚い既成事実を認めた様に聞こえる。

すくなくとも、小沢氏は登記期日の記載、時期のずれを検察に起訴要因として追求されて来た、いわば国策操作だ。事実を歪曲はいかがなものか?それとも鳩山氏も権力に屈したか?

検査値審査会は、報道煽動により、ダーテイーマネーと錯覚、洗脳されきっているが。
事実は検察すら、証拠・証明できなかった。
当然、推定無罪だ。

物事を、付和雷同的に、群集心理でリンチの様に、なんとなく確証もなく、おし進めるのは、僕のもっとも忌み嫌うところだ。

日本は大和魂を失ったのか?。
2010年5月23日(日)
正義は?
「世襲、皆酔いて、我独り醒めたり」野中広務氏「官房機密費」同様に平野貞夫氏、三井環氏の国策捜査:不正摘発の声もほとんど反映されない。
毒饅頭を食らったマスコミ自身、ほぼ黙殺状態になるのは当然の成り行き。TV、新聞だけを見ていると、絶望と不快感に生きる気力を失う。
しかしネット上ではきちんと事実関係を正しく論議されており、日本国民も総低脳では、ないと確認。希望がわいて来る。
基本的にはTVは全く信じない。
批判の対象になっている民主党だが、政権交代が有ったからこそ、自民党政権の悪しき官僚癒着、天下り、密約等が、国民の
目に曝された事は革命に等しい。宝くじ振興協会?はじめ多くの天下りテイタラク!国民は怒らなければ!

日本人は大人しい。一揆など死語と化した。無関心、無気力、無責任が平成の象徴だ。
だから、評論家なるものが、存在、存続、出来るのだ。自称?マニアは、無条件に専門誌の評論を受け入れ、それを感染させて拡大している。
映画評論、グルメ評論、これほどつまらないものはない。自分自身で体験する前に先入観、あらすじ、など知っていては面白みは半減すると思うのだが?
大衆は評論をたよりに、行動する。その流れが評論家を権威化していくのだ。

僕は自分で確かめるまでは信じない。
酷評も賛辞も、一評論家の感想に過ぎない。
自分の趣味思考をマスメデイァに支配されたら、?こんなつまらない生き方は虚しく腹立たしい。

先日、業界で巨匠と言われている、また個人的にも親しいギタリストの演奏会に行った。
二度目の演奏会だったが、前回にくらべ、僕個人としては不満の残るコンサートだった。音質、音量、音楽表現スタイルなどは、奏者個性として、尊重する。
理屈ではなく、湧き上がる感動が感じられなかった、。とても音響の良いホールなのだが、心に入り込んでこない。
決して、完璧とか?ノーミス、とか、求めているのではない。ライブならではの音のうねりが欲しかったのだが、、。
またプログラムが、つまらなかった。


門下生の表情から、僕と同じ感想は理解出来た。
しかし、おとなしい善良な日本人。終演後は、CD等飛ぶように売れていた。
これが、もし無名のギタリストの演奏会だったら?同様に、暖かく受け入れられたのだろうか?

僕はお世辞は疲れる年齢になってきたので、今回は打ち上げでも、殆ど、話は、はずまなかった。
2010年5月10日(月)
連休もおわり。

連休もあっというま、に終わり。
家内の定期健診、CT、血液マーカー、正常と安心の一日だった。
この休みの間のテレビ、新聞報道は、小沢・民主潰しのキャンペーンの様に僕には映る。
検察の矛盾にも触れず、また一方的に
検察審査会を国民の真意と、決めつけている。
善良な市民って何だ?善良な市民面した人間から、犯罪者が出ているのが現状だ。

法治国家が感情論だけで、まして政治上の犯罪を無作為な一般人に判断・決定させていいのか?
当然、マスメデイァの反小沢キャンペーンと、
検察審査会・現場の解説者の考えに影響されるのは明白。
私は、小沢さんが、好きでも嫌いでもない。
しかし、マスメデイァの現状は魔女狩りに見える。
起訴相当でまだ、起訴されていない。
判決も出ていない。

推定無罪の原則は全く無視され、機密費の子遣いをもらった?であろうコメンテイターは、どのチャンネルも「説明責任が出来ていない。許せない、、、」と連呼し、煽動発言が目立つ。
大本営発表の再現だ。
TVを見ていると一方的見解ばかり流されてされて、日本を憂う気持ちになったが。

しかしネット上では幸いにも、TVと正反対のまともな検察批判も常識的に存在で、日本も捨てたものではないと救われた気がした。

かつて、悪の権化とマスメデイアに作り上げられた鈴木宗男氏の場合と似ている、国策捜査だ。
鈴木宗男氏の著作もじっくり拝読。やはり、官僚は汚い。

そして金で飼われたマスメデイァも酷い。小沢政権では既得権を失うので潰しに必死なのだろう。

音楽の世界でも情報操作はやはり存在する。
上手い上手いと書き続ければ読者は信じる。
また、中傷の連続で失墜させる事も!
それが、ブランドなんだろう?
芸能界は、もともと、そんなもんだろう。

スーザン・ボイル、もマスコミにより誕生した不思議なスターだ。
僕は好きではない。招待券をもらっても行かない。
これは個人の好みの問題。

音楽だけは、せめて、自分の耳で良し悪しを判断するレベレの世の中になって欲しい。

他人の価値観をコピーしても何の喜びもないのだから。
でも、「裸の王様」は永遠かな、、。

2010年4月18日(日)
発表会

昨日、22回目の発表会終了。
毎回、自由参加、なので、門下の半数以下の参加だが確実な進歩がみられよた。
個人教室なので、いつもの事だが、裏方その他。代表の自分が一手に雑用をこなすので、大変疲れる。
アナウンスは門下の奥様がボランテイアで引き受けて下さるので
バイトを雇っていた、以前に比べて大変、助かり有り難い。
高弟の菊池翔天君がイザイのソナタ・ギター版をばっちり初演。私同様ダマンデ、しっかりアポヤンドも駆使して3本スケールでヴァイオリンに負けない速度で弾ききった。凄いレパートリーをマスターした。
聴衆が少しだったのが残念。
発表会では僕は弾かない主義?だったのだが、一門の士気を上げる為に、今回も演奏。
実は去年の11月から左ひじの痛みが続いているのだが、ステロイドを注射して麻痺したりと、悪戦奮闘中。大分回復しつつある。
駿馬、翔天のあとなのだが、師は上手くて当然。
下手なら大恥!プロのガッツでバリオスの森に夢見る
、流通している楽譜とは少し異なるバリオスのオリジナル楽譜準拠で演奏。
バリオスは左手拡張の多い事。
疲れ?のせいか?前半のリピートを飛ばして二括弧に入ってしまった。
「綺麗な部分なので。もっと弾きたかったな?」
等と考えながら、短調に入り、すんなり終了。

それにしても。ダマンは良く歌う。
ジャストミートするだけで鈴のように鳴り響く。
ダブルトップの真価を理解しない人は損してると思う。
だからこそ、ラッセルもバルエコも使っているのだから!
日本は相変わらず不思議な国だ?
バルエコ、ラッセルは絶賛しながら楽器は否定的。
まあ、島国ではパシャパシャした音がクリアだと、おめでたい。

今は削除されているが、youtubeでラッセルを中傷している輩もいたくらい。世の中そんなもの。
中傷なんて意味ないと思う。

我らは美音を追及するのみだ。
真実はひとつ。良い音は太く美しいのだ。
打ち上げでは、車なのでノンアルコールで。
不思議と気分は、ほろ酔い気分で楽しかった。
炭酸が好みなんですね。
食べ過ぎずまた、調子に乗った失言もせず良い
宴を過ごせた。ようやく、一人前になったのでしょうか?〈笑い)

2010年2月13日(土)
動画

動画公開も一気にやりすぎると
再生回数にむらがでてしまうようだ。
結構、生真面目、かつ短気なので、協奏曲、くごか,は未完では申し訳ないと想い、全パートをアップしたのだが。
案の定、最新の動画は再生されても、その少し前のものはいまいち?忘れられた状態?

どうか、協奏曲の二部の僕のオリジナルカデンツアとくごかの二部の創作部分も、お聞きください。
かなり個性的な叙情と泣き、があると想います。

これからは、アップも少しセーブして小出しにして行きますので
またよろしくお願いします。

2010年2月9日(火)
くご歌

僕が敬愛している、巨匠のギター曲
「くご歌」を一気に公開した。
2006年のライブだが、

あの時は、とりつかれた様に、練習に没頭した。
改めて聞いてみて、涙が出てくる。大和民族の悲しみが有る。

琴の野坂女史の名演奏に、心をうたれて、、始めたのが動機だった。
更には「琵琶行」の甘く懐かしい切ない調べも、忘れがたく、なんとか、ギターに載せたくて、アダジオに追加した。更にモスラの祈りのテーマ、聖なる泉も、捨てがたく融合させて、「くご歌」、として演奏している。

もし、伊福部先生が聞いて下さったなら、
「君の演奏は、僕のオリジナルとは違うが、僕の
心が有るね!」と言って頂けると自負している。
伊福部ワールドには、今、失われつつ有る日本民族の愛
と誇りと哀愁が有るのだ。
共感を持って聞いてくださる方も居ると信じたい。

2010年2月8日(月)
youtube

今までのライブの中から動画を、とりあえず公開して来た。
音質、画像、クリップ内容と、まさに最近の物を作らなくてはと感じ始めてきた。
画像に効果画像を加えるのも一段落して新鮮味がなくなって来たので。
世の常で、更によいものを出さないと意味がない。
その為にはカメラ、マイク高度な工夫が要求される。
一弱小個人での仕事は辛い。
だが、泣き言を言っても始まらない。
男なら、やらなくては。

2010年1月12日(火)
炎のビデオ

今日は、レッスンの合間に、ヒナステラの動画を編集して
公開した。
ビデオクリップの初めの一歩で、かなりエキサイトした。

ヒナステラの四楽章のイメージで稲妻、や炎のオーヴァーラップ編集。

どんな、反応か楽しみだが、自分ではこの路線で突き進むつもり。

クラシックだから、つまらなくて良い筈がない。
今年は思う存分、暴れるのみ。(笑)

2010年1月6日(水)
youtube

どうにか、youyubeに、動画公開、始められました。
以前、編集してある、ライブからアップしましたが、
容量の大きい、ゲルニカが一番、音はましなようです。

中々、ダマンのライブの空気振動の微妙な音圧や美しさをまだ
録画しきれない状態。
機材、技術と学習中です。
テクニックアドヴァイスも具体的な動画を伴って、アップして行きたいので
少し、予定より遅れますが、ご了承ください。

明日から、池袋のレッスン初め。
今年も、元気いっぱい後悔のない毎日を送りたいと思います。
皆様も、健康第一で良い年を前進します様にお祈り申し上げます。

2010年1月6日(水)
最悪なwindows vista

新年から、HPの改良を目指して頑張ってます。
しかし、vistaは Xpで使えた多くのソフトが対応していなくて
閉口!さらに、勝手にダウンしたり、効率が悪く、
眼が疲れた。自分の使い方が悪いのかと努力してみたが、
ソフトが対応していないのだから仕方ない。
ウェブで検索すると多くのユーザーがvistaに怒っている。
欠点だらけなので7を新発売した訳だ!マイクロソフトは商人そのもの!ウイルスも彼らが配信しているのでは、ないだろうか?
XPの方が断然、快適だったが、ダウングレードも制約が多く、結局vistaは、無用の長物になった。
youtubeは当面、過去のライブの未配信の物をアップしていく予定。新年早々には、快適なスタートは出来ないが、焦らず春を目指そう。
ビデオソフトもハイビジョン未対応?とか制約が多い。

今、XPのPCをリストアして映像専用に使うか?
それとも新規購入か?迷っている。

東金の宝くじ売り場から、3億円、当たりがでたそうだ。
羨ましい限り。音楽家はコツコツ地道に生きるしかないようだ。

嘆いてもすすまない、生きてる限り前進しなくてjは。
頑張るぞ!!

2010年1月6日(水)
vista最悪
2010年1月4日(月)
悲報

昨日はギター関係の知人の通夜に行った。
丁度、三日で斎場の池袋までひどい渋滞だった。
人は誰もいつかは、死ぬ。その定めはさけられないが、
常に残された遺族の沈痛は如何とも慰め様がない。
僕は御焼香を、済ませ、ほんの、少し遺族と言葉を交わすのが精いっぱいだった。
ギター業界の人々が沢山いたが、会話は敢えてせずに
帰路に着いた。
人生、明日はわからない。
精いっぱい生きるだけだ。

2010年1月1日(金)
謹賀新年

あけましておめでとうございます。
日記を向上させようと想いホームページビルダー14
を購入。
しかし、ブログ式のカレンダー機能は従来のHP旧バージョンを継続不可。
で意味がなかった。悔しい。新規サイトでいかs意味がない。

動画公開も今、音質重視研究中

良いもの結果にしたいので。

ギターを通じてみなさまと、幸せを分かち合える年にしたいと思います。
どうぞまたよろしくお願いいたします。

2009年12月31日(木)
大晦日
新年度、からの新ギタリスト日記
ブログはなんとか、出来そう。使い勝手がまだ、慣れない。
ただ、見たい日にジャンプ出来る機能が
有るので便利になると思う。
正月休みはブログ研究で忙しくなりそう。
新年からはアクテイヴに生きたいなあ。
皆様にも良い年となりますように。
2009年12月29日(火)
レッスン納め

今日、今年最後のレッスン終了。
来年も更に飛躍の年へ。
新年から、ギタリスト日記も
今、はやりの、便利なブログスタイルに変身予定。
エッセイの他、ギター上達の為の、ヒントを毎回掲載予定。
ビデオ配信もYoutube等、研究検討中。
2010年からは、冬眠から覚めてアクテイブに活動させて頂きます。
是非、ご期待ください。

2009年12月23日(水)
2009年12月22日(火)
もうすぐクリスマス

早い、時間が経つのがホントに早い。
家内が里帰りしてから、もう二十二日。
クリスマスも明後日。
HPのドンボスコの生徒達との写真も15年も前のもの。
改めて時間の経過の早い事に戸惑う。
このペースでアットいう間に正月も過ぎ、春がくるのだろうな。
毎日毎日を惜しんで過ごさなければと自戒。

鳩山政権の暫定税率の実質すり替えには失望。
悪代官は誰がやってもまた、悪代官になるのが歴史の宿命。
庶民は耐えるのみだ。

2009年12月1日(火)
無事到着

24時間」かけて、家内は無事、サンパウロに着いた。
AUの携帯は凄い。
海外からそのまま、日本国内と同様に登録済の短縮番号で通話可能。
料金は高いがリアルタイムで動向が分かるので安心。
癌の後遺症も全く出ず無事に到着だ!
経由地のドイツ、ミュンヘンからも元気な声が聞けた。
これで、一安心。
あとは、留守中、仕事に専念出来る。
世界は広いがまた同時に近い。
一日、我慢すれば地球の反対側に着くのだから。

2009年11月30日(月)
渡伯

今日、
家内が5年ぶりにブラジルに里帰りをした。

癌手術から20カ月、ようやく一人旅が出来そうな状態になった。
ルフトハンザでドイツ経由の航路を使う。
アメリカ経由だと、単なるトランジットに過ぎないのに、ネット予約をしてから13000円も払い、更にアメリカ大使館に出向いて、早朝8時から長い行列をしてビザを一日がかりで取得しなければならない。おまけに受理まで10日かかる!
世界は平等ではない。まだまだ、差別が実存する。
そんなわけ、で多くのブラジル人は煩わしいアメリカ経由を敬遠しているのだ。

破産寸前のJALも、乗るのは怖い気がした。
ルフトハンザのチェックインは実に、親切で円滑。
沢山のブラジル人が同乗しているので、一安心。
娘と二人で成田で見送った。
家内のいない、我が家は、静まり返っている。
今更ながら存在の大きさを娘と一緒に実感。
当分、淋しい日々が続く。
家内も故郷の真夏の太陽をいっぱい浴びて癒される事と思う。
おかずを買い求めて娘と二人で夕食をとった。
明日から12月。
気合を入れて父、娘で充実したギターの日々を過ごしたい。
それにしても、ブラジルまで24時間と遠い、、。

2009年11月24日(火)
喜びの報告

今年もあと少し。
先週家内の定期検診で癌の転移はなし。
また血液も正常値に復帰、健康状態は良好!
術後21カ月となる。介護、心労は半端ではなかったが、その甲斐有り!何よりも名医。金平先生に感謝、感謝。
腹腔鏡による胃全摘出手術だったからこそ、ダメージも最小に防げ回復も早かった。
もう一つ、吉報。
やはり先週19日。家内は念願の日本運転免許を一発試験で獲得。
幕張の運転試験場に何度も通った。
試験制度は???だらけで。過度な安全確認の要求、
試験の為の試験要項?或いは試験官の気分?
疑問は多々有ったが、忍耐一筋。
毎回、どこが悪いか?と聞いても「もう少し左に寄れ」
「ミラーの見方が足りないとか?」
当然、外国の免許と日本の違いは有るにせよ、S字、クランク等も完璧、一時停止等も
十分すぎるくらいアピールしても中々、合格出来なかった。
実地免除の協定に有る国はただ書き換えだけ。
やはり、世界は平等ではない!
他の受験者でも何故、落ちたか・わからない人が沢山いた。
自動車学校に行かないとまず、一発試験は無理な風潮。
なんか天下りのにおいが?
試験官は日本語だけで、英語すら話せず威張りまくっていた。
今日も多くの外国人が奮戦苦闘していることだろう。
密室の試験だから、抗議のしようもないのだから。
いずれにせよ、根性で免許獲得!
我が妻ながら、あっぱれ!
里帰り直前に合格出来た。神はいるのだ!とは家内の弁。
今更ながら人生、投げてはいけないのだ。

2009年10月5日(月)
秋の気配

早いもので、恒例のギターフェステイヴァルも
先週日曜、あたかも風のように過ぎ、終了。

あとは発表会を10月24日に終えれば、今年の行事も終了だ。
来年は、再始動開始。帰国11年目となる。
CDも、演奏会も新規に頑張りたい。
弾く喜びが蘇って来た。
来年は、新年に南米で弾き始めだ!
その後は勢いに乗って国内も可能な限り演奏会を増やしたい。
ホールの確保がまた難しいが、それも音楽家の人生。
進むしかない。いまからプログラムの構成だ。
生きているとは弾く事と悟ったり。弾ける幸せすなわち生きる幸せだ。

2009年9月25日(金)
ロボスの追い込み

27日の演奏会に向かいビラロボスの追い込み仕上げに入った。
弾けば弾くほど虚しく走馬灯のようにブラジルの日々がよみがえる。

2009年9月25日(金)
虚しさ
2009年9月23日(水)
誕生日

月曜、無事に門下のジョイントも終了。
いつもながら、裏方、マネージと総て、僕ひとりでこなし
最後に弾くのは疲れた。しかし、門下の成長を確認すると、
感無量。
当日、演奏効果?有ってか日曜のフェステイヴァルのチケットも売れた。
また、ダブルトップについて熱心に質問する方もいた。
日本ではまだまだ、認識されていない?
の本でドジャーのバルエコ、ラッセルとが使っているのにこのギャップはなぜだ?

当日頂いた沢山の花の香りに包まれながら
今は55歳の実感?もなくひたすら、練習中だ。
21、27と連続して聞いてくれるファンの為にも
良い演奏をしなければ、、。
もうひと頑張り。

2009年9月20日(日)
演奏会

明日は門下とのジョイントだ。
数えてみると帰国後、第六回目の門下ジョイント演奏会になる。
その間、メンバーは若干、入れ替わったが、、。人生、いろいろだ。
来週の日曜には東京文化会館のフェエステイヴァルも有り、ぼくには忙しい週になる。
門下のジョイントは裏方、マネージメントを一手に引き受け
最後にアンコール代わりに僕が弾く。
けっこう
しんどい。
そんな、訳で僕は殆ど当日は練習する時間がなくぶっつけ本番だ。

しかし、師匠としての威厳と格差を如実に示さなくては師匠とは言えない。
ここに、一種の快感が有りまたやりがいが有る。
連休の中、わざわざご来場、頂くみなさまに、
良い音楽をお届けしたい。
達成感に満ちた、打ち上げも楽しみだ。
明日は頑張ろう。

2009年9月15日(火)
ベンツ

ベンツが先週、10日に納車。
高速を走るとその安定性に満足。
加速性もやはり、流石。以前のオプテイー様にあおられる事もない。
やはり通勤には安全、丈夫に限る。
更にはおしゃれ、が加わると久しぶりに嬉しい。
今まで自分を偽って居た様だ?
リンカーンのあとが軽では欲求不満だった。
丁度、自分の誕生日にプレゼントを買った様なものだ。
と、強引に納得の理由をつけて、買い物をしてストレスを発散。
でも、後悔はしていない。大変、良い買い物をした。
もっと、人生エンジョイしなくては、、、。
思えば親父が逝ってしまってから、ただ、がむしゃらに生きて来た。いつも親父の「音楽は食えない」と言う言葉を思い出しながら。
でも、十分、音楽で幸せに生きている。
一番親父の存在が欲しい時期に親父は逝ってしまった。やりたい放題で、恨みばかりを励みに今日まで来たが、、。

気がつけば、親父には何一つ、親孝行を、することが出来なかった。
ふと、親父が不憫に思えた。

思い切り親孝行して喜ぶ顔が見たかった。

2009年8月20日(木)
さらばオプテイー

今年の4月からエコカーの軽で教室に通っていたが
とうとう年貢の納め時?
ぼくには軽は小さすぎて、アクセルとブレーキを
不本意にも同時に踏んでいて危うく制御不能?
みたいな事態が駐車場等でしばしば起きた。
事故が起きてからでは、手遅れ。
思い切って買い替え決断。
軽しか、庭の駐車スペースには入りっこないと思いこんでいた。
娘の提案で大きなセレナで庭の車庫入れ実験。
ブラボー!電信柱が真ん前に有って、斜めに入れないとだめ。ちょっと難しかったが無事、成功!
これで私専用に好きな車が選べる。

悩んだ挙句、ベンツのクーペの赤に出逢い即、試乗。
やはり力強く、男のロマンが有る。家族の賛同のもと決定。

思えばリンンカーンから軽のギャップは辛かった?
人生、一度だから節約ばかりでストレスが溜まってもつまらない。
明るく楽しく元気にいこう!
久々に大きな買い物をして爽快な一日だった。
納車日が待ちどおしい。

2009年8月3日(月)
GLC

今年は娘の高校受験の役に立つと言う、学校からの進言で久々に
GLC学生コンクールにトライ。

結果は。二位だった。
超絶技巧を完奏した。
エリカは一位を取れない自分に怒っていた。
好みというか、当然審査の結果は見方によって分かれるところ。

選曲した難曲ヒナステラのソナタが賛否両論だった。娘を四位にした方も居るそうな?
僕には理解出来ないが、自由民主主義の国。
これも仕方が無い。学生らしい古典を弾きなさいと言う事か?
でも絶賛して一位だと想うと、わざわざ、励ましの言葉を下さった審査員も数名いた。
まあ三位より良いか?
ここは日本だから善しとしよう。
娘の評価はともかく、僕の印象では、GLCは大学生のパガニーニを弾いた青年だと想ったが?
なぜか大聖堂をゆったり、弾いた高校生が高得点を得てGLC優勝。
傾向と対策が見えてきた気がする。
人生いろいろだ。
今日はマネージャー役でとても疲れた一日だった。
まあ、親としては二次で消滅など最悪な結果にならずに良かった。
たかがコンクール、動揺してはいけない。次は僕の東京文化会館9月のフェステイヴァルだ。

2009年6月3日(水)
ネット検索

先日、「東京ベストスクールガイド」と言う新刊の取材を受けた。
それを機に久しぶりにネットでの自分の教室の検索状況を調べてみた。
うれしいかなgoogleでは「ギター教室 池袋」で検索するとなんと、メジャー企業教室を抑えて
トップに中峰秀雄ギター教室が
出てくるではないか!

素人の僕が勢いで作った欠点ばかりのHPだが、今振り返ると10年前の帰国当時のガッツが甦る。

あの頃は希望と不安の帰国再出発だった。
なにせ6年の海外の日々は完全に浦島太郎!!
ブラジルでのプール付邸宅に住む優雅な日々を捨てての決断だった。
日本の新世代は、僕のことなど殆ど
知らない状況。


根性だけの毎日だった!
教室オープンしたての頃は、
ただひたすら
待つ、つらい日々の連続。
レッスンはセールスが出来ない業種。
精一杯宣伝して、生徒が飛び込んでくるのを待つしかない。

大手企業カルチャー専門誌にも高い広告を出した。
さくらの「体験レッスン荒らし」に翻弄されるだけで全く効果なしだった。
結局はHPと演奏会から少しずつ門下を開拓して行った。
今はもう「無料体験レッスン」の安売りは一切しない!
この不況の時代に、
空きは、ほんの少々と嬉しい悲鳴。

自分一人で運営しているので
体力的にも限界は見えているが。

高弟に力をかりて教室拡大の時期もそう遠くは無い。

私に縁有って集ってくれた門下に
改めて喜びと誇りを感じる。

人生、自分が諦めない限り
やれば出来るのだ。

現状に安住する事無く
更に美しく弾き続けなければ、、。

2009年5月25日(月)
掛布雅弥ギターリサイタル

5月25日、親友の掛布さんのリサイタルを聞く。
残念ながら事故超渋滞の影響で遅刻してしまった。
後半しか聞けなかった。多謝!

貫禄十分で落ち着いたマエストロの演奏だった。
30周年の年輪。円熟とギターに対する愛情、慈しみが十分に伝わる
木工の響き。ここに彼、独自の掛布雅弥の世界を確立した。
想い起こせば30年前専門誌で彼のデビューの記事を見た。当時、アランフェス、シャコンヌを楽勝で弾くプレイヤーは少なかった。同じ年で凄い奴が居るものだ!と大いに刺激を受けたものだった。
彼とはマドリドの国際コンクールで出会い、以来ずっとのつきあいで17年目になる。年月のなんと早いことか!
彼とは公私共にギター界での義兄弟関係で3本スケールも共通の奥義。フレタ、ハウザー、ルカ等伝統名器路線をお互い通過して彼は古楽派のシンプリシオ、僕はダブルトップのダマンと
それぞれの音楽欲求に見合う楽器へと変遷。
継続とは大きな力だ。セゴビアは94まで弾いた訳だから、僕たちはあと40年は弾き続けなければ駄目なことになる。やはりセゴビアは超人!!

最近悟ったのは総てマイペースが一番良い!
毎日、楽しく幸せを見つけて、頑張りすぎずに、のんびり、怒らずに、長生き出来るように、生きること。
歴史的に人類は戦争が好きな習性がある様だが
音楽に争いはナンセンスだ。
美を競って仮に勝ち抜いたとしても

それは虚しい。
また一瞬のジャーナリズムの賛美によるうたかたの栄光も時間の流れの一点に過ぎない。
美しいものとは不変であり、また争うべきものには非ず。
芸術という美の世界を理論を振りかざしておしすすめて、それだけを最終的な答えと勘違いしている世界が有るとしたらまた虚しくナンセンスだ。
芸術には沢山の答えが有って良い。

2009年5月17日(日)
ポスター写真


今日は、

秋の門下とのジョイントリサイタルのポスターの写真撮影を
行った。スタジオで撮影前に、正装の準備をしている門下達の姿を見て
良い弟子に恵まれた自分の環境に改めて喜びと幸せを感じた。
この不況の時代に、一心不乱に私に就いてきてくれる
彼らの、ひたむきな姿に、改めて帰国十周年への想いで、
久しぶりに爽やかな感動を覚えた。

撮影スタッフは実にエレガントで優しさに溢れていた。
沢山のカットを撮るうちに穏やかな表情を引き出して行くテクニックにも感動。
彼らはプロだが、それ以上に写真への愛情が伝わって来た。
天候がイマイチ季節感に一致しない、この頃だが、心はずむ一日だった。

2009年4月5日(日)
発表会

昨日4日、第二十回の発表会無事終了。
今回は10周年なのだが、不況?の影響か参加者は今までで最小の12人。
客席でじっくり門下の成果を聞いた。
毎回ほぼ同じ顔ぶれが出ているのだが、みな確実に進歩していて感無量だった。
やはり、継続は力なり。
門下は師匠の私の影響を多分に受けて
私の解釈に近い演奏ばかりで微笑ましかった。
菊池君は鮮やかにシャコンヌの難所のスケールをヴアイオリの次元で逃げる事無く3本スケールでレガートに弾ききった。その指裁きの美しい事!!
かつて文化会館で私がシャコンヌを弾いた日をを思いだす。
同様に、とりに娘のエリカが弾いたが3本スケールの鮮やかな
成果に親馬鹿ではなく、感動した。
ビラロボスのエチュード7番はまず3本スケール以外ではあの快速マッハは不可能だ。
ビラロボスはこう弾くのだ!の実証!
打ち上げでみな、三本スケールを学ぶ喜びと誇りを
共有実感の至福の時を過ごした。
不況な時代だからこそ、モチベーションアップ。
九月には門下のジョイントも決行する。
前進あるのみだ!!



2009年4月3日(金)
ダイハツイ・オプテイー

今日は埼玉の新座市まで、車を取りに行った。
セレナは大満足なのだが、一人で乗るには大きすぎて?
もったいない。と言う訳で経済性を考慮し、軽の手頃なユーズドを
セレナ購入直後から探していた。
はじめはコペンが欲しいと思ったが二人乗りなので断念。
ネットで情報検索すると、ヴィヴィオ・ビストロと
オプテイーが、クラシックな顔で走りも良いようだった。
ネットで探しに探してリ−ズナブルな車、ダイハツ・オプテイーを見つけた。
顔がなんとも、トムとジェリーに出てくる、可愛い漫画チックな車だ。
ギターよりも全然、安く、それもナビ、ETC付。
今日は初夏の様に暑かった。
車を受け取り初めて運転してみた訳だが、
同じ軽でもクリッパーリオとは段違い。
静かでスムーズとてもユーズドとは思えない。
高速道路でも一人乗りでは120キロも楽勝。
いい買い物をして大満足な春の一日。
日本車は耐久性も性能も素晴らしい。
帰宅すると、家内も娘も大歓待!!
三年後、エリカが免許を取ったらフルに使いたいと
今から大はしゃぎだ。庭に駐車すると、見慣れぬ車に
愛犬リサが猛烈に吠えた。車から私が出てくると
「あれ?」と言う顔をしておとなしくなった。



2009年3月17日(火)
新車は良い

リンカーンを廃車し経済性を自負して軽のクリッパーリオに乗っていた。
先月、高速を使って、家族でコンサートに出かけた。
重い、どんなにアクセルを踏んでも
後続車に、あおられっぱなし。
やはり、シェパードも乗れるサイズの
軽には無理が有るのだ!

僅か半年余りだが思い切って買い換え!
今回は家内の意見を尊重してニッサンのセレナのハイウェイスター。
ドアも自動開閉、広い8人乗り。
ワンセグナビにETC
全部揃っている。
試乗をして、可愛いカンガルーの人形を貰った。もう一つ欲しいので他のニッサンも視察。
快適性を確認。
4デイーラー競合させて賢く値引き!
最上グレードのスーパーブラックに決定。
家内の癌の手術から丸一年。
生還祝いだ!と、言い訳を自分にみつけての購入!
高速における加速も2000ながら、
4600でガソリンを消費しまくっていたリンカーンより、
遥かに快適!
日本車は素晴らしい!

コーナリングもスムーズ。
カーナビも精度が高い。
目的地にミスらず到着。良い買い物をした。
新車の匂いは実に快感だ。
昔はクーペ以外は絶対に興味がなかったがミニバンも結構良い。
通勤に使いたいと想ったが

池袋の駐車場は高い。

やはりバスで我慢!
その分を積み立てて何年か先には
コペンでも買いたい!
目標はモチベーションアップに繋がる。
不景気でも気合で頑張る。
明日は分からないからこそ、毎日を楽しく生きたい。
人生は一度だから。

セレナ・ハイウェイスター
2009年3月4日(水)
早い一年

丁度、一年前の三月四日、家内は癌で胃の全切除手術を行った。
もう一年経ったのだ。去年は霧の中をさ迷うような不安な状態だった。
なんとか、僕自身も持ち堪えて
また同じ日付けを迎えた。

振り返れば、門下はじめ周囲の人情が身にしみた日々だった。

今年は幸せだ。

今年は更に発表会も二十回目、
即ち帰国十周年になる。


久々に、気合を入れて!!
しんどいが、演奏会、門下のジョイントと
頑張って行きたい!

まだまだ、これから、、、、。

2009年2月23日(月)
東京音楽コンクール優勝者コンサート

昨日、東京音楽コン優勝者コンサートを楽しく鑑賞した。
出場者4名、全員立派な最上級の演奏。当然、メカニックは完璧。
テノールの方が喉の不調で曲目を割愛して残念だったが、既に
ファンも多く絶賛のブラボーがかかっていた。
僕の好みではヴァイオリン協奏曲が一番感動。
ヴァイオリンの泉沙織さんは、写真よりずっと、美しく天使が奏でているような
舞台。5階の天井桟敷から、オペラグラスで確認、やはり美しかった。
指揮の梅田氏は、コンサート全体、楽章の間を殆どとらずに繋げて
一種独特の仕上げをしていた。
最後のラフマニノフのパガニーニによる狂詩曲。
ピアノの冨永愛子さんは、門下生の同級生なので聞く僕自身も力が入る。
ふと、遠い昔フランス・クリダ女史の
同じプロをライブで聞いた記憶が蘇る。

確か十代後半だった気がする。
あの時は、感動で涙が止まらなかった。
冨永さんは、パワフル、正確無比。
ピアノの音量は、フルオケに優るとも劣らない。若さ溢れるヴィルトウオーソ。
ピアノはやはり楽器の王者と言われるわけだ。

ギターも最低限、コンサートにおいては
メカニックは完璧でありたい。
さもなければ舞台芸術と言う次元はとうてい始まらない!痛感!

ヴァイオリン、ピアノ等の世界は選ばれた者のみが舞台にあがる。
だから自然と感動が生まれる。
プロたるはいかなる物かを再度、見せ付けられた爽快な演奏会だった。
4人の奏者の心からブラボー!
楽しい日曜日だった。

2009年2月19日(木)
至福の時

今日は、加藤君のレッスン。
しかし、特別なシテュエイション。
何故なら、彼は僕から継承した2005のミュラー僕は新作のミュラーを使う。
彼との約束で、必ずレッスンの始めに
バリオスの大聖堂を僕と一緒に弾く事になっている。


しばし、彼は新作のミュラーに見とれて、から
素晴らしい!!とため息をついていよいよレッスン開始。
二台のミュラーによる。カテドラルは想像を絶する響き。
サステイーンが重なり、まるでオケのような響きだ。
三楽章も、うねりを上げて一気に弾ききる。彼も必死に僕の速度についてくる。
上手くなったものだ。

ブラボー。弾き終えて彼曰く。
「先生の、この、プリプリした低音の響きがたまらなく好きで
ミュラー買ったんです!ホント良かった。でもまだ、その音出せません。」
彼は毎回、目前で僕の音を聞くのでいやがうえにもモチベーションアップ!
目標に突進出来るのだ。
しかし、新作のミュラーは決して弾き込んだミュラーにも負けない。
物凄いパワーと資質!!
このレッスン状況の音をyoutubeでアップしたいくらい
感動的なひと時だった。
名器と良き門下に恵まれ心から幸せを満喫して
運命の神に再度感謝の一日だった。

2009年2月17日(火)
ネット社会

たまたま、自分の名前を検索してみた。
以外とあちこちでヒット。
大方はプロフィルに僕に師事とあったり
或いは、コンサート情報など。
しかし、案の定、掲示板で中傷記事が有った。
去年のフェステイヴァルの批判で
その内容は、私はテクがなくラスゲアドが下手、、はったりだ、との内容。
この見当違いな投稿者、見つけ出して決着を付けたい心境。いずれにせよ、私の演奏にテクがないと感じるのだからレベルは知れている。
耳鼻科に行った方が良いだろう!
いずれ、当日のライブ配信にて演奏公開して真実を立証するつもりだ。
匿名と言う安全地帯の評論家は誰でもなれる!!
近頃、こういった閉鎖的なギター界にモチベーションが下がり、配信など無意味
に感じていたのだが。言論の自由とは言え不当な感想文がまかり通っては
面子が立たない!
(笑い)

この人は従来の暗い、独白の様な
か細い音の従来の日本ギタースタイルがお気に入りなのだろう。
ラスゲアドに関しては、自信が有るので
組しない!笑止千万!もっとも、中傷されてやっと一人前と言うから喜ぶべきなのだろう。
こう書いて来ると、我ながら久々に怒って居ると認識。まだまだ私も元気だ!
どうにか、帰国後10年。存在感が出てきた証だ。
全く相容れない人間の中傷と整理した。

韓国ではネット中傷で自殺者まで出ている。
もったいなく残念なことだ。
確かに匿名で中傷されて快い物ではない。
要はそういった世界にかかわらないのが一番健全なのだ。
 
後、何年の人生かわからないが、
この上なく美しく妖しい音を奏で続ける事になんら変わりはない。
娘のエリカが「パパ、それただのねたみだよ。私のガクトだって散々、盗作とかオカマとか悪口言われてるよ。」
一本やれれた。
エリカの方が私よりずと大人だった。

2009年2月16日(月)
ダブルトップ+アーチドバック

大手君オーダーの楽器が届いた。
彼は名器スモールマンを愛奏している。
そんな彼が頼んだのはダマンのダブルトップとスモールマンのアーチドバックを兼ね備えたスパーコンセプト!!

かつて、僕がオーストラリアのロックに依頼して実現しなかったギターと同じ正に幻のギターだ!


もちろん今回の製作者は別人!
善良なる私の門下V・ヒメネスの作品。

やはり高音は甘く伸びて低音は野太いスモールマンの響きを感じる。
当然若い、出来立ての楽器だが、
かなりパワフルだ。


レッスンの都合、受け渡しは月末28日を予定していた。
しかし入荷を知った以上、待ちきれず、東金の自宅まで仕事帰りに取りに来てくれた。
ラテン気質の我が家としては、
門下に自宅まで東京から
来てもらって即、
帰す訳には行かない。


家内にブラジル料理と、デザートのプリンとムース他を作ってもらった。
東金は田舎で八時半が東京行きの最終バス。
7時半に着いて試奏、食事と慌しく気の毒な訪問だった。
幸い、彼は完食してくれたので救われた。?或いは気を使って無理に食べたのかも?
八時半バス亭まで送り、無事家路に。
彼から喜びのメールが届き
一応一安心。
彼にも大いに楽壇で飛翔を期待したい!



2009年2月11日(水)
ミュラーの傑作

待ちに待ったミュラー!

オ-ダーから4年。

遠いカナダから届いた。
昨年のクリスマスに完成するよと、連絡が有り、
速攻で送金して待っていた。

しかし
、仕上げの微調整その他?
に予想以上に時間がかかった。


更にカナダはなんと
マイナス20度と異常な寒さ。

輸送で楽器に支障をきたすとの理由からも延び延びになっていた。

待った甲斐が有った。
出来立てとは思えない、音の精度と立ち上がりに音量の豊かさ。
またネックのオイルフィニッシュも滑らかで快適。
ついに、ダマンを超えたか!?
もっとも、ダマンの新作を見ていないので軽率には言えないが。

門下或いは業者にまわそうかな?と
想っていたが幸いも、縁がなく結果、幸運は私の上にまた舞い降りた。

この楽器は絶対に手放さない!!
運命の楽器と言える。

2004年の初オーダーが
シリアルナンバー225

今回のは
2009年シリアルナンバー254。

実質約5年間で29本の製作ペース。
一年に6本程の割合。
決して多作家ではない。

いかに一人でこだわりを
持って作るかが
察する事が出来る。
それだけに、待たされたが
十分に待つ甲斐が
有ったと言うもの。

この楽器はダマン同様に、娘以外には絶対に触らせることは出来ない宝だ。

ミュラーも
出逢った頃に比べて遥かなる

名工へと変貌。
Parabence Maestro ミュラー









2009年1月26日(月)
疲れた

今日は多忙の極致だった。
早朝より午後にかけて成田にてシビアな事務処理。
帰宅ご、娘と家内をそれぞれ別の病院へ。
幸い、娘のインフルエンザも治癒して経過良好。
家内は、術後後遺症の低血糖の対策でブドウ糖を処方して頂く。
 
私は、うがいと食事と気合でなんとか。
非常に、疲れたが、充実した長くそしてまた短く感じる一日だった。

生きるとはこんな、ものなのだろう。

2009年1月21日(水)
インフルエンザ

エリカの学校が学級閉鎖になり、心配していたら、昨日から
娘も不調。今日、診察の結果インフルエンザ。
学校に連絡すると担任の先生までもインフルエンザでお休み。
僕はまだ大丈夫?だが、油断大敵、うがい、うがい、にマスクと
快食で乗り切らなくては!!
しかしもしも、鳥インフルエンザが上陸したら?の驚異は底知れない。
明日から池袋教室。気合を入れて冬を乗り切りたい。

2009年1月19日(月)
リサの冬越え対策

冬は正に本番。朝は氷が張るほど寒い。
愛犬リサも、いくら丈夫なシェパードとは言え辛い毎日。
そこで大型犬用輸送カゴを購入。

夜は家の中の輸送カゴで眠るしつけに成功した。

トイレは、就寝前の23時にいかせて、翌朝まではおとなしく就寝。
朝一番に外に出して、無事に用をお済ませる。想ったより簡単にしつけられた。


輸送カゴ=寝床では一切粗相をしない習慣がついたので
車で一緒に旅行も出来そうだ。

大型犬は大きいだけに存在感も大きく世話も大変だが、
喜びもまた大きい。

2009年1月7日(水)
南米の製作家、好評

今日レッスンで、アルゼンチンからのダブルトップ8弦を門下に披露。これもまた大好評。こちらから、説明するまでもなく
、その楽器はなんですか?との質問。
「何故ですか?」と聞くと、あまりにも響きが美しいので、、、。

やはりダブルトップのコンセプトは間違いなし!
ミュラーの継承者、加藤君に見せると、またもや絶賛。
僕が「でも、新品だから弾き込まないとダマンには負けちゃうね?」
と言うと
「先生のダマンは唯一無二の怪物ですよ。あれと比べてはいけません。」
と、嬉しい返事。

新春早々、縁起が良い。
門下とともに共存発展を目指して大いに飛翔出来そうな
レッスン初日だった。
明日から池袋での新作披露も楽しみだ。
今年は幸せすぎて申し訳ない気がする。
なんとか、この運気を世の為に生かさなくては。
思えば今年も、遠いあの日から神に生かされているのだから。

2009年1月7日(水)
多弦の可能性

暮れから、10弦、8弦とたて続けにダブルトップの特注品が届き、
新年は多弦三昧の年明けとなった。
やはりダブルトップは新品でも良く鳴る。
8弦は初めての所有だが、想ったより、6弦との違いを感じさせない。
棹が太い分、響きに独特の色と広がりがある。
FをEより低いシ、Gはさらにソにチューニング。
そうすると従来の下降スケールでEでポジション移動が必要だった箇所が総て5ポジでミまで降りる事が可能。Gに連続させれば更に
低いスケールの連続。そして速弾きが加速される。ロドリーゴ等で実践的効果を確認。

多弦ギターは従来、開放弦で使う、バスの充実が主流だったようだが、
たまにしか使わないのでは、もったいない。

10弦では8弦ギタープラス更なる2本で
未知なる可能性を思索中。リュートの代用には使いたくない。

しかし、ダマンと比べると、当然年輪の差で圧倒的にダマンの存在感が優る。

8弦も10弦も弾き込みが楽しみ。
事実、オーストラリアで以前、仕入れたスモールマン系の10弦は
ダマン並の爆音に成長している
明日からまた仕事の日々だ。

今年も頑張って多くの幸をつかみたい。

2008年12月23日(火)
符族の会演奏会

昨日、門下の菊池君の主宰する、
コンサートを聴いた。東京音大の俊英によるジョイントリサイタルだ。
12月の月曜のマチネーだったが、楽しい空間だった。
皆さん、真摯に音楽の研鑽する成果が現れた立派な演奏だった。

特に印象に残ったのはピアノの富永愛子さんのラベル。
ハーモニーの絶妙な変化と幽玄な悲哀を感じた。
そして何よりもピアノが如何に最強の器楽であるかを再認識。
あのふくよかな音、なんとかギターでも出したいが、、。
音量が総てではないが、やはり豊かな方が
表現が聴衆に伝わりやすい。
彼女は楽しみなピアニストだと感じた。
従来のギターの感覚では、あたかも独白的世界になってしまう。
コンサート楽器としてギターが生き残るには絶対、音量はクリアしなけければならない。
菊池君のギターは幸い、物理的にピアノには劣るものの、良く響いていた。
師匠としては色々、注文も有るが聴衆には暖かく好評を頂いていたようだ。

オーボエの佐藤広基君も、エレガントな名演奏だった。
年の瀬にゆったりと癒しのひと時を楽しめるひと時だった。
符族の皆さん、至福のひと時を有難う。

2008年12月21日(日)
新作のギター

今週は門下生にブラジルの新作10弦ギターを披露。大変好評で嬉しい限り。
全員、丁寧な作りと最上級の材料そしてダブルトップのパワーと音質を賞賛してくれた。
まだまだ無名なルテイエールだが、才能は凄いと想う。ステージ使うのが楽しみだ。
名器の、デイーテイルの良い所を丁寧にコピーしている。
アームレストはスモールマン同様、バーフリングと一体で美しい。
また内部もフレタ式にきちんと塗装が施されていて手抜きが無い。

門下でも6弦のオーダーが出て完成が待ち遠しい。
タイミング良く?カナダのミュラーも何故か?早送りの様な製作速度で3月の予定がクリスマスに完成との連絡。
円高の時期なので僕としてはラッキーだが予定が三ヶ月も繰り上がったので少し金策に苦労。
終わりよければ総て善し。
今年は多難な年だったが乗り切れた。
いや、乗り切ったのだ!!

神のご加護に再度、感謝!!
良いクリスマスが来る。

2008年12月17日(水)
門下の演奏会

21,22と門下の加藤君、菊池君がそれぞれ演奏会を行う。ご声援をお願い申し上げます。
詳細は僕のコンサートガイドを参照されたい。


菊池君は僕の修行スタイルをそのまま、踏襲して
楽器遍歴も、フレタでまず伝統的な強靭なタッチを学んだ。
そしてコンサートホールでの、ゆとりある響きを求めて
ダブルトップのワグナー、更にはダマンと求道心に妥協が無い。
門下で唯一、ビラ・ロボスの3本スケールでの秘伝を習得した逸材。
彼の周囲では、偏見思考で、おせっかいにも彼のタッチが悪いと意見・中傷する、勘違い学生が居るそうだ。
実績の無い、嫉妬は無視しろと指導している。歴史によって是非は証明される。
菊池君はシャコンヌ等のライブにより弦楽の教授、学生から度々絶賛されている。
その結果素晴らしい入賞暦を持つ学友に認められ符族という演奏集団に唯一のギタリストとして存在感を明確にしている。
他のジャンルの奏者は素直に我々の太いチェロの次元の音が理解出切るのだ。
一部ギター界が屈折している。
バルエコ、ラッセルを絶賛して、彼らの使うダマンを
評価しない、明白な矛盾。

入門当初、加藤君は自分が物に成ったら、良い楽器を買うと言っていた。
僕はその論理展開は自己否定に繋がる。その順序では自分が損するよ、、、と。
しかし、毎回レッスンで如実にダブルトップの驚異を実感して、限界を実感。
ヒルを経由して、ミュラーに至った。「良い楽器が色んな事を教えてくれる」と、
楽しくて幸せな様子だ。
チャンスが有れば可能な限り、ダブルトップの真価を啓蒙したそうだ。

二人に共通しているのは、素直さとひたむきさだ。
結局、妥協によって逃げないで、本人が心から信じれる楽器・伴侶を
獲得する。結果、一切の逃げ、言い訳の出来ない状態に自ら追い詰める。
その根性が前進を生み出している。

時折、コンクールで素晴らしい才能を見せながらも
楽器で物理的に気の毒なケースに出会う。

自分の発する音を認識する、楽器の選択眼も才能の一つなのだ。
だから、ヴァイオリニストはストラデイを使うのだ。

勝てば良いスポーツと違い、音の世界はプラスアルファをも、求められる。
それだけ弘法筆を選ばずは通用しない。厳しく残酷な世界のだ。

2008年12月16日(火)
ふりだし

リサの室内飼いは、実は犬の本人にとっては、
迷惑の様なきざし。厚い皮毛に覆われた彼女にとっては
人間の冬の室内は暑いようだ。

結局、元の犬舎にもどすと、寒いのにかかわらず
コンクリの床に寝そべって過ごしている。

野生は強いのだと再認識。
 唯一、今回、風呂入れと犬舎の大掃除を済ましたのが
幸いだった。

端からみれば滑稽に映る事だろう。

でもこれも人生。だれにも迷惑はかけていないのだから。

2008年12月15日(月)
室内飼い

寒い冬が来て家内が、リサを外で飼うのは
可愛そうと言い出した。
海外では、室内で同居が一般。

まず無理ではと想ったのだが?

そこで、まず風呂で全身シャンプー、耳掃除とひととおり
エリカが奮闘して清潔に変身。

次は、トイレの躾。
今まで外で散歩の度に用をたす様に躾けていったので
室内でその気配を如何に察知するか。

落ち着きがなく回りだすと、その兆候。
即、外に出すと、庭で無事、目的達成。

綺麗に足を拭いてまた室内へ。
これが大体3時間ペース。
今のところ一日経過で、失敗なし。

ポルトガル語がわかるのか?
家内の命令に良く従い。リビングのソファにおとなしくしている。
人間の食事中もおとなしく、結構、あたりのワンチャンだったようだ。

室内に居ると時間も共有して尚更、家族としてのリサの存在感が強まる。

掃除機でブラッシングして抜け毛も綺麗に手入れをさせてくれる。

良い子だ。
リサは今、ソファに横になって、大型TVをみている。
犬の目にはどう映るのだろう?

これで心配が減って、楽しいクリスマスを迎えられる。

物事、成せば成るのであると再実感!!
室内に大型のシェパードが横たわって居るのは実に優雅で幸福な情景である。

2008年12月10日(水)
ダブルトップ

レッスンで加藤君から嬉しい報告。
某楽器店での演奏親睦会でミュラーが好評だったそうだ。
僕の日記を読んで情報を知っている、参加者が加藤さんに、
楽器を見せて!とすぐに話しかけて来たそうです。
その方も伝統的名器を使ってるようですが、ミュラーを弾いて衝撃を受けた様子との事。おそらく日本ではダブルトップを触る機会が少ないのだと想う。

日本も良いものは良いと素直に判断出切る状態が来た様だ。

コンクールでもダブルトップの活躍が目立つ今日この頃。
音の世界だから、本物ならば、いかなる偏見をも覆すのが自然の摂理!
音は物理的なもの。幾ら先入観で名器だからと、音を拾っても小さい音では
素直ギター界の外のな聴衆には通用しないのだ。

実に愉快!!
判る人には判るのだ。

2008年12月9日(火)
ブラジルよりの贈り物

ブラジル時代の門下で製作家のAアンジェロ・モレイラの新作ギターが届いた。
地球の裏側からDHLで安全迅速に無事到着。便利な時代。
ケースを開けると南米の香りがした。
僕の愛器、ダマンのダブルトップのコンセプトを取り入れ更に
アームレスト、サウンドポート等、僕のアイデアも沢山取り入れて誕生した10弦。

製作技術は格段の進歩。工芸的にも最高に美しい。材料は総て最上級!
さて肝心の音。甘く木の香りがする。
弦を僕の好みのコンビネーションに変えて見ると、
期待通りの音。サステイーンも十分でしかも決してメタリックにならない。
せつないリオの雨のコパカバーナの音がする、、、、。
ブラジル時代はフレタの音を目指せとさんざん彼に言っていたのだが。
帰国後、衝撃のダマンに真価を見出した私。
頑固で職人気質なモレイラにダマンの良さを伝えるのはたやすくなかったが。
音源や情報を沢山送った甲斐も有って
今では彼もダブルトップをコンサートギターのスタンダードと絶賛している。
まだ、生まれたばかりの赤ちゃんに等しいのに良く唄う。
だから、弾きこんで行けば必ずステージで恐ろしい威力を発揮するものと確信する。
楽しみが一つ増えた。
神にこの出逢いの強運に感謝。

2008年12月3日(水)
楽器の力

今日は先週、私の愛器を受け渡した加藤君(もうKとは書かない)の一週間ぶりのレッスン。
まだ、彼にとって新しい楽器でなじんではいないのだが、
数段、音楽が向上している。
やはり、音楽の一番大事な条件は音だ。
音が太く美しいから、まるで別人の様に音楽が生きてくる。

やはり、現状に妥協しない彼の情熱が音楽、芸術に反映されるのだろう!

彼の来る地元でのリサイタルは数ヶ月前のものに比べて
格段の進歩で成功する事だろう。
愛しい愛器を嫁がせた甲斐が有り嬉しいひと時だった。

2008年11月26日(水)
もうすぐクリスマス

今年もあと少しでクリスマス。
思えば去年のクリスマスは家内のガン宣告の日で人生で最悪のクリスマスだった。
重く苦しい気持ちの日々

それが過去形で言える幸せ。
あの時、発見できていなかったら?

あれはサンタの最大のプレゼント
だったのかもしれない。


今年は、楽しいクリスマスを迎えられる。感謝。

今日、門下のK君に私の愛器ミュラーを継承した。
レッスン時に引き渡すと、彼は、
実感として
「凄い、気持ち良い!!」と
お世辞抜きに楽器の能力と価値を十分に理解。賞賛してくれた。
自分の育てた、子供を嫁がせる心境だった。
彼は早々に12月のコンサートに使うそうだ。人生、我慢の連続だから、ほんの小さな幸せが、彼の満足した表情が
、うれしかった。

彼の伴侶として仕事をしてくれる楽器と想う。
弘法、筆を選ばずは音楽にはあてはまらない。
楽器を妥協してしまうのは自分の価値を自ら落とし妥協する事。

音楽家とは厳しい。
妥協の音を披露しては、ミューズが微笑むはずもない。


演奏する行為には責任が有るのだから。ギターにも、作品にもそして聴衆にたいしても。



2008年11月21日(金)
さらばリンカーン

結局、廃車にした。
廃車業者に引き渡す前に、CD,備品等を取り外しに行った。
パワステのポンプ部以外は健康?
そのためか、ドアを開けて整理しているとアラーム音が切なくなっていた。
何か見捨てないでください<と言われている感じ。

でも、殆ど乗らないし無駄は省く主義で訣別。
親切な業者で時間をかけて分解して満タンだった、ガソリンを抜いて
渡してくれた。40リツターだから5000円分くらいかな?

そんな感じで、引き渡し無事終了。
なにがしの税金が戻ってくる。

もう軽を庭に停めなくて良いのでとても
庭が広く綺麗になった。車庫用に、タイルを敷き詰めて有ったので、今は犬の運動場に最適。物事、総て流れに因果がからんでいるのだから。
これで良いのだ。

ブラジル時代の郷愁から?フォードに乗ってしまたが、国内は国産に限るのだと再度、実感。

2008年11月19日(水)
やはり廃車

修理工場から連絡があり、リンカーンは連鎖反応?
か今度はポンプも壊れてしまった。
こうなると修理代が莫大になる。


ここは、潔く、廃車!!3年の付き居合いだったが、もう十分満足卒業。
ステータスも満足したが、良い経験となった。
ブラジルでは、当然、外車だったが日本国内は、国産が一番便利でまた右ハンドルが適している。

しばらくは、女房の軽を借りてで様子を見よう、どうしても自分専用の車が欲しいと欲求が出るまでは.。でも、大惨事に巻き込まれる前に壊れて良かったのだ。

2008年11月12日(水)
リンカーン

ほとんどガレージで眠っているリンカーンを久々に動かしたら
やたらにハンドルが重い?
以前にも似た症状が有ったのだが、
今回は
慣らし運転をしても直らない!!
仕方なくデイーラーに見てもらう.

パワステホースが損傷してオイルが
漏れていた。

このまま、高速を走っていたら引火の可能性も有ったようだ?
怖い!!
しかし、リカーン税金、その他維持費が実に高く、後悔、先に立たず。

もし、修理が高かったら思い切って
廃車にしてしまおう!!?
と決心していた。
予想より安い見積もりなので、
もう少し使ってから
廃車とは言わず、
どこかで買取を探そう。

廃車だとレツカー代その他手数料もとられるので、、。
車は軽が一番、便利。燃費も良いし駐車も楽で経済的。


楽器だけは良い物は高い、という定石は認めざるを得ない。
僕にとっての車は移動の手段だから、走れば良いのだ。

ギターは鳴れば良いと言う訳にはいかない。
深く甘く美しく、太い、音、、、。

楽器に関して、案外、一生、本物を知らないで過ごす人の方が、幸せなのかもしれない。

知らないと言う事は、至高の音を求める、永遠のラビリンスに陥らなくて済むのだから。

僕の門下の、多くは目覚めて、そのラビリンスにはまって苦しみ、かつ楽しんでいる。
音はごまかす事は難しい!
良い物は絶対に良いのだから。



2008年10月1日(水)
クリッカー式訓練

愛犬リサは順調に育ち生後7ヶ月半となった。
可愛いく健康で良いのだが、甘えて散歩のし始めがいつも一騒動だった。
そこで訓練学校に入れようか?と思いきや三ヶ月預けて20万円くらい!
うーん、これはきついな?とネットでクリッカー式訓練法に出会う。
学校より遥かに安いので試しに購入。

イルカの訓練の応用でカチと言う音による意志疎通のシステムが原理。

ガイドブックに有るとおり、いけない事をした時は、何も言わず沈黙して静かになるまで全く無視するのだ。
これが大正解!!無視されるとしばらくして静かにお座りをして僕の顔を見上げている。

そこで、すかさず、カチッツと音をさせて誉めながらご褒美のビスケットを与える。
犬が綱を強く引くときもこちらが、木になって全く動かない。そして側に寄ってきて綱が緩んだらカチッと合図をしてご褒美をやり歩く。
この繰り返しで今三日目だが、かなり楽になった。
要するに引っ張れば言う事を聞いてもらえると言う観念を止めさせた訳です。

紐が緩めば歩けると理解させる理屈です。
MP3を聞きながら従順な愛犬との散歩は清清しくまた誇らしい。
今のところ、お座り、お手、待て、お預け、ハウスは確実にマスター。
あとは甘えて飛びつくのが制御できればかなり満足。

リサの父犬の様に麻薬捜査犬にまでしなくても家族としてはそれで十分だと想う。

よその犬とすれ違う時、キャンキャン吠えてくる犬とは対照的に、お座りをして静かに道を譲る私のリサはかなりカッコいいのではないだろうか?!
思い返してみれば少年時代から歴代4代目のシェパードだが一番利口なようだ(笑)ほのかな、幸せのひと時。

2008年9月30日(火)
レパートリー

いつもの事だが、新曲に取り組む場合、高い山に登る様なイメージで、また素晴らしい傑作と感動して学習に入る。
、その曲の参考となるCD等を聴きその奏者の芸術に羨望と憧れを抱く。

その後、舞台上でその曲をきちんと弾き終え、改めてその作品を聞くと
なんだか、その作品が駄作に感じてしまう。これは演奏家の性だろうか?

ヒナステラもかつて20年前に楽譜を買った頃は高嶺の花だったが。

タイミング良くTVでフェルナンデスのヒナステラが放映された。
予想どおり、立派な名演奏。
ただし、彼も老いたな?と感じられた?

ライブのせいかもしれないが?
しかし、僕ははヒナステらのソナタに内在する悲痛な主張を共感して演奏する。TVを通じてのフェルナデスのヒナステラは、民族奏法を網羅しつつ、譜面どおりに弾き飛ばして居る様にしか聞こえなかった。
フェルナンデスの技術は完璧。解釈はいつもクールで即物主義だからかも知れないが?

それともこれがクラシック界のスタンダードな理想なのだろうか?
そうだとしたら、僕の目指す音楽は、その今日の規範からははずれている。それでも僕はわが道を行く。

前衛であっても、叙情性を表現したい。感情表現の伴わない音楽は僕にとっては音楽ではない。
前衛作品は、古典以上に気をつかわないと本当に味気ないものになってしまう。

最近想うのは、楽器を打楽器的に扱うのは、やはり王道からは外れている様な気がする。
バッハは一音たりともはずせない、密度の濃い音楽そのものだなと、再認識した。
弾けば弾くほど奥が深いヴァイオリンパルテイータ第二番に再び専念している。

2008年9月29日(月)
幽霊

9月中旬の出来事。愛犬リサと娘と僕の三人で夕方の散歩をしていた。
リサは生後7ヶ月のシェパード。いつものように
私がリードを引き近くの公園に行く。
東金はサツカー場レベルの緑の公園が結構、沢山有るのだ。
そのわりに、ガラガラで我々以外は誰もいない。
横断歩道から、公園入り口の細い30メートルほどの舗装された坂道を
登っていく。ブラックホールに入る感覚だが、かまわず前進。もう夜なので真っ暗。途中、何か木の枝の様なものが右肩に引っ掛かった。
エリカも同じく引っ掛かった。
 リサに公園内を思い切り走り回らせて家路に着く。
公園の反対側の出口から階段を下りて中庭風の広場に向かう。
エリカは後からついてくる。パテイオ風の広場でリサに待ての訓練を少し、してエリカを見ると、何か硬直しておかしい?「どうしたの?」聞いても答えない。
再々聞くと「ここ早く出ようよ!!」と一言。
何かおかしい?とりあえず公園を出てまた、尋ねる。
「公園広場から出てパテイオに向かう時、物凄い力で引っ張られたの!」
どれくらいか、引っ張らせて見たら倒れそうなくらい強い力?コワー

誰も居なかったのに???
エリカ曰く「ここで自殺した人が居て良く出るんだって!」
どうやら僕は霊感がかつての自らの封印によって鈍ったらしい。
また犬を同伴している僕を霊は避けたのかもしれない。
「あの場所で怖い、みたいな事言ったらなめられるから、言わなかったんだよ。パパの事は霊の方が怖がって近寄らないんだよ」とエリカの言。

帰宅後、塩でお清めをして、僕なりのおはらいをした。

後日どうも気になるのでまたその場所を訪れた。
やはり誰もいない。しかし、突然、リサが誰も居ない空間に向かって激しく吠え出した。
と同時に物凄い嵐の様な風が吹いた。
コワー!と想ったが僕なりの知識と体験の呪文でお祓い!
 そして無事に帰宅。
多分、地縛霊だろう。
弱みや哀れみ、そして恐怖をみせるとつけ込まれる。

毅然とした態度で強さを誇示。

それにしてもこの世は神が居れば霊も悪魔も存在するのだろう。ウイルスが目に確認出来なくても存在するように。

だからこそ、縁が有り自然淘汰の会者定離があるのだ。
発表会も19回を終えた。現在数十名の在籍。去るもの、来る者と、ふりかえればこの帰国後9年間多くの人に接してきた。
音楽を慈しむ明確な信念を持ってさらに悔いなく前進したい。

2008年9月28日(日)
秋の気配

今日は寒い一日だった。
もう秋かな?去る23日は僕の誕生日だった。

何事も無く、平穏に過ぎたとおもいきや
深夜になり家内が腹部激痛を訴えた。
いつもの痛みと様子が違うので救急車をよんだ。
四街道徳州会病院に運ばれた。
CTR,レントゲンと沢山検査をした。
廊下で待つ自分は何も打つ手がなく虚しく想った。
翌日も超音波の検査をして急性胆嚢炎の疑いと診断。
絶食で点滴を続けどうにか快復、無事退院。

胃がなくなると様々な弊害が起きる様だ?
無理をさせずに養生させるしかない。
門下生にもレッスンで迷惑をかけてしまった。
今週から頑張っていくしかない。

最近、おりふれて死と言うものを意識するようになった。
人間、死んだらもう消えてしまう。
たとえ人の心に残りえたとしても。

これは自分にも他人にも当てはまる事だ。
一日たりとも無駄と後悔の無い日々にしなくてはと想う。

2008年9月15日(月)
花の香り

演奏会を終え自宅にはファンの皆様から頂戴した
沢山の花で素敵な香りに満ちている。

当然、いつも持ち帰るのは大変。
車出なかったら無理。でもありがたい心を感謝して全部持ち帰ります。

今の時代に花の美しさそして優しさと癒し。
音楽に生きれる事は幸せなのだ。
世界では難民がひしめいているのだから。

2008年9月14日(日)
一段落

昨日、無事に演奏会終了。
いつものことだが、演奏前の緊張感とはうらはらに、一瞬にして音が流れ演奏会は終わってしまう。
昨日も舞台の上で緊張はするものの、奏でる喜びが実感できる至福の時を体感。
演奏してこその音楽家。
やはり弾かなくてはプレイヤーとは言えない。


毎回、舞台の上では全身全霊で弾くのだが、僕はひねくれているのか?聴衆の反応は穏やかであまり受けていないと錯覚してしまう。
これは上がってるからだろう。


そして録音を聞くと凄まじい拍手の音圧に我ながら圧倒され、弾く喜びを再認識する。有りがたくも受けているのだ。

家内の命の恩人のスタッフの女医さんと看護士さんの美しいお二方にも、ご来場頂けた。
記念写真を撮らなかったのが残念。
DVDとは全然、感動の度合いが違うと言って頂けた。やはりライブこそが音楽の真実の姿だろう。
記録として残ったCD,DVDはやはりあくまで記録。
ライブの音圧、波動は伝わらない。
そして、「中峰さんのギターはとてつもなく美しくそして一筋縄ではいかない女性の様な妖しい音ね。」と評して頂いた。

僕は妖しい官能の音を求めている。
そしてその根底に悲哀の音も含めて。

これから、もっと、もっと弾かなければ
と言うかやる気が漲って来た。
頑張ります!!

2008年9月9日(火)
演奏会

もうすぐ、また恒例の東京文化会館でのコンサート。
昨年は弦楽とのゲルニカ初演だったが、早いものでもう一年経ってしまった。

ダマンも使い出して9年目だが、一切の故障もなく
ハードな演奏に耐えてそして答えてくれる。
昨年、入手した10弦を使おうか迷ったのだが凡ミスが出ると悔しいので東京での披露はもう少し先送り、
今年もダマンで演奏。
今年は自作のミロンガとバリオスそしてヒナステラ自分でも久しぶりに楽しみ。

楽しい一夜にしたいと想う。

2008年9月4日(木)
TV

TVは世の中の不幸、スキャンダルを追い回しているようで
見ていると欝になる。
突然の首相の無責任な辞任。勝手に党内で時期の総裁選び。ニューすもバラエテイー化しているような?

国民無視。そして相撲界の大麻スキャンダルとマイクの凶器で
攻撃している様な?

オリンピックで負けた選手にマイクを向けるマスコミの
無神経さ?今の世の中を象徴している様に
感じる。

僕は、TVはニュース以外は見ない。
タレントが遊んで、ギャラを貰ってる?番組の多い事

映画は好きなものをDVDで見る・。
そうしないと、TV界の垂れ流しに汚染されてしまいそうな、、。
こんな時代に演奏行為に意味があるのだろうか?

生きるとは難しいものだ。

2008年8月31日(日)
楽譜

来る本番にそなえヒナステラのソナタを弾き込んでいる。
複雑な変則リズムのハードな曲だ。
この曲はヒナステラが悲哀と怒りを投げつけた作品だと解釈している。
you tubeでいろんな動画を見てみたが。
千差万別。楽譜どおりの演奏もあれば、
勢い余ってリズムが変わったりと、、。
楽譜どおり弾いていてもつまらない演奏。楽譜から逸脱していても面白い演奏。
最近、感じるのは楽譜に忠実な事がそれ程重要か?という事。
もちろん舞台レベルでの話し。
アンサンブルに於いては当然楽譜にそった制約も有るのは納得している。

ショパンなど、彼の真意の、とおりに譜面に表記したら毎回変拍子になるので

一定の制約の枠に音の記録を留め、それを奏者の解釈と意図で
ルバートしたり、アッチェランドしたりして生命を吹き込む事になる。

世のなか、偉い?人たちは、楽譜にへばりついてやれ、走った、やれ伸ばしすぎたと、目くじらを立てているが、それは
音楽鑑賞ではない。

そもそも楽譜を見ながらの鑑賞なんて、シナリオを見ながら
劇を見るような?おかしい!!
されば、楽譜を読めないと音楽は理解出来ない事になるのか。
そんなアホな。
僕は楽譜は重要な設計図と認識する。
そして当然ながら、総てを把握してから自己のフィルターをかけなければ
自分の表現ではない。
まちがっても、ガリガリした、心も甘さもないそしてつまらない演奏は死んでもしたくない。
レシピを見ながら料理を味わう愚かな行為はしないと想う。
TVでピアノレッスンと言う名手による講座が有る。楽しく見ているが、最近ふと気がついた。

結局はどのレッスンも理論的な絶対的なものではなく最後は指導者の好みを示しているに過ぎない様に感じる。
様式感という音楽スタイルも統計学的慣習の最大公約数?的な
表現が善しという最終的に無難な形を好んでいる様だ!

日本では、コンクールなどメトロノーム的表現を知的?正しさ、と評価している様だが、全くゆれない演奏が美しく感動した覚えは私の場合はない。私の感覚が彼らと異なる様だ。

今でこそ評価されている「フジコヘミング」だって以前は酷価されていた。
世のなかそんな物だ。
でもだからこそ、クラシックは圧倒的な支持を得られない小さなマニアの世界で甘んじてるのでは?

血が騒ぐことも感動もなく睡魔に襲われる状況を楽しいとは感じないと想うのは僕だけだろうか。

2008年8月15日(金)
柔道とJUDO

オリンピックの柔道と日本古来の柔道とは全く、異質なものだ。
僕が、昔、道場に通ったころは、「もろて刈り」
などもっとも、恥ずべき技だと教えられた。

オリンピックではJUDOはレスリングの着衣バージョンに転化されている。
背中がつけばどんな手段も有効な訳だ!

100キロ級の金など、笑止。モンゴル相撲そのものだ。
彼は、力技しか一切、使えなかった。

鈴木の敗退は虚しい。しかし鈴木を責める気にはならない。
鈴木よ君は恥じる事はない。
勝敗は50%の確率なのだから。

問題は日本柔道連盟の不甲斐なさ!

外国に有利なルールに翻弄され武道精神もなにもない。
さらに、メダルだけにこだわるなら、レスリングの選手に柔道着を着せて参加させればもっと確率は高かったのでは?

オリンピックJUDOの審判のレベルにも閉口する。
なんど訂正の有った事か?

あきれたたのは女子78キロ級の中国、キューバの決勝。
キューバの有効を取り消し、さらに同点の為
、審判による判定!やはり、というか案の定主催者の中国が金。
きっとキューバの銀メダルは納得できずに眠れないだろう。
中国に判定した日本の女性審判は?柔道わかってるのかな?

僕らの時代は柔道は延長、そして延長で、なんらかの技が出るまで戦った。
JUDOは組み手争い、小競り合い、相手の減点の誘発、そして
タックルとおよそ、さもしい、スポーツとしても
すっきりしない手法になっている。

日本柔道会は割り切ってえげつない、戦法を学ぶ必要が有った様だ。

してみると、一本で勝ちとっていないJUDOの金など名誉が有ると感じるのだろうか?
試合をみる限り、勝てばなんでも良いという選手が殆どのようだ!

音の世界だけは、ごまかしが効かないと信じる。
心をつかむ音は、理屈ぬきに、魂に響くのだから!!

2008年8月13日(水)
審査

去る10日、フォルマール・ギターオーデイションの審査員を引き受けた。
無差別殺人、大国主義と理不尽がまかりとおるこの時代にギターそれもクラシックギターというもっともアナログで難解な世界に真剣に取り組む、応募者を目のあたりにして喜びと感動を覚えた。

13名の参加者で総て自由曲のみだった。

課題曲がないので、その曲のみ完成度の判定になるので厳密な優劣は出来ない。
話し合いの上、客観性を得る為、音量、技術、様式感その他の7項目を5段階評価でつける採点方法で審査を実施。

いざ始まると音量、技術の客観的評価はなんとか確実に把握出来たのだが、存在感、音色その他となると演奏時間内の絶対判定は困難を極めた。

せめて各奏者の間に3分ほどインターバルが有れば楽なのだが。

音楽コンクールの場合、演奏会形式をとっているので
ジョインントのように連続してどんどん奏者が変わっていく。

終演後、振り返ると奏者の顔は覚えていない。
当然、大人に混じった児童は僅かだったので微笑ましく、記憶に残ってしまう。
案の定、その少年が一位となった。
彼は中級の曲を確実に素直に弾いた。
大人たちは難しい曲をミスを散乱させながら弾いた。

点数結果を見ると私も少年を一位にしていた。
これは仕方の無い事なのだ。

しかし例えば、足し算、引き算のテストが100点と掛け算・割り算のテスト60点でどちらが数学が上か?
今回は結果100点が上と言う事になってしまった。

誤解の無いように、決して結果を非難しているのではない。
本当の優劣を決めるなら課題曲で比較しないといけないと想う。

また、年齢的、区分けもしなければならない。
次回からは、課題曲の決定、そして小学生、一般、シニアと3クラスに分けるよう提言して承認された。

丁度、オリンピックを見ていて、やはり、タイムや勝敗ではっきり判定のつくスポーツと違い音楽に優劣をつける事の難しさを認識。

もっとも、悪魔的パガニーニのような天才的、ダントツの驚異の演奏をすればまず誤診はおきないのだろうが!

しかしスポーツでも現代柔道の
判定は後味が悪い。

僕が習った柔道は礼の後、双方、きちんと組んでから、試合の開始だった。
今のように、組み手争い・カンガルーのボクシングみたいな醜態はなかった。
日本柔道界が最終先行試合で負けたにもかかわらず、???
変な実績とキャリアゆえ?の理由からまた出場した母親選手がまさにそれだった。
オリンピック開始前から、それなら、最終選考試合なんて必要ないじゃない!と強く想っていたが。
それに比べて、谷本歩実さんの一本の美しく清清しい事!これぞ講道館柔道だとおもう。

バトミントンでの反日感情むき出しのオグシオペアに「殺せ」には、失望。世界平和は遠いな?

ギターの審査を終えて、後日、これは、あたかも、
デパートの香水売り場で、次から次へと、
香水を嗅いで、最後にどれが最上の香りか?決めさせられるような
印象が浮かんだ!!

音楽を愛すれば愛する程、もう、審査はしたくないと想った。

2008年7月12日(土)
初夏

今年は季節感が中々実感出来ない時期が続いたがようやく、夏らしくなって来た。
レッスンも冷房がフル稼動。

才能有る、弟子が今年から社会人になり就職したのだが、
かなりギターには好ましくない環境の様だ?
早朝出勤、残業が当然の風潮でましてや残業代もでないそうだ。

上司は空威張りだけで新人に思いやりの配慮も無くおまけに
仕事の指導もまともにせずに怒りまくっているそうだ。
もっとふさわしい仕事を探して転職する意向の様だ!

世の中、優しさが欠けている。自分の満たされぬ不満を弱者にぶつける
、かつての軍隊の初年兵いじめ、そのもの。日本の悪習がまだ残っているのだ。

こんな状態では会社の士気もおちて業績も伸びるはずがない。
レッスンもおなじだ。
常に門下への同じギターを愛する者としての優しさを
忘れてはならない。みんな上手くなりたいから通ってくる。
練習出来ない者もいれば、楽器に悩むもの、、、。

少なくとも縁有って、私のもとに集った門下には
ほんの少しでも良いからギターを通じて幸せと希望を感じてもらいたい。

電車に乗れば携帯依存症?の人々、化粧する人とモラルや恥じらいなど
消えてしまったような時代。
こんな時代に、ギターと言う、難しい世界に真剣に取り組み芸術の価値を理解する門下生には感動を覚える。

2008年7月7日(月)
七夕

七夕の今日、また雨の様だ。
今年も織姫たちは逢えないのかな?

天文学的見地から、多くの人間の中
偶然ながら、入門してくる門下と私の出会いの確率はきわめて低く神秘的な物だ。
レッスンを通して40名以上の門下に毎週接している。

まさに教室は世の中の縮図そのものだと想う。

これだけの門下を抱えているから各人の嗜好も多様。
ギターに対する価値感も同じく多様。

ギターの真髄を極めたい人。少しギターが弾ければ満足な人。
ギターで演奏活動をしたい人。

現代に強要はナンセンス。
各人の自発性を重んじるしかない。


趣味の人は生活有ってのギターだから、自動車教習所感覚で良いのだ。

時折、感じるのはプロ、或いはセミプロを志す門下の意識の甘さと誤解?
言い訳とは、した瞬間、とても虚しい。

逆に趣味と割り切った門下の方が感覚的には鋭い場合も有る。

僕は叱る事は一切しない。ネガテイブな言葉も使わない様に努めている。
正しい音と形を自ら示すのみだ。

これに素直に気がついてくれると嬉しいのだが、全く

逆方向に自己流で猛突進される事、あるいは、判りながら逃避するケースもある。
これは哀しい。
人間は自己を正当化する為に自分と相反する事象を否定しまた自分に都合の良い論理を展開する。


しかし、それでは習う意味がないのだが、、、、、?

楽器に対する価値感と、本人の情熱と練習の結果の総てが演奏として答えが出される。

芸術と言う、直接、生活に即、影響が現れないジャンルは時折、軽視、妥協、曖昧の対象となっている。

少なくともギター音楽を愛するもの、自分はこの程度で良いと自ら限界をひく事は自ら自己の価値を蔑んでいる事になると想うのだが。
愛に限界が無いように自ら選んで愛したギターにも限界が有りえるはずがない。


それとも、21世紀は、愛ですら妥協、計算の上に成立つ世の中なのだろうか?

2008年7月6日(日)

音は普遍的な物で良いものは絶対に
伝わり理解されると常に想っている。

しかし、最近はやはり感性の相違と更には価値感の違いと
言うギャップも確実に存在する事も再認識した。

私は、リズムに歌詞を乗せたラップは大嫌いで
反吐が出るが、ラップを好む人間も多々居るのも
事実だ。

してみるとギターの音の世界の嗜好など更に
多様化されても致し方ないのかもしれない。

当然、私は自分の信じる音を弾き続けるのだ。

しかしながら、
自己の楽器に不信感と不安を抱きながら演奏行為に甘んじる
と言う事は私としては出来ない。

プロとして音を出す以上、自分にとってこの世で
最高の楽器を使う。これは他ならぬ自分自身の為。
妥協した音では人生を賭けたギターに申し訳が立たない。
いや自ら妥協により自己の価値をさげすむ事になると想う。
ヴァイオリニストがストラデイを使うのは
その奏者の魂の要求、いわば自己に妥協出来ない
命をかけた、生きる姿だ。ストラデイでないから、この程度しか出せない
などと、言っても誰も感動はしないし、納得しないだろう。

ギターは残念ながら、まだ完成に至っていないと想う。
当面は自分の知りえた中で最上の楽器を使っているが、
更に上の物が現れる事を常に意識している。
ヴァイオリン、チェロに劣らない音圧と美しい音。
永遠に終わりはない、、。

ギターに音量は要らないと言う諸派には組みしない。




2008年6月30日(月)
主治医

先週、家内の定期健診が有った。
経過は順調で

諸検査も手術前の正常値に戻った。

でも、大きなサプライズが!
ブラックジャック・金平先生が病院を去られるとの事。
自ら、手術設備はじめ、プロジェクトをすすめられた、言わば、金平先生によって生まれた最新医療チームを去るのだ。
僕は、ほぼ永久に絶対的不動のリーダーとしてこの病院のチームを統率し続けると想いこんでいたのだが。
人生、絶対と言う事は不可能なのだ。
事情は判らないが去らなければならない理由が有るのだろう。

池袋との教室と自宅の往復の際に多くの人を見る。
千差万別、幸せ一杯の人、打ちひしがれた人。
社会格差は経済だけでなく精神的にも如実に進行している。

どうすれば、穏やかに生まれて良かったと皆が想える世の中になるのだろう?
歴史が証明するように、甘い汁をそそる悪代官と苦しむ庶民の形態は永遠に変わらないだろう。
そんな哀しい気持ちになった。
でも嘆いても何もうまれない。
希望は捨てないで生きるしかないのだ。

2008年5月20日(火)
犬舎完成

昨日、19日に、シェパードの犬舎が出来上がった。
一坪の広さで屋根付きの組み立て式の物だが
結構、苦労したが、良い出来栄えに満足。
丁度、うちに来て二週間目。ワクチン接種も完了したので
今日から、外に住ませる事になった。

今までは部屋飼いだったので、
朝はトイレ掃除の修練の毎日だったが、
外飼いになって、一件落着。
リサの慣れた寝床のハウスはそのまま
使っているのでスムーズに移行出来た。夜鳴きもさほど無く順調だった。
昨夜は台風の大雨でかなり怖かった様だが、
雨漏りも無く無事に一夜明けて今日の午後からの爽やかな気候にリサも満足気味に過ごしていた。
床はコンクリートの上に
杉の木のすのこを敷き快適にしてある。良い香り。

今年は台風が多い気がする。中国の悲惨な大地震とか、
何か怖い自然兆候が感じられる。
明日は日本もわからないから。

世の中を見ると、あまりにも、勝手気ままな権力の横行と貧富格差と飢えに悲しむ子供が存在する状況が平然と続いている。

神は怒りの審判を下すのかもしれない?
でも、弱く罪無き庶民の上に下される審判は如何なものか?

神も買収されてしまう時代なのか?
音楽家に何が出来るのだろうか?
真の世界平和は訪れるのだろうか?



2008年5月7日(水)
PC不調

今日なぜか、PCのウイルスセキュリテイーが作動しなくなった。
いつもながら、PCは本当は大嫌いだ。
仕事のPR上、つかわざるを得ないが目がとても悪くなった。

ウイルスチェック出来ません、なんて原因不明?
削除にて新規に入れなおし。
これがいちいち、CD]キーとかめんどくさい。
ひよっとしたら、ウイルスはマイクロソフトがばら撒いてるのでは?
何故なら、PCが永久に壊れなかったらそんするのは<<<<?とかんぐってしまう。

気候が良くなった為、汗をかきながらやっと修正。
すると次はコピー機が真っ黒にしか複写しなくなった。

これにも忍耐で対峙。結局、トーナードラムを交換して正常。

こういったロスタイムは実に腹立たしい。
怒ると損なのでじっと我慢してレッスンをする。
レッスンでは新しい発見に嬉しそうな表情を見せてもらうと
こちらも癒される。

そしてレッスンが済んで今度はシェパードのリサの世話。
多忙な慌しい一日。これも幸せのひとつなんだろうな。

TVをつけると癌で「余命一ヶ月の花嫁」のドキュメンタリーが有った。
暗い気持ちになったが、同時に安堵の気持ちも感謝した。
あの番組は、癌の治療中の人には酷だと想う。

来週までに9月のフェステイヴァルで弾く曲を決めなくてはいけない。
トロバのソナチネのつもりだったが?もっと凄いのはないだろうか?
目下、思案中だ。
頑張らなくちゃ。

2008年5月6日(火)
犬の風呂入れ

今日は、シェパード(愛称リサ)を迎えて二日目。
早朝から、娘の笑い声が聞こえる。一人っ子なのでいままで聞いた事のない状況。
昨日はリサは夜鳴きもせずに熟睡の様子。

朝食、トイレと順調に済みブラシがけ。
しかし、やはりと言うか、ブリーダーから直で迎えただけ有ってか?
匂いが気になる。町のドッグショップはワクチン二回目終了までシャンプーはまだ受け付けてもらえない。

思い切って自宅でシャンプー。
娘が私の手際の良さに感心していた。

思えば、中学の頃も。ブラジルでも犬のシャンプーは私が担当していたから
どうって事はない。

無事、終了して耳掃除も済ませてやっと清潔なリサに。
ワンチャン自身も気持ち良いので従順。

先住民のチンチラ、新参者に怯えて二階にこもりっぱなし。
ひがまない様に、努めて猫ちゃんにも優しく接する。
動物こそ嫉妬心が激しい様だ。

家内も気持ちがポジテイブに明るくなった様な?

兎に角、今回の選択は正解!という事にしておこう。
そろそろギターを触らなくては(笑い)

楽しい連休だった。

2008年5月5日(月)
子供の日

今日、子供の日に新しい家族を迎えた。
娘に犬を飼いたいとせがまれていて、始めはダックスを飼う予定にしていた。
何度も見に行きほぼ決定?と思いきや?
そのダックスは可愛いのだけれど、生後8ヶ月でお店の方にすっかり懐いていて
娘が嫌だと言い出した。

それではと、勢い、私の少年時代とそしてブラジル時代の思い出のシェパードを飼っちゃおうか?なんて切り出したら
娘は大喜び。
ネット検索したところなんと、灯台本暮らし。

自宅から車で20分の白子海岸に警察犬訓練所が有り生後まもない仔犬が居るとのこと。

早速に見学(いや面会)
恐らく人懐こい黒水晶の様な可愛い目に見つめられたら連れて帰るだろうな?と予測。

案の定、二月生まれの可愛い女の子に出逢ってしまった。
一生死ぬまで愛し続けるのだよ!
と10の約束を娘に確認。


思えば、親父がシェパードを買って来たのも娘とい同じ僕が中二の時だった。
人生、巡る因果は糸車?

感動の中、迷わず家族全員一致で連れ帰る。けっこう、お値段はダックスより高いものになってしまった。でも価値は有ると納得。


帰宅後、ゲージに入れてトイレ等の躾の開始。
上手く行った。トイレをペットシーツにした後ゲージから出した。甘えて私のひざの上にズシーンと迫力とともに登ってくる。
忘れていた感触。大型犬は子供でもずしりと存在感があり、また、いとおしく感じる。

遠い昔の「少年ジェット」「名犬ロンドン」
とシェパードの活躍したテレビの憧れ。

特にシェパードは飼うからには気合が要る。

女房が3月4日に癌の手術で新たに命を得て、丁度、二ヶ月。
新規に生きる喜び、生きる証に、「愛犬道」にまた、はまるのも幸せな人生。

音楽に、愛に、更に悔いのない日々を過ごしたい。
私もあと何年、生きられるかは、神のみぞ知る。
人生を桜花しなければもったいない。

2008年5月3日(土)
クラシカルギターコンクール

今日は、クラシカルギターコンクールにエリカが挑戦。
過去二回、本選出場なのだが、今回は残念ながら、本選行きならず。
私の指導どおり演奏した。古典のソルは楽譜に忠実に休符、付点、総て厳密に演奏。
アラールでは、ヴィルトウオーゾを狙い過ぎた。
アルペジオの粒も揃って音も明快だったが、如何せん速過ぎた。
参加者中、最速だったと想う。
おしいかな三箇所程、不明瞭なミスタッチが見られ
このミスが無ければヴィルトウオーソなんだが、ミスってはただの馬鹿と言われても仕方ない。反省。
コンクールに於いては、これが暴走?顰蹙?に映ったのであろう。

当然、速度をせめて二割落せば良かったのだが、
娘の気質としてオリジナルのヴァイオリンを意識し、またラテンの血がそうさせたのだろう。(笑い)ためと、コントロールを習得しなくてはいけない。

逆にアーテイストに成った時、走りたくても走れない気質もまた困る状況なのだが。


娘の今回の落選は爽やか。

私がバリオスの大聖堂、バッハのシャコンヌのスケールをヴァイオリンのレベルのアレグロの速度で弾くのに似ている。

病み上がりの家内が「あなたtも、ライブで疾走するんだから、娘も仕方ないわね、、」
とコメントされた。

コンクールとは中庸で常識的で何よりも
多数の審査員諸氏に満足して頂かなければ合格出来ない世界。

エリカも成長すれば、速度のセーブも嫌われない演奏も習得出来ると想う。

更に精進と前進だ。

2008年4月29日(火)
順調

昨日、家内の術後検診に行った。
血液も手術前の健康状態に復活。
一ヶ月前の鉄分が大幅に不足だったが、
今回は努力の甲斐有って標準値に戻った。

胃透視の検査では、食道と腸の接合部も流れが円滑。僕自身、この目でX線画像を確認させてもらった。
全く異常なくスムーズに流れている。
これで今までの食物の「つかえ」もまず心配ない。
先週くらいから、縫合部等の腫れもおさまったのだと想う。


処置がまずいと、縫合部の癒着、腸閉塞など起こりうるのだが、
全く心配無用で嬉しい限りだ。

ひとえに名医、金平先生の技術のお蔭だ!


レストランに手術後初めて行って見た。
分量こそ、一人前は無理なものの、グラタン、スパゲテイーなどやわらかいものを少しながら食する事が叶った。
そして食後に起きる不快な症状・ダンピング症候群も起きず
無事に就寝についた。

これで一安心。あとは、食事のペースと分量、時間などを
体得すれば家内も普通の生活に戻れる。
まだ手術後、正味58日目、素晴らしい回復だ。
家族とは、全員が健康で有って初めて
喜びと幸せを実感出来る。

今週、土曜日、娘はコンクールで安心して演奏出来ると想う。

ポジテイブに頑張って進むのみだ。

2008年4月20日(日)
発表会終了

昨日、第18回発表会終了。
少数精鋭の門下が頑張って弾いてくれた。
帰国9年になるが、良く頑張ったなあと自分で満足。

更に嬉しかった事は手術後、45日の家内が
発表会の打ち上げに参加出来たこと。
もちろん、殆ど食べれないが楽しい祝宴に同席して
体調に問題が起きなかった!!

来月にはきっともっと良くなると想う。

2008年4月16日(水)

まだ寒い日が有ったり不思議な春だが、
ゴールデンウイークが過ぎればもう五月となる。
五月のバラを思い出す。

なんと時間の速い事だろう。
未だに家内の胃全摘出手術が済んだ事が夢の様だ。
手術実施まで実に長い時間に感じたが術後の時間は
光速の様で?

術後、沢山の管が繋がれていて思い出しても
痛みを感じる。

生きるとは壮絶なものだ。
臓器を失っても

なお生きられるのだから。
多くの胃癌被験者の

手記を読むと、家内はまだ楽な方かもしれない。

家内の食が進まないと私も、自然と食が細くなった。
自分だけしっかり食べるのが、すまない様な心理が働いて?
最近は酒量も減った。
あまりおいしくない。

これは歳をとって胃が収縮している為だと想う。
若い時はよくもまあ、あんなに沢山飲めたものだ。

生きている間に、自分のアレンジや、運指等を詳細に示した曲集を仕上げたいと想うのだが
なかなか雑用で進まない。

家の近くの八鶴湖の桜がとても美しい。
桜は美しく静かに咲いて、そして、、散って、また次の年に蘇る。

2008年3月25日(火)
術後

家内は手術後、丁度、3週間になる。
手術は完璧で最高の出来だ。

しかし、胃全摘の後遺症に苦しんでいる。食物が食道につかえたり。
胃がないのだから、食事が今までの様に自然には出来ない。
これは
実際に体験者か、またはその家族にしか理解出来ない苦しみだ。

少量で最小限のカロリーがとれて、柔らかいもの。
そして、飽きのこないレシピ。男の私には難問だが、
スープベースのバリエーションで13歳の娘と協力しあってなんとかやっている。

精神的優しさが一番大事で必要!
心がなごむと少しは食もすすむようだが。

本人が一番辛いのだから家族もしかり支えなければならない。
頑張る、とにかく頑張る。

三月はもう直ぐ終わる。
いつもの様に季節が変わる。

今年の春はある愛弟子が転勤で遠くに行ってしまう。惜別、、。

2008年3月19日(水)
レッスン復帰

明日よりレッスン復帰。
退院後、情けない事に私の方が高熱で寝込んでしまった。
仕事をしなくては駄目なので明日から根性でまたレッスンだ。

胃がないと言う事実は想像以上に、障害が多く
精神的、物理的対応が難しい。
家族がしっかり支えなくては治らない。

この世に病気と戦争がなければどんなに素晴らしいのに!
でも泣き言を言って屈したら人生の定めに翻弄されている事となり、
怒りを禁じえない!
この世に生を受けた以上、人生を桜花して楽しまなければ。
これからは楽しくをモットーに忍耐や頑張りズムは止めて
自分を大事に生きる。


2008年3月14日(金)
退院。

四日に手術をして今日、退院。
これもひとえに、世界屈指の外科医
金平先生とスタッフの皆様のお蔭だ。
どんなに感謝しても、しきれない。

夢を見ている感じだ。

また、お見舞い、お花と数々のご厚情にも改めて人の情けが身にしみた。

とりあえず、ご心配を頂いた皆様にプログ上で無事ス術成功、退院完了をご報告させて頂きます。


去年のクリスマスから今日まで苦しい葛藤の日々だった。
後日、エッセイで詳細公開予定。
あっと言う間に時間が過ぎて、、、。

今日は無事帰宅出来て安堵と共に疲れてしまった。

最高の名医と医療機関にめぐりあえて
良かった。

感謝、感謝、今日はゆっくり眠る事が叶う。


2008年2月9日(土)
癌と戦う

家内は来月早々に胃全摘出手術に決まった。
超音波内視鏡による最終診断の結果、深度が深くまた噴門近くの為
早期癌ながらもそれが最善の処置と受け入れざるを得ない結果。

丁度、王監督と全く同じケースで5時間は有にかかる手術だになるそうだ。

開腹手術はダメージが大きいので腹空鏡下手術の権威の金平永二先生に執刀をお願いした。先生は頼もしくカッコ良く僕には神に見える。

暮れはショックでパニック状態だった。

しかし嘆いていても進まない。
戦うのみだ。


これから胃が欠如した人生になるので手術前に美味しいものを沢山食べさせてやりたい。

体力を蓄えておかなくては、痩せる結果は明白だから。

あとはブラック・ジャック(金平)先生に総てを委ねて生きるのみだ。
金平先生の病院は、他の病院とは違い
精神的に患者の家族の様な対応をしてくださる。
注射針を例にとれば、よそでは静脈が細いとか?言われ
何度も失敗されてアザだらけになっていた。
胃カメラも同様で、よそでは鎮静剤を使用したにもかかわらず
嘔吐、そして覚醒まで2時間もかっかった。
ブラック・ジャック先生の病院では鎮静剤も少量。そして家内は今回の胃カメラは苦しまなかった。
なにより、僕に伊藤先生みずから家内が安心する為にも胃カメラに立ち会う様に依頼して下さった。
実に素晴らしいテク。上手に検査をしてくださった。よその某センターでは気管に入れそうになったり?
嘔吐で服は汚れ放題?と大きな違い。

なんでもそうだが、ギタリストでも、同じ曲を弾いても全然、結果が違うのと同じ事!!ですね。

最上級は素晴らしい!!

美しい看護婦さんが、ポルトガル語を(おそらく急遽、勉強されたのだと?と想う)使って家内と話したのには驚きと感激。

エリカ曰く。「パパ、この病院、能力もそうだけど写真審査もあるんじゃない?」


私自身、今は気力充実!まずは家内を無事に健康体に戻すこと!

そして来年は家内の為にもそして心配して頂いたファンの為にも独奏会を開こうと言う意識が芽生えてきた!

優しい、想いをかけて下さった、皆様、に改めて感謝と更なるエールをお願い申し上げます。




2008年1月27日(日)
なさけ

プログに癌の宣告を書いて以来、門下生は一様に
気を遣ってくれている。私が触れない限りその話題には一切、触れないのだが
、平常心でレッスンをするほどに門下の心配が伝わってくる。

一時は、パニック状態だったが、勿論、門下の前では
平常を装い仕事に打ち込んだ。

今は現実に対峙して最善の処置をするのみだ。

幸いにも早期癌で転移もなかった。もしスキルスだったら?と
生きた心地がしなかったが。

今は神を呪う気持ちもなくなった。
あえて、やはり神に助けを請いたい。
門下はじめ、善意の心がエネルギーになって最良の結果になると信じている。

人の情けが身にしみた。

生きると言う事を改めて考えた。

演奏行為の意味が自分では確信が持てなくなった。
かつては、死ぬ前に、ビラ・ロボス全作品のDVDの実現と考えていたが、死んでしまえば、無に帰する。
死後まで、自己の足跡を残して何の意味が有るのか?と
厭世思考に陥った。

処世術も所詮は自己の出世欲からの行為。

音楽に関して自己を殺して社会常識や認識にあわせる生き方が
耐え難くなった。

真理とは何か?評価とは何か?
権威と言われる?者の評価にどれだけの意味が有るのか?

聴衆に好かれ聴衆に気に入られる舞台。
何か虚しく想える。

今は上手く伝えられないが心は閉じている。


2008年1月14日(月)
この世に神物はなし。

おりふれて全知全能の神が居るのなら
何故、世界の子供が泣いているのか?何故戦争は続くのか?何故、災害は後を絶たないのか?
と疑問と矛盾を感じていたが
今まで多くの困難を乗り越えて来たのも神?の恵み?かとも考え、つとめて追求しないで生きてきた。


しかし、去年の暮れに家内が胃癌と宣告され明確に神の存在の欺瞞を痛感した。

家内は幼い頃より、カトリック信者で正直一筋に生きてきた。常に、神を敬い祈り信じて、、。
その家内に何故、癌などと言う事態を与えるのか!

家内が、教会に行きたいと言うので近くに最近出来た?
教会を訪ねた。おそらく総工費何億?と言う壮大な規模の教会。

教会を訪ねると幸せに満ちた笑みで教会のメンバーらしき?
人々が話しかけてきた。「今日はもう終わりです。、、、
毎週日曜日10時から是非来てください。、、、」
しきりにメンバーになってもらいたいと言う態度。

私達ファミリーの心中など何もしらずに彼らの善人ぶった、態度と笑顔が
腹立たしかった。

帰宅後、その旨を家内に話すと「あなたが邪悪だから教会に入ると不快を感じたのよ?」
と言われた。ならば。「お前の全能の神は何故、邪悪な私とお前を結ばせたのか?それとも、
その罪を与えたのか?」と延々と話は続いた。

そのうちに、家内は、私との縁を否定する神など取るに足らない!と
考えを変えた。
そもそも、信じる者は救われて、信じない者は地獄に落ちる。
こんな思想は愛ではない。気に入らない者には報復するヤクザと同じだ!

神をとは個人、対、神、の一対一の関係だったはず。
それが牧師、教会と仲介が入り、営利に
走り宗教業?に変身しているのではないだろうか?
宗教を信じて幸せな人は自由だし否定はしない。
が、どの宗教も幹部は裕福で末端の信者は苦しんでいるではないか!

今度、キリスト教会に行って、彼らの「右頬をなぐってみたい?」
直ぐに、左の頬を差し出すだろうか?
否、即、警察を呼ぶだろう。聖書など神たるがいかに人類に無視されたかの結末記述であり、
最後に黙示録でこの世を総て終焉させると。
笑止!!自分で創造した人類を、自分の意に背く故に
善悪の配慮なしに全人f類総て終焉にする。我々は神?の玩具なのか?

ガンセンターの医者は簡単に全摘出で切れと言う。副作用もくそもない
慣れ切っているので感情も無い。即、入院予約の様な話し振りだが、
実態は即、手術に入ることは出来ない。

医は算術になってはいないか?

飲酒で殺害しても過失致死となり、また殺人を犯しても
死刑にならないこの世の中。

矛盾に怒っても仕方が無い。
自分の大切な者は自分の判断で最上の方法で
守るしかない。
暮れから正月と、自分を見失っていた。
しかし私がしっかりしなければ守れない。

日本の「ブラックジャック」を探して託したい。

今まで、家族とは、仕事一途に真面目に働き、経済的にも満足させていれば
十分責任を果たしていると認識していた。永遠に、この平凡な幸せも続くのが当然とも信じていた。
しかし、この事態に直面して、家族とは何かを痛感した。
うしなってから悔いても意味が無い。

何が何で有ろうと、私の想いと執念で
家内の命を守り抜く所存だ。

私は負けない。絶対に今回だけは絶対に勝たなくてはならない。


2008年1月10日(木)
人生

人生とは正に波乱万丈。
思いがけない事態に遭遇する。

去年の暮れから辛い哀しい試練が来ている。

この試練を克服したら、詳細を記すつもりだが、
今は精神的にギリギリの状態で日々、自分の仕事と役目を、過ごすのが精一杯の状況とだけ報告したい。

現在ブログ上で、とても平穏を装い、皆様に元気を与えるメッセージは送れない状態にある。
春頃、までギタリスト日記は停止させて頂く事をお許し下さい。

奇麗事ではなく、僕にかかわる総ての皆様の健康と幸を祈る気持ちは同じです。門下諸氏にお願いしたい。決してなにが起きているかは訪ねないで頂きたい。時期がくれば僕自ら報告します。

2008年1月10日(木)
人生
2008年1月10日(木)
人生
2008年1月7日(月)
写真

整理していたら、忘れていた写真が出てきた。
丁度10年前の仙台公演のもの。
歳月のタイムスリップに不思議な気持になった。
写真の中の時間はフリーズして二度と戻らないまま止まっている。
日本に帰国するか?迷っていた時期だった。
あれから十年、、。

普段はめったに見ない古いアルバムも急に懐かしくなりひっぱり出した。
遠い昔の、、
母のエプロンにすがって泣いている僕が居た。
昭和30年代の流行の髪をした、若い母がいた。

家内の子供の頃の写真も見つけ出した。
セピア色の世界。
7歳の時、親戚の赤ちゃんとのワンショット。
この頃は日本に住む事など夢にも想わなかった事だろう。
ブラジルの古き良き時代のノスタルジーを感じる。

人生の不思議。

写真は、、、

そっといつまでも、その一瞬を留めて
そして永遠に消えることなく思い出として残り続ける宝物、、。



エダイル中峰(7歳当時)
2007年12月12日(水)
年末

あと二週間程で今年も終わる。
お歳暮の時期になりいっそう、暮れを実感する。
先週あたりから、沢山、お歳暮が届いた。
毎年、私が、お歳暮を頂く立場になったのだな、とギターで生きてきた日々の実感。
門下の私の満足な気持ちが素直に感じられ本当に嬉しい。
毎回、レッスンで私の、タッチや奏法、を食い入るように真摯に学ぶ、門下諸氏。
彼らの音楽を愛する気持ちが伝わってくる。正直、レッスンはかなりハードだ。
各人のニーズに合わせて、一日9時間程。もう空きは無い状態。
終わった後はぐったりとなる。

しかし、それだけ自分も技術向上に繋がっている。
自然と最大限の知識を伝授したくなる。
音楽に生き、多くの門下生と音楽の喜びを共有出来る環境。
今年も充実した幸せな年を過ごしたと想う。

もっと、もっと、更に心に響く音を出したい。


2007年11月25日(日)
東京国際ギターコンクール

先週は、父娘による、挑戦だった。
娘は二次予選結果8位の成績で本選行きならず.
コンクール一位の経歴を持つ、そうそうたるメンバーも予選落ちしている。

父としては、満足。大人相手に良くやった。音楽的ダイナミックレンジなど私の指導どおり弾いた。しかし、コンクールと言う競技会では小さなミスも絶対にいけない。更に更に厳しく修行!メカに関しては200点のレベルまで習得しなくては。
中国のyou君の二次の演奏は正にその典型。強い。凄い。
嬉しかったのは帰りがけホール出口雑踏の中、、福田進一先生が、わざわざ、私を呼び止めて
「素晴らしい才能のお嬢さんですね!音楽が凄く良かったですよ。この才能を消さないようにお願いしますね。」と真面目に言って頂いたこと。
また田部井辰夫先生には最高点の24点を頂いたこと。
他にも評価を頂き感謝。
コンクールとは当然、評価が分かれる。
ネット上で娘の批判も見聞したがこれも注目されている証拠。
言論の自由、どうぞお好きにお書き下さい。
もともと、音楽、芸術に絶対値などスポーツの様に存在しないのだから、最後は好み。客観的に聞いているつもりでも
最後は好みの世界。
私は逆に、娘が参加しているので、他の参加者全員が素晴らしく聞こえて物凄く恐ろしいハイレベルなコンクールだとしか想えなかった。本選の曲を全員弾かせて、最終評価をしたい心境だった。
されどコンクールなのだ。
7位の松田弦君など2点差で本選ならず、さぞ悔しい思いをされた事だろう。
それでも彼は終始、にこやかで独特のヘアースタイルで悠然とそして堂々と本選を鑑賞していた。
6位ぎりぎりで本選出場の熊谷君は健闘、立派に二位獲得。

これこそコンクールの象徴。僅差で泣くもの笑うもの。それをどんな形にせよ、超えなくてはプロにはなれない。
言える事は、たとえどんな好みがあろうとも圧倒的ハイレベルを示せば平均値として入賞すると言うことだ。
コンクールのボーダーラインで、泣き言をいっても無意味だ。
13歳のエリカ。さらに肉体的にも強靭に教育して前進するのみだ。
エリカは来年の課題曲の練習を始めた。
親父もまだまだ頑張る。先は長い。

2007年11月7日(水)
運指

レッスンの度に想うのだが、運指の違いで音楽も演奏技術の難易度も大きく変わる。
既成の出版譜に時折、???疑問を感じる。
当然、各著者は自分の最上もしくは使うパターンを自信を持って記していると想うが。
バッハなど、フレージングを無視した、運指は頂けない。指の都合や慣習?でアクセントの位置が統一されず壊れた音楽になる場合はNG。
問題はそれを信じてそのまま盲従して無駄な労力を使ってしまう場合。
出版物は権威有る?から安心と言う流れで結果、悲惨な状態もありえる。
きちんと良い指導者に習っている場合は安心だが?
誤った?あるいは不適切な指癖の運指を強要される場合は悲劇だ。

解釈は千差万別。
しかし、弾きにくいものは舞台では決して
好結果をださない。
世の中。よくも、まあ、こんな形で出版出来たものだ?
とあせるケースも有る。
出版社も何を権威の基準にしているやら。

ギターの命は音色。美しくそして無理なくフレージングに合った流れを生み出す運指こそが理想だと想う。

教えるとは、それだけ責任が重いのだと再認識。

2007年10月24日(水)

朝夕はすっかり秋らしく、冷え込む今日この頃。
今年もあと二ヶ月少々。時間のなんと速い事か。
時間は明らかに伸び縮みすると想う。

遠い昔、ギタリストを志して、必死だった毎日は
日々がとても長かった気がする。
沢山のエユードをマスターしたものだった。
あの当時は左手、親指のコントロール理論に開眼していなかったので
随分、無駄な力を使っていた。
朝、起きると間接が痛くて仕方の無い

日々が思い出される。
楽譜には運指は有っても

左手、親指の指示はない。
この親指のポジションを把握すると

飛躍的に楽になる。ソルのエチュード、セゴビアNo.12.16など
その顕著な例だ。
現状では左手親指の体系的、教本はまだ見た事が無い。これは、曲の場合によって多様化するのでそのつど、指摘しなければ難しいのだ。
一般的理論に集約はしきれない。
門下にはその実技を指導しているので

僕の修行時代よりは、効率が良いはずだ。
根性だけでは解決できない物が演奏技術にはあるのだ。
ギターは一番難しくそして美しい器楽だと実感する。

2007年10月21日(日)
門下演奏会

昨日、門下ジョイントリサイタル無事終了。
のぎくプラザから連日で疲れた。出演門下の袖での精神コントロール(マネージャー役)、裏方も私が兼任なので
動き回り最後に礼奏と、私にちって非常にダイエット効果満点の一日だった。
天気予報は雨だったが、素晴らしい晴天。演奏会日和。
全員、自分の持ち味を出し切っていたと感じる。

更に明日を目指して前進有るのみ。

2007年10月19日(金)
のぎくプラザ終了

今日は、のぎくプラザでリサイタル無事終了。
会場は、より身近に音楽をのコンセプトでホールのエントランスのサロンコンサート。コンクリートの床に高い天井がヨーロッパの大寺院のような響きをかもしだした。
今までの出演者は皆さん総てマイクを使ったそうだが、打ち合わせテストの段階で私はマイクなしに決定。私は生音で絶賛を頂き満足。ギターってこんなに大きな音がするんですね!と会場のスタッフの皆様そして聴衆からも賛辞を頂戴した。
会場は満員で非常に上質のお客様で食い入るように聞き入って頂き、こちらも相乗効果でさらにイモーショナルな演奏が出来た。
二部で使った10弦も好評でレパートリーによっては効果的に
使えると確認。10弦の可能性はまだまだ深い。しかし当然ながら
長年付き合ってきた六弦は自分の体の様に自由が利く。
早く10弦もそうなりたい。
聴衆あっての演奏家。
今日は至福のひと時だった。
明日は門下のジョイント、最後に一曲弾く。
頑張らなくては。
のぎくプラザの、聴衆の皆様に心から御礼申し上げます。

2007年10月15日(月)
感謝

今日、ファンの方から日記再開ありがとうとメールを頂いた。
そのかたは都心にお住まいの方なのだが、遠路わざわざ、成東まで僕の演会に来てくださるとの事。

やっぱり、停滞していてはいけない。演奏会もっとやるべきだなと実感。
聴衆有っての演奏家だから、ファンの方の励ましが何よりの力となって良い音を生み出すのだ。

今の自分に更に磨きをかけて前進したいと想う。

2007年10月8日(月)
村治佳織演奏会

先週、6日(土曜)東金文化会館で、村治佳織さんの演奏会が有った。
私は、仕事で聞けなかったが、娘と家内は勿論、聴きに行った。
娘は私のクローンみたいで性格も好みも類似しているので私の感想もきっと娘と同じになると想う。
以下は、家族の印象より
「舞台に現れた彼女は、地上に降りたミューズの様にまぶしく美しかった。音も美しく。シャコンヌも目を閉じたままバッハに捧げるかのような完璧な演奏。もの凄いオーラと存在感。そして全曲ミスは全く無く、素晴らしい。天使の奏でるギターを聴いている夢の世界。」
と興奮状態で絶賛の連続。今までこんなに感動しているのは、あまり記憶にない。

聞けなかった私は残念だが、とても幸福な気持ちが伝わって来て嬉しくなった。佳織さんの演奏会はいつも即日完売で聞く機会がずっとなかったが、田舎の東金では前売り初日に買いに行ったのでチケットは入手出来た。
私は遠い昔、彼女が優勝した時以来、生演奏は聴く機会を得ていないが
CD、DVD、メデイアを通じて増進、成長、活躍ぶりは世評どおり十二分に実感はしていた。

終演後、娘が面会をお願いしたところ、長い演奏後にもかかわらず、とても優しくそしてエレガントに接して下さったとのこと。
娘は「パパ、佳織さんの手って細くて小さいのに、音楽は凄いよ!!上手くて綺麗で優しい!!」
家内も舞台、演奏、存在、容姿と総て文句のつけようが無い最高の芸術家!と絶賛している。

真の女王に他ならない。

今更ながら、私が絶賛するまでも無いのだが
敢えて、そして、改めて
「ギター界の天使」にブラボーと

   遠くから(笑い)叫びたい!!

私(おじさん)も、熱烈なファンになった。

2007年9月26日(水)
即・復活

冬眠(まだ秋だった)したつもりが、即、復活。
もう、先は短いので時間がもったいない。
先日は発表会が私の誕生日だったので、モチベーションアップで
最後に10弦ギターを披露した。
10弦公開演奏は人生、初めて。

今年、四月にオーストラリアまで行って手に入れた例の楽器。

ステージでは音のなんと伸びる事か!
単音だけでも切なさを主張出来る。
次元が6弦とは完全に異なる。

BCのサステイーンの長さ。
当日の録音からも如実に伺える。

来月の門下のジョイントでも最後に10弦で賛助出演の予定。

10弦は今まであまり良い結果を評価されていない様だ?
第10弦でメロを弾くと、コントラバスの様にまた重く切ない。
僕は特注の太いのを張っている。

過日の九月一日のライブよりゲルニカの一部、ビデオ公開しています。ダマンも太く鳴っています。
これからはメフィストメレスの様に一層、妖しい音を
10弦、6弦を駆使して追及していく。
人生いちどだから。自分が完全燃焼しなくちゃ、つまらない。

判ってももらえなくて良いと思い始めた。
生きるとはそういう事だ。
もう、そう簡単に傷付きはしない。



2007年9月10日(月)
冬眠

もうすぐまた新たに歳をとる。
色んな意味でこれからは寡黙をもっとーに生きたいと想う。
心を開けば良いと思っていたのだが、それは時と場合,そして相手を選ばなければならない。今更ながらに実感。

少なくとも以後、自分に後悔の残る生き方はやめたい。もう後、何年、生きられるか判らないのだから。

キザな様だが人生の淋しさを実感。

だからこそ、誇りある人生を作り、残さなければ。


日記は、しばし冬眠状態に入る。

自分なりに納得出来る成果が実感できるまで。
総ての人々の幸を祈って。

2007年9月5日(水)
武満 徹は、凄いのだ。

東京国際コンクールの課題曲、武満 徹作のフォリオス。
今まで正直、難解であまり好きではなかった。
レッスンで指導するにあたり、研究を深めて行ったが
今一???
たまたま、阿部公房 作の「砂の女」のDVDを見た。
非常に神秘的な作品の魅力に惹きつけられて一息で見終わった。そしてその間、映像と内容に完璧にマッチした音楽にも惹きつけられていた。
「フォリオスみたいな感じ??」と想っていたら、なんと、音楽は武満 徹。
映画の感動も手伝い、音楽がより身近になり、好きになった。

フォリオスを弾いていると、あの「砂の女」に込められた、深い哀しみと不安、孤独、などまさに音の絵画と言った表現。

やっと、武満氏の意味と真価が理解出来た。
僕は、今まで理解出来ないと言い続けてきた、ようやく理解出来た。

バッハも心底好きになるには時間が必要だったが。
今は胸を張って、バッハ同様、武満は大好きと言える。

これからの目標。
人の心に、深く入り魂を揺さぶる音を奏でる事。
音楽は学問で有っては、ならないと想う。

興奮を与えると、エンターテイメントと侮る傾向を感じるが舞台ではエンターテイメントで有りたい。
興奮、熱狂、夢をそして心のメッセージを送りたい。
かけがえのない人生だから。
ギターの能力を最大限まで表現して。
ヴァイオリン、チェロにも負けない表現も音圧も可能だと信じる。


2007年9月2日(日)
ゲルニカ成功!

昨日は、ゲルニカ初演、お蔭様で無事に成功。
素晴らしい弦楽の共演も嬉しかった。
音楽は当然、感情抜きには弾けない。少なくとも僕は弾けない。
今回の弦のメンバーは、僕個人としてとても好きな!音楽家達だった。ステージで音の引継ぎのサインも確実に受け取ってくれた。だから、とても好感度の高い雰囲気のステージだった。背中にクアルテットの暖かい視線とサポートを感じて緊張しながらも至福のひと時だった。。生のヴァイオリンは今更ながらに凄い。共演中、ギターと交錯する弦の美しい響きには、鳥肌が立ち危うく涙を見せそうになったくらいだ。
久しぶりに魅せられてしまった。
音楽の魂の共存を、弦楽、そして聴衆に感じる事が出来た。
自作のカデンツアも好評。

終演後、多くの方から、切ないメロデイーに涙が溢れたと言って頂き本望。
ピカソの反戦絵画・ゲルニカの意図が伝わった様だ。実に哀しく切ない美しい曲だと想う。
弦楽の皆様には、「豊かな響きと音量が有るのは何か特殊な弦でも使ってるのですか?」と聞かれた。
「普通の弦です。」と答えると驚いていた。
さらにはチェリストから「あれなら2000人のホールでも十分に聞こえますね。」と言って頂いた。 嬉しかった。
チェロ、ヴァイオリンのように太く甘く透る音を目指す私の方向は同じミュージシャンに、それもクラシック界の一級アーチストに認めて頂けたのだから。

娘のエリカも兼古先生のボッケリーニでカスタネットの責務を無事果たしてブラボー。
僅か数日の特訓でよくやった。ファンダンゴがピリッツとしまったと、これも好評。

更に更に上を目指して頑張りたい。

2007年8月29日(水)
カスタネット

今回の弦楽の夕べで
兼古先生はボッケリーニを演奏される。

先週末、急遽、三楽章のカスタネットを娘のエリカに担当するようにご提案頂いた。恐れ多くも?と言う感じだがご好意に甘えて、参加させて頂くことになった。

三楽章の後半の、わずか1分程。
ファンダンゴのリズムをフラメンコ用のカスタネットを両手に付けての奮闘?

昨日のリハの録音をたよりに特訓した。

おそらく舞台で一、二楽章と待機していざ弾く瞬間の緊張感は凄いものだと想う。
カスタネットは良く響くし。
エリカには、とっても良い勉強になると想う。


僕が遠い昔、天井人と憧れていた、
兼古先生の舞台に
僅か12歳ですんなり、脇役とは言え立てるとは。
強運な娘だ。

私も強運の親父として頑張る。

私の弾くゲルニカは、ピカソの代表作を題材に書かれた現代のアルゼンチンの曲。しかし前衛ではなく、はっきりとメロデイーが有り、美しくロマンチックな
カッコいい曲だ。


とくに最終曲の「レジスタンス」はロック風ブルースと言う感じだ。自作のカデンツアも加えて
中峰節を最大限披露する。

是非是非、ご来場くださいませ。

2007年8月28日(火)
リハーサル

紀尾井ホールで室内楽のリハーサルが有った。
素晴らしい弦のメンバーで実に幸せなひと時だった。それぞれソリストとしても活躍。HPでチェックしたら、ヴァイオリンの江口さんは11月に日フィルのコンマスに就任される。
皆さん流石凄いオーラ。
当日は素敵な舞台になると確信する。
素敵なメンバーを紹介して下さった兼古先生(今回はボッケリーニを演奏)にも改めて感謝。
門下の中には室内楽はゲストで私は独奏をするものと勘違いしている者もいて???だった。今回はギターをメインイに弦楽との美しいアンサンブルの会。まとめてこれだけ沢山のギター五重奏曲を聴ける機会はそんなに頻繁にはないと想う。
美しい響きを是非、お聞き下さい。

2007年8月7日(火)
大事故寸前

車検なので前から予約すみのデイーラーに納車に行った。
代車だから贅沢は言えない物の、あちこちぶつけた跡が有り、おまけに
運転席の窓が閉まらない。デイーラーがなんとか調整して閉まる様になったが、
何か嫌な予感。車内は吸殻の灰で汚れおよそ
良心的な態度には感じられない。まあでも、良いか?と我慢して家路についた。
車庫入れ時に、確認の為、例の窓を開けて
無事、車庫入れ完了。そして窓を閉めたその時。
爆音と共に窓ガラスが粉砕。ガラスの細かい破片が散らばり
右腕に、無数に刺さった!!一瞬何が有ったか判らなかった
が、すぐさま事態把握。出迎えに出ていた家内もガラスで足を切った。
幸いにも顔、手首、には刺さらず演奏には支障なし。
すぐさま、デイーラーに連絡。「すみません」の軽い謝辞。
体中にガラスの破片と粉がついているので、シャワー・。
それも慎重に、こするとまた怪我をする。
髪もすき櫛のような感じで洗う。
なんとか無事危機、脱出。
着替えて冷静になり腹立たしくなった。
もし走行中に起きたら大惨事!!にもなりかねない。
こんな、売らんかな主義のような所で車検など安心できるだろうか?

直感からキャンセル。もし所長ともども謝罪に来れば
許すつもりでいたが、とおりいっぺんの担当者のみの
謝罪。駄目な世界で怒っても得るものはない。即座に
車検専門業者に変更。
代車もなんと綺麗な新車。
軽だが、広くクリーンで爽快。
ダイハツのミラってこんなに広いのだとk族で感心!!女房が今の軽から買い換えたそうな雰囲気。上手にかわしてOK.
やはりサービス精神の違いと営業方針の

レベル差だ。だいたいリンカーンの代車に軽のそれもタバコ臭いポンコツとは人を馬鹿にしている。古くても清潔に掃除して誠意が有ればよいが。
販売用自動車とのギャップの大きさに偽善を感じた。ましてや余裕を持って予約していたものを。
担当者も私に対する優しさなど全く無い証拠だ。

人生の現実を再確認した感じ。

へたすれば今日も死んでいたのかも?
まだまだ生かされている。

余談だが、今はすっかりリンカーンに慣れて
大満足している。乗り心地は飛行機のファーストクラスの様だ。一時は買い替えなんて大損するところだった。
人間、手中の物の価値を見失う事が有るのが人の性。反省!!




2007年7月31日(火)
孤独感

今の私は、客観的には総て順調で幸せな状態と言える。
しかし、常に心の奥に孤独感が潜んでいる。
何故だろう?
池田満寿夫氏の「美の巨人たち」のドキュメンタリーを見た。

彼はピカソ同様、変人、奇人扱いされた時期も有った。
日本では長く認めらず海外で認められ一夜にして巨匠となった。
彼は限りなく美を愛し、極限のエロスを追及した。
卑猥と中傷されながらも真実を求める。
僕には理解出来る。この世で一番美しいのは女体のフォルムだ。
神秘の象徴。永遠の美のイデアだ。
池田は言った「娼婦を天使に昇華させる」
実に深い涙を禁じえない思想。

美に真実を求めれば求める程、孤独感、焦燥感はつのる。
この世に永遠の愛など有るのだろうか?

そんな日々、救えわれるのは、身近な人々の一瞬ながらも幸福笑顔を見るとき。
門下の菊池君、運命の出会いによって導かれるようにダマンを伴侶に迎えた。お母さまより、突然、息子に最高の楽器を持たせてやりたいとのご相談を受けた。
しかし、僕と同じレベルのダマンはめったに現れない。
しかし縁としか言いようが無い。

僅か三日後に、最上級のダマンが出現!!来たるべくして現れ、行くべき奏者の下に落ち着いた。
彼のたとえようも無い笑顔を見た時、僕も何か暖かく嬉しかった。

人生とは、僅かな輝きと喜びの為に生きる事。
明日も頑張って生きる。

2007年7月10日(火)
生きる

生きると言う事は楽ではない。
何故、苦しいか?
それは自己の価値感にふさわしく生きたいと願うからだ。
どうせ、生きるのならかっこ良く生きたい。
これは上辺の外見だけに拘るのではない。
男の顔は年をとるにつれ、その生き様が反映される。
イケメンでも卑しい顔。二枚目ではないが渋い魅力的な顔。
世間にはその例を探すのは難しくない。

音楽家とは?音を通じて聴衆にメーセージを送る。
メーセージとは?それぞれの聴衆の人生にそれぞれ
の解釈が有るのは自然だが、最低限、生きるエネルギーを与えたい。
演奏家の使命は半端ではない。弾く事に必死になり
完奏する事にのみ満足している様では
芸術とは言えないと想う。

WEBそしてメデイアの氾濫したこの時代。
ギター一本で、心を揺さぶる音を出す。
この年になるとジェラシーは一切さいない。神に誓ってない。

感じるのはメジャーと言われる者に納得できない。残念に想うことだ。ギターが時々、誤解されてしまう。
好みとか解釈の以前に、???世間とは何だろう?
と痛感する。マスメデイアも営利に繋がるものを
良しとしまた前面に押し出す。要はそのメジャー部落の一員にならないと
正当評価もされない。世間はブランドに安心し妄信する。

今まで私は自分をもう諦めていた。
しかし、諦めてはつまらない。
一音で心を捕らえられるのであれば、

世紀を超えていつしか理解される日は有ると信じる。

その為には、、、妥協する事無く、弾き続けるしかない。
帰国して9年たつが、隣町の成東は私の存在すら知らなかった様だ。
今年になりやっとお声がかかった。
マイナーだから仕方が無い。
しかし、マイナー=下手ではない事を証明出来る。
メジャー=名手でない事も。

体型は昔、独りぼっちになって、絞上げた時代、
丁度、協奏曲をオケと一晩に四曲弾いた頃に戻った。
あの、衣装で復活だ。

誰がなんと言おうが私に他ならない私の音、音楽を主張し続けるのみだ。
それが、たとえ生きている間にむくわれなくても。
この、報われるとは今風の、商業ベースの成功を意味する。
人生は誰も弁償してくれない。
ある音楽家の言葉だ。

素晴らしき哲学者で友人であり門下の寺崎氏の言葉が心に響く。
「芸術はお金をもうける手段ではない。」
「悩めるだけ幸せなのだ。アウシュビッツの時代は悩む余裕も無かったのです、、」
自己管理を極め、自分を誇りに想い、自らを愛せるように生きると改めてここに誓いたい。
少なくとも、私を愛し必要としてくれる人々の為に、、。

2007年6月27日(水)
眠れない

最近、熟睡出来なくなった。
要は老人になった証拠?
どんなに遅く寝ても早朝に目覚めてしまう。
もったいないので起きて雑用を始める。
登校する学童達のすがすがしい姿が目に映る。
こんなに汚れのない子供がみんな幸せな人生を歩めば良いのだが。
先を想うと楽観出来ない時代に胸が痛む。もっとも、子供世代からいじめなど
大人のミニチュア化した悪が芽生えている。

最近、感じるのは親のマナーの悪さ。
子供が暴れまわっても上辺の注意しかしない。そういった光景、いたるところで目にする。
自分の子供には超寛大な思考。私が小学生の頃は習う事に関しての緊張感と礼が存在した。

自己に甘く成長すれば、それなりの人生しか生きられない。
もっとも、政治家など良い年をして自己中心の典型だ。してみれば、今も昔も人間とは愚かな生き様を
継続しているわけだ。利己主義が得する世の中の様に流れている。

それでも、まともな正義も有ると信じたい。
信じなければ芸術家として生きていてつまらない。
何故なら芸術は商人ではないから。

音だけは真実を露呈するのだ。

しかし、音楽までもブランド志向で先入観で聞く傾向も少なくない。

自分の人生、自分の尺度で判断しなくて誰の為の人生だろう。
ましてや芸術が商業ベースや音楽家になりそこなった評論家に扇動されては悲劇ではないか。

2007年6月17日(日)
遠い詩集

今日、部屋を整理していたら、遠い昔の僕が14の頃、から書き溜めた詩集が出てきた。
すっかり忘れていたが、当時の時代を反映して厚い表紙の製本された様なノートにペンで実に綺麗な字で当時の僕の想いがしるされていた。
いずれ、HPで若き日の詩集として公開予定。

我ながら研ぎ澄まされた感性とセンチメンタリズム。
やはり今の音はなるべくして、訪れた音の具現化だと想った。

幼き日より、厭世思考に支配されている。
だから、あまり楽しいめでたい曲は好きではないのだ。

公開準備中。ご期待下さい。

2007年6月14日(木)
朝の風
今週は池袋は休みなので早朝に走る。
 正直、けっこうきついが、折角ここまで来たのだから根性だ。
東金の景色も手伝って頬をなでる風が

僕を感傷的にさせる。
今日まで何度となく悩みながら生き抜いてきた事か?

生きるとは?老いて死ぬ定めは明白だが、それでも夢に向かって生きる。
イエスが万人に愛と幸を与えられなかっのだから
最小個人のギター弾きの人生なんて知れている。
悩める弟子をなんとか救いたいが限界が有る。
僕は神ではないし、神ですら万人を救えなかった。

最近、非力とは言え、一度、弦を奏で始める、別世界にトランス出来る様になった。
即興で止まることなく音が溢れ出す。
かつての人生が走馬灯の様に心をよぎりながら。

よく若いと言われる。
嬉しいがその言葉にふさわしく生きるのも決して容易ではない。

生きるとは拘る事。
生きるとは悩む事。

生きるとは、進む事。
芸術を選んだからには、休みはない。

でも、何か癒しの休みを見出さないと
破裂してしまう。
正直、若い頃より良く働くと想う。
年をとるほどに
時間が惜しいのだ。
私の葛藤など宇宙レベルでいえば、
小さすぎるものだ。


近頃、特に感じる虚しさはなんだろう?
仕事も人間関係にも恵まれているのに、、

或るインテリな弟子が言った。
「先生、悩めるなんて贅沢ですよ。ナチ収容所では悩む余裕もなかったんですから、、」
如意!!
しっかり天命を生きなくては。
2007年6月12日(火)
一流の技術

今まであまり満足出来ないまま、カットサロンで髪を切っていた。
いつも、切る前の相談と仕上げに大きな差。
美容師は切るのが好きなようだ。いろんな美容師を変えてみたが
一長一短。最後には貴方の髪質がむずかしい、だって。
先日、我慢の限界でまた切りに行った。
ふとみると、料金表に、デイレクターズカット
5800円と少し高い表示が有った。訪ねると
店のオーナー自らカットするそうだ。度かが違うの?
技術と経験とセンスとの答え。ではそれでお願いします。

手際よくカッコいい系のマスターがカットしてくれた。
「うん、素晴らしい。満足だ。」心でそうつぶやいた。
聞けば鋏も最上級の物を使うそうだ。

ギターも同じだな。

今更ながら当たり前な事を再確認。
技術料は当然格差が有る。良い技術は高くてしかりだ。

単純なブランド志向とは異なる。技術は良いものでなければ良い結果は得られない。
少し高いが彼に切ってもらってから、毎日、整髪が楽だ。
カットがベストだから、ブローでごまかす必要はないのだ。

お金の節約は必要だが、場合を選ぶ。
洋服は安売りでも着こなせばかっこよく見える。
しかし髪型、音は、結果が現れる。
良いものは良い。違いの判る男!!
なんかの宣伝みたい。

衣服。装飾品等はブランド志向はない。

楽器と美容師は一流でなければ。
そう、それに、教師も同じだ。



2007年6月11日(月)
プロ。

プロ志望の門下が暮れに或る地方のコンクールを受ける予定でレッスンを継続している。
彼は更に来年の東京でのコンテストも目指している。
今まで門下の自主性を尊重し、極力指図は控えて来た。
しかし、みすみす勝算の無いものに参加を許可しては師とは言えない。

宝くじ的発想、万が一、上手く行けば?賞が取れるかも?
この発想の参加者がどのコンテストも殆どだろう。
上位入賞メンバーは実力を持ち出るべくして出たもの。
優勝する者は初出場、で確実な実力を見せ付けて優勝を持って行く。
 「今の時点で殆ど弾けていないものが、どうして数ヶ月で優勝出来るのか?」
物理的にも焦点を来年のコンクールに絞って頑張るべきだ。」と今回は提言した。
芸術は短期速成など有り得ない。
今の人は直に結果を求めたがる。ダイエットにしても、語学にしても、
ましてや芸術など永遠の求道。

自己管理の出来ないものは優れた音楽家になれない。
出てくる音に、言い訳はいらない、意味がない。
言い訳して、それを認めて慰めてもらって、その場で一時的に居心地が良くても結果は停滞だ。
進歩はない。むしろ後退かもしれない。

私は,いやしくも、それで飯を食いたいと言ってる弟子には妥協出来ない。

ところが今の時代本当の事を言うと歓迎されない。
しかし、親身になってるからこそ、本音で言うのだ。
ギターが本当に好きなら死んだ気になって努力しているのか?
東京国際の一位のレベルを思い出してもらいたい。
強靭なテクニック、そして確固たる音楽性。
プロになると言う事はそれだけの覚悟と忍耐と学習を実践する根性がいるのだ。
楽器に関しても学習に関しても妥協していては駄目だ。
何か勘違いしている。楽器を弾くのは自分なのだ。高いと思えば自らその高額な楽器を弾くに値しないと、自己を落としている事になる。価値感、感性の相違だが、判らない人間は仕方がない。
自己投資を否定していては、初めから自分の将来、芸術を限定否定している事に他ならない。
かけがえのない人生、自分で自分を大切にしなくて誰が大切にしてくれるのだ。
だれかが、何とかしてくれる?なんとかなる?では、先は見えている。

自ら道を開かなくては勝利はないのだ。


2007年5月29日(火)
カルロスボネルとの二日間

先々週の土日、(19.20)と演奏会、マスタークラスと二日間カルロス・ボネルの芸術と人柄に知る時を過ごした。
演奏会は盛況で正統的な端整んな演奏そのもの。
スペイン人ながら幼少よりイギリスに移住したためか?音楽はヨーロッパ的なものだった。流石、世界的レベル。
安心して音楽を聴くことが出来た。
終演後、初めて面識を得て、酒を酌み交わす事が出来た。
「何がお好きですか?」と訪ねると迷わず「日本酒の熱燗。お前は日本人とは思えない。ラテンそのものだよ。日本語上手だね?!」と、ジョーク交じりに鋭く私の性分を見抜き、楽しいひと時を家内と娘を交えて過ごさせて頂いた。
正統派の音楽とは対照的に人柄はラテンそのもの。人懐っこさとユーモアと優しさ。
カルロス氏はスペイン語で話が出来て初めての異国、日本で(性格にはポルトガル語とスペイン語の混じったポルトニョル)を聞いてほっと安堵感を得られたのだと思う。
カルロス氏は人間的に暖かく、決して威張らない。そして気配りも完璧。女性にも男性にも好かれる事、間違いなし。
打ち上げの帰り際には料理店の店主にまでみずから優しくお礼の挨拶を述べていた。

翌日、昼食も共にしてから
マスタークラス。

非常に愛情のあるしかし、妥協のないレッスンだった。
受講生7人すべて満足した事と思う。
娘は生まれて初めて私以外のレッスンを受けて、物凄く緊張したようだが、良い体験と勉強になった。

彼の帰国前日、自ら「ヒデオ今から、さよならパーテイーに来ないか?」との電話を頂いた。
残念ながら、予定を知らされていなかったので、地理的にも時間的にも遠い所に居て行く事は叶わなかった。
電話で、行けない理由と、お礼。良い旅を!との別れの挨拶を交わした。家内に電話を代わると、「どうしてもヒデオは来れないのか?ケ:ペーナ(残念)」と再三誘ってくださったそうだ。
優しき愛すべき巨匠、カルロス。

日本に美しい思い出と芸術の香りをしっかりと残して去って行った。

いつかロンドンに行ったら再会しよう。


家内・カルロス・エリカ

マスタークラスで。

エリカとスペイン語で語るマエストロ。
2007年5月17日(木)
カルロス・ボネル演奏会

今週の土曜は巨匠、カルロス・ボネルの演奏会だ。
思えば今から二十数年前、輸入レLPコードで
初めて彼の演奏を知った。当時、「椿姫の主題による幻想曲」は彼がファーストレコーデイングだった。
当時、使用楽器はジョン・ウイリアムス同様フレタで、その影響で甘い音に憧れて僕もフレタを長く使ったものだ。
今はカルロス氏はジョン同様スモールマン。
僕もやはりスモールマン系の楽器も使っている。
時代のニーズでコンサートホールのライブにはより、
仕事をしてくれる楽器。それがスモールマンを筆頭にオーストラリア系のアーチドバックギターだ。
僕の門下も二人、スモールマンを愛奏している。

初めて聞いて感動したLPを更にグレードアップした演奏に期待が持てる。
オーストラリアから帰ってまだ疲れが残っているが
、爽やかな清涼剤となる演奏会に期待がつのる。
人生とは限られた時間と、限られた空間の中での出会いだ。
音楽も楽器も人も同じだ。縁がなくて認識出来ないものは、その運命の流れで過ぎてゆく。
これは仕方が無い。
だからこそ、巡り合えるものは、人も音も、総てを大切にしたい。そうして精一杯生きても、十分とは言えないのだから。
だから、自分が触れ合う事は総て大切にしたい。
自分を中心としてギターに関わる門下には、無力な自分だが、僅かな些細な事でも良いから喜びを与えられたらと心掛けている。たとえ、それが虚しい独り芝居であったとしても。ギターを愛するから
ギターの喜びを提示しなくては、、。

2007年5月9日(水)
オーストラリア・ギターの秘密

連休は体調不調(旅の疲れ)と雑務の中であっという間に過ぎてしまった。
昨日、医者に行って薬を処方してもらいどうにか
復帰??
スモールマンタイプのオーストラリアのギターをじっくり鏡で内部を観察してみた。
一様にサウンドホールを境にブリッジ側は異常に薄い。(光で透けて見える)
指板側は標準的な厚みに作られている。ポンポン鈴の様に音が飛ぶのは太鼓の原理だ。当然、ゴルペをする時は場所を選ばなければ後の祭りだ。スモールマンは凧をあげていて、その骨組から、ひらめいたアイデアがワッフルバーだそうだ。
超極薄の表面板をがっちりとした、ヴァイオリンの様な曲線を持たせた厚い裏板アーチドバックと更に硬い横板で反射をストレートに伝える。
だから独特のコントラバスの様な野太い大地の響きが感じられる。このアーチドの曲線が製作家により微妙に違いまた美しい。このアーチドの秘儀を解明しないとワッフルの表面i板だけコピーしてもスモールマンの音にならないのだ。
ダブルトップの王、ダマンと互角に鳴り響く。
それもまだ生まれてまもない新作なので将来が末恐ろしい。
構造上、裏、横が、がっしりしている為、音色変化はダブルトップに比べると少し難しい。しかし13フレットダブルトップのデッドゾーンも明快に鳴る。
だがタッチも微妙にコントロールが必要。
現地製作家の意見としてスモールマンタイプは従来の伝統楽器のタッチで弾くと音が
鳴りきらない。その為、単純に試奏して、ダイイ一位印象で駄目と見切りをつけるケースが多いという事だ。
また初心者からいきなりスモールマンタイプだけを弾いていると今度は逆に伝統的甘い音が出せないケースが多いそうだ。
してみると、私はかつて伝統名器に悪戦苦闘しながらタッチを鍛えその上でスモールマンタイプにたどりついた。
そしてその独特のジャストミート(脱力)奏法を獲得したので理想的修練をたどったと言える。
私に習い、フレタを経由してダマン、スモールマンと
芸術追求の王道を行くあっぱれな門下がいる。
彼は入門時とは見違える様な進歩と成長をなした。
身体的運動能力による、速弾きは限界は有るも、確実にギターの真髄の音を習得している。ジョン・ウイイアムス、カルロス・ボネル両巨匠もフレタからスモールマンに持ち替えている。
楽器の能力を見抜くのも才能だと思う。


左から
私。人気製作家ガナック。リック(2mの長身。)


ポール(チャールトン・ヘストンに似てる?)
(彼も長身。私176cmがちびに見える・笑い)
2007年5月1日(火)
楽器

オーストラリアから帰ってまだ疲れが残っている。
年を取った証拠(笑)。ふりかえると、つくずく
楽器は現物を見てからでないと安易に買えないと再認識。
日本ではメジャーでも、期待に反していまいち??な作品品が見られた。

同じブランドでも一本一本、違う。製作家は丹精込めて作るのに結果は違いが出てしまう。兄弟でも優劣が出るように?当然、納得の出来の良い子を連れ帰った。

質と在庫の数は日本の専門店は世界最高レベルではないだろうか?

国内にいながら世界中の名器達の中から自分に合った楽器を選別出来るのだから
日本は幸せな環境だ。

オーストラリアはスモールマン筆頭にアーチドバックの本場。即、良いアーチドバックに巡り合えると予測していたが、そう簡単ではなかった。

町の専門ショップですらコンサートレベルの楽器はスペインのラジャ、くらいしか置いていなかった。
ショップの紹介の紹介を頼りに日本の20倍もの広い国を探し求めた。
飛行機、汽車、レンタカーとスリルに満ちた旅だった。
しかし、根性?意志、求める者は必ず報われる。
信条どおり、トップレベルの若き名工に出逢い、私の演奏を認めてもらい、生まれたばかりの凄い作品を持ち帰る事が叶った。我ながらよく頑張ったものだ。
短期間に弟子に頼まれた楽器も見つけ出したのだから。
師匠の面子とプライドにかけて探し吟味・厳選した。

弟子から200%の満足を確認出来て本望だ。あたりまえだが、他にも私が出逢っていないだけで恐ろしい名器が世の中には存在するのだろう。
しかし、人生の行動範囲にも限界が有る。これを運または運命というのだろうか?
いずれにせよ、強運の中に生きられる人生に感謝だ。
益々、前進有るのみだ。


スモールマンの奥義の
真の伝承者・リサジェン。



ブルー・マウンテンにて




2007年4月27日(金)
帰国

オーストラリアから無事帰国。即、またレッスンだ。
ハードだったが収穫は大きい。現地でもスモールマンを筆頭に
アーチドバックは評価は高く、入手は困難だった。
一般的な楽器店では伝統的なノーマルなタイプの楽器しかなく、コンサート用のアーチドバックは製作家か個人のコレクター等を探すしかなかった。
またスモールマンは今回は不在で会えなかった。
彼は演奏が気にいれば、一般顧客とは別に優先的に自信作をまわすそうだ。
職人気質から言えば至極当然。作る側からすれば、名プレイヤーにステージで弾いてもらってこそ、報われると言うもの。またそれが一番の宣伝にもなる。

スモールマンタイプで物凄い新作に出逢った。スモールマンに多くのアドヴァイスを得て彼なりのアイデアを入れた21世紀特別モデルだ。
当初、これはデンモンストレーション用の最新作で売れないと言っていた。
でも弾けば弾く程、良い楽器だった。
演奏会の二日後、再度、彼を訪ねると、「あなたは良いプレイヤーなので譲りましょう。」との展開。
ラッキーな出来事。迷わず購入。邦人ではまだ誰も使っていないそうだ。
アーチドバックで、どメジャーなマーテイーと弾き比べたが、より甘くパワフルで弾きやすかった。
わざわざ、行った甲斐が有った。
今回、実は昨年オーダーした製作家ロックが入金後、12月から音信不通なので、解決の為の渡豪だった。
行って見るともう彼は引越していた。また05以来、製作はしておらず明らかに計画的詐欺だった。
今回、つくずく、面識のない製作家との取引は危険が伴うと学んだ。
昔、日本でミュージックピープルと言う、いまいましい、業者にハウザーUを依託販売して、詐欺まがいの計画倒産で騙し取られた事が有る。それ以来の失敗だ。
オーストラリアのギター界も僕にたいして恐縮していた。世界中、どこにでも悪と善が有る。ロックのギターの評判はすこぶる悪く、ウエブのイメージからは想像もつかない。ウエブはバーチャル空間だから、人格とは一致するとは限らないのだ。
人生、いろいろだ。失敗を想い続けても前進しない。
今回は新たな人脈等、大成果を得たのだから。
全く観光する暇も無かった。

演奏、交渉、ホテル、休憩だけの繰り返しの連続だった。
物価は東京よりも高いかった。水が3ドル。
初日はついポルトガル語が出てしまったが二日めくらいから英語にコントロール出来様になった。
神風精神で日本ではそう簡単にみつからない名器3本持ち帰った。
だから、とても疲れた。、、、
充実。満足。


2007年4月6日(金)
入学式

今日は娘の中学入学式。
少し肌寒い体育館に沢山の若人が集って、
何か凄いエネルギーを感じた。
世の中は永遠に受け継がれるのだなと実感。
人生の素晴らしさを感じた。
私はと言えば左肩脱臼の後遺症?ドクターストップ。
7月の演奏会はキャンセル。結構キャンセルの方が勇気が居る。
しかし、頑張りだけで不完全な状態をさらすわけにはいかないので。
9月のゲルニカ初演は絶対復帰で完奏します。
オーストラリアの勢作家とトラブルの為
急遽、旅立つ事にした。約、一週間だが、左肩休養を兼ねて
単身行って来る事になった。オーストラリアは初めての訪問。また新しい発見が期待できそう。
出発は再来週だが楽しみだ。

2007年3月30日(金)
脱臼

最近、左肩がどうも重く、いつも痛みで目覚めるので
医者に行ってみた。レントゲンの結果、脱臼してるそうだ。
それも最近ではなくかなり前から。症例としては現代では頻繁に見られるとの事。
昔は手術をしたそうだが、今はしないで自然治癒を待つのが良いと言われた。
どおりで、痛かったわけだ、、、。
この痛みと上手に付き合って対処するしかない様だ。
痛み止めの注射をしてもらった。
明日は門下のジョイント。最後に一曲だけ私が弾く。
相変わらず舞台の前に怪我をしている。
頑張らなくては。

2007年3月18日(日)
発表会

今日、無事に第16回の発表会を終えた。
自由参加なのでいつも門下の3割弱の参加だがそれぞれに進歩が見られた。
音楽は正直なもので、必ず精進の結果が現れる。
ミスが有っても音楽的修行の形は見えるものだ。
客席最後列から客観的に門下を聞くのは楽しく嬉しい。
レッスンだけでは把握しきれないレベルでのタッチの良し悪しが如実に現れる。
さらに恐ろしいのは楽器のレベル差だ。
名器はやはりどうしようもないハイレベルな音を持っている。
値段はやはり伊達ではないなと再認識。根性で名器を所有するのも才能の現れ。
芸術を志すからにはあらゆる面で自己をベストの状態に持っていかなくてはならない。
舞台では唯一の味方は、音楽の伴侶たる楽器だけなのだ。

ヴァイオリニストがストラリヴァリを持つのは一流を目指す者の定石。音楽芸術とは厳しい世界だ。


2007年3月16日(金)
卒業式

今日は、春の気配と言うより冬に逆戻りした様な寒い日。
娘の小学校の卒業式。娘は風邪で体調最悪ながら、
卒業式なので根性で列席。多くの児童がインフルエンザで高熱ながらも
やはり列席していた様だ。久しぶりに若い児童達を見て
爽やかなそして初々しい未来の光を感じた。
みんな、日本的古式にのっとり、逐一、起立、、礼、着席に従順だった。
まじめできびきびしていて良いのだが、何か戦前の軍国主義の時代を少し思い出した。
もちろん学校には、そんな大意はなく礼儀正しく行ってるのは理解出来る。
僕の時代のように代表が総代で受け取るのとは違い、各人一人一人に、卒業証書を授与するので全員実感として卒業を感激していた様だ。
昨年暮れに、お母さまをなくした、隣人の児童も元気に卒業。
お母さんに見せたかっただろうなと、胸が痛んだ。
卒業アルバムの娘の文を読んだ。
最近、ギターが心から好きに成ったと書いてある。
そして、六年間で嬉しかった事を三つ揚げる項目が有った。
一つは、東京国際ギターコンクール優勝者のメン・スーちゃんの演奏を聞き
スーちゃんと一緒に写真を撮ったこと。
二つ目は、ヤン・シャフェイのリサイタルで、ヤンちゃんと記念写真を一緒に撮った事。
三つ目は父(この私)と一緒に過ごした事。こんあ当たり前の事が嬉しかった事と三番目に掲げている。
思わず目頭が熱くなった。
いつも厳しい親父に

娘は愛情を感じているようだ。
ただ一人の娘の為にも、まだまだ頑張らなくては。

2007年3月14日(水)
東金で荘村氏と山形由美さんを聞く

今日は有り難い事に自宅近くの東金文化会館で
荘村清志氏とフルートの山形由美さんのコンサートが有った。
1500人以上の大ホールで、ギターの音はしっかりとふくよかに
そして叙情的に響いた。思えば遠い少年時代、イエペスを知りその後日本のスーパースター荘村氏に憧れて私はギタリストになってしまったのだ。
昔の溌剌としたかっこ良さ健在で実に素敵なコンサートだった。
僕が一番嬉しかったのは荘村氏の音が甘く、憂いに満ちて以前にもまして巨匠マエストロの域に達している事実だ。これはお世辞でも社交辞令でもない。
年輪を重ねて益々、極めるという芸術家の理想だ。そしてやはり舞台でなんといってもカッコ良いのだ。

僕もまだまだ頑張ろうとファイトがみなぎって幸せのエネルギーを貰った。

フルート等とのデユオは体験的に満足したコンサートは殆ど無かったが
今夜のデユオは実にエレガントなアンサンブルだった。
フルートは甘く優しく美しい(ヒステリックでない)透る音
またギターは力みは全く無く、しっかりとした存在感のある音。
音量は互角。今夜はアルカンヘルを使用されたそうだが、
名器はやはり名器だと実感。あたりまえかもしれないが、名人どうしがアンサンブルをすると素敵な世界が生まれるのだ。
いつもは陳腐に聞こえるジュリアーニのソナタも美しかった。
兎に角、久々に聞いた爽やかなコンサート。行って良かった。
コンサートとはこうでなくちゃ!と再認識。
ビバ!マエストロ荘村清志!!

2007年2月13日(火)
ビジネス

ある人から儲け話があると言ってセミナーのビデオを渡された。
胡散臭いと想いながら我慢して内容を見ると
マルチ商法的なネットワークビジネス。
ただし違法な登録料等は取ってない様なので
まだ健全かも?とは想ったが、私にはセールスマンは出来ない。向いていない。
そもそも、ねずみ講的なシステムは最後に限界が出て破綻が起きる。

しきりに勧誘されたが、「時間の無駄です。どんなにいい内容であったとしても僕には向いていません。」
と,きっぱり断った。以前、或る宗教団体に脅迫の様に集団で入信を迫られた時も毅然として断ったのを思い出す。
「そんなに素敵な神ならなぜグルーープに所属しないと、ご利益を得ないのか?」と聞いて終わりだった。

ギターを指導するレッスンはセールは通用しない。
習う側の意志がスタート。
だからこちらから営業しても無意味。
じっと実力と状況を固めて自分の存在をアピールして待つしかない。
唯一の宣伝は演奏活動・実践だ。

うちの門下の多くは演奏会またはHPから僕の演奏を確認して入門した
マニアックが多いが。中には場所が便利だからと言う
だけで入門した門下もいる。私は権威とか、威張る事が大嫌いなので、努めて優しく門下に接している。
その為か教師としての顔と演奏家としての顔には多くの開きがある様だ。

私の演奏会を入門後に直接聞いた門下は、「これほどの奏者とは知らなかった」
と異口同音に言ってくれる。

これも世の中。当たり前だが、こつこつと、死ぬまで音楽を弾くしかないのだ。
音楽家が逆立ちしても企業家に比べれば稼ぐ額など知れている。
芸術は商売ではないから。
企業家は不思議なことに末端の従業員の努力の上に膨大な利潤を吸い上げている。自由経済に存在する理不尽は依然、過去と同じ様に見える。
奇麗事を言っても所詮、金力で虚像も実像に出来る世の中。
毎日、もしビデオクリップで天才と祭り上げてTVにオンエアーすれば標準レベルを持っていればまず、天才のイメージは作り上げられる。
ニュースもいつも盲目的に信じているがどこにその保証が有るのだろうか?
怖い時代だ。

2007年2月6日(火)
小春日和?

今日はとても暖かくまるで春の様な錯覚を起こすくらい風が心地良くほほをなでる。
門下ジョイントのチケット、チラシが届き一息。

毎日毎日が慌しく流れすぎて行く。
そろそろ九月のコンチェルトに取り掛からなければならない。
まだ体調は今一だが明日からレッスンだ。
頑張る。

2007年2月2日(金)
父娘演奏会ライブビデオ公開

今日も、風邪で微熱が続き気最悪の状態。
生まれつきの貧乏性?で寝込んでも居られず過日のコンサートの一部をHP
でビデオ公開。とても疲れた。これで少しはまた演奏を聴いて中峰秀雄を、認識して貰えれば幸いなのだが。
演奏家は聴衆有ってのもの。プロモーターがいない最弱小個人の僕としてはネット配信しか術は無い。
招待しても興味の無い方、また先入観で「中峰旨いはずが無い」と!想う方は絶対に聞きにこない。

興味本意でも、ビデオを見て貰えば判ってもらえるはずだ。


娘のエリカも以前の10歳当時のビデオから二年経ち、成長を見せているので
是非、ご覧下さい。私の=娘のタレガが理解出来ない人も去年の世の中にはちょっと?居た様です??

まあ!そんなマイナス要素の事象、集団は、一蹴して前進、前進。たかが、、、、協会だ。くそくらえだ!ちょっと下品で失礼。(笑い)
私は今後も信念を持ってグローヴァルな自分の信じるスタイルで行く。

元旦生まれのネコちゃんはすんなりと、素敵な飼い主が決まった。

今日はこれで、しんどいので寝ることにします。

皆様も風邪には気をつけてくださいませ。健康有っての人生ですね。

2007年2月1日(木)
ダウン

昨日、レッスンを頑張り終了後、寒気がして。
今日は医者に行った。熱が有る様で。
ダウンしてしまった。来週までに元気ならなければ、、、。

2007年1月31日(水)
好評

1月二十日の演奏会からはや十日近く過ぎたが
門下諸氏より事の他絶賛して頂き、嬉しい限り。
これはお世辞ではないと実感出来る。
ちょおおと風邪気味で疲れているが。

こうなると次回が更に期待に沿える様に頑張らなくてはならない。
しかし、演奏会のために練習したお蔭で指はすこぶる快調。
やはり実践現役で居なければ演奏家としての水準は保てない。
しんどくとも演奏会はやらなくてはいけない。
と同時に弾く喜びを感ずるようになった。

私の味方、そして門下、同士の為にも前進有るのみだ。

2007年1月27日(土)
変更

各方面からの助言により、父娘によりコンサートは6ヶ月周期に変更。
当初は三ヶ月の予定だったが、集客、チケット等を考慮してまたより完璧な演奏をする為にも
6ヶ月周期に変更決断!
次回は7月21日となった。3月は発表会と門下とのジョイントと、相変わらず忙しい。
しっかり頑張って皆様の期待にそう様頑張ります。
今日また新規に門下入門。喜ばしい。
更に更に前進。

2007年1月25日(木)
竜宮城

昨日、ホテル三日月竜宮城にてストレス解消。
ブラジルから遊びに来ている親戚がもうすぐ帰国するので
日本の温泉スパを紹介しがてら、、。
アクアライン木更津のインターをおりると全く何も無い
殺風景なローケーションを進むと海岸にまさに竜宮城が有った。

冬にも関わらず屋外の露天風呂から見る、夕日。そして夜の遠い町並みの
かすかな灯り。黒い海に浮かんだ宝石の様だった。

水着をつけての温泉ゾーンでは恋人達、小さな赤ちゃんや、子供を伴っての家族、などなど、みんな微笑んでいる。
戦争、争いとは無縁の空間だった。
幸せに満ちた、光景を見ていると心が暖まる。

私も音楽でこんな、暖かさを伝えられたらと想った。

一日中、何も考えずというよりは、パソコンに触れず仕事をしない、状態ですっかり疲れがとれた。
今日からまた第二ラウンド開始。発表会、門下とのジョイント、他、演奏準備。
人間、働き通しでは駄目だ。たまには楽しまないと。

再度、屋外のコーヒー風呂につかり、水平線に並ぶ
町灯りと澄み切った空の三日月をみると
不思議な気持ちになった。

2007年1月23日(火)
多忙

今日は晴れ。すがすがしい空気。
三月の発表会と門下ジョイントそして次回4月演奏会、それぞれの印刷関係の
原稿つくりに忙しい。休む暇もない。総て一人でやるから仕方が無い。
忙しくて潰れそうになるが、まだ潰れない。
人生、悔いなく過ごすには毎日が隙間なく生きるしかない。
娘とそして愛弟子の為の道を少しでも切り開いておきたいから。
3月の門下のジョイントは、会場アクセス、楽屋等の問題から
北とぴあのつつじホールに変更。こちらは、立派な演奏会場。
ステージ袖もきちんとあるし、モニターも完備。
複数の奏者の連結に便利だ。旨い具合に空きがでたのだ。
今年は早々、演奏の年だ。正月休みぼけは、する暇が無かった(笑い)

2007年1月22日(月)
感動の余韻

演奏会は実に至福のひと時だった。
弾き終わって後味の良い、今日ビデオを見てみた。
想ったほどMCも悪くは無い。娘のお辞儀を教えなければ。
演奏は合格と言うか感無量。
HPでビデオ配信しますのでしばらくお待ち下さい。
当日は心のこもった、お花を本当に山ほど頂いた。
どうして持ち帰ろう?と悩んでいたら外人の女房が
「あなた、宅急便お願いします。全部、大事に持って帰ります・」
と日本語で、、。これは名案。早速ステージ用に頂いた大きな花の箱に
総てお花を詰めて、一件落着。今、自宅の部屋中に花が香って素敵な空間になっています。
皆様、本当に有難う。そして数々のお菓子のプレゼント。これも
部屋に山積みになって。どれも美味しい。
気をつけないと太ってしまう。
今回は本当に人様の情けが身にしみた。
と同時に言葉に責任を持たない人間の存在も再確認した。
絶対に行く、。楽しみだなどと散々言っていても
来ない。チケットを買いながら理由が有って来られない方は当然しかたがない。
むしろ恐縮してしまう。
ただ僕は、けっこう、よく言えば繊細、悪く言えば根に持つ人間。
一度ならずも再三、僕に対し嘘を言った人間はもう信じない。
まさに自然淘汰だ。ファンを大切にするように不誠実な相手には
こちらも心を開いてはいけない。
その場しのぎの嘘で生きると最後は誰にも相手にされなくなるのに。
そうなるまで気がつかないお馬鹿さんは結構いるようだ。
日本人は大和魂の仁義を失ってはいけない。
私は本物は命をかけても守るが、偽者に命を捨てる程
馬鹿には成りたくない。
こう言う事を書くのは世渡り上手ではない。
しかし、敢えて書く。何故ならその不義理の張本人は必ず日記を読んでいるのを知っているから。
多くの大事な僕の周囲のみなさま、ちょっと不快な思いをされたと想います。がお許しを。
ここに告白する事により心が浄化されているのです。ほんの僅かな嘘で人間不信になるのは馬鹿らしい。
忘れる事は良いこと。
嫌な事は時間の様に一瞬に流してしまえば良い。記憶から消去だ。
4月もしんどいが、自分の為、見守って下さるファンの為にも
頑張るのみです。弾く喜びを感じて来たので
今後は発表会等でもまた、礼奏の意味で弾く事にする。
演奏しなくてなんでこれ演奏家と言えよう。
永遠に枯れる事なく弾き続けたい。

2007年1月21日(日)
一息

昨日、おかげさまで大盛況の中、演奏会終了。ご来場の皆様に心から感謝。
補助イスが必要なくらいで感激。
娘は幼いながらも大人レベル,プラス、オーラーを発していた。
多くの方から12歳なのにお父さんの20代の演奏レベルをはるかに超えているとのおほめの言葉を頂いた。
私も長年、弾いてきたが珍しく過度の緊張もなんく弾く喜びを実感できた一夜だた。
ライブなのでMCを入れたが少し助長だったとの意見も有り反省。
つい、サービス精神からコメデイアン的トークをしてしまいがち。
これもはじめての体験だったのでお許しを。
次回からは少し台本を経てて話すように心がけます。

私としてはダマンの悪魔的パワーに再度、我ながら驚嘆した。
特にアシャーワルツでの切れの鋭さ。
ホール外のエレベーターの中でも聞こえたとは娘エリカの証言。
とにかくダブルトップはステージで威力を発揮する
魔法の名器なのだ。

昨日は良い一日だったが、疲れた。
今日は日曜、一休みだ。まだまだ先は続く。次回は4月21日

2007年1月19日(金)
演奏会

明日はいよいよ、娘とのジョイント。
晴れるといいが。
チケット買って下さった皆様、本当にありがとうございました。
全力で演奏しますので宜しくお願いします。

2007年1月18日(木)
完売御礼

今週土曜のコンサートチケットは、売れ行きを心配したが
気がつけば完売。半数は門下の協力だ。
教会のチャペルなので、ステージそでが無く、
客席の中を縫って舞台に登る。少し照れくさいが
ライブ感覚で乗りこなすつもり。娘はまだ子供なので
演奏のみに集中させるが、私の方はMCも交えて
より親密なコンサートにしたい。娘の横で解説しようか?と聞いたら
緊張して弾けなくなるからやめて。との要望。
娘のパートは淡々とクラシック演奏会のスタイルで行きます。
にわかに昨年の秋に、演奏会をやろうと言う企画が門下から
起こり、当初はライブハウスのつもりだったが、結構経費がかかるので
結果、演奏会にしてしまった。だから二重奏は今回は入れていない。
にわか仕込みの演奏ではお客様に失礼なので。
二重奏を披露するのは大分先になる。
当面はソロで親子演奏会を継続して行きたい。

2007年1月17日(水)
ご心配感謝

日記に、体調不調だった事を記したが、心配の電話を早々に頂き感謝にたえない。私は僻みっぽい性分なので、それだけにまた、優しさはまた格別に敏感に嬉しく感じる。世の中、優しさはやっぱり有るのだ。人生、ウイルスも永遠に存在するように愛も不滅なのだ。今更ながら再確認。未熟だな。まだ修行がたりない。
心温まる優しさに、この場をお借りして御礼申し上げます。
一時は危篤状態でしたが、そこはドラマチックな私。今は元気に今週のコンサートの練習に励んでおります。
普通ならキャンセル状態ですが、そこは私のガッツと意地。普通では有りたくない。

今回のコンサートでは学術的観念に束縛されず自己の感性を十分、発揮出来たらと想っいる。
ドビッシーもかつてジャック・ヂュランへの書簡で「音楽は本質的に窮屈で伝統的な形式にはおさまらないと益々確信している。音楽は色彩と時の流れの律動によって奏でられるのだ、、、」と記している。またラベルも「芸術は細分化したり分析したりしてもなんら解明できない」とも言っています。様式論はいわば評論家やコンクールに便利な統計学のようなもので、それに沿っていれば妥当だと言う安全パイにすぎない。様式を把握した上でのあえて、それに反する行為行う事は解釈だと信じる。
例えばトリルが上から、下からなんて波動の次元からみればナンセンス。
音楽は感動し、涙する物でありたい。
けっして退屈なものではありたくないのだ。ペンペンした音がクリアなんて僕は思わない。

二度も死に損なうと、怖いものは無い。また賞賛も批判も大差はない。
自分の命をギターに託すのみだ。
自分の顔が変えられぬ様に、音楽解釈も媚を売った演奏はできない、。
今の評価が百年後はどうなるか、誰もしらないのだから。
ただし、演奏会ではご来場頂いたみなさまに私の精神誠意の演奏を披露いたします。

2007年1月15日(月)
謹賀新年

謹賀新年。ことしも頑張る。とは言っても早15日が過ぎてしまった。
何故、今年は日記が遅れたかと言えば実は
生死をさ迷う事態に有った。幸いと言うか、勿論と言うか、根性で復活。
一時は、娘はアルゼンチンのビクトルに預けようとまで
覚悟と準備を考えたくらいだった。

しかし、せめて娘が成人するまであと8年は生きたい、
更には私を必要とする弟子にまだ教える事が沢山ある。
こんな状態では死んでも死に切れないと、運命?に怒りを強烈に感じた。
一切医療行為を拒否し退院。30年前とよく似ている
病院を出た後、正常に復活した。更には年頭にコンサートを決めてしまってある。
キャンセルは出来ない。堂々と弾ききるつもりだ。
いつもながら門下の40%は全く、演奏会に関して無視。せめて、何か言い訳でもつくろって、行けないと言ってくれれば納得出来るのだが。
無視ではなく諸事情から、聞かないのだと、強引に解釈しているがやはり淋しさは否定出来ない。
チケットを買って聞いてくれるメンバーはいつも同じだ。
人間だから日頃、親しい?レッスンを行っている状況から
当然、師匠のライブに興味が有るや?と想うのだが、それも甘いのだ!と更に自戒。
教室は人生の縮図。あらゆる人格が混在している。


今さらながら、自分の優しさと同じ尺度をみんなが持ってる訳がないのだ。
今年は復活と共に、更に強く、また子供の様な甘さは極力排除して
自らが傷つくとこの無い様に賢く生きたい。

巧言令色少仁

2006年12月25日(月)
クリスマス

今日はクリスマス。
ビデオ公開サイトYou Tubeで偶然、イエペスのアランフェスのライブに
巡り合えた。物凄い音圧。そして左手のビブラート。そして、独特の節回し。
少年時代の憧れが鮮明に蘇る。
10弦は最近のイメージで、ステージでは響かない
と言う感覚が流通し語られている様だが、巨匠イエペスを聞く限り
確固とした、音の輪郭と存在感。そして何よりスペイン的な悲哀の音。P指の和音は力強く甘い。
決してメタリックではない。

完全なる存在感と質感。
アダージョのみだが、釘付けになって

聞き入り、見入った。10弦は使いこなすのが困難なのかもしれない。昔、ブラジルに移住前、数年、使った事が有る。
巨匠イエペスの力量を持って初めてその真価が蘇生されるのかも知れない。
私の求めるチェロの様に太く甘い透る音。このアランフェスに聞く巨匠イエペスの音はまさにそれだった。
この偶然のアクセスはこの上ないクリスマスプレゼントだと感じる。
メリー・クリスマス。今は亡き巨匠、イエペスに乾杯。

2006年12月18日(月)
もうすぐクリスマス

今年もあと少しでもすすぐ終わり。クリスマスはお歳暮で頂いたワインが沢山有るのでお酒は不自由しない。
子供の頃はサンタを信じていたが、、。
今は僕がサンタになる時代。もおとも子供はサンタなど信じないがプレゼントをしっかり要求。
クリスマス、お年玉と連続出費。お父さんは辛い(笑い)
でも、一人ぼっちより、どんなに幸せな事か。

今年は晦日までレッズンで頑張る。いつもだと
クリスマスくらいで仕事収めだったが、演奏会をやったので繰り下げで頑張る。
来年、娘は中学生になる。これでバス代は大人料金になるから
いつもの様に保険証を見せて運転手に疑いを晴らす必要もなくなる。

僕の親父は50で逝ってしまったから、僕は
親父より少しに長く生きている。自己管理をして
死ぬまで色気の有る演奏を続けたい。
若い頃は良く風邪で寝込んだものだが
根性がついたのか風邪はひいても寝込む前に
治してしまう。うがいが一番。レッスンでも生徒が入れ替わる度にうがいをして,
いる。

音楽家も体が資本。肉体労働だ。

とにも、かくにも、今後も頑張り続ける。。。

2006年12月17日(日)
ジョイントコンサート

今日は、無事に門下とのジョイントコンサート終了。
門下の努力のおかげで素晴らしい聴衆のもと無事に終了。
私はいつもながら、采配が下手と言うか、裏方を門下に頼れず全部、自らこなしたので大変忙しい一日だった。
しkしながら門下が真摯に音楽を追求する姿とまた好意的な聴衆のもととても素敵な空間が出来たと想う。
申し訳なかったのは休憩時間にくつろいで頂くロビーが無く大変お客様にはご不自由をおかけしお詫び申し上げます。
音響、雰囲気は非常に親密でよかったと想うのですが、コンサートの形態としてはやはり一考を要すと感じております。私も腰痛の中責務?を果たしましたが、
来年の演奏会ではベストコンデイションで、演奏を披露しようと想います。
なによりもご来場頂きました皆様に日記を通じて御礼申し上げます。
至らなかった点は多々、有ったと想いますがご容赦お願い申し上げます。

2006年12月14日(木)
無常

先週帰宅すると訃報が届いた。
それもまさに隣人で娘の同級生のお母さんだった。
とくに親しくはお付き合いしていなかったが
自然に挨拶をかわし、
当たり前の隣人としての私の生活の中での当然の存在だった。
その隣人が亡くなるとは。いつも町内の訃報を受けてお気の毒とは感じても今回ほどショックは感じなかったのに。
残された子供たち、家族の心を察するにあまりにもむごい。
もし神がいるならせめて、子供が成人するまで
いや、せめてクリスマスとお正月が終わるまでなぜ命を与えなかったのか。
どんな気持ちで暮れを過ごすのだろう。
運命と言う言葉で済ませるには哀しい。
毎日、朝、窓を開けると哀しい隣人の気配が感じられて心が痛む。
逝ってしまえば

涅槃だが、遺族の辛さははかりしれない。
せめて寿命をまっとうすれば遺族も運命を受け入れることも出来るだろうが。
。私も限り有る命、おそらく満足しきっては終われないだろうが
可能なかぎり音楽に溢れて生きたい。
あさっては、門下とのコンサート。
世の中は常に流れていく。そのなかで一瞬の音の芸術を奏で紡いで行く。
それが楽士の天命。
平和と幸せを望んで望みきれない事も有る。多くの悲しみにあふれている。
それが人生だ。黙祷。

2006年12月6日(水)
腰の痛み

昨日まで絶好調だったはずなのだが今朝から腰が痛みついに医者に注射をしてもらった。
腰左側が痛い?何故か?原因を熟考してみた。
足台による演奏のせいだろう。ここ数年、エルゴプレイで自然なフォームで弾いているのだが大事な名器を試奏させて頂くにあたり、楽器に傷をつけないため足台の使用で丸三日間、休み無く感動の中、弾き続けた。やはり体のねじれが腰に来たのだ。
やはり、年には叶わない。若くないので腰への負担が大きかったのだ。足台の姿勢は整体学的にも良くないのが実感。
寒さも手伝って一層痛む。今日はレッスンはキャンセルさせてもらった。
明日からの池袋のレッスンは根性で頑張るしかない。

座っているだけでも痛い。これも何かの試練だろうか。
切り抜けなくてはいけない。来週は演奏会だ。

2006年12月4日(月)
この頃、、感じる事

まだまだ先と想っていたが、門下とのジョイントも、来週。
参加者が頑張ってチケットをさばいた様で完売。
いつもこうだと楽なのだが、一月の私の演奏会だとそう簡単には行かない。
頑張るしかない。
レッスンで頑張る門下の小学生。今バッハのフーガをやっている。
根性でついてきて、譜読みもテクも強くなった。
しかし、手が痛いと言う。気になって初めてこの幼い10歳の門下に指圧を施した。
なんと想像以上に細いキャシャな骨に思わず胸が痛んだ。
こんな小さな体で今まで必死に弾こうと努力していたんだなと。
ギターはチェロ、ヴァイオリンに比べセーハーと言う魔物が有る。
当然、左手の負担も大きい。右手にしても各指の分離とはじく力。
想像以上に体力がいるのだ。幼い彼もガチガチに肩、背中、腰と凝りまくっていた。
私の指圧でかなり楽に成った様で、嬉しそうな表情を見せてくれて救われた気がしたが目頭が熱くなった。
彼の将来の為とは言え、結構、過酷な試練を耐えているのだなと思い。

ある門下が仕事の都合で去った。そして、そこにまた新たなる門下が入門。
人生の流れの様に止まることはない。
いつも予言ではないが、去る門下は察しがつく。
レッスンを休みがちになり、情熱が失せて行く。それを責める気はさらさらない。
みんな必死に生きているのだから。
本当に仕事が忙しくて去る者もいれば言い訳で去る者もいる。
挫折は残念で哀しい。音楽はどんなに親身に指導しようとも最後は本人が踏ん張らなくては良い結果は望めない。

プロを目指す門下は更に厳しい。音の世界だから良い音を常に求めなければならない。
音を出す手段としての楽器は当然、妥協が有ってはならない。
何よりも本人が舞台で身を委ねる唯一の味方・頼りが楽器だ。
そんな奏者の良心と真理に便乗?してかストラデイなど何億と言う、きっと製作者が生きていたら腰を抜かすに違いない値段になった。
されど野球界のトレードに何十億と出すおかしな時代。
芸術の真実の価値感から言えばヴァイオリンは安いのかもしれない。
ギターはまだ救われる。ヴァイオリンよりゼロが二つ少ない額だ。
過日、スモールマンを同時に二本見る機会が有った。
日本ではスモールマンは耐久性がない?と、どこからとも無く定説がまかり通っていた気がする。
しかし、それは間違いだと痛感した。
1981年、1992年

のスモールマンを試奏したが、少しも、へったっていない。
チェロの様に野太い低音。甘く澄み切った高音。まろやかで音楽的な音量。
久々に凄いと実感して感動の中、2時間近く弾き続けていた。
店に居合わせた方々も床に地響きがすると感嘆の言葉をもらしていた。
過日、聞いたスーちゃんも彼女愛用のスモールマンでリサイタルしてほしかったな?

世の中不思議なものでギター界には、このスモールマンを嫌いと言う人もいる。
うるさいとか?音が大きすぎるとか?ギターに音量は必要ないとか?はたまた音が小さいからジョンはマイクを使うとか?言論の自由も恐ろしい。
セゴビアの目指したギターの理想を否定しているわけだ。ギターはそもそもまだヴァイオリン族の様に完成された楽器とは言えない。
チェロやヴァイオリンを聴く人にとってはいつもギターは音が小さく疲れると言われているのに。そういう輩はブランド名器には、音量が有ると認め、しっかりしたタッチで芯の有る音を出すべき!等と言っておいて矛盾している。
一種のいじめだ。優れた存在を認めない。伝統権威、均一化を好み。
常識?一般観念を好み。制服の好きな島国根性日本の表れだ。
思えば僕も、数年前までは、松が最高。杉は駄目と洗脳され信じ込んでいた。
しかしセゴビア、ジョン、イエペス、そのた多くの巨匠は杉だった?
フレタ工房を訪ねた時も日本人は松が何故好きなのか?と訪ねられた。
松も確かに、コリッツとした輪郭のハッキリした魅力が有る。しかし
鳴り出すのに時間がかかる。そんなに僕は待っていられないのだ。
更には杉も少しもへたってはいない現実を沢山見ている。
何よりも杉の甘い音色が僕は好きなのだ。

人生一度きり。だから自分の思うがままに自分の感覚で納得行くように生きなくてはもったいない。

儚い生まれては瞬時に消え行く芸術。音の世界。しかし、その余韻は伝わる人の心に永遠に心の糧として残るのだから。
消耗品の様にMP3等で手軽に音を聞き飛ばしている時代。
だからこそ、コンサートホールの生の音の、そして名器によるバイブレーションは神にも近いオーラが有るのだ。





2006年11月29日(水)
至福の時

昨日、今日と東京国際コンクールを観戦。
予選、優勝者スー・リサイタル。本選とギター三昧の二日間。

予選は皆ハイレベルで実力を出し切ればかなり凄いのだろうと惜しまれる人が多かった。
しかし、今年の上位3名は音、パフォーマンス、音楽性と明確な優位さを示し、
予想通りの爽やかな結果だった。こう言う納得の行くコンクールは実に満足感を与えてくれる。ブラボーだ。
本選課題曲の挽歌は以外にも外人の方が日本の悲哀を理解しているように感じる名演だった。
僕にとっては邦人の演奏は真面目すぎて硬い感じ。音楽が学問に聞こえた。
挽歌は日本の、わび、さび、静寂、嘆き、悲哀と実に意味深な名曲だと想う。古都の秋の挽歌を感じた。

今回スーちゃんのリサイタルから最前列で聞いた。
今まではホールでのギターの響きを聞きたくて、いつも最後列で聞いていたが
新作のヤマハを使うとの事でまだ新しく、鳴り切っていないのでは?との予想から最前列を門下たちと共に(少し恥ずかしながら)選択。
ギター少年時代に戻ったかんじだった。しかし、結果は吉と出た。最前列の醍醐味を再認識。
奏者の吐息、緊張感、表情、筋肉の動き総てが細部に渡って
観察できてまるで自宅に招いて演奏してもらってる錯角に陥った。何故なら自分の視覚にいつも当たり前の様に慣れていた聴衆の頭の影が入らないのだから。ただし自分の背後でガサガサとマナーの悪い聴衆により時折、現実に引き戻されたが。これも仕方ない現状か?
聞く側も奏者に対するマナーとして真剣に対峙してこそ、相乗効果で素晴らしい芸術が生まれるのだが。チューニング中にボソボソしゃべる聴衆も気になった。
わずか一桁のそれも2、3人のそうした
マナーの悪い聴衆に善良な聴衆は良識によって耐えているのだ。おそらくこの2、3人の方々は全く自覚していないと想う。携帯が鳴らなくなっただけマシと想うしかないかな?
スーちゃんは、凄いの一語。そしてまた音の美しい事。
弾き込んだ、自分の愛用の楽器ではないのに、与えられた条件の中で最大限の美しさを表現しきる。音楽家だ。
勿論、ヤマハギターも素晴らしい傑作だったのだと想う。
実際、美しいピアニッシモの音の粒に感嘆した。
技術の凄さもあたりまえながら、集中力、記憶の確かさ。ミスタッチなど微塵もない。でも安全運転ではない。ヴィルトウオーソだ。そのうえに詩的叙情性を若いながらもたっぷり含んでいて。あと十年後は更に凄い演奏になること間違いない。
この演奏会を聴ける幸せを実感した。

ギター以外のジャンルでこのレベルまで満足出来る演奏会も少ないと想う。

翌日本選の会場で或る聴衆からスーちゃんをどう想うか?と質問された。
僕は、素晴らしい才能だと自信を持って言った。
しかし、その方はそうではないらしい。
好みの世界だから自由だが、好みは別に才能は理解出来ると想うのだが?
世の中、環境によって彼女の音が好きでないと感じる方もいるようだ。残念に想う。
僕は「多分、あなたの普段聞き慣れ親しんで居るギターの音と違うからそう想うのでは?」
と客観的な意見を述べた。十人十色とは言うが公正な判断が出来るファン層を望みたい。
例えば嫌いな音質の奏者がいたとしよう。
でもその奏者が表現、技術、感性が豊かならば、音の好みとは別次元で評価し良さは認める事は自然だと想うのだが。
また嫌いだけで判断して終わっては、わざわざ聞きに行った時間が無駄になると想うのだが。素直に良い所も探した方が得だと僕は想う。

いずれにせよ、僕個人はスーチャンに欠点など皆無で、素晴らしいの一語に尽きる。スモールマンでのスーチャンの大ファンである。
何か独特のスピリチュアルなオーラを感じる。メルツのハンガリー幻想曲等も下手をすると安っぽく感じる危険の伴うのだが、曲の、良い面をフルに引き出していた。
特筆したいのはアサドの「アクアレル」僕は彼女の生を去年聞いて初めてこの曲の真価を理解した。
同時に作者アサドの底知れぬ才能にも驚異を感じた。
どんな名曲も作者と同次元の才能有る奏者が演奏しなくては曲の命は蘇生しないと言う事だ。
とにかく生きる幸せまで感じる演奏会だった。

本選もギター界の進歩を実感。そして上位名手の歌心と心身一体となった、演奏。
ギターの素晴らしい表現能力を再認識出来る楽しい幸せな時間だった。
ただし二日間の文化会館での鑑賞に僕の腰は痛くなった(笑い)

ギターは素晴らしい。しかしその能力をフル起動させるのは至難の業だ。
王道とは厳しいものだ。だからこそ、価値があるのだ。

2006年11月2日(木)
優しき友ヴィクトル

アルゼンチンの友人ヴィクトル・ビリャダンゴス。
かつてビラ・ロボス国際コンクールで知り合った
素晴らしき友人だが今や国際的巨匠となった。
当時から音が美しく音楽性も歌と泣きがあり、尊敬出来る
存在だった。
私がブラジル移住する丁度、少し前日本に3ヶ月程、滞在した。
当時はタンゴカフェバーとの契約で連日出演していたのだが、
その頃の雇い主はこれほどの逸材とは見抜いては居なかったのだろう。
また当時のマスメデイアも紹介したが反応は冷たかった。
アルゼンチンでは最近文化賞を受賞したようだ。
彼とは家族共々の付き合い(と言っても地球の裏側なので
長く逢っていない)。
先日、彼の新譜の中から素晴らしいアレンジの曲に感動して
楽譜の情報をたずねた。
速攻で彼の手書きの楽譜をメールで送ってくれた。
また一昔はグスタビーノのシナタを探しているとメールしたところ
郵送で彼の使っていた、楽譜そのものを送ってくれた。
メジャーになっても、冷たくなる事もなく
欲得抜きの優しい対応。だからこそ彼の音には
ハートが一杯つまっているのだ。
国内でもナクソスから彼のCDは手に入る。是非
みんなに聞いて真価を認識してもらいた。
彼のHP。http://www.villadangos.com.ar/Discos/index.htm

2006年10月24日(火)
感謝

昨日、来年1月の娘えりかと、私二人のコンサートの情報をHPにアップしたところ早々に
Wさまから、注文を頂き更には速攻で代金を振り込んで頂いた。
前売りは11月1日からなのでこんなに早く反響が有るとは予測していなかった。
非常に縁起が良くまた嬉しい限りで感謝感激だ。とにかくご来場頂いた方に満足頂ける熱い演奏を心がけたい。
今年は暮れに門下とのコサートで少し弾く。
来年からは三ヶ月周期で活動予定。
音楽家はペンではなくて音で主張しなくては
評論家になってしまう。
生の音で自分の主張とメッセージを伝えたい。
やる気を起こさせてくれた門下諸氏とファンの皆様に改めて
御礼申し上げて更に太く甘く透る切ない音を追求する事を宣言いたします。
今後とも宜しくお願いいたします。

2006年10月23日(月)
ダイエット順調

ダイエットを始めて早、二ヶ月、順調で5キロダウン。
一昔のコンチェルトで使った衣装も着れる様になった。
やはり体が軽い。こうなると良循環でいやし食いもセーブ出来るようになる。

人間一人で、手っ取り早く出来るのは寝ることと食べる事。
ストレスでつい過食に逃避してしまうのだ。

毎日のジョギングは健康管理に最高だ。
今まで長い間、汗はかかないような状態だった訳で
いかに新陳代謝が悪く不調だった事か。

すこぶる健康なので、バイタリテイーも復活。
総てをポジテイブ思考で切り抜く。

世の中好む好まざるに関わらずウイルスが存在する様に
嫌な社会現象は充満している。
それに負けたら駄目だ。
何が有っても前進すれば必ず未来は開ける。

そう信じなくては生きる事に意味が無くなる。

美しく清くそして強く生きたい。
だからこそ、報われる事の難しい、美しい音楽を愛し生き続けられるのだと想う。

2006年10月21日(土)
正義

正義とは正しい事が正しいと評価される事のはず。
しかし、人間がつかさどるこの世は理不尽がつきまとう。
力関係の強いものに有利に動く。それは当然、権力者の都合よく作られた世界の中の事。

歴史が人間のあさましさ、愚かさを証明している。
ガリレオの否定された地動説。
サデイストとも言うべき宗教裁判そして魔女狩り:ジャンヌ・ダルク。
各時代の王族の支配。
平然と理不尽がまかりとおった。

今も同じ。しかし真理は一つ。どんなに権力により
偽りの真理を横行させたとしても過ちは過ち。
商業ベースのメジャーを一流と思い込む人間。自分の耳で聞かずに先入観で聞く。
音楽、衣服、芸術すべてブランド志向。愚かな人間部落での名声。
こんなもの、更なる大きな宇宙次元から眺めれば茶番だ。

私は最小単位の最弱一個人だ。
しかし音の真理だけは絶対に譲らない。決して権力、俗説、規制観念にへつらい束縛される事はない。

これこそが正義だ。正義は報われなくとも正義だ。
しかし、神はいつも何故、犠牲を散々出した後に正義を示すのか?
神は正義なのだろうか?
それでも、私は正義を貫くサムライで有りたい。

2006年10月16日(月)
ギター

長沢氏に調整依頼していたギターが仕上がった。
一本は不正振動の矯正。ボデイー内部のバーフリングが微妙に共振していたそうだ。
今は純粋な響きで最高の状態になった。

もう一本はサウンドポートとアームレストを増設依頼。
サウンドポートは一般的な丸ではなく四枚の木の葉をモチーフにした
Rレイノルズスタイルで作って貰った。完璧な工芸。
美しい。またアームレストもローズを使いこれまた見事な仕上げ。
音、外見とまた更に満足の行く状態になった。

改めて長沢氏の名人芸に感嘆と感謝。

あとしばらくすると、オーストラリアのロックにオーダーしたスモールマンのアーチドバック
とダマンのダブルトップを合体させた、
珍しいコンセプトの特注ギターが仕上がる予定。
理想どおりいけばコントラバスの様な太い低音と真珠の様な
ころがる甘い高音と大音量が期待出来るのだが。

とても期待が膨らむ。カナダのミュラーも初めてオーダーした際は
現物を見ていない特注なので一つの賭けだった。
しかし見事に期待以上の名器だった。楽器も縁だと想う。

私は自分が美しいと想うものを使うだけの事。
前進あるのみだ。恐れて止まっていても何も変わらない。
Dラッセルも言ってる様に一つの楽器に定住する主義を私も持たない。
いつも更に良い物を求め続けていくのだ。
ギターはまだ完成されていない。更なる改革の可能性を信じている。
ギタリストの次元ではなく、ヴァイオリンやチェロの弦楽奏者が美しいと唸る甘く太い豊かなギターのを音を求めて、、。

2006年10月11日(水)
中峰秀雄と一門によるコンサート

来る12月16日(土)東京八重洲建物ホールで
私と俊英門下で年忘れコンサートを慣行する。
宣伝期間が短いので動員は難しいかも知れないが
確実な軌跡を記すために。
詳細は来週に発表。

是非、ご声援お願い申し上げます。
来年は1月20日の演奏会も決定済み。
期間が近いがそんな事に躊躇していては進めない。

良い音を再現するのだ。やる気がみなぎっている。すこぶる爽快な心境。
再度、皆様のご声援をお願い申し上げます。

2006年10月6日(金)
RX8

たまたま、ネットでマツダのスポーツカーRX8の存在を知った。
実は若い頃RX7に憧れていたが2ドアで実用性が無い事から結局、一度も使うことは無かった。RX8は驚いた事に観音開きの4ドアなのだ。
早々に試乗に行った。カッコいい車だった。
ハンドリングもスムースだ。後ろの席も狭くない様だった。車に関しては国産が最高だと実感。海外では色んなのに乗ったが。

現在乗ってるリンカーン・コンチネンタルは居住快適性には文句無いのだが、
サイズが少し大きすぎる。
立体駐車場も駄目。神経をいつも酷使する。

田舎道のすれ違いはいつもヒヤッとする。私の運転がもっと旨ければ問題ないのだろうが。

ツーリングなど高速道路を飛ばす際は快適で飛行機に乗ってる気分だが。

旨く買い換えられれば良いのだが。
そう簡単には行かない。

市場のシステムが消費者が結局は損する仕組みなのだから仕方が無い。

経済的に損しないように、熟考を要する。あとどれだけ乗って手放すのが得策か
数学的にも計算しなくては。

車も洋服と同じで本人が気に入らないと
つまらなくなる。
要は贅沢な悩みだ。

しかしこの悩みもまた生きる証。
些細な事だがそのためにも頑張れる。

2006年9月27日(水)
楽器調整

日曜に山梨の長沢氏に楽器調整依頼に行った。
なんと、道が工事中の表示、迂回の標識を信じて行くと
どんどん道は狭くなり愛車はとうてい通れない幅になり
引き返すにも返せず前進。冷や汗だったのは180度の直角カーブ。
何度も切り返しやっと脱出。長沢氏曰く。「日曜は工事してないですよ。」
帰りは言葉どおり標準(でも狭い)道から無事にホテルへ直行。二泊でしばしにの骨休めだった。
二・三日で直る予定が結構複雑で、二本とも預けてくる事になった。
甲府の町はもう秋の気配。涼しくいや寒かった。
自宅には今、ダマンしかいないので淋しい状態だ。
普段はコンサートにしか使わないのだが
そうも行かずに今日はレッスンに使った。
ダマンは弾き易いの一語に尽きる。
何故、同じ人間が精魂込めて最上の楽器を作ってしるはずなのに、差が出るのか?
神秘としか言いようが無い。
自分にとって最上のダマンに巡り合えて居る。
この事実に改めて感謝の気持ちだ。

2006年9月21日(木)
健康第一

何をするにも健康第一。心がはやっても体がついてこなければ始まらない。
ジョギングを始めて一ヶ月経った。経過は良好
4キロダウンでリバウンドは今のところ無し。
何より汗が出ると心の不純物まで流れ出るようで快感。

ギターも確実に毎日、正しく弾いていれば衰えないはずだ。
セゴビアなど巨匠達がそれを実証している。
ただし継続とは単純だが根性と忍耐が要る。

正しく生きるのも同様だ。
今年一杯、充電をして来年から
活動開始だ。

楽器の調整にまた山梨まで週末行く事にした。
イアンにサイド・ポート増設とミュラーの調整。
遠くまで行く事に生きてる事の意味が有る気がする。

2006年9月18日(月)
発表会を終えて

昨日、発表会を終えた。年二回のペースで15回までこぎ着けた。
今までは裏方の仕事等で客席で門下の音を聞くことはなかった。
今回は来年の秋予定している門下のジョイントリサイタル出演の選考を兼ねるので
じっくりと客席から聞いた。いままで「大変レベルの高い発表会だ。」と賛辞を頂いていたが
社交場のお世辞だと意識していた。
しかし専門家クラスになると美しい音と音楽性に我ながら楽しめた。
と同時に自分の指導がここまで成果を出していたのかと感動と共に涙が出た。
娘の絵理果は順調に育っているがまだ11才。
今回、19歳の菊池君の成長振りに感嘆!

ビラロボスを私の解釈をすみずみまで理解し
3本スケールの成果の実証として鮮やかに超絶的にしかも美しく演奏。
マナーも衣装もすでにコンサートアーテイストのレベルで有り、爽やかで清清しい。
かならずや頭角を現すと確信した。事実彼は
音大の特待生であり、さらには弦楽の諸先生方に太い次元の高い美音と高い評価を得ている。
我々の再現する音は、か細いサロンの響きではない。
朗々と耳に飛び込んでくる存在感の有る音だ。
あらためて舞台芸術に関した所感は、、。
芸はひとなり。そして衣装もやはりその意識が音楽に反映する。
やはりピシッツと気合の入ったステージ衣装の門下は演奏に覚悟と
真剣勝負の精神が見られた。
ラフな普段着の門下はやはりそれなりに「言い訳」の様な
甘さ、を露呈していた。いやしくも自分の愛するギターをステージにて披露する以上
最低線の衣装はしかるべきだ。結婚式にジーンズで参加するのに似ている。
しかしこれも各人の判断、強制はしない。

2006年9月17日(日)
発表会

今日は、発表会。門下有志が頑張る日。
私のコンサート計画一部変更。
八重洲はちょおと小さいので断念。
また定期的に継続するために、始動を来年1月20日(土)からに変更。以降、4月21日(土)7月21日(土)とりあえずここまで
完了。いずれも音響、アクセス最高の同じシャロンチャーチ。私の本拠地の池袋だ。門下が親切に紹介してくれたのだ。
こういったささやかなお弟子の思いやりに心あたたまる。何かわくわくして来た。最近ガンジーの思想にいたく敬服。
いかなる暴力も暴力をもって制しては意味は無いとy痛感。もっと清く高い次元に生きたいと想った。これから発表会に向かうので続きはまた後日。

2006年9月12日(火)
冬のコンサート

コンサート会場が決まった。
12月16日(土)19:00 東京建物・八重洲ホール
アクセスも素晴らしく東京駅より2分。
先週、下見に行き、とてもおしゃれな、ぬくもりの有るホール。
気に入ったので空き状況をみると12月に有ったので即決。

門下はそんなに急に決めて大丈夫?と心配そうだが。
レパートリーは山程あるから。心配なし。
ギターの細部に至るまでの繊細な響きとニュアンスを伝える事が叶う聴衆にとって贅沢なホールだ。
キャパは108と小さいが、
招待客は一切なしで、チケットを買って本当に聞きに来て頂いた
聴衆に音楽を伝えたい。
これなら今までの様に頭を下げてチケットを買ってもらう必要も無い。


チケットを買ってまで、携帯を鳴らしたり、騒音を出したり寝に来る人もいないはずだ。
9月23日には52歳となる。
今回を機に定期コンサート始動。せめて三月に一回のペースで継続する意気込みだ。
初回曲目は久々に「コユンババ」「郷愁のミロンガ」
他、心に響く物を予定。
チケット前売り・詳細は月末発表予定。
宜しくお願いします。



素敵な響きが期待される
東京建物・八重洲ホール
2006年9月6日(水)
夏のおわり

朝早く、一般の方からライブを楽しみとのメールを頂いた。
空模様があやしいので早々にジョギングにでたかけた。
今日で18日目?になるが結構痛みは感じる。
山道のいたるところでセミの死骸が有った。
短い地上の生活は満喫して成仏したのだろうか?

私の住まいの環境はあたかも高原の様だ。
散策ルートがあちこちに作られていて。
神社、仏閣も沢山。大黒様まであるのだから。
緑も多い。空気も美味しい。
一時はもっと、都会に住みたかったなどと想ったが、、
都会ではジョギングもままならない。
それこそ、自転車にぶつかられたり、到底ダイエット作戦も実行できないだろう。

朝夕は、すずしく、夏の終わりの気配を感じる。
夏といえば遠い昔、医学部受験の特訓で過ごした白樺湖の合宿ゼミ。
あのころは、若さゆえに悩みながら生きていた。振り返れば十代終わりの一番、繊細で素敵な時代だった。
好きなギターも封印して、、、。

あの頃の、長い黒髪の憧れのマドンナ、、淡い想い出。
どこかで素敵な女医さんになってるのかな?

人生は決して偶然では進まない。
欲するがままに進むのだ。

,,結果、望んだギタリストの道を歩んだ。

私に後悔はない、、、しかし、まだまだ、総ての望みは達成していない。
勝負はこれから、、。

2006年9月5日(火)
自然回帰

今日で、ジョギングを始めて17日目になる。
体重は3キロ減少。お腹の脂肪も減少中。
毎日、大量の汗が出る。今まで思えば帰国後、こんなに汗を流した事はない。
ブラジルでは自宅のプールで毎日、泳いでいたのに。
ストレス、頭痛、むくみ、コレステロール、過食そして胃薬と恐ろしい悪循環の日々になっていた。

人間もやはり動物的な要素を持っている。
太陽の下体を動かさなければ死んだ状態に近いのかもしれない。

運動すると不思議と食事量も減った。
焼肉など胃がパンパンになるまで食べないと気が済まなかった。ビールもかけつけ3杯ジョッキ何て具合に。
今はやっと味わう習慣が付いた。
弟子や友人諸氏はさぞかし下品な食べ方の男と想っていたかもしれない。(汗)

今は過去が嘘のようだ。いわゆる標準の一人分で満腹そして満足。

体中の筋肉が復活しつつあり、嬉しいのだがすこぶる痛む。

しかし、これが自負心となり快感。
体力が若返れば演奏の持久力も蘇るはず。
もしも5キロの重りを背負って演奏したら、疲れるに決まっている。

やはり肥満はいけない。
もう少しで開き直りの標準言い訳人生になる所だった。

ダイエットの秘訣は薬でもマシーンでもない。
カロリー計算と運動と実践のみだ。

特に飲むだけで痩せれるならそれは体に害をなしている証拠。
そんなもので痩せたら、干からびた不健康な、するめのようなカサカサの醜い体系になると想う。スリムとガリガリは違うのだ。
やはり健康的凹凸の有る魅力有る美しいライン。
だからこそ古今東西、芸術家はヌードをテーマにするのだ。
なんでもそうだが楽して達成出来る事は無いのだ。
カッコ良さも、演奏も学問も総て王道なし。
死ぬまで現状を継続すれば終始、みずみずしく、生きられると想う。
ライブスペースも候補が見つかって来た。

前に進むのみだ。

2006年9月1日(金)
再開

九月からまた日記を再開。
今まで停止していたのは、色々と感ずる所があって。
まずは、8月20からダイエットを開始。
丁度、家内と出会ったのが

8月19日だったので、、その翌日から開始。
最近演奏中、そしてPCに向かう瞬間、なにか
不快な感覚を自覚しだした。
そう。お腹の脂肪のベルトのせいだ。

このまま行くと標準的な醜いオッサン街道まっしぐら。
これでは自分の美学に反する。


原因はストレスによる過食と運動不足。
門下の精神科医が
「先生は演奏家なのに、レッスンに多忙で
自分を殺して演奏しないでいるからストレスが溜まってるんですよ」
とズバリ指摘された。
「うん、、。。そのおとおりだ。」


まずは体型改善。
今更、エアロビに入って群集の中で汗をかくのも
恥ずかしいし。テニススクール等で頭を下げて習うのも私らしくない。

そこで決めたのだ。
一日、一時間のジョギング。
これなら金もかからない。

100歩走って、100歩歩くペース。
幸い東金は山なので知らない山道を散策しながら健康管理が出来る。
初日は異常に辛かったが、だんだん快感になって来た。楽しい。

現在・丁度11日間で2キロ少々
ダウン順調だ。
腹まわりも大分楽になって来た。

一昔の腹筋ボコボコまでは行かないまでも、一見「、かっこ良い系」に戻すのだ。
昔鍛えた武道のお陰で体力は復活してきた。また不思議と運動量に反比例して食事量も減った。
結局、ストレスが悪循環で醜い化の筋書きを展開をするのだ。
毎日、汗をたっぷりかくので、かなりすっきりした気分になった。

その間、走りながら多くの思考を巡らせた。
コンサートホールだけをターゲッにトせずに100人前後のライブ風なスペースで私の個性を打ち出したコンサートを頻繁にやれば?との門下の意見が多いのだ。

考えれば黒字にならなくてはプロとは言えない。
赤字は今まで一度も出した事はないが
「頭を下げてチケットを買ってもらうのは実に
しんどいし、虚しい」
小さな会場なら門下始め本当に聞きたい人だけが来てくれてチケットはさばける筈だ。


確実な支持者を再確認出来たら、また大きなホールも考えよう。


まずは、自分の信念の美音を実際に示さなければ始まらない。
無名時代の昔は殆ど毎日、環境はベストでは無かったが、ギャラを貰って弾いていたのだから。

初心に帰って、そして再始動だ。今は昔と違って確固たる自分のスタイルと音が有る。
まだまだ引退は早かった。。

まずは会場探しから。
おしゃれで安いところは、、

なかなか見つからないが、頑張る。

2006年8月9日(水)
武士道・大和魂は?

今日の日本は我らが想う大和民族の武士道精神からは遠い愚かなアメリカ猿と化している。
アナウンサーですら、若者に迎合した日本語を平然と使う。
原稿を読んでいるのだから人格も、ジャーナリズムもない。
特に亀田の試合前のコメントなど。無礼な調印式の態度をにこやかに、「すごいですね、、」とか、ブリッコな女子アナはもとより多くのアムメデイアは肯定していた。
女だからと、何でも有り、の許す態度は
実は、根底にセクハラの意識が介在し、もっとも
人格を軽視している事なのだ

八月、時期的に世界大戦で散った若者の史実が脳裏をよぎる。現在、神風なる、常軌を逸した玉砕戦方の悲劇を知らない日本人もいる様だ。どう考えても
戦争と言う悲劇の一言で大きな過ちを犯した事実と罪を曖昧には出来ない。
いつの時代にも上層部
は安全地帯にいて作戦指示をするのみ。いつも犠牲になるのは庶民だ。
こう書いて来るとこれは徳川はもとより日本古来の階級差別の実在。武士道なる精神は支配者に都合の良い忠誠心のマインドコントロールにすり替えられたものなのだろうか?忍びが団結すれば家康などたやすく倒せた。しかし、組織の構造を恐れてだれも行動にうつらなかった。ヤクザの組織も同じ。親分とて同じ生身の人間。スーパーマンではないのに、これもまた組織の報復を恐れて謀反は起きない。納税は国民の義務。国民全員が納税拒否をしたらどうなるか?日本国では絶対ありえない。
年貢を言われるがままに納めるのと同じだ。
税金で給料をもらう、役場の人間の中には殆ど遊んでいる様な停止じょうたいも居る。そう言った権力側に位置するが為に、高学歴を望む。結果学習私塾の繁栄。学校は機能を果たしていない現代。狂っている。
してみると現代語られる「武士道」とは古今東西、いわゆる少数派のみが実践した、哲学・美学なのかもしれない。
家康など武士道にもっとも反する卑劣な人間。権力はもっとも非武士道である。音楽界にも、もっとも「武士道」に反した存在が有る。
私は幻想かもしれないが潔い「武士道」を貫きたい。
深い優しさと慈悲の心。ただし、妥協は一切しない。物事を曖昧な事なかれ主義に生きない。自分を偽って社会的偽善者にはならない。真実を述べると必ず反発をかう。しかし、武士道とは信義・礼節正義を重んじ弱者の痛みを感じて生きる。
多くの門下は私を優しい先生と想っているが。
奥義を求めて長く学んでいる門下は、私の厳しさ・怖さを知っている。

私は武士道に生きる「音楽家」で有りたい。「YES Man」には絶対になりたくない。ただし、犬死の武士道はごめんだ。

自分自身にも改めて厳しい生き方を望みたい。
宰相たるもの、その品格と実力がなくてはならない!。
死ぬ瞬間、悔いの無いように。



2006年8月6日(日)
ヤマハ学生ギターコンクール


昨日は残念な事に遭遇したが
昨日は昨日。もう忘れる事にする!

また新しい一日が来た。

今日は嬉しい事があった。
門下の井上君が小4ながら小学生高学年の部で見事
三位入賞。小さな手でバリオスの大聖堂を弾いての受賞。
私は仕事で応援には行けなかったが常に
心は東京文化会館に飛んでエールを送っていた。
幼い門下が根性で頑張ってくれた。
誉めてやりたい!
しばし私の大聖堂を速過ぎるとの意見もみられたが、
やはり合理的な私の独自の運指。手の小さな彼に大聖堂の心と響きを表現しきれたのだと想う。
コンクールはみずもの。一時期の通過点に過ぎないが
賞は取るに越した事は無い。舞台に生きる以上、認められる方が良いに決まっている。
今後、井上君が肉体的にも成長し、
体力が付けばさらなるパワフルなラテンの魂を表現する日も
そう遠くない。またひとつ楽しみが増えた.
長く忙しい一日だった。



2006年7月24日(月)
コンクール

昨日、クロサワ楽器主催のコンクールに弟子の菊池君が良い演奏で予選を通過。
10月の本選に駒を進めた。彼は才能が有りながら
コンクールではいつも運に恵まれず良い演奏をしながらも気の毒な結果が多かった。
今回のコンクールは入賞暦が無い事が条件でチャンス到来だ。
彼は私の元で中学生時代から研鑽を積み続けて今やアランフェスの協奏曲まで習得している。
コンクールは当然ながら気に入って貰わないと駄目なので
難しいところが有るが、今回は良い評価を得たようだ。
当然ながら悪評よりは好評の方が嬉しい。
私といえば厭世思考で世の中を信じていないので
自分への評価など一切気にしないが若者にとってはやはり
良い結果の方が励みになりまた嬉しいのだ。
本選でも3本スケールでビラロボスの哀愁と情熱を表現してくれる事を願うのみだ。

2006年7月19日(水)
生かされている!

今日、九死に一生を得るアクシデントに出逢った。
二階のべランダで作業中バランスを崩し転落。
庭にあったガラステーブルの上にまともに落ちた。
目から火が出て死ぬと想った。
一瞬、気を失った。
家族が物凄い音を聞いて駆けつけた時、私はその場から離れ
うつむけに倒れていた。
家族に呼ばれ立ち上がると

血が滴っている
。どこを切ったのか判らなかった。

右手のひらを、起き上がる瞬間ガラスの破片で切ったのだと想う。
みるとブレスレッドが血まみれだった。幸いこのブレスがプロテクトとなり
傷は丁度ナイフで3cm程、切りつけられた様な程度で済んだだ。
娘にアルコールとカーゼを持ってくるように促し、手を洗った。

10分程で止血出来た。
頭部を打ったようだが
外傷はない。
背中左側全体が大きくすりむけて血が出ている。


後で落下場所を見るともう少し離れて落ちていたら鉄の杭が貫通して死んでいた。怖い。運命とはこういうものか?
自分で手当てをして今はケロッとして
日記を書いている。

吾ながら不死身だと想う。
いや!やはり、生かされているのだ!

まだするべき役目が沢山有るのだろう。

ほんの数センチの違いで生死を分ける。
神に感謝だ。
幸いにも傷は痛むがPCは打てるしギターは弾ける状態だ。
これは神からの心を引き締めろとの警告だと信じる。
更に用心深く、人生大事に生きろと言ううことだ!!

私は死なない!!

2006年7月18日(火)
信念

信念の魔術と言う著書を若い頃読んで、大きく影響をうけた。
当時はプロになりたい一心の不安な日々だったが。

信念の法則を知り、エネルギーを得て今日に至った。
具体的には欲しいもの、
希望等の写真なり絵を
目につく所に張り
刺激と意欲を高めるのだ。
私は白亜の大邸宅と
フレタ、ハウザーの写真をしっかり貼り

自己鼓舞したものだった。

想い続けると想いの波動が
世の流れの波動に乗り現実化するのだ。

V・ロボスのコンクールの時は明快にブラジルの美女を射止めるイメージの文章や写真を飾った。
見事に叶った。
プール付の白亜の大邸宅にも住んだ!楽器はフレタ、ハウザ、ロマニロス、ルビオ、ラミレス。ルカ、。パオロなど多くの遍歴を経て
現在のダブルトップとアーチドバックに落ち着きつつある。

門下の I君はギター一筋で一流企業に勤務しながら、博打も遊びもやらず、一人前のギタリストになるまでは結婚もしないと言う超真面目な青年だ。

スモールマンを購入したとの報告が有った。

ダブルトップとアーチドバックの
両方のタッチを学び独自の甘く太い

透る音を求めての事。
彼はダマン、松、杉各一本。
スモールマン一世・杉を弾く事となった。


師の私としては彼の探究心と情熱に感服する。
武士の刀にあたるギタリストのギター。より良い響きを追求して自己向上に精進する。
電話で報告を受けた時は自分の事の様に嬉しかった。

彼は言う。「あらゆる可能性を駆使してギタリストになりたい。」と
本当の名器の価値は、使った事のない人には実感として判らないのだ。
当然同じ形のギター。安いギターも絵ではないのだから音は出る。
違いは音の立ち上がり、質量、艶、音量、パワーサステーイン、音色変化と枚挙に暇が無い。
とにかく楽器はブランドではないが良い物は絶対良いのだ。音の世界に「弘法筆を選ばず」は通用しない。
彼もまた新しい発見をスモールマンから教わる事だと想う。
芸術を志す上で大切なことは、ひたむきさと情熱と素直さ。

内外の体験から、満足の行ける楽器を
使う事が叶わず才能が有りながら挫折し例も少なくない。
酷だが芸術でも事業にしても成功するまでにはお金がかかる。

医者、弁護士、テニス、フィギアスケート等にしても一人前になるには膨大な先行投資が必要。ギター界はまだ安くて助かる。ピアノ、声楽、弦等、クラシック界は学校進学際し政治的要素もからむから大変だ。更に楽器に絞ればヴァイオリンはいつもながら悲劇だ。ストラリを好きになったら何億と言う金が要る。一般庶民には生涯かけても返せる額ではない。しかし、ストラリを諦める際に「自分には、もったいない。そこまでは無理だ」と自ら自己の限界を作るからそこまでで終えてしまうのだろう。
演奏家なら妥協は出来ない。
妥協できないガッツが向上をもたらすのだと確信する。

いつか、必ずや、ひたむきに情熱と意志を持つI君が花開く事を信じる。


2006年7月15日(土)
ジタンとマラッテイー

サーカーで突如頭突きをした「ジタン」がヒーローとして論じられている。
おかしい!!もし「精神的な屈辱が暴力の正当性になるなら」
すべての暴力は肯定されてしまう。
ましてや試合中の罵声や牽制に惑わされるなど子供レベルだ。
「後悔すると彼の罵声を肯定したことになる。」
ともっともらしく言っている。しかし事実として受け入れたから怒り心頭して頭突きをした訳ではないだろうか?
私がジダン的発想で生きていたら何人、殺していることか?
価値の無い物は無視する事も勇気の形だと信じる。


ジタン的な発想が、世の中の若者の「キレル」の象徴だ。

本物のヒーローなら試合終了後に「名誉毀損」で訴えれば良い。
マラッテイーにも処分をすると、正当ぶるサッカー協会も疑問だ。

我々音楽家が演奏中に評論家に頭突きをしたらどうなるのか?!

同様に、ありえない事だ。


2006年7月12日(水)
まごころ

今日は自宅教室の門下諸氏から、
とうもろこし、なす
明太子、手作りケーキと真心のこもった品々を頂いた。
この無情の時代に嬉しく想う。
決して物が欲しいわけではない。
買おうと思えば簡単に買える。

しかし彼らの、わざわざ、レッスン時ギターに携えてのプレゼントは一層、優しさと
愛情(大げさかもしれないが?)が僕には感じ取れる。
池袋の門下諸氏も先週心遣いを頂きあわせて感謝の意を表したい。
生きていて嬉しいのが誠意と真心。
生きていて一番哀しいのが嘘だ。
50を過ぎると真心と嘘は見抜ける。
嘘を見過ごす事は出来ない歳となった。

ずるい人間は音楽も所詮、上辺で浅い。
私に習う必然性、熱意が、信じられない門下を独り、熟考の上、彼の人生の為に破門とした。彼はきっと今有る意味、安堵を感じている事だろう。仮に今、キレテ憤慨していてもいつか真意が判る時が来るだろう。
私は優しさが基本だが、自分を偽る事は出来ない。
一度、失った信頼関係は修復は難しい。

私は音楽家であって商人ではない。

人それぞれ生き方が有る。
だれも無理をすることは無いのだから。


同じ価値観の者が同じ芸術観で絆となり集うのだ。

偽りの打算的つながりは絆とは言わない。
縁,無き者は自然淘汰されて行く。

2006年7月11日(火)
祝賀会

今日は東京フェステイヴァルオーケストラ社長の川村淳先生の還暦祝賀パーテイー。いまから十数年前
ブラジル移住の前にギター協奏曲の夕べでバックを務めて頂いた関係から
招待を頂き出席。当時、指揮をして下さった長瀬清正先生にも再会。
しかしあの当時のメンバーは殆どいなかった。
チェロの女性奏者一人だけと再会出来た。
再会と言ってもここは日本、抱擁などするすべも無く
丁重に当時のお礼を述べただけだが。彼女と今日は握手はしたのかな?

長瀬先生の側に座らせて頂いたので指揮界の重鎮ばかりにかこまれて
遠くに女性奏者達の視線を感じながら先生方の話に耳をかたむけた。
岩城宏之氏の追悼演奏の話、怪しい裏話などなど、、、。
久しぶりに聞き役に回っていたが、最後は
「小沢征爾はほんとに偉いんですか?」
なんて質問してしまった。やはり偉いそうだ。
その後南米の事を沢山聞かれた。
川村先生からまたコンチェルトの夕べやって下さいと激励を受けた。
昔桐蔭メモリアルホールでやった時はアンコール用にユーミンの卒業写真を名アレンジして下さった。あの時は独りぼっちで、今の状態・ハーフの娘を持つ今の自分は想像もつかなかった。
ひとつ55歳の時にまた花火を揚げるかな!!60歳の時、父娘による協奏曲の夕べも良い!!
元気に頑張らなくては。
健康に自分に忠実に生きるのみだ!
神に感謝!合掌。


2006年7月10日(月)
遠い記憶

テレビで昔懐かしい駄菓子を売りながら公園で紙芝居をするおじいさんが映っていた。
今でもどこかでそんな商人がいるようだ?

現代っ子は物珍しさからソースせんべい等、買いながら紙芝居を喜んでいた。

僕の子供の頃の忘れていた記憶が蘇った。僕は貧しかったのでお菓子を買うお金が無かった。買わないで紙芝居を見るとおじさんに怒られるので公園の隅の木の上に登って紙芝居をちゃっかり見ていた。今想うと哀しい状況だが、当時の自分は少しも悲しくなかった。むしろ、
自分がとても賢く男っぽいと誇らしかった。貧しさを知らない今の時代は幸せなのだろうが感謝を知らない世の中になってしまった。
遠い昔小学校2年の頃だ。喘息持ちでいつも苦しくて、その頃は喘息だから苦しいというのではなく世の中苦しいものだと不思議な楽観意識だった。いつも肩で息をして。体質改善の為に柔道を始めたのはその翌年3年生からだ。警察道場なので朝6時からの練習。とても眠く怖かった。
しかしお陰でケンカは強かった。小3で跳ね腰など知っていたらそこらのガキは投げ飛ばすのは簡単だった。自分で言うのも何だが成績もトップでケンカも強いから親分だった。
その後、空手も学び武道精神を学んだ。どちらも有段者になったが親父が死んだ後、社会人として生き始めたので柔道も空手もやめた。もうかなり弱くなったと想うが瞬発力は強い。
先日嫌な事が有って怒って壁を蹴ったら穴が開いてしまった。
大和民族は武士道が有り清い民族のはず。
音楽にたずさわっても武士道の意識も忘れない。礼節を知りこの世の無情を知るからこそ美しい音が出せるのではないだろうか・。

2006年7月9日(日)
指導すること。

日本がワールドカップで惨敗し、あたかもジーコの責任の様な風潮が有る。
日本選手は実力が無いだけの話だ。
ジーコは好意から監督を引き受けたのだ。
はじめはジーコは神様とか持ち上げておいて。勝てば官軍そのもの。嫌な世の中だ。
彼は金は腐る程持っている。決して金の為に日本を指導したのではない。
彼の家族は日本になじめないので

現実、ジーコ単身で日本で指導にあたったのだ。文化の違いによりブラジル人の夫人が日本に馴染めないのは自分の事の様に良く判る。
ジーコも解任されてほっとしてる事だろう。
中田にしても自分だけが良いチームに恵まれずに悲運の上、引退とマスメデイアは騒いでいるが、ならば世界の最強チームで更に実力を示して引退すれば良いのではないか?
私には逃げにしか見えない。

いくら良い指導をしても習う者に才能が無ければ成果はない。
これはギターも同じだ。歴史的にみてもセゴビア門下、タレガ門下等と看板を大げさに掲げても疑問を感じる駄目な奏者は沢山居る。
やはり才能を持って生まれその才能を開花させる本人の努力と良き指導の結晶が
優れた成果を生み出すのだ。
そしてそれ
はごく限られた、言ってしまえば神に選ばれし者だけが芸術の高みに達する事が叶うのだ。
だからこそ、落ちこぼれの評論家がパラサイトの様にすりかえて横行している。おかしい現象だ。

私も音楽の世界に生きてきた。
当然、仕事の一部としてレッスンをしている。
しかし商人にはなれないし、ならない。

優しく門下に接しはするが、客意識の人間的誠意のない態度は耐え難い。
レッスンをサービス業ととらえて受けるなら、そういった企業の教室に行って頂けば良い。私は自分を師匠と自覚自負している。
何故、こんな事を書くか?
嫌な事が有った。

意識のずれだ。人間、信頼関係が崩れたら、いくら仕事とは言っても芸術と言う感性の世界の指導は出来ない。
これは私の音楽への愛情と誇りへの実証だ。

こんな電話も有った。
「私は75歳だ。ギターをやりたいのだが、ほんの2ヶ月程、基本の手ほどきだけして貰えば良い。
あとは自分で簡単に出来ると想う。ギターなんて簡単だから、、、、」
私は各人の思想には関与しない主義だが
「貴方にはうちの教室には合わないと想いますよ。よその教室をお探し下さい、、、」
と、もし電話を盗聴されていても第三者に私を非難される危険のない内容と態度で丁寧にお断りした。

意識の相違だろうが、初めからギターを愚弄している。
こんな輩を指導すれば自己嫌悪でストレスが溜まるのは明白。
若い頃は自分を殺して、いわゆる世間の言う「お人よし」で生きてきた。
しかし、もうそれはしない。
私は精神誠意、音楽の喜びを伝えるがそれに値しない人間には独り相撲となる。

私の喜びは優秀な弟子はもちろんだが、趣味で在籍するわずかな女性門下生たち。それぞれ仕事、育児、家庭と諸事情の中、真摯にギターに向かい
ゆっくりだが、成果を得ていることだ。
いつまで続くかとの不安をよそにしっかりと継続され全くの初心者だったが、黒いオルフェや禁じられた遊びなど小品を、きちんと深いタッチで美しく奏でるまで学んでくれた。一般のレベル感覚より音は絶対甘く美しい。

対照的に学生門下の中には遊びの時間は優先しても
ギターの時間を後回しにする甘さが見られる。
生き方は自由だが最後に結果は自分についてくるのだ。

そんな程度の情熱では美しい音は得られる訳が無い。楽譜をコピーして入手し実質、感謝の意識もない様だ。
そういう時代といえば時代なのだが、。

甘えの構造を再確認すると、美容師。
慣れて来るとたいてい、手抜きをする。
私は切られた後は後の祭り。だが二度と彼に髪は切らせないで次を探す。
残念ながら。「良い人」と想うと甘く見てくるのだ。「この人は口うるさい」と思わせると真剣に対応する。強いものに弱く
弱いものに強い、卑怯な風潮だ。

シュバイツアーの名言どおり、音楽に対峙するアマ、プロの差はない。
唯一の違いはそれを職業とするかしないかだけなのだ。

機械ではない人間。熱意と誠意の無い者に熱意は伝えられない。
「高言令色仁少」

2006年7月5日(水)
ミサイル発射

北朝鮮がミサイルを発射した。
平和だなどと想っていたら明日は判らない。
フェンイトにせよ何にせよ、結果庶民が被害をこうむってから対応が始まる。
SFの世界ではないがボタン一つでミサイルを打ち合えば世界は終わりだ。
世の中は皆、安心しすぎて安閑としている。
もっとも,
じたばた心配しても事態は変わらない。


してみると人生、明日は分からない。
命有る間に悔いなく生きるしかない。
働くだけではまた虚しい。
人生を自分なりに人生、楽しく生きよう。
少しはエンジョイしなければ、もったいない。
精神的にも物質的にも自分なりに。。。

涅槃には魂しかもって行けないのだから。

2006年7月4日(火)
音による表現の

昨日は小説に対する感想、コメントを書いたが
あくまで私の主観である。小説は文字により言語を通しての表現。
必然的に作者の意図した世界を如実に作者の感性のレベルで垣間見る。
いつも感じるのはリアルズムにのっとり、性描写まで細部に渡り
表現するのは文学としては好きではない。
性の営みは秘め事。秘め事だから神秘的なはず。
「ふたりは愛の波動と調和により熱い抱擁とともに本能のおもむくまま
時を忘れて愛し合った。残酷にも愛しあう二人に時間ぼ観念はなくなり時間が収縮したように感じられるのが常だった。、、、」
この程度の描写で後は読者のイマジネーションに任せた方が文学だと想うが。
むしろ、愛の精神的不安、喜び、焦燥感などに
踏み込んだ表現の方が僕は好ましい。映画vでもそうだが
サービス精神?かかならず濡れ場がしかりと挿入されそれを堂々と演じるのが一流女優の風潮。
濡れ場がなくとも愛の物語はしっかり表現できるはずだ。
ポルノ小説との境界が曖昧になってきている。

音楽はどうか?オペラや歌詞を持つ歌は理解しやすい。
しかし歌詞によりイマジネーションは限定される。
器楽演奏になると音その物のの勝負。
若かりし頃は歌手を馬鹿にした時期も有った。
今は違う。優れた歌手はその声と表現力で歌詞以上の
ドラマを再現する。
ギターは音が命だ。蛇足ながらギターの弾き語りする歌手をギタリストと唱するのも少し不満を覚える。

ギターの音で情景を見せる。私はいつも悲しい曲しか好んでは弾かない。
真珠がビロードの上を転がる天使の涙の様な音を基本的に求め続けた。
チェンバロの様に乾いた音を常音としてとらえたら、それはギターではない。
もちろん私は乾いた音、メタリックな音も必要に応じて使っている。
巷ではダブルトップは音量だけで伝統名器にくらべ余韻が無い等?曲解をたまに耳にするが。
偏見も良い所だ。心底、美しい音を求め最後にダブルトップにたどり着いた門下は皆、美しい響きに感嘆している。
昨日も優秀な門下が一大決心で高い時価のダブルトップの名器を取得した。
しかしこの楽器は値段以上の仕事をするのは間違いない。
そればかりか、彼に新しい芸術の喜びを教えてくれるだろう。

我々とは対照的にどうしても現実を認められず、かつての伝統名器的、か細い硬質な音が甘いと言うならば
チェロ、ハープの音はその人に、とってはこもった音と言う事になるのだろう。

のびやかに、太く、豊かに、余韻の長いそして弾き易い楽器が悪い訳はどこにもないのだ。
ガリレオが地球は丸くて回っていると言って非難轟々の時代が有った。
しかし真実を知らせないほうが
幸せな人も沢山いる様だ。レプリカを本物と思い込み満足している様に。



2006年7月3日(月)
愛の流刑地を読んで

今、巷で話題になっている渡辺淳一の「愛の流刑地」を読んだ。
このところ文学は遠ざかりDVDなどばかりで物語を鑑賞していたのでたまにはと、魔がさして
流行の物に乗ってみた。
あらすじは、五十代後半の元ベストセラー作家こと菊治が、ファンの人妻・冬香と恋をして
情交を重ねる。果ては彼女の切ない「殺して」との願いに不本意?ながらもはずみで殺してしまう。彼女との接点は密会の度の情交のみ。その間、彼女への想いから書き上げた新作が
殺人犯と成ったとたんに、ベストセラーとなる。主人公は8年の実刑を受けて彼女への思慕で幕を閉じる。

以上が大まかな筋だが、裁判を始め情景などの細かい描写は一流な腕前だ。
世間はこの作品を概ね「純愛で素晴らしい」「自分もそこまで燃えたい」とか
好意的な憧れに似た評価が大半。

私はこの二人は純愛かもしれないが好きになれない。
何故なら彼らの接点は、愛と恋慕と言いながらも
事実、時間的にも、ほとんど肉欲だけでセックスを離れた時点での人間的尊厳の愛は認められない。
裁判で検事が主張する様に、愛する者の「殺して」との願いとはいえ、冬香には三人の幼子が居るのは知っていたはず。状況判断が独善的エゴイズムだ。
当事者は真剣かもしれないが、冬香にしてもエゴイストに感じてならない。
そこまで純愛と小説文中に有るように言い切るなら何故、正面から堂々と夫との家庭を清算し生きる愛を貫かなかったのか。
菊治にしても、うたかたの愛欲に溺れただけだと私は見る。
真実の愛と言うのなら、始めjからファンの心理を利用して計画的にちょっかいは出さないはず。
よしんば、後に純愛が芽生えたのなら私財を投げ打ってでも
冬香を子供、共々引き取る覚悟を持つべきだ。
菊治のような優柔不断で自分に甘い男が実際は大多数だろう。
だからこそ庶民の共感を得ているのではないか?。
冷静に読み返すとあたかも菊治は冬香に女性の至上の愛と喜びを与えた様に描かれているが?はたしてそうだろうか?
愛の無い夫に満足していない冬香の心と体の隙間に菊治は便乗し、自らの欲望を満たしただけにしか、私には映らない。
実刑が決まっても世の中は自分達の愛を理解していない理不尽と想い続ける。
この菊治は私の最も忌み嫌うタイプの男だ。

面白いのは殺人事件が発覚すると今まで出版も出来なかった本が記録的にベストセラーになる展開だ。
これは今の時勢を如実に表現している。
メジャーとは優れているからではない事。これを作者の渡辺氏自身が実感しているからだろう。
更にリアルなのは殺人を犯しても死刑にはならず
社会の仕組みにうまくのれば実刑中も印税で稼げる狂った世の中。
法律は加害者に甘すぎるのではないか?


世渡り上手ならば、もっともらしくこの小説を絶賛し、
作者の言葉「なんらメリットもない不倫こそ純愛なのです」に共感したふりをすれば良いのだろう。
私は敢えてお利口さんいはならない!純愛と言うならスタートは不倫でも最後は純愛と認められるべく命を賭けて正面から社会秩序に戦い夫婦になるべきだ。
あるいは最愛の者を殺してしまい、生前、冬香なしでは生きていけない純愛と言っていた菊治が何故生きていられるのか?
もう渡辺淳一の作品は読まない。これは私の好みで嫌いだから。読んだあと不愉快になった。金を出してまで現世の醜さを再認識する必要は無い。

偶然。「星になった少年」を観た。
象と象使いの少年の愛の話だ。

この少年が事故死する瞬間、可愛がられていた象たちが第六感で絶叫する。
こちらの方が純愛だと私は想った。私も動物は飼っているのでこれは実感として共感した。

アラブ諸国でテロが横行しアジア、アフリカでは飢えに子供が苦しんでいる。
そんな中で小説、映画にうつつをぬかせる状況とは何と平和なのだと痛感した。

2006年7月2日(日)
ワールド・カップ

ワールドカップでブラジル対フランス戦を眠い目をこすりながら観戦した。
1−0でひいきのブラジルは敗れてしまった。
ポルトガルとイギリス戦に比べれば仕方ない明白な結果。
PKでの勝敗は後悔が残る。
いつも想うがスポーツは明白に数字が優劣を示すので後で何を言おうが真実,
事実は明白で潔い。


音楽を思い出すと、そうは行かない。
フイギアスケート等、審査員の採点によるジャンルも音楽と似ている。
抽象的、感性の世界。
良く評論で「音をなぞってるに過ぎない」「音楽に踏み込めていない」
等、もっともらしく言うが
さればどうすれば満足する演奏になるのか?
一段いや数段高い所から見下ろすように言うのだから解決策も示すべきではないか?
自分だけが良く判っているとい言う自己顕示欲に満足する評論では音楽は育ちはしない。もっとも評論などいつも、一個人の感想文としてとらえているが。
育てようと真剣になるのは師ぐらいなものだ。自分に結果が跳ね返ってくるのだから。

極言してしまえば音楽はいわば好きか嫌いかの好みの世界だ。

そういった世界で、演奏する立場にある場合当然、最高のコンデションで立ち
向かわなければならない。いわば観念と情念の世界での生死の戦いとも言える。
そこで唯一の味方とは、、。そう一丁のギターだけだ。
自分の愛器に信頼と自信と満足が無ければ当然、満足の行く演奏は難しい。たけみつで斬り合い、負けたと言えば
同情は得られても「犬死」に至る。自分自身、心から最高と想える物、妥協の無い物を使わなくては駄目だ。
。最高の物を使っていても完璧になりえない厳しい世界。妥協している限り音楽にも妥協がみえるのは自然だ。


ストラリヴァリウスを使うヴァイオリニストはやはり立派だ。

私は自分の為に納得行く楽器を長年常に探し続けた。
楽器に関しては相当自己投資をした。お陰でかけがえの無い
耳と音を手に入いれた。今は自分の舞台の演奏の出来は誰よりも自分が把握している。
第三者に批判される以前に把握しきっている。
もちろん人間であるから賞賛の声には静かに微笑むが。自分に妥協なく自分なりに最高のギターで演奏していれば批評にそんなに動揺しない。
たとえば誰かに「貴方の顔は不細工だ!!」といわれても、それは大きなお世話だと言い切れば良いように。
 
外人の妻が時々、非日本的な事を言ってくれる。日本語に訳すと
「あなたのダマンを悪く言う人がいたら、、それは当然。だってその人のダマンではないのですもの。」単純至極な答えだ。ダマンとて完璧ではないが。従来の楽器に比べてキーボードの様に総てのポジションが明確に鳴る理想の楽器。よく楽器選びのマニュアルに書いて有る基本理想事項だが。これが嫌な人は使わなければ良い訳だ。ポジションでの音にムラが有って、つつましく独り言の様な表現が美しいならそう言う楽器を使えば良いのだ。
世の中ギターは音量は要らない!と全くナンセンスな意見を平然と言う製作家。演奏家も存在する。
彼らはギターを閉鎖的な密室・四畳半の音楽に戻したいのだろうか?
では何故コンチェルトでマイクを使うのか?矛盾している。
音量がいらないのはサイレントギターだけだ。
殺人・テロと理不尽がまかりとおる時代、ギター界のおかしな現象など取るに足らぬ事
それでも良い音は目隠しテストをすれば明確だ。


2006年6月30日(金)
ひとひらの風


窓辺から
ときおり、通り過ぎるやさしく、ちいさな風
初夏の暑さに消されそうになりながらも
かすかに、その気配を感じる。

通りの車の喧騒に混じりながらも
古代から永遠に尽きることなく
我が身を、かすめるそよ風。

夜になるといっそう、神秘をまして、
また冷たく
なり、ほんの少し触れて去って行く。

どんなに時代が変わり乱れても
本当の美しい物、音は
この風のように、
気ずかれる事がなくても

確実に有り続ける、、終わる事はなく。。、

この世に正義がないとしても 、、、

2006年6月29日(木)
初夏

まだ梅雨は明けないが初夏の気配。
農家をされながら、プロ志望の
門下生からお中元に新鮮な自家製のジャガイモ,その他を沢山頂いた。もうそんな時期かと歳月の速さを感じる。
今年も半分過ぎてもう七月はすぐだ。

レッスンを通して門下は太いチェロの様な次元の音に目覚めてくれる。
知らないとは恐ろしい物で入門前は
殆どの門下は既成観念からか?ギターは
音が小さくそれ程、太い音は意識になかった様だ。

門下の使う楽器に関して私は一切こちらからはコメントはしない。
しかしレッスンで一緒に弾いて私の音を聞く状態が続くと自ずと楽器の優劣を理解する様だ。
音の世界では本物を知ると幸せな反面苦悩が始まる。

より良い物を知るとそれを弾きたくなるのは自然。
音を愛するからこそ妥協出来ない訳だ。
師としては言葉ではなく本物の音を示すのも大切な仕事と想う。
 良い楽器はまた新しい音楽表現も教えてくれる。


2006年6月26日(月)
ダマン

いつも懇意にして頂いているフォルテ楽器さんからダマンが入荷との知らせを昨日の夜に受けた。
早々に門下にその旨、伝えたのが今日の朝。
しかし午後にはあっと言う間に売り切れた、とのフォルテさんから連絡を貰った。
私の門下生が悩む暇も無く、売れてしまった様だ。
時価で海外市場にも殆ど見られない。仮に市場に見られても同様に直ぐに売れてしまう。
世の中、判る人はダマン(ダブルトップ)の杉の良さを認識している証拠だと言える。楽器の出逢いはやはり縁そのものだ。決断を逃すと縁は巡ってこない。人生そのものだ。

2006年6月25日(日)
親睦会

門下有志の企画で親睦会がブラジル料理店で行われた。
私は行った事のない店だったので期待して行ったが?
レストラン自体にはかなり不満が残る。まず邦人店員が無愛想で早く帰れと言った雰囲気。およそラテンの優しさとはほど遠い。
居酒屋の方がよほど愛想が良い。
ほとんど返事もしない。オーナーは知ってるのだろうか?
僕は、二度と行かない。シュラスコも一回だけでインチキ。
もでも一人だけブラジル人の優しいボーイさんが居たから救われたが。
料理も、やはり本場には叶わない。
日本では大泉のブラジル人コロニーの方がおいしい断然おいしい。

初めての門下諸氏がブラジル料理をまずいと誤解しないか心配だ。

しかし会は楽しい至福のひと時。それぞれにギターへの夢を語り日ごろのストレスを解消していたようだ。

もうひとつ日本を再確認する出来事が有った。
東京へ直通のバスで小学校6年の娘に大人料金を払えと、運転手。

小6だと親が説明しても完全に懐疑心の態度。
娘は体が大きくハーフなのでピアスなどしてるから余計そう想われたのだろう。
健康保険証を提示した。すると、しぶしぶ、良いの一言。
ちょっと待てよ!!疑いをかけて間違いだったのに謝罪もなし。
許してやると言った態度。

悪徳警官みたいだな。犯人扱いして無罪と判ったから、帰って良い。と言うのに良く似ている。
抗議しようかと、葛藤が有ったが頭のおかしい人間には論理が通じない。
馬鹿は無視するに限る。東京について下車の際、再度、懐疑心の態度で娘をみていた。不愉快。
帰りのバスでは初めから保険証を提示。すると今度の運転手は逆に恐縮して「ありがとうございます」と爽やかだった。
どこにでも嫌なやつそして良い人は混在しているのだ。気にしない!!

それが人生。しかし、なにが有ろうと自分の音へのこだわりだけは妥協できない。
音はブランドではない、その実態が美しければ良いのだ。

いまだから、ある私の悪戯を告白。
CD「もしも彼女がたずねたら」でタイトル曲を始めと終わりに
二つのバージョンで入れた。
片方はフレタで他は無名のルカ。
どっちが好き?とたずねると90%はフレタの響きは素晴らしいやはり名器の風格、、、。と言った意見がほとんど。
中にはどちらも素敵でわからないと言う正直な答えも有った。

実はどちらもルカで録音した同じテイクをそれぞれに使用したのだ。だから音質には全く違いは有り得ない。
違いはカットによるリピート抜きの長さだけ。

ようするに先入観で音を聞いてるわけだ?
演奏会もしかり。マスメデイアでのメジャーには、うまいに違いない。一流なんだから、、。
そしてマイナーなプレイヤーには意地悪く旨い訳が無い。下手だ。。

そこまでいかなくても大同小異。かけがえの無い芸術の感性の世界。
すくなくとも音くらい自分の耳をきちんと働かせて生きなければ損だと想うのだが。

私はブランドに関係なく良い物に出逢えば迷わず使う。
家柄で恋など出来ない性分だから。
名前に惚れても意味はない。音に惚れなければ。
音楽も言葉や文章ではなくて
音で主張しなくてはね。
評論は安全地帯で誰でも確実に出来る。

2006年6月22日(木)
名工 長沢仁美氏を訪ねる

月曜から山梨の山中に住む知る人ぞ知る名工
長沢氏を訪ねた。ブラジル移住前にフレタ、ギルバート等
私のニーズで調整等でお世話になっていたが、なんと
14年ぶりの再会。今回は親友のギタリスト掛布氏に誘われ
ミュラーを調整してもらうための訪問だった。
まるで俗界を避けるかのような山中の静寂の中に遥か前方に富士を見渡す仙人の様な工房。

親切にも速攻で2本を即座に作業にかかり半日がかりで丁寧に調整してくださった。
弦高を下げる為にブリッジの駒を削り、更には駒の12ホールの弦通しの穴を埋めてから再度、穴あけ。これは至難の業だ。今まで以上に弾き易くなった。以前、掛布氏が作ってくれた、ブリッジも更に低めに調整してもらった。自作出来る掛布氏も凄い腕だ。

長沢氏も凄いが調整にこだわる掛布氏の美意識も凄い。
より良い音を求めてより良いコンデションを求める。
あたりまえの様だが一般的にはオリジナル尊重で手を加えないで
疑いも無く有り難がって演奏するのが通例・現状ではないだろうか?

一般的にビリつきを避けて高めな弦高が多いようだが。
ギリギリの低さでビラないのが理想。
また弦高が高いとヒステリックだが実際は音は飛ばない。
ちなみにダマンは@で2.2ミリだ。

怖い細い山道を掛布氏に導かれながら尋ねた甲斐が有った。
これでダマンと互角の名器が二本増えた。

長沢氏はマニアの間では実力は知れ渡り、一切
宣伝なしにオーダーは目一杯、入っている。
まさに俗界を離れた仙人と言ったところだ。
その仙人もダブルトップは初めての接触だった。
凄い鳴りですねと絶賛の連呼だった。

翌日温泉と富士山を回り、家族サービスで久々に爽快な時をすごした。


仙人・長沢名人と私



富士山で家内と娘
2006年6月18日(日)
松と杉のダブルトップ

人間とは愚かなもの。自分の手中に有ると知らずしてその価値を見失う事がある。
私が特注したカナダのダブルトップギター。現在4本持っている。
久しぶりに自分の楽器を弾き比べて見た。
レッスンで仕様中のミュラーには耳が慣れてしまったのか
特別の凄さを感じていなかった。

しかし、驚いた。イアンよりも、またダマンよりも太く憂いの有る音が出る。
やはり特注による松と杉のミックスによるダブルトップの成せる技か?

芯が有り娘と共に歓喜のひと時を過ごした。

楽器も心が有るのだろうか?あたかも嫉妬により
眠りからさめた、美女の様に朗々と美しくうたい鳴り響く。
イアン、ダマンもまた新たに違った響きに変わって来た。甲乙付けがたい。ステージでは一本しか使えない。贅沢な悩みだ。

現在手元に駄作は一本も所有していない自分に誇りと幸せと、そして満足を感じた。そう言えば今日は父の日だった。
家内と娘に連れ出されてイタリアンを食べた。もちろん今日だけは家内のおごりで。良い一日だった。さてサッカー日本を応援しよう。

2006年6月12日(月)

オーストラリアのスモールマン系のアーチドバックタイプのギター・イアンに出逢った。
他のアーチドバックは以前も使った事が有った。低音はチェロの様に太く申し分なかったが、高音に甘さが無く満足出来なかった。
今回のイアンは、予想どおり低音は甘く太い。高音は儚いせつなさを持っていた。
いつも気に入らないと3分位で弾くのを止めるところだが、2時間程、弾き続けて一目惚れして購入した。
ステージ用メインのダマンは当然、素晴らしく
最高の伴侶なのは変わりない。
今回の楽器は儚く何かせつない懐かしさを感じずには居られなかった。

ダマンが良家の美しき教養高き美人令嬢とすればイアンは哀しい宿命を背負った陰の有る美しさを持つ忍び「くのいち」だと想う。
弾けば弾くほど哀しいメロデイーが自然と溢れ創作意欲をそそる。

これを手放した人は、何故だろう?
価値が生かせなかったのだろうか?

楽器も、つくずく相性と縁が有る。
決して安い買い物ではないが、人生一度きり、
再度、同じブランドに巡り合ってもこの音に逢える保障はない。
迷わず買った。
お金は頑張ればなんとか後からついてくる。
後で知ったが、もうこの製作家は残念な事に目が不自由になり引退してしまったそうだ。

縁と、はそう簡単には訪れない。
かつてダマンに出逢った時も衝撃だった。

私のダマンはバルエコ使用特注の楽器。バルエコは凄い演奏家である事は私も承服している。
しかし、彼の音は私の求める音とは違う。従って自然とダマンもそんな音だろうと想っていた。
しかし、縁とは不思議なもの。たまたま試奏する機会に恵まれた。
驚いた、私の指から長年、求め続けていた、太い甘い豊かな音がほとばしる。
どのポジションもあたかもキーボードの様に均一に鳴り響く。

音量も従来のフレタ、ハウザー等、私がかつて愛用した楽器の三倍は優に有った。
私と娘で共用して、これは数々の実践現場で実証済み。

多くの方から楽器の名を賞賛と共に尋ねられた。
このダマンは大いに気に入った。しかし僕にとってはそれほど有り難くも無いバルエコの自筆のメッセージが有りプレミアがついて居てとても高い買い物だった。
その後演奏会で十分すぎる仕事をしてくれまた新たな境地も開拓出来大満足している。今思えば値段以上の仕事をたっぷりしてくれた。してみれば安かった事になう。

では何故?またイアンを、、。
それは常により高い美しさを常に求めるから。

現時点ではタイプが異なるダマンとイアン。どちらが私に合っているかは、時間をかけて舞台で使って見なければ結論は出ない。また出す必要もない。どちらも愛しい私の伴侶にかわりはないから。

今日、また新たに新しい出逢いを求めてオーストラリアの製作家に注文をした。
出逢いなどと言うと、今流行の悪徳サイトをイメージしそうだが(笑い)
私は純粋な芸術的ギターとの出逢いを求めているのだ。

人生、生きてる間に悔いなく過ごさなくてはもったいない。あの世には魂以外、何も持っていけないのだから。

自分を高める為に少なくとも楽器に関しては常に浮気心を持たなくては、向上は止まってしまうと想う

音は本当に嘘の無いかけがえの無い神秘の世界だ。



2006年6月8日(木)
ヤン・シャフェイの新譜

私の好きなヤン・シャフェイのDVDとCDがEMIから出た。
しかし日本では発売されない。日本の尺度ではマイナーなそうだ。
しかし、輸入して見て聞いてみると、日本の業界は耳がないな!と再確認する。
要は売れるか売れないかが重要であってj実力より人気。売れる虚像が重要なのだ。
世の中はマスメデイアの紹介を元に判断するから当然、マイナー扱いされれば
ほとんど陽の目はみない。しかし、ヤンがマイナー扱いされているのは日本くらいで世界では超一流アーテイストとして名実共に世界で活躍している。だから少しも憂うことはない。

私は個人的に彼女となんら関わりはない。しかし好きだ。
音に儚さと哀しさが有るから。
かつてプロモーションで来日し、ほとんど宣伝もされず雑誌にも
小さく載った程度だったが、その時の演奏の驚異は今でも忘れない。
まず美しい音。

そして太い豊かな音量。
感性有る誌的叙情表現。

私にとっては総てが大満足なコンサートだった。これは以前も日記に記したと想う。
DVDをみると深いしっかりしたタッチが確認出来る。
スタンダードナンバーを美しく弾く、ビデオクリップとなっている。
すくなくとも私の日記に興味を抱く皆様にはヤンの実力を認識して頂けると想う。
なにせジョン・ウイリアムスが、
マスタークラス受講生の幼い彼女の音楽に感動して自らの愛器スモールマンをプレゼントしてしまったのだから。
ジョンも流石、観る目が有る。巨匠の太っ腹。

人生一度。それをマスメデイアの情報操作に踊らされて
判っているつもりになっては
虚しいと認識して頂きたい。

芸術は先入観なしに自分の好みで判断してもらいたい。

「くごか」も大半の賛同を得ているが、どこが良いか判らないと言う人もほんの僅かいる。
それはそれで素直な好みで良いと想う。感性が違う人にはメッセージは届かなくても仕方ない。

しかし、グルメのテレビに出れば迷わず、揃ってラーメン屋に、行列して満足する民族。

やはり永遠に踊らされ続けるのが実態なだろう。

それでも音と言う真実の世界。判る人は判るはずだ。

2006年6月5日(月)
ファンからのメール

私の演奏会を聞かれた方がご自身の機関誌に印象を記述され、その内容をメールで送って下さった。
小貫俊宏氏の文をそのまま本人の了承を得てここに
紹介させて頂く。

 友人から招待券をもらい、妻と東京文化会館のギター演奏会に行った。ギターフェスティバル2006、『匠』コンサートの名のとおり、3人のギタリストがそれぞれの技を存分に披露してくれた。中でもいちばん感銘を受けたのは中峰秀雄氏奏する伊福部昭氏の“箜篌歌”だった。聴きながら自分の記憶が次々と現われては消えていった。前回上野に来たのは2年前、姉から展覧会の券をもらい、父の介護でやや疲れ気味だった妻と歩いた。妻の父はその1年半後に他界した。5年間の介護の末だった。チケットをくれた絵の好きな姉も一昨年の夏、突然病に倒れ、今年の1月に亡くなった。演奏半ばにさしかかり、中峰氏オリジナルのフレーズの時、小学3年生の夏の思い出が突然蘇った。その頃、寝付きが悪くなり、夜中によく目を覚ましていた。ある晩、何かの気配に目を覚ますと、姉がなぜか蚊帳の外側に布団を敷き、白い顔をしてニコニコ笑っている。あれ?と思うと、姉はスーッと闇に消えて行った。静まりかえった空間に益々眠ることができなくなり、天井ばかり見つめていた。その盆に父方の祖母が亡くなった。その後、不思議と不眠からは開放された。演奏中の中峰氏の表情を見ると、とても悲しい顔をしておられる。聴衆を前に演奏をしているのだけれど、音を天空の世界に捧げているようだ。そして、目には見えないけれど、そこからパワーが増幅されてこちらに下りてくる、そんな気がした。感動した。演奏家が聴衆に聴かせようとするだけでは、曲の認識はできても魂を揺さぶられることはないと思う。それだけではない何か、弾いているのは中峰氏であっても、もはや中峰氏ではない、何かの力が氏の手を使って伝えようとしている。それが亡くなった伊福部氏か別の世界のものかはわからない。あの会場でそう感じたのは私だけだろうか。最後に自我とはかけ離れた中峰氏独自の表現とともに演奏は終わりを迎えた。と同時にステージの中峰氏の表情はあのいつものにこやかな笑顔に戻っていた。横にいた妻が目を輝かせ、「よかったね」とポツリと言った。そう、何かはわからないけれども、心底よかったと感じられるのが舞台芸術の真髄だろうと思う。音楽は耳と頭で把握するものではなく、身体全体で感じとるものだから。聴衆は(私も含め)、演奏家が何を奏でたかを知るためではなく、如何に表現しているかに感応するために会場に足を運ぶのだろうと思う。そういう意味で、思いつきではない思惟必然性を持つ中峰氏の加筆、そして演奏に私は霊性を感じた。大げさだろうか、そう思うのは私だけだろうか?

中峰さん、Muchas gracias
065.29 小貫俊宏

以上だが、おほめ頂き恐縮だが、世の中、賛同して下さる方も居るのだと言う事実に心強い気持ちになった。なにが有ろうと心理を求める事に終わりはないのだ。美しい音を更に求めたい。

2006年6月1日(木)
師匠からの手紙
世の中は人間がつかさどるもの。
当然、権力者の意図が

是非に関わらず浸透し、支配している。
演奏会も商業ベースに乗っていなければまず動員もたやすくは無い。
自分のメッセージを渾身の想いで奏でてもその場に居合わせた人々にしか伝わらない。
今風のマイナーの悲哀だ。
商業ベースのメジャーが芸術的に優れているとは限らないことも知り尽くしている。

また商業ベースの寸評に一喜一憂するほど、もう若くは無い。

私は「くご歌」の中に永遠に変わらぬ
この世の
非情と悲哀を感じずには居られない。
邪推かもしれないが、今でこそマエストロ伊福部昭先生だが、
かつては、出る杭は打たれるが如く、不当な評価の時代が有った物と感ずる。
そんな時の「それでも美しさは変わらない。自分の芸術は曲げない」
と言った作者の心が「くご歌」に有る様に想う。

中間部のアリアは嘆き、むせび泣きそのものだ。
自分なりに、ベストを尽くし、演奏会を終え、いつもの様に、いくら太い美しい音を舞台で再現しようとも、この世のルールに従い、自分は永遠に日本的マイナーなのだと醒めた日々に戻っていた。

かつての師匠、津田昭治先生から手紙が届いた。
先生、曰く「中峰君の気持ちが良く伝わり、哀しみの日本の情景が瞬時に次から次へと流れし感動した、、、、・」
とのありがたい内容だった。細かくは書かないが師匠がその時感じられた情景を、約10数種類、手紙にしたためて下さった。その勢いに心から共感して頂いた真意がひしひしと伝わった。
私は、その手紙を読むにつれ、涙が溢れて止まなかった。
二十年の遠い昔に師事した師匠がわざわざ、賞賛の手紙を自筆で下さった。
この私利私欲の横行する時代にかつての不肖の弟子の為に。
これは優しさ、愛、まごころ、以外の何者でもないと想う。


私は今日まで、父の死後、20歳の遅いスタートでギタリストを目指して以来、
突っ張って、がむしゃらに生きてきた。決して誰にも弱音は見せなかった。
いつも明るく、不幸とは無縁の如く努めて演じて生きてきた。
しかし、人生の哀しみ、痛みは誰よりも味わい、知っている。
だから悲しい曲が性に合うのだ。
なんども、叩かれ潰されそうな時も有った。
コンチェルトをオケで一晩に四曲演奏してもさほど、話題にもされない辛い時代が有った。

津田師匠のやさしさに、今までの苦難の時代が走馬灯の様に脳裏を走り、独り教室で泣いた。
「くご歌」は私にとって「悲哀の中に愛を伝える」
哀歌そのものなのだ。

尊敬して止まないかつての師匠に私の心が届いた、ただけでも報われた気がする。

たとえ今、評価されなくとも死後に評価されるべくベストをつくす。

2006年5月29日(月)
演奏会

昨日、無事に演奏会を終えた。
天気予報では雨だったが、午後はからりと晴れた。
伊福部昭氏の[くごか]
の中間部に琵琶行、と聖なる泉の

フレーズを私のアレンジで入れた。追悼の意味を込めて。違和感なく素直に織り込めた。
後半のアルペジオのアッチェランドは本能的に加速し綺麗に弾けた。
大沢一仁先生に
「天国で伊福部君が喜んでいるよ」
光栄な賛辞を頂いた。20分強の曲だが聴衆もしずかに聞いてくれた。
自分なりには手応えが有った。
門下始め沢山の方からそろそろまた
リサイタルをして欲しいとの声が上がった。

考えてみよう。

2006年5月25日(木)
快調

昨日書いた。嫌な記憶は祈りながら演奏する事によって
あたかも、ビデオの記憶(つまり嫌いな映画)的に
すっきり処理された様で、実に快調な日だ。ダマンも最高に良く響く。
ダンンは音質が嫌いと言う人が居る。
当然だ。だってその人のダマンではないから。私のダマンは音量はもとよりせつない甘い音色が命だ。押し付ける気も毛頭ないが。舞台での唯一の味方。
絶対的信頼と愛情の有る楽器を使うのは自然だ。
今のところ、彼女(ダマン)が最上だ。

嫌な記憶は、、嫌いなビデオは捨てるに限る同様に、、うまく削除出来た。


時間は止まることなく流れている。その流れに
乗って表現するのが音楽芸術。
時は変われど
、物理的には瞬時に放たれ消え行く音。しかし永遠に消えない感動の響き。その感動を捕らえる心の神秘。
心とは人間とは不思議だ。

演奏会の日は晴れればいいのだが、、。

2006年5月24日(水)
くご歌

後、数日で文化会館でくご歌を演奏する。
当然、仕上げの練習に余念がない。
原曲の20分に敬愛してやまない伊福部氏の作品のモチーフを僕なりに
アレンジして、中間部に追加して演奏する。これは意図的な物ではなく
本能的に自然と練習中に生じた。伊福部先生の霊魂が命じた物だと
信じている。結果約25分の曲になる。この25分に伊福部氏への哀悼と敬愛の
念を表したい。恐らく批判的な意見も有るだろうが
かけがえの無い私の演奏だ。私に迷いは一切ない。

音楽が劇的な運命的/悲哀を含んでいる為か皮肉にも演奏中、過去の辛い想いでなどが心をよぎる。
さらには嫌いな人間までもが脳裏に蘇る。人生、悲しいかな、信じられない程、自分本位で卑劣な人間もいた。善が有れば悪もまた同時に永遠に存在するのだ。

嫌なものは記憶から消去してしまう主義なのだが、人間はやはりもろく弱い。
乗り越えたつもりでも心の傷はどこかに痕跡を残しているのだ。

それでも、音楽を美しく昇華させるために、
神への祈りを伴って奏でる事にした。

歴史を振り返れば多くの理不尽が、平然と過ぎている。

それに比べれば私の痛みなど小さいものだ。
演奏会と言う限られた空間を共有する、聴衆にくご歌のメッセージを伝えたい。

2006年5月15日(月)
現代辛口事情

もうすぐ私の演奏会が来る。
いつもそうだが、門下生には決してチケットの強制はしない。
結果、沢山買ってくれる門下、事情が有って来れないと恐縮する門下、
はては、全くの無視をする門下、と現代の風潮を如実に現す事象を身を持って感じている。
また経済的にも厳しい時代だから仕方が無い。さらに聞く気の無い方に聞いて貰っても会場の雰囲気がマイナス要因となり良い結果は生まれないのだ。

昔の時代のようにノルマをかければ門下の数から言って軽く100枚は、さばけるのだが、そうは行かない。
幸いにも7割の門下は協力してくれている。
私としては買ってくれない門下には嬉しい気持ちはにはならないが決して淋しくはならない。
人、それぞれ事情が有るのだから自然に受け止めている。
また聞く気のない人は概ね場所と時間が自分の都合に一致したから
教室に通っているだけで、私の芸術、音うんぬと言う方ではない。

私は総ての門下が私を慕っていると、想う程、自惚れては居ない
価値観の相違なのだ。
私だって興味のない物は買わないし聞かないのだから。
責める気も恨む気も全くない。
今後もプロとして誠意有るレッスンを提供する事に
なんら変わりは無い。

21世紀に義理人情を期待してはいけない。
それでも私は門下達には義理人情の古い生き方で接して居る。

演奏会では、総ての聴衆に私の
感謝のメッセージとして、っ全身全霊で伊福部氏の哀しい調べ「くご歌」を披露したいと想う。
古き良き時代。
大和民族の愛と悲しみと誇りを込めて。

私は今もブラジル時代同様に
サムライ・ギタリストなのだから。

2006年5月8日(月)
生きるこつ

自分もあまり世渡り上手とは言えない。
いつも、本音で物を言うので誤解も多く敵が多い。
今朝、ふと気がついたのだが、生きる上で恨みの思考観念はマイナスにしかならない。復讐等を原動力に頑張ると言う
パターンも有るが結局、自我を痛めつける事にしかならない。
嫌なこと、嫌な人は忘れるに限る。
どうすれば忘れるか?それはこだわらない。執着しない事だ。
例えば、偶然起きた理不尽な事・言葉の暴力をいつまでも引きずると言う事は
その言葉を受け入れた事になる。一蹴して忘れる。
そうしないと限られた記憶容量がもったいない。

考えればその嫌な相手は、他人を傷つけた事の自覚の意識がないのがほとんど。
一人だけ取り残された様な心労は馬鹿らしい。腹をたてない事にしよう。
また他人の言動によって傷つかない様心がけよう。処世術が下手と言う意識も捨てよう。
これが出来ないから実はみんなストレスが溜まっているわけだが。

蚊にさされて延々と怒り恨む人はいないはず。
逆手を取って嫌なやつはゴミだと心底、認識すればいい訳だ。
出来ないうちはまだその相手の人格を尊重してる事になるのでは??

限られた人生、身も心も自分の為に、大いに謳歌させなくては。

分かっていても時々忘れて、落ち込む。
それも人間。自分で自分にエールを贈ろう。
信念の魔術だ。人生、最後は意志のままに。
諦めてはだめだ。

2006年5月7日(日)

今日また薬指の爪が欠けてしまった。
半年以上、この状態が続いている。原因は付け爪の際の
接着剤が爪をもろくしたのだ。雲母のようにはげて壊れてくるのだ。
要は接着剤の影響を受けた爪が全部
新しい爪にならないと駄目な訳だ。仕事柄、必要にかられて付け爪で対処してきたつけが回って来ている。
これも試練。しばらくは指頭奏法でしのぐしかない。

ようやく暖房もいらない季節の感じだ。時間の経つのは早い。
二階のトイレをウシュレットに取り替えようと自分で工事を始めたが、水止栓がさび付いて素人ではとても無理な感じ。
以前、一階の時はうまく行ったのだが。
イエローページを見てお助けコール。流石はプロ、あっと言う間に工事完了。お金はかかったが排水のトラブルを考えれば安心。それに疲れずに爪も傷めずに済んだ。やはり、各分野、プロとは凄いと想った。自分も音楽のプロとして頑張らなくては。

2006年5月6日(土)
芸術のきびしさ

芸術とは永遠の課題。
絵画、音楽、舞踏等それぞれのジャンルで登竜門としてコンクールが存在する。
しかし、毎年世界中で多くの一i位が誕生しているがプロとして本当に残るのはほんの一握り。何故だろう。
それは、コンテストの土俵では各審査基準により優劣が決まるのだが、
そこにはカリスマ性やスター性などはあまり考慮されていない。
仮に一位と言うタイトルが有ってもそれが、即、聴衆動因と永続的な保障とはならない。
絵画にしても売れなければ食えない。
演奏会も興行として成立しなければ、自滅して行く。
これは、厳しいが万人の実感する事実だ。
またつくずく思い知ったのは根性と努力だけで答えが出ないのが芸術なのだ。
さらに突き進めれば、芸術は商売に繋げると矛盾も生じる。
しかし、私の経験から告白させて頂くと
どんなに著名で評価を獲得している演奏家であっても個人的趣味に合わない場合は感動出来ない。
もっと正直に言えば世界的、、、、と言われた奏者であっても、オペラでも他の奏者にしても横綱のような体格とふてぶてしい(こちらがそう感じるだけかもしれないが)表情から受ける演奏はおよそミューズの神の声には感じない。
多分、私が低俗なのだろうが、舞台を見る限り、無理だ。要は料理と同じで好きか嫌いか絶対評価など有り得ない。
万人向けはファミレスになって行くように。
もっとも、クラシック界は例えばピアノのマキシムとかビジュアル系の名手を軽蔑する傾向?とあるいは忌み嫌う流れも有る気がする。
イザイ、セゴビア、カザルス、ハイフェッツと歴史的巨匠は究極的な次元で美しいオーラが有る。
だから巨匠なのだ。あたりまえだが、それ程厳しい世界なのだ。
自覚すればするほど恐ろしい世界に身を置いてしると実感する。

2006年5月4日(木)
コンクール礼賛

コンクールには賛否両論が有るが要は受ける側の意識だ。
コンクール参加により平常心ではトライしきれないような難曲に挑戦し、レパートリーが増えていく。
娘の場合もロドリーゴのファンダンゴ。バッハのリュート組曲第二番、タレガの椿姫等
大きな財産を獲得した。コンクールでなければ
呑気に構えとても習得しきれなかたと想う。
多くの審査員の前で披露する体験は素晴らしい勉強になると想う。
要はそれに自ら固執して自縛されてはいけない事。
もちろん入賞に越したことは無いが目標は長い音楽の真実なのだ。
生きるというう事も同じだ。ポジテイブに前向きにそして愛を持って生きないと
結局、乾いた虚しい結果を招く。
優しい清い心、大切だ。
人生は価値が有る。生きる幸せを感じなければ。

2006年5月3日(水)
コンクール

今日はクラシカルギターコンクール。
いつものとおり(親馬鹿マネージャー)で私は奮戦。
小6の娘は昨年同様、トップの成績で
予選を通過した。

これは友人の審査員が教えてくれた。
これだけでも、多くの大人を相手に頑張った娘に私は満足だ。また音質に関しても親父の理想を踏襲してくれて満足している。
本選は去年より遥かに向上、自由曲は私の教えたとおり弾いた。私としては最高の出来と想う。ファンダンゴを走ると評されたが逃げの無い緊張感溢れる解釈だと想うのだが。今後もこの、スペイン的弾き方を徹底するつもり。(笑い)ともかく3分少々で弾いてしまったのだから超絶的行為だ。でも安全にゆっくり弾けば楽で良いのに(笑い)
残念なのは課題曲のバッハ、一番易しいサラバンドを三度も弾きなおす
馬鹿なミスをした。本人も分かっていながら変な事したと反省。
やはり、子供。体力配分が下手なのだ。小さな手で親父の使う
666ミリのダマンを弾くのだから無理も無い。
会場では音の美しさ音量とも好評だった。多くの方から楽器の名を尋ねられた。

いずれにせよ大いに娘にとって勉強となる一日だった。
結果は今年は五位とワンランクダウン。
たゆまぬ努力の必然性を娘はやっと?実感してくれると良いのだが。
実力を出し切るにはその裏ずけとなる修練が必要なのだ。

予選でもボンミスで涙を呑んだ才能がいた。
たかがコンクール、されどコンクール前向きに活用しなければ。
押しつぶされてはいけない。まだまだ親父の私も、頑張らなくては。
つかれたが爽快な一日だった。
入賞者の皆様に敬意を評しおめでとうを心から申し上げます。

2006年4月30日(日)
発表会

第14回の発表会を終えた。
今回は22組と参加も多く、始めの三組は私が伴奏をしたので
結構、慌しい一夜だった。六時半開演で休憩なしで、九時半までかかった。
しかし思えば帰国早々の頃に比べ、層が厚くなりバッハのシャコンヌを弾きこなす門下まで育てる事が叶い感無量だった。若い人は私が何年も悩み考え抜いた運指をあっさりレッスンで習い
短期間にマスターしてしまう。
砂漠が水を吸収するようだ。

どの門下も違った環境の中でそれぞれのアプローチでギターを愛している。
ステージの結果はその瞬間だが、出来の良し悪しにかかわらずそれぞれに感動と価値が有った。
同時に音楽は人なりの如く、奏者の人柄が如実に伝わり芸術の厳しさを再認識した。
継続は力なり。毎回、それぞれ進歩している。
久しぶりの打ち上げがまた楽しかった。酒が入り門下の本音を聞いたり
冗談を言ったり。
みんな私のレッスンは一緒に演奏されると精神的に怖いそうだ。

私は絶対に怒らないし優しい指導をしているのだが、フィールドの高さに恐れを感じるとの事だった。美しい音と言う、
かけがえの無い財産を
習得すべく、生きる気力に満ちた門下生達だ。
私も厭世思考など吹っ飛んでギターを始めた頃の純粋な心を思い出した。
芸術は奥深い素晴らしい世界だ。
俗世の毒気に負けてはいられない。

2006年4月27日(木)
くごか

来る五月の演奏会で「くごか」を弾く。
練習すればするほど、その響きの深さに感動する。
ギターが鳴り響くのだ。思えば少年時代、刊行間もない
GG誌の付録に「くご歌」は載っていた。当時その楽譜の
古風な竪琴を弾くイラストに心惹かれたものの、当時の私には難しくて
お手あげだった。去年、琴の名演奏によりその存在を思い出した。
全編に、悲しみが溢れている。アルペジオの旋律は嘆きの歌そのものだ。
その音は心をタイムスリップさせて遥か遠い古代の邪馬台国に馳せる。
今ほど科学は発展していない自然の時代。
しかし、大和民族の愛と誇りと正義に溢れた時代だと想いたい。
この、「くご歌」に、今の自分の全霊を注ぎたい。

最近は厭世思考の傾向に有り、かなり私自身は覚めている。
この世の評価、価値観。いったいそれが何だというのか?

真実はひとつ。そして真実が報われない事の多いのが現世。
権力に都合よくつかさどられた世の中だから。

それでも、遠い神に向かって奏でたい。

2006年4月19日(水)
娘のレッスン

小6の娘を昨年の暮れから、
ソルフェージュのレッスンに就かせた。

順調に基本を指導して頂き安心していた。
娘が先週、急に止めたいと言い出した。
コンクールの前で課題曲を客観的にギタリストと違った視点で指導して頂きたくお願いに伺った直後の事だった。
娘、曰く。ミスを指摘するだけで解決策をくれない。また見本をピアノで弾いて見せてくれないから、テープレコーダーでの自習となんら変わりがない過激な意見を言う。
私が東京でレッスン中に、娘と家内で退会してしまった。
こうなると、もう師弟関係は崩れたので良い学習は望めないと事態を成り行きにまかせて今後を思案していた。
すると音楽院の方から気を使って、他の講師の体験レッスンを薦めて下さった。
こちらとしても他の先生を探そうとしていた矢先なので有りがたくご好意をお受けした。
それも二人の先生から納得行く先生を選んでくださいとの贅沢な条件。
私も門下を持つ立場上、心情的には講師の先生には申し訳ないと思いつつも、
面接に向かった。一人目の先生は、優しく誠実で控えめな方だった。
娘のバッハを遠慮しながらも、バス進行等を指導して下さった。
二人目の先生はフルートとピアノの名手との事。
彼女は自信に溢れしっかり目を見て話す、強い演奏家のオーラが漂っていた。
レッスンは私は同伴せずに娘ひとりで受講させた。
レッスン室から出てきた娘は「この先生凄い、、、」
と興奮しながら出てきた。はじめの先生ももちろん優秀な方なのだが、
娘の判断に任せた。ここに改めてレッスンの厳しさを再認識した。
生徒が気に入らなければ芸術は理想的には学べない事実だ。
どうやら、娘は以前の先生の時期は私に気を使って満足している演技をしていた様だ。
芸は人なり。と言うがまさに人間的、印象が如実に音楽に反映する。
師匠に対して畏敬の念とともに憧れが加われば一層、学習意欲が沸くのだ。
レッスンの録音を聞くとストレートで私自身も感動する内容だった。
リュート組曲第二番の課題曲を初見ながら、和声展開、フレージング
など的確にピアノで実際の音として模範を示してのレッスン。
案の定と言うか?私の解釈で演奏した娘のバッハは「ちょっと、エロイね?だから人を惹きつけるね、、、、」
と先生から言われた。(笑い)チェ・ジュにちょっと似た素敵な先生。
娘も私も素晴らしい先生に、出逢えて感激の一日だった。


2006年4月17日(月)
メールに思う

メールは実に便利だが、その反面人間性を如実に反映する。
これは大分、以前にも述べたが、自分の必要な内容だけを送りつけて
その答えをもらえばそれで終わり。と言うじつに自分本位な質問メールが多い。
私も、今後は一切、メールによる技術質問に答えるのは止めにした。
こちらが好意で解決策を返信しても、なんら一言の礼もない。
あたかも、プロは答えるのが当たり前と錯覚している様だ。
そういった、礼儀を知らない人間に良い音楽など奏でられる訳がない。
世の中悲しい時代になった。
日本人とはけじめが有り、礼節を重んじる民族だったはずだ。
私はかならず物事、確認、けじめをつける主義だ。
メールと言う電子の影に隠れてのやりたい放題。
そう言った輩は無視するしかない。
技術をメールというタダの手段でいともたやすく習得しようと言う考えも、勝手過ぎる。
それ故に私は以後、秘儀の公開講座は一切配信しない。

月謝を払って真剣に学んでいる門下に申し訳ないからだ。
電話セールス同様に一方的にメールで幽霊のように尋ねてくる
現象に怒っても無意味だ。
しかしあまりにも利己主義な人間が多すぎて嘆かわしい。
電車に乗れば、あたりかまわず化粧をする女性達。
恥じらいも、誇りも有った物ではない。
悲しい時代だ。

2006年4月13日(木)
門下の新刊

私の門下に、優れた精神科医がいる。
彼は神崎仁・氏。自我分裂と言う名著を出したばかりだ。
彼は日本永住権を持つ台湾出身のエリートだ。
彼の本は、精神科の論理の歴史と自己の考察を加味した大変高度な内容で
各章、何度も繰り返し、そしゃくしながら読まないと難解だ。しかし文献知識の広さそして彼の洞察力に改めて凄い弟子だなと、感嘆した。
入門当時は、影の有るニヒルなダンデイーな紳士と感じていた。
悩みが有りそうなのでいつもの私流のやり方でオーラを与え元気付けようとしたものだが、その時、中峰先生は精神科医のカウンセリングに似ていると言われた。
後日彼が、精神科医と分かり、恐縮した次第。
しかし、レッスンと精神科のカウンセリングは共通性が有る。
瞬時に各患者、(生徒)の状況を把握し最善の解決策を見出す。
そこに誠意と愛がなければ良い結果は生まれず信頼関係は築かれず疎遠化して行ってしまう。
彼の癒しはギターだそうだ。私の場合、そうはいかない。
仕事になってしまうと癒しにはならない。
油絵が趣味だったが、スペースと匂いそして爪への影響で長らく画いていない。

2006年3月26日(日)
ウイルス

先週PCウイルスに、やられてしまった。
駆除ソフトも役に立たず結局、再インストールでやっと復帰。
世の中何故、こうした自分に得のない事で喜ぶ輩がいるのか?
これを機に大事なデータ処理はもう一台のPCに総て、うつした。
インターネット専用のPCに使い分ける事になった。
いつも厄介なのはデータバックの再インストール。
でもこれが世の中。悪も善も永遠に存在する。
私はギターを通じて幸せを見つけかかわる人に幸せを与える。
それが天命と自覚している。
門下たちは人生のドラマだ。各人がそれぞれの生き方を頑張っている。
幸せな人も沢山いるが、幸せな中にも悩みは在る。
そんな、門下の心を読み取り、わずかの時間だが、レッスンの中で
モチベーションアップを促す。私は自分自身で自分のモチベーションアップするしかないが(笑い)
しかし門下が満足気な表情で帰っていく姿は私の喜びに他ならない。
我ら,たくみ「匠」の会来年は室内楽の夕べで今年のメンバーに更に、兼古、加藤の両名手が復活する。
生きるとは進む事だ。

それも信念と愛を持って。

2006年3月19日(日)
大聖堂

今日、私のCDを以前、買って頂いた方から何故速く弾くのか?との
お尋ねメールを頂いた。きちんと実名でお尋ね頂いたのできちんとお返事を差し上げた。
おそらく、世間の皆様も同じ感想をお持ちだと察しここに説明をさせて頂く。
私自身は速く弾こうと想って速く弾いている訳ではない。
バリオスへの敬意が結果、あの速度で録音されているわけでだ。
もっとも思い出せば貧乏楽士の定め。限られた録音ホールのレンタル時間ギリギリにあわてて入れたワンテイクの大聖堂だから焦って速く弾いたのかもしれないが。(笑い)
聞いてみて私自身も一般感覚よりは明らかに速いなとは認識している。しかしおかしいとは感じなかった。以後、ライブでも意識せずして自然に今の速度になっている。
1、2楽章があれだけたっぷり叙情性豊かに泣きを入れる訳だから
3楽章は堰を切ったように激情がほとばしるアレグロで有りたいと想う。
宗教的アレグロ。僕は忘れない南米の澄み切った秋のモンテビデオの淋しい青い空。
私はバリオスの当時の嘆きを感じた。
世渡り上手でないバリオスはあまりにも不当評価の人生だったと感じる。

死後、著作権もきれて商人の手によって日の目をみた訳だ。
セゴビアはもちろん偉大だが、やはり政治家だったとも想う。
だからこそギターを今日レベルまで発展させたのだから、感謝こそすれ責める気は毛頭ない。
かたやバリオスの身になれば本物が無教養・異端扱いされいわば屈辱の日々。
もしかしたらバリオスは神の様に心清かったので
怒りも悲しみもなったのかもしれないが?
でも僕は、自分の芸術が評価されなくて幸せなはずは無いと確信する。
また舞台演奏を行う人間に自己顕示欲がない奏者も無い。
バリオスの心の葛藤を3楽章には感じている。
どうにもならない焦燥感、怒り、絶望、あたかも苦しみのはて神の元に昇天したかの如く、、僕には響く。
これはバッハのシャコンヌも同様だ。

僕のシャコンヌを「もっと勉強してください」と抽象的な批判を頂いたが
僕自身は???。当然勉強は続けるが、抽象論は卑怯だ。
演奏家なら演奏で示して頂きたい。
嬉しい事に門下が所属する音楽学校で僕のバージョンで
ほぼ、僕のコピー的なシャコンヌをギターで演奏して絶賛された事実がある。
学長の巨匠・海野義雄氏にも、にこやかにおほめ頂き、ヴァイオリニストをしてギターの方がシャコンヌは美しいとまで言われたのだ。しかしその空間では誰も私のバージョンとも存在もしらない。
良いのだ、真理は一つだ。

大聖堂に戻ると仮に、私のテンポが速すぎると信じてゆっくり弾きたい場合。

もし私のテンポで弾けるなら、一層余裕を持ってゆっくり表現できるのは事実だ。
私の演奏を速すぎると切り捨てる前にその速度で弾く技術を学んでから言って頂きたい。
私のまわりのギター以外の音楽関係者からは私のバリオスは速すぎるとのコメントは頂いた事がない。
弟子たちは知っているが運指に秘密が有るのだ。
これは
企業秘密。
将来出版が可能になり皆様に公開出来る事を願っている。
日本的マイナーな私では難しい。

2006年3月18日(土)
遠い封印された記憶・

今日、つくずく私は動物が好きなんだなと会話をいているうちに遠い昔の事件を思い出した。
小学生の頃、伝書鳩を20羽程、飼っていた。
初めは父が一つがいの鳩をどこからか、貰ってきたのが事の始まりだた。
はじめて伝書鳩と言う存在をしり図書館で情報をあさり、
こずかいを貯めてはコツコツと血統書付のの良い鳩を見つけて徐々に増やしていった。
想えばわずか11歳今の我が子と同じ年頃だ。
自分で交配させて孵化までさせて一人前に育てる。我ながらしっかりした子供だったと感無量だ。
一番はじめての仔鳩は巣立ち室を作る知識が無く
成長途中で高い位置の巣から降りられずに栄養失調で死んでしまった。
即、泣きながらも原因を調べて孵化後2週間で親からはなして、
巣立ちの準備をする、、、、等を学んだ。そんな状況で4羽の鳩から20羽まで増えたのだった。
鳩レースが有って1000キロ、3000キロと凄い世界だた。
鳩時計と言う、計測器でレースから自宅までの時間等をきちんと記録して競う厳正な世界だった。
鳩の少年と呼ばれ幸せな日々だった、、が。
ある朝いつもの様に鳩にえさを与えるべく口笛を吹いて鳩小屋に向かった。
小屋といっても一坪は有る立派なものだった。
なんの、反応もなかった。ドアを開けると無残に
総ての鳩が首を切られて血まみれになって死んでいた。
衝撃!その時はあまりのいショックで声も出なかった。
涙を流しながら庭に葬った。父はいたちの仕業だろうと言った。
しかし今想うと解せない。イタチが首だけはねて
ただの殺戮だけをするわけが無い。
明らかに人間の仕業だ。今日の今日まで気がつかなかった。
鋭利な刃物で切ったのだ。今で、こそそう言った変質者の事件が多いが
当時は想像も出来なかった。しばらく食事も出来ず口も利かない時期が有ったように思い出す。
鳩を憎んでいた近所のだれか?或いは単なる狂人の仕業だ。
鳩は必ず二つの卵を産む。そしてオス、メスと産まれる。だから平和のシンボルなのだ。
犯人は生きていれば代償を払っているはずだ。
死んでいれば、地獄の釜洗いと苦悩の連続なはずだ。
悪い奴がのうのうと、通用するはずはない。仮に現世で逃げおおせたとしても
その後は、観念の世界。当然の報いが待っている。
だから優しく清く、正しく生きるのは他ならぬ自分自身の為。
おそらくそれが因果応報そのもだ。
すくなくとも善良なものを傷つけたり欺くのは自殺行為だ。
つまるところ、世の中死んで見なければ結果はでないのだ。

















































2006年3月17日(金)
組織・矛盾

組織というものは嫌いだ。
演奏集団・匠の会は例外で、組織嫌いのギタリストが集った勉強会。

世の中、人間があつまると必ず私利私欲がからみ政治現象が起きる。
そして上層部の人間に都合の良い約款をつくり自分達により有利な組織と成長させるのだ。
オリンピックなど何故選手でもない老人が偉そうに入場式に出るのか?
それは老いた権力者たちがそう決めたているからだ。
しいては横領、着服と悪代官時代の継承そのもの。
ギター界をみると、幸いなことに、絶対的政治力も無い代わりに
横領などの不透明な不祥事は一切起きていない。
と私は認識している。
スケート協会はマフィアのようで恥部を暴露した者は乾されて

解説者にも起用されない。おかしいのだ!!ギター界はでは、全く関係のない数学者、アマチュア自称名手さん達がえらそうな事を言っている様だが。

野球でもサッカーでも多くは実践経験者の元名手が解説、評論として活動している。
これは、超納得。
しかし何故か芸術だけは実績のない評論家が幅を利かせている。
ある高名な演奏家が言った。
演奏家になれない人は作曲家になる。作曲家になれない人は教師になる。
教師にもなれない人が評論家になる。
あほらしい構図だ。落ちこぼれが、一線の演奏家の上から者をいう。
評論家が誌上で評論される場所は皆無に等しいから安全地帯だ。
以前、僕のコユンババを独りよがりのフラメンコ風と言った評論家がいた。
明らかに観点が違うので興味のある方は僕のCDをお聞き願いたい。私は和音をラスゲアドドブレの連続でフラメンコと違うオケで言うテュッテイーの要素を出したのだが。
誌上に載る前にお伺いが来たので、書いたご本人に話を聞きたいと、御願いした。
するとそれは出来ない、本名も教えられないとの逃げの回答だった。
僕は海外で絶賛された僕なりのコユンババなのでどうお考えか直接、お伺いしたかったのだ。
書きっぱなしで逃げるようでは笑止。
勝手な感想文を書いてギャラを稼がれたのでは演奏家としては納得がいかない。
プロなら書いた分、責任を果たさなくてはならないはずなのだが。
いまはやりの掲示板も似ている。
偽名で言いたい放題。本名で言えないのは何故?
ご本人が一番知ってるはず。
今の世の中、あたかも自我むき出しで卑怯な生き方がまかりとっている。
ニュースをみても放火、殺人。総て動機は理不尽な非人間的動機。
性犯罪者などアラブの刑にならい虚勢してしまえば良いのだ。
人権尊重は結構だが加害者の人権ばかり重んじて
商売している弁護士とはなんなんだ!
なぜならかれらの再犯罪率はほとんどと言われている。
最近、不愉快だ。

平成や、あほらしきこと、いとおかし。

2006年3月16日(木)
人生いろいろ、価値観いろいろ

世の中、超多様化して人の価値観も色々だ。
レッスンを他の教師と掛け持ちしている門下が2、3名だけいる。
本人が考え有ってそれを望んでいるのだから私は、ご自由にという考えだ。
滑稽なのは秘密にして欲しいとの事。
私は大変物分りが良い師だから、私に対しては秘密にしなくて良いのだ。
彼らは100%私から実質的な技術指導を受けている。
私は家庭教師?な訳だ。音楽を習うなら実質を取れば良いと想うのだが
日本人はしがらみと、?憐憫?と不思議な絆で縛られているようだ。
振り返ればワンレッスンを受ける人も
ほとんどが今の師匠に秘密にしてくれとの事だった。

笑止だが、私の技術を評価してるからこそ私に習いに来るのだから
腹もたたない!しかし不思議で滑稽だ。
家元の様に政治力が有る訳でもない虚像怯えているのか?
何のために能力を認めない師に師事しているのか理解に苦しむ。
人の思想、交流、経済状況に関知する気はない。それがその人にとって都合が良いと考えるわけなのだから、、。
そう言う人々は音楽を極めたいのではなくギターによる社交界なのだ。
それも各人の自由だから、とがめる気も必要もない。
ただ、秘密が暴露されたら、その師が怒ると言う思考と構図。
それはプライドと嫉妬だろう。
自分に自信が有れば
嫉妬も、立腹もしない。せいぜい、しっかり勉強しなさいと言うのみだ。私はくり返すが滑稽なだけだ。
お金ももったいないと想うが、これも各人の自由だ。現実問題、完成された、奏者が複数の師から技を盗むのとは違い未完の者にとって掛け持ちは混乱と障害をもたらすだけだ。
本当は私に習った運指にしたいけれど、かけもちの先生に気を使って、彼の前では不合理な運指で弾く。レッスン終了後、私の運指に変更する、、、??
これは何故?私には理解出来ないが?日本人独特の気配り。
自分自身を欺いて自分自身を冒涜している事に気がついていない。
多くの門弟の中のone of them だから
何も感じる暇さえなかったが。
されど、よくよく考えれば私には気配りは一切してない矛盾。
それとも私を神の様に信頼しきって依存して甘えているのだろうか?
他にも「巧言令色少なし仁」の類の???な門下も少しいる。愛すべき弟子が殆どだが。いやな、輩もいる。
教室は人生の縮図そのものだ。
人生、不思議なものだ。
レッスンは私塾だから、私の独断と偏見で采配をしても、当然良いわけだが、
現実問題、少なくともギターに関して私に教えと救いを求めてきている者に道義を説いて破門しても良い結果は生まれない。
永遠のラビリンスかもしれないが、真理は一つ。
いずれは悟るはずだと信じる。

私は指導するさいに一切、
権力を行使しないし、勿論強制もしない。あらゆる表現パターンを示し
最終判断は各人に任せる。
何故なら彼らの音楽は彼らのものだから。

私には同情や哀れみの動機による門下は一切いない。

今の時代、生徒からの師に対する哀れみと同情のしがらみでレッスンを継続されている状況も有る様だがそれは哀れだ。
美容師なら気に食わなければ即、変えるはずなのに音楽はどうも違うらしい?
そう言った状況の輩にきちんと演奏している例を私は未だしらない。
ニセモノを師と奉り満足するのも宗教同様、全く自由だ。自分がかかわる信仰の御陰で明らかに(一般レベルから観れば明らかに)不幸な状況を最悪な人々と比べて幸せなのだ!と無理やり想いこむ思考パターンの様に。
人生、どうぞお好きに、、、、。
ただし、自らの選択結果を、自ら哀れんだり弱者ぶるのは少し勝手すぎるのではないか?
良い音楽は政治でも社交でもない。
美しい音は美しいのだ。良いものは良いのだ。
日本はおかしな国だ?フィギアスケート協会の老いたいわゆる、日本的「偉い先生」役員が、実質なんら尽力もせずに富みを得て何故か優雅に暮らし、万人が認める金メダルの英雄がじつは苦労しているなんて、、。彼女の栄光は彼女のもの。讃えるのは良いがそれをあたかも自分の出柄のようにまくし立てるのはちょッとおかしい。僕は彼女は全体のフォルムがフイギアの様に超美形で美しいと以前から絶賛してたのよ(笑い)。
15歳の規定で出れない天才少女を世間が絶賛している最中も、ずっとですよ。(笑い)勝てば官軍!?ホリエモンを英雄とわめき立てておいて今は超極悪人とバッシング。損した騙されたと叫ぶ人、株は自分が望んで買ったのではないのかな?
総てが似たりよったりのイソップ物語に出てきそうな???な島国だ、、、。
かけがえのない人生、自分の目と耳と心を開いて生きなければ誰の為の人生なんだろう?

2006年3月9日(木)
こころ

心はどんなに努力しても通じない時も有る。
そんな時はスッパリ忘れる事しかない。
人間の心は、幼少期から形成され、成人に至る。
そのプロセスで正しい人間教育をしないとねじれた人間になってしまう。それだけに親の影響と責任は大きいのだ。
今の時代子供から大人まで「キレル」という言葉をたてに暴走をあたかも正当化しているケースが多い。
そう言う人は物事を筋道立てて順次、客観的に把握出来ないらしく、
常に自己中心の理論を展開する。
そしていつも自分を哀れんで自分には異常に寛大だ。そういう輩に対してこそキレたくもなる。しかしじっと大人として我慢だ。子供なら希望は有るが成人になると
永遠の平行線だ。
私は駆け引きが出来ない人間だから
理不尽な論理展開に遭遇すると、合点がいかずに苦しむが

苦しむだけ努力しても駄目な相手は駄目な訳だ。
そういう場合、接触を止めるしかない。
狂犬と判ったら絶縁するのみだ。
人生、それ程沢山の
悪人には巡り合ってはいないが、今まで振り返ると5人程、どうしても許せない人間がいる。
しかし、特に報復手段は用いない。
しかし必ず彼らは不幸になっている。

私はキリストの様に汝の敵を愛す事は絶対にしない。
今日はたまたま、心の不幸というものを感じ思い出す一日だった。
誤解のないように、今日、そういう事に遭遇したのではない。
かつての記憶が蘇ったのだ。
悪は永遠に悪なのだ。偽善も永遠に偽善なのだ。
真実の善と愛も、しかし、存在はするのだ。出逢うのは難しいが、、。

2006年3月9日(木)
間違い

うちには二匹のメスと一匹のオスの猫が居るつもりだった。
ところがこの男の子、生後7ヶ月にもなるのに
一考にその性徴が現れない。ついには女の子だったと判明した。
血統書にはしっかり男の子と記されている。
ブリーダーに連絡すると、男の子のつもりだった?
女の子なら、むしろ返して欲しいキャンセルに応じるとの対応。
しかし、もう譲渡されてから二ヶ月、すっかり愛情が育っている。
品物ではないから希望のものに変えれば良いというわけには行かない。
ブリーダーにしても血統書に偽りを書くわけもなし。
残念だが仕方ない。血統書を訂正してもらうしかない。ペット化して飼い主の都合で虚勢したりしたくないから自然にまかせる意味で雌猫にオスを追加したつもりだった、、。名前はシンバからシンシアに変更。そうすればネコちゃんんも呼び慣れている響きに近い。
こうなると新規に将来の旦那猫を探して買わなければならない。
人生、神のいたずらか時として予期せぬ出来事が起きるものだ。
そう言えば少し前に娘に言った覚えが有る。
この男の子、もの凄く可愛く良い子だけど、もしかしたら、女の子だったりして、、
と軽いジョ−クのつもりがまたもや予言になってしまったようだ。
次は僕の口から発したどんな事が現実化するのだろうか?
だからこそポジテイブで生きなくては駄目なのだ。

2006年3月5日(日)
第14回発表会

来る四月三十日発表会を迎える。早い物で帰国7周年と回を重ね今回は自由参加なので過半数以下ながら二十名を越えた。
嬉しい限りだが時間調整が一苦労だ。
もはや私のデモ演奏の時間は物理的にない。

レベルも年々向上し今回はバッハのシャコンヌはじめ、難曲を門下が演奏する。
限られた時間で仕上げるのが当教室の勉強方針なので未完な部分は有るものの各自、太い透る音で心の有る音楽が期待出来る。
門下の大半は私に倣いダブルトップのギターを使用。
決してブランド志向ではない。
良い音を求めての選択。
師の音を好み影響を受けるのは当然の流れだ。
音の幅と透りが一味違う。
各人、良い音を出したい情熱から

それぞれ異なった環境ながら、努力して愛器を手に入れている。価値観は多様だから、音に目覚めてその世界を知った者は妥協出来なくなるのだ。
しかし決して安くはない買い物。
勇気と決断がいる。その根性も才能だ。
楽器が良くなると自ずと楽器から学びより良いタッチと音を獲得している。楽器の悪い学習者は酷だが良い音は学べない。これはデ・ラ・マーサ始め世界の巨匠たちは皆同じ考えだ。
遠路小田原から通う18歳の平岡恵梨子ちゃんは、その最たるもので、裕福な家庭環境ながら、敢えて親には頼らず、月謝も楽器もバイトにより自立している。熟考の末、昨年、伝統名器からダブルトップに変えた。
その情熱は音楽に反映し、音が最近著しく
詩的叙情性を帯びて来た。やはりお嬢様時代の頃に比べて自ら音楽を極めようと言う自覚の賜物から音楽に主体性が有り生きている。
過日記した菊池君も同様にダブルトップの名器ワグナーに変えてからの進歩は万人の認めるところだ。

他にも仕事を持ちながら夢に向かい修練の日々を送る門下が多数在籍している。
最近ではスーパースターを目指すプロのシンガー・ソングライターが一味違ったギターワークを求めて入門して来た。彼女も必ずやド・メジャーになると確信する。
良き門下はかけがいの無い私の宝だ。
これは得ようとして得られるものではない。やはり運命と縁だと信じる。
縁有って私のもとに集った彼ら総ての夢を叶えたい。
まだまだ老いては居られない。
頑張るのみだ。


2006年2月26日(日)
メソードに想う

4月30日は第14回の発表会だ。
帰国7年私なりの信念を持って独自のメソードで指導をして来た。

嬉しい事に私のもとで学び確実なる成果が現れている。
名誉な事なので敢えて実名を記させて頂く。
もっとも顕著なのは菊池翔天君だ。
5年前、初めはE・クラプトンが好きで

指弾きも学びたいという乗りで入門。
同年、私のリサイタルを聞きクラシックに開眼。

カルカッシから順に学んで行った。
しかしその学習意欲は目を見張る物が有った。父兄の希望で
突如・音大付属高校のギター科を受験したいとの事で特訓を始めた。
まだソルのエチュードもまま成らぬ段階だったが、受験用に無理やりビラロボスの前奏曲など教え込んだ。
初めは理解に苦しんでいたようだが翌週は必ずマスターして来る。そんな調子でジュリアーニの大曲、ロドリーゴ、ビラロボスの作品群等、私のレパートリーをドンドン吸収して行った。
そして高校の卒業試験にバッハのシャコンヌを私の編曲で挑み見事弦楽部門の主席となった。
このシャコンヌは私が長年苦労して学んだ物だが、彼はいとも容易に数ヶ月でマスターしてしまった。
最近はアランフェスを始めたが、運指を指導後、第一楽章を僅か二週間で習得。私にぴったり合わせてついてくる。
自己讃美の様だがやはり三本スケールの体系的理論が成果を得たと確信する。
彼のみならず他の門下も皆、飛躍的進歩が実感出来て指導者として喜びに耐えない。

趣味で始められた女性も気がつけば
「黒いオルフェ」や「禁じられた遊び」等を巷に横行している「禁じられた演奏」ではなく、きちんと美しく弾けるようになっている。
ギ連のグレード試験を合格する度に各人、確実なる成果を実感しているのだ。
同じ名曲の習得でもやはり、専門科クラスのエチュード等の段階をしっかりと学習してからの門下と、中等科でエチュードを飛び越えて、いきなり名曲に挑戦した門下とでは完成度が違って来る。
基本をパスするとなんとなく名曲を指でなぞるレベルになってしまう。
もちろん各々目的が違う・趣味とプロ志望のニーズに応じて対応している当然の結果なで良いのだ。
美しい本物の音で音楽を奏でる多くの門下生の存在に至福を感じる今日この頃。人生すべては偶然ではなく、運命と信jじるている。
ギタリストと言う天職を与えて下さった神に心から感謝している。


2006年2月22日(水)
予言

以前、本田美奈子の死を予知したが、残念な事に
また新たな予知が当たってしまった。
五月の演奏会で伊福部 昭氏の「くご歌」を弾くのだが
練習すればするほど何か涙が出て嫌な胸騒ぎがしていた。
去る二月八日永眠されてしまった。直接の面識はないが
海外生活の日々はモスラ等と感慨深く感じながら観て聞いていたものだった。
子供の頃の怪獣映画も、伊福部氏の音楽によっていっそう
幻想的な不思議な世界を抱いていた。
くご歌は大和民族の美徳と悲しみを象徴する響きだ。
天国のマエストロに追悼の歌を精一杯の演奏で届けたい。

2006年2月21日(火)
掛布夫妻来る。

今日は、拙宅に掛布夫妻が遊びに来た。
産まれた子犬と猫の歓迎に目を細めていた。
久しぶりなので午後からラテン風にビールを飲み交わしギター談義に花が咲いた。我ら、想えばギターに命を賭けよくぞここまでやって来たなとお互い同じ感想。現代の風潮の話になる。
共通の印象は、今の人は口ではギターが好きでたまらない、と言いながら
命はまでは賭けていない人が多い。楽器に関しても妥協したり、ブランド物を持つ事だけに安住し常により良い音を・より良い名器を、と言う意志がない。
我々は貧しかったが必死になんとか金を工面いてフレタ、ハウザー等の名器を実践で使い音を確認して学んだ。彼も私も多くの名器に授業料を随分払った物だ。
たかだか一回の試奏では楽器の本質など見極められるはずが無いのだ。
世の中、果たしてどれだけ楽器の判っている人が居るのだろうか?
稚拙なレベルで試奏して、自分が音を出し切れない事も省みず、あたかも自分がタッチを総てを知り尽くしての判断と錯覚しているケースが多いのだろう。
F1レーサーと違い、免許取り立ての人や、軽しか乗った事のない人にポルシェやフェラリーの良さは生かせるはずが無いのと同じだ。

人間とは悲しいかな、自分の経験的尺度でしか物を見ていない。
だから、TVでは下手くそなプレイヤーがアコーステイックの王道の如くメジャー扱いされている訳だ。
だれとは言わないが二人一組でソロにも劣る響きを弾いてる変なグループ。
私は大嫌いだ。

さすが日本。世衆はマスメデイアに煽動されているわけだ。
コードのかき鳴らし、しかイメージの無い民衆にはわずかな指弾きがアコギの妙技と写るのだろう。
いつの時代も同じだ。
三流程、良く稼ぐのだ。


最近のTVは面白くない。
民放はバラエテイーと称していつも同じ顔ぶれが遊び半分で仕事をしてギャラを貰ってるようにしか写らない。
スカパーもキャンセルした。
ビデオ・クリップも映像に依存しすぎて

どれも似た作風。
かつて私自身、才色兼備と絶賛した、サラ・ブライトマンはどの曲も唯、手を同じようにかざして蛸のように
踊るワンパターン。軽薄に見えてきた。あそこまでやられるとただの淫乱なご婦人に惚れこんだデイレクターの自己満足に見える。
横綱タイプのオペラ歌手が悲劇に瀕死のヒロインを演じるよりは許せるが。
スカパー、68のチャンネルが3500円と一見安いが、どれも
つまらなければ意味が無い。
だから見なくした。それだけの話だ。

世の中何か変だ。
ガリレオが昔、言った。

それでも地球は回っていると。

2006年2月20日(月)
去る者、来る者

私なりに目をかけて来た門下が経済的破綻から退会して行った。音楽は悲しいかな才能と意志だけでは習得できない。貧困では楽器も、楽譜もそして勉強も出来ない。レッスンの現場で苦悩は直ぐに判る。良い音を知る程に理想の楽器を欲するのだが、無い袖はふれない。鈍器ではやはり鈍器の音しか出せない。この現象は挫折に繋がるようだ。ブラジルでもそうだった。才能が有りながら
理想の楽器を手に入れられず挫けてしまった弟子がいた。
自分の欲求する楽器を獲得する根性も才能の一つだ。弟子にはいつも言っている。生活有ってのギター。経済基盤はしっかり作りなさい。また、妥協では良い音は得られないと。音とはそれ程厳しい。楽器が悪いからおまけ、は誰もしてくれない。武士が、竹みつ(貧困の武士が刀を売り竹の偽ものをさして居る事)で真剣勝負に負けて、命を落とすのと同じだ。死んだら仮に同情をえてもそれで終わりだ。
フィギア・スケートの世界も似ている。
スケート靴もオーダーで決して安くはない。それも直ぐに消耗。壊れてしまうそうだ。
更に高い練習場確保しなくては始まらないのだから。プロとして成り立つまでに先行投資が必要な世界だ。

だが音楽の世界となると、一人前に成ったとしても巨万の富などは望めない。

その点、スポーツ界は一度成功すればCM,評論家、タレント等マスメデイアに力で安泰な人生がほぼ待っている。

そこが芸術とスポーツの違いだ。
芸術は、商業ベースに乗せにくい。

スポーツなら一度に何万人と動員出来る。企業ベースになるからだ。
そんなことを語っていると

カルフォルニア大の博士号を持つ弟子がポツンと言った。
「歴史的に言っても芸術はお金儲け、出来ないものですよ。まして音楽など絵画と違い形にならないものは、、、政治・賄賂にも、つかえないし」
まさにそのとおりだ。音楽が好きでそれに携わり生きようと願ったはず。
しかし、人間弱いもの。わかっていても、ときおり虚しくなるのだろう。
一人前の音楽家が巣立つまで、幼少より長い修行と学費がかかる。
しかしスポーツ界と比べると、巣立った後の報われる度合いの差が悲しい。
ギタリストの一流とスポーツ選手の一流を比べると報酬は桁違いの差が有る。プロ野球など少しマイナーレベルでも一軍なら億という年収。
そういう世の中の価値観だから仕方ないのだ。
もっとも。ステージでたった一人で瞬間に命を賭ける世界に美学と価値感と誇りを感じて生きているのだが。
ステージで失態を見せればその評価は定着してしまい、再度の動員はむずかしい。
 スポーツは負けてもまた次回とチャンスは沢山。
そういう世界だ。TVでモーグルの審査員は誰だ?上村の点は低すぎる!とコメデイアンが素朴にと聞いたら
実際は滑れない教師?評論家?が審査していると答えがあった。それなら権威も何もない。誰でもなれるのでは?
なにやらコンクールに似ている。


話がそれたが、去る門下もいれば新規に門を叩く者も常に居る。
ギターに命を賭けるひと。更にまた歌手の卵で一味違ったギターワークをしたいと新人も入門。
かつて破門した弟子が、どうしても戻りたいと懇願して来た。
私も再三、拒んでいたが、そこまで慕って救いを求める者を見捨てるのも本望ではない。再度、 入門を許した。
もしかりに再び裏切られてもそれも人生。失うものは無い。彼も否を悔いて門をまた叩いているのだ。断っても諦めない根性も嬉しい。
私なりのオーラを与えて少しでも活力を、与えられれば良いのだ。
今、沢山の門下を抱えている。
人生の縮図だ。

私にとって、一対、数十名の関係だが門下にとっては一対一。
全員に、ぞれの人生がある様にそれぞれの満足を与えたたい。

演奏とは生き様の反映だから。
舞台でのつくろった虚像はすぐにばれる。

慈愛の音、真実の音。癒しの音を心から奏でたい。


2006年2月8日(水)
マエストロ・鈴木 巌先生

昨日、5月の演奏会の打ち合わせで
三軒茶屋の鈴木巌先生のお宅に集合した。
ベランダの目前に学校が有り、その日は静かだったが
毎日、学生たちのエネルギッシュな声の響きを感じた。
鈴木先生の若さの秘訣はこの環境で若者のオーラをいつも受けているのかな?
打ち合わせで三重奏の曲を決めた。鈴木先生の編曲された物から
三曲程選んだ。ギターの響きを良く知った素晴らしいアレンジだった。
打ち合わせが済むと、恐れ多くもマエストロ自ら台所に立ち手際よく玉ねぎ、にんんく等を包丁さばき鮮やかに
料理を作って下さった。その間先生のかつてのライブ録音から
1967年のオケとのアランフェスを拝聴した。
その当時、邦人でアランフェスをオケと演奏できるギタリストは殆ど皆無だったと想う。
凄いの一言で、邦人の第一人者としての実力を再度、思い知った。
CD化して広く世に示すべきだと想う。
しかし、その達人マエストロは演奏のみならず優しさ、癒しの達人でもある。
酒、料理とまるで家族のようににこやかに優しくふるまってくださった。
芸は人なり。まさにこのスケールの大きさと優しさが演奏にも出ていると痛感。
70を過ぎても尚、現役で凄く太い美音で弾き続ける。師を持たず全くの独学。日本のセゴビアだと実感。
50を過ぎた自分もまだまだ気合を入れて頑張らなければ。
同席した掛布氏もマエストロの優しい酒攻撃にご満悦ながらも撃沈寸前だった。
僕もあまりにも居心地の良さから深酔いしそうだったが、なんとかセーブ。
しかし、どのお酒も料理も美味しかった
そして生きる幸せを感じる一時だった。

鈴木先生との語らいの中に音楽家の愛をひしひしと感じた。
日本のいや世界に誇れるマエストロとの共演を至福に感じる。
人生、頑張っていれば
良い出逢いが必ずあるのだな。

同じ価値観、波長、オーラの人々が自然と集うのだと、、。

2006年2月5日(日)

人の心は不思議だ。
ふとした事ことから一喜一憂する。
門下生もしかり。
私の一言が彼らの生活にも影響を及ぼす。
だから師たる者は常に高みに位置し清く正しい誠の慈悲の心が無くてはならない。
数十名の個人にそれぞれの力と満足を与える。
それがプロだと自負する。
ギターが生活の糧になるように。

たかがレッスンに大げさで傲慢な?
と感じる方もいるだろうが。


決して驕っているのではない。
人の心の痛みを知っているからこそ

広い世界で出逢った一握りの人に私なりの経験と知識で希望と勇気と夢を与えたいと実感している。
勿論、幸せ一杯の門下も沢山いるが。
技術を指導するのは当然だが
レッスン中にその各人の痛みや悩み
を感じ取らなければいけない。


だから私の門下生は皆、
  音に愛と想いが在る。
これは私の大きな誇りだ!!

それだけに、私が一個人に戻る時、
大きな
疲れと虚無感におそわれる。
自分で自分を癒す事は出来ない。

時折、鬱にもなる。
誰にも甘えるわけには行かない。

甘えたくも無いのだ。
門下諸氏が想っている
イメージどおりの
明るい、
エネルギッシュな師匠でありたいのだ。


酒も最近、旨く感じなくなった。
物欲も殆どなくなって来た。
男としての美学、ダンデイズムを究めたい。

2006年1月30日(月)
電話営業は暴力だ

最近、営業電話が多い。レッスン中は特に迷惑。丁寧に断ってもしつこく勧誘する。何とか成らないものか?
たった今も、自宅にかかってきて対処したところだ。血圧が上がって健康によろしくない。迷惑メール以上に直接、声を聞くから尚更腹立たしい。
一番、閉口しているのは、不動産屋だ。
池袋教室のマンションを売れと言うのだ。彼らは仲介手数料で生きているから
なんだかんだとこじつけて、売らないと大損するぞ!と脅しまでしかけてくる。
穏やかに断っても駄目!!
最後は怒鳴り飛ばしてやっと、終了。

勝手に電話をかけて来て不愉快そのものだ。住居不法侵入罪に等しい気がする。
なんとか、取り締まれない物だろうか?

今の世の中、お人よしだと最悪な目にあう。
もしも紳士的に対応すれば延々と無駄な時間を電話につきあわされる。
株、投資等の勧誘もしかり。「そんなに確実に儲かるなら、あなたが、借金してでも買ったら?」
と言ってやると引き下がる。
レッスン中は、営業はお断り。
要りませんと言ってすぐ切る事にしている。
いつも教室の問い合わせを意識して優しい声で電話に出ると営業だったりして、、ムカッツ!!、、。
21世紀は強く賢く、正しく、敏速に判断して生きなくては駄目だ。

2006年1月22日(日)
大雪

昨日は雪で散々なめにあった。
レッスンはみんな雪の中、頑張ってくれた。
私も夜八時半東京発の高速バスで運行状況
正常と確認の上、家路についた。都内は空いていた。しかし
千葉エリアで事態は急変。高速道路閉鎖で一般道へ針路変更。
夜の9時半だった、そこから東金まで20キロ程だが、ついたのは夜中の二時。
約5時間半、バスの中での拷問だった。
結構、私は短気なので、運転手に始め怒りの矛先を感じた。
しかし、私の良心がこうつぶやいた。運転手だって早く着いて
仕事、終りたいのさ。そう感じると急に諦めてじっと
車窓を眺めて瞑想に陥った。

今日はセンター試験だが、遠い昔
慶応の医学部受験の日も大雪で電車が止まり
通りすがりの親切な車を乗り継いで試験場に辿りついた記憶が蘇った。

世の中悪い奴が目立つが、良い人もいっぱい居るんだったな<<。
やっと自宅エリアのバス亭に到着。
自家用車にはチェーンがないので、徒歩で帰る。
丁度、去年の今頃もこの墓場のコースを歩いた。
今年は雪景色だ。墓場と認識しての通過はちょおと怖い。
しかし、一歩一歩、雪を踏みしめ「俺は選ばれし者。神は見捨てない」と念じながら
一時間程かかって、家にたどり着いた。暖かい家族・家内、娘 ネコ、犬の親子が揃って出迎えに待っていた。

疲れたがこれも何かの試練だろう。何かをまた得た実感がある。

2006年1月17日(火)

爪の管理はプロの必修条件だが、時として不本意ながら割れる。
亀裂が入るともう駄目だ。アロンアルファで接着してだまし、だまし使っても
最後は割れてしまう。絹で補修する手もあるのだが?音は悪くなる。
付け爪は良い音なのだが、一度使うと生爪がもろくなり
完全に復帰するまで3ヶ月かかってしまう。
だから、すっぱり切って指頭奏法で伸びるまで我慢が一番早く回復する。

実は今、薬指が折れてしまった。反省。
鈴木巌先生が先日、元気の秘訣は楽観志向。もっともこれは達人の鈴木先生だから出来る事。
なるがまま、自然体。反省は一切しない!とおっしゃっていたが、
そうかもしれない。

ただし実力あるマエストロ鈴木先生だからこそ反省の必要はにのだ。凡人がまねると暴走になる。

指頭奏法でしばらくタッチの再確認だ。

我が家の新しい家族、ダックスの仔犬は順調に育っている。
生命の尊さと美しさをと喜びを実感した。

2006年1月16日(月)
仔犬の誕生

去る14日、朝6時、我が家の愛犬パメラの仔犬が生まれた。前日からその兆候が現れたので徹夜で付き添っていた。
昔なら徹夜も楽勝だったが、
年には勝てないが,がんばった。

その甲斐あって4時間かけて3頭無事に誕生。
私の役目は子犬が母体から出始めたら母体から引っ張り出す。そして、母体と繋がっているへそのう切り、仔犬を湯で洗う。すると仔犬はミャーミャーと産声を上げ始める。最後に母体の後産の胎盤を処理。
これで一応終わり。だいたい二匹目が生まれるまで二時間のインターバルがかかる。
子供の頃、母がブリーダーをやっていたのでその時の獣医のやりかたを、見よう見まねで習得したわけだ。
人間界なら医師法とか?ややこしいが、犬は問題ない(笑い)

初めての出産にもかかわらず母犬は疲れているにもかかわらず本能で仔犬をいたれりつくせり、世話している。

今や子供の虐待、殺人、誘拐、また子を捨てる親、と人間界は乱れきっている。
「犬畜生にも劣る」と言う言葉があるが犬畜生は自然のモラルは守っている。
人間は文化と文明を手にいれたが、
私利私欲に走り
大切な心を失っている。
政治も権力者に都合の良い昔の悪代官の時代となんら変わりは無い。


音楽も今や、メデイアの発展にともない

安易に場所、時間」を選ばず、どこでも聞ける。

十九世ロマンの時代はそうした録音物がなかった。

それだけライブが貴重でありまた、口伝えに伝説が伝説を生んで
神話的な巨匠を作って行った。

今もし、かつての巨匠が新しく生まれなおして世に現れても今日ほど多様化された時代に成功する保証はない。

これは、ブリーム、イエペス等の巨匠も同様のことを自ら語っていた。


21世紀、才能と運とそしてオーラを持った選ばれし者が真の巨匠となるのだろう。




2006年1月13日(金)
サラ・ブライトマン

冬休みなんとなくスカパーのビデオ・クリップを見ながら過ごした。
大半は綺麗なストーリー性の有るビデオ映像に助けけらたれBGVとして流れているようだった。
時々リズムだけでメロデイーのない言葉の羅列のラップだけは嫌悪感を覚え好きになれなかった。
しかし新たな発見があり驚く事もある。


43インチの大型画面に人魚のような美女が現れアベ・マリアを唄っている。
名はサラ・ブライトマン。
この瞬間まで彼女の存在は知らなかった。
美しい上にも美しい音楽と容姿。
おそらく純クラシックファンは忌嫌うのだろうが。そう言った屈折した世界はご自由に僕には無縁。
美しいことは美しいのだ。
つくずく想うのは人間は所詮限られた世界で思考し生きていると言う現実。

同じ人生、認識不足で過ぎ去ってしまう事がきっと沢山有るのだろう。
才色兼備は実在するのだ。
クリップ集を見ていて痛感したのは音楽と視覚効果の融合は新たな芸術となる。
音楽のみを聴覚のみで聴くのに比べ
視覚が加わるとイメージがよりリアリテイー化する。ビデオクリップにより曲が良く聞こえる場合もある訳だ。
ポップ界は総てビジュアルを伴いファンを獲得している。その数はクラシック界など比にならない。

音楽のみで勝負するクラシックこそが本道だ!と言う考えも判る。
しかし、今は21世紀、
ステージにイス一つ、舞台も一切の飾りも無く、風采の上がらない奏者が独り言のような演奏をしたら??
おそらくファンのリピートは難しい。
聴衆に媚を売るのではないが、奏者の自己満足の演奏会は最悪になると想う。
ライブをやる以上クラシックの流儀で有っても少なくとも聴衆に満足を与える努力と意識が必要だ。義理で来場、義理で静粛にして、義理で拍手。
こんな現象はポピュラー界には絶対ない。
少なくとも聞きたくて会場に足を運んでチケットに金を払ってるのだ。

心してかからないとクラシック演奏会はカラオケ同好会のレベルに落ちる危惧がある。舞台とは何かを改めて認識した。舞台は美学だ。

2006年1月5日(木)
温泉

正月も明け年頭の健康祈願とこじつけて(笑い)太陽の里、温泉に行く。
自宅から30分と恵まれている。

師走は忙しくかなり久しぶりで爽快。
特に深夜の露天風呂は真冬の寒気を顔面に感じながらも、首から下は超温暖の極楽。
湯の中で一年の抱負と平和祈る。
今年悔いの無いように生きたい。
五月の演奏会は諸事情が有って今回は
掛布氏と鈴木巌先生と僕の三人だけとなってしまった。
来年は加藤政幸氏も兼古隆雄先生も復帰して
五名が各々、弦楽クアルテットと共演して室内楽、協奏曲を
演奏する事に決定だ!
頑張るのみだ。しかし鈴木先生と言う強力なマエストロが加わって下さり
パワーアップだ。

2006年1月2日(月)
元旦の夢

新年早々の元旦の夢は実に怪奇?
家族で旅行していて音楽デイレクターと
コンサートの打ち合わせを楽しくしている。
翌日、楽しく観光していると彼は変死体で滝に捨てられている?
どうしようと想いそうだ警察に通報しよう!!
という?
怪奇な夢。
だれかが他界する予言なのだろうか?


いずれにせよ、楽観思考で行こう。

念頭に願うのは人類の平和。
きざなようだが本当の願い!

殺人、イジメ、ガソリン高騰、
建築認定詐欺,政治不信と

時代は悪代官の時代そのものだ。

だれもが自分自身に対するのと同じに様に他人に思いやりが持てれば
悲劇は起きることは無いのに。
あまりに自己中心的現象が多すぎるのだ。


音楽家の力は虚しいかもしれない。
しかし

自分の奏でる音で聞く人に優しさと
良心即ち愛を
呼び起こす。
それが楽士の使命だと信じる。
自己満足ではない慈愛の音を今年も
探し求め続ける。

2005年12月31日(土)
一年を振返り

今年は大病も事故もなく幸せな一年だった。
門下も増えギターライフも充実。
心より神に感謝。来年は更に前進したい。
また来年は世の中から災いが減り世界がもっと幸せになるよう素朴に願う。

来年より、自己改革して日本的意味なき謙譲はもう止める事にしたい。
自分らしく世界レベルで生きよう。

2005年12月17日(土)
リサイタル

今日、野坂恵子氏の25弦琴リサイタルを聞いた。
松村貞三と浦田健次郎のおのおの初演作を含む2曲ずつ。
予想どおり、音に気迫が有り完成度の高い非の打ち所の無い
演奏だった。前半、後半と二曲ずつ。各曲の間にも小さなインターバルが有った。
全分で正味45分の演奏。
琴の世界の実態は知らないが、おそらく精神力と体力すなわち
正座の姿勢での演奏にはこの位の時間が妥当なのだろうか?
彼女が現代日本のいや世界の琴のナンバーワンなのは十二分に納得出来た。

右手などギターと共通点が多いなと引き込まれて見ていた。
聴衆は津田ホール満員。張りつめた緊張感の中に演奏は進められた。
残念な事にここにも、携帯電話の無知な暴力が有った。
野坂氏は惑わされずに演奏を継続されて立派だった。

しかし、テレビで初めて演奏を聴いた時の鳥肌の立つ衝撃は得られなかった。
思うに、テレビで聞いたのは伊福部昭先生の琵琶行だった。やはり伊福部氏の世界と野坂氏の世界の融合に
衝撃を受けたのだと自分では分析する。
誤解の無いように名言しておくが、演奏会は美しい音色と音量・完璧な物であった。
家元、師匠、巨匠と呼ばれる人は皆、こうあるべきだと痛感した。

完璧な名演と鳥肌の立つ衝撃的感動はまた別物なのだ。僕は泣くほどの感動を期待していたのだが、これを
望むのは酷なのかもしれないが。
アンコールは無かった。
琴はハープ同様に機能的に連続した音階風なパッセージが有利なようだ。即ち調弦に従ったフレーズだ。

ギターは僅か6本の弦だが、かなり表現能力は優れていると実感、再確認出来た。名手が奏でる音は甘く、切なくそして激しくドラマを展開する。
だからこそ、ギターでバッハからフラメンコまであらゆるスタイルが可能なのだ。
ギターがこれまで低い地位に甘んじていたのは優れたギターの限界までの表現能力を再現出来る演奏家が少なかったからだと想う。
同時に演奏家レベルでない人々が、
安易に演奏会を行い

聴衆に、それがギターの能力の様に
誤解を与え続けて来たからだと想う。


ギターを愛していたら自己満足の演奏会をしてはいけない。
出来ないはずだと想う。

プロ・アマを問わず演奏行為とはそれだけ厳しく責任がある物だと改めて考えさせられた。
もしまた生まれ変わり新しい人生を与えられるなら再度、ギターを選びたい。

2005年12月13日(火)
好みは色々

人生いろいろの如く、好みも色々だ。
過日の東京国際コンクールでは上位の二人は甲乙付けがたく
どちらも一位にしたい位に大好きだ。
しかし、スー譲は駄目で来年の優勝者ツアーは聞きたくなくて、ヤン氏の方が数段上と言い切る
意見も有る様だ。
そう感じるというのだからその人にとっては、そうなのだろう。

僕は違ったタイプの演奏家で、どちらも喜んで聞きたい。

「かざぐるま」と言う歌で「一青 ヨウ」と言う歌手を好きになったが
新曲の「指切り」と言う歌は好きになれそうにない。これも僕個人の勝手な好みだ。(笑い)
こういう事を書くから嫌われるのかな?
しかし、もう続けて(チェックして)聞く気にはならない。
それに比べ「鬼束ちひろ」は凄い。

どの曲も強烈な情念と怨念が感じられる。駄作は皆無ではないだろうか?
僕は鬼束タイプのギタリストで有りたい。

レッスンしていて感じたのだが
名曲「アストリアス」は

今更ながら実にギターに良く響く。
アルハンブラの想い出、他、こういった効果的なスタンダードな曲を小ばかにする人が多いが

たいていそういう人の演奏は和音が鳴り切らず貧弱な演奏しか再現出来ない場合が多い。
だから弾けないのを
弾かないと言って逃げている。

イエペスのように炎の様なラスゲアド。これが出来てこその、アストリアスだろう。
それに比べてアサドのアクアレルは
何と響かせ難い難曲。

しかし、この難曲を美しいと感じるレベルまで
スー譲は力強く、感動的に難なく弾き上げたのだ。
彼女を聞いて初めて自分もアクアレルを弾きたいと想ったくらいだた。
十人十色。


2005年12月7日(水)
師走

月曜から今日にかけて、お歳暮ラッシュで我が家のインターホンが鳴りっぱなしだった。
物が欲しい訳ではないが門下生諸君の心遣いに心が暖まる。

自分も師として礼節を受ける立場になり歳月の流れを感じる。
遠いあの日、きっとギターで生きてやると誓った日が懐かしい。
あの当時は今のようにCD等の情報は皆無にちかく、
セゴビア、イエペス、ブリームのレコードがたまに出るくらいだった。
内容もアルハンブラ等の小品が多く、大曲もせいぜい魔笛とシャコンヌ、ぐらいだった。
今年もあとわずかで終ってしまう。
なんと時間の速いいことか?
今週の月曜に家内の永住ビザが取れた。
これで更新の心配が消えた。
一年程、審査に時間を要したが、自由業の音楽家である自分の外国人妻が永住ビザを取るのはそう容易ではなかったと想う。
幸いにも一回目の申請でOKだった!
これも自分の努力は当然ながら、
私の属する(社団法人)日本ギター連盟に、用意して頂いたギタリストとしての証明証が有効だったのだ、と想う。
それだけにギ連はしっかりした組織なのだと、明言したい!
ギ連に感謝!感謝!。
久々に嬉しい週となった。

2005年12月4日(日)
爽快!!

実はここしばらく、有る事象から厭世思考に満ち溢れていた。
だが、幸運にもそんな弱い心はぶっ飛んだ!!
Wan yameng とSu Mengと言う素晴らしい
才能あるギタリストの韓国でのライブ演奏のDVDの御陰だ。
Suちゃんはついこの間の東京国際ギター
コンクールで見事堂々の優勝。その時会場では今までの中国人中で最高だろう?!との声があちらこちらで聞かれた。Wanさんは12年前同じく、東京国際ギターコンで12歳で史上最年少で優勝した。未だこの記録は塗り替えられてはいない。
彼女の優勝時の天才的な演奏もはっきり覚えている。
はたして12年後の変貌は?と期待と不安をもって観て聴いた。凄い!!の一言!
デユオとソロでたっぷりのプログラム。
ワンさんは24歳の美しい音楽家に成長し、演奏も確実な成長を立証した。
優勝を名誉の想いでに終らせずに、確実なステップとして前進している事実が素晴らしい。
常に勝者は、勝者としての責任を
一生背負い生きる!そうあるべきだ!!有って欲しいと想う。

だからこそ死ぬまで巨匠のレベルで
弾き続けた、セゴビア他のマエストロは偉大なのだ!!

言うまでもなく本物とはそう言うものだ。
スーちゃんも過日のコンクールを彷彿させる名演。
当然ながらライブなのに全くミスもなく、安定感に満ちた芸術そのもの。
19フレット等のハイポジもローポジと全く同じ感覚でリラックスして楽々太い音で演奏している。ヴァイオリンやピアノの名人プロのレベルだ。
日本で情報があまり入って居なくても、上手い実力者は本物は凛として
世の中の矛盾とは無縁の如く素晴らしい芸術を、音楽を美しい音をどこかで必ず奏でている。
その事実が感動を覚えた。
世界は広い。世界レベルで物事を考えなくては!

いつのまにか帰国6年、島国根性日本の標準化と常識に慣れつつ有った自分
を鼓舞し、渇を与えてくれた。
大和魂は美しく、いさぎ良いはず!
卑怯を忌み嫌う!!
今日、私はサムライ・ブラジレイロ
に復活宣言!を誓う!
良いものは良いのだ。本物は本物だ。


そこらじゅうに。「先生」「社長」が連呼され、時々、知名度と実力にギャップが観られ問題にならない不思議な国、日本。

身の引き締まるそして勇気と希望を与えてくれた、二人の若き
ギタリストに、そしてまたこのコンサートを企画した韓国ギター界に
感謝と敬意を表さずにはいられない。
幸福感と気力がみなぎって爽快な日常がもどって来た!!


2005年11月30日(水)
世の中

アンドレ・ジイドは言った
「定評の有るもの、または、既に吟味されつくしたものより外
美を認めようとしない人を、私は軽蔑する」。まさに同感だ。
ヨーローパですらこう言った著述が有るのだから

島国日本はそれ以上の悲惨な因習に縛られているのは当然だろう。

ひとたび、権威、地位、一流のレッテルを得ると何をしようが、永遠にその地位を確保出来る。甘い不思議な国、それが日本だと想う。また新しい慣れていないもの、異種を排除する鎖国傾向も未だ根強い気がする。

群集の怒り、ねたみを一つの照準に向けてしぼり、よってたかって都合の良い悪者を作り、叩く。そして叩く側は正義を唱える。いじめと同じ思考だ。
昔から、えた、非人などの迫害により
最下層の農民たちの不満を錯覚させ満足を誘導した悪代官。

また中世の魔女狩り裁判も同じだ。

ひとりでは生きられない人間は、
文明の発展とともに、常に他を意識して生きるようになった。

その意識の流れにのって派閥、権威、慣習的常識観が誕生。

音楽は芸術は感性の美の世界。
けっしてそのような因習に毒されてはならない。


しかし、どこでも必ず矛盾が生じてしまう。

せめて、聴衆は、、何にも遠慮せずに全くの自由なフェアな立場で真実に耳を傾けてもらいたい。
しかし、マニアになれば成るほど、権威
に感化され洗脳されてはいないだろうか?

裸の王様。これは永遠に変わらない悲劇だ。
でも、自分の出す音は権威にへつらう訳には行かない。
かけがえのない我が人生の命の音だから、、、。
私は絶対に負けない。賛同者も沢山いる。死んでも負ける訳にはいかない。

2005年11月28日(月)
コンクール

今年の東京国際ギターコンは超ハイレベルだった。ヴァイオリン、ピアノのコンクールレベルで音楽で競うレベルだ。
二次予選ではミスする人は皆無と言って良いくらいの奮闘ぶり。
コンクールと言うより演奏会を聞いてる印象だった。

邦人もそれぞれに健闘して練習量、とひた向きさは十分伝わる名演だった。心から拍手を贈りたい。

タダ残念なのは外人勢に比べると邦人は「遊び心」そして強い自発性、体内から発する音楽への共感が足らなかった様だ。
もっと簡単に言えば色が感じられなかった。
今回6名が最終審査に残ったが、次点で残れなかった
ボスニアのアレン君も僅か1点以下の少数点の差だったと想う。
6名を選ばなければならない厳しさと哀しさがある。規定と時間の関係でしかたないのだ。

コンクールはいつも上位3名はすんなり決まる。
つまり、生半可な上手さでは悲劇になりかねない。
ギリギリで惜しい、、、と言う結果になる。
ダントツに上手くなくては駄目なのだ。

本選も予想どおりの白熱した接戦。
昨年の主席のラウラ譲も良い演奏だったがそれ以上の名演奏家のエントリー
により今年は6位。これだけでもいかにハイレベルか納得できる。

悲劇の男。ヤンかれはもはや演奏家としても万人が認める
名手。かつて名演から拍手がおこり時間オーバー規定で優勝のちからを見せながら
失格。昨年は怪我で欠場。昨年出ていれば楽勝で一位だったはずだ。
何故か彼に最下位をつける審査員が二人もいて大きく影響した。
結果今年は惜しくも2位。コンクールとしては悲劇の男だが、未来は充分明るい!!
マエストロの道が待っている、保証する!!
コンクールという土俵、特に日本では、大変有利なキャラの17歳の可憐な
中国女性のスー譲が
優勝した。
僕としては二人を同位一位にしたかった。彼女はスモールマンで野太いチェロの様な音で
そして強靭なテクとおおらかな唄いまわしで強烈な存在感をアピールしていた。
アサドのアクアレルは彼女の演奏を聞いて、愚かながらもこんな名曲だったのかと再認識したくらいだ。アサド自身が、もし聞いたら絶賛したに違いない。
他の奏者も堂々と自分の音楽を主張していた。
今回の入賞者は本当に世界に誇れる入賞達者だ。
本選に邦人が一人も残らなかったが
ここに、このコンクールの

公平性が立証されている。

海外などでは主催国の奏者を
必ずごり押しで
本選に入れる事が多い。さすが大和魂。

本選では、ペラペラしたメタリックな音しか使わない奏者は一人もいなかった。
アポヤンド、アルアイレを縦横無尽にあやつり、太い甘い音を出していた。
これも大きな喜びだ。

勝つためには、邦人は音に関して開眼しなくては駄目だ。
チェロ、ハープのように弦楽器としての太く、甘い音。
僕が長年求め続けた音だ。
方向性はインターナショナルで正しいのだ。


名演だけに聞く側も同じオーラで受け止めなければならず大変疲れたが
実にさわやかな充実した二日間だった。
改めて参加者全員にブラボーを贈る。

2005年11月24日(木)
誤字

昨日の日記は、就寝前に一気に書いてアップして、今日見るとキーボードの打ち間違え
・変換ミスでかなり怪奇な文章になていた。早々に訂正しましたので悪しからず。
昨日は、ご承知のように一日、無理にながら、
フィギア製作に没頭していたせいか?今日は頭がスッキリしてストレスが取れた感じがする。
無理やりなにかに、自分を追い込むのもストレス解消かも?
今日は部屋を綺麗にかたずけて、ギタリストに再生しなくては。
明日は、東京国際ギターコンの予選くじ引きの会合。
明後日から世界から集まったギタリストの戦いが始まる。
去年の主席のドオイツ人女性のお兄さんも今回はエントリーしている。
芸のせかいでは、兄貴が妹より上?なのだろうか?
楽しみだ。ブラジル人が一人、合格してるが、はたして遠路くるだろうか?
きいっと寒さに驚くだろう。総ての参加者に悔いの無い
実力発揮が叶う様ミューズの神に祈ろう。

2005年11月24日(木)
趣味

昔jは油絵が趣味だった.
コンテストでも良い線i行ってた。
ファーストCDにのジャケットは僕の作品。

趣味の音楽が仕事だから幸せなのだが、息がつまる時もある。
なにか、リフレッシュの趣味を探さなくては、、。
最近、はまったのはフィギア、
といってもことわっておきますが、今

はやりの「萌系」ではない。あれは気持ちちが悪いプ。ロポーション的にあんな多きな眼はリアルではない。。
僕が気に入ったのは八頭身で芸術的フォルムと曲線美のものだ。

たまたま、オークションで「ほむら」と言う
美しき忍者に遭遇。天使のような美しい肢体、そして憂いを含んだ眼。
魅せられたがなんと高い10万前後だ。早々にナビゲートでフィギアの実態を把握。
フィギアは超家内工業的少量限定生産のプラモデルの進化した形と言える。
原型師がオリジナルの完成品をつくりそれをかたどりコピーして流通するしくみらしい。
当然、部品の制度は荒く、きれいに準備しなければならず、プラモに比べ手間は10倍以上。
まずパーツを洗剤であらい、組み合わせの合わないところはドリル、やすり等で調整。
各関節には補強の金属を入れる。そして組み立て。
すきまにパテを埋め、乾燥後、やすりをかけて段差をなくす。
根気と時間が要る。だから僕には一番向いてないのだ。

しかし、なにか始めると徹底する性格、
「ほむら」買って根性で2週間で一応完成。
眼が一番難しい。唇もメイクと同じ。
超センスが居る。

去年の暮れの事だった。やっと完成したが、素人にしては上出来。
だが気に食わない。結局、顔以外全部
シンナーにつけてで脱色。
振り出しに戻り分解後は奥にしまっておいた。


久々に再度始めたのは昨日。
実は今回はエアブラシを買った。

高かったがこれは凄い。なんとむら無くなく美しく均一に塗装出来るものだ。
11歳の娘もちゃんと、芸術を理解してくれて絶賛。「パパ。カッコイイ
きれいなラインが好き!!」との感想。

でも本当はこう言った工作、作業は大嫌い。でもあえて始め出すと部屋はめちゃくちゃなアトリエニ状態になるが、集中するのでストレスから開放される。
だからたまに無理に作りめる。でも出来上がって美しい作品を眺める時、彫刻家になった気分で、満足だ。
ただ、爪にもよくない。季節毎に一戸だ。フデとエアブラシ。高いがこんなにも仕上がり違うとは。機会は凄い。
新しいアートに首を突っ込んでしまった。。

2005年11月20日(日)
風邪

世の中、風邪が大流行の様子。
家族も世間同様、風邪にダウン。
僕はと言えばダウンしたくてもする訳にはいかない。
休めば多くの門下に迷惑がかかる。
しかし、若い頃に比べれば体力は落ちた物の
それとは反比例して病気をしなくなった。
予防手段が良いのと精神力の違いだと想う。
かかりつけのドクターも同じ事を言っていた。
患者から風邪はうつるが休めない、と、、。

疲れて世の中を見ると、欺瞞と情報操作による価値観が横行している。

でも、それに目くじらはもう立てない。

それでも地球は回っているとガリレオ
が言った様に真理は一つ。

時勢に上手く乗って勝ち誇る
偽者も歴史が判断を下す。

CDを例にとっても

レーベルを通さないと、流通にはのせてもらえない仕組みになってる。

でもそれが世の中だ。
金を払って献辞を貰って
何の価値があるのか!

今更、生き方を変えるつもりはない。
評論家のお墨付きがなければ聞いてもらえないならそれも宿命だろう。

献辞のプロセスを立ち止まって考えてみれば、
商業ベースの仕組みに誰でも気がつくはずなのに。
ほとんど、無条件に情報を信じている。
時々、私は門下にアーテイストの良し悪しを質問される。
決まってこう答える。
「君の耳で直接、ステージを聞いて判断して欲しい。」と。

人間の言葉は虚しい。

その言葉が偽りのやさしさの時、
いっそう
淋しい風が心をとおる。

2005年11月17日(木)
不思議?

僕のまわりには。座敷わらし(いたずらをする妖怪)がいる様だ。
時々探し物をしてしまったはずの場所に無いのだ。
しおして決まって忘れた頃にポッカリとその探した場所に出てくる。
いつも勘違いだろうと想っていたが、」奏ではないようだ。

最近の出来事では目薬を自宅で昼過ぎにさして夕方また、
使おうと想ったらどこにもない.
意地になって2時間も探したが無駄だった。

そしてその翌日、東京の教室に行ったら東京j教室の机の上にその、目薬が有った。

いくら疲れていても目薬を使った記憶を過去の物と混乱する程、老いては居ない。
どう考えてもトランスポートした様だ。

先日、惜しくも「本田美奈子」さんが逝ってしまった。
彼女の不幸の一週間前、偶然彼女の
HPにアクセスした。

ロックシンガーがオペラも素敵に歌うと認識していて以前からファンでは有ったのだが。
その時初めて不治の病と知った。

その瞬間、「気の毒に後数日の命だな。」の感覚が
脳裏をよぎった。
僕はいやな予感、気のせいだと自分に言い聞かせた。

しかし、なんと予知は哀しくも的中してしまった。
若い頃、封印した不思議な力が蘇生した様だ。
若い頃、係わる人が透き通って見えることが時々有った。
きまってその人達は間もなく他界してしまうのだ。死を予見出来たのだ。

自分でも気持ち悪いのでその力を自分なりに封印。

とっぽいかもしれないが、写経をしたり、滝に打たれたりして、、、(笑い)

今でも嘘は直感で直ぐ見抜ける。
これは誰でも生まれた瞬間、

は持っている能力なのだが、
知らず知らずのうちに封印して行くのだ。
演奏でミスる場合、自分とは不本意に不安の意識、練習不足の懸念が
止まれと命令しているのだ。
だから、弱いミュージシャンは薬に逃げるのだろう。
それでは、偽者のあやつられた、狂気の自己陶酔の音楽再生になるのだ。
時々、少しもカッコよくないのに跳ね回ってのってる変な?ロック有りますね?

私のまわりで顔で優しさを装っていても、悪意と背信がその底に見られる時
とても淋しい。しかし、これが現実なのだ。
世の中、社交辞令の嘘と虚飾で蔓延している。
それでもまっすぐ生きるしかない。僕の力で
押し上げられる人は力を与えたい。

僕は演奏の際、目に見えないスピリットを受信するように努めている。
上手く受信できる時は良い結果が出る。
来年のギターフェステイヴァルではマエストロ伊福部昭氏の作品を心から共感を持って表現したい。

2005年11月17日(木)
座敷わらし
2005年11月15日(火)
風邪

巷では風邪が流行っている。門下も風邪で欠席が多い。
私と言えば元気?なわけではないが、風邪で休む暇が無い。
寝込んでしまうと多くの門下生に迷惑をかけてしまう。
レッスンの合間に、換気、手を洗い、
うがいをこまめにする。

ビタミンの摂取。ダイエット実行中なのであまり食べられない。
本当は食べる事は実に楽しい、しかし、快楽に溺れると肥満と言う醜い報酬が待っている。
太ると衣装が合わなくなり不経済なのだ。
喉が痛み目がチカチカしてだるくなったら風邪の注意信号だ。
抗生物質を呑んで対抗処置だ。ウイルスなんかに負けられない。
新型インフルエンザが起こりそう?健康に注意するしかない。古代の人の寿命が短かったのもうなずける。

タイミング良く?「感染」と言うホラービデオを見た。
つくずく医者ではなく、音楽家になって幸せに想う。
お金はあまり稼げないが夢に生きる仕事だから。
瞬間に生まれて音は直ぐ減衰して行く。しかし人の心に魂に,
永遠の響きを残す事も可能なのだから。


今度生まれ変わってもやはり、ギターを選ぶと想う。

2005年11月9日(水)
アポヤンド

過日、テレビに映った二十五弦/琴の
野坂恵子先生の素晴らしい演奏に感激を覚えたが
奏法はギターと同し原理、付け爪でしっかり、アポヤンドをして太いメリハリの有る美しい音を出されていた。
先生と書くのは僕がこの耳で感服して敬意を表す為。決して権威主義ではないので念の為。(笑い)
かたやギター界では
信じられな状況が有った。

門下が有る楽器店にギターのサドルを調整に行った。
私もその店の修理の先生は人格、技術共に信頼している。ダマンも彼に調整して頂いた。
以下のやりとりはこの修理の先生以外の販売スタッフ?とのやりとりです。この先生は間違っても人の楽器をけなしたりしません。世界に誇る善人かつ、超名工だと断言します。誤解の無い様念のため。
弟子の報告によると、その店の店員?と思しき方が
「君なにその楽器」と聞いてきたそうだ?
弟子は「ドイツのワグナーです。」と答えた。すると
「えっつ?何?しらないな?、、、、、ああ、これはスモールマンと同じワッフルバータイプの、、、、だね、、。こんなの使ってるの?近鳴りするだけで聞こえないよホールで響く名器はやっぱり〇〇タ、○〇ザー、、、等、だよ。」と散々、ブランドを、たてに知りもしないワグナーをけなしたそうです。
好みは各自の自由ですが、ダブルトップとスモールマンのワッフルバーを混同してるあたり、
そして欧米では著名な名工ワグナーを知らない事実から、この人の見識、程度が暴露されています。
弟子はムカつきながらも我慢師匠の教えに従い。じっと我慢。
調整が完璧に終わり確認の為に

ワグナーを弾いていると、その場に居合わせた若い方・常連客?あるいは他の店員さんでしょうか?
こう言ったそうです。「アレツ?!アポヤンドなんてしてるの?そんなの駄目だよ。セゴビアだって年老いて技術が無くなってから仕方なくアポヤンドに変えたんだから!!」
こんな事、聞いた事も有りません。
もしそんな事実・記録が有るならどうぞ教えてください。この方セゴビアに会った事も生で聞いた事も無いくせに。

弟子はじっと我慢で無視してその場を去ったそうです。
しかし、その大嘘つきにそんな嘘を吹き込んだ馬鹿は誰でしょう?またそんな事がまかりとおっている、グループと言うか、部落は最悪ですね。だいたい、アポヤンド出来ない人に限ってアポヤンドを否定します。
島国根性でしょうか?21世紀になっても愚か者は永遠に居るのですね。
そして本人はギターのエキスパートを気取っているのですから、もはや偽証罪です。
でも、少しも心配、有りません。
まともな耳と感性の有る人は本物は判るのです。

日本人は本当にブランド。権威に弱いですね。評論家を全面的に信じて評論家のクーロンと化して得意になって?
そういう生き方僕は関係有りません。
ハープだって、 二十五弦琴だってきちんと、アポヤンドも使ってますから。
そして太く透る美しい甘い音です。

2005年11月8日(火)
巨匠・伊福部昭

先週の三日・文化の日のことだ。
レッスンに向かう前にテレビを

ちょっとだけ、つけた。
いつもの癖でチャンネレルを急ぎ足で変えて行くと
琴の演奏が現れた。
物凄く太い響きなので、少し興味がわいて静止して見る。
少しのつもりが、
演奏の魅力に惹かれ最後まで聞いた。

琴の巨匠「野坂恵子女史」が巨匠・伊福部昭の「琵琶行」を弾いていたのだ。
この瞬間までこの曲の存在を知らなかった。なつかしく、そして深く、こみ上げる叙情と情熱。とこどころにかつて邦画のスクリーンを支えた伊福部メロデイーが顔を出す。しかし非常に高次元に昇華されて。邦楽のイメージは全くない。
今までの琴への観念を払拭する雄大な響き。
野坂先生は東京国際ギターコンクールの本選審査員としてまた、以前から名前と存在だけは知っていた。
しかしここまで、凄い巨匠とは知らなかった。
久しぶりにお金を払って拝聴したい音楽家に巡り合えた。
既に彼女の凄さを既にご存知の方々からは敢えて「愚か者」と言われても
謹んで「はい。無知でした」と認めよう。人生、「知らないとは恐ろしい」、また反省。
なんと愚かな、もっと早く聞けば良かった。
野坂先生は、伊福部昭先生のギター作品。三曲総て琴で、それも25弦と言う新型の琴で録音されている。流石日本ギター連盟。凄い適者を審査員に迎えている!琴の演奏は、ギターよりいっそう作曲者の精神を反映している様に感じられた。
僕が少年の頃、故・阿部保夫氏の演奏で
「踏歌」を聴き、いたく感動して「くご歌」と二曲で一冊の曲集を凄くありがたい物に出逢ったような、気持ちで買って
今も大事に持っている。
しかし、悔しいかな
琴の為の「琵琶行」の方がギターの為の作品群より
カッコイイ!!
なんとか、ギターに移し再現したい物だ。

数十年前の昔セゴビアが邦人作のギターを「琴の音だ」と評したが、
野坂先生の音はセゴビアの言う「琴の音」とは違う。
甘く、太く、透る、あたかも僕が求めているギターの音にも共通性がある。
門下に聞かせたら「先生のダマンの響きに方向性が似てますね!!」
と嬉しいコメントをもらった。
日本は伊福部昭先生・そして野坂恵子先生と世界に誇る巨匠の存在する国。
別に両巨匠媚を売ってる訳ではない。
理屈ぬきに好きで尊敬出来るので先生と呼ばなくては音楽に命を賭けるものとして恐れ多いのだ。
日本も捨てたものではない。
もういちど、心を引き締めて

伊福部先生の作品に取り組みたいと心から想った。
いや、頑張るぞ!!(笑い)

2005年11月3日(木)
レッスン

今日からまた池袋レッスンだ。
基本的に木、金、土は超ハードなので日記は期待しないで頂きたい。
毎日読みたいとのメールを頂き
つたない日記をn書いてる.、

遠いあの日、あるギタリストに才能が無いと言われた。彼はあえなく淋しい晩年を向かえ若くして逝った。
ギターで生きていけるか迷った日が夢の様だ。人生は自分で決めて自分で作る物。今、はっきりとギター界に生きて存在している。
今日もまた門下にエネルギーと希望を与えなくちゃ。
彼らがどこかで演奏をし、ギターを正しく普及させる為にも。
世の中に甘い、心のとろける音を知ってもらいたい。

2005年11月2日(水)
寒い日

今日は晴れたが寒い一日だった。
このところずっと、体調が悪い。
総てテキパキといかない。はかどらない。でも時間は直ぐに過ぎる。

DVDも計画進行中だが、、、、
著作権の問題が煩わしい。
古典、近代のものを
DVD化しよう。そうすれば一切、問題は無いから。
ビラ・ロボス全曲はもう少しお預けだ。

あと何年かすれば著作権フリーになるはずだ。

しかし、、、、信用出来ない。

そう言えば巷で悪意の楽器寸借詐欺が横行している。
なんと善良な僕の大切な友人も被害に遭った。
僕なんかどんな事が有っても楽器は貸さない。借用書を書いて質入れして換金する、窃盗にはならない、法の隙をついた悪質詐欺だ。犯人は前科も有り保釈中にまた犯行に及んだ。正義は無いのか?世の中、加害者の人権ばかり守り被害者泣き寝入りの法のなんと多い事か。でもいつか、この悪党は高い代償を払って野垂れ死にするのは明白です!!

忘れていたが僕も昔、ミュージックピープルと言う楽器屋に計画倒産でハウザーUを騙し取られた。委託販売でハウザーを預け、支払い未受理のまま、破産宣告を受けたのだから。盗品同様の物を買っただれかさんは善意の第三者で罪は無いとの事。でも天罰は下ったはず。楽器もお金も、もどらなかったが、僕を騙したメンンバーは決して幸せになっていない!!ハズです。
そう今まで僕に嘘や悪意を投げかけた人で幸せに成ってる人、居ないみたいだ?
少し怖い?別に呪いをかける訳でもないのだけれど?でも本当にそうだ。
僕は滅多に人を憎んだり怒ったりしないが、僕が許せないと想った人は何人かいたけれど皆、、、、。。結末は、、、、、(笑い)。もしかしたら、死後の世界から帰って自分でも知らない力が有るのかも?
この世には残念ながら悪人も沢山いる。もちろん善人もいるけれど、、。
悪党でも理不尽で人間味の無い冷血なのは絶対許せない!!スピリチュアルな力は絶対存在する。
その証拠に、初詣、葬式等、みんあやってるんだから。
昔の詐欺被害を思い出してちょっと、寒い雰囲気になったかな?

僕のDVDはもともと商業ベースには乗らないのは承知の上。
だからと言って
何も残さなければ
弾けない輩たちと同じになる。

だからこそ確かな誇りを持てる演奏映像を残したい。
この先どれだけ生きれるかは判らない。
だから急がなくては。安全地帯に逃げ込みたくはないのだ!
時間が最近、収縮したようで、若い頃に比べてテンポが時間の経過が早い。
やりたい事が山積みで潰れそうだ。
でも、潰れない。頑張るのみだ。魔力が有るんだから、、

2005年11月1日(火)
告白・実はジャズは大嫌い。

過日門下がデイアンス編のジョビンのフェリシダージをレッスンに持って来た。
アレンジが高度で凝ってるのと編曲家としての凄腕をふるってるのも良く判った。
だがどうも、ブラジルで聞き慣れたものとは異質だ。
遅ればせながら色んな音源を当たってみた。
結構、日本では流行ってて、色んな奏者が入れていた。
みんなシャッフルして原曲を崩してなぞっているように聞こえる。付点のシンコペしたイントロの意味が僕には解せない?
奏者そろってテクが有るのも理解出来る。
ブラジレイラの家内に聞かせてみた。

「これはジョビンとは違うジャズになってるみたいね。」、、、
やっぱり、ガル・コスタなんか聞くとなんかデイアンス編は違和感。

ギタリステイックなショウピースとしては良いのかもしれない。
告白すると、ブラジル滞在中も研究、
そして好きになろうと努力したが、
僕の体質は
あまり好きにはなれなかった。

巨匠バーデン・パウエルも近くで何度も聞いた。凄さは判ったが感動は一度も出来なかった。
ボサノバクラスの門下諸氏、心配なく。
レッスンは愛情もって継続しますから。
彼は晩年はライブでパコ・デルシアのフラメンコのフレーズをコピーしようとしていた様だが
ラスゲアドドブレが出来なくて苦戦していた。
女房に言われてやっと判ったというか気がついた。
ジャズファンには申し訳ないが、そう、ジャズっぽい乗りは僕は嫌いなのだ。
イルマルのバーデン・ジャズ組曲を弾く時も僕はブラジリアンの乗りにこだわって変えて弾いている。
ジャズとボサノヴァ、サンバが近親調とは想えない。

もちろん、各奏者の解釈は尊重するが、好き嫌いは私の勝手でしょう?
どんなに努力、論議しても永遠の平行線。
嫌いなものは嫌いだ。(ゴメンナサイ)

パコ・デ・ルシアは大好きだが他のジャンルの名手たちとのセッションは凄さは理解出来てもジャズ的で深みが感じられず涙が出ない。
きっと多くのファンが居るジャズスタイルが嫌いな僕が変わってる事になるんだと想う。
変人であろうと自分のスタイルは絶対に変えない。
バッハに情念と愛と悲哀を込めて、
あたかも弦が切れれば

赤い血が流れる様な演奏をしたい。




2005年10月30日(日)
音楽に想うこと

バッハ等の古典は均一に、全く無表情に弾くのが
良いと想いこんでいる人がいる。パソコンに入力して再現した様な演奏が
均一で美しいと想う、または感じるのは自由だが、
演奏行為に奏者の感情(解釈)がなくては意味がない。
メトトノームは新曲の学習プロセスの基礎段階で有効だが仕上げもメトロノーム的では音楽が生きていない。
テンポをきちんと理解してゆらすのは解釈。
なんとなく気分で伸び縮みさせるのは自己流¥つまり滅茶苦茶と言う事を
確認しよう。

音楽は感性の世界だから絶対と言う事は存在しない。
解釈も多様、それが習慣にのっとり聴衆に支持されるかされないかが、
様式感の把握だろう。
いつも感じるのは装飾音が上から下からのこだわりだ。

結局はさほど重要な意味は感じられない。その矛盾実例は多くの巨匠たちの演奏にみられる。
結局、全員一致の解釈はありえないわけだ。

しかしコンクールとなると限られた審判の解釈で優劣が一応決まる。
エントリーした瞬間そのコンテストの審判に従うと言う不文律が有るから、文句は言えない!
しかし、あたりまえだが、それはその瞬間の形。永遠の評価ではない。
そもそもコンクールは商人が作り出した興行プロモートの一環ではなかったのではないだろうか?
経歴は一位なのに「本当に?」と想う奏者も存在する。

万人が認める巨匠バルエコですら二位の経歴(ミス・ジャッジじゃないかな?)。その時の一位はさぞかし

彼の上を行ってるのだろうか?
コンクールで敗退し後に開花した名匠も沢山いる。

ピアノ、ヴァイオリンの世界は歴史的にも音のステータスが完成していて良い音の基準が統制されている。
ギターは残念ながらまだ情報操作されている。
良い音とは心地良いもの。
カリカリしたメタリックな音を「透明でクリア」と感じてしまえばそれはそれで良いのだが。
どうもあたかも、それならばスチール弦の響きの方が良いのではと言いたくなる現象が多い。何故ギターにハープ、ヴァイオリンの様に太くて甘い音を求めないのか?
またその音を出せない輩はそれを「こもった音」とあざ笑うのか?
こもっていたらホールでは聞こえないのだ!
金属的なメタリック音は周波数が高いから耳には届くが決して心地良くない。
チェンバロがピアノより好きな趣味もあるから、好きな方は自由であるが。

音は真実。情報そうさ、ブランド志向に迎合することなく自分の耳で美しいと感じる実際にふくよかに響く音を見極めてほしい。イソップ物語のロバを連れた親子、そして裸の王様になってしまっては、淋しい。

2005年10月25日(火)
ダブルトップ

最近、私の使用する楽器ダマンのダブルトップについての問い合わせが多い。
ダブルトップとは表面板を二枚の板で合わせ
その中に(ハニーカム)丁度、蜂の巣状の形状をした
物をサンドイッチして更に真空状態にしたシステムを言う。
製作家によりハニカムにカーボンを使ったりその他の科学繊維を使ったり工夫を凝らしている。
ダマンとワグナーが共同研究して開発した物で20年ほどの歴史を持ち彼らがやはり創始者として一歩先に出ている。
日本では余り評価、認識されていないが、海外では、M・バルエコ、D・ラッセルS・、テナント
他、多くの名手が愛用している。
当然ながら、門下の多くは私のステージの音とレッスンを通じその響きを確認。
ダブルトップに開眼して、師匠に習い同タイプのダブルトップの楽器を愛用している。
世界的にも超人気のダマンは高値なうえに、殆ど市場に出てこない。予約が連続してすでにオーダーストップの状態らしい。
門下はワグナー、ヒルのシグネイチャーモデル、
ハーブなどを使用しているがやはり本家のダマンはダマンなのだ。
幸運にも、松、杉の両方を所有する凄い門下もいる。

私自身も始めは触手が動かなかったが、数年前、初めて弾いて感じたショックは半端ではなかった。今まで何をして来たんだろう?これまでの感覚、常識が総て崩れ去った。
キー−ボードの様にどこのポジションも均一に鳴り響く。次元が違う。
一大決心をして購入。
おかげで大きく奏法も変貌出来た。

ダマンを紹介して下さったフォルテ楽器の小川さんには今も感謝している。
楽器との出会いは完全に縁だ。

しかし良縁でなければ、前進できない。私にとっては最良の伴侶、ダマンに出会えた。おそらくもうこれ以上の楽器は
私にとっては出会えないと確信する。
大変高い買い物だったが、

それ以上の十二分な仕事をしてくれている。
私とそして娘にとってかけがえの無い助っ人。
それがダマンだ。不思議なのは何故、ダマンのコピーをしてもダマンにはなりえないのか?
そこが名工の名工たる所以なのか?
今、密かにカナダの
ミュラーにダマンに迫る期待を寄せている。
数年後が楽しみだ。

2005年10月23日(日)
発表会CD

今日、老骨にムチ打って、昨日の発表会の録音からCDを編集した。
疲れた。(笑い)
みんな良く頑張っている。
音楽ほどその奏者の人格を表出する物は無いと想う。

ミスが有っても誠実な演奏。また、やんちゃな子供の演奏。青い若い演奏。暴走、安全運転など、、
だからこそ生演奏には価値が有るのだ。
門下生はこのCDを聞いて初めて自分の現状のありのままを把握する。自由参加だから、参加した有志は立派だ。
安全地帯(弾かない評論家的人々)の英雄はどこにでも居る。一

毎回感ずるのは演奏能力もさることながら、楽器のレベル差が大きく反映される。
娘などダマンに多いに助けられている。
反対に鳴り難い楽器の門下は気の毒だが、しかし、楽器選びも芸のうち。
本人がそれで納得(満足)しているのだから

楽器はブランドではない。良いものすなわち、大きな音で美しい響きそして奏者と相性の良い一番の味方である事。
それが名器の条件。私は生徒の楽器に関しては、生徒に望まれない限りはこちらから関与は一切しない。
何故なら、門下が事後報告で買った、或いは所有している楽器を望まれずして鑑定しても
事態は変わらないから。
たとえはずれを買ってしまっても、ハズレだよとは敢えて言わない。本人が満足している幸せを壊す必要はないからだ。おのずと本人が悟るのを待つしか意味がない。

他人の恋の盲目を中傷するのと同じだから。本人が美人と言ってるのを
ブスだよなんて言っては失礼ですからね。
当然、望まれれば良い楽器選び即ち良縁のお手伝いをするのは言ううまでもない。

十人十色。いろんな考え方が有るのだから。
でも、出てくる音には嘘はない。
音は正直で真実。美しい響きは永遠なのです。偏見を持たず純粋に耳を澄ませば
真価はわかるはず。

良い楽器は良い音が出るのです。
まだ下手だから良い楽器は要らないですか?下手な人が悪い音で弾いたら出てくるものは何でしょう?


2005年10月22日(土)
発表会

今日、無事13回の発表会を終えた。
前回は時間超過でホールに迷惑をかけたので今回は早送りのペース
無事9時には終了。毎回自由参加なので仕方ないが
参加者は13人。門下数の3割以下だ。残念なのは時代の流れかもしれないが、
参加しない門下の殆どが聞きに来ない現状。
個人主義、無関心、無理解の象徴だろうか?
仕事の関係も有ってこれない門下もいるのだろう。
何事もマイナス思考は止めよう。3年後の20回発表会はなんか記念行事として
全員参加にもって行きたいが無理かな(笑い)

いずれにせよ、演奏も来場も自発性に任せるしかない。
発表会は大変だが参加すれば必ず得るものが有り上達するのは確実。
演奏する喜びをいかに教えるかが新たな課題だ。
参加してくれた門下有志、そして御来場頂いた皆様に心から御礼を申し上げたい。

2005年10月20日(木)
ガレージ

最近、車をのりかえた。はやりのワゴン車を買うつもりが
やけにカッコイイ外車に出逢ってしまった。
ブラジル時代にフォードでリオ、サンパウロを何度も飛ばして行き来した頃を思い出した。
娘が一番気に入り家内も納得。
左ハンドルに変えた。

車庫入れはいままでより難しいが左ハンドルに慣れた家内は私より上手かった。
運転等は問題ないのだが、買い物等の駐車が大変。こちらが注意していても駐車場でぶつけられそう?

家内専用に軽を買い足す事となってしまった。
問題は車庫スペースだ。
庭を改造すれば良いのだが

どこの業者も見積もりは70万円以上。
家内はそれなら車が買える!!冗談じゃないと一蹴!!

自分でやると言い出した。
Do it ourself.となった。まず大きなサクラの木他の大木を除去しなければならない。
のこぎりで始めたが、とうてい無理だ。諦めてジェイソンの如く
チェーンソーを購入。まずは試しに切れ味を見ようと
サクラを切り出したらアット言うまに切れてしまった。
何も準備していなかったので、大変だ。瞬時に片手で大木をささえ、もう一方のでチェーンソーを持ち立ち往生。
ロープをサクラにかけて引っ張らせて道路側に倒して大事を逃れた。この間5分。筋肉の限界だった?
下手すればベランダ大破という所だった。
そんな調子で3日間で邪魔な庭木を総て削除。造園業者に4トン車一杯の木の廃物を引き取ってもらった。
結構高かったが、しかたない。
捨てるところないものね。

続いて土地を平らにならしをしてタイルを敷き詰める。
これが結構大変。30センチ四方のタイル200枚使った。
ほとんど家内が一人で私がレッスンしてる間にコツコツと成し遂げてしまった。
どうにかかっこうもついた。
いよいよ、新しい車が到着。

問題発生。道路との段差が高く、坂のぼりスロープのコンクリだけでは車のおなかを庭の塀のブロックの基礎がこすってしまう。

ブロックを壊さなければ。
超大型ハンマーを買った。

遠心力をかけて思い切り世間への普段の怒りも込めてブロックを叩いた。ボカーンと言う音と共にブロックが吹っ飛んだ。娘が「ターミネーターみたい」とはしゃいだ。
根性で一時間かけて完了。あとで痛いので医者に行ったら鎖骨にヒビが入っていた。

開閉式の伸縮門塀をネットで探し、一番安いの購入。
セメントをこねて固定して見事完成。
とても素人の仕事とは見えない立派な出来栄え!!
何よりも多いに節約出来た。日本人以上に大和撫子な女房だ?
初めの頃は「出来っこないよ?」と言う目で見ていた近所の方々も偉く感心している。知らずに、どこの業者にやったか教えてと尋ねる方もいるくらいです。コンクリーのみで仕上げずタイルブロックを敷き詰めたので
外国の石畳の様な庭・ガレージになったのだ。
それにしても軽の燃費は凄く良い。
外車は凄くガソリンを消耗するしかし、
乗り心地は最高。それでも愛器ダマンより断然安かったのだから。
比べる物ではないとは言え楽器は高いな。でも良い音はお金に変えられない。


2005年10月11日(火)
一青 窈(ひとと  よう)

偶然ビデオクリップで「ひとと よう」と言う名の歌手を知った。
映画「蝉時雨」の主題歌を唄っていた。
「ただ、とおり過ぎただけ。
君がまわるため。
どこ吹いた風でした
くるりかざぐるま  」
なんて哀しい、切ない唄だろう。
僕の心の郷愁を想いきりゆさぶった。

明治・大正ロマン?粋な着物に凛と髪を結い
哀しげに唄っていた。彼女は日本人と台湾人の間に生まれた
ミスチーサだ。オリエンタルな美しい瞳がいっそうこの
詩を哀しく響かせる。「もらい泣き」と言う唄も
また哀しい。なぜかしらいつも昔から哀しい曲が好きだ。
鬼束とは違ったタイプの歌手だけど、また好きな歌手が増えた。

何かしら新しい宝物を見つけたようで嬉しい。


これからも、僕は哀しい曲を哀しく聴きそして、哀しく奏でていこう。

2005年10月10日(月)
コンクール

昨日、娘と門下の菊池君がスペインギターコンクールに参加した。
娘は二次予選、演奏順、トップになってしまった。
11歳の子供には超プレッシャーだったようで、演奏後、トイレに駆け込んで
プレッシャーの反動か?一人泣いていた。一箇所和音を間違えて弾いいてしまった。残念、しかし、コンクール勝利への厳しさをやっと体得してくれたようだ。
あらたなる飛躍に親父としてプッシュしてやらなくては。まだまだ先は長い。
菊池君は私の指導どおりの演奏で、私の印象では完全だったが、今回は予選通過はならなかった。でも明日が有る。


天才の誉れ高き藤元君は予選から余裕で音楽を楽しんでいるように感じた。
メカニカルはパーフェクトだろう。私個人の好みとして欲を言えば「わびさび」哀しさの表現を習得すれば世界の天下をとるだろう。

本選を観戦した。藤元君は予想どおりの強靭なテクニックで一点の濁りも無く全音符を性格に再現していた。
言うは容易いがこれは、すごい事だ。難所もコンピューターのように鮮やかだった。
 
大変印象に残ったのは山田大輔君。音色の美しさに惹かれた。
課題曲の椿姫を、みなさん、余り哀しさを表現していなかったようだが、彼には憂いを感じた。自由曲のソルのエチュードも骨格のしっかりした、
立体的な美しい線の太いソルだった。アルベニスのカタルーニャは
とても大きく感じた。またハイポジションの和声の天国のように美しい響き。この人は芸術的カリスマ性を感じた。
娘も私の横で「凄い綺麗」と感嘆の言葉を漏らしていた。
体調が優れず、前半だけ拝聴して会場を後にした。
ネットで結果を見ると、聞き逃した松田 弦君が優勝。さぞかし名演だったのであろう。日本ギター界も益々前進の一途。
素晴らしい時代が来た様だ。
明日から娘の希望で修行の再開だ。



2005年10月4日(火)
秋の気配

今年は秋の気配を感じるのが早い気がする。
例年は残暑が厳しくなかなか、涼しくならなかった様な気がして。
最近はつくずく体力が落ちてきた。
酒も美味いとは感じるがあまり沢山はやれない。

私と同世代の門下がギターを弾かないとストレシが溜まると言っていたが
音楽好きにはまさにそのとおりだ。
50代になるとけっこう

世の中が判って来て、定め、人情などが体験的に理解出来ている。
だから音楽が一番、安らぎに感じる様だ。家族の為に必死に働いてそして家庭では何故か気を使い、ギターを弾く時間も限られている様だ?日本は家長たる者の威厳も失われたのだろうか?
大和魂はいずこに?
僕は海外生活の体験から日本人的でない、人懐こい、とても優しい面が目立つ様だが、本質は大和魂のサムライそのものなのだ。娘が一番それを知っている。
娘は私を父でありまた師匠として敬意を持って接している。
音楽を奏でる瞬間は少なくとも誰の束縛も無くまた誰をも傷つけることもない。
なまはんかな人との触れ合いは誤解から想わぬ方向に発展するきらいもある。
生まれてから死ぬまで、決まった?定めを毎日、同じ様なリズムで生きていく。
かりに運命が有るなら誰がそれを決めるのだろう?
たとえ運命が定められれていてもやすやすと安易に妥協するわけにはいかない。
気がついたら生まれていて、運命に翻弄されるだけなのが人生ならあまりにも哀しい。
生きるとは自己の夢に向かって死ぬま諦めず進む事だと想う。


2005年10月1日(土)
音楽に生きる喜び。

今週は、気候の変り目か欠席が目立った。
僕も、不調で微熱が続いたが、なんとか無事レッスンも頑張り通せた。
門下の数だけドラマが有る。平凡な幸せな人生もあれば、ドラマチックな人生もあるのだ。
門下の顔を見れば今幸せか不幸かは理解出来る。
縁有って係わった門下すべてに幸せを与えたい。
もちろん、神でもないのだから大それた願いだと想う。
しかし少なくとも生活の中でギターを通した僕とのかかわりの中にささやかでも
喜びを感じてくれている門下には幸せを与えたい。
不思議とわかるのだ。ただ地理的に便利だから入門した門下と、僕を慕ってくれている門下の違いは。
数十名の門下、皆、新鮮な気持ちでドアを開けてレッスンにやって来る。
その日、僕にとってはたとえ十何人目のレッスンであっても疲れを見せてはいけない。
習いに来る弟子に失礼と言うものだ。
これからも全身全霊でギターの美しさ音楽の喜びを弟子に伝えたい。

たとえそれが一人芝居に終っても。
僕はかかわった人は、何人たりとも神の次元で愛したい。こんなにも多様化した時代に縁有って巡り合った弟子たちだから。
だから、まだまだ健康に気をつけて凛として演奏し続けなければならないと想う。
真実の芸術家とはそう言うものだ。
コマーシャリズムとは違う。

真理は一つ。そしていつも真実は哀しい定めを伴う。
いつまでも誇りを持って本物として生きたい。

2005年9月12日(月)
演奏の視覚的効果

過日9月三日の演奏会の録画を親友の掛布氏から頂き改めて見てみた。
演奏の映像が入るとダットで取った音よりもよりスリリングに感じる。
もちろん、客席で撮影してくれた、名手、長野剛氏のセンスのよさも手伝っている。
彼は日本人初のジュリアード音大ギター科主席卒の経歴。音楽も舞台芸術と音のみののCD芸術は明らかに違う。
ライブはやはり奏者の意志が視覚的に伝わる。それぞれの奏者は各自の個性を
かもし出し音楽をメッセージを伝えている。
自分のシャコンヌ等も映像を伴って見ると我ながら独自の世界を感じる。
今までやってきて良かったと実感。まもなくHPで公開予定です。ご期待下さい。

生演奏は、やはりかけがえのない瞬間芸術のその時なのだ!!
と改めてライブの意義と価値を認識した。

録音芸術はそれはそれで良いのだろうが、今や編集技術も異常に進化した。
ライブはやはり本物だろう。

2005年9月7日(水)
ライブに想う

今日は文化会館の演奏を終えて4日目だ。
まだ疲れが取れないがレッスンに頑張る一日。
ライブのテイクをCDに編集した。演奏直後はいつも、
理想からかけ離れた演奏に自己嫌悪に陥る。
今回の録音を聞くと「うーん」と言うのが実感。
全員とも物凄い気迫と情熱が感じられる。私の
シャコンヌも自分の解釈どおりの、悲しい表現は出来ている。
弾きながら裏切りにも怒らず愛を与え続けるイエスの姿が浮かんだ。
シンプリシータも切なく響く。次回はもっと、深い慈愛のバッハ
と更に甘く切ない音を探そう。その前に10月の娘のコンクールを
頑張って教えなくては。人生はドラマチックにするのは自分だから。
そう言えば、僕の金髪とピアスは違和感なく好評だった.。ラベルの亡き王女為のパバーヌ今度はソロでたっぷり揺らして弾きたくなった。
応援してくれるみんなの為にもまだまだ頑張る。

2005年9月4日(日)
第三回ギターフェスステイヴァル・御礼

昨日、無事に第三回ギターフェステイヴァル終了。
御来場の皆様そしてお花を沢山頂戴、致しまして心より御礼申し上げます。
この会も2003年から毎年続いているが、毎回自己鍛錬と向上に勉強させて頂いている。
丁度、先週同じこの東京文化会館でコンクールが有り
娘が難所は完璧にクリアしながらもたわいも無いポカミスで
三位に甘んじた。親子で同じダマンを使っているので結構、縁起をかつぐ自分としては何年ぶりかの超プレッシャーを感じる演奏会だった。娘と同じく親父もしくじったとは死んでも言われたくない。
ましてやバッハのシャコンヌを演奏する。学べば学ぶ程奥の深いバッハへの畏敬の念が極限状態に追い込んだ。

正直、土壇場までキャンセルして帰りたい心境だった。
しかし、多くの門下、聴衆、そして我が子を前に逃げられない。
舞台に覚悟を決めて進んだ。
一音、一音、確かめバッハとそして神への敬意を
祈りながら音の流れに身を任せた。常にナイフを突きつけられたような厳しい感覚だった。しかし、もう一人の自分が音に従事する自分を心地良く見ていた。有る意味、スリルある快感だったのも事実だ。バッハの魂がヒデオよ私の苦悩が少しは判るのだね。と微笑んでいる様にステージで感じた。
完璧と言うことは芸術にはありえない。

しかし、今回は今の自分としては、問題は山積みながらも自分なりのシャコンヌを表現出来たと想う。死ぬまでにはなんとか納得する演奏をしたい。
今回は鬼の様にレッスンの合間を縫っては練習したのだが。昨年のリサイタル時よりも緊張していた。
二曲目のシンプリシータは自由に

ロマンの世界をこれ以上の個性は無いと言う程、即興のアレンジを加えて、私だけの表現を試みたつもり。
当然、賛否両論は覚悟の上だ。嫌われても良いのだ。しかし今後も媚を売ることなく己の信じる表現を命を賭けて
貫きたい。だれが何と言おうが中峰秀雄は私ひとりなのだから。
ありがたくも僕を支持し声援し聞いてくださった総ての聴衆に心から感謝の念を捧げます。

2005年8月21日(日)
演奏会

もうすぐ演奏会が来る。今回は丁度その前の週に同じ会場で
ヤマハ学生コンが有り、門下の指導と自分の準備でかなりきつい状況だ。
幾つになってもライブは緊張感が伴う。その緊張感が非日常的表現力を生むのだが。
チケットも門下の協力で良い感じに消化出来た。
弟子のてまえ良い演奏をしないと面子が立たない。
師たるもの師としての威厳と光を放たなくては駄目だ。
ここに書きながら自らを鼓舞しているわけだ。
帰国当時は門下もいないゼロからの再スタートだったが、
今は多くの人材に恵まれ幸せなギターライフに充実している。
この至福な気持ちを音にたくし、僕に係わる善意の総ての人々に捧げたい。
シャコンヌ。これほど意味深く感動的で壮大なそして美しい、ただし、難曲はない。
あえてそれを選んだ。
今の自分の総てをかけて

慈愛の音を奏でたい。シンプリシータこれは愛そのものの音楽だ。
これらの曲から愛、慈愛、平和への祈りが伝わればこれ以上の幸せはないだろう。
本番まで残る日々、精進あるのみ。

2005年8月11日(木)
墓参り

今日は墓参りに行った。親父が逝ってから
30年経った。親父は今の私の歳と同じ50歳の臨終だった。
随分、早死にだったな。まだまだ悔いが沢山残った事だろうと想う。
事業家で浮き沈みが激しくいろいろ有った親父だったが、墓の前で手を合わせると
何か、親父の苦悩が理解出来たような?
「ギターでは食えん」と、生前言われた物だが、

振り返ればギターだけ生きてこれた。

今は親父がにっこりと笑ってる感じがした。

帰りに母の家に寄った。忘れていたが丁度、一年前、母は癌の手術を行ったのだ。
丁度一年無事に経った。弟も交えてお祝いの日となり、
急遽、太陽の里の温泉へ行った。

2005年8月8日(月)
演奏行為

9月の末には51歳を迎える。
想えば31年、がむしゃらにギターで生きてきた。
真理はひとつ。いつか報われると信じながら。振り返るとよく頑張った。
臨死体験、そして手首の筋の損傷。挫折していても不思議ではなかった。
仕事を終え、いつも土曜の最終バスで車窓を眺め考え込むのが習慣となった。

昔は自分自身が迷える状態で振り回されていた。今は音に関しては何が良いか明確な信念を得た。
いつの世もそうだが、総ての事柄はマスメデイアのメジャー度と実力は必ずしも、一致しない。
当然だ。営利追求の商業ベースで世の中動いている。

内外で企業家と、話す機会が有ればいつも「音楽は食えない。男の仕事ではない」
と、あわれみ、冷笑される事が多かった。その度に心で「お金で買えない真実の美を求める、神に一番近い仕事さ!!あなたも本当は知ってる」と自分に言い聞かせまた鼓舞してきた。

お金があれば99%の幸せは買えると、最近、新進の企業化が豪語していた。
たしかにそうだ。彼らの世界では愛も金力で成立するレベルが多いのでは?

もちろん僕は彼らのようなリッチな立場ではないので想像だが。


幼い頃から描いていた多くの幻想も壊れ悟り始めた。

実際、経済破綻から離婚するケースの何と多い事。
人間はずるい生き物が多いようだ。「あなたの金力を愛します」なんて正直に言う人、いないものね。

誤解のないように今、僕は良い家庭に恵まれているので念の為。

音楽の世界に目を向けよう。演奏を好む者は自己顕示欲のつよい
人が多い、またそうでなければ出来ない。僕も人と違うのが生きがい。
その現実から、嫉妬心の強い自己中心的人間のなんと多い事か?
僕はドライになりきれずいつもしっぺ返しをくらう。

これは今までの付き合いの範囲で実感した。
ピアニストは音楽の王者と傲慢。ヴァイオリニストは
女王だとこれまた傲慢。ギタリストになると、、、、言わない方が生き方上手だから控えよう。
ただし当然良い人もいましたよ。

優しさのない人間がいくら、舞台で作り笑顔を見せて
媚を売って演奏しても音にはその人そのものが現れる。

だからクラシックの演奏会って「、お上手」と感心できても感動しにくい感じだ。そんなに、しょっちゅう涙出ませんね。

僕はまえにも言ったが、演奏を聴くチャンスが有ったら、必死に良いところを探し感動したいのです。
自分より下手で安心、嬉しい、なんて、そんな、さもしい聞き方は絶対にしないのだ。うんと若い頃はそういう愚かな瞬間が有ったのも認める。(反省)
テレビ等は無条件に、「お上手」的な演奏を「素晴らしい、、、、」と褒めちぎる。

今、みんなもっとマスメデイアのものさしに、煽動されず、自分の耳で感じて生きて欲しい。
グルメ評論家の影響?ラーメンまでなんで並んで食べるのか?彼らのライセンスって何?

僕は今世風のマイナー二流だ。
だんだん演奏意欲は消滅して来た。

いままで振り返ると最前列に陣取った聴衆は音楽よりも指ばかり見ていた気がする。
勿論、最上級の愛すべき聴衆も存在するのだが。

舞台に出て弾く事の喜びが何か偽者のような気がしてきてしまう。
音楽家は永遠に悲しい。

やはり人生に疲れたのかな。
でも少なくても数十人の門下は僕を必要としている。彼らに接すると幸福になる。

人生に傷ついても、門下を、自分がかつて苦しみ進んできた時代の気持ちになって
自分を愛するのと同じ気持ちで、ギターの世界に導きたい。
それがプロの良心だと想う。
どんなに世の中が汚れていっても、自分は流されない。
それが自分の誇り、生きる意味だ。
考えればイエスですらユダや弟子達に裏切られ

クギで十字架にさらされたのだから。イエスはそれを予知していても許していた。
僕はまだまだ修行が足りない様だ。

2005年7月31日(日)
あの夏の日

夏、暑い夏。遠い昔、医者を志してしゃにむに頑張っていた頃。
初恋にやぶれて人生はなんて哀しいのだと心底感じたのが19歳の夏だった。
医者の一人娘と恋に落ちて、生涯を誓ったつもりだった、、、。

巷ではかぐや姫の「神田川」と陽水の「心もよう」が大ヒットで痛む僕の心を更にえぐるように
行く先々でその唄が耳に入り込んできた。暑いのに寒い。そんな感覚だった。
泣いても何をしても状況は変わらず時間だけが過ぎる哀しい運命。その頃からずうっと哀しい曲が得意で好きだ。
心の感性、心のものさしは今もその頃のままだ。

人間嫌い。人間不信と想いつつも、
いつも人を愛を信じたい

目立つ外見とは裏腹な自分だ。
僕は目立つのが大好き。
人と同じなのは大嫌い。
音だって自分だけの音を出したい。

甘く切なく真珠がビロードの上を転がるような甘味な音。
メタリックな音は好かない。


美しい物が大好き。
でも美しさには内面の美しさも伴わなくては真の美しさではない。

50になってやっと、(今更ながら)本物の美を見抜ける様に成って来た。
自分がそう想いたいだけかも??


顔は心の窓。優しさのない美は意味が無い。と、いうか、好きに成るのは止めたほうが良い(笑い)

男の顔は生き様で作られる物。
気合を入れて心清く生きて少しでも美に近ずかなくては。

昔、空手、柔道も黒帯まできっちりやった。

最近は悟りとは?と自問自答で悩むこの頃だ。
レッスンの度に門下との触れ合いに救われる。
皆、同じくギターをこよなく愛し僕を慕ってくれる。(そうだよね?)
彼らのひた向きさが「師匠、何を悩んでるの?人生素晴らしい。幸せに溢れてますよ」とエールを送ってくれる様に感じる。
最近、歳を取るほど我ながら指がよく回る。
想えば門下が増えて週の半分以上はあらゆる曲を一日、弾きっぱなしで実質物凄い自己鍛錬にも成っている訳だ!


神に心から感謝。良き弟子達と素晴らしきギタリスト人生。
更に強く輝く為にも、自分に喝をいれたい。
変身だ。

門下は変身ぶりを知ってる。(好評?)
9月のフェステイバルで皆さんにも確認して頂けます。お楽しみに。
更にアウトローを進みます。

あの遠い夏の日も、どん底まで落ち込んで、死にたいと想った。
それでもまた陽は昇り生き続けた。

ビラ・ロボス国際コンクールの頃もそうだった。
僕は永遠に負けられない。


2005年7月28日(木)
淋しさ・むなしさ

淋しさ、虚しさは忘れた頃にやって来る。
これは人生の永遠の宿命だろう。これを感じなくなったら悟った事なのか?

何事も欲せず、求めず期待せず、ひたすら与えるポジションに有る事に喜びを感じればよいのか?

しかし悟ってしまえば、無欲となり、労働意欲も消える?死んでしまえば灰になる。ホームレスの人々は案外、悟っているのかもしれない。

私の目指す悟りは凛々しく存在感と美しさ(外見に囚われているのではない)を
放棄しない悟りだ。しかし難しい。

心は無意識に求め期待してしまう。わかってはいても優しさには優しさの反射が欲しい。それが間違いなのかもしれない。
人間嫌いになりかけてもまた人間を信じたくなる。そして傷つく。キザで使いたくない台詞だが、「傷つけるより傷つけられるほうがまだ良い」しかしこれは辛い。
シャコンヌを弾くにつけ、人生の淋しさ、虚しさ感じる。一人涙を流すバッハの姿。また処刑場に連れられる無力なイエスの姿も浮かぶ。私のシャコンヌは人生そのものを理屈ぬきに感じる。
バッハはグレイト演歌だ。
改めてバッハの偉大さと苦悩を感じる。大バッハやイエスに比べれば
私の苦悩など小さいのだ。

2005年7月25日(月)
車窓から

昨日は日曜ながら用事で東京へでた。
東京発の最終バスで帰路についた。
ハイウエイを騒音と共に走る車窓からぼんやり夜の景色を眺めた。
ヘッドホンで聴くMDの音楽も手伝って、やけに感傷的になった。
眼下に広がる日曜夜の都内は閑散としている。やがて湾岸道路へ続き、いっそうドラマチックな情景。
狭い日本と言うが数えきれない沢山の人々が行きかい生きている。
幸せな喜びの絶頂の人も、、悲しみに落ち込む不幸な人も、総て容赦なく時間という逆らいようのない流れに乗って。

絶対と言う言葉。この言葉が使えるのは唯一、絶対と言う言葉は絶対に有り得なく虚しいと確認する時だけ。
街で寄り添う恋人達を、見ると思い出す。
遠いあの日、「絶対に離れない、変わらない、、」と言う甘味な言葉の約束。この世にこれ以上の幸せはないと感じた至福の瞬間。
そして、むなしく崩れる時、いつも「だって、、、あの時は、、」。誰しも振り返れば心の隅に同じような痛みの思い出は有ると想う。
人間はまた「生きていけない、、」と想っても死に切れず生き続ける定めだ。そして時間が傷を癒し宇宙のエネルギー法則の一分子として昇華していく。

悟れば悟る程に無情、無常を実感する。それだけに縁とは深い意義が有る。
悟る事が幸せなのか?悟らず翻弄される方が幸せなのか?
「恨みも恩も死んでしまえば灰と化す。」ある映画のせりふだが、
心に響く。
いずれにせよ、残された人生、完全燃焼してかっこ良く終焉を迎えたい。。

2005年7月23日(土)
夏休み

子供が夏休みに入った。
今日は随分涼しい一日だ。林間学校を思い出す。(今はもうない?のかな?)

僕が子供の頃の夏休みと言えば午前中、昼頃までテレビでは少年ケニアとか、狼少年ケンまたはアメリカアニメの早撃ちマック等、随分その当時でも古い子供向け番組やアニメを連続で放映していた。今はケーブル、優先、スカパーとチャンネル数も桁違いに多い。
(そういえばスカパーの「天龍八部」と言う中国史劇にはまっている。男優、女優、アクションと総て実に美しくカッコイイ。)
当時の宿題は40ページ(日記付の一日1ページ計算)の学習ドリルと
自由工作くらいだった。いつも初日に全部やってしまい毎日、日記だけ書いてのんびりしたものだった。
我が娘は夏休み最後にヤマハコンクールに挑戦する為、練習の毎日。
可愛そうな気もするが、本人の意思、しかたない。
僕は自宅のレッスン室の模様替えをし始めた。なんと3日がかりの大掃除になってしまった。
娘に見習い9月の練習をと気持ちははやるのだが
体がバテテしまった。もう若くないなとつくずく想う。でも、安全地帯でビールを飲んで寝てしまうオジサンに成っては、
つまらないし、哀しい。
頑張らなくては。総ての為に。(実感!!)

2005年7月21日(木)
メールに想う

今やインターネットは常識。メールも携帯も人間関係をより親密にスピーデイーにした。恋愛の速度はそれこそメールにより郵便時代の10倍になったのではないだろうか?
この21世紀のテクノロジーの恩恵は素晴らしい。
しかし迷惑メールに閉口するのも事実。僕の場合HPを公開してるので巡回ロボットの検索で自動的に送られてくる。
架空請求も初めは焦ったものだ。
今は強くなった。(笑い)
メールはその人柄を如実に表すのではないだろうか?
僕が嫌いなのは、頼み事を、メールでしてきて、それに僕が答えてあげても、それきり、結果も、お礼も、何も言ってこないタイプだ。
質問して来て、その回答を親切に送ってあげても、それっきり、。自分の目的が済めばもう関係ないと言う人。

ひどかったのは、楽譜を探して欲しいと見知らぬ赤の他人がHpからアクセスして来て甘えの構造で執拗に続いた、メール。それも本名は名乗らずにペンネームで。「この曲は大好きで生きがいなのです。これをきっかけに頑張りたいのです。だからお願いです。助けると想って楽譜ください。」などと、自分本位の御託ばかりの連続。
入手方法等を伝えましたが、買う暇がないとか?自分勝手で、らちが明きません。
根負けして添付ファイルで楽譜を送って上げました。案の定、プツリとメールは途絶え、今までの媚を売るメールのイメージとは裏腹に礼の一言も来ませんでした。
こんなタイプの人は自分勝手の典型。
きっと人生のどこかで、つけは払うに決まってますよ。

PCと違い、僕は携帯メールは超苦手。
でも友人から、頂いたメールには遅くとも、その日のうちに、必ず返事はします。僕が哀しく感じるのは、忙しい忙しいと言ってメールの返事をきちんと出来ない人。
せめて忙しいからゴメン、ぐらい送れるはずと想いませんか?要は誠意と出す気が無い訳です。
こういう人は自分の頼み事をメールする時間は有っても返事メールの時間は取れない、精神構造らしいですね?
今の時代、自分本位な人、すぐ切れる人。、、、、
とにかく思いやり、そして礼節が欠如してますね。優しさと感謝の心があれば争い諍いなど起き得ないのです。現実は悲惨ですね。
そういうエゴな人にはきっとギターの優しい音色、美しい音楽は解らないでしょうね。
音楽に係わる人なら、人間も磨かなくてはね。いくら善人のふりをしていても虚飾はすぐ暴かれるのですよ。
今日は少し過労でブルーかな。

2005年7月18日(月)
夏の歳時

梅雨もそろそろ明けて真夏の気配の今日、この頃。
頻繁に門下からのお中元が届く季節となった。
外国帰りの私にとって不思議な印象だったが、門下生の素直な気持ちを感謝するとともに、遥か昔は自分が
贈る立場に有ったが、今は自分が頂く立場に成ったか?と、頑張り続けたギターライフの歳月の経過・即ち歳を取ったのだな?と実感した今日この頃だ。
お中元、お歳暮等は日本古来の風習だろう。
しかし、考えてみればブラジルも同じだった。感謝の気持ちを言葉だけで表すのはfalsa(偽善)と考えてプレゼントをする風習だ。
ここで連想発展。
四十七士の忠臣蔵のストーリーも良く考えれば浅野匠の守に非は、なかろうか?

政の指導を仰ぐ吉良氏に礼節を欠いたのは愚かだったのでは?風習を無視したから起きた悲劇。
当然、吉良氏は悪いのだが敢えて悪に攻撃のチャンスを与えた浅野氏は
首領の器ではないと想う。日本人は未だ悲劇の浅野氏とヒーロー扱いしているが僕は少し感じ方が違う。世間知らずの馬鹿殿ではないか?

郷に入っては郷に従え。

過日、ある場面で僕自身痛感。ここは日本で外国ではないと自戒した次第だ。ギター人として生きる限り私の行動は総て門下に影響を及ぼす。
ギター界で生きる限り友好的共存発展関係維持の努力をしなくてはいけない。
間違っても浅野匠の守にはなっては
ドンとして失格だ。

私を慕い信じプロを目指す若い才能を守る為にも。

2005年7月17日(日)
日曜

最近、日曜の意味を実感するようになった。
連日なハードなレッスンで流石に日曜は疲労困憊で寝て曜日になった。。
いつも感じるのはレッスンの最後の時間帯の門下たち。
夜十一時と言う時間に、疲れているにもかかわらず、わざわざ私に習いに教室まで来てくれる。この教室激戦区の池袋で。
この行為自体に感動と感謝を感じる。
私も良心に従い、常に新鮮な気持ちで全力投球のレッスンをする。

各、門下にとってはその日初めて私に逢うのだから彼らには新鮮そのものなのは当然。
こちらは疲れを見せては門下にすまないと想う。
良き門下生そして人脈に恵まれギター人としては最高の日々を送っている。

他方、仕事を離れて振り返って見ると
人生、善もあれば悪も存在する。
ちょうどウイルスが存在するように。

人間は真心と愛を持って接すれば必ず心は開けると信じて行きたいのだが?
つい最近、残念ながら自分の尺度では理解出来ない冷たい現象を久々に小さな個人レベルだが、体験してしまった。
世界レベルを見れば戦争、テロと超非人道的現象に溢れているが。個人意識の思いやりのなさ、嘘、利己主義、自己本位な考え方、が、しいては戦争に繋がるのだ。
運悪く蜂に刺されたり、蛇に咬まれたが大事に至らなかった、と想えば良い。
悟ったのは哀しい事、嫌な事は自分の中に溜め込まず切り離して、忘れる事だ。それが結構、難しいのが現実だが。

大事な事は忘れっぽいのに、嫌な事ほど思い出してしまう。(笑い)
心の薬は時間だから。
幸いかな人生、自分で明るく転換させられる。(そうしなくちゃね>>)
私のまわりの善意のエネルギーと共に
前進、繁栄有るのみだ。

2005年7月12日(火)
冷夏

今日は肌寒い不思議な夏だ。21世紀になってから
確かにおかしな現象は感じられる。私も最近、視力が低下して来た。
歳には勝てないな?でも負けは嫌いなので、決して泣き言は言うまい。
神の助け。帰国6年にして念願の門下数**人突破!!超ハードな日々だ。縁有って良き人材が残りまた集ってくれた。
彼らの夢を開花させるまでは、まだまだ努力と時間が必要だ。
師として必ず光と喜びを彼らに与えると、ここに再度、誓おう。

2005年7月4日(月)
無題。

気がつけば長い間、日記を中断してしまった。
楽しみにして頂いた皆様には申し訳ない次第。
この間、体調を崩しながらも平常どおり、気力で乗り越えた。門下は増加の一途をたどり、ただただ神に感謝するのみ。
やっと元気と言える状態に戻った。
門下諸氏は
僕の演技で幸せ一杯の元気な師匠と見えていたに違いないのだが?
けっこう?疲れてると見ぬかれていたりして。
気候は寒かったり、雨だったり猛暑だったりと不思議な21世紀をかもし出している。
過日、ジュニアギターコンクールを拝聴した。
若年層の進歩と実力に嬉しいギター界の未来の希望を実感した。
未成年の犯罪が氾濫する今日だが。それでもギター界は健全に
不滅で確実に発展していると。
舞台の小さな子供たちの真摯な態度に想わず胸が熱くなった。

2005年5月16日(月)
楽器

弘法は筆を選ばず。は音楽には通用しない。
巨匠が安物を弾いても、もちろんそれなりの凄い音がでる。しかし名器を弾けば
更に凄い天上の音楽が再現出来るのだ。ギターは物理的には絶対音量は他の楽器に負ける。
制作家そして演奏家の中には平然と、音量は求めない音質が命だ。と言う方が存在する。音楽は音のメッセージと私は考える。聞き手が居て初めて音楽は蘇生され音楽自身の天命が成就されると信じる。
自分だけの音楽。自分を癒す為の独りの世界。それも否定はしない。
自分だけの小さな世界でか細い撫ぜる様なタッチで、当然ノイズは出ない次元の世界。
美しいと悦に入る。それも良いだろう。今風のPC相手の「おたく」の世界だ。
また気がついたのだが、ある程度演奏能力が無い製作家は正しいタッチで試奏出来ないのだから彼らの理想の音の確認作業にも疑問をもってしまう?
当然反論はあるだろう。弾けない名工から名器は生まれた事実も認めます。
ダマンもヒルもジムも、プロレベルの演奏能力を備えている。だからこそ仕上げで実践的、棹の形状の弾き易さ
テンションなど細部にわたってベストの仕上げをするのだろう。これがプラス要因なのは事実だ。
話しを演奏に戻す。
しかし、いやしくもステージで弾く限り、そんな事は許されない。聴衆の耳に音が届かないで、独り言を披露されてはたまったものではない。
よく言われてきた定説に、この楽器は近鳴りで、音が遠くに飛ばない。
この楽器は音量なく感じるが実際は遠くに飛んで凄いのだ。初心者はこう言われると「そうか?うーん」と信じてしまう。
かつて私も遠い昔、その手に載せられ第一印象が嫌いな楽器を購入する羽目になり随分遠回りをした。その業者はもう倒産して神の裁きを受けているので念のため。
物理的に音源が強くなくて遠くで大きな音なんてありえない!!
自分が甘く太い音を出せないから、自分を正当化する為に、
ヒステリックなメタリックな音をクリアな
美音と言い張るおかしな現象はギター界だけだ?

はっきり言ってメタリックな音は初心者でも簡単に出せる。コンクール等を聞くと甘い音の出せない奏者の何と多い事か?
僕から見れば最悪の音としか思えない金属的な音を素晴らしいと評してる意見も有るのだ!!
されば、ヴァイオリン、チェロ、ハープの名手の音は甘くこもってると言うのか?
愚かな!!しかし判る人は判るのだ。真理はひとつ。美しい音とはまろやかで優しくそして余裕のあるたっぷりした音色とふくよかな音量。聞く人にロマンと愛と良心を蘇らせるミューズの音。
現在、日本語が乱れているように音も乱れている。もっと音を謙虚に聞いて妥協してはいけないのだ。
感動で涙が出て仕方ない音。そんな音を目指している。
ギターは未だヴァイオリン、ピアノに比べれば未完の楽器だ。
トーレスで完成とは私は合点しない。
ダブルトップとアーチドバックこの新しい波が当面最前線だが、
更なる
改革を期待したい。
ヴァイオリンの世界は数億と言う多額な投資をしてでも理想を求める音楽家。ギター界は桁が違うので幸せだと想う。
ギターを愛する限り、プロ、アマ問わず
妥協なき
真実を求めて頂きたい。
かけがえの無い誰のためでも無い
自分の人生なのだから。

2005年5月8日(日)
左手のピアニスト 館野 泉

TVで偶然、館野 泉氏のルポを見た。子供の頃から聞きなれた名ピアニストだったが、なんと晩年右手を病の為、使えなくなりで左手しか使えない。
しかしながら演奏家として左手のみの作品を探し、また委嘱して演奏会を開く内容だった。
その中でブラームス・ピアノ編左手の為のバッハのシャコンヌが印象的だった。ほぼヴァイオリンの譜そのものの音符だ。
館野氏の情熱と根性に感動しながら、一方でギターでのシャコンヌの美しさも再確認出来た。音楽家は健康有っての音楽家だ。倒れたり、故障が起きたら終わりだ。
死ぬまで現役でいたい。その為には更に厳しく生活を管理しなくては。
死ぬまで弾いたセゴビア。今更ながら、時代を超越した巨匠だ。

2005年5月4日(水)
クラシカルギターコンクール

昨日は長い一日だった。長女エリカを含む門下3名が
クラシカルギターコンクールに挑戦。エントリーは棄権が出て27名の激戦となった。
二次予選課題曲がタレガのアルボラータとダンサモラ。どちらも技術と音楽性との両面を如実に見せる難曲。審査はしやすかったと想う。
娘はくじ引きで18番。名をアナウンスされていざ、ステージへ。とその瞬間、審査員が空調のノイズが気になるとの事でストップが入った。
結局、15分の中断、そして再開。リズムが狂って親父としてはハラハラしたが、実力をきっちり出して名器ダマンをホール一杯響かせ、いつもは6名だが、今回は厳しい5名の本選に選ばれた。
本選では最後の演奏順。まだ10歳の子供なので、午後7時40分に演奏する頃にはかなり疲れていたようだ。?ロドリーゴのファンダンゴは大人でも難曲。ゴヤの美女も表現が難しい。
結果は4位だったが、私としては正しい音楽表現と美しい音色に親バカではなく
及第点をやれて満足だった。他の奏者と違う私の教えたとおりの音色と解釈個性は示せたのだから。昨年小学6年生で同コンクール一位獲得の天才少年、藤元高輝君とお友達になり、写真を撮って嬉しそうにしていいた。
本人は悔しがり帰り道、泣いていた。

コンクールは競う物。残酷でも結果はその場の現実として受け止めなければならない。
名演をしながらも惜しくも予選落ちで涙を飲んだ奏者もいるのだから。しかしながら娘は明確にギタリストを目指す意志が芽生えた様で嬉しい次第。
。藤元君の演奏を目の当たりにしてプロの厳しさを知りさらにやる気になったようだ。
まだまだ、私自身、頑張って娘他、可愛い門下を良い方向に育てなくてはと決意新たにした一日だった。頑張るぞ!。

2005年4月27日(水)
楽器

第十二回の発表会の録音を聞いてみた。
楽器の性能差はいかんともし難い事を再認識した。
群を抜いてダブルトップの楽器を使った門下生の音は大きく余韻が長い。
最近はこのタイプの楽器でコンクールの入賞者が目立ってきた。
国産の門下は気の毒なくらいに、
演奏に楽器がついていかない。

当日の聴衆の感想も同じだった。昔をふりかえると、僕も欲しい楽器が買えず、腕さえ良ければ大丈夫だ!!なんて自分を欺いていた時期も有った。
しかし、音の世界はシビアで残酷だ.
ヴァイオリンのストラデイバリが絶対、美しい様に、ギターも名器の音はどんなにもがいても鈍器では越せないのだ。

ここで言うギターの名器はヴァイオリンに比べるといささか、ニュアンスが異なる。
ギターは未だ完成しきった状態とは言えず、発展途上の部分が有る。
ヴァイオリンの様に
歴史的に完成しきったものは、整然と名器が存在する。
ギターはむらがあり一概にブランド志向では駄目なのだ。

私の言う名器とはステージで仕事をする楽器のことだ。いくら、名演奏家の鑑定証等のプレミアがついていても実際、鳴らなければ演奏家にとっては絵に描いた餅なのだ。コレクターはまた、別の次元での価値観が有るのは当然だ。
弾きやすく、レスポンスが早く、音量が有り奏者の意図を忠実に再現しうる楽器の事だ。
私の知る限りでは、ほんの僅かな一部の特殊な超有名名器は別として、今、信じられるのは、ダマンに代表されるダブルトップと、スモールンマンに代表されるアーチドバックの二種類のギターだ。
どちらも、一級のプロが演奏すれば超一級の音楽が蘇生される。どちらも従来の名器フレタ、ハウザーを扱うタッチで弾くと発音の特性の違いから本来の美しさは再現されない。だから使いこなすのに少し時間がかかる。しかしそれに気がつかない奏者は単純に駄目だと誤解して終って居る様である。
僕自身、フェスチバル等の、ステージで他のギタリストに決して勝るとも劣らない音の存在感とパワーを実証してきた。伝統名器が良しとされる方はそれで良いのです。
僕は我が道を行くのみ。ダマンに変えて長年苦しんだ問題をクリアして大きく飛躍出来た。素晴らしく、良いものだからこそ、バルエコもラッセルもそして多くの名プレイヤーが使っているのだ。

2005年4月17日(日)
発表会

無事第12回の発表会が終った。帰国6年になるが
年2回の発表会は門下にもきついと想う。自由参加なので
いつも不思議と13名前後だが、毎回爽やかな情熱を感じる。
今回はラストの3名がクラシカルギターコンクールに参加なので
課題曲全曲を弾かせた。一人約25分、超ハードだったが
みんあ良くやりぬいた。ホールの方に、規定時間ギリギリでご迷惑をおかけしてしまった。
この場で改めて御礼申し上げます。ギターは音楽は正直なもの。
誠実に努力した物には必ず形が現れる。仲良しクラブとは一味違う、我が教室に集う、門下を誇りに想う。
全員、当然ながら、甘く太い、チェロの様な音を私の指導の元
習得している。舞台の袖で聞きながら、良くやったとおのおのの門下に対し愛しさと誇らしさを感じた。
ギタリストの道に生きれて幸せだと実感した一夜だった。

2005年4月13日(水)
発表会

今週の土曜日は滝野川会館で夜、発表会。
毎回、強制ではないので今回も有志のみで、12名だ。
最後の3名はクラシカルコンクールに参加するので課題曲全曲と自由曲の一部で一人25分程演奏する。
けっこうハードだが良い勉強になるだろう。
参加者の殆どが名器を持っている。意気込みと真剣さの現れでとて頼もしく誇りに想う。

2005年4月5日(火)
驚いた!

今日もギターを愛するご婦人が入門された。
彼女はギター歴も長く、現在二人の先生に師事していたが
何れもグループレッスンなので
限界を感じ、私の門を叩いたのだ。

きちんと基本は習得されているが、
右手の爪を切っている。

尋ねると、今までの師匠が伸ばしてはいけないと、総ての門下生に言っているそうだ。
その教授は演奏家ではない、楽譜は沢山出されて高名な偉い方だそうだ。
しかし、この時代に爪が駄目とは驚きだ!彼女はその師ををプロレベルと信じていたので、私の演奏を聴いて衝撃を受けたそうだ。彼女の以前の師はボランテイアであちこちで弾いているそうだ。
しかしボランテイアだから、か細い音で本物のギターはこんな物だなどと、一般

聴衆に誤解を与えている哀しい事態も起きているのではないだろうか?
ギターを本当に愛するなら、人前で演奏する場合の責任と覚悟を持ってもらいたい。
弾けて嬉しい、満足の発想だけで、不完全な演奏をプロとして披露されては、
ギターに命を賭けるプロギタリストとしては黙っていられない。
アマチュア諸氏も無料と言う名の下に自己満足の稚拙なレベルで公共の面前での「リサイタルごっこ」はいい加減止めて欲しい。

2005年4月4日(月)
知る喜び

音楽一筋で生きてきて自分なりに音楽に満ちた幸せな日々を送っている。
最近偶然ながら、椎名林檎と鬼束ちひろと言う2大ポップ歌手を知った。
どちらも、TV?等の媒体で耳についた印象的な歌で自分なりにチェックし、ネットから、たどり着く事が出来た。
ジャンルはクラシックではないが、恐ろしい才能。心にダイレクトに訴える。
門下にも、DVDを通じて紹介したが、同様に感動していた。
椎名林檎はあらゆるジャンルを、七変化の怪しい声で
聞くものを彼女の世界に引き込む。美しいルックスにも魅せられる。
鬼束ちひろは、全霊熱唱でスタイルは一環しているが、こちらも心をとらえて離さない。
二人に共通するのは、詩、曲と総て自作で天才に間違いない。
ステージプレイヤーとして学ぶ物が沢山有った。
このアーテイストも専門外なのでもし、生涯、縁がなくて知らないで終っていたら、人生なんともったいない事か?と痛感。
ギター一筋に生きていると、どうしても専門バカになりかねない。
ギターに関しても同様の体験をした。当たり前だが楽器の知識もあくまでも
自分が使って来た楽器遍歴の上に立った知識だ。
総ての楽器は一本一本、同じ製作家でも総て違う。無意識に、信じて形成されていた知識はあくまでも
自分の体験上という自戒を新たにした。告白すると、
超名器は今まで沢山使ってきたが、ギターライフの30年間実感として
心から最高と感じるのは一本も無かった。今ダブルトップのニューコンセプトのダマンにたどり着き
最高の伴侶に出合ったと想う。これは真実間違いないのだ。
先日、超名器を試奏する機会が有った。
いままで何十本と、そのブランドは見て来て知り尽くしているつもりでいた。
しかしその名器は

大地のそこから唸る低音、天使の様な澄んだ高音。弾き難いと言う経験も覆す操作性!!
物事、常に先入観なく、現実を直視して判断すべきだと痛感した。人生、知らないともったいない事がいっぱい有る。
死ぬまであらゆる美・本物・真実への探究心を失ってはいけないと自戒した。
人生は素敵だ!

2005年3月28日(月)
門下出入りの季節

この時期、年度の変わり目で、転勤、就学等で、門下の入れ替わりの時。
最近、面接で目に付いた事。現状に満足していないのに、日本人的しがらみで、今の先生を辞められない。
この場合、答えは簡単。
ギターを学びたいのか?それともギターを媒介として人間の触れ合い・仲良しクラブに居たいのか?その先生の繋がりが大事なのか?
仲良しクラブが好き、人間関係が第一なら文句を言わず、楽しく現状で遊んでいなさい。としかいい様が有りません。

私の教室は総て個人レッスン。技術を指導するのにグループレッスンは音楽家の良心において私には出来ません。
もっとも、初歩の導入段階は、気楽に、プレッシャーを無くす意味でそれも良いのかも知れないが。
感性の表現芸術をグループで各人、勝手に弾いていて、指導者が回って、ほんの3分程聞いてアドバイスする、それがレッスン?
こんな指導は、僕としては信じられない。技術を学ぶのにどうして団体で個人プレーの音楽を学べるのか?
自動車学校で大型バスにグループを乗せてピックアップされた人間だけ、に運転を教える?そして各自、運転の雰囲気を漠然と学ぶ?なんて見たことないし、有りあえませんよね・。
ところが音楽の世界は商人サイドの効率の良さからグループレッスンが歴然と存在している。当たり前です一時間に独りの個人と複数名以上のグループレッスン時間給の効率は歴然ですね。
習う側が満足してるのなら、問題は一切ないのです。ところが、日本人はぬるま湯を自ら選んでおいて、その一方で不満を言い、自分は犠牲者で正統派なのだと自分までも欺くのです。
正統派なら、学べる環境を正しく選べば良いのです。仲良しクラブはあくまでもクラブ。お金では買えない、自らの手で音楽を創造したいのか、ただ、ファッショナブルにギターケースを持ってカルチャーセンターに通う行為に満足感で、満ち足りるのか?幸福感は個人差が有るので決して否定しているのでは有りません。
もし、音楽をギターを愛していたら、そんな混同は出来ないと想うのだが?
我が門弟は一途にギターを愛し。まず第一に技術習得する目的の元、研鑽を積んでいる。年、2回の発表会も生半可な気持ちでは続かない。この時代に、私の意思を理解し集い忍耐強く音を追求する門弟達を誇りに想う。

2005年3月22日(火)
日本人の癖?

最近、入門の問い合わせが多い。目に付くのは次のケース。
「ギター歴は長く結構弾けます。見てもらえますか?」もちろん、仕事ですから指導しますよ。
こう言った方の殆どは「もう少し上手くなってから伺います、、」と言うパターン。
プロの私に言わせれば、よく言うね?上手くないから習うのでしょう。
上手くなって絶賛されるために入門するのではないでしょう?そんなレベルに達していたらマスタークラスで充分なのです。
日本人は謙虚なようだがその真実はプライドと自己顕示欲が非常に強い。自分で上手いと判断出切るなら我々プロは必要ないわけです。
「もしも、もう少し欲を出していればプロ並みだったんだ!」「アマチュアだから、この程度でもウエブ公開許される?」と言う中級意識のアマチュアのなんと多い事でしょう。音楽のプロ、アマの差は、
プロはそれで稼ぐこと。
音楽で稼ぐなと一見,高貴な詭弁をどこかで聞いた。
だがそれは逃げなのだ。音楽一筋に生きるプロなら当然、報酬を受ける義務と権利と報酬にふさわしい内容を提供する責任が有る。弁護士、医者、他、総ての職種が受ける報酬は当然で芸術のみ、いけないと言うのはナンセンスだ。プロとして、報酬に見合うレッスンなり演奏を提供するからプロなのだ!
つまり責任を負うわけで、命を賭けてる。シュバイツアーの名言。「音楽にプロだから、アマだからと言う区別はない。美しい物を求める真理は同じ。」アマチュアだからこれで良いと言う甘えは、最終的にはその個人の価値に収束する。
アマチュア諸氏に言いたい。無料で、演奏するから、何をやって良いものではない。少なくとも、ギターを初めて聞いた人には、あなたの演奏がギターのイメージを定着さえてしまうのだから。HPも自由な時代。でもあまりにもやりたい放題。カラオケの飲み会の様にお互い誉めあって満足するのは自由だが、ギターに与える影響も自覚して前進して欲しい。

2005年3月16日(水)
鼻から牛乳

何故か嘉門達夫の「鼻から牛乳」のフレーズを思い出し早速、買った。替え歌のギャグなんだけど、昔、飛天の間でスペインフェアの仕事でバイオリニストとのデュオで共演した時代90年代を想いだした。共演者の彼女、美人で気難しくなんとか、和らげようと会場に向かう車の中で嘉門氏の替え歌をかけた。すると彼女和んで良い演奏で良い仕事してくれたっけ。でも、その後は疎遠になってしまった。
いま流行りのギター侍より、もっと面白い!!と僕は想う。
嘉門氏を聞くと悩みが馬鹿らしくなる。あの下品な陽気な声。
でも、嘉門達夫は物凄い繊細な優しい人の痛みが判る人だと想う。
だからこそあんなギャグが出来るんだろう。

人生、強く楽しく生きなくちゃね。
日本昔話の替え歌。

「坊や良い子だ金、だしな」怖いけど笑ってしまう。
「チャラリー鼻から牛乳」
これからは落ち込みそうになったらこのCDを聞こう。

2005年3月10日(木)
春はそこまで

日中は随分、過ごしやすくなってきた。もうすぐ春だな。
遠い昔、新学期は総て新しく、教室も友達も先生もそして外の気配も。
そよ風に昔、授業中に遠く聞こえた、家の建築の金槌の音を思い出す。

最近、娘にもレッスンをしているが、我が子には良い師とはなれない。
感情がむき出しになり喧嘩になってしまう。
しかし、10歳の我が子は怖い親父に不満も言わずに良くついてくる。
心では、もっと優しくしなければと想うのだが。娘はギタリストになると宣言した。
親としては嬉しいのだが、厳しい道を歩ませる事になる、、。
人生は一度、思い切りやりたいようにさせてみよう。

私もまだまだ、現役で頑張りたい。
少なくとも

「エリカちゃんのお父さん」、
なんて呼ばれ方をされないように。

中峰秀雄はギタリスト中峰秀雄で有り続けたい。

2005年3月2日(水)
怖い夜道

二月最後の日曜の事だった。久しぶりに楽しい一日を過ごした。ほろ酔いのお酒も手伝い
最終のバスで東金にて下車。夜11時50分だった。JRの終電もとっくに終わりタクシーはもう居ない。
「よし。俺はまだ元気だぞ。家まで歩こう。高々3キロだ。」もうすぐ春だと云うのに底冷えのする夜道。
近道を選んで、八鶴湖経由で歩き始めた。感傷てきな風情を好む僕だが、流石に淋しすぎる。
月明かりが湖面を照らし風が水面に季節の色を描いている。
コツ、コツ、コツとブーツの音だけが響く。右に寺が見える。そうか、此処は墓地だな。
忘れていた状況を思い出す。風がコートの裾をめくり寒さが一層こたえる。
平坦な道を10分程進み、いよいよ山道だ。
山道に入ると同時に月明かりも隠れいよいよ、闇の世界を歩き始める。
「まさか、妖怪など出るわけが、、、、」と想ったその瞬間、全身に冷たい冷気を感じ鳥肌が立った。
「恐れてはいけない!」と想えば想うほど反比例して全身が硬直する。自分の信じる梵語を唱えながら上り坂をゆっくり進む。
背中に何かを感じた。次に木の葉が舞い髪をなぞる。
誰もいない?気配を感じる。何かが見ている。
苦しい。さらに重圧と重みを感じる。足が動かない。金縛りのようだ。スローモ−シヨンのような動きで、歩き続ける。
耳はちぎれそうに冷たく痛い。何かまた、声のようなうめきを感じる。
全身、恐怖の一語だ。梵語の呪文を唱え続けて
やっと、明かりが見えてきた。なんとか切り抜けたのだ。
汗だくになっての帰宅だ。以前も明るい時、歩いた事は有った。だが、いつもの倍以上の時間が経っていた。
何故だかわからない。また、神秘の世界へ足を入れかけていたのだろうか?
不思議とこの日から、不眠症が治った。???
怖い、今でも怖い夜道だった。もうこりごり。

2005年2月23日(水)
春一番

今日は春一番、強い風だが、爽やかだ。
外は中よりも暖かく、もうすぐ訪れる春の気配を感じる。
冬は嫌だ。北風が心にしみ過ぎる。
春はやさしく過ごしやすい。春のように穏やかなのが総て良い。
秋は淋しい。感傷的で素敵だけれど。物悲しく響く。詩的感傷は美しいが辛い。
夏は遠い青春の思い出を語る。照りつける太陽の中、初恋に破れ、Tシャツにジーンズで
歩いた町並み。行く先々で陽水の「心もよう」が、僕の心をかきむしるように響いていた。
ブーツはその頃からのお気に入りの習慣だ。

生涯、死ぬ最後の瞬間まで僕はダンデイズムを貫きたい。

2005年2月20日(日)
アナ・ヴィドヴッチ・ギターリサイタル

ナクソスで衝撃的デビューした、アナのライブ。東京公演は無いので新所沢の松明堂音楽ホールに
まで行った。演奏は予想通り、パーフェクトだった。会場が地下室のギャラリーで20ヶ程のベンチに
80数名完売。雨とホールの影響でほぼ生音だった。去年の白寿ホールのヤン女史を思い出した。
アナ女史も白寿ホールで聞きたいな?なんて想いながら。
ポンセがトローバのソナチネにピアソラがパガニーニのグランドソナタに変更された。
椅子は座り心地は最悪だったが、名演の力で疲れは感じず快いひと時だった。
気がついたのはエリート、超エリートの演奏。音量も、技術も文句なし。
ただ、哀しい表現はしないのか?出来ないのか?
音色で泣ける場面が無かった。美人だし、存在感は十分だった。

去年のヤン女史もほぼ同世代だと想う。東西の女流の天才二人。
僕個人の好みとして
ヤンの方が、プレイヤーとしての哀愁のロマンを感じた。
ヤンの方が一言で言うと「カッコ良い」と感じた。ステージからかもし出される
オーラの違いだろうか?もちろん、二人とも満点の美しきギタリスト。アナの方が外見は派手だ。
文句は一切無いのです。でもヤンには何か魅力を感じてしまう。
10歳の娘も、「ヤンの音の方が淋しい」と同じ意見だった。
ホール、プログラム等、考慮にいれても、やはりヤンが僕は好き。

かつてアナのバッハを凄い表現力で演奏するCDを聞き衝撃を受けて
いい年して俺はバッハから逃げてては駄目だと想ったくらい。
アナ女史のおかげでで僕はシャコンヌをやり遂げた。
だから、アナの事も大のファンなのだ。
しかし、不思議とアナを聞いてから、
去年、風の様に来日して、すぐさま帰って行った
ヤンが一層、心に蘇るのだ。ヤン女史のオーラーに魅せられたれたのでしょうね。
舞台芸術の神秘です。

2005年2月14日(月)
一人娘

今日、娘のクラシカル・コンの一次予選の結果通知が来た。
正直、開封が怖かったが、合格の文字を見て親父の私が大喜び。
他の門下も合格。ホツと一息。
これからが大変。大人でも難しい、ファンダンゴ、
ゴヤの美女、他を弾くのだから。
娘はまだ10歳、勉強させてもらうつもりで
頑張るだけ頑張れば誉めてやろう。

2005年2月10日(木)
講演

今日、講演依頼を無事すませた。
千葉県内の文化会館の館長が数十名集まる
最強の会議だった。僕は3曲演奏してブラジルの文化について話した。
素敵な秘書の坂田さん以外は全員男性。男性には好かれない事もままある
私だが全員、紳士で好意的に静聴してくださった。
講演のうちに、遠いブラジルの記憶が走馬灯のように心をよぎった。

まさか、あのブラジルの日々を
日本のカルチャーの世界

で話してギャラを頂くとは?
感無量だった。


人生って不思議。
その時、その時、辛くて悲しい

ことがあっても、必ず懐かしく想いでとして語れる日がくるのだ。

2005年2月9日(水)
今日は何を、、

年頭より始めたギタリスト日記だが、
このところ筆がすすまない
。やはり公開を前提としているので

安易に自分をさらけ出す訳にはいかない。

10日の講演と演奏の準備に一日、過ぎた。
ブラジルと日本文化の現状と相違と言った
立派な題目を提示されている。原稿を進めるうちに、
治安の絶対的信頼の有った、日本が今や
無差別殺人の起こる、不安な状態にある事に改めて驚いた。
南米は治安が悪いと言われているが、総ての動機は貧困だ。
一切れのパンを求めての盗み。だが、今の日本は
タダ殺したかったと言う狂気の事態だ。

人権尊重と言って、加害者の精神鑑定等、常に加害者は守られ
被害者は泣き寝入りの日本だ。
理不尽だ。我が子をもし失った親の立場に立っても
その人権尊重派の人々は加害者、犯人に憐憫の情を持ち続けるのであろうか?
日本は政治、文化、風俗と確実に病んでいる。

かつてのおくゆかしき大和魂はいずこへ?

2005年2月1日(火)
祈り

祈り.人は何を祈るのだろう?
幸せへの祈り、愛の祈り、平和への祈り
その意識が存在する限り祈りは有るのだ。
何に祈る?
やはり神だろう。
神を信じないと言いつつもみんな、
ここぞと言うとき、祈っている。

されば、肯定的に神を信じた方が生き方上手だ。

私は信じる。私は神に三度、救われた。
初めは病院の医療ミスの臨死状態。
次は左手、再起不能の事故。
そして今日、新たなる希望の光を得た。

私の言う、神は宗教とは次元が違う。
信じようが信じまいが、凛としてこの世をつかさどる
真実の実証と言った方が良い。

私は自ら、体験し悟った。
この神の恵みを、縁、有ってかかわった総ての人に分け与えたい。
そう、私を愛した人に幸せを与えたい。


優しさと愛の音。
あすも、祈る。決して留まる事なく。
与えられた人生に感謝しつつ、、、

2005年1月30日(日)
帰り道

東金まで東京直通のバスで家路についた。
バス亭から家まで約3キロ。
タクシーも乗る気がしない.
歩いてみた。

予想外に、気持ちがいい。
冬の田舎の空気は悲しいくらいに冷たく

僕の頬を打つ。
何気なく通りすぎていた道が今日は

違って見える。遠い冬山を想いだす。
八鶴湖を通り過ぎていく。綺麗だ、
誰もいない湖畔の情景。

耳にはMDから僕の「もしも彼女がたずねたら」が流れている。。
こんな、情景にぴったりだ。
せつなく悲しい想いの響き。
今、独り歩いている。

靴音が景色の中にこだまして、
さらに僕の感傷を強める。

こんなに、歩いたのはひさしぶりだな。
遠いあの日、予備校に通ったころ

新宿御苑の近くの予備校だった。
冬の御苑は、忘れじの園。
彼女の黒髪が風にとけて

 そっと、やさしく、「好き」と言った。
若さゆえに実らなかった
初恋。
幾つになっても僕の心は変わらない。

どこかに、悲しい痛みをかくして、、
白鳥が湖から飛んだ。
ちょうど、俺の心のひかりが
放たれたように

そう、まだ終ってはいない、あの日から

2005年1月26日(水)
アナ・ヴィド・ヴィッチ

ナクソスCDで鮮烈なデビューをしたクロアチアの才色兼備、アナが来日する。
2月20日松明堂音楽ホール(所沢)のチケツト2枚入手。これは絶対お勧めだ。娘と二人で鑑賞に行く予定。
去年の11月のヤン・シェフエイに続きまた本物が聞けそうで大変楽しみだ。
しかし、国際的な演奏家は世界中を常に飛び回り、演奏の栄誉、喜びを満喫しつつ、孤独に耐える強さも必要とされる。
私の体験では、演奏旅行、不思議な淋しさだった、記憶がある。練習の合間の食事の際に触れる異国の町並み。それは孤独だけれどまた独特な感傷の瞬間だった。澄み切った青い空の下
日本人の僕が独り。
けっこう素敵なシーンだった。

最近、飛行機と言う空間がもう嫌いになってしまった。
南米ツアーには、もう行かない。
ブラジルで待ってる人も居るのだけれど、、あまりに遠い。

2005年1月24日(月)
楽観思考

ギタリスト日記であまりにも、私の感情の起伏が激しい為
門下に、心配をかけてしまった。考えれば悲壮感を持って生きても何もえられない。
不可能は不可能。可能は可能。ラテンの今日を楽しく生きる姿を想い出だした。
どうやら、自分で自分を追い込んでしまったようだ。
明日からは楽しく生きる
私のキャラは「もしも彼女がたずねたら、、」なんだけれど、、、
仏陀ですら、あんなに悩んだ人生。
凡人の私が悩んで泣いても
何も出ないし、何も起こらない。
ならば、楽観思考で行かなくては、、
負けてはいられない、
心配してくれた門下の諸君、師匠はこれからは、強くなるので、、、安心して欲しい。

2005年1月21日(金)
さとり

悟りとは煩悩に打ち勝ちこの世は総て幻と知ること。
されば、音楽はその煩悩の痛みを、そして喜びを代弁するもの。
悟りきれれば、何事にも動揺することなく自然の草木のように
有るがままに生きられるのだろう。
すると、音楽家は悟って良いのだろうか?
悟りすぎては
浮世の痛み、悲しみ、喜びを
表現しきれない。俗界の響きから離れた音楽が素晴らしいのだろうか?

2005年1月18日(火)
ブルーな日

今日は沈んだ一日。
自分でも驚く程、鬱で心が沈む。精神、病んできたのだろうか?
それとも突然の死期でも予知しているのだろうか?(ちょっと怖い)
今年に入ってから、自然の中の些細な事でも心にしみる。
朝陽のくれない色に希望を感じたと思えば
夕日の蜜柑色の落日に胸が痛む。
弟子たちの前では悩み無き、明るい師でいなければ、ならない。
私の父がはかなく逝ったのも今の私の年。

枯れてはいけないと誓ったばかりなのに。
ギターの音も淋しく響く。しっかりしろ!と
もう一人の自分が叫んでいる、、、、

2005年1月17日(月)
二人でいても独りが淋しい

来月、千葉の文化会館館長会議での
演奏と講演が決まっている。

今日はその原稿を書いた。
テーマは「ブラジルと日本の文化」
地球の反対側に有るブラジルは全く日本と対象的。
ブラジル人は明日のためには生きない。今日を精一杯、悔いなく生きる。
乞食ですら明るく希望に満ちていた。
我ら日本人は老後?老後?と、うんと先まで心配してしまって
虚しい毎日。
これではまるで目的が老後の安泰だけの様で、悲しい。

人生の事象は表裏一体で物の見かを
変えると一転、正反対の結果が出る。単純?な私は今日は昨日と一転
ハッピーデーだった。
まずい物を食べる喜び。
うまい物ばかり食べれば

味覚は慣れてその価値は薄れてしまう。
まずさを知っているからこそ美味いと実感するのだ。

「独りで居れば独りが淋しい。二人でいても独りが淋しい。」
これは昔歌った演歌だけれど。
かみしめて見れば

孤独感を知っているからこそ、
信じられる愛は暖かい。

そして、二人でいても、独りの淋しさは影となり忍び寄る。
人間、悲しいかな死ぬときは独りだ。
死の同伴者はいない。

悔いのない日々を送らなければ
せっかくの命あまりにも、もったいない。

私は思い切り、生きたい。叶うならばかっこ良く。
幾つになっても枯れない様に、、、、
さあどうやって、頑張ろうか?


2005年1月16日(日)
悲哀の中に愛を伝える

想えば私のレパートリーは悲しいものばかり。
楽しい曲はあまり演奏意欲がわかない?
多分、人生経験の影響に違いない。
楽しかった瞬間があまりにも
少ないように記憶している。幼少j時代から、
親父が事業をしていたので浮き沈みが激しく夜逃げをしたり、ヤクザの取り立てを目の前にしたり、お妾さんと母の葛藤を幼稚園の頃に如実に体験している。
小学校1年の時、冬の体操服を買う余裕が無いのが解っていたから、親に言わず学校には忘れたと嘘を言って夏の短パンで体育を受講し続けていた。
最後に親が呼び出された。真実が解りしかってばかりだった担任の先生が泣いてくれた。
子供の頃は早く、大人になりたい、とばかり願うませたガキだった。
中学校からはずっと男子校だったから、女性は天使と思い込み成長。

当然、初恋も、恋に恋して実らない。
そんな、思春期を経て人格形成されてしまい、悲劇が体に染み込んでしまったようだ?
ビデオを見ると時々、泣き顔で弾いている。だって悲しいからね。
最近それが、帰国後、努力の甲斐有って安定し落ち着いて来ていた。
安定路線に乗っていたのだ。
何故か音に、緊迫した悲壮感が無い?と認めつつも容認する状態だった。
しかし、運命の扉は叩かれた。
またもや悲劇の感情を思い知らされる事となった。
内容はシークレット・秘密(笑い)
苦しい毎日から忘れていた郷愁の音が蘇った気がする。
芸術は本当に酷な世界だ。
マイホームパパになりきってしまうと

、平凡なマイホームパパ音になってしまう。
悲哀の中に愛を伝える。
それが僕の音の様だ。

甘くせつない、官能美。どこまでも探し続けよう。


2005年1月10日(月)
夜を走る。
夜、車を東京へと走らせる。
まだ8時だが、良く流れる。
湾岸、箱崎をへて若い頃、レッスンに通った早稲田、江古田界隈を通る。中野哲学堂も同じ面影。コンチェルトで共演したオーケストラの事務所も武蔵野音大のちかくだったなあ。
十数年前、歌謡指導もしていた頃、
吹き込んだ
自分の唄を聴きながら。
せつなく、悲しい唄ばかり。

それにしても、良い声だ。(笑)
当時、歌手へのお誘いを頑なに拒んだものだった。
クラシック以外は認めたくない時代、
僕は青かった。

今は総ての美しい音楽は受け入れられる。クラシックギタリストと言う意識はない。優れたギタリストで有りたい。

当時の自分にタイムスリップする。
あのころは

自らの呪縛で自分を卑下していた。
謙虚さが災いして

コンプレックスの塊となり、苦しんでいた。辛かった。悲しかった。
死にたい時もあった。

でも、情熱と希望は今以上だったかもしれない。
知らず知らずに年を重ね経歴を重ね
安全地帯を探していたのかもしれない?

あの頃のひた向きさと情熱とそして、、、

まだまだ枯れてはいけない。

静かな夜のハイウェイ・東京の街並み
に逢い、

すべての愛を感じる。


2005年1月9日(日)
宇宙レベル

地上の世界の事象は、宇宙レベルで見るとあまりにも小さい。
人間は過去より、常に自我の欲求の為

争いを絶えない。平穏になれば、格闘技に快感を求め、感性の芸術の世界すら優劣を判定しようとする。
私はスペインで闘牛を見たとき、数名でよってたかって一頭の牛を殺戮しているとしか感じなかった。
コンクールはかつては
才能発掘と美しい真理の基
生まれたが今やコマーシャリズムに、そして権威主義に都合の良い方向に向いている様な気がしてならない。
バラと牡丹を比較して好みを論争しても何ら幸福は生まれないのに。
金持ちを羨ましがってみても、死ぬときは同じ。
毎日を自分なりに誠実に誇りと優しさを持って過ごして行けばいい。
怠惰で自分を偽るのではなく。

私は、一音で、聞く人の持つ、
本来の優しさと真の愛を呼び起こす

音を探し、見つけて奏でたい。

2005年1月8日(土)
こころの響き

今日は自分にとって、魂をゆさぶる出来事があった。
こころの響きと天命を聞いた。
内容は個人的な問題なのでここには告白しない。
人は、自分はあまりにも、はかなく、もろく、弱いと今になって気がついた。
でも、運命の、
ある事象が契機となり更なる情熱とエネルギーが芽生えるのだ。

私は何が起きても、信念、と真実を貫き自分に正直に生きるしか、道はないと悟った。

人生たった一度。
ましてや私は一度、死んでいる。

死ぬ事はまだ、許されなかった。
生かされて天命に従い進む。

「人生は我慢の連続」と高見 順 日記にある。たしかに、辛い事は多い。
でも人生、
希望を抱けば捨てたもんじゃない。

今、自分は生きていて良かった。
幸せ、と実感している。


2005年1月7日(金)
マイナー・メジャー

門下の報告で、ある名古屋?のウェブで私のビデオに対して
コメントされている事を知った。「メジャーでない実力者」と評価?
を頂いた。ここで想うのは日本的メジャー、イコール実力者でないのが世の中と言う事。
残念ながら、商業ベースに上手く乗れなかった自分は日本的マイナー
という、分類に属するのは認めよう(笑い)
私は日本的尺度のメジャーな方々はメジャーの責任においてしっかり
ギターの為に頑張ってもらいたい。彼らが下手な演奏をすると自動的に私はもっと下手と想われてしまう?
しかし、マイナー族の自分は存在すら今の商業ベースではアピールが至難。
そこで、こちらから。、おしかけて行く、攻めの形でビデオ公開に踏みきったわけだ。
18曲約ライブを2時間公開出来るギタリストはそう、ざら、にはいない。目的はおおむね達成。
冬ソナを原曲とイメージが違うが暗譜で演奏に好感が持てる、と「批評」を頂いたが
私は視奏している。HP上にも視奏とコメントしてある。またよりギタリテイックに悲しい響きにアレンジした。
言論の自由多いにけっこう。

日本ではマイナーと評されるとも
私は経歴的にも本道を歩む国際派ギタリストとして
メジャーを自負して責任有る演奏を実践しているつもりだ。
安全地帯の英雄は最も忌み嫌うところだ!!

2005年1月6日(木)
カンフー・ハスル

娘と初めて二人で映画を観た。
カンフー・ハッスルという、超ド級の娯楽アクション。
理屈ぬきに有り得ないアクションの過激さと
スピード感で腹のそこから笑えた。
主演のチャウ・シンチーの淋しげな甘いマスクと鍛え抜かれた肉体のカッコ良い事。
映画・大人1700円。十分楽しめた。
ギター演奏会はだいたい3500円だから
ジャンルは違うとは言うものの、聴衆にもっと満足感を与える努力とプレイを心がけなくてはと痛感した。

2005年1月5日(水)
ブラジル

今日、家内が成田からブラジルへ里帰りに発った。
空港はせわしく旅行者で溢れていた。本当に不景気なのと想ってしまうくらいに。
私も2月中に行かないと、永住ビザが失効してしまう。でも、飛行機、それもエコノミーは、体のでかい私には辛い。
南米ではコンサートも十分弾いたので、もう良い。楽器の機内持ち込みも厳しくなったことだし。
かりに今回、更新しても2年後また同じことのくり返しだから。
苦労して手にいれたビザだが、可愛い門下の沢山いる、日本のギター界で強く生きていこう。
このビザが有ると、つい、あちらで暮らせば、、、と楽な方に逃げてしまいそうだし。
しっかりとギタリストとしての生き様を残して行きたい。

2005年1月4日(火)
冬の海

今日は少し暖かく、太陽の優しい日差しが心地よい。
だれもいない九十九里の海岸に娘と遊ぶ。

潮風がやさしく頬をなでてもうすぐ春だよと、語りかける。風が砂浜に風の流れの奇跡模様を美しく描いていた。
幼い娘が「パパ、ブラジルと日本の海岸てどこが違うと想う?」とたずねた。
おどけて、「場所が違うんじゃない?」と答えると
「あたしは日本の海の方が淋しい気がする」と予想外にシリアスな言葉が返って来た。

本当だ、地球の反対側のコパカバーナはいつも、陽気さに満ち溢れていたが、冬の日本の海は悲しみに耐えているように感じた。

この子が大きくなるまで、まだまだ現役で頑張らなくてはと海に誓った。


2005年1月3日(月)
やっぱり中傷、来たぞ!

予想どおり、批判のメールが朝来た。
「へたじゃん。音悪いよ」と幼稚な文章。きっと余程悪いスピーカーで聞いたんじゃないのかな?哀れ。
名前もわからず幽霊からのメール

即削除。世の中、あちこちの掲示板で中傷の嵐。よほどストレスとコンプレックス溜まってるんだろう。擬似、イジメをしてる訳だ。
直接、楽屋か教室に文句言いに来なさい!
神がいれば悪魔もいる。ただで聞かせて偉そうに文句言われる筋合いはないと想う私はあなたを全く知らない。でもあなたは私を知っていますよね。結局、あなた私を注目してるから、今も私のHP閲覧してるわけですよ。今度、出会ったら覚悟を決めてハッキリ文句言ってきてください。しっかり対応させて頂きますから。私は軟弱ではない、侍だからね。

2005年1月2日(日)
やはり

掲示板に書き込みをさせてもらい、全18曲のビデオ配信の案内をしておおむね好評。今、売りだし中の若手ギタリストの掲示板にも書き込みしたのだが、僅か20分程で削除されてしまった。
不思議というか?
案の定というところか?
我ながら18曲も、約2時間分も、良くやるもんだ。
おおむね、好意的なメールを頂いた。
もちろん予想どおり、大聖堂が速すぎるという批判も頂いた。
ゆっくり弾けば、端正で安定性が出るのはプロだから百も承知。
でも安全運転は出来ない性分。あれでも自分は抑えてる。
いずれにせよ、新年から存在感をアピール出来て出だし好調というところか。
もう年になったんだから、我が道を行くを貫こう。わざとらしい、善人ぶった態度は嫌だ。音楽は料理と同じで万人に好かれる事は難しい。自分はあくまでも自分のスパイスを聞かせたい。そうしないと意味がない。演奏家は全責任を当然自分のプレイに負う覚悟は出来ているのだから。

2005年1月1日(土)
新年に想う

去年の11月のライブ配信は意外と手ごたえがあった。今年はオケとの協奏曲を公開だ。
ブラジルの数年間の日々が私を「浦島太郎」にしている様だから。私がオケと協奏曲を演奏した事を知らない人の方が多いかもしれないから?

まずは存在感を示さなければ。それにしてもウェブ用のビデオ編集は疲れる。
今年も根性と情熱そして忍耐だ。