ヤマハ発動機・Y.E.S.S後援(今度は本当)
キョーフ安房小湊ツーリングレポート
(トレッキング・トライアル初体験記)99.6.6於千葉県天津小湊



うつるんです望遠で撮影した写真などを加えました(990622)

「アクセル、戻してーー!」背後で、元・国際A級トライアルライダーにして本日のコーチ・河合さんの声がこだました。しかし、私は、緊張でがっちりとハンドルを握ったまま、ガレ場の急な下り坂を、うなるエンジン音とともに転げ降り?ていった・・気分は谷底に突き落とされるライオンキング(の子供)。
愛車セローはしかし、ガレ場の溝をがっちりタイヤで捉え、大きな石のショックもオフロード仕様のサスが柔らかく吸収してくれた・・。。

私がネットで知ってすぐ登録はしてみたものの、ずっと幽霊部員だったのですが、
全国的な「セローオーナーズクラブ」というのがあります。

今回は、そこが企画主催、ヤマハが後援するイベントだったようです。伊豆レポートでも書きましたが、私は
参加を表明したものの、いけやさんからさんざん脅し?がはいっていたこともあり、「無事生きて帰ってこれるのか?」と不安は膨らむ一方で、当日の朝まで
緊張と迷いで、悪夢まで見てしまいました.
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6月6日ダミアン?の日。快晴。 前にさんざん恐い話を聞いていて、さらに、当日朝8時15分に現地入りしたとき、私の不安は的中した。

F2小湊への入り口

先導車がいるとはいえ、コースまでの道を登っていくだけで、「あたしゃー今日は生きて帰れるのかしらん?」とマジで思ってしまったのである。
そのくらい、案内状に書いてあったとおりの悪路が続いた。ここはF2小湊といって、バブルとともにはじけてしまったゴルフ場建設予定地を改造した、2輪4輪のオフロード専用走行コースだそうだ。

 


ミラーやナンバープレートといった、保安部品を外して走行します。
向かって右、いけやさんのセローはトライアルタイヤをはいていて本格的。
いっぽう向かって左の私のセローはまだピッカピカ無傷・・・(確か同じ年式のはず)

このほかに、全体のコースのかんじとしては大体こんなところ、である。

私は林道ツーリングしたことはあるとはいえ、こーーんなに悪い道の、というか もうこれは山そのものですね、は始めてであった。
あらかじめ「どんな身体および車にダメージがあっても主催者に文句はいいません」と、印鑑つきの誓約書を書かせているのもうなずけた。
とんでもないところに来てしまったーーー!でも、そこは、初心者にはやさしく心強い河合さんというインストラクター。
的確な指導で、最初は泣きをみていたメンバーも、難しいところは河合さんにかわってもらったりできたので、安心であった。

最初試しに入ってみた山の奥で、わたしたちがびびっている姿は、雑誌「ガルル」のカメラマンさんにしっかり取材されてしまった。再来月号くらいに掲載されるであろう?!

午前中は私は無理して体力気力バイクともに傷つけたくなかったので、看護学生のH野さんとともに、むずかしそうなアタックポイントは河合先生にしっかり代わってもらった。
H野さん「私、このセローだけは傷つけたくないのよねー」
「そうよねー」
H野さん「でも、そんな奴はここに来るな、ってか(笑)」
なーんていう会話をしていたとき。行く手の薮から、「すいませーん」という声が響くので、T沼さんと入ってみたら、女性ライダーが行く手の岩の段差の急下り坂のくぼみに、バイクを落としている。。。のぞくと、まさに奈落。バイクは段差の間にはさまっていた。T沼さんは、とりあえずバイクひきおこしだけはしたがそのままでは戻れないので、河合さん出動となり、なんとか彼女はもとに戻れた。なんでも先はさらに悪路とか。。げげげーー。

私たちも早めにもどって、昼食。同じクラスのK藤さん、T沼さん、H野さん、
ほかスタッフの人達と日陰で談笑。そんな中、一般コースと上級チャレンジコースのメンバーは、3ラップ規定のきびしーい競技を炎天下のもと、つづけていたのであった。
はじめて見るオフロードのレース、パドックの様子は。。なかなかすごいものがあった。

 ドルフィン?


いやー、誓約書書いてるとはいえ、半袖Tシャツで上級コースに参加してる人(こけたら流血スプラッター必至)とか、。
スタッフのT嶋嬢は、脚の手術後ということで、バイクに乗れないので、ひとり リゾート風のタンクトップ姿でしたが、そんな彼女の脚には青い炎がカスタムペイントされたギブス風脚固定器具(なんというのかわからない)が。。

彼女曰く「コレしてても、誰も席譲ってくれないのよねー」そりゃそーでしょう、誰も医療装具とは気がつくまい!なのでした。でもかっこよかった反面、人間もマシンも、怪我骨折があたりまえの 世界なのね、とあらためてビビるわたしでした。

1ラップ終わって帰ってくる選手でも、上級コースただひとりのかわいらしい女の子Tさんも、転倒して手を岩とバイクにはさみ、リタイア。スタッフのひとりも、やはり難コースで鎖骨を痛め、急遽車で病院へ。ということがリアルタイムで繰り広げられる。

戻ってくるセローというバイクも、フロントフェンダーがぐにゃりー、とひんまがったり、傷傷が勲章のようになってくる!これがオフロードなのね!と参加してない私も感無量。でもいいもーん、初心者クラスは無理しないもん、と思ってる私(たち)に、河合さんのおことば。

「午後は、息を止めてないと行けないような、どきどきする下り坂と登り坂に案内しましょう」
ひえーー。でも、ここまできたのだから、何かひとつは、やっていきたいけど自分のセローは綺麗だし傷つけたくないし、どうしよう。。と思った。H野さんと私のセローは美しく無傷に近いが、のこり2人のセローはかなり使い込んでいる。そのせいか?2人はやる気まんまんで、果敢にアタックしている。

さて、午後になって、かなりバイクと山道に身体も慣れてきた。それにつれ、わかってきたことは、本当にセローというオフロード仕様バイクはこういう所向きにできていて、じょうぶだということ。どんなに投げようと傷つけようと、
ちゃんとほとんど走っている。また、1速か2速のギアだと、かなりの悪路も、登ったり降りたりできる!

河合さんが、難コースを2人乗りして 昇降するのを目の当たりにした時には、マジで「かっこいい!」と思った。まさに山岳救助隊。
そういえば、ここF2小湊は ジムニーなどの4輪も走るが、よくひっくり返る
そうだ。そうして壊れて動かなくなったジムニーが、広場の仮設トイレの 横に
何台か、お化けのように展示されていた。。あな、おそろしや、見せしめか?

さて、初頭に述べた外周最初のがれ場下りを中途からとはいえ、 何とかクリアできた
私の胸には ドキドキとともに「やった!」という喜びが涌いてきた(単純)。

そして、外周最後の登り坂、というか岩場の採点セクションで、いけやさん含む上級メンバーと合流。その演技?を、みなで やんやと、見学した。その前に河合さんがスペシャルコースを難なくのぼる姿も見たがまさにカモシカ!であった。
いけやさんは、私(たち)の期待に答えて第一の関門をクリアしたのち、
岩の塔を迂回するときにやってくださいました!はでなセロー相手の柔道を。
バイクも人間も宙を舞ってましたが、岩ですべって回転したバイクに足払いされたそう。でも、いけやさん、わざとパフォーマンスしてくださったのですよネ?
ものすごく派手だったので、「大丈夫ですか?」と、いちおう聞く人がいたが、
「だいじょうぶっすよー」と軽く笑ういけやさんであった。受け身と、ブーツでの足の保護が良かったのであろう!

私たち超・初心者クラス4人はその恐い登り坂ではなくて、となりのやや
ゆるやかなコースをのぼって戻ることに。。ここでも、自信がなかったら河合さんに代わってもらえるのだが。。「どうします?」との問に、わたしは「やります」とここで初めて答えた。

・・で、結果は。。私の前のK藤さんがこけた
坂の頂上直下で、私も、終わったと気を抜いたせいか、草むらのなかに突っ込んでセローといっしょに倒れていった・・・大の字になって。

ゆっくり倒れてくるバイクが駒送りのように見えた。、、、幸い、草むらの中だったので人間バイクともに傷はなく、かえって「気持ちイイーー!」ほどであった(笑)。

さいごに、午前中パスしたゴロゴロの急坂登りに、チャレンジ。ここは、レース参加のひとがタイムトライアルするセクションでもある。
私は2速に入れ、加速して一気にのぼった!エンジンは本当に力強く、動いてさえいればバイクは安定である!スタンディング姿勢を正しくとれば、どんなに
岩に飛ばされようと、吸収できるマシンの造りだな、とあらためて感じた。
ドキドキフラフラしながらも、最後までコケずにクリアできた、うれしい!

ということで、なぜかこの敢闘賞?ということか、このようなトロフィーまでいただいてしまった。

 
↑もしかしたら人生最初の?かもしれないトロフィー。右は主催者が送ってきてくださった初心者クラス集合記念写真


まさか、こんな賞があるとは。でも、トロフィーもらったことなんかなかったので、一生の記念になったのだ。
河合さんは「もうちょっと、というところでやめておくことが大切」とここで打ち切りにしてくださった。そのままバイクで自走で帰る人も多いからである。
イベントであるし、無事故のためには引き際が大切だな、と思った。
競技のほうも、一般コースでは3位に女性のMさんが入賞していた。すごい!
私があの競技の中に参加できる時は、、来るのだろうか?

今入り口に立って迷うところである。
怪我をおそれてばかりいては上達しないし。かといって、私には世話をしなければいけない文鳥があーー(笑)。入ろか やめよか、考え中、ってところでしょうか。

しかし、少なくともオフロードの醍醐味の一端を身体で感じることができた、そして精神も。皆親切で気さくで、感激であった。

後日主催者から送ってきてくださった集合写真

帰りは神奈川県方面の4人で走り(途中私がガス欠と騒ぐ一幕あり、陳謝)、金谷−久里浜のフェリーで、K藤さんや通称ろすS木さんなどと談笑し、下船後は葉山−鎌倉まわりで家路を。。伴走する同方向のバイクの友が、ひとり、ふたりと途中で挨拶して別れ、、、、

最後に、ブルーのFOXの上下で決めた湘南ナンバーのTさんと
134号平塚方面分岐で、軽いホーンの音と片手を上げての挨拶で別れた。。。

もうとっぷり日も落ちて、風が強く、西湘バイパスはあきらめて、私は国道1号で小田原に向かった。。。大磯の槍浪閣前で赤いポルシェが事故って横になり、凹んでいるのを横目に。

ふらふらしながらも なんだか、心が暖かいまま、無事に帰宅できたのであった。
河合さん、スタッフのみなさん、いけやさん、同じクラスや伴走してくださった皆さん、ほんとうに素晴らしい時間をありがとうございました!
再会を楽しみにしています!!

         99−6−10記 岩崎秀子@小田原銀文鳥HIDEKO

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