
企画主旨
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ラカン流精神分析では、人間精神のあり方を《象徴界》《想像界》《現実界》という三つの概念で分類している。この分類を極度に単純化して言えば、文字通り、超越した象徴性と向き合う精神、想像してしかものを考えられない精神、予想を超えて異物の様に出現してくる現実、に対応していると要約できるだろう。
この三つの概念を、美術に応用して作品を分類してみるとどうなるか。たとえば、アメリカ美術では、ポロックのドリップ絵画は《象徴界》の芸術だったが、デュシャンの《泉》は《現実界》の作品を代表する。1960年代では、ジョーンズの《旗》や、ステラの《ブラック・ペインティング》は《現実界》だが、ウォーホルは《象徴界》の芸術になっている。割ったお皿を画面に付けたシュナーベルは物質性を強調して《現実界》的だと思われがちだが、実際には《想像界》の作品だった。
日本で考えると、第二次世界大戦後の現代アートでは、アメリカよりも《現実界》の芸術が蔓延してジャーナリズムの注目を集めていった。また、1990年代では、奈良美智や村上隆、そして青島千穂などの作家が、《想像界》の作品を押し出して、まるでハリー・ポッターの国のような想像的な芸術作品として世界的に認知されいる。
「秘伝ディメンション展」では、特に想像界と現実界の強い日本の現代アート界において埋没しがちな《象徴界》の作品を中心に、日陰で、地味に展開されてきている作品を集めて、紹介することを意図している。そして、そうした作品を通じて、現代アートが高級芸術で、漫画が大衆娯楽であるという従来の常識を覆し、絵という芸術表現として見ることを含め、日本現代アートを根本から洗い直し、常識を転倒させる実験を試みる。
これらの作品は、主流ではない、つまり傍流の美術と言えるものだが、その特徴は秘伝性にある。
秘伝性は、芸術を物質的な現実と捕らえるのでもなければ、空想的な想像のイメージの美術として捕らえるのとも異なり、物質でもなくイメージでもない精神的な芸術の意味を重視している点にある。つまり意味を持たない物質主義の美術を否定し、そしてまた想像のイメージの戯れの無意味性も否定して、人間一人が生きて死んでいく意味を問いかけ、人生の運命の意味を問題にして制作される、意味を持つ美術作品といえよう。
こうしたまじめな美術は、現代アートの傍流で制作されるだけでなくて、漫画のような大衆娯楽や陶芸、デザインのような世界でもまた制作されている。本展はこうした人間の生と死と運命の意味を見据えた多様なジャンルに見られる、日本文化の日陰の花の共通性を抽出するものである。これらは意味に満ちていて、見ることにまじめさが要求される。何よりもあるのは、人間存在の欠落感を、作品構造の非-実体性として組み上げていることである。
(林 容子/彦坂尚嘉)
「秘伝なるもの」と象徴界

2005年11月12日〜12月3日【日曜休館】12時〜19時(入場は18時30分まで)
協賛
(有)アートウッズ
(有)気体分子コミュニケーション
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「秘伝ディメンションHiddenDimension」展実行委員会
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