■その一
「福助の由来」
    
  
「福助さん」といえば、「福助の足袋」のイメージが強烈ですが、実は様々な文献から福助は江戸中期に成立した可能性が高いと言われています。福助の足袋の商標に使われるもっと以前から福助は存在しています。 福助商標の経緯については、福助株式会社のサイト福助ギャラリーに詳しく書かれてあります。大変興味深いです。
  
「福助」の由来に関する伝説は多数あります。 
その中の有名な伝説3本がこれです。 
  
京都の呉服屋大文字説  
京都の呉服屋大文字の主人は頭が大きく背が低かったが、店の宣伝につとめたのでたいそう繁盛した。そして貧民へのほどこしも忘れなかったので、人々がこの店主にあやかるようにと人形をつくって毎日祈ったところから、いまの福助人形が生まれたという。  
   
百姓佐五右衛門の息子説  
摂州西成郡にいた百姓佐五右衛門はたいへんに長生きした人で、享和二年(一八〇二)に死んだがその子の佐太郎は身長二尺ほどしかなかった。しかし佐太郎は短身大頭が幸いして幸運をつかんだので江戸でその人形が売り出され評判になったという。  
   
もぐさや亀屋説  
滋賀の伊吹山のふもとの柏原という宿場に代々つたわるもぐさや「亀屋」に番頭福助がいた。この番頭は正直一途、お店の創業以来伝えられた家訓をまもり、ふだんの日は裃を着け、扇子を手放さず、道行くお客さんを手招きしてもぐさをすすめ、お客に対して感謝の心をあらわしおべっかを言わず、真心で応え続けた。そのため商売が大いに繁盛し、主人もたいそう福助を大事にした。やがてこの話が京都にも広まり伏見人形屋が耳にして、福を招く縁起物として福助の姿を人形にうつしたという。 

 

■その二 
「福助プロフィール」 
(様々な文献や情報をつなぎ合わせたインチキプロフィール)
名前 叶福助(かのうふくすけ)
年齢 年齢不詳。 
おそらく童顔の成人。
女性関係 なかなかの好色。廓通い。 
大黒天の娘の「吉祥天女」と結婚して 
「おかめ」「おたふく」等の愛人を 
持つという荒俣宏による仮説もあり。
アイテム1 ■扇子■ 
ひらいた形が「末広がり」になり 
縁起がいいことと、片手で持つことで 
裕福な状態「左うちわ」を意味する。
アイテム2 ■赤の座布団■ 
福助に対する礼儀としてひくと良い。 
願いが叶うごとに座布団を積み重ねて 
あげると尚良し。財を呼ぶ。
ファッション ■裃■ 
肩衣と袴。 
柄は当時流行していた小紋染めが多い。 
紋には「福」の文字が入っている。 
(「叶」が入っている場合もある。)

ポーズ
アラカルト

・おじぎ型 
 もっともポピュラーな形。正座をして 
 前方の床にに手をついてお辞儀をしている。 
  
・左うちわ型 
 片手でうちわを広げるタイプ。元祖。 
 福助人形はこの形から始まった。 
 閉じたうちわを持っているパターンもある。 
  
・おわび型 
 頭を床までつけて顔が見えない状態。 
  
(その他) 
・俵に乗った福助 
・招き福助 
・踊る福助 
・おたふくと夫婦状態福助 
・おかめにおぶられる福助 

他にもいろいろなポーズあり。

ルックス
特徴
頭はでかく、相当なおでこ。  
顔は童顔で愛嬌がある。
髪型はちょん髷を結っている。
福耳。 ( 福耳:お金持ちの相。 )
身長 ちびっこい

    

 <参考資料>  
   
 『福助さん』荒俣宏編著  
 筑摩書房(定価¥1400)(1993年) 
   
 福助好きには外せない一冊  
 オススメ。 
  

 

  
  

福助同時発生!? 
上記の通り、発祥の地も定まらないまま(それにもかかわらず)福助は様々な場所で大流行したということで「福助の同時発生」の可能性を強く感じます。いきなり「福助」そのものが各地で大ブレークしちゃうのはオカルト的でありえないですが、同じ時代に各地で「福助的要素」の人物の流行があったのではないだろうか。そこで、人々にとって「福助的人物」がなぜ「幸せを呼ぶイメージ」と重なり流行したものか、勝手に考えてみました。 

■福助考■
   
「ぶさいく」
荒俣宏編著『福助さん』によると、京都では今でも福助さんを大文字屋と呼ぶと書かれてありました。そこでネット検索で「大文字屋」を調べてみたところ、新たなる興味深い人物が登場してきました。その名も「大文字かぼちゃ」という人物です。この大文字屋は、京都ではなく江戸新吉原の人物であり、名前は市兵衛という。頭でっかちで背が低く、猿まなこ。その風貌から「かぼちゃ」とあだ名されていたそうだ。福助とは別人でありながら、なにか福助とリンクする部分があります。市兵衛は周りからその容姿をからかわれて妙な囃し唄を歌われました。しかしそれを逆手にとって、自らその囃し唄を歌い人を笑わせて商売繁昌につなげたそうです。 
  
「知恵遅れ」 
また時代は少し後の明治時代の話になりますが、江戸末期に仙台で生まれた「仙臺四郎」という人物が商売繁昌の福の神と呼ばれています。実在した人物で、商人に大切にされていました。少し知恵遅れでいつもにこにこしていたそうです。四郎が立ち寄る店は必ず大入り満員の商売繁昌で、いくら招いても見向きもされない家には福が来なかったといわれています。 
  
「福子」 
日本では「福子」に関する伝承がある。それは何らかの障害をもつ子(福子)を大事に育てると福がくるといわれる民間信仰である。

容姿がこっけい・不具・知恵遅れ等五体不満足系の人物は、ともするとイジメられキャラでもありますが、同時に「癒し」だったり「お笑い」だったり、和やかな空気を運んでくれることがあります。そんなことから、福助的キャラクターは「商売繁昌の幸福キャラ」として人々に愛されるようになったのでしょうか。  しかし五体不満足といえば乙武クン。  乙武クンは「癒しキャラ」というより知的な感じが強いですね。  ビジュアル的には可愛くてカッコイイ感じ。最近結婚されました。  商売だけではなく学問に効きそうな「乙武クン人形」は天童よしみ人形より欲しいです。 (2001年4月11日)