『図書新聞』2891号 2008.10.25         林博史

書評                    

 戦地性暴力を調査する会編『 資料集 日本軍にみる性管理と性暴力―フィリピン19411945年』梨の木舎、2008

 

 1990年代初めに深刻な性暴力被害者である元日本軍「慰安婦」の方々が名乗り出て以来、日本軍「慰安婦」制度をはじめとする日本軍による性暴力について調査研究が進められるようになった。被害者による証言を丁寧に集めるとともに日本軍の残した文書の調査が取り組まれ、「慰安婦」制度が民間のものではなく、日本軍が計画・準備・設置・管理運営したものであること、すなわち日本軍の制度であることが明確に示された。

 そうした調査研究のなかでフィリピンにおける日本軍による性暴力の深刻さが少しずつではあるが知られるようになってきた。フィリピンの元「慰安婦」あるいは性暴力被害者による国家賠償を求める訴訟を支援するなかで、多くの資料が見つかり、それらが2000年に開催された「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」となって結実した。ただそれで調査が終ったわけではなかった。

 日本軍「慰安婦」問題に直面した市民が、「加害国の市民として、女性として」何ができるのかと考え、取り組んだのが、防衛庁(省)防衛研究所図書館に所蔵されている旧日本軍の資料を徹底的に洗い直し、性暴力に関わる資料を掘り起こす作業だった。この市民グループ「戦時性暴力を調査する会」が一九九七年以来おこなった資料調査の成果が本書である。

 本書には一三四点の資料が収録されているが、その内容は、日本軍の慰安所規定や軍の通牒・指示など慰安所への軍の関わりを示すもの、強姦や非行など日本軍による性暴力を示すものとそれへの軍の対策、日本軍内の性病の実態とそれへの対策、日本軍の性暴力に対するフィリピン側の反応(ゲリラの宣伝物や検閲した手紙に記された日本兵の性暴力など)、などに分けられる。

 たとえば「慰安所の監督指導は軍政監部之を管掌す」、あるいは「比女三名を以て慰安所を開設……将来女の増員を計画しつつ在り」など軍が慰安所の設置、管理を掌握していたことを示す資料が多数含まれている。防衛研究所図書館ではかなり閲覧が規制されているとはいえ、おびただしい日本軍人の非行・犯罪を示す資料を見ると、日本軍が実に荒んでいた軍隊であり、占領された人々に与えた苦しみの深刻さが感じられるだろう。慰安所の設置が性暴力を抑える役割など到底果たしていない実態も見えてくる。日本軍が検閲した郵便物に書かれていることからも地元の人々の恐怖や不安が伝わってくる。

 軍中央から各地の部隊に送った「衛生サック」の数量がわかる資料も興味深い。評者は以前に同じ資料群を調べて、一九四二年の一年間に計三二一〇万三七〇〇個が交付されていたことを発表したことがあるが、本書の調査でさらに一六万個を追加しなければならないことがわかった。評者が紹介した資料をあわせるとより完璧なデータになるだろう。

 なお日本軍の記録には出てこないが、日本軍による戦争犯罪についての米軍の捜査報告書が多数ある。その中には、たとえばマニラのベイビューホテルでの数百人の女性たちの集団レイプについての報告書だけで一千頁を超える。その内容の多くは被害者の証言であり、その資料を目の前にすると息ができなくなる。加害者の記録に記されるのは、膨大な加害のほんの一部に過ぎないことを思い知ると同時に、加害者自身の記録によってそれを裏付けることの重要性も強く感じる。特に加害の事実を認めたがらない日本人に対して。 

慰安所に関わる日本軍資料については、いくつかの資料集が出されているが、フィリピンに絞って、さまざまな性暴力関係の資料をこれほど徹底して調査収集されたものは本書が最初である。その中にはすでに知られている資料もあるが、ここで初めて見るものも少なくない。本書は市民の自主的な取組みによってなされた貴重な成果であり、その粘り強い努力に敬意を表したい。