『枕草子(堺本)』




 堺本枕草子の本文は現行本に見られるものと大きく異なつてゐるため、教材用のテキストとしては利用できないが、多くの場合、現行本より文章が冗長であるため、彫琢されてスマートになつてゐる現行の三巻本テキストよりも、かへつて意味がわかりやすい場合がある。清少納言の後の人の改作と見るむきもあるが、むしろ作者が推敲を重ねるまへの草稿本(他の本の跋文で左中将が持ち去つたと書いてあるもの)と見ることも可能で、作者の本音の部分を読み取ることができると思はれる。

底本は208段までは『群書類従第27輯』、それ以後は、速水博司著『堺本枕草子評釈』有朋堂である。
底本の読みを変更した場合は、加へる読みを<..>に、除く読みを[..]に入れた。
段数は『堺本枕草子評釈』に従つた。最初の算用数字が堺本の段数、次の数字は同じ内容のある能因本の段数。
(..)に読み仮名を入れた。
(=..)には当ページの製作者の注釈を入れた。

現代の読み方とは異なる場合が多いが頻出するので省略した漢字の読み仮名は、以下の通り、
晦日(つごもり)、郭公(ほととぎす)、頭(かしら)、実(げ)に、衣(きぬ)、答(いら)へ、児(ちご)、装束(さうぞく)、
返事(かへりごと)、除目(ぢもく)、数多(あまた)、乳母(めのと)、方(かた)、辺(わた)り、蓬(よもぎ)、門(かど)、単衣(ひとへ)




堺本     能因本
1        1
 春は曙、空はいたく霞みたるに、やうやう白くなりゆく山際の少しづつ明かみて、紫だちたる雲のほそく棚引きたる、などいとをかし。

 夏は夜、月の頃はさらなり。闇もなほ蛍多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、いとをかし。雨のどやかに降りたるさへこそをかしけれ。

 秋は夕暮、夕日のきはやかにさして、山の端近う見えわたるに、烏の寝に行くとて、三つ四つ二つなど飛び行くもあはれなり。まして雁の多く飛び連ねたる、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の声、はた言ふべきにもあらずめでたし。

 冬はつとめて。雪のふりたる、さらにもいはず。霜のいと白きも、又さらねどいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もて歩りきなどするを見るも、いとつきづきし。昼になりぬれば、やうやうぬるびもてゆきて、雪も消え、炭櫃(すびつ)火桶の火も、白き灰がちになりぬれば悪ろし。

2        2
 頃は、正月、三四月、五月、七八月、九十月、十一月、すべてみな折りにつけつつ、いとをかし。

3
 せちは五月五日、七月七日、九月九日もをかし。

4        226
 ふるものは、時雨、霰、雪。さては五月の四日の夕つ方(かた)より降る雨の、五日のつとめて、いと青やかなる軒の菖蒲(あやめ)のすそより落つるしづく。蓬(よもぎ)の香り合ひていとをかし。

5         185
 風は、嵐、木枯らし、二三月ばかりの夕つ方、ゆるく吹きたる雨風(あまかぜ)、また八月ばかりの雨にまじりて、冷ややかに吹きたる風をかし。

6
 霧は、川霧。

7        44
 木の花は、梅。まして、紅梅は薄きも濃きもいとをかし。桜は、花びら大きに、葉の色いと濃きが、枝細くて枯れ花に咲きたる。藤のしなび長く色濃く咲きたる、いとめでたし。

 四月晦日(つごもり)、五月一日頃の橘の葉はいと濃く青きに、花はいと白く咲きて、雨うち降りたるつとめては、なべてならぬ様にをかし。花の中より実の黄金(こがね)の玉と見えて、いみじう際やかに見えたるなどは、春のあさぼらけの桜にも劣らずとおぼゆる。郭公(ほととぎす)のよすがとさへ思へば、なほさらに言ふべきにもあらず。

 梨の花は、世にすさまじくあやしきものにて、はかなき文うち付けなどもせず。愛敬おくれたる顔などをうち見ては、たとひに人の言ふも、げに色よりはじめて、あはひなくすさまじければ、ことわりと思ひしを、唐土(もろこし)に目出度きものにて、文にも多く作りたるを、さりともあるやうあらんと思ひて、せめて見れば、花びらの先に、をかしき匂ひこそ、心もとなう付きためれ。楊貴妃の帝(みかど)の御使ひに会ひて泣きける程の匂ひに譬へて、「梨花一枝春帯雨」と言ひたるは、おぼろげならじと覚ゆるに、よろづの花よりはめでたし。

 桐の花は、紫に咲きたるはをかしきを、葉のひろごり様ぞ、うたてくこちたき。されど他木(ことき)どもに等しう言ふべきにもあらず。唐土にてことごとしき名付きたらん鳥の、これにしも住むらむ心ことなり。まして琴に作りて、さまざまなる音どものいでくるは、をかしとも世の常にも言ふべくにやある。

 また、木の様ぞ憎けれども、楝(あふち)の花、いとをかし。異木の花には似ず、いと稀に咲きて、必ず五月五日にあふ心、いとをかし。

8        47
 花の木ならぬは、五葉、かつら、柳。柧梭(そば)の木、しななき心地したれど、花の木どもも散りはてて、おしなべて緑になりたる中に、時も分かず、濃き紅葉の艶(つや)めきて、思ひかけず青き葉の中よりさし出でたる、めづらし。まゆみ。

 さか木、臨時の祭の御神楽(みかぐら)の折りなど、いとをかし。木しもこそあれ、神の御前のものと生(お)ひ始めけむも、とりわきてかしこし。

 楠木は、木立多かる所にも、ことに交らひて立たず、おどろおどろしき思ひやりなどうとましけれど、千枝に分かれて、恋する人の例(ためし)に言はれたるぞ、誰かは数を知りて言ひはじめけむと思ふにをかし。

 檜の木、またけぢかからねど、「三葉(みつば)四葉(よつば)の殿作り」にも、これこそは妻と思ふにいとをかし。五月に雨の声をまねぶらむもあはれなり。

 楓の木、若やかに萌え出でたる葉末の同じ方様(かたさま)へ広ごりたる、花もいとはかなげに、虫などの枯れたるに似て、をかし。

 あすはひの木、この世に近くも見ず聞こえず。御嶽(みたけ)に参りて帰りたる人などぞ持て来める、枝ざしなどは、袖ふれ憎げにあらまほしけれど、なにの心にて、あすはひの木と付けけむ。あぢきなき予言(かねごと)なりや。誰か頼めたるにかと思ふに、聞かもほしうをかし。

 ねずもちの木、人々しう、人並々なるさまにはあらねど、葉のいみじう細かに小さきがをかしきなり。楝(あふち)の木。山梨の木。

 椎の木。常磐木(ときはぎ=常緑樹)は、いづれもあるを、それしも、葉(<は>[た])がへせぬ例(ためし)に言はれたる、をかし。

 白樫(しらかし)といふもの、深山木(みやまぎ)の中にもいとけどほくて、二位三位の袍(うへのきぬ)染むる折りこそ、葉をだに人の見るめれ。をかしき事にとり出づべくもあらねど、雪の置きたるに見まがへられて、素戔嗚尊(すさのをみこと)の出雲の国へおはしける御供にて、人丸が詠みたる歌など思ふに、いみじうあはれなり。言ふ事にても、一節(ひとふし)あはれともをかしとも聞きおきつるものは、草も木も鳥・虫も、おろかにこそ覚えね。

 楪(ゆづりは)のいみじう艶めき房やぎたる葉はいと青く清げなるに、思ひかけず似るべくもあらぬ茎の赤うきらぎらしう見えたるこそ、あやしけれどもをかしけれ。なべての月頃は、つゆも見えぬものの、師走の晦日にのみ時めき、亡人(なきひと)の食ひ物に敷くを見るがあはれなるに、またたとしへなく祝ひの折り、歯固(はがため=新年の行事)の具にも敷きて使ひためるは、いかなるにか。「紅葉(もみぢ)せん世や」と言ひたるもたのもし。

 柏木、いとをかし。葉守のまだ小さき折りより、葉守(はもり)の神のおはしますらんもかしこし。兵衛督佐尉(かみすけぞう)などをもさ(=柏木と)言ふ、いとをかし。

 姿なけれど、棕櫚(すろ)の木、唐(から)めきて、悪ろき家の具とは見えず。何となけれど、やどり木といふ名は、唐だちていとをかし。

9        70
 草の花は、なでしこ。唐のは更なり、大和(やまと)のもいとをかし。女郎花(をみなへし)。桔梗(ききやう)。朝顔。刈萱(かるかや)。菊。壷すみれ。

 竜胆(り<ゆ>うたん)は、枝ざしなどむづかしげなれど、他花(ことばな)のみな霜枯れたる中より、いと花やかなる色合ひにて、さし出でたる、いとをかし。

 また、わざと取り立てて、人めかすべきにはあらぬ様なれど、かまつかの花、らうたげなり。名ぞうたてある。雁の来る花とぞ文字には書きたる。がむひの花。色は濃からねど、藤の花にいとよく似て、春秋と二たび咲く、いとをかし。

 夕顔の花はさまも朝顔に似て、言ひ続けたるもをかしかりぬべきを、葉の姿ぞ憎きや。実の様こそいと口惜しけれ。などてさはた生ひ出でけん。ぬかづき(=ほほづき)などいふ物のやうにだにあれかし。されどなほ夕顔といふ名の付きそめけんいとをかし。しもつけの花。葦の花。

 「これに薄(すすき)を入れぬ、いとあやし」と人言ふめり。秋の野のおしなべたるをかしさには、薄こそあれ。末のいと濃く蘇枋(すはう)にて朝霧に濡れて、うち靡(なび)きたるは、さばかり(=これほど)のものやはある。されど秋の終(はて)ぞいと見所なき。色々に乱れ咲きたりし花の、かたもなう見所なう散りたる後(のち)、冬の末まで、頭(かしら)の白く、おほどれたるも知らず。昔思ひ出で顔に、風になみよりひびぎ立てるめる人にこそ似たれ。よそふる心ありて、あやまりてそれをしもぞ哀れと思ふべけれど、いさや。

10        67
 花なき草は、菖蒲(さうぶ)。菰(こも)。葵、いとをかし。祭の折りに、神代よりして、さる挿頭(かざし)となりけむよりはじめ、物のさまもをかしきなり。

 おもだかは、心あがりしたらむと思ふ名のいとをかしきなり。三稜草(みくり)。蛇床子(ひるむしろ)。苔。こたに。雪間の若草。かたばみは、綾の紋にてあるも、をかし。

 あやふ草は、岸の額(ひたび)に根を離れて、実(げ)にたのもしげなうあはれなり。いつまで草は、壁に生ふらんまたいとはかなうあはれなり。岸の額よりも、いま少しくずれやすからんかし。真との石灰ぬりたらむには、え生ひずやあらむと思ふぞいとわろけれ。
 ことなし草は、思ふことをなすにやあらむと思ふこそいとをかしけれ。

 しのぶ草、いとあはれなり。道芝、茅花(つばな)、蓬(よもぎ)なども、いとをかし。山菅(やますげ)。山藍。浜木綿。葛。笹。青つづら。なづな。苗。浅茅、いとをかし。

 蓮(はちす)葉、よろづの草よりも世にすぐれてめでたし。妙法蓮華経のたとひにも、花は仏に奉り、実は数珠につらぬき、念仏して往生極楽の縁とすればよ。また、花なき頃、みどりなる池の水に、紅に咲きたるもいとをかし。されば翠翁紅と文字に作りたるこそ。

 唐葵(からあふひ)、日の影に従ひて傾(かたぶ)くこそ、草木といふべうもあらぬ心なれ。さしも草。八重葎(むぐら)。

 つき草は、うつろひやすなるぞうたてある。

11        48
 鳥は ほかの鳥なれど、鸚鵡(あふむ)いとをかし。人の言ふらむ事をまねぶらむよ。郭公いとめでたし。くゐな。しぎ。都鳥。ひは。ひたきどり。

 山鳥は、友恋ひて鳴くに、かげを見て慰むらむこそ、心若う哀れなれ。谷を隔てたらん程も心苦し。鶴は、見目もなつかしらず。おほのかに、うちなき様なれど、沢にて鳴く声の雲井に聞こゆるなる程思ひやるにいとけだかし。頭赤き雀。斑鳩(いかるが)の雄鳥(をとり)。たくみ鳥。川千鳥の友惑はすらんいと哀れなり。

 鷺は、見目も見苦しう、眼(まなこ)ゐなども恐ろしげに、よろづ取り所なけれれど、「ゆるぎの森に一人は寝じ」と争ふらむ心ぞ捨て難き。

 雁の声は近劣りすれど、秋待ちえて霧の絶え間にほのかに聞きつけたる、いとをかし。また、冬のいと寒き夜など雲井に鳴きたるも、羽の霜払ふらむほど思ひやられていとをかし。

 鶯は、さまかたちよりはじめ美しう。初めて谷より出でたる声などは、かばかりあてにめでたき程よりは、夏秋の末までありて、白声(しらこゑ、←前田本「同じ声」→三巻能因本「おい声」)に鳴くと内裏(だいり)のうちに住まぬとぞ、いと悪ろき。人の「さなんある」と言ひしを、さしもあらじと思ひしに、十年ばかり候ひて聞きしに、まことにさらに音せざりき。さるは竹も近う紅梅もいとよく通ひぬべき枝のたよりなめりかし。まかでて聞けば、あやしき家の見所なき梅の木などには、いと花やかにぞ鳴き出でたるや。また、夜鳴かぬもいといぎたなき心地す。

 郭公は、あさましう待たれ待たれて、いみじう夜深ううち出でたる心ばへこそ限りなう目出度(めでた)けれ。六月などには、やがて音せずかし。それも雀などのやうにてのみあらば、鶯もさしも悪ろくもおぼえじかし。春の鳥とて、年たち返る朝(あした)より、まづ待たるるものなれば、少し思はずなる所のあるも、かく口惜しうもおぼゆるなり。人をも人げなく、世のおぼえあなづらはしうなりそめにたるをば、謗(そし)りやはする。

 鳥の中にも、鳶、烏などのことをば、見聞き入るる人なし。これはなほ文などに、いみじうつくられたる物なれば、程よりはと思ふに、なほ心ゆかぬ心地するなり。

 をかしなどの方にはあらねど、にはとりの子の小さき程こそあはれなれ。

12        50
 虫は、松虫。鈴虫。きりぎりす。はたおり。蝶。われから。ひぐらし。蛍。ひを虫。

 蓑虫、いとあはれなり。鬼の生みければ、親に似て、これもや恐ろしき心あらむとて、男親(をおや)の、あやしき衣(きぬ)をひき着せて、「いま秋風吹かむ折りぞ来むとする。待てよ」と言ひおきて、往にけるをさも知らず、風の音を聞き知りて、八月(はづき)ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く、いとあはれなり。

 額づき虫、またあはれなり。さる心地に道心を起こして、つき歩りくらむよ。思ひもかけず暗き所などに、ほとほとと、し歩りきたるこそをかしけれ。

 夏虫、いとらうたげなり。火近う取り寄せて物語など見るに、草子の上に飛び歩りくさま、いとはかなびてをかし。

 蟻は、憎けれど、身の軽ろくて水の上などに、ただ歩りくこそをかしけれ。

13        11
 山は、小倉山。三笠山。このくれ山。いりたち山。わすれ山。かたさり山こそ、誰に所置(ところお)きけるにかとをかしけれ。五幡山(いつはたやま)。かへる山。後瀬山(のちせやま)。まゆみ山。笠取山(かさとりやま)。ひらの山。鳥籠(とこ)の山は、「わが名もらすな」と帝(みかど)の詠ませ給ひたるがをかしきなり。伊吹の山。朝倉山は、よそに見るらんいとをかし。大比礼山、をひれ山も、臨時の祭思ひ出でられてをかし。三輪の山。待兼山(まちかねやま)。玉坂山(たまさかやま)。耳無山(みみなしやま)。嵐の山。葛城山。位山(くらゐやま)。更級山(さらしなやま)。小塩山(をしほやま)。吉備の中山(きびのなかやま)。

14        12
 峰は、ゆづるはの峰。阿弥陀(あみだ)の峰。弥高(いやたか)の峰。

15        196
 野は、嵯峨野さらなり。印南野(いなびの)。交野(かたの)。こま野。飛火野(とぶひの)。しめし野。宮城野。粟津野(あはずの)。紫野。そうけい野こそすずろにをかしけれ。などさつけけるにかあらん。

16        13
 原は、奈志原(なしはら)。甕の原(みかのはら)。あ<し>たの原。その原。うな<ゐ>[ひ]こが原。篠原(しのはら)。萩原(はぎはら)。こひ原。

17        224
 岡は、船岡。しのびの岡。

18        115
 森は、うへの木の森。石田(いはた)の森。仮寝(うたたね)の森。いはせの森。大荒木(おほあらき)の森。たれその森。立聞(たちきき)の森。浮田(うきだ)の森。こひの森。信太(しのだ)の森。木幡(こはた)の森。

19        66
 里は、ながめの里。<い>[ね]さめの里。ひと<つ>まの里。たのめの里。夕日の里。十市(とほち)の里。長井の里。つまどりの里は、人にとられたるにやと、いとをかし。伏見の里。生田の里。

20        223
 駅(むまや)は、梨原(なしはら)の駅。野口(のぐち)の駅。

21        114
 関は、逢坂(あふさか)の関。須磨の関。くきたの関。白川の関。衣(ころも)の関。勿来(なこそ)の関。清見が関。横はしりの関。みるめの関。ただこえの関、はばかりの<関>[何]は、たとへなき(=正反対)がをかしきなり。また、よしなよしなの関こそは、いかに思ひ返してけるぞと、いと知らまほし。これを「な来(こ)そ」とは言ふにやあらむ。逢坂などをかく思ひ返されたらむこそ、佗(わび)しかるべけれ。

22        17
 みささぎは、しよろう(=「諸陵」とすれば注釈の言葉が本文に入つたか)。うぐひすの陵(みささぎ)。柏原(かしわばら)の陵。あめの陵。

23        18
 渡りは、たまつくりの渡。しかすがの渡。みつはしの渡。こりずまの渡。

24        65
 橋は、あさ<む>[ん]つの橋。長柄(ながら)の橋。あまびこの橋。浜名の橋。小川の橋。かけはし。うたたねの橋。轟(とどろき)の橋。佐野の船橋。<小>[水]野の浮橋。鵲(かささぎ)の橋。山菅(やますげ)の橋。ゆきあひの橋。人は見ぬものなれど名を聞くにをかしきなり。一筋渡したる棚橋。心狭(せば)けれどをかし。

25        16
 海は、水うみ。与謝の海。川口の海。伊勢の海。<よ>[か]この海(=余呉の海)。

26        188
 島は、浮島。八十島(やそしま)。たはれ島。豊浦(とよら)の島。籬(まがき)の島。松が浦島。なと島。

27        189
 浜は、<そ>[う]と浜。吹上(ふきあげ)の浜。長浜。ちひろの浜、いかに広からんと思ひやらるるにをかし。打出(うちいで)の浜。

28        190
 浦は、塩竈(しほがま)の浦。名高(なだか)の浦。こりずまの浦。しのだの浦。

29        222
 川は、大井河。おとなし川。水無瀬川。飛鳥川、瀬も定めざなるこそ、をかしけれ。耳敏川(みみとがは)は、何事をさしもさくじり聞きけむと思ふにをかし。いづみ川。細谷川。

30        15
 淵は、かしこ淵、いかなる底の心を見え、さる名をつきたらむと思ふもをかし。ないりその淵、誰にいかなる人の教へけるならん。青色の淵こそ又いとをかしけれ。蔵人などの具にしつべきよ。いな淵。かくれの淵。玉淵。のぞきの淵。

31        64
 滝は、音無の滝。布留(ふる)の滝は、法皇の御覧じにおはしましけむがめでたきなり。那智の滝は熊野にありと聞くが哀れなるなり。轟(とどろき)の滝、いかにかしがましかるらん。

32        117
 出で湯は、ななくりの湯。有馬の湯。那須の湯。つかまの湯。ともの湯。

33        45
 池は、贄野(にへの)の池は、初瀬に詣でしに、水鳥の隙(ひま)なうゐてたち騒ぎしが、をかしく見えしなり。

 水なしの池こそ、あやしう、などかう付けたらんと問ひしかば、「五月など、すべて雨いたう降らんとする折りは、この池に水といふ物なんなくなる。いみじう日照るべき年は、春のはじめに水などいと多く出づる」と言ひしを、「無下になく乾きてのみあらばこそ、さは言はめ、出づる折りもあなるを、一すぢにも付けけるかな」とぞ答(いら)へまほしかりし。

 猿沢の池は、采女(うねべ)の身投げたるを聞しめして、行幸(みゆき)のありけんこそ、いとめでたけれ。「ねくたれ髪を」と人麻呂が詠みけんなど思ふに、言ふもおろかなり。

 御前の池も、何の心にて付けけるならむとゆかし。狭山(さやま)の池は、三稜草(みくり)といふ歌の、げにをかしう覚ゆるにやあらん。こひぬまの池。原の池は、「玉藻はな刈りそ」と詠みけむもをかし。ますだの池。姿の池。

34        172
 井は、走り井。逢坂なるがをかしきなり。山の井。などさしも浅き例へになりはじめけむ。飛鳥井は、「みま草もよし」とほめられたるこそをかしけれ。ほりかねの井。玉の井。少将井。櫻井。后町の井。

35        14
 市は、辰の市。椿市(つばいち)は、大和(やまと)に多かる所の中に、長谷(はつせ)にまうづる人の必ずとまりければ、観音の御印あらはるる所にやと思ふに、心ことなるなり。おふちの市。飾磨の市。飛鳥の市。

36        19
 家は、近衛の御門(みかど)。二条あたり。一条もよし。朱雀院。かん院。小野の宮。菅原の院。こうばい殿。県(あがた)の井戸。そめ殿。冷泉院。東(とう)三条。小(こ)六条。

37        266
 神は、松の尾。八幡(やはた)は、むかし帝(みかど)にておはしましけむこそめでたくをかしけれ。行幸(みゆき)に、葱(き)の花に奉るよ。

 平野の斎垣(いがき)に葛(くず)のいと多くはひたりしに、貫之が「秋にはあへず」と詠みたるこそ、思ひ出でられて、をかしかりしか。春日。住吉。

38        194
 仏は、薬師。如意輪(によいりん)の人を渡しわづらひて、頬杖(つらづゑ)突きて嘆き給へる。いと哀れにかたじけなし。

 降三世(がうさんぜ)は、見目こそ恐ろしげにおはすれど、御誓いとあはれに頼もし。陀羅尼も、いとつきづきしかめり。

39        192
 経は、法華経。品は、方便品。薬草喩(やくさうゆ)品。提婆(だいば)品。不軽品。六の巻はさながら。仁王経の下巻。寿命経。

40
 陀羅尼は、阿弥陀の大咒(だいず)。尊勝(そんしよう)陀羅尼。随求(ずいぐ)陀羅尼。千手(せんず)陀羅尼。

41        130
 修法は、奈良方。

 陀羅尼読むさまも、なまめかしうやさし。大威徳のもいとをかし。

42        191
 寺は、壺坂。石山。笠置。法輪。霊山(りようぜん=東山正法寺)は釈迦仏の御住処(ぢゆうしよ)の名に似たるがあはれなるなり。粉河(こがは)。志賀。

43        193
 文は、文選。文集。<論語>[こそむ]もおもしろし。

44        68
 集は、萬葉集。古今。

45        195
 物語は、住吉、宇津保の類。殿(との)づくり。国うつりは憎し。とほ君。月まつ女。こまのは。食ひ物まうくるぞにくき。埋木(むもれぎ)。蝙蝠(かはぼり)の宮。

46        197
 読経は、夕暮。

47
 陀羅尼は、暁

48        198
 遊びは、夜。人の顔見えぬほどはよし。

49        169
 法華経は、不断。

50
 時は 申。酉。子。丑。

51        39
 説経の講師は、顔よき。つとまもる程こそ、説く事の尊(たふと)さも聞こゆれ。ほかざまに向きぬれば、耳にも入らず。罪の深さなれば、傍目(あからめ=わき見)せじと念じゐたる、憎さげなるも、罪得(う)る心地す。この事はとどむべし。若き時こそ、かやうの罪深き事もよかりしが、老いてはいと恐ろし。

52        265
 冬の扇は、赤色のそめはぎ。か<ら>[う]ぞめ。また白きに作り絵(=墨絵)もよし。貫き様は昔

53        264
 蝙蝠(かはほり)は、朴(ほほ)の木に紫の紙

54        260
 狩衣は、薄香(うすかう)。<ふ>[と]くさ。薄色もよし。

55        259
 指貫は、紫。

56        263
 下襲は、冬は掻練(かいねり)。夏は二藍(ふたあゐ)。蘇枋(すはう)もよし。

57        310
 束帯は、四位五位は冬。六位は夏。白襲などもよし。すべて男は、袿(うちぎ)は何色も着たれ、単衣(ひとへきぬ)は白きはよし。紅のも着たれど、なほ白きはまさる。

58
 女の表着(うはぎ)は 薄色。

59
 ひとへは、濃き。

60        302
 綾の紋は、葵。霰地(あられぢ)。

61        301
 織物は、紫。白き。萌黄(もえぎ)に楓(かへで)の折り枝織りたるもよし。

62        299
 唐衣は、冬は赤色。夏は二藍。秋は枯色。

63        300
 裳は、大海(おほうみ)。

64
 汗衫は、躑躅(つつじ)。桜。

65
 薄様は、白き。紫。赤き。刈安染の青きもよし。

66
 硯(すずり)の箱は、重ねず、蒔絵に鳥を紋にしたるよし。

67
 筆は、冬毛(ふゆげ)、見目もよし。

68
 墨は、まろなる。

69
 櫛の箱は、蛮絵(ばんゑ)よし。

70
 鏡は、四寸五分。

71
 夏のしつらひは、夜。冬のしつらひは、昼。

72
 蒔絵は、唐草。

73
 火桶は、赤色。青色。白きに作り絵もよし。

74
 畳は、高麗端(かうらいはし)。また、黄なる地の端もよし。

75        32
 檳榔毛(びらうけ=大型車)は、のどやかにやりたる。網代(=中型車)は走らせたる。前駆うち追ひても、人の家の門(かど)の前よりなど、ふと見やるほどもなく過ぎて、供の人の走るばかりぞ見ゆる。誰なりつらんと思ふこそ、をかしけれ。

76
 下簾(すだれ)は 紫の裾濃(すそご)。次には蘇枋(すはう)もよし。

77        34
 馬は、いと黒きが、肩の辺(わた)りただ少し白き。紫の紋つきたる。葦毛。薄紅梅の毛にて、尾・髪などは、いと白きは、実に「木綿髪(ゆふかみ)」とも言ひつべしかし。また額黒きが、足四つ白きもをかし。

78        33
 牛は、いと黒きが、腹の下、足の先、尾の裾など白き。

79         38
 猫は、上のかぎり黒くて、腹の下は白きもよし。

80        60
 ちごと若き人とは、肥えたるよし。

81        36
 雑色・随身は、痩せ細きよき。人も男は若きほどは、痩せ痩せなるこそよけれ。いたう肥えたるは、ねぶたからんと見えて、大人びて受領(ずらう)などになりなむ折りは、肥え太りたらむよし。

82        37
 小舎人童は、小さくて髪うるはしく裾さはらかに色なるが、声労々(らうらう)しきものから、若らかにて、うち畏(かしこま)りて、物など言ひたるこそ、をかしけれ。

83        35
 牛飼は、髪荒らかに、顔あからかにて大きなる。

84
 法師は、言(こと)少ななる。男だに、あまりつきづきしきは憎し、されどそれはさてもあらむ。

85
 女は、おほどかなる。下の心はともかくもあれ、上辺は子めかしきは、まづらうたげにこそ見ゆれ。いみじき虚言(そらごと)を人に言ひつけられなどしたれども、道々しく(=理屈で)あらがひ弁(わきま)へなどはせで、ただうち泣きて居たれば、見る人おのづから心苦しうて、ことわりつかし。

86
 女の遊びは、古めかしけれども、乱碁。けふせに。双六。はしらき。篇つくもよし。

87        199
 男の遊びは、小弓。さま悪しきやうなれども、鞠(まり)も見所あり。韻ふたぎ。双六は調食(てうばみ)。

88        200
 舞は、太平楽。太刀ぞうたてあれど、いとおかし。落蹲(らくそん)、二人して舞ふは、まさりておもしろし。崑崙(こんろん)。抜頭(ばとう)は、髪ふりかけたるほどは心憎きに、仰(あふ)ぎたる目見(まみ)いとうとまし。されど、楽(がく)のおもしろきなり。皇麞(わうざう)、すさまじけれども哀れなり。また求子、駿河舞、いみじうおもしろし。駒形(こまうた)もをかし。

89        201
 弾きものは、琵琶、筝の琴。

90        201
 調べは、風香調(ふこうでう)。黄鐘調(わうしきでう)。陵王(れうわう)の破急(はきふ)。鳥の<楽の>破急。蘇合(そかう)の破急。春の鶯の囀(さへづ)りといふ楽も、いとをもしろし。想夫恋(さうふれん)。

91        202
 吹きものは、横笛いとをかし。遠(とほ)くより聞こえたるも、近くなりもてゆくも、いとをかし。近かりつるが、いと遠くなり<もて>ゆきて、遥かに聞こえたるも、すべてをかし。車にても馬にても、すべて懐にさし入れたるも、何とも見えず、さばかりをかしき物はなし。まして聞き知りたる調子(てうし)などは、いといとめでたし。暁などに出づる人<の>忘れたりけるが、枕のもとなどにありけるを見つけたるも、いみじうこそをかしけれ。人の取りにおこせたるを、おし包みて遣るも、立て文のやうに見えて、いとつきづきし。

 笙(さう)の笛は、遠き。月の明かきに、車などにて吹きたるはをかしけれど、所狭(ところせ)く<まで>もて扱かひ憎げにぞ見えたる。さて吹く顔やいかにぞや。それは横笛も吹きなし(=吹き方)<は>[に]ありかし。

 篳篥(ひちりき)は、いとかしがましう、秋の虫と言はば轡虫(くつわむし)などの心地して、うたて気近(けぢか)く聞かまほしからず。まして、悪ろく吹きたるはいと憎きに、臨時の祭の日、また御前(ごぜ)には出で果てで、ものの後ろにて横笛をいみじう吹き立てたるを、あなおもしろと聞き給ふほどに、半(なか)らばかりより、(=篳篥が)うちつけて吹きのぼせたる程こそ、ただいみじう麗(うるは)しき髪(かみ)持たらん人も、(=髪が)立ちあがりぬべき心地すれ。やうやう琴(こと)笛調べあはせて歩(あゆ)み出でたるほど、せむかたなくおもしろし。


92        227
 日は、入り日。

93        228
 月は、有明。

94        230
 雲は、紫。風吹く日の雨雲。日入りはてたる山際のまだ名残とまれるに、薄黄ばみたる雲の細くたなびきたる、いとあはれなり。いま明けはなるるほど、黒き雲のやうやう消えて、白くなりゆく、をかし。「朝(あした)にさる色」とかや、文にも作りためる。
95        226
 雪は、檜皮屋(ひはだや)。

96
 時雨・霰は、板屋。

97        121 122
 冬は、雪・霰がちに氷し、風はげしくていみじう寒きよし。

 夏は、日いたう照り、扇など片時もうち置かず、堪へがたう暑きぞよき。なのめ(=中途半端)なるは悪ろし。

98        235
 つかさは、左右大将。権大納言。権中納言。宰相中将。三位中将。春宮大夫。中宮もあしからず。侍従の中納言。

99        236
 殿上人は、権中将。四位の侍従。弁少将。蔵人の弁。四位少将。

100        173
 受領は、伊予の守。紀の守。和泉の守。大和の守。

101        174
 権の守は、下野。甲斐。越後。阿波。

102        175
 宿りの官(=権守など)ならでただ冠得たるは、式部大夫。左衛門大夫ぞ、よきかし。

103         305
 病は、胸。脚の気。さては、そのことなくて物食はで悩みたる。

104        239
 女の宮仕へ所は、后の宮(きさひのみや)。一品(いつぽん)宮。斎院(さいゐん)宮、罪深けれどをかし。ましてこの頃はめでたし。

105         203ノ1、3
 見物は、行幸さらなり。春のも冬のも臨時の祭、いとなまめかしうをかし。祭の帰さ。
 白馬(あをむま)は多うは内裏にて見るは、いと狭(せば)き塀の内なれば、舎人どもの顔のきぬ<に>[き]もあらはれて、白きもの(=オシロイ)のよりつかぬ所は、黒き庭に雪のむら消えたる心地して、見ぐるし。(=馬が)あがり騒ぐもいと恐しくて、(=私は)よくも見ず引き入られぬかし。

106        8
 正月の一日、三月三日は、うららかに照りたる。

 五月五日は、やがて日一日曇りくらしたる。

 七月七日は、つとめて昼までは曇りて、夕がたより晴れて、やうやう空に雲なくなりもて行きて、暮れはつれば月いと明かく、まして、夜更くるままに、星の姿あらはに見えたるこそ、をかしけれ。

 九月九日は、暁がたより雨少し降りて、菊の露もこちたく、覆ひたる綿などいたう濡れたるぞ、移しの香まさりておかしき。つとめてはやみたれど、空はなほ曇りて、ややもせば、降り落ちぬべく見えたる、いとをかし。

107        92
 めでたきもの、后(きさい)の宮はじめ。また、やがて御産屋のありさま。行啓の折りなど、御輿寄せて、名対面などしたるほどいとめでたし。その頃、一の人の御春日詣。

 今上一の宮などやうに、やむごとなき御子(みこ)たちのまだ童にておはしますを、抱き扱かひ奉る、御祖父(おほぢ)はさらなり、伯叔父(おぢ)などにても、見奉り給へる気色こそ、世にめでたけれ。御馬引かせて御覧じ、殿上人・蔵人など召し使ひあそばせ給ふほどなど、よそ人も見奉るは、げにこそまづ笑ましけれ。

 下地の螺鈿の箱。唐組。よく染めたる斑濃(むらご)の糸引き解きて見たる心地。唐錦。飾太刀。

 六位の蔵人、いみじき君達と言へど、えしも着給はぬ綾織物を心にまかせて着たるより始めて、帝に馴れ仕うまつるさまなどのいとめでたきなり。御文書かせ給へば、御硯の墨する。夏は御うちは参る。それのみならず、いとめざましきまで、見ゆることどもこそ多かれ。

 また、持経者(じきやうじや)いとあはれにめでたし。さるべき所の御読経に候ひても、またここかしこの寺に籠りなどして聞くにも、おのづから暗き折りに居合ひたるに、みな人はえ読まで声やみたる。ゆるゆると滞(とどこほ)る所もなく読み出だしたるは、まことにめでたくこそおぼゆれ。

 また、身の才(ざえ)ある男、めでたしと言ふも愚かなり。顔も憎げに、ことなる事なき下臈なれども、やむごとなき。さもあるべき事など問はせ給ひなどする折りは、近づき参りぬかし。まして御文(ふみ)の師にて候(さぶら)ふ博士などは、かぎりなく羨ましくめでたくこそおぼゆれ。<詔書>[序表(じよへう)]勅答(ちよくたう)など作り出だして褒めらるる、いとめでたし。

 法師の才あるもさらなり。すべてすべて言ふべきにもあらずめでたし。

 広き庭に雪の多う降りたる。よう織りたる葡萄染(えびぞめ)の織物。花も、糸も、紙も、紫なるもの、めでたし。その中に、杜若(かいつばた)ぞ少し憎き。されどそれも色はめでたし。

108        93 95
 なまめかしきもの、細やかに形よき君達の直衣姿。をかしげなる童女(わらは)の、わざとことごとしき上の袴などはきで、ほころびがちなる汗衫(かざみ)ばかり着て、卯槌(うづち)薬玉(くすだま)などうちつけて、扇さしかくなどして高欄・反橋など歩きたる、いとなまめかし。

 薄様。今萌え出たる柳の枝に、青き薄様に書きたる文つけたる。三重(みえ)がさねの扇(あふぎ)。五重(いつへ)になりぬればあまり厚くて、もと(=手許)など憎げなり。よく咲きたる藤の松にかかれる。をかしげなる人の、夏の几帳の裏うち懸けて、添ひ臥したる透き影。濃き衣のつややかなるなど着て、硯引き寄せて、手習ひしたる。形よき小忌(をみ)の君達の日陰(=葛)の組(=紐)、顔などにかかりたる肩のほど。臨時の祭の舞人の半臂(はんぴ)の緒。挿頭(かざし)の花に雪の少し降りかかりたる。衛府の蔵人の青色の宿直姿。

 鬚籠(ひげこ)をかしうしたる檜破子(ひわりこ)。賭弓(のりゆみ)

 いと新らしう古りもせぬ檜皮屋(ひはだや)に、菖蒲(さうぶ)のいと長き葺(ふ)き渡したる。青やかなる御簾の下より、朽木形(くちきがた)の几帳のわかやかにて出でたるに、<小>紐の風に吹きなびかされたる、常のことなれどをかし。さやうなる<御>簾の前、高欄などに、をかしげなる猫の、赤き頸綱(くびづな)に、白き札つ<き>[に]て、斑濃の綱いと長う引きて歩りくこそ、いとなまめかしう見ゆれ。<白き組の長き、なまめかし。>

 五月の節(せち)のあやめの蔵人。菖蒲(さうぶ)の鬘(かづら)、赤紐の色にはあらぬ裙帯(くたい)領巾(ひれ)などして、立ち並(な)み[き]給へるに、薬玉奉る、いみじうなまめかし。取りて腰にひきつけつつ、舞踏したまふも、いよいよなまめかし。

 灌仏の童の形よき。細太刀に平(=緒)を付けたる。房長き藤に付けたる文もなまめかし。五節(ごせち)の童(わらはべ)も。

109
 目もあやなるもの 木絵(もくゑ)の筝(さう)の琴の飾りたる。七宝の塔。木像の仏の小さき。

110        155
 うつくしきもの、瓜に書きたる児(ちご)の顔。雀の子のねずなきするに踊りくる。二つばかりなる児の、急ぎて這ひくる道に、いと小さき塵などのありけるを見つけて、いとをかしげなる指(および)にとらへて、大人に見せて笑みたる、いとをかし。

 また、尼そりなるほどの<ちごの>目に、髪の入るをかきはやらで、うちかたぶきて物など見たる、うつくし。また、袴など着たるが、襷掛(たすきが)けに結ひたる腰の上(かみ)の白く透きて歩りくも、うつくし。大きにはあらぬ殿上わらはの、装束(さうぞく)きて歩りくもうつくし。

 をかしげなる児を、あからさまに抱(いだ)きて遊ばしなどする程に、かいつきて寝ぬる、いとらうたし。雛(ひひな)の調度。八つ九つ十などの男子(をのこご)の、声はをさなげにて文読みたる、いとうつくし。

111        100
 ねたきもの、人のもとにこれより遣るも、また返事(かへりごと)にても、文書きてやるに、使ひの往ぬるのちに、歌の文字を一つ二つにても、さこそ言ふべかりけれなど思ひなほしたる。とみの物縫ふに、かしこく縫ひはてつと思ひて、針ひき出だすほどに、糸の尻を固めざりければ、やがて抜けぬる、僻縫(ひがぬ)ひしたるもいとねたし。

 また、ゐたる所の庭に前栽など植ゑて見るを、長櫃うち持たせて、鋤など引き下げたる者ら、ただ入りに入り来て、制するをも聞きいれず、掘りて往ぬるこそわびしくねたけれ。よろしき男などのある折りはさもせぬものを、女どちはいみじう言へど、「ただすこしばかり」など言ひて、往ぬるのちは、いとかひなし。

 受領(ずらふ)などの家に、さるべき所の下部(しもべ)などいふものの来て、なめげにあさましげなる事ども言ひて、さりとて我をばいかがせむと思へる気色、いとねたげなり。

 また、忍びたる人の文も引き側(そば)みて見るほどに、うしろより人の俄(には)かに引き取られたる心地もいとわびし。庭に走りなどしぬるを追ひていけど、我は簾のもとにとまりぬれば、したり顔に引き開けて見たてるを、内にて見るこそ、いかにせむと、ねたく飛び出でぬべき心地すれ。

 また、人のがりやる文をとりたがへて、見すまじき人に見せたる使、いとねたし。「かかるわざしたり」など言ふを、「げにいとほしう(=みつともなく)過ちけり」などは言はで、口こはくうち答へてをるは、人目をだに思はずば、走りも打ちつべし。

 ものへ行く道に、清げなる男車の会ひたるなどを誰そと見むなど思ふほどに、ふと簾(すだれ)降ろして行き違ひぬるこそねたけれ。

 初瀬に詣でて局にゐたりしに、あやしき下衆どもの、うしろをさしまかせつつ居並みたりしこそいとねたかりしか。いみじき心を思ひ起こして詣で着きたるに、川の音なひのおそろしく、[日]くれ階(はし)を登るほどなどの、おぼろげならず困じて、「いつしか仏の御前をとく見奉らむ」と思ふに、白き衣着たる法師の蓑虫のやうなる者どもなど集まりて、立ちゐ<ぬ>かづきなどして、つゆばかり所もおかぬ気色なるは、まことにねたくて、おし倒しもしつべき心地せしが、いづくもそれはさぞあるかし。やむごとなき人の詣で籠らせ給へる御局の前ばかりをこそ払ひなどもすれ、よろしき人のは制しわづらひぬべし。さは知りながら、なほさしあたりてさる折りは、いとねたきなり。

112        101
 かたはらいたきもの、よくも音(ね)も弾きとどめぬ琴を、よくも調べで、心のかぎりかきたてたる。

 客人(まらうど)の来て物など言ふほどに、我が人にまれ、人のひとにまれ、うちとけたる事言ひ、声高になどあるを、えは制せで聞きゐたる心地、いとかたはらいたし。

 また、いみじううちとけて寝たる人のけはひの近くも、わりなくかたはらいたし。思ふ人の酔ひてさかしらがり、同じ事いたうした<る>[う]。

 また、聞きゐたるを知らで、人の上言ひたる。それは何ばかりの人の上ならず、使ふ人なれど、なほかたはらいたし。旅立ちたる所などにて、下衆どものおのがどち戯(ざ)れたはぶるるを見る心地。

 にくげなるちごを、おのが心地のかなしきままに、うつくしみて、これがわれが前に言ひける事どもを、語りなどしたる。

 才(ざえ)ある人の前にて、なまじりの人の、ものおぼえ声に、人の名<な>[く]ど言ひたる。ことによしとおぼえぬわが歌を人に語りて、人のほめし事など言ふも、かたはらいたし。わざと婿とりたるに住まぬ婿の、え去りがたき所にて、さし会ひたる舅の心地。

113        102
 あへなきもの、 指櫛(さしぐし)すりはてて磨くほどに折りたる心地。

 乗りたる車のうち返したる。さるおほのかなる物は、所狭(ところせ)くやあらむと思ひしに、ただ夢の心地してあさましう、あへなかりき。

 賭弓(のりゆみ)にいみじう念ずる人のわななきて、久しうゆるしたる矢の、外れたる。

 人のために恥とあるべき事を悪しき事とも思はず、つつみもなく、うち言ひたる人。必ず来(き)なんと思ふ人を待ちとて、夜一夜起きあかして、暁がたに、いささかうち忘れて寝入りたるに、烏のいと近う鳴く声に、うち驚きて見あげたれば、昼になりにける、いみじうあへなし。

 碁打つに、死にたる石を上手(ざうず)めきて置きたるほどに、あやまちて人のは生き、我がは死にて皆拾はれたる心地。無下に知らず見ぬ事を、さし向ひて、あらがはすべうもあらず言ひたる。物うちこぼしたるもいとあさまし。調食(てうばみ)打つに、上手めきて手は立てたるが、賭けられて、その程に調どもうちしきりて、やがて皆かけ取られぬる。282

114        103
 くちをしきもの、五節・仏名などに雪は降らで雨のかきたれて降り暮したる。さるべき節会などの御物忌に当りたる。いどみ交はして、いつしかと待つことの、俄(にはか)に障(さ)はり出で来て止まりぬる。まめごとにまれ、遊びごとにまれ、見すべき事ありて、呼びに遣りたる人の来ぬ、いとくちをし。

 宮仕所などより同じやうなる人々具して、物詣でにまれ、さらでも装束好ましうして、乗りこぼれてものへ行くに、さるべき人の馬にても車にても行き会ひて見えずなりぬる、くちをし。わびては、「下衆なども好き好きしき心ありて、人などにもうち語りなどしつべからんをがな」と男も女も法師もなど思ふも、けしからぬ心なるべし。

115        111
 行く末はるかなるもの、半臂(はひ)の緒ひねり始むる。陸奥国(みちのく)へ行く人の逢坂の関越ゆるほど。産まれたる児の七日ばかりになるほど。大般若の読経一人して始めたる。千日の精進(さうじ)始むる。

116        309
 言ひにくきもの、人の消息の長き。まして、よき人の仰せごとなどの多かるを、端より奥まで、ついでもままには、いと言ひにくし。

 また、返事まうす、はたいま少し言ひにくし。はづかしき人のもとよりものおこせたる返事。大人になりたる子の思はずなる事聞くも、前にては言ひにくし。

117        153
 いやしげなるもの、式部の丞の笏。黒き髪の筋あしき。黒塗りの台。筵張(むしろばり)の車の襲(おそひ=覆)、繁う打ちたる。布屏風の新らしき。旧(ふ)り黒みたるは、中々何とも見えずなどして、色どり絵がきたるが、さ見ゆるなり。遣戸厨子(やりどづし)。伊予簾の筋太き。田舎五位(ご<ゐ>)、法師の太りたる。まことの出雲筵の畳。靫負佐(ゆげひのすけ)の狩衣姿。

118        154
 胸つぶるるもの、競馬(くらべむま)見る。元結(もとゆひ)よる。

 親にまれ子にまれ、大方わが大事に思ふ人の心地あしなど言ひて、例ならぬ気色なる。まして、世の中さわがしなど聞こゆる折りは、よろづおぼえず。

 思ふ人のさすがあらはれてはあらぬが、あらむとも知らぬに、こと人々にまじりてものいふ声きいきつけたる。また、さらねどおほかたにて、人のその人の事など言ひでたるにも、まづこそつぶるれ。いみじく憎き人のあるをふと見つけたるにもつぶるかし。とにもかくにも、あやしうつぶれがちなるものは、胸こそあれ。

 まづ初めて来たる人の翌朝(つとめて)の文の遅きは、人の上にてもつぶる。思ふ人などの文は、さし出でたる(=出てきた)を見るにも、なほつぶるるこそあやしけれ。清らにと思ふもの貼りて重し多く置きたる。遠き田舎に思ふ人置きたる折りに、虚言(そらごと)にてゆゆしき事聞きたる。
 
119        156
 人ばへするもの、しはぶき。恥かしき人に物言はんむとするに、まづ先にたつこそあやしけれ。

 里びたる人の子の、さすがにおごりたる四つ五つなる<は>、ゆかしかりけるものを、「あれに、見せよや、母」など<言ひて>ひきゆるがすに、大人どち物言ふとて、ふと聞き入れねば、[お]戯(そば)へてみづから引き出でて見るこそにくけれ。それを「まさな」とも<せ>[け]いせず、取りも隠さで、「さなせそ、そこなふな」とばかりうち笑みて言ふ親もにくし。我はたはしたなくも言はで、見るこそわびしけれ。

120        157
 <名>おそろしきもの、青淵(あをぶち)。た<に>[ち]のほら。鰭板(はた<い>[は]た)。黒土(くろ<つ>ち)。土塊(つちくれ)。雷(いかづち)は名のみならず、いみじうおそろし。

 暴風(はやち)。不祥雲(ふさうぐも)。桙星(ほこぼし)。牛は白眼(さめ)。らうそく。長(をさ)。いかり、名のみならず、見るもおそろし。肘笠雨(ひぢかさあめ)。蛇苺(くちなはいちご)。鬼ところ。生霊(いきすだま)。枳殻(からたち)。野荊(のむばら)。苗代(なはしろ)。荒田。人魂(ひとだま)。熊鷹。狼。牛鬼。つのむし。はたほこ。ほこ。太刀。さるまろ。

121        158
 見るはことなる事なきものの文字に書きてことごとしきは、覆盆子(いちご)。鴨跖草(つゆくさ)。芡(みづぶうき)。菰(こも)。零余子(くろめ)。楊梅(やまもも)。いたどりはまして虎の杖となむ書きたるとか。杖なくともありぬべき顔つきぞかし。瀰猴桃(こくは)。胡桃(くるみ)。<文章博士。得業の生。> 鶯実(あうじち)。

122        159
 むつかしげなるもの、縫ひ物の裏。ねずみの子のまだ毛生ひぬを。ももほとき。裏まだつけぬ裘(かはぎぬ)の縫ひ目。猫の耳の内。

 ことに清げならぬ所の暗きに。ことなる事なき人の、小さき子供あまた持たりて、あつかひゐたる。

 心ざしいと深くもあらぬ妻などの[こ]心ち悪しがりて、久しう悩みたるも、男の心地むづかしかるべし。

123        160
 似非者の所得る折り、正月の大根(おほね)。同じ三日の薬子。大学の介の歩み。行幸の折りの姫大夫(ひめまちぎみ)。六月・十二月の晦日の節折(よをり)の命婦。季の御読経の折りの[ず]威儀師、赤袈裟着て僧の名読み上げなどしたるけしき、いときらきらしかめり。

 七月の相撲(すまひ)人。宮の辺の魚(いを)ども。堅酒(かたさけ)。みさるのこすりこ(?)。御読経・仏名などの折りの御さうわくしのたきぐち(?)。春日の祭に立つ所の舎人。卯杖(うづゑ)の法師。大饗(だいきやう)の折りの史生(しさう)。雨降る日<の>行幸の市女笠。

 五節<の>御前の試みの夜の御髪(みくし)あげ。節会(せちゑ)の御賄(まかなひ)の釆女(うねべ)。渡りする折りの梶取(か<ん>どり)。

124        161
 苦しげなるもの、二所通ひする男。こなたかなた燻(ふす)べられて、いづかたにも心とどむと思ひ惑ひたる気色、いと苦しげなり。

 夜泣する児の乳母(めのと)。こはき物怪にあづかりたる験者(げんざ)。験(げん)だにまことに早くは良かるべきを、さしもあらぬを、人笑はれならじとて、念じ入りて加持したる、いと苦しげなり。

 わりなく物疑ひする男に思はるる女。心苛(いら)れしたる人。<一>[人]の所のさるべき人にて、時にあひたる人も、安らかにはあらざめりかし。それは、苦しきにつきても、よし。

125        162
 うらやましきもの、 経ならふとて、いみじうたどたどしく忘れがちにて、返々同じ事のみ(=私は)読まるるに、法師はことわりなり、男も女も、くるくるとやすらかに読みたる人こそ、あれがやうに如何ならむ折りあらむとすらむと、わびしううらやましう覚ゆれ。

 心地など悪しうわづらふ事ありて、臥したる折りに、思ふ事なげにて、うち笑ひなどして、心地よげなる人、いとうらやまし。

 稲荷(=伏見稲荷)詣でする折りに、中(なか)の御社(みやしろ)のほど、耐へ難く苦しきを、思ひ起こしてやうやう登るに、こよなう遅れて来る人の、いささか事とも思ひたらで、するするとさし歩みつつ、ただ先立ちに先立ちぬる、常はさしもめでたかるまじき事なれど、その折りにあたりては、あなうらやましとおぼゆ。

 六月の午(むま)の日、暁にと、急ぎしかど、坂のなからばかり歩みしかば、巳時(=午前十時)ばかりになりにき。やうやう暑くなるままに、まことに侘びしく「なぞやかからで、世に人もあらむものを、何しに詣(まう)でつらむ」と涙も落つるまでおぼゆれば、しばしは休むとてゐたるに、年四十余ばかりなる女の、壷装束などにはあらで、ただ引きはこへたるが、「七度詣(ななたびまうで=一日に七回詣でる)し侍るなり。三度は詣でぬ、いま四度はことにも侍らず、未(ひつじ=午後二時)ばかりには下向(げかう)し侍りぬべし」と、知りたる人にや、道に会ひたる人に、うち言ひかけて、下(くだ)り行きしが、後ろ見やりしが、只今のあれが身にならばやと、まことにうくおぼえしなり。

 男にても女にても法師にても、よき子持たる人は、いみじううらやまし。

 髪いみじう長う清らなる人も。歌もその人こそさりともと人に知られて、さるべき事の折りのことにも、まづ取り出(い=選出)でらるる人、いとうらやまし。

 よき所にさぶらふ人多かるなかにも、さるべき所、恥づかしき所などに遣(つか)はすべき仰書(おほせがき)など、御前に数多(あまた)さぶらふをさし置きて、下(しも)なるを召して、御硯とりおろし、紙など給はせて、書かせさせ給ふなどは、いとうらやましかりぬべきことぞかし。さやうの事(=代筆)は、その所の大人などになりぬれば、いとしもすぐれねど、おのづから事に従ひて書くものなり。されどこれはさやうにはあらず。うとき上達部などのまうさせ給ふ事ある折り、もしは、心にくき人の女(むすめ)の初めてまゐらんなど申すがり、遣はすがことなり。誰もいと鳥の跡のやうにしもやはある。されど、とりわかせ給ふは、なほことなる事にこそはと見ゆれば、集りて戯(たはぶれ)にもねたがり、言ひうらやむめり。

 内・東宮の御乳母、うへの女房などのいづくにも内外(ないげ)許されて、うち通ひ参りたるも、うらやましかし。

 寺造り出でて、三昧(さんまい)などして、宵・暁に国王(こくわう)・大臣(だいじん)と祈らるる人、限りなくうらやまし。

 また、まことにこの世離れたりと見ゆる聖(ひじり)、いとうらやまし。いとさばかりのきはにはあらねど、双六打つ折りは、敵(かたき)の賽(さい)利(き=よい目)きたるこそ、うらやましけれ。

 下臈のなかには、女は主殿司(とのもづかさ)、男は随人ぞ、あやしう、さてもありなむかしと、うらやましうおぼゆれ。

126        163
 とくゆかしきもの、斑濃(むらご)・括り染め・巻き染めなど、染めはてたる。人の子産みたる、男子(をのこご)女子(をみなご)。よき人のはさらにも言はず、只ことなる事なき下衆などのさへゆかしくて、何ぞとは問はるれ。

 除目(ぢもく)の翌朝(つとめて)、知る人のなるべきある折りはさらなり、さらぬ折りのまづ聞かまほしうて、尋ねらるかし。ゑりぐさをきてそそぐも、そめはぎ(?)。掻練うたせたるを持て来たる。思ふ人の文。

127        164
 心もとなきもの、我は隠れゐて、知られじと思ふ人の来たるに、前なる人に教へて物言はせて、聞きゐたる心地。頓(とみ)の物、人のもとに縫ひにやりて、待つほどの心地。物見に急ぎ出でたるに、今や今やと久しく居入りて、そなたをまもらへたる心地。また、まだしからむと(=まだだらうと)たゆみ(=油断)て遅く出たるに、事なりにけりと<て>、とく(=既に)立ちにける車(=行列の牛車)どもの狭間(はざま)より赤衣着たる者、白きしもとささげたるを見付けて、急ぎてやり寄するほど、わびしう、下りてもいぬべき心地す。

 子産むべき人の、ほど過ぐるまでさる気色のなき。遠き程より思ふ人の文を暗きほどに持てきたる、火点(ひとも)すほど待つこそ、わりなく心もとなけれ。固く封(ふ)じたる続飯(そくい)など開くる程も、いと心もとなし。いつしかなど思ふ児の、五十日(いか)百日(ももか)などになりたる程の行末いと心もとなし。

 とみのもの縫ふに、生暗うて針に糸つくる。されど我はさるものにて、ぬふべき所をとらへて人につけさするに、それも急げばにやあらむ、とみにも<え>[み]つけぬを、「いで、さは」と問へど、さすがになどてかと思ふほどに、<え>[み]させぬは、にくささへそひたり。

 何事にてまれ、急ぎてものへ行くべきに、まづさるべき所へい<く>[つ]とて、ただいま遣(お)こせむとて、人の車を待つほどこそ、いと心もとなけれ。大路行きけるを、それなななりと喜びたれば、外ざまへ往ぬる、いと口惜し。まして、物見に出でむとするに、「事はなりぬらむ」など言ふこそわびしけれ。

 子産みたるに、のちの物の久しき。また、物見・寺詣でなどに、もろともにあるべき人の先(せん)に行きて、車をさし寄せたるに、とみにも乗らで、しばしなど言ひて待たするも、いと心もとなく、うち捨てても往ぬべき心地す。

 また、頓にて煎り炭おこすも心もとなし。人の歌の返しすべきが、頓に詠み出でられぬほどは、いと心もとなし。懸想人(けさうびと)などは、いとさしも急ぐまじけれど、おのづから又さるべき折りもあり。まして、女どちも、うち言ひ交はす事は、疾(と)きこそよけれ。

 心地悪しうてものの恐ろしき折などに、夜の明くる待つ、いと心もとなし。俄(には)かに患(わづら)ふ人のあるに験者(げんざ)求むめにやりて待つほど。

 篇つく方人にて、持(ぢ=引き分け)にもありもしは勝ちもしぬべきに、篇の一つあるを心寄せの人に目配せて得さすれど、頓に見つけぬ程こそ、忘れて指(をよび)も差し出でて、教へつべく覚ゆれ。二藍の扇<そそぐ=ホツレル>[そて]。


128
 定まりてにくきもの、乳母の男。

129        167
 昔おぼえて不用なるもの、藤のかかりたる松の枯れたる。帽額(もかう)の簾のへりなき。朽木型の几帳の黄ばみたる。唐<綾>[絵]の屏風の表(おもて)そこなはれたる。絵師(ゑし)の目暗くなりたる。地摺(ぢずり)の裳の花返へりたる。七尺の鬘(かつら)の赤みたる。葡萄染(えびぞめ)の織物の灰返へりたる。色好みの老い頽(くづを)れたる。

 面白き家の焼けて木立うせたる。池などはあれど、萍(うきくさ)水草(みぐさ)茂ければ、そのものとも見えずかし。

130        171
 遠くて近きもの、極楽。鞍馬のつづらをり。十二月(しはす)の晦日と正月一日と。宮のべの祭。

131        170
 近くて遠きもの、思はぬ兄弟(はらから)の仲。妻男(めおとこ=夫婦)もさぞある。船の道。

132        252
 頼もしきもの、心地わづらふに、修法(ずほふ)はじめたる。やむごとなき孔雀経(くざくきやう)の法。

133        168
 頼もしげなきもの、六位の頭白き。風早き日、帆かけて走らする船。心短う人忘れがちなりと聞く人を婿にとりたる<が>、夜離(よが)れがちなる。

 虚言(そらごと)する人の、さすがに、人の事成し顔にて、大事(だ<い>じ)受けたる。年いたう老いたる人の心地悪しうして久しうになりぬる。一番に勝ちぬる双六。

134        187
 心にくきもの、 物へだてて聞くに、女房のとは覚えぬ手の音、しのびやかに聞こえたるに答へ、うちそよめきたる人の参るけはひする。また、膳(もの)参りなどするに、箸・匙(かひ)などのとりまぜられて鳴りたる、心にくし。ひさげの柄の倒れ伏す音も、耳こそとまれ。

 よき人の家の中門に、檳榔毛の車の白く清げなるに、蘇芳の下簾の匂ひよき程にて、あざやかなるかけて、榻(しじ)にうち置きて立てるこそ、(=私が)ものへ行く道に門の前渡りて見入れたるに、いみじう心にくけれ。

 四位、五位など下襲の裾(しり)はさみて、笏のいと白き、傍らにうちおきて、とかくうちさまよふも、また、随身の装束清らかなるが、壺胡籙(つぼやなぐひ)など持ちて、出で入りなどしたる、いとづきづきし。<厨>女(くりやをんな)の清げなるが、さし出でて、「なにがし殿の人や候ふ」と言ふ。をかしく奥ゆかしきに、とく行き過ぎぬるこそ、口惜しけれ。

 また、ざればみたる家の門に向ひたる立蔀(たてじとみ)引きやりて、只今車の出でける気色もしるくて、広廂・妻戸口などに、四尺の几帳の帷子の鮮やかなるなど、こなたかなたにうるはしからず衝立などしたるも、いかなる人の住処にかなどこそ、をかしう見入れられしか。

 また、指貫の色こまやかにて、掻練・山吹など、色々に脱ぎかけこぼしたる人の白き扇の貫かぬを手まさぐりにして、妻戸の前に円座(わらうだ)うち置きてゐたるを見入るるも心にくし。

 また、七八、それより小さきなども、児どもの走り遊ぶなどなどが、小さき弓・しもと小車などやうなる物さげ遊びたる、いとうつくしう、車とどめても、いだき入れまほし。

 たき物の香のかが<え>[れ]たるも、いと心にくし。また、しつらひよくしたる所の何事にかあらむずる事ある方に、君のおはしませば、こなたには人もなくて、まだ御格子などもまゐらぬに、長炭櫃に火をいと多くおこしたれば、その光のいと明かきに、母屋の御簾の帽額(もかう)、几帳の帷子(かたびら)・紐などのいとつややかに、そばそばより見入られたるこそ、めでたく心にくけれ。

 また、主(=中宮)もおはしまし、人々も候ふに、内の人・典侍(ないしのすけ)などのはづかしげなるが参りたる時、御前近くて御物語などある程、御殿油も物の隠れに取り遣りなどしたれど、炭櫃・火桶の火ばかりには、もののあやめもいとよろしう見ゆれ。心にくき今参りの紙燭さ<し>[せ]て御覧ずる際にはあらぬが参りたるも、さやうにぞあるべき。

 夜更けて人の声もせず、みな大殿籠りたる気色なるに、外(と)の方に殿上人としづやかに物語しつつゐたるに、いと奥深うはあらず、碁石笥(け)に[石の]入る音のしたるこそ、心にくし。火とりの箸・匙(かひ)の鳴りたる音もをかし。

 また、いとよう鳴る琵琶をつと押さへて、音も出ださぬものから、爪弾きに心とどめて弾きたるを、物隔てて聞きたるも、まだ寝ざりけると思ふに、いと心にくし。

 あざやかなる掻練に髪の重やかに振り遣られたる音。

 夜居に参りたる僧を、あらはなるまじうとて局<に>すゑて、冬は火桶などとらせたるに、声もせねば、いぎたなう寝たるなめりと思ひて、これかれ物言ひ人のうへ褒めそしりもしたるに、数珠(ずず)のすがり(=房)の、心にもあらず、衣(ころも)の袖・脇息などに当たりて鳴りたるこそ心にくけれ。

 よく調(てう)じたる火桶に、灰の際(きは)きよげに見えて、火おこしたれば、内に描きたる梅の折り枝などのけざやかに見えたるこそ、をかしけれ。火箸のいと際やかにきらめきて、筋交(すじか)ひて立ちたるもをかし。

 大方(=全く)火はともさで几帳おしやりて、昼はさしも向はぬ人なれど、内の方に添ひ臥したる後ろつきなどの良さ悪しさは知らず、心にくけれ。

 夏、簀子に火ともしたる内こそ心にくけれ。几帳の一重うちかけて人の臥したるをさし覗きて見たるいと心にくし。

135        250
 きたなきもの、殿上の合子(がうし=食器)。蚰蝓(なめくぢ)。みみず。

136        262
 ふと心劣りして悪ろくおぼゆるもの、言葉悪ろく声(こわ)づかひあやしき人<の>。いやしき事もさとは知りながら、ことさらに言ひたるは、と見ゆる<は>。されどさしもあらず。わが元いひつけたりける言葉をなだらかにふとつつみなくうち出でたるは、あさましきわざなり。

 また、さしもあるまじく老いたる人の、わざとつくろひ、殊更びたるも憎し。まさなくあやしき言(こと)を年など大人なる人は、まのもなく言ひたるを、若き人<と>は、いみじう傍らいたきことにき<き>[え]入り思ひたるこそさるべき事なれ。

137        232
 ないがしろなるもの、女官の髪あげ姿。かはの聖(ひじり)の物言ひ。

138
 夜まさりするもの、濃き掻練。むしりたる綿。額(ひたひ)はれて髪うるはしき人。形悪ろき人のけはひ良き。琴(きむ)の声。

139
 火影(ほかげ)劣りするもの、藤の花。紫の織物。すべてその色の物はさぞある。紅のは月夜<に>[こ]ぞ悪ろき。

140        231
 騒がしきもの、走り火。板屋の上に<立つる烏。> 斎(とき)の生飯(さば)うち上げたる。なまけしからぬ人の酔(ゑ)いたる。雨夜の夢。辻風。前栽焼くとて火付けたるに風の吹いたる。緑衫(ろうさう=緑色の袍)張りて放つほど。さがなき馬(むま)のはなれたる。

 思ひかけぬ程にいづくよりにかあらむ、猿の放れて入りきたる、いと心あわただし。

141
 心ゆるびなきもの、子産むべき程近くなりて、内裏辺(うちわた)りなどの局にある人。老いたる親のあつしき持たる人。あわただしう這ふ程の児持たる人。色好みなる男もちたる人。物怪つきそめぬる人。船の道。

142        142
 つれづれなるもの、所さりたる物忌。除目のあしたに官(つかさ)得ぬ人の家。馬おりぬ双六。

143        89
 もののあはれ知り顔なるもの、鼻垂りしたる折り。かつ鼻かみつつ物言ふけはひ。わさび食ふ。眉ぬくも。

144        23
 たゆまるるもの、精進(さうじん)の日の行(おこな)ひ。日遠き急ぎ。寺に久う籠りたる。

145        24
 人にあなづらるるもの、人の家の北面(きたおもて)。よろしとて門開けそめぬる物忌。あまり心善しと人に知られぬる人。築地(ついぢ)の崩れ。心あはあはしき女。ようしといふかみ(?)。

146        22
 すさまじきもの、春の網代。昼吠ゆる犬。四月ばかりの紅梅の衣。九月の白襲(しらがさね)。火おこさぬ炭櫃・火桶。わざと迎へたるに乳あ<ら>[へ]ぬ乳母。牛死にたる牛飼。児亡くなりたる産屋。博士の家の女子。ましてうちしきりて生ませたる。はた言ふべきにもあらずかし。方違へ物忌などしに行きたる所のあるじなき。

 田舎文(ゐなかぶみ)の物なき。京のをもさや思ふらん。されどそれはおぼつかなくゆかしき事。そのころ世にあることなどを書き集めたるを見て、慰むらんかし。また、人のもとに立て文にまれ、結び文にまれ、わざと清げにと思ひて、したててやりたる文を返事もて来るめりと思ひて見るに、ありつる同じ文の上に、引きわたしつる墨も消るまで、いみじう汚なげにとりふくめて、「おはしまさざりけり」とも、もしは、「かたき御物忌にてなん」など言ひてもて来たる、すさまじさこそ限りなけれ。

 また、必ず来べきと思ひて、迎へに車やりていつしかと待つに、入り来る音すれば、「さななり」と思ひて見れば、車宿りざまにやり入れて、轅ほうとうち置くを、「いかなりつるぞ」と問へば、「ほかへおはしましけり」とも、また「今日は障ることありて」と言ひて、牛のかぎり引き出でて往ぬるこそ、あさましうすさまじけれ。

 まして、児の乳母など、あからさまとて出でぬれば、とかく遊ばし紛らはして待つに、「今宵はえ参らじ」など言ひたる、すさまじきのみならず、心地もいとむづかし。

 また、親などゐたる家の内の大事に限りなく急ぎ立てて、婿取りたる婿の、幾ばくの程へず来ずなりぬるこそ、すさまじとも世の常なれ。

 なま眠(ねぶ)たきに、いと思はしからぬ人の押し起こしつつ、せめて物言ふこそいみじうすさまじけれ。

 待つ人ある折りに、夜少しふけて門たたけば、さにこそあらめと疑ひなく思ひて、人出だしたるに、他人(ことびと)のあらぬ名のりうちして来たるこそ、すさまじと言ふ中にも、返々すさまじけれ。

 験者(げんざ)の物怪移すとて、いみじうしたり顔に、独鈷(とこ)数珠(ずず)など移るべき人に持たせて、せみ声出だし、ふた時ばかり加持しゐたるに、いささか去りげもなく、護法だにつかねば、多くの陀羅尼を読み困じて、「さらにつかず不要なめり。いとはかなし」とて、取らせつる物ども取り返して、あいなく我ながやかにうち欠伸(あくび)、叫(あめ)きて、額より頂(いただき)ざまに、頭さぐりあげて立ちぬる、いといとほしう、すさまじげなり。

 今年は必ず官(つかさ)なるべしと聞こえて、はやうありし者どもなどの、片田舎に住みつき、もしはほかほかに行き散りたるなども、皆来集まりて、出で入る車にも、轅の隙(ひま)なくつかへ、物詣での供にも、我も我もと仕(つかうまつ)りなどしつつ、各々物食ひ酒飲み、心地よげにもてなしつつ除目を待つに、果つる暁になりぬれば、門たたく人やあるあると耳を捧げたるに音もせず、前駆(さき)追ふ声々しつつ、上達部など皆出で給ひぬなり。「とく聞きて告げよ」とて、内裏辺りに遣りつる雑色男などの、寒さも覚えざりけるなど、今ぞいとすさまじげなる気色にて、わななき出で来たる。歩み来る気色もしるければ、如何にぞなども問ひも問はれずかし。ほかより来たる人の「さて、いづくにか成らせ給へる」など問ふめれば、「なにの前司にこそは」など、必ず答(いら)ふる、定まりたることぞかし。まことに頼みける人は、すさまじとのみにもあらず、いみじう嘆かしと思ひたる気色、いとど惜しげなり。昼になるままに、侍(さぶらひ)にひまなくゐたりつる者ども、一人二人立ちすべり出でて往ぬめり。え去りがたくて年ごろは行き離れぬ二三人ばかり残りたるも、高やかにうち嘆きつつ、寄りゐたる気色どもこそあはれにすさまじげなれ。せめて思ひ余りぬる慰めにや、来年あくべき国の数などをぞ、指(をよび)うち折りつつ数へなどする。あるじも「いま幾月を念ぜよ(=辛抱だ)。事にもあらず」など言ひたる。なほなほいみじうすさまじげなり。
 よろしう詠みたりと思ふ歌を人のがりにやりたる返事なき。懸想文のはいかがせむ。それだに折りをかしうなどある返事なきはすさまじ。まして女どちの仲らひの悪ろきだに、口惜しうおぼゆ。

 また、騒がしう時めかしき所に、古めかしうさびしき所なる人の、おのがつれづれなるままに、ことなる事なき歌よつつ、常に遣(お)こする、いとすさまじ。

 また、ものの折りの扇を必ずようしてむと思ふ人に言ひ付けたるに、その日になりて持て来たるが、なでうことなく様なる、いとわびし<う>すさまじ。

 産屋のところの産養(うぶやしなひ)、馬のはなむけなどの使に物とらせぬ、はかなき。薬玉、卯槌などやうの使にだに、かならずとらすべし。思ひかけぬことにも(=心づけを)得たるをば、いと興(けふ)ある事に思ひたるに、ましてこれはさる事あらむとすらんと予(かね)てより心ときめきしたるに、なきはいみじうすさまじき事なり。

 婿取りをしてこなたかなたの親々などいつしかと思ひて、思ふ様なる仲らひの年ごろになるまで子産まず、産養などせぬ、いと口惜しうすさまじ。

 大人びたる子多く、孫(むまご)など数多になりたる人の大父(おほじ)や親などの昼寝したるこそ、すさまじけれ。いとさらで、また童なるほどの子供も、親どもの昼寝したるほどは、いみじうこそ拠り所なうすさまじげに思ひためれ。

 十二月(しはす)の晦日の長雨、寝起きてあむる湯、腹立たしうさへこそおぼゆる。

147        25
 にくきもの、急ぐことある折りに来て、そこはかとなき長言する客(まらうど)。あなづらはしき程ならば、「今日しかじかのことなむある。のちに」など言ひても、遣りつべきに、さすがに心恥づかしき人なるこそ、むづかしけれ。

 硯に髪の入りてすられたる。また、墨の中なる石のきしきしとすれたるも憎し。

 物怪わづらひたる折りに、呼びもて来たる験者(げんざ)の、ほかにて困じたりけるにや、ねぶりをのみして、はかばかしう加持せぬ。

 なでうことなき人の物言ひがましう(=言ひさうで)、笑(ゑ)がちなる。火桶・炭櫃などにて、手の裏うち返し返しあぶりて、おしすり、顔をし伸べなどしゐたる人。せめて(=非常に)あやしうなりぬる人は、足の裏をさへ掻き出でてあぶりをるかし。また、人のもとに来てゐむとする所を、ことに塵も見えねど、まづ扇してかき払ひ、ふたふたとあふぎ散らし、と向きかう向き、ゐも定まらず、ひろめく人ありかし。「さやうのことは、いつかは、若やかなる人老いたるも、はかばかしき人はするものかは」など思へど、おのづからさしもあらぬやうもあり。男(をのこ)はやがて狩衣の裾(しり)かいまくりあげてゐるかし。

 もとより思はしうもあらぬ人のいとど憎げもし腹立ちたる。また、身の上嘆きも聞きにくし。もの羨やみなどする人もいとにくし。人の聞かせぬ事ゆかしがり、あながちの問ひ尋ね聞きては、また我が元より知り得たるやうに、向かふ人ごとに語り、人の上をも扱ひなどする人、にくしとは愚かなり。

 もの聞かむとする折り、かしがましく泣くちご。烏の集まりてざめきたる、にくし。

 忍びて来る人見つけてほゆる犬。うち殺さまほしうおぼゆ。人しげくわりなき所に、臥せたる人のいびきする。また、忍びて来る人の長烏帽子して、さすがに人に見つけられやせむと惑ふほどに、あらく物につきさへて、そよろと鳴らしたる、いみじうにくし。帽額(もかう)の簾<の>小端(<こ>[す]はし)の木も用意なくうち置けば、いとしるく鳴るかし。妻戸・遣戸なども、荒く放ち開くるは、いとうたてあり。障子(さうじ)もさぞある。すべて何事にも、心遅れたりと見る人は、いと憎くこそおぼゆれ。

 ねぶたしと思ふに、蚊の細声に名のりて、顔のもとに飛びありくだに憎きに、さる身のほどに風さへありて、あたりたるこそ、いとにくけれ。また、蝿の秋など多くて、よろづの物に、足は濡れ冷たくて、顔にもゐ歩りく。いとむづかしう憎し。さるは、これら人々しう、敵にすべきさまにぞあらぬや。

 また、きしめく車いとにくし。乗りてゆく主は耳も聞かぬにやあらむと覚ゆ。

 人々、世の中<の>物語するに、我にも言はぬ<事を>人のさしい<らへ>[で]して、さいまぐれ(=出しやばる)いひとりて言ふ、いとにくし。昔物語をもするに、知りたりけるは、ふと奥いひ出でて、くたしたるも。大方、童も大人も、さしいらへ(=横から口出し)は、いとにくき事なり。同じ事なれど、「さることやある。さや聞きし」など人の言ふにつけて言ふはよし。

 夜、鼠のつれて走りたる。あからさまに来たる童(わらはべ)・子供などをめづらしびに、菓子(くだもの)食はせ、をかしきもの取らせなどしたるに、慣らひて常に来てゐ入りて、あたりに置き散らしたる物に、手触れそそきゐたる、いとにくし。

 家にても宮仕へ所にても、会はでありなむと思ふ人の来て消息したるに、そら寝して聞きいれぬを、わがもとなる人の寄りて、せめて起こしつつ、いぎたなしと思ひ顔にしゆるがしなどしたる、いとにくし。

 新参(いままゐり)の、さし過ぎて、教へやうなること言ひ、まだしきに後見(うしろみ)たる、にくし。人も呼び出でぬに、ともすれば差し出でて、人のすることをも見あつかひ、我が元ありし所の事、例(ためし)に引き出でて、「とこそありしか。かくこそ」など言ふを、染物・張物につけても、げにさこそすべかりけれと聞き習はるる事もありかし。されど、なほさらぬには劣りたり。これはものせし所(=勤め先)にありと聞きし人ぞと聞き置きたるには、さしもさいまぐれねど、人皆「いかが」など問ひつるものなり。

 男も我が前にて、昔見し人(=女)の上言ひ出でて褒めきかせなどするは、ほど経にたる事と思へど、いとにくし。まして、さしあたりたらん(=女)は、言ふべきにあらずかし。なかなかそれは、さしもあらずやあらん。

 鼻ひ(=くしやみ)て手づから誦文(ずもん=呪文)し祈る人、いとにくし。大方、人の主(しう)ならぬ人の鼻高くひるはいとにくき事なり。ことなる事なしと思ふ男の、引き入<れ>[り]声し<てえ>[み]んだちたる。

 墨流るる硯。女のものゆかしうする。

 蚤もいとにくし。衣の下に踊りありきて、人をもたぐるやうにするよ。犬のもろ声に長々と鳴きあげたる、いとまがまがしう憎し。

 何にまれ物見る所に、ただ一人車に乗りて立てる男、いとにくし。いかばかり心せばく、けにくきならむとこそ推し量らるれ。跡火(あと<び>[か])の火箸、いと憎し。古き歌の端々ここかしこうち誦して、果てに必ず<添へ>[ともし据ゑ]たる[人]、いみじうにくし。

148        29
 心ときめきするもの、雀の子飼ひ。児遊ばしする所の前わたりする。よき薫物(たきもの)たきて一人ねたる。唐鏡の少し曇りたる見たる。

 よき男の車とどめてもの案内(あない)したる。頭洗ひ化粧(けさう)して、香(かう)に入りたる衣(きぬ)など着たる。見るべき人(=会ふ男)もなき所なれど、心一つ(=一人)にをかしうおぼゆ。

 待つ人ある夜は、風の吹きたる音聞くにも、まづ心ときめきこそせらるれ。また、男も女も、形よき人見るこそあやしう、我もよからむとおぼえて、心ときめきせらるれ。

149        30
 見るにつけて過ぎぬる方恋しきもの、枯れたる葵。折りから<し>冊子の中などにありけるを見つけたる。幼かりしとき持たりし遊び物。あはれなりし人の文のありけるを、雨などの降る日さがし出でたる。去年(こぞ)の蝙蝠(かはほり=扇)。二藍(ふたあゐ)染(えびぞめ)の割出(さいで=布切れ)の押しまかれたるが、物の中にありける。

150        31
 心ゆくもの、よく描いたる女絵の言葉具したる。物見の帰さに、男(をのこ)ども多く、よき車にいみじう乗りこぼれて、牛よくやるものにて、車走らかして帰りたる。

 白く清げなる陸奥紙(みちのくにがみ)に、いとほそく書くべくにはあらぬ筆して、くつろかに清げなる手して書きたる文こそ、見るにすずろに心地ゆけ。

 うるはしき糸のねりぐりしたる。調食(てうばみ=ちょう、はん)打つに調(てう)多く続けてうちたる。物よくいふ人どち物語し交はしたる聞きたる。口ききたる(=口達者)陰陽師にて、呪詛(ずそ)の祓(はらへ)したる。寝起きて飲む水。

 物詣でして物申さするに、寺には法師、社には禰宜(ねぎ)などの、したたかに、我が心地のうち思ふ事などを誤りて、まさざまに推し量りつつ、聞きよく申しあげたる、まことに忽ち思ふ事なりぬべきやうに覚えて心ゆけ。

 清らかなる鉄漿(かね)よく付けたる、心ゆくかし。川船の下りざまも。

151        254
 うれしきもの、君の御前に人々あまた候はせ給ひて、物語などせさせ給ふに、我にしも見合はせさせ給ひて[物語などせさせ給ひて]おほせられたる、いとうれし。

 また、さるべきことあるに、人選(え)られなどしけるを、<え>[み]知<ら>[り]で下(しも)にあるに、召し出でられたるこそ、面目(めいぼく)ありて、面(おも)だたしう、いましばし世にもありぬべき心地すれ

 また、中障子をば放ちて、張<りか>[かみ]へたる、いとうれし。その中に、色紙・薄様はさらなり、陸奥紙白く清げにて表(おもて)うるはしきはいとうれし。

 物隔てて聞くに、人の答へにさも言はばやと思ふこと言ひ当てたる、あいなくうれしけれ。

 四月朔日(ついたち)に、はじめて郭公の声聞きつけたる心地いとうれし。

 挑みたる事に<・・・>。

 形よき人々の、御前に多く候ひて、所もなかりけるに、まうのぼりたるを、遠くより御覧じつけて、「そこもとあけよ」とて、近く召し寄せられたる。

 ものへなどおぼしめして、書かせ給へける御文の、よく書かれたりと思し召しけるを、「これはいかが」とて、(=私に)見せ合はせさせ給へるこそ、限りなくうれしけれ。

152        144
 言ひ知らず言ふかひなくとり所なき物、黒土の壁。年老いたる乞丐(かたゐ)。黒く古りたる板屋の漏る。黒塗りの櫛の箱の、角(すみ)割れたる。ひなかのようし(?)。えせ墨の朽ちたる。顔憎げなる人の心あしき。黒藺(ゐ)の櫛はらひ。鉄(くろがね)の毛抜きのもの抜けぬ。焼き硯。御衣姫(みぞひめ)の塗りたりといふことをぞ、よろづの人いみじう憎むなる。されど、それしも<ぞ>[て]、たい<らか>[いち]に覚えんをば、いかがせん。

153
 下の心構へ悪ろきもの、唐絵の屏風・障子。石灰(いしばい)の壁(<か>[う]べ)。檜皮屋(ひはだや)の裏。川尻の遊び(=遊女)。盛り物。

154        320
 見苦しきもの、下簾きたなげなる上達部の車。日照るときに、張り筵したる車。裳など着たる下衆女の掻練の衣着たる。袴着たる童(わらはべ)の白き足駄(あしだ)履きたる。壷装束(つぼさうぞく)したる人の、急ぎて歩みたる。<法師・陰陽師の紙冠(かみかうぶり)したる。> あやしげなる車に弱牛かけて祭り・行幸など見たる人。

155
 文字(=漢字)に書きてあるやうあらむに心得ぬ物の名、板目塩。衵(あこめ)。帷(かたびら)。屐子(けいし)。泔(ゆする)。桶(をけ)。槽(ふね)

156
 聞きにくきもの、声憎げなる人の、湯気してもの言ひ、見笑ひなど、打ち解けたる。けはひいみじうつくろひたるに、よくはあらず、されどそれはうたてげにはなし。ねぶりて陀羅尼読みたる。歯黒め付けて(=ながら)もの言ひたる声。篳篥(ひちりき)習ふ。

157        150
 見るに恐ろしげなるもの、橡(つるばみ=クヌギ)の笠。焼けたる家の跡。<水ぶふき。> 髪おほかる男の髪洗ひて干す程。

158        151
 きよしと見るもの、土器(かはらけ)。新しき御器(ごき)。鋺(かなまり)。畳にさす薦(こも)。水を物に入るる透き影。新しき細櫃(ほそひつ)。

159        126
 わびしげなるもの、六七月ばかりいみじう暑き日ざかりに、よろづ古り穢(きたな)げなる車に弱牛かけてゆるがし行くもの。いと寒くもあらぬ折りに、無下にゆゆしげに、なり悪しき下衆女の子を負ひたる。よろしき人はさやはあるな。

 小さき板屋の黒くきたなげなるが、雨に濡れたる。また、雨のいたう降る日、小さき馬に乗りて御前(ごぜん)したる人の冠(か<う>ぶり)もひしげ、袍(うへのきぬ)も下襲(したがさね)も一つになりたる、いかに侘びしからんと見えたり。夏はされどよし。

160        127
 暑げなるもの、随身(ずいじ<ん>)の長(をさ)の狩衣。衲(なふ=布を綴り合わせた衣)の袈裟。出居(でゐ=野天の座)の少将。色黒き人のいたう肥えて髪多かる。琴(きん)の袋。六七月の修法(ずほう)の阿闍梨(あざり)、日中の時など行ふ。いかに暑からむと思ひやる。また、同じ頃の銅(あかがね)の鍛冶。

161        143
 つれづれ慰むもの、見所ある物語の多かる。碁。双六。三つ四つばかりなる児のもの言ひをかしき。また、無下に幼きが物語し、笑みなどするも慰む。菓子(くだもの)取り散らしたる。男のうち猿楽(さるが)ひ物語したる。

162        118
 常よりことに聞ゆるもの、殿上の車の音。春の鶏の声。暁の咳(しはぶき)。物の音(ね=音楽)さらなり。

163
 めでたき物の人の名に付きて言ふかひなく聞こゆるもの、梅。柳。桜。霞。葵。桂。菖蒲。霧。檀(まゆみ)。楓(かへで)。小萩。雪。松。

164        119
 絵にかきておとるもの、瞿麦(なでしこ)。桜。物語に形よしと言ひたる男(をとこ)女(をんな)の形。

165        120
 絵まさりするもの、松の木。秋の野。山里。山道。柳。蘭。

166        4
 同じことなれど聞き耳ことなるもの、法師の言葉。男の言葉。よき人の言葉。下衆の言葉は、みな文字余り、足らぬこそあやしけれ。

167        77
 ありがたきもの、舅に思はるる婿。姑に思はるる嫁。かねの毛抜の物よく抜くる。主(しう)謗らぬ従者(ずんざ)。形よく心よく、大方片輪なく、よろづ具したる人。

 同じ所に住む人の、互(かたみ)に慚(は)ぢかはして、いみじう用意(よ<う>[け]い)したりと思ふ、(=そんな人の本性が)なほ遂に見えでやむこそ、ありがたけれ。

 また、物語・集など書き写すに、墨つけぬこと、いとかたし。よき双紙などは、いみじく心して書けども、必らずこそ穢なげにこそ<な>[あ]るめれ。

 男女(をとこをんな)女どちも、長らへて違はぬこと、いとかたし。掻練うたせたるに、艶・打ち目思ふやうにて得ることかたし。

168        81
 あぢきなきもの、わざと思ひ立ちて宮仕へに出で立ちたる人の、ことに物憂がりて里がちなる。養子(とりこ)の顔憎さげなる。しぶしぶに思ひたる人を強(し)ひて婿とりて、思ふ様ならずと嘆く。

 こと田舎へゆく人の、便り文請ひて、帰り来て、よろし労(いた)はりなるよし言ひて腹立つ。

169        83
 心地よげなるもの、卯杖(うづゑ)の祝言(ことぶき)。神楽の人長(にんぢやう)。御霊会(ごりやうゑ)の馬長(むまをさ)。池の蓮(はちす)の村雨にあひたる。傀儡(くぐつ=操り人形)の事執(ことと)り。

170        209
 大きにてよきもの、袋。法師。菓子(くだもの)。牛。松の木。男子(をのこご)の目いと細きは女びたり、また鋺(かなまり)のやうなるも恐ろし。火桶。酸漿(ほほづき)。八重山吹の花。馬もよきは大きにぞある。

171        210
 短くてよきもの、とみの物ぬふ糸。下衆女の髪うるはしうぞあるべき。灯台。人の女(むすめ)の声。

172        211
 人の家につきづきしきもの、肘折りりたる(=曲がつた)廊。円座(わらふだ)。三尺の几帳。地火炉(ぢかろ=囲炉裏)。おほきやかなる童女。随人(ずいじ<ん>)。小舎人。紺の垂れ布。侍(さぶらひ)の厨(くりや)曹司(ざうし)も。折り敷。懸盤(かけばん)。中(ちゆう)の盤。をは<ら>[は]き。衝立障子。装束よくしたる餌袋。唐傘。かきいた。棚厨子。

173        234
 さかしきもの、今やうの三年子(みとせご)。下衆の家の女あるじ。腹とりの女(=按摩)。

174
 見るかひなきもの、色黒く痩せたる児の瘡(かさ)出でたる。ことなることなき男の行く所おほかる。ものむづかりする、形憎げなる娘。

175        49
 あてなるもの、薄色に白重(しらがさね)。<汗衫(かざみ)もいとあてなり。> 梅の花に雪のふりたる。雁の子(かりのこ=雁の卵)。削氷(けづりひ)に甘葛(あまづら)入れて、かねの杯(つき)に盛りたる。水晶(すいさう)の数珠(ずず)。藤の花。美しき児のいちご食ひたる。さしかけ(?)。

176            
 まづしげなるもの、黄牛(あめうし)のやせたる。直垂(ひたたれ)の綿うすき。青鈍(あおにび)の狩衣。黒柿(くろがい)の骨に黄なる紙はりたる扇。ねずみ食(は)みたる餌袋(ゑぶくろ)。香染(かうぞめ)の黄ばみたる紙に悪しき手(=手跡)を薄墨に書きたる。

177             
 本意なきもの、綾の衣(きぬ)の悪ろき。宮建て人の仲悪しき。心と法師に成りたる人の、才(ざえ)なくて清からぬ。思ふ人の物隠しする。得意(=友人)の上そしる。冬の雪ふらぬ。

178        183
 したり顔なるもの、小弓射るに、傍らなる人の、紛(まぎら)はし、しはぶきしなどするに、ほほゑまるるを念じて、同じき物を音高く射当てたる人の気色こそ、いみじく事知ろしたる様なれ。また、こはき物怪移しえたる験者(げんざ)の気色。

 正月一日の日つとめて、最初(さいそ)に鼻ひたる下郎。よろしき人はさしも思ひたらず。韻塞(ゐんふたぎ)言ひ当てたる人。きしろふ人あまたある度(たび)の蔵人に、子なしたる人の気色。

 除目にその年の一の国になりたる人。喜び言ひに人の行きて、「いとかしこくなり給へる」など言ふ。答へは、「何かは」と。「異様(ことやう)に亡(ほろ)びなりて侍れば」などは言へど、いとしたり顔なり。

 また、懸想人多かる人の娘に、選(え)りて寄せられたる婿の心地。我はとおぼゆかし。

 碁打つに、敵の無下にさばかりぞあらむと思ひ、殺しえて置きたる石を、かまへて生けて、人の石多かるを殺しえて、拾ひ取りたる人の気色も、いみじうしたり顔なり。敵はあさましとうちまもりて、いで<よ>[な]しあし[こ]には如何でかあらむとて、おしこぼちつる(=投了)。ただのま<け>[さ]よりは、ねたからと見えたり。

179        71
 おぼつかなきもの、十二年の山籠りしたる法師の女親(めおや)。闇なる夜、知らぬ所にに初めて来たる。案内も知らねばにやと、つつましくて、火もえ点さぬ。(=暗闇に)さすがに人あまた居並<みたる>見たるほどこそ、おぼつかなけれ。また、<い>ま出で来たる(=出仕)下衆などの心も知らぬに、やんごとなき物など持たせて、人のがりやりたる、遅くかへるほど。

 物言はぬほどの児の、にはかにおどろおどろしう泣きて、これ抱だくにもかれ抱だくにも抱だかれず、反り返へりて泣きたるこそ、いかなる事のあるにかと、わりなくおぼつかなけれ。暗き所にて覆盆子(いちご)食ひたる。

180        72
 たとしへなきもの、夏と冬と。夜と昼と。かき暮らし雨降る日といみじう照りたる日と。人の笑ふと腹立つと。老いたると若きと。白きと黒きと。思ふ人と憎む人と。同じ人ながらも志ある折りと変はりぬる折りは、まことに他人(ことびと)とこそ覚ゆれ。火と水と。肥たると痩せたると。髪の長き人と短き人と。

181        92 183 242
 身を変へたり(=生まれ変はつた)と見ゆるもの、さるべき所にただにて候ふ人の御乳母になりたる。ただの人のをば言ふべきにぞあらぬ。ほかよりいままゐりたるは、さしもおぼえず。常は我らが同じ人と思ひ慣らひたるに、ややもすれば、唐衣(からぎぬ)ひき捨て[し]、裳の腰ばかりゆるるかに解き下し、限りなき御前(まへ)に添ひ臥しなどするほど見るは、天に生まれた<ら>[た]むにも、なほのちの衰ろへ、うしろめたなし。即身に仏になりたらん人は、かくやぞ見ゆるや。

 さてはまた、雑色の蔵人に成りたる。

 一の人の御もとに宣旨(せ<ん>じ)もてまゐり、大饗の甘栗の使などに参りたるを、もてなしやむごとながらせ給ふ様など、いづくなりし天降人(あまくだりびと)ならむとこそ見ゆれ。また、娘の后・女御などにておはします所に、(=天皇の)使にて参りたるに、御文とり入るる袖口よりはじめて、褥(しとね)さし出るほどなども、蔵人六位侍ひなどの台盤に、四位五位さらなり、六位もことなることなき者なれど、官(つかさ)あるは上にて、(=雑色として)無下に末に居たれば、あさましうあなづらはしう見えし者、ともおぼえぬかし。下襲の裾(しり)引き散らして、衛府(ゑふ)なるは、今すこしをかしめり。御手づから出で会ひて、盃などさし給ふは、我心にもいかがは覚ゆらん。土の底に入り居て、うやまひ聞こえし家の君達、殿上などにては、気色ばかりこそうちかしこまり、片去りきこゆれ。同じやうにうち連れ歩りきたる程など、いかばかりの所をか置きためる。さてある程いくばくかはある。久しき定めにて、三年(みとせ)四年(よとせ)にこそはあなれ。その程、なり悪しく物の色悪ろく、薫物の香などせで交らふこそ、言ふかひなく口惜しきことはあれ。道理(だうり)あらむ。冠(かうぶり)の程の、近くならんだに、命に替へても惜しかるべきに、臨時の冠求め、ここかしこ御給はり、何くれと申し惑ひありきて、急ぎ降るるこそ、いかならむ心なるらんと心憂くおぼゆれ。昔の蔵人は、来年降りんとて今年の春夏よりだにこそ嘆きたちけれ。今の世に<は>、走り比べをこそすめれ。

 また、家の中わろくて、年頃ありありて、はじめて受領(ずらう)になりたる人、わづかにある従者(ずさ)も、なめげにあなずりそしりにくみせしに、我にもまさりたる人来集まりて、かしこまりまどひ、いかで仰せ事うけ給はらんと追従(ついさう)したるは、過ぎぬる方[と]人に言ふべからず。

 また、いみじう小さき菖蒲を植えたりしが、根のいと長くなりにけるを、引きいでたるこそ、あらぬものと覚えて、めでたううつくしけれ。

182        128
 はづかしきもの、<色好む男の心のうち。> いざとき夜居(よゐ)の僧。密(みそ)か盗人の、さるべき<物の>隈々(くまぐま)に居て見るらんをば、誰かは知る。暗きまぎれに、懐に物など引き入るる人もあらむかし。それはしも同じ心に、をかしとや見るらん。

 夜居の僧は、いとはづかしきものなり。若き人々集りて、人の上をも言ひ笑ひ憎みもするを、つくづくと聞き集むらん心の内、はづかしかし。「あな、うたて。かしがまし」など、大人びたる人けしきばみ言ふをも聞かず、言ひ言ひの果ては、皆うち解けて寝<入り>ぬる後(のち)もはづかし。

 男は、「うたて思ふさまならず、心づきなき事あり」と見れど、さし向ひたるほどはうちすかして、思はぬことをも言ひ、頼むるこそ、恥かしきわざなめれ。まして情けあり、好ましう、人に知[め]られなどしたる人は、疎(おろ=無情な)かなりと思はるべうも、もてなさずかし。心のうちにのみにもあらず。あまた皆、これが事<を>ばかれに言ひ、かれが<事>をばこれに言ひ、かたみに聞かすべかめるを、我が事をば知らで、「かう語るは、なほ人よりは、こよなきなめりと思ふらん」と思ふこそ恥かしけれ。いで、さるは、少しも思ふ人に会へば、心も[と]なきなめりと見ゆることもあるぞ、恥かしうもあらぬかし。いみじう哀れに心苦しう見ゆる(=女)をも、いささか何とも思はぬなめりと見[ゆ]るは、いかなる心ぞとこそ、あさましけれ。さすがに人の上をばもどき(=非難する)、物をいとよう言ふよ。ことに頼もしき人もなき宮仕人などを、語らひて、ただならず(=身重に)なりぬる有様などをも、知らでやみぬるよ。

183        129
 むとくなるもの(=無様なこと)、潮干の潟にをるお<ほ>船。大きなる木のたふれて、根をさ<さ>[ら]げて横たはれ臥せ<た>る。えせ者の従者(ずさ)勘(かう)がふる。聖の足元。髪短かき人の、もの取りおろして頭けづりたる、後ろ手。翁の髻(もとどり)放ちたる。相撲(すまひ)の負けて入る後ろ手。

 人の妻(め)の、すずろなる物怨じ(ゑんじ[もしら])て隠れたるを、必らず尋ね騒がむものぞと思ひたるに、さしもあらず長閑(のどか)にもてなしたれば、さてもえ旅立ち居たらで、心と出できたる。

 また、なま心お<とり>[こ]したる人の、知りたる人と、すずろなること言ひむづかりて、ひとつにも臥さじと身じくり出でたるを、引き寄すれど、強ひてこはがれば、あまりになりては、人も障(さ)はれとて、かいく<く>[ら]みて臥しぬる後に、冬などは、単衣(ひとへぎぬ)ばかりをひとへ着たるも、あやにくがりつるほどこそ、寒さも知られざりつれ、やうやう夜の更くるままに、寒くもあれど、おほかたの人もみな寝にたれば、さすがに起きてもえいかで、ありつる折りにこそ寄りぬべかりけれと、目も合はず思ひ臥したるに、いとど奥の方より物のひしめき鳴るも、いとおそろしうて、やをら<よろぼ>[まろ]ひ寄りて、衣をひき着るほどこそむとくなれ。人はたけくお<もふ>[ぼゆ]らむかし、そら寝して知らぬ顔なるさまよ。

184        131
 はしたなきもの、他人(ことびと)を呼ぶに、我かとてさし出でたる。まして、ものなど御らんずるをりは。

 おのづから人の上などうち言ひ謗りなどもしたるに、幼き子どもの聞き取りて、この人のある前に奥(あう)なく言ひいでたる。

 あはれなることなど人の言ひてうち泣くに、「げにあはれ」とは言ひながら、涙の出で来ぬ、いとはしたなし。まめだちて泣き顔つくりて、気色ことになせど、出でこぬ涙をばいかがはせむとする。さるは、さやうなるにも、聞くかひありて、うちあ<ひ>[へ]しらふ(=応対する)人こそ、もののあはれは知りたる心ばへとは見ゆれ。また、さしも人目に見えじとつつむ事に、思ひもあへず、(=涙が)出で来に出で来るもはしたなし。

185        123
 あはれなるもの、親のために孝ある人の子。若き男の御嶽精進(さうじ)する。定まりたる人具したるも、またさらで、うち忍びたる思ふ人もあるも、会はぬ夜な夜なへだつるは、苦しきものにこそ思ふべかめるを、ことのほかにきびしう隔てなして、一人出でゐて、うち行ひたる暁の額(ぬか=ぬかづき)の音(おと)なむ、いみじうあはれなり。睦まじき人などの、目覚まして聞くらん心地、いかならんと思ひやらる。果てぬる後も、道の程いかにおぼつかなく、つつしみ思ひたるこそ、めでたけれ。男も女も、若う形よき人の服(=喪服)なるこそ、あはれなれ。

 十月ばかりに、あるかなきかのきりぎりすの声聞き付けたる、いとあはれなり。鶏(にはとり)の卵(かひご)抱だきて臥したる、いとあはれなり。昼ひまもなく、虫や何やとひまなく食ひありく、心に念じてあらんよ。

 秋深き庭の、浅茅に露のきらめきて、玉のやうに見えたる。また、河竹の風に吹かれたる音、夕暮れも、暁も、夜中にも寝覚めて聞きたるにつけて、いとあはれなり。まことに思ひ交はしたる人の中のつつむことありて、心にまかせぬ。山里の雪。

 九月廿七日の暁方まで、人と物語して、ゐあかしたるに、あるかなきかに細き月の、山の端よりわづかに見えたるこそ、いとあはれなれ。また、荒れたる宿(やど)の板間より漏り来る月影。山里の鹿の声。九条の錫杖の声、念仏の回向、声よき人の申したる。荒れたる家の蓬(よもぎ)・葎(むぐら)這ひひろごりたる庭に、月のくまなう明かき。あらうはあらぬ風の音。形よき若き人の物思ひたる。

 さては、池ある所の五月の長雨のころこそ、いとあはれなれ。菖蒲・薦(こも)などの生ひひろごりたれば、水も緑なるに、庭もひとつ色に見えわたりて、曇りたる空をつくづくと眺め暮らしたるは、いみじうこそあはれなれ。いつもすべて池ある所は、あはれにいみじうをかし。

 冬の氷したるあしたなどは、言ふべきにもあらずかし。立てて繕(つくろ)ひ磨きたるよりも、うち捨てて水草(みくさ)がちなるが、限りなくあはれなるなり。

186        52
 にげなきもの、髪あしき人の白き織物の衣着たる。また、下髪たはつきたる人の髪に葵つけたる。下衆の家のあやしきに雪の降りたる。また、月のさし入りたるも、にげなしかし。衛府の太りたる。月の明かきに、空車(むなしぐるま)などいふ物の歩りく。

 汚げなき男の憎げなる妻(め)もたる。老いたる女の腹高くてありく。若き男持たるだに、にげなきに、他人(ことびと)のもとへ行くとて、妬み腹立ちたる、いと見苦し。老いたる男の幼き子持ちて遊ばしたる。

 声悪ろき人の猫呼びしたる。鬚黒らかに大人びたる男の椎(しひ)つみたる(=かじる)。歯なき女の梅食ひたるが酸がりてにがみたる顔もいと見苦し。

 下衆の紅の袴着たる。されど、この頃はさのみぞあめる<に>、検非違使のや<から>[う]。蔵人も細殿の局に脱ぎかけたらんに、青色はあへなん。同じことなれど、緑衫(ろうさう=緑色の袍)はかい輪ぐみて(=輪にして)、後の方に投げやりてぞ置きたるべき。上の判官(=検非違使)など言ひつれば、世にはきらきらしき物に言ひたり。下衆などは、ましてこの世の人とも思ひたらず、目をだにえ見合はせで、<お>[た]ぢわななくめるに、忍び歩りきなどするが、合はず似げなきなり。 

 空薫物(そらだきもの)なつかしう匂はしたる几帳に、脱ぎかけたる袴の様などよ、おもたげにいやしく、みじか<か>らんと、推し量らるる。袍(うへのきぬ)は、さかしらに腋あけにて、鼠の尾のやうに、(=几帳に)輪げ掛けたらんこそ、いま少し上がりた<らむ>[る]。権の介などいふも、赤衣に、思ひかけず白々しき下衆の袴の裏そひたる、さらに似気なきさまなり。袍(うへのきぬ)も、忍びてここかしこたたずむにつけては、いちじるきにやあらん。さらぬ人も隠れてやはやむとは言ひながら、これはまづこそ人によく見つけらるれ。あな、おそろし。「このわたりに嫌疑の者あるべし」など戯れにても咎められたる、いとわづらはしかし。さらで、かしこく隠れ臥したるにつけても、人わろき心地こそすれ。なほかやうの好き好きしさに、この司のほどは、とどめ(=やめておく)たらんぞよかるべし。よき君達なれど、殿上[の]人などは便無しかし。宮中将[の]、さも口惜しかりしかな。

187        306
 心づきなきもの、心あしき乳母の養ひたる子。さるは、これが罪かはとは思へど、世に憎しと思ふ人のせめて惑はし(=手なづけ)、ねんごろがる。酒飲みてあめき、口を探り、鬚あるはそれをとりて、ひ<き>[び]なで、聊爾(れうじ=無礼)など、やすからず経営(けいめ<い>[き])する人。まして、「また<のめ>[めの]」と[の]人にそそのかされて、いやいやと身震ひをし、口脇をひきたれて、笑ひなどするぞ、わびしく心づきなき。はては「うちうち殿に参りて」など、いたう戯(そぼ)れ歌ひし<は>[よ]、<そ>[う]れはしもある。よき人のさしたまひしを見しが、いみじう心づきなく見えしなり。
 また、急ぐこともあり、物へも今日必ず行かむなど思ふ日雨降る、いと心づきなし。使ふ人の「(=主人は)我をばおぼさず。何がしこそ、時の人」など、同じ心なるどち言ひ合はせてそしるをこそは、耳に聞きたる、いと心づきなし。

188         3,147
 正月一日は、空の気色もうららかに[か]澄みわたりて、目のうちつけに、よろづ珍しく見なさるるこそ、をかしけれ。世にありとある人も、みな姿形などこそ変はることしもあらじを、いかにすることにか、あらぬ様にと、つくろひたてて事忌みしつつ、殊に改めなしたる気色どもいとをかし。

 七日は、雪間の若菜、青やかに摘み出でて、例はことにさやうなる物も、目に近からぬ所々にも、持て騒ぎ扱かひたるこそ、をかしけれ。

 白馬(あをむま)見るとて、里人は車きよげにしたてつつゆく。中の御門(=待賢門)のとじきみ引き入るる程に、頭どもも一所(ひとところ)に行きあひて、指櫛(さしぐし)も折れ、落ちなどしたるを、かたみに笑ふも、またをかし。左衛門の陣のもとに殿上人あまた立ちて、舎人の弓どもを取りて、馬ども驚かし笑ふもあり。僅(はつか)に見入れたれば、立蔀(たてじとみ)<御>薬殿など、わづかに見えて、主殿司(とのもづかさ)などの行きちがひたるが、ほのかに見えたる、いとをかし。いかばかりなる人、九重をかく立ち馴らすらむと、思ひやらるかし。

 八日は、人のよろこびして、走らする車どもの音、常よりことに聞こえて、いとをかし。

 十日のほど、空の気色は雲の厚く見えながら、さすがに日はけざやかにさしたるに、えせものの家の荒畠(あらばたけ)などいふ所に、小さやかなる桃の木のあるが、若立ちのつららかにさしたるを、「卯槌(うづち)に切らむ」など言ひて、童女(わらはべ)のさはぐを見れば、片<つ>方はいと青く、いま片つ方は濃くつややかにて、蘇枋(すはう)のやうに見えたるこそ、いとをかしけれ。

 人の小舎人などにやあらむ、細やかなる童の、狩衣はここかしこ掛け破(や)りなどして、髪麗しきが登りたるに、また、紅梅の衣白きなど引きは<こ>えたる男子(をのこご)庭に来て、半靴(はう<くわ>[火])履きたるなど、二三人木のもとに立ちて来て、「<毬杖(ぎちやう)>切りて、いで」など乞ふに、また髪をかしげなる女童などの、衵(あこめ)の綻びがちなる、袴の色のよきが、なよよかなるなど着たるも、三四人など出で来て、「『卯槌の木のよからむ切りておろせ』など御前にもめすぞ」など言ふに、おろしたれば、我まづ多くとらんと、ば<ひ>しらがひたるこそ、をかしけれ。黒袴着たる男(をのこ)の走り来て「我に」と乞ふに取らせねば、寄りて木のもとを引きゆるがすに、危ふがりて、猿のやうにかいつきて喚(をめ)くも、をかし。梅のなりたる折りなども、さやうにするぞかし。

 十五日は、餅の粥の節供(せく)まゐり、かゆ<べら>[づゑ]引き隠しつつ、家の君達、若き女房ども打たんと窺ふを、打たれじと用意して、常に後ろを心づかひしたる気色どもも、をかし。いかにしつる隙(ひま)にかあらん、打ちえたるをば、「いみじう興あり、うれし」と思ひて笑ひなどしたる様も栄々(はえばえ)しきを、打たれたる人は、ねたう「いみじ」と思ひたるもことわりに、をかし。

 去年(こぞ)より新しう取り寄せたる婿の君の、内裏(うち)へ参らんとて出で立つほども、心もとなければ、所につけて我はと思ひ所えたる女房の打たんとて、のぞき気色ばみ奥のかたにたたずむを、前にゐたる人々は心得て、うち笑ひなどすれば、「あなかま」と招き手かきなどすれど、女君は知らぬ顔にて居たるこそ、をかしけれ。「ここなる物とりいでん」など言ひて、走り打ちて逃ぐれば、あるかぎり笑ふ。男君も、愛敬(あい<ぎやう>[行])づきてうち笑みて、見起こせたるに、ことに驚かぬさまにて、顔うち赤みてゐたるも、をかし。<ここら>おのがどちは、互(かたみ)に打ちののしりて、男などをさへぞ打つめる。いかなる人にかあらん、泣き腹立ち、打ちつる人を呪ひ、まがまがしき事どもを言ひなどするも、憎きものから、なほをかし。内裏辺りなどのやむごとなきも、今日はみな乱れて、かしこまりも知らるまじかめり。

 晦日になりて、除目のほどなどいとをかし。雪降りいみじう氷りあれたるに、申し文ども持て歩りき、さはぐにも、四位、五位の若やかなるは頼もしげなり。老いて頭白きなどが、この人かの人と面々(おもておもて)にうれへありき、女房の局にも来つつ、わが道理(だうり)<あ>[ぬ]るよしなど、心一つやりて言ひ聞かすれど、深き心も知らぬ若き人々などは、何とかは思はむ。わが大事と思はぬままに、をこがましげに思ひて、顔の真似をし、言ひ笑へど、さも知らず、「よきに啓し給へ。あがきみあがきみ」など言ふこそ、いとほ[か]しけれ。さ言ふ言ふも、し得たるをりにはいとよし、得ずなりぬるこそ、あはれなれ。

189        3
 三月三日は、のどやかに照りわたりたるこそよけれ。桃の花の今咲きはじめたる、柳などいとをかし。去年より咲き<た>[な]れば、葉広(はひろ)になりたるはいとにくし。あまり疾く咲きて散りたる年もありかし。それはいと悪ろし。

 おもしろく咲きたる桜を、なから折りて、大きなる瓶(かめ)にさしたるこそ、わざとまことの花瓶(はながめ)にさしたるよりもをかしけれ。桜の直衣に、出袿(いだしうちぎ)などしたる、客人(まらうど)にまれ、御兄(<せ>[け]うと)の君達にまれ、そこ近くゐて物語などし給ふる、いとをかし。その辺りに、火取虫(<ひ>とりむし)の額(ひたひ)つきいと美しうて、飛びありくもをかし。

190        3
 四月のころもがへ、いとをかし。上達部・殿上人も、袍(うへのきぬ)の濃き薄きけぢめばかりにて、白襲どもは同じさまに、すずしげなる姿どもをかし。

 木々の木の葉も、まだ繁くはあらず、若やかに青みわたりて、霞も霧も隔てぬ空の景色などこそ、ただ何ともなくをかしけれ。少し曇りたる夕つ方、夜など、しのびわ<び>たる郭公の、空耳かとおぼゆるまで、ほのかなる声聞きつけたるは、まことに限りなくをかしうおぼゆ。

 祭近くなりて、青朽葉、二藍などやうなる物ども、細櫃に入れ包み、もしは、紙ひとひらばかりに、気色ばかり押し巻きなどしつつ、もて歩りき行きちがふも、いとをかし。すそ濃・むら濃・巻染めなども、常に見るは<さ>しもおぼえねど、その頃はいとをかしうぞ見なさるる。童の、頭ばかり洗ひたてつつ、なりは萎え綻(ほころ)びがちにうち乱れて、屐子(けいし)に緒すげさせなど<し>て、ことにもてさはぎ、いつしかとその日を心もとなげに待ちたる気色どもにて、急ぎたるもいとをかし。常はあやしく走りをどり、様よからぬ者どもと見るに、装束したてつれば、おのおのいみじうもてなしつつ、しづめて定者(<ぢやうざ>[さう])などいふ法師のやうに、ねりさまよふこそ、をかしけれ。ほどほどにつけては、親、をばの女、姉などいふ者も、その日はみな供人になりて、つくろひかしづき歩りく、いとあはれにをかし。

191        214         
 よろづよりも、わびしげなる車に装束わろくて物見る人、いといともどかし。物詣で説経聞くなどはいかがはせむ。罪失ふかたの事なれば。それだに猶いとあながちなる様なるは見苦し。

 まして行幸、賀茂の祭などは、いみじうゆかしと念じて見でありぬべし。下簾(したすだれ)もなくて、萎えたる単衣(ひとへぎぬ)の袖うち垂れなどしたるもあるかし。何事もただその日の料(れう)と思ひしたてて、いと無下にはあらじと思ひて出でたるに、またまさる車など見つけては、何しに出でつらんとおぼゆるもの<を>、まして如何(いか)ばかりなる心にて、さて(=みすぼらしい車で)見るらん。下(お)り上り走らかして見ありく君達<の>車の押し開けて<近う>立つる折りなどこそ、心ときめきはせれるれ。

 よき所に立てんと急ぎて、疾く出でて待つほどのいと久しければ、こなたかなたの<ぞ>[う]き、立ち上がりなど、暑苦しう待ち困ずる程に、垣下(ゑか)に参りたりける君達、弁、少納言などの車ども、七つ八つ十(と<を>)ほど引き続けて、院の方より走らせて出で来たるこそ、「事なりにけり」と驚かれて、嬉しけれ。

 (=貴人の桟敷の)[けの]前に立てて見る、いとをかし。殿上人、物言ひおこせなどし、所(=蔵人所)の御前(ごぜん=先追ひ)どもに水飯(すいばん)食はせ、階(はし)のもとに馬引き寄するに、覚えある人の子供・雑色などは、降りて馬の口とりなどしてをかし。さらぬ者の、見も知らぬなどぞ、いとほしげなる。

 (=斎院の)御輿の渡らせ給へば、あるかぎりの車の轅(ながえ)まどひおろして、過ぎさせ給ひぬれば、また急ぎ上ぐるもをかし。さるべき人の桟敷の前に車立つるを、いみじう制し払へど、「などてか」と<て>[く]責めて立てさせたれば、言ひわづらひて、果ては消息(せうそこ)がり語らふこそをかしけれ。

 かく所もなく立ち混みて隙(ひま)もなしと見ゆるに、時の所の御車の人だ<まひ>[き人](=副車)もあまた引き続きて、車をいづくに如何にして立たんずらむと見るに、御前(ごぜん)どもはらはらと降りて、うち見回して、「さりぬべき所にやあらむ、この車どもすこしづつあ<と>[ら]ささせよ」など置きつる。しばし聞き入れねば、声高に言へるは、「この車の男(をのこ)どもなきか」など言ふにて、惑ひする気色どもも、いと人わろし。

 さて、ただに退けに退けさせて、そこらの車をみなながら立て並べつるこそ、いとめでたけれ。一の御車をば、さるものにて次々に乗りたる人どもも、いかに面目(めいぼく)ありておぼゆらんと思ひやらる。追ひ退けられつるえせ車どものいづくへにかあらん、牛うち掛けてゆるがし行くこそ、いとあはれなれ。なりよくきらぎらしげなるをば、いとさしもえせずかし。なほさやうに人あなづられならむほどの物見は、止(とど)めつべし。また、何事もいみじうしたてたりと見えながら、鄙々(ひなびな)しからぬ気色したるは、いとしるしかし。

 美しき児出だし据ゑたることをかしけれ。憎げなるはいと見苦し。何事も人がら事がらに、少しはよるべきにや。

192        203ノ4
 なほ見るには、帰さこそ、まさりてをかしけれ。昨日は万づの事うるはしくて、一条の大路の常はいと広きも、狭(せば)く所なき心地して、車にさし入りたる日の足も眩(まば)ゆければ、扇してさし隠し、とかく居直りなどしつつ、久しく待つも苦しう、汗がましかりしを、今日はいと疾く急ぎ出でて、雲林院、知足院などのほどに立てるに、よき車どものかぎり、あまり空(あ)き<多>[た]く、さし混みてはあらず。さはらかに立ちたるなどをかし。

 日は出できたれど、空は猶うち曇りたるに、いかで聞かんと寄るも、目をさまし起き居つつ待つ待つ郭公の数多さへづるにやと聞こゆるまで、鳴きひびかすを、いみじうめでたしと思ふに、鶯もそれを学(まね)ばむとにや、老いたる声して、似せんと<おかしくうち>[おおしここち]添へたるも、ほかにては心遅れたる心地して憎けれど、所柄にやとりどりの鳥の<おぼえ>[おほく]ぞかしと、思ひなされて、例よりはをかしうぞ聞こゆる。

 暫しばかりありて、御社(みやしろ)の方より、赤衣着たる者ども連れ立ちて、「いかにぞ、事は成りぬや」と問へば、「まだ無期(むご)」と答へて、御輿(=斎王が降りた)どもなど持てかへる。かれに奉りたらむ人かな、と思ふもめでたくかたじけなきに、さる下衆どものけぢかく如何で候ふにかとぞおそろし。

 遥かげに言ひつれど、程もなく帰らせ給ふに、御使の挿頭の葵も少しなよやかなり。蔓の葉もうちしぼみたる。なかなかいと艶(えん)に見えたり。御車の過ぎさせたまふ匂ひより始めて、出だし車どもの扇・唐衣・青朽葉なるなども、いみじう艷(なまめか)しうぞ見ゆる。雑色所の衆の青色に、白き一襲ども気色ばかり引きかけたるは、卯の花の垣根に異ならず見えて、郭公も陰に隠れぬべくぞある。

 昨日は車一つに数多乗りて、二藍の直衣・指貫、あるは狩衣なども乱れ着て、簾(すだれ)ときおろし、ものぐるほしきまで戯(たは)れたりし君達の、今日は院の垣下(ゑか)にとて、昼(ひ)の装束麗しくして、車にも一人づつ乗りたりしに、をかしげなる殿上童などばかりを乗せたるもをかし。

 わたり果てさせたまふや遅きと、などかさしも惑ふらん、まづ我先に立たむと、恐ろしきまで競(きほ)ひ騒ぐを、「かくな急ぎそ、ただのどやか」と扇をさし出でて制すれど、聞きも入れねば、わりなくて、少しも広き所にとどめさせたるを、いと心もとなく憎しと思ひたる。実に我一人心のどかにと思へども、人はさも思はぬにやと、いとうたて危うきこともありぬべければ、なほ他方(ことかた)よりとせめ言ひて、やらする道はむげの山里の道<め>きて、いとあはれなり。

 卯木(うつぎ)の垣根を分け行けば、枝どものいと荒々しう驚(おどろ)がましげにてさし入るを、急ぎて捉へんとするに、いとど疾くぞ過ぎ行くや、また、花少くなにはあれど、人して少し折らせて、葵・蔓の枯ればみたるが口惜しきに、挿し加へたるも、をかしうおぼゆ。遠きほどは、えも通るまじう見ゆる行く先の、近くなりもてゆけば、さしもあらざりけるこそをかしけれ。誰とも知らぬ男車の、後(しり)に引き続きて、むごに来るもをかしと見る程に、引き別るる所にて、「峰にわかるる」と言ひたるこそをかしけれ。

193        46     
 節は、五月五日にしくはなし。九重の大殿よりはじめて、言ひ知らぬ民(たみ)の住処(すみか)まで、我がもとに多く葺(ふ)かむと思ひさわぎて、葺きわたしてふけらかし(=ひけらかす)たる、菖蒲(さうぶ)蓬の薫り合ひたる香(か)などは、猶いと様ことにめづらし。いつかは又さる事はある。

 空の景色曇らはしきもいとをかしき。后(<き>さき)の御もとには、縫殿(ぬひどの)より薬玉(くすだま)とて、色々の糸ども組み下げて、あやしげに編みたる菖蒲を参らせたるも、さるかたにをかしうこそあれ。取り入れて御帳(みちやう)立てたる母屋(もや)の柱の左右に結ひつけたるを、月ごろありて、九月九日にまた、菊を生絹(すずし)のさいで(=布切れ)に包みて参らせたるに、取り替へてぞ捨つめるかし。菖蒲は菊の折りまであるべき物にやあらん。御節供(せく)参る若き人々、菖蒲の挿し櫛さし、物忌付けなどして、様々の唐衣(からぎぬ)汗衫(かざみ)どもに、長き根にをかしき花の枝ども、斑濃の組(=紐)して貫きつつ付けなどしたるは、はじめて珍しく言ふべきにもあらねど、なほ尽きせずこそをかしけれ。

 つち歩りく童女(わらべ)なども、程々につけつつ、いみじきわざ(=お洒落)したりと思ひて、常に袂(たもと)を見、人に比べなど えもいはず思ひたるを、戯(そば)へたる小舎人童などに引き取られて、泣きなどするもをかし。

 紫の紙に樗(あふち)の花つけ、青き紙に菖蒲の葉細くて引き結ひ、もしは白き紙をねじて結び加へなどしたるも、様々いとをかし。いと長き根を文の中に入れて畳みたるも、いと艶(えん)なる心地す。返事書かむとて、語らふ友達と言ひ合せ、見せ交はしなどしたるも、をかし。人の女(むすめ)、やむごとなき所などに、御文聞こえ交はし給ふも、今日は心ことに覚えて、なまめかしうをかしふぞおぼゆる。夕暮の郭公のうち名のりて行くも全て全てをかし。

194        247
 同じ頃、雨降りたるにもまさらね<ど>、浅はかなる赤衣着たる者の、草のいと青きを後先(しり<さ>[か]き)<に>麗(うるは)しく切りたるやうにして、もて行くこそあやしうをかしけれ。世の中なべて青く見えわたるに、所々うるはしくはあらぬ垣根どもに、卯の花の枝もたわわに咲きかかりたるなどよ。

195        204
 また、さやうなる道のいと細きを行くに、上はつれなく草の生ひ茂りたると見ゆるを、ただざまに長々と行けば、下は得(え)ならざりける水の深くはあらぬが、さらさらと人の歩むにつけて、なりつつ迸(とばし)りたる、いとをかし。

 側なりける蓬の押しひしがれたりけるが、輪の舞ひたりけるに、起き上がりてふとかかへたる香(か)もいとをかし。さていきもていけば、高き木どもなどある所になりて、郭公のいとらうらうしく角ある声にうち鳴きたるは、あないみじと心騒ぎしておぼゆかし。

196        205
 いと暑きほど、夕涼みといふ程の、物のさまなどおぼめかしき(=ぼんやりして)に、男車の前駆(さき)追ふは言ふべきにもあらず。ただの人も後(しり)の簾あげて、一人二人も乗りて走らせ行くこそ、いと涼しげなれ。まいて、琵琶かい調べ、笛の音(おと)など聞こえたるは、過ぎて往ぬるも口惜しう、またさやうなる折りに、牛の鞦(しりがい)の怪しう嗅ぎ知らぬさまなど、うち嗅がれたるが、をかしきこそ物ぐるほしけれ。またいと暗う闇なるに、先に点したる松の煙(けぶり)の香の、車の内にかかれ入りたるも、をかし。

197        208
 月のいと明かきに小川を渡れば、牛の歩むままに、水晶(すいさう)をくだきたるやうに、水の散りたるこそをかしけれ。下簾をたかやかに押しはさみたれば、車の轅はいとつややかに見えて、月の影の映りたるなどいとをかし。ゆきつくまでかくてあれかしとおぼゆ。

198        206
 五日の菖蒲(さうぶ)の、秋冬まであるが、いみじう白み枯れて怪しきを、引けとり開(あ)けたる、その折りの香(か)の、同じやうにかか<へ>[れ]たる、いみじうをかし。

199        207
 よく薫(た)き染(し)めたる薫物(たきもの)の、昨日、一昨日(おととひ)、今日などはうち忘れたるに、衣(きぬ)を引きあげたれば、煙の残りて、いと香ばしう、ただ今のよりはめでたくこそおぼゆれ。

200
 六月廿日ばかりのいみじう暑きに、蝉の声のみ絶えず鳴き出だして、風の気色もなきに、いとど小高き木どもの多かるが、木暗く青き中より黄なる葉のやうやうひるがへり落ちたるこそ、すずろにあはれなれ。秋の露思ひやられて、同じ心に。

201
 いみじう暑き昼中に、いかなるわざをせんと、扇の風もぬるく侘(わび)しければ、氷水(ひみづ)に手ひたしなど扱かひて、「ただいま何ばかりなることあらんに、この暑さを忘れて、心移す事ありなんや」といふ程に、あたり匂ふばかりなる薄様を、撫子(なでしこ)のいみじう色濃きに結びつけたる文をとり入れたるこそ、書きつらん程の<汗>思ひやるも、心ざし浅くはあらじと思ふに、かく使ふ風だに飽かずぬるくおぼえつる扇もうち置きて、まづ引き開けつべけれ。

202
 また、手止みもせず、扇を使ひ暮らして、夕涼みの待ち出でたるがうれしければ、端近く臥して聞くに、月のいと明かきに、井近き所の水汲みたる音こそ、いと涼しけれ。まして、遣り水などの近きは、言ふべきにあらず。

203
 南ならずは東(ひむがし)の廂の板の、影見ゆばかり艶めきたるに、鮮やかなる表筵(うはむしろ)うち敷きて、三尺の几帳の帷子(かたびら)のいと涼し気に、薄物の紐などの見えたるをうち掛けて、押しやりたれば、透きて見ゆる、いとをかし。君(=女主人)は生絹(すずし)の単衣(ひとへ)に、紅の袿(うちぎ)のいたう萎えぬを腰に少し引きかけて、添ひ臥したり。

 [と]内に火ともしたる、二間(ふたま)ばかりをさりて、簾(すだれ)高く巻きあげて、女房・童など、長押(なげし)によりかかりたるもあり、おろしたる間にうち臥したるもあるべし。火取に火よく埋(うづ)みて、よき黒方(くろばう)を焚き匂ほはしたる、いと心にくし。

 宵うち過ぐるほどに、忍びて門うちたたく音するに合はせて、例の所にと心知りの人、気色ばめば、人目は<ば>かりて、やおらゐざり入りたるこそ、さすがにをかしけれ。

 かたはらに琵琶のよく鳴るを置きたるを、その方の人なれば、物語のひまひまに、しのびやかに、弾き鳴らしたる、いとをかしう聞こゆ。

204        43
 六月つごもり七月のついたちなどは いみじう暑ければ、よろづの所開けながらうたた寝にて夜もあかすかし。月の頃は寝おどろきて見いだすも、いとをかし。闇もをかし。有明は言ふべきにもあらず。

 いと艶(つや)やかなる板の端近う、あざやかなる畳一ひらばかり、もしはいと青やかなる表筵(うはむしろ)などを、仮初めにうち敷きて、三尺の几帳を奥の方に押しやりたるぞあぢきなき[こ]。外(と)にこそ立つべけれ。奥のうしろめたからむよ。

 人は出でにけるなるべし。薄色の裏いと濃くて上はいと薄きが、所々かへりたる(=色褪せる)ならずは、濃き綾のいと艶やかなる、などか、いたくは萎<え>[ら]ず、またあまりこはごはしくはあらぬを、頭ながら引き着てぞ寝ためる。単衣(ひとへ)は香染<に>[き]、生絹などにや、紅(くれなゐ)の袴の腰(=紐)のいと長く衣の下より引かれたるも、またしたたかに結はれぬなるべし。

 そばの方にうち畳(たた)なはれてゆるらかに置かれたる髪のほど、長さ推し量られて、をかしう見ゆるに、またいづくよりにかあらむ、朝ぼらけのいみじう霧立ちたるに、二藍(ふたあゐ)の指貫、あるかなきかに薄き香染の狩衣、白き生絹の単衣透(とほ)すこそはあらめ、紅のいとつややかなる打衣(うちぎぬ)の、霧にいたく湿りたれば、匂ひもいとしみ深きを脱ぎかけて、鬢(びん)の少しふくだみたれば、烏帽子(えぼうし)おし入れたる様も、しどけなく見ゆるが、朝顔の露落ちぬさきに、文(ふみ)書かむと、道のほども心もとなく、「麻生(おふ)の下草」など口ずさみて我が方へ行くに、こなたの格子の開(あ)きたれば、人は起きてやとゆかしきに、御簾のそば[は]少し引きあげたるに、かくて臥したる様や目止まるらん。しばし見立ちたるに、<ま>[さ]くらのかみの程に、朴(ほほ)の木の紫の紙はりたる扇の絵をかしう書きたるが、真名の手習ひ所々したる、広(ひろ)ごりながらあり。陸奥紙(みちのくがみ)の畳紙の細やかなるに、花か紅か、少し移ろひたるも、几帳のもとに散りぼひたり。

 女は人気(ひとけ)のすれば、衣の中よりほの見上げたるに、(=男が)うち笑みて見合はせて、やがて長押(なげし)に押し掛かりて居ぬ。わざと恥ぢなどはせねど、また、まことにうち<と>くべき心にはあらぬ人にや、ねたくも見えぬるかなと思ふべし。「こよなき御なごりの御朝寝(あさい)かな。『たれ<と>[を]ふしみの』」とて、簾の内になから入(はい)りたれば、「露より先に起きける人のもどかしかれば」と答(いら)ふるも。わざととりたてをかしき事とて、書くべき事にはあらねど、ただかく言ひ交はす程の気色どもの憎からぬなめり。

 枕上なる扇をおよびて、わが持たる塗り骨<に>赤き紙はりたるして、掻き寄するほど、あまり近く寄り来る心地して、心ときめきせられて、今少し引きぞ入らるる。とりて見などして、「こよなう<う>[ご]とくおぼしたる事」など恨みつつ、うち掠(かす)むる事どももあるべし。

 ただしばしと思ひつるほどに、やうやう明かうなりて人の声もするは、日高うなるなるべし。霧の絶え間見えぬ程にと、急ぎつる文も、たゆみぬめるこそ、なほ男の心はうしろめたけれ。出でぬる人も、いつしかと思ひ顔に、萩の露ながら押し折りて付けたる文あめれど、かくてある程はえ差し出でず、丁子染めの移しのはなやかに匂ひたるほどなど、いとをかし。あまりはしたなき程になりぬれば、立ち出づるにも、をかしき有り様は見捨て難きぞ、にくきや。(=男が)わが起きつる所も、かくてやなど思ひやるも、をかしかりぬべし。女も人知れず思ひ出づることもありけむかし。

205
 七月十余日ばかりの日盛りのいみじう暑きに、起き伏し、いつしか夕涼みにもならなんと思ふ程に、やうやう暮れ方になりて、ひぐらしのはなやかに鳴き出でつる声聞きつるこそ、物よりことにあはれにうれしけれ。

206        74
 忍びたる人のかよふには、夏の夜こそをかしけれ。いみじう短かく、露もまどろまぬ程に明けぬるよ。やがてよろづの所もあけながらあれば、涼しげに見渡されたる。<な>[か]ほ今少し言ふべき事どもは残りたる心地すれば、ふともえ立ち去らで、互(かたみ)に何くれと言ひ交はす程に、ただこの居たる上に、烏の高う鳴きて行くこそ、顕証(けせう)なる心地してをかしけれ。

207         319         
 松高き東(ひむがし)南などの格子開けとほしたれば、涼しげに見ゆる<に>[よ]、母屋(もや)に四尺の几帳立てたる前に円座(わらふだ)うち置きて、三十(みそぢ)許なる僧のいと清げなる薄物の衣・袈裟(けさ)など、いと鮮やかに装束きて、香染(かうぞめ)の扇うち使ひつつ、陀羅尼読み居たるこそ、ものきよげに見ゆれ。

 物怪にいたく悩む人にや、移すべき人とて、大きやかなる童の、生絹(すずし)の単衣、鮮やかなる袴長やかに着なして、ゐざり出でて、こなたざまに立てたる几帳のつらに居たれば、(=僧)外(と)ざまにひね向きて、いときはやかなる独鈷(とこ)を取らせて、数珠(ずず)おし揉みうち拝みなどして、読む陀羅尼いと尊し。見所(<けんじよ>[けそう]=見物)の女房ども、いと多くそひ居て、つとまもらへたるに、久しくもあらで振るひ出でぬれば、(=童)もとの心は失せて、行ふに従ひて調(てう)ぜらるるさま、仏の御心ばへを見るにもいと尊し。兄(せうと)従兄弟などやうなる、入り立ちの人々もあまたあり。また下臈、入り立ちのほうさ(?)などもありて、後ろに居て、団扇(うちは)するもあり。皆尊がりて集りたるも、例の心ならば、いかに恥ぢ惑はむと、見ゆるに、いとほし。身みづからの身は、苦しからぬ事といひながら、わび泣<き>[さ]たる顔の心苦しげなるを、付人(つきびと=病人)の知る人などは、いとほしう思ひて、几帳のもと近く居て、衣ひきつくろひなどす。かかる程に、よろしくおはしますに、「御湯」など言へば、北面(きたおもて)へ取りに行くほども、若き人どもは、心もとなくゆかしくて、盤も引き下げながらぞ急ぎて見るや、人どもいと清げにて、薄色の裳などいといたう萎えがかりてはあらず、目やすきほどなり。

 申(さる)の時ばかりまで、いみじう調ぜられて、ことわりなど言はせつれば、許しつ。(=童)「几帳の内にとこそ思ひしか、あらはに出でにけるかな」と言ひて、恥かしといみじう思ひたり。髪を振りかけてすべり入れば、暫(しば)しとどめて、<加持(かぢ)>少しして、「いかにぞ、さはやかに覚えさせ給にや」とてうち笑みたるも、心恥かしげなり。「しばしも候ふべけれど、時のほどにもなり侍れば」とて、急ぎて出でぬ。「いと嬉しう立ち寄らせ給へりつる験(しるし)に、堪へがたう思ふ給へつるに、只今おこたるやうに侍れば、返々(かへすがへす)なむよろこび聞こえ、さすが明日(あす)も御暇(いとま)の隙(ひま)に、ものせさせ給へ」など言はす。「いとしうねき御物怪に侍るめり。たゆませ(=油断)給はざらんなむよく侍るべき。よろしくものせさせ給ふめれば、悦び申し侍るになん」とばかり、言少くなにて言へるは、いと験(しるし)ありて、仏の現はれ給へるとこそは覚ゆれ。

208
 清げなる童(わらはべ)の小さくて髪うるはしき。また、大きなるが鬚生(お)ひたれど、思はずに髪長き、う<ちち>[らら]ぢかみ、むくつけくなるもいと多かり。いとまな(=かわいい子)げにて、やむごとなう覚えのあるこそ、いとあらまほしうめでたけれ。

(ここまで群書類従第27輯を底本に、以下は、速水博司著『堺本枕草子評釈』有朋堂を底本にした。)

209        51(42)
 七月晦日(つごもり)がたに、にはかに風いたう吹きて、雨の足横ざまにさわがしう降り入りて、いとど涼しきこそをかしけれ。扇もうち忘れて、綿薄き衣のなえたるが、ひろごりうち掛けて置きたりつるを引き落として、いとよく引き着て昼寝したるに、少しかびたる香のなつかしき汗に混じりてかかへたるも、をかし。少しの衣だに、暑かはしく取り捨てまほしかりつるを、いつのほどにかはなりぬらん、とおぼゆるがをかしきなり。暁、格子あけたるに、嵐の吹き入れたるに、いと冷ややかに顔にしみたる、いとをかし。

210         305(183)
 八月ばかり、白き単衣(ひとへ)のなよよかなるに、つづやかなる袴こそよきものはあれ。紫苑(しをむ)色の衣の、鮮やかなるには<あらぬ>引きかけて、若き人の胸をいみじう病めば、友だちなんど、かはるがはる来つつとぶらふ。外(と)の方に、「いとほしきわざかな。例もかくや病み給ふ」など、事なしびに問ふ人もあり。心がけたる人は、誠にいとほしと思ひ嘆くもあめり。うるはしき髪を引き結ひて、傍らにうち置きたるけしきも、いとらうたげなり。

 上に聞し召して、御読経の僧の中に、陀羅尼少し読むがありけるを、給はせたれば、几帳引き寄せて加持せさするほどに、せばさなれば、おのづから外れて、訪人(とぶらひびと)なども見えなどして、隠れなきを、(=僧が客の方に)目を配りつつ見るは、罪や得(う)らんとこそ、見えためれ。

211        186     
 野分の翌朝(つとめて)こそ、をかしけれ。小さき所は、巡りの桧垣などいふものもなく、一つになりたれば、わが方人の方けぢめ(=境界)も据えず、かたみに見かはしたるよ。大きなる所は、いとさこそなけれど、築地の覆ひにはた(=檜皮)など、いとしどけなくはなりかし。木どもなども、立てる時はいとさしもこちたく見えぬが、いと所狭げにて、おほなおほな(=ばらばらに)横倒り臥したるなど、いとをこがましく、おとなしげなし。

 立蔀(たてじとみ)、透垣(すいがい)など、はた、残るなく倒れ渡りたれば、ことにをかしき。萩の花の露のころも、うしろめたくおぼゆるを、をみなへしなどの心ぐるしき上に、重たげにて、おほはり臥したるこそ、なさけなく心憂けれ。「よろづよりも、まづ彼を」など言ひて、急ぎ起させて、とかく折れ臥したるものにまとはれたるを引き出でたれば、いみじげに萎れなりたるさまも、それにつけても哀れげにいとほし。たとふべき方ぞなきや。格子のこなどに、殊更に人のしたらんやうに、木の葉を細々(こまごま)と吹き入りたるこそ、荒(あら)かりつる風の仕業(しわざ)ともおぼえぬ。

 いと濃き衣のかはこもりたるに、木朽葉(くちば)の織物、羅(うすもの)にても、まことに色白く清げなる人の、夜は風のさわぎにいも寝で起きたりつるが、わざと化粧などもせず、鏡ばかりうち見て、母屋(もや)より少しゐざり出でて、こなたかなたうち見回したる景色を、心にくしと見るほどに、また十七八ばかりにやあらむ、いと大人とは見えぬほどの人の、黄生絹(すずし)の単衣(ひとへ)に、いみじう綻(ほころ)びたえて、濡れ返へりたる花の衣、薄色などを着て、髪の筋こまごまとをかしげにて、末は尾花(をばな)のやうにて、長(たけ)ばかりなれば、衣(きぬ)の裾(すそ)に外(は)づれて、袴(はかま)のみ鮮やかに、側々(そばそば)より出でたり。童(わらは)べ・若き人々などの根こじて、吹き切られたる花などを、ここかしこより引き出でなどするを、羨ましげに思ひて、請ひ寄せつつ、「情け無げにもしたるかな。『むべやまかぜ』」など言ひて、簾に添ひて、ややもせば押し開けつべく思ひたてたる、いとをかし。

212        133
 九月(ながつき)ばかり、夜一夜降りあかしたる雨の、今朝(つとめて)はやみて、朝日のいと花やかにさし出でたるに、前栽の菊のこるばかり起きわたりたる、いとをかし。透垣(すいがい)、羅文(らんもむ)などの上にかきたる蜘蛛(くも)の巣も、こぼれて、所々残りたるに糸絶えだえなるに、かかりたる雨は白き玉を貫(つらぬ)きかけたるやうなるこそ、いみじうをかしけれ。

 すこし日たけぬれば、萩などの枝の折るばかり重げなりつる露の、やうやう落つるままに、うち動きつつ、人も手ふれぬに、ふと上様(かみざま)に上がりたる、いとをかし。かく言ひたることどもの、こと人の心には、さしも覚えじと思ふこそ、またをかしけれ。

213        185
 同じ月のつごもり、十月の一日などに、空も曇りて、木の葉さそふ風のさわがしう吹きたるに、黄の葉のほろほろとこぼれ落つるこそ、いとあはれにをかしけれ。ことものよりも桜の葉こそ、いととく落つるかし。おおかたの、そのころ木立多かる所の庭は、まことににしきを張れるなど見えて、めでたきものなり。

214
 霜月の一日(ついたち)頃に、みぞれだちたる雨うち降り、霰など混じりて、風の激しく吹<き>[り]みだりたる夕つ方、きりぎりす色の狩衣・紫の指貫・薄色の衣を上にて、白き衣三つ四つばかり、紅か何ぞなど重なりたる袖を、いたく吹き赤められたる顔に押し当てて、烏帽子の様(やう)もなく、後ろ様(ざま)に吹きやられたる人の「あな、さむ」と言ひて、寄り来たるこそ、にくからぬ。

215        243     
 雪のいたう降りたる日、直衣にまれ、袍(うへのきぬ)にまれ、清げなる人の、濃き紫の指貫(さしぬき)、紅(くれなゐ)の衵(あこめ)など出だしたるが、ほころびもしたたかならで、横ざまに雪のふれば、傘(かさ)を少し傾ぶけて、深沓(ふかくつ)のはばきまで踏みいらるるを、わけつつ行くもをかし。有様の物語にも、さかや言ひためる。

216        179
 雪はいたう高うも降らず、うすらかなるも、をかしうことはあれ。いま降りそむる夕暮れのほどより、やうやう高うなるを見つつ、同じ心なる人二三人ばかり、火桶を中(なか)に据ゑて、物語などする程に、暗うなり果てぬれど、こなたには火も灯(とも)さず、なほ格子を開けてゐたるに、闇なれど、雪の光のいと白く見えたれば、火箸して火をまさぐりなどしたるこそ、をかしけれ。宵(よひ)は過ぎやしぬらんと思ふほどに、忍びやかなる沓(くつ)の音のすれば、誰ならんとて、ものを言ひやみて聞けば、いと疎くもあらず、またあまり睦まじくもあらず、例もかやうなる折々は、ふとさしいづる人なりけり。簾の前に円座(わらふだ)さし出でたれど、わざとも登らず、なからは下(しも)ながら、物語などす。この頃世の中に聞こえける事どもの、あはれなるもをかしきも、また、歌語りなども、さまざまのどやかにしかはすを、かたみに良し悪しも聞きわき、かつはまた、たはぶれごとも言ひて、をかしきことはうち笑ひなども、事に従ひて言ひ交はすほどに、冬の夜も明け方になりにけり。鐘(かね)の音さへ聞こゆるに、「あやしくて、も」など言ひながら、なほ内にも外(と)にも、この言ふ事どもは、飽かずぞあらんかし。昧爽(あけぐれ=暁)のほどに帰るとて、「雪郡山(ぐんざん)に満てる」とうち誦(ずむ)じたるは、いとをかし。女どちの限りにては、さてもや居明さざらましとこそ、おぼゆれ。

217        271
 雪のいみじく降りたるに、人の歩きたるこそ、をかしけれ。「われ忘れめや」など、ひとりごちて、直衣(なほし)もいとう濡れて来たらん、妻戸かきはなちて入れたらば、顔も身もいと冷たくなりて、寄り来たらんは、わりなかるべきほどかな。

 六位の蔵人(くらうど)の青色(あをいろ)も、いとをかし。全て雪に濡れたらん折りには、靫負佐(ゆげひのすけ)の赤衣、罪許しつべし。

218        75
 冬のいみじう寒きに、思ふ人とうち重ねてうづもれ臥したれば、鐘(かね)の音(おと)のただ物の底なるやうに聞こゆるこそをかしけれ。

 鳥の声も夜深き程は、羽(はね)のうちに口をこめながら鳴けば、いみじう物深く遠く聞こゆるが、あくるままに近く聞こゆるもをかし。

219        73
 常磐木(ときはぎ)おほかる所に、烏(からす)どもの寝て、夜中ばかりに寝(い)ぬ、騒がしう落ちまろび、木づたひて、寝おびれ(=寝ぼけ)たる声に鳴きたるこそ、をかしけれ。

220         203ノ2
 臨時の祭は、いづれとなく面白くをかしき中に、冬は今少しなまめかしさ勝りてこそめでたけれ。

 空の曇りさえて、寒げなるに、雪少しうち散りて、挿頭(かざし)の花の青摺(あをずり)のほどにかかりたるは、えも言はずをかし。太刀の鞘(さや)のきはやかに見えたるに、半臂(はんぴ)の緒(を)の瑩(やう)じたるやうにてかかりたる、地摺(ぢずり)の袴の中より、氷(こほり)かと驚くばかりなる掻練(かいねり)の打目など、すべてめでたし。今少し多く渡らせまほしき使(つかひ)は、必ず受領などの憎げなるにてあるこそ、口惜しけれ。されど藤の花に隠されたる程、をかしうもありぬべきを、なほ目も止まらねば、過ぎぬるかたを見送る。陪従(べいじゆう)の品おくれたる、柳の下襲(したがさね)、挿頭の山吹など、割り無く見ゆれど、扇いと高くうちならして、「賀茂の社のゆふだすき」と歌ひたるほどは、さすがにをかし。

221        79     
 内にて見るは、調楽(でうがく)いとをかし。主殿(とのもり)の官人(くわんにん)の長松ともして、頸(くび)は引き入れて行けば、(=松明が)物にさし付けつるばかりになるに、をかしう遊び、笛吹きたてて通るに、心ことに思ひたる君達の、昼(ひ)の装束して立ち止まり、物言ひなどするに、供の人、随身の先[の]忍びやかに<追ひ>たるも、遊び(=音楽)に交りて、常に似ずをかしう聞こゆ。

 夜更けぬれば、猶あけて帰るさを待つに、君達の声にて、「荒田(あらた)に生ふる富草(とみくさ)の花」と歌ひすさみたるも、この度は今少しをかしきに、いかなる舞ひ人にか、すくすくとさし歩みて、出でぬるもあれば、とまりたるは、「暫(しば)しや『など、<さ>[ち]夜を捨てては急ぎ出で給ふ』とあめり」など言ひかくれど、倒れぬばかり、もし人や追ひて捉ふると思ふか、と見ゆるまで、惑ひ走りて行けば「心地あしきことあるにや」など言ひて笑ふも、をかし。

222
 大方、細殿の局などに、いつも打ち解けて寝(ぬ)る折り、同じかし。まことの夜中などの、人のけはひもせず、みな寝たりと思ふに、ただ一人覚ましたるめと思ひて、独り言をうちしたるに、外(と)の方に答らへをしたるは、をかしきことぞかし。

 雪降りたる折りなどに、沓のいと深く入る音して、忍びやかに経うち読み、詩誦(ず)むじなどして、渡るなりと聞くほどに、立ち止まりて、ほとほとと言ふ蜜(みそ)かに叩くを、聞く聞く開けぬ人ありなんや。

223
 賀茂の社の一の橋こそ、をかしけれ。まして、臨時の祭の夜いたく更けて、水の音に笛の音の合ひて聞こえたるに、立ち明かしの火の煙(けぶり)の合ひたるは、めでたう、すずろ寒く覚ゆること限りなし。火の影に、掻練の艶(つや)、半臂(はむぴ)の緒(を)などのつやつやと見えたるこそ、優(いう)なれ。年毎に往きて見まほしけれど、さも得あるまじき命のほども、いと口惜し。

224        203ノ3
 見ものは、行幸にならぶは何にかはあらん。御輿に奉りてわたらせ給ふほど見るほどは、あけくれ御前に候ひて、慣れつかうまつる人ともおぼえさせ給はず、神々しう、いつかしう(=いかめしい)、つねは何ともおぼえぬつかさづかさのもの、姫まうちぎみなどさへぞ、やむごとなくおぼゆるや。御綱(みつな)の助の中、少将など、いとをかし。近衛司(こ<の>[む]ゑのつかさ)は、かく限りなく御身の近き守りにて、つねに候ふが、いとめでたきぞかし。御輿持ちこそ、いとかたじけなきや。かくはあれ、よき人の仕(つかうまつ)るべきことにこそあめれ。めでたき見ものなるに、好ましく乗りこぼれて上下(かみしも)走らする君達の車などのなきぞ、さうざうしき。

225        282
 十二月十日宵の月いとあかきに、日頃降りつもりたる雪の、しみ固まりたるが、空は止みたれど、なべて白く見えわたりたるに、直衣のいと白き、指貫、濃き単衣の色々の衣どもあまた着て、片つ方の袴とじきみに踏み出だしたる。傍らに、白き衣ども、濃き綾の鮮やかなる上に着て、簾高やかに上げて、里へまれ、もしは、夜の程、忍びて出るにまれ、相乗りたる車の、道のほどこそをかしけれ。

 例はいと汚げに見ゆる家どもも、雪におも隱れして、白銀を葺きたらんやうに、おしなべて、世のつまづまには垂氷(たるひ=つらら)の長く短く艶めきて見えたる、なほいとおかしと見行くに、「月千里にあきらかなり」といふことを、声の限り誦んじたるは、さらにこと笛の音よりも、をかしくめでたし。若き人の、髪麗しく掛りたる、掻練のつやにもわかれず(=劣らず)、額髪(ひたひがみ)の狭間(はざま)より見えたる面(つら)つき、いとふつつか(=ふつくら)に、頤(おとがひ)の下、ものよりことに白う見えたるなど、鴟の尾(とみのを)の方より差し入りたる月影に見るかひあれば、片つ方の袖どもは一つ袖のやうに貫きなして、かき寄せて、ものなど言ひ行くは、やがて千代をも尽くしつべく覚えぬべきわざなり。

 年老い、顔憎さげに、鬘(かづら)などしたりと、なほその折りにだに相乗る人あらば、飛び付きぬべき心地こそすれ。わいても(=わけても)、ひとやりならず「あな、心づき」など、見起せん尻目こそ、ことに心地わびしかりぬべけれ。

226
 直衣(なほし)姿なる人の、衣(きぬ)どもしどけなく溢(こぼ)しかけて、いたう逸(はや)る馬のわりなく騒がしきに乗りて、冠(かうぶり)も烏帽子も落ちぬべきを、片手して押さへて、供に人も無し。つきづきしき男(をのこ)一人、小脛(こはぎ)なる小舎人童などばかりぞある。それらも汗になりて走るは、何事のあるにかあらんと、行き違ふも見るこそ、をかしけれ。

227
 また、忌違(いみたが)へなどして、暁に帰るに、忍びたる男の、さるべき所より帰る気色のしるく、闇にも顔を塞(ふた)ぎて、つきづきしげに間諜(かんてう)げに思ひたれど、ありつかず(=似合ない)、袴ひろかに見えて、せめて車の近く来れば、まだ開けぬ家の門に立ち止りて、(=私の車をやり)過ごしたるこそ、むげに知らぬ人ならねど、車にも乗せつべき心地すれ。

 また、車の簾上げて、有明の月の明かき、「残りの月に行く」と、声、をかしくて少しづつ行くこそをかしけれ。

228
 人の婿とやがてその御方(=妻)は、追儺(なやら)はぬよし。若き人の身を投げ<て>[く]、我高く鳴らさむと、やらひ惑ふを、几帳の側(そば)に添ひ伏して見やり、うち笑ひなどしたるこそ、をかしけれ。

 大上(おほうへ=母上)なども、叩きこぼめかし給はむは、少し軽々(きやうぎやう)なるべけれど、中々それは敢(あ)へなむ。わざと様悪しからむこそ、見苦しからめ。ゐながら泣きなどして、見えむ者をうち叩きなどし給はんは、なでふ事かあらん。大殿、はた装(よそ)ほしくも誇りかに立ち走り給はむ、悪しからじ。

 婿の君はしも全てやらふまじうも、親の御家、殿上などにては、人より異(け)にやらふべし。ただ、そのかしづき(=嫁)を据ゑたる所のことなり。

 娘も、中の君はただやらひ、法師のやらひたるは、いと見苦し。思へば、あやしくし始めたることなりかし。ただなる折りは、児どもの走るをも制し、物の鳴るをもむつかし、かしがましと言ふに、世界ゆすりて叩き始めけんは、何(なむ)ぞとよ。

 晦日の夜は、あやしき所だに、例よりはをかしきを、ましてよき所、内裏辺(うちわた)りなどは、をかしきぞことわりなるかし。
 
229
 面様(をもやう)よき人の、額髪長きが、鬢のかかり清げにて、いかなる文にかあらん、暗きほどに、火ともすほども心もとなきなめり、火桶の火をはさみあげて、こまやかなるを、ただ読みたるこそ、暗きところより見やりたるに、をかしけれ。

230        273
 また、雪のかきくらし降りたるに、外(と)を見出だして、「けふこん人を」など、ひとりごつに、清げなる男(をのこ)の傘さしたるが、そばのかたより出できて、さし出でたる文を見れば、みちのく紙か色紙かなめり、固く結びたる上に引きわたしたる墨の、ふと凍りしければ、薄くなりたるを引きあけて見るに、ほそく巻きたるゑくぼ、深やかにて、思ひけることどもを行(くだり)も定めず、みだれ書きて、うらうへ多かり。

 いかなる事のあるにかあらん、少しほほゑみたるも何事にかとゆかしけれど、遠くゐ並みたる人は、墨濃きところばかりを、さなむめりと見るこそ、心もとなけれ。わりなく見解きがたげなる気色ぞ、浅きにはあらざめりと見えたる。

231        317
 好き好きしくて一人過ごしたる人の、夜はいづこにかありつらん、暁に帰りて、ねぶたげなる気色にて、硯とり寄せ、墨こまやかに押し磨りて、事なしびに、筆に任せてはあらぬなるべし。うち思ひうち思ひて心とどめて書きたる文こそ、何事ならんとゆかしけれ。

 装束解き散らしたる、まひろげ姿(す<が>[る]た)も、をかしく見ゆ。白き衣どもの上に、紅(くれなゐ)などおどろおどろしう着たり。白き単衣(ひとへ)の袖いたく萎(しぼ)みたるを、うちまもりつつ書き果てつれば、前なる人どもにも取らせず、わざと立ち出でて、小舎人童(こどねりわらは)は、もしは、つきづきしき随人などやうのもの、呼び寄せて、うちささめきてやる。往ぬる後も、久しく眺めいりて、経(きやう)などさるべき所々口ずさみに読み居たり。

 奥のかたに、御粥(かゆ)手水(てうづ)などまかなひすへて、そそのかせば、歩み入りても、なほ文机(ふづくえ)に押しかかりて、文などをぞ読むめる。面白かりける所は、高くうち誦(ずむ)じたる声も、いとをかし。

 手洗ひて、直衣(なほし)かぎり着て、六の巻をいと尊く読むめるほど、近き所なるべし、ありつる使(つかひ)帰り来て、うちけしきばめば、読みさして、返事に心移すこそ、罪深けれど、をかしけれ。

232
 うち古りたる家、もしは、寺坊(てらばう)の前に松の木の神さびたるが、緑のいと深く見えたるに、若やかなる枝のさし添ひたるこそ、いとあはれなれ。

233
 すべて、内裏辺りのやうに良き宮仕へ所はなし。たのもしく目出度きをばさるものにて、ただすずろに恥かしく、をかしきことぞ、限りなきや。殿ばら宮仕へは、君一所をこそは見奉れ。関白殿ばかりこそは、殿上人つねに参りまかづる所はあめれど、と立ちかう立ち、良しめきやはする。ただ見参(げざん)ばかりにて、うるはし立ちてこそあめれ。家一つにかしこき物にする、上達部を初め、殿上人、それよりしも、受領なるなにくれまで、内裏に参るをば、いみじきことにしてこそ、心遣ひしためれ。我よりまさりたる君達、おもと人(=侍女)たちのやうに言ひ交はし、もてなしたるさまぞ、限りなきや。

 か<く>[て]言へば、当らん人は,人なめくやあらん。それぞ、いと悪しかるべき。さる人は、いと見苦しきものなり。局などの繕(つくろ)はまほしき所あれば、内作り召して、よろづ心に任せて作らせつつ、全て何事も言ふべきにぞあらぬ。月の明かさも、世の中の所には似ず。雪、はたさらなりや。

234
 五節のころ、御仏名の折り、臨時の祭の試楽など、その日の御物忌みに当たりたるには、上達部なども籠り給へる中に、ただこの正月まで頭(とう)なりつる人の、宰相になりて、宿直(とのゐ)めづらしくなりたるぞ、昔に返へりたるを、「いかが」など、主殿司して消息させて、細殿に立ち寄りなどしたるも、朝夕目馴れし折りよりは、やむごとなく覚ゆるこそ、うちつけなれ。

 御前の事果てぬれば、上達部も、殿上人も、みな押しこりて物忌に出でぬるこそ、うらやましけれ。名残なくさうざうしきに、留守の上達部、新しき蔵人ばかりを具して揺るぎ歩くこそ、若やかにや思ふらんと、推し量られてをかしけれ。

235
 世に侘しくおぼゆることは、恥づかし人のあるをりに、奥の方に打ち解け事ども言ひ、もしは、ほかより来たる者などの、あやしき事ども言ひ続けなどしたるこそ、「あな、かま」なども言はまほしけれ。制せんにもはしたなく、聞きいれぬ様にて紛らはすも、すべて敢てわびし。なか<なか>外(と)なる人(=大事な客)も聞き入れて笑ひなどしたるはさる方にて、戯(たはぶ)れてやみぬ。有心(うしん)なる人は恥づかしと思ふらんとて、聞き入れぬ様にもてなし、そら知らず(=顔)したる。心のうち<に>[と]、(=私の事を)か<か>[し]る人を見るらん、と思ふらんかし。

 宮仕へ所の局などは、まして下衆近(げすぢか)なれば、あさましき事どもこそ多かれ。立ちぬる後に、「いかで、かくはあるぞ。あな、心憂」など、爪弾きをし、聞かすれば、「いなや、聞こえやし侍りつる。蜜(みそ)かにこそ、某(なにがし=私)は言ひはべりつるが、それ(=あの人)が、と言ひ侍りつる」など、すべり持て往きて、深くいとほしとだに思ひたらぬ心どもこそ、あさましけれ。

 後のこと思へば、返す返すいみじく言へど、「常にさのみこそあるや。また、これは制せらるることぞ」と思ひ出(で)たることにや、新しく言ひなし、つくろふ様も、いと中々をこなり。

 また、さやうなる人に会ひて、いみじう心にくきさまにもてなし、しはぶきなすだに、五つ六つばかりなる児の、北面(きたおもて)にて、乳母などのおそく(=恐がり)聞きけることを、走りきて、憂へ掛くるこそ、わりなけれ。「こは、なぞ。あな、あやし」など言ふをも聞かず、あやにく逃ぐるを抱(いだ)きて、いざなふを聞きて、笑ひかけられたるも、詫びてはあらねど、いと妬く覚ゆれ。

236        78(72)
 内裏(うち)の局は細殿こそをかしけれ。夏は、上(かみ)の蔀(しとみ)をあけたれば、風いみじく吹きて、いと凉し。冬は、雪、霰(あられ)の風にたぐひて降り入りたるも、いみじうをかし。せばくて、童(わらべ)などの登るぞ悪(あ)しけれども、屏風の後ろに隠しすゑたれば、他所(ことどころ)のやうに、うちとけて声たかく笑ひなどせぬ、いとよし。昼も、人の立ち寄らぬ折りやはある、まぎれに見えぬ折りも、いまや来ん、と心づかひせらるれ。

 夜はまして、打ち解くべき方なし。必ず人あらんとのみ覚えて、たゆまぬが、いとをかしきなり。沓(くつ)の音の夜一夜聞こゆるが立ち止まりて、指(および)ただ一つして叩くに、その人、ふと聞き知らるるこそ、をかしけれ。いと久しう叩くに音もせねば、寝たるとや思ふらんとねたくて、うち身じろぐ衣のけはひを、さならんと思ふらんかし。

 冬は、火桶にやをら立つる箸の音、忍びたると思へど、聞こゆるにや。いとたたけば、陰ながらやをらすべりよりて、ものなど言ふ折りもあり。また、あまたが声して、もの誦(ず)んじ、歌うたひなどする折りには、叩かねど、まづあけたれば、来んとしも思はざりける人も立ちどまりて物語などしつ。来(き)ぬる折りは、やがてゐあかしてやむも、いとをかし。

 簾(す)のいと青きに、几帳の帷子(かたびら)あざやかにて、簾のつま好もしく、うち重なりて見えたるに、直衣の後ろ、ほころび絶え透きたる君達の、色々の衣こぼし出でたるが、簾を押しいれて、なから入りたるやうなるを、外より見るは、をかしからんかし。

 清げなる硯ひきよせて文書き、もしは、鏡こひ出でて鬢(びん)かき直しなどするも、すべてをかし。

 六位の蔵人の青色などにて、うけばりて遣戸(やりど)のもとにそば寄せてはえ立たず、塀(へい)の方に後ろ押して、袖うち合はせがちなるこそ、をかしけれ。

 細殿の口は、三尺の几帳を立てたるに、ひのしもはただ少しぞある。それに、下(しも)に立てる人々、内にゐたる人々、ゆふ顔のいとよく当りたるこそ、をかしけれ。長(たけ)いと短く、高からん人やいかがあらん。なほ、世の常の人は、さのみぞある。

237        55
 主殿司(とのもりづかさ=女官)こそ猶をかしきものはあれ。下女(しもをんな)の際(きは)はさばかり(=これほど)羨しきものはなし。よき人にもせさせまほしきわざなり。若くて容貌(かたち)よく、容体(なり)など常によくてあらば、ましてよかりなんかし。少し老いて物に例(れい)知りて、面(おも)なき様なるも、つきづきしくめやすし。いかに主殿司(とのもりづかさ)、顔愛敬づきたらん一人持たりて、時に従ひふ裳・唐衣着せ、装束き、今めかしうし出でなどして、歩(ある)かせばやとこそ覚ゆれ。

238        56
 男(をのこ)は、随身(ずいじん)こそあめれ。いみじく美々(びび)しくをかしきも、随身なき君達は、いとさうざし。あるは、栄えばえし、をかし。

 弁などを、かしこき官(つかさ)と思ひたれども、下襲(したがさね)の裾(しり)短くて、随身のなきぞいと悪ろき。

239        53
 細殿に人々あまたゐて、ものなどいふほどに、汚なげなき男か、小舎人童(こどねりわらは)などの、清げなるよき袋裹(ふくろつつみ)に色々の衣(きぬ)ども引きつつみて、指貫(さしぬき)の括(くく)りなど、ほの見えたる。また、袋に入りたる小弓、矢、楯、細太刀(ほそだち)などもてありく、「それは、誰(た)が御衣(おんぞ)ぞ」と問ふに、ついゐて、「某殿(なにがしどの)の」と、うち言ひて行くは、よし。気色ばみやさしがりて「知らず」とも言ひ、また、聞き入れでも往(い)ぬるなどは、いとにくし。

240        59
 若くてよき男の、下衆女の名、口慣れて言ひたるこそ、いと憎くけれ。知りながらも、「何とかや」など、覚束なげに言ひなして、片文字などを言ふはよし。

 宮仕所(みやづかへどころ)の局(つぼね)などに立ち寄りて、夜(よる)など呼ばんこそ悪しかるべけれど、それも内裏(うち)辺りなどは、主殿司(とのものづかさ)、さらぬは、只所にては侍(さぶらひ)、蔵人所なる者などを率(ゐ)て行きて、呼ばせよかし。手づから(=自ら)は、声もしるきに、みぐるし。はしたの童(わらは)などは、さてもよろし。それだになほいかにぞや。所あるその中に、やむごとなき宮腹、内裏辺り、御方々などに名高くて、その頃高きも短きも、人々に興(けう)ぜられ、もてあそばるる者ありかし。さやうならんは、いとよし。

241        39 40(31)
 道心(だうし<ん>)もあるは、いとよきことなれど、説経する寺坊(てらばう)に、俗の常の人のやうに定まり居たるこそ、あまりうたて、この罪人(=私)の心にはおぼゆれ。

 蔵人なりし人は、おりて後(のち)、内裏(うち)わたりなどに常に見ゆるをば、わろきことにぞしける。されど、さまではあまりのことなり。この頃の様(やう)としては、それしもぞ、「蔵人の五位」とて、忙(いそ)がしく思ひ、仕(つか)ふめれば、いづこにも、いろひて(=関係して)見ゆめる。されどなほ、心一つはありし慣(ならひ)のなる心地しためればにや、さやうの所(=説教)へも行くを、一たび二たび来そめつれば、常にまうでまほしくなめり。

 夏などのいと暑きにも、帷子(かたびら)あざやかにて、薄二藍(うすふたあゐ)の指貫、もしは青鈍(あをにび)など踏み散らし、烏帽子に物忌つけたるは、慎むべき日にこそあらめ。されど、功徳(くどく)の方には憚らぬ、と見えんとにや。いそぎ来て、そのところの聖(ひじり)と物語し、それが見及ばぬ所の事まで行ひ、車立つる事をさへ見入れなどして、事に付いたる気色なり。

 さるほどにまた、久しう会はざりける人など、まゐり会ひたれば、またそれめづらしがりて、近うゐより、物言ひうなづき、をかしき事など語り出でて、扇広くひろげて、口覆ひて笑ひ、さこそは強く装束よくしたる数珠(ずず)かひなにかいまさぐりにし、こなたかなた見やりて、立てる車のあしよし褒めそしり、某(なにがし)寺にてその人のせし八講(はつかう)、くれがしの所にて経供養(くやう)せし折りありしが語りしなど、言ひゐたるほどに、この説経(せきやう)をばききも入れず。なにかは、常に聞くことなれば、耳馴れてめづらしくもあらぬにこそはあらめ。

 などさやうにはあらで、導師(だうし)出で、しばしある程に、前駆(さき)追ふ車の音するを、過ぐるかと思ふに、ここにとどめて降るるを見れば、蝉の羽(は)よりは軽(かろ)げなる直衣・指貫着たり、狩衣(かりぎぬ)姿なるも鮮やかになまめかしき様どもにて、ばかり、侍(さぶらひ)の汚げなき三四人(みたりよたり)が具して入(い)れば、初めよりゐかたまりたる人々もけいめい(=配慮)し、さはぎ所空けて据うるこそ、をかしけれ。高座(かうざ)のもと近き柱のもとなどにゐて、いときんこうに伏し拝みなどはせねど、をかしげなる数珠おしもみて、のどやかに聞く気色なれば、講師もはえばえしう覚ゆるなるべし。いかで語り伝ふばかりのことをも説き出でてしかなと、返々声ひきつくろひて、うちしばぶきしつつ言ふ事どもを、しばしうち聴きて、あまり久しくもいたらず、「往生極楽(わうじやうごくらく)」と額(ぬか)づき、立ち騒ぎほどにはあらで、よき程に立ち出づとて、車どもの方などを見おこせて、わがどちもの言ふも、何事ならんと覚ゆ。

 見知りたる人はをかしと覚ゆ。見知らぬ人に誰にかあらん、それにや、彼にやと、思ひより目をつけて、見送るるこそは、をかしけれ。「そこに説経しつ、八講しけり」など、人いひ伝ふるにも、「例の人ありつや」など言はれたるは、罪得(つみえ)ごとなれど、うたてうおぼゆかし。大方、さる所に無下にさしのぞかでも、などかあらん。何事も、しなし柄(がら)なり。

242        76
 ひとり従者(ずさ)は、主(しう)の思ふことを知らぬこそ侘びしけれ。

 懸想人にて来(き[き])つるは、言ふべきにもあらず。さらねば、おのづから来などしたるに、簾(す)の内に人々あまたありて、ものなど言ふに、ゐつきて頓(とみ)に立ちげもなきを、供(とも)なる男(をのこ)ども童(わらは)などのさし覗き気色見るに、「斧(をの)の柄も朽(くた)しつべきなめり」むつかしければ、永やかにしめきあくびて、密(みそか)にと思ひて言ふらめど「あな、わびし。煩悩(ぼなう)苦悩(くなう)かな。夜は長くなりぬらんかし」などつぶやき、腹立つ声の聞こえたれば、いみじく心づきなし。かの言ふ者はともかくも思はず、この居たる人こそ、をかしと聞きつる事ども消え失するやうに悪ろく思ひ落とさすれ。

 まして、冬の夜などは、いたく更け行くままに、「あな、さむ」など、高やかに嘆くかし。また、さ色に出でては言はねど、「あな、わびし」と、高やかにうち言ひて呻(うめ)きたるも、「下ゆく水の」と、いといとほしうて、立蔀(たてじとみ)透垣(すいがい)などのもとに寄り来て、(=供の者が)「雨降りぬべし。いかがせむずる」など、おのがどり言ふやうにて、聞こえうち言ふなども、ただなるよりは憎し。いかなるにか、いとやむごとなき人の御わざもなし。また、君達のはよろし。ただ人のぞ、なほ多くさはある。数多あらむ中にも、心ばへ良からむをぞ率(ゐ)てありくべき。

243        5
 思はん(=愛する)子を法師になさんこそは、いと心苦しけれ。同じ人ながら烏帽子・冠(かうぶり)のなきばか[ぎ]りに、木の端(はし)などのやうに人の思ひたるよ。精進物(さうじもの)のいとあらきをのみ食ひて、行ひを[か]し、学問をもすらん程の、いと哀れなり。若き程は、遊び戯(たはぶ)れもせまほしからんものを、あから目(=わき見)せさすべくもあらず、児より人のもてなしたるこそ、わびしきことなれ。女のあらん所にも、などか忌みたるやうに、さし覗かずもあらん。されど、つゆも目見遣りつとては、聞きにくく言ひ騒ぐ。

 まして、験者(げんじや)などの方は、ただいと苦しげなり。うちも眠(ねぶ)れば、「ねぶりのみす」と、もどかる。はかなきことにつけつつ、所狭(ところせ)く、いかに侘しく思ふらん、など思ふに、いとほしけれど、これは古代のことなり。今様はいとやすげなり。

 あるは、言葉・文字使ひなどこそ、げに俗には違(たが)ひたれ。粥をば「飲む」と言ひ、衣をば「作らん」と言ひ、こめ炉をば「かみ」と言ひ、湯あむるをば「あかすりせん」と言ふよ。かかる事ども、いと多かるべし。されど、それらも、もとよりあてなる人は、さしもなくやあらん。

 いかなるにつけても、世の中に用いられたる時、覚えあるは、いとめでたし。あやしき物言ひ有様も、悪ろからぬものとなり置きたる、いとよし。まして、老いたる聖などは、言ふべきにもあらずかし。

244        212
 ものへ行く道に、清げなる男の、細やかなる立て文持ちて行くこそ、何地(いづく)へ、誰かやるならんと、あいなくをかしけれ。また、女(め)の童(わらはべ)の、衵(あこめ)などいと鮮やかにはあらず、よきほどなるあまた着て、屐子(けいし)のいとつややかなるが、さすがに歯に土付きたるを履きて、白き紙などのほどに大きやかに押し包みたる物か、もしは箱の蓋に草紙など入れ持て行くこそ、いみじう、呼び寄せて見まほしけれ。門近(かどちか)なる所の前わたるを呼び入るるに、いとけにくく愛敬なげに答へて往く者は、使ふ人の心ばへこそ推しはからるれ。

245        176       
 若き蔵人の冠(かうぶり)得て、何の大夫(たゆふ)・権(ごん)の守などいふほどの、板屋などの狭(せば)きに定めて持たりて、一人ころばみて住むこそ、いと心づきなけれ。

 よき事とては、桧垣(ひがき)など新しうして、車やどりに車ひきたてて、ま近く四尺ばかりなる木、生(お)ほして、牛つながせて、飼はするこそ、いとにくけれ(=心憎い)。

 庭いと清げに掃き、紫革(むらさきがは)して、伊予簾(いよす)掛け渡し、布障子(ぬのさうじ)張りてぞ、過ぎ居たらんかし。夜は「門強くさせ」など、事多く行ひたる、いといみじう心づきなし。

 親の家か舅(し<う>[らむ]と)はさらなり、伯父・兄などの住まぬ家、そのあるべき人のなからんは、おのづから睦まじくうち知りたらん受領などの、国へ行きていたづらならん家、さらずは、殿ばら宮ばらなどの、屋(や)あまたあるに住みなどして、官(つかさ)待ち出でて、いつしかと良き所尋ね出でて、あらまほしくもてなし住みたるこそ、よけれ。

246        177     
 女の一人住む家などならば、ただ甚(いた)く荒(あば)れて、築地(ついぢ)なども全(ま)たからず、池などある所は、水草(みくさ)うちゐなどして、庭なども、蓬いたく茂りなどこそせねど、所々砂子(すなご)の中より青き草見えて、淋しげなるこそ、あはれなれ。物に際々(きはきは)しげにて、まだらに修理(すり)して、門いたく固めたるは、いとうたてこそあれ。

 まして、六位は思ひかく(=夫に希望する)べきにもあらずかし。

247        178
 宮仕へ人の里なども、親など二人ながら差し向かひてあるは、いとよし。人繁く、奥の方に様々の声多く聞こえ、馬の音などして、騒がしきまでなし。されど、「忍びて」とも、また「いつか参り給ふ」なども言ひに、さし覗く。心がけたる人は、いかが、はかなからん。門開けなどするを、うたて騒がしう、「夜中まで」など思ひたるけしきに、いとにくし。

 「大御門(おほみかど)はさしつや」など問ふめれば、「まだ人のおはすれば」などふと言ふものの、なま防(ふせ=弁護)がしげにて答(いら)ふめるに、「人出で給ひなば、疾くさせ。このほど盗人(ぬすびと)いと多かなり。危ふし」など言ひたる、いとむつかし。うちに聞く人だにあり。この人の供なる者ども、さし覗き、けしき見ありくも、笑ふべかめり。真似うちするを聞きては、ましていかに厳しく聞き咎めんとこそおぼゆれ。

 わざと見て、[けざさがり色]色に出でて言はねど、げに無下に思ふ心なき人は、必ず来などやはする。されど、健(すくよか)なる人は、夜更けぬとて、「御門危ふかなり、わづらはし」わびて出でぬるもあり。誠に心ざしことなる人は、「はやう」など数多度(あまたたび)遣らはるれど、なほ居明かせば、見ありくに、明けぬべきけしきをめづらかに思ひて、「いみじき御門を今夜らいさうと開け広げて」<と聞こえごちて、あぢきなく>暁にぞさすはいかがにくき。

 大親添(<おほやそ>[をしやら]=祖父母)ひゐたるは、猶さぞある。まいて真(ま<こ>と)のならぬ(=継親)は、いかに思ふらんとさへ慎ましう。兄(せうと)の家なども、け憎きはさぞあらん。

 夜中、暁とも言はず、門もいと心賢こくもてなさで、某(なに)宮、内辺り・殿ばらなる人々とも、行きあひなどして、格子なども開けながら、見出したるこそ、をかしけれ。有明などは、まいていとめでたし。笛など吹きて出でぬる名残は、往きても寝られず、人の上など言ひあはせ、歌などうたふは、聞くままに寝入りぬるこそ、をかしけれ。

248        220
 人の前近くゐたらなんを「あな、暗(くら)、奥(あう)寄り給へ」と言はんこそ、えあるまじけれ。見ゐたらん所などに、さし仰(あふ)ぎたらんをうち見つけて、「あな、驚(おどろ)しき」と言はれたらん、思ふ人の事にはあらずかし。

 また、人の硯を引き寄せて、習ひをもし、文をも書かんに、「この筆な使ひたまひそ」と言はれたらんこそ、いと侘びしかるべけれ、とは思へど、さ言ふべきことぞかし。されど、さ知りたることなれば、人のさするを見れど、ものも言はでこそは見れ。墨もはかばかしう磨らず、あやしのやうに、水がちにさし濡らしつつ、使ひてうち置かきて立ちぬめるもあめり。

249        148
 清げなる男どもの、碁・双六(すぐろく)打つとて集まりてゐたるも、をかし。日一日(ひとひ)打ちて、なほ飽かぬや、短き灯台(とうだい)に火を明かうかけて打つを、簾の内にて人見るとは知りながら、これに心を入れて、敵(かたき)の賽(さい)をこひて、とみにも入れねば、筒(どう)を盤の上に立てて、顔に狩衣の領(くび)のかかれば、片手しておし入れて、いと強(こは)くはあらぬ烏帽子をふりやりつつ、「いみじう覗くとも、打ち外(はづ)してんや」と、心もとなげにうちまもりたるこそ、ほこりかに見ゆれ。

250        149
 攤(だ=双六)を、やむごとなき人の打つとて、紐(ひも)うち解け、ないがしろなる気色に、拾ひ置くに、劣りたる人の、居ずまひも畏(かしこ)まりたる気色に、碁盤より少し遠く、袖の下いま片手してかきとりて、打ちゐたるもをかし。

251        315
 「ある所に、何の君といふ人の許に、君達にはあらねど、いとう好きたる者には言はれ、まことに心ばせなどもある人の、九月(ながつき)ばかりにきて、有明の月のいみじう回り満ちて、面白き名残思ひ出でられぬべき言の葉を尽して出づるを、今は往ぬらんと、遠く見送るほどにても、いはず艶なり。

 「出でぬと[を]見せて、また立ち帰り、立蔀(たてじとみ)の開きたる陰に添ひ立ちて、猶往きやらぬ様も、いま一度(ひとたび)言ひかけんと思ふ程に、『有明の月のありつつこと』しのびやかに言ひて、さし覗きたる、かしこより五寸ばかりを去りて、火をともしたるやうなるに、月の光もさやかなるに驚かれければ、やをら立ち出でにけり」とこそ語りしか。

252
 よろづの事により、人は情けあるこそ、男はさらなり、女もいうにおぼゆれ。なげの言葉なれど、けにくきは口惜しきことなり。せちに心深く言はねど、いとほしきことをも「あな、いとほし」と言ひ、あはれなるを、「げに、いかに思ふらむ」と言ひけるを、おのづから人伝てにも聞きたるは、こよなく勝りてこそ、うれしけれ。いかでかこの人のために、「思ひ知りけり」と思はれんなど、常に忘れず、おぼゆかし。

 必ず思ふべきに、人問ふべきも、これはさるべき人なれば、ことわりとて、うれしからずやあらん。さしもあるまじき人の、さるべき節(ふし)のさし出で(=援助)をなん、後ろ安くしけるときは、いとどうれしきわざなり。かばかりのことは、いと安き事なれど、すべてえさはあらぬことなめり。

 大方、まことに心よき人は、いみじうかたし。また、心かど(=才能)ある事、男も女もありがたし。

253
 人の上言ふとて、人のそしり腹立つこそ、わりなけれ。(=人の悪口を)いかでか言はではあるべき。わが身をばさしおきて、さばかりもどかしきものは、人の心のやうなるものやはある。されど、けしからぬやうにあり。おのづから聞きつけては、うらみもこそすれ。あな、ゆゆし。また、思ひはなつまじき人は、いとほしなど、思ひ解きて念じて、かくだに言はぬや。さらでは、よく言ひても、笑ひつべしかし。

254         312
 人の顔のとりわきてよしとおぼゆる所は、常に見れど、度(たび)ごとに「あな、をかしげ」とこそ、「珍(めづら)しう」のみこそ、覚ゆれ。絵(ゑ)などは、数多たび見ゆれば、目も立たずかし。近(ちか)う立てる屏風の絵などは、めでたけれど、目も見入れられず。人の貌(かたち)は、をかしくこそあれ。よきはさしもことわり、憎げなるも常に目立ちて、まもらるるよ。

255
 有難き心あるものは、男こそあれ。容(かたち)いとよく、心ばへよき人の、歌もいとよく詠み、手もよく書きて、恨みおこする(=妻に)は、さかしらに返事ばかりはことなしびにうちして、寄り付かぬよ。いみじうらうたげにてうち嘆きてゐたるを見捨てて出でて行きなどするは、あさましく、見所(けんじよ=観客席)の人さへおほやけ腹立ちて、心憂くおぼゆれ。

 人の上は、擬(もどき)無きものなれば、かたみにもどきて謗るべかめり。されど、身の上になりぬれば、心苦しきことを思ひ知らぬこそ。

256        184
 同じ人ながら、侍従・兵衛の佐などいふほどは、いと侮(あなづ)りやすきこそ。宰相・中納言になり給ひぬれば、やむごとなくおぼゆる事、いとこよなし。程々につけて、受領の程もみな同じ程こそはあめれ。上達部などのやむごとながり給ふも、なほこそ同じけれ。

 典侍(ないしのすけ)などになりぬれば、重々しけれど、さりとては程より過ぎ、いかばかり高き位にかはなり給ふめる。また、おぼえあるは、受領の北の方にて下るほどこそは、よろしき人の幸福(さいはひ)の事と思ひて、人の羨むめる。

 なほ、男はわが身のなり出づる、いと目出度し。法師などの「某(なにがし)供奉」とてありくは、まして何とかはおぼゆる。経、尊(たうと)く読み、見め清げなるにつけても、女はあなづるさまに、成り変はりこそすれ。僧都・僧正なりはつれば、仏のあらはれ給へるやうに、かしこまりさはぐこと、何しかは似たる。

257        311
 顔はさるものにて、人は品(しな)こそ、男も女もあらまほしけれ。われ一人家の君(=主婦)にてあるときは、誰かはよしあし定めむ。それだに、ほどほどに従ひては、人(=召使)ども出できては、おのがどちは褒め謗りも言ふべかなり。まして、交らひする人(=宮仕人)は、傷なく言はれむこと、いとかたし。

258        303
 片づ方、裄丈(ゆたけ)に衣(きぬ)裁つ人、いと憎し。数多重ねて着たれば、引かれて着にくし。綿などの厚きは、胸切れなどして、いと見ぐるし。例のやうなるは、うち混ぜ着るべくもあらず。昔よりしきにけるあり様こそ、よけれ。さては、もろ裄丈(ゆだけ)はよし。それ、女房などの装束には、所狭かりぬべし。男の冬着たらんにも、片つ方大きにぞあらんかし。清らならん装束の織物、薄物なども、皆さこそ裁つめれ。今様(いまやう)は、ただ人の着給はん、いとわろきことぞかし。(=前田本294)

259        307
 宮仕へ人の、そこにて(=男が)物食ふ、いと憎し。思はん人の、わざと心ざしありて(=食へと)言はん、忌みたるやうにて、顔を塞(ふた)ぎても、にぐべき事にもあらずかし。されば、食ひをるにこそあらめ。いみじう酔(ゑ)ひなどして、え出でず、泊まれども、湯漬けをだにも食はずかし。心もとなかりけりとて、来ずは来ず。里にて北面(きたおもて)よりし出したればよし。それだに、猶ぞある。

 仮初(かりそ)めなどにて、絶えぬる人は。

260        234     
 児(ちご)どもの腹(はは)など苦しうするに、女房呼びてさぐらせなどするに、祈(いの)り物(も<の>)作るとて、そそくりたるこそ、いとをこなれ。

 刀のいと鈍きをとらへて、一つをだに切りはつべくも見えぬに、あまた重ねておし畳みたれば、いかで切られんずらんと見ゆるほどに、口ひきゆがめて、切り彫(ゑ)りなしたり。竹など押し切り、ゆめにみちゆくらんやう(?)に居(を)りと見れど、例になりにければ、刀の刃なども、ならひにける(=鈍つた)ぞかし。

261        279
 陰陽師の従者の童などこそは、物はよく知りたれ。祭文(さいもん)読む所に立ちはしりて、白酒(しろき)水などい流しなどしをるよ。

262
 世中(よのなか)に、なほいと心憂きものは、人に憎まれんこそあれ。たれといふ物狂ひか、われ人に憎まれむ、とは思はん。されど、自然に、宮仕へをしても、親・はらからの中にも、思はるる憎まるるがあるぞ、いとわびしきや。

 よき人の御ことは、さらにも言はず。あやしの下衆のほどにも、親のかなしくする者は、目でたくいたはしくおぼゆれ。見るかひあるはことわり、いかがは思はざらん、とおぼゆ。異なることなきは、これをかなしうするも、親なればぞかし、と思ふもあはれなり。

263
 また、清げなる人を捨てて、憎げなる人を持たる人もありかし。おほやけ所の入りたち、家の子などは、あるが中によからむを選りて、思ふべきを、人もえ言ひかかるまじき際にても、めでたしと見えんをぞ、死ぬばかりも思ひかけむかし。人のむすめなどをも、よしと聞くをこそは、いかでとも思ふなれ。それに、女の目にだにかついと悪ろく見ゆるを、心に入れて思ふは、いかなるにかあらん。

264        313
 工匠(たくみ)の物食ふこそ、怪(あや)しかりけれ。寝殿は造りはてて、東(ひんがし)の対(たい)だちたる屋作るとて、さるものどもの並(ゐな)み居て、物食ふを、東面(ひんがしおもて)にて見しかば、持てくるや遅きと、とりかかりて、まづ汁を取りて、さながら食ひて、土器(かはらけ)はつい据ゑつつ、次に合はせ(=おかず)をある限り取り食ひわたして、御物(おもな=ご飯)は不用なめりと見しほどに、やがてこそ(=ご飯を)皆食ひてしか。三四人居たりし者の、皆同じやうに食ひしかば、工匠(たくみ)のさがなめりと思ひしぞや。あいなの事や。

265
 宮仕へする人の、虚言(そらごと)にても、人に言はれ、むつかしきことなどあるには、先づ如何で罷出(まかで)、とりもあへず、人に憎まるるこそ、をかしけれ。また、さて出でたれば、里にても、親などの(=親に関して)恨めしきことあるを、また見る人の、相思はずあるは、見るにつけては、かくていかであらじと、嘆くめりかし。

266        320
 色黒く、顔憎さげなる人(=女)の、鬘(かづら)したると、鬚(ひげ)がちなる男の、面長なると、昼寝したるこそ、いと憎けれ。互(かたみ)に何の見るかひあれば、さては臥したるぞ。夜などは、形見えず、又いかにもいかにも、おしなべてさる事(=寝る事)となりにたるなれば、我らは憎げなればとて、起き居たるべきことにもあ<らず>[る]かし。さて、翌朝(つとめて)疾く起きぬる、よし。さるは、いと若き人の、いづれもよきどちは、夏昼寝したるは、いとこそをかしけれ。悪ろ形は、つやめき、寝腫(は)れて、ようせずば、頬(ほほ)ゆがみぬべし。うちまもり臥したらん人の、生けるかひなさよ。

 また、痩せ色黒き人の、生絹(すずし)の単衣(ひとへ)着たる、いと便なし。同じこと透きたれど、のし単衣(ひと<へ>[つ])は、片端(かたは)とも見えずかし。臍(ほ<ぞ>[う])の通りたればにやあらん。

267        221
 今初めて言ふべきことにはあらねど、なほ世の中にあはれにもめでたくも、しおきたることは、文こそはあれ。

 遥かなる世界なる人の、限りなくおぼつかなく、いかならんと思ふにも、文を見つれば、よろづさし向ひたるやうに覚ゆる、いみじき事なりかし。わが思ふ事をも書き遣りつれば、まだかしこまでは行きつかざらめども、心地ゆくやうにこそおぼゆれ。文といふ物なからましかば、いかにいぶせく、世の中暮れふたがりて、おぼえまし。よろづの事を思ひ出でても、その人のがりやらんとて、細々と書きて置きつれば、おぼつかなさはこよなくやむやうなり。まして、返事うち見たるは、いぶせくもあらず。男などの、え会はぬをこひわびて、「ただ一下りの御返へりを見て、命を延べん」といふ、いとことわりにや。

268
 男も、まみいときよき人の、直衣(なほし)の袖に、ほころび断えて、衣(きぬ)の袖口見えたるが、纓尾(えんび)を顔に引きかけて、口覆ひして、細殿の遣戸口などに引き伏したる、いとをかし。

269         305
 十八、九ばかりの人の、いとよく肥えて、髪いとうるはしくて、たけばかりにて、色いと白う、顔うつくしきが、歯を病みて、髪のなるやうもしらず、泣きまどへば、上は少しふくだみ、額髪もしとどにぬれて、顔いと赤うなりて、袖して押さへてゐたるこそ、いみじく、心ぐるしけれ。

270        219
 硯(すずり)、穢(きたな)げに塵(ちり)ばみ、墨の尻先しど<け>なく磨り平らめて、頭(かしら)大きになりたる筆に、笠挿(かささ)して持たる人こそ、いと侘しくつきもなしと覚ゆれ。

 万(よろ)づの物の具をばさるものにて、鏡、硯にてこそ、人の心ばへ見ゆるものなれ。置き口の挟目(はざめ)に、塵積もりなど打ち捨てたるさまは、こよなし。

 男はまして、文机(ふづくゑ)清げに押し拭(のご)ひてもてならし、重ね(=硯箱)ならずは、古る懸子(かけご)の、いとつきづきしく、蒔絵(まきゑ)の様も、わざと高麗(こま)のならねども好ましくて、同じき筆・墨の様なども、人の取りて目止まるばかりなるこそ、をかしけれ。

 とあるもかかるも同じ事とて、黒塗りの蓋(ふた)割れたるに、片方(かたし)折れたる硯据ゑて、僅(わづ)かに墨のすられたるほど、いささか黒みて、そのほかは瓦の目に従ひて入りゐたる塵の、この世に払ひけるとも知らず、巡(めぐ)りには水うち流して、青[く]なる硯瓶(すずりがめ)の口は欠けて、首の限りあるが、穴のほとりまで見えて、人わろく残りたるを、人の前につれなく(=平気で)さし出だすかし。

271
 人の婿は、物知りさかしき、いと憎し。前にて細工をもし絵をも書きなどするにも、ただうち見て「これこそよけれ」「これこそあしけれ」「とこそせめて」「かうこそせめ」などもさくじらす(=さかしらがる)。舅の「これはいかに」など言はば、よきはすさまじからぬ程に褒めなどして、物食はするに、汁物もてきたるをも、急ぎて遠くよりて差し出でても取らず、「うたて心もとなくもあるかな。痴れたるにやあらん」とは言はるとも、あ<ら>[え]なん。

 朝寝(あさい)・昼寝などいたくして、真広(まひろ)げがちに戯(あざ)れがましくし、常に女君とたはぶれたらんこそ、をかし(=滑稽)からん。心ばせあらん舅に、いと恥づかしかるべきものなり。

 親・舅ならねど、年多くまさりぬる人の前にて、若き人のしたりかにさかしき、いと憎し。

 まひろげても、袴引きぬぎて、脛差し出でて立ち走り安くあらんをば、何にかはせむ。あやしう、男は真広げて劣りこそすれ、白袴の萎えたるに、袿(うちぎ)の裾しぼみ上がりしたるなどを着て、踏み含(くく)みたれば、外れて姿なきにやあらん。されど、若き程はよし。大人びたる人の家君(いつきみ)は、姿は、いと憎し。それはやむごとなき大納言・中納言もさぞあらむ。大方、あまり家の内とても、打ち解けすぎて、けはひ卑しくまさなき、いといと悪ろし。

272
 男は、容貌(かたち)細かにをかしからねど、まみ心はづかしげに、愛敬なからで、大きさまなど良き程にて、大方の有様もてなしなどだに、見苦しからねば、いとよし。

 君達はさらにも言はず。それより下りたる人にても、実(じち)の心はいとよくて、いたく心あがりして、才(ざえ)いとよくありて、よき歌詠みなどして、まことしう心にくき、世おぼえありて、世間の追従などはなけれど、また、け憎くすさまじうはあらず、遊び(=音楽)の道なども、いみじう上手と言はるばかりこそなからめ、物の音うち聞き知り、笛少し、琵琶なども心に入れたらんよし。すずろならんもの嘆きし、<世を>[うへ]はかなくあぢきなきものには知りながら、また、見栄聞こえで、たちまちに背き、身いたづらになすべくなどはあらず。

273
 帝・皇子たちの御身をうらやましきものに思ひて、人と為るなりは、などかさばかりの際(きは)に生まれざりけんと、身を口惜しう思ふ。人のもの言ふも、言葉など悪ろきは、いと憂きことにし、はかなきこともをかしき節(ふし)あらんをば、耳止(とど)めてふと聞き留めて、人にも語りなどしつべく、あはれなる事をば、実にと聞き知り、思ひ取りて、声いとよくて、歌うたひ、経などもまめやかにうち出だしなど、したり顔にもあらず。

 また、うち語らひなどしたる人のもとに来たる、「詠め」など言ふには、あまり上手めき、やさだちて詠まずなどもなし。親はかなしうすれど、やむごとなき継母(ままはは)のものわづらはしきにて、入れなどもせねば、心地いとすさまじく、常に昔恋しくて過ごし、沈まりたるものから、また、うち誇りかにうち装束たるかた、無下になくもなし。妹の面立たしき一人ぞあるを、もの言ひ合はせ人にして、おぼつかなからぬ程に往きつつ、心に思ふことをうち語らひ、さるべき人の文をも、をかしと見るをば必ず見せなどして、互にいみじく思ひ交はしたり。

274
 親の家の西ならずは東の対の南面などを、つきづきしう設(しつら)ひて、侍・客(まらうど)居(=客間)、疎き睦まじきなど、はかなきことなれど、心ばへありて故なからず見なして、をかしき友達常に来させ、夜も泊まりたるには、諸共に臥して、よろづ物語り、遊びの方様(かたざま)の事どもなども言ひ合はせ、また、まめやかに行く先の事まで契(ちぎ)るもあり。

 懸想の事とても、優なく人をきりきりとも言はず、「只今はしも如何にも物のあはれ知りぬべき程かな」と見ゆるをば、立ち返へりつつ数多たびも言ふ。思ひがけぬ夜、門うち叩き、さらぬ折々も様に従ひて、人の心留(と)まりぬべき様にしなし、身よりこよなく優(まさ)て、あるまじくやむことを思ふとも、人知れぬ嘆き草にはしながら、傍ら痛く好き好きし事は気色にも出ださず、さるべき事の折節に、語らふ人の言ひ付けなどする、檜破籠(ひわりご)・扇・火桶なども、目馴れぬ様に他人(ことびと)よりはし出でて、その日はそれこそと取り分かれ、花・紅葉の所に誘(いざな)はれたるに、歌も別(べち)に勝(すぐれ)ねど、「もて離れ題におはす」と笑はるまじう、いねぶたくせず、などだにあらば、あへなむかし(=我慢しよう)。

275        271
 「雨いみじく降りたらんとき、来たらん人こそ、つらきことありとも、えうらむまじう、あはれなりぬべけれ」と人のいふこそ、さらにもさ覚ゆまじきことなれ。まことに来ん人の、昨日(きのふ)一昨日(おととひ)、そのあなたの夜、夜べなども来たらんが、今日よりも、かきくらし降らむに、障(さ)はらず来たらむは、実に哀れなるべし。さて、日頃もしは月頃ありありて、雨風の激しからむ夜しも来たらむは、殊更めきて、さ思はせむと思ひけると、あらはに作り立てて見、見むことをば、何かうれしからむ。さらねど、風などのいたく吹きたるをり、「いかにぞ」など言ひたるは、をかしう覚えずやはある。

 さて、二、三年も、四、五年も絶えたる人なりとも、月のいみじうあかからん夜来らんはしも、なかなか哀れなりなん。

 すべて、過ぎぬる方のあはれも、人の恋しきことなりとも、月にこそまさり思ひ出でらるなれ。『こま野の物語』のあはれなることは、何により憂いものと思ひ流され、来し方行く先の事まで、月には思ひあかしつるものを、雨にはさやはある。心細くさしあたりたることこそあれ、風の荒さなどにはただもの恐ろしく覚えて、実にその程のたのもしからむ人の来たらんは、いかばかりかは嬉しからん。さりとも、それを目出度く、深き心ざしにすべきにはらず。上に言ひつるがごとく、常に好む人のさあらんは、まことに哀れにも、うれしくもありぬべし。

276
 昼は泊まらで、夜々来る人の、夜言ひつる事、ありつる様(やう)<に>、をかしと覚ゆるも、辛き筋をも、翌朝(つとめて)の文に書きて遣(お)こせざらむこそ、いとわろけれ。昼の返事に、もし人の見咎めつべからむ節(ふし)をも、夜さり来て言ひたらんこそ、をかしけれ。

 また、女のもとに入り来るままに、いみじうそそき騒ぎ、衣を鳴らし、そよそよと引こじろひ、もの騒がしくもてなすは、いかなる事にかあらん。宮仕へ人は、傍らの局も近ければ、しるく聞こゆ。わが家のにても、自ら聞く人なくやはある。さばかり来ぬとあらば、しめやかに添ひ臥して、ただ物語りなどうちして、しばしはあれかし。さばかりにては、逃ぐべきことかは。逃げむをもやるべき様(やう)やはある。また、必ず紙燭などさして、見るべきならず。衣の内に手を差し入れんと探すを、女ひき塞ぎ、押し出でむとする程に、いたう萎えぬ衣・袴などは、世の中音なくのどかに成り渡る夜のけはひには、こちたく聞こゆるぞかし。

 無下にあなづらはしく思ふ物だに、夜はあやしく鳴る心地すると、入るやをきと、うたてあるけはひを人に聞かするは、いと心づきなくこそ。

 のどかにもてなして、鳴る衣などやうやう脱がせ、たゆめて、いかなる方にも持て成すは、女も我一人心ときめき、そぞろはむ(=そわそわする)やはと思ふ程に、宿世あるは、自ら睦まじくもありぬべかめり。いみじう近く立ち騒げど、中々憎くて負けじ魂も強うなれば、後は知らず、まづその夜はうとくても、やみぬべし。袴を惑ひ脱がせ、夏は誰も誰も汗になりて、扇を使ひては、また取り掛かりなどするは、憎く心もとなしと覚ゆ。うめきて、かいしめりて(=ぐつたり)臥しぬるも、いと悪ろしかし。女のためも、あいなしかし。

277        28
 忍びたる所より暁に帰らむ人は、装束などいといとううるはしう、烏帽子の緒、確かに結ひ固めずともありなんとこそ、おぼゆれ。直衣も狩衣も、うちゆがみたりとも、誰かは見む。

 男はなほ、暁のありさまこそ、をかしくもありぬべけれ。わりなうしぶしぶに起きがたげなるを、しひそそのかし、「明けすぎぬ。あな見苦し」などいはれて、うちなげくけしきも、げにあかずもの憂かるべしと見えて、起き上がるほども久しく、指貫の腰もゐながら引き寄せ、結ふほどもたいだいしう嘆きがちにて、衣のすそ押し入れて、まだ夜一夜いひつることの残り、さしよりて女の耳に言ひ入れて、うしろの腰また結ひて、しどけなく心もとなげに、ややもせばすべり止まりぬべく見ゆるを、しひて出だせば、格子、妻戸などある所は、やがて押し上げ、もろともに率て出でて、昼のほどのおぼつかなからむことなどを、返すがへす言ひ置きて、返へり見がちに尻目つかひつつ出でむを見送りたらんこそ、名残も思ひ出でられてをかしかるべけれ。

 「そそ、夜こそあけにけれ」と思ひ顔に、いときはやかに起き走りて、いろめきたちて、指貫の腰ごそごそと結ひ、直衣も上の衣も狩衣も袖かひまくりて、そよろとさし入れ、帯いとしたたかに結ひはてて、ついゐて、烏帽子の緒つよらかにきとなして結ひ据え、かいよする音して、何にかあらん、女の枕上さぐり、傍らなるさぐり求め、暗ければ見えぬままに、手にやあたると、あやしくと、いづらいづらと奥・端とさぐりありくこそ、いと憎けれ。

 冠(かうぶり)烏帽子ばかりこそならむに、せめて見ぐるしからめ。それだにせめてならば、袖をうちかづきても出でよかし。いとさこそあらずとも、置きし所になくは、女に忍びて「それこそなけれ」と言へかしと思ふを、あながちに求め出でては、懐に紙さし入れ、扇ふたふたと使ひて、「まかりなむよ」とばかりこそは言ふらめな。

 冬などは、かくそぞめき歩りくほどに、手なども冷たくなりたるを、さすがに懐にさし入れなどしたらむ愛敬なさよ。さばかり心づきなきことは、またもありなんや。宵にも言はるるままに、いつしかと立ちながら鮮やかなるものども残し、ふつふつと解く音しるくて、屏風・几帳に脱ぎかけなどして、とくねなむ騒ぎする、いと憎し。さながらしばしば臥しもゐもして、物語うしながら、立ちひろめかねど、装束は解きつるものにはあらずや。指貫などはしどけなく押しやりたれば、あとなる人引取りなどしてむものを。

278
 かへすがへすもめでたきものは、后の宮の御有様こそあれ。生まれ返へりてもなる世ありなんや。宮初めの作法、御へついなど渡し奉る有様、この世の人とやはおぼゆる。なにがし殿の姫君、中君など聞こえたるほどは悪ろからねど、なほ一つ口に言ふべくも見えぬや。昼歩りかせ給ふ折りに、女房の車まづみな乗りて引き立てて、出でさせ給ふを待つほどに、えも言はず香(かう)ばしき匂ひうち抱へて、御輿のやうやううち揺るぎておはしますを見るは、御前近う参るわが身さへぞ、あなづらはしく覚えぬ。内に似非心うち使ひ、さもあるまじき人の、作り出でたる名乗り(=宮使ひの仇名)うちして<さぶらはむなど罪得ぬべくこそおぼゆれ>。

279
 若き人の、なにがしくれがしの集・物語書き集め、ささげて読みなどするこそ、いとをかしきことなれ。事多く、明け暮れおほやけ事しげき殿ばらの上(=妻)たち、受領、里々の大人しかるべき北の方どもなどの、営む事多かるに、その事(=読書)は捨てぬ、いとをかし。

 まして、つれづれとうちかしづかれたらん人の女(むすめ)をば、何事をしてあかし暮らすべき。そは、世の中に物語・歌などは読みても、「そこもとは、とあり、かかり」とも、得がたき(=難解な)所をも見解きて、褒めも憎みもするこそ、甲斐あれ。正月一日腹赤(はらか)など見るやうにてやむは、いと甲斐なし。

280    316
 うちへまいるにも、里へ出づるにも、牛飼・雑色の腹だたぬことなけれ。みづからは心用意したり顔に言ひて、貸したれどしも、しなやかに強く言ひて、牛をいたくいみじく走り打つこそ、あなうたてと覚ゆれ。男(をのこ)どもも「いづこわたりぞ」と問ひききて、少し遠きをば、ましていといとほしげなり。「『今宵帰る』といふことは不要なめり」などいふ気色のむつかしげさなど見るには、なほ主(しう)の心推し量られて、また(=「貸してと」)いひ触れじとこそ覚ゆれ。

 業遠(なりとほの)朝臣(あそん)の車のみぞ、夜中・暁分かず借るに従ひて、つゆいかにぞやある気色なくてありし、よくこそ教へ習はしたりしか。それは通り道に会ひける女車の、深き所に輪を落とし入れて、え引き上げざりけるにつけて、牛飼の呪ひ事し腹立ちけるさへ、わが人をやりて打たせければ、まして心に叶ひたる(=牛飼)を、よく誡(いまし)めおきたらんを。

281        124
 正月に寺籠りしたる、いみじく寒く雪がちに氷りたるこそ、をかしけれ。雨の降りぬべき景色なるは、わびし。

 清水などに詣でて、局(つぼね)するほどは、階(はし)のもとに車引きよせて立てるに、帯ばかりしたる若き法師ばらの、足駄といふものを履きて、聊(いささ)かつつみもなく下(お)り上(のぼ)り、何ともなき経の端々うち読み、倶舎(くさ)の頌(ず)のここかしこ口ずさみなどしありくこそ、をかしけれ。

 わが上(のぼ)る折りはいとあやふく覚えて、傍らに寄りて、高欄抑へて行くものを、ただ板敷などの同じやうに思ひたるも、をかし。

 「局してけり」と言ひて、沓(くつ)ども持(も)て来ておろせば、衣(きぬ)上さまに引き折りたるもあり、裳・唐衣(からぎぬ)麗(うるは)しくさこそ着たるもあり。深き沓ども履きて、廊(らう)のほど沓すり行くは、内裏(うち)わたりめきてをかし。

 入り立ち悪ろき若き男ども、家の子など、あまた続きて、「そこもとには、下るる所はべり。上がる所あり」など教へて、何者にかあらん、さしよりて歩み混じりなどするを、「しばし、人のおはしますに、かくはせぬわざなり」など言ふを、少し心あるものにや、げにと思ひて、ふと歩み退(の)きて立ち遅れなどするもあり。また、聞きも入れず、「われまづ疾(と)く仏の御前(みまへ)へ」と思ひ顔に走り行くもあり。

 局へ行くほどにも、人の居並みたる前を通り行けば、いとうたて顕証(けんせう)におぼゆるに、犬防ぎの中(うち=内陣)を見入れたる気色こそ、いみじく尊く、「などて月頃もまうでで過(すぐ)しつらん」と、まづ心も起こさるれ。御灯(みあかし)の常灯(じやうとう)の、内(うち)にはあらで、又人の奉りたるが、恐ろしきまで燃えたる光に、仏のきらきらと見え給へるは、いみじく尊(たふと)けれ。

 法師ばらの手ごとに文ども捧げて、礼盤(らいばん)にゐかはりゐかはり誓ふも、さばかりゆすり(=大騒ぎ)満ちたれば、取り放ちて聞き分くべきにもあらぬに、せめて絞り出だしたる声の、さすがにまた紛れず。「千灯(せんとう)は、某(なにがし)の御料」とばかりは、僅(はづか)に聞こゆるを、帯うちして拝み奉るほどに、「別当(べとう)候(さぶら)ふ」とて、樒(しきみ)の葉を折り持てきたるも、いと尊くをかし。犬防ぎの内の方より、師の法師寄り来て、「いとよく申し侍りぬ。幾日(いくか)ばかり候はせ給ふべきにか」と問ふ。「このとなりには、しかじかの人籠り給へり」など言ひ聞かせて往ぬる。すなはち、火桶・菓子(くだもの)・手水、半挿(はざう)に入れて、手(=取つ手)なき盥(たらひ)など具して、遣(おこ)せたり。「御供の人はこの坊に」など言ひて呼び出で行けば、代はり代はりぞいく。誦経(ずきやう)の鐘の音など、「我がななり」など聞くもたのもし。片端に、よろしき男のいと忍びやかに額(ぬか)づく。立ち居のほども心あらんと聞こえたるがあり。いと深く思ひ入りたる気色にて、いも寝ず行ふこそ、いと哀れなれ。うちやすむ程は、経を蜜(みそ)かに読みたるも、いと尊げなるを、高ううち出でさせまほしきに、鼻などをけざやかに聞きにくくはあらで、忍びやかにおしのごひかみたるは、「何事を思ふらん。かれを叶へばや」とこそ覚ゆれ。

 日頃籠りたるが、昼(ひ)には少しのどやかにぞありし。師の坊に男(をのこ)ども女・童(わらはべ)も行きて、徒然(つれづれ)なるに、ただ傍らに貝をいと高く吹き出したるこそ、いみじく驚ろかるれ。清げなる立て文持たせたる男(をのこ)の、誦経(ずきやう)の物うち置きて、堂童子(だうどし)など呼ぶ声は、山彦響きて、きらきらしう聞こゆ。鐘の声も響きまさりて、いづこならんと思ふ程に、やむごとなき所の名いひたてて、「御産(ごさむ)平(たひら)かに」など、教化(けうけ)したる、すずろにいかならんと念ぜらるべし。これはただの事(=普段)なめり。除目の程は、いと騒がしく、物望みする人の隙(ひま)なく参り戻り出づるを見るほどに、行(おこなひ)もしやられず。

 日うち暮るるに参るは籠るなめり。小法師ばらの、もたぐべうもあらぬ大屏風のいと高きを、よく進退(しんたい=扱ふ)し、畳などほうと打ち置くと見れば、片時のほどにただ局に立てて、犬防ぎに簾さらさらと打ち掛けなどするさまこそ、いみじく手利きたるは安げなるや。

 そよそよと数多おり来て、大人だちたる人の卑(いや)しからぬ声忍びやかにて、帰る人にやあらん、「そこのことあやし。火の事よく制せよ」など言ふもあなり。七つ八つばかりなる男子(をのこご)の、愛敬づき、おごりたる声にて、侍(さぶらひ)の男(をのこ)ども呼び、物など言ひたる、いとをかし。また三つ四つばかりなる児の、寝起きたる気配にて、うちしはぶきたるも、いとうつくし。乳母のな<や>[は]、「はは」など言ひ出でたる、誰ならんと聞かまほし。

 夜一夜(よひとよ)、行ひ罵(ののし)り明かす。寝も入らざりつるを、後夜(ごや)など果てて、少しうち休む耳に、その寺のほどの経(きやう)をうち出でて読みたるこそ、尊くしもあらず。修行者(ずぎやうざ)だちたる法師の、蓑うち着たるが読むならめと、ふとうち驚ろかれて、哀れも聞こゆれ。また、夜などは籠らで、人々しき人の、大人びたるが、青鈍(あをにび)の指貫、綿入れたる白き衣どもあまた着て、子供なめりと見ゆる若き男(をのこ)清げなる、をかしげに装束きたる童など具して、侍(さぶらひ)やうの者ども、あまた畏(かしこ)まり念じ(=祈る)たるも、をかし。かりそめに屏風ばかりを立てて、額など少しつくめり。顔知らぬは誰ならむと、ゆかし。知りたるは、さなめりと見るもをかし。若き人どもは、とかく局どものあたりに立ちさまよひて、仏の御方にも目も見いれ奉らず、別当など呼び出でて、打ちさらめき、物語して出でぬるは、えせ者とはおぼえず。

 二月晦日三月朔日(ついたち)ごろ、花盛りに籠りたる、いとをかし。清げなる若き男どもの桜の襖(あを)、柳の襖など、好ましげなる姿にて、括(くく)りあげたる裾なども、つきづきしげながらあてやかに見えたる。汚なげなき男(をのこ)に、装束よくしたる餌袋(ゑぶくろ=弁当)いだかせて、小舎人童どもに、紅梅・萌黄の狩衣、色々の衵(あこめ)、押し摺り斑(もどろ)かしたる袴など着せて、花の枝折らせて持たせて、侍の細やかなる二三人など具して、金鼓(こむぐ)打つこそをかしけれ。「さ(=あの人)ぞかし」と見ゆる人あれど、いかでかは知らん。うち過ぎて往ぬるも、さすがにさうざうしけれど、「気色(=そぶり)をも見せましものを」などいふ。

 かやうのこと心に籠りたるも、すべて例ならぬ所にあるに、ただ使ふ人ばかりして(=使用人だけと)あるこそ、甲斐(かひ)なく覚ゆれ。同じ程にて、一つ心にをかしき事も、うち言ひ合せつべき人、一人二人必ずあらせまほし。そのある人の中にも、口惜しからぬなどあれど、それはなほ目馴れたるなるべし。男もさ思ふべきにこそあめれ。歩(あ)りきせむとては、わざと尋ね呼びするは。

282        123     
 御嶽に詣づる道の中は、かぎりなき人と聞こゆれど、ただいみじくやつれて、浄衣といふ名つけて、清きばかりをこそ着ることにてあるものと知りたるに、衛門佐(ゑもんのすけ)宣孝(のぶかた)といふ人の詣でける折り、例の作法にせむとて後見(うしろみ)の人々しけるを、「などてかさしもあらん。あぢきなき事なり。ただ清き衣を着て参れ、とこそあらめ。必ず、よもあやし衣(きぬ)の姿にて詣でよと御嶽、世にのたまはじ」とて、三月つごもりなりければ、紫のいと濃き指貫、桜の唐綾の襖(あを=狩衣)、山吹のおどろおどろしき濃き袿(うちぎ)など着て、隆光(=息子)が主殿(とのもり)の亮(すけ)なるは、青色の襖(あを)に紅の衣を、えも言はずすり斑(もどろ)かしたる水干袴など着て、うち続きてみたるを、まかづる人も帰りたる人も、めづらかなる事に言ひあさみ、「すべて、昔より今に至るまで、この道に、まだかかる姿なる、見えざりつ」と言ひ騒ぎしを、いかがあらんずらんと思ひしに、四月一日ころに、いとたいらかに帰りて、六月十日の程に、筑前の守の失せし代(か)はりになりしこそ、げに言ひける事にたがはず、と聞きしか。これは、をかしき事にもあらず、あはれなる事にもあらず、めでたきことにもあらねど、ただその頃耳にとまりし事を書きたるなり。




2008.11 - 2015.5.31 Tomokazu Hanafusa / メール

ホーム