『枕草子(能因本)』





 これは能因本を底本とした枕草子本文である。小学館『日本古典文学全集 枕草子』(1974)を参考にした。また、能因本の影印である笠間書院刊『能因本枕草子<上下>学習院大学蔵』を随時参照した。

 テキスト中に見られる< >[ ]は、底本の本文の乱れを修正するために、底本に対して、加へるべき文字、底本から除くべき文字を意味する。その殆どは上記校訂本の末尾にある「校訂付記」に従つた。この本は底本の読みを尊重して、多くの箇所で意味不明の読みもそのままに残してあるが、一部は意味が通るやうに改めた。

上巻

1
 春は曙(あけぼの)、やうやう白くなりゆく山際(やまぎは)、すこし明かりて、紫だちたる雲の細く棚引きたる。

 夏は夜、月の頃はさらなり、闇もなほ蛍飛びちがひたる、雨などの降るさへをかし。

 秋は夕暮。夕日花やかにさして山際いと近くなりたるに、烏(からす)の寝どころへ行くとて、三つ四つ二つなど、飛び行くさへあはれなり。まして雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆる、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音(ね)など。

 冬はつとめて、雪の降りたるは言ふべきにもあらず。霜などのいと白く、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもて行<け>ば、炭櫃(すびつ)・火桶(ひをけ)の火も、白き灰がちになりぬるはわろし。

2
 頃は、正月、三月、四五月、七月八月、九十一月、十二月。すべてをりにつけつつ、一年(ひととせ)ながらをかし。

3
 正月一日は、まして空のけしきうらうらとめづらしく、霞みこめたるに、世にある人は、姿、かたち心ことに<つくろひ、君をも我身をも祝ひなどしたる、さま殊(こと)に> をかし。

 七日は、雪間(ゆきま)の若菜摘み青やかに、例は、さしも、さる<も>[こ]の目近(めぢか)からぬ所(=高貴な所)に、持てさわぎ、白馬(あをむま)見むとて、里人は車清げにしたてて見に行く。中の御門(みかど=待賢門)の戸閾(とじきみ=敷居)、引き入るるほど、頭(かしら)ども一所(ひとところ)にまろびあひて、指櫛(さしぐし)も落ち、よそいり(?)など、わづらふもをかし。左衛門の陣などに殿上人もあまた立ちなどして、舎人(とねり)の馬どもを取りて驚かして笑ふ、僅(はつか)に(=私たちが)見入れた<れ>[る]ば、立蔀(たてじとみ)などの見ゆるに、主殿司(とのもりづかさ)、女官などの行きちがひたるこそ、をかしけれ。いかばかりなる人、九重(ここのへ)を馴らすらむと思ひやらるるに、内(うち)にも、見るはいと狭(せば)きほどにて、舎人(と<ね>[を]り)が顔のきぬもあらはれ、白き物(=おしろい)の行きつかぬ所は、まことに黒き庭に雪のむら消えたる心地し、いと見苦し。馬のあがり騒ぎたるも、恐ろしく覚ゆれば、引き入られてえよくも見やられず。

 八日、人々よろこびして走りさわぐ車の音も、常よりはことに聞こえて、をかし。

 十五日は餅かゆの節供(せく=節供の料理)まゐり(=差し上げ)、かゆの木ひき隠して、家の子の君達(きんだち)、若き女房のうかがふ、打たれじと用意(ようい=注意)して、常に後ろを心づかひしたる気色もをかしきに、いかにしてけるにかあらむ、打ち当てたるは、いみじう興(きよう)ありと、うち笑ひたるも、いと栄々(はえばえ)し。妬(ねた)しと思ひたるも、ことわりなり。

 去年(こぞ)より新しう通ふ婿の君などの、内へ参るほどを、心もとなく、所につけて我はと思ひたる女房ののぞき、奥の方(かた)にたたずまふ。御前にゐたる人は心得て笑ふを、「あなかま、あなかま」と招き掛くれど、君(きみ=姫君)見知らず顔にて、おいらかにて居給へり。「ここなる物取り侍らむ」など言ひ寄り、走り打ちて逃ぐれば、ある限り笑ふ。男君(をとこぎみ)も、憎からず愛敬(あいぎやう)づきて笑(ゑ)みたる、ことに驚かず顔少し赤みてゐたるもをかし。またかたみに打ち、男などをさへぞ打つめる。いかなる心にかあらむ、泣き腹立ち、打ちつる人を呪ひ、まがまがしく言ふもをかし。内わたりなどやんごとなきも、今日はみな乱れたるかしこまりなし。

 除目(ぢもく)の程など、内わたりはいとをかし。雪降り氷りなどしたるに、申文持てありく四位五位、若やかに、心地よげなるは、いとたのもしげなり。老いて頭白きなどが、人にとかく案内(あない)言ひ、女房の局(つぼね)に寄りて、おのが身のかしこきよし、心をやりて説き聞かするを、若き人々(=女房たち)は真似をし笑へど、いかでか知らむ。「よきに奏し給へ」など言ひても、得たるはよし、得ずなりぬるこそ、いとあはれなれ。

 三月三日、うらうらとのどかに照りたる。桃の花は今咲き始むる。柳などいとをかし<き>[く]こそ更(さら)なれ。それもまた、繭(まゆ)にこもりたるこそをかしけれ。広(ひろ)ごりたるは憎し。花も散りたる後(のち)は、うたてぞ見ゆる。おもしろく咲きたる梅を長く折りて、大きなる花かめにさしたるこそ、わざとまことの花かめふさ(?)などしたるよりもをかしけれ。梅の直衣(なほし)に、出袿(いだしうちぎ)して、客人(まらうど)にもあれ、御兄(せうと)の君達(=定子皇后の兄弟)にもあれ、そこ近くゐて物などうち言ひたる、いとをかし。鳥、虫の額(ひたひ)つきいと美しうて飛びありく、いとをかし。

 祭の頃は、いみじうをかしき。木々の木の葉まだいと繁(しげ)うはなうて、若やかに青みたるに、霞も霧も隔てぬ空の景色の、何となくそぞろにをかしきに、少し曇りたる夕つかた夜など、忍びたる郭公(ほととぎす)の遠う空耳(そらみみ)かと覚ゆるまでたどたどしきを聞きつけたらむ、何心地かはせむ。

 祭近くなりて、青朽葉(あをくちば)、二藍(ふたあゐ)などの物どもを押し巻きつつ細櫃(ほそびつ)の蓋(ふた)に入れ、紙などにけしきばかり包みて行きちがひ持てありくこそをかしけれ。裾濃(すそご)、斑濃(むらご)、巻染(まきぞめ)など、常よりもをかしう見ゆ。童べの、頭ばかり洗ひつくろひて、形(なり=服装)はみなほころび絶え、乱れかかりたるが、屐子(<け>[は]いし)、沓(くつ)などの緒(を)すげさせて、騒ぎ、いつしかその日にならなむと急ぎ走りありくもをかし。怪しく踊りてありく者どもの、装束(さうぞ)きたてつれば、いみじく定者(ぢやうざ)といふ法師などのやうに、練りさまよふ、いかに心もとなからむ。ほどにつけて、おほや<う>[ら]は、女、姉などの、供人してつくろひ歩りくもをかし。

4
 ことことなるなるもの 法師のことば。男女(をとこをんな)のことば。下衆(げす)のことばに、必ず文字余りしたる。

5
 思はむ(=愛する)子を法師になしたらむこそは、いと心苦しけれ。さるは、いとたのもしきわざを、ただ木の端(はし)などのやうに思ひたらむ、いといとほし。精進(さうじ)の物の悪しきを食ひ、寝(い)ぬるをも言ふ。若きは、物もゆかしからむ。女などのある所をも、などか忌みたるやうに、さし覗(のぞ)かずもあらむ、それをも安からず言ふ。まして験者(げんざ)などの方(かた)は、いと苦しげなり。御嶽(みたけ)、熊野(くまの)、かからぬ(=至らぬ)山なく歩(あり)くほどに、恐ろしき目も見、験(しるし=効き目)あり、聞こえ出で来ぬれば、ここかしこに呼ばれ、時めくにつけて、安げもなし。いたく患(わづら)ふ人にかかりて、物の怪調(てう)ずるも、いと苦しければ、困(こう)じてうち眠(ねぶ)れば、「ねぶりなどのみして」<と>咎(とが)むるも、いと所狭(ところせ)く(=窮屈で)、いかに思はむと。これは昔の事なり。今様はやすげなり。

6
 大進(だいしん)生昌(なりまさ)が家に、宮の出でさせ給ふに、東(ひんがし)の門(かど)には四足(よつあし)になして、それより御輿(みこし)は入(い)らせ給ふ。北の門(かど)より女房の車ども、陣屋(ぢんや)の居ねば入りなむやと思ひて、頭(かしら)つきわろき人も、いたくもつくろはず、寄せて下(お)るべきものと思ひあなづりたるに、檳榔毛(びりやうげ)の車などは、門小さければ、え入らねば、例の筵道(えんだう)敷きておるるには、いと憎く、腹立たしけれど、いかがはせむ。殿上人(てんじやうびと)、地下(ぢげ)立ち添ひ見るも妬(ねた)し。

 御前(おまへ)に参りて、ありつるやう啓すれば、「ここにても人は見るまじくやは。などかはさしも打ち解け(=油断)つる」と笑はせ給ふ。「されど、それは皆目馴れて侍れば、よくしたてて侍らむしもぞ驚く人も侍らむ。さても、かばかりなる家に、車入らぬ門やはあらむ。見えば笑はむ」など言ふ程にしも、「これまゐらせむ」とて、御硯などさし入る。「いで、いと悪ろくこそおはしけれ。などてか、その門(かど)狭(せば)く造(つく)りては住み給ひけるぞ」と言へば、笑ひて「家の程、身の程に合はせて侍るなり」と答(いら)ふ。「されど、門(かど)の限りを高く造りける人も聞こゆるは」と言へば、「あな、おそろし」と驚きて、「それは于公(うこう)が事にこそ侍ンなれ。古き進士(しんじ=文章生)などに侍らずは、承(うけたまは)り知るべくも侍らざりけり。たまたまこの道にまかり入りにければ、かうだに弁(わきま)へられ侍り」など言ふ。「いで、御道(みち)もかしこからざんめり。筵道敷きたれど、皆おち入りて騒ぎつるは」と言へば、「雨の降り侍れば、実(げ)にさも侍らむ。よしよし、また仰せられ掛くべき事もぞ侍る。罷(まか)り立ち侍りなむ」とて往(い)ぬ。「何事ぞ、生昌(なりまさ)がいみじう怖(お)ぢつるは」と問はせ給ふ。「あらず、車の入らざりつること申し侍り」と申しておりぬ。同じほど、局に住む若き人々などして、よろづの事も知らず、ねぶたければ寝ぬ。東の対(たい)の西の廂(ひさし)かけてある北の障子(さうじ)には、掛け金(がね)もなかりけるを、それも尋ねず。家主(いへぬし)なれば、よく知りて開けてけり。あやしう嗄(か)ればみたる者の声にて、「候(さぶら)はむには、いかが」と、あまたたび言ふ声に、驚きて見れば、几帳(きちやう)の後ろに立てたる火の光はあらはなり。障子を五寸ばかり開けて言ふなりけり。いみじうをかし。更にかやうの好き好きしきわざ、夢にせぬ者の、(=定子が)家におはしましたりとて、無下(むげ)に心にまかするなンめりと思ふも、いとをかし。

 わが傍(かたは)らなる人を起して、「かれ見給へ、かかる見えぬものあンめるを」と言へば、頭をもたげて見やりて、いみじう笑ふ。「あれは誰(た)そ。顕証(けしう)に」と言へば、「あらず。家主(いへぬし)と局あるじと定め申すべき事の侍るなり」と言へば、「門の事をこそ申しつれ、障子あけ給へとやは言ふ」「なほその事申しはべらむ。そこに候はむ、いかにいかに」と言へば、「いと見苦しき事。殊更にえおはせじ」とて笑ふめれど、「若き人々おはしけり」とて、引き立てて往ぬる後(のち)に笑ふ事いみじ。開けぬとならば、ただまづ入りねかし。消息(せうそこ)をするに「よかンなり」とは誰(たれ)かは言はむと、げにをかしきに、翌朝(つとめて)御前(おまへ)に参りて啓すれば、「さる事(=そんな人だとは)も聞こえざりつるを、昨夜(よべ)の事に愛(め)でて、入りにたりけるなンめり。(=あなたが)あはれ、彼(あれ)をはしたなく言ひけむこそ、いとほしけれ」と笑はせ給ふ。

 姫宮(=脩子内親王)の御方(おんかた)の童べの装束(さうぞく)せさすべきよし仰せらるるに、「童(わらは)の衵(あこめ)の上襲(うはおそひ)は何色(なにいろ)にか仕(つかうまつ)らすべき」と申すをまた笑ふ。ことわりなり。

 また「姫宮の御前の物(=膳部)は、例のやうにては憎げに候(さぶら)はむ。ちうせい折敷(をしき)、ちうせい高杯(たかつき)にてこそよく候はめ」と申すを、「さてこそは、上襲(うはおそひ)着(き)たる童べもまゐりよ<か>らめ」と言ふを、「なほ例の人のつらに、これな笑ひそ。いと生(き)直(すぐ)なるものを、いとほしげに」と制したまふもをかし。中間(ちゆうげん)なる折(をり)、「大進、もの聞こえむとあり」と、人の告ぐるを聞こし召して、「またなでふこと言ひて笑はれむとならむ」と仰せらるる、いとをかし。「行(ゆ)きて聞け」と仰せらるれば、わざと出でたれば、「一夜(ひとよ)の門の事を中納言(=兄)に語り侍りしかば、いみじう感じ申されて、『いかでさるべからむ折に対面(たいめん)して申しうけ給はらむ』となむ申されつる」とて、また事もなし。一夜(ひとよ)の事や言はむと、心ときめきしつれど、「今静(しづ)かに御局(つぼね)に候はむ」とて往ぬれば、帰り参りたるに、「さて何事ぞ」とのたまはすれば、申しつる事をさなむとまねび啓して、「わざ<と>消息(せうそこ)し、呼び出づべきことにぞあらぬや。おのづから静かに局などにあらむにも言へかし」とて笑へば、「おのが心地に賢(かしこ)しと思ふ人の褒めたるを、嬉しとや思ふとて、告げ知らするならむ」とのたまはする御気色(けしき)も、いとをかし。

7
 うへに候ふ御猫(おほんねこ)は、冠(かうぶり)給はりて、命婦(みやうぶ)のおとどとて、いとをかしければ、寵(かしづ)かせ給ふが、端(はし)に出でたまふを、乳母(めのと)の馬(むまの)命婦、「あな、正無(まさな)や。入(い)り給へ」と呼ぶに、聞かで、日のさし当りたるに、うち眠(ねぶ)りてゐたるを、おどすとて、「翁丸(おきなまろ=犬)、いづら、命婦<の>おとど食へ」と言ふに、まことかとて、痴れ者(しれもの)は走りかかりたれば、おびえ惑ひて、御簾(みす)の内に入りぬ。朝餉(あさがれひ)の間(ま)に、上はおはしますに、御覧じて、いみじう驚ろかせ給ふ。猫は御ふところに入れさせ給ひて、男(をのこ)ども召せば、蔵人忠隆(ただたか)まゐりたるに、「この翁丸打ち調(てう)じて、犬島(いぬしま)にながしつかはせ、只今」と仰せらるれば、集りて狩りさわぐ。馬(むまの)命婦もさいなみて、「乳母(めのと)変(か)へてむ、いとうしろめたし」と仰せらるれば、かしこまりて御前にも出でず。犬は狩り出でて滝口などして、追ひつかはしつ。

 「あはれ、いみじくゆるぎ歩(あり)きつるものを。三月三日に、頭弁(とうのべん)、柳の鬘(かづら)をせさせ、桃の花挿頭(かざし)にささせ、桜腰に挿させなどして、歩かせ給ひし。かかる目見むとは思ひ懸けけむや」と哀れがる。「御膳(おもの)のをりは、必ず向ひ候ふに、さうざうしくこそあれ」など言ひて、三四日になりぬ。

 昼つかた、犬のいみじく鳴く声のすれば、何ぞの犬のかく久しく鳴くにかあらむと聞くに、よろづの犬ども走り騒ぎ、訪(とぶ)らひに行(ゆ)く。御厠人(みかはやうど)な<る>[り]もの走り来て、「犬を蔵人二人して打ちたまふ。死ぬべし。流させ給ひけるが、帰りまゐりたるとて、調じ給ふ」と言ふ。心憂(う)のことや。翁丸なンなり。「忠隆、実房(さねふさ)なむ打つ」と言へば、制(せい)しにやる程に、からうじて鳴きやみぬ。「死にければ、門のほかに引き捨てつ」と言へば、哀れがりなどする夕つかた、いみじげに腫(は)れ、あさましげなる犬の、わびしげなるが、わななき歩けば、「哀れ、翁丸か。かかる犬やはこの頃は見ゆる」など言ふに、「翁丸」と呼べど、耳にも聞き入れず。「それぞ」と言ひ、「あらず」と言ひ、口々申せば、「右近ぞ見知りたる。呼べ」とて、下(しも)なるを、「まづ、頓(とみ)の事」とて召せば参りたり。「これは翁丸か」と見せさせ給ふに、「似て侍るめれども、これはゆゆしげにこそ侍るめれ。また、『翁丸』と呼べば、よろこびてまうで来るものを、呼べど寄りてこず。あらぬなンめ<り>[れ]。『それは打ち殺して捨て侍りぬ』とこそ申しつれ。さる者どもの二人して打たむには生きなむや」と申せば、心憂がらせ給ふ。

 暗うなりて、物食はせたれど食はねば、あらぬもの(=別の犬)に言ひなして止(や)みぬる翌朝(つとめて)、御梳髪(おほんけづりぐし)に(=私が)まゐり、御手水(おほんてうづ)(=中宮が)まゐりて、御鏡(=私に)持たせて御覧ずれば、(=私が)候ふに、犬の柱のもとについ居たるを、「あはれ、昨日翁丸をいみじう打ちしかな。死にけむこそ悲しけれ。何の身にか、この度はなりたらむ。いかにわびしき心地しけむ」とうち言ふほどに、この寝(ね)たる犬ふるひわななきて、涙をただ落としに落とす。いとあさまし。「さは、これ翁丸にこそありけれ。昨夜(よべ)は隠れ忍びてあるなりけり」と、哀れにくゝて、をかしきこと限りなし。御鏡をもうち置きて、「さは、翁丸」と言ふに、ひれ伏して、いみじく鳴く。

 御前にもおぢ笑はせ給ふ。人々参り集りて、右近の内侍召して、「かく」など仰せらるれば、笑ひののしるを、上にも聞し召して、渡らせおはしまして、「あさましう犬なども、かかる心あるものなりけり」と笑はせ給ふ。上の女房たちなども聞きて、参り集りて、呼ぶにただ今ぞ立ち動く。なほ顔など腫れたンめり。「<物の>[ゆく]てをせさせばや」と言へば、「これをついでに言ひあらはしつる」など笑はせ給ふに、忠隆聞きて、台盤所(だいばんどころ)の方より、「まことにや侍らむ。かれ見侍らむ」と言ひたれば、「あなゆゆし、さるものなし」と言はすれば、「さりとも、つひに見つくるをり侍りなむ。さのみもえ隠させ給はじ」と言ふなり。

 さて後、畏(かしこ)まり勘事(かうじ)ゆるされて、元のやうになりにき。猶あはれがられて、震ひ鳴き出でたりし程こそ、世に知らず、をかしくあはれなりしか。人々にも言はれて、鳴きなどす。

8
 正月一日、三月三日は、いとうららかなる。五月五日、曇(くも)りくらしたる。七月七日は曇りて、七夕(たなばた)晴れたる空に、月いと明かく、星の姿見えたる。九月九日は、暁がたより雨少し降りて、菊の露もこちたうそぼち、覆(おほ)ひたる綿など、もてはやされたる。翌朝(つとめて)はやみにたれど、曇りて、ややもすれば、降り落ちぬべく見えたる、をかし。

9
 よろこび奏するこそをかしけれ。後(うし)ろをまかせて、笏(しやく)取りて、御前の方に向ひて立てるを。拝し舞踏(ぶたふ)し、さわぐよ。

10
 今内裏(いまだいり)の東をば、北の門とぞ言ふ。楢(なら)の木のはるかに高きが立てるを、常に見て、「いく尋(ひろ)あらむ」など(=私が)言ふに、権中将(ごんのちゆうじやう=成信)の、「もとより打ち切りて、定澄(じやうちやう)僧都の枝扇(えだあふぎ)にせさせばや」とのたまひしを、山階寺(やましなでら)の別当(べたう)になりて、よろこび申しの日、近衛(このゑ)づかさにて、この君の出で給へるに、高き屐子(けいし)をさへ履きたれば、ゆゆしく高し。出でぬる後こそ、「などその枝扇は持たせ給はぬ」と言へば、「物忘れせず」と笑ひ給ふ。

11
 山は 小倉山。三笠山。このくれ山。わすれ山。いりたち山。鹿背山(かせやま)。ひえの山。かたさり山こそ、いかなるらむとをかしけれ。五幡山(いつはたやま)。後瀬山(のちせのやま)。笠取山(かさとりやま)。ひらの山。床(とこ)の山は「わが名もらすな」と御門(みかど)の詠ませ給ひけむ、いとをかし。

 いぶせの山。朝倉山、よそに見るがをかしき。岩田山(いはたやま)。おひれ山も、臨時の祭の使(つかひ)など思ひ出でらるべし。手向山(たむけやま)。三輪の山、いとをかし。音羽山(おとはやま)。待兼山(まちかねやま)。玉坂山(たまさかやま)。耳無山(みみなしやま)。末(すゑ)の松山。葛城山(かつらぎやま)。美濃(みの)の御山。柞山(ははそやま)。位山(くらゐやま)。吉備の中山(きびのなかやま)。嵐山。更級山(さらしなやま)。姨捨山(をばすてやま)。小塩山(をしほやま)。浅間の山。かたため山。かへる山。妹背山(いもせやま)。

12
 峰は つるはの嶺。阿弥陀(あみだ)の峰。弥高(いやたか)の峰。

13
 原は たか原。甕の原(みかのはら)。朝の原(あしたのはら)。その原。萩原(はぎはら)。粟津原(あはづのはら)。奈志原(なしはら)。うなゐごが原。安倍の原(あべのはら)。篠原(しのはら)。

14
 市は たつの市。つば市は、やまとにあまたあ<る>[り]中に、長谷(はせ)に詣づる人の、かならずそこにとどまりければ、観音の御縁あるにや、心ことなり。おふの市。飾磨(しかま)の市。飛鳥(あすか)の市。

15
 淵(ふち)は かしこ淵。いかなる底の心を見えて、さる名をつきけむと、をかし。ないりその淵。誰(たれ)にいかなる人の教へ<し>ならむ。青色の淵こそをかしけれ。蔵人などの身にしつべくて。いな淵。かくれの淵。のぞきの淵。玉淵。

16
 海は 水うみ。与謝の海。川口の海。伊勢の海。

17
 みささぎは、うぐひすの陵(みささぎ)。柏原(かしははら)の陵。あめの陵。

18
 わたりは しかすがの渡(わたり)。みではしの渡。

19
 家は 近衛の御門(みかど)。二条、一条よし。染殿(そめどの)の宮。清和院(せかゐ)。みかゐ。すが原の院。れぜいの院。とう院。小野宮(をののみや)。紅梅。あがたの井戸。東三条(とうさんでう)。小六条。

20
 清涼殿の丑寅の隅の、北の隔てなる御障子には、荒海の絵(かた)、生きたる物どものおそろしげなる、手長足長(てながあしなが)をぞかかれたる。うへの御局の戸押しあけたれば、常に目に見ゆるを、にくみなどして笑ふほどに、高欄(かうらん)のもとに、青き瓶(かめ)の大きなる据ゑて、桜のいみじくおもしろきが、五尺ばかりなるを、いと多くさしたれば、高欄のもとまでこぼれ咲きたるに、昼つ方、大納言殿、桜の直衣の少しなよらかなるに、濃き紫の指貫(さしぬき)、白き御衣(ぞ)ども、うへに濃き綾(あや)の、いとあざやかなるを出だして、参り給へり。うへのこなたにおはしませば、戸口の前なる細き板敷に居給ひて、物など奏し給ふ。御簾(みす)の内には、女房桜の唐衣どもくつろかにぬぎ垂れつつ、藤、山吹など、色々にこのもしくて、あまた小半蔀(こはじとみ)の御簾より押し出でたるほど、昼(ひ)の御座(おまし)の方に、御膳(おもの)まゐる足音高し。けはひなど、「おしおし」と言ふ声聞こゆ。うらうらとのどかなる日の景色(けしき)、いとをかしきに、果ての御盤(ごばん)持たる蔵人参りて、御膳奏すれば、中戸(なかど)より渡らせ給ふ。

 御供に大納言参らせ給ひて、ありつる花のもとにかはり居給へり。宮の御前の御几帳押しやりて、長押(なげし)のもとに出でさせ給へるなど、ただ何事もなく万(よろづ)にめでたきを、候ふ人も、思ふ事なき心地するに、「月日もかはりゆけども、久(ひさ)に経(ふ)るみむろの山の」と「宮高く」と言ふ事を、ゆるるかにうち詠(よ)み出だして居給へる、いとをかしと覚ゆる。げにぞ千年(ちとせ)もあらまほしげなる御ありさまなるや。

 陪膳(はいぜん)仕(つかまつ)る人の、男(をのこ)どもなど召すほどもなく渡らせ給ひぬ。「御硯の墨すれ」と仰せらるるに、目はそらにのみ、ただおはしますをのみ見奉れば、ほとほとつぎめも放ちつべし。白き色紙を押したたみて、「これに只今覚えむ故事(ふるごと)書け」と仰せらるるに、外(と)に居給へるに、「これはいかに」と申せば、「とく書きて参らせ給へ。男(をのこ)は言(こと)ますべきにもはべらず」とて、差し入れ給へり。御硯とりおろして、「とくとく、ただ思ひめぐらさで、難波津も何も、ふと覚えむを」と責めさせ給ふに、などさは臆(おく)せしにか、すべて面(おもて)さへ赤みてぞ思ひ乱るるや。春の歌、花の心など、さ言ふに、上臈二つ三つ書きて、「これに」とあるに、

 年経(ふ)れば齢(よはひ)は老いぬしかはあれど花をし見れば物思ひもなし

といふことを、「君をし見れば」と書きなしたるを、御覧じて、「ただこの心ばへどもの、ゆかしかりつるぞ」と仰せらるる序(ついで)に、「円融院の御時、御前にて、『草子に歌一つ書け』と殿上人に仰せられけるを、いみじう書きにくく、すまひ申す人々ありける。『更に手の善さ悪しさ、歌、折に合はざらむをも知らじ』と仰せられければ、わびて皆書きける中に、只今の関白殿の三位中将と聞こえける時、

 しほの満ついつもの浦のいつもいつも君をば深く思ふやはわれ

といふ歌を、末を『たのむやはわれ』と書き給へりけるをなむ、いまじくめでさせ給ひける」と仰せらるるも、すずろに汗浴(あ)ゆる心地ぞしける。若からむ人は、さもえ書くまじき事のさまにやとぞ覚ゆる。例の、ことよく書く人々も、あいなく皆つつまれて、書きけがし(=書き損じ)などしたるもあり。

 古今(こきん)の草子を御前に置かせ給ひて、歌どもの本(もと)を仰せられて、「これが末(すゑ)はいかに」と仰せらるるに、すべて夜昼心にかかりて覚ゆる、け清(ぎよ)く覚えず、申し出でられぬ事は、いかなる事ぞ。宰相の君ぞ十ばかり。それも覚ゆるかは。まして五つ六つ三つなど、はた覚えぬよしをぞ啓すべけれど、「さやは、け悪(に)くく、仰せ言(ごと)を、栄(は)えなくもてなすべき」と言ひ、口惜(くちを)しがるも、をかし。知ると申す人なきをば、やがて読みつづけさせ給ふを、「さてこれは皆知りたる事ぞかし。などかく拙(つたな)くはあるぞ」と言ひ嘆く。中にも古今あまた書き写しなどする人は、皆覚えぬべきことぞかし。

 「村上の御時、宣耀殿(せんえうでん)の女御と聞こえけるは、小一条の左大臣殿の御女(むすめ)におはしましければ、誰かは知り聞こえざらむ。まだ姫君におはしける時、父大臣(おとど)の教へ聞こえさせ給ひけるは、『一つには御手を習ひ給へ。次には琴(きん)の御琴(こと)を、いかで人に弾きまさむとおぼせ。さて古今二十巻を皆浮かべさせ給はむを御学問にはせさせたまへ』となむ聞こえさせ給ひけると、聞こしめしおかせ給ひて、御物忌なりける日、古今を隠してわたらせ給ひて、例ならず御几帳を引き立てさせ給ひければ、女御、あやしとおぼしけるに、御草子をひろげさせたまひて、『その年その月、何のをり、その人の詠みたる歌はいかに』と、問ひきこえさせたまふに、かうなりと心得させ給ふもをかしきものの、ひが覚えもし、忘れたるなどもあらば、いみじかるべき事と、わりなく思し乱れぬべし。その方(かた)おぼめかしからぬ人二三人ばかり召し出でて、碁石して数を置かせ給はむとて、問ひ聞こえさせ給ひけむほど、いかにめでたくをかしかりけむ。御前に候ひけむ人さへこそ、羨(うらやま)しけれ。せめて申させ給ひければ、賢(さか)しうやがて末までなどにはあらねど、すべてつゆ違(たが)ふ事なかりけり。あさましく、なほ少しおぼめかしく、僻事(ひがごと)見つけてを止(や)まむと、ねたきまで思しめしける。十巻(とまき)にもなりぬ。『更に不用なりけり』とて、御草子に夾算(けさん)して、御とのごもりぬるも、いとめでたしかし。いと久しうありて起きさせ給へるに、『猶、このこと左右(さう)なくて止まむ、いとわろかるべし』とて、下(しも)十巻を、明日にもならば、異(こと)をもぞ見給ひ合はする、今宵定めむ』とて、御殿油近くまゐりて、夜更くるまでなむよませ給ひける。されど、終(つひ)に負け聞こえさせ給はずなりにけり。うへ渡らせ給ひて後、かかる事なむと、人々殿に申し奉りければ、いみじう思し騒ぎて、御誦経(ずきやう)など数多せさせ給ひて、そなたに向ひてなむ、念じ暮らさせ給ひけるも、すきずきしくあはれなる事なり」など語り出でさせ給ふを、うへ聞しめして、めでさせ給ひ、「いかでさ多くよませ給ひけむ。我は三巻(まき)四巻だにも、えよみ果てじ」と仰せらる。「昔は、えせ者も、数寄(すき)をかしうこそありけれ。この頃、かやうなる事やは聞こゆる」など、御前に候ふ人々、うへの女房のこなたゆるされたるなど参りて、口々言ひ出でなどしたる程は、真(まこと)に思ふ事なくこそ覚ゆれ。

21
 生ひさきなく、まめやかに、えせざいはひなど見てゐたらむ人は、いぶせくあなづらはしく思ひやられて、猶、さりぬべからむ人の女(むすめ)などは、さしまじらはせ、世の中の有様も見せならはさまほしう、内侍(ないし)などにても暫時(しばし)あらせばやとこそ覚ゆれ。

 「宮仕(みやづかへ)する人は、あはあはし」など、わろき事に思ひ言ひたる男こそ、いとにくけれ。さる事ぞかし。よに畏(かしこ)き御前を始め奉り、上達部(かんだちめ)、殿上人、四位、五位、六位、女房更にも言はず、見ぬ人は少なくこそはあらめ。女房の従者(ずんざ)ども、その里より来る者ども、長女(をさめ)、御厠人(みかはやうど)、礫瓦(たびしかはら)といふまで、いつかはそれを恥ぢ隠れたりし。殿ばらなどは、いとさしもあらずやあらむ。それも、ある限りは、さぞあらむ。

 うへなど言ひて、かしづきすゑたるに、心にくからず覚えむ、ことわりなれど、内侍のすけなど言ひて、をりをり内へ参り祭の使(つかひ)などに出でたるも、面(おも)立たしからずやはある。

 さて籠りゐぬる人、はたいとよし。受領の五節(ごせち)など出だすをり、さりともいたう鄙(ひな)び、見知らぬ事人に問ひ聞きなどはせじかしと、心にくきものなり。

22
 すさまじきもの 昼ほゆる犬。春の網代(あじろ)。三四月の紅梅の衣(きぬ)。嬰児(ちご)の亡くなりたる産屋(うぶや)。火おこさぬ火桶(おけ)、地火炉(ぢくわろ)。牛(うし)死にたる牛飼(うしかひ)。博士(はかせ)のうちつづき女子(をんなご)うませたる。方違(かたたがへ)に行きたるに、あるじせぬ所。まして節分(せちぶん)はすさまじ。人の国よりおこせたる文の物なき。京のをもさこそ思ふらめども、されど、それはゆかしき事も書きあつめ、世にある事も聞けばよし。人のもとにわざと清げに書き立ててやりつる文の返事(かへりごと)見む、今は来(き)ぬらむかしと、あやしく遅きと待つほどに、ありつる文を結びたるも、立て文(ぶみ)も、いときたなげに持ちなして、ふくだめて、上に引きたりつる墨さへ消えたるを、「おはしまさざりけり」もしは「物忌(いみ)とて取り入れず」など言ひて、もて帰りたる、いとわびしくすさまじ。また、かならず来(く)べき人のもとに車をやりて待つに、入り来る音すれば、さなンなりと、人々出でて見るに、車宿りざまにやり入れて、轅(ながえ)ほうとうちおろすを、「いかなるぞ」と問へば、「今日(けふ)はおはしまさず。渡り給はず」とて、牛の限り引き出でていぬる。また、家動(ゆす)りて取りたる婿の来ずなりぬる、いとすさまじ。さるべき人の宮仕へする許(がり)やりて、いつしかと思ふも、いとほいなし。

 ちごの乳母(めのと)の、「ただあからさま」とて往(い)ぬるを、もとむれば、とかく遊ばし慰めて、「疾く来(こ)」と言ひ遣(や)りたるに、「今宵(こよひ)はえ参るまじ」とて、返しおこしたる、すさまじうのみにもあらず、にくさわりなし。

 女など迎(むか)ふる男、ましていかならむ。待つ人ある所に、夜少し更けて、しのびやかに門を叩けば、胸少しつぶれて、人出だし問はするに、あらぬよしなき者の名のりして来たるも、返す返すすさまじといふ中にも。

 験者(げんじや)の、物の怪(もののけ)調(てう)ずとて、いみじうしたり顔に、独鈷(とこ)や数珠(ずず)などもたせて、せみ声にしぼり出だし読み居たれど、いささか去りげもなく、護法(ごほふ)もつかねば、集まりて念じゐたるに、男女あやしと思ふに、時のかはるまで読み困(こう)じて、「更につかず。立ちね」とて、数珠取り返して「あないと験(げん)なしや」とうち言ひて、額(ひたひ)より上(かみ)ざまに、頭さくりあげて、欠伸(あくび)を己(おのれ)うちして、寄り臥しぬる。

 除目(ぢもく)に司(つかさ)得ぬ人の家。今年はかならずと聞きて、はやうありし者ども、外々(ほかほか)にありつる、片田舎に住む者どもなど、皆集り来て、出で入る車の轅(ながえ)もひまなく見え、物詣でする供(とも)にも、われ<も>われもと参り仕(つかうまつ)り、物食ひ酒飲み、ののしり合へるに、果つる暁まで門叩く音もせず。「怪し」など、耳立てて聞けど、さき追ふ声々して、上達部など皆出で給ふ。物聞くに宵より寒がりわななき居りつる下衆(げす)男(をのこ)など、いと物憂げに歩み来るを、をる者どもは、問ひだにもえ問はず。ほかより来たる者などぞ、「殿は何にかならせ給へる」など問ふ。答(いら)へには「なンの前司(ぜんじ)にこそは」と、必ずいらふる。まことに頼(たの)みける者は、いみじう嘆(なげ)かしと思ひたり。翌朝(つとめて)になりて、隙(ひま)なくをりつる者も、やうやう一人二人づつ、すべり出でぬ。ふる者の、さもえ行(ゆ)き離(はな)るまじきは、来年の国々を手を折りて数へなどして、ゆるぎ歩く、いみじういとほしう、すさまじげなり。

 よろしう詠みたりと思ふ歌を、人のがり遣りたるに返しせぬ。懸想文(けさうぶみ)はいかがせむ。それだに折(をり)をかしうなどあるに、返しせぬは心劣りす。また、さわがしう時めかしき所に、うち古めきたる人の、おのがつれづれと暇(いとま)あるままに、昔覚えて、ことなる事[に]なき歌よみして遣(おこ)せたる。

 物の折(<を>[あ]り)、扇いみじくと思ひて、心ありと知りたる人に取らせたるに、その日になりて、思はずなる絵など書きて得たる。

 産養(うぶやしなひ)、馬のはなむけなどの、物の使(つかひ)に禄(ろく)など取らせぬ。はかなき薬玉(くすだま)、卯槌(うづち)など持てありく者も、必ず取らすべし。思ひかけぬ事に得たるをば、いと興(きよう)ありと思ひたる。今日は必ずさるべき使ぞと、心ときめきして来たるに、ただなるは、まことにすさまじ。

 婿取りて、四五年まで産屋(うぶや)のさわぎせぬ所。大人なる子供、ようせずは、孫(むまご)どもも這(は)ひありきぬべき人の親どちの昼寝したる。傍(かたは)らなる子供の心地にも、親の昼寝したるは、寄り所なくすさまじくぞありし。寝起きてあむる湯は、腹立たしくさへこそ覚ゆれ。師走(しはす)の晦日(つごもり)の長雨。百日ばかりの精進(しやうじ)の懈怠(けだい)とやいふべからむ。八月の白襲(しらがさね)。乳(ち)あえずなりぬる乳母(めのと)。

23
 たゆまるるもの 精進(さうじ)の日の行なひ。日遠き急(いそ)ぎ。寺に久しく籠りたる。

24
 人にあなづらるるもの 家の北面(きたおもて)。あまりに心よきと人に知られたる人。年老いたる翁。また、あはあはしき女。築地(ついぢ)のくづれ。

25
 にくきもの 急ぐ事あるをりに、長言(ながごと)する客人(まらうど)。あなづらはしき人ならば、「後に」など言ひても追ひやりつべけれども、さすがに心はづかしき人、いとにくし。

 硯(すずり)に髪の入りて磨られたる。また、墨(すみ)の中に、石のこもりて、きしきしときしみたる。

 俄(にはか)にわづらふ人のあるに、験者(げんざ)もとむるに、例(れい)ある所にはあらで、ほかにある、尋ねありくほどに、待ち遠(どほ)に久しきを、からうじて待ちつけて、よろこびながら加持(かぢ)せさするに、この頃物の怪に困(こう)じにけるにや、ゐ<る>[ひ]即(すなはち)、ねぶり声になりたる、いとにくし。

 なでふことなき人の、すずろにゑがちに物いたく言ひたる。火桶、炭櫃などに手のうらう<ち>[た]返しうち返し、皺(しわ)押しのべなどして、あぶる者。いつかは若やかなる人などの、さはしたりし。老(お)いばみうたてある者こそ、火桶のはたに足さへうちかけて、物言ふままに押しすりなどもするらめ。さやうの者は、人のもとに来て、ゐむとする所、扇(あふぎ)して塵払(ちりはら)ひ掃き捨てて、ゐも定まらずひろめきて、狩衣(かりぎぬ)の前、しも様(ざま)にまくり入れてもゐるかし。かかる事は、言ふかひなき際(きは)にやと思へど、少しよろしき者の、式部大夫(しきぶのたいふ)、駿河の前司など言ひしが、させしなり。

 また、酒飲みてあめきて、口をさぐり、髯(ひげ)あるは、それを撫でて、杯(さかづき)、人に取らするほどのけしき、いみじくにくし。なやみ、口わきをさへ引き垂れ、「また飲め」など言ふなるべし、身ぶるひをし、童べの「こほ殿に参りて」など謡(うた)ふやうにする。それはしも、まことによき人の、さし給ひしより、心づきなしと思ふなり。

 物うらやみし、身の上嘆き、人の上言ひ、つゆばかりの事もゆかしがり、聞かまほしがりて、言ひ知ら<せ>ぬをば怨(ゑん)じそしり、また、わづかに聞きわたる事をば、われもとより知りたる事のやうに、ことごと、人にも語りしらべ言ふも、いとにくし。

 物聞かむと思ふほどに泣く児(ちご)。烏(からす)の集りて飛びちがひ鳴きたる。忍びて来る人見しりて吠(ほ)ゆる犬は、打ちも殺しつべし。

 さるまじう、あながちなる所に隠し伏せたる人の、鼾(いびき)したる。また、密(みそか)に忍びて来る所に、長烏帽子(ながえぼし)さすがに人に見えじと惑ひ出づるほどに、物に突きさはりて、そよろと言はせたる、いみじうにくし。伊予簾(いよす)など懸けたるを、うちかづきて、さらさらと鳴らしたるも、いとにくし。帽額(もかう)の簾(す)は、ましてこはき物のうち置かるる、いとしるし。そばをやをら引き上げて出で入りするは、更に鳴らず。

 また、遣戸(やりど)など荒(あら)くあくるも、いとにくし。少しもたぐるやうにて開(あ)くるは、鳴りやはする。あしう開くれば、障子(さうじ)なども、ほめかし、こほめくこそしるけれ。

 ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊の細声に名のりて、顔のもとに飛び歩くは、風さへさる身のほどにあるこそ、いとにくけれ。

 きしめく車に乗りて歩く者、耳も聞かぬにやあらむと、いとにくし。わが乗りたるは、その車の主(ぬし)さへにくし。

 物語などするに、さし出でて、われ一人さいまんくるる(=先回りする)者。さしいらへはすべて、童(わらは)も大人もいとにくし。

 昔物語などするに、われ知りたりけるは、ふと出でて、言ひくたしなどする、いとにくし。鼠の走り歩く、いとにくし。

 あからさまに来たる子供童(わらは)べをらうたがりて、をかしき物など取らするに、ならひて、常に来て居入りて、調度(てうど)やうち散(ち)らしぬる、にくし。

 家にても宮仕へ所にても、会はでありなむと思ふ人の来たるに、空寝(そらね)をしたるに、わがもとにある者どもの、起こしに寄り来て、いぎたなしと思ひ顔に、引きゆるがしたる、いとにくし。

 今参りのさし越えて物知り顔に教へやうなる事言ひ、後ろ見たる、いとにくし。

 わが知る人(=夫)にてあるほどの、はやう見し女(=前妻)のこと、褒め言ひ出だしなどするも、過ぎてほど経(へ)にけれど、なほにくし。まして、さし当たりたらむこそ思ひやらるれ。されど、それはさしもあらぬやうもありかし。

 鼻ひて誦文(ずもん)する人。大かたの、家の男主(をとこしゆう)ならで鼻高くひたる者、いとにくし。

 蚤(のみ)もいとにくし。衣(きぬ)の下(した)に踊(をど)り歩きて、もたぐるやうにするも、また、犬のもろ声に長々と鳴きあげたる、まがまがしくにくし。

26
 にくきもの、乳母(めのと)の男こそあれ。女子(をんなご)は、されど近く寄らねばよし。男子(をのこご)は、ただわが物に領(りやう)じて、立ち添ひ後ろ見、いささかもこの御事に違ふ者をば詰め讒(ざん)し、人にも思ひたらず。怪(あや)しけれど、これがとがをば、心に任せ言ふ人しなければ、所得(え)、いみじき面持して、事行なひなどするよ。

27
 文ことばなめき人こそ、いとど憎けれ。世をなのめに書きながしたる言葉の憎さこそ。さるまじき人のもとに、あまり畏(かしこ)まりたるも、実(げ)に悪ろき事ぞ。されど、わが得たらむ(=手紙)はことわり、人のもとなるさへ憎く[こ]ぞある。

 大方(おほかた)、さし向ひても、なめきは、などかく言ふらむと、片腹痛し。まして、よき人などをさ申す者は、さるは、痴(をこ)にて、いと憎し。

 男主(しゆう)など悪ろく言ふ、いと悪ろし。わが使ふ者など、「おはする」「のたまふ」など言ひたる、いとにくし。ここもとに「侍り」といふ文字をあらせばやと、聞く事こそ多かれ。「愛敬な。など言葉は、なめき」など言へば、言はるる人も笑ふ。かく覚ゆればにや、「あまり嘲弄(てうろう)する」など言はるるまである[人]も、<人>悪ろきなるべし。

 殿上人、宰相などを、ただ名告(なの)る名を、聊(いささ)か慎ましげならず言ふは、いとかたはなるを、け<ぎ>[に]よくさ言はず、女房の局なる人をさへ、「あの御前」「君」など言へば、めづらかに嬉しと思ひて、褒むる事ぞいみじき。

 殿上人、君達を、御前よりほかにては官(つかさ)をのみ言ふ。また、御前にて物を言ふとも、聞こしめさむには、などてかは「まろが」など言はむ。さ言はざらむにくし。かく言はむに、などて悪ろかるべき事かは。

 ことなる事なき男の、引き入れ声して、艶(えん)だちたる。墨つかぬ硯。女房の物ゆかしうする。ただなるだに、いとしも思はしからぬ人の、憎げ事(ごと)したる。

 一人車に乗りて物見る男。いかなる者にかあらむ。やんごとなからずとも、若き男どもの物ゆかしう思ひたるなど、引き乗せても見よかし。透影(すきかげ)にただ一人耀(かが)よひて、心一つにま<ぼ>[は]りゐたらむよ。

28
 暁に帰る人の、昨夜(よべ)置きし扇(あふぎ)、懐紙(ふところがみ)もとむとて、暗ければ、さぐり当てむさぐり当てむと、たたきもわたし、「あやしあやし」などうち言ひ、もとめ出でて、そよそよと懐(ふところ)にさし入れて、扇引きひろげて、ふたふたとうち使ひて、まかり申ししたる、にくしとは世の常、いと愛敬なし。同じごと、夜深く出づる人の 烏帽子(えぼうし)の緒(を)強く結ひたる、さしも結ひかためずともありぬべし。やをらさながらさし入れたりとも、人の咎むべき事かは。いみじうしどけなう、頑(かたく)なしく、直衣、狩衣などゆがみたりとも、たれかは見知りて笑ひそしりもせむとする。

 人は、なほ暁のありさまこそ、をかしくもあるべけれ。わりなくしぶしぶに起きがたげなるを、強ひてそそのかし、「明け過ぎぬ。あな見苦し」など言はれて、うち嘆くけしきも、げにあかず、物憂きにしもあらむかしと覚(おぼ)ゆ。指貫なども、居ながら着(き)も敢へず、まづさし寄りて、夜(よ)一夜言ひつる事の残りを、女の耳に言ひ入れ、何わざ[さ]すとなけれど、帯などをば結ふやうなりかし。格子(かうし)押しあげ、妻戸(つまど)ある所は、やがて諸共(もろとも)に率て行きて、昼のほどのおぼつかなからむ事なども、言ひ出でにすべり出でなむは、見送(おく)られて名残(なごり)もをかしかりぬべし。

 名残も、思ひ出でどころあり、いときはやかに起きて、ひろめき立ちて、指貫の腰強くひき結ひ、直衣、うへの衣、狩衣も、袖かいまくり、よろづさし入れ、帯強く結ふ、にくし。

29
 心ときめきするもの 雀(すずめ)の子。児(ちご)遊ばする所の前わたりたる。唐鏡(からかがみ)の少し暗き、見たる。よき男の、車とどめて物の案内(あない)せさせたる。よき薫物(たきもの)たきて一人臥したる。頭洗ひ化粧(けさう)じて、香(かう)にしみたる衣着たる。殊に見る人なき所にても、心のうちは、猶をかし。待つ人などある夜、雨の脚(あし)、風の吹きゆるがすも、ふとぞおどろかるる。

30
 過ぎにし方恋しきもの 雛(ひひな)遊びの調度。をりかうし。二藍[の]、葡萄染(えびぞめ)などのさいでの押しへされて、草子の中にありけるを見つけたる。あはれなりし人の文、雨などの降りて徒然(つれづれ)な<る>[り]日、さがし出でたる。枯れたる葵(あふひ)。去年(こぞ)の蝙蝠(かはほり)。月の明かき夜。

31
 心ゆくもの ようかきたる女絵の、ことばをかしう続けて多かる。物見のかへさに、乗りこぼれて、男(をのこ)どもいと多く、牛よくやる者の、車走らせたる。白く清げなる陸奥紙(みちのくがみ)に、いと細く書<く>[ゝ]べ<く>[て]はあらぬ筆して文かきたる。調半(てうばみ=ちょう、はん)に調おほくうちたる。河舟のくだりざま。歯黒めのよくつきたる。うるはしき糸の、あはせぐりしたる。物よく言ふ陰陽師(おんやうじ)して、河原に出でて、呪詛(ずそ)の祓(はらへ)したる。夜(よる)寝起きて飲む水。徒然なるをりに、いとあまり睦(むつま)しくはあらず、踈(うと)くもあらぬ客(まらうど)の来て、世ノ中の物語、この頃ある事の、をかしきも、にくきも、怪(あや)しきも、これにかかり、かれにかかり、公私(おほやけわたくし)おぼつかなからず、聞きよく、<ほこ>[こほ]りかに語る、いと心行く心地す。神、寺などに詣でて、物申さするに、寺には法師、神は禰宜(ねぎ)などやうの者の、思ふほどよりも過ぎて、とどこほりなく聞きよく申したる。

32
 檳榔毛は、のどやかにやりたる。走らせたるは軽々(かろがろ)しく見ゆ。網代(あじろ)は、走らせたる。人の門より渡(わた)るを、ふと見るほどもなく過ぎて、供(とも)の人ばかり走るを、誰ならむと思ふこそをかしけれ。ゆるゆると久しく行くは、いとわろし。

33
 牛は、額(ひたひ)いと小さく白(しろ)みたるが、腹の下白き。足のしも、尾のすそ白き。

34
 馬は、紫のまだらつきたる。葦毛(あしげ)。いみじく黒きが、足肩(あしかた)のわたりなどに白き所。薄紅梅の毛にて、髪尾(かみを)などはいと白き、げに木綿髪(ゆふかみ)と言ひつべき。

35
 牛飼(うしかひ)は、大きにて、髪あかしらがにて、顔の赤みて、廉々(かどかど)しげなる。

36
 雑色(ざふしき)随身(ずいじん)は、やせて細やかなる。よき男(をのこ)も、なほ若きほどは、さる方なるぞよき。いたく肥えたるは、ねぶたからむ人とおぼゆ。

37
 小舎人(こどねり)は、小さくて、髪のうるはしきが、裾さはらかに、すこし色なるが、声をかしうて、かしこまりて物など言ひたるぞ、りやうりやうじき。

38
 猫は、上のかぎり黒くて、他(こと)はみな白<き>[く]。

39
 説経師(せつきやうじ)は、顔よき[ほと]。つとまもらへたるこそ、説く事のたふとさも覚ゆれ。外目(ほかめ)しつれば、忘るるに、憎げなるは、罪や得(う)らむと覚ゆ。このことはとどむべし。少し年などのよろしき程こそ、かやうの罪得方(えがた)の事も書きけめ。今はいとおそろし。

 また、「たふとき事、道心(だうしん)おほかり」とて、説経すといふ所に、最初(さいそ)に往にゐる人こそ、猶この罪の心地には、さしもあらで見ゆれ。

40
 蔵人おりたる人、昔は御前(ぜん)などいふ事もせず、その年ばかり、内(うち)わたりには、まして影も見えざりける。今は、さしもあらざンめる。蔵人の五位とて、それをしもぞ忙(いそ)がしくもてつかへ[ん]ど、なほ名残(なごり)つれづれにて、心一つは暇(いとま)ある心地すべかンめれば、さやうの所(=説教)に急ぎ行くを、一度二度(たび)聞きそめつれば、常に詣でまほしくなりて、夏などのいと暑きにも、帷子(かたびら)いとあざやかに、薄二藍(うすふたあゐ)、青鈍(あをにぶ)の指貫(さしぬき)など、踏み散らしてゐたンめり。烏帽子に物忌つけたるは、今日さるべき日なれど、功徳(くどく)の方(かた)には障(さは)らず見えむとにや、いそぎ来て、その事する聖(ひじり)と物語して、車立つるをさへぞ見入れ、事に付きたる気色な<る>[り]。久しく会はざりける人などの、詣で会ひたる、めづらしがりて、近くゐ寄り、物語し、うなづき、をかしき事など語り出でて、扇広うひろげて、口にあてて笑ひ、装束したる数珠かいまさぐりて、手まさぐりにうちし、すがりを物言ふ拍子にこなたに打ちやりなどして、車のよしあし褒めそ<しり>[りし]なにかして、その人のせし経供養(きやうくやう)、八講(はかう)と言ひくらべゐたるほどに、この説経(せきやう)の事も聞き入れず。何かは、常に聞く事なれば、耳馴れて、めづらしう覚えぬにこそはあらめ。

 さはあらで、講師(かうじ)ゐてしばしある程に、前駆(さき)<す>こし追はする車とどめて降るる人、蝉の羽(は)よりも軽げなる直衣、指貫、生絹(すずし)の単衣(ひとへ)など着たるも、狩衣姿にても、さやうにては若く細やかなる三四人ばかり、侍(さぶらひ)の者、また、さばかりして入れば、もとゐたりつる人も、少しうち身じろぎくつろぎて、高座(かうざ)のもと近き柱のもとなどにすゑたれば、さすがに数珠押しもみ、急(きう)に伏し拝みて聞きゐたるを、講師もはえばえしく思ふなるべし、いかで語り伝ふばかりと説き出でたり。聴問すると立ち騒ぎ額(ぬか)づくほどにもなく、よきほどにて立ち出づとて、車どもの方見おこせて、われどちうち言ふも、何事ならむと覚ゆ。見知りたる人をばをかしと思ひ、見知らぬは誰ならむ、それにや、彼にやなど、目をつけて思ひやらるるこそ、をかしけれ。「説経し、八講しけり」など、人の言ひ伝ふるに、「その人はありつや」「いかがは」など、定まりて言はれたる、あまりなり。などかは、無下にさしのぞかではあらむ。あやしき女<だに>いみじく聞くめるものをば。されど、この草子など出で来はじめつ方(かた)は、かちありきする人はなかりき。たまさかには、壷装束(つぼさうぞく)などばかりして、なまめき化粧(けさう)じてこそありしか、それも物詣(ものまう)でをぞせし。説経などは、殊に多くも聞かざりき。この頃、その書き出でたる人の、命長くて見ましかば、いかばかりそしり誹謗(ひばう)せまし。

41
 菩提(ぼだい)といふ寺に、結縁(けちえん)講するが聞きに詣でたるに、人のもとより「とく帰り給へ。いとさうざうし」と言ひたれば、蓮(はす)の花びらに、

 求めてもかかる蓮(はちす)の露を置きて憂き世にまたは帰るものかは

と書きてやりつ。まことに、いと尊くあはれなれば、やがてとまりぬべくぞ覚ゆる。つねたうが家の人のもどかしさも忘<る>[れ]べし。

42
 小白川といふ所は、小一条の大将殿の御家。それにて上達部、結縁の八講し給ふに、いみじくめでたき事にて、世の中の人の集まり行きて聴く。

 「遅からむ車は、寄るべきやうもなし」と言へば、露と共に急ぎ起きて、げにぞ隙(ひま)なかりける。轅(ながえ)の上に、またさし重ねて、三つ(=三列目)ばかりまでは少し物も<聞>こえぬべし。六月十日余にて、暑きこと世に知らぬほどなり。池の蓮を見やるのみぞ、少し涼しき心地する。

 左右(ひだりみぎ)の大臣(おとど)たちをおき奉りては、おはせぬ上達部なし。二藍の直衣・指貫、浅葱(あさぎ)の帷子(かたびら)をぞ透かし給へる。少し大人び給へるは、青にびの指貫、白き帷子も、涼しげなり。安親(やすちか)の宰相なども、若やぎだちて、すべて尊き事の限りにもあらず、をかしき物見なり。廂の御簾高く巻き上げて、長押(なげし)の上に上達部奥に向ひて、長々と居給へり。その下(しも)には殿上人、若き君達、狩装束、直衣などもいとをかしくて、居も定まらず、ここかしこに立ちさまよひ、遊びたるも、いとをかし。実方(さ<ね>[た]かた)の兵衛佐(ひやうえのすけ)、長明(ながあきら)の侍従(じじゆう)など、家の子にて、今すこし出で入りたり。まだ童なる君達など、いとをかしうておはす。

 少し日たけたるほどに、三位(さんみの)中将とは関白殿(=道隆)をぞ聞こえし、か<ら>[う]の薄物、二藍の直衣、同じ指貫、濃き蘇枋(すはう)の御袴に、はえたる白き単衣のいと鮮やかなるを着給ひて、歩み入り給へる、さばかり軽(かろ)び涼しげなる中に、暑かはしげなるべけれど、いみじうめでたしとぞ見え給ふ。細塗骨(ほそぬりぼね)など、骨はかはれど、ただ赤き紙を、同じなみにうちつかひ持ち給へる[に]は、瞿麦(なでしこ)のいみじう咲きたるにぞ、いとよう似たる。

 まだ講師ものぼらぬほどに、懸盤(かけばん)どもして、何にかはあらむ、物まゐるべし、義懐(よしちか)の中納言の御有様の常よりも勝りて清げにおはするさまぞ限りなき。上達部の御名などは書くべきにもあらぬを、誰なりけむと、少しほど経れば、なるによりなむ。色合ひ花々と、いみじく匂ひあざやかなるに、いづれともなき中の帷子を、これはまことに、すべてただ直衣一つを着たるにて、常に車(=女車)のかたを見おこせつつ、物など言ひおこせ給ふ。をかしと見ぬ人はなかりけむを。

 後(のち)にきたる車の、隙(ひま)もなかりければ、池に引き寄せて立てたるを、(=義懐)見給ひて、実方(さねかた)の<君>[名]に、「人の消息びびしく言ひつべからむ者一人」と召せば、いかなる人にかあらむ、選りて率ておはしたるに、「いかが言ひ遣るべき」と、近く居給<へ>るばかり言ひ合はせて、やり給はむ事は聞こえず。いみじく用意して、車のもとに歩みよるを、かつは笑ひ給ふ。後(しり)の方に寄りて言ふめり。久しく立てれば、「歌など詠むにやあらむ。兵衛佐(=実方)返し思ひ設(まう)けよ」など、笑ひて、いつしか返事聞かむと、大人、上達部まで、皆そなたざまに見やり給へり。実(げ)に顕証(けんそう)の人は見るも、をかしうありしを。

 返事聞きたるにや、すこし歩みくるほどに、扇をさし出でて呼び返せば、歌などの文字を言ひ過ちてばかりこそ呼び返さめ、久しかりつる程に、あるべきことかは、直すべきにもあらじものをとぞ覚えたる。近く参りつくも心もとなく、「いかにいかに」と、誰も問ひ給へど、ふとも言はず。権中納言(=義懐)見給へば、そこに寄りて、けしきばめ申す。三位中将(=道隆)「疾く言へ、あまり<有心(うしん)>[あり心]過ぎて、しそこなふな」とのたまふに、「これもただ同じ事になむ侍る」と言ふは聞こゆ。藤大納言(=為光)は、人よりも異(け)にさし覗きて、「いかが言ひつる」とのたまふめれば、三位中将「いと直き木をなむ押し折りたンめる」と聞こえ給ふに、うち笑ひ給へば、皆何となくさと笑ふ声聞こえやすらむ。

 中納言「<さ>[ま]て呼び返されつる先には、いかが言ひつる。これや直したる事」と問ひ給へば、「久しう立ちて侍りつれども、ともかくも侍らざりつれば、『さは参りなむ』とて帰り侍るを、呼びて」などぞ申す。「誰が車ならむ。見知りたりや」などのたまふ程に、講師ののぼりぬれば、みな居しづまり、そなたをのみ見る程に、この車は掻い消つやうに失せぬ。下簾など、ただ今日始めたりと見えて、濃き単襲(ひとへがさね)に、二藍の織物、蘇枋の薄物の表着(うはぎ)などにて、後(しり)に、摺りたる裳、やがて広げながらうち懸けなどしたるは、<何人(なにびと)ならむ。何かは。人の、かたほ(=中途半端)ならむことよりは、> げにと聞こえて、中々いとよしとぞ覚ゆ[ゆ]る。

 朝座(あさざ)の講師清範(せいはん)、高座の上も光り満ちたる心地して、いみじくぞあるや。暑さの侘びしさに、しさすまじき事の、今日過(すぐ)すまじきをうちのきて、ただ少し聞きて帰りなむとしつるを、敷並(しきなみ)に集(つど)ひたる車の奥になりたれば、出づべき方もなし。朝(あした)の講果てなば、いかで出でなむとて、前なる車どもに消息すれば、(=講師に)近く立たむがうれしさにや、「はや」と引き出で開けて出だすを(=上達部など)見給ひて、いとかしがましきまで人ごと言ひに、老(おい)上達部さへ笑ひにくむ、聞きも入れず答へもせで、狭(せば)がり出づれば、権中納言、「やや、まかりぬるもよし」とて、うち笑ひ給へるぞめでたき。それも耳にもとまらず、暑きに惑ひ出でて、人して「五千の中には入らせ給はぬやうもあらじ」と聞こえかけて帰り出でにき。

 その初めより、やがて果つる日まで立てる車のありけるが、人寄り来とも見えず、すべてただあさましう絵などのやうに(=動かずに)て過ごしければ、ありがたくめでたく心にくく、いかなる人ならむ、いかで知らむ、と問ひたづねけるを聞き給ひて、藤大納言「何かめでたからむ、いと憎し、ゆゆしき者にこそあンなれ」とのたまひけるこそをかしけれ。

 さてその二十日あまり、中納言の法師になり給ひにしこそあはれなりしか。桜などの散りぬるも、なほ世の常なりや。「老いを待つ間の」とだに言ふべくもあらぬ御有様にぞ。

43
 七月ばかり、いみじく暑ければ、よろづの所あけながら夜も明かすに、月の頃は寝起きて見いだすもいとをかし。闇もまたをかし。有明はた言ふもあまりたり。

 いとつややかなる板の端(はし)近く、あざやかなる畳一枚(ひとひら)、かりそめにうち敷きて、三尺の几帳(きちやう)奥の方に押しやりたるぞ味気(あぢき)なき。外(と)にこそ立つべけれ。奥のうしろめたからむよ。人(=男)は出でにけるなるべし。薄色の裏いと濃くて、上は所々少し返りたるならずは、濃き綾(あや)のいとつややかなる、いたくは萎えぬを、頭籠(こ)めて、引き着てぞ寝たンめる。香染(かうぞめ)の単衣(ひとへ)、紅のこまやかなる生絹(すずし)の袴の、腰いと長く、衣(きぬ)の下より引かれたるも、まだ解けながらなンめり。そばの方(かた)に、髪のうち畳(たた)なはりて、ゆららかなるほど、長さ推し量られたるに、またいづこよりにかあらむ、朝ぼらけのいみじう霧立ちたるに、二藍の指貫、あるかなきかの香染(かうぞめ)の狩衣、白き生絹(すずし)、紅の透(とほ)すにこそあらめ、つややかなるが、霧にいたく湿りたるを脱ぎ垂れて、鬢(びん)の少しふくだみたれば、烏帽子(えぼうし)の押し入れられたるけしきも、しどけなく見ゆ。朝顔の露落ちぬ先に、文書かむとて、道のほどもなく、「麻生(をふ)<の>下草」など口ずさみて、我が方へ行くに、格子の上がりたれば、簾(す)のそばをいささかあけて見るに、起きて去(い)ぬらむ人もをかし。露をあはれと思ふにや、しばし見たれば、枕上(まくらがみ)の方に、朴(ほを)<に>[る]紫の紙はりたる扇ひろげながらあり。陸奥紙(みちのくにがみ)の畳紙(たたうがみ)の細やかなるが、花紅(くれなゐ)に少し匂(にほ)ひ移りたるも、几帳のもとに散りぼひたり。

 人のけはひあれば、(=女が)衣の中より見るに、うち笑みて、長押(なげし)に押しかかりてゐたれば、恥ぢなどする人にはあら<ね>[ぬ]ど、うちとくべき心ばへにもあらぬに、妬(ねた)うも見えぬるかなと思ふ。「こよなき名残の御朝寝(あさい)かな」とて、簾の内に半(なから)ばかり入りたれば、「露より先なる人のもどかしさに」といらふ。をかしき事取り立てて書くべきにあらねど、かく言ひ交はす気色ども憎からず。枕上(まくらがみ)なる扇を、(=男が)我が持ちたるして、及びてかき寄するが、あまり近く寄り来るにやと、心ときめきせられて、引きぞくだらるる。(=扇を)取りて見などして、「疎(うと)くおぼしたる事」など、うちかすめ恨みなどするに、明かうなりて、人の声々し日もさし出でぬべし。<霧>[露]の絶え間見えぬほどにと急ぎつる文も、たゆみぬる」とこそうしろめたけれ。出でぬる人も、いつの程にかと見えて、萩の露ながらあるに(=文を)付けてあれど、えさし出でず。香(かう)のいみじう染(し)めたる匂(にほ)ひ、いとをかし。あまりはしたなき程になれば、立ち出でて、我が来つる所もかくやと、思ひやらるるもをかしかりぬべし。

44
 木の花は 梅の、濃くも薄くも、紅梅。桜の、花びら大きに、色よきが、枝細う枯れ葉に咲きたる。

 藤の花、しなひ長く、色よく咲きたる、いとめでたし。

 卯の花は、品劣りて、何となけれど、咲く頃のをかしう、郭公(ほととぎす)の陰に隠るらむと思ふに、いとをかし。祭のかへさに、紫野(むらさきの)のわたり近きあやしの家ども、おどろなる垣根などに、いと白う咲きたるこそをかしけれ。青色の上に、白き単襲かづきたる、青朽葉(あをくちば)などにかよひて、なほいとをかし。四月のつごもり、五月ついたちなどの頃ほひ、橘の濃く青きに、花のいと白く咲きたるに、雨の降りたる翌朝(つとめて)などは、世になく心あるさまにをかし。花の中より黄金(こがね)の玉かと見えて、いみじく際(きは)やかに見えたるなどは、朝露に濡れたる桜に劣らず、郭公の寄るとさへ思へばにや、猶更に言ふべきにもあらず。梨の花、世にすさまじく怪しき物にして、目に近く、はかなき文つけなどだにせず。愛敬おくれたる人の顔などを見ては、譬(たと)ひに言ふも、げにその色よりしてあいなく見ゆるを、唐土(もろこし)に限りなき物にて、文にも作るなるを、さりともあるやうあらむとて、せめて見れば、花びらの端に、をかしき匂ひこそ、心もとなくつきたンめれ。楊貴妃(やうきひ)、御門(みかど)の御使(つかひ)に会ひて、泣きける顔に似せて、「梨花一枝(りくわいつし)春雨(はる[の]あめ)<を帯>[にほ]びたり」など言ひたるは、おぼろけならじと思ふに、猶いみじうめでたき事は、類(たぐひ)あらじと覚えたり。

 桐の花、紫に咲きたるは、猶をかしきを、葉のひろごり様(ざま)うたてあれども、また他木(ことき)どもと等しう言ふべきにあらず。唐土に事々しき名付きたる鳥(=鳳凰)の、選(え)りてこれにしも居るらむ、いみじう心異(こころこと)なり。まして琴に作りて、様々に鳴る音(ね)の出で来るなど、をかしなど、世の常に言ふべくやはある。いみじうこそはめでたけれ。

 木のさまぞ憎けれど、楝(あふち)の花いとをかし。かれわれに、様ことに咲きて、必ず五月五日に合ふもをかし。

45
 池は、勝間田。盤余(いはれ)の池。贄野(にへの)の池、初瀬に参りしに、水鳥の隙(ひま)なく立ち騒ぎしが、いとをかしく見えしなり。水なしの池、あやしう、などて付けるならむと問ひしかば、「五月など、すべて雨いたく降らむとする年は、この池に水といふ物なくなむある。また、日のいみじく照る年は、春のはじめに水なむ多く出づる」と言ひしなり。「げになべて乾(かわ)<き>[に]てあらばこそさも付けめ、出づる折もあるなるを、一すぢに付けけるかな」と答(いら)へまほしかりし。猿沢の池、采女(うねめ)の投げけるを聞こしめして、行幸などありけむこそ、いみじうめでたけれ。「寝くたれ髪を」と、人麻呂が詠みけむほど、言ふもおろかなり。たまへの池、また何の心につけけるならむとをかし。鏡の池。狭山の池、三稜草(みくり)といふ歌のをかしく覚ゆるにやあらむ。こひぬまの池。はらの池、「玉藻はな刈りそ」と言ひけむもをかし。益田の池。

46
 節(せち)は、五月にしくはなし。菖蒲(さうぶ)、蓬(よもぎ)などの薫(かを)り合ひたるも、いみじうをかし。九重(ここのへ)の内をはじめて、言ひ知らぬたみしかはらの住家(すみか)まで、いかで我がもとにしげく葺(ふ)かむと葺きわたしたる、猶いとめづらしく、いつか他折(ことをり)は、さはしたりし。空のけしきの曇りわたりたるに、后(きさい)の宮などには、縫殿(ぬいどの)より御薬玉とて色々の糸を組み下げて参らせたれば、御帳(みちやう)立てたる母屋(もや)の柱に、左右につけたり。九月九日の菊を綾(あや)と生絹の衣に包みて参らせたる、同じ柱に結ひつけて月頃ある、薬玉<に>取り替へて捨つめる。また薬玉は菊の折まであるべきにやあらむ。されど、それは皆糸を引き取りて物結ひなどして、しばしもなし。

 御節供(おほんせく)参り、若き人々は、菖蒲の挿し櫛さし、物忌つけなどして、さまざま唐衣、汗衫(かざみ)、長き根、をかしき折り枝ども、斑濃(むらご)の組して結び付けなどしたる、珍しう言ふべき事ならねど、いとをかし。さて春ごとに咲くとて、桜をよろしう思ふ人やはある。つち歩りく童べなどの、程々につけては、いみじきわざしたりと、常に袂(たもと)守り(=見守り)、人に見比べ えもいはず興(きよう)ありと思ひたるを、戯(そば)へたる小舎人童(こ<どね>[ての]りわらは)などに引き<は>[た]られて泣くもをかし。紫の紙に楝(あふち)の花、青<き>紙に菖蒲の<葉>[かみ]細う巻きて引き結ひ、また白き紙を根にして結ひたるもをかし。いと長き根などを、文の中に入れたる人どもなども、いと艶なり。返事書かむと言ひ合はせ語らふどちは、見せ合はせなどする、をかし。人の女(むすめ)、やんごとなき所々に御文聞こえ給ふ人も、今日は心異(こと)にぞ、なまめかしうをかしき。夕暮の<ほどに、>郭公(ほととぎす)の名告りしたるも、全てをかしういみじ。

47
 木は、桂(かつら)。五葉(ごえふ)。柳。橘。そばの木、はしたなき心地すれども、花の木ども散り果てて、おしなべたる緑になりたる中に、時もわかず、濃き紅葉(もみじ)の艶(つや)めきて、思ひかけぬ青葉の中よりさし出でたる、めづらし。檀(まゆみ)、更にも言はず。その物ともなけれど、宿り木といふ名、いとあはれなり。榊(さかき)、臨時の祭、御神楽(みかぐら)の折など、いとをかし。世に木どもこそあれ、神の御前の物と言ひ始めけむも、とりわきをかし。楠(くす)の木は、木立(こだち)多かる所にも、殊に交じら<ひ>[す]立てらず。おどろおどろしき思ひやりうとましきを、千枝(ちえ)に分かれて、恋する人の例(ためし)に言はれたるぞ、誰(たれ)かは数(かず)を知りて言ひ始めけむと思ふにをかし。檜(ひ)の木、人近からぬ物なれど、「三つ葉四つ葉の殿造り」もをかし。五月に雨の声まねぶらむも、いとをかし。楓(かへで)の木、ささやかなるにも、萌え出でたる、木末(こずゑ)の赤みて、同じ方にさし広ごりたる葉のさま、花もいと物はかなげにて、虫などの枯れたるやうにてをかし。

 <明日檜木(あすはひのき)>、この世近くも見え聞こえず、御嶽(みたけ)に詣でて帰る人など、然(しか)持てありくめる。枝さしなどのいと手触れ憎げに荒々しけれど、何の心ありて、あすは檜の木とつけけむ、あぢきなき兼言(かねごと=予言)なりや。誰に頼めたるにかあらむと思ふに、知らまほしうをかし。ねずもちの木、人の並々(なみなみ=人並み)なるべき様にもあらねど、葉のいみじう細かに小さきが、をかしきなり。楝(あふち)の木。山橘、山梨の木。椎の木は、常磐(ときは)にいづれもあるを、それしも、葉がへせぬ例(ためし)に言はれたるもをかし。

 白樫(しらかし)などいふ物、まして深山木(みやまぎ)の中にもいと気遠(け<どほ>[な])くて、三位二位のうへの衣染むる折ばかりぞ、葉をだに人の見るめ<る>[れ]。めでたき事、をかしき事に申すべくもあらねど、いつとなく雪の降りたるに見まがへられて、須佐之男命(すさのをのみこと)の、出雲の国におはしける御供にて、人麻呂よみたる歌などを見るに、いみじうあはれなり。言ひ事にても、折につけても、一節(ひとふし)あはれともをかしとも聞きおきつる物は、草も木も鳥虫も、おろかにこそ覚えね。

 譲る葉のいみじうふさやかに艶めきたるは、いと青う清げなるに、思ひかけず似るべくもあらぬ茎の赤うきらきらしう見えたるこそ、賤(いや)しけれどもをかしけれ。なべての月頃は、つゆも見えぬものの、師走のつごもりにしも、時めきて、亡き人の物にも敷くにやと、あはれなるに、また齢(よはひ)延ぶる歯固(はがた)めの具にもして使ひたンめるは、いかなるにか。「紅葉(もみぢ)せむ世や」と言ひたるも、たのもしかし。柏木(かしはぎ)いとをかし。葉守(はもり)の神のますらむも、いとをかし。兵衛督、佐、尉(ぞう)などを(=柏木と)言ふらむも、をかし。姿なけれど、棕櫚(すろ)の木、唐(から)めきて、悪ろ家のも<の>[と]とは見えず。

48
 鳥は こと所の物なれど、鸚鵡(あうむ)はいとあはれなり。郭公(ほととぎす)。水鶏(くいな)。鴫(しぎ)。みこ鳥。ひわ。ひたき。都鳥。川千鳥は、友まどはすらむこそ。雁の声は、遠く聞えた<る>[り]、あはれなり。鴨は、羽の霜うちはらふらむと思ふに、をかし。

 鶯は、世になくさま、かたち、声もをかしきものの、夏秋の末まで老い声に鳴きたると、内裏のうちに住まぬぞ、いとわろき。また、夜鳴かぬぞいぎたなきとおぼゆる。十年ばかり内に候ひて聞きしかど、さらに音もせざりき。さるは、竹もいと近く、通ひぬべき枝のたよりもありかし。まかでて聞けば、あやしの家の梅の中などには、はなやかにぞ鳴き出でたるや。郭公は、あさましく待たれてより、うち待ち出でられたる心ばへこそいみじうめでたけれ。六月などにはまことに音もせぬか。雀ならば、鶯もさしもおぼえざらまし、春の鳥と、立ちかへるより待たるる物なれば、なほ思はずなるは、くちをし。人げなき人をば<そ>しる人やはある。鳥の中に、烏、鳶などの声をば見聞き入るる人やはある。鶯は、文などに作りたれど、心ゆかぬ心ちする。

 庭鳥のひななき。水鳥[ひたき]。山鳥は、友を恋ひて鳴くに、鏡を見せたれば、なぐさむらむ、いとわかう、あはれなり。谷へだてたるほどなど、いと心苦し。鶴は、こち<たき>さまなれども、鳴く声の雲居まで聞こゆらむ、いとめでたし。頭赤き雀。斑鳩(いかるが)の雄鳥(をとり)。たくみ鳥。

 鷺は、いと見目もわろし。まなこゐなども、よろづにうたてなつかしからねど、「ゆるぎの森にひとりは寝じ」とあらそふらむこそをかしけれ。鴛鴦(をし)いとあはれなり。かたみにゐかは[か]りつつ、羽の上の霜をはらふらむなど、いとをかし。雁の声はるかなる、いとあはれなり。近きぞわろき。千鳥いとをかし。はこ鳥。

49
 あてなるもの 薄色に白襲(しらがさね)の汗衫。削り氷(ひ)の甘葛(あまづら)に入りて、新しき鋺(かなまり)に入れたる。梅の花に雪の降りたる。いみじう美しき児(ちご)の覆盆子(いちご)食ひたる。かりのこ割りたるも。水晶の数珠。

50
 虫は 鈴虫。松虫。促織(はたおり)。蟋蟀(きりぎりす)。蝶(てふ)。われから。蜉蝣(ひをむし)。蛍。蓑虫、いとあはれなり。鬼の生みければ、親に似て、これも恐ろしき心地ぞあらむとて、親の悪しき衣(きぬ)ひき着せて、「いま秋風吹かむ折にぞ来(こ)むずる。侍てよ」と言ひて、逃げて去(い)にけるも知らず、風の音聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く。いみじくあはれなり。

 蜩(ひぐらし)、額(ぬか)づき虫、また、あはれなり。さる心に道心おこして、つきありくらむ。また、思ひかけず暗き所などにほとめきたる、聞きつけたるこそ、をかしけれ。

 蝿(はへ)こそ憎き物のうちに入れつべけれ。愛敬(あいぎやう)なく憎き物は、人々しく書き出づべき物のさまにはあらねど、よろづの物にゐ、顔などに濡れたる足して居たるなどよ。人の名につきたるは、必ず難(かた)し。

 夏虫、いとをかしくらうたげなり。火近く取り寄せて、物語など見るに、草子の上飛びありく、いとをかし。蟻(あり)は憎けれど、軽(かろ)びいみじうて、水の上などをただ歩(あゆ)み[ぬ]ありくこそをかしけれ。

51
 七月ばかりに、風のいたう吹き、雨などのさわがしき日、大方いと涼しければ、扇もうち忘れたるに、汗の香(か)少し抱(かか)へたる衣(きぬ)の薄きを引きかづきて、昼寝(=男と)したるこそをかしけれ。

52
 にげなきもの 髪あしき人の、白き綾の衣着たる。し<じ>[ら]かみたる髪に葵つけたる。あしき手を赤き紙に書きたる。下衆の家に雪の降りたる。<また>[五]、月のさし入りたるも、いとくちをし。月のいと明かきに、屋形(やかた)なき車に黄牛(あめうし)かけたる。老いたる者の、腹高くて喘(あへ)ぎありく。また、若き男持ちたる、いと見苦しきに、こと人のもとに行くとて妬みたる。老いたる男のねこよびたる。また、さやうに鬚がちなる男の椎(しひ)つみたる。歯もなき女の梅食ひて、酸がりたる。下衆の、紅の袴着たる。この頃は、それのみこそあンめれ。

 靫負佐(ゆげひのすけ)の夜行(やかう)。狩衣姿もいといやしげなり。また、人におぢらるるうへの衣、はた、おどろおどろしく、立ちさまよふも、人見つけば、あなづらはし。「嫌疑の者やある」と、戯(たはぶ)れにも咎(とが)む。六位の蔵人、うへの判官(はうぐわん)とうち言ひて、世になく、きらきらしき物に覚え、里人(さとびと)、下衆などは、この世の人とだに思ひたらず、目をだに見合はせで、おぢわななく人の、内わたりの細殿などに忍びて入り臥したるこそ、いとつきなけれ。空薫物したる几帳に、うちかけたる袴の重たげに賤(いや)しう、きらきらしからむもと、推し量らるるなどよ。さかしらにうへの衣腋(わき)あけ、鼠の尾のやうにて、わがねかけたらむ程ぞ、似気(にげ)なき夜行の人々<なる>[也]。この官(つかさ)のほどは、念じてとどめてよ<か>[り]し。五位の蔵人も。

53
 細殿に人とあまたゐて、ありく者ども、見やすからず呼び寄せて、物など言ふに、清げなる男(をのこ)、小舎人童などの、よき包み、袋に、衣ども包みて、指貫の腰などうち見えたる。袋に入りたる弓、矢、楯、細太刀(ほそだち)など持てありくを、「誰(た)がぞ」と問ふに、つ<い>ゐて「某殿(なにがしどの)の」と言ひて行くはいとよし。けしきばみやさしがりて、「知らず」とも言ひ、聞きも入れでいぬる者は、いみじうぞにくきかし。

54
 月夜に空車(むなぐるま)の歩きたる。清げなる男の憎げなる妻(め)持ちたる。鬚黒(ひげぐろ)に憎げなる人の、年老いたるが、物語する人の児(ちご)もてあそびたる。

55
 主殿司(とのもりづかさ=女官)こそ、猶をかしきものはあれ。下女(しもをんな)の際(きは)は、さばかり(=これほど)羨しきものはなし。よき人にせさせ<ま>ほしきわざなり。若くて容貌(かたち)よく、容体(なり)など常によくてあらむは、ましてよからむかし。年老いて物の例など知りて、面(おも)なきさましたるも、いとつきづきしう目やすし。主殿司の、顔愛敬づきたらむを持たりて、装束(さうぞく)時に従ひて、唐衣(からぎぬ)など、今めかしうて、歩(あり)かせばやとこそ覚ゆれ。

56
 男(をのこ)は、また随身こそあンめれ。いみじく美々(び<び>[さ])しくをかしき君達も、随身もなき、いとさうざ<う>し。弁などをかし。よき官(つかさ)と思ひたれども、下襲(したがさね)の尻(しり)短くて、随身なきぞ、いと悪ろきや。

57
 職(しき)の御曹司(みざうし)の立蔀(たてじとみ)のもとにて、頭弁(とうのべん=行成)の、人と物をいと久<しく>言ひ立ち給へれば、さし出でて、「それは誰(たれ)ぞ」と言へば、「弁侍(さぶら)ふなり」とのたまふ。「何かはさも語らひ給ふ。大弁見えば、うち捨て奉りて往(い)なむものを」と言へば、いみじく笑ひて、「誰(たれ)かかかる事をさへ言ひ聞かせけむ、それさなせそとかたらふなり」とのたまふ。

 いみじく見えて、をかしき筋など立てたる事はなくて、ただありなるやうなるを、皆人はさのみ知りたるに、なほ奥深き御心ざまを見知りたれば、「おしなべたらず」など、御前にも啓し、また、さ知ろしめしたるを、常に「『女はおのれをよろこぶ者のために、<顔づくりす。士(し)はおのれを知る者のために>死しぬ』と言ひたる」と、言ひ合はせつつ申し給ふ。

 「遠江(とほたあふみ)の浜柳(はまやなぎ)」など言ひ交はしてあるに、若き人々は、ただ言ひ憎み、見苦しき事になむ、つくろはず言ふ、「この君こそうたて見えにくけれ。こと人のやうに読経(どきやう)し、歌うたひなどもせず、世間すさまじく、なにしに更にこれかれに物言ひなどもせず」。「女は目は縦様(たてざま)につき、眉は額(ひたひ)に生ひかかり、鼻は横ざまにありとも、ただ口つき愛敬づき、頤(おとがひ)の下、頸(くび)などをかしげにて、声憎げならざらむ人なむ思はしかるべき。とは言ひながら、なほ顔のいと憎げなるは心憂し」とのみのたまへば、まいて頤細く、愛敬おくれたらむ人は、あいなう敵(かたき)にして、御前にさへあしう啓する。

 物など啓せさせむとても、その初(はじ)め言ひそめし人をたづね、下(しも)なるをも呼びのぼせ、局などにも来て言ひ、里なるには、文書きても、みづからもおはして、「遅く参らば、『さなむ申したる』と申しに参らせよ」などのたまふ。「その人の候ふ」など言ひゆづれど、さしも受け引かずなどぞおはする。「あるに従ひ、定めず、何事も、もてなしたるをこそ、よきにはすれ」と後ろ見聞こゆれど、「わがもとの心の本性(ほんじやう)」とのみのたまひつつ、「改(あらた)まらざる物は心なり」とのたまへば、「さて『憚(はばか)りなし』とは、いかなる事を言ふにか」と怪しがれば、笑ひつつ、「仲よしなど人々にも言はるる。かう語らふとならば、何か恥づる。見えなどもせよかし」とのたまふを、「いみじく憎げなれば、『さあらむ人はえ思はじ』とのたまひしによりて」。「憎くもぞなる。さらば、な見えそ」と、おのづから見つべき折も、顔を塞(ふた)ぎなどして、まことに見給はぬも、真心(まごころ)に虚言(そらごと)し給はざりけりと思ふに、三月つごもり頃は、冬の直衣の着にくきにやあらむ、うへの衣がちにて、殿上人宿直(とのゐ)姿もある。翌朝(つとめて)日さし出づるまで、式部のおもとと廂に寝たるに、奥の遣戸をあけさせ給ひて、うへの御前、宮の御前出でさせ給へれば、起きもあへずまどふを、いみじく笑はせ給ふ。唐衣を髪の上にうち着て、宿直物も何も、うづもれながらある上におはしまして、陣より出で入(<い>[つ])る者など御覧ず。殿上人のつゆ知らで寄り来て物言ふなどもあるを、「けしきな見せそ」と笑はせ給ふ。さて立たせ給ふに、「二人ながら、いざ」と仰せらるれば、「今顔などつくろひてこそ」とてまゐらず。

 入らせ給ひて、猶めでたき事ども言ひ合はせてゐたるに、南の遣戸のそばに、几帳の手のさし出でたるにさはりて、簾(すだれ)の少しあきたるより、黒みたる物の見ゆれば、則隆(のりたか=則光の弟)が居たるなンめりと思ひて、見も入れで、なほ事どもを言ふに、いとよく笑みたる顔の、さし出でたるを、「則隆なンめり、そは」とて見やりたれば、あらぬ顔なり。あさましと笑ひさわぎて、几帳引き直し隠るれど、頭弁(とうのべん)にこそおはしけれ。見え奉らじとしつるものをと、いと口惜し。もろともに居たる人は、こなたに向きてゐたれば、顔も見えず。立ち出でて、「いみじく名残なく見つるかな」とのたまへば、「則隆と思ひ侍れば、あなづりてぞかし。などかは『見じ』とのたまひしに、さ<つくづく>[へく/\]と<は>[い]」と言ふ。「『女は寝起きたる顔なむ、いとよき』となむ言へば、ある人の局に行きて、垣間見(かいまみ)して、またもし見えやするとて来たりつるなり。まだうへのおはしつるながらあるを、え知らざりけるよ」とて、それより後恥ぢず、局の簾うちかづきなどし給ふめりき。

58
 殿上の名対面(なだいめん)こそ猶をかしけれ。御前に人候(さぶら)ふ折は、やがて問ふもをかし。足音どもして崩(くづ)れ出づるを、うへの御局(みつ<ぼ>ね)の東面(ひんがしおもて)に耳を調(とな)へて(=女房たちが)聞くに、知る人(=恋人)の名告りには、ふと胸つぶるらむかし。また、ありとも聞かぬ人をも、この折に聞きつけたらむは、いかが覚ゆらむ。名告りよしあし、聞きにくく定むるもをかし。果てぬなりと聞くほどに、滝口の弓鳴らし、沓(くつ)の音(おと[と])そそめき出づるに、蔵人(くらうど)のいと高く踏みこほめかして、丑寅(うしとら)の隅(すみ)の高欄(かうら<ん>)に、高膝(たかひ<ざ>[き])つきとかやいふ居ずまひに、御前の方(かた)に向ひて、後ろざまに「誰々(たれたれ)か侍る」と問ふ程こそをかしけれ。(=滝口のそれぞれが)細う高う名告り、また、人々候(さぶら)はねばにや、名対面つかうまつらぬよし奏するも、「いかに」と(=蔵人が)問へば、障(さは)る事ども申すに、(=蔵人は)さ聞きて帰るを、方弘(まさひろ=その時の蔵人)は、聞かずとて、君達の教へければ、いみじう腹立ち叱りて、勘(かんが)へて、滝口にさへ笑はる。

 御厨子所(みづしどころ)の御膳棚(おも<の>だな)といふ物に、(=方弘が)沓置きて、祓(はら)へ罵(ののし)るを、いとほしがりて、「誰(た)が沓にかあらむ。え知らず」と、主殿司(とのもりづかさ)、人々の言ひけるを、「やや、方弘がきたなき物ぞや」(=方弘)とりに来ても、いとさわがし。

59
 若くてよろしき男(をのこ)の、下衆女(げすをんな)の名言ひ慣れて呼びたるこそ、いと憎くけれ。知りながらも、何とかや、片文字は覚えで言ふはをかし。宮仕へ所の局などに寄りて、夜などぞ、さおぼめかむは悪しかりぬべけれど、主殿司、さらぬただ所にては、侍(さぶらひ)、蔵人所にある者を率(ゐ)て行きて、呼ばせよかし。手づから(=自ら)は声もしるきに。

 はした者、童べなどは、され<ど>[て]よし。

60
 若き人と児(ちご)は、肥えたるよし。受領(ず<ら>[こ]う)など大人だちたる人は、太きよし。あまり痩(や)せ枯(か)らめきたるは、心苛(いら)れたらむと推し量らる。

61
 よろづよりは、牛飼童(うしかひわらは)の形(なり)悪しくて持たるこそあれ。他者(こともの)どもは、されど、後(しり)に立ちてこそ行け、先につとまもられ行く者、きたなげなるは心憂し。車のしりに殊なる事なき男(をのこ)どもの連れ立ちたる、いと見ぐるし。細らかなる男(をのこ)、随身など見えぬべきが、黒き袴の裾濃(すそご)なる、狩衣は何もうち馴ればみたる、走る車の方などに、のどやかにてうち添ひたるこそ、わる者とは見えね。なほ、大かた、なりあしくて、人使ふは悪ろかり。着破(きや)れなど時々(<ときどき>[うき/\])うちしたれど、馴ればみて罪なきは、さるかたなりや。使人(つかひびと=召使ひ)などこそはありて、童(わらは)べのきたなげなるは、あるまじく見ゆれ。家にゐたる人(=召使ひ)も、そこにゐたる人とて、使(つかひ)にても、客人(まらうど)などの行(い)きたるにも、をかしき童のあまた見ゆるは、いとをかし。

62
 人の家の前を渡るに、侍(さぶらひ)めきたる者などして、ひめきたる男(をのこ)つちに居(を)る者などして、男児(をのこご)の十(とを)ばかりなるが、髪をかしげなる[か]、引きはへても、こはきて垂るも、また、五つ六つばかりなるが、髪は頸(くび)のもとにかいくくみて、面(つら)いと赤うふくらかなる、あやしき弓、笞(しもと)だちたる物など捧げたる、いとうつくし。車とどめて、抱(いだ)き入れまほしくこそあれ。また、さて行くに、薫物の香のいみじく抱(かか)へたる、いとをかし。

63
 よき家の中門(ちゆうもん)あけて、檳榔毛(びらうげ)の車の白う清げなる、櫨(はじ)蘇枋(すはう)の下簾(したすだれ)の匂ひいと清げにて、榻(しぢ)に立てたるこそめでたけれ。五位六位などの、下襲(したがさね)の尻はさみて、笏(さく)いと白き、肩にうち置きなどして、とかくいき違ふに、また、装束し、壼胡簶(つぼやなぐひ=矢入れ)負ひたる随身の出で入りたる、いとつきづきし。厨女(くりやめ)のいと清げなるが、さし出でて、「なにがし殿の人や候ふ」など言ひたるをかし。

64
 滝は、音無(おとなし)の滝。布留(ふる)の滝は、法皇御覧じにおはしけむこそめでたけれ。那智の滝は、熊野にあるがあはれなるなり。轟の滝。

65
 橋は、あさむつの橋。長柄(ながら)の橋。あまひこの橋。浜名の橋。ひとつ橋。佐野の船橋。うたしめの橋。轟(とどろき)の橋。小川の橋。かけ橋。瀬田の橋。木曾路の橋。堀江の橋。鵲(かささぎ)の橋。ゆきあひの橋。小野の浮橋。山菅(やますげ)の橋。名を聞きたるをかし。うたたねの橋。

66
 里は、あさかの里。ながめの里。人妻の里。いさめの里。たのめの里。朝風(あさふ)の里。夕日の里。十市(とをち)の里。伏見の里。長井の里。<つま>とりの里、人に取られたるにやあらむ、わが取りたるにやあらむ、いづれもを<か>[な]し。

67
 草は、菖蒲。菰(こも)。葵、いとをかし。祭のをり、神代よりして、さる挿頭(かざし)となりけむ、いみじくめでたし。物のさまも、いとをかし。沢潟(おもだか)も、名のをかしきなり、心あがりしけむと思ふに。三稜草(みくり)。ひろむしろ。苔(こけ)。こだに。雪間の青草。かたに。酢漿(かたばみ)、綾の紋にても、こと物よりはをかし。

 あやふ草は、岸の額に生ふらむも、げにたのもしげなくあはれなり。いつまで草は、生ふる所いとはかなくあはれなり。岸の額よりも、これはくづれやすげなり。まことの石灰(いしばひ)などには、え生ひずやあらむと思ふぞわろき。事なし草は、思ふ事なすにやあらむと思ふもをかし。また、あしき事を失ふにやと、いづれもをかし。

 しのぶ草いとあはれなり。屋の端(つま)、さし出でたる物の端(つま)などに、あながちに生ひ出でたるさま、いとをかし。蓬(よもぎ)いとをかし。茅花(つばな)いとをかし。浜茅(はまち)の葉は、ましてをかし。荊三稜(まろこすげ)。浮草。こま。あられ。笹。たかせ。浅茅(あさぢ)。青鞭草(あをつづら)。

 木賊(とくさ)といふ物は、風に吹かれたらむ音こそ、いかならむと思ひやられてをかしけれ。薺(なづな)。ならしば、いとをかし。蓮の浮き葉のいとらうたげにて、のどかに澄(す)める池の面(おもて)に、大きなると小さきと、ひろごりただよひてありく、いとをかし。取りあげて、物おしつけなどして見るも、よにいみじうをかし。八重葎(やへむぐら)。山菅(やますげ)。山藺(やまゐ)。日陰。浜木綿。葦(あし)。葛(くず)の風に吹きかへされて、裏のいと白く見ゆるもをかし。

68
 集は 万葉集。古今集。後撰集。

69
 歌<の>題は、都(みやこ)。葛。三稜草(みくり)。駒。霰(あられ)。笹。壼菫(つぼすみれ)。日陰。菰(こも)。高瀬(たかせ)。鴛鴦(をし)。浅茅。芝。青鞭草(あをつづら)。梨。棗(なつめ)。あさがほ。

70
 草の花は、なでしこ、唐のは更なり、大和(やまと)もめでたし。女郎花(をみなへし)。桔梗(ききやう)。菊の所々うつろひたる。刈萱(かるかや)。竜胆(りうたん)、枝ざしなどむつかしげなれど、こと花みな霜枯れたれど、いと花やかなる色合ひにてさし出でたる、いとをかし。わざと取り立てて、人めかすべきにもあらぬ様なれど、かまつかの花、らうたげなり。名ぞうたてげなる。雁の来る花と、文字には書きたる。

 かるひの花、色は濃からねど、藤の花にいとよく似て、春と秋と咲く、をかしげなり。壼菫(つぼすみれ)。同じやうの物ぞかし。老いていけば、押しなど憂し。しもつけの花。

 夕顔は、朝顔に似て言ひ続けたる、をかしかりぬべき花の姿にて、憎く、実の有様こそいと口惜しけれ。などて、さはた生ひ出でけむ。ぬかづきなどいふ物のやうにだにあれかし。されど、なほ夕顔と言ふばかりはをかし。

 葦(あし)の花。更に見所なけれど、御幣(みてぐら)など言はれたる、心ばへ(=意味)あらむと思ふに、ただならず(=優れてゐる)。文字も薄(すすき)には劣らねど、水の面(つら)にてをかしうこそあらめと覚ゆ。「これ(=この段)に薄を入れぬ、いとあやし」と、人言ふめり。秋の野おしなべたるをかしさは、薄(すすき)にこそあれ。穂先の蘇枋(すはう)に、いと濃きが、朝霧に濡れてうち靡(なび)きたるは、さばかり(=これほど)の物やはある。秋の果てぞ、いと見所なき。色々に乱れ咲きたりし花の、かたもなく散りたる後(のち)、冬の末まで、頭いと白く、おほ<どれたる>[きなを]も知らで、昔思ひ出で顔になびきて、<か>[こ]ひろぎ立てるは、人にこそいみじう似たンめれ。よそふる事ありて、それこそあはれとも思ふべけれ。

 萩は、いと色深く、枝たをやかに咲きたるが、朝露に濡れて、なよなよとひろごり臥したる。さ牡鹿の分きて立ち馴らすらむも、心ことなり。唐葵(からあふひ=ひまわり)は、取りわきて見えねど、日の影に従ひて傾(かたふ)くらむぞ、なべての草木の心とも覚えでをかしき。花の色は濃からねど、咲く山吹に。岩つつじも、ことなる事なけれど、「折りもてぞ見る」と詠まれたる、さすがにをかし。薔薇(さうび)は、近くて、枝の様などはむつかしけれど、をかし。<雨>など晴れゆきたる水の面(つら)、黒木の階(はし)などの面(つら)に、乱れ咲きたる夕映(ゆふば)え。

71
 おぼつかなきもの 十二年の山籠(ごも)りの法師の女親(めおや)。知らぬ所に闇なるに行きあひたるに、「顕(あらは)にもぞある(=人目につく)」とて、火もともさで、さすがに並みゐ(=並んで座つてゐる)たる。いま出で来たる(=出仕)者の心も知らぬに、やんごとなき物持たせて、人のがりやりたるに、遅く来る。物言はぬ[いはぬ]児(ちご)の、反(そ)り覆(くつがへ)りて、人にも抱かれず泣きたる。暗きに、覆盆子(いちご)食ひたる。人の顔知らぬ物見。

72
 たとしへなきもの 夏と冬と。夜と昼と。雨降ると、日照ると。若きと老いたると。人の笑ふと腹立つと。黒と白と。思ふ(=愛する)と憎むと。藍と黄蘗(きはだ)と。雨と霧と。同じ人ながらも心ざし(=愛情)失せぬるは、まことにあらぬ人とぞ覚ゆるかし。

73
 常磐木(ときはぎ)おほかる所に、烏の寝て、夜中ばかりに寝(い)ね、騒がしく落ちまろび、木づたひて、寝おびれたる片声に鳴きたるこそ、昼の見目(みめ)には違(たが)ひてをかしけれ。

74
 忍びたる所にては、夏こそをかしけれ。いみじう短かき夜の、いとはかなく明けぬるに、つゆ寝ずなりぬ。やがてよろづ皆あけながらなれば、涼しう見わたされたり。いま少し言ふべき事のあれば、かたみに答(いら)へどもする程に、ただ居たる前より、烏の高く鳴きて行くこそ、いと顕証(けせう)なる心地してをかしけれ。

75
 また、冬のいみじく寒きに、思ふ人とうづもれ臥して聞くに、鐘の音の、ただ物の底なるやうに聞こゆるも、をかし。鳥の声も、はじめは羽のうちに口をこめながら鳴けば、いみじう物深く遠きが、つぎつぎになるままに、庭近く聞こゆるもをかし。

76
 懸想文(けさうぶみ)にて来たるは、言ふべきにもあらず。

 ただうち語らひ、またさしもあらねど、おのづから来などする人の、簾の内にて、あまた人々ゐて物など言ふに入りて、頓(とみ)に帰りげもなきを、供なる男(をのこ)、童(わらは)など、「斧の柄も朽(くた)しつべきなンめり」と、むつかしければ、長やかにうち眺めて、密(みそか)にと思ひて言ふらめども、「あなわびし。煩悩(ぼんなう)苦悩かな。今は夜中には<なり>[越]ぬらむ」など言ひたる、いみじう心づきなく、かの言ふ者は、とかくも覚えず、この居たる人こそ、をかしう見聞きつる事も失するやうに覚ゆれ。

 また、色に出でてはえ言はず、「あ<な>[る]」と高やかにうち言ひ、呻(うめ)きたるも、下ゆく水のほど、いとをかし。立蔀、透垣(すいがい)のもとにて、(=供の者が)「雨降りぬべし」など聞こえたるも、いと憎し。

 <よ>[う]き人、君達などの供なるこそ、さやうにはあらねど、ただ人などは、さぞある。あまたあらむ中にも、心ばへ見てぞ率(ゐ)てありくべき。

77
 ありがたきもの 舅に褒めらるる婿。また、姑(しうとめ)に思はるる嫁の君。物よく抜くる銀(しろがね)の毛抜き。主(しゆう)謗(そし)らぬ人の従者(ずさ)。つゆの癖片輪(かたは)なくて、形(かたち)、心、あり様もすぐれて、世にある程、いささかの瑕瑾(きず)なき人。同じ所に住む人の、かたみに恥ぢかはしたると思ふが、遂に見えぬ(=本性が現れない)こそ、かたけれ。物語、集(しふ)など書き写す本に<墨>つけぬ事。よき草子などは、いみじく心して書けども、必らずこそきたなげになるめれ。男も女も法師も、契り深くて語らふ人の、末まで仲(な<か>[り])よき事。使ひよき従者(ずんざ)。掻練(かいねり)打たせたるに、あなめでたと見えておこす。

78
 うち局(つぼね)は、細殿いみじうをかし。かみの小蔀(こじとみ)上げたれば、風いみじう吹き入れて、夏もいと凉し。冬は雪、霰(あられ)などの、風にたぐひて吹き入りたるも、いとをかし。せばくて、童(わらは)べなどののぼり居たるもあしければ、屏風の後ろなどに隠しすゑたれば、こと所の局のやうに、声高くえ笑ひなどもせで、いとよし。昼などもたゆまず心づかひせらる。夜はたまして聊(いささ)かうち解くべくもなきが、をかしきなり。

 沓の音の夜一夜聞こゆるがとまりて、ただ指(および)一つ一つしてたたくが、その人なンなりと、ふと知らるるこそをかしけれ。いと久しくたたくに、音せねば、寝入りにけるとや思ふらむ。ねたく、少し身じろく音、衣のけはひも、さなンなりと思ふらむかし。扇など使ふもしるし。冬は火桶(ひおけ)にやをら立つる火箸(ひばし)の音も、忍びたれど聞こゆるを、いとどたたきまさり、声にても言ふに、陰ながらすべり寄りて聞く折もあり。

 また、あまたの声々にて歌などうたふに、叩(たた)かねど、まづあけたれば、ここへとしも思はぬ人も立ちとまりぬ。入るべきやうもなくて立ち明かすもなほをかし。御簾のいと青く、をかしげなるに、几帳の帷子(かたびら)いとあざやかなる、裾(すそ)つま少し見えたるに、直衣の後ろに、ほころびすきたる君達、六位の蔵人、青色などにて受けばりて、遣戸(やりど)のもとなどには、そば<よ>[ま]せてえ立てらず、塀(へい)の前などに後ろ押して袖うち合はせがちなるこそをかしけれ。

 また、指貫直衣の、いとこそあざやかにて、色々の衣どもこぼし出でたる人の、簾を押し入れて、なから入りたるやうなるも、外(と)より見るは、いとをかしからむを、いと清げなる硯引き寄せて、文書き、もしは鏡乞ひて、鬢(びん)などかき直したるも、すべてをかし。三尺の几帳を立てたるに、帽額(もかう)のしもはただ少しぞある、外(と)に立てる人、内にゐたる人どもの顔のもとに、いとよく当たりたるこそをかしけれ。長(たけ)いと高く、短かからむ人などやいかがあらむ。なほ世の常のは、さのみぞあらむ。

79
 まして、臨時の祭の調楽(てうがく)などは、いみじうをかし。主殿寮(とのもり)の官人(くわんにん)などの、長松を高く燈(とも)して、頸はひき入れて、先はさし付けつばかりなるに、をかしう遊び、笛吹き出でて、心ことに思ひたる君達の昼(ひ)の装束して立ち止まり物言ひなどするに、殿上人の随身どもの、先忍びやかに短く、おのが君どもの料(れう)に追ひたるを、遊びに交りて、常に似ずをかしう聞こゆ。

 猶あげて帰るを待つに、君達の声にて、「荒田(あらた)に生ふる富草(とみくさ)の花」歌ひたる、この度は、今少しをかしきに、いかなるまめ人にかあらむ、すくすくとさし歩みて出でぬるもあれば、笑ふを、「暫(しば)し。『など、さ夜を捨てては急ぎ行く』とあンめる」など言へど、心地などやあしからむ、倒れぬばかり、もし人や追ひて捉ふると見ゆるまで、惑ひ出づるもあンめり。

80
 職(しき)の御曹司(みざうし)におはしますころ、木立など遥かに物古(ものふ)り、屋(や)の様も、高うけうとけれど、すずろにをかしう覚ゆ。母屋(もや)は鬼ありとて、皆隔(へだ)て出だして、南の廂に御几帳立てて、又廂(またびさし)に女房は候ふ。近衛の御門(みかど)より左衛門の陣に入り給ふ上達部の前駆(さき)ども、殿上人のは短かければ、大前駆(おほさき)小前駆(こさき)とつけて、聞きなれてあまたたびになれば、その声どもも皆聞き知られて、「それかれぞ」とも言ふに、また「あらず(=違ふ)」<など言へば、人して見せなどするに、言ひ当てたるは、「さればこそ」>など言ふもをかし。

 有明のいみじう霧りたる庭などにおりて歩りくを聞こし召して、御前にも起きさせ給へり。うへなる人は皆おりなどして遊ぶに、やうやう明けもて行く。「左衛門の陣まかりて見む」とて行けば、われもわれもと追ひつぎて行くに、殿上人あまたして、「なにがし一声の秋(あ<き>[に])」と誦(ず)んじて入(い)る音すれば、逃げ入りて、物など言ふ声。「月見給ひける」などめで給ふもあり。夜も昼も殿上人の絶ゆるよなし。上達部まかでまゐり給ふに、おぼろけに急ぐ事なきは、必ず(=この職に)まゐり給ふ。

81
 あぢきなきもの 態(わざ)<と>思ひ立ちて、宮仕へに出でたる人の、物憂がりて、うるさげに思ひたる。人にも言はれ、むつかしき事もあれば、「いかでかまかでなむ」といふ言草(ことぐさ)をして、出でて、親をうらめしければ、「また参りなむ」と言ふよ。養子(とりこ)の顔にくさげなる。しぶしぶに思ひたる人を、忍びて婿に取りて、思ふさまならずと嘆く人。

82
 いとほしげなき事 人に詠みて取らせたる(=代作した)歌の褒めらるる。されどそれはよし。

 遠き歩りきする人の、つぎつぎ縁(えん)尋ねて、文得むと言はすれば、知りたる人のがり、なほざりに書きて(=紹介状を)、遣りたるに、なまいたはりなりと腹立ちて、返事も取らせで、無徳(むとく=役たたず)に言ひなしたる。

83
 心地よげなるもの 卯杖(うづゑ)のほうし。神楽の人長(にんぢやう)。池の蓮(はちす)の村雨にあひたる。御霊会(ごりやうゑ)の馬長(むまをさ)。また、御霊会の振幡(ふりはた)。

84
 取り持たる者 傀儡(くぐつ)のこととり。除目(ぢもく)に第一の国得たる人。

85
 御仏名(ごぶつみやう)ノ朝(あした)、地獄絵の御屏風取り渡して、宮御覧ぜさせ給ふ。いみじう由々しき事限りなし。「これ見よかし」と仰せらるれど、「更に見侍らじ」とて、由々しさにうつ臥しぬ。

 雨いたく降りて、徒然(つれづれ)なりとて、殿上人、うへの御局に召して、御遊びあり。道方(みちかた)の少納言、琵琶、いとめでたし。済政(なりまさ)の君の筝(さう)の琴、ゆきよ<し>[り]笛、つね<ふ>[ま]さの中将笛など、いと面白し。ひと遊び遊びては、琵琶を弾き乱れ遊ぶほどに、大納言殿の、「琵琶の声やめて物語すること遅し」といふ事を誦(ず)んじ給ひしに、隠れ臥したりしも起き出でて、「罪は恐ろしけれど、なほ物のめでたさは、え止むまじ」とて笑はる。御声などのすぐれたるにはあらねど、折(をり)の殊更に作り出でたるやうなりしなり。

86
 頭中将のそぞろなるそら言にて、いみじう言ひおとし、「何しに人と思ひけむ」など殿上にてもいみじくなむのたまふと聞くに、はづかしけれど、「まことなら<ば>[ぬ]こそあらめ、おのづから聞きなほし給ひてむ」など笑ひてあるに、黒戸(くろど)のまへ渡るにも、声などする折は、袖を塞(ふた)ぎてつゆ見おこせず、いみじう憎み給ふを、とかくも言はず、見も入れで過ぐすに、二月つごもり方のころ、雨いみじう降りてつれづれなるに、御物忌に籠りて、「さすがにさうざ<う>しくこそあれ。物や言ひにやらまし」となむのたまふ、と人々<き>[ま]て語れど、「世にあらじ」など答(いら)へてあるに、一日(ひとひ)しもに暮らして参りたれば、夜のおとどに入らせ給ひにけり。長押(なげし)のしもに火近く取り寄せて、さしつどひて、扁(へん)をぞつく。「あなうれし。疾(と)くおはせ」など、見つけて言へど、すさまじき心地して、何しにのぼりつらむとおぼえて、炭櫃のもとにゐたれば、また、そこに集まりゐて、物など言ふに、「なにがし候ふ」といと花やかに<言ふ>。

 「あやしく、いつのまに何事のあるぞ」と<問>はすれば、主殿司(とのもりづかさ)なり。「ただここに人づてならで申すべき事なむ」と言へば、さし出でて問ふに、「これ頭(とうの)中将殿の奉らせ給ふ。御返り疾(と)く」と言ふに、いみじく憎み給ふを、いかなる御文ならむと思へど、ただいま急ぎ見るべきにあらねば、「今きこえむ」とて、懐(ふところ)に引き入れて、ふと入りぬ。なほ人の物言ひなどする聞くに、すなはち立ち帰りて、「『さらば、その有りつる文を給<はり>て来(こ)』となむ仰(おほ)せられつる。とくとく」とは言ふにぞ、あやしく「伊勢(いせ)の物語」なりやとて、見れば、青き薄様(うすやう)に、真名(まな)にいと清げに書き給へるを、心ときめきしつるさまにもあらざりけり。「蘭省(らんせい)の花の時の錦の帳(とばり)のもと」と書きて、「末(すゑ)はいかにいかに」とあるを、「如何(いかが)はすべからむ。御所のおはしまさば、御覧ぜさすべきを、これが末知り顔に、たどたどしき真名(まんな)に書きたらむも見苦し」など思ひまはす程もなく、責めまどはせ<ば>、ただその奥に、炭櫃の消えたる炭のあるして、「草の庵(いほり)を誰かたづねむ」と書きつけて取らせつれど、返事(かへりごと)も言はで。

 みな寝て、翌朝(つとめて)いと疾く局におりたれば、源(げん)中将の声して、「草の庵やある。草の庵やある」と、おどろおどろしう問へば、「などてか、さ人げなきものはあらむ。『玉の台(うてな)』もとめ給はましかば、いらへ聞こえてまし」と言ふ。「あなうれし、しもにありけるよ。うへまで尋ねむとしけるものを」とて、昨夜(よべ)ありしやう、「頭中将の宿直所にて、少し人々しき限り、六位まで集りて、よろづの人の上、昔今(むかしいま)と語り言ひしついでに、『猶この者、無下に絶え果ててこそあらね、もし言ひ出づる事もやと待てど、いささ<か>何とも思ひたらず。つれなきがいとねたきを、今宵(こよひ)よしともあしとも定めきりてやみなむ。むつかし』とて、皆言ひ合はせたりし事を、『「只今は見るまじ」とて入り給ひぬ』とて、主殿司来しを、また追ひ返して、『ただ袖をとらへて、東西(とうざい)をさせず乞ひ取り、持て来ずば、文を返し取れ』といましめて、さばかり降る雨の盛(さかり)にやりたるに、いと疾く帰り来たり。『これ』とてさし出でたるが、ありつる文なれば、返してけるかとうち見るに、喚(をめ)けば、『あやし。いかなる事ぞ』とて、みな寄りて見るに、『いみじき盗人(ぬすびと)かな。猶えこそ捨(す)つまじけれ』と、見さわぎて、『これが本(もと)つけてやらむ。源中将つけよ』など言ふ。夜更(ふ)くるまでつけ煩(わづら)ひてなむ、やみにし。この事は必ず語り伝ふべき事なりとなむ定めし」と、いみじくかたはら痛きまで言ひ聞かせて、「御名は、今は草の庵となむつけたる」とて、急ぎ立ち給ひぬれば、「いとわろき名の、末まであらむこそ口惜しかるべけれ」と言ふほどに、修理亮(すりのすけ)則光(のりみつ)、「いみじきよろこび申しに、うへにやとて参りたりつる」と言へば、「なぞ。司召(つかさめし)ありとも聞こえぬに、何になり給へるぞ」と言へば、「いで、まことにうれしき事昨夜(よべ)侍りしを、心もとなく思ひ明かしてなむ。かばかり面目(めんぼく)ある事なかりき」とて、はじめありける事ども、中将の語りつる同じ事どもを言ひて、「『この返事に従ひて、さる者ありとだに思はじ』と、頭中将のたまひしに、ただに来たりしは中々よかりき。持て来たりしたびは、如何(いか)ならむと胸つぶれて、まことにわろからむは、兄(せうと)のためもわろかるべしと思ひしに、なのめにだにあらず、そこらの人の褒め感じて、『兄こそ。聞け』とのたまひしかば、下心(したごころ)にはいとうれしけれど、『さやうの方には、更にえ<候ふ>[くふんす]まじき身になむ侍る』と申ししかば、『言加へ聞き知れとにはあらず。ただ人に語れとて聞かするぞ』とのたまひしなむ、少し口惜しき兄(せうと)のおぼえに侍りしかど、『これが本つけ試(こころ)みるに、言ふべきやうなし。殊(こと)<に>またこれが返しをやすべき』など言ひ合はせ、わろき事言ひては、中々ねたかるべしとて、夜中までなむおはせし。これ、身のためにも、人の御ためにも、さていみじきよろこびに侍らずや。司召(つかさめし)に少々の司(つかさ)得て侍らむは、何(なに)と思ふまじくなむ」と言へば、実(げ)にあまたして、さる事あらむとも知らで、ねたくもありけるかな。これになむ胸つぶれて覚ゆる。この「妹兄(いもうとせうと)」といふ事は、うへまで皆知ろしめし、殿上にも、司名(つかさな)をば言はで、「せうと」とぞつけたる。

 物語などして居たる程に、「まづ」と召したれば、参りたるに、この事仰せられむとてなりけり。うへの渡らせ給ひて、語り聞こえさせ給ひて、「男(をのこ)どもみな扇に書きて持たる」と仰せらるるにこそ、あさましう、何の言はせたる事にかと覚えしか。

 さて後に、袖几帳(そできちやう)など取りのけて、思ひなほり給ふめりし。

87
 返る年の二月二十五日に、宮、職の御曹司(ざうし)に出でさせ給ひし御供にまゐらで、梅壼に残り居たりしまたの日、頭中将(=藤原斉信)の御消息とて、「昨日の夜、鞍馬へ詣でたりしに、今宵方(かた)のふたがれば、違(たが)へになむ行く。まだ明けざらむに帰りぬべし。必ず言ふべき事あり。いたくたたかせで待て」とのたまへりしかど、「局に人々はあるぞ。ここに寝よ」とて、御匣殿(みくしげどの)召したれば参りぬ。

 久しく寝起きて下りたれば、「昨夜(よべ)いみじう人のたたかせ給ひし。からうじて[うらてかね]起きて侍りしかば、『うへにか。さらば、斯(か)くなむ』とのたまひしかども、『よも聞かせ給はじ』とて、臥し侍りにき」と語る。心もとなの事やとて聞くほどに、主殿司来て、「頭の殿の聞こえさせ給ふなり。『只今まかり出づるを、聞こゆべき事なむある』」と言へば、「見るべきことありて、うへになむのぼり侍る。そこにて」と言ひて、局は引きもやあけ給はむと、心ときめきして、わづらはしければ、梅壼の東面の半蔀(はじとみ)上げて、「ここに」と言へば、めでたくぞ歩み出で給へる。

 桜の直衣、いみじく花々と、裏の色つやなど、えも言はず清(けう)らなるに、葡萄染(えびぞめ)のいと濃き指貫に、藤の折り枝、ことごとしく織り乱りて、紅の色、打ち目など輝くばかりぞ見ゆる。下に白き薄色など、あまた重なりたり。狭(せば)きままに、片つ方はしもながら、少し簾(す)のもと近く寄りゐ給へるぞ、まことに絵に書き、物語のめでたき事に言ひたる、これこそはと見えたる。

 御前の梅は、西は白く、東は紅梅にて、少し落ちがたになりたれど、猶をかしきに、うらうらと日の気色のどかにて、人に見せまほし。簾の内に、まして若やかなる女房などの、髪うるはしく長く、こぼれかかりなど、添ひ居たンめる、いま少し見所あり、をかしかりぬべきに、いとさだ過ぎ、ふるぶるしき人の、髪なども我(わが)にはあらねばにや、所々わななき散りぼひて、大かた色ことなる事なれば、あるかなきかなる薄鈍(うすにび)ども、間(あはひ)も見えぬ衣どもなどあれば、つゆの映えも見えぬに、おはしまさねば、裳も着ず、袿(うちぎ)姿にて居たるこそ、物ぞこなひに口惜しけれ。

 「職<へ>[く]なむまゐる。ことづけやある。いつかまゐる」などのたまふ。「さても昨夜(よべ)、明かしも果て<で>[し]、さりともかねてさ言ひてしかば、待つらむとて、月のいみじう明かきに西の京より来るままに、局を叩きしほど、辛うじて寝おびれて起き出でたりしけしき、答(いら)へのはしたなさ」など語りて、笑ひ給ふ。「無下にこそ思ひ倦(う)んじにしか。などさる者をば置きたる」など。実(げ)にさぞありけむと、いと<ほしく>をかしくもあり。暫(しば)しありて出で給ひぬ。外(と)より見む人は、をかしう、内にいかなる人のあらむと思ひぬべし。奥の方より見いだされたらむ後ろこそ、外(と)にさる人やともえ思ふまじけれ。

 暮れぬれば、まゐりぬ。御前(おまへ)に人々多く集(つど)ひ<ゐ>[給]て、物語のよきあしき、にくき所などをぞ定め言ひしろひ、<凉(すずし)>[少]・仲忠が事など、御前にも劣りまさりたる事仰せられける。「まづこれ如何にとことわれ。仲忠が童生(わらはお)ひのあやしさを切(せち)に仰せらるるぞ」など言へば、「何かは、琴(きん)なども天人降(お)るばかり弾きて、いとわろき人なり。御門の御むすめやは得たる」と言へば、仲忠が方人(かたうど)と心を得て、「さればよ」など言ふに、「この事<ども>[もと]よりは、昼斉信(ただのぶ)が参りたりつるを見ましかば、いかにめで惑はましとこそ覚ゆれ」と仰せらるるに、人々「さてまことに、常よりもあらまほしうこそ」など言ふ。「まづその事こそ啓せむと思ひて参り侍りつるに、物語の事にまぎれて」とて、ありつる事を語り聞こえさすれば、「誰も誰も見つれど、いとかく縫ひたる糸、針目までやは<見>とほしつる」とて笑ふ。

 「『西の京といふ所の荒れたりつる事。見る人あらましかば<と>なむ覚えつる。垣(かき)なども皆破れて、苔生ひて』など語りつれば、宰相の君の、『瓦(かはら)の松はありつや』と答(いら)へたりつるを、いみじうめでて、『西の方去れることいくばくの御いのちぞ』と口ずさびにしつる事」など、かしがましきまで言ひしこそをかしかりしか。

88
 里にまかでたるに、殿上人などの車も、安からずぞ人々言ひなすなる。いとあまり心に引き入りたる覚え、はた無ければ、さ言はむ人も憎からず。また夜も昼も来る人をば、何か話しなども、かかやき(=恥をかかせて)返さむ。まこと<に>[ひ]睦(むつま)しくなどあらぬも、さこそは来めれ。あまりうるさくも実(げ)にあれば、このたび出でたる所をば、いづくともなべてには知ら<せ>ず。経房(つねふさ)、済政(なりまさ)の君などばかりぞ知り給へる。

 左衛門尉則光行(い)きて、物語などするついでに、昨日も宰相(さいしやうの)中将殿(=斉信)の「妹(いもうと=清少)のあり所、さりとも知らぬやうあらじ」と、いみじう問ひ給ひしに、更に知らぬよし申ししに、あやにくに強ひ給ひし事など言ひて、「ある事あらがふは、いとわびし<う>[そ]こそありけれ。ほとほと笑(ゑ)みぬべかりしに、<左中将(=経房)のいとつれなく知らず顔にて居給へりしを、かの君に見だに合はせば笑みぬべかりしに>佗びて、台盤(だいばん)の上に怪しき布(め=ワカメ)のありしを、ただ取りに取りて、食ひまぎらはししかば、中間(ちゆうげん=時間外)に、あやしの食ひ物やと、人も見けむかし。されど、かしこう、それにてなむ申さずなりにし。笑ひなましかば、不用ぞかし。まことに知らぬなンめりとおぼしたりしも、をかしうこそ」など語れば、「更にな聞こえ給ひそ」など、いとど言ひて、日頃久しくなりぬ。

 夜いたく更けて、門おどろおどろしく叩けば、何の、かく心もとなく、遠からぬ程を叩くらむと聞きて、問はすれば、滝口なりけり。左衛門のかみとて、文を持て来たり。皆寝にたるに、火近く取り寄せて、見れば、「明日(あす)御読経(みどきやう)の結願(けちぐわん)にて、宰相中将の御物忌に籠り給へるに、『妹のあり所申せ』と責めらるるに、術(ずち)なし、更にえ隠し申すまじ。<さ>[き]なむとや聞かせ奉るべき。いかに。仰せに従はむ」とぞ言ひたる。返事も書かで、布(め)を一寸ばかり紙に包みてやりつ。

 さて後に来<て>[く]、「一夜責めて問はれて、すずろなる所に率てありき奉りて、まめやかにまめやかにさいなむに、いとからし。さてとかくも御返りのなくて、そぞろなる布(め)<の>端(はし)を包みて給へりしかば、取り違(たが)へたるにや」と言ふに、「怪しのたがへ物や。人のもとにさる物包みて送る人やはある。いささかも心得ざりける」と見るが憎ければ、物も言はで、硯にある紙の端に、

 かづきする蜑(あま)の住家はそこなりとゆめ言ふなとや布(め)を食はせけむ

と書きて出だしたれば、「歌<よ>[に]ませ給ひたるか。更に見侍らじ」とて、扇(あふぎ)返して逃げていぬ。

 かうかたみに後見(うしろみ)語らひなどする中(うち)に、何事ともなくて、少し仲悪しくなりたるころ、文(ふみ)おこせたり。「便(びん)なき事侍るとも、契り聞こえし事は捨て給はで、よそにてもさぞ(=妹背)などは見給へ」と言ひたり。常に言ふ事は、「おのれをおぼさむ人は、歌など詠みて得さすまじき。すべて仇敵(あたかたき)となむ思ふべき。今は限り、やがて絶えなむと思はむ時、さる事はいへ」と言ひしかば、この返事に、

 くづれよる妹脊の山の中なればさらに吉野の川とだに見じ

と言ひやりたりしも、まことに見ずやなりにけむ、返事もせず。

 さて、冠(かうぶり=位階)得て、遠江介(とほたふみのすけ)など言ひしかば、憎くしてこそやみにしか。

89
 物のあはれ知らせ顔なるもの 鼻垂(はなた)り、間もなくかみて物言ふ声。眉ぬく。

90
 さて、その左衛門の陣<に>行きて後、里に出でて暫しあるに、「<疾く参れ」など仰せ事の端に、「左衛門の陣へいきし>朝ぼらけなむ常におぼし出でらるる。いかでさつれなく、うち古(ふ=厭う)りてありしならむ。いみじくめでたからむとこそ思ひたりしか」など仰せられたり。御返事に、かしこまりのよし申して、わたくしには、「いかでか、めでたしと思ひ侍ら<ざら>む。御前にも、さりとも、『<中>なるをとめ(=「朝ぼらけほのかに見れば飽かぬかな中なるをとめしばしとめなむ」と仲忠がライバルの凉の琴を褒めた歌)』とはおぼしめし御覧じけむとなむ思<ひ>[ふ]給へし」と聞こえさせたれば、立ち帰り「『いみじく思ふべかンめる仲忠(な[り]かただ)が面伏せなる事(=仲忠の歌)をば、いかでか啓したるぞ。ただ今宵のうちに、よろづの事を捨てて参れ。さらずばいみじく憎ませ給はむ』となむ仰せ事ある」とあれば、「よろしからむにてだにゆゆし。まして『いみじく』とある文字には、命もさながら捨ててなむ」とて参りにき。

91
 職の御曹司におはしますころ、西の廂に不断(ふだん=昼夜連続)の御読経あるに、仏などかけ奉り、法師のゐたるこそ更(さら)な<る>[り]事なれ。

 二日ばかりありて、縁のもとにあやしき者の声にて、「猶その御仏供(ぶつぐ)のおろし(=お下がり)侍りなむ」と言へば、「いかでかまだきには」と答(いら)ふるを、何の言ふにかあらむと立ち出でて見れば、老いたる女の法師の、いみじく煤(すす)けたる狩袴(かりばかま)の、竹の筒とかやのやうに細く短き、帯より下(しも)五寸ばかりなる、衣(ころも)とかや言ふべからむ、同じやうに煤けたるを着て、猿のさまにて言ふなりけり。「あれは何事言ふぞ」と言へば、声ひきつくろひて、「仏の御弟子に候へば、仏のおろし給(た)べと申すを、この御坊(ごばう)たちの惜(を)しみたまふ」と言ふ、花やかに雅(みやび)かなり。かかる者はうち屈(くん)じたるこそあはれなれ、うたても花やかなるかなとて、「こと物は食はで、仏の御おろしをのみ食ふか。いと尊き事かな」と言ふけしきを見て、「などかこと物も食べざらむ。それが候はねばこそ、取り申し侍れ」と言へば、菓子(くだもの)、ひろき餅(もちひ)などを、物に取り入れて取らせたるに、無下に仲よくなりて、よろづの事を語る。

 若き人々出で行きて、「男やある」「いづこにか住む」など、口々に問ふに、をかしき言、添へ言などすれば、「歌はうたふや。舞などはすや」と問ひも果てぬに、「まろは誰と寝む。常陸の介と<寝む>、寝たる肌(はだ)もよし」。これが末(すゑ)いと多かり。また、「男山の峰のもみぢ葉、さぞ名は立つ/\」と頭(かしら)をまろばし振る、いみじくにくければ、笑ひ憎みて、「いね、いね」と追ふに、いとをかし。「これに、何取らせむ」と言ふを聞かせ給ひて、「いみじう、などかくかたはら痛き事はせさせつる。えこそ聞かで、耳を塞(ふた)ぎてありつれ。その衣(きぬ)一つ取らせて、疾くやりてよ」と仰せ事あれば、取りて「これ給(たま)はらするぞ。衣煤(すす)けたり。白くて着よ」とて、投げ取らせたれば、伏し拝みて、肩にぞうちかけて舞ふものか。まことに憎くて、皆入りにし。

 後(のち)慣(な)らひたるにや、常に見えしらがひて歩りきて、やがて常陸の介とつけたり。衣も白めず、同じ煤けにてあれば、いづち遣りにけむなど憎むに、右近の内侍の参りたるに、「かかる者なむ、語らひつけて置きたンめる。かうして常に来る事」と、ありし様(やう)など、<小>[に]兵衛といふ人してまねばせて聞かせ給へば、「あれいかで見侍らむ。必ず見せさせ給へ。御得意(=御ひいき)なンなり。更によも語らひ取らじ」など笑ふ。

 その後、また尼なる乞丐(かたゐ)の、いとあてやかなるが出で来たるを、また呼び出でて物など問ふに、これははづかしげに思ひてあはれなれば、衣一つ給はせたるを、伏し拝まむは、されどよし、さてうち泣き喜びて出でぬるを、はやこの常陸の介、行き合ひて見てけり。その後いと久しく見えねど、誰かは思ひ出でむ。

 師走(しはす)の十余日のほどに、雪いと高う降りたるを、女房どもなどして、物の蓋に入れつつ、いと多く置くを、「同じくは、庭にまことの山を作らせ侍らむ」とて、侍(さぶらひ)召して仰せ事にて言へば、集りて作るに、主殿司の人にて、御清めに参りたるなども、皆寄りて、いと高く作りなす。宮司(みやづかさ)など参りて、言(こと)加へ、ことに作れば、所の衆三四人まゐりたる。主殿司の人も、二十人ばかりになりにけり。里なる侍召しにつかはしなどする。「今日この山作<る>[り]人には禄給はすべし。雪山に参らざらむ人には、同じ数に留めよ」など言へば、聞きつけたるは、惑(まど)ひ参(まゐ)るもあり。里遠きはえ告げやらず。

 作り果てつれば、宮司召して、絹二ゆひ取らせて縁に投げ出づるを、一つづつ取りに寄りて、拝みつつ腰にさして皆まかでぬ。うへの衣など着たるは、片方(かたへ)、さらでは、狩衣にてぞある。

 「これいつまでありなむ」と、人々のたまはするに、「十余日はありなむ」ただこの頃のほどを、ある限り申せば、「いかに」と問はせ給へば、「正月の十五日まで候ひなむ」と申すを、御前にも、「え<さ>[き]はあらじ」とおぼしめしたり。女房などは、すべて「年の内、晦日(つごもり)までもあらじ」とのみ申すに、「あまり遠くも申してけるかな。実(げ)にえしもやはあらざらむ。朔日(ついたち)などぞ申すべかりける」と、下(した)には思へど、「さはれ、さまでなくと<も>、言ひ初(そ)めてむ事は」とて、かたう抗(あらが)ひつ。

 二十日のほどに、雨など降れど、消ゆべくもなし。長(たけ)ぞ少し劣りもて行く。「白山(しらやま)の観音(くわんおん)、これ消(き)やさせ給ふな」と祈るも物ぐるほし。

 さてその山作りたる日、式部丞(しきぶのじよう)忠隆(ただたか)、御使にて参りたれば、褥(しとね)さし出で物など言ふに、「今日の雪山つくらせ給はぬ所なむなき。御前の壷にも作らせ給へり。中宮、弘徽殿にも作らせ給へり。京極殿(きやうごくどの)にも作らせ給へり」など言へば、

 ここにのみめづらしと見る雪の山ところどころにふりにけるかな

<と、かたはらなる人して言はすれば、たびたび傾(かたぶ)きて、>「返しは、えつかうまつり穢(けが)さじ」と、あざれたり。「御簾の前にて人に語り侍らむ」とて立ちにき。歌はいみじく好むと聞きしに、あやし。御前に聞こしめして、「いみじくよくとぞ思ひつらむ」とのたまはする。

 晦日(つごもり)がたに、少し小さくなるやうなれど、猶いと高くてあるに、昼つかた縁に人々出で居などしたるに、常陸の介出で来たり。「などいと久しく見えざりつる」と言へば、「何かは。いと心憂き事の侍りしかば」と言ふ。「何事ぞ」と問ふに、「なほかく思ひ侍りしなり」とて、長やかに詠み出づ。

 「うらやまし足もひかれずわたつ海のいかなるあまに物たまふらむ

となむ思ひ侍りし」と言ふを、憎み笑ひて、目も見入れねば、雪山にのぼりて、かかくり歩りきていぬる後に、右近の内侍に「かくなむ」と言ひ遣りたれば、「などかは人添へてここには給はせざりし。あれがはしたなくて、雪の山までかかりつたよひけむこそ、いと悲しけれ」とあるを、また笑ふ。雪山はつれなく(=無事)て、年も返りぬ。

 ついたちの日、また、雪多く降りたるを、「うれしくも降り積みたるかな」と思ふに、「これはあいなし。はじめのをば置きて、今のをばかき捨てよ」と仰せらる。うへにて局にいと疾う下(お)るれば、侍の長(をさ)なる者、柚(ゆ)の葉のごとある宿直衣(とのゐぎぬ)の袖の上に、青き紙の、松に付けたる置きて、わななき出でたり。「そはいづこのぞ」と問へば、「斎院より」と言ふに、ふとめでたく覚えて、返り参りぬ。

 まだ御とのごもりたれば、母屋(もや)にあたりたる御格子を、碁盤などかき寄せて、一人念じて上ぐる、いと重し。片つ方なれば、ひしめくに、おどろかせ給ひて、「などさはする」と、のたま[へ]はすれば、「斎院より御文の候はむには、いかでか急ぎあけ侍らざらむ」と申すに、「実(げ)にいと<疾(と)>[か]かりけるかな」とて起きさせ給へり。御文あけさせ給へれば、五寸ばかりなる卯槌(う<づ>ち[に])二すぢを、卯杖(うづゑ)のさまに、頭包みなどして、山橘、日陰、山菅(やますげ)など、美しげな<る>に飾りて、御文はなし。「ただなるやう有らむやは」と御覧ずれば、卯杖の頭包みたる小さき紙に、

 山とよむ斧(をの)の響きをたづぬればいはひの杖の音にぞありける

 御返り書かせ給ふ程もいとめでたし。斎院にはこれより聞こえさせ給ふ<も>御返りも、なほ心ことに書きけがし多く、御用意見えたり。御使に白き織物の単衣、蘇枋(すはう)なるは、梅なンめりかし。雪の降りしき[て]たるに、かづきて参るもをかしう見ゆ。このたびの御返りを知らずなりにしこそ口惜しかりしか。

 雪の山は、まことに越(こし=北陸)のにやあらむと見えて、消えげもなし。黒くなりて、見るかひもなき様ぞしたる。勝ちぬる心地して、いかで十五日待ちつけさせむと念ずれど、「七日をだにえ過ぐさじ」と猶言へば、いかでこれ見果てむと皆人思ふ程に、にはかに三日内へ入らせ給ふべし。「いみじう口惜し、この山の果てを知らずなりなむ事」と、まめやかに思ふほどに、人も「実(げ)にゆかしかりつるものを」など言ふ。御前にも仰せらる。「同じくは言ひ当てて御覧ぜさせむ」と思へる甲斐なければ、御物運び騒がしきに合はせて、木守(こもり)といふ者も、築地(ついぢ)の外に廂さしてゐたるを、縁のもと近く呼び寄せて、「この雪の山いみじく守りて、童べ人などに踏み散らせ毀(こぼ)たせで、十五日まで候はせよ。よく守りて、その日に当らば、めでたき禄給はせむとす。わたくしにも、いみじき喜び言はむ」など語らひて、常に台盤所の人、下衆などに乞ひて憎まるる菓子や何や、いと多くとらせたれば、うち笑みて、「いと易き事。たしかに守り候はむ。童べなどぞ登り侍らむ」と言へば、「それを制し聞かせざらむ者は、事のよしを申せ」など言ひ聞かせて、入らせ給ひぬれば、七日まで候ひて出でぬ。

 その程も、これがうしろめたきままに、おほやけ人、すまし(=清掃人)、長女(をさめ)などして、絶えず(=木守を)いましめにやり、七日の御節供のおろしなどをやりたれば、(=木守が)拝みつる事など、帰りては笑ひあへり。

 里にても、明くる即ち、これを大事にして見せにやる。十日のほどには、「五六尺ばかりあり」と言へば、うれしく思ふに、十三日の夜、雨いみじく降れば、「これにぞ消えぬらむ」と、いみじう口惜し。「今一日(ひとひ)も待ちつけで」と、夜も起き居て嘆けば、聞く人も物狂ほしと笑ふ。人の起きて行くに、やがて起きゐて、下衆起こさするに、更に起きねば、憎み腹立たれて、起き出でたるを遣りて見すれば、「円座(わらふだ)ばかりになりて侍る。木守いとかしこう童べを寄せで守りて、『明日明後日(あさて)までも候ひぬべし。禄給はらむ』と申す」と言へば、いみじくうれしく、「いつしか明日にならば、いと疾う歌よみて、物に入れてまゐらせむ」と思ふも、いと心もとなうわびしう、まだ暗きに、大きなる折櫃(をりびつ)など持たせて、「これに白からむ所、ひと物(=いつぱい)入れて持て来(こ)。汚なげならむは、掻き捨てて」など言ひくくめて遣りたれば、いと疾く、持たせてやりつる物引き下げて、「はやう失せ侍りにけり」と言ふに、いとあさまし。

 をかしうよみ出でて人にも語り伝へさせむと、うめき誦(ずん)じつる歌も、いとあさましくかひなく、「いかにしつるならむ。昨日さばかりありけむものを、夜(よ)のほどに消えぬらむ事」と言ひうんずれば、「木守が申しつるは、『<昨日いと暗うなるまで侍りき。>禄を給はら<むと思ひつるものを、給はら>ずなりぬる事』と、手を打ちて申し侍りつる」と言ひさわぐに、内より仰せ事ありて、「さて雪は今日までありつや」とのたまはせたれば、いと妬(ねた)く口惜しけれど、「『年の内、朔日(ついたち)までだにあらじ』と人々の啓し給ひし。昨日の夕暮まで侍りしを、いとかしこしとなむ思ひ給ふる。今日までは、あまりの事になむ。夜の程に、人の憎がりて、取り捨てたるにもやとなむ推しはかり侍る、と啓せさせ給へ」と聞こえつ。

 さて二十日<参り>[あい]たるにも、まづこの事を御前にても言ふ。「みな消[こ]えつ」とて、蓋(ふた)の限り引き下げて持て来たりつる法師のやうにて、即ち詣で来たりしが、あさましかりし事、物の蓋に小山うつくしう作りて、白き紙に歌いみじく書きて参らせむとせし事など啓す[す]れば、いみじく笑はせ給ふ。御前なる人々も笑ふに、「かう心に入れて思ひける事を違へたれば、罪得らむ。まことに、四日の夕さり、侍ども遣りて取り捨てさせしぞ。返事<に>[し]言ひ当てたりしこそ、いとをかしかりしか。その翁(おきな)出で来て、いみじう手をすりて言ひけれど、『仰せ事ぞ。彼の里より来たらむ人に、かう聞かすな。さらば、屋うち毀(こぼ)たせむ』と言ひて、左近のつか<さ>[ひ]<の>南の築地の外にみな取り捨て<し>[て]。『いと高くて多くなむありつ』と言ふなりしかば、実(げ)に二十日までも待ちつけて、ようせずは、今年の初雪にも降り添ひなまし。うへも聞こし召して、『いと思ひより難くあらがひたり』と、殿上人などにも仰せられけり。さてもその歌を語れ。今は、かく言ひ顕(あらは)しつれば、同じ事、勝ちにたり。語れ」など、御前にものたまはせ、人々ものたまへど、「何せむにか、さばかりの事をうけたまはりながらは啓し侍らむ」など、まめやかに憂く、心憂がれば、うへも渡らせ給ひて、「まことに年頃は、おぼえの人なンめりと見つるを、怪しと思ひし」など仰せらるるに、いとどつらく、うちも泣きぬべき心地ぞする。「いで、あはれ。いみじき世ノ中ぞかし。後に降り積みたりし雪をうれしと思ひしを、『それあいなし』とて、『かき捨てよ』と候ひし」と申せば、「実(げ)に勝たせじとおぼしけるならむ」と、うへも笑はせおはします。

92
 めでたきもの 唐錦(からにしき)。飾り太刀(たち)。作り仏(ぼとけ)のもくゑ。色合ひよく、花房(はなぶさ)長く咲きたる藤の松にかかりたる。

 六位の蔵人こそ猶めでたけれ。いみじき君達なれども、えしも着給はぬ綾織物(あやおりもの)を、心にまかせて着たる、青色姿などの、いとめでたきなり。所衆(ところのしゆう)、雑色(ざふしき)などの、人の子供などにて、殿原の四位五位も司(つかさ)あるが下(しも)にうち居て、何と見えざりしも、蔵人になりぬれば、えも言はずぞあさましくめでたきや。宣旨(せんじ)持てまゐり、大饗の甘栗の使などに参りたるを、もてなし饗応(きやうよう)し給ふさまは、いづこなりし天くだり人ならむとこ<そ>[めて]覚ゆれ。

 御<む>すめの女御、后<に>おはします、また、姫君など聞こゆるも、御使にてまゐりたるに、御文取り入るるよりうち始め、褥(しとね)さし出づる袖口など、明け暮れ見し者ともおぼえず。下襲の尻引き散らして、衛府(ゑふ)なるは、今すこしをかしう見ゆ。みづから杯さしなどしたまふを、我心にも覚ゆらむ。いみじうかしこまり、べちにゐし家の子の君達をも、けしきばかりこそかしこまりたれ、同じやうにうち連れありく。うへの近く使はせ給ふ様など見るは、ねたくさへこそ覚ゆれ。御文書かせ給へば、御硯の墨磨り、御団扇(うちは)などまゐり、た<だ>まつはれつかうまつるに、三年(みとせ)ばかりのほどを、なりあしく、物の色わろく、薫物(たきもの)、香などよろしうて、まじろはむは、言ふかひなきものなり。かうぶり得て、おりむ事近くならむだに、命よりはまさりて惜しかるべき事を、臨時にその御給はりなど申して、惑ひをるこそいと口惜しけれ。昔の蔵人は、今年の春よりこそ泣きたちけれ、今の世の事走りくらべをなむするとか。

 <博士の>才(ざえ)ある人、いとめでたしと言ふも愚かなり。顔もいと憎げに、下臈(げらふ)なれども、ことなる事な[き]けれども、世にやんごとなき者におぼされ、かしこき人の御前に近づきまゐり、さるべき事など問はせ給ふ御文の師にて候<ふ>[は]は、めでたくこそおぼゆれ。願文(ぐわんもん)も、さるべき物の序作り出だして褒めらるる、いとめでたし。

 法師の才ある、すべて言ふべきにあらず。持経者(ぢきやうじや)の一人して読むよりも、あまたが中にて、時など定まりたる御読経などに、なほいとめでたきなり。暗うなりて、「いづら、御読経油おそし」など言ひて、読みやみたる程、忍びやかにつづけ居たるよ。

 后(きさき)の昼の行啓。御産屋(うぶや)。宮はじめの作法(さはふ)。獅子、狛犬、大床子(だいしやうじ)など持てまゐりて、御帳(みちやう)の前にしつらひすゑ、内膳(ないぜん)、御竃(へつひ)わたしたてまつりなどしたる、姫君など聞こえしただ人とぞつゆ見えさせ給はね。

 一の人の御ありき、春日詣で。葡萄染の織物。すべて紫なるは、何も何もめでたくこそあれ。花も、糸も、紙も。紫の花の中には、杜若(かきつばた)ぞ少しにくき。色はめでたし。六位の宿直姿のをかしき[に]も、紫のゆゑなンめり。ひろき庭に雪の降りしきたる。今上(=一条帝)一の宮、まだ童(わらは)にておはしますが、御叔父(をぢ)に、上達部などの、わかやかに清げなるに、抱(いだ)かれさせ給ひて、殿上人など召しつかひ、御馬(むま)引かせて御覧じあそばせ給へる、思ふ事おはせじと覚ゆる。

93
 なまめかしきもの 細やかに清げなる君達の直衣姿。をかしげなる童女のうへの袴など、わざとにはあらで、ほころびがちなる汗袗(かざみ)ばかり着て、薬玉(くすだま)など長くつけて、高欄(かうらん)のもとに、扇さし隠して居たる。若き人のをかしげなる、夏の几帳の下(した)打ち懸けて、白き綾、二藍ひき重ねて、手習ひしたる。薄様(うすやう)の草子、斑濃(むらご)の糸してをかしく綴(と)ぢた<る>[り]。柳萌えたるに、青き薄様に書きたる文つけたる。鬚籠(ひげこ)のをかしう染めたる、五葉(ごえふ)の枝につけたる。三重(みへ)がさねの扇。五重(いつへ)はあまり厚くて、もと(=手許)など憎げなり。よくしたるひわり籠(ご)。白き組(=組み紐)の細き。新しくもなくて、いたく旧(ふ)りてもなき檜皮屋(ひはだや)に、菖蒲(しやうぶ)うるはしく葺(ふ)き渡したる。青やかなる御簾の下より、朽木形(くちきかた)のあざやかに、紐いとつややかにて、かかりたる。紐の吹きなびかされたるも、いとをかし。夏の帽額(もかう)の鮮やかなる。簀子(すのこ)の高欄のわたりに、いとをかしげなる猫の、赤き首綱(くびつな)に白き札(ふだ)つきて、碇(<い>[は]かり)の緒(を)食ひつきて、引き歩りくも、なまめいたる。五月(さつき)の節(せち)のあやめの蔵人。菖蒲(さうぶ)の鬘(かづら)、赤紐(<ひ>[い]も)の色にはあらぬを、領巾(ひれ)、裙帯(くたい)などして、薬玉を親王(みこ)たち、上達部などの立ち並み給へるに奉るも、いみじうなまめかし。取りて腰にひきつけて、舞踏(ぶたう)、拝し給ふも、いとをかし。火取(ひとり)の童。小忌(をみ)の君達もいとなまめかし。六位の青色の宿直姿。臨時の祭の舞人。五節(ごせち)の童なまめきたり。

94
 宮の五節出ださせ給ふに、かしづき十二人、こと所には、御息所(みやすどころ=女御、更衣)の人出だすをば、悪ろき事にぞすると聞くに、いかにおぼすか、宮の女房を十人出ださせ給ふ。今二人は、女院、淑景舎(しげいさ)の人、やがて姉妹(はらから)なりけり。

 辰の日の青摺(あをずり)の唐衣、汗衫(かざみ)を着せさせ給へり。女房にだにかねてさしも知らせず、殿上人にはましていみじう隠して、みな装束したちて、暗うなりたるほど持て来て着す。赤紐いみじう結び下げて、いみじく瑩(えう)じたる白き衣に、樫木(かたぎ)のかたは絵にかきたり。織物の唐衣の上に着たるは、まことにめづらしき中に、童は今少しなまめきたり。下仕(しもづか)へまで続き立ちてゐたる、上達部、殿上人驚<き>興じて、小忌(をみ)の女房とつけたり。小忌の君達は、外(と)に居て物言ひなどす。

 「五節の局を皆こぼちすかして、いと怪しくてあらする、いとことやうなり。その夜までは、猶うるはしくてこそあらめ」とのたまはせて、さも惑はさず、几帳どものほころび結(ゆ)ひつつ、こぼれ出でたり。小弁(こべん)といふが、赤紐の解けたるを、「これ結ばばや」と言へば、実方(さねかた)の中将寄りてつくろふに、ただならず。

 あしひきの山井の水はこほれるをいかなる紐の解くるならむ

と言ひかく。若き人の、さる顕証(けせう)の程なれば、言ひにくきにやあらむ、返しもせず、その傍らなるおとな人たちも打ち捨てつつ、ともかくも言はぬを、宮司(みやづかさ)などは、耳とどめて聞きけるに、久しくなりにけるかたはら痛さに、こと方より入りて、女房の許に寄りて、「などかうはおはするぞ」などぞささめくなるに、四人ばかりを隔てて居たれば、よく思ひ得たらむにも言ひにくし、まして歌詠むと知りたる人のおぼろけならざらむは、いかでかとつつまし<き>[く]こそ<は>わろけれ。「詠む人はさやはある。いとめでた<から>[う]ねど、ふとこそは言へ」と、爪(つま)はじきをし歩りくも、いとほしけれ、

 うす氷あはに結べる紐なればかざす日かげにゆるぶばかりを

と弁のおもとといふに伝へさするに、消え入りつつえも言ひやらず。「などかなどか」と耳を傾けて問ふに、少し言吃(ことども)りする人の、いみじうつくろひ、めでたしと聞かせむと思ひければ、えも言ひ続けずなりぬるこそ、中々恥隠(はぢかく)す心地してよかりしか。

 (=舞姫が)おりのぼる送りなどに、悩まし(=気分が悪い)と言ひ入りぬる人をも、のたまはせしかば(=中宮が命じたので)、ある限り群れ立ちて、ことにも似ず、あまりこそうるさげなンめれ。舞姫は、相尹(すけまさ)の馬頭(むまのかみ)の女、染殿の式部卿の宮の<うへの>御弟の四の君の御腹、十二にていとをかしげなり。果ての夜も、負ひか<づき出で>[へに]もさわがず。やがて仁寿殿(じじゆうでん)より通りて、清涼殿御前の東の簀子より、舞姫を先にて、うへの御局へ参りしほど、をかしかりき。

95
 細太刀(ほそだち)の平緒(ひらを)つけて、清げなる男(をのこ)の持てわたるも、いとなまめかし。紫の紙を包みて封(ふん)じて、房長き藤につけたるも、いとをかし。

96
 内裏は、五節の程こそすずろにただならで、見る人もをかし<う>覚ゆれ。主殿司などの、色々のさいでを、物忌のやうにて、釵子(さいし)<に>[き]つけたるなども、めづらしく見ゆ。清涼殿の反橋(そりはし)に、元結(もとゆひ)の斑濃(むらご)、いとけざやかにて(=女房たちが)出でたるも、様々につけてをかしうのみ。上雑仕(うへざふし)、童べども、いみじき色節(いろふし=光栄)と思ひたる、いとことわりなり。山藍(やまあゐ)、日陰など、柳筥(やないばこ)に入れて、冠(かうぶり)したる男(をのこ)の持てありく、いとをかしう見ゆ。殿上人<の直衣脱ぎ垂れて、扇や何やと>拍子(ひようし)にして、「司(つかさ)まされとしきなみぞ立つ」といふ歌をうたひて、局どもの前渡るほどはいみじく、添ひ立ちたらむ人の心騒ぎぬべしかし。まして颯(さ)と一度(ひとたび)に笑ひなどしたる、いとおそろし。

 <行>事の蔵人の掻練襲(かひねりがさね)、物よりことに清らに見ゆ。褥(しとね)など敷きたれど、中々えも(=褥に)のぼりゐず、女房の出でゐたるさま、褒めそしり、この頃はこと事はなかンめり。

 帳台(ちやうだい=試楽)の夜、行事の蔵人いときびしうもてなして、「かいつくろひ(=介添え役)二人、童(わらは)よりほかは入るまじ」とておさへて、面にくきまで言へば、殿上人など、「猶これ(=自分)一人ばかりは」などのたまふ。「うらやみあり。いかでか」など固く言ふに、宮の御方の女房二十人ばかりおし凝(こ)[も]りて、ことごとしう言ひたる蔵人何ともせず、戸を押し開けてささめき入れば、あきれて、「いとこは術(ずち)なき世かな」とて、立てるも、をかし。それに付きてぞ、かしづきどもも皆入る。(=蔵人の)気色いと妬(ねた)げなり。うへもおはしまして、いとをかしと御覧じおはしますらむかし。

 童舞(わらはまひ)の夜はいとをかし。燈台(とうだい)に向ひたる顔ども、いとらうたげにをかしかりき。

97
 「無名(むみやう)といふ琵琶の御琴を、うへの持てわたらせ給へるを、見などして、掻き鳴らしなどす」<と>言へば、弾くには<あらず>、緒を手まさぐりにして、「これが名な。いかにとかや」など聞こえさするに、「ただいとはかなく、名もなし」とのたまはせたるは、猶いとめでたくこそ覚えしか。淑景舎(しげいしや)などわたり給ひて、御物語のついでに、「まろがもとにいとをかしげなる笙(さう)の笛こそあれ。故殿(ことの)の得させ給へりし」とのたまふを、僧都の君の「それは隆円(りゆうゑん)に給(た)うべ。おのれが許(もと)に<めでたき琴(きん)侍り。それにかへさせ給へ」と申し給ふを聞きも入れ>給は[り]で、なほこと事をのたまふに、答(いら)へさせ奉らむとあまたたび聞こえ給ふに、なほ物ものたまはねば、宮の御前の「否(いな)かへじとおぼいたる物<を」とのたまはせけるが、いみじうをかしき事ぞ限りなき>。この御笛の名を、僧都の君もえ知り給はざりければ、ただうらめしとぞおぼしたンめる。これは職の御曹司におはしましし時の事なり。うへの御前に、いなかへじといふ御笛の候なり。

 御前に候ふ者どもは、みな琴笛もめづらしき名付きてこそあれ。琵琶は玄上(げんじやう)、牧馬(ぼくば)、井手(ゐで)、渭橋(ゐけう)、無名など、また、和琴(わごん)なども、朽目(くちめ)、塩竈(しほがま)、<二貫(ふたぬき)>[具]などぞ聞こゆる。水龍(すいろう)、小水龍(こすいろう)、宇多の法師(うだのほふし)、釘打(くぎうち)、葉二(はふた)つ、何くれと、多く聞こえしかど、忘れにけり。「宜陽殿(ぎやうでん)一の棚に」といふ言(こと)ぐさは、頭中将こそしたまひ<し>か。

98
 うへの御局の御簾の前にて、殿上人日一日(ひとひ)、琴、笛吹き、遊びくらして、まかで別るるほど、まだ格子をまゐらぬに、御殿油(とな[あ]ぶら)を差し出でたれば、取り入れたるがあらはなれば、琵琶の御琴(こと)を縦様(たたざま)に持たせ給へり。紅の御衣(ぞ)の、言ふも世の常なる、打ち張りたるも、あまた奉りて、いと黒くつややかなる御琵琶に、御衣の袖をうちかけて、とらへさせ給へる、めでたきに、そばより御額(ひたひ)のほど白くけざやかにて、はつかに見えさせ給へるは、たとふべき方なくめでたく、近く居給へる人にさし寄りて、「なかば隠したりけむも、えかうはあらざりけむかし。それは只人にこそありけめ」と言ふを聞きて、道もなきを、わりなく分け入りて啓すれば、笑はせ給ひて、「われは知りたりや」となむ仰せらるる、と伝ふるもをかし。

99
 御乳母(めのと)の大輔(たいふ)の<命婦>[今日](=「け婦」←「け(変体仮名で介)」と「命」の類似←「命婦」)の日向(ひむか)へく<だ>るに、(=定子中宮が)給はする扇どもの中に、片つ方には、日いと花やかにさし出でて、旅人のある所、田舎(ゐ<なか>[中])[将]の館(たち)などいふ様、いとをかしう書きて、いま片つ方には、京の方、雨いみじう降りたるに、眺めたる人など書きたるに、

 あかねさす日に向ひても思ひ出でよ都は晴れぬ眺めすらむと

 言葉に御手づから書かせ給ひし、あはれなりき。さる君(=中宮)[々]を置き奉りて、遠くこそえ行くまじけれ。

100
 ねたきもの これより[も]遣(や)るも、人の言ひたる返事も、書きて遣りつる後に、文字一つ二つなどは思ひ直したる。頓(とみ)のもの縫(ぬ)ふに、縫ひ果てつと思ひて、針を抜きたれば、はやう結ばざりけり。また、かへさまに縫ひたるも、いと妬(ねた)し。

 南の院におはします頃、西の対に殿のおはします方に、宮もおはしませば、寝殿に集りゐて、さうざうしければ、たはぶれ遊びをし、渡殿に集り居などしてあるに、「これ只今、とみの物なり、たれもたれも集りて、時かはさず縫ひて参らせよ」とて平絹(ひらきぬ)の御衣(ぞ)を給はせたる。南面(みなみおもて)に集り居て、御衣片身づつ、たれか疾く縫ひ出づると挑(いど)みつつ、近くも向はず縫ふさまもいと物狂ほし。命婦の乳母、いと<疾く>縫ひ果ててうち置き、つづきに裄丈(ゆだけ)の片の御身を縫ひつるが、そむき様(ざま)なるを見つけず、とぢ目もしあへず、惑ひ置きて立ちぬるに、御背合はせむとすれば、早う違(たが)ひにけり。笑ひののしりて、「これ縫ひ直せ」と言ふを、「たれかあしう縫ひたりと知りてか直さむ。綾(あや)などならばこそ、縫ひ違への人のげに直さめ、無紋の御衣なり。何をしるしにてか。直す人誰かあらむ。ただまだ縫ひ給はざらむ人に直させよ」とて、聞きも入れねば、「さ言ひてあらむや」とて、源少納言、新中納言など言ふ、直し給ひし顔見やりて居たりしこそをかしかりしか。これは、夜さりのぼらせ給はむとて、「疾く縫ひたらむ人を、思ふと知らむ」と仰せられしか。

 見すまじき人に、ほかへ遣りたる文取りたがへて持て行きたる、いとねたし。「げに過ちてけり」とは言はで、口かたう抗(あらが)ひたる、人<目>をだに思はずは、走りも打ちつべし。面白き萩、薄(すすき)などを植ゑて見るほどに、長櫃(ながびつ)持たる者、鋤など引きさげて、ただ掘りに掘りていぬるこそ、わりなう妬(ねた)かりけれ。よろしき人などのある折は、さもせぬものを、いみじう制すれど、「ただすこし」など言ひていぬる、言ふかひなく妬(ねた)し。受領などの家に、下部(しもめ)などの来て、無礼(なめ)げに物言ひ、さりとて我をばいかが思ひたるけはひに言ひ出でたる、いと妬(ねた)げなり。

 見すまじき人の、文を引き取りて、庭[か]におりて見立てる、いとわびしうねたく、追ひて行けど、簾の許にとまりて見るこそ、飛びも出でぬべき心地すれ。

 すずろなる事腹立ちて、同じ所にも寝ず、身じくり出づるを、忍びて引き寄すれど、わりなく心こはければ、あまりになりて、人も「さはよかンなり」と怨(ゑ)じて、かいくぐみて臥しぬる後、いと寒き折などに、ただ単衣(ひとへぎぬ)ばかりにて、あやにくがりて、大かた皆人も寝たるに、さすが起き居たらむ、怪しくて、夜の更くるままに、妬(ねた)く、起きてぞいぬべかりけるなど思ひ臥したるに、奥にも外にも、物うち鳴りなどして恐ろしければ、やをらまろび寄りて、衣(きぬ)引きあぐるに、空寝したるこそ、いと妬(ねた)けれ。「猶こそ強(こは)がり給はめ」などうち言ひたるよ。

101
 かたはらいたきもの 客人(まらうど)などに会ひて物言ふに、奥の方に打ち解けごと人(=家族)の言ふを、制せで聞く心地。思ふ人のいたく酔ひさかしがりて、同じ事したる。聞きゐたるをも知らで、人の上言ひたる。それは(=それが)何ばかりならぬ使ひ人なれど、かたはら痛し。旅立ち所近き所などにて、下衆(げす)どもの戯(ざ)れかはしたる。憎げな<る>[き]児(ちご)を、おのれが心地に愛(かな)しと思ふままに、慈(うつく)しみ遊ばし、これが声の真似にて、言ひける事など語りたる。才(ざえ)ある人の前にて、才なき人の、物覚え顔に、人の名など言ひたる。殊に良しとも覚えぬを、わが歌を人に語り聞かせて、人の褒めし事など言ふも、かたはら痛し。人の起きて物語などするかたはらに、あさましう打ち解けて寝たる人。まだ音(ね)も弾き整へぬ琴を、心一つやりて、さやうの方知りつる人の前にて弾く。いとどしう住まぬ婿の、さるべき所にて舅に会ひたる。

102
 あさましきもの 指櫛(さしぐし)みがくほどに、物にさへて折れたる。車のうち返されたる。さるおほのかなる物は、所狭(ところせ)う久しくなどやあらむとこそ思ひしか、ただ夢の心地してあさましう、あやなし。

 人のためにはづかしき事、つつみもなく、児(ちご)も大人も言ひたる。必ず来(き)なむと思ふ人の、待ち明して、暁がたに、ただいささか忘られて、寝入りたるに、烏のいと近く「かか」と鳴くに、うち見開けたれば、昼になりたる、いとあさまし。調半(てうばみ)に筒(どう)取られたる。無下に知らず、見ず、聞かぬ事を、人のさし向ひて、あらがはすべくもなく言ひたる。物うちこぼしたるもあさまし。賭弓(のりゆみ)に、わななくわななく久しうありて、外(はづ)したる矢の、も<て>[と]離れて、こと方へ行(ゆ)きたる。

103
 くちをしきもの 節会(せちえ)、仏名(ぶつみやう)に雪降らで、雨のかき暮らし降りたる。節会、さるべきをりの御物忌に当りたる。いどみ、いつしか<と>思ひたる事の、障(さ)はる事出で来て、にはかにとまりたる。いみじうほしうする人の、子生まで年頃(=妻を)具したる。遊びをもし、見すべき事もあるに、必ず来(き)なむと思ひて呼びに遣りつる人の、「障はる事ありて」など言ひて来(こ)ぬ、くちをし。

 男も女も、宮仕へ所などに、同じやうなる人もろともに、寺へ詣で物へも行くに、好(この)もしうこぼれ出でて、用意はけしからず(=並々でない)、あまり見苦しとも見つべくぞあるに、さるべき人の馬にても車にても、行き会ひ見ずなりぬる、いとくちをし。わびては、好き好きしからむ下衆などにても、人に語りつべからむにてもがなと思ふも、けしからぬなンめりかし。

104
 五月の御精進(さうじ)のほど、職におはしますに、塗籠(ぬりごめ)の前、二間(ふたま)なる所を、殊(こと)に御しつらひしたれば、例様ならぬもをかし。朔日(ついたち)より雨がちにて、曇り曇らずつれづれなるを、「郭公(ほととぎす)の声尋ねありかばや」と言ふを聞きて、われもわれもと出でたつ。賀茂の奥に、なにがしとかや、七夕(たなばた)の渡る橋にはあらで、にくき名ぞ聞こえし。「その辺(わた)りになむ、日ごとに鳴く」と人の言へば、「それは日ぐらしなンなり」と答(いら)ふる人もあり。「そこへ」とて、五日のあした、宮司、車の事言ひて、北の陣より、五月雨(さみだれ)はとがめなきものぞ、とて、入れさせおきたり。四人ばかりぞ乗りて行(ゆ)く。うらやましがりて、「今一つして同じくは」など言へば、「いな」と仰せらるれば、聞きも入れず、情けなきさまにて行くに、馬場(むまば)といふ所にて、人多くさわぐ。「何事するぞ」と問へば、「手結(てつがひ)にて真弓(まゆみ)射るなり。しばし御覧じておはしませ」とて、車とどめたり。「右近中将みな着き給へる」と言へど、さる人も見えず。六位などの立ちさまよへば、「ゆかしからぬ事ぞ、はやかけよ」とて、行きもて行けば、道も祭のころ思ひ出でられてをかし。かういふ所には、明順(あきのぶ)の朝臣(あそんの)家あり。「そこもやがて見む」と言ひて、車寄せておりぬ。田舎だち、事そぎて、馬の絵(かた)かきたる障子(さうじ)、網代(あじろ)屏風、三稜草(みくりの)簾(すだれ)など、殊更(ことさら)に昔の事を写したる。屋(や)の様は、はかなだちて、端近き、あさはかなれどをかしきに、げにぞかしがましと思ふばかりに鳴き合ひたる郭公の声を、御前に聞こしめさず、さは慕ひつる人々にもなど思ふ。「所につけては、かかる事をなむ見るべき」とて、稲といふ物多く取り出でて、若き下衆女どもの、きたなげならぬ、その辺(わた)りの家のむすめ、女などひきゐて来て、五六人してこかせ、見も知らぬくるべき物ふし、二人して引かせて、歌うたはせなどするを、珍しくて笑ふに、郭公の歌よまむなどしたる、忘れぬべし。よこ絵にあるやうなる懸盤(かけばん)などして、物食はせたるを、見入るる人なければ、家あるじ「いとわろくひなびたり。かかる所に来ぬる人は、ようせずば『あるも』など責め出だしてこそ参るべけれ。無下にかくては、その人ならず」など言ひてとりはやし、「この下蕨(したわらび)は、手づから摘みつる」など言へば、「いかでか、女官などのやうに、つきなみてはあらむ」など言へば、「とりおろして、例のはひぶしに習はせたる御前(おまへ)たちなれば」とて、とりおろしまかなひ騒ぐほどに、「雨ふりぬべし」と言へば、急ぎて車に乗るに、「さてこの歌は、ここにてこそ詠まめ」と言へば、「さばれ、道にてもと」など言ひて、卯の花いみじく咲きたるを折りつつ、車の簾、傍(そば)などに、長き枝を葺(ふ)きささせたれば、ただ卯の花垣根を牛に懸けたるやうにぞ見えける。供なる男(をのこ)どもも、いみじう笑ひつつ、網代をさへ突きうがちつつ、「ここまだし、まだし」とさし集(あつ)むなり。人も会はなむと思ふに、更にあやしき法師、あやしの言ふかひなき者のみ、たまさかに見ゆるに、いとくちをし。

 近う来ぬ。「さりとも、いとかうてやまむやは。この車のさまをだに、人に語らせてこそやまめ」とて、一条殿のもとにとどめて、「侍従殿やおはします。郭公の声聞きて、今なむ帰り侍る」と言はせたる使(つかひ)、「『只今まゐる。あが君あが君』となむのたまへる。さぶらひに間(ま)拡げて。指貫奉りつ」と言ふに、「待つべきにもあらず」とて、走らせて、土御門(つちみかど)ざまへやらするに、いつの間にか装束(さうぞく)しつらむ、帯は道のままに結ひて、「しばしば」と追ひ来る。供に、侍(さぶらひ)、雑色(ざふしき)、物はかで走るめる。「とくやれ」と、いとどいそがして、土御門に行き着きぬるにぞ、あつち惑(まど)ひておはして、まづこの車のさまをいみじく笑ひ給ふ。「うつつの人の乗りたるとなむ、更に見えぬ。猶おりて見よ」など笑ひ給へば、供なりつる人どもも興(きよう)じ笑ふ。「歌はいかにか。それ聞かむ」とのたまへば、「今御前に御覧ぜさせてこそは」など言ふ程に、雨まことに降りぬ。「などか他(こと)御門のやうにあらで、この土御門しも、上もなく作りそめけむと、今日こそいとにくけれ」など言ひて、「いかで帰らむずらむ。こなたざまは、ただおくれじと思ひつるに、人目も知らず走られつるを。奥(あう)行かむ事こそ、いとすさまじけれ」とのたまへば、「いざ給へかし。内へ」など言ふ。「それも烏帽子(えぼうし)にてはいかでか」「とりにやり給へ」など言ふに、雨まめやかにふれば、笠なき男(をのこ)ども、ただ引き入れつ。一条より笠を持てきたるをささせて、うち見返へりうち見返へり、このたびはゆるゆると、物憂げにて、卯の花ばかりを取りおはするもをかし。

 さて参りたれば、ありさまなど問はせ給ふ。うらみつる人々、怨(ゑ)じ心憂がりながら、藤侍従、一条の大路走りつるほど語るにぞ、みな笑ひぬる。「さていづら歌は」と問はせ給ふ。かうかうと啓すれば、「くちをしの事や。うへ人などの聞かむに、いかでかをかしき事なくてあらむ。その聞きつらむ所にて、ふとこそよまましか。あまり儀式ことさめつらむぞ、怪しきや。ここにてもよめ。言ふかひなし」などのたまはすれば、げにと思ふに、いとわびしきを、言ひ合はせなどする程に、藤侍従の、ありつる卯の花につけて、卯の花の薄様に、

 郭公鳴く音(ね)たづねに君行くと聞かば心を添へもしてまし

 返事(かへりごと)待つらむなど、局へ硯取りにやれば、「ただこれして疾(と)くいへ」とて、御硯の蓋に紙など入れて給はせたまへば、「宰相の君、書きたまへ」と言ふを、「なほそこに」など言ふほどに、かきくらし雨降りて、神(かみ)もおどろおどろしう鳴りたれば、物も覚えず、ただおろしにおろす。職の御曹子は、蔀(しとみ)をぞ御格子にまゐり渡し惑ひしほどに、歌の返事も忘れぬ。

 いと久しく鳴りて、少しやむほどは暗くなりぬ。只今、なほその御返事奉らむとて、取りかかるほどに、人々、上達部など、神の事申しにまゐり給へば、西面に出でて、物など聞こゆるほどにまぎれぬ。人はた「さして得たらむ人こそ知らめ」とてやみぬ。大かたこの事に宿世(すくせ)なき日なりと、倦(う)じて、「今はいかでさなむ行きたりしとだに人に聞かせじ」などぞ笑ふを、「今も、などそれ行きたりし人どもの言はざらむ。されども、させじと思ふにこそあらめ」と、物しげに思しめしたるも、いとをかし。「されど、今すさまじくなりにて侍るなり」と申す。「すさまじかるべき事かは」などのたまはせしかど、やみにき。

 二日ばかりありて、その日の事など言ひ出づるに、宰相の君、「いかにぞ、手づから折りたると言ひし下蕨は」とのたまふを聞かせ給ひて、「思ひ出づる事のさまよ」と笑はせ給ひて、紙の散りたるに、

 下蕨こそ恋しかりけれ

と書かせ給ひて、「本(もと)言へ」と仰せらるるもをかし。

 郭公たづねて聞きし声よりも

と書きて参らせたれば、「いみじううけばりたりや。かうまでだに、いかで郭公の事をかけつらむ」と笑はせ給ふ。「この歌、すべて詠み侍らじとなむ思ひ侍るものを、物の折など人のよみ侍るにも、「よめ」など仰せられば、え候ふまじき心地なむし侍る。いかでかは、文字の数知らず、春は冬の歌をよみ、秋は春のをよみ、梅のをりは菊などをよむ事は侍らむ。されど、歌よむと言はれ侍りし末々(すゑずゑ)は、少し人にまさりて、『そのをりの歌は、これこそありけれ。さは言へど、それが子なれば』など言はれたらむこそ、かひある心地して侍らめ。つゆとり分きたる方もなくて、さすがに歌がましく、われはと思へるさまに、最初(さいそ)に詠み出で侍らむなむ、亡き人のためにいとほしく侍る」などまめやかに啓すれば、笑はせ給ひて、「さらば、ただ心にまかす。われは詠めとも言はじ」とのたまはすれば、「いと心やすく成り侍りぬ。今は歌のこと思ひかけ侍らじ」など言ひてある頃、庚申(かうじん)せさせ給ひて、内大臣殿、いみじう心まうけせさせ給へり。

 夜うち更くるほどに、題出だして、女房に歌よませ給へば、皆けしきだちゆるがし出だすに、宮の御前に近く候ひて、物啓しなど、事をのみ言ふも、大臣(おとど)御覧じて、「などか歌はよまで離れゐたる。題とれ」とのたまふを、「さるまじく承りて、歌よむまじくなりて侍れば、思ひかけ侍らず」「異様(ことやう)なる事。まことにさる事やは侍る。などかは許させ給ふ。いとあるまじき事なり。よし、異(こと)時は知らず、今宵はよめ」と責めさせ給へど、清う聞きも入れで候ふに、こと人ども詠み出だして、よしあしなど定めらるるほどに、いささかなる御文をかきて給はせたり。あけて見れば、

 元輔(もとすけ)がのちと言はるる君しもや今宵の歌にはづれてはをる

とあるを見るに、をかしき事ぞたぐひなきや。いみじく笑へば、「何事ぞ何事ぞ」と大臣ものたまふ。

 「その人ののちと言はれぬ身なりせば今宵の歌はまづぞよままし

つつむ事候はずは、千歌(ちうた)なりとも、これよりぞ出でまうで来まし」と啓しつ。

105
 御方々(かたがた)、君達、上人(うへびと)など、御前に人多く候へば、廂の柱に寄りかかりて、女房と物語してゐたるに、物をなげ給はせたる。あけて見れば、「思ふべしやいなや、第一ならずばいかが」と問はせ給へり。

 御前にて物語などするついでにも、「すべて人には一に思はれずば、さらに何にかせむ。ただいみじうにくまれ、悪しうせられてあらむ。二三にては死ぬともあらじ、一にてをあらむ」など言へば、「一乗の法」なりと人々笑ふ事の筋(すぢ)なンめり。筆、紙給はりたれば、「九品蓮台(くほんれんだい)の中には、下品(げほん)といふとも」と書きてまゐらせたれば、「無下(むげ)に思ひ屈(くん)じにけり。いとわろし。言ひそめつる事は、さてこそ有らめ」とのたまはすれば、「人に従ひてこそ」と申す。「それがわろきぞかし。第一の人に、また一に思はれむとこそ思はめ」と仰せらるるもいとをかし。

106
 中納言殿(=隆家)まゐらせ給ひて、御扇奉らせ給ふに、「隆家こそいみじき骨を得て侍れ。それを張らせて参らせむとするを、おぼろげの紙は張るまじければ、もとめ侍るなり」と申し給ふ。「いかやうなるにかある」と問ひ聞こえさせ給へば、「全ていみじく侍る。『更にまだ見ぬ骨のさまなり』となむ人々申す。まことにかばかりのは見ざりつ」と、言(こと)高く申し給へば、「さては扇のにはあらで、海月(くらげ)のなり」と聞こゆれば、「これは隆家が言(こと)にしてむ」とて、笑ひ給ふ。

 かやうの事こそ、かたはら痛き物のうちに入れつべけれど、「ひとことな落としそ」と侍れば、いかがはせむ。

107
 雨のうちはへ(=長く)降るころ、今日も降るに、御使にて、式部丞(しきぶのぞう)信経(の<ぶ>[り]つね)まゐりたり。例の御褥(しとね)さし出だしたるを、常よりも遠く押し遣りてゐたれ<ば>、「あれは誰が料(<れ>[よ]う)ぞ(=誰のため)」と言へば、笑ひて「かかる雨に(=褥に)のぼり侍らば、足形(あしがた)つきて、いと不便(ふびん)に汚なげになり侍りなむ」と言へば、「など。洗足料(<せ>[け]んぞくれう=氈褥料にかけた)にこそはならめ」と言ふを、「これは御前(=あなた)に、賢(かし)こう仰せらるるにはあらず。信経が足形の事を申さざらましかば、えのたまはざらまし」とて、返す返す言ひしこそをかしかりしか。「あまりなる御身褒(ぼ)めかな」と傍らいたく、「はやう、太后(おほきさい)の宮に、ゑぬたきと言ひて名高き下仕(しもづか)へ<な>むありける。美濃の守にて失せにける藤原時柄(ふじわらのときがら)、蔵人なりける時、下仕へどもある所に立ち寄りて、『これやこの高名(かうみやう)のゑぬたき。などさ(=その名前のやうに)も見えぬ』と言ひける返事に、『それ<は>時柄(とき<がら>[は])に見ゆる名なり』と言ひたりけるなむ、『かたきに選りても、いかでかさる事はあらむ』<と>、殿上人、上達部までも、興(きよう)ある事にのたまひける。また、さりけるなンめりと、今までかく言ひ伝ふるは」と聞こえたり。「それまた時柄<が>[と]言はせたるなり。すべて題出だし柄(が<ら>[う])なむ、文(ふみ)も歌もかしこき」と言へば、「実(げ)にさる事あることなり。さらば、題出ださむ。歌よみ給へ」と言ふに、「いとよき事、一つは何せむに、同じうはあまたをつかまつらむ」など言ふほどに、御題は出でぬれば、「あなおそろし。まかり出でぬ」とて立ちぬ。「手もいみ<じ>う真名も仮名もあしう書く、人も笑ひなどすれば、隠してなむある」と言ふもをかし。

 作物所(つくもどころ)の別当(べたう)する頃、たれが許(もと)に遣りけるにかあらむ、物の絵様(ゑやう=下書き)やるとて、「これがやうにつかまつるべし」と書きたる真名(まんな)のやう、文字の、世に知らずあやし<き>[さ]を(=私が)見付けて、それがかたはらに、「これがままにつかうまつらば、ことやうにこそあるべけれ」とて、殿上に遣りたれば、人々取りて見て、いみじう笑ひけるに、大腹立ちてこそ恨みしか。

108
 淑景舎(しげいしや)、春宮にまゐり給ふほどの事など、いかがは、めでたからぬ事なし。正月十日にまゐり給ひて、宮の御方に、御文などは繁(しげ)う通(かよ)へど、御対面などはなきを、二月十日、宮の御方に渡り給ふべき御消息あれば、常よりも御しつらひ心ことにみがきつくろひ、女房なども、皆用意したり。夜中ばかりに渡らせ給ひしかば、いくばくもなくて明けぬ。登華殿(とうくわでん)の東の二間(ふたま)に、御しつらひはしたり。翌朝(つとめて)いと疾く御格子まゐりわたして、暁に、殿(=道隆)、上(=北の方)、一つ御車にて参り給ひにけり。宮は御曹司(みざうし)の南に、四尺の屏風、西東(にしひがし)にへだてて、北向に立てて、御畳、御褥(しとね)うち置きて、御火桶ばかり参りたり。御屏風の南、御帳(みちやう)の前に、女房いと多く候ふ。

 こなたにて御髪(みぐし)など参るほど、「淑景舎は見奉りしや」と問はせ給へば、「まだいかでか。積善寺(しやくぜんじ)供養の日、御後(うし)ろをはつかに」と聞こゆれば、「その柱と屏風とのもとに寄りて、我が後ろより見よ。いと美しき君ぞ」とのたまはすれば、嬉しく、ゆかしさまさりて、いつしかと思ふ。紅梅の固紋(かたもん)、浮紋(うきもん)の御すそどもに、紅の打ちたる御衣(ぞ)三つぞ、ただ上に引き重ねて奉りたる(=宮が着ておられる)に、「紅梅には濃き衣こそをかしけれ。今は、紅梅、着でもありぬべし。されど萌黄などの憎ければ、紅には合はぬなり」とのたまはすれど、只い<と>[ま]めでたく見えさせ給ふ。奉りたる御衣に、やがて御かたちの匂ひ合はせ給ふぞ、なほ他(こと)よき人(=妹君)も、かくやおはしますらむとぞ、ゆかしき。

 (=中宮様は)さてゐざり出でさせ給ひぬれば、やがて御屏風に添ひつきて覗くを、「あしかンめり、うしろめたきわざ」と聞こえごつ人もあり。いとをかし。御障子の広うあきたれば、いとよく見ゆ。上(=北の方)は白き御衣ども、紅の張りたる二つばかり、女房の裳なンめり、引きかけて、奥に寄りて、東向(ひんがしむき)におはすれば、ただ御衣などぞ見ゆる。淑景舎は北にすこし寄りて、南向におはす。紅梅ども、あまた濃く薄くて、濃き綾の御衣、少し赤き蘇枋(すはう)の織物の袿(うちぎ)、萌黄の固紋のわかやかなる御衣奉りて、扇をつとさし隠し給へる、いといみじく、実(げ)にめでたく美しと見え給ふ。殿、薄色の直衣、萌黄の織物の御指貫、紅の御衣ども、御紐さして、廂の柱に後ろを当てて、こなたざまに向きておはします。めでたき御有様どもを、うち笑みて、例の戯言(たはぶれごと)どもをせさせ給ふ。淑景舎の、絵に書きたるやうに、美しげにてゐさせ給へるに、宮はいとやすらかに、今すこし大人びさせ給へる御けしきの、紅の御衣に匂ひ合はせ給ひて、なほ類ひはいかでかと見えさせ給ふ。

 御手水(てうづ)まゐる。かの御方は、宣耀殿(せんえうでん)、貞観殿(ぢやうぐわんでん)を通りて、童(わらは)二人、下仕(しもづか)へ四人して持てまゐるめり。唐廂(からびさし)のこなたの廊(らう)にぞ、女房六人ばかり候ふ。狭(せば)しとて、片方(かたへ=半分)は御送りして、皆帰りにけり。桜の汗衫(かざみ)、萌黄、紅梅などいみじく、汗衫長く尻(しり)引きて、(=童が)取り次ぎまゐらす、いとなまめかし。織物の唐衣どもこぼれ出でて、相尹(すけまさ)の馬頭の女(むすめ)小将の君、北野の三位の女宰相の君などぞ近くはある。あなをかしと見るほどに、この御方の御手水、番(ばん)の釆女(うねめ)、青裾濃(すそご)の裳、唐衣、裙帯(くんたい)、領巾(ひれ)などして、面(おもて=顔)などいと白くて、下仕へなど取り次ぎて、まゐるほど、これはた公(おほやけ)しく、唐めいてをかし。

 御膳(おもの)のをりになりて、御髪上(みぐしあ=女官)げまゐりて、蔵人(=雑事女官)ども、まかなひ(=陪膳女官)の、髪(かみ)あげて、まゐらする程に、隔てたりつる屏風も押し開けつれば、垣間見(かいまみ)の人、隠れ蓑とられたる心地して、飽かず侘びしければ、御簾(みす)と几帳(きちやう)との中にて、柱のもとよりぞ見奉る。衣の裾(すそ)、裳など、唐衣は皆御簾の外(と)に押し出されたれば、殿の、端の方より御覧じ出だして「誰(た)そや、霞の間(ま)より見ゆるは」と咎めさせ給ふに、「少納言が物ゆかしがりて侍るならむ」と申させ給へば、「あなはづかし。かれ(=彼女)は古き得意(=知り合ひ)を、(=私が)いと憎げなる女ども持ちたりともこそ見侍れ」などのたまふ御けしき、いとしたり顔なり。

 あなた(=淑景舎)にも御膳(おもの)まゐる。「うらやましく、片つ方のは、まゐりぬ。疾く聞こし召して、翁(おきな)、嫗(おんな)に、おろしをだに給へ」など、ただ日一日(ひとひ)、猿楽言(さるがうごと)をし給ふ程に、大納言殿(=伊周)、三位中将(=隆家)、松君(=伊周の子)もゐてまゐり給へり。殿いつしかと抱(いだ)き取り給ひて、膝に据ゑ給へる、いと美し。狭(せば)き縁(えん)に、所せき昼(ひ)の御装束(さうぞく)の下襲(したがさね)など引き散らされたり。大納言殿は物々しう清げに、中将殿は労々じく、いづれもめでたきを見奉るに、殿をばさるものにて、上の御宿世(すくせ)こそめでたけれ。「御円座(わらふだ)」など(=道隆が)聞こえ給へど、「陣に着き侍らむ」とて、(=息子たちは)急ぎ立ち給ひぬ。

 しばしありて、式部丞(しきぶのぜう)某(なにがし)とかや、御使に参りたれば、御膳(おもの)やりとの北に寄りたる間に、御褥さし出でて、御返りは、今日は疾く出させ給ひつ。まだ褥も取り入れぬほどに、春宮の御使に、周頼(ちかより)の少将参りたり。御文取り入れて、渡殿(わたどの)は、細き縁(えん)なれば、こなたの縁に褥さし出でたり。御文とり入れて、殿、上、宮など御覧じわたす。「御返りはや」などあれど、頓にも聞こえ給はぬを、「某(なにがし)が見侍れば、書き給はぬなンめり。さらぬ折(=私がゐない時)は間もなく、これよりぞ聞こえ給ふなる」など申し給へば、御面(おもて)はすこし赤みながら、少しうち微笑(ほほゑ)み給へる、いとめでたし。「疾く」など、上も聞こえ給へば、奥ざまに向きて書かせ給ふ。上、近く寄り給ひて、諸共に書かせ奉り給へば、いとど慎(つつ)ましげなり。宮の御方より、萌黄の織物の小袿(こうちぎ)、袴おし出だされたれば、三位中将かづけ(=禄として与へる)給ふ。(=周頼は)苦しげに思ひて立ちぬ。松君のをかしう物のたまふを、誰も誰もうつくしがり聞こえ給ふ。「宮(=定子)の御子(みこ)たちとて引き出でたらむに、わろくは侍らじかし」などのたまはするを、「実(げ)に、などか今までさる事(=御産)の」とぞ心もとなき。

 未(ひつぢ)の時ばかりに、「筵道(えんだう)まゐる」と言ふ程もなく、うちそよめき入らせ給へば(=天皇が)、宮もこなたに寄らせ給ひぬ。やがて御帳(みちやう)に入らせ給ひぬれば、女房南面(みなみおもて)にそよめき出でぬ。廊(らう)、馬道(めんだう)に殿上人いと多かり。殿(=道隆)の御前に宮司召して、菓子(くだもの)、肴(さかな)(=殿上人に)召さす。「人々酔はせ」など仰せらる。まことに皆酔(ゑ)ひて、女房と物言ひ交はすほど、互(かたみ)にをかしと思ひたり。

 日の入るほどに起きさせ給ひて(=天皇)、山の井の大納言召し入れて、御袿(みうちぎ=調髪係の女房)まゐらせ給ひて、帰らせ給ふに、殿の大納言、山の井の大納言、三位中将、内蔵頭などみな候ひたまふ。

 宮のぼらせ給ふべき(=天皇の)御使にて、馬(むま)の内侍のすけ参り給へり。「今宵はえ」などしぶらせ給ふを、殿聞かせ給ひて、「いとあるまじき事。はやのぼらせ給へ」と申させ給ふに、また、春宮(とうぐう)の御使しきりにある程、いと騒がし。御むかへに、女房(=天皇の)、春宮のなども参りて、「疾く」とそそのかし聞こゆ。「まづ、さは、かの君わたし聞こえ給ひて」とのたまはすれば、「さりともいかでか」とあるを、「なほ見送り聞こえむ」などのたまはするほど、いとをかしう、めでたし。「さらば遠きを先に」とて、まづ淑景舎渡り給ひて、殿など帰らせ給ひてぞのぼらせ給ふ。道の程も、殿の御猿楽言(さるがうごと)に、いみじく笑ひて、殆(ほとほと)打橋(うちはし)よりも落ちぬべし。


109
 殿上より、<梅の花のみな散りたる枝を、「これは、いかに」といひたるに、清「誰誰かおはする」と主殿(とのも)づかさに問へば、「公任の宰相中将、俊賢の宰相、殿上人いとおほくおはす」といふに、なかなかならむよろし歌詠み出でて笑はれむこそいと恥ぢがましかるべけれ。いかにせむと思ひわづらひて、ただ、

 「はや落ちにけり」

といひたるを、その詩を誦して、黒戸より殿上人いとおほくまゐり >(=能因本ヌケ。前田本より補)たるを、うへの御前聞かせおはしまして、「よろしき歌など詠みたらむよりも、かかる事はまさりたりかし。よう答へたり」と仰せらる。

110
 二月晦日(つごもり)、風いたく吹きて、空いみじく黒きに、雪すこしうち散る程、黒戸に主殿司来て、「かうして候ふ」と言へば、寄りたるに、「公任(きんたふ)の君、宰相中将殿の」とあるを見れば、懐紙(ふところがみ)に、ただ、

 すこし春ある心地こそすれ

とあるは、げに今日(けふ)の景色に、いとよう合ひたるを、これが本(もと)はいかがつくべからむと思ひ煩ひぬ。「誰々か」と問へば、「それそれ」と言ふに、みな恥づかしき中に、宰相中将の御答(いら)へをば、いかが事なしびに言ひ出でむと、心一つに苦しきを、御前に御覧ぜさせむとすれども、うへもおはしまして、御とのごもりたり。主殿司は「とくとく」と言ふ。げに遅くさへあらむは、取り所なければ、「さはれ」とて、

 空寒み花にまがへて散る雪に

と、わななくわななく書きて取らせて、いかが見たまふらむと思ふにわびし。これが事を聞かばやと思ふに、そしられたらば聞かじと覚ゆるを、「俊賢(としかた)の中将など、『なほ内侍に申してなさむ』と定めたまひし」とばかりぞ、右兵衛佐(すけ)中将にておはせし、語りたまひし。

111
 はるかなるもの 千日の精進(さうじ)始むる日。半臂(はんぴ)の緒ひねり始むる日。陸奥国(みちのくに)へ行く人の、逢坂の関越ゆるほど。生まれたる児(ちご)の大人になるほど。大般若経(だいはんにやきやう)、御誦経(ずきやう)一人して読み始むる日。十二年の山籠りの、初め<て>登る日。

112
 物のあはれ知らせ顔なるもの 鼻垂(はなた)り、間もなくかみつつ物言ひたる声。眉ぬくをりのまみ。(89段と重複)

113
 方弘(まさひろ)は、いみじく人に笑はるる者。親いかに聞くらむ。供に歩りく者ども、いと人々しきを呼び寄せて、「何しにかかる者には使はるるぞ、いかが覚ゆる」など笑ふ。物いとよくするあたり(=家)にて、下襲の色、うへの衣なども、人よりはよくて着たるを、「これはこと人に聞かせばや」など、実(げ)にぞ言葉遣ひなどのあやしき。里に宿直物取りにやるに、「男(をのこ)二人まかれ」と言ふに、「一人して取りて詣で来(き)なむものを」と言ふに、「あやしの男(をのこ)や。一人して二人の物をばいかで持つべきぞ。一升瓶(ひとますがめ)に二升(ます)は入(い)るや」と言ふを、なでふ事と知る人はなけれど、いみじう笑ふ。人の使(つかひ)にて、「御返事疾く」と言ふを、「あなにくの男(をのこ)や。竈(かまど)に豆やくべたる。この殿上の墨筆(すみふで)は、何者の盗み隠したるぞ。飯(いひ)、酒ならば、欲しうして人の盗まめ」と言ふを、また笑ふ。

 女院(=詮子)なやませ給ふとて、(=方弘が)御使にまゐりて来たる、「院の殿上人は誰々(たれたれ)かありつる」と人の問へば、「それかれ」など四五人ばかり言ふに、「または(=そのほかに)」と問へば、「さて往(<い>[は])ぬる人どもぞありつる」と言ふをまた笑ふも、またあやしき事にこそはあらめ。

 人間(ひとま)に寄り来て、「わが君こそ。まづ物聞こえむ。まづまづ人ののたまへる事ぞ」と言へば、「何事にか」とて、几帳のもとに寄りたれば、「『躯籠(むくろごめ)に寄り給へ』と言ふを、『五体(ごたい)ごめに』となむ言ひつる」と言ひて、また(人々が=)笑ふ。除目の中(なか)の夜、さし油(あぶら)するに、燈台の打敷(うちしき)を踏みてつるに、新しき油単(ゆた<ん>)なれば、強う捕らへられにけり。さし歩みて帰れば、やがて燈台は倒れぬ。襪(したうづ=足袋)は打敷に付きて行くに、まことに道こそ震動したりしか。

 頭(とう=蔵人頭)着き給はぬほどは、殿上の台盤に人も着かず。それに方弘は豆一盛を取りて、小障子の後ろにて、やをら食ひければ、ひき現はして笑はるる事ぞ限りなきや。

114
 関は、逢坂の関。須磨の関。白川の関。衣(ころも)の関。くきたの関。はばかりの関。ただこえの関。鈴鹿の関。よこはしの関。花の関ばかりにたとしへなしや。清見が関。見るめが関。よしよしの関こそ、いかに思ひ返したるならむと、知らまほしけれ。それを勿来(なこそ)の関とは言ふにやあらむ。逢坂のなどを、さて思ひ返したらば、佗(わび)しからむかし。足柄(あしがら)の関。

115
 森は 大荒木(おほあらき)の森。忍(しのび)の森。ここひの森。木枯(こがらし)の森。信太(しのだ)の森。生田(いくた)の森。小幡(こはた)の森。うつ木の森。きく田の森。岩瀬の森。立ち聞きの森。常磐(ときは)の森。くろつぎの森。神南備(かみなび)の森。うたたねの森。浮田(うきた)の森。うへつきの森。石田(いはた)の森。かそたての森。かうたての森といふが耳とまるこそ、まづあやしけれ。森など言ふべくもあらず、ただ一木(ひとき)あるを、何ごとにつけたるぞ。

116
 卯月のつごもりに、長谷寺に詣で、淀(よど)の渡りといふ物をせしかば、舟に車をかき据ゑて行くに、菖蒲(しようぶ)、菰(こも)などの末短く見えしを、取らせたれば、いと長かりけり。菰積みたる舟のある岸こそ、いみじうをかしかりしか。「高瀬(たかせ)の淀に」は、これを詠みけるなンめりと見えし。三日といふに帰るに、雨のいみじう降りしかば、菖蒲(さうぶ)刈るとて、笠の小さきを着て、脛(はぎ)いと高き男(をのこ)、童(わらは)などのあるも、屏風の絵に、いとよく似たり。

117
 湯は ななくりの湯。有馬の湯。玉造(たま<つ>くり)の湯。

下巻

118
 常よりもことに聞こゆるもの 元三(ぐわんさん)の車の音。また、鳥の声。暁のしはぶき。物の音(ね)はさらなり。

119
 絵にかきて劣るもの 瞿麦(なでしこ)。桜。山吹。物語にめでたしと言ひたる男(をとこ)女(をんな)の形。

120
 描きまさりするもの 松の木。秋の野。山里。山路。鶴。鹿。

121
 冬は いみじく寒き。

122
 夏は 世に知らず暑き。

123
 あはれなるもの 孝(けう)ある人の子。鹿の音(ね)。よき男の若き、御嶽精進(みたけさうじ)したる。出でゐたらむ暁の額など、あはれなり。むつましき人の、目覚まして聞くらむ、思ひやる。詣づる程の有り様、いかならむと慎しみたるに、たひらかに詣で着きたるこそいとめでたけれ。烏帽子の様(さま[さま])などぞ、なほ人悪ろき。なほいみじき人と聞こゆれど、こよなくやつれて詣(まう)[て]づとこそは知りたるに、右衛門佐(ゑもんのすけ)<宣孝>[信賢](=紫式部の夫)は「あぢきなき事なり。ただ清き衣を着て詣でむに、なでふ事かあらむ。必ずよも『悪しくて詣でよ』と御嶽(=の神)のたまはじ」とて、三月つごもりに、紫のいと濃き指貫、白き襖(あを)、山吹のいみじくおどろおどろしきなどにて、隆光(=宣孝の息子)が主殿亮(とのもりのすけ)なるは、青色の<襖>、紅の衣、摺(す)り斑(もどろ)かしたる水干袴(すいかんばかま)にて、うち[うち]続き詣でたりけるに、帰る人も詣づる人も、珍しくあやしき事に、「すべてこの山道に、かかる姿の人見えざりつ」と、あさましがりしを、四月つごもりに帰りて、六月十余日の程に、筑前の守失せにし代はりになりにしこそ(=990年)、「げに言ひけむにたがはずも」と聞こえしか。これはあはれなる事にはあらねども、御嶽のついでなり。

 九月つごもり、十月ついたち、只あるかなきかに聞きわけたる蟋蟀(きりぎりす)の声。鶏(にはとり)の子抱(いだ)きて伏したる。秋深き庭の浅茅(あさぢ)に、露の色々玉のやうにて光りたる。河竹の風に吹かれたる夕暮。暁に目覚したる。夜なども、すべて。思ひかはしたる若き人の中に、せく方ありて、心にしも任せぬ。山里の雪。男も女も清げなるが、黒き衣着たる。二十六七日ばかりの暁に、物語して居明して見れば、あるかなきかに心細げなる月の、山の端(は)近く見えたる。秋の野[に]。<年うち>過(すぐ)したる[に]僧(そ<う>[く])たちの行(おこ)なひしたる。荒れたる家に葎(むぐら)這(は)ひかかり、蓬(よもぎ)など高く生(お)ひたる家に、月の隈(くま)なく明かき。いと荒うはあらぬ風の吹きたる。

124
 正月寺に籠りたるは、いみじく寒く、雪がちに氷りたるこそをかしけれ。雨などの降りぬべき気色なるは、いと悪ろし。

 初瀬(はつせ)などに詣でて、局などするほどは、呉階(くれはし)のもとに、車引き寄せて立てるに、帯(お<び>[い])ばかりしたる若き法師ばらの、足駄(あしだ)といふ物を履きて、いささ<か>つつみも<なく>下(お)り上(の)ぼるとて、何ともなき経の端を読み、倶舎(くしやの)頌(じゆ)を少し言ひ続けありくこそ、所につけてはをかしけれ。わが上ぼるはいとあやふく、かたはらに寄りて、高欄(かうらん)おさへて行くものを、ただ板敷などのやうに思ひたるもをかし。「局したり」など言ひて、沓ども持て来ておろす。

 衣<う>[か]へさまに引き返しなどしたるもあり。裳、唐衣などこはごはしく装束きたるもあり。深沓(ふかぐつ)、半靴(はうくわ)など履きて、廊(らう)のほ<ど>など沓すり入るは、内わたりめきて、またをかし。

 内外(ないげ)などの許されたる若き男ども、家ノ子など、また立ち続きて、「そこもとは落ちたる所に侍るめり。上がりたる」など教へ行く。何者にかあらむ、いと近くさし歩み、先立(さいだ)つ者(<も>[ま]の)などを、「しばし。人のおはしますに、かくはまじらぬわざなり」など言ふを、「実(げ)に」とて少し立ちおくるるもあり。また聞きも入れず、「われまづ疾く仏の御前に」と、行くもあり。局に行くほども、人の居並みたる前を通り行けば、いとうたてあるに、犬防ぎの中を見入れたる心地、いみじく尊く、「などて月頃も詣でず過ぐしつらむ」とて、まづ心も起こさる。

 御(み)あかし、常燈(じやうとう)にはあらで、内にまた人の奉りたる、恐ろしきまで燃えたるに、仏のきらきらと見え給へる、いみじく尊(たふと)きに、手ごとに文を捧げて、礼盤(らいばん)に向ひて論議(ろぎ)誓ふも、さばかりゆすり満ちて、<こ>[た]れは<と>取り放ちて聞き分くべくもあらぬに、せめて絞(しぼ)り出だしたる声々の、さすがにまた紛れず、「千燈(せんたん)の御こころざしは、なにがしの御ため」と、はつかに聞こゆ。帯うちかけて拝み奉るに、「ここにかう候ふ」と言ひて、樒(しきみ)の枝を折りて持て来たるなどの尊きも、猶をかし。

 犬防ぎの方より法師寄り来て、「いとよく申し侍りぬ。幾日(いくか)ばかり籠らせ給ふべき」など問ふ。「しかじかの人籠らせ給へり」など言ひ聞かせていぬるすなはち、火桶、菓子など持て来つつ貸す。半挿(はんざふ)に<て><手>[に]水など入れて、盥(たらひ)の手(=取つ手)もなきなどあり。「御供の人はかの坊に」など言ひて、呼びもて行けば、代はりがはりぞ行く。

 誦経(ずきやう)の鐘の音(おと)、「我がなンなり」と聞くは、たのもしく聞こゆ。かたはらによろしき男の、いと忍びやかに額づく。立ち居のほども心あらむと聞こえたるが、いたく思ひ入りたる気色にて、寝(い)も寝ず行ふこそ、いとあはれなれ。うちやすむ程は、経高くは聞こえぬほどに読みたるも、尊げなり。高くうち出でさせまほしきに、まして鼻などを、けざやかに聞きにくくはあらで、少し忍びてかみたるは、何事を思ふらむ、かれを叶へばやとこそ覚ゆれ。

 日頃籠りたるに、昼は少しのどかにぞ、早うは(=以前は)ありし。法師の坊に、男(をのこ)ども、童べなど行きて、つれづれなるに、ただ傍らに、貝をいと高く、にはかに吹き出だしたるこそ驚ろかるれ。清げなる立て文持たせたる男の、誦経の物うち置きて、堂童子(だうどうじ)など呼ぶ声は、山響き合ひて、きらきらしう聞こゆ。鐘の声響きまさりて、いづこならむと聞く程<に、やんごとなき所の名うち言ひて、御産(ごさん)たひらかに教化(けうげ)などする、所にいか>ならむと、覚束(おぼつか)なく念ぜまほしく。これはただなる折の事なンめり。正月などには、ただ物騒がしく、物望<み>[き]などする人の、隙(ひま)なく詣づる見るほどに、行なひもしやられず。

 日のうち暮るるに、詣づるは、籠る人なンめり。小法師ばらの、もたぐべくもあらぬ屏風などの高き、いとよく進退(しんたい=扱ふ)し、畳などほうと立て置くと見れば、ただ局に出でて、犬防ぎに簾(すだれ)をさらさらと掛くるさまぞ、いみじく仕付けたるや、たは易げ<なる>。そよそよとあまたおりて、大人だちたる人の、卑しからず、忍びやかなるけはひにて、帰る人にやあらむ、「その中あやふし。火の事制せよ」など言ふもあり。七つ八つばかりなる男子(をのこご)の、愛敬づきおごりたる声にて、侍人(さぶらひびと)呼びつけ、物など言ひたるけはひも、いとをかし。また、三つばかりなる児(ちご)の寝おびれて、うちしはぶきたるけはひうつくし。乳母の名、母など(=口に)うち出でたるも、たれならむと、いと知らまほし。

 夜一夜いみじう罵り行なひ明かす。寝も入らざりつるを、後夜(ごや)など果てて、少しうち休み寝ぬる耳に、その寺の仏経(ぶつきやう)を、いと荒々しう、高くうち出でて読みたるに、わざと尊しともあらず。修行者(ずぎやうじや)だちたる法師の読むなンめりと、ふとうち驚かれて、あはれに聞こゆ。

 また、夜など顔知らで、人々しき人の行なひたるが、青鈍(あをにび)の指貫の綿入りたる、白き衣どもあまた着て、子供なンめりと見ゆる若き男(をのこ)の、をかしううち装束きたる、童などして、侍の者どもあまた畏(かしこ)まり、囲繞(ゐねう)したるもをかし。かりそめに屏風立てて、額(ぬか)など少しつくめり。

 顔知らぬは誰ならむと、いとゆかし。知りたるは、「さなンめり」と見るもをかし。若き人どもは、とかく局どもなどの辺(わた)りにさまよひて、仏の御方に目見やり奉らず、別当(べたう)など呼びて、打ちささめけば、呼びていぬる、えせ者とは見えずかし。

 二月つごもり、三月ついたち頃、花盛りに籠りたるもをかし。清げなる男どもの、忍ぶと見ゆる二三人、桜の襖、柳などをかしうて、くくりあげたる指貫の裾もあてやかに見なさるる、つきづきし。男(をのこ)に、装束をかしうしたる餌袋(ゑぶくろ=弁当)抱かせて、小舎人童(こどねりわらは)ども、紅梅、萌黄(もえぎ)の狩衣に、色々の、押し摺(す)り斑(もどろ)かしたる袴な<ど>[り]着せたり。花など折らせて、侍めきて細やかなる者など具して、金鼓(こんく)打つこそをかしけれ。「さ(=あの人)ぞかし」と見ゆる人あれど、いかでかは知らむ。うち過ぎていぬるも、さすがにさうざうしければ、「気色を見せましものを」など言ふもをかし。

 かやうにて、寺に籠り、すべて例ならぬ所に、使ふ人のかぎ<り>[も]して(=使用人だけと)あるは、甲斐(かひ)なくこそ覚ゆれ。猶同じ程にて、一つ心に、をかしき事も、様々に言ひ合はせつべき人、かならず一人二人、あまたも誘はまほし。そのある人の中にも、口惜しからぬもあれども、目馴れてなるべし。男なども、さ思ふにこそあンめれ、わざと尋ね呼びもて歩りくめるは。

125
 いみじく心づきなきものは、祭、禊(みそぎ)など、すべて男(をのこ)の見る物見車に、ただ一人乗りて見る人こそあれ。いかなる人にかあらむ。やんごとなからずとも、若き男どもの物ゆかしと思ひたるなど、引き寄せて見よかし。透き影にただ一人耀(かが)よひて、心ひとつにまもり居たらむよ。(27段と重複)

126
 わびしげに見ゆるもの 六七月の午未(むまひつじ)の時ばかりに、きたなげなる車にえせ牛かけて、ゆるがし行く者。雨降らぬ日、張り筵(むしろ)したる車。降る日、張り筵せぬも。年老いたる乞丐(かたゐ)。いと寒き折も、暑きにも。下衆女のなり悪しきが、子負ひたる。小さき板屋の黒きが、きたなげなるが、雨に濡れたる。雨のいたく降る日、小さき馬に乗りて前駆(ぜんくう)したる。夏はされどよし。冬はうへの衣、下襲も一つ着合ひたり。

127
 暑げなるもの 随身(ずいじん)の長(をさ)の狩衣。衲(なふ)の袈裟(けさ)。出居(いでゐ)の少将。いみじく肥えたる人の髪多かる。六七月の修法(ずほふ)の、日中の時(じ)行なふ阿闍梨(あざり)。

128
 はづかしきもの 男の心のうち。いさとき夜居(よゐ)の僧。みそか盗人、さるべき隈(くま)に隠れ居て、いかに見るらむ、誰かは知らむ。暗きまぎれに、しのびやかに物取る人もあらむかし。それは、同じ心に、をかしとや思ふらむ。

 夜居の僧は、いとはづかしきものなり。若き人々の集りては、人の上を言ひ、笑ひ謗(そし)り、憎みもするを、つくづくと聞き集むるもはづかし。「あなうたて。かしがまし」など、御前近き人々の物けしきばみ言ふを聞き入れず、言ひ言ひての果ては、うち解けて寝ぬる後もはづかし。

 男は、「うたて思ふさまならず、もどかしう、心づきなき事あり」と見れど、さし向ひたる人をすかし頼むるこそ恥づかしけれ。まして情けあり、好ましき人に知られたるなどは、疎(おろ)かなりと思ふべくももてなさずかし。心のうちにのみもあらず、また皆、これが事はかれに語り、かれが事はこれに言ひ聞かすべかンめるを、我が事をば知らで、かく語るをば、「こよなきなンめり」と思ひやすらむ。「いであはれ、また会はじ」と思ふ人に会へば、「心はなき者なンめり」と見えて、恥づかしくもあらぬものぞかし。

 いみじくあはれに、心苦しげに見捨てがたき事などを、いささか何事とも思はぬも、いかなる心ぞとこそはあさましけれ。さすがに人の上をばもどき、物をよく言ふよ。ことに頼もしき人もなき宮仕への人などを語らひて、ただにもあらずなりたる有様などを、清うしてなどもあンぬるは。

129
 むとくなるもの 潮干(しほひ)の潟(かた)なる大きなる船。髪短き人の、鬘(かづら)取りおろして髪けづる程。大<き>なる木の風に吹き倒されて、根を捧(ささ)げて横たはれ伏せる。相撲(すまひ)の、負けて入るうしろ。えせ者の従者かんがふる。翁の、髻(もとどり)放ちたる。人の妻(め)などの、すずろなる物怨(ゑん)じして隠れたるを、「必らず騒がむものを」と思ひたるに、さしも思ひたらず、ねたげにもてなしたるに、さてもえ旅立ち居たらねば、心と出できたる。狛犬、獅子舞ふ者の、おもしろがり逸(はや)りて、出で踊る足音。

130
 修法は、仏眼真言(ぶつげんしんごん)など読みたてまつりたる、なまめかしく尊(たふと)し。

131
 はしたなきもの こと人を呼ぶに、われかとてさし出でたる者。まして、物とらする折はいとど。おのづから人の上などうち言ひ、謗(そし)りなどもしたるを、幼き人の聞き取りて、その人のある前に言ひ出でたる。

 哀れなる事など、人の言ひてうち泣くに、実(げ)にいと哀れとは聞きながら、涙のふつと出で来ぬ、いとはしたなし。泣き顔つくり、気色ことになせど、いとかひなし。めでたき事を聞くには、また、すずろにただ出で来にこそ出で来れ。

 八幡(やはた)の行幸(ぎやうかう)の、帰らせ給ふに、女院御桟敷のあなたに御輿をとどめて、御消息(<せ>[そ]うそこ)申させ給ひしなど、いみじくめでたく、さばかりの御有様(=天皇であること)にて、かしこまり申させ給ふが、世に知らずいみじきに、まことに(=清少の感涙が)こぼるれば、化粧(けさう)じたる顔も皆あらはれて、いかに見苦しかるらむ。宣旨(せんじ)の御使にて、斉信(ただのぶ)の宰相中将の、御桟敷に参り給ひしこそ、いとをかしう見えしか。ただ随身四人、いみじう装束きたるども、馬副(むまぞひ)の、細うしたてたるばかりして、二条の大路広う清らにめでたきに、馬をうちはやして急ぎ参りて、少し遠くより降りて、そばの御簾の前に候ひ給ひし。院の別当ぞ(=宣旨の伝言)申し給ひし。御返<り>うけたまは<り>て、また走らせ帰り参り給ひて、御輿のもとにて奏し給ひし程[に]、言ふも愚かなりや。さてうち(=天皇)渡らせ給ふを、見奉らせ給ふらむ女院の御心、思ひ遣り参らするは、飛び立ちぬべくこそ覚えしか。それには、長泣きをして笑はるるぞかし。よろしき際の人だに、なほ(=息子の出世は)この世にはめでたきものを、(=私が)かうだに思ひ参らするもかしこしや。 

132
 関白殿の、黒戸より出でさせ給ふとて、女房の廊に隙(ひま)なく候ふを、「あないみじの御許(おもと)たちや。翁をばいかに痴(をこ)<な>りと笑ひ給ふらむ」と分け出でさせ給へば、戸口に人々(=女房たち)の、色々の袖口して、(=戸口の)御簾(みす)を引き上げたるに、権大納言殿、御沓取りてはかせ奉らせ給ふ。いと物々しう清げに装(よそ)ほしげに、下襲の尻長く、所狭くて候ひ給ふ。まづ、「あなめでた。大納言ばかりの人に、沓をとらせ給ふ<よ>[こ]」と見ゆ。山の井の大納言(=道頼)、その次々、さらぬ人々、濃き物をひき散らしたるやうに、藤壺の塀のもとより、登華殿(とうくわでん)の前まで居並(な)みたるに、いと細やかにいみじうなまめかしうて、御佩刀(はかし)など引きつくろひ、やすらはせ給ふに、宮の大夫殿(=道長)の、清涼殿の前に立たせ給へれば、それは居させ給ふまじきなンめりと見る程に、少し歩<み>出でさせ給へば、ふと居させ給ひしこそ。猶いかばかりの昔の御行(おこ)なひのほどならむと見奉りしこそいみじかりしか。

 中納言の君(=女房の一人)の、忌(いみ)の日とて、奇(くす)しがり(=勤行)行ひ給ひしを、「給(た)べ、その数珠(ずず)しばし。行なひてめでたき身にならむと借る」とて、集りて笑へど、なほいとこそめでたけれ。御前に聞しめして、「仏になりたらむこそ、これよりは勝(まさ)らめ」とて、笑<ま>[さ]せ給へるに、まためでたくなりてぞ見まゐらする。大夫殿(だいぶどの)の居させ給へるを、かへすがへす聞こゆれば、「例の思ふ人」と笑はせ給ふ。まして後(のち)の御ありさま見奉らせ給はましかば、ことわりとおぼしめされなまし。

133
 九月ばかり夜一夜降りあかしたる雨の、今朝はやみて、朝日の花やかにさしたるに、前栽の菊の露こぼるばかり濡れかかりたるも、いとをかし。透垣、羅文(らんもむ)、薄(すすき)などの上にかいたる蜘蛛の巣のこぼれ残りて、所々に糸も絶えざまに雨のかかりたるが白きを、玉を貫(つらぬ)きたるやうなる<こそ>、いみじうあはれにをかしけれ。

 少し日たけぬれば、萩などの、いと重げなりつるに、露の落つるに、枝のうち動きて、人も手触れぬに、ふと上様(かみざま)へあがりたる、いとをかし。

 「いみじうをかし」と言ひたる事、人の心地には、「つゆをかしからじ」と思ふこそ、またをかしけれ。 


134
 七日の若菜を、人の六日(むいか)<も>[ま]てさわぎ取り散らしなどするに、見も知らぬ草を、子供の持て来たるを、「何とかこれを言ふ」と。頓(とみ)にも言はず、「いさ」など、これかれ見合はせて、「耳無草(みみなぐさ)となむ言ふ」と言ふ者のあ[は]れば、「むべなりけり、聞かぬ顔(がほ)なるは」など笑ふに、またをかしげなる菊の生(お)ひ出でたるを持て来たれば、

 摘め(=つねる)どなほ耳無草こそ(=無反応で)つれなけれ数多(あまた)しあれば菊(=聞く)もまじれり

と言はまほしけれど、(=子供は)聞き入るべくもあらず。

135
 二月官の司(つかさ)に、定考(かうぢやう)といふ事するは、何事にあらむ。孔子(くじ)などは奉りてする事なるべし。聡明(そうみやう)とて、うへにも<宮>[色]にも怪しき物など、土器(かはらけ)に盛りてまゐらする。

136
 「頭弁(とうのべん=行成)の御許より」とて、主殿司、絵などやうなる物、白き色紙に包みて、梅の花のいみじく咲きたるにつけて持て来たり。絵にやあらむと、急ぎ取り入れて見れば、餠餤(へいだん)といふ物を、二つ並べて包みたるなりけり。添へたる立て文に、解文(げもん)のやうに書きて

 進上(しんじやう)
 餠餤一包(ひとつつみ)
 例に依りて進上如件(くだんのごとし)
 少納言殿に

とて、月日書きて、「任那成行(み<ま>[き]な[と]のな<り>[か]ゆき)」とて、奥に、「この男(をのこ)はみづから参らむとするを、昼はかたち悪ろしとて参らぬなり」と、いみじくをかしげに書き給ひたり。御前に御覧ぜさすれば、「めでたくも書きたるかな。をかしうしたり」など褒めさせ給ひて、御文は取らせ給ひつ。「返事はいかがすべからむ。この餠餤もてくるには、物などや取らすらむ。知りたる人もがな」と言ふを聞しめして、「惟仲(これなか)が声しつる。呼びて問へ」とのたまはすれば、端に出でて、「左大弁に物聞こえむ」と、侍して言はすれば、いとことうるはしうて来た<り>[る]。「あらず。わたくし事なり。もし、この弁、少納言などのもとに、かかる物持て来たる下部(しもべ)などには、する事やある」と問へば、「さる事も侍らず。只とどめて食ひ侍り。何しに問はせ給ふ。もし上官のうちにて、得させ給へるか」と言へば、「いかがは」と答(いら)ふ。ただ返事を、いみじう赤き薄様に、「みづから持て詣でこぬ下部(しもめ)は、いと冷淡(れいたう)なりとなむ見ゆる」とて、めでたき紅梅につけて奉るを、即ちおはしまして、「下部候ふ」とのたまへば、出でたるに、「さやうの物ぞ、歌よみしておこせ給へると思ひつるに、美々しくも言ひたりつるかな。女、少しわれはと思ひたるは、歌よみがましくぞある。さらぬこそ語らひよけれ。まろなどに、さる事言はむ人は、かへりて無心ならむかし」とのたまふ。「則光(のりみつ)なりや」と笑ひて止みにし事を、殿の前に人々いと多かりけるに、(=行成が)語り申し給ひければ、「『いとよく言ひたる』となむのたまはせし」と人の語りし。これこそ見苦しきわれぼめどもなりかし。

137
 「などて官(つかさ)得はじめたる六位(ろくゐの)笏に、職の御曹司の辰巳(たつみ)の隅(すみ)の築地(ついぢ)の板をせしぞ。さらば、西東(にしひんがし)をもせよかし。また、五位もせよかし」などいふ事を言ひ出でて、「あぢきなき事どもを。衣などをも、すずろなる名どもを付けけむ、いとあやし。衣の名に、細長をばさも言ひつべし。なぞ、汗衫(かざみ)は。尻長(しりなが)と言へかし、男(を)の童の着るやうに。なぞ、唐衣は。短き衣とこそ言はめ」「されど、それは、唐土(もろこし)の人の着るものなれば」「うへの衣、うへの袴、さ言ふべし。下襲もよし。また、大口(おほぐち)、長さよりは口のひろければ」「袴いとあぢきなし。指貫も、なぞ。足の衣(きぬ)、もしはさやうの物は、足袋(あしぶくろ)なども言へかし」など、よろづの事を言ひののしるを「いで、あなかしがまし。今は言はじ。寝給ひね」と言ふ答(いら)へに、夜居の僧の、「いとわろ<か>[う]らむ。よひ一時こそ猶のたまはめ」と、憎しと思ひたる声様にて言ひ出でたりし<こそ>[も]、をかしかりしに添へて驚ろかれにしか。

138
 故殿の御ために、月ごとの十日、御経仏供養(みきやうほとけくやう)せさせ給ひしを、九月十日、職の御曹司にてせさせ給ふ。上達部、殿上人いと多かり。清範、講師(かうじ)にて、説く事どもいと悲しければ、殊に物の哀れふ<か>[る]ゝるまじき、若き人も、皆泣くめり。

 果てて、酒など飲み詩誦(ずん)じなどするに、頭中将斉信(ただのぶ)の君、「月、秋と<期(き)>して身[いま]いづくにか」といふ事をうち出だし給へりしかば、いみじうめでたし。いかでかは思ひ出で給<ひ>[へ]けむ。おはします所に分け参るほどに、立ち出でさせ給ひて、「めでたしな。いみじう今日の事に言ひたる事にこそあれ」とのたまはすれば、「それを啓しにとて、物も見さして参り侍りつるなり。猶いとめでたくこそ思ひはべれ」と聞こえさすれば、「ましてさ覚ゆらむ」と仰せらるる。

 態(わざ)<と>呼びも出で、おのづから会ふ所にては、「などかまろを、真面(まほ)に近くは語らひ給はぬ。さすがに憎しなど思ひたるさまにはあらずと知りたるを、いと怪しくなむ。さばかり年頃になりぬる得意の、うとくてやむは無し。殿上などに、明け暮れ無き折もあらば、何事をか思ひ出でにせむ」とのたまへば、「さらなり。かたかるべき事にもあらぬを、さもあらむ後には、え褒め奉らざらむが口惜し<き>なり。うへの御前などにて、役(やく)と集まりて褒め聞こゆるに、いかでか。ただおぼせかし。かたはら痛く、心の鬼出で来て、言ひにくく侍りなむものを」と言へば、笑ひて、「など。さる人しも、よそ目よりほかに、褒むるたぐひ多かり」とのたまふ。「それが憎からずばこそあらめ。男も女も、け近き人を方引(かたひ)き、思ふ人のいささかあしき事を言へば、腹立ちなどするがわびしう覚ゆるなり」と言へば、「たのもしげなの事や」とのたまふも、をかし。

139
 頭弁(とうのべん=行成)の、職にまゐり給ひて、物語などし給ふに、夜いと更けぬ。「明日御物忌なるに籠もるべければ、丑になりなば悪しかりなむ」とてまゐり給ひぬ。

 つとめて、蔵人所の紙屋紙(かやがみ)ひき重ねて、「後の朝(あした)は、残り多かる心地なむする。夜を通して、昔物語も聞こえ明かさむとせしを、鶏(とり)の声に催(もよほ)されて」と、いといみじう清げに、裏表(うらうへ)に事多く書き給へる、いとめでたし。御返(かへ)りに、「いと夜深く侍りける鳥の声は、孟嘗君(まうさうくん)のかや」と聞こえたれば、立ち返り、「『孟嘗君<の>鶏(にはとり)函谷関(かんこくくわん)を開きて、三千の客(かく)わづかに去れり』と言ふ。これは逢坂(あふさか)の関の事なり」とあれば、

 「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ

心かしこき関守(せきもり)侍るめれ」と聞こゆ。立ち返り、

 逢坂は人越えやすき関なれば鳥も鳴かぬに開けて待つとか

とありし文どもを、はじめのは、僧都の君(=隆円)の額(ぬか)をさへつきて取り給ひてき。後々の<は>、御前は、「さて逢坂の歌は詠みへされて、返事もせずなりにたる、いとわろし」と笑はせ給ふ。

 さて「その文は、殿上人みな見てしは」と(=行成が)のたまへば、「まことにおぼしけりとは、これにてこそ知りぬれ。めでたき事など、人の言ひ伝へぬは、甲斐なきわざぞかし。また、見苦しければ、御文はいみじく隠して、人につゆ見せ侍らぬ心ざしの程をくらぶるに、等しうこそは」と言へば、「かう物思ひ知りて言ふこそ、なほ人々には似ず思へ」と、「『思ひ隈(ぐま=思ひやり)なく悪しうしたり』など、例の女のやうに言はむとこそ思ひつるに」とて、いみじう笑ひ給ふ。「こはなぞ。よろこびをこそ聞こえめ」など言ふ。「まろが文を隠し給ひける、また、猶うれしき事なり。いかに心憂くつらからまし。今よりもさを頼み聞こえむ」などのたまひて後に、経房の中将、「頭弁はいみじう褒め給ふとや。知りたりや。一日(ひとひ)の文のついでに、ありし事など語り給ふ。思ふ人、人に褒めらるるは、いみじく嬉しく」など、まめやかにのたまふもをかし。「嬉しき事も二つ<に>[き]てこそ。かの褒め給ふらむに、また、思ふ人の中に侍りけるを」など言へば、「それは、めづらしう、今の事のやうにもよろこび給ふかな」とのたまふ。

140
 五月ばかりに、月もなくいと暗き夜、「女房や候ひ給ふ」と、声々して言へば、「出でて見よ。例ならず言ふは誰れぞ」と仰せらるれば、出でて、「こは誰(た)そ。いとおどろおどろしう際(きは)やかなるは」と言ふに、物も言はで、簾(す)をもたげて、そよろとさし入るるは、呉竹(くれたけ)の枝なりけり。「おい、この君にこそ」と言ひたるを聞きて、「い<ざ>[ま]や。これ殿上に行きて語らむ」とて、中将、新中将、六位どもなどありけるは、往(い)ぬ。

 頭弁(とうのべん=行成)はとまり給ひて、「怪しくて往ぬる者どもかな。御前の竹を折りて、歌詠まむとしつるを、『職にまゐりて、同じくは女房など呼び出でてを』と言ひて来つるを、呉竹の名を、いと疾く言はれて往ぬるこそをかしけれ。誰(たれ)が教へを知りて、人のなべて知るべくもあらぬ事をば言ふぞ」などのたまへば、「竹の名とも知らぬもの[と]も、なまめかしとやおぼしつらむ」と言へば、「まことぞ。え知らじ」などのたまふ。

 まめごとなど言ひ合はせて<ゐ>[の]給へるに、「この君と称す」といふ詩を誦(ず)して、また集まり来たれば、「殿上にて言ひ期(き)しつる本意(ほい)もなくては、など帰り給ひぬるぞ。いと怪しくこそありつれ」とのたま<へ>ば、「さる事には、何の答(いら)へ<をか>[も]せむ。いと中々ならむ。殿上にても言ひののしりつれば、うへも聞しめして、興ぜさせ給ひつる」と語る。弁もろともに、かへすがへす同じ事を誦して、いとをかしがれば、人々出でて見る。とりどりに物ども言ひかはして帰るとて、なほ同じ事をもろ声に誦して、左衛門の陣に入るまで聞こゆ。

 つとめて、いと疾く少納言の命婦(=帝の女房)といふが御文まゐらせたるに、この事を啓したれば、しもなる(=私を)を召して、「さる事やありし」と問はせ給へば、「知らず。何とも思はで言ひ出で侍りしを、行成(ゆきなり)の朝臣の取り成したるにや侍らむ」と申せば、「取り成すとても」と、うち笑ませ給へり。たれが事をも、殿上人褒めけりと聞かせ給ふをば、さ言はるる人をよろこばせ給ふもをかし。

141
 円融院の(=服喪の)御果ての年、皆人御服(ぷく=喪服)脱ぎなどして、あはれなる事を、おほやけより始めて、院の人も、「花の衣(ころも)に」(=遍照の歌)など言ひけむ世の御事など、思ひ出づるに、雨いたう降る日、藤三位(=一条天皇の乳母)の局に、蓑虫のやうなる童の、大きなる、木の白きに、立て文をつけて、「これ奉らむ」と言ひければ、(=藤三位の召使)「いづ<こ>よりぞ。今日明日御物忌なれば、御蔀(しとみ)もまゐらぬぞ」とて、しもは立てたる蔀のかみより取り入れて、<さなどは聞かせ奉られど、「物忌なればえ見ず」とて>、かみについ差して置きたるを、つとめて洗ひて、「その巻数(くわんず)」と請ひて、伏し拝みてあけたれば、胡桃色(く<る>[ろ]みいろ)といふ色紙の厚肥(あつこ)えたるを、あやしと見て、あけもてゆけば、老法師(おいほふし)のいみじげなるが手にて、

 これをだに形見と思ふに都には葉替へやしつる椎柴(しひしば)の袖

と書きたり。「あさましく妬かりけるわざかな。誰(たれ)がしたるにかあらむ。仁和寺(にわじ)僧正、さにや」と思へど、「よにかかる事のたまはじ。なほたれならむ。藤大納言ぞ、かの院の別当におはせしかば、そのし給へる事なンめり。これをうへの御前、宮などに、疾う聞こしめさせばや」と思ふに、いと心もとなけれど、なほ恐ろしう言ひたる物忌をし果てむと念じ暮らして、またのつとめて、藤大納言の御もとに、この御返事をしてさし置かせたれば、すなはちまた返しして置かせ給へりけり。

 それを二つながら取りて、急ぎ参りて、「かかる事なむ侍りし」と、うへもおはします御前にて語り申し給ふを、宮はいとつれなく御覧じて、「藤大納言の手のさまにはあらで、法師のにこそあンめれ」とのたまはすれば、「さは、こはたれが仕業にか。好き好きしき上達部、僧綱(そうがう)などは、誰かはある。それにやかれにや」など、おぼめきゆかしがり給ふに、うへ、「このわたりに見えしにこそは、いとよく似たンめれ」と、うち微笑(ほほゑ)ませ給ひて、いま一筋御厨子のもとなりけるを、取り出でさせ給ひつれば、「いであな心憂。これ仰せられよ。頭痛や。いかで聞き侍らむ」と、ただ責めに責め申して、恨み聞こえて笑ひ給ふに、やうやう仰せられ[て]出でて、「御使に行きたりける鬼童(おにわらは)は、<台盤>[たてま]所の刀自といふ者の供なりけるを、小兵衛が語らひ出だしたるにやありけむ」など仰せらるれば、宮も笑はせ給ふを、引きゆるがし奉りて、「などかく謀(はか)らせおはします。なほ疑ひもなく、手を打ち洗ひて、伏し拝み侍りし事よ」。笑ひ妬がり居給へるさまも、いと誇りかに、愛敬づきてをかし。

 さて、うへの台盤所にも笑ひののしりて、局におりて、この童尋ね出でて、文取り入れし人に見すれば、「それにこそは侍るめれ」と言ふ。「たれが文をたれがとらせしぞ」と言へば、しれじれとうち笑みて、ともかくも言はで走りにけり。藤大納言、後に聞きて、笑ひ興じ給ひけり。 

142
 つれづれなるもの 所去りたる物忌。馬(むま)下りぬ双六(すぐろく)。除目(ぢもく)に司(つかさ)得ぬ人の家。雨うち降りたるは、ましてつれづれなり。

143
 つれづれなぐさむるもの 物語。碁。双六。三つ四つばかりなる児(ちご)の、物をかしう言ふ。また、いと小さき児(ちご)の物語したるが、笑(ゑ)などいふ事したる。くだ物。男のうち猿楽(さるが)ひ、物よく言ふが来たるに、物忌なれど、入れつかし。

144
 とりどころなきもの 形憎げに心悪しき人。御衣(みそ)ひめ(=糊)のぬりたる。これ、いみじう悪ろき事言ひたると、よろづの人憎むなる事とて、今とどむべき(=書かないでおく)にもあらず。

 また、後火(あとび)の火箸といふ事、などてか。世になき事ならねば、皆人知りたらむ。げに書き出で、人の見るべき事にはあらねど、この草子を見るべきものと思はざりしかば、怪しき事をも、憎き事をも、ただ思はむ事の限りを書かむとてありしなり。

145
 なほ世にめでたきもの 臨時の祭の御前ばかりの事<は、何事>にかあらむ。試楽もいとをかし。春は、空の景色のどかにて、うらうらとあるに、清涼殿の御前の庭に、つぼも、掃部司(かもりづかさ)の、畳どもを敷きて、使は北向に、舞人は御前の方に。これらはひが事にもあらむ。

 所(=蔵人所)衆(ところのしゆう)ども、衝重(ついがさね=お膳)ども取りて、(=舞人の)前ごとに据ゑわたし、陪従(べいじゆう=伴奏者)も、その日は御前に出で入るぞかしこきや。殿上人は、かはるがはる杯取りて、果てには、夜久貝(やくがひ)といふ物<して飲みて立つ、すなはち取りばみといふ物、>男(をのこ)なんどのせむだにうたてあるを、御前に女ぞ出でて取りける。思ひかけず人やあらむとも知らぬに、火焼屋(ひたきや)よりさし出でて、多く取らむと騒ぐ者は、中々うちこぼして扱ふ程に、軽(かろ)らかにふと取り出でぬ者には、遅れぬ。かしこき納め殿に、火焼屋をして、取り入るるこそをかしけれ。掃部司(かんもりづかさ)の者ども、畳取るやおそきと、主殿司ノ官人ども、手ごとに箒(ははき)取り、砂子(すなご)均(なら)す。承香殿(しようきやうでん)の前のほどに、笛を吹きたて、拍子打ちて遊ぶを、「疾く出で来(こ)なむ」と待つに、有度浜(うどはま=駿河舞)うたひて、竹の籬(ませ)のもとに歩み出でて、御琴打ちたる程など、ただいかにせむとぞ覚ゆるや。一の舞のいとうるはしく袖を合はせて、二人走り出でて、西に向ひて立ちぬ。次々出づるに、足踏みを拍子に合はせては、半臂の緒つくろひ、かうぶり、衣の領(くび)などつくろひて、「あや[ま]もなき[みも]」などうたひて、舞ひ立ちたるは、すべていみじくめでたし。大比礼(おほひれ)など舞ふひびき、<日>一日見るとも飽くまじきを、果てぬるこそいと口惜しけれど、またあるべしと思ふはたのもしきに、御琴舁(か)き返(か<へ>[く])して、この度、やがて、竹の後ろから舞ひ出でて、脱ぎ垂れつる様どものなまめかしさは、いみじくこそあれ。掻練(かいねり)の下襲など乱れ合ひて、こなたかなたに渡りなどしたる、いで、更に言へば、世の常なり。

 このたびは、又も(=舞は)あるまじければにや、いみじくこそ果てなむ事は、口惜しけれ。上達部なども続きて出で給ひぬれば、いとさうざうしう口惜しきに、賀茂の臨時の祭は、還へりたる御神楽などにこそ慰めらるれ。庭火(にはび)の煙(けぶり)の細うのぼりたるに、神楽の笛の音おもしろうわななき、細う吹きすましたるに、歌の声も、いとあはれに、いみじくおもしろく冴(さ)えのぼりて、(=私は)打ちたる衣もいと冷たう、扇持たる手の冷ゆるもおぼえず。才の男(をのこ)ども召してとび来たるも、人長(にんぢやう)の心地よげさなどこそ、いみじけれ。

 里なる時は、ただ渡るを見るに、飽かねば、御社まで行きて見るをりもあり。大きなる木のもとに、車立てたれば、松の煙たなびきて、火の影に半臂の緒、衣のつやも、昼よりはこよなく勝りて見ゆる。橋の板を踏み鳴らしつつ、声合はせて舞ふ程も、いとをかしきに、水の流るる音、笛の声などの合ひたるは、まことに神も嬉しとおぼしめすらむかし。良少将(=実方か、『徒然草』67段)と言ひける人の、年ごとに舞人(まひびと)[の]にて、めでたきものに思ひしみにける、亡くなりて、上の御社の一の橋のもとにあんなるを聞けば、ゆゆしう、せちに物思ひ入れじと思へど、猶この(=祭)めでたき事をこそ、更にえ思ひ捨つまじけれ。

 「八幡の臨時の祭の名残こそ、いとつれづれなれ。などて帰りて、また舞ふわざをせざりけむ。さらばをかしからまし。禄を得て、後ろよりまか<づ>[へ]るこそ、口惜しけれ」など言ふを、うへの御前に聞し召して、「明日帰りたらむ、召して舞はせむ」など仰せらる。「まことにや候ふらむ。さらば、いかにめでたからむ」など申す。うれしがりて、宮の御前にも、「猶それ舞はせさせ給へ」と、集まりて申しまどひしかば、その度帰りて舞ひしは、嬉しかりしものかな[と]。「さしもやあらざらむずらむ」とうちたゆみたるに、舞人の、前に召すを聞きつけたる心地、物に当たるばかり騒ぐも、いと物狂ほしく、下(した)にある人々(=女房たち)まどひ上る様こそ。人の従者、殿上人などの見るらむも知らず、裳、頭もうちかづきて上るを笑ふも、ことわりなり。

146
 故殿などおはしまさで、世ノ中に事出で来、物騒がしくなりて、宮また内にも入らせ給はず、小二条といふ所<に>おはしますに、何ともなくうたてありしかば、久しう里に居たり。御前わたりのおぼつかなさにぞ、猶えかくてはあるまじかりける。

 左中将(=斉信)おはして物語し給ふ。「今日は、宮に参りたれば、いみじく物こそあはれなりつれ。女房の装束(さうぞく)、裳、唐衣などの折に合ひ、たゆまずをかしうても候ふかな。御簾のそばのあきたるより見入れつれば、八九人ばかり居て、黄朽葉(きくちば)の唐衣、薄色の裳、紫苑(しをん)、萩など、をかしう居並みたるかな。御前の草のいと高きを、『などか、これは茂りて侍る。はらはせてこそ』と言ひつれば、『露置かせて御覧ぜむとて、殊更に』と、宰相の君の声にて答へつるなり。をかしくも覚えつるかな。『御里居、いと心憂し。かかる所に住まひせさせ給はむほどは、いみじき事ありとも、必ず候ふべき者におぼしめされたるかひもなく』など、あまた言ひつる。語り聞かせ奉れとなンめりかし。参りて見給へ。あはれげなる所のさまかな。露台の前に植ゑられたりける牡丹(ぼうたん)の、唐めきをかしき事」などのたまふ。「いさ、人の憎しと思ひたりしかば、また聞き憎く侍りしかば」と答へ聞こゆ。「おいらかにも」とて笑ひ給ふ。

 実(げ)にいかならむと思ひまゐらする御気色にはあらで、候ふ人たちの、「左ノ大殿の方の人知る筋にてあり」などささめき、さしつどひて物など言ふに、下(しも)[と]より参るを見ては言ひ止み、放ち立てたるさまに、見馴らはず憎ければ、「まゐれ」などある度々の仰せをも過(すぐ)して、げに久しうなりにけるを、宮の<辺>[弁]には、ただあなたかなたになして、そら言なども出で来べし。

 例ならず仰せ事などもなくて、日頃になれば、心細くてうち眺むる程に、長女(をさめ)文を持て来たり。「御前より左京の君して、忍びて給はせたりつる」と言ひて、ここにてさへ引き忍ぶもあまりなり。人づての仰せ事にてあらぬなンめりと、胸つぶれてあけたれば、紙には物も書かせ給はず、山吹の花びらただ一つを包ませ給へり。それに「言はで思ふぞ」と書かせ給へるを見るも、いといみじう、日頃の絶え間思ひ<嘆かれ>[なげゝけれ]つる心も慰みて嬉しきに、「まづ知る(=涙する)」さまを、長女も打ちまもりて、「『御前にはいかに、物の折ごとにおぼし出で聞こえさせ給ふなるものを』とて、誰(たれ)も怪しき御長居とのみこそ侍るめれ。などか参らせ給はぬ」など言ひて、「ここなる所に、あからさまにま<か>[も]りて参らむ」と言ひて、いぬる後に、御返事書きてまゐらせむとするに、「この歌の本(もと)、きよく忘れたる」とあやし。「古事(ふるごと=古歌)と言ひながら、知らぬ人やはある。ここもとに覚えながら言ひ出でられぬはいかにぞや」など言ふを聞きて、小さき童の、前に居たるが、「『下行く水の』とこそ申せ」と言ひたる。などてかく忘れつるならむ。これは教へらるるも、思ふも、をかし。

 御返りまゐらせて、少しほど経て参りたり。いかがと、例よりはつつましうして、御几帳に半隠(はたかく)れたるを、「あれは今参りか」など笑はせ給ひて、「憎き歌なれど、この折は、さも言ひつべかりけるとなむ思ふを、(=あなたを)見つけではしばしえこそ慰むまじけれ」などのたまはせて、変はりたる御気色もなし。童に教へられし事など啓すれば、いみじく笑はせ給ひて、「さる事ぞ。あまり侮(あなづ)る古ごとは、さもありぬべし」など仰せられて、ついでに、「人の謎々合はせせし所に、方<人>[へ](かたうど)にはあらで、さやうの事に労々(らうらう=教養ある)じかりけるが、『<左>[た]の一番におのれ入らむ。さ思ひ給へ』など頼(たの)むるに、さりとも悪ろき事[に]言ひ出でじ<かしと、たのもしくうれしうて、皆人々作り出だし>、選り定むるに、『その事は聞かむ。いかに』など問ふ。『ただまかせて物し給へ、さ申して、いと口惜(くちを)しうはあらじ』と言ふを、げにと推しはか<る>[り]。日いと近うなりぬれば、『なほこの事のたまへ。非常(ひざう=思ひがけず)に同じ事もこそあれ』と言ふを、『さはいさ知らず。さらばな頼まれそ』などむつかりければ、覚束なしと思ひながら、その日になりて、みな方人の男女居分けて、殿上人など若き人々多く居並みて合はするに、左の一番に、いみじう用意してもてなしたるさまの、いかなる事をか言ひ出でむと見えたれば、あなたの人もこなたの人も、心もとなくうちまもりて、『なぞなぞ』と言ふ程、いと心もとなし。『天に張り弓』と言ひ出でたり。右の方人は、いと興ありと思ひたるに、こなたの方の人は、物も覚えず、あさましうなりて、いと憎く、愛敬(あい<ぎやう>[ゆく])<なくて>、『あなたに寄りて、殊更に負けさせむと思ひけるをしらで』など、片時のほどに思ふに、右の人、痴(をこ)に思ひて、うち笑ひて、『やや。さらに知らず』と口引き垂れて、猿楽(さるがう)しかくるに、『籌(かず=得点)させさせ』とて、ささせつ。『い<と>怪しき事、これ知らぬ者たれかあらむ。更に籌<さる>まじ』と論ずれど、『知らずとは言ひ出でむは、などてか負くるにならざらむ』とて、次々の(=右の人)も、この人に論勝(か)たせける。『いみじう人の知りたる事なれど、覚えぬ事には、さこそはあれ。何しかは「え知らず」と言ひし』と、後に恨みられて、罪去り(=謝つた)ける事」を語り出でさせ給へば、御前なる限りは、「さは思ふべし。口惜しく思ひけむ。こなた(=左)の人の心地、聞きはじめたりけむ、いかに憎かりけむ」など笑ふ。これは忘れたることかは、皆人知りたる事にや。

147
 正月十日、空いと暗う、<雲>[空]も厚く見えながら、さすがに<日>は、いとけざやかに照りたるに、えせ者の家の後ろ、荒畠(あらばたけ)などいふ物の、土もうるはしう直(な<ほ>[ろ])からぬに、桃の木若立ちて、いと細枝(しもと)かたにさし出でたる、片つ方は青く、いま片枝は濃くつややかにて、蘇枋(すはう)の、日影に見えたるに、細やかなる童の、狩衣は投げや<り>などして、髪はうるはしきが登りたれば、引きはこえ(=たくし上げ)たる男子(をのこご)、半靴(はうくわ)履きたるなど、木のもとに立ちて、「我によき木切りて。いで」など乞ふに、また髪をかしげなる童べの、衵(あこめ)どもほころびがちにて、袴は萎えたれど、色などよきうち着たる三四人、「卯槌(うづち)の木のよからむ切りてをこそ。ここに召すぞ」など言ひて、降ろしたれば、走りかひ、取り分き、「我に多く」など言ふこそをかしけれ。黒き袴着たる男(をのこ)走り来て乞ふに、「待て」など言へば、木のもとに寄りて引き揺るがすに、危ふがりて、猿のやうにかい付きてをるもをかし。梅などのなりたる折も、さやうにぞあるかし。

148
 清げなる男(をのこ)の、双六(すぐろく)を日一日(ひと<ひ>[い])打ちて、なほ飽かぬにや、短き燈台に火を明かくかかげて、敵(かたき)の賽(さい)を請(こ=呪ふ)ひ責めて、頓(とみ)にも入れねば、筒(どう)を盤の上に立てて待つ。狩衣の領(くび)の顔にかかれば、片手して押し入れて、いと強(こは)からぬ烏帽子(えぼうし)を振りやりて、「賽いみじう呪ふとも、うちはづしてむや」と、心もとなげにうち守りたるこそ、誇りかに見ゆれ。

149
 碁をやんごとなき人の打つとて、紐(ひも)うち解き、ないがしろなる気色に、拾ひ置くに、劣りたる人の、居ずまひも畏(かしこ)まりたる気色に、碁盤よりは少し遠くて、及びつつ、袖の下いま片手にて引きやりつつ、打ちたるもをかし。

150
 おそろしげなるもの 橡(つるばみ=どんぐり)のかさ。焼け<たる>所。水ふ<ぶ>[う]き(=オニバス)。菱(ひし=水草)。髪多かる男の頭洗ひて乾すほど。栗のいが。

151
 清しと見<ゆ>るもの 土器(かはらけ)。新しき鋺(かなまり)。畳にさす薦(こも=むしろ)。水を物に入るる透影。新しき細櫃(ほそびつ)。

152
 きたなげなるもの 鼠のすみか。つとめて手遅く洗ふ人。白き洟(つきはな=痰)。すす鼻し歩りく児(ちご)。油入るる物。雀の子。暑きほどに、久しく湯浴(あ)みぬ。衣の萎えたるは、いづれもいづれもきたなげなる中に、練色(ねりいろ=白)の衣こそ汚なげなれ。

153
 いやしげなるもの 式部丞(しきぶのじよう)の爵(さく)。黒き髪の筋太き。布屏風(ぬのびやうぶ)の新らしき。古(ふ)り黒みたるは、さる言ふかひなき物にて、中々何とも見えず。新しくしたてて、桜の花多く咲かせて、胡粉(ごふん)、朱砂(すさ)など色どりたる絵書きたる(=布屏風)。遣戸(やりど)、厨子(づし)、何も田舎物はいやしきなり。筵張(むしろば)りの車のすそ。検非違使の袴。伊予簾の筋太き。人の子に法師子(ほふしご)の太りたる。まことの出雲筵の畳。

154
 胸つぶるるもの 競べ馬。元結(もとゆひ)撚(よ)る。親などの心地悪しうして、例ならぬ気色なる。まして世ノ中などさ<わ>[い]がしき頃、よろづ覚えず。物言はぬ児(ちご)の泣き入りて、乳(ち)も飲まず、いみじく、乳母の抱(いだ)くにもやまで、久しう泣きたる。褻(け)どころなどにて、ことにまた著(いちしる=はつきりとした恋人)からぬ人の声聞き付けたるはことわり、人などのその上など言ふに、まづこそつぶるれ。いみじく憎き人の来たるも、いみじくこそあれ。昨夜(よべ)来たる人の、今朝(けさ)の文の遅き、聞く人さへつぶる。思ふ人の文取りてさし出でたるも、またつぶる。

155
 うつくしきもの 瓜(うり)に書きたる児(ちご)の顔。雀の子のねず鳴きするに踊(をど)り来る。また、綜(へ=ひも)になどつけて据(す)ゑたれば、親雀の虫など持て来て含(くく)むるも、いとらうたし。二つばかりなる児(ちご)の、急ぎて這ひ来る道に、いと小さき塵などのありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなる指(および)にとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし。尼にそぎたる児の、目に髪の覆ひたるを、掻きは遣らで、打ち傾(かたぶ)きて物など見る、いとうつくし。襷掛(たすきが)けに結ひたる腰の上(かみ)の、白うをかしげなるも、見るにうつくし。

 大きにはあらぬ殿上童の、装束き立てられて歩りくも、うつくし。をかしげなる児の、あからさまに抱きて慈(うつく)しむ程に、掻い付きて寝入りたるも、らうたし。

 雛(ひゐな)の調度(てうど)。蓮(はちす)の浮き葉のいと小さきを、池より取り上げて見る。葵の小さきも、いとうつくし。何も何も、小さき物は、いとうつくし。

 いみじう肥えたる児の、二つばかりなるが、白ううつくしきが、二藍(ふたあゐ)の薄物など、衣長くて、襷(たすき)上げたるが、這ひ出でたるも、< またみじかきがそでがちなるきてはしりありくも、>いとうつくし。八つ九つ十ばかりなる男(をのこ)の、声幼なげにて文読みたる声、いとうつくしうおはす。

 鶏の雛の、足高に、白うをかしげに、衣短かげなるさまして、ひよひよと[して]かしがましく鳴きて、人のしりに立ちて歩りくも、また親のもとに連れ立ち歩りく、見るもうつくし。雁の子。<舎利(さり)>の壺(つぼね)。瞿麦(なでしこ)の花。

156
 人ばへするもの 殊なる事なき人の子の、かなしくし慣らはされたる(=親に甘やかされてゐる)。しはぶき。恥づかしき人に物言はむとするにも、まづ先に立つ。

 あなたこなたに住む人の子供の、四つ五つなるは、あやにくだちて(=いたづら好き)、物など取り散らしてそこなふを、常は引きはられなど制せられて、心の儘にも得あらぬが、親の来たるに所得て、ゆかしがりたる物を、「あれ見せよや、母」など引き揺るがすに、大人などの物言ふとて、ふとも聞き入れねば、手づから引き捜し出でて見るこそ、いと憎けれ。それを「正無(まさな=やめなさい)」とばかりうち言ひて、取り隠さで、「さなせそ」と、「そこなふな」とばかりうち笑みて言ふ親も憎し。われはた得(え)はしたなくも言はで見るこそ、心もとなけれ。

157
 名おそろしきもの 青淵(あをふち)。谷の洞(ほら)。鰭板(はたいた=板塀)。鉄(くろがね)。土塊(つちくれ)。雷(いかづち)は名のみならず、いみじうおそろし。暴風(はやち)。不祥雲(ふさうぐも)。戈星(ほこぼし)。狼。牛は白眼(さめ)。牢(らう)。籠(ろう)の長(をさ)。いにすし(=いのしし?)。それも名こそは。見るも恐ろし。縄筵(なはむしろ)。強盗、またよろづに恐ろし。肘笠雨(ひぢかさあめ=俄雨)。蛇苺(くちなはいちご)。生霊(いきすだま)。鬼ところ(=つる草)。鬼蕨(おにわらび)。荊棘(むばら)。枳殻(からたち)。煎炭(い<り>[か]すみ)。牡丹。牛鬼。

158
 見るにことなることなき物、文字に書きて事々しき 覆盆子(いちご)。鴨頭草(つゆくさ)。水ふ<ふ>[う]き。菰(こも)。胡桃(くるみ)。文章<博>[傳]士(もんじやうはかせ)。皇后宮(くわうごうぐう)の権大夫(ごんのだいぶ)。楊梅(やまもも)。いたどりはまして虎の杖(つゑ)と書きたると。杖無くともありぬべき顔つきを。

159
 むつかしげなるもの 縫ひ物の裏。猫の耳のうち。鼠のいまだ毛も生(お)ひぬを、巣の中(うち)よりあまたまろばし出でたる。裏まだ付かぬ皮衣(かはぎぬ)の縫ひ目。ももほとき。ことに清げならぬ所の暗き。

 ことなる事<なき>人の、小さき子供などあまた持ちて扱ひたる。いと深うしも心ざしなき女の、心地悪しうして、久しく悩みたるも、男の心の中には、むつかしげなるべし。

160
 えせものの所得るをりのこと 正月の大根(おほね)。行幸の折の姫大夫(ひめまうちぎみ)。六月、十二月のつごもりの節折(よをり=天皇の身長を測る宮中の儀式)の蔵人(=女蔵人)。季の御読経の威儀師(ゐぎし)。赤袈裟(あかげさ)<着>[聞]て僧の名ども読みあげたる、いときらきらし。宮の辺(へ)の曲げ庵(いほ)ども。御読経、仏名(ぶつみやう)などの御装束(さうぞく=式場係)の所の衆。春日の祭の舎人ども。大饗の所の歩み。正月の薬(くすり)の子(=毒見)。卯杖の法師。五節の試みの御髪(みぐし)上げ。節会の御陪膳(はいぜん)の采女。大饗の日の史生(ししやう=書記)。七月の相撲。雨降る日の市女笠(いちめがさ)。渡りする折の楫取(かんどり)。

161
 苦しげなるもの 夜泣きといふ物する児(ちご)の乳母。思ふ人二人持ちて、こなたかなたに恨み燻(ふす=嫉妬)べられたる男。強(こは)き物の怪にあづかりたる験者。験(げん)だに早くは良<か>るべきを、さしもなきを、さすがに人笑はれにあらじと念ずる、いと苦しげなり。

 わりなく物疑ひする男に、いみじう思はれたる女。一の所に時めく人も、え安くはあらねど、それはよかンめり。心いられしたる人。

162
 うらやましきもの 経など習ひて、いみじくたどたどしくて忘れがちにて、返す返す(かへすがへす)同じ所を(=私は)読むに、法師はことわり、男も女も、くるくるとやすらかに読みたるこそ、あれがやうに何時(いつ)のをり、ふと覚ゆれ。心地など煩(わづら)ひて臥したるに、うち笑ひ物言ひ、思ふ事なげにて歩みありく人こそ、いみじく羨やましけれ。

 稲荷(いなり)に思ひ起して参りたるに、中の御社のほど、わりなく苦しきを念じて登る程に、いささか苦しげもなく、後れて来(く)と見えたる者どもの、ただ行きに先立ちて詣づる、いとうらやまし。二月午の日の暁に、急ぎしかど、坂のなからばかり歩みしかば、巳(み)の時(=午前十時)ばかりになりにけり。やうやう暑くさへなりて、まことに侘びしう、「かからぬ人も世にもあらむものを、何しに詣でつらむ」とまで、涙落ちて休むに、三十あまりばかりなる女の、壷装束などにはあらで、ただ引きはこえたるが、「まろは七度詣(ななたびまう)でし侍るぞ。三度は詣でぬ、四度はことにもあらず。未(ひつじ=午後二時)には下向しぬべし」と、道に会ひたる人にうち言ひて、下り行きしこそ、只なる所にては、目も止まるまじき事の、彼が身に、只今成らばやと覚えしか。

 男も女も法師も、よき子持たる人、いみじう羨まし。髪長くうるはしう、下がり端(ば)などめでたき人。やんごとなき人の、人にかしづかれ給ふも、いと羨まし。手よく書き、歌よく詠みて、物の折にもまづ取り出でらるる人。

 よき人の御前に、女房いとあまた候ふに、心にくき所へ遣はすべき仰せ書などを、たれも鳥の跡のやうには、などかはあらむ。されど、下(しも)などにあるを、わざと召して、御硯取りおろして書かせ給ふ、うらやまし。さやうの事は、所の大人何となりぬれば、まことに難波(なには=初心者)わたりの遠からぬも、事に従ひて書くを、これはさはあらで、上達部のもと、また、初めて参らむなど<申さする人の女などには、心ことに紙より始めて>、つくろはせ給へるを、集りて、たはぶれに妬がり言ふめり。

 琴、笛(ふ<え>[み])習ふ、また、さこそは、まだしき程は、彼がやうにいつしかと覚ゆべかンめれ。内、春宮の御乳母。うへの女房の、御方々(かたがた=女御・皇后)許されて、<いづくもかけておぼつかなからずまゐり通ふ。寺造り>三昧<堂>建てて、宵暁に祈られたる人。双六打つに、かたきの賽利(き)きたる。まことに世を思ひ捨てたる聖。

163
 とくゆかしきもの 巻染(まきぞめ)、斑濃(むらご)、括物(くくりもの)など染めたる。人の子生みたる、男女とく聞かまほし。よき人はさらなり、えせ者、下衆の際だに聞かまほし。除目のまだつとめて、必ず知る人のさるべきなどがなき折も、聞かまほし。思ふ人のおこせたる文。

164
 こころもとなきもの 人のもとに、とみのもの縫ひにやりて待つほど。物見に急ぎ出でて、今や今やと苦しう居はりつつ、あなたをまもらへたる心地。子生むべき人の、程過ぐるまで、さる気色のなき。遠<き>所より思ふ人の文を得て、固く封(ふん)じたる続飯(そくひ)など放ち開くる、心もとなし。物見に急ぎ出で、事なりにけり、白き笞(しもと)など見付けたるに、近くやり寄する程、佗しう、降りても往ぬべき心地こそすれ。

 知られじと思ふ人のあるに、前なる人に教へて物言はせたる。いつしかと待ち出でたる児(ちご)の、五十日(いか)百日(ももか)などになりたる、行末(ゆく<す>ゑ)いと心もとなし。

 とみの物縫ふに、暗きをりに針に糸すぐる。されど、我はさるものにてあり、縫ふべき所をとらへて<人につげさするに、それも急げばにやあらむ、頓にもえ> さし入れぬを、「いで、只なすげそ」とこへど、「さすがになど<て>かは」と思ひ顔にえ去らぬは、憎ささへ添ひぬ。

 何事にもあれ、急ぎて物へ行くをり、まづわれさるべき所へ行くとて、「只今おこせむ」とていぬる車待つ程こそ心もとなけれ。大路行きけるを、「さなりける」と喜びたれば、ほかざまに往ぬる、いと口惜し。まして物見に出でむとてあるに、「事はなりぬらむ」など人の<言ふ>を聞くこそ侘びしけれ。

 子生みたる人の、後の事久しき。物見にや、また寺詣でなどに参るとて、もろともにあるべき人を乗せに行きたるを、車さし寄せて立てるが、頓にも乗らで待たするも、いと心もとなく、うち捨てても往ぬべき心地ぞする。頓にて炒炭(いりずみ)おこす、いと久し。

 人の歌の返し疾くすべきを、え詠み得ぬ、いと心もとなし。懸想人などは、さしも急ぐまじけれど、おのづからまた、さるべき折もあり、また、まして女も男も、ただに言ひ交はす程は、疾きのみこそはと思ふ程に、あいなく僻事(ひがごと)も出で来るぞかし。

 また、心地あしく、物恐ろしき程、夜の明くる待つこそ、いみじう心もとなけれ。[待つ]歯黒めの干(ひ)る程<待つ>も、心もとなし。

165
 故殿の御服(おんぷく)の頃、六月のつごもりの御祓(はらへ)といふ事に出でさせ給ふべきを、職の御曹司は方(かた)悪しとて、官の司(つかさ)のあいた所に渡らせ給へり。その夜は、さばかり暑く、わりなき闇にて、何事も<おぼえず、せばくおぼつかなくて明かしつ。つとめて見れば、屋のさまいと平(ひら)にみじかく、>せばう、瓦葺(かはらぶき)にて<唐めき>、様ことなり。例のやうに格子などもなく、ただめぐりて、御簾ばかりをぞかけたる。なかなか珍らしうをかし。女房、庭におりなどして遊ぶ。前栽には、萱草(くわんざう)といふ草を、籬(ませ)結ひて、いと多く植ゑたりける。花きはやかに房なりて咲きたる、むべむべしき所の前栽(せん<ざい>)にはよし。時司(ときづかさ)などは、ただかたはらにて、鐘の音(おと)も例には似ず聞こゆるを、ゆかしがりて、若き人々二十余人ばかり、そなたに行きて走り寄り、高き屋に登りたるを、これより見あぐれば、薄鈍(うすにび)の裳、唐衣、同じ色の単襲(ひとへがさね)、紅の袴どもを着て登り立ちたるは、いと天人などこそ言ふまじけれど、空より降りたるにやとぞ見ゆる。同じ若さなれど、押し上げ[られ]たる人はえ混じらで、羨やましげに見上げたるもをかし。

 日暮れて暗(くら)まぎれにぞ、過ぐしたる人々、皆立ちまじりて、右近の陣へ物見に出で来て、戯(たはぶ)れ騒ぎ笑ふもあンめりしを、「かうはせぬ事なり。上達部の着き給<ふ>倚子(<い>[ひ]し)などに、女房ども登り、上官などの居る床子(しやうじ)を皆打ち倒(とを)しそこなひたり」など、苦しがる者どもあれど、聞きも入れず。

 屋のいと古くて、瓦葺なればにやあらむ、暑さの世に知らねば、御簾の外(と)に、夜も臥したるに、古き所なれば、蜈蚣(むかで)といふ物の、日一日落ちかかり、蜂の巣の大きにて、付き集まりたるなど、いと恐ろしき。殿上人日ごとに参り、夜も居明かし、物言ふを聞きて、「秋ばかりにや、太政官の地の、今やかゐ<の庭>にならむ事を」と誦し出でたりし人こそをかしかりしか。

 秋になりたれど、かたへ涼しからぬ風の所がらなンめり。さすがに虫の声などは聞こえたり。八日ぞ帰ら[さ]せたまへば、七夕祭などにて、例より(=星が)近う見ゆるは、ほど(=広さ)の狭(せば)ければなンめり。

166
 宰相中将<斉>[忠]信(ただのぶ)、宣方(のぶかた)の中将と(=七夕に)参り給へるに、人々出でて物など言ふに、ついでもなく、「明日はいかなる詩をか」と言ふに、いささか思ひめぐらし、とどこほりもなく、「人間の四月をこそは」と答へ給へる、いみじうをかしきこそ。過ぎたる事なれど、心得て言ふは、をかしき中にも、女房などこそさやうの物忘れはせね[は]、男はさもあらず。詠みたる歌をだになま覚えなるを、まことにをかし。内なる人も、外なる人も、心得ずと思ひたるぞ、ことわりなるや。

 この三月つごもり、細殿の一の口に殿上人あまた立てりしを、やうやうすべり失せなどして、ただ頭中将、源中将(=宣方)、六位一人残りて、よろづの事言ひ、経よみ、歌うたひなどするに、「明け果てぬなり、帰りなむ」とて、「露は別れの涙なるべし」といふ事を、頭中将うち出だし給へれば、源中将もろともに、いとをかしう誦んじたるに、「いそぎたる七夕かな」と言ふを、いみじう妬がりて、「暁の別れの筋の、ふと覚えつるままに言ひて、侘びしうもあるわざかな」と、「すべてこの辺(わた)りにては、かかる事思ひまはさず言ふは、口惜しきぞかし」など言ひて、あまり明かくなりにし<かば>[川]、「葛城(かづらき)の神、今ぞ術(ずち)なき」とて、<逃>[か]げておはしにしを、七夕の折、この事を言ひ出でばやと思ひし<か>ど、「宰相になり給ひしかば、必ずしもいかでかは、その程に見<つけ>[せ]などせむ。文書きて、主殿司などにてやらむ」など思ひし程に、七日参り給へりしかば、うれしくて、「その夜の事など言ひ出でば、心もぞ<得>[へ]たまふ。すずろにふと言ひたらば、『怪し』などや打ち傾(かたぶ)き給はむ。さらばそれには、ありし事言はむ」とてあるに、つゆおぼめかで答へ給へ<り>しかば、まことにいみじうをかしかりき。月ごろいつしかと思ひ侍りしだに、わが心ながら好き好きしと覚えしに、いかで、さはた、思ひ設(まう)けたるやうにのたまひけむ(=七月に四月の詩を述べてやり返すこと)。もろともにねたがり言ひし中将は、思ひも寄らで居たるに、「ありし暁の事は、いましめらるるは知らぬか」とのたまふにぞ、「げにげに」と笑ふ。わろしかし。

 人と言ふ事を<碁>[誠]になして、近く語らひなどしつるをば、「手ゆるしてける」「けちさしつ」など言ひ、男は「手受けむ」など言ふ事を、人には知らせず、この君と心得て言ふを、「何事ぞ、何事ぞ」と源中将は添ひつきて問へど、言はねば、かの君に「猶これのたまへ」と怨みられて、よき仲なれば聞かせてけり。

 いとあへなく、言ふ程もなく近うなりぬるをば、「おしこ<ぼ>[う]ちの程ぞ」など言ふに、我も知りにけると、いつしか知らせむとて、わざと呼び出でて、「碁盤<は>べりや、まろも打たむと思ふはいかが。手はゆるし給はむや。頭中将と等し<碁>なり。なおぼし分きそ」と言ふに、「さのみあらば、定めなくや」と答へしを、かの君に語り聞こえければ、「嬉しく言ひたる」とよろこび給ひ<し>。なほ過ぎたる事忘れぬ人は、いとをかし。

 宰相に成り給ひしを、うへの御前にて、「詩をいとをかしう誦<んじ>侍りしを、『蕭会稽(せうくわいけい)の古廟(こべう)をも過ぎにし』なども、誰か(=斉信ほどに)言ひ侍らむとする。しばし成らでも候へかし。口惜しきに」など申ししかば、いみじう笑はせ給ひて、「さなむ言ふとて、なさじかし」など仰せられしもをかし。されど、成り給ひにしかば、まことにさうざうしかりしに、源中将、おとらずと思ひて、ゆゑだち歩りくに、宰相中将の御上を言ひ出でて、「『いまだ三十の期(ご)に及ばず』といふ詩を、こと人には似ずをかしう誦し給ふ」など言へば、「などかそれに劣らむ、勝りてこそせめ」とて詠む。「更にわろくもあらず」と言へば、「わびしの事や。いかであれがやうに誦んぜで」[なりし]などのたまふ。「『三十の期』といふ所なむ、すべていみじう[あれ]愛敬づきたりし」など言へば、妬がりて笑ひありくに、陣に着き給へりける折に、わきて(=斉信を)呼び出でて、「かうなむ言ふ。猶そこ教へ給へ」と言ひければ、笑ひて教へけるも知らぬに、局のもとにて、いみじくよく似せて詠むに、あやしくて、「こは誰(た)そ」と問へば、笑み声になりて、「いみじき事聞こえむ。かうかう、昨日陣に(=斉信が)着きたりしに、(=歌ひ方を)問ひ来て、立ちにたるなンめり。『たれそ』とにくからぬ気色に問ひ給へれば」と言ふ。わざとさ習ひ給ひけむをかしければ、(=その後は)これだに聞けば、出でて物など言ふを、「宰相(さいしやうの)中将の徳見る事。四方に向ひて拝むべし」など言ふ。下(しも)<に>ありながら「上に」など言はするに、これをうち<出>づれば、「あり」など言ふ。御前に「かく」など申せば、笑はせ給ふ。

 内の御物忌にてなむ、右近の<将曹(さうくわん)>[上官]みつ何とかやいふ者して、畳紙(たたうがみ)に書きておこせたるを見れば、「参ぜむとするを、今日明日は御物忌にてなむ。『三十の期に及ばず』はいかが」と言ひたれば、返事に、「その期は過ぎたまひぬらむ。朱買臣(すばいしん)が妻(め)教<へ>けむ年には」<と>ここにしも書きてやりたりしを、また妬がりて、うへの御前にも奏しければ、宮の御方(かた)に渡らせ給ひて、「いかでかかる事は知りしぞ。『四十九になりける年こそ、いましめけれ』とて、宣方(のぶかた)は『わびしう言はれにたり』と言ふめるは」と笑はせ給ひしこそ、物ぐるほしかりける君かなとおぼえしか。

 弘徽殿(こきでん)とは、閑院(かんゐん)の太政大臣の女御(にようご)とぞ聞こゆる。その御方に、うち臥しといふ者のむすめ、左京と言ひて候ひけるを、「源中将語らひて思ふ」など、人々笑ふ頃、宮の職におはしまいしに参りて、「時々は、御宿直などつかうまつるべけれど、さるべき様に女房などもてなし給はねば、いと宮仕へ疎(おろ)かに候ふ。宿直所をだに給はりたらむ、いみじう忠実(まめ)に候ひなむ」など言ひ居給ひつれば、人々、「げに」など言ふ程に、「まことに人は、うち伏しやすむ所のあるこそよけれ。さるあたりには繁(しげ)く参り給ふなるものを」とさし答へたるとて、「すべて物聞こえず。方人と頼み聞こゆれば(=に反して)、人の言ひふるしたる様に取りなし給ふ」など、いみじうまめだちて恨み給ふ。「あなあやし、いかなる事をか聞こえつる。更に聞きとめ給ふ事なし」など言ふ。かたはらなる人を引きゆるがせば、「さるべき事もなきを、熱(ほとほ)り出で給ふ、やうこそあらめ」とて、花やかに笑ふに、「これもかの言はせ給ふならむ」と、いと物しと思へり。「さ<やうにさやうの事をなむ言ひ侍らぬ。人の言ふだに憎き>ものを」と言ひて、引き入りにしかば、後にもなほ、「人に恥ぢがましき事言ひつけたる」と恨みて、「殿上人の、笑ふとて、言ひ出でたるなり」とのたまへば、「さては一人を恨み給ふべくもあらざンなるに、あやし」など言へば、その後は絶えてやみ給ひにけり。

167
 昔おぼえて不用なるもの

 繧繝(うげん)ばしの畳の旧(ふ)りて、ふし出できたる。唐絵の屏風の表(おもて)そこなはれたる。藤のかかりたる松の木の枯れたる。地摺(ぢずり)の裳の花かへりたる。衛士(ゑし)の目暗き。几帳の帷子(かたびら)の旧りぬる。帽額(もかう)のなくなりぬる。七尺の鬘(かづら)の赤くなりたる。葡萄染の織物の灰かへりたる。色好みの老いくづほれたる。面白き家の木立焼けたる。池などはさながらあれど、浮草水草(みくさ)など茂りて。

168
 たのもしげなきもの

 心短くて人忘れがちなる。婿の夜(よ)がれがちなる。六位の頭白き。そら言する人の、さすがに人の事なし顔に、大事うけたる。一番に勝つ双六。七八十なる人の、心地悪しうして日ごろになりぬる。風吹くに帆あげたる船。

169
 読経は 不断経。

170
 近くて遠きもの

 宮のべの祭。思はぬはらから、親族の仲。鞍馬のつづら折といふ道。師走のつごもり、正月の一日(ついたち)のほど。

171
 遠<く>て近きもの

 極楽。船の道。男女の中。

172
 井は 堀兼(ほりかね)の井。走り井は逢坂なるがをかしきなり。山の井、さしも浅きためしになり始めけむ。飛鳥井、「御水(みもひ)も寒し」と褒めたるこそをかしけれ。玉の井。少将の井。桜井。后町(きさいまち)の井。千女尺井。

173
 受領は、紀伊守。和泉(いづみ)。

174
 やどりのつかさの権(ごん)の守(かみ)は、下野(しもつけ)。甲斐。越後。筑後。阿波(あは)。

175
 大夫は 式部大夫(しきぶのたいふ)。左衛門大夫(さゑもんのたいふ)。史大夫(しのたいふ)。

176
 六位の蔵人、思ひ掛くべき事にもあらず。冠(かうぶり)得て、何の大夫、権の守などいふ人の、板屋せばき家持たりて、また檜垣(ひがき)新しくし、車宿(やどり)に車引き立て、前近く、こ木生(おほ)して、牛つながせて、草など飼はするこそ、いとにくけれ。庭いと清げにて、紫革(むらさきがは)して伊予簾かけわたして、布障子(ぬのさうじ)など張りて住まひたる。<夜>は、「門強くさせ」など、事行なひたる、いみじう生(お)ひ先なく、心づきなし。

 親の家、主(しう)などはさらなり、をぢ、兄などの住まぬ家、そのさるべき人のなからむは、おのづから睦ましううち知りたる受領、また国へ行きていたづらなる、さらずば女院、宮ばらなどの屋あまたあるに、司(つかさ)待ち出でて後、いつしかとよき所尋ね出でて住みたるこそよけれ。

177
 女の一人住む家などは、ただいたうあばれて、築地(ついぢ)なども全(また)からず、池などのある所は、水草(みくさ)ゐ、庭なども、いと蓬(よもぎ)茂りなどこそせねども、所々砂子(すなご)の中より青き草見え、淋しげなる<こそ>あはれなれ。物かしこげに、まだらに修理(すり)して、門いたう固め、きはぎはしきは、いとうたてこそ覚ゆれ。

178
 宮仕へ人の里なども、親ども二人あるはよし。人繁く出で入り、奥の方にあまた様々の声多く聞こえ、馬の音して、騒がしきまであれ<ど>、とがなし。

 されど、忍びても、あらはれても、「おのづから出で給ひけるを知らで」とも、「またいつか参り給ふ」とも言ひにさし覗く。「心かけたる人は、いかがは」と、開けなど<す>[た]。「騒しうあやふげに夜中まで」な<ど>[き]思ひたるけしき、いとにくし。「大御門(みかど)はさしつや」など問ふなれば、「まだ人のおはすれば」など、なまふせがしげに思ひていらふるに、「人出で給ひなば、とくさせ。この頃は盗人いと多かり」など言ひたる、いとむつかしううち聞く人だにあり。この人の供なる者ども、「この客(かく)今や出づる」と、絶えずさしのぞきてけしき見る者どもを笑ふべかンめり。真似うちす<る>[ま]も、聞きては、いかにいとど<き>[さ]びしう言ひ咎めむ。いと色に出でて言はぬも、思ふ心なき人は、必ず来(き)などやする。されど、健(すくよか)なる方は、「夜更けぬ、御門も危ふかンなり」と<言ひて寝(ぬ)るもあり。まことに心ざしことなる人は、「はや」など>あまたたび遣らはるれば、なほ居明かせば、度々ありくに、明けぬべき気色を、めづらかに思ひて、「いみじき御門を、今宵らいさうと開け広げて」と聞こえごちて、あぢきなく暁にぞさすなる。いかがにくき。親添ひぬるは、なほさ<ぞ>[う]ある。まして、まことならぬは、いかに思ふらむとさへつつましうて。兄(せうと)の家なども、けに<くき>[きく]にはさぞあらむ。

 夜中、暁ともなく、門いと心賢こくもなく、何の宮、内わたり、殿ばらなる人々の出であひして、格子なども上げながら、冬の夜<を>[と]居明かして、人の出でぬる後(のち)も、見出したるこそをかしけれ。有明などは、ましていとをかし。笛など吹きて出でぬるに、我は急ぎても寝られず、人の上なども言ひ、歌など語り聞くままに寝入りぬるこそをかしけれ。

179
 雪のいと高くはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。

 また、雪のいと高く降り積みたる夕暮より、端(はし)近う、同じ心なる人二三人ばかり、火桶、中(なか)に据ゑて、物語などする程に、暗うなりぬれば、こなたには火もともさぬに、大かた雪の光、いと白う見えたるに、火箸して灰など掻きすさびて、あはれなるもをかしきも、言ひ合はするこそをかしけれ。

 宵も過ぎぬらむと思ふほどに、沓の音の近う聞こゆれば、怪しと見出だしたるに、時々かやうの折、おぼえなく見ゆる人なりけり。「今日の雪をいかにと思ひきこえながら、何(なん)でふ事に障(さ)はり、その所に暮らしつる」よしなど言ふ。「今日来む人を」などやうの筋をぞ言ふらむかし。昼よりありつる事どもをうち始めて、よろづの事を言ひ笑ひ、円座(わらふだ)さし出で<た>[ら]れど、片つ方の足は下(しも)ながらあるに、鐘の音(おと)の聞こゆるまでになりぬれど、内にも外にも、言ふ事どもは、飽かずぞおぼゆる。昧爽(あけぐれ=暁)のほどに、帰るとて、「雪の何の山に満てり」とうち誦んじたるは、いとをかしきものなり。女の限りして、さもえ居明<か>さざらましを、只なるよりはいとをかしう、好きたる有様などを言ひ合はせたり。

180
 村上の御時、雪のいと高う降りたりけるを、様器(やうき)に盛らせ給ひて、梅の花をさして、月いと明かきに、<「これに歌よめ、いかが言ふべき」と>兵衛の蔵人に給(た)びたりければ、「<雪月>[月雪]花<の>時」と奏したりけるこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌など詠まむには世の常なり。かう折に合ひたる事なむ言ひ難き」とこそ仰せられけれ。

 同じ人を御供にて、殿上に人候はざりける程、たたずませおはしますに、炭櫃の煙の立ちければ、「かれは何の煙ぞと見て来」と仰せられければ、見て帰り参りて、

 わたつみの沖に漕(こ)がるる物見ればあまの釣して帰るなりけり

と奏しけるこそをかしけれ。蛙(かへる)の飛び入りて焦(こ)がるるなりけり。


181
 御形(みあれ)の宣旨の、五寸ばかりなる殿上童(=人形)のいとをかしげなるを作りて、髻(みづら)結ひ、装束などうるはしくして、名書きて奉らせたりけるに、「ともあきらのおほきみ」と書きたりけるをこそ、いみじう興ぜさせ給ひけれ。


182
 宮に初めて参りたる頃、物の恥づかしき事数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々(よるよる)まゐりて、三尺の御几帳の後ろに候ふに、絵など取り出でて見せさせ給ふだに、手もさし出づまじう、わりなし。「これはとあり、かれはかかり」などのたまはするに、高杯(たかつき)にまゐりたる御殿油なれば、髪の筋なども、中々昼よりは顕証(けせう)に見えてまばゆけれど、念じて見などす。いと冷たきころなれば、さし出ださせ給へる御手のはつかに見ゆるが、いみじう匂ひたる薄紅梅(うすこうばい)なるは、限りなくめでたしと、見知らぬさとび心地には、「いかがは。かかる人こそ、世におはしましけれ」と、驚かるるまでぞまもりまゐらする。

 暁には、疾くなど急がるる。「葛城の神も暫し」など仰せらるるを、「いかで筋かひても御覧ぜむ」とて臥したれば、御格子もまゐらず。女官まゐりて、「これ(=格子)放たせ給へ」と言ふを、女房聞きて放つを、「まな」と仰せらるれば、笑ひて帰りぬ。物など問はせ給ひ、のたまはするに、久しうなりぬれば、「おりなまほしうなりぬらむ、さは早(はや)」とて、「夜さりは疾く」と仰せらるる。

 ゐざり隠るるや遅きと、(=格子を)上げ散らしたるに、雪いとをかし。「今日は昼つ方参れ。雪に曇りて露(あらは)にもあるまじ」など、たびたび召せば、この局主人(つぼねあるじ)も、「さのみや籠り居給ふらむとする。いと敢へなきまで、御前許されたるは、さおぼしめすやうこそあらめ。思ふにたがふは憎きものぞ」など、ただ急がし出だせば、我にもあらぬ心地すれど参るも、いとぞ苦しき。火焼屋(ひたきや)の上に降り積みたるも、珍しうをかしう、御前近くは、例の炭櫃の火こちたくおこして、それには態(わざ)と人も居ず。宮は沈(ぢん)の御火桶、梨絵(なしゑ)したるに向ひておはします。上臈御まかなひし給ひけるままに、近く候ふ。次の間に、長炭櫃に、間(ま)なく居たる人々、唐衣着垂れたるほど、馴れ安らかなるを見るも羨しく、御文(ふ<み>)取り次ぎ、立ち居ふるまふ様など、つつましげならず、物言ひゑ笑ふ。「いつの世にか、さやうに交ひならむ」と思ふさへぞつつましき。奥(あう)寄りて、三四人集ひて、絵など見るもあり。

 しばしありて、前駆(さき)高う音すれば、「殿(=藤原道隆)参らせ給ふなり」とて、散りたる物ども取りやりなどするに、奥に引き入りて、さすがにゆかしきなンめりと、御几帳のほころびより僅(はつ)かに見入れたり。

 大納言殿(=伊周)の参らせ給ふなりけり。御直衣、指貫の紫の色、雪に映(は)えてをかし。柱のもとに居給ひて、「昨日今日、物忌にて侍れど、雪のいたく降りて侍れば、おぼつかなさに」などのたまふ。「『道もなし』と思ひつるに、いかでか」とぞ御答(いら)へあンなる。うち笑ひ給ひて、「『あはれと』もや御覧ずるとて」などのたまふ御有様は、これよりは何事かまさらむ。物語にいみじう口にまかせて言ひたる事ども、劣らざンめるをおぼゆ。

 宮は白き御衣(ぞ)どもに、紅の唐綾二つ、白き唐綾と奉りたる、御髪のかからせ給へるなど、絵に書きたるをこそは、かかる事は見るに、うつつにはまだ知らぬを、夢の心地ぞする。

 女房と物言ひ、戯(たはぶ)れなどし給ふを、答へいささか恥づかしとも思ひたらず、聞こえ返し、そら言などのたまひかかるを、抗(あらが)ひ返しなど聞こゆるは、目もあやに、浅ましき<ま>[に]で、あいなく面(おもて)ぞ赤(あか)むや。御菓子(くだもの)まゐりなどして、御前にも参らせ給ふ。

 「御几帳の後ろなるは、たれぞ」と問ひ給ふなるべし。「さぞ」と申すにこそはあらめ、立ちておはするを、外(ほか)へにやあらむと思ふに、いと近う居給ひて、物などのたまふ。まだ参らざりし時、聞きおき給ひける事など、「まことにさやありし」などのたまふに、御几帳へだてて、よそに見やり奉るだに恥づかしかりつるを、いとあさましう、さし向<ひ>[へ]聞こえたる心地、うつつとも覚えず。行幸など見るに、車の方にいささか見おこせ給ふは、下簾(したすだれ)引きつくろひ、透影(すきかげ)もやと扇をさし隠す、猶いと我ながらも、おほけなく、いかで(=宮仕に)立ち出でにしぞと、汗浴(あ)えて、いみじきに、何事をかいらへも聞こえむ。かしこき陰と捧(ささ)げたる扇をさへ取り給へるに、振りかくべき髪のあやしささへ思ふに、「すべてまことに、さる気色やつれてこそ見ゆらめ、疾く立ち給へ」<な>ど思へど、扇を手まさぐりにして、「絵は誰(た)が書かせたるぞ」などのたまひて、頓(とみ)にも立ち給はねば、袖を押しあてて、うつぶし臥したる、裳、唐衣に白い物うつりて、斑(まだ<ら>)[く]<にな>らむかし。

 久しう居給ひたりつるを、論なう苦しと思ふらむと(=中宮は)心得させ給へるにや、「これ見給へ、これは誰(た)が書きたるぞ」と聞こえさせ給ふを、嬉しと思ふに、「給はりて、見侍らむ」と申し給へば、「猶ここ<へ>[の]」とのたまはすれば、「人をとらへて立て侍らぬなり」とのたまふ。いと今めかしう、身の程年には合はず、かたはら痛し。人の草仮名(さうがな)<な>[こり]ど書きたる草子、取り出でて御覧ず。「たれがにかあらむ。かれに見せさせ給へ。それぞ世にある人の手は見知りて侍らむ」と、怪しき事どもを、ただ答へさせむとのたまふ。

 一所<だ>にあるに、また前駆(さき)うち追はせて、同じ直衣の人参らせ給ひて、これは今少し花やぎ、猿楽言(さるがうごと)などうちし、褒め笑ひ興じ、我も「某(なにがし)が、とある事、かかる事」など、殿上人の上など申すを聞けば、猶いと変化(へんぐゑ)の物、天人などの降り来たるにやなど覚えてしを、候ひ馴れ、日ごろ過ぐれば、いとさしもなき業(わざ)にこそありけれ。かく見る人々も、家のうち出でそめけむ程は、さこそ覚えけめ。とかくしもて行くに、おのづから面馴(おもな)れぬべし。

 物など仰せられて、「我をば思ふや」と問はせ給ふ。御答(いら)へに、「いかにかは」と啓するに合はせて、台盤所の方に、鼻をいと高く嚔(ひ)たれば、「あな心憂、そら言するなりけり。よしよし」とて入らせ給ひぬ。「いかでかそら言にはあらむ。よろしうだに思ひ聞こえさすべき事かは。鼻こそはそら言しけれ」とおぼゆ。「さても誰(たれ)かく憎きわざしつらむ」と、「大かた心づきなし」と覚ゆれば、わがさる折(=くしやみ)も、押し拉(ひし)ぎ返してあるを、まして憎しと思へど、まだ[ふ]初々(うひうひ)しければ、ともかくもえ啓し直さで、明けぬれば降りたるすなはち、浅緑なる薄様(うすやう)に、艶(えん)なる文を持て来たり。見れば、

 「いかにしていかに知らまし偽(いつは)りを空にただすの神なかりせば

となむ、御気色は」とあるに、めでたくも、口惜しうも思ひ乱るるに、なほ昨夜(よべ)の人ぞ、たづね聞かまほしき。

 「薄さ濃さそれにもよらぬはな故に憂き身の程を知るぞわびしき

猶こればかりは啓し直させ給へ、式の神もおのづから。いと畏(かしこ)し」とて、参らせて後も、「うたて、折しも、などてさはたありけむ」<と>、いと嘆かし。


183
 し<た>り顔なるもの 正月一日の早朝(つとめて)、最初(さいそ)に鼻ひたる人。きしろふ度(たび)の蔵人に、かなしうする子なしたる人の気色(けしき)。除目(ぢもく)に、その年の一の国得たる人の、喜びなど言ひて、「いとかしこうなり給へり」など人のいふ答(いら)へに、「何か。いと異様(ことやう)に亡(ほろ)びて侍る(=国)なれば」など言ふも、したり顔なり。

 言ふ人多く、挑(いど)みたる中に、選られて婿に取られたるも、我はと思ひぬべし。こはき物の怪調(てう)じたる験者(げんじや)。韻塞(ゐんふたぎ)の明(あ)け、疾うしたる。小弓射るに、片つ方の人、しはぶきをし紛(まぎら)はして騒ぐに、念じて、音高う射て当てたるこそ、したり顔なるけしきなれ。碁を打つに、さばかりと知らで、ふくつけさは、またこと所にかかぐりありくに、こと方(かた)より、目も無くして、多く拾ひ取りたるも嬉しからじや。誇りかに打ち笑ひ、ただの勝よりは誇りかなり。

 ありありて受領になりたる人の気色こそ嬉しげなれ。僅(わづ)かにある従者(ずんざ)の無礼(なめげ)にあなづるも、妬(ねた)しと、いかがせむとて念じ過ぐしつるに、我にもまさる者どもの、かしこまり、ただ「仰(おほ)せ承(うけたま)はらむ」と追従(ついじゆう)するさまは、ありし人とやは見えたる。女方(かた)には優(いう)なる女房うちつかひ、見えざりし調度装束(さうぞく)の湧き出づる。受領したる人の中将になりたるこそ、もと君達のなりあがりたる<より>も、気高(けだか)う、したり顔に、いみじう思ひたンめれ。

184
 位(くらゐ)こそ猶めでたきものにはあれ。同じ人ながら、大夫(たいふ)の君や、侍従の君など聞こゆる折りは、いと侮(あなづ)り易きものを、中納言、大納言、大臣(だいじん)などになりぬれば、無下にせんかたなく、やんごとなく覚え給ふ事のこよなさよ。ほどほどにつけては、受領もさこそはあンめれ。あまた国に行きて、大弐(だいに)や四位などになりぬれば、上達部<などもやむごとながりたまふめり。

 女こそなほわろけれ。内わたりに、御乳母は、内侍のすけ、三位など>(ヌケ三巻本より補ふ)になりぬれば、おもおもし。されど、さりとてほど過ぎ、何ばかりの事かはある。また多くやはある。受領の北の方にてくだるこそ、よろしき人の幸福(さいはひ)には思ひてあンめれ。只人の上達部の女(むすめ)にて、后(きさき)になり給ふこそめでたけれ。

 されど、なほ男は、わが身のなり出づ<る>こそ目出度く、うち仰ぎたるけしきよ。法師などの「某(なにがし)供奉(ぐぶ)」など言ひてありくなどは、何事かは見ゆる。経たふとく読み、<み>め清げなるにつけても、女にあなづられて、形懸(なりか)かりこそすれ、僧都、僧正になりぬれば、「仏のあらはれ給へるにこそ」<と>おぼし惑ひて、かしこまるさまは、何にかは似たる。

185
 風は 嵐(あらし)。こがらし。三月(やよひ)ばかりの夕暮に、ゆるく吹きたる花風、いとあはれなり。

 八月ばかりに、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり。雨の足(あし)横ざまに、さわがしう吹きたるに、夏通(とほ)したる綿衣(わたぎぬ)の、汗の香などせしが乾き、生絹(すずし)の単衣(ひとへ)に引き重ねて着たるも、をかし。この生絹だにいと暑かはしう、捨てまほしかりしかば、いつの間にかう成りぬらむと思ふもをかし。

 暁(あかつき)、格子(かうし)妻戸(つまど)などを押しあけたるに、嵐の颯(さ)と吹き渡りて、顔に染みたるこそ、いみじうをかしけれ。

 九月(ながつき)三十日(つごもり)、十月(かんなづき)一日(ついたち)の程の空うち曇りたるに、風のいたう吹くに、黄(き)なる木の葉など、ものほろほろとこぼれ落つる、いとあはれなり。桜の葉、椋(むく)の葉などこそ落(お)つれ。

 十月(かんなづき)ばかりに木立多かる所の庭は、いとめでたし。

186
 野分(のわき)の又の日こそ、いみじうあはれにおぼゆれ。立蔀(たてじとみ)、透垣(すいがい)などの伏し並(な)みたるに、前栽(せんざい)ども心ぐるしげなるを、大きなる木ども倒(たふ)れ、枝吹き折られたる事だに惜(を)しきに、女郎花(をみなへし)など<の>上に、よろぼひ這ひ伏せ<る>[す]、いと思はずなり。格子の壷などに、颯(さ)と際(きは)を殊更にしたらむやうに、細々(こまごま)と吹き入れたるこそ、荒(あら)かりつる風の仕業(しわざ)ともおぼえね。

 いと<濃き>[ゝ]衣のうへは曇りたるを着て、朽葉(くちば)の織物、薄物などの小袿(こうちき)着て、まことしく清げなる人の、夜は風のさわぎに、寝さめつれば、久しう寝起きたるままに、鏡うち見て、母屋(もや)より<少し>[過し]ゐざり出でたるが、髪は風に吹きまよはされて、少しうちふく<だ>みたるが、肩にかかりたるほど、実(まこと)にめでたし。

 物あはれなる気色見るほどに、十七八ばかりにやあらむ、小(ちひ)さうはあらねど、わざと大人などは見えぬが、生絹(すずし)の単衣(ひとへ)の、いみじう綻(ほころ)びたる、花もかへり、濡れなどしたる、薄色の宿直物(とのゐもの)を着て、髪は尾花(おばな)のやうなるそぎ末(すゑ)して、長(たけ)ばかりは衣(きぬ)の裾(すそ)に外(は)づれて、袴(はかま)のみ鮮やかにて、側(そば)より見ゆる童(わらは)べの(=主語、全注釈はこの「の」を省略して「・」にして「若き人」につなげてゐるが説明は無し)、若き人の、根ごめに吹き折られたる前栽(せんざい)などを、取り集め起<こ>[と]し立てなどするを、羨ましげに押し張りて、付き添ひたる後ろもをかし。

187
 心にくきもの 物へだてて聞くに、女房とは覚えぬ手の、忍びやかに聞こえたるに、こたへ若やかにして、うちそよめきて参るけはひ。御膳(おもの)まゐ<る>[り]程にや、箸(はし)匙(かひ)などのとりまぜて鳴りたる、提(ひさげ)の柄(え)の倒(たふ)れふすも、耳こそとまれ。

 打ちたる衣(きぬ)の鮮やかなるに、騒(さ<わ>[う]が)しうはあらで、髪のふりやられたる。

 いみじうしつらひたる所の、御殿油(とのあぶら)は参<ら>で、長炭櫃(ながすびつ)に、いと多くおこしたる<火の光に、御几帳の紐の見え、御簾の帽額(もかう)のあげたる、鈎(こ)のきはやかなるも、けざやかに見ゆ。よく調(てう)じたる火桶の、灰清げにおこしたる>(ヌケ同系他本より補ふ) 火に、よく書きたる絵の見えたる、をかし。箸(=火箸)のいときはやかに筋(すぢ)かひたるもをかし。

 夜いたう更けて、人の皆寝<ぬ>[ゐ]る後に、外(と)の方(かた)にて、殿上人など物言ふに、奥に碁石、笥(け)に入るる音のあまた聞こえたる、いと心にくし。簀子(すのこ)に火ともしたる。物へだてて聞くに、人の忍ぶるが、夜中などうち驚ろきて、言ふ事は聞こえず、男も忍びやかにうち笑ひたるこそ、何事ならむとをかしけれ。

188
 島は 浮島。八十島(やそしま)。みづ島。松が浦島。まがきの島。豊浦(とよら)の島。なと島。

189
 浜<は>[も] そと浜。吹上の浜。長浜。打出(うちで)の浜。もみよせの浜。千里の浜、ひろう思ひやらるれ。

190
 浦は おふの浦。塩竈の浦。志賀の浦。名高の浦。こりずまの浦。和歌の浦。

191
 寺は 壺坂(つぼさか)。笠置(かさぎ)。法輪(ほふりん)。高野(かうや)は、弘法大師の御すみかなるがあはれなるなり。石山。粉川(こかは)。志賀。

192
 経は 法華経さらなり。千手経(せんじゆきやう)。普賢十願(ふげんじふぐわん)。随求経(ずいぐきやう)。尊勝陀羅尼(そんしようだらに)。阿弥陀大呪(あみだのだいじゆ)。千手陀羅尼。

193
 文は 文集。文選(もんぜん)。博士の申文(まふしぶみ)。

194
 仏は 如意輪(によいりん)は人の心をおぼしわづらひて、頬杖(つらづゑ)つきておはする、世に知らずあはれにはづかし。千手、すべて六観音。不動尊(ふどうそん)。薬師仏(やくしぶつ)。釈迦(しやか)。弥勒(みろく)。普賢(ふげん)。地蔵。文珠(もんじゆ)。

195
 物語は 住吉。宇津保(うつぼ)の類。殿(との)うつり。月待つ女。交野(かたの)の少将。梅壺(うめつぼ)の少将。国譲(くにゆづり)。埋木(うもれぎ)。道心すすむる。松が枝。こま野の物語は、古き蝙蝠(かはぼり)さし出でても往(い)にしが、をかしきなり。

196
 野は 嵯峨野さ<ら>なり。印南野(いなびの)。交野(かたの)。こま野。粟津野(あはずの)。飛火野(とぶひの)。しめし野。そうけ野こそ、すずろにをかしけれ。などさつけたるにかあらむ。安倍野(あべの)。宮城野。春日野。紫野。

197
 陀羅尼は あかつき。読経は ゆふぐれ。

198
 遊びは 夜、人の顔見えぬほど。

199 遊びわざは さまあしけれども、鞠(まり)をかし。小弓。韻塞(いんふたぎ)。碁。女は扁いとをかし。

200
 舞は 駿河舞。求子(もとめご)。太平楽(たいへいらく)は、さまあしけれど、いとをかし。太刀などうたてあれど、いとおもしろし。唐土(もろこし)に敵(かたき)に具して遊びけむなど聞くに。

 鳥の舞。抜頭(ばとう)は、頭髪(かしらかみ)振りかけたる目見(まみ)など、恐ろしけれど、楽もいとおそろし。落蹲(らくそん)は、二人して膝踏みて舞ひたる。こまがた。

201
 弾き物は 琵琶。調べは 風香調(ふこうでう)。黄鐘調(わうしきでう)。蘇合(そがふ)の急(きふ)。鶯のさへづりといふ調べも。筝の琴、いとめでたし。調べは、想夫恋。

202
 笛は 横笛いみじうをかし。遠うより聞こゆるが、近うなりもて行くも、いとをかし。近かりつる声、遥かに聞えて、いとほのかなるも、いとをかし。車にても、徒歩(かち)にても、馬にても、見えず、さばかりをかしき物はなし。まして聞き知りたる調子など、いみじうめでたし。暁なたに、忘れて枕のもとにありけるを見つけたるも、猶をかし。人の許より取りにおこせたるを、おし包みてやるも、ただ文のやうに見えたり。

 笙(さう)の笛は、月の明かきに、車などにて聞こえたる、いみじうをかし。所せくて、扱かひにくくぞ見ゆる。吹く顔や、いかにぞ。それは横笛も、吹きなしありかし。篳篥(ひちりき)は、いとむつかしう、秋の虫を言はば、轡虫(くつわむし)などにて、うたて気近(けぢか)く聞かまほしからず。ましてわろう吹きたるは、いと憎きに、臨時の祭の日、いまだ御前には出で果てで、物の後ろにて、横笛をいみじう吹き立てたる、あなおもしろと聞きまどふほどに、半(なか)らばかりより、(=篳篥が)うちつけて吹きのぼせたる程こそ、ただいみじう麗しき髪持たらむ人も、(=髪が)皆立ちあがりぬべき心地ぞする。やうやう琴、笛合はせて歩み出でたる、いみじうをかし。

203 
 見るものは 行幸。祭のかへさ。御賀茂詣。臨時の祭。

 空曇りて寒げなるに、雪少しうち散りて、挿頭(かざし)の花、青摺(あをずり)などにかかりたる、えも言はずをかし。太刀の鞘の、きはやかに黒うまたたきて、白く広う見えたるに、半臂(はんぴ)の緒の <瑩(やう)じたるやうに>かかりたる。<摺>袴(すりばかま)の中より、氷かと驚くばかりなる打目など、すべてめでたし。今少し渡らせまほしきに、使は必ず、憎げなるもあるたびは、目も止まらぬ。されど、藤の花に隠されたる程はをかし。

 なほ今過ぎぬる方見送らるるに、陪従(べいじゆう)の品おくれたる、柳に、挿頭の山吹、面無く見ゆれども、葵(あふひ)いと高く打ちて、「賀茂の社のゆふだすき」と歌ひたるは、いとをかし。

 行幸に準(なずら)ふるもの、何かあらむ。御輿に奉りたるを見参らせたるは、明暮御前に候ひ仕る事もおぼえず、神々しう厳(いつく)しう、常は何ともなき官、姫大夫(ひめまうちぎみ)さへぞ、やんごとなう珍しう覚ゆる。御綱(みつな)の助、中少将など、いとをかし。

 祭のかへさ、いみじうをかし。昨日(きのふ)は万(よろづ)の事うるはしうて、一条の大路の広う清らなるに、日の影も暑く、車にさし入りたるも、眩(まば)ゆければ、扇して隠し、居直りなどして、久しう待ちつるも、見苦しう汗なども浴(あ)えしを、今日はいと疾く出でて、雲林院、知足院などのもとに立てる車ども、葵、桂もうちなえて見ゆ。<日>[る]は出でわたれど、空は猶うち曇りたるに、いかで聞かむと、目をさまし、起き居て待たるる郭公の、数多さへあるにやと聞こゆるまで、鳴きひびかせば、いみじうめでたしと思ふ程に、鶯の老いたる声にて、かれに似せむとおぼしく、うち添へたるこそ憎けれど、またをかしけれ[は]。いつしかと待つに、御社の方より、赤き衣ども着たる者どもなど連れ立ちて来るを、「いかにぞ、事成るや」など言へば、「まだ<無期(むご)>[こむ]」など答へて、御輿、手輿(たごし)など持てかへる。これに奉りておはしますらむもめでたく、けぢかく<如何で>さる下衆などの候ふにかとおそろしく。

 遥かげに言ふ程もなく帰らせ給ふ。扇より始めて、青朽葉(あをくちば)どもの、いとをかしく見ゆるに、所衆(ところのしゆう)の、青色、白襲(しらがさね)をけしきばかり引きかけたるは、卯の花垣根(か<き>[さ]ね)近うおぼえて、郭公も陰に隠れぬべう覚ゆかし。昨日は車一つに数多乗りて、二藍の直衣、あるは狩衣など乱れ着て、簾取りおろし、物ぐるほしきまで見えし君達の、斎院の垣下(ゑんが)にとて、昼(ひ)の装束麗(うるは)しくて、今日は一<つ>[へ]づつ、長々(をさをさ)しく乗りたる後(しり)に、殿上童乗せたるもをかし。

 わたり果てぬる後には、などかさしも惑ふらむ。我も我もと、危く恐ろしきまで、先に立たむと急ぐを、「かうな急ぎそ、のどやかにやれ」と、扇をさし出でて制すれど、聞きも入れねば、わりなくて、少し広き所に、強ひてとどめさせて立てたるを、心もとなく憎しとぞ思ひたる。競(きほ)ひかくる車どもを見やりてあるこそをかしけれ。少しよろしき程にやり過して、道の山里め<き>、あはれなるに、卯つ木垣根といふ物の、いと荒々しう、驚かしげにさし出でたる枝どもなど多かるに、花はまだよくも開らけはてず、蕾たるがちに見ゆるを折らせて、車のこなたかなたなどに挿したるも、桂などの萎みたるが口惜しきに、をかしうおぼゆる。行く先を、近う行きもて行<け>ば、さしもあらざりつるこそをかしけれ。男の車の誰とも知らぬが、後(しり)に引き続きて来るも、ただなるよりはをかしと見ゆるに、引き別るる所にて、「峰にわかるる」と言ひたるもをかし。


204
 五月ばかり、山里にありく、いみじくをかし。沢水(さはみづ)も実(げ)に、ただいと青く見えわたるに、上はつれなくて、草生ひ茂りたるを、長々、縦様(ただざま=まつすぐに)に行<け>ば、、下(した)はえならざりける水の、深うはあらねど、人の歩むにつけて、迸(とばし)り上げたる、いとをかし。

 左右にある垣に、枝などに、かかりて、車の屋形に入るを、急ぎて捉へて折らむと思ふに、ふと外れて過ぎぬるも口惜し。蓬(よもぎ)の、車に押しひしがれたるが、輪の舞ひ立<ち>[り]たるに、近うかけたるも、香のかかへたるも、いとをかし。

205
 いみじう暑き頃、夕涼みなどいふ程、物の様など、物おぼめかしきに、男車の、前駆(さき)追ふは、言ふべき事にもあらず、ただの人も、後(しり)の簾(すだれ)上げて、二人も一人も乗りて、走らせて行くこそ、いと涼しげなれ。まして、琵琶弾き鳴らし、笛の音(ね)聞こゆるは、過ぎて往ぬるも口惜しく、さやうなるほどに、牛の鞦(しりがい)も、知らぬにやあらむ、香(か)の怪しう嗅ぎ知らぬ様なれど、をかしきこそ物ぐるほしけれ。いと暗う、闇なるに、さきにともしたる松の煙の香の、車にかかりたるも、いとをかし。

206
 五日の菖蒲(さ<う>[そ]ぶ)の、秋冬過ぐるまであるが、いみじう白み枯れて怪しきを、引き折りあげたるに、その折の香残りて、かかへたるも、いみじうをかし。

207
 よくたきしめたる薫物(たきもの)の、昨日、一昨日、今日などは、うち過ぎたるに、衣を引きかづきたる中に、煙(けぶり)の残りたるは、ただ今のよりもめでたし。

208
 月のいと明かき夜、川を渡れば、牛の歩むままに、水晶などの割れたるやうに、水の散りたるこそをかしけれ。

209
 大きにてよきもの 法師。菓子(くだもの)。家。餌袋(ゑぶくろ)。硯。墨。男(をのこ)の目。あまり細きは、女めきたり、また、鋺(かなまり)のやうならむは恐ろし。火桶(ひおけ)。酸漿(ほほづき)。山吹の花びら。馬も牛も、よきは大きにこそあンめれ。

210
 短くてありぬべきもの 頓(とみ)の物縫ふ糸。燈台(とうだい)。下衆(げす)女の髪(かみ)、うるはしくて、短くてありぬべし。人の女(むすめ)の声(こゑ)。

211
 人の家につきづきしきもの 廚(くりや)。侍の曹司(ざうし)。箒(ははき)のあたらしき。懸盤(かけばん)。童女。はした者。中の盤。衝立障子(ついたてさうじ)。三尺の几帳(きちやう)。装束よくしたる餌袋。からかさ。かきいた。棚厨子(たなづし)。円座(わらふだ)。肘(ひぢ)折りたる廊(らう)。地火炉(ぢくわ<ろ>[う])。絵かきたる火桶。

212
 物へ行く道に、清げなる男(をのこ)の、立て文の細やかなる持ちて、急ぎ行くこそ、いづちならむとおぼゆれ。

 また、清げなる童(わらは)などの、衵(あこめ)どもの、いと鮮やかにはあらず、萎えばみたる、屐子(けいし)のつややかなるが、革(かは)に土多く付いたるを履きて、白き紙に包みたる物、もしは箱の蓋に、草子どもなど入れて持て行くこそ、いみじう、呼び寄せて見まほしけれ。門近(かどぢか)なる所をわたるを呼び入るるに、愛敬なく、答(いら)へもせで行く者は、使ふらむ人こそ推しはからるれ。

213
 行幸はめでたきもの、上達部、君達の車などのなきぞ、少しさうざうしき。

214
 よろづの事よりも、わびしげなる車に雑色(ざふしき)わろくて物見る人、いともどかし。説経などはいとよし。罪うし<なふ>[の]方(かた)の事なれば。それだに猶あながちなる様にて見苦しかるべきを、まして祭などは、見でありぬべし。下簾(したすだれ)もなくて、白き単衣(ひとへ)うち上げなどしてあンめりかし。ただその日の料(れう)にとて、車<も>[を]下簾も仕立てて、いと口惜しうはあらじと出で立ちたるに、まさる車など見つけては、何しになど覚ゆるものを、まして如何(いか)ばかりなる心地にて、さて見るらむ。

 下(お)り上(のぼ)りありく君達の車の、押し分けて、近う立つ時などこそ、心ときめきはすれ。よき所に立てむと急がせば、疾く出でて待つほど、いと久しきに、居張り立ちあがりなど、暑く苦しく待ち困ずる程に、斎院の垣下(ゑんが)に参りたる殿上人、所衆(ところのしゆう)、弁、少納言など、七重八重引き続けて、院の方(かた)より走らせて来る<こ>[に]そ、「事なりにけり」と驚かれて嬉しけれ。

 殿上人の物言ひおこせ、所々の御前(ごぜん)どもに、水飯(すい<は>[くわ]ん)食はせて、桟敷のもとに、馬引き寄するに、覚えある人の子供などは、雑色などは降りて、馬の口などと<り>てをかし。さらぬ者の、見も入れられぬなどぞ、いとほしげなる。

 御輿(みこし)の渡らせ給へば、簾(すだれ)をある限り取りおろし、過ぎさせ給ひぬるに、まどひありくもをかし。その前に立てる車は、いみじう制するに、「などて立つまじきぞ」と、強(し)[の]ひて立つれば、いとわづらひて、消息(せうそこ)などするこそ、をかしけれ。所もなく立ち重なりたるに、昨日の所の御車、人給(ひとだまひ)引き続きて多く来るを、いづくに立たむと見る程に、御前どもただ降りに降りて、立てる車どもを、ただ退けに退けさせて、人給(ひとだまひ)続きて立てたるこそ、いとめでたけれ。追ひ退<け>[せ]られたるえせ車ども、牛かけて、所ある方(かた)へゆるがしもて行くなど、いとわびしきなり。きらきらしきなどは、えさしも押しひしがずかし。いと清げなれど、またひなび怪しく、下衆も絶えず呼び寄せ、ちご出だしすゑなどするもあるぞかし。

215
 細殿(ほそどの=女房の局)に便なき人なむ、暁(あかつき)に笠ささせて出でけるを言ひ出でたるを、よく聞けば、我が上なりけり。地下(ぢげ)言ひても、目やすく、人に許されぬばかりの人にもあらざンなるを、「怪しの事や」と思ふほどに、うへより御文もて来て、「返事只今」と仰せられたり。何事にかと思ひて見れば、大笠(おほかさ)の絵(かた)をかきて、人は見えず。手のかぎり笠をとらへさせて、下(しも)に

「三笠山やまの端明けし朝(あした)より」

と書かせ給へり。猶はかなき事にても、めでたくのみ覚えさせ給ふに、恥づかしく、心づきなき事は、いかでか御覧ぜられじと思ふに、さる虚言(そらごと)などの出でくるは苦しけれ<ど>[は]、をかしうて、こと紙に、雨をいみじう降らせて、下(しも)に、

「雨ならぬ名のふりにけるかな

さてや濡れ衣(ぎぬ)には侍らむ」と啓したれば、右近の内侍などに語らせ給ひて、笑はせ給ひけり。

216
 四条ノ宮におはしますころ、五日の菖蒲(さうぶ)の輿(こし)など持ちてまゐり、薬玉(くすだま)まゐらせなど、若き人々 御匣殿(みくしげどの)など薬玉して、姫宮、若宮につけさせ奉り、いとをかしき薬玉、ほかよりも参らせたるに、青ざし(=麦菓子)といふ物を、人の持て来たると、青き薄様(うすやう)を、艶(えん)なる硯の蓋(ふた)に敷きて、「これ籬(ませ)越しに候(さぶら)へば」とて、まゐらせたれば、

 みな人の花や蝶(てふ)やといそぐ日もわがこころをば君ぞ知りける

と、紙の端(はし)を破(や)りて書かせ給へるも、いとめでたし。

217
 十月(かんなづき)十余日(とをかあまり)の月いと明かきに、歩(ある)きて物見むとて、女房十五六人ばかり、みな濃き衣(きぬ)を上に、引きかへしつつありし中に、中納言の君(=女房)の、紅(くれなゐ)の張りたるを着て、頸(くび)より髪をかい越し給へりしかば、あたらしき卒塔婆(そとば)、よくも似たまひしかな。靫負佐(ゆげひのすけ)とぞ、若き人々にはつけたりし。後(しり)に立ちて笑ふも知らずかし。

218
 大蔵卿(おほくらきやう)ばかり耳とき人なし。まことに睫(まつげ)の落つるほども、聞きつべくぞありし。職(しき)の御曹司(みざうし)の西面(にしおもて)に<住みし>(=三巻本より)ころ、大殿(おほとの=道長)の四位少将(=成信)宿直(と<のゐ)に>(=三巻本より)て、物言ふに、うちある人、「この少将に、扇の絵のこと言へ」とささめけば、「今かの君(=大蔵卿)立ち給ひなむにを」と、密(みそか)に言ひ入るるを、その人だにえ聞きつけで、「なに、なに」と、耳をかたぶくるに、手を打ちて、「にくし。さのたまはば、今日は立たじ」とのたまふこそ、いかで聞き給ひつらむと、あさましかりしか。

219
 硯きたなげに塵(ちり)ばみ、墨の片つ方に、しどけなく磨り平(ひら)め、頭(かしら[ら])大きになりたる<筆に>(=前田本より)、笠さしなどしたるこそ、心もとなしと覚ゆれ。よろづの調度はさるものにて、女は、鏡、硯こそ、心のほど見ゆるなンめれ。置き口の挟目(はざめ)に、塵ゐなど、打ち捨てたるさま[に]、こよなしかし。

 男はまして文机(ふづくゑ)清げに押し拭(のご)ひて、重ねならずは、二つの懸子(かけご)の硯の、いとつきづきしう、蒔絵(まきゑ)のさまもわざとならねど、をかしうて、墨、筆のさまも、人の目とどむばかり仕立てたるこそをかしけれ。

 とあれどかかれど、同じ事とて、黒箱(くろばこ)の蓋も片方(かたし)落ちたる、硯わづかに墨のゐたる方ばかり黒うて、そのほかは瓦の目にしたがひて入りゐたる塵の、この世には払ひがたげなるに、水うち流して、青磁(あをじ)のかめの口落ちて、頸のかぎり、穴のほど見えて、人わろきなども、つれなく人の前にさし出づかし。

220
 人の硯を引き寄せて、手習ひをも文をも書くに、「その筆な使ひたまひそ」と言はれたらむこそ、いと侘びしかるべけれ。うち置かむも、人わろし、猶使ふもあやにくなり。さ覚ゆることも知りたれば、人のするも(=私の筆を使ふなと)言はで見るに、<ことに手>などよくもあらぬ人の、さすがに物書かまほしうするが、いとよく使ひかためたる(=私の)筆を、あやしのやうに、水がちにさし濡らして、強(こ)は物や遣戸(やりど)か何ぞ、細櫃(おそびつ)の蓋などに書き散らして、横ざまに投げ置きたれば、水に頭はさし入れて伏せるも、にくき事ぞかし。されど、さ言はむやは。人の前に居たるに、「あな暗(くら)。奥(あう)寄り給へ」と言ひたるこそ、また侘びしけれ。さし覗きたるを見つけては、驚き言はれたるも。思ふ人の事にはあらずかし。

221
 めづらしと言ふべき事にはあらねど、文こそ猶めでたき物には。遥かなる世界にある人の、いみじくおぼつかなく、いかならむと思ふに、文を見れば、ただ今さし向ひたるやうに覚ゆる、いみじき事なりかし。わが思ふ事を書きやりつれば、あしこまでも行きつかざるらめど、心ゆく心地こそすれ。文といふ事なからましかば、いかにいぶせく、暮<れ>[ち]ふたがる心地せまし。よろづの事思ひ思ひて、その人のもとへとて細々(こまごま)と書きて置きつれば、おぼつかなさをも慰む心地するに、まして返事見つれば、命を延ぶべかンめる、実(げ)にことわりにや。

222
 川は 飛鳥川、淵瀬(ふちせ)定めなく、はかなからむと、いとあはれなり。耳敏川(みみとがは)、また何事をさしもさかしがりけむと、をかし。音無河、思はずなるなど、をかしきなンめり。大井川。泉河。水無瀬川(みなせがは)。なのりそ川。名取川(なとりがは)も、いかなる名を取りたるにか聞かまほし。細谷川(ほそたにがは)。七瀬川。玉星川(たまほしがは)。天の川、このしもにもあンなり。「七夕(たなばた)つ女(め)に宿からむ」と、業平が詠みけむ、ましてをかし。

223
 むまやは 梨原(なしはら)。ひぐれの駅(むまや)。月の駅。野口の駅。
山の駅、あはれなる事を聞き置きたりしに、またあはれなる事のありしかば、なほ取りあつめてあはれなり。

224
 岡は 船岡(ふなをか)。靹岡(ともをか)は、笹の生(お)ひたるがをかしき事なり。かたらひの岡。人見の岡。

225
 社は 布留(ふる)の社(やしろ)。龍田の社。花ふちの社。みくりの社。杉の御社、しるしあらむとをかし。ことの<まゝ>[よし]の明神、いとたのもし。「<さ>[と]のみ聞きけむ」とも言はれ給へと思ふぞ、いとをかしき。

 蟻通(ありとほし)の明神、「やませ給へ」とて、歌よみて奉りたりけむに、やめ給ひけむ、いとをかし。この蟻通と名づけたる心は、まことにやあらむ、「昔、おはしましける御門(みかど)の、ただ若き人をのみおぼしめして、四十になりぬるをば、失なはせ給ひければ、人の国の遠きに行(い)き隠れなどして、更に都のうちにさる者なかりけるに、中将なりける人の、いみじき時の人にて、心なども賢こかりけるが、七十近き親二人を持ちたりけるが、『四十をだに制あるに、ましていと恐ろし』とおぢ騒ぐを、いみじう孝(けう)ある人にて、遠き所には更に住ませじ。一日に一度見ではえあるまじとて、密(みそか)に夜々土(つち)を掘りて、屋を造りて、それに籠めすゑて、行きつつ見る。おほやけにも、人にも、うせ隠れたるよしを知らせて。などてか。家に入り居たらむ人をば知らで(=知らない顔して)もおはせ<か>(=三)し。うたてありける世にこそ。親は上達部などにやありけむ、中将など子にて持たりけむは。いと心賢こく、よろづの事知りたりければ、この中将若けれど、才(ざえ)あり、いたり賢こくて、時の人におぼすなりけり。

 唐土(もろこし)の御門、この国の御門をいかで謀りて、この国打ち取らむとて、常にこころみ、抗(あらが)ひをして送り給ひけるに、つやつやとまろに美しく削りたる木の二尺ばかりあるが、『これが本末(もとすゑ)いづ方<ぞ』と>[とそ]問ひ奉りたるに、すべて知るべきやうなければ、御門思しめし煩ひたるに、いとほしくて、親のもとに行きて、『かうかうの事なむある』と言へば、『只早(はや)からむ川に、立ちながら投げ入れて見むに、返へりて流れむ方を、末としるしてつかはせ』<と>[て]教ふ。参りて、我が知り顔にして、『こころみ侍らむ』とて、人々具して投げ入れたるに、先にして行くに、しるしをつけて遣はしたれば、まことにさなりけり。

 五尺ばかりなる蛇(くちなは)の、ただ同じやうなるを、『いづれか、男、女』とて奉りたり。また、さらにえ知らず。例の中将行きて問へば、『二つ並べて、尾の方に細き杖(すばえ=木の枝)をさし寄せむに、尾働(はたら)かさむを、女(め)と知れ』と言ひければ、やがてそれは、内裏(だいり)の内にてさ為(し)ければ、まことに一つは動かず、一つは動かしけるに、また、しるしつけて遣はしてけり。

 ほど久しうて、七曲(ななわた)にたたなはりたる<玉の>、中は通りて、左右(ひだりみぎ)に口開きたるが、<小>[さい]さきを奉りて、『これに綱通して給はらむ。この国に皆し侍る事なり」とて、奉りたるに、いみじからむ物の上手不用ならむ。そこらの上達部より始めて、ありとある人<『知らず』と>言ふに、また行きて、中将『かくなむ』と言へば、『大<き>なる蟻を二つ捕へて、腰に細き糸をつけむ。また、それが今少し太きをつけて、あなたの口に蜜(みつ)を塗りてみよ」と言ひければ、さ申して、蟻を入れたりけるに、蜜の香(か)を嗅ぎて、まことにいと疾う、穴のあなたの口に出でにけり。さて、その糸の貫ぬかれ[ける後に]たるを遣はしたりける後になむ、「日本は賢こかりけり」とて、後々さる事もせざりける。

 この中将をいみじき人におぼしめして、『何事をして、いかなる位(くらゐ)をか給はるべき』と仰せられければ、『更に官・位も給はらじ。ただ老いたる父母(ちちはは)のかく失せて侍るを尋ねて、都に住まする事を許させ給へ』と申しければ、『いみじうやすき事』とて、許されにければ、よろづの親生きて、喜ぶ事いみじかりけり。中将は、大臣になさせ給ひてなむありける。

 さて、その人の神になりたるにやあらむ、この明神のもとに詣でたりける人に、夜(よ<る>[り])現れてのたまひける、

  七曲(ななわた)にわがれる玉の緒を抜きてありとほしとも知らずやあるらむ

とのたまける」と、人の語りし。

226
 降るものは 雪。憎けれど霙(みぞれ)の降るに、霰(あられ)、雪の真白(ましろ)にて混じりたるをかし。

 檜皮葺(ひはだぶき)、いとめでたし。少し消え方(がた)になる程。

 多くは降らぬが、瓦の目ごとに入りて、黒うまろに見えたる、いとをかし。

 時雨(しぐれ)、霰は板屋。霜も板屋。

227
 日は 入り果てぬる山際に、光の猶とまり<て>、赤う見ゆるに、うす黄ばみたる雲のたなびきたる、いとあはれなり。

228
 月は 有明。東の山の端に、細うて出づるほどあはれなり。

229
 星は 昂星(すばる)。彦星(ひこぼし)。明星(みやうじやう)。夕づつ。よばひ星、尾(を)だになからましかば、<まして>。

230
 雲は 白き。紫。黒き雲あはれなり。風吹くをりのあま雲。

231
 さわがしきもの 走り火。板屋の上にてたつる烏(からす)、<斎(とき)>[時]の生飯(さば)く<ふ>[火]。十八日に清水に籠り合ひたる。暗うなりて、まだ火点(とも)さぬ程に、外々(ほかほか)より人の来集りたる。まして遠き所、人の国より、家の主(し<ゆ>う)<の>上(のぼ)りたる、いと騒がし。近き程に火出で来ぬと言ふ。されど燃え付かざりける。物見果てて、車の帰り騒ぐほど。

232
 ないがしろなるもの 女官ども<の>髪上げたるさま。唐絵(か<ら>[う]ゑ)の革(かは)の帯のうら。聖(ひじり)のふるまひ。

233
 ことばなめげなるもの 宮のめの祭文(さいもん)読む人。舟漕(こ)ぐ者ども。雷鳴(かんなり)の陣(ぢん)の舎人(とねり)。

234
 さかしきもの 今やうの三歳児(みとせ<ご>[に])。児(ちご)の祈(いり)り<し>、腹(はら)などとる女ども。物の具(ぐ)こひ出でて、祈りの物ども作るに、紙あまた押し重(かさ)ねて、いと鈍(にぶ)き刀(かたな)して切るさま、一重(ひとへ)<だ>に断(た)つべくも見えぬに、さる物の具と成りにければ、おのが口をさへ引きゆがめて押し切り、目おほか<る>[り]物どもして、かけ竹うち切りなど、うらに神々(かうがう)しうしたてて、うちふるひのる事ども、いとさかし。かつは「何の宮の、その殿の若君の、いみじうおはせしを、かいのごひたるやうに、やめ奉りたりしかば、禄(ろく)多く給はりし事、その人々召したりけれど、しるしもなかりければ、今に女をなむ召す。御徳(とく)を見ること」など語るもをかし。

 下衆(げす)の家の女あるじ。痴(し)れたるものぞ。それ、をかし。

 まことに賢(さか)しき人を<ゝ>[か]し<へ>などすべし。

235
 上達部は、春宮大夫(とうぐうのだいぶ)。左右大将(さうのだいしやう)。権大納言(ごんだいなごん)。宰相中将(さいしやうのちゆうじやう)。三位(さんみの)中将。春宮権大夫(とうぐうのごんのだいぶ)。侍従宰相(じじゆうのさいしやう)。

236
 君達は、頭弁(とうのべん)。頭(とうの)中将。権(ごんの)中将。四位(しゐの)少将。蔵人弁(くらうどのべん)。蔵人少納言。春宮亮(とうぐうのすけ)。蔵人兵衛佐(くらうどのひやうゑのすけ)。

237
 法師は、律師(りつし)。内供(ないぐ)。

238
 女は、内侍(ないし)のすけ。内侍。

239
 宮仕へ所は、内(うち)。后宮(きさいのみや)。その御腹の姫君。一品(いつぽん)の宮。斎院(さいゐん)は罪深けれど、をかし。ましてこの頃はめでたし。春宮の御母女御。

240
 にくきもの 乳母(めのと)の男こそあれ。女はされども、近く寄らねばよし。男子(をのこご)をば、ただわが物にして、立ち添ひ領(りやう)じて後ろ見、いささかもこの御事に違(たが)ふ者をば讒(ざん)し、人を人とも思ひた<ら>[え]ず。怪(あや)しけれど、これがとがを心に任せて言ふ人もなければ、所得(ところえ)、いみじき面持ちして、事を行なひなどするによ。

241
 一条院をば、今内裏(いまだいり)とぞいふ。おはします殿は清涼殿にて、その北なる殿には、東(ひんがし)は渡殿にて渡らせ給ふ道にて、御前は壷なれば、前栽など植ゑ、籬(ませ=垣)結(ゆ)ひて、いとをかし。

 二月十余日の、日のうらうらと長閑(のどか)にてわたるに、その渡殿の西の廂にて、御笛吹かせ給ふ。高遠(たかとほ)の、大弐(だいに)にて物し給ふを、[事]琴、笛二つして高砂を折り返し吹かせ給へるは、猶いみじうめでたしと言ふも、世の常なり。御笛の師にて、その事どもなど申し給ふ、いとめでたし。御簾のもとに集り出でて見奉るをりなどは、わが身に「芹(せり)摘みし」など覚ゆる事こそなけれ。

 すけただは木工(もく)の允(ぞう)にて、蔵人には成りたる。いみじう荒々しう、うたてあれば、殿上人、女房は「あらわに」とぞつけたるを、<歌>[かた]につくりて、「さ<う>[を]なしのぬし、尾張人(をは<りう>[わこ]ど)の[ゝ]<種(たね)>[尋ね]にぞありける」とうたふをば、尾張の兼時が女の腹な<り>[ら]けり。これが御笛に吹かせ給ふを、添ひ候ひて、「なほ高う吹かせおはしませ。<え>[は]聞きさぶらはじ」と申せば、「いかでか、さりとも聞き知りなむ」とて密(みそか)にのみ吹かせ給ふを、あなたより渡らせおはしまして、「この者なかりけり。只今こそ吹かめ」と仰せられて、吹かせたまふ、いみじうをかし。

242
 身をかへたらむ人はかくやあらむと見ゆるものは、ただの女房にて候(さぶら)ふ人の、御乳母(めのと)になりたる。唐衣(からぎぬ)も着(き)ず、裳(も)をだに、よう言はば、着ぬさまにて、御前に添ひ臥して、御帳(みちやう)のうちを居所(ゐどころ)にして、女房どもを呼び使ひ、局(つぼね)に物言ひやり、文取りつがせなどして、あるさまよ。言ひ尽すべ<く>[て]だにあらず。

 雑色(ざふしき)の蔵人に成りたる。去年(こぞ)霜月の臨時(りんじ)の祭に、御琴(こと)持たりし人とも見えず、君達に連れ立ちてありくは、いづくなりし人ぞとこそおぼゆれ。外(ほか)よりなりたるなどは、同じ事なれ[い]ど、さしもおぼえず。

243
 雪高う降りて、今も猶降るに、五位も四位も、色うるはしう若やかなるが、うへの衣の色はいと清らにて、革(か<は>[め])の帯のつきたるを、宿直(とのゐ)姿にて、引きはこえて、紫の<指貫>も雪に映えて、濃さ勝りたるを着て、衵(あこめ)の紅(くれなゐ)ならずは、おどろおどろしき山吹を出だして、傘(からかさ)をさしたるに、風のいたく吹きて、横ざまに雪を吹きかくれば、少し傾ぶきて歩み来る深沓(ふかくつ)、半靴(はうくわ)などの際(きは)まで、雪のいと白くかかりたるこそをかしけれ。

244
 細殿(ほそどの)の遣戸(やりど)を押し開けたれば、御湯殿(ゆどの)の馬道(めだう)よりおりてくる殿上人の、萎えたる直衣(なほし)、指貫を、いたくほころびたれば、押し入れなどし、北の陣の方ざまに歩み行くに、開(あ)きたる遣戸も過ぎねば、纓(えい)を引き越して、顔に塞(ふた)ぎて過ぎぬるもをかし。

245
 ただ過ぎに過ぐるもの 帆をあげたる船。人の齢(よはひ)。春、夏、秋、冬。

246
 ことに人に知られぬもの 人の女親(めおや)の老いたる。凶会日(くゑにち)。

247
 五六月の夕方、青き草をほうに麗(うるは)しく切りて、赤衣(あかぎぬ)着たるをのこの、小さき笠を着て、左右にいと多く持ちて行くこそ、すずろにをかしけれ。

248
 賀茂へ詣づる道に、女どもの、新しき折敷(をしき)のやうなる物を笠にきて、いと多く立てり<て>、歌をうたひ、起き伏すやうに見えて、ただ何(<な>[た]に)すともなく、後ろざまに行くは、いかなるにかあらむ、をかしと見る程に、郭公(ほととぎす)をいとなめく歌ふ声ぞ心憂き。「郭公よ。おれよ、かやつよ。おれ鳴きてぞ、われは田に立つ」と歌ふに、聞きも果てず。いかなりし人か、「いたく鳴きてぞ」と言ひけむ。仲忠(なかた<だ>)が童生(わらはお)ひ、言<ひ>[かで]落とす人と「鶯には郭公は劣れる」と言ふ人こそ、いとつらう憎くけれ。鶯は夜鳴かぬ、いとわろし。すべて夜鳴くものはめでたし。

 児(ち<ご>)どもぞはめでたからぬ。

249
 八月つごもりに、太秦(うづまさ)に詣づとて。穂(ほ)に出でたる田に、人いと多くてさわぐ。稲刈るなりけり。「早苗(さなへ)取りし、いつの間に」とは、まことげにさいつごろ、賀茂に詣づとて見しが、あはれにもなりにけるかな。これは女もまじらず、男の片手に、いと赤き稲の、本(もと)は青きを刈り持ちて、刀か何にかあらむ、本を切るさまのやすげにめでたき事に、いとせまほしく見ゆるや。いかでさすらむ、穂を上にて、並み居(を)る、いとをかしう見ゆ。庵(いほ)のさまことなり。

250
 いみじくきたなきもの 蚰蝓(なめくぢ)。えせ板敷(いたじき)の箒(ははき)。殿上の合子(がふし=食器)。

251
 せめて恐ろしきもの 夜鳴る神。近隣(ちかとなり)に盗人(ぬすびと)の入りたる。わが住む所に入りたるは、ただ物もおぼえねば、何とも知らず。

252
 たのもしきもの 心地(ここち)あしき頃、僧あまたして修法(ずほふ)したる。思ふ人の心地あしき頃、まことにたのもしき人の、言ひ慰(なぐ)さめ、頼めたる。もの恐ろしき折(をり)の、親どもの傍(かたは)ら。

253
 <い>[み]みじうしたてて婿(むこ)取りたるに、いと程なく住まぬ婿の、さるべき所などにて舅(しうと)に会ひたる、いとほしとや思ふらむ。

 ある人の、いみじう時に合ひたる人の婿になりて、一月(つき)ばかりもはかばかしうも来(こ)で止(や)みにしかば、すべていみじう言ひ騒わぎ、乳母(めのと)などやうの者は、まがまがしき事ども言ふもあるに、そのかへる年の正月に蔵人になりぬ。「『あさましうかかる中(なか)らひに、いかで』とこそ、人は思ひゐたンめれ」など言ひ扱かふは聞くらむかし。

 <六>[二]月(みなづき)に、人の八講し給ひし所に、人々集りて聞きしに、この蔵人になれる婿の、綾(<れ>[ろ]う)のうへの袴、蘇芳襲(すはふがさね)、黒半臂(くろは<ん>ぴ)など、いみじう鮮やかにて、忘れにし人の車の鴟(とみ)の尾(を)を、引き掛けつばかりにて居(ゐ)たりしを、「いかに見るらむ」と、車の人を知りたる限りはいとほしがるを、他人(ことびと)どもも、「つれなく居たりしものかな」と、後にも言ひき。

 なほ男は物のいとほしさ、人の思はむ所は知らぬなンめり。人のむすめは言ふべきにもあらず、宮仕へをすとも、年若う世ノ中い<た>[と]うくつろぎなれざらむは、なほただ。

254
 うれしきもの まだ見ぬ物語の多かる。また一つを見て、いみじうゆかしう覚ゆる物語の、二つ見付けたる。心劣りするやうにもありかし。

 人の破(や)り捨てたる文を見るに、同じ続きあまた見つけたる。

 いかならむと、夢を見て、恐ろしと胸つぶるるに、事にもあらず合はせなどしたる、いとうれし。

 よき人の御前に人々あまた候ふ折に、昔ありける事にもあれ、今聞しめし、世に言ひける事にもあれ、語らせ給ふを、われに御覧じ合はせて(=私と目を合はせて)、のたまはせ、言ひ聞かせ給へる、いとうれし。

 遠き所は更なり、同じ都の内ながら、身にやんごとなく思ふ人の悩む聞きて、いかにいかにと覚束(おぼつか)なく嘆くに、おこたりたる消息(せうそこ)得たるもうれし。

 思ふ人の、人にも褒められ、やんごとなき人などの、口惜しからぬものに思(おぼ)しのたまふ。

 物のをり、もしは、人と言ひ交はしたる歌の、聞こえてほめられ、打聞(うちぎき)などに褒めらるる、自(みづか)らの上にはまだ知らぬ事なれど、なほ思ひやらるるによ。

 いたう打ち解けたらぬ人の言ひたる古き事の、知らぬを、聞き出でたるもうれし。後に、物の中などに見つけたるはをかしう、「ただかうこそありけれ」と、かの言ひたりし人ぞをかしき。

 陸奥紙(みちのくにがみ)、白き色紙(しきし)、ただのも、白う清きは得たるもうれし。

 恥づかしき人の、歌の本末(もとすゑ)問ひたるに、ふと覚えたる、我ながらうれし。常には覚ゆる事も、また人の問ふには、清く忘れてやみぬる折ぞ多かる。

 頓(とみ)に物求むるに、言ひ出でたる。只今見るべき文などを求め失ひて、よろづ物を返すがへす見たるに、捜し出でたる、いとうれし。

 物合はせ、何くれの挑(いど)む事、勝ちなる、いかでか嬉しからざらむ。また、いみじう我はと思ひて、知り顔なる人、はかり得たる。女などよりも、男はまさりてうれし。これが答(たふ=仕返し)は必ずせむずらむと、常に心づかひせらるるもをかしきに、いとつれなく、何とも思ひたらぬさまにて、たゆめ過すもをかし。

 にくき者のあらき目見るも、罪は得(う)らむと思ひながらうれし。

 指櫛(さしぐし)結ばせてをかしげなるも、又うれし。「また」おほかる物を。

 日ごろ月ごろなやみたるがおこたりたるも、いとうれし。思ふ人は、我身よりも勝りてうれし。

 御前<に>人々所もなく居たるに、今のぼりたれば、少し遠き柱(はしら)もとなどに居たるを御覧じつけて、「こち<来(こ)>[/\])」と仰せられたるは、道あけて近く召し入れたるこそ嬉しけれ。

255
 御前に人々あまた、物仰せらるる序(ついで)などにも、「世の中の腹だたしう、むつかしう、片時あるべき心地もせで、いづちもいづちも行き失せなばやと思ふに、ただの紙のいと白う清らなる、よき筆、白き色紙、陸奥紙(みちのくにがみ)など得つれば、かくても暫時(しばし)ありぬべかりけりとなむ覚え侍る。また、高麗縁(かうらいばし)の畳の筵(むしろ)、青うこまかに、縁(へり)の紋あ<ざ>やかに、黒う白う見えたる、引き広げて見れば、何か、猶さ<ら>[し]に、この世はえ思ひ放つまじと、命さへ惜しくなむなる」と申せば、「いみじくはかなき事にも慰むなるかな。姥捨山(おばすてやま)の月は、いかなる人の見るにか」と笑はせ給ふ。候ふ人も、「いみじくやすき息災の祈りかな」と言ふ。

 さて後(のち)に程経て、すずろなる事を思ひもし、にくみて、里(さ<と>[か])にある頃、めでたき紙を二十包みに包みて給はせたり。仰せ事には、「疾く参れ」などのたまはせて、「これは聞しめし置きたる事ありしかばなむ。わろかンめれば、寿命経(ずみやうきやう)もえ書くまじげにこそ」と仰せられたる、いとをかし。無下(むげ)に思ひ忘れたりつることを、思(おぼ)しおかせ給へりけるは、猶ただ人にてだにをかし。ましておろかなら<む>[ぬ]事にぞあらぬや。心も乱れて、啓すべき方もなければ、ただ、

 「かけまくもかしこき神のしるしには鶴のよはひになりぬべきかな

あまりにやと啓せさせ給へ」とて、まゐらせつ。台盤所の雑仕(ざうし)を御使に来たる。青き単衣などぞ取らせて。

 まことに、この紙を草子に作りてもてさわぐに、むつかしき事も紛(まぎ)るる心地して、をかしう心のうちもおぼゆ。

 二日ばかりありて、赤衣着たる男の、畳を持て来て、「これ」と言ふ。「あれは誰ぞ、顕(あらは)なり」など、物はしたなう言へば、さし置きて往ぬ。「いづこよりぞ」と問へば、「まかりにけり」、取り入れたれば、殊更に御座(ござ)といふ畳のさまにて、高麗など清らなり。心の中(うち)には、さにやあらむと思へば、猶おぼつかなきに、人ども出して求めさすれば、失せにけり。怪しがり笑へど、使(つかひ)のなければ、言ふかひなし。所違(ところたが)へなどならば、おのづからもまた言ひに来なむ。宮の辺に案内(あない)しに参らせまほしけれど、なほ誰(たれ)すずろにさるわざはせむ。仰せ事なンめりと、いみじうをかし。

 二日ばかり音もせねば、疑ひもなくて、左京の君の許に、「かかる事なむある。さる事や気色見給ひし。忍びて有様のたまひて、<さる>事見えずば、かく申したりとも、な散らし給ひそ」と言ひ遣りたるに、「いみじう隠させ給ひし事なり。ゆめゆめまろが聞こえたると、な後にも」とあれば、さればよと、思ひしもしるく、をかしくて、文書きて、また密(みそかに)に御前<の>高欄(かうらん)に置かせしものは、惑ひしほどに、やがてかき落として、御階(みはし)のもとに落ちにけり。


256
 関白殿、二月十日のほどに、法興院(ほこゐん)の尺泉寺(さくせんじ)といふ御堂にて、一切経供養<せ>させ給ふに、女院、宮の御前もおはしますべければ、二月朔日(ついたち)のほどに、二条の宮へ入らせ給ふ。夜更けて、ねぶたくなりにしかば、何事も見入れず、翌朝(つとめて)、日のうららかにさし出でたる程に起きたれば、いと白うあたらしうをかしげに造りたるに、御簾より始めて、昨日(きのふ)かけたるなンめり。御しつらひ、獅子、狛犬など、いつのほどにか入り居けむとぞをかしき。桜の一丈(ぢやう)ばかりにて、いみじう咲きたるやうにて、ただいま御階(みはし)のもとにあれば、「いと疾(と)う咲きたるかな、<梅>[桜]こそ只今盛りなンめれ」と見ゆるは、作りたるなンめり。すべて、花の匂ひなど、咲きたるに劣らず、いかにうるさかりけむ。雨降らば、萎(しぼ)みなむかしと見るぞ口惜しき。小家(こいへ)などいふ物の多かりける所を、今造<ら>せ給へれば、木立などの見所あるを、いまだなし。ただ屋ざま、近くをかしげなり。

 殿渡らせ給へり。青鈍(あをにび)の固紋の御指貫、桜の直衣に、紅の御衣(おんぞ)三つばかり、ただ御直衣にかさねてぞ奉りたる。御前より初めて、紅<梅>の濃き薄き織物、固紋、立紋(りうもん)など、そのをりはこの八丈といふたけたかはことになかりき、ある限り着たれば、ただ光り満ちて、唐衣は萌黄、柳、紅<梅>などもあり。

 御前に居させ給ひて、物など聞こえさせ給ふ。御答(いら)へのあらまほしさを、里なる人々に僅(はつ)かにのぞかせばやと見奉る。女房どもを御覧じ渡して、「宮に何事を思(おぼ)しめすらむ。ここらめでたき人々を並(な)めすゑて御覧ずるこそ、いと羨(うらや)ましけれ。一人わろき人なしや。これ家々の女(むすめ)ぞかし。あはれなり。よく顧(かへり)みてこそ、候らはせ給はめ。さても、この宮の御心をば、いかに知り奉りて、集まり参り給へるぞ。いかにいやしく物惜しみせさせ給ふ宮とて、われは生(む)まれさせ給ひしより、いみじう仕(つかうまつ)れど、まだおろしの御衣一つ給(た)ばぬぞ。何(な<に>[し])か後言(しりうごと)には聞こえむ」などのたまふがをかしきに、皆人々笑ひぬ。「まことに、[め]痴(をこ)なりとて、かく笑ひいますかり。ふりはづかし」などのたまはする程に、内より御使にて式部丞(しきぶのぞう)某(なにがし)まゐれり。御文は大納言殿取り給ひて、殿に奉らせ給へば、引き解きて、「いとゆかしき御文かな。ゆるされはべらば、あけて見侍らむ」とのたまはすれば、怪(あや)しとおぼいたンめり。「辱(かたじけな)くもあり」とて、奉らせ給へば、取らせ給ひても、拡げさせ給ふやうにもあらず、もてなさせ給ふ御用意などぞありがたき。隅の間より女房褥(しとね)さし出でて、三四人御几帳のもとに居たり。「あなたにまかりて、禄の事ものし侍らむ」とて、立たせ給ひぬる後に、御文御覧ず。御返しは紅<梅>の紙に書かせ給ふが、<御>衣の同じ色に匂ひかよひたる、なほ斯(か)うしも推し量り参らする人はなくやあらむとぞ口惜しき。「今日は殊更に」とて、殿の御方より、禄は出ださせ給ふ。女の装束に紅梅の細長(ほそなが)添へたり。肴(さかな)などあれば、酔(ゑ)はさまほしけれど、「今日はいみじき事の行事に、あが君、許させ給へ」と、大納言殿にも申して立ちぬ。

 君達などいみじう化粧(けさう)じたて、紅梅の御衣ども劣らじと着給へるに、三の御前は、御匣(みくしげ)殿、中姫(な<か>[り]ひめ)君よりも大きに肥え給ひて、う<へ>[つ]など聞こえむにぞよかンめる。

 うへも渡らせ給へり。御几帳引き寄せて、新しく参りたる人々には見え給はねば、いぶせき心地す。さし集(つど)ひ<て>(=前)は、かの日の装束(さうぞく)、扇などの事を言ひ合はするもあり。また、挑(いど)み交はして、「まろは何か。ただあらむに任せてを」など言ひて、「例の、君」など憎まる。夜さりまか<づ>[へ]る人も多かり。かかる事にまか<づ>[へ]れば、え止(とど)めさせ給はず。

 うへ日々(ひび)に渡り、夜もおはし、君達などおはすれば、御前人少なく候はねば、いとよし。内(うち)の御使(つかひ)、日々に参る。御前の桜、色はまさらで、日などにあたりて、萎(しぼ)み、悪(わろ)うなるに、侘しきに、雨の夜降りたる[に]翌朝(つとめて)、いみじうむとくなり。いと疾く起きて、「泣きて別れむ顔に、心劣りこそすれ」と言ふを聞かせ給ひてけり。「雨の降るけはひしつかし。いかならむ」とて、驚ろかせ給ふに、殿の御方より侍(さぶらひ)の者ども、下衆など来て、あまた花のもとに、ただ寄りに寄りて、引き倒し取りて、「『密(みそか)に行きて、まだ暗からむに取れ』とこそ仰せられつれ。明け過ぎにけり。不便(ふびん)なるわざかな。疾くとく」と倒し取るに、いとをかしくて、「『言はば言はむ』と、兼澄が事を思ひたるにや」とも、よき人ならば言はまほしけれど、「かの花盗<む>人は誰(たれ)ぞ。あしかンめり。くてんしらざりけるよ」と言へば、笑ひて、いとど逃げて、引きもていぬ。なほ殿の御心はをかしうおはすかし。茎どもに(=花が)濡れまろがれつきて、いかに見るかひなからましと見て、入りぬ。

 掃殿司(かもんづかさ)まゐりて、御格子まゐり、主殿寮(とのもり)の女官御清めまゐり果てて、起きさせ給へるに、花のなければ、「あなあさまし。かの花はいづち往(い)にける」と仰せらる。「暁、『盗む人あり』と言ふなりつるは、なほ枝などを少し折るにやとこそ聞きつれ。誰(た)がしつるぞ。見つや」と仰せらる。「さも侍らず。いまだ暗くて、よくも見侍らざりつるを、白みたる物の侍れば、花折るにやなど、うしろめたさに申し侍りつる」と申す。「さりとも、かくはいかでか取らむ。殿の隠させ給へるなンめり」とて笑はせ給へば、「いでよも侍らじ。春風のして侍るならむ」と啓するを、「かく言はむとて、隠すなりけり。盗みにはあらで、ふりにこそふるなりつれ」と仰せらるるも、珍しき事ならねど、いみじうぞめでたき。

 殿おはしませば、寝くたれの朝顔も、時ならずや御覧ぜむと引き入らる。おはしますままに、「かの花は失せにけるは、いかにかくは盗ませしぞ。いぎたなかりける女房たちかな。知らざりけるよ」と驚ろかせ給へば、「されど、我よりさきにとこそ思ひ<て>侍るめりつれ」と言ふを、いと疾く聞きつけさせ給ひて、「さ思ひつる事ぞ。世に他人(ことびと)、まづ出でて見付けじ、宰相とそことの程なむと推し量りつ」とて、いみじう笑はせ給ふ。「さりげなる物を、少納言は春風に<負(おほ)>[仰]せける」と、宮の御前にうち笑はせ給へる、めでたし。「かごとをおほせ侍るなンなり。今は山田も作らむ」とうち誦(ず)んぜさせ給へるも、いとなまめきをかし。「さてもねたく見つけられにけるかな。さばかり誡(いまし)めつるものを。人の所に、かかる痴れ者のあるこそ」とのたまはす。「春風は、空に、いとをかしう言ふかな」など、誦んぜさせ給ふ。「ただ言(ごと)には、うるさく思ひよりて侍りつかし。今朝(けさ)のさまいかに侍らまし」とて笑はせ給ふを、小若君、「されどそれは、いと疾く見て、『雨に濡れたりなど、面(おもて)伏せなり』と言ひ侍りつ」と申し給へば、いみじうねたがらせ給ふもをかし。

 さて八<日>[月]九日の程にまかづるを、「今少し近うなして」など仰せらるれど、出でぬ。いみじう常よりも照りたる昼つかた、「花の心(こ<ゝ>ろ)開(ひ<ら>)けたりや。いかが言ふ」とのたまはせたれば、「秋かうまだしく侍れど、夜にこ<ゝ>のたびなむのぼる心地して侍る」など聞こえさせたり。

 外(と)出でさせ(=二条の宮へ)給ひし夜(<よ>[に])、車の次第もなく、「まづ、まづ」と乗り騒ぐが憎ければ、さるべき人三人と、「猶この車に乗りざまのいとさわがしく、祭のかへさなどのやうに、倒れぬべく惑ふ、いと見苦し。たださは[か]れ、乗るべき車なくてえ参らずは、おのづから聞しめしつけて、給はせてむ」など笑ひ合はせて立てる前より、押し凝(こ)[も]りて、惑ひ乗り果てて、出でて、「かうか」と言ふに、「まだここに」と答(いら)ふれば、宮司(みやづかさ)寄り来て、「誰々かおはする」と問ひ聞きて、「いと怪しかりける事かな。今は皆乗りたまひぬらむとこそ思ひつれば、などてかくは遅れさせ給へる。今は得選(とくせん)を乗せむとしつるに、めづらかなりや」など、驚きて寄せさすれば、「さはまづその御志(こころ<ざ>[に]し)ありつらむ人を乗せ給ひて、次にも」と言ふ声聞き付けて、「けしからず腹ぎたなくおはしけり」など言へば、乗りぬ。その次には、真(まこと)に御厨子(みづし)が車にあれば、火もいと暗きを、笑ひて、二条の宮に参りつきたり。

 御輿(みこし)は疾く入らせ給ひて、皆しつらひ<ゐ>させ給ひけり。「ここにまづ」と仰せられければ、左(さ[い])京の小弐・右近などいふ若き人々、参る人ごとに見れど、なかりけり。降るるに従ひて、四人づつ参りて、御前に候ふに、「あやしきは、いかなるぞ」と仰せられけるも知らず、ある限り降り果ててぞ、辛うじて見付けられて、「かばかり仰せらるるには、などかく遅く」とて、率(ひき)ゐて参るに、見れば、いつの間(ま)に、かうは年頃の住まひのやうに、おはしましつきたるに<か>[も]とをかし。

 「いかなれば、かう何かと尋ぬるまでは見えざりつるぞ」と仰せらるるに、ともかくも申さねば、諸共に乗りたる人、「いとわりなし。最果(さいは)ての車に侍らむ人は、いかでか疾くは参り侍らむ。これもほとほとえ乗るまじく侍りつるを、御厨子(みづし)がいとほしがりて、ゆづり侍りつるなり。暗う侍りつる事<こ>そ侘びしう侍りつれ」と、笑ふ笑ふ啓するに、「行事する者のいとあやしきなり。またなどかは。心知らざらむ者こそつつまめ、右衛門などは言へかし」など仰せらる。「されど、いかでか走(<は>し)り先立ち侍らむ」など言ふも、かたへの人、憎しと聞くらむと聞こゆ。「さまあしうて、かく乗りたらむも賢(かし)こかるべき事かは。定めたらむ様の、やんごとなからむこそよからめ」と物しげに思し召したり。「降り侍るほどの待ち遠に、苦しきによりてにや」とぞ申しなす。

 御経の事に、明日(あす)渡らせおはしまさむとて、今宵参り、南の院の北面(おもて)にさしのぞきたれば、高坏(たかつき)どもに火ともして、二人三人四人と、さるべきどち隔(へだ)<つ>[て]るもあり。几帳中に隔てたるもあり。また、さらでも集まり居て、衣(きぬ)閉ぢ重ね、裳の腰さし、化粧(けさう)ずるさまは、更に言はず、髪などいふ物は、明日より後はありがたげにぞ見ゆる。「寅の時になむ渡らせ給ふべかンなる。などか今まで参り給はざりつる。扇持たせて尋ね聞こゆる人ありつ」など告ぐ。

 さて、実(まこと)に寅の時かと、装束き立ててあるに、明け過ぎ、日もさし出でぬ。「西の対の唐廂(からびさし)<に>なむ、さし寄せて乗るべき」とて、ある限り渡殿(わたどの)行く程に、まだうひうひしき程なる今参(いままゐり)どもは、いと慎(つつ)ましげなるに、西の対に殿住ませ給へば、宮にもそこにおはしまして、まづ女房、車に乗せさせ給ふを御覧ずとて、御簾の内に、宮、淑景舎(しげいしや)、三、四の君、殿のうへ、その御弟三所(みところ)、立ち並(な)みておはします。

 車の左右に大納言、三位中将二所して、簾うち上げ、下簾引き上げて乗せ給ふ。皆うち群れてだにあらば、隠れ所やあらむ、四人づつ書き立てに従ひて、「それ、それ」と呼び立てて乗せ奉り、歩み行く心地、いみじう実(まこと)にあさましう、顕証(けそう)なりとも世の常なり。御簾のうちに、そこらの御目どもの中にも、宮の御前の見苦しと御覧ぜむは、更に侘しき事限りなし。身より汗の浴(あ)ゆれば、繕(つくろ)ひ立てたる髪なども、上がりやすらむとおぼゆ。かしこうして過ぎたれば、いみじう恥づかしげに清げなる御さまどもして、うち笑みて見給ふ、現(うつつ)ならず。されど、倒(たふ)れず、そこまで行<き>着きぬるこそ、かしこきか、<お>[ほ]もなきかとおぼゆれど、皆乗り果てぬれば、引き出でて、二条の大路に榻(しぢ)立てて、物見車のやうにて立ち並べたる、いとをかし。人もさ見るらむかしと、心ときめきせらる。四位五位六位など、いみじう出でゐて、車のもとに来て、つくろひ物言ひなどす。

 まづ院の御迎へに、殿を始め奉りて、殿上人、地下(ぢげ)と、皆参りぬ。それ渡らせ給ひて後、宮は出でさせ給ふべしとあれば、いと心もとなしと思ふほどに、日さしあがりてぞおはします。御車ごめ十五、四(<よ>[ま])つは尼車(あまぐるま)、一の御車は唐(から)の車なり。それに続きて尼車、後口(しりくち)より水晶(すいしよう)の数珠(ずず)、薄墨<の>袈裟、衣などいみじく、簾は上げず。下簾も薄色の裾少し濃き。次にただの女房十(とを)、桜の唐衣、薄色の裳、紅をおしわたし、固織(かとり)の表着(うはぎ)ども、いみじうなまめかし。日はいとうららかなれど、空は浅緑に霞み渡るに、女房の装束の匂ひ合ひて、いみじき織物の色<々>、唐衣(<か>[う]らぎぬ)などよりも、なまめかしう、をかしき事限りなし。

 関白殿、その御次の殿ばら、おはする限り、もてかしづき奉らせ給ふ、いみじうめでたし。これらまづ見奉り騒ぐ。この車どもの、二十立ち並べたるも、またをかしと見るらむかし。

 いつしか出でさせ給はばなど待ち聞こえさするに、いかなるならむと心もとなく思ふに、辛うじて、采女(うねめ)八人馬に乗せて引き出づめり。青裾濃の裳、裙帯(くんたい)、領巾(ひれ[い])などの風に吹きやられたる、いとをかし。豊前(ぶぜん)といふ采女は、くすし重雅が知り人なり。葡萄染(えびぞめ)の織物、指貫を着たれば、いと心ことなり。「重雅は色許されにけり」と、山の井の大納言笑ひ給ひて、皆乗り続きて立てるに、今ぞ御輿出でさせ給ふ。めでたしと見奉(<た>[え]てまつ)りつる御有様に、これは比ぶべからざりけり。

 朝日のはなばなとさし上がる程に、<な>ぎの花(は<な>)のいと花やかに輝きて、御輿の帷子(かたびら)の色、艶(つや)などさへぞいみじき。御綱張りて出でさせ給ふ。御輿の帷子のうちゆるぎたる程、まことに頭の毛など、人の言ふは、更に虚言(そらごと)ならず。さて後に、髪あしからむ人もかこちつべし。あさましう、いつくしう、猶いかで、かかる御前に馴れ仕(つかうまつ)らむと、わが身もかしこう覚ゆれ<ば>、御輿過ぎさせ給ふほど、車どもの、榻(しぢ)人給(ひとだまひ)にかき下ろしたりつる、また、牛ども掛けて、御輿の後(しり)に続きたる心地のめでたう興あるありさま、言ふ方なし。

 おはしまし着きたれば、大門(だいもん)のもとに、唐土(もろこし)の楽して、獅子、狛犬、踊り舞ひ、笙(さう)の音、鼓の声に、物もおぼえず。こはいづくの仏の御国などに来にけるにかあらむと、空に響きのぼるやうにおぼゆ。内に入りぬれば、いろいろの錦のあげばりに、御簾いと青くてかけ渡し、屏幔(へいまん)など引きたるほど、なべて惟(ただ)にこの世とおぼえず。御桟敷にさし寄せたれば、またこの殿ばら立ち給ひて、「疾く降りよ」とのたまふ。乗りつる所だにありつるを、いま少しあかう顕証(けしよう)なるに、大納言殿、いと物々しく清げにて、御下襲(したがさね)の尻いと長く所せげにて、簾うち上げて「はや」とのたまふ。つくろひ添へたる髪も、唐衣(<か>[う]らぎぬ)の中にてふくみ、あやしうなりにたらむ。色の黒さ赤(あ<か>[り])ささへ見分かれぬべき程なるが、<いと侘びしければ、ふとも得降りず。「まづ後(しり)なるこそは」など言ふ程に>、それも同じ心にや、「退(しりぞ)かせ給へ。かたじけなし」など言ふ。「恥ぢ給ふかな」と笑ひて、立ちたまへり。辛うじて降りぬれば、寄りおはして、「『むねたかなどに見せで、隠しておろせ』と、宮の仰せらるれば、来たるに、思ひぐまなき」とて、引きおろして、率(ゐ)て参り給ふ。「さ聞こえさせ給ひつらむ」と思ふ、かたじけなし。

 参りたれば、初め降りける人どもの、物の見えぬべき端に、八人ばかり出で居にけり。一尺余、二尺ばかりの高さの長押(なげし)の上におはします。「ここに立ち隠して、率て参りたり」と申し給へば、「いづら」とて、几帳のこなたに出でさせ給へり。まだ唐(から)の御衣も奉りながらおはしますぞいみじき。紅の御衣よろしからむや。中に唐綾の柳の御衣、葡萄染の五重(いつえ)の御衣に、赤色の唐の御衣、地摺の唐の薄物に、象眼(ざうがん)重ねたる御裳など奉りたり。物の色、更になべて似るべき[に]やうなし。

 「我をばいかが見る」と仰せらる。「いみじうなむ候ひつる」なども、言に出でては、世の常ぞ。「久しうやありつる。それは、殿の大夫(だいぶ=道長)の、院の御供に着て人に見えぬる同じ下襲(したがさね)ながら宮の御供にあらむ、わろしと人思ひなむとて、こと下襲縫はせ給ひけるほど、遅きなりけり。いと好き給へりな」とて、うち笑はせ給へる、いとあきらかに晴れたる所、いま少しけざやかにめでたく、御額(ひたひ)あげさせ給へりける釵子(さいし)に、御分目(わけめ)<の>御髪の、聊(いささ)か寄りて著(しる)く見えさせ給ふなどさへぞ、三尺の御几帳一双(ひとよろひ)をさし違(ちが)へて、こなたの隔(へだて)にはして、その後ろには、畳一枚(ひとひら)を長(なが)さまにはしをして、長押の上に敷きて、中納言の君といふは、殿の御伯父の右兵衛督(かみ)忠君(ただきみ)と聞こえけるが御女(むすめ)、宰相の君とは富<小>[少]路(とみのこうぢ)の左大臣殿の御孫、それ二人ぞ上にゐて見え給ふ。御覧じわたして、「宰相はあなたに居て、上人のともの居たる所、行きて見よ」と仰せらるるに、心得て、「ここに三人、いとよく見侍りぬべし」と申せば、「さは」とて、召し上げさせ給へば、しも居たる人々、「殿上許さるる内舎人(<う>[そとて]どねり])<あンめり>」と笑(わら)<へ>ば、「こそあらせむと思へる」と言へば、「馬副(むま<さ>へ)のほどぞ」など言へど、そこに入り居て見るは、いと面だたし。「かかる事」など自(みづか)ら言ふは、吹き語りにもあり、また、君の御ためにも軽々(かろがろ)しう、「かばかりの人をさへ思しけむ」など、おのづから物知り、世の中もどきなどする人は。あいなく、畏(かしこ)き御事かかりて、かたじけなけれど、ある事などは、またいかがは。真(まこと)に身の程過ぎたる事もありぬべし。

 院の御桟敷、所々の桟敷<ど>も見渡したる、めでたし。殿はまづ院の御桟敷に参り給ひて、暫時(しばし)ありて、ここに参り給へり。大納言二所、三位(さんみの)中将は陣近う参りけるままにて、調度負ひて、いとつきづきしう<をかしう>ておはす。殿上人、四位五位、こちたううち連れて、御供(と<も>)に候ひて並み居たり。入らせ給ひて見奉らせ給ふに、女房あるかぎり、裳、唐衣、御匣殿(みくしげどの)まで着給へり。殿<の>うへは、裳のうへに小袿(こうちぎ)をぞ着給へる。「絵に書きたるやうなる御さまどもを。いまいらへ(?)今日はと申し給ふぞ。<三>四[位]の君、宮の御裳ぬがせ給へ。この主には御前こそおはしませ。御桟敷の前に陣をすゑさせ給へるは、おぼ<ろ>けの事か」とぞ、うち泣かせ給ふ。実(げ)に<と>[も]皆人も涙ぐましきに、赤色に桜の五重(いつへ)の唐衣を[ゝ]着たるを御覧じて、「法服一くだり給へるを、俄(にはか)にいま一つ要(え<う>)じつるに、これをこそ借り申すべかりけれ。さらばもしまた、さやうの物を切り縮(しじ)めたるに」とのたまはするに、また笑ひぬ。大納言殿、すこし退(しりぞ)き居給へる、聞きて、「清僧都(<せ>[さ]いそう<づ>[へ])のにやあらむ」とのたまふ。一言としてをかしからぬ事ぞなきや。

 僧都の君、赤色の薄物の御衣(ころも)、紫の袈裟、いと薄き色の御衣ども、指貫着たまひて、菩薩の御やうにて、女房にまじりありき給ふも、いとをかし。「僧綱(さうがう)の中に、威儀具足してもおはしまさで、見苦しう、女房の中に」など笑ふ。

 父の大納言殿<の>御前より松君率(ゐ)て奉る。葡萄染の織物の直衣、濃き綾の打ちたる、紅梅の織物など着給へり。例の四位五位いと多かり。御桟敷に、女房の中に入れ奉る。何事<の>あやまりにか、泣き<の>[物]のしり給ふさへ、いとはえばえし。

 事始りて、一切経を、蓮の花<の>[に]赤きに、一部づつ入れて、僧俗、上達部、殿上人、地下、六位、何くれまで持てわたる、いみじう尊し。大行道(だいぎやうだう)、回向、しばし待ちて、舞などする、日ぐらし見るに、目もたゆく苦しう。内の御使に五位の蔵人まゐりたり。御桟敷の前に胡床(あぐら)立てて居たるなど、実(げ)にぞ猶めでたき。「『御供に候へ』と宣旨侍りつ」とて、帰りも参らず。宮は「なほ帰りて後に」とのたまはすれども、また蔵人の弁まゐりて、殿にも御消息あれば、「ただ仰せのまま」とて入らせ給ひなどす。

 院の御桟敷より、「千賀(ちか)の塩竈(しほがま)」などやうの御消息、をかしき物など持て参り通ひたるなどもめでたし。事果てて院帰らせ給ふ。上達部など、このたびは片方(かたへ)ぞ仕り給ひける。宮は内へ入らせ給ひぬるも知らず、女房の従者(ずさ)どもは、「二条の宮にぞおはしまさむ」とて、そこに皆行き居て、待てど待てど見えぬ程に、夜いたう更(ふ)けぬ。内には宿直物(とのゐもの)持て来たらむと待つに、きよく見えず。あざやかなる衣の身に<も>[物]つかぬを着て、寒きままに憎み腹立てど、甲斐なし。翌朝(つとめて)来たるを、「いかにかく心なきぞ」など言へど、のぶる事もさ言はれたり。

 またの日、雨降りたるを、殿は、「これになむ、わが宿世(すくせ)は見え侍りぬる。いかが御覧ずる」と聞こえさせ給ふも、御心おち<ゐ>ことわりなり。

257
 たふときもの 九条錫杖(くでうしやくぢやう)。念仏の回向(ゑかう)。

258
 歌は 杉立てる門(かど)。神楽歌(かぐらうた)もをかし。今様(いまやう)は長くて曲(くせ)づきたる。風俗(ふぞく)よく歌ひたる。

259
 指貫は 紫の濃き。萌黄(もえぎ)。夏は二藍。いと暑き頃、夏虫の色したるも凉しげなり。

260
 狩衣は 香染(かうぞめ)の薄き。白き。袱紗(ふくさ)の赤色。松の葉色したる。青葉。桜。柳。また、楝(あふ<ち>[き])。藤。男は何色の衣も。

261
 単衣は 白き。昼(ひ)の装束の紅の単衣衵(ひとへあこめ)など、かりそめに着たるはよし。されど、なほ色黄ばみたる単衣など着たるは、いと心づきなし。練色(ねりいろ)の衣も着たれど、なほ単衣は白うてぞ。

262 
 男も女も万(よろづ)の事まさりてわろきもの 言葉の文字あやしく使ひたるこそあれ。ただ文字一つに、あやしくも、あてにも、いやしくもなるは、いかなるにかあらむ。さるは、かう思ふ人、よろづの事に勝(すぐ)れても、えあらじかし。いづれを善き悪しきとは知るにかあらむ。さりとも、人を知らじ、たださうち覚ゆるも言ふめり。

 難なきの事を言ひて、「その事させんとす」と「言はんと<す」「何とせんとす」と>いふを、「と」文字を失ひて、ただ「言はんずる」「里へ出でんずる」など言へば、やがていとわろし。まして文を書きては、言ふべきにもあらず。物語こそあしう書きなしつれば、言ふかひなく、作り人さへいとほしけれ。「なほす」「定本(ぢやうほん)のまま」など書きつけたる、いと口惜し。「ひてつ車に」など言ふ人もありき。「もとむ」と言ふ事を「見ん」と皆言ふめり。いと怪しき事を、男などは、わざとつくろはで、殊更に言ふは、あしからず。わが言葉に、もてつけて言<ふ>[ま]が、心劣りする事なり。

263
 下襲は 冬は躑躅(つつじ)。掻練襲(かいねりがさね)。蘇枋襲(すはうがさね)。夏は二藍(ふたあゐ)。白襲(しらがさね)。

264
 扇の骨は 朴、色は赤き。紫は緑。

265
 檜扇(ひあふぎ)は 無紋(むもん)。唐絵(からゑ)。

266
 神は 松の尾。八幡(やはた)、この国の御門(みかど)にておはしましけむこそ、いとめでたけれ。行幸(ぎやうかう)などに、水葱(<な>ぎ)の花の御輿に奉るなど、いとめでたし。大原野。つみて。池は鴛鴦(をし)などいとをかし。賀茂はさらなり。稲荷(いなり)。春日(かすが)いとめでたく覚えさせ給ふ。佐保殿(さほどの)などいふ名さへをかし。平野はいたづらなる屋(や)ありしを、「ここは何する所ぞ」と問ひしかば、「御輿宿(みこしやど)り」と言ひしも、めでたし。斎垣(いがき)に蔦(つた)などの多くかかりて、紅葉(もみじ)の色々ありし、「秋にはあへず」と、貫之が歌思ひ出でられて、つくづくと久しう立たれたりしか。水分(みこもりの)神いとをかし。

267
 崎は 唐崎。いかが崎。三保が崎。

268
 屋は まろ屋。あづま屋。

269
 時奏(そう)するいみじうをかし。<いみじう>寒きに、夜中ばかりなどに、こほこほとこほめき、沓(くつ)すり来て、弦(つる)打ちなどして、「何家(なんけ)の某(なにがし)、時丑三つ、子四つ」など、時の杭(くひ)さす音など、いみじうをかし。「子九つ、丑八つ」などこそ、里びたる人は言へ、すべて四(よ)<つ>[る]のみぞ杭はさしける。

270
 日のうらうらとある昼<つ>方、いたう夜ふけて、子(ね)の時など、思ひ参らするほどに、男(おのこ)ども召したるこそ、いみじうをかしけれ。夜中(よなか)ばかりに、また、御笛の聞こえたる、いみじうめでたし。

271
 成信(なりのぶの)中将は、入道兵部卿の宮の御子にて、かたちいとをかしげに、心ばへもいとをかしうおはす。伊予の守兼輔(かねすけ)がむすめの、忘られて、伊予へ親のくだりしほど、いかにあはれなりけむとこそ覚えしか。暁に行くとて、今宵(こよい)おはしまして、有明の月に帰り給ひけむ直衣姿などこそ。

 そのかみ常に居て物語し、人の上など、わろきはわろしなどのたまひしに。

 物忌などくすしうするものの、名を姓(さう)にて持たる人のあるが、こと人の子になりて、平(たいら)などいへど、ただそのもとの姓(しやう)を、若き人々言(こと)ぐさにて笑ふ。ありさまも異なる事なし。兵部とて、をかしき方などもかたきが、さすがに人などにさしまじり心などのあるは、御前わたりに、「見苦し」など仰せらるれど、腹ぎたなく、知り告ぐる人もなし。

 一条院、造られたる一間(ひとま)の所には、つらき人をば更(さら)に寄せず。東の御門(みかど)につと向ひて、をかしき小廂(こびさし)に、式部のおとど諸共に、夜も昼も<あ>[ぬ]れば、うへも常に物御覧じに出でさせ給ふ。「今宵は皆(みな)内(うち)に寝む」とて、南の廂に二人[にふたり]臥しぬる後(のち)に、いみじう叩く人のあるに、「うるさし」など言ひ合はせて、寝たるやうにてあれば、猶かしがましう呼ぶを、「あれ起こせ、空寝(そらね)ならむ」と仰せられければ、この兵部[卿]起こせど、寝たるさまなれば、「更に起き給はざりけり」と言ひに行きたるが、やがて居つきて物言ふなり。しばしかと思ふに、夜いたう更(ふ)けぬ。権中将こそあンなれ。「こは何事をかうは言ふ」とて、ただ密(みそか)に笑ふも、いかでか知らむ。暁までゐ明(あか)して帰りぬ。「この君いとゆ<ゆ>[か]しかりけり。更におはせむに物に、言はじ。何事をさは言ひ明かすぞ」など笑ふに、遣戸(やりど)をあけて、女は入りぬ。

 翌朝(つとめて)、例の廂(ひさし)に、物言ふを聞けば、「雨のいみじう降る日来たる人なむ、いとあはれな<る>[り]。日ごろおぼつかなう、つらき事ありとも、さて濡れて来たらば、憂き事も皆忘れぬべし」とは、などて言ふにかあらむ。さらむを、昨夜(よべ)、昨日(きのふ)の夜も一昨日の夜も、それがあなたの夜も、すべてこの頃(このごろ)は、うちしきり見ゆる人の、今宵もいみじからむ雨にさはらで来たらむは、一夜も隔(へだ)てじと思ふなンめりと、あはれなるべし、と。さて日頃(ひごろ)も見えず、おぼつかなくて過ごさむ人の、かかる折にしも来むをば、更にまた、心ざしあるには得せじとこそ思へ。人の心え<なれ>ばにやあらむ。物見知り、思ひ知りたる女の、心ありと見ゆるなどをば語らひて、あまた行く所もあり、もとのよすがなどもあれば、しげうしもえ来ぬを、なほさ<あ>りしいみじかりし折に来たりし事などにも、語りつぎ、身をほめられむと思ふ人のしわざにや。それもげに心ざしなからむには、何しにかは、さも作り事しても見むとも思はむ。されど、雨の降る時は、ただむつかしう、今朝(けさ)まで晴れ晴れしかりつる空とも覚えず、いみじき細殿のめでたき所ともおぼえず。ましていとさらぬ家などは、「とく降り止みねかし」とぞおぼゆる。月の明かきに来たらむ人はしも、十日、二十日、一月、もしは一年にても、まして七八年になりても、思ひ出でたらむは、いみじうをかしと覚えて、え逢ふまじうわりなき所、人目つつむべきやうありと、かならず立ちながら物言ひて返し、また泊まるべからむをば、留(とど)めなどしつべし。

 月の明かきばかり、遠く物思ひやられ、過ぎにし事、憂かりしも、嬉しかりしも、をかしと覚えしも、只今のやうに覚ゆる折<や>はある。こま野の物語は、何ばかりをかしき事もなく、言葉も古めき、見所多からねど、月に昔を思ひ出でて、虫ばみたる蝙蝠(かはぼり)取り出でて、「もとこし駒(こま)に」と<言>ひて立てる門(かど)、あはれなるなり。

 雨は、心もとなき物と思ひ知りたればにや、<片>時降るもいとにくくぞある。やんごとなき事、おもしろかるべき、たふとくめでたかるべき事をも、雨だに降れば、言ふかひなく口惜しきに、何かとて濡れてかこちたらむ<が、めでたからむ>。実(<げ>[た])に、交野(かたの)の少将<もどきたる>落窪(おちくぼ)の少将などは、足洗ひたるは、にくし。きたなかりけり。交野は馬のむくるに(?)もをかし。それも、昨夜(よべ)、一昨日(おととひ)の夜ありしかばこそ、をかしけれ。さらでは、何か。

 風など吹き、荒々しき夜来たるは、たのもしくて、をかしうもありなむ。

 雪こそめでたけれ。直衣などは更にも言はず、狩衣、うへの蔵人の青色の、いとひややかに濡れたらむは、いみじうをかしかるべし。緑衫(ろうさう)なりとも、雪にだに濡れなば、にくかるまじ。昔の蔵人などの、人の許などに青色を着て、雨に濡れて、しぼりなどしけるとか。今は昼だに着ざン<め>[な]り。ただ緑衫をのみこそかづきたンめれ。衛府(ゑふ)などの着たるは、ましていとをかしかりしものを。

 かく聞きて、雨にありかぬ人やはあらむずらむ。月のいと明かき夜、紅の紙のいみじう赤きに、ただ「あらずとも」と書きたるを、廂にさしたるを、月にあてて見しこそをかしかりしか。雨降らむ折は、さはありなむや。

272
 常に文おこする人、「何かは。今は言ふかひなし。今は」など言ひて、またの日音(おと)もせねば、さすがに明けたてば、さし出づる文の見えぬこそさうざうしけれと思ひて、「さても、きはぎはしかりける心かな」など言ひて暮らしつ。

 またの日、雨いたう降る。昼(ひ<る>)まで音もせねば、「めげに思ひ絶えにけり」など言ひて、端の方に居たる夕暮に、笠さしたる童の持(も)てきたるを、常よりも疾くあけて見れば、「水増す雨の」とあるを。いと多くよみ出しつる歌どもよりはをかし。

273
 ただ朝(あし<た>[さ])は、さしもあらざりつる空の、いと暗うかき曇りて、雪のかきくらし降るも、いと心細く見出だすほどもなく、とう白く積りて、猶いみじう降るに、随身(ずいじん)だちて、細やかに美々しき男(をのこ)の、唐傘さして、そばの方(かた)なる家の戸より入りて、文をさし入れたるこそをかしけれ。まして、うちほほゑむ、いとをかし。

274
 きらきらしきもの 大将の御前駆(さき)追ひたる。孔雀(くざ)経<の>御読経(みどきやう)。法は修法(ずほふ)五大尊(ごだいそん)。蔵人の式部丞(しきぶのぞう)、白馬(あをうま)<の日>、大路(おほぢ)練りたる。御斎会(ごさいゑ)。左右衛門佐(ゑもんのすけ)、摺衣(すりぎぬ)やりたる。季(き)の御読経。熾盛光(しじやうくわうの)御修法。

275
 神のいたく鳴る折に、神鳴りの陣こそいみじう恐ろしけれ。左右(さうの)大将、中少将などの、御格子(かうし)のつらに候ひ給ふ、いとどをかしげなり。果てぬる折、大将、「大殿の昇り降り」とのたまふらむ。

276
 坤元録(<こん>げんろく)の御屏風(みびやうぶ)こそ、をかしう覚ゆる名なれ。<漢書>[かむなんきゆう]の御屏風は、雄々(をゝ)しくぞ聞こえたる。月次(つきなみ)の御屏風もをかし。

277
 方違(かたたが)へなどして、夜深く帰る、寒き事わりなく、頤(おとがひ)なども皆落ちぬべきを、辛うじて来着きて、火桶引き寄せたるに、火の大きにて、つゆ黒みたる所なくめでたきを、細かなる灰の中より起し出でたるこそ、いみじう嬉しけれ。

 物など言ひて、<火の消ゆらむも知らず居たるに、他人(ことびと)の来て、炭入れて>おこすこそ憎けれ。されど、めぐりに置きて、中に火をあらせたるはよし。皆火を外(ほか)ざまにかき遣りて、炭を重ね置きたる頂きに、火ども置きたるが、いとむつかし。

278
 雪のいと高く降りたるを、例ならず御格子まゐらせて、炭櫃(すびつ)に火おこして、物語などしてあつまり候(さぶら)ふに、「少納言よ、香炉峰(かうろほう)の雪はいかならむ」と仰せられければ、御格子あげさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。人々も「皆さる事は知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ。猶この宮の人には、さるべきなンめり」と言ふ。

279
 陰陽師(お<ん>やうじ)の許(もと)なる童(わらは)べ、いみじう物は知りたれ。祓(はらへ)など為(し)に出でたれば、祭文(さいもん)読む事、人は猶<こそ>[さう]聞け。ちそと立ちはしりて、「白き水いかけさせ」とも言はぬに、為(し)ありくさまの、例(れい)知り、いささか主(しう)に物を言はせぬこそ羨(うらやま)しけれ。さらむ人をがな、使はむとこそ覚ゆれ。

280
 三月ばかり物忌しにとて、かりそめなる人の家に行きたれば、木どもなどはかばかしからぬ中に、柳と言ひて、例のやうになまめかしくはあらで、葉広う見えて憎げなるを、「あらぬものな<ン>めり」と言へば、「かかるもあり」など言ふに、

 さかしらに柳のまゆのひろごりて春のおもてを伏<す>[ま]る宿かな

とこそ見えしか。

 その頃、また、同じ物忌しに、さやうの所に出でたるに、二日といふ昼つかた、いとどつれづれまさりて、只今も参りぬべき心地する程にしもあれば、いとうれしくて見る。浅緑の紙に、宰相の君いとをかしく書き給へり。

 「いかにして過ぎにしかたを過ごしけむ暮らしわづらふ昨日今日かな

となむ。わたくしには、今日しも千年(ちとせ)の心地するを、暁にだに疾く」とあり。この君ののたまはむだにをかしかるべきを、まして仰せ事のさまは、おろかならぬ心地すれど、啓せむ事とはおぼえぬこそ。

 「雲の上に暮らしかね<け>[つ]る春の日を所がらとも眺めけるかな

わたくしには、今宵の程も、少将にやなり侍らむずらむ」とて、暁に参りたれば、「昨日の返し、『暮らしかねける』こそ、いと憎し。いみじう謗(そし)りき」と仰せらるる、いと侘びしう、まことにさる事も。

281
 清水に籠りたる頃、蜩(ひぐらし)のいみじう鳴くを、あはれと聞くに、わざと御使してのたまはせたりし。唐(から)の紙の赤みたるに、草(さう)<にて>[ち]

 「山近き入相(いりあひ)の鐘の声ごとに恋ふる心の数は知るらむ

ものを、こよなの長居や」と書かせ給へる。

 紙<の>などのなめげならぬも取り忘れたる旅にて、紫なる蓮(はちす)の花びらに書きてまゐらする。

282
 十二月二十四日、宮の御仏名(ごぶつみやう)の初夜(そや)、御導師(だうし)聞きて出づる人は、夜中(よなか)も過ぎぬらむかし、里へも出で、もしは忍びたる所へも、夜のほど出づるにもあれ、あひ乗りたる道の程こそをかしけれ。

 日ごろ降りつる雪の、今朝はやみて、風などのいたう吹きつれば、垂氷(たるひ)のいみじう垂(しだ)る。土などこそ、むらむら黒きがちなれ、屋の上は只おしなべて白きに、あやしき賤(しづ)の屋も面隠(おもかく)して、有明の月の隈(くま)なきに、いみじうをかし。銀(<しろ>がね)などを葺(ふ)きたるやうなるに、水晶の岫(くき)など言はまほしきやうにて、長く短く、殊更(<こと>さ<ら>[う])かけ渡したると見えて、言ふにも余りてめでたき垂氷(たるひ)に、下簾(したすだれ)も懸けぬ。いと高く簾(すだれ)を上げたれば、奥までさし入りたる月に、薄色(うすいろ)、紅梅(こうばい)、白きなど、七つ八つばかり着たる上に、濃き衣のいと<あ>ざやかなる艶(つや)など、月に映えて、をかしう見ゆる(=女)傍(かたはら)に、葡萄染(えびぞめ)の固紋(かたもん)の指貫、白き衣(きぬ)どもあまた、山吹、紅(くれなゐ)など着こぼして(=男)、直衣(なほし)のいと白き紐解きたれば、脱ぎ垂(た)れられて、いみじうこぼれ出でたり。指貫の片つ方は、軾(とじきみ)の外(と)に踏み出だされたるなど、道に人の会ひたらば、をかしと見つべし。月影のはしたなさに、後ろざまへすべり出でたる(=女)を、常に引き寄せあらはになされてわぶるもをかし。「凛々(りんりん)として氷(こほり)鋪(し)けり」といふ詩を、かへすがへす誦(ず)んじておはするは、いみじうをかしうて、夜一夜も歩(あり)かまほしきに[いとたかくすだれをあげたればおくまてさしいりたる月にうす色紅梅しろきなど七八ばかりきたるうへにこききぬのいとさやかなるつやなと月にはへておかしう]、行く所の近くなる、口惜し。

283
 宮仕する人々の出で集りて、おのが君々、その家主(いへあるじ)にて聞くこそをかしけれ。

284
 家広く清げにて、親族は更なり、只うち語らひなどする人々は、宮仕へ人、片つ方に据ゑてあらまほしけれ。さるべき折は、一所に集りゐて、物語し、人の詠みたる歌、何くれと語り合はせ、人の文など持て来る、諸共に見、返事(かへりごと)書き、また睦(むつま)しう来る人もあるは、清げにうちしつらひて入れ、雨など降りてえ帰らぬも[あり]、をかしう。参らむ折は、その事見入れて、思はむ様にして、出だし立てなどせばや。よき人のおはします御有様など、いとゆかしきぞ。けしからぬにやあらむ。

285
 見ならひするもの 欠伸(あくび)。児(ちご)ども。生(なま)けしからぬえせ者。

286
 うちとくまじきもの 悪(あ)しと人に言はるる人。さるは、善しと知られたるよりは、裏なくぞ見ゆる。舟の路。

 日のうららかなるに、海の面(おもて)のいみじうのどかに、青緑打ちたるを引き渡したるやうに見えて、いささか恐ろしき気色もなき、若き女の、衵(あこめ)袴着たる、侍(さぶらひ)の者の、若やかなる、諸共に、櫓(ろ)といふ物押して、歌をいみじう歌ひたる、いとをかしう、やんごとなき人にも見せ奉らまほしう思ひ行くに、風いたう吹き、海の面のただあ<れ>[し]になるに、物も覚えず、泊るべき所に漕ぎ着くるほど、舟に波のかけたる様なるは、さばかり名残なかりつる海とも見えずかし。

 思へば、舟に乗りてありく人ばかり、ゆゆしきものこそなけれ。よろしき深さにてだに、さまはかなき物に乗りて、漕ぎ行くべき物にぞあらぬや。まして底ひも知らず、千<尋>(ちひろ)[色]などあらむに、物いと積み入れたれば、水際は一尺ばかりだになきに、下衆どもの、いささか恐ろしとも思ひたらず、走りありき、つゆ荒らくもせば沈みやせむと思ふに、大きなる松<の>木などの、二三尺ばかりにて丸(まろ)なるを、五つ六つほうほうと投げ入れなどするこそいみじけれ。屋形といふ物の方にておはす。されど、奥なるは、いささかたのもし。端(はし)に立てる者どもこそ、目くるる[も]心地すれ。早緒(はやを)つけて、のどかにすげたる物の弱(よわ)げさよ。絶えなば、何にかはならむ。ふと落ち入りなむ。それだにいみじう太くなどもあらず。

 わが乗りたるは、清げに、帽額(もかう)の透影(すきかげ)、妻戸、格子上げなどして、されど、等しう重げになどもあらねば、ただ家の小さきにてあり。

 他船(ことふね)見やるこそいみじけれ。遠きは、まことに笹の葉を作りて、うち散らしたるやうにぞ、いとよく似たる。泊(とま)[と]りたる所にて、舟ごとに火ともしたる、をかしう見ゆ。

 はし舟とつけて、いみじう小さきに乗りて漕ぎありく、早朝(つとめて)など、いとあはれなり。「あとの白浪(しらなみ)」は、まことにこそ消えもて行け。よろしき人は、乗りてありくまじき事とこそ、猶おぼゆれ。陸路(かち)もまたいと恐ろし。されど、それは、いかにもいかにも土に着きたれば、いとたのもしと思ふに。

 あまのかづきしたるは、憂きわざなり。腰につきたる物堪へねば、いかがせむとなむ。男(をのこ)だにせば、さてもありぬべきを、女はおぼろけの心ならじ。男は乗りて、歌などうち歌ひて、この栲縄(たくなは)を海に浮けてありく。いと危ふく、うしろめたくはあらぬにや。あまものぼらむとては、その縄をなむ引くとか。まどひ繰り入るるさまぞ、ことわりなるや。舟のはたをおさへて、放ちたる息などこそ、まことにただ見る人だに、しほ垂るるに、落とし入れて漂(ただよ)ひありく男(をのこ)は、目もあやにあさましかし。更に人の思ひかくべきわざにもあらぬ事にこそあンめれ。

287
 右衛門尉(うゑもんのじよう)なる者の えせなる親を持たりて、人の見るに面伏(おもてぶ)せなど、見苦しう思ひけるが、伊予の国よりのぼるとて、海に落とし入れてけるを、人の心憂がり、あさましがりけるほどに、七月十五日、盆を奉るとて急ぐを見給ひて、道命阿闍梨(だうめいあざり)、

 わたつ海に親をおし入れてこの主(ぬし)の盆する見るぞあはれなりける

とよみ給ひけるこそ、いとを<か>しけれ。

288
 また、小野殿の母上(ははうへ)こそは、普門寺(ふもんじ)といふ所に八講しけるを聞きて、またの日、小野殿に人々集りて、遊びし、文作りけるに、

 薪(たきぎ)こる事は昨日(きのふ)に尽きにしを今日斧(をの)の柄(え)はここに朽(くた)さむ

と詠み給ひけむこそめでたけれ。ここもとは打聞になりぬるなめり。

289
 また、業平が母の宮の、「いよいよ見まく」とのたまへる、いみじうあはれにをかし。引き開けて見たりけむこそ、思ひやらるれ。

290
 をかしと思ひし歌などを、草紙(さうし)に書きて置きたるに、下衆のうち歌ひたるこそ心憂けれ。詠みにも詠むかし。

291
 よろしき男を、下衆女[の]などのめで、「いみじうなつかしうこそおはすれ」など言へば、やがて思ひ落とされぬべし。謗(そし)らるるは中々よし。下衆に褒めらるるは、女だにわろし。また、褒むるままに言ひそこなひつるものをば。

292
 大納言殿(=伊周)まゐりて、文の事など奏し給ふに、例の、夜いたう更けぬれば、御前なる人々、一二人(ひとりふたり)づつ失(<う>[よ])せて、御屏風・几帳のしも、こへやなどにみな隠れ臥しぬれば、ただ一人になりて、ねぶたきを念じて候ふに、「丑四つ」と奏す[る]なり。「明け侍りぬなり」とひとりごつに、大納言殿、「今更に御殿籠(とのごも)りおはしますよ」とて、寝(ぬ)べきものにも思したらぬを、「うたて何しにさ申しつらむ」と思へども、また人のあらばこそはまぎれもせめ。うへの御前の、柱に寄りかかりて、少し眠(ねぶ)らせ給へるを、「かれを見奉り給へ。今は明けぬるに、かく御殿籠るべき事かは」と申させ給ふ。「実(げ)に」など、宮の御前にも笑ひ申させ給ふも知らせ給はぬほどに、長女(をさめ)が童の、鶏を捕へて持ちて、「明日里へ往かむ」と言ひて、隠し置きたりけるが、いかがしけむ、犬の見つけて追ひければ、廊の先に逃げ行きて、恐ろしう鳴きののしるに、皆人起きなどしぬなり。上もうち驚かせおはしま<して>[せ]、「いかにありつるぞ」と尋ねさせ給ふに、大納言殿の、「声明王(めいわう)の眠(ねぶり)を驚かす」といふ詩を、高う打ち出し給へる、めでたうをかしきに、一人ねぶたかりつる目もいと大きになりぬ。「いみじき折の事かな」と、宮も興(きよう)ぜさせ給ふ。猶、かかる事こそめでたけれ。

 またの日は、夜の御殿(おとど)に入らせ給ひぬ。夜中ばかりに、廊に出でて人呼べば、「おるるか。われ送らむ」と(=大納言が)のたまへば、裳、唐衣は屏風にうち懸けて行くに、月のいみじう明かくて、直衣のいと白う見ゆるに、指貫のなから踏みくくまれて、(=私の)袖をひかへて、「倒るな」と言ひて率ておはするままに、「遊子(いうし)なほ残りの月に行(ゆ)くは」と誦(ずん)じ給へる、また、いみじうめでたし。

 「かやうの事めで惑ふ」とて笑ひ給へど、いかでか猶いとをかしきものをば。

293
 僧都の君(=道隆の四男隆円)の御乳母、御匣殿(みくしげどの)とは聞えめ、ままの局に居たれば、男(をのこ)、ある、板敷(いたじき)のもと近く寄り来て、「辛(から)い目を見候ひつる。誰にかは憂(うれ)へ申し候はむとてなむ」と、泣きぬばかりの気色にて言ふ。「何事ぞ」と問へば、「あからさまに物へまかりたりし間に、きたなき、侍る所の焼けはべりにしかば、日ごろは寄居虫(がうな)のやうに、人の家どもに尻をさし入れてなむ候ふ。厩寮(むまづかさ)のみくさ積みて侍りける家よりなむ、(=火が)出でまうで来て侍るなり。ただ垣を隔てて侍れば、夜殿(よどの)<に>[り]寝て侍りける童(わらはべ=妻)の、ほと<ほ>[を]と焼け侍りぬべくなむ、いささか物も取(と)う出侍らず」など言ひ居る。御匣殿聞き給ひて、いみじう笑ひ給ふ。

 御秣(みまくさ)を燃やすばかりの春の日(=火)に淀野(=夜殿)さへなど残らざるらむ

と書きて、「これを取らせ給へ」とて、投げ遣りたれば、笑ひののしりて、「そこらおはする人の、家の焼けたりとて、いとほしがりて給ふめる」とて取らせたれば、「何の御短冊(たんじやう)にか侍らむ、物いくらばかりにか」と言へば、「まづ読めかし」と言ふ。「いかでか、片目(<か>[し]ため)もあき仕らでは」と言へば、「人にも見せよ、只今召せば、頓(とみ)にて上へ参るぞ。さばかりめでたき物を得ては、何をか思ふ」とて皆笑ひて惑ひてのぼりぬれば、「人にや見せつらむ。さと聞きて、いかに腹立たむ」など、御前に参りて、ままの啓すれば、また笑ひさわぐ。御前にも、「などかく物ぐるほしからむ」とて笑はせ給ふ。

294
 男は、女親(めおや)なくなりて、親(お[ゝ]や)一人ある、(=父親は)いみじく思へども、わ<づ>らはしき北(きた)の方(かた)の出で来て後は、内にも入<れ>られず、装束(さうぞく)などの事は、乳母(めのと)、また故上の人どもなどしてせさす。

 西東の対(たい)のほどに、客人(まら<う>ど)ゐなどいとをかしう、屏風(びやうぶ)、障子(さうじ)の絵も見所ありてすきゐた<り>[る]。殿上まじらひのほど、口惜しからず人々も思ひたり。上にも御気色よくて、常に召しつつ、御遊びなどのかたきには思(おぼ)しめしたるに、なほ常に物なげかしう、世ノ中、心に合はぬ心地して、好き好きしき心ぞ、方端(かたは)なる<まで>あるべき。

 上達部の、又なきに、もてかしづかれたる妹(いもうと)一人あるばかりに<ぞ>[て]、思ふ事をもうち語らひ、慰め所。

295
 「定澄(じやうちや<う>)僧都(そうづ)に袿(うちき)なし、すひせい君(きみ)に衵(あこめ)なし」と言ひけむ人もをかし。「見しあわう」とたれか言ひけむ。

296 
 「まことや、かうやへくだる」と言ひける人に、

 思ひだにかからぬ山の<させもぐさ>[篠枕(さゝまくら)]たれか伊吹の里は告げしぞ

297
 ある女房の、遠江の守の子なる人を語らひてあるが、(=その男が)同じ宮人を語らふと聞きて恨みければ、「『親などもかけて誓はせ給<へ>。いみじき虚言(そらごと)なり。夢にだに見ず』となむ言ふ。いかが言ふべき」と言ふと聞きしに、

 誓(ちか)へ君遠つあふみのかみかけて無下(むげ)に浜名の橋(=端)見ざりきや

298
 便なき所にて、人に物を言ひけるに、胸のいみじう走りける。「などかくはある」と言ひけるいらへに、

 逢坂は胸のみつねに走り井の見つくる人やあらむと思へば

299
 唐衣は 赤衣(あかぎぬ)。葡萄染(えびぞめ)。萌黄(もえぎ)。桜。すべて、薄色の類。

300
 裳は 大海(おほうみ)。しびら。

301
 織物は 紫。萌黄に柏葉(かしは)織りたる。紅梅もよけれども、なほ見ざめこよなし。

302
 紋は 葵。かたばみ。

303
 夏のうは着は、薄物[の]。

 片つ方の裄丈(ゆだけ)着たる人こそ憎けれど、あまた重ね着たれば、引かれて着にくし。綿(わた)など厚きは、胸なども切れ<て>[す]、いと見苦し。まぜて着るべき物にはあらず。なほ昔より、様よくを着たるこそよけれ。左右の裄丈(ゆだけ)なるは、よし。それもなほ女房の装束にては、所狭(ところせ)かンめり。男のあまた重ぬるも、かたはかま重くぞあらむかし。

 清らなる装束の織物、薄物など、今は皆さこそあンめれ。今様(いまやう)に、また様よき人の給はむ、いと便なきものぞかし。

304
 形(かたち)よき君達の、弾正にておはする、いと見苦し。宮中将(みやのちゆうじやう=源頼定)などの、口惜しかりしかな。

305
 病(やまひ)は、胸。物の怪。脚(あし)の気。ただそこはかとなく物食はぬ。

 十八九ばかりの人の、髪いと麗(うるは)しくて、長(たけ)ばかり、裾(すそ)ふさやかなるが、いとよく肥えて、いみじう色白う、顔愛敬づきて、よしと見ゆるが、歯をいみじく病み惑ひて、額髪もしとどに泣き濡らし、髪の乱れかかるも知らず、面(おもて)赤くて、押さへ居たるこそ、をかしけれ。

 八月ばかり、白き単衣、なよらかなる、袴よきほどにて、紫苑(しをん)の衣の、いと鮮やかなるを引きかけて、胸いみじう病めば、友だちの女房たちなど、かはるがはる来つつ、「いといとほしきわざかな。例もかくや悩み給ふ」など、事なしびに問ふ人もあり。心かけたる人(=愛人)は、まことにいみじと思ひ嘆き、人知れぬ仲などは、まして人目思ひて、寄るにも近くもえ寄らず、思ひ嘆きたるこそをかしけれ。いと麗しく長き髪を引き結ひて、物つく(=吐く)とて、起きあがりたる気色も、いと心苦しく、らうたげなり。

 上にも聞こし召して、御読経の僧の、声よき、給はせたれば、訪人(とぶらひびと)どももあまた見来て、経聞きなどするも、隠れなきに、(=僧が客の方に)目を配りつつ読み居たるこそ、罪や得らむとおぼゆれ。

306
 心づきなきもの 物へもゆき、寺へも詣<づる>日の雨。使ふ人の、「我をば、人思はず。某(なにがし)こそ、只今の人」など言ふを、ほの聞きた<る>[り]。人よりはなほ少し憎しと思ふ人の、推量事(おしはかりごと)うちし、すずろなる物恨(ものうらみ)し、われか<し>[ら]こなる。

 心あしき人の養(やしな)ひたる子見るは、それが罪にもあらねど、かかる人にしもと覚ゆるにやあらむ。「あまたあるが中に、この君をば思ひおとし給ひてや、にくまれ給ふよ」など(=乳母が)あららかに言ふ。児(ちご)は思ひも知らぬにやあらむ、(=乳母を)求めて泣き惑ふ、心づきなきなンめり。大人(お<と>[か]な)になりても、思ひ後見(うしろみ)もて騒ぐほどに、中々なる事こそ多(おほ)かンめる。

 わびしく憎き人に思ふ人の、はしたなく言へど、添ひ付きて懇(ねんご)ろなる。「聊(いささ)か心地悪し」など言へば、常よりも近く臥(ふ)して、物食はせ、いとほしがり、その事となく思ひたるに、まつはれ追従(ついしよう)し、取り持ちて惑ふ。

307
 宮仕へ人の許(もと)に来などする男の、そこにて物食ふこそいとわろけれ。食はする人もいと憎し。思はむ人の、「まづ」など心ざしありて言はむを、忌みたるやうに、口を塞(ふた)ぎて、顔を持てのくべきにもあらねば、食ひをるにこそあらめ。いみじう酔(ゑ)ひなどして、わりなく夜更けて泊まりたりとも、更に湯漬けだに食はせじ。心もなかりけりとて来ずば、さてありなむ。里にて、北面(きたおもて)よりし出だしては、いかがせむ。それだに猶ぞある。

308
 初瀬(はつせ)に詣でて、局(つぼね)に居たるに、あやしき下衆(げす)どもの、後ろをさしまぜつつ居並みたる気色こそ、ないがしろなれ。

 いみじき心を起して参りたるに、河の音などの恐ろしきに、呉階(くれはし)をのぼり困じて、いつしか仏の御顔(みかほ)を拝み奉らむと、局に急ぎ入りたるに、蓑虫(みのむし)のやうなる者の、あやしき衣(きぬ)着たるがいと憎き、立居(たちゐ)、額(ぬか)づきたるは、押し倒(たふ)しつべき心地こそすれ。

 いとやんごとなき人の局ばかりこそ、前(まへ)払ひ(=人払ひ)てあれ、よろしき人は、制しわづらひぬかし。たのもし人の師を呼びて言はすれば、「足下(そこ)ども少し去れ」なども言ふ程こそあれ、歩(あゆ)み出でぬれば、同じやうになりぬ。

309
 言ひにくきもの 人の消息(せうそこ)、仰せ事などの多かるを、序(ついで)のままに、初(はじめ)より奥(おく)まで、いと言ひにくし。返事(かへりごと)また申しにくし。恥づかしき人の、物おこせたる返事。大人になりたる子の、思はずなる事聞きつけたる、前にてはいと言ひにくし。

310
 四位五位は冬、六位は夏。宿直(とのゐ)姿なども。

311
 品(しな)こそ男も女もあらまほしき事なンめれ。家の君(=主婦)にてあるにも、誰かは、よしあしを定むる。それだに物見知りたる使人(つかひびと)ゆきて、おのづから言ふべかンめり。まして交らひする人(=宮仕人)は、いとこよなし。猫の土におりたるやうにて。

312
 人の顔に、とりつきてよしと見ゆる所は、日ごとに見れど、あなをかし見ゆれ。絵などは、あまたたび見つれば、目も立たずかし。近く立てる屏風の絵などは、いとめでたけれど、見もやられず。人のかたちは、をかしうこそあれ。憎げなる調度(てうど)の中にも、一づつよき所の、常にまもらるる。にくきも、さこそはあらめとまもらるるこそわびしけれ。

313
 たくみの物食ふこそ、いと怪(あや)しけれ。寝殿を建てて、東の対(たい)だちたる屋を造るとて、たくみども居並(ゐな)みて、物食ふを、東面に出で居て見れば、まづ、持て来るや遅きと、汁物取りて皆飲みて、土器(かはらけ)はつい据ゑつ。次に合はせ(=おかず)を皆食ひつれば、御物(おもの=ご飯)は不用なンめりと見るほどに、やがてこそ(=ご飯を)失せにしか(イくひてしか)。三四人居たりし者の、皆させしかば、工匠(たくみ)のさるなンめりと思ふなり。あな、もたいな(=不届き)の事もや。

314
 物語をもせよ、昔物語もせよ、さかしらに答(いら)へうちして、他人(ことびと)と物言ひまぎらはす人、いと憎し。

315
 ある所に、中の君とかや言ひける人のもとに、君達にはあらねども、その心いたく好きたる者に言はれ、心ばせなどある人の、九月ばかりに行きて、有明の月のいみじう霧りて面白き名残思ひ出でられむと、<言の葉を尽して言へるに、今はいぬらむと>遠く見送るほど[に]、え<も>言はず艶<な>[す]る程なり。出づるやうに見せて立ち帰り、立蔀(たてじとみ)合ひたる陰の方(かた)に添ひ立ちて、猶ゆきやらぬ様も言ひ知らせむと思ふに、「有明の月のありつつも」とうち言ひて、さしのぞきたる髪の頭にも寄りこず(=「頭のかみにも寄り来ず」で「驚かるる」までが女の描写か)、五寸ばかり下がりて、火ともしたるやうなる月の光<に>催(もよほ)されて驚かるる心地しければ、やをら立ち出でにけりとこそ、語りしか。

316
 女房のまかり出でまゐりする人の、車を借りたれば、心粧(よそ)ひしたる顔(=愛想よく)にうち言ひて貸したる牛飼童(うしかひわらは)の、例の者よりも下(しも)ざまにうち言ひて、いたう走り打つも、あなうたてと覚ゆかし。男(をのこ)どもなどの、むつかしげに、「いかで夜更けぬさきに、ゐて帰りなむ」と言ふは、なほしのぶ心推し量られて、とみの事なりと、また(=「貸してと」)言ひ触れむと覚<え>ず。

 業遠(なりとほ)の朝臣(あそん)の車のみや、夜中・暁(あかつき)分かず、人の乗るに、聊(いささ)かさる事なかりけむ、よく<こ>そ教へ習はせたりしか。道に会ひたりける女車の、深き所に落とし入れて、え引き上げで、牛飼腹立ちければ、わが従者(ずさ)して打たせければ、まして心のままに、誡(いまし)めおきたりと見えたり。

317
 好き好きしくて一人住みする人の、夜はいづこにありつらむ、暁に帰りて、やがて起きたる、まだねぶたげなる気色なれど、硯取り寄せて、墨こまやかに押し磨りて、事なしびに任せてなどはあらず、心とどめて書くまひろげ姿をかしう見ゆ。

 白き衣(きぬ)どもの上に、山吹、紅(くれなゐ)などをぞ着たる。白き単衣(ひとへ)の、いたく萎(しぼ)みたるをうちまもりつつ書き果てて、前なる人にも取らせず、わざと立ちて、小舎人童(こ<どね>[ての]りわらは)を、つきづきしきを、身近く呼び寄せて、うちささめきて、いぬる後も久しく眺めて、経(きやう)のさるべき<と>所々など、忍びやかに口ずさびにし居たり。奥の方に、御手水(てうづ)、粥(かゆ)などしてそそのかせば、歩み入りて、文机(ふづくえ)に押しかかりて、文をぞ見る。面白かりける所々は、うち誦(ず)んじたるも、いとをかし。

 手洗ひて、直衣(なほし)ばかりうち着て、六巻をぞ空に読む、実(まこと)にいと尊(たふ[とう]と)き程に、近き所なるべし、ありつる使(つかひ)うちけしきばめば、ふと読みさして、返事に心入るるこそ、いとほしけれ。

318
 清げなる若き人の、直衣も、うへの衣も、狩衣もいとよくて、衣(きぬ)がちに袖口厚く見えたるが、馬<に>[の]乗りて行くままに、供なる童(わらは)の、立て文を、目を空にて取りたるこそをかしけれ。

319
 前の木立(こだち)高う、庭広き家の、東南の格子ども上げ渡したれば、涼しげに透きて見ゆるに、母屋(もや)に四尺(しさく)の几帳(きちやう)立て、前に円座(わらふだ)を置きて、三十余(よ)ばかりの僧の、いと憎げならぬが、薄墨(うすずみ)の衣(ころも)、薄物(うすもの)の袈裟(けさ)など、いと鮮やかにうち装束(さうぞ)きて、香染(かうぞめ)の扇うち使ひ、千手陀羅尼(せんじゆだらに)読み居たり。

 物の怪にいたう悩めば、移すべき人とて、大(おほ)きやかなる童(わらは=よりまし)、髪などの麗(うるは)しき、生絹(すずし)の単衣(ひとへ)、鮮やかなる袴(はかま)長く、ゐざり出でて、横ざまに立てる三尺の几帳(きちやう)の前に居たれば、(=僧)外(と)ざまにひねりのきて、いと細うにほやかなる独鈷(とこ)を取らせて、「おお」と目うち塞(ひさ)ぎて読む陀羅尼(だらに)も、いと尊(たふと)し。

 顕証(けせう)の女房あまた居て、つともまもらへたり。久しくもあらで、振るひ出でぬれば、(=童)もとの心失ひて、行ふままに、従ひ給へる護法(ごほふ)も、げに尊(たふと)し。

 兄(せうと)の、袿(うつぎ)したる細冠者(ほそくわじや)どもなどの、後ろに居て、団扇(うちは)するもあり。皆尊(たふと)がりて集りたるも、例の心ならば、いかに惑はむ、みづからは苦しからぬ事と知りながら、いみじうわび嘆きたる様の心苦しきを、付き人(びと=病人)の知り人(うど)などは、らうたく覚えて、几帳のもと近く居て、衣(きぬ)ひきつくろひなどする。

 かかる程に、よろしとて、御湯(ゆ)など北面(きたおもて)に取り次ぐほどを、若<き>人<々>[/\]は心もとなく、盤(ばん)も引き下げながら、そひゐて来るや。単衣(ひとへ)など清げに、薄色の裳など萎(な)えかかりてはあらず、いと清げなり。

 申(さる)の時にぞ、いみじうことわり言はせなどして許して、(=童)「几帳の内にとこそ思ひつれ。あさましうも出でにけるかな。いかなる事ありつらむ」<と>、いと恥づかしがりて、髪を振りかけて、すべり入りぬれば、暫(しば)しとどめて、加持(かぢ)少しして、「いかに。さはやかになり給へりや」とて、うち笑みたるも恥づかしげなり。

 「しばし候ふべきを、時(じ)のほどにもなり侍りぬべければ」と、まかり申しして出づるを、「しばし、法施報当(ほうちはうたう)参らせむ」などとどむるを、いみじう急げば、所につけたる上臈(じやうらふ)とおぼしき人、簾(す)のもとにゐざり出でて、「いと嬉しく立ち寄らせ給へりつるしるしに、いと堪へがたく思ひ給へられつるを、只今おこたるやうに侍れば、返すがへすなむよろこび聞こえさする。明日も御暇(いとま)の隙(ひま)には物せさせ給へ」など言ひつつ。「いとしうねき御物の怪に侍るめるを、たゆませ(=油断)給へば、さらなむよく侍るべき(=反語)。よろしく物せさせ給ふなるをなむ、悦び申し侍る」と、言葉ずくなにて出づるは、いと尊(たふと)きに、仏のあらはれ給へるとこそ覚ゆれ。

 清げなる童(わらは)の、髪長き、また大きやかなるが、<ひげ>[いな]生(お)ひて、思はずに髪長きが麗(うるは)しき また白髪がみむくつけげなるなど、多くて、暇無(いと<ま>な)げにて、ここかしこに、やんごとなき覚えあるこそ、法師もあらまほしきわざなンめれ。親などいかに嬉しからむとこそ、推し量らるれ。

320
 見ぐるしきもの 衣(きぬ)の背縫(せぬひ)片寄せて着たる人。また、のけくびしたる人。下簾(したすだれ)きたなげなる上達部の御車(みぐるま)。例ならぬ人の前に、子を率(ゐ)て来たる。袴(はかま)着たる童(わらは)の、足駄(あしだ)履きたる。それは今様(いまやう)の者なり。壷装束(つぼさうぞく)したる者の、急ぎて歩み来たる。法師、陰陽師の冠(かうぶり)して祓(はらへ)したる。また、色黒う痩(や)せ、憎げなる女の鬘(かづら)したる、鬚(ひげ)がちに痩せ痩せなる男と昼寝したる。何の見るかひに臥したるにかあらむ。夜などは形(かたち)も見えず、また、おしなべてさる事(=寝る事)となりにたれば、我憎げなりとて、起き居るべきにもあらずかし。翌朝(つとめて)疾く起きいぬる、目やすかし。夏、昼寝して起きゐたる、いとよき人こそ、今少しをかしけれ。えせかたちは、つやめき寝腫れて、ようせずば、頬(ほほ)ゆがみもしつべし。かたみにうち見かはしたらむ程の、生けるかひなきよ。色黒き人の生絹(すずし)単衣(ひとへ)着たる、いと見ぐるしかし。のし単衣(ひとへ)も同じく透きたれど、それはかたはにも見えず。臍(ほぞ)の通りたればにやあらむ。

321
 物暗うなりて、文字も書かれずなりたり。筆も使ひ果てて、これを書き果てばや。

 この草子は、目に見え心に思ふ事を、人やは見むずると思ひて、徒然なる里居(さとゐ)のほど、書き集めたるを、あいなく人のため便なき言ひ過(すぐ)しなどしつべき所々もあれば、清う隠したりと思ふを、涙せきあへずこそなりにけれ。

 宮の御前に、内の大殿(おとど)の奉り給へりし御草子を、「これに何を書かまし」と、「うへの御前には、史記といふ文をなむ書かせ給へる」とのたまはせしを、「枕にこそはし侍らめ」と申ししかば、「さは得よ」とて給はせたりしを、あやしきを、こじや何やと、尽きせず多かる紙の数を書きてつくさむとせしに、いと物おぼえぬ事ぞ多かるや。

 大方これは、世ノ中にをかしき事を、人のめでたしなど思ふべき事、なほ選(え)り出でて、歌なども木草鳥虫をも言ひ出だしたらばこそ、「思ふほどよりはわろし。心見つなり」とそしられめ。心一つにおのづから思ふ事を、戯(たはぶ)れ<に>[ぬ]書きつけたれば、物に立ちまじり、人並み並みなるべき耳(=評判)を聞くべきものかはと思ひしに、「恥づかしさ」なども、見る人は<の>[し]たまふなれば、いとあやしくぞあるや。実(げ)にそれもことわり、人の憎むをもよしと言ひ、褒むるをもあしと言ふは、心の程こそ推し量りたれ。ただ、人に見えけむぞねたきや。

322
 左中将のいまだ伊勢の守(かみ)と聞こえし時、里におはしたりしに、端の方なりし畳をさし出で<し>[ゝ]物は、この草子も乗りて出でにけり。惑ひ取り入れしかども、やがて持ておはして、いと久しくありてぞ帰りにし。それよりそめたるなめりとぞ。

323
 わが心にもめでたくも思ふ事を、人に語り、かやうにも書きつくれば、君の御ため軽々しきやうなるも、いとかしこし。

 されど、この草子は、目に<見え>[そ]心に思ふ事の、よしなくあやしきも、徒然なるをりに、人やは見むとするに思ひて書き集めたるを、あいなく人のため便なき言ひ過ごししつべき所々あれば、いとよく隠しおきたりと思ひしを、涙せきあへずこそなりにけれ。

 宮の御前に、内の大殿(おとど)の奉らせ給へりける草子を、「これに何をか書かまし」と、「うへの御前には史記といふ文をなむ、一部書かせ給ふなり。古今をや書かまし」などのたまはせしを、「これ給ひて、枕にし侍らばや」と啓せしかば、「さらば得よ」とて給はせたりしを、持ちて、里にまかり出でて、御前わたりの恋しく思ひ出でらるる事あやしきを、こじや何やと、尽きせず多かる料紙を書きつくさむとせしほどに、いとど物おぼえぬ事のみぞ多かるや。

 これは、また、世ノ中にをかしくもめでたしくも人の思ふべき事を選(え)り出でたるかは。ただ心一つに思ふ事を戯(たはぶ)れに書きつけたれば、物に立ちまじり、人並み並みなるべき物かはと思ひたるに、「恥づかし」など、見る人の、のたまふらむこそあやしけれ。また、それもさる事ぞかし。人の、物のよしあし言ひたるは、心の程こそ推し量らるれ。ただ人に見えそむるのみぞ、草木の花よりはじめて虫にいたるまで、ねたきわざなる。何事もただわが心につきておぼゆる事を、人の語る歌物語、世のありさま、雨、風、霜、雪の上をも言ひたるに、をかしく興ある事もありなむ。また、「あやしくかかる事のみ興あり、をかしくおぼゆらむ」と、そのほどのそしられば、罪さり所なし。さて人並み並みに、物に立ちまじらはせ、見せひろめかさむとは思はぬものなれば、えせにも、やさしくも、けしからずも、心づきなくもある事どももあれど、わざと取り立てて、人々しく人のそしるべき事もあらず。

 上手の歌をよみたる歌を、物おぼえぬ人は、そしらずやはある。雁(かり)の子食はぬ人もあンめり。梅の花をすさまじと思ふ人もありなむ。在家(ざいけ)の子は、朝顔(あさがほ)[の]引き捨てずやはありける。さやうにこそは、おしはからめ、げになまねたくもおぼえぬべき事ぞかし。されどなほこのすずろ事の、知らぬばかり好ましくて置かれぬをばいかがせむずる。

 権(ごんの)中将のいまだ伊勢の守(かみ)と聞こえし時におはしたるに、端の方なる畳押し出でてすゑ奉りしに、にくき物とは、草子ながら乗りて出でにけり。惑ひて取らむとするほどに、長やかにさし出でむ腕(かひな)つきも片端(かたは)なるも思ふに、「けしきの物かな」とて、取りてやがて持ておはしにより、ありき始めて、済政(なりまさ)の式部の君など、つぎつぎ聞きてありきそめて、かく笑はるるなンめりかしと。

奥書

 枕草子は、人ごとに持たれども、まことによき本は世にありがたき物なり。これもさまではなけれど、能因が本と聞けば、むげにはあらじと思ひて、書き写してさぶらふぞ。草子がらも手がらもわろけれど、これはいたく人などに貨さでおかれさぶらふべし。なべておほかる中に、なのめなれど、なほこの本もいと心よくもおぼえさぶらはず。さきの一条院の一品の宮の本とて見しこそ、めでたかりしか、と本には見えたり。

 これ書きたる清少納言は、あまり優にて、並み並みなる人の、まことしくうち頼みしつべきなどをば語らはず、艶(えん)になまめきたる事をのみ思ひて過ぎにけり。宮にも、御世衰(おとろ)へにける後(のち)には、常にも候(さぶら)はず。さるほどに失せたまひにければ、それを憂き事に思ひて、またこと方(かた)ざまに身を思ひ立つ事もなくて過ぐしけるに、さるべく親しく頼むべき人も、やうやう失せ果てて、子なども全て持たざりけるままに、せん方もなくて、年老いにければ、さま変へて、乳母子(めのとご)のゆかりありて、阿波の国に行きて、あやしき萱屋(かやや)に住みける。つづりといふ物を帽子にして、襖(あを)などいふ物乾しに、外(と)に出でて帰るとて、「昔の直衣姿こそ思ひ出でらるれ」と言ひけむこそ、なほ古き心の残れりけるにやと、あはれにおぼゆれ。されば、人の終(をは)りの、思ふやうなる事、若くていみじきにもよらざりけるとこそおぼゆれ。


2009.1 - Tomokazu Hanafusa / メール

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