「私、変わりたい!」
 麻帆良学園学生寮665号室の中心でもないところで愛ではないことを叫んだのは、我ら
がヒロイン村上夏美その人である。
「急にどうしたの? 夏美ちゃん」
 隣で突然そんなことを言われては、まったりとお茶を飲んでいた那波千鶴がそう思うの
も当然である。
「私は確かに可愛い娘ぞろいのクラスの中では目立たないごく普通の中学生だけど……い
つまでもこのままでいいのか!」
 バン! と机を叩く。
「いや、良くない!」
 反語である。
「今こそ、私は変わる!」
 本人同様あまり目立たない胸を張り、立ち上がる夏美。そのまなざしは45度。その先か
ら光が降り注いでいるような気がする。
「立派なこころざしですわね、夏美さん」
 夏美の向かい側でお茶をすすっていたいいんちょこと雪広あやかは、そんな夏美をほほ
えましく見つめた。
「そないなこと言うても、どないすんねん、実際」
 反面、あやかの隣に座っている居候、犬上小太郎はあきれた目で夏美を見つめた。
「え、いや、それは、うーん……」
 どうやらそこまでは考えていなかったようだ。先程の勢いはどこへやら。夏美はボフッ
と座布団に腰を下ろし、考え込んでしまった。
「夏美ちゃんが変わる方法ねぇ」
「何があるかしら?」
「せやなぁ……」
 机を囲んで考える四人。
「そう、例えば……クラスのみんなにあって、私に足りないものとか!」
 最初に顔を上げたのは言い出しっぺの夏美だった。
「クラスのみんなにあって……」
「夏美さんに足りないもの……」
「というと……?」
 残りの三人は引き続き考え込む。夏美はその様子を期待のこもった目で見守った。

「胸かしら?」

 ズキューン!
 千鶴の容赦ない一言に、夏美はまさにその胸を狙撃された。たつみーの仕業ではない。
「た、確かに、そうだよね……」
 千鶴はクラスナンバーワンの巨乳であるし、あやかだってスタイル抜群。他にもモデル
体型のクラスメイトはゴロゴロいる。それに対して、夏美は擬音で例えれば『ぺたーん』
だろう。涙無くしては語れない。
「でも、世の中には控えめな胸が趣味という方々も大勢いると聞いてますわ。そんなに落
ち込まなくても……」
「あやか姉ちゃん、あんまフォローになってへんで」
 モデル体型が言っても説得力はない。そもそも、そんな特殊な趣味を持つ人々に好かれ
ても嬉しくはないだろう。
「しっかし、胸かぁ。足りへん言うても、すぐにどうこうするってわけにもいかへんな
ぁ」
「あら、そんなこともないわよ?」
 何かを企んだ顔の千鶴。夏美はこういう顔をした千鶴をときどき見る。そして、その後
に何かが起こる。嫌な予感がした。
「揉めば大きくなるって言うじゃない」
 言ったときにはすでに夏美の背後に回り込んでいた。
 もにゅ。
「あう! ちょ、ちづ姉!」
 もにゅもにゅ。
「な、なななな、ちづる姉ちゃん!?」
 もにゅもにゅもにゅもにゅ。
「ふふふ……夏美ちゃん、可愛い」
 もにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅ。
「んあ、ちづ、ねぇ……」
 潤んだ瞳で悶える夏美。ああ、夏美はこのまま千鶴の毒牙にかかってしまうのか。それ
はそれで魅力的だと思っている心を否定出来ない!

「おやめなさーい!」スパーン!

 しかしそのとき、あやかのハリセンが炸裂した。いったいどこから出したのだろうか。
ネギとの仮契約によるものだと思われるが、真相については報道部が調査中である。
「ふ、不純同姓交遊ですわ!」
 同性間で不純も何もあるのかというつっこみは野暮である。
「あら、あやかったら、嫉妬しちゃって」
「し、嫉妬なんて! そ、そんなことありませんわ!」
「大丈夫、後であやかもたっぷりと可愛がってあげるから……ふふふ……」
 またしても何か企んだ顔の千鶴。そして、何故か顔を真っ赤にしてうつむくあやか。そ
の後の彼女たちにいったい何があったのかは定かではないが、二人の知り合いであるI・K
さんは、その日の夜は「なんやギシギシってベッドがきしむような音がやたらと聞こえて
きたわ」と話している。
 それはともかく。
「む、胸は今後の成長に期待するとして、他に何かないかな?」
 ふりだしに戻り、再び考える。
「胸以外に……」
「となると……」
「何やろな……」
 今度こそ、という期待を持って、夏美は三人を見守った。

「コスプレですわ!」

 バッ!
 あやかが服をつかんで脱ぎ捨てたと思ったらあら不思議、ビブリオレッドローズ参上!
「日常という服を脱ぎ捨て、非日常という新たな自分を身にまとうには、そう! コスプ
レしかありませんわ!」
 どうやら麻帆良祭のコスプレコンテストがあやかに新しい道を見せてしまったらしい。
あまりの展開に、夏美たちはポカーンとあやかを見つめるのみだ。
「夏美さん、あなたが演劇をおやりになってるのも、新たな自分に変われるかもしれない
と思ってるからじゃなくて!」
 ハッと正気に戻る夏美。
「そ、そうだ、私は……自分が嫌いで、そんな自分を変えたくて、変わりたくて、演劇部
に入った……でも、私はまだ、何も変わってない!」
「そんなあなたを今すぐ変えてくれるもの、それが……」
「コスプレ……」
「ええ、そうですわ。コスプレで夏美さんは変われるのですわ!」
 力強い言葉。夏美は雷に打たれたかのように震えた。
「いいんちょ、私……!」
「わかってますわ……さあ、ご一緒に! 世界の本を守るため!」
「世界の本を守るため!」
「ビブリオレッドローズ!」
「ビブリオピンクチューリップ!」
「二人あわせて」
「魔法少女」
「「ビブリオン!!」」
 チャン♪

「ってアホかーっ!」スパスパーン!

 真面目にアホな空気に耐えきれず、小太郎のハリセンが炸裂した。いったいどこから出
したのだろうか。ネギとの仮契約によるもの思われるがってんなわけあるか! アニメ版
でもそこまでしねぇよ! ヒロイン火葬すんなよ!
 すいません、取り乱しました。
「普段からそないなカッコしたらただの変人やんけ! ていうか根本的解決になってへん
わ!」
「そうよねぇ。やっぱり胸を」
「いやそれももうええから!」
 関西人の血がマックスハートである。
「そもそも、夏美ねえちゃんが変わる必要ってあるんか?」
「え? そ、それは……」
 それは、と言ったまま、夏美は止まってしまった。
「夏美ねえちゃんは夏美ねえちゃんやないか。何も無理に変わる必要はあらへん」
 ぶっきらぼうに、だけど優しく、その言葉は夏美の心に響いていった。
「違うか?」
「……ううん。そうだよね。私は、私。他の人と違って当たり前だよね」
 そう、個性が尊重されるこの時代。独創的であることが賞賛され、普通であることが罪
のように言われているが、そうではない。独創的な人、普通な人、一人一人の個性が大切
なものである。夏美はやっとそのことに気づけた。
「大事な事、気づかせてくれてありがとう、小太郎君」
 その笑顔はまるで太陽のように、見る者をも明るくする笑顔。
「お、おう……礼を言われるまでも、あらへんで」
 だけど小太郎には眩しすぎて、今度は小太郎が止まってしまうのだった。

「つまり夏美ちゃんには脇役がお似合いってことね♪」

 ピシッ!
 またしても千鶴の容赦ない一言に、夏美は石化した。フェイトの仕業ではない。
「ち、ちづる姉ちゃん! せっかくいい感じで終われるところやったのに!」
「ホホホ、つい口が滑っちゃったわ♪」
「ああっ! 夏美さんがガラガラと崩れていきますわ!」
「老けてるくせにそないに可愛く言ってもダメやで!」
「老けてる……?」
「ああっ! 夏美さんが砂になって風に乗せられてサラサラと!」
「し、しまった! ち、ちづる姉ちゃん、ネギは! ネギはやめ……ッ!」
「ふふふ、今日は何本入るかしらね……」
「ちょっとお二人とも! 夏美さんを助けないとってああっ! 窓の外にー! 夏美さー
ん!」


 今日も麻帆良学園はにぎやかでしたとさ。めでたしめでたし。



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