退院後の話(2007/09/02更新)

さてさて、病院を出て妻の運転する車で家に向かうのだが、相変わらずケツの痛みは生まれてこの方、経験したことのない痛みが続いていた。きっと女の人が子供を産むときの陣痛の痛みって、こんな感じなのかなあ。などと馬鹿なことが頭に浮かんだりする。車がちょとした段差を超えるときの振動でも「くーっ」などと小さな悲鳴が出てしまう。エアコンの効いた車内なのだが、額には脂汗が滴っていた。

それでも1時間と少々で我が家に帰り着いた。一日ぶりの我が家はずいぶんと久しぶりのような気がした。病院で処方された大量の薬の袋をかかえて車をおりた。

家に入り「ふ〜」などと、ため息を一つ付く。

居間のテーブルで一息ついていると、家内が冷蔵庫からビールを一本取り出して、グラスを添えて持ってきた。ビールはよく冷えているらしく瓶には結露して付着した水滴が無数に付いていて実にうまそうである。当然であるが医者にはアルコールは止められていた。しかし、そんなことは俺も家内も承知の上である。俺はビールを我慢する気など全くなかった。家内も絶対我慢できるわけがない事を見抜いていたし、万が一このビールを我慢できたとしても、夕飯の時には飲んでしまうことが解っていたのだ。

俺は「一本だけね・・」と心の中でつぶやいてビールの栓を抜いた。チューハイ用の大きめのグラスに注ぎ、ゆっくりと飲んだ。うまい。ああ生きて帰れて本当に良かった。と思った。おおげさのようだが本当にそう思ったのであった。一本飲んでしまうと少し目が回った。居間の大きなテレビの前に来客用の布団を敷いてもらい横になった。ケツの部分に大きなバスタオルを敷いてだ。実は手術が終わってからは常にケツにぶ厚いガーゼがあてがわれていた。量は多くないのだが手術の傷から出血していて、未だに止まっていなかった。来客用の布団が血染めになっては困るので、厚めのバスタオルを敷いた。病院にいるときなどはビニールのレジャーシートをケツの下に敷いていたほどなのである。

一日数回、肛門を洗浄して軟膏を塗布しなければならないのだが、そのたびにガーゼに血が付着していた。それにしても、このガーゼはまことに具合が悪い。油断しているとすぐにずれてしまうし、とても厚いので仰向けに寝ていると違和感が大きいのだ。そこで俺はひらめいた。出血を受け止める為の専用シートが有るではないか。高分子吸収シートというヤツである。幸い我が家には現役の女がいるので、絶対に有るはずである。早速家内に相談すると、夜用の薄くて長い物が良いだろうということになった。さっそく使ってみると実に具合が良い。

男には解らないだろうから説明しよう。医者に言われたガーゼの使い方は10枚くらいに重ねたガーゼを絆創膏でケツに貼り付けて、しかる後にブリーフタイプのぴちぴちパンツを履いて、ガーゼを固定する方法だったのだが、この方法だと絆創膏を貼ったところが痒くなるし、簡単にガーゼがずれてしまってパンツを汚す事が多いのである。それに比べて、女性の生理用ナプキンというのは、まったく優れていた。ナプキンの裏側(パンツ側)が粘着シートになっていて、このシートがパンツに張り付くのである。なので使い方は、あらかじめパンツの方にナプキンを貼り付けて固定してしまい、あとは普通に履くだけで良いのである。そしてさらに俺を驚かせたのは、その時々に応じてのバリエーションの多さなのであった。多い日用、夜用、少ない日用、等々、大きさや厚みに様々な種類が有るのである。我が妻の所有していた物でさえ4種類くらい有った。その中で一番具合が良いのは夜用のロングタイプで薄型のやつだ。薄型といっても、そのキャパシティーは女性の生理中の出血量に対応しているはずなので、俺のケツの穴からの出血量など微々たる物である。充分に安心して一日が過ごせるのであった。

しかし、女性用の生理用品など着用していると、なんだか妙な気分になるのであった。コーヒーカップを持つときなど、ついつい小指が立ってしまうし、言葉遣いも心なしか女っぽくなってしまう気がする。不思議である。

話は違うが、実は俺は生理用ナプキンを使うのは初めてではない。オートバイ競技をしているときには時々使用していた。とんでもない用途外使用なのだが、非常に重宝なのである。どんな使用方法かというと、ヘルメットとおでこの間に挟むのである。真夏のレース中などは、もの凄く暑くて汗を沢山かくのだが、頭から流れ出る汗が目に入ってくるのである。そうすると目がよく見えなくなり非常に危険なのだ。まさかレース中にヘルメットを脱いで汗を拭うわけにもいかないので、このようなとんでもない使い方を考え出したやつがいたのだ。だれが考え出したのかは知らないが、モトクロスやトライアルの選手の間では、ごく普通に行われている裏技なのである。いまはどうか知らないが、俺が現役だった頃は国内のトップクラスの選手でも使っていたはずである。

話が逸れたので戻そう。

微量ではあるが出血は1週間ほど続いた。強烈な痛みは4日目から治まりだして、退院5日目からは職場に復帰した。当然ではあるがケツには夜用ロングをあてがってである。

勤務中も数時間おきにケツの洗浄と軟膏の塗布は行わなければならないのだが、一つ問題が有った。軟膏を塗るときにナプキンも新しいやつに交換するのだが、男用のトイレには汚物入れが無いのだ。女性用トイレに普通に置いてある白い三角柱のアレである。水洗トイレには流せないので、トイレを出るときには手に持って出る訳なのだが、まさかオフィスのゴミ箱に棄てるわけにもいかないので、その処理には苦労するのであった。

10日もたつと徐々に痛みも無くなってきて、出血もほぼ収まった。ナプキンは非常時用に何時も持ち歩いていたが、通常は付けていなかった。

そして約2週間が経過した頃、事件が起きたのであった。

糞をするとき以外はほとんど痛みが無くなっていたので、この日は現場に出て測量などの業務をこなした。医者には1ヶ月程度は激しい運動は避けるように言われていたのだが、現実は厳しく、そうも言っていられないのであった。工事用の足場を上がったり降りたりして結構な運動量になってしまった。そしてその足場の上で測量をしているときに誤って携帯電話を落としてしまったのであった。高さは8mほどあったので、携帯電話は無惨にもバラバラであった。仕方がないので会社が終わってからドコモの販売店に行った。

店のカウンターできれいなお姉さんに、あれやこれやと説明を受けて新しい携帯を購入した。

そして金を払い席を立った時であった!俺が座っていた椅子に真っ赤な血がベッタリ付いていたのだ。その量たるや、直径が約20僂曚匹梁腓な血糊が白っぽい木製の椅子に日の丸のように付いていたのである。その原因は当然ながら俺のケツの穴からの出血であった。あわてた俺は思わずその椅子にもう一度座ってしまったのであった。瞬間的に「とりあえず隠さなくては」と判断してしまい、自分のケツで素早く椅子の血糊を隠してしまったのである。一度帰ろうとしたお客が突然座り直したので、カウンターの向こうのお姉さんがビックリしていたが、こっちはもっとビックリしているのである。しかも俺は昔から血を見ると貧血を起こして気持ちが悪くなる癖があった。この時も少し吐き気がしていた。たぶん顔色は真っ青だったと思う。もう頭の中は真っ白で、どうして良いかまったく解らなかった。お姉さんが「え〜と・・何かまだご用でしょうか?」などと聞いてきてきたのだが、完全にパニック状態の俺は答えることができない。しどろもどろに「えーと、えーと・・・なんだっけな・・」などと訳のわからない事を口走るのが精一杯であった。いっそのこと死んだふりでもして、このまま倒れちゃおうかな。とも思った。しかし俺は冷や汗をたっぷりしたたらせながらも頭をフル回転させた。完全にパニック状態の頭が導き出した結論は、何しろこの事実は隠し通してしまう事である。もしも発覚してしまうと、これはもう激しく恥ずかしい事である。我が人生に置いてこれほど恥ずかしい目に遭ったことはかつて無かった。どこかを怪我して出血してしまったというのとは訳が違う。ケツの穴からの出血である。ああ、イヤだイヤだ。それは絶対イヤである。そして咄嗟に考え出した作戦は、密かに椅子に付着した血糊を掃除してしまうことと、真っ赤に染まったズボンを誰にも見られずに店を出てしまうことであった。店の外は既に夜になっていたので、店を出た時点で誰かに見られる可能性はグッと下がるはずだ。そして、闇に紛れて車に乗ってしまえばミッション完了である。

俺は瞬時にその作戦のシナリオを組み立て実行に移した。

カウンターのおねえさんに「あのー・・鼻水がたれてきちゃったんでティッシュもらえる?」と言い、椅子を掃除する為のティッシュを確保した。次に本当は鼻水など垂れていないのだがティッシュでおおげさに鼻をかんだ。「ありがとね」と礼を言いながら席を立ちつつ、椅子の上に鼻をかんだティッシュをわざと落とした。そして「あちゃ〜、鼻水が椅子に付いちゃったよ。ごめんね。ちゃんと拭いとくかんね。」などと言って、素早く椅子の血糊をふき取ってしまったのであった。ふき取ったティッシュも素早くポケットの中に突っ込んでしまった。

この時点で作戦の50%は成功であった。

あとはズボンにもベッタリ付いている血糊を隠しながら店を出る作戦である。「これ貰っていいかな。家内も新しい携帯をほしがってたのでね。」と言って、カウンターに沢山置いてあった携帯電話のパンフレットを数枚抜き取った。おねえさんは「どおぞ御自由にお持ちください」とニッコリ笑いながら答えた。俺は「ありがとね」と言いつつ、それを後ろ手にもってケツの血糊をかくしながら店を出た。店を出てからは駐車場の車まで全力でダッシュである。車にたどり着いて、先ほどのパンフレットを車の座席に敷いた。座席が血まみれになってはイヤだからである。

車の中で煙草に火をつけ安堵の一服をしながら、店の中の様子をこっそりうかがったが、俺の座っていたカウンターにはすでに別のお客が座っていて、店内に不自然な動きや騒ぎなども確認されなかった。作戦成功であった。

家に帰り、家内にその出来事を話すと、べつにビックリするでもなく、「それは大変だったね。それよりズボンの汚れ落ちるかなあ」などと、ズボンの心配をしていたのであった。男ではこんな経験は滅多にしないのが普通なのだが、女性は一生の内に、一度や二度はこのような出来事に出会うのが普通らしい。考えてみればそうかもしれないな。

このような信じられない出来事を経験しつつも、一ヶ月ほどで完全に痛みは無くなった。ケツの穴に軟膏を付けるときに若干の違和感はあるが、糞をするときにも全く痛みはなく、少々便秘気味の時でも普通に排便できるようになった。一ヶ月前に比べたら夢のようである。正常なケツの穴が付いている事がもの凄くしあわせに感じるのであった。

ケツの穴の若干の違和感が無くなったのは約半年後である。医者から言われていたのは痛みが無くなるまでは1ヶ月から1ヶ月半かかります。そして完全に直るまでには3ヶ月から半年と言われていたのだ。まさにその通りであった。

そして一年たった現在。唐辛子のたっぷり入った朝鮮料理などの刺激の強い食べ物も平気で食べられるようになったし、ウイスキーやジンなどの強い酒をストレートで飲んでも全く問題なくなった。

健康なケツの穴に 万歳!