童話  そんたに古くない日詰の昔話

 この童話は私がはじめて書いた童話です。
さし絵は従姉妹の橋本和子さんが心を込めて書いてくれました。
 世の中に失敗をしたという経験を持たない人はいないでしょう。
それでも、その失敗を乗り越えたときには、 その失敗さえもが与えられるべくして与えられたような気になるから不思議です。
 私は失敗という経験を乗り越えて成長する人の姿を表現したいと思いました。
 主人公の権三は私の子供や従姉妹の孫だったり、蔵前で相撲取りの修行を積んだという祖父や鍛冶屋の父、そして兄だったりします。
 私は権三に、小さいときから鍛冶屋の鎚音を聞いて育った私の思いや願いを託しました。
 この童話が少しでも皆さまの心に触れることが出来れば童話を書くという夢のようなことが実現できた私にとって無上の喜びです。
 そして、幼いときから杉っ葉拾いのときも、石蹴りで遊ぶときも、私を背負いかわいがってくれた橋本和子さんと、 ここまで私を成長させてくださった全ての皆さまに感謝したい気持ちでいっぱいです。
         

下から順に掲載しております。

*「権三のあやまち 7」 《鉄》          未掲載

*「権三のあやまち 6」 《馬力大会》     掲載中

*「権三のあやまち 5」 《八百長》      掲載中

*「フセの団子」                 掲載中

*「権三のあやまち 4」 《毒キノコ》      掲載中

*「権三のあやまち 3」 《秘密》        掲載中

*「権三のあやまち 2」 《ツバメ》       掲載中

*「建具屋の木ちゃん」             掲載中

*「権三のあやまち 1」 《瞳》          掲載中

 

そんたに古くない日詰の昔話「権三のあやまち 6」

≪馬力大会≫                              平成16年 3月 記

 方々の雪をかき集めては下流のほうにどんどんと送り込んでいた川の水がゆったりとした流れになったころです。
登ったばかりのお日さまの光の輪がぼんやりと光っていました。
その光の輪を薄い雲が障子紙のようにボーッと映し出していました。
 権三が「コーコー」という鳴き声に空を見あげると、白鳥が長いVの字をかたどって権三の頭の上を過ぎていくところでした。
ところが、白鳥はお日さまの光の輪に差しかかると飛び込むように次々に見えなくなりました。
「アッ、燃やされてしまう」権三はつぶやきました。
しかし、白鳥は何事もないような姿で悠々と光の輪から姿を現しました。
「大丈夫だ、燃やされてはいない」権三は見あげていた首を地面のほうに向けました。
  土手の下にはオオイヌノフグリのちいさい花が一面に咲いています。
お日さまの当たる斜面をよく見ると、フキノトウが枯れ草の中から顔を覗かせています。
ひとつ摘み取るとキラキラとした霜柱の結晶が付いていて手の中で解けていきました。

権三はしばらくぶりで河原に立ち、向こう岸を眺めました。
川の東側には、なだらかな丘がだんだらに折り重なるように桑畑が続いているはずなのですが・・・
「いやー、桑畑がなくなってる」
 権三も話には聞いていました。近頃では絹織物が化学繊維に押されて、カイコが売れないのでした。
ですから、ほとんどの家では養蚕を止めてしまい、桑の木をどんどん切り倒しているのです。
 あの火事で助け出した女の子の家でも桑畑の木を切り倒したらしく、切り株だけがポツポツと緑の草の中に見えます。
「そうだ、ものは試し、お父の病気に効くか効かないかはわからねんども、あの桑の木の根っこ貰ってきてお父に飲ませてみるべえ」
 権三は思い切って訪ねてみました。
「シューパタン、シューパタン」と家の中からは機織りの音が聞こえてきました。
あの女の子が織っているにちがいありません。
「ごめんくなんせ、ちょっとおたずね申しやんす」権三は出てきた父 様に訳を話しました。
「いがす、ちょうど娘の嫁入り支度してやるべっと、今度の馬力大会に出すけしてら馬っこいだ。
その馬っこ貸してやるがら、掘ったぐって持ってげ、持ってげ。」と言ってこころよく承知してくれました。

 機を織っていた女の子の名はキエだとわかりました。
権三はキエに会ったとき一目見て、あの火事のとき燃えさかる炎の中から自分の手の中に落ちてきた女の子だとわかりました。
左の頬にはくっきりと馬の足跡のような火傷の跡が残っていましたし、何よりも真っ直ぐに人を見つめる黒曜石のような瞳がキラキラと輝いていました。
キエもわかったようでした。深々と頭を下げて
「どうも・・・」
 か細い声で言ったきり、うつむきました。
 キエは、桑の葉を一生懸命食べて糸を吐き出すカイコが大好きでした。
そうして出来た繭玉から糸をより出す仕事はいくらやっても飽きるということはありませんでした。
束ねた糸をアザミの花やヨモギの草で染めて織り出すときはもう夢中で少しも休まず働くのでした。
 また、キエはたった一頭飼っている馬っこをとても大事にしていました。
飼葉桶に馬っこの大好きなクズの葉を一杯入れ、そのバラバラとした灰色のタテガミを撫でながらよく、こう語りかけていました。
「おれ、このまま機織りして一生暮らせたらどんなにいいんだが・・・」

 馬力大会は町の高台のある小学校の校庭で行われます。
そこからは東の山に朝日が美しく昇るのが見えました。
馬力大会の当日になると、あちこちの村から働きものの馬が親方さんの持つ手綱に引かれて集まってきました。
 校庭には小山のような土手が二重に築かれ、一トンもあるという木材が積まれたソリが用意されています。
会場は馬のいななき、血気にはやる引き手の男どもの大声、見物人の笑い声で熱気に包まれています。
やがて午前のレースを終えました。
勝ち残った馬は桜の太い幹に繋がれ、まるで何事もなかったかのように山と積まれた青草を食べ、飼い主は頭を撫でながら普段食べさせることのない人参を差し出すのです。
    権三は午後の決勝レースが始まるのを待っていました。
キエのところの馬も勝ち残っていました。
勝ち残った馬たちはどの馬もビロードのようなツヤツヤした毛並みと大きな体で、トウモロコシのヒゲのようなゴワゴワしたタテガミを垂らし、両の耳をピンと立てて負けじと胸を張る親方さんに引かれて一線に並んでいました。
「ドーン」ピストルの音が鳴り響きました。
 いっせいに土煙をあげ、ソリがうなりを上げて馬に引かれていきます。
 キエの馬が先頭にたって第一の小山を越えていきます。
「いいぞいいぞ、そのまま行け!」
 権三は心の中で叫びました。
 ところが二つ目の小山のてっぺんに馬が足をかけたときのことです。
誰もが想像しなかったことが起きました。
前方の桜の木の根かたでじっと馬を見ているキエの姿が馬の目に入ったのです。
その途端、馬は電気ショックを受けたみたいに固まり、足を踏み出すのを止めてしまいました。
キエの悲しそうな瞳を馬は瞬時に見て取りました。
馬には分かっていたのでした。
馬力大会に優勝して高い値で売られたお金でキエはどこかに嫁に出されるのです。
このレースに勝つことはキエとの別れを意味していました。だから、馬は足を止めたのでした。

   しかし、突然止まったのですからたまりません。
馬はいやおうがなく重たいソリに引きずられるように小山の下に後退しそうです。
首は苦しさのあまり大きくのけぞり、このまま引きずられていったら馬の大きな胴体は倒れて怪我をしてしまうでしょう・・・。
それは馬にとって、死を意味します。怪我をした馬は殺される運命が待っているからです。
他の馬は次々と二つ目の小山を越えてゴールに飛び込んでいきました。
 そのときです。
「行くんだ、行くんだ!もう戻れないんだ。越えるしかないんだ」
 叫びながら権三が飛び込んでいったのです。
そしてソリがズルズルと下がるのを押しとどめ、満身の力を込めて押し上げようとしたのです。
ソリは権三の怪力で下がるのはくい止められました。しかし、あとはピクリともしません。
会場のみんなは何が起こったかわからないようにその様子を見つめるだけでした。
 ソリの後ろに立って人間が押すということは前代未聞のことでした。
転がり落ちるものを押しとどめられる訳がないと思われていました。そして、それは大変危険なことでした。
まかり間違うと、馬に踏み倒されて死んでしまう恐れがあるからです。
ですから、馬が止まった時点でその馬は失格ということになっていました。
 すると、赤い旗を右手に高く掲げて審判員が出てきました。
そして大きい声で叫びました。
「失格!」
 会場内の目がいっせいに権三と馬に向けられました。
 しかし、権三はかすれかかった大きな声で、もう一度叫びました。
「行くんだ、行くんだ!越えるんだ!」
 馬は権三の声にハッとしたようでした。
首をふるわせて「ヒヒーン」と大きくいななくと踏み止めた足を前に出そうとしました。
その必死の姿は会場のみんなの気持ちを大きく動かしたようでした。
あっちからもこっちからもソリの後ろや横に男どもが集まってきました。
男どもは皆、満身の力を込めてソリを押し上げました。
会場内に
「ソーレ、ソーレ」のかけ声がひびきわたりました。
ソリがジリッ、ジリッと引き上げられていきます。
馬も足をダガダガと振るわせるように一歩、一歩と足を前に出します。
 とうとう小山を越えました。
「ワーッ」と歓声が上がります。
 手綱をつかんでゴールに着いた途端、父様はヘナヘナと座り込んでしまいました。
かけつけたキエは荒い息を吐き、汗でびっしりと濡れた馬の首っつらにしがみついて、顔をうずめました。
 権三は全身水を浴びたようになった馬の背中にもたれたまま、しばらくボーッとして肩をふるわせて泣いているキエを見ていましたが、やにわに立ち上がりキエの肩に手をかけてこう言いました。
「なんにもいらないから、おれの家さこい」
 キエは涙で濡れた顔を上げて
「はい」と小さくうなずきました。

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  そんたに古くない日詰の昔話「権三のあやまち 5 」

≪八百長≫                              平成15年 9月 記

 権三は相撲部屋に入門することになった。
降り積もった雪が家の前に小高く積まれ、あたたかい日差しが小屋根にぶらさがったつららにまぶしく当たって水晶玉みたいな水滴がこぼれていた。
権三は迎えに来た相撲部屋の人に付き添われ、馬車引きの政さんの荷馬車に乗って日詰駅に向かった。
  日詰駅は町から大分離れていた。
町の人たちはまっ黒い石炭を燃やし、赤い火の粉をちらつかせながら煙をモクモクと吐いて走る汽車を怖れていた。
何しろそのころはどこの家でも薪や炭で煮炊きをして、ろうそくや菜種の油で灯りをとっていたから火事がとっても多かったのさ。
だから、そちこちにある井戸に消防ポンプのホースの差し入れ口を作って火事に備えたり、戦争の時などはてぬぐいに割烹着、モンペ姿のおっ母さんたちが総出でバケツリレーの消火訓練をしたんだ。
そういう訳で日詰の人たちは町からずーっと離れた田んぼの中に駅を造ったのだ。
  とにもかくにも、権三はその町並みを見ながら
 「りっぱな関取になるまでは帰らないぞ」と心に決めたんだ。

 東京の朝は早い。
一番鶏がけたたましく時を告げる。すると権三ははね起きて、ちゃんこ鍋の買い出しに魚河岸に行くのだった。
天秤棒を器用に担いだ威勢のいい兄ちゃんがかけまわり、ねじりはちまきをした爺さんが渋い声で売り声をかける。
その雰囲気がどこか日詰に似ていた。
そこでは魚だけではなく、野菜や乾物など色々の品物が売られるのはもちろん、天ぷらやウナギ、どんこ汁なんかを食べさせてくれる屋台が並んでとても賑やかだった。
  通りのはじっこにおもちゃを並べて輪投げをさせ、うまく入ったらその品物がとれるという屋台があった。
ひとりの若い娘さんがお金を渡し、三本の輪を受け取って投げようとしているのが目に入った。
あまり高そうではないおもちゃが並んだ中に木彫りの仏像が置いてある。
ダボシャツを着た若い兄ちゃんが口上を述べた。
 「さあお立ち会い、お立ち会い!ここにいらっしゃるお仏さんはただのお仏さんとは訳がちがうよ。
円空さんという偉〜いお坊さんが一宿一飯の恩義にと、軒に積んでいた数ある薪の中から、これぞ魂有りとにらんだ薪をナタで割り、一心不乱に彫ってくださった御利益間違いなしのありがた〜いお仏さんなんだ。」言うか言わない内に三本目の輪がうまいこと、その仏像にすっぽりとはまったんだ。
すると、その兄ちゃんは喜んでいる娘さんに
 「あ〜、おきれいな娘さん残念なことをしたな。このお仏さんは一本じゃあダメなんだよ。」と言っている。
権三は黙ってはいられなかった。
根っからの負けじ魂がムクムクと頭をもたげてきた。
 「じゃあ、おれやってみる。三本入れば文句はないんだろう」と言ったのだ。
いつの間にか人だかりがしてきた。
権三はこういう事には自信があった。
ねらいを定めて投げると二本までは気持ちよくスポッ、スポッと入った。ところが三本目は入ることは入ったが仏像が倒れてしまった。
兄ちゃんが
 「あ〜、残念・・・」と言いかけたときだ。後ろの方で
 「今度は倒れたからダメだと言うんだろう。」という声がした。
いつの間に来ていたのか体の大きな相撲取りが人をかき分けて出てきた。
振り返った娘さんが
 「あら、お兄さま。見てらしたのね」と首をすくめた。
その相撲取りが権三に向かって
 「妹のマイがお世話になって・・・」と頭を下げた。
屋台の兄ちゃんが三人の顔をかわるがわる見比べながら
 「これで、めでたしめでたし」と言ったので三人は
 「ワハハハ、ワハハハ」と笑った。

 権三はその後、ウナギ屋に連れて行かれ、おいしいウナギをたらふくごちそうになった。
 相撲取りは黒川といって江戸っ子生まれ、三十歳近くになるが幕下で呻吟している関取であった。
 それからはちょいちょい三人で待ち合わせてはおいしいものを腹一杯食べ歩いた。
権三はマイのポンポンといいたいことを言う江戸弁に目を丸くしながらも、その物怖じしないさっぱりとした性格が麻の手触りのように心地よかった。
マイは小さいときから日本舞踊をやっていたが、それに飽きたらず西洋のフラメンコダンスにとりつかれていた。
フラメンコは馬が蹄をカッカッと鳴らして駆けめぐるような情熱的な踊りだった。
その話に権三は引き込まれた。
 権三も父がいつも
 「鉄は熱いうちに叩け!」と言っていたのを思い出し
 『おれも頭突き押しでまっしぐらに押しまくるぞ』と思うのだった。

 権三の昇進にはめざましいものがあった。
一年もたたないうちに序二段、三年目には幕下十両に張り出されるまでになった。
 すっかり顔なじみになっていた魚河岸のみんなから化粧まわしが贈られた。
しこ名も「月の山」と名づけてもらい、権三は新しい場所を迎えることになった。
 一方、黒川は今場所限りで引退することになっていた。
相撲部屋の立ち並ぶ両国で生まれ、相撲が三度の飯より好きだった。
しかし、よる年波には勝てなかった。
その黒川の最後の対戦相手は、よりによって月の山になっていた。権三の親方は
 『これは困ったことになったぞ。しかし考えようによっては権三が心を鬼にして黒川に勝つことがどちらにとっても、はなむけになることなのだ』と思った。
 黒川は最後の力を振り絞ってがんばり、何とか七勝七敗で千秋楽を迎えていた。
月の山も十両での初場所、必死で立ち向かい七勝七敗の成績までこぎつけていた。
 いよいよ千秋楽の日、桟敷にはこの対戦を見ようと沢山の人が詰めかけていた。
三十歳を越えた黒川には蓄積された技はあるものの力の衰えは否めない。
どう考えてみても、弾丸のように押しまくる権三の勢いを押さえれるとは思えなかった。
何しろ東京の人は野次馬根性がおおせいだ。
月の山が八百長をして黒川に負けるのではないかというのも興味の対象だった。
  「ひが〜し月の山、に〜し黒川」呼び出しの声が高らかに響いた。
 「見合って、見合って」と行事がいう
 黒川は無心だった。月の山も無心だった。
二人は勝負とばかりにらみ合った。
権三が目を離す寸前、これが運命の分かれ道だったかもしれない。
黒川のきれいに結い上げたもみあげに白いものがあるのが目に入った。
ほんの一瞬のことだった。
行事の手がサッとあがった。
 勝負は一進一退だった。
月の山の押しを持ちこたえてまわしをうまくつかんで投げに持ちこもうとする黒川、月の山がそれをかわしてまた猛然と押しまくるという具合だった。
しかし、休みなしに攻めてくる月の山の押しに黒川は土俵際まで追いつめられた。
必死で止めている黒川の息が荒くなってきたのが見ているものにもわかる。
月の山の強い一押しがあればもう黒川が土俵に出るのはもう間違いなしと思われるとき、一瞬の間があった。
その時だ、すかさず黒川は土俵の丸みで体をかえ投げを打った。
 ほとんど同時に二人の体はどーっと倒れた。
行司の軍配が黒川に上がった。
わずかに月の山の手が早くついたようだった。
その途端割れんばかりのかん声が場内に鳴り響いた。
 「八百長、八百長!」という声。桟敷から座布団が投げられた。
 権三は消しようがないその声を聞いた瞬間、体がピクッとけいれんし、腰が抜けたようになった。
黒川に差し出された手に縋って起きあがろうとしたとき、黒川が目を剥いて怒ったように
  「見損なったぞ」と低い声でいった。
支度部屋に戻ると親方が
 「権三お前はやさしすぎるんだ。勝負の世界では鬼にならなきゃならないときもあるんだ」といった。

 権三はすっかり打ちのめされてしまった。
マイが心配して、なぐさめたり励ましたりしてくれたが効き目はなかった。
 権三は考えれば考えるほど、なんであの時、一瞬待ってしまったのかわからなかった。
権三は八百長したつもりは全くなかった。
しかし、見ている方にそう受け取られても仕方がないと思った。
 次の場所、月の山は全敗だった。
権三は途方に暮れた。
こんなことでは日詰に戻りたくても戻れない。
権三はとぼとぼとマイが暮らしている踊りの練習場に向かった。
なにかに縋らないではいられなかったのだ。
ところがマイは権三に黙ってかねてから行きたかったスペインのフラメンコ舞踊学校に行くため、旅発ってしまっていた。
黙って行ったことがマイの別れの言葉であったかもしれない。
  マイは何を言いたかったのだろう。
夕日が東京の町を真っ赤に染めて澱んだ荒川の水に沈むところだった。
振り返ると自分の影が長く尾を引いて道に映っている。権三は気ずいた。
 『頼るべきものは自分なのだ』と。
 部屋に戻ると、権三のもとに一通の電報が届いていた。
 【チチ ビョウキ スグモドレ】 権三はとるものもとりあえず暇をもらって故郷に帰ることにした。
親方は一言こういった。
 「権三、道はひとつではないんだぞ」と。
 しばらくぶりに来た日詰の町には電信柱が立ち、電線が張りめぐらされていた。
電灯が明るく灯り、町は相変わらずのにぎわいだった。
 権三は人目を避けるように裏道を通って家の裏木戸を開けた。
作業場からお父の打つ鎚音が聞こえてくる。
  トンテンカン、トンテンカン・・・。トンテンカン、トンテンカン・・・。
その音は権三が小さいときから子守歌がわりに聞いてきた音だ。
権三はこの音を聞くと何故か眠くなるのだった。
灯りが灯っている作業場に権三は黙って入っていった。
 お父は作業場の金敷の前に立っていた。
痩せて青い顔はしているが手は正確に金敷の上の金棒を叩いている。
チラッと権三の方を見たが、黙々と金づちを振り下ろしつづけている。お母が出てきて
「お父、なんぼ無理なんだって言っても いうごときかねえんだよ。仕方ないから したいようにさせてるのさ」といった。
お父がいきなり
  「権三。向こうづちを叩け!」といった。
権三は肩に担いでいた荷物をドサッと置き
 「ハイッ」といって新しい金棒を取り出したお父の前に立った。


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〜日詰の昔話〜 「フセの団子」

                              平成15年 7月 記

 昔、郡山の町にはお代官所がありました。このお話はなんでも天保のはじめのそのころの話だったようです。
 その年は変な年でした。梅雨が長引いて、とうとうお盆になってしまいましたが、それでもさっぱりお日様が照らないのです。
 フセは今年11歳になったばかりでした。
 去年、はやり病で父さま、爺さま、婆さま、それから小さい弟たちも死んで母さまと足の悪い叔母さまと3人暮らしでした。

 母さまは火ぼとで仏様にあげる団子を作っていました。
 去年ようやく穫れたクズ米を水車小屋の杵で挽いて粉にしていたものです。
 母さまが溜息をつきながら
 「嫌な年だなあ。梅干しの色もきれいに出ないし、縁側さ広げでら団子の粉もジトジトっていっこど乾がねぇ」と言いながら、手のひらの中で二つの団子をクルクルと丸めていました。

 フセが戸口からハアハアと息を切らしながら駆け込むようにやってきて、母さまにいいました。
 「母様、昨日川流れがあって、赤子(赤ん坊)を助けようとした舟場の婆さまが一緒に流されてしまったんだと」といいました。
 母さまはそれには答えず、かまどに鍋をぐらぐらと煮え立たせた中に丸めた団子をポトンポトンと入れながら
 「フセ。もしもだよ、足の悪い叔母様と母さまが川で溺れかかっていたらどっちを助ける?」とフセに尋ねました。
 フセはすぐさま
 「母さま」といいました。
 母さまは
 「いやあ、それはいけないよ。お前は叔母さまを助けなきゃいけないよ。」とやさしく諭すようにいいました。
 フセはけげんそうな顔をして
 「どうして?」といいました。
 母さまは
 「それはね、叔母さまは長い間病気で苦しんでいるんだよ。そして体も大分弱っているんだ。本当に弱っているものを救わないでどうするんだい。わかったかい。」といいました。
 フセはよくはわかりませんでしたが母さまのいうことに間違いはないと思っていましたので
 「はい」と素直に答えました。

 お盆が過ぎると今度は台風が続けざまにやってきました。ようやく実をつけようとしていた青い稲がなぎたおされました。木の実も青くて実らないままぼたぼたと地面に落ちました。
 次の年もそうでした。天保の大飢饉です。神様への祝詞(のりと)もお供えも、まるで役には立ちませんでした。
   どこの家でも食べるものがなくなって山に行って木の根を掘ったりネズミを捕って食べたりして、何とか食いつないでいました。
   それでも、餓死者が次々と出てお寺に運ばれ葬られました。

 フセの家でも寝たきりになっていた叔母さまが『どうもありがとう・・・』といって母さまに手を合わせたまま死んでしまいました。
そのうちに、まだ息をしているのにもう助からないだろうと、お寺に運ばれていく者もいました。
 そのなかにフセの母さまもいました。
 フセもがりがりと痩せて手首も足首も金の火箸(ひばし)みたいでした。でもフセの澄んだ美しい瞳は大きく見開いていて、全てのものを受け入れているようにみえましたが、その瞳は何か大事なそれだけは失うまいと、じっと耐えて光る鉱石のような輝きがありました。

 フセはカマス(米びつ)をひっくり返して、米の粉を寄せ集めてすり鉢に入れ、すりこぎで摺って細かい粉にしました。そして、本当に小さい団子をひとつ作りました。フセはそれを母さまに持ってて食わせてやりたかったのです。その団子を塩漬けにしていた桜の葉っぱに大事に包んで家を出ました。
いつのまに来たのか白いちょうちょがフセの後についていきました。
 お城の山から続く丘がベロ(舌)を出したように伸びている林の下に湧き水がありました。そこには水神さまの小さいお社もあります。フセはそこで竹筒に水を汲みました。その時、後ろの方でなにか気配がしたのでふっと振り向くとそれは子ギツネでした。子ギツネはまん丸い目でじっとフセを見つめていました。
 「どうしたんだい、おなかがすいてるのかい?」
フセはまるで子ギツネの気持ちがわかるかのようにこういいました。そうして、大事に持っていた桜の葉っぱを広げ、団子を半分ちぎってあげました。
 「コーン・・・」
といいながら子ギツネは団子の半分をおいしそうに食べ、残りの半分を口にくわえて林の方に消えていきました。

 それからフセは町はずれにある医者さまを訪ねました。医者さまの家でもこの飢饉で病気がちだった跡継ぎが亡くなったばかりで悲しみに沈んでいました。でも医者としての勤めを果たそうと、薬草を薬研で摺り薬をこしらえていました。
 フセは必死で訳を話し医者さまにお願いしました。
 「医者さま、どうか母さまを看てやってください。お願いします」
 と、頼み込みました。
 医者さまは
 『お寺に運び込まれたのだからもう行っても助からないだろう』
 と思いました。しかし、あんまりフセが不憫に思えたので
 「わかった。」
 といって、薬草を入れた包みを持ちお寺の方へ向かいました。その後を小走りにフセがついていきました。ところが、寺の門の所まで行くとフセはまるでよたよたとして転びそうになり歩くのもやっとになりました。
 医者さまはフセの手をつかんで、手を引きながらフセの母さまが運ばれたところへ向かいました。

 境内の中に入ると、そこはもう地獄の世界でした。あちこちからうめき声が聞こえます。フセの母さまはすぐわかりました。フセが手を触ると目を開けました。声を出す力はないようでしたが、何ともやさしい目でフセのことを見ました。
 フセが
 「母さま、フセの作った団子だよ。これを食べて元気を出しておくれ。それに医者さまも来ておくれだよ。」
といって手に団子を持たせようとしました。
 すると、フセの母さまはその開けた目を隣のむしろの上でやっぱり骨と皮だけになって、今にも死にそうな一人の婆さまのほうに向けました。そして、目でその団子を婆さまにやってくれというようにしました。フセは母さまの気持ちがすぐにわかりました。母さまはいつも
 『一番弱くて、一番みじめな者を助けなさい。そうすれば、きっといいことがあるよ』
といっていたからです。
 フセは母さまのいうとおりその婆さまの手に団子を持たせました。すると、婆さまはニッコリと微笑んで、最後の力を振り絞ったのでしょう。フセの頭に手をやり頭をなでるしぐさをしました。そしてそのまま息を引き取ったのです。

 医者さまは母さまを抱き起こしました。そして持ってきた薬を少し母さまの舌の先につけました。それからフセの汲んできた水を綿布にしみこませ母さまの口元に近づけました。母さまはそれを赤子(赤ん坊)のようにチュパチュパと吸いました。
 すると母さまの頬にかすかに赤みがさしてきました。母さまはとてもすがすがしい輝くような表情をしました。フセはその顔は山の原っぱでいっしょに花を摘んで歩いたときの顔だと思いました。フセの母さまはきっと花に囲まれてあの世に行ってしまうのでしょう。フセはいつまでもその顔をながめていました。

 語り続けるのは本当に辛いことですが、フセも次の朝この世を立ちました。すっかりやせ細ってしまった両の手のひらに残った団子を載せ、医者さまの前に差し出しました。そして、これ以上の笑顔はないと思うほどの顔でニッコリ微笑みました。
 医者さまはこのときほど魂をぎゅっと掴まれるほどの気持ちになったことはありませんでした。
 それがフセの最後でした。
 フセの死んだあと、一羽の蝶々が飛び立ちました。
 フセの魂はその蝶々に乗ってあの世に行ったにちがいありません。
 医者さまは蝶々に語りかけるように
 「ふせ!よくがんばったなぁ。あの世に行ってもみんなにかわいがられるんだぞー」
 といいました。
   医者さまは自分の息子がなくなったときよりも、たくさんの涙を流しました。そうです、医者さまは後にも先にもこんなに涙を流したことはなかったのです。
 そして、お寺の境内に餓死供養碑を建てたのです。


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そんたに古くない日詰の昔話「権三のあやまち 4 」

≪毒キノコ≫                              平成15年 6月 記

 城山は昔、昔、斯波氏というお殿様のお城があったたのす。
だから城山の下には下町、十日市、上町というふうに町があって、当時は賑わっていだったんだべー。 だども南部さんに滅ぼされてからは一里坂を上がって下がったところの日詰の町が賑わったのす。
 そういう訳もあったがもしれないが、どうも日詰と古館(城山の下)の子供たちは仲が悪かったのす。
古館の子供たちだけでねぇ。赤石の子供たちも自分たちの祖先はずーっと、ずーっと昔からごろ五郎沼を中心に栄えて、 坂上田村麻呂を祀る赤石神社という立派なお社もあったから、日詰なんかに負けてたまるかって思ってらった。
だから間に挟まれた日詰の子供たちはどちらの子供たちとも角つき合うことが多かったのす。

 毎年3地区の子供たちは赤石神社で行われる三つどもえの相撲大会でその雄を競っていたんだ。
ここ2年は日詰が優勝、古館が苦杯をなめていた。 それは権三の頭突き押しにみんなやられてしまうからだった。
 その相撲大会が2、3日後に迫ったある日のこと、牛太はお母さんから頼まれて古館の叔父さんのところに使いに行ったんだ。
牛太がおそれていたとうり、一里坂を下りたところで十日市の子供たちが待ち構えていた。ところが、いつもなら
「やーい、日詰の意気地なし。悔しかったらかかってこい!」とかなんとか囃したてるのに何にも言ってこない。
おかしいな・・・と思っていると、ガキ大将の籐吉がスッと前に出て
「これは相撲大会の陣中見舞いだ。権三と二人で食ってくれ。」と言って、キノコの入った編みかごを差し出した。
牛太は一目見てそのキノコがシロシメジとよく似ているが毒キノコであることがわかった。
「いや・・・」と尻込みする牛太を4、5人の子供たちが取り囲む。籐吉が
「帰ったら川原で必ず食ってくれ。城山の上で見ている。俺たちの気持ちを無駄にしたら承知しないぞ!」と言って そのかごを無理やり牛太に押しつけて立ち去った。

 権三は裏庭で薪割りの最中だったお父が作った鉄の斧を振り下ろすとスパン、スパンと面白いように薪が割れていく。
そこへ牛太が少し青ざめたような顔をして
「古館の連中が陣中見舞いだって寄こしたけんども・・・」と言って、キノコの入ったかごを差し出した。
権三は中を見ると全てのことがわかった。そして
「大丈夫だ。俺の腹は丈夫に出来ているんだ。」と言い、さらにこう言った。
「牛太。おめえは井戸の水を汲んでってけろ。俺はひっつみを作る支度をしていくから。」

 権三の料理の腕はなかなかのものだった。川原で火にかけた鍋が煮たってくると、キノコを手で裂いて入れた。
そこへよく捏ねておいた南部小麦をちぎり、左の手のひらに載せる。
それを右手で薄く延ばしてまるで蝶々の羽のようにひらひらにさせて鍋の上に落としていく。
見事な手さばきとおいしそうな匂いに牛太っも生唾を飲み込んだ。権三は
「牛太。おめえは食うな。俺一人で食う。」と言って、日が暮れかかるころまでには鍋一つを平らげてしまった。
牛太は心配なのと、お腹が空いてくるのにくらくらしながらそれを見守っていた。

 毒キノコの威力は権三が考えているような生やさしいものではなかった。
家に帰ってしばらくすると権三は激しい腹の痛みに襲われた。 お母が どでん(びっくり)して
「おめえ、何食ったんだ!」ときいたが
「うーん、うーん。」と唸ってばかりで答えない。
直ぐに牛太を呼んできて訳を知ったお母は 「牛太、どっこ医者さんを呼んできてくれ!」と言った。

 どっこ医者さんは夕餉も終えて南部藩藩医として幾代も続いた先祖の遺徳を書き残すための資料整理に余念がなかった。
牛太は大人たちが何でどっこ医者さんと呼ぶのかわからず、飼っている馬のアオに乗ってどっこ、どっこと何処さでも行くから どっこ医者さんとよぶのかなあ?とおもっていた。
牛太はとにもかくにも口から泡を吹き出すようにして、ことの次第を告げた。
「わかった。今、支度をしていくから牛太は直ぐ戻り、水は決して飲ませないように。」ということだった。

「コツコツ、コツコツ」鍛治町の坂の上から石畳の坂を馬のアオのひずめの音が鳴った。
どっこ医者さんは権三に向かって先ずこう言った。
「この馬鹿者。死にたくなかったら食べたものを皆吐き出すんだ!」そう言って盥(たらい)の上に何枚も新聞紙を重ねたものに かがませて言った。
「いいか。自分の指を2本、喉の奥に突っ込んで吐き出すんだ。出来るだけ自分でやってみろ!」 お母は苦しがる権三をもう見ていれなかった。牛太が必死で権三の背中をさすった。 権三はようやく楽になり、どっこ医者さんに注射を一本打たれてぐーぐーと眠ってしまった。
お母は畳に頭をこすりつけるようにして
「ありがとうございます。ありがとうございます。」と言って何度もお辞儀した。どっこ医者さんは
「これで権三も少しは懲りて大食らいも治るべえ。いがったな。権三が目覚ましたら、梨の半分でも剥いて食わせてやれ。」と言った。

 いよいよ赤石神社で3地区対抗の相撲大会の日がやってきた。
赤石、日詰、古館の子供の雄を競っての大会だけに親は勿論、地区総出の応援の人たちで土俵の回りは陣取られていた。
この日はこの神社の秋祭りの中日(なかび)に当たっていて 普段は北上川沿いの鬱蒼とした緑に囲まれたお社も、出店が建ち並びひっきりなしに参拝の人が訪れる。
そして、晴れやかな顔をしたその人たちが時々樹木のあいだに見え隠れするふんどし姿の少年たちの姿に誘われるように観戦に加わる。
それに今年は東京の蔵前から相撲部屋の親方が弟子のスカウトのために何人か来ているということだった。
去年、盛岡の八幡神社に巡業に来た相撲取りの何人かが日詰に宿を取り、その威風堂々とした姿に見ほれていた子供たちは、 吾こそは!という気持ちで一杯だった。
中でも権三は密かに相撲取りになる決意を固めていたのでなおのことだった。

 5人対抗の団体戦は日詰は古館に3対2で辛くも勝った。個人戦は5人抜きだった。
権三は少し痩せたようにも見えたが、1日休んだことが体力の回復と気力の充実につながり権三の頭突き押しは冴え渡っていた。
5人目の対戦相手は古館の籐吉だった。権三は心の中で
『こいつには絶対負けられねえ。卑怯な手段が俺に通用しないってことをわからしてやる!』と叫んだ。一方籐吉も
『バカなやつめ。どんなことをしても勝って、お前に恥をかかしてやる!』と心の中で叫んだ。
籐吉は肘を鎌のように曲げて喉のところに押し当てるのど輪で権三の頭突き押しを防いだ。
権三は大きくのけぞりズズーッと下がった。このまま押し切られるかと思いきや、すんでの所で権三の左足が籐吉の右足にかかった。
そして権三は籐吉におっかぷさるように体をあずけ、すくい投げを打った。
籐吉はもんどり打ってひっくり返り勝負はついた。その時、相撲部屋の一人の親方の目がキラリと光り、こう言った。
「うーん、この子は大物になる!」


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そんたに古くない日詰の昔話「権三のあやまち 3 」

≪秘密≫                              平成15年 3月 記

 3月になると日詰の町も春の光がやわらかく射して、 少しづつ氷っこ(すがっこ)も融けてきました。
権三はようやく地面のほうから融けてきた氷っこを金棒でザクザクと砕いて、 一輪車(ねこ)に載せ北上川の川原まで投げに行きました。
日は暮れかかって、東根山にお日様が近づき空をあかね色に染めていました。
川原に立つと、左に城山、右に赤石神社、向かいに館神(たてがみ)さんが見えます。
水際には氷が透明なガラスのように張っていて、 それを割って水が黒光りして流れていきます。

 田助爺さんの渡し船がでっかいイチョウの木につながれています。
田助爺さんは未だ紫波橋が出来ない頃、渡し船の船頭でした。
でも、紫波橋も出来、田助爺さんもすっかり年を取ってしまったので、
今は、ときどき釣りっこするときだけ船を出すのでした。
権三は田助爺さんが大好きで、よく一緒に竿を並べて釣りをしていたものです。
 日はすっかり東根山に落ちてあたりは暗くなりかけてきました。
暗い川面をながめていると、権三は死んだキクエのことを思い出してくるのでした。
その時です。川の向こうが何かポッと明るくなったような気がしました。
そして水影もユラユラと燃え立っています。
「火事だ!」向こう岸にある家が燃えています。
みるみるうちに家は炎に包まれていきます。
すると風に乗ってかすかに「たすけて!」という声がしたようでした。
よく見ると家の2階の窓で小さい子どもが身を乗り出して叫んでいます。
権三には考えている暇はありませんでした。
 イチョウの木に結わえている田助爺さんの船のもやい綱をほどきました。
そして全身の力を込めて川岸まで押し出しました。
長い竿棒を取った権三はもう必死でした。
氷まじりの川べりを抜けると川の中央は渦を巻いて深くなっているところがあります。
権三は田助爺さんの竿さばきを思い出し、渦に逆らわず一回転してそこを抜けました。

 向こう岸まで着くとさらに火の勢いは強くなっていました。
叫んでいたのは女の子でした。
権三は窓の下に立つと大きな声で叫びました。
「おれの手の中さ落ちてこい!」
その声はゴーゴーという風と火の音にかき消されたようでした。
権三はまた、あらん限りの声で叫びました。
「大丈夫だから落ちてこい!」
その時、北から吹く風に煽られて炎が女の子の顔にかかりました。
女の子は決心したのでしょう。身を縮めるようにして権三の手の中に落ちてきました
 権三は仁王立ちになって構えていましたが、女の子を抱きかかえた途端ふんぞり返って尻もちをつきました。
でも、しっかりと手には女の子を抱え込んでいました。
「ああ、いがった・・・。」と言いながら女の子を見ますと、 女の子はキラキラと光る目を権三のほうに向けて「お兄ちゃん、ありがとう。」と言いました。
権三は「いがったな、あのな俺に助けてもらったのは誰にも言うなよ。」と言って、 火の及ばない大きな石の影に女の子を置きました。
そこで火がおさまるうち、しばらく待っているように言い置いて権三は船に戻りました。
その時、紫波橋を半鐘を鳴らしながら消防自動車が走って行くのが見えました。

 権三は気が気ではありませんでした。船は田助爺さんの宝物です。早くもとに戻さなくてはなりません。
来るときは風下なので、何なく来ましたが帰りはそうはいきません。
権三は氷と小石混じりの浅瀬を風上の城山のほうまでたどっていき、それから竿棒を使って、 ようやく中州のところまでたどり着きました。
さあ、それからが大変です。竿棒を力いっぱい川底に押し当てるのですが、遅々として進みません。
そこで四苦八苦しているうちに、とうとう竿棒は半分に折れ、 船横は氷のために穴があいて水が入り込んできました。
 日はとっぷりと暮れて火事もおさまってきたらしく炎の照り返しもありません。
すると、夜目に胴長靴を履いて、手にロープを持った黒い人影が見えてきました。
田助爺さんです。
権三は田助爺さんの投げたロープにつかまって船を抜け出し、ようやくの思いで岸にはい上がりました。
 田助爺さんは言いました。「権三、人を助けるってことは大変なことなんだ。
このことは俺とお前の絶対の秘密だぞ。決して誰にも言っちゃなんねえ。」
権三は大きくうなずきました。

 船は流されてしまい、それから田助爺さんは釣りをしなくなりました。
そしてしばらくすると田助爺さんは、あたってしまい(脳溢血という病気になって)とうとう亡くなってしまったのです。
権三は田助爺さんの枕元で泣いて泣いて泣きまくりました。
権三は田助爺さんに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
でも、それを言うことは出来ません。
今となっては遺言ともなった田助爺さんとの約束だからです。
権三と田助爺さんとは同じ秘密を持つという強い絆で結ばれていたのです。
あと、もう一人強い絆で結ばれている人がいました。
炎で左の頬が赤く焼けたのが痛々しかったあの女の子です。
しかし、権三はその女の子の名前も知りませんでした。


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そったに古くない日詰の昔話「権三のあやまち 2 」

≪ツバメ≫                              平成15年 1月 記

 権三の家は鍛冶屋だ。鍛冶屋でも馬の足に金ぐつをかける馬っこ鍛冶屋だ。
お父(とう)は ふいごを手でクシュッ・クシュッと押して炭をカッ・カッと燃え上がらせる。
そして真っ赤に焼けた鉄の棒を金ばさみで持ち上げて金敷の上まで運ぶ。
それを待ち構えていたお母が大きい金づちを振り上げて、お父の合図にあわせて叩くんだ。
お父は小さい金づちで馬の足の形に合わせてそれを素早く整える。
そして、そばの水桶に入れるとジューッという音とともに、水煙が立つ。
今度はその金ぐつを馬の足を膝に抱いて口にくわえた鋲(びょう)で打ち付けていくんだ。
あたりには馬の爪の焼ける何とも言えない匂いが漂う。
町の通りは豆腐やの豆を煮る匂いやあめっこ屋の飴を作る甘い匂いもしてくる、そして豆腐屋のガッちゃんは学校に行く前に ラッパを上手に吹いて豆腐を売って歩く。
なんとにぎやかなもんだった。

 雪がチラチラ降って来る頃になると、とたんにお父は忙しくなる。
馬の足の金ぐつにイボイボを取り付けないと馬は雪道を滑って歩けなくなってしまうからだ (今で言えばスパイクタイヤにするってこと)。
いの一番に馬車引きの正(まさ)さんが鍛治町の坂の方から でっかい声で「馬かんつあん!頼むぢぇーっ」って叫んでくる。
正さんは町では評判の働き者なんだ。
なにせ まんじゅうみたいに落としていく馬のフンも残らず拾って炭すご(わらで編んだ炭を入れる俵)に貯めとくんだ。
それは木や花にとってもよい肥やしになるからなんだ。
だども正さんも権三のお父も正月過ぎに戦争に召集されてしまった。
町の通りは音も匂いもしなくなって どこかひっそりとなってしまったんだ。

 山吹が咲き、山の雪もとけて川の流れがどこか ゆったりとしてきた頃だ。
鍛冶屋の広くて高い作業場には いつもの?ツバメがやってきた。
ツバメはすい星のように飛んできては地面スレスレに飛んだかと思うとサッと梁(はり) にかかった巣にとまる。
そしてその年ツバメは卵を産んだんだ。

 ところで権三の家の近所に おべだ(覚えた)爺さんってみんなに呼ばれている爺さんがいた。
おべた爺さんはなんでもよく知っていたんだ。
いっつも むずかしい漢字が並んだ本こ読んでいて薬草のことなんかはめっぽう詳しかった。
童子(わらし)だちは おべた爺さんの話しがおもしれえ(おもしろい)もんだからみんな寄さるんだ。
そして権三は おべた爺さんのところでこんな話しを聞いたんだ。
「中国ではな。ツバメの卵は病人を直す一番の薬で貴重品なんだ。それを食べると どんな病気も治るもんだから、 わざわざ家の中に梁を何本も張って にわとりみたいに飼っているひともいるんだ。」
その話しを聞いた時、権三は自分の耳がピクッと動いたような気がした。

 権三の考えたことは一つだった。
「ツバメの卵を食べさせればキクエの病気は治るかもしれない。」
そう思ったら矢も盾もたまらず権三は家に飛んで帰った。
案の定、親ツバメは夕方のエサ探しに出かけたのか出払っている。
権三はスルスルッと柱を登り梁に上がった。
ツバメの卵は2個だった。
権三はツバメの卵をサッと両方のポケットに入れた。
卵をつぶさないようにソッと下りて一目散にキクエの家の台所ぐちに向かったんだ。

 ちょうど土間ではキクエのお母(かあ)が火ぼと(いろり)で何か煮ているところだった。
権三は「これ!キクエさ食わせてけろ。カモの卵だ。」と言ってツバメの卵を差し出した。
キクエのお母は一瞬ハッとしたようだったが、次の瞬間 両の目をうるませて「権三!ありがとや。」 って のどを詰まらせながらしゃべった。

 秋が来てツバメは帰っていった。
そのうち雪がチラチラと降って来て寒い冬の訪れを告げる頃だ。
近所のお母だちが「むじぇやな(かわいそうな)ことだな・・・。」って しゃべりながらキクエの家から出てきた。
権三はきクエが死んだことを知ったんだ。
権三は思ったんだ。「とんずもんず(結局)キクエは死んでしまった。おれが しっちょへで(一生けん命)したことは いって(一体) なんだったんだべ・・・。おれがツバメの卵を横取りしたがら神さんのバチが当たってキクエがしんだのかもしれない。 おれはなんてバカなことをしたんだ!」って。
そうして権三は自分の頭をこぶしでガツガツと叩きつけ うめくようにしゃがみ込んだ。

 キクエの葬儀の日、権三は作業場の屋根裏の炭置き部屋にいた。
そして窓からキクエの小さな棺桶が出ていくのを見送った。
炭俵にたもついだ(すがりついた)権三の手はこわばり、泣くまいとする口は「へ」の字に曲がり、涙をこらえようとして 大きく見開いた目からは容赦なく大粒の涙がこぼれ出る。
権三の涙でぬれた顔は炭で真っ黒けなのに、目だけは真っ赤になって まるで歌舞伎の隈取りみたいになってしまったんだ。
権三はキクエが死んでますます大食いになってしまったんだ。

 翌年のはるになって、よその家にはツバメがやってきても権三の家にはツバメはやってこなかった。
だども うれしいことにお父が戦争から帰ってきたんだ。
お父は作業場の真ん中に立って なつかしいような眼差しでぐるりと作業場の中を見回した。
そして ふと梁の上のツバメの巣に目を止め、その目をスーッと権三の方に向けたんだ。

 権三は身がちぢむ思いがして作業場の床板に目を落とし ぢっとしていた。
お父が「権三!おらほ(家)に来ていたツバメに南の国で会ったんだ。そしたらツバメが『今度は別の家さ行くから よろしく。』って 言ってらったぞ。」って しゃべったんだ。
お父はなにもかもお見通しだったのさ。
 権三は顔を上げてしばらくポカンとしていたが、だんだん顔がクシャクシャになってきて「お父!ごめんなさい。」
と泣きながら お父の広くて大きな腕の中に飛び込んだ。

 これで権三のあやまちのお話はおしまいだ。
今度、権三はどんな風になっていくのかな?
つづきは またのお楽しみ。
うだら(そしたら)ちゃんと(しっかりと)ぬぐたまって(温まって)がら寝ろよな・・・。

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そんたに古ぐね日詰の昔話 「建具屋の木(もっ)ちゃん」

≪爺ちゃんはヒーロー≫                                平成14年10月 記

そったに古ぐね話こだどもす・・・。
 日詰の町こはなぁ鍛冶町から新田町までで、盛岡から来ると左さ城山見えて来るんだ。そしたら松並木の一里坂 登ってきて下りた所(どこ)だったのす。
 本当(ほんと)に昔は江戸さ行き帰りする参勤交代のお殿様の行列 お昼頃ここさ着いて休む所だったんだ。
 町の通りは商売する人達(だちゃ)もちろんだんども、大工(でぐ)、左官、箱屋、桶屋、太鼓屋、包丁(ほいちょ)屋、 馬鍛冶(かんつぁ)、建具屋なんかの職人さん達もたくさん軒を並べて賑わっていたのす。

そこの やっぱりカギに曲がった通りの習町さ建具屋があったんだ。そこの爺ちゃんは「木(もっ)ちゃん。」ってみんなに 呼ばれていたったのす。 ほんとの名前は木治って言ったみてだったんども、誰もそう呼ぶ人いねがったのす。
 孫からも「木ちゃん。」って呼ばれていて、また呼ばれると目細めて「なにした?」って答えるんだと。孫やそこら辺の 童子達(わらしゃんど)の人気者で竹トンボ作ったり、凧上げの凧作ったりするのが ほんとに うめがったのす。

 木ちゃんが若い時(どき)の話だ。
 木ちゃんは代々建具屋だったから手先が器用なのは当たり前(め)だんども、木ちゃんの腕は飛び抜けていだったのす。
 木ちゃんの作った障子戸や襖、玻璃戸(はりど)は寸分の違い(たがい)もなくってお客さんを唸らせたんだ。
 また経机などは、右の引き出しから物を取り出してギューッと閉めると机の奥さ押し込められた空気が左の引き出しをスーッと 開けさせるから、まるで手品みたいだったのす。

 木ちゃんはある時、とってもきれいな女の人を連れてきたんだ。そして家の人たちさ「このひとぁ、身寄りのねぇ人なんだ。
それ以上は何も聞かねでけろ!」ってしゃべって お嫁さんにしたんだと。
 「やをさん」って言うその女の人はちょっと細けぇ体してらったずども、とっても働き者で、建具屋の木ちゃんの手元として よく働いたんだと。
 建具屋には道具が一杯あって、カンナだけでも小(ちい)さいのから大(おっ)きいのまで10(とう)もあってな、それらは きちんと棚に並べられてらったんだ。
 木ちゃんが目の玉動かして その棚の欲しい道具さ目運ばせると やおさんはその方向 たどって直ぐ その道具差し出すんだと。
まさに「あ・うん」の呼吸って言うんだべな。それから やをさんは木釘なんかを作るのは木ちゃんよりうめぇくれでな、細けぇ指っこ で木の木っ端(こっぱ)削ってたくさん貯めといて いつでも使うにいいようにしておくんだと。
 木ちゃんの作業場は木を削ったいい匂いと木ちゃんのカンナで削るシューッ・シューッという気持ちのよい音がして、いっつも一人か 二人は外でみてる人がいたもんだった。

 さあて、その頃のお嫁さんの一番大変(てへ)な仕事は水汲みだったのす。
やをさんも15間ほど離れた先の桶屋さんの井戸まで 毎日水汲みに歩いたんだ。何せ細けぇ体なもんだから天秤棒担げば揺らめってしまって、前さ傾けば前の桶から水がダパーッ、後ろに傾 けば後ろの桶から水がダパーッと撒かって家(え)さ帰る(ける)頃には半分になってしまってるんだと。
そんでも やをさんはがんばったんだ。
「父ちゃんのためなら えんやこら!」って掛け声かけて。これには近所の人も大笑いしたのす。 そんな訳で井戸端は いっつも賑やかなもんだった。

 そうこうしてる内に月日が経って、やをさんが50になった時のことだ。突然やをさんは腰が立たなくなって布団から起きれなくなっ たのす。それまでも腰は痛ぇがったべども我慢してらったんだな。

しばらくして やをさんの病気は脊椎カリエスという骨が欠けて なくなる病気だって解ったんだ。
 まるで やをさんは「夕鶴」の おつう みたいに自分の骨を芯にした羽を一本・一本 体から抜くようにして働いでらったんだな。
 木ちゃんは やをさんが倒れたのは自分が無理させたからだと思ったんだな。「やお おもさげね!おもさげね!」 ってしゃべって 涙こ流したんだと。

 それからの木ちゃんのがんばりはものすごかったんだ。
やおさんの食事の世話から下の世話まで家の人達何にもすることないっくらい 世話するんだと。
髪なんかもきれいに梳かして結いあげ いっつも身ぎれいにさせて庭の見える日当たりのいい部屋さ 寝せてらったんだ。
 そして仕事の合間には「やを なんちょだ?」って声かけるんだと。やをさんも「なんちょでもね。」って 返事するんだと。

 それから10年程経ったけ、日詰の町さも電気 引かれることになって あっちこっちさ電信柱 立って クモの巣みてに電線が張ら れるようになったのす。
 その年の日詰祭りの山車(だし)は いつもの年よりは丈(たけ)低くしたみたいだったんども、なんたって山車(だし)通るとき 電線引っかかるから 若い人達電線除けるため山車(だし)の人形の上さ登ることになったんだ。
 そんな訳で太鼓たたく若い人が足りなくなったがらって木ちゃんにも お呼びがかかったんだ。
 何しろ木ちゃんは若い時は太鼓たたきの名人だったんだもの。たたかせれば体全体でバチを振り上げて、宙を舞うバチさばきの 見事なことったらなかったんだ。
 だんども木ちゃんはもう65だ。
 そんな昔の元気が出るかどうか自信はなかったんだ。それを引き受ける気持ちになったのは、ただただ やをさんに自分の太鼓を たたく姿を見せたかったからだったのす。
それは やをさんを元気づけるためでもあったし、自分を元気づけるためでもあったんだべな。

 その年のお祭りの太鼓連中は 昔とった杵づか の桶屋やそば屋、箱屋や八百屋の爺ちゃん達がトリを勤めたもんだから、近所の 人達からは やんや の喝采を浴びたんだ。
 もちろん息子に抱かれた やをさんもみんなに交じって涙を流しながら一生懸命手を叩いたんだって。

 それから木ちゃんは幼馴染みの桶屋の協ちゃんから頼まれて町内を回覧板みたいに回す長い貯金箱を作ったんだ。  それは井戸からの辛い水汲みの仕事をしなくても、流しの蛇口をひねれば水がじゃーっと出てくる水道を引くための貯金箱 だったんだ。
 桶屋の協ちゃんが先に立って水道組合ってものを作ったんだ。そしてみんながお金を出しやすくするために考え出したのが 長い貯金箱だったのす。
中に仕切りの付いた箱には件数ぶんの穴があいていて、後で自分の家がいくら入れたかわかるようになっているんだ。
 木ちゃんは やをさんのように水汲みで苦労する人がなくなればいいと思ってらったから、ひとつ返事で協ちゃんの頼みを 引き受けたんだ。
 その長い貯金箱のお陰だったんべな。習町では他より早く水道が引けて、後でその水道管は町が買い上げて その後も使われた んだって。

そんなこんな過ごして木ちゃんはもう75になったんだ。その頃になると木ちゃんは日当たりのよい縁側で やをさんと話をしながら のんびりと好きな木馬作りをするのが日課だったのさ。
 その日も木ちゃんは最後の仕上げに完成まじかの木馬さ ていねいに紙ヤスリをかけていたんだ。
 木馬を揺らすと昔の思い出がパーッと甦ってきてとてもいい気持ちになるんだ。
 春の柔らかい光が縁側に差し込んで、ほころび始めた梅の木の枝で鴬がホーホケキョって鳴いてらったんだ。

   木ちゃんは木馬にもたれて居眠りしてるみたいだったんだ。その時木ちゃんは夢見てらったんだ。
 流行(はやり)病で亡くなった親たちの お墓の前で泣いてらった やをさんを白い馬の自分の前さ乗せて たずなを握ってらったんだ。
そこは とっても気持ちのよい風っこ吹く草原だったんだ。
二人の乗った白い馬はどっこ・どっこと どこまでも歩いていくだ。
地平線の方さ向かって どっこ・どっこと歩いていって、二人の姿はお日様と重なって見えなくなりそうだった。
   だども突然 目の前さ抱いてらった やをさんの姿が見えなくなったんだ。
 木ちゃんは ビックリして「やを!」って叫んだんだ。
 やをさんがびっくりして「なに 木ちゃん!」って答えたづんども木ちゃんはガクッって首下げたまんま動かなかったんだ。
そして木ちゃんの手から紙ヤスリが ポトンと落ちたんだ。
 木ちゃんは天に召されてしまったのす・・・。
 何日か経って やをさんも 木ちゃんの後を追うように天に召されてしまったのす・・・。

 これで「建具屋の木ちゃん」の話はおしまい。

   おもしろかったかな?でもちょっと悲しかったかな?

 また次のヒーローを楽しみにしていてね。

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そんたに古くない日詰の昔話   「権三のあやまち 1」

≪瞳≫                               平成14年9月 記

どっこさでもある話こだどもす・・・。  日詰の習町さ とっぽでもね きかね童子(わらすこ)いだったんだど。習町はカギに 曲がった通りの角から角までで、家の向き北向きだったのす。うだがら冬さなれば寒い北 風吹いて(この風のごと習いっていうんだんども。)とっても寒どごで、春さなってもい っこど氷(スガ)融げねどごだったのす。

 そごさ権三って言う まずは きかねって言ったらいが、いたずら坊主(ぼんず)って 言ったらいが手つけられね童子いだったんだど。

 田んぼの堰の止め板はずしてオタマジャクシ見でらったり、せっかぐ刈った稲の束皆ん な、カマ持ってて、ほどいて歩ったりするんだど。もっとも権三には権三の訳あるんだ。 田んぼの堰止め取ったのはオタマジャクシさ水行がねがらだったし、稲の束ほどいて歩っ たのはイナゴの隠れ場所なぐなると思ったがらだったんだ。

 だども、そったなごど理由にならね。百姓の人だち 「この!くされ餓鬼!」って ぼっかけるずだども、まんつ逃げ足の早ぇごと早ぇごと、 鉄砲玉みてに逃げでって遠くの方で 「あっかんべ!」してるんだど。

 あど めんこやコマ回しすれば、強ぇもんだがら他の童子ゃんどの物皆んな とっけし てしまうんだど。相手の童子ゃんど悔しいもんだがら権三さ 「バガ!阿呆!チンドン屋!お前の母さん出べそ!」って でっけ声で喚いたどす。うだ がら権三は家に帰ってお母さん(おっかさん)さ 「へそ出して見せでけろ!」ってしゃべたんだ。お母さんは末吉さ乳 飲ませでらったずどもモンペのひもほどいでみせたんだど。

 権三はお母さんのごど大好きだったがら悪口(あぐで)つがれるの本当に嫌んたがった んだな。童子は皆んな そういうもんだよな。

 んでも、権三のお父さん(おっとさん)戦争さ取られてがら末吉が生まれて、末吉にお 母さんが乳飲ませでるの見ると、権三は何ともハァわがらね気持ちになるんだな。家の心 柱(しんばしら)さ でんびゴーン・ゴーンってぶつけるんだど。だがら でんび どん どん高くなって、それさもってきて頭の後ろもでっぱってるもんだがら頭前向きだったら 通るどころも横に向けば通らねがったんだど。

 権三が心柱さ でんびゴーン・ゴーンってぶつけるたんびに家がユララ・ユララって揺 れでも、お母さんはのんびりしたもんで、 「何、悪ごとせぇしねばい。飯せぇ喰わせてればなんちょにがなるべ。」って かまねが ったんだど。

 んだから権三の食べるのったら半端でね!おごご(漬け物)ど併せて10杯もおかわりす るんだど。そんでも足りなくて来迎寺さんさ団子上がれば鳥っこより早く行って盗って食 べるんだど。

 城山さ桜の花いっぺぇ咲いた頃のことだ。いっつも遊んでらったキクエは正月過ぎた頃 から肺病さなってしまって遊べね。権三は向かいの牛太と遊んでらったんだ。キクエがい れば 喧嘩(けんか)しねがったべんども どうも二人は相性が合わね。何かしたって牛 太が権三のごど かっちゃいたんだど。んだがら権三も負けねで牛太の二の腕さ くちゃ がったんだ。牛太の腕さ はっきりど権三の歯形付く位(くれえ)だもの。なんぼが痛ぇ がったんだが?牛太はわーん・わーんと泣いて一杯涙流したんだど。

 権三はワーン・ワーン鳴いてる牛太を目の前にして、 「なんちょにしたらいがべ?」ってみてに突っ立ってらったんだども やっぱり心配にな ったんだな、 「大丈夫(でんじょぶ)が?」って牛太のごと まがってみたんだと。牛太がハッとして 顔を上げた時、権三は牛太の涙で潤んだ目の奥さチラチラ・キラキラっと光るもん見つけ たんだど。それが瞳づもんだんども権三にはそれがわがらなっかたんだな。権三は 「おめぇ、目の中さ何入れでら?」ってそのチラチラ・キラキラっと光るもんに吸い込ま れるみてに指入れてしまったのす。やあや、権三は大変(てへ)なごどしたもんだ。牛太 はギャーンと叫んで家さ飛んで帰ったんだど。

 後の祭りったらこのことだ。夕まかたになったら牛太のお母さんが来て、「危なぐで牛 太の目見えなぐなるどごだったんだ!」って聞かせられた権三のお母さんは青くなったん だど。そいで権三のごと呼んできて、こっぴどぐ怒ったんだ。もうお母さんはお父さんさ なったつもりで怒ったんだな。権三が 「うだども・・・。」って言いかけだっけ なんぼも ごしゃいで(怒って)終いに 「もう、おめぇ なんかおれの童子でね! どごさだり出はってげ!」って言ったんだど。

 権三はもう すっかり しょげかえって縁側さうずくまってらったんだど。夜さなって もお母さんがそっと置いてった握り飯さも手付けねでじっとして動かなかったんだど。

 その晩は満月でな・・・。ちょうど隣家のキクエの離れの屋根の上さ まん丸のお月さ ん上がって とってもきれいだったんだ。隣家のキクエは肺病が移るがらって離れさ寝せ らいでらったんだど。

 権三はキクエのごと思い出して、その離れさそっと近ずいてみたのす。離れの障子さ権 三の影映ったら中からキクエの声がして 「権三だべ。おれ おめぇの来るの待ってらったんだ。おめぇに頼みてごとあるんだ!」 ってしゃべったんだど。権三は 「何よ、おれに出来るごとが?」って言うと、キクエは 「出来る、出来る。おれのごと負ぶって城山の桜 見さ連れてってけろ!」ってしゃべっ たんだど。

 キクエはなんちょにしても城山の桜 見てがったんだな・・・。権三はキクエに綿入れ 着せて 負ぶいひも(ゆで)でしっかりとキクエのこと負ぶって、こっそりと裏がら出は ったんだと。  出はったら もう来迎寺の墓処(はかどこ)過ぎて、どっこ・どっこと走って行ぐんだ と。キクエが 「権三!大丈夫が?」ってしゃべると、権三は 「でんじょんぶだ。」って言うんだど。月の明るい晩ぎだったし、何と言っても自分の庭み てに遊んでる城山だもの 「盲目(めくら)でも歩けるじゃ。」って権三は思ったんだな。

 途中、かんから屋の灯りが見える所(どご)さ来たらフクロウがホー・ホーと鳴いて 「おめ達ゃ何処さ行ぐんだ?」って みてぇに木の上で見でらったんだ。キクエが又、 「権三!大丈夫が?」ってしゃべると、権三は 「でんじょんぶだ。」って言うんだど。  城山の登り口の 細けぇ道は粘土質だがら 如才(じょせ)するとズルズルッと滑って 登りづれぇがら権三は両脇の木の根っこさ しっかと つかまって登ってたんだと。キク エが又、 「権三!大丈夫が?」ってしゃべるとがら、権三は 「でんじょんぶだ。」ってしゃべりながら石段の所(どご)もどっこ・どっこと登ってて 城山さ着いたんだと。

 桜の花は満開でなぁ、夜空さ大っきな絨毯敷きつめたみてだったんだ。キクエが 「権三!きれいだな!」ってしゃべると、権三は 「んだな。」って言うんだど。 風っこ吹いてお月さんさスーッと白い雲かかって、桜の花びらチラチラ舞うのも いいも んだ。又、キクエが 「権三!きれいだな!」ってしゃべると、権三は 「んだな。」って言うんだど。お月さんは活動写真の照明係みてに二人の様子写してらっ たんだど。

 城山下りてきたときは かんから屋の灯りも消えてらったしフクロウもいなかった。キ クエのごと離れさ寝せて家さ帰ってきた権三はお母さんの置いでらった握り飯パクパクッ と食べて寝たんだと。 その夜、権三は夢見たんだと。夢の中でお母さんでもね。キクエ でもねきれいな優しい女の人の声がして 「権三!おめぇいいごとしたな。偉かったぞ・・・。」てしゃべったんだど。

 次の日から権三は心柱さ でんび ぶつけなぐなったんだと。んだども、でんび高(だ か)はそのまんまだったし、大喰らいは相変わらずだったとさ。

           話のつづきは又、明日のお楽しみ。
           まなぐつむれば眠くなるがら。
           いい夢見ろよな・・・。


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