木祖村さわやか将棋まつり〜棋士との交流〜

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木祖小学校 山下 同

 憧れの将棋のプロ棋士がわざわざ東京から「お金はいらない。みんなに会いたいから」と木祖村へ指導に来て下さる。その喜びに子供達は「地域の人を呼んで将棋祭りをしたい」と純粋な願いを持った。地域の方々もその思いに熱く応えて下さる。

 プロ棋士の存在そのものが子供達の生きた教材に思える。子供達との心温まる交流の姿をここに紹介し、お世話になっている方々に感謝の気持ちをお伝えしたい。

一 空穂将棋教室・囲碁教室

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 前任校でクラスに将棋を置いておくと、子供達が夢中になった。 次第にもっと強くなりたい、地域の方を呼んで将棋をしたいと思うようになり、学校の視聴覚室を会場に将棋祭りを開いた。そのことが幸運にも囲碁棋士、将棋棋士の先生方のお耳に入り、学区にある歌人窪田空穂記念館の生家を会場に総合的な学習の時間で先生方をお招きすることができたのだ。

 囲碁は日本棋院棋士藤沢一就八段による「一就塾」。将棋は日本将棋連盟棋士石川陽生六段、勝又清和五段による「石川・勝又教室」として、日本文化である囲碁・将棋の楽しさ・面白さとともに礼節の大切さ、そして一芸に秀でる専門棋士の生き方を学ばせていただいた。

 目を輝かせて一流の講師に学ぶ子供達の姿や「お金はいらない」「子供達に会いたい」とわざわざ東京から無償で駆けつけて下さる講師の先生の生き様に共感されたのは窪田空穂記念館の神澤邦雄運営委員長(キッセイ薬品会長)である。そのような素晴らしい先生方なら、子供達だけでなく大人も一緒に学ぼうと短歌館である空穂記念館の文化事業に位置づけて下さった。授業で始まった子供達の活動を地域の文化事業に育てていただいたのだ。

 十八年度も文部科学省の伝統文化事業として、年に四回の講座を開講していただいている。

 将棋の方は、石川先生、勝又先生が仲間の棋士の先生方に呼びかけて下さり、これまでに植山悦行六段、小林宏六段、飯島栄治五段、横山泰明四段、女流棋士の石橋幸緒四段も賛同し駆けつけて下さった。

 先生方は空穂将棋教室への感謝の気持ちとして教室の前後に、学校訪問をされている。普及への情熱に他ならない。これまでに松本市芝沢小学校、並柳小学校、今井小学校、開智小学校、山辺中学校を訪問されている。

 連泊する宿泊費を空穂将棋教室の謝礼から賄い、自腹を切ってそれらの学校を訪問されているのだ。それはプロ棋士だけでない。空穂将棋教室のご縁から石川先生、勝又先生は日本将棋連盟塩尻支部の師範を努めておられる。無償で将棋普及に情熱を注がれている師範の姿をみて黙っておられるものはいない。支部長の馬場一行氏をはじめ支部会員も普及に手弁当で応えている。そんな熱い思いの方々ばかりであるのだ。

二 「こんなにもたくさんの人に来てもらった」

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 平成十六年四月から私は木祖小学校にお世話になっている。元気いっぱいの子供達で、男子が将棋に興味を示してくれた。前任校のことを子供達に紹介すると、ぼく達も将棋の棋士に会いたいとの気持ちが高まってきた。

 五年生国語の単元「依頼の手紙 お礼の手紙」の中で、思い切って将棋の先生方にお手紙を書きたいという子供がいた。そして、休日を利用して有志が中心となり、日頃の学習でもお世話になっている木祖村木工文化センターを会場に同年七月「木祖村さわやか将棋祭り」を計画した。

 子供達は精力的であった。自分達の足で木工文化センターの小林さんを訪ねて会場を借りるお願いをした。手作りのポスターを制作し、駅や商店街に張り出してもらった。そんな子供達の姿に教頭先生は教育委員会に連絡をとり、村の配布物にポスターを入れるなど支えていただいた。手作りの将棋祭りを成功させようとがんばった。

 そして、七月空穂将棋教室の翌日。石川先生、勝又先生、横山先生を木祖村にお招きし、木祖村村内の愛棋家の方々をはじめとして、松本市や辰野町からも会に参加して将棋祭りが開かれた。塩尻支部の皆さんも手弁当で駆けつけて下さった。参会者は二十名を超えたが、決して大きな会ではない。しかし、初夏の風のようにさわやかな将棋祭りであった。

「こんなにもたくさんの人に来てもらってうれしかった」とリーダー格のG君の喜びいっぱいの言葉が印象に残る。

 数日たってから、石川先生達へのお礼の手紙をG君と郵便局へ出しにいくと、「新聞に載っていたね。君達が将棋の先生方を呼んだのか。えらいなぁ」と局長さんからねぎらいの言葉をかけてもらった。照れながらも誇りに満ちたG君達の顔。木祖村はよき人に恵まれた村だ。

三 「十一月にも Fさんに参加してもらおうよ」

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 夏休み明け二学期早々に所用で石川六段が長野県に来られるとお電話をいただいた。子供達に話すとぜひお会いしたい、木祖村まで足を伸ばして将棋を教えに来て下さいと先の将棋祭りの有志や室内ゲームクラブの子供達が中心になって石川先生にお手紙を書いた。

 石川先生は子供の声を大切に受け止めて下さり、お一人で九月三日に来校が実現した。

 その週の始めに「なぜ、石川先生は木祖小に来てくれるのか」「石川先生に聞きたいこと」をクラスで話し合った.

 いつもみんなの前に出ることが苦手な女子R子F子は、室内ゲームクラブのメンバーとして司会や書記を努めた。当日までにR子F子は話し合いで出された質問を紙に書き写し、質問者が忘れないようにとハサミで切り取り、手渡しをする姿が見られた。     

 五時間目は学年での将棋教室。石川先生は,「ぼく達は、将棋を大切にしているところを知ってほしいです。また自分や正々堂々と闘う相手のためにも礼儀を大切にしています。将棋は大切な日本の文化なのです。」 とプロの熱い思いを五年生の子供達に伝えて下さった。          

 授業の初めは、全員の前でクラス一の強豪S君と模範対局。S君は序盤の十数手をプロ棋士と互角に駒組みをすすめることができた。驚きだ。聞けば夏休みも将棋の本を買ってもらったり、父親に教えてもらってたりしていたのだ。

 六時間目はクラブの時間。室内ゲームクラブで石川先生に教えていただくため、G男君達は朝からクラブの会場設営に休養室の段ボールなどの備品を外は運び出し、掃除機をかけて机を運び入れるなど熱心に準備を進めていた。

 G君はちょくちょくとT君とトラブルがあったが、その日は「T君、ここのところ一緒にやってよ」とやさしく声がけをする姿がみられた。       

 真心をこめて石川先生達をもてなし、やさしさとして返してもらったことが、G君の心に響いているようであった。            

「地域の人を呼んで十一月にも第二回将棋祭りを開催したい」 地域の人を招いて再び将棋大会を開催しいという子供の願いを知った石川六段は、子供達のため将棋盤駒を三十組寄贈して下さった。休み時間夢中になって上級生や下級生を誘って指す子供達。家に持ち帰って父親や兄弟姉妹とも楽しんでいた。

 十月のある日、全校の縦割り活動「木祖っ子タイム(当時の名称)」でもA子さん達はグループで将棋を楽しみたいと張り切っていた。 同じ日に行われた高学年道徳の講師は障害を持ちながらもたくましく地域に生きる本校卒業生Fさんであった。七月のさわやか将棋祭りの参会者だ。道徳終了後、G男君達は明日のクラブの時間に将棋を教えに来て下さいと自発的にお願いをしていた。

「十一月には、またFさんにも参加してもらおうよ」   

 その思いを叶えた。第二回将棋祭りの後、松本から参加してもらったT君の父親から礼状をいただいた。参会者の思いや会の様子をお読み下さい。

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「 〜前略〜 今回の交流会は子供達が実行委員会を作って企画したとのことで、友達同士、声を掛け合いながらの会場作りや、司会進行など、ただただ感心し、そして感動しました。

 交流会を通じて、将棋の奥の深さを知ることができたとともに、石川・勝又先生が言われた「礼節」の大切さ、そして「出会い」の喜びを実感しました。勝負に負けたときの潔さ、勝ってもおごり高ぶらないこと、これらは先生方のご指導のもと実際に対局することにより、子供達に自然に身についていったことだと思います。また、普段接する機会のない人々との出会い。T自身、木祖小の子供達から熱い呼びかけをいただき、実際に出会って交流ができたこと大変幸せに思っています。私自身も、石川先生、勝又先生はじめ、山下先生や子供達、地域の皆様と交流ができ、本当に嬉しい限りです。 また、Tのために、「羽生先生の色紙」をいただき、お礼の言葉もありません。羽生さんの色紙は、本来なら木祖小の子供達のためのもので、本当にいただいてよいのだろうか、とうれしい戸惑いもありましたが、是非、きっと次回何かの形で、木祖小や木祖村の地域の方々に恩返しをする、という決意のもと大切にさせていただきます。ちなみに、色紙には「克己復礼」とありました。広辞苑によれば、論語からの出典で「私欲に打ち勝ち、礼儀をふみ行うようにすること」だそうです。まさに、石川先生、勝又先生がいわれたことだと思いました。 〜後略〜 」

四 悲しい思いをする女子をかばったS君

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 翌年の東京への修学旅行のグループ別行動で、G君S君達は将棋連盟に石川先生、勝又先生を訪ねた。プロ棋士の対局を見学させてもらったり、二階の道場で時間いっぱい将棋を教えてもらったりした。

 二年間、空穂将棋教室の開催に合わせて、石川先生勝又先生は木祖村や木祖小へ何度もG君S君達に会いたいと来て下さった。地域の方を招き将棋祭りを通して交流を重ねる子供達。将棋に夢中になって将棋を大切にする子供達の姿を石川先生、勝又先生は仲間の棋士の先生方に話しておられる。T君の父親の礼状の中にも記されていたが、子供達の活動へ羽生三冠や森内名人が色紙を送って下さった。子供達を力強く応援して下さっているのだ。

 卒業前、友人関係でトラブルがあり、女子数名が悲しい思いをした。重苦しい雰囲気が一週間も続いた。このピンチをS君なら救ってくれると思った。彼を呼んで、お願いをした。

「森内名人からいただいた色紙は将棋を大切にしている君が持つのがふさわしいと思う。今、女の子達は苦しんでいる。助けてやって下さい」

 S君は「はい」と力強く言った。

 その後、クラスでの話し合いでS君は困っていた女子を体を張って守っていた。女子は日記に「S君にかばってもらってうれしかった」と綴ってきた。          

五 プロ棋士から学ぶもの 

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 今年十一月十一日土曜日に空穂記念館生家で、石川陽生六段、植山悦行六段、勝又清和五段、そして横山泰明四段と豪華な講師にお招きし、本年度最後の空穂将棋教室が行われた。松本市内の小学校はもとより、中野市佐久市辰野町など県内から五十名ほどの子供達が集まった。盛会であった。

 空穂将棋教室に合わせて石川先生勝又先生は、二年間交流してきた今の中一の子供達に会いたいと申し出られた。子供達は卒業して、もう手作りの会を開く時間はなかった。それでも、一週間前にS君達に、石川先生勝又先生が君達に会いたがっていると連絡すると子供達は喜んだ。

 空穂将棋教室翌日、風花どころか雪が舞うその日、五名の子供達と保護者の方が木祖村木工文化センターで予定の二時間を超え、将棋指導を受けた。

 その中の一人S君は、中学校の文化祭での意見発表文を先生方に見せたいと持ってきてくれた。

 S君から渡された意見発表文をご覧になる両先生。お二人とも言葉にできないうれしさを覚えられたという。差別や偏見をなくしたいと力強く綴ったS君の意見発表文「きっと何かが変わるはず」。

 彼の許可を得たのでここに紹介したい。

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「 〜前略〜 小学校五年生のとき、プロ棋士を招いて『木祖村さわやか将棋交流会』を開いた。その会には地域の将棋好きの方々にも来ていただいたが、その中に障害をもった方が一人いた。その人は、偏見、差別を受けることなく、プロの棋士や地域の方々と、楽しそうに、共通の趣味の将棋を指していた。それは将棋を通して互いを認め合っていたからだと、僕は思った。・・・将棋の指導に来ていただいたプロの棋士の先生も、同じように言っていた。

『将棋の駒は友達と一緒で、すべての駒が協力しないと、王将を捕まえることはできない』

 その言葉を聞いて僕は『なるほど、いいことを言うな』と思った。僕自身将棋が好きだが、そんなことを考えたことがなかった。『協力する』ということは、みんなが力を合わせるということ。協力するには互いの存在を認め合わなければならない。互いを認め合うことができれば、差別は減るのでないか。 〜後略〜 」

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 プロ棋士から将棋の楽しさ・おもしろさを学んだだけでなく、S君達は自分を心から大切にして下さるプロ棋士の生き方をも学んでいる。そして、将棋祭りを通して交流してきた障害を持つ方のたくましい生き方に共感をしている。なんと尊い学びであろう。時を同じくして清水校長先生から藤村の三智を教えていただいた。

「人の世に三智がある。学んで得る智、人と交じって得る智、みづからの経験によって得る智がそれである」

 プロ棋士・地域の方を招き仲間とともに将棋祭りを成功させた体験が、そこに関わる方々・地域の方々からの称賛や愛情が、そしてプロ棋士や集う方々の豊かな生き方が、子供達の自尊感情を大きく育てて下さった。

 人との出会い、その方々の願いに触れて、体を通しての学んだ感動が今の子供達の大きな財産となっていくに違いない。

 そして、石川先生、勝又先生もこう話される。

「将棋教室は私達の励みです。だから恥ずかしいことはできません」

 末筆になりましたが、支えて下さるすべての方々にこの場をお借りして御礼申し上げます。

サイト管理人(注)文中の棋士の段位はすべて当時のものです。

〜木祖小学校の山下先生が木祖教育へ寄稿された原稿をいただきました。山下先生ありがとうございました。〜

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