絶滅寸前こだわり商品No.17

 見世物小屋



今年(2003年)の夏に富士急ハイランドに
「世界一長い」お化け屋敷が登場するらしい。病院を舞台として
ロールプレイング方式で進み、ゴールするまで約45分もかかるというからこりゃ、もう怖いでしょう!!!
お化け屋敷でふと思い出したのだが、僕らがガキだった昭和30年代には
神社のお祭や縁日でお化け屋敷だの
見世物小屋といったものがあった。どちらも仮設小屋を建ててへび女やろくろ首の絵看板を立てていた。
お化け屋敷はハイテクと融合し、遊園地の中でも人気が絶えない感だが、一方、見世物小屋はまったくといって
いいほど見かけなくなってしまった。もしや
絶滅してしまったのではないだろうか、、、
そんな不安を感じつつ調べてみることにしよう。

そもそも見世物の始まりは室町時代にはじまり
江戸時代に入ってから盛行をきわめたというから、その歴史は
長い。京都の四条河原がその発祥地としてすでに慶長期(1596-1615年)ころに見世物が歌舞伎や人形浄瑠璃
などにまじって小屋を立てて興行していたというから、ちょっく芸術的なニュアンスさえを感じてしまう。
かつてもっとも盛んだった時代には
300軒もの見世物小屋があり庶民を楽しませ、いや、恐がらせていたという。
はすぴーが小学生の時にも地元の神社の夏祭りに見世物小屋があった。見世物小屋で欠かせないのは絵看板と
呼び込みの
口上であろう。絵看板はいかにもホラーちっくで、「ひえぇ〜、怖いよぉ〜」というイラスト
が描かれていて、へび女とろくろ首は定番だったような気もするが、
これは私が勝手にイメージしているだけかも知れない。
(絵看板は主に志村静峯(1905〜1971年)という人が描いており、志村さんは見世物の絵看板を生涯の仕事としていた
日本で唯一の人であった。90年代後半にカルロス山崎という人がこの見世物の絵看板を何年もかけ集めて写真集を出している)




そして
口上と呼ばれる呼び込みだが、これはもはや芸と呼んで良いだろう。
「親の因果が子に報い… (中略)〜お代は見てからで結構だよ。さあさあさあさあ入って入って、間もなく
始まるよ〜」
そして、ジリリリ〜ンと開始ベルの音がけたたましく鳴る。
たぶん、当時、小学2年生のはすぴーは父親に連れられて夏祭りでこのベルの音を聞いた。

はすぴー:あのへび女は本当にいるの?
父     :ああ、あれは本物さ。顔は美女で首から下が蛇なんだ。
はすぴー:うへぇ〜、気持ち悪いね。でも、オイラ、見てみたいな。
父     :ダメダメ、子どもは見ちゃだめなんだよ。お金もたくさん取られるからね。
はすぴー:小屋から出る時に見ちゃおうか。
父     :ダメだな、へび女は小屋の下に穴、掘って、そこで寝るから出てこないんだ
はすぴー:ふーん、やっぱり蛇と同じなんだぁ〜
父     :お前もお母さんの言うことを聞かないとへび女が地面から出てくるぞ
はすぴー:ひえぇ〜 おしっこちびりそうだにゃ〜

たしかこんな会話だったと思うが、今、思えばウソぱちもいいところだ。
実際、見世物小屋のへび女は大蛇を体に巻きつけたり、生きている蛇を食いちぎるくらいの芸当のようだ。
ろくろ首は何かトリックを使っていたのだろうが、当時は大人も子どももそれに騙されたのだろう。
中には「人間ポンプ」のようにさまざまな物を呑みこみ吐き出す肉体芸パフォーマーもいたらしい。
(かつて土居まさるが司会をするTVジョッキーで白いギター貰いたさにこんな芸をする奇人変人もいたなぁ)


以下、見世物小屋の口上がネットで紹介させていたので転記させていただく。なかなか迫力的だ(汗)

へび女

「ハイぼっちゃんからおじいちゃん、おじょうちゃんからおばあちゃんまで、さぁさぁ寄ってらっ
しゃい見てらっしゃい。世界の話題、医学の謎、愛知県は霊将山のはるか奥地で見つけましたこの
お姉さん、クレオパトラか楊貴妃か、どなたが御覧になっても凄い美女、ところがこのお姉さんに
蛇をあてがいますと、何が嬉しいのかニコリニコリと笑い出し、両手につかんだその蛇を口から鼻
へ、鼻から口へと何の苦もなくスルリスルリと通してしまいます…ハイ場内大変混雑してまいりま
した。ハイハイハイハイ前の方から御順にお入り下さい。一度見ておけば、孫の代までの語り草…」

(孫の代まで語りたくないぜ・・・はすぴー)

タコ娘

「後ろ姿や髪形にに何の変わりがございましょう。頭には京都祇園は舞妓のごとく、きれいな花か
んざしをさし、顔には紅白粉をつけたこの娘が、今から御客様の面前で、この帯を解き着物を脱ぎ、
全裸丸の裸になりますれば、この娘のこの腰から下、このももの付け根のところを見ていただきま
す。このお姉ちゃん立ち上がるんです。立ち上がると言っても長いアンヨもあればほら短いアンヨ
もあるから、真直ぐ立ち上がる事ができないからこのニ本の綱にほらしっかりつかまりながら、
まず体を大きく左右に振りながら立ち上がらせます。歩く姿がまた一段と見物でございます。ほら
二十五にもあれば、花もはじらう年頃なのに、この娘だけは恥じも外聞もうち忘れたのか、それと
も誰をうらむすべもなく、持って生まれた宿命とあきらめたのか全裸丸の裸で立ち上がる。はいい
らっしゃいませ。見た所から見た所まで、中は全部連続でやっております。早速実演にうつります。
どうぞ急いでください、さぁさぁどなたも急いで下さい。おっかなくありません。スリルと迫力は

あるがおっかなくない…」 (十分、おっかないぜ・・・はすぴー)

      


今からもう7〜8年前のことだが、見世物小屋を群馬県館林市にある
「つつじケ丘公園」で見かけた
ことがある。今にしておもえば その時に見物しておけば貴重なHPネタになったと思うが
カミさんも娘たちも一緒だったので、
「どっひゃ〜こんなものが今でもあるのか!」と思っただけ
結局は入らなかった。値段とか内容とか調査しておけば良かった。。。

さて、見世物小屋を調査しているうちにグロぽいことやWeb上では表現しずらいこともわかって
きたが、はすぴー倶楽部の性質上それらのネタには触れないようにしよう。(汗)
さて、本題である見世物小屋の存在であるが、はすぴーが生まれた1958年には見世物小屋は
48軒
あったそうだが、1971年に
16軒、1986年に7軒と衰退していき、平成には大寅興行社、団子屋興行社、
多田興行社、安田興行社
4軒となってしまい、現在(2003.5)では大寅興行社入方興行のみだそうだ。
おっおっ、、、まさに
絶滅寸前ではないか。

絶滅の危機にいたった理由はだいたい想像がつく。やはり
テレビの普及は影響しているだろう。
TV番組で昔なら
「万国ビックリショー」、今なら「世界まるごと発見」といった内容で世界中の
変で不思議な人たちを見ることができるようになったし、グロい系がお好きな人にはそんなサイトも
山ほどあるので、お金を払ってまで見たいというニーズがなくなったものと思われる。また昭和50年
以降、身体障害者を舞台に出演させることに取締りが厳しくなり、障害者がその身体の特徴を見せて
仕事をすることが難しくなってきたことも理由にあげられる。


もはや
絶滅寸前であることは間違いないのだが、やはり子どもの頃の想い出が消滅してしまうようで
それはとても悲しいことだ。唯一、生き残っている大寅興行社には後継者を育ててもらって引き続き
庶民をを楽しませ、いや、恐がらせてもらいたいと思う。
頑張れ、大寅興行社・入方興行!!見世物小屋よ、絶滅するな。。。

    



調査の結果、最後の見世物小屋(大寅興行社)は全国をまわり、
現在の入場料は800円ということが判明した。
1月1日〜3日    大坂・住吉大社
1月9日〜11日   兵庫・西宮神社(夷社)
3月末〜4月初旬  京都・八坂神社
4月末〜5月初旬  弘前・弘前公園(観桜会)
6月15日〜17日   札幌・北海道神宮(札幌祭り)
7月中旬        東京・靖国神社(御霊祭り)
8月下旬        東京・麻布(麻布十番納涼祭り)
9月16日〜18日   博多・筥崎天満宮
10月初旬        京都・御香宮
10月第ニ土、日曜  埼玉・川越(川越祭り)
10月17日〜18日   東京・雑司が谷鬼子母神
11月            東京・新宿花園神社(酉の市)
12月3日         埼玉・秩父(秩父夜祭り)
12月12日       埼玉・浦和、調神社 


写真で見る見世物小屋(新宿花園神社)

サンデー毎日「お祭りいろどる見世物小屋」
(音声にて説明)

見世物文化を学術的に研究しているまじめなサイト


こんな本も出版されているので、ご興味のある方はいかが?

     

(原稿:2003.5.26)

2003.7.15靖国神社のお祭りに取材に行ってきました。


 
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