乱武の極めて私的な見解 ご乱心日記    戻る

 

アジア風俗ライター 乱 武 (らん たけし)
●批判、賛同、苦情、励しは コチラまで

期間限定特別公開
    コミック 「韓国のスーパー・ピンクタウン 清涼里588」

日記の終了


この日記は2012年8月で終了しました。

ながいあいだ、お読みくださり、ありがとうございました。

(バックナンバーは今後もお読みいただけます)

なお、乱武の日記は、『新・ご乱心日記』として、継続されます。

                   管理人・春田
    


8月31日(金)


新・ご乱心日記


最後は簡潔に締めくくる。

私の人生も、そうありたい。
    


8月30日(木)


ここ数日、今まで関係を持った女性たちの事をやたら思い出す。

今際の際に走馬灯のように過去を思い出すみたいなものなのかな!?


春田管理人と私の出会いは偶然が重なって生まれた。
切っ掛けは明治公園のフリマで出店していたシルバ千穂美。
彼女は『恋アジ』レギュラー執筆陣のひとりで純粋な日本人。

シルバの出店で並べてあった品物を手に取ってると、
シルバから話しかけられ何故かそこから会話が弾み、
別れ際に互いの連絡先を交換するほど盛り上がった。

近場で開催されるフリマには時間があれば必ず出かけるほど、
私のフリマ通いはかなりの回数を積み重ねているが、
出展者と連絡先を交換することなど極めて異例の事。

それというのもシルバの旦那がフィリピン人と知ったから。
そして運命というモノは軌道に乗るととんとん拍子で進んでしまう。

「日本在住で日本のビザを持ったフィリピーノはいないかな」
フィリピン関係の知り合いから人材捜しの相談を受けた時、
シルバの旦那が真っ先に思い浮かび、すぐに電話した。

その仕事の話はまとまらなかったみたいだが、
この事を切っ掛けにシルバとは連絡を取り合うようになった。
そしてシルバから『恋するアジア』の話を聞かされる。


神保町の『アジア文庫』に良く通っていたので、
ミニコミ誌『恋するアジア』の存在は知っていた。
その『恋アジ』の宴があるので一緒に参加しないかとのお誘いだった。

いきなり部外者がそんな席に顔を出して良いモノか躊躇したが、
これも何かの縁だし、どんな集まりかも旅好きとして興味があった。
それにシルバの説明だと編集長の春田氏は来る人拒まずという。

当日、待ち合わせて一緒に行くはずのシルバが遅れるとのこと。
仕方なくひとりで新大久保駅に程近いアジア系のレストランに入っていくと、
ひと目でそれとわかる、バックパッカー臭を放つ一団がいた。

その中心にいた蜷川幸雄をちょっと若くした感じの怪しい親父が、
その後どう言うわけか長い付き合いになる春田編集長(当時)であった。


春田管理人は偏屈で人の好き嫌いがかなりハッキリしている。

私は結構ずけずけと春田管理人に思った事を言ってしまう。
なのに春田管理人はそんな私を避けるどころか傍に置き、
なにかと気にかけていただき、ズルズルと腐れ縁が続いている。

この日記をメールで送信するとき、
時々近況や短いメッセージを添えるのだが、
春田管理人はそのほとんどに返信して下さる。

そんなやりとりもこれを含めあと2回で終了か。
お世話になりっぱなしという思い出しかないが、
少しは伝説のミニコミ誌『恋するアジア』のお役に立てたのであろうか。


『新・ご乱心日記』の詳細については明日発表します。
    


8月29日(水)


台湾滞在記もいよいよ佳境に入ってきた。

遂に大型台風の台湾直撃が迫ってきた。
TVは相変わらず台風情報を流し続けているが、
当初の警戒から注意へと徐々にトーンが下がってきている。

宿から一歩も出られない覚悟で冷蔵庫をビールで満たし、
食料も備蓄し、さらに宿の下にはコンビニという万全の体勢。
嵐よいつでも来い!と待ちかまえるが雨も風もやってこない。

だからといって高を括って出かけてしまい、
台風の影響で公共交通機関が止まってしまったら大変な事になる。
と言うわけで1日中部屋に籠もり温泉とビールにどっぷり浸かって過ごす。


台湾滞在4日目、帰国前日のこの日は精力的に台北を徘徊する。

2010年11月から翌年4月まで開催された台北花博を覚えておられるか。
あの会場跡は公園となり、その一角に台湾原住民の文化を紹介する、
常設イベント会場『原民風味館』があり、是非一度訪れたい場所だった。
http://taiwanpaf.org/web/

MRT圓山駅を降りればすぐ目の前。
『原民風味館』に向かって歩き始めたが、
その途中でなんとも魅力的なイベントに遭遇してしまい立ち寄ることに。

『台北鳳梨酥文化節 台湾[米羔]餅名店展』

台湾名物パイナップルケーキの物産展兼即売展で、
場内には試食が溢れ、しかもお茶の試飲まであり至れり尽くせり。
どの出展者も台湾人特有の愛想の良さとお持て成し精神に溢れていた。

試食だけで腹がいっぱいになり、幾つかの製品を実際に購入もした。
すっかり満足して本来の目的地である『原民風味館』へと潜入。
月替わりで原住民が交代するみたいで、このときはツオ族の担当になっていた。

物産品や工芸品を見ているとツオ族の衣装を着た女性が話しかけてくるが、
驚いた事に30〜50代と日本語世代でないのに皆さん日本語が話せる。
ツオ族の村では年寄りの日常会話が日本語だからだそうだ。


この日の夜、ひとりの台湾在住邦人と合流した。
この方と会うことが今回の旅の一番の目的でもあった。

以前何度か一緒に仕事をさせて頂いた方でなのだが、
台湾で新たな事業を興そうとなさっているので、
なにかお手伝いできることは無いかと詳しく話を聞いてみた。

事業が軌道に乗るのにはまだ少し時間がかかりそうだが、
私でも協力できそうな計画もあったので今後密に連絡を取り、
その関係で台湾に行く回数も増えそうな予感がする。


この方は台湾を取り巻く政治的な話にも詳しく、
先日の尖閣諸島に乗り込んだ連中に国民党政府が苦い顔だそうだ。
特に中華民国の国旗である青天白日滿地紅旗を立てた事に頭を抱えてるとか。

台湾の主なマスコミは国民党寄りで基本姿勢は反日だから、
今回の日本の領土への侵犯を煽るような論調ではあるが、
大多数の台湾人はだいぶ醒めた目であの連中を見てるそうな。

ところで尖閣諸島が台湾領であるという根拠だが、
台湾が日本統治時代に尖閣が蘭嶼の管轄だったと言うだけの事で、
当時台湾は日本だったので、日本領としての尖閣であることに変わりはない。

ましてや支那人権蹂躙共和国が口出しできる存在でも無い。
日本政府も大手マスコミも、何故にもっともっと強気に出ないのか。
民主党なんて1秒でも早く、跡形もなく消えてしまえ。
    


8月27日(月)


この夏、台湾観光の日本人が激増し、帰りの便も満席だった。

今回の台湾で感じたのは日本人の客層がちょっと代わってきた事。
いままではおとなし目かおしとやか系がほとんどだったのが、
キャピキャピ系が急増していて出発ロビーの雰囲気も妙に明るかった。

今まで仮初めの朝鮮ブームに踊らされソウルに行ってた連中も、
やっと南朝鮮の異常性に気が付き、旅先を親日の国・台湾に変更したのかも。

そういう連中は流され易いから、台湾ブームも一過性のモノになりそうだが、
でもそんな中の数%でも台湾の本当の良さに気が付いてくれれば良いな。


では台湾旅報告の続きをお送りする。

今回4泊5日と短い滞在日程だが、
その3日目から4日目にかけて台風14号が直撃するとの予報。
そこで2日目に出来る限りの予定を済ませてしまうことにした。

礁渓からバスにて台北に出て、まずは昼飯を喰らおうと萬華に出る。
地下鉄『龍山寺』駅に併設して地下ショッピングセンターがあるのだが、
ここは集まる客層がかなり偏っているためテナントも凄く異質だ。

わかりやすく言うと台北中の年寄りのたまり場と化していて、
「歌声喫茶」みたいなお店で生バンドやDVDによる演奏に合わせ、
歌ったり踊ったりと「死ぬまでの時間つぶし」に熱中している。

第三者として眺めてるともの凄い濃密な雰囲気に圧倒されるが、
年金暮らしの老人達のお手軽お気楽な娯楽施設が、
台湾では充実しているとも言えるので羨ましくも感じる。

龍山寺周辺は元々遊郭や置屋で栄えた地域なので、
その名残で客も従業員も平均年齢がとても高いキャバクラが存在する。
ジジイになってもエロパワーを失わないのは人間として素晴らしい事だ。

翻って我が日本には還暦を過ぎてからも本能の欲するままに、
男と女がその欲望をストレートに発散できる場所など有ったっけ?
『龍山寺駅』のショッピングセンターは、ある種の理想郷なのかもな。


タイトなスケジュールの合間にちょっとだけ時間が出来たので、
とある有名なお寺へとお参りに立ち寄ることにした。

そのお寺は台北ツアーのコースにも組み込まれていて、
この時も観光バスから続々と日本人観光客が乗り込んできた。

ある団体のガイドは説明するのにちょうど良いと思ったのだろう。
お参りしている私の後を団体を引き連れてずっと付いてくる。

線香を掲げてご本尊様に願掛けする姿を解説し、
おみくじを引いていればその意味を説明している。
しまいには紙銭を焼くところまで付いてきてアレコレと講釈。

ちょっとからかってあげようと、振り返ってガイドに日本語で話しかけたら、
「えっ!日本人だったんですか…」と一言発して絶句していた。


一夜明けて台湾旅は3日目に入り、
いよいよ大型台風の上陸が目前に迫っていた。

その時の様子は明日以降に。
    


8月26日(日)


台湾滞在中の出来事を引き続きお伝えする前に、
今回の台風に関して書きたい事がいくつかある。
私はどうやら台風に嫌われているのかも知れない。

ある台風の当たり年の夏、静岡県に長期滞在していたのだが、
連続して発生した大型台風は日本列島に沿って北上したが、
1個目は静岡の手前で日本海側に、2個目は太平洋側に抜けた。

どちらも進路がほぼ直角に曲がるという不自然な動きをした。
先日のフィリピン滞在中もマニラやカビテは暴風雨が吹き荒れたのに、
アンヘレスだけ全然風が吹かないという変な現象が起きていた。

そして今回の台湾でも台風が私を忌避するように進路を変えた。
当初の予報では礁渓のやや南の花蓮を直撃するはずだった。
礁渓も強い影響は避けられず、毎日旅店も窓に目張りして備えていた。

ところが大型台風14号は台湾に接近するほどに南下しはじめ、
なんと最終的には台湾の南端を掠めただけで通過してしまった。
結局礁渓には強風はおろか雨もあまり降らずに時には陽も射していた。

ネット上で14号の進路を確認して欲しい。
台湾東部の中央に位置する花蓮に向かっていたはずが、
まさにその手前でほぼ直角に左折してるのがわかると思う。

不幸にして台東の南部に被害は発生してしまったが、
当初の予報通りに直撃していたら被害は甚大だったのは明白。
私が台湾を救ったと勝手に思い込み、ひとり悦に入っている。


と、ここまで書いてゾッとするニュースが入ってきた。
一度は台湾を通り過ぎた台風14号が、
私が台湾を離れる頃に急に進路を変えて再び台湾を直撃しそうだとか。

しかも上陸予想地域が私が滞在していた場所のほど近いとか。
こりゃもう一度台湾に戻って台風の再上陸を阻止しなきゃならぬか!?


本日は炎天下で作業をしていて熱中症寸前。
脳みそも茹だってしまい頭の回転が宜しくない。

台湾報告の続きは明日以降に順次お送りします。
    


8月25日(土)


取材とリハビリを兼ねて台湾に行っていた。
とは言うものの日本での仕事の合間だったので、
4泊5日という小忙しい滞在になってしまった。

しかもこの貴重な日々に大型で強い勢力の台風が台湾を直撃。
TVは1日中台風情報を流しているほど厳しい状況だったのだが、
台湾人は台風に慣れているのか、楽観的な民族性なのか終始朗らかだった。

帰国の翌日からすぐに仕事という、
通常なら絶対に組まないタイトなスケジュールだったため、
航空機への影響が心配で常にニュースを注視していた。

この台風14号には、今回の旅で散々振り回されることになる。


今回も羽田発、台北松山空港着のチャイナエアを利用。
台湾に行くのに成田−桃園はもう利用する気になれない。

今回も羽田を7時10分発の早朝便。
前回は当日の朝、公共交通機関を利用して羽田に向かったが、
空港着が6時と時間に余裕が無くチェックインも慌ただしくなった。

なので今回は羽田空港に前泊し、体験ルポを仕上げる予定だったが、
出国前日は体調が悪すぎて、無理は禁物と羽田での一夜は中止。
何しろこの日の朝、仕事に向かう電車内で倒れそうになったほどだった。


チェックインを済ませた段階で6時をちょっと過ぎていたが、
搭乗開始は6時半なので特に問題は無いと油断していた。
ところが羽田空港国際線ターミナルにはとんでもない魔物が潜んでいる。

セキュリティーチェックがとにかく鈍くさくて遅い。
ひとりひとりのチェックに成田空港の3倍の時間がかかっている。
しかも朝は便が集中するのにゲートは2カ所のみ。

クルー優先ゲートに通すよう言ったが、
「クルー専用です!」と言い張って受け入れようとしない。
羽田の係員は日本語が不自由で「優先」と「専用」の区別が付かないらしい。

やっとチェックを抜けたのが6:15、搭乗開始まであと15分。
しかしこんな状況でも出国窓口が2カ所しか開いていない。
職員のブースを見ると10人くらいが暇そうに座ってるのに。

それでも自動ゲートが有ったので「助かった!」と思ったが、
前の人が通過した直後に「不具合発生」で使えなくなった。

ブースの中で暇そうにしてる係官に「直してくれ」と何度も何度も言ったが、
どいつもこいつも間抜け面したまま一歩も動こうとしない。
羽田空港に配置された出入国係官は皆税金泥棒だな。


やっとの思いで搭乗口に辿り着いたのが6:25。
搭乗は定刻に開始され乗客の誘導もスムーズ。
そのお陰か予定より10分早い7時ちょうどに便は動き始めた。

通常だと羽田から松山まで3時間半のフライトなのだが、
どういうわけかこの日の便は1時間早い2時間半で着いてしまった。
パーソナルモニターで観ていた『アベンジャーズ』も途中で終了。

前回と同じく待ち時間ゼロで入国審査を済また段階でまだ朝の9時。
今回は全く予定を立てずに来た行き当たりばったりの台湾旅。
税関を抜けてから「さて、どうしようかな」と到着ロビーに出てビックリ。

台湾関係者の集まりでいつもお世話になってる日本人の方が、
たまたま出張で台北にいらしていて日本からの客を出迎えに来ておられた。
松山空港での再会を「奇遇すぎる」とお互いに大喜び。

この方としばし談笑し、それから松山空港の施設を見て廻ってるうちに、
10時を過ぎたので地下鉄とバスを乗り継ぎ礁渓温泉に向かうことにした。

事前に立てた漠然とした計画では4泊すべてを礁渓に滞在し、
そこから状況次第で台北や別の場所に通おうと考えていた。

何しろ礁渓から台北までバスで45分、片道90元(約250円)。
礁渓なら1000元で広くて綺麗で温泉付きの部屋に泊まれるが、
台北で1000元と言ったら古くて狭くてネットも出来ない。

11時少し前にバスを降り、そのまままっすぐ定宿に向かう。
チェックインは13時からだが常連なので空いてる部屋に案内された。
フロントの清楚な美女は健在だったがご懐妊中でもあった。


荷物を広げ軽装に着替え、時計を見たら11時をちょっと廻ったところ。
窓の外には台風が接近してるとは思えないほど快晴の空が広がっている。
だったら「あの場所」に行ってみるか!!

蘇澳という町に世界でナポリとここにしかない炭酸冷泉がある。
水温が20℃なので台湾と言えど夏しか沐浴出来ないという。
台北からだと行くのが面倒だが礁渓からだと各停電車で40分。

水着とタオルをカバンに入れてエアコンの効きすぎた電車に飛び乗る。
目的の冷泉は駅のすぐ近くという拍子抜けするほど便利なロケーション。
入場料を払って入ると市民プールみたいな造りで家族連れだらけ。

少しドブ臭い冷泉に全身を浸すが思ったほど炭酸感は無い。
でも水から上がると全身がピリピリし妙に暖かく感じてくる。
気が付いたら1時間も浸かっていたのでそろそろ礁渓に戻るか。

全身がドブ臭く感じるし、電車のエアコンで冷えてしまったので、
早く宿に戻って暖かい温泉にゆっくり入ろうと礁渓の駅を出たところで、
牡蠣を焼く良い匂いに鼻孔をくすぐられフラフラとその方向へ足が向かう。

その10分後には店の前の路上に置かれたテーブルで、
焼きたての牡蠣を台湾ビールで胃に流し込んでいた。
初日は温泉、台湾料理、そしてビールの繰り返しで夜が更けていった。
    


8月24日(金)


近所の子供に「あっ!ストレッチマンだ!」と言われた話は以前書いた。

友人宅で飲みながらその話をしたら横で聞いていた友人の嫁が、
検索した画像を見て笑い過ぎて呼吸困難を起こしてしまった。

先日のフィリピンではGOGOバーのネーチャンに、
「アングリーバードに似ている」とステージ上から言われてしまった。

ストレッチマンは人間の姿形をしてるから許せるが、
ほぼ記号に近いキャラクターはいくらなんでも酷いだろ。
でもそれを受けてアングリーバードの声真似をしてしまった自分が情けない。


此処に代わって来月から始める新しいブログはただいま試験運転中。
まだどこにも公開していないのにアクセスがあるのは何故だ?

此処をそのまま引き継ぐために可能な限りレイアウトを似せている。
機能も一番シンプルにしてコメントも残せないようにしている。
何かご意見のある方は今まで通り直でメールして頂きたい。

この日記に関して過去に一回だけ批判が届いたが、
その内容があまりに支離滅裂で解読は困難を極めた。
それでも理路整然と反論を返信したらそれっきり何も言ってこない。

今後も一方的に「極めて私的な見解」を書き散らかしたい所存。


乱痴気君とカルボ君の帰国後の様子が伝わってきた。

たった一度、しかも3泊4日と短期間の滞在だったにも関わらす、
カルボ君はすっかりフィリピーナの魅力と魔力に取り憑かれ、
アンヘレスの無間地獄へ足を取られ畜生道へと墜ちつつある。

乱痴気君とカルボ君はダイビング仲間でもある。
でも乱痴気君が「今度はダイビングに行きましょうよ」と誘っても、
「そんな金と時間が有ったらアンヘレスだろ!」と一蹴されるそうだ。

そのカルボ君でひとつだけ気になることがある。
それは小柄な女が大好きなので私とタイプが被ること。

卓球の四元奈生美の話をしたらその場でタブレットPCを取り出し、
(カルボ君はいつでもどこでもタブレットを携えている)
画像検索の結果を眺め「いやぁ、確かにかっわいいですねぇ!」。

今まで四元ちゃんを好きだと言って笑われた事は有っても、
「良い女ですねぇ」と感心されたのは初めてだった。

私の次回訪比にも是非同行したいとカルボ君から申し出を受けたが、
オネーチャンの奪い合いにならないように今から牽制しておかないとな。


ちょっと褒めると付け上がるヤツがいる。

アンヘレスでの順応性の早さと後日提出してきた報告書を評価し、
さらに乱痴気君と命名したら大いに勘違いしてしまったらしく、
「いずれ二代目“乱 武”を襲名させて下さい」と言い出しおった。

前回のアンヘレスでは実質1泊2日しか面倒を見る時間が無く、
実際には入門コースを表面的に案内しただけに過ぎない。

私の次回訪比時も後から追いかけてきて合流したいそうなので、
中級コースと上級コースを一足飛びにして、
「終末コース」へと引き摺り込み懲らしめようかと企んでいる。

乱痴気君は場末の置屋にとても興味を持っている。
ダイビングで訪れた沖縄で目にした置屋街が強烈な印象として残り、
まるで郷愁の様に乱痴気君の記憶に焼き付けられた。

台湾でも港町基隆の置屋街をとても気に入っていた。
あの場所は昭和の匂いと赤線を思わせる雰囲気が漂っていて、
確かに一部の好き者日本人の琴線に触れる。

アンヘレスからジープニーで7〜8分の場所に、
貧困層の労働者が日銭を握りしめて通う売春窟が存在し、
地元の警察も怖くて立ち寄らないという曰く付きの場所だ。

悪趣味な現地在住邦人が比人嫁の弟から教えられたと誘いに来て、
無理矢理付き合わされて潜入したがあまりに異様な空気に終始緊張。

この時にぽん引きと仲良くなり、その後も何度か足を運んだが、
観光客が興味本位で立ち入る場所で無い事は確かだ。
面白半分で入っていった白人がそのまま行方不明との噂もある。

私が行った時はショートで200ペソ、ぽん引きに50ペソなので総額250ペソ。
客がローカルだと150ペソで置屋と元締めが50ずつ取り、
娼婦には50ペソしか渡らないと聞かされチップを50あげたら大喜びしていた。

しばらく行ってないので今は幾らになったのか知らないが、
伝え聞く話では治安がちょっとだけ良くなったそうだ。
その理由は「見廻り当番の飲酒を禁止にしたから」。

この恐怖の売春窟に乱痴気君を放り込み、
ガラス箱の中の蟻の様に観察してみようかと思っている。
その売春窟は一部のアンヘレス嵌り達から「蟻の巣」と呼ばれている。
    


8月20日(月)


台湾のウェザーガールズが日本で正式デビューしたが、
どうも雲行きが怪しくなってきた。

元々は素人臭くも一生懸命さが売り物だったはずなのに、
歌、振り付け、そして衣装と南朝鮮整形小娘団のコピーに成り下がり、
台湾人特有の個性が全く感じられない。

日本側の関係者が完全に勘違いしてるのだろうが、
なんかガッカリしちゃったなぁ。


体調が良くないと書いたら何人もの方から、メール等で、
「大丈夫か?」とのメールを頂戴してしまった。

現状は正直に申し上げてまだまだ良くない。
エアコンをかけていてもダラダラと汗が流れ、
その汗を拭っているタオルがすぐにビショビショになる。

だからこそ気力を振り絞って動き廻るようにしている。
足腰が弱っているので、なるべく階段を上り下りしている。

食欲が無いので無理してでも食べ、胃に詰め込んでいる。
年中旅ばかりしてるので身をもって得た経験則だが、
辛いときこそ食べないと、いつまで経っても体力は回復しない。

フィリピンで面倒見た事があるツアコン見習いの兄ちゃんは、
食が細いのですぐにバテてしまい、結局ツアコンも辞めてしまった。

しんどい時こそ必死に食べる様を、
故・鴨志田穣氏は「DNAが生きようとしている」と表現していた。

食は生に繋がり、生は性へと発展する。
体調は良くないが、幸い性欲は衰えていない。
まだまだくたばってたまるか。
    


8月16日(木)


支那・朝鮮絡みであまりに腹立つ報道が多すぎて、
ここ数日まったくTVのニュース番組を見ていない。
見たところで何も解決しないとわかりきってるから。

支那人も朝鮮人も殲滅したいくらい腹が立つが、
もっと腹が立つのが腰抜けといったら腰抜けに失礼なくらい、
無策・無反応。無責任な民主党政権。

そしてこんな情勢なのに朝鮮タレントにキャーキャー言って、
朝鮮ドラマや朝鮮歌謡に夢中になってる脳みそコチュジャン族。
彼奴らを強制収容所に放り込んで徹底的な思想教育すべきだ。


『カルボ君』への反響が続いている。
その人気ぶりは『乱痴気君』へのそれを上回るかも知れない。

『乱痴気君』はアンタッチャブル柴田に似ているが、
『カルボ君』にも具体的なそっくりさんが存在する。

香港映画『悪漢探偵』で画像検索して欲しい。
検索結果のどこかに『カルボ君』の姿を必ず見つけ出せるだろう。


AMAZONで注文した『遺言書キット』が届いた。

私は家庭事情がちょいとばかしややこしくて、
母の弟である叔父に父親代わりになって貰ってる。

そこでたいした金額ではないが預貯金と保険の受取人、
その他の財産らしき物の受取人に従兄弟を指定してある。
その代わり私が死んだ後の始末をすべてするようにも命じてある。

葬式もお墓も要らない必要ない。
骨はグアムかサイパンの海に散骨すること。
そしてマンションの後かたづけをきっちり済ますこと。

飛行機事故等で死んだときの補償金も従兄弟に渡したい。
でも何もしないと法的に父親方の親戚にも権利が発生するが、
諸事情で父方の親類には絶対に口出しさせたくない。

当初は公証役場で正式な遺言状の作成を考えていたが、
手続きが煩雑なのととにかく費用が高い。
そこで知ったのがコクヨの『遺言状キット』。

もしも裁判に発展した場合どこまで効力を発するかは不明だが、
何もしないよりは有利なのも間違いないので早速作成することにした。
解説書も付いていて確かにそう難しくない。

年齢的にいつその日が来ても不思議でない世代に入ってしまった。
少し前に「死ぬかと思った」出来事にも遭遇している。
それにこれだけ海外に行ってると事故に巻き込まれる可能性も少なくないしね。
    


8月12日(日)


夜中に目が覚め眠れなくなったので、
TVをつけたら通販番組で気になる商品を紹介していた。
DVDプレーヤー内蔵防水液晶TV。

長風呂しながら地上波もDVDも観られるし、
無理すれば買えない金額でも無い。
しかしメーカーも型番も番組で表示していない。

液晶TV本体に記されたロゴマークを頼りに検索すると、
同じ物と思われる商品がTV通販より安く売られている事が判明。
そして購入者の評判があまり良くないこともわかってしまった。

良かったよ、衝動買いしなくて。
欲しいモノは我慢できない子供みたいな性格の知り合いがいるが、
あの男ならネットで調べず速攻で通販会社に電話してただろうな。


カルボ君に早くも反響があった。
派手さはないがそのキャラは読者の印象に強く残る様だ。

では今回もカルボ君&激…じゃなかった、
乱痴気君のアンヘレス滞在記の続きを書きたい。


真っ昼間に場末系のGOGOバーに入り、
いきなり4人のピーナに囲まれてしまった乱痴気君。
瞬く間に8本の手と4コの口唇によって蹂躙される。

何故アンヘレスが『大人の遊艶地』とか『痴情の楽園』と呼ばれてるのか、
乱痴気君は初訪問3日目にしてその真意を骨の髄まで味わう事になる。

そのあまりの快感に恍惚の表情を浮かべる乱痴気君は、
いつの間にか手が10本に増えてる事に全く気が付いていない。

ピーナ達の爆笑に正気を取り戻して眼を開けると、
なんとカルボ君も彼女たちの「手作業」に参加してるではないか。

ピーナ達にドリンクを大盤振る舞いしていた乱痴気君が、
カルボ君の「一仕事」にも一杯ご馳走したかは不明。

ひとつだけハッキリしていることは、
これだけ派手に遊んだので乱痴気君はすっかり覚えられてしまい、
今後あのバーに入るたびに大勢のピーナに取り囲まれることだろう。


カルボ君の体調不良により真昼のGOGO遊びは一旦終了。

乱痴気君とカルボ君は宿に戻って休憩を取る事にしたが、
宿を出たときは2人だったのに帰りは3人だったそうな。
数時間後に再び歓楽街へと出かける時はまた2人に戻っていた。

乱痴気君のアンヘレスに対する順応性は意外に高かった。
いやぁ、若さって本当に羨ましいもんだ。


陽がかげり始めた歓楽街でカルボ君は後悔することに。

香港映画の悪役顔は比人から見ても相当に印象が強い。
前日に迂闊にも金を与えてしまった乞食少女に見つかり、
かなりしつこくつきまとわれて辟易したそうな。

子供に乞食をさせてる親なんてモノは、
その金を生活費に回さずに酒か博打に使うような奴等。
フィリピン人はその辺の事情を知ってるので絶対に相手にしない。

カルボ君は顔は怖いがお人好しなところが多々あり、
「子供が出来たら日本人の彼に逃げられ、その子のために働いてる」
なんてベタな作り話を真に受け、ついついお持ち帰りしてしまった。

いずれアンヘレスのオネーチャンから、
「お母さんが病気で手術代が必要」とか、
「弟を学校に行かせたいから援助して」とのメールが届くことであろう。

オネーチャンの携帯で2ショットを撮られ、
フェイスブックに掲載されてしまうのも時間の問題と思われる。


こうして文字通り精力的な3泊4日のアンヘレス初体験を終え、
帰国日の早朝5時に髪ならぬ後ろ玉を引かれつつ街を去った。

空港までの帰路途中でマニラ大洪水に行く手を阻まれ、
一時はその日の帰国を断念した乱痴気君とカルボ君。
しかし優秀な運転手の機転でなんとか出発便にぎりぎりセーフ。

スッチーの尻を眺めながら夢の世界から現実世界に引き戻され、
また『天使の街』に戻ってくるため額に汗して働く日々が待っていた。

「どんなに嫌な事、辛い事が有っても、我慢して働ける理由がわかっただろ」
一足先にアンヘレスを離れる時、私は二人にこう言い残した。

帰国後の二人は今まで以上に仕事に励むようになり、
少し英語が話せるカルボ君はタガログ語を、
そして乱痴気君は中学生の英語から勉強を始めたらしい。

乱痴気君もカルボ君もいずれは師匠である私を超え、
現地で『黄色い悪魔』の名を欲しいままにしてくれるだろう。
そしてその日が来たら私は嬉しさと寂しさの混ざった声で呟く。

「嗚呼、俺の時代は終わったな…」と。
    


8月11日(土)


「あの男」とカルボ君のアンヘレス滞在記の続き。

その前に「あの男」では回りくどい。
しかし「あの男」は今回カメラを携えていない。
そこで今回は新たに『乱痴気君』と命名した。


私は世界中どこに行っても不測の事態に備え、
帰国日前日に空港に近い場所に戻り1泊する事にしている。

しかし乱痴気君とカルボ君は帰国直前までアンヘレス滞在を熱望。
その結果フィリピン最後の夜は別行動を取ることになる。

二人ともフィリピンは初めてだが海外旅行の経験はあり、
カルボ君に至っては高校時代に短期留学してて英語が多少話せる。

最初の二日間でアンヘレスについて可能な限りレクチャーしたし、
何事も経験と後は若い二人に任せて私はアンヘレスを去った。

乱痴気君は結構義理堅い性格で、
カルボ君と二人きりになってからの出来事を、
事細かくレポートして送ってきた。

本人の許可を得たので加筆修正して公開したい。


私を見送った後でカルボ君の体調はさらに悪化。
部屋で休むのかと思いきや宿泊先のレストランに向かい、
ポカリスエットの如くビールをゴクゴクと流し込む。

水分補給を終えたので夜に備えて仮眠を取るかと思いきや、
「さぁ!バーに繰り出すゾ!!」と乱痴気君の腕を掴み、
まだまだ陽が高い歓楽街へと飛び出していった。


アンヘレスのバーの開店時間は早く、
昼間からのバー巡りがこの街の大きな売り物でもあり、
外国人観光客もそれが目当てで集まってくる。

しかし二人組みが向かったので華やかな表通りではなく、
一本奥まった路地にある、知る人ぞ知るマニアックな場末系。
その立地条件のハンデゆえ、過激なサービスでも知られている。

店に入るなり乱痴気君はひとりのピーナに抱きつかれ、
そのまま押し倒されるようにシートへとなだれ込み、
いきなりのピンサロ攻撃で翻弄される。

すっかりその気にさせられた乱痴気君であったが、
そのピーナがメンスと知らされ蛇の生殺し状態。

その様子を見ていたカルボ君は「じゃあ次の店に行っちゃおうよ!」と、
再び乱痴気君の腕を掴み軒を連ねる隣の店へと乱入。
すると入店と同時に乱痴気君は4人のピーナに囲まれてしまった。


以後、明日以降の日記に続く。
    


8月10日(金)


いま、この日記の引っ越し先を模索中。
ブログは色々と有りすぎてかえって迷う。

ま、お盆明けまでには決めましょう。


「あの男」の雨男ぶりがここまで凄まじいとは思わなかった。

マニラに発生した大洪水は前代未聞の長大雨がもたらした大災害だが、
「あの男」がアンヘレスにて雄叫びを上げていたまさにその時間帯が、
ルソン島の歴史的集中豪雨のピークの時と見事に一致する。

夜が明けて空港に向かっていた「あの男」は、
一夜で主な幹線道路が冠水してしまったため立ち往生してしまい、
危うく己が放出した雨男パワーに自分自身が溺れそうになった。

「あの男」は年末にもう一度フィリピン行きを目論んでいるが、
もし乾期の時も大雨を降らせたら史上最強の雨男と呼んで良いだろう。


カルボ君はビールが大好きだ。

宿泊先では毎朝プールサイドのレストランに集まり、
前夜の反省会兼、本日の作戦会議が開催されていた。
その席でまずカルボ君はサンミゲルの生ビールをゴクゴクと流し込む。

カルボ君はどこに行っても席に着くとますビールを注文。
旅の疲れと緊張感に加えフィリピンの水が合わなかったのか、
滞在中ずっとお腹が緩かったみたいだがビールで正露丸を飲んでいた。

ビールとオネーチャンが安くて美味いフィリピンに、
カルボ君はたった3泊で依存症の症状を見せ始めている。
また一人、人生を踏み外させてしまったのかぁ…。


さてさて、似非平和の祭典オリンピックはまだ続いていて、
見たくないけどTVを付けたら五輪情報が溢れ嫌でも耳に入る。
今回の五輪で日本は銀メダルラッシュだそうで。

「2番じゃダメなのか!」とミンス政権がスポーツ振興費をごっそりカット。
その効果がこんなに早くハッキリと形になって現れるとはな。

スポーツの国際大会は早い話国同士の代理戦争みたいなもの。
2位も3位も無く、1位のみが生き残るのが戦争。
どんな手段を使ってでも勝たねばならないのが戦争というもの。

何故ヒトラーが悪魔と呼ばれ毛沢東は英雄なのか。
それは支那が戦勝国になりドイツが敗戦したから他ならない。
毛沢東が餓死させた支那人はナチスが殺したユダヤ人より多い。

もしも三国同盟が勝利し連合軍が敗北を喫していたら、
英雄はヒトラーで毛沢東は悪魔と蔑まれた事であろう。


もしも日本と南朝鮮が戦争になったとしよう。
竹島を巡ってその可能性も出てきたことだし。

軍の装備としては日本の自衛隊の方が上らしい。
しかし兵器が戦うのはではなく実際に動かすのは人間。

物心付いた時からねつ造と誇張の歴史を叩き込まれ、
日本人を心底憎むように洗脳されている南朝鮮人民と、
日教組の陰謀で競争する事を避けるように躾けられた日本人。

実際に戦ったときに相手を絶対に倒そうという気持ちはどっちが強いか。
スポーツの試合にはその民族性が露骨に反映される。
勝つためにはどんな汚い手でも使ってくる南朝鮮の選手達。

銀メダルばかり集めて喜んでいて大丈夫か日本人!?
民族差別の祭典・オリンピックは大嫌いだが、
参加するなら何が何でも一番を勝ち取って来いよ。

スポーツだけじゃない、スパコンだってTOPを取ることは、
日本人の向上心を大きく高める効果だってあるんだぞ。
わかったか、台湾人の心を完全に失った蓮舫よ!!


いま熱を測ったら38.6℃もあった。

子供の頃からよく熱を出していたため熱に強い体質だが、
でも今夜は無理しないでもう寝よう。

「あの男」とカルボ君のフィリピン旅にはまだ続きがあるが、
それは明日以降のお楽しみに!!
    


8月7日(火)


帰国してTVをつけたらどこも五輪五輪で鬱陶しい。

何度でも繰り返す。
侵略と虐殺と人権蹂躙を繰り返す支那で開催された事により、
平和の祭典としての近代五輪は死んだ。

フィリピンでは笑っちゃうくらい五輪は盛り上がっておらず、
安心してTVをつけられたのに…。

そういえば4年前の支那リンピックの時はマカオにいて、
ホテルでTVをつけたら20数局のほとんどが五輪中継でうんざりしたっけ。

この馬鹿騒ぎが終わるまで留守中に録画した番組を観て過ごそう。


今回のフィリピン滞在ではそれなりにネタの収穫あり。
GOGOバーで働くジャピーナに出会う機会が増えてきたのだ。

でも父親が日本人と言うだけで生まれも育ちもフィリピンなので、
話してみると彼女らの中身は全くのフィリピーナだった。

それと同時に朝鮮人を父親に持つコピーナも確認できた。
この辺の事情をこれから掘り下げていこうと思っている。


さて、気になってる人も多いことだろう。
そう、「あの男」が私を追ってフィリピンに乗り込んできた。

初フィリピンの「あの男」は飛行機の遅延も、
入国審査での長蛇の列も、
マニラ市内の大渋滞をも乗り越えてアンヘレスにやってきた。

荷物を広げるのもほどほどに早速歓楽街へと案内する。
そして最初に入ったバーが「あの男」にとってこの旅の、
いや今後の人生の方向性を決めたかもしれない。

その広くないバーにはノリノリの白人客が溢れていて、
フロアで踊ってる奴、3人のピーナを侍らせてる奴、
ステージのピーナにちょっかい出してる奴、ピーナと濃厚に抱き合ってる奴。

そこはまさにアンヘレスでの楽しみ方の見本市。
「あの男」は早くも瞳孔が完全に開いてしまっていた。


今回「あの男」は仲間を連れてやってきた。
その男を仮に「カルボ君」としよう。

タガログ語で「ハゲ」を意味する「カルボ」。
その男はスキンヘッドにヒゲを蓄え香港映画の悪役の如き風貌だが、
好みの女の前では萎縮してしまうと言うシャイな一面も持っている。

あるバーでは入るなり好みのタイプを見つけたが、
なかなかテーブルの呼べずにモジモジするばかり。

他の男に取られる前にと何とか連れてこさせたが、
そのピーナを隣に座らせたまま会話が進まずモジモジと。

別のバーではステージ上にどストライクを見つけたが、
今度は呼ぶことすら出来ずに遠めに眺めながらモジモジと。

そんなカルボ君の本性を見抜いたのか、
ひとりのピーナがステージ上から積極的にアピール。
さらに呼んでもいないのに勝手にテーブルに来て居座られた。

絶え間なく続いたそのピーナからの猛アタックに屈し、
カルボ君は半ば強引にお持ち帰りを余儀なくされていた。

翌朝の報告会でカルボ君はボソッと語った。
「やっぱ最初に良いと思ってたあのコにしたかったなぁ…」


カルボ君と置屋バーに行ったときの事。

その店は表向きは場末のバーだが実態は置屋。
働いてるコのほとんどがまとまった金を前借りしていて、
返済が済むまで住み込みで働かなくてはならない。

そう聞くと悲惨な印象を受けるかも知れないが、
実際はどのコも脳天気で事態を深く考えていない。

でも乞食少女にもお金をあげてしまうカルボ君は、
彼女らの身の上を知って絆されてしまい、
なんとその場にいた全員にドリンクを大盤振る舞い。

「だってそんな話聞かされたら、何もしないわけいかないじゃないですか」

香港映画の悪役顔みたいな顔をしていながら、
カルボ君はフィリピーナの魅力と魔力に短期間でのめり込んだ様子。
この先どこまで飲み込まれるのか、観測を続けていきたい。


「あの男」は雨男でもある。

「あの男」が眠かったり疲れていたり空腹の時は雨が止み、
元気を取り戻した途端に雨が降り始める。

マニラ市内のいたる場所が冠水するほど大雨が続いたのは、
アンヘレスでの「あの男」の興奮がもたらした影響かも知れないぞ。
    


8月6日(月)


まず最初に重要なお知らせから。

この『ご乱心日記』は今月をもって更新を終了する。
諸事情により春田管理人が決定したので揺るぐ事は無い。

この日記は一般的なブログとは違い、
書いた内容をメールにて春田管理人に送信し、
春田管理人の手を煩わせてその都度UPされていた。

送信からサイト上に反映されるまでタイムラグがあるし、
一度UPされてしまったら修正は困難と利便性は良くなかったが、
それでもこのスタイルに固執してたのには大きな理由がある。

ミニコミ誌『恋するアジア』は長らく休刊中であり、
紙の媒体としての『恋アジ』は再会の目処は立っていない。
しかし私としては『恋アジ』は存続して欲しいという想いが強かった。

春田管理人に入稿し春田管理人のチェックを受け、
世に公開されるこの『ご乱心日記』こそが紙からウェブサイトと形を変えたが、
『恋アジ』の生まれ変わりと受け止め、とても大切な存在となっていた。

しかし春田管理人の決意は強い。
9月からは普通のブログとして『ご乱心日記』を継続していくため、
使い勝手の良いブログを探している最中だ。


フィリピンに行っていた。
雨期のため気温はさほど高くなく、朝晩はちょっと肌寒いくらいに。
日本から避暑に来てる気分だった。

滞在中に台風が接近しルソン島は大荒れの天候。
しかし何故かアンヘレスだけは風が吹かずに時折土砂降り程度。

今年の雨期はやたらと雨が多い。
曇りちょこちょこ雨という具合で、お日様はほとんど拝めなかった。

歓楽街も客足がガタ落ちで景気も冷え込んでいた。
特に路上の物売り達は青色吐息で皆死にそうな顔をしていた。


5ヶ月ぶりに戻ってきたアンヘレスの中心街はますます朝鮮色が強くなり、
メイン通りのバーはどこも朝鮮文字が描かれている。
そして最近の傾向として朝鮮人同士の喧嘩が頻発しているそうだ。

喧嘩が起きると比人も外国人も笑いながら傍観していて、
騒ぎを聞いて駆けつけた警官も「なんだ朝鮮人同士か」と冷ややかな反応。
どちらかがボロボロになるまで放置し、双方を引っ張って行くそうだ。

そのうち殺し合いを始めるんじゃねぇか!?
どこに行っても迷惑な奴らなんだから半島から出るんじゃねぇよ。


それにしてもアンヘレスの中心街は物価が急上昇。
客のドリンクが95ペソで驚いていたが、
Bar fineと呼ばれる連れ出し料が1900ペソとはずいぶん高くなったな。

なんて呆れていたら、女のランクによってはさらに金額が上がり、
2500ペソや3000ペソまでいて恐れ入ってしまった。
こんなに値上げしたら逆に売り上げが落ちると思うがな。

昔の良き時代のアンヘレスを知るものとして隔世の感がある。


アンヘレスには謎の女がいる。

20代と言われればそう見えるし、30代だとしてもおかしくない。
顔は十人並みなのだが何故かいつも裸足で徘徊している。
そして路上にしゃがみ込み、時には1時間以上その場でジッとしている。

知的障害、あるいは精神疾患を抱えているのは見てわかるのだが、
どこに住んでいて、何をして食べているのかは誰に聞いてもハッキリしない。
言葉は話せる様だが、あまり喋っているのを見たことがない。

その女を見かけるようになったのは2年くらい前だったが、
今回なんとその女はお腹が結構大きくなっていた。
結局はそうなっちゃうのかねぇ、フィリピンって国では。


あるバーに入ると先客は日本人のオッサンが1名。
他に客がいなかったせいか、私の事をやたらジロジロと見ている。

私は店の常連だったためすぐに女のコ達に囲まれてしまい、
彼女らとタガログ語で喋り始めたらオッサンは「えっ!?」て顔をして、
ガッカリした表情で店を出てってしまった。

話し相手が欲しかったのかな?
それとも騙す相手を物色中だったのかな!?