前頁にもどる 『恋するアジア』第21号掲載

ニューデリーウォッチング  9億の民が燃えたクリケットW杯

  text  by   藤岡 恵美子

 

 5月から6月にかけて、デリーには猛暑が訪れる。
 学校も休みになり、人々が帰省したり避暑地へ旅行するのもこの時期だ。今年、そんな真夏のデリーをますます熱くしたのは、英国で始まったクリケットのワールド・カップであった。
 インドで一番人気のスポーツは何と言ってもクリケット。
 日本のプロ野球人気がそっくりクリケットと入れ替わったと思っていただければよい。ルールは野球に少し似ていて、「ボウラー」が助走をつけて投げるボールを、ヘルメットと手足の防具で武装した「バッツマン」が、羽子板を長くしたようなバットで打つ。バッツマンの後ろにはウィケットと呼ばれる3本の杭が立っており、その後ろに「ウィケット・キーパー」がいる。ボウラーはこのウィケットを狙ってボールを投げ、バッツマンはそれを阻止する訳だ。野球と違って打者は二つのウィケットの間を往復して走る。ひとチームは11人だ。
 サッカーはインドでもそこそこ人気だが、野球はまるで知られておらず、「野球って何人でやるの?」と聞かれることもしばしば。ここでは子どもたちが公園や道端で興じるのもクリケット。少年たちの「将来のゆめ」ナンバー・ワンも「クリケット選手」なのだ。
 こんなお国柄のインドチームがW杯に出場するとあって、デリーのみならずインド中が「クリケット・フィーバー」に燃えた。
 英字紙「タイムズ・オブ・インディア」の一面には、俳優や政治家など各界の著名人が毎日「クリケットと私」と題するエッセイを寄せ、ニューデリーのレストランは店内をクリケットのオブジェで飾りつけ、新聞には「ワールド・カップを新しい画面で見ませんか?」というテレビの広告がやけに増えた。
 人々は寄ればクリケットを話題にし、インドの試合が放映される時間になると道路の人通りも減った。火をたいてヒンドゥーの神様に優勝祈願をする人も少なからずいたそうだ。
 ところがインドチームは、W杯開始後間もなくエースのサチン・テンドゥルカルが父急死のため一時帰国したこともあって成績は今ひとつ。参加12チーム中の上位6チームである「スーパー6」にはなんとか残ったが、その後オーストラリアに惨敗、残る2試合に勝っても決勝進出はもはや難しくなり、人々の熱もやや冷めて来た。
 しかし、6月8日、残る2戦のうちのひとつ、宿敵パキスタンとの試合でインドが勝利すると、人々はお祭騒ぎで大喜び。新聞の一面にはカシミール紛争に関する記事の隣に、「インド、W杯でパキスタンに勝利!」の記事が並んだ。
 クリケットがさかんな国はほとんどが元英国植民地。南アジアからはインド、パキスタン、バングラディシュ、スリランカが参加しており、他はニュージーランド、南アフリカ、ジンバブエといった国々である。試合後の選手へのインタビューではどの国の選手も流暢な英語を話す。日本ではまず放映されないクリケットのW杯をインドで見ていると、今でも英国文化圏というのは存在しているのだなあ、と実感する。
 この原稿を書いている今、インドにはまだ1試合残っている。優勝はもう無理だと思うけど、さてどうなることかしら。