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つれづれ小腹立ち日記 春田の極私的日記
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4月25日(火)

●メールの返事を書いて、思いのほか時間がかかり、ほか細事をしていたら、半日が過ぎた。外はなんとなくパッとしない天気である。
●吉祥寺に出て、カレーうどん+稲荷寿司を食い、マクドでコーヒーであった。マクドの照明は切れかかってチカチカしており、客を長居させない作戦か。
●『コスモスの思想』(岩田慶治・著)を読んだ。この著者の本はときどき読んでいる。もう10冊は読んでいると思う。ファンなのである。著者の研究はひと言でいえばアニミズムである。それを狭く見るのでなく、この宇宙の森羅万象について考えを及ばせ、人間とは何か、生きているとは何か、など、アニミズムの窓から、がんがん攻めて思考を重ねている。どんな思考なのか、ワシがここでごちゃごちゃ書くより、著者の文を読んでもらったほうが一端がわかる。いちぶ転載する。「エクスタシーといえば神秘体験のひとつで、神との一体感や忘我の恍惚を予感するが、ここではそれをもっと広義に理解しておきたい。その一方に菩提樹下でのブッダの瞑想と悟りがあるが、他方の極には花に見とれて立ちどまり、物に触れてハッとする。もののあわれに触れてアアと言って感激する状態をふくみ、また何事かに集中して無我夢中になってしまうことまでも含めて考える。そう考えた上でエクスタシーによる認識を認めたい。(略)エクスタシーが何の役に立つかと思われるだろうが、それはきわめて多様な、多方面に分化してやまない知の根っこを押さえており、これがなければ学問は解体してしまう。よく知られているように柳田(國男)学の原点には神かくしの経験がある。(略)エクスタシーによる認識は自分の存在の自知であり、そのとき同時に人間と自然を含む全体が頼み甲斐のあるものになるのである。親しみ深い母の懐にいだかれながら、自由に振舞えるようになる」。何を言ってるのかわからないかもしれないが、ワシにはストンと腑に落ちるのである。


4月24日(月)

●あれこれ調べて半日が過ぎた。民主主義の始まりみたいなことを調べたのだが、調べることが広がりすぎて、途中でやめた。もうすこしポイントを絞ったほうがよさそうだ。
●高円寺の図書館に本を借りに行き、帰りに「ぎょうざの満州」に寄り、回鍋肉定食を食い、業務スーパーに寄り素麺2キロを買い、マクドでコーヒーであった。マクドでは、席を立ってから出るまでがやたら長い女がいてイライラした。ワシなどは立ったらすぐ店を出ていくが、その女は着ている服の点検からはじまり、バッグの出し入れ、意味なく店内をみまわし、食べたあとのカップや紙クズを丁寧にたたみ(立ったまま)、そして、やっとという感じで出ていった。10分くらいかかっている。ワシの隣りの席なので立ってること事態イライラで、早く出ていけよ、とドつきたくなった。こういう女は時間を無駄にしている。何かひとつやることに、やたら時間がかかるのである。
●帰宅してテレビドラマのチェックをしたが全滅であった。ドラマはますますヒドくなっている。トラブルを避けるためなのか、ほとんど、歯の浮いたような婚活ドラマばかりである。それと、テンポが遅すぎる。もっとポン、ポン、ポンと話を運ばないと。ここ数日でチェックしたドラマは以下のとうり。「貴族探偵」主演の男の演技がヘタクソすぎ。「あなたのことはそれほど」新鮮味のない設定。「ファイナルファンタジー]W 光のお父さん」仮想と現実が交錯するアイデアはいいが、内容がベタすぎる。「3人のパパ」男の子育て。つまらん。「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」新味がない。「フランケンシュタインの恋」話の展開が期待できない。「緊急取調室」取調に妙味がない。「女囚セブン」剛力でなく橋本マナミを主演にするべきだろう。


4月23日(日)

●月例のKさんちの食事会に参加した。浅草である。本日は参加者が少なかったが、それはそれで、いろいろ話ができた。前半はウガンダ娘がつくった料理を食べた。料理名はわからないが5品あった。現地の食材は日本では手に入らないいので代用品による料理で本物とは異なるが、それなりに現地に近いものを作ったらしい。さつま芋の蒸かしたもの、バナナをつぶして鍋で水分を蒸発させたもの、その2つにかけるソース(豚肉、ピーマン、玉葱に現地からもってきた調味料を加え煮立てる)、キャベツを小さく切って香辛料をまぶし水分が出るまてまぜたサラダ、アボガドの水煮、の5品。素朴な料理だが、おいしく頂戴した。後半は学校の教室の荒廃についての経験談が話された。本日は高校教師が2人おり、経験したことや伝聞したことを話した。教室の崩壊はよく聞く話である。生徒は授業を聞かず、スマホをしたり、無駄話をしたり、突如教室から出ていったりする、という話である。で、それは高校生くらいまでの話かと思ったが、今は大学もそうだと言うのである。どこの大学もその傾向があり、有名大学でも経済や文学の学部は崩壊しているらしい。大学も小学校と変わらないのだった。生徒に厳しくすれば親が出てくる。そこも小学校と変わらないらしい。甘やかされてデキの悪い生徒は軍隊に入れて鍛えたらいいと、本日の教師は言うのであった。
●浅草はいつもながら外国人ばかりであった。


4月22日(土)

●ヒマなので散歩に出た。一昨日、代々木上原で断念した散歩の続きをした。代々木上原まで電車で出て、渋谷に向かって歩いた。が、渋谷はあんがい近く、30分ほどで着いてしまった。歩いた気がせず、そのまま恵比寿のほうに向かい、いま評判の代官山あたりをぐるっとまわってきた。このへん、すごく、お洒落な町になっていた。いぜんから小綺麗な町であったが、今はもっと進化している。ここはヨーロッパかという雰囲気であった。高級そうなレストランもならび、店頭のメニューを見ると4品のコースで1万8千円であった。ワシの生活とは1ケタ違う。セレブがたくさんお住まいの町なのだろう。隣町は松涛であり、お金持ちがザクザク住んでいる。ところで、話題の蔦谷(TUTAYA)書店も行ってみた。が、案外、せせこましい作りであった。もっと広々とした造りなのかと思ったが、大江戸線のような狭苦しさを感じた。ここ、あんまり流行らないように思う。今だけ話題でもってる感じである。書架の並びも、あんまり本を知らない人間が整えているという感じである。もっとも、知らないほうがいい、という言い方もあり、こうして本の文化は滅んでいくのだろう。
●本日は散歩の後半から雨が降ってきた。ワシは常に傘を持ち歩いているので支障はなかったが、道があちこちデコボコで水溜りが多く、靴がびしょびしょになってしまった。今の靴も明日にはおしゃかになるかも。


4月21日(金)

●ここずっと不眠症だったが、春が到来し治ってしまった。やはりワシは寒いのには弱いのである。それにしても不眠症というのは辛いものがある。寝ようとすると、逆に頭が冴え冴えとする。まったく寝られない。周囲の物音も大きく聞こえ、その音で余計眠れなくなる。音を出す隣家を呪ったりし、余計眠れなくなる。悪循環である。何時間も冴えわたった頭をかかえたまま朝をむかえ、ひどく疲れてしまったこともあった。寝ようとせず起きて、つまり徹夜状態で次の日をすごし、もういい加減眠くなるだろうと夜に蒲団にはいると、これが眠れない。頭はより冴え冴えとしている。もうワシは寝るという能力を失ったのではないかと思い、気分は「マシニスト」であった。苦境を知った某 K師からは睡眠薬を頂戴し、感謝しつつ飲むとその夜は眠れるが次の日はもうだめであった。が、ここ数日暖かくなり、そうすると、ぐっすり眠れるのだった。寝る能力は失っていないようで安堵した。来年の冬はもうどこかに逃げよう。
●昨日、親切なスリランカ婦人に感動した話を書いたが、そんなのはまれで、アジア人は嘘ばかり教えるよとメールを頂戴した。それはワシも知っている。アジアの町を歩いて道を人に聞くと、皆さん、さも知ってるふうに、あっちだ、と言う。が、それはほとんどデタラメだ、というのはワシも多々経験した。だからアジア人が親切だ、というのは違うというのはわかるが、しかし婦人については、わりと正確に教えてくれるのではないか。そんな気がしている。男は知らんと言うのが沽券にかかわるのか知らなくても必ず教える。が、中年を越えた女性はそうではない気がするのだがどうなのだろう。
●本日は歩いていても気分のいい春日和であった。


4月20日(木)

●昨日中止した散歩を本日した。東中野ではなく中野駅から渋谷まで行った。が、途中で力つき、代々木上原までしか行けなかった。新宿までの距離と同じくらいと思ったが、予想外に遠かったのである。途中迷ったこともあるが2時間歩いて代々木上原であった。そのまままっすぐ井の頭通りを直進すれば渋谷だが、疲れてしまった。ま、仕方ない、渋谷までは次回としよう。代々木上原は東京ジャーミー(イスラムモスク)があるところで何回か行ってる町だが、なんだかずいぶん変わっていた。以前より賑わってるのである。駅周辺もずいぶん商店が増えている。食い物屋街もでき、そこでトンカツ定食を食い、コーヒーを飲んだ。
●上の散歩の途中で道に迷い人に道を聞いた。子供連れのえらく美人のスリランカ婦人がいたので(たぶんスリランカ人である)声をかけた。美人度にひかれてしまったのである。渋谷はどっちですか、と聞き、婦人はすこし迷ったが、こっち、と指さした。日本語は通じた。で、婦人たちとは別れ、指さした方に歩いた。数百メートルくらい歩いたところで、うしろのほうで声がした。ふりかえると、さっきの婦人と子供がハアハア息をきらして、かけてきた。あのー、と言う。そっちじゃないです、逆、あっちですと、指さした。婦人は、すいませんでした、とあやまる。ワシは逆に恐縮してしまった。迷子になるのも散歩の楽しみである。そのまま歩いてとんでもないところに出ても、それはそれでいいのである。しかし、わざわざ教えにきてくれた婦人に感動してしまった。さっきのところからもうだいぶ来ている。そこを走って間違いを言いに来てくれたのである。子供(7歳くらいの男の子)はワシに追いついて、ああよかった、という顔でニコニコ笑っている。婦人もハアハアと笑顔である。ああ、なんか、いい人だな、いい親子だなと、思った。これだよな、アジアの優しさってのは、とも思った。日本人なら追いかけてこない。久々の感動であった。親子には、ありがとう、と何度も礼を言った。


4月19日(水)

●本日も散歩に出たが、すごい風。歩道を歩いていると、ズズズ、と車道に運ばれそうになる。ワシは身体が軽いので、強風に弱いのである。危険なので散歩は中止した。
●東中野から渋谷まで歩く予定であったが、東中野から出ることなく、サミット・ストアに寄って、3足千円の靴下を買ったりした。ワシはよく歩くので靴下もすぐ破ける。高い靴下も安い靴下も破けるまでの期間は同じなので、もっぱら安いものを買っている。一時期、登山用の靴下を履いてみたが、あまりもちは良くなかった。ワシの歩き方が悪いのだろうか。
●東中野の中華食堂でつけ麺を食い、ドトールでコーヒーであった。


4月18日(火)

●一気に初夏という感じの日であった。本日もぶらぶら徘徊の日となった。空気がムッとしていて、なんとなく台北日和(台北を歩いてるような)であった。高円寺→東中野→中井→椎名町と、徘徊した。すこし汗をかいた。電車で大久保に出て、肉野菜炒め定食を食い、店名は忘れたコーヒー店でコーヒーであった。
●スマホ依存の男女は、今や町じゅうにいるが、何を見てるのかは、以前より気になった。で、機会あるごとに人のスマホ画面は盗み見してきたが、ラインやフェイスブックは予想通りいるが、画面をただスクロールしていたり、ゲームをしている人間もいがいと多かった。前者(SNSを見ている)は理由としてわかるが、後者(ヒマつぶし)はよくわからない。目の前の現実の景色より小さな画面の中の世界のほうが楽しい、ということなのだろうが、香辛料の強い食べ物を食べすぎて味覚を失っている、というふうにも見える。彼らからスマホを取りあげたら、もう廃人にしかならないだろう。ま、いいけど。


4月17日(月)

●買物で中野に出た。帰りにトンカツ定食を食い、マクドでコーヒーであった。ブロードウエイには外国人がたくさんいた。入口で記念写真を撮ったり、大きなヌイグルミをかかえていたり。ここは今や日本サブカルチャーの世界的な聖地になっているのかもしれない。
●『芸能人はなぜ干されるのか?』(星野陽平・著)を読んだ。B5大判、上下2段、340ページの大冊である。あまり期待しないで読んだが、かなり面白かった。この本の内容はひと言でいえば「芸能界は最大のブラック企業である」ということ。売れるタレントは奴隷となり(休みなしで働かされ億を稼ぐタレントも月給制で10万ほどしかもらえない。不服を感じ独立などすると全事務所が一団となって干しにかかる)、売れないタレントは枕営業、ということが実名で書かれている。実名なので、反発は予想され(相手は人殺しもする集団である)、書く基本として(盾として)労働基準法を置いている。本の最初でこの法の説明が長く続き、すこし退屈になるが、さまざまな反発の防備なのが後半を読むとわかる。それにしても、この本の出版は命懸けである。しかし、この本はスキャンダルを目指してるわけでなく、あんがいマトモな内容である。金、権力、女、エゴ、などの欲が渦巻く芸能界は果てなくブラックである、ということを告発している。ナベプロ、ジャニーズ事務所、吉本興業、バーニング、ケイダッシュなど、コワモテの芸能事務所の歴史とその事件簿、それら事務所の栄枯盛衰が語られている。へえ、と驚く記述が多い。ジャニー喜多川がアメリカ兵として朝鮮戦争に従軍していたなどは知らなかった。ほか、有名タレントの裏面が語られ。そんなことがあったのかと興味深い。しかし繰り返すが、ぜんぶ実名なので、相当の反発はあると思われ、実際この本はメジャーな出版社では出版が断わられている。全体に、やや労働法にこだわりすぎるところはあるが、それも書き方として仕方がないのだろう。現在、芸能事務所はどうなってるのか、興味のある人にはおススメの本である。SMAPの解散騒動の裏側も書かれている。


4月16日(日)

●急に春らしくなった。で、今日も散歩。秋葉原→両国→錦糸町を歩いた。この道筋は、散歩者が多く、本日はゾロゾロという感じだった。
●錦糸町で、町の中華食堂にはいり、野菜炒め定食を食った。小鉢で冷奴がついており、それがかなり大きく、ほお、と感心した。豆腐など安いものだが、嬉しいことである。そのあと、錦糸町の駅のほうにむかい、ベッカーズデコーヒーであった。
●帰宅後はまたドラマのチェックであった。シーズンの変わり目はこのチェックで忙しい。『ボク、運命の人です』は最悪、『小さな巨人』はまあまあ。ところで面白いドラマもまったくないわけではない。『孤独のグルメ』はシーズン6となり長寿番組となっている。男がひとりでメシを食ってるだけのドラマのどこが面白いのかと、女からはよく聞かれる。おそらく女はこの作品の良さは理解できないのだろう。男の妄想、無邪気、寛ぎ、そういうのがギュッと詰まっている。主演の松重は、料理をひとつのキャラクターとして、役者を相手にするように食べている。自分と料理のあいだに感情をかもし出している。ヘタな役者がやると単に食ってるだけのシーンになるが、松重がやると、食ってる男と料理から離れ、別の世界が、もわもわとシーンに立ちのぼる。その世界がいいのである。あと、『やすらぎの郷』も面白い。倉本聡が昼ドラを書いている。老人ドラマだ、と倉本は言ってるが、そんなことはなく、今季でいちばん毒のあるドラマである。言いたいことを言っている。


4月15日(土)

●特に何もない日であった。イベントはいくつかあったが、どうも行く気がしなかった。どんな内容なのかが想像でき、気がのらないイベントばかり。ひとつはドキュメンタリー映画を見る会。見る前から、その作品の内容はわかり見る気がしなかった。最近はドキュメンタリーも劣化していて、弱者を撮るのがドキュメンタリーと、バカのひとつ覚えの作品が多く、今回のもそんな気がした。別のイヘンドは、お花見バザー。知人がブースを出していたが、いろんなブースをならべて、だから何なの、という気がした。独自の工夫があればいいが、近所の商店が店先で商品を売ってるだけではつまらない。いくつか特別のブースを出してるが、子供を遊ばせたり、お茶をふるまったり、菓子を売ったり、どうでもいいようなブースばかりである。
●上のイベント、途中までは行くのだが、まわれ右して、散歩となる。よくあることである。本日も市ケ谷に出たが、そのまま散歩となり、神楽坂のほうに出た。坂の上のほうで焼肉定食を食い、小洒落たコーヒー店でコーヒーを飲んだ。カップルが何組かいたが、皆さん会話はせず、スマホを見ていた。そんなんで、いいのだろうか。
●帰宅して、またテレビドラマのチェックである。くだらん作品ばかりで、もういい加減、テレビドラマを見るのはやめようかと思いはじめている。10本のうち9本はつまらなくても、1本はいいだろうと、その1本を見つけるためにチェックをしているが、10本全部がつまらないという最近の状況である。これまでチェックした作品は次のとうり。『リバース』『SRサイタマラッパー』『マッサージ探偵ジョー』『100万円の女たち』『公安機動捜査隊特捜班』『人は見た目が100%』『犯罪症候群』『母になる』『兄に愛されすぎて困ってます』『恋がヘタでも生きてます』。


4月14日(金)

●なんとなく戦時の臭いがしてくる昨今である。本日、電車に乗っていたが、突然、窓の外が閃光で眩しくなる光景が目にうかんだ。あり得ない話ではない。
●市ケ谷から高田馬場まで散歩した。いい散歩日和であった。
●高田馬場で、チキン・カレーを食い、自販機で缶コーヒーを飲んだ。
●帰宅して、4月からはじまったテレビドラマのチェックをした。どれもこれもテンポがのろい。作る気があるのだろうかというドラマばかりである。


4月13日(木)

●朝はいつも食パン6枚切りの半分を食ってるが(朝は食欲がない)、パンを切らしてしまった。仕方なく、近所のスーパーに行き買った。食パンの値段はまちまちで、80円から200円のまである。80円のがマイナーなものかというと、そうでなく、メーカーはときどきサービス価格にしていて、いつもは170円くらいのが100円だったりする。そういう安くなったのを買ったが、朝のスーパーはいろんな食パンが山と積まれていて、それが全部、夜には売れてるというのはすごいことである。みんな食パンを食べてるのである。食料危機になったら、食パンの争奪戦でパニックが起こるのではないか。
●午後に新宿に出て、スタジオ見学などして(使えるかどうか)、そのあとカレー屋にはいりメンチカツ・カレーを食ったが、新宿の客は皆さん、食べるのが実に早い。ワシは人の3倍くらいかかってしまった。原因はメシが硬く、ワシは噛む時間が長かったからである。皆さんはその硬いメシをスープのごとく流しこむように食べてるのである。皆がそうなので、それが普通であり、ワシが遅すぎるのだろう。
●夜にテレビドラマ『破獄』を見た。怪優2人(ビートたけし×山田孝之)の競演と、脚本が池端俊策なので、かなり期待したが、それほどでもなかった。演出はまだ若い人なのにうまかったのと、あまり期待しなかった役者の満島かおりが良かった。


4月12日(水)

●本日は夕から急に寒くなった。真冬のようである。春はまだまだ遠い。
●イベントがあったが、寒くなったので行く気が失せ、行くのはやめた。きのうの続きで、パソコン内の不要のファイルを整理した。こうゆうファイルは油断するとすぐ増える。
●夕に吉祥寺に出てカレーを食い、マクドでコーヒーであった。あいかわらず声の大きい奴はいて、最近は難聴者が増えてるのではないか。
●夜に用あって晩婚男に電話。用は済み、雑談。子供がうまれてから女房が相手にしてくれず、なんかなあ、とぼやいていた。セックスということでなく、自分に対する心配りがないということらしい。夜はときにコンビニ弁当らしい。


4月11日(火)

●また氷雨の降る日であった。春はまだ遠そうだ。
●ごちゃごちゃパソコンのファイルや、お気に入りを整理していたら半日が過ぎた。
●夕に駅前の「すき家」に行き、しじみ汁付き牛丼を食った。しじみ汁はしじみ味のしないただの味噌汁であった。ホームレスのようなオッサンが、レジのところで、支払い後、店員の娘に「あんた綺麗な顔してるね」と言っていた。男は、スケベというより、すっかり感心したふうな顔で、よっぽどその娘の顔が気に入ってしまったようだ。娘は、特に相手にせずレジ作業を続けたが、男は顔を寄せ、じーーーーっと娘の顔を見ていた。レシートを渡され、はっと我に返ったが、今夜、男はその娘を夢に見るのではないか。うす汚れちまった自分の人生で久方に出合った、この世の美の化身、というふうみたいに。ワシもその娘は見たが、若いというだけで、特に綺麗とは思わなかった。


4月10日(月)

●ぼーっ、として半日が過ぎ、荻窪に出て、大きな100均店で、蛍光灯4本、ラーメンの素、インスタント・フォー、水道のネット、付箋を買った。別の店で600円の軽量傘を買い、「ぎょうざの満州」に行き、麻婆定食+餃子を食い、満腹し、マクドでコーヒーであった。本日のコーヒーは一段と不味く、ほとんど白湯であった。砂糖湯を飲んだのと同じ。
●4月にはいって、いろいろ新ドラマがはじまっており、あれこれチェックして日が暮れた。


4月9日(日)

●本日も自主映画の上映会に誘われていた。きのうとは違う上映会である。本日は入場は無料で、で、目黒に行ったが、どうも見る気がしなかった。自主映画が、どうも、ワシは嫌いなのである。自分も作っているが、人の作品はどうも見る気がしない。これまで自主映画はあんがい見てきたが、なんか、ぜんぜん変わってないのである。何十年も前と変わってない。あいかわらず、「麦わら帽子に白いワンピースの少女」であり、「四畳半で皆で鍋にラーメンの青春」であり、「テンポの悪いスベりっぱなしの喜劇」であり、「どうでもいい、うじうじ恋物語」なのである。こうゆうのは、日本人の定番のカタルシスなのかもしれない。が、どうも、ワシは、そういうのが嫌いである。自主映画なのだから、もっとめちゃくちゃにハジけていいと思うのだが、そういうのはない。どっかメジャーを意識したスケベ心も垣間見え、いずれも、こまかく、まとまっている(もっともメジャー作品も似たようなもので、自主映画との違いは機材や俳優にかける金が違うということくらい)。というわけで、会場に行く気がせず、ちょうど目黒に出たので、今や有名な目黒川の桜を見に行った。もう散っているかと思ったが、まだ豪華絢爛で、ほう、すごいなあ、と見てきた。人も多く、混雑していた。外国人が多く、わけのわからん言葉が飛び交っていた。
●目黒駅にむかう坂の途中でアジア食堂にはいり、炒飯を食った。そのあと駅前のマクドにはいり、ぼんやりした。


4月8日(土)

●知人のKさんは自主映画をつくっていて、本日その上映会があるというので行った。会場は渋谷である。が、場所がわからなかった。神宮の細い路地の奥だというのは事前に調べていたが、実際に行って見ると路地は多く迷子になってしまった。ワシは場所探しは案外得意なのだが、本日はまいった。何人かに聞いたが、皆、違う方向を指す。地元の人ではないのである。最後は警察に行って場所を聞き、懇切丁寧にデカい地図帳も出してもらって教えてもらったが、それでも迷い、しかし周辺をウロウロして、ようやく目的の場所についた。道は行きつ戻りつしており、実にわかりずらい。今はスマホでナビケートできるようだが、それでも、たぶん、到達は難しいと思う。ワシは当然、スマホなど持たぬから、土地の臭いを頼りに探したわけである。で、会場に入ろうとしたら有料であった。無料かと思ったので、えっ、と思ったが、仕方ないと思い料金を聞くと1500円であった。で、ええっ、と思った。20分の映画作品である。それを見るのに高いんじゃないの、と思った。で、なにか理不尽を感じ、入るのはやめてしまった。あとで、それは1日券で本日は4本の上映がありそれを全部見れる料金なのだった。そのへん未確認で、Kさんの作品は最後の上映だったので、その1本でその料金はないんじゃないのと、ワシは思ってしまったのだった(しかし最後の1本なら半額にするくらいの配慮があっていいと思う)。で、結局、映画は見なかった。ワシはケチなんだろうか。
●上の場所探しで、あのへん、瀟洒な神宮の裏通りの店にはいり、7軒ほど道を聞いたが、対応したのはいずれも若い男女で、彼らの対応は実に優しく好感をもった。中には、すいません、今日開店してこのへんまだ知らないんです、と謝る人もおり、それにしても、いずれも、道を案内できないことが、真底申し訳ないという感じで、ワシが去るまで腰を低くして見送った。金髪の兄ちゃんや、山盛りネイルの娘っ子たちだが、心根は親切、皆、いい子なのだった。


4月7日(金)

●出版社めこんが開催の「いつもの会」に行った。本日の講師は朝日新聞のベトナム・ハノイ支局長だったSさんで、テーマは「ベトナムのこれから」。ハノイで過ごした4年間の仕事と雑感を語っていた。タイトルは別になんでもいい内容だった。Sさんは、聞くのは得意だが話すのはニガ手といっていたが、まさにそのようで、話はヘタクソだった。しかし身体を張って仕事をするタイプのようで、話された見聞記は面白かった。また社会を見る目も低く、好感がもてた。いろんな話をしていたが、どれも掘り下げれば面白くなるようなネタが多く、どこか、ワシの興味の向ける方向と似ているところがあるように思った。しかし話し方は、モゾモゾしていて、盛り上がりには欠ける会となった。ま、しかし、つまらなくはなかった。本日はベトナム関係者がつめかけており、もしかしたらベトナムに関しては第一線で活躍する人が全員来ていたかもしれない。といっても20人くらいの集まりだが。
●すっかり暖かくなり、また金曜の夜ということで、通りの人は皆さん、どこか浮かれているようであった。


4月6日(木)

●風は強いが本日も良い天気。また散歩に出た。ワシの散歩はどうも東に向かう。西は田舎であり、歩いていても、つまらないのである。人はいず、田んぼと、雑木林と、住宅しかない。東のほうは、店がならび、変わった建築物があり、ヘンな人も多い。面白いのである。ワシはやはり自然は嫌いであり、人がイジってるモノや、人そのものに興味がある。というわけで、本日は、落合→高田馬場→早稲田、と歩いた。距離は短いが、裏道などまわったので、けっこう時間がかかった。早稲田あたりは、この4月に大学生になったような男女が多く、ことに女子大生は初々しい。周辺の店も、「祝・入学」の看板を出す店があり、なんとなく街に活気があった。春であり、青春なのであった。
●早稲田界隈に行くといつも入る食堂で「カニ・コロッケ定食(500円)」を食った。この食堂は、冥土に行った写真家のHさんもお気にいりの店だった。ワシがこの日記でこの食堂のことを書いたあと、Hさんも行き、メールをもらった。なんだかんだ料理の批判を書きながらも、結局、好きな食堂だと告白していた。学生食堂らしい荒っぽさが好きだったようで、そこはワシの好きなところでもあった。本日、コロッケ定食を食いながら、そんなHさんのことを、ふと、思い出した。全メニューを食う、と言っていたが、それを果たすことなく亡くなった。
●上のあとマクドに入ったが、隣席は女子学生4人のグループだった。しかし、いつでも、どこでも、女というのは、どうして、あんなに、うるさいのか。大声をあげ、アッハッハと手をたたく。周囲に媚(び)をうってるのか。よくわからんが、異常に、うるさい。


4月5日(水)

●すこし暖かくなったので散歩に出た。四谷→飯田橋→九段→水道橋と歩いた。どこも桜が咲いていたが、まだ満開ではなかった。途中、飯田橋で、オムライスを食い、小洒落たコーヒー店でコーヒーを飲んだ。九段に行った頃はすでに暗くなり夜桜見物となった。しかし、ものすごい人出であった。例えは古いが、動物園のパンダのようであった。沿道の桜は人の列で見えない。上のほうのはチラリと見えるが、濠の向こうの桜などは、押すな押すなの人でまったく見えない。いつから、人は、こんなに桜を見るようになったのか。数年前の九段はこんなには混んでいなかった。ところで、群集の中に多いのが熟年カップルであった。夫婦というのでなく、勤め先の同僚とか、趣味の会の知り合いとか、そんな感じである。皆さん、しっかり手を握っており、あきらかに友達を越えた関係である。今はこうゆうカップルが多いのかもしれない。双方、50歳前後で、女はどこか、恥かしげであり、初々しい。皆さん、変則の人生を歩んでおり、恋も変則になっているのだろう。夫婦円満も多いだろうが、不倫、老いらくの恋なども多そうである。
●暖かくなり、娘たちの衣装も薄着になってきた。今年の流行は短パンのようである。下尻が見えるほどの短パンで、今夏は下尻娘が多くなりそうである。


4月4日(火)

●ぼーつ、として、半日が過ぎ、近所の日高屋でラーメン+ミニ炒飯を食い、帰宅し、あとは読書であった。
●『台湾少女、洋裁に出会う』(鄭鴻生・著 天野健太郎・訳)を読んだ。天野さんが訳す本は、本文より訳注のほうが面白いということはあり、この本もそうだった。この本は、著者が自分の母親の人生を書いている。内容は3つの柱があり、ひとつは母親の歩みであり、ほかは台湾での洋装史と、台南という町の歴史である。どれも興味深いが、著者の筆は淡々としすぎており、いずれも深いところに視線は行ってるが、詰めが甘い。なので、よく調べられた記述という気がするが、逆に言うと、調べれば書ける内容で、その先、著者や主人公の思い、といったことは書かれていない。ちょっと残念である。その隙間を埋めるべく、訳者は懇切丁寧に注を書きいれている。それは日本人がこの本に接したときに感じるであろう物足りなさを、完璧に埋めている。すこしクドいよ、と思えるところもある。この本のタイトルは、なにか心あたたまる少女の物語、という感じがするが、内容は異なる。もっと硬質で教科書のような感じがある。それはそのように読めば、それなりに面白いが、ちょっと求めたものと違う、という印象をもつ読者は多いと思う。写真、地図は豊富で、戦前の台南にどんな商店がならんでいたかがわかり、この町地図を見てるだけでも面白く、ワシも楽しんだ。もうひとつ、白色時代は悲惨な時代と語られることは多いが、この本の主人公夫婦には、いちばん幸福な時代であった。そういう個人史のところが興味深かった。


4月3日(月)

●Gさん夫婦を囲む会があったので参加した。会場は北千住である。Gさんは数年前にミャンマーに移住した。高齢独身であり、誰もが、単身のままミャンマーの土となるのだろう、と思っていた。が、なんと若いミャンマー娘をもらい結婚した。彼を知る高齢独身勢からは、それはズルイ、抜け駆けだ、どうやって娘をゲットしたのかと怨嗟の声があがった。そのGさんが嫁も連れて一時帰国し、本日はそのお披露目会があったのである。で、その女房、実に賢そうな美人であった。教師の仕事をしており、知性が顔にあふれていた。いっぽうGさん、会うのは数年ぶりであったが、前より若々しくなっていた。どことなく男フェロモンも増してるように見えた。女房をもらい、なにか生物学的な変化が肉体に訪れたようであった。本日集まったのは10人ほどで、皆、Gさんを知る人であり、で、まずなによりGさん夫妻のそもそものなりそめ、結婚の決断への道のりを知りたがった。で、Gさん本人がそれを語った。2人が知り合ったのは10年以上も前で、場所はパガンの大河の、黄金の陽射しがあふれる、河向こうの岸であった。お互いに、オレンジ色の光に照らされた顔を見て、あっ、と思ったらしい。が、そのときは何もなく10年が過ぎ、2人はヤンゴンで再会した。Gさんのほうに恋心が芽生え、アタック、アタック、娘のほうも、その男心を知り、断われない心を自覚し、受け入れた。で、めでたく2人は結婚、といくところが、娘の母親の反対に合い、展開は複雑化した。この先は細かいところをはしょるが、結婚するとはどういうことか、という問題に直面し、悩むこととなった。が、結果的にその悩みは2人の絆を強くすることになった。2人は成長した。結婚に現実味が増した。で、結婚となった。若い娘をつかまえて、ちょろちょろ、うまいことやりやがって、という外野の下衆な思い込みは、まったく当たっていないのだった。彼らは彼らなりに堅実に1歩1歩の階段を登っていったのだった。いい話であった。本日の席には映像プロデューサーの I も来ており、彼も長い独身生活のあと、このあいだ結婚しており、結婚はいい、と、手のひら返しの発言をし(独身時代はそんな発言はしなかった)、合わせるようにGさんも、女房の顔を見て、そう言うのだった(Gさんも独身時代はそんなことは言わなかった)。独身でいるのが、なにか片輪者のような言われようで、ワシも、横にいたK師も黙らされてしまった。・・・ 本日、Gさんはミャンマー土産をたくさんもってきており、サンタクロースのようにそれを配った。ぜんぶで100キロ、運んできたらしい(本日のためだけでなく、明日から別にも回る)。ワシも、ミャンマービール、お菓子、コーヒー大袋を頂戴した。感謝である。
●本日の会には、珍しい人も来ていた。台湾でゲストハウスをやっていたH夫婦である。台北駅前の一等地のビルにあるゲストハウスで、何度か遊びに行ったことがあるが、台湾もいろいろ厳しくなり、ハウスはたたんだようであった。そのかわり、バンコク、ホーチミンなどに作ってるようであった。商才のある人なので台北でまた何かはじめることだろう。
●帰り、K師と一緒になった。巷のウワサでは、最近 K師は元気をなくしているということであった。ワシへのメールにもトゲがあり、なにか精神的に病んでるのではないかと思っていたが、本日見る限り、そんな感じはなく、食いすぎで腹が出ているくらいの変化であった。で、マクドにはいり雑談した。世間を断った、とも言っていたので、枯れた生活をしてるのかと思ったが、食欲、性欲はまだガンガンあるようで、以前と、それほどは変わってないようであった。ブルガリアの金髪美少女にも会ってるようで、それなりに充実した毎日を過ごしてるようであった。ワシへの批判、毒舌は相変わらずで、クソと思うが、ともあれ、元気そうで何よりであった。


4月2日(日)

●このあいだ偶然、通りでOに会い、後日飲み会をひらくのでどうですか、と誘われ、それが今日あり、ワシもヒマなので出かけた。会場は近場の荻窪である。Oは昔昔、会社で一緒だった男で、今は定年退職しており、その後は親戚の会社の事務を手伝っている。で、本日集まったのは4人で、昔懐かしい面々だった。皆だいぶ年をとっているが、昔の面影は残っている。会うのは数十年ぶりという人もおり、お互い、相手を思い出すのに、しばし時間がかかった。そして、はっと思い出し、やあやあ、と挨拶した。で、その後の話は、昔話ばかりとなった。ワシは昔話は嫌いだが、場の空気でそれも言えず、皆さんの話を聞いていた。本日はほとんど聞き役であった。男ばかりだと、どうしてもスケベ話は避けて通れない。Oの昔の伝説話はまた出た。Oは新婚旅行で、3日間ホテルの外に出ず、ヤリぱなしだった、という話。イチモツは挿入したままで(硬直のままで)3日間を過ごしたとのこと。裸でくっついたまま、風呂にはいったり、食事をしたということであった。しかしホテルなら掃除の人もくるわけで3日も閉じこもるのは不可能だと思うが、話の盛りが面白いので、そのまま信じられた。へえ、愛情が濃いんだ、野獣だよな、よくモツね、と昔、皆は冷やかした。そうやってOは伝説の「3日間の男」となった。その話が今回も出て、一堂は笑った。そして、「若かったねえ」と今の老いを自覚したのだった。そんなこんなの昔話で盛り上がった今夜であった。
●本日も寒い。春はいつ来るのやら。


4月1日(土)

●本日はイベントが3つ重なっていた。が、最優先の花見は寒冷ということで中止となった。残る2つのうち1つは会場がちょっと遠いのでパスした。これは集いだが、わりと高齢者が多く、なんとなく新鮮味に欠けるところもあり、見送った。残る1つは台湾人家族のアテンドであり、本日はこれに参加した。アテンドする人間はすでにおり、ワシは行けたら行く、と言っていたので、行かなくてもいいのだが、アテンド娘が美女なので、これに行くことにしたのである。来るのはワシとも面識のある台湾人のS家族で、夫婦と息子ひとりである。1週間ほど日本観光をするようで、本日来日、日本ははじめてでホテルまでの行き方がよくわからないということで、同じくSさんと面識のある日本娘2人が案内することになり、ワシも便乗したわけである。新宿のバスタで待ち合わせた。S家族は成田からリムジンバスで来る。S家族は時間通りにやってきて、ワシらは、やあやあと挨拶した。ホテルは上野にとっていた(上野ならリムジンは東京駅止まりのほうがいいと思うが、そのへんはわからなかったのだろう)。聞いたこともないようなホテルで、総勢6人で上野のホテルに向かった。行くと、それなりに綺麗な中規模のホテルであった。しかし場所はわかりずらくアテンドの甲斐はあったように思う。荷物をホテルに置いたあと、すでに夕が近かったので遠出はできず、上野公園など散策した。こんな寒い日なのに花見をしてるグループはおり、Sさんは物珍しそうに見ていた。そのあとアメ横を見学し、すっかり暗くなり、裏通りの、しゃぶしゃぶ屋にはいった。で、一堂、飲食した。Sさん家族は皆、ほがらかで、ワシら一堂、楽しい時間をもった。Sさん一行は明日は箱根に行くらしい。いい旅を、ということで飲食の宴はおひらきとなった。
●それにしても寒い日であった。4月とは思えない。



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