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つれづれ小腹立ち日記 春田の極私的日記
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1月22日(月)

●朝から雪である。最近の天気予報はよくあたる。外に出る気がせず、パソコンまわりを整理した。本の整理も。
●夕に近所の日高屋に行き、炒飯+餃子を食った。雪道は滑るが、まだ新雪なので、ツルッとまではいかない。雪道を歩くのは、わりと楽しく、用もないのに、駅の周辺をぐるぐる歩いた。サクッ、サクッと気持ちがいい。そのあとマクドでコーヒーを飲んだ。天気のせいか、わりとすいていて、快適であった。
●帰宅後、そろそろ確定申告なので、領収証など整理した。


1月21日(日)

●明日は大寒波がくるというのに、本日は初春のような暖かさであった。東中野→新宿を歩いたが、汗をかいてしまった。新宿の高層ビル地区は、行くたびに新規のビルが立っている。本日も、青梅街道の北側に3棟のビルが立っていた。付近は高層ビルのジャングルのようになっており、それはそれで面白い。迷子になりそうである。
●その高層ビルの地下の和食屋にはいったが、店員はベトナム人で、厨房が、うるさい。店員は何人かおり、みな、ベトナム人。彼ら同士で無駄話に笑いころげているのである。仕事をサボッているわけではないが、キャーキャー、うるさい。なので、店員娘を呼び、うるさい、と注意した。娘は、はい、と頷き、厨房に行き、すこしすると静まった。これがアジアの食堂なら文句を言わないが、ここは日本、静かにするのもサービスのうち、それを知れ、である。
●新宿駅近くの薬屋にいったらツブれていた。ビルを取り壊すことになったらしい。ワシは長いあいだ、そこで目薬を買っていた。この目薬はもう誰も使ってないだろうという古い代物で、価格が安いせいか、ほかのどこの薬屋にも置いてない。さて、困った。どこで入手すればいいのだろう。ネットで調べたが、売ってるところはない。


1月20日(土)

●Y男から、台湾娘2人が観光にくるので、ワシも一緒にどうか、と誘われた。Yの誘いは、娘2人の相手は面倒だ、という思いからだろうが、ワシもヒマなので、同行した。場所は浅草である。浅草橋のAPAホテルで待ちあわせた。娘2人は親子のような年齢差があるように思われたが、台北の近所の友人ということだった。40歳すぎと、20歳くらい。年齢の本当のところは知らない。2人は浅草がはじめてということで、Yがプランを練っていた。といっても、ごくふつうのコースで、浅草寺、参道の土産屋、伝法通りのメンチカツ、すこし足をのばして刃物町、などをまわった。2人は見るもの総て好奇心をもち、けっこう回るのに時間がかかった。夕となり、夜はまた別人と食事の約束があるらしく、軽いものが食べたい、ということで、ワシがもんじゃ屋に案内した。これに2人は大喜びだった。Yは中国語が達者で、娘たちはカタコトの日本語を喋り、意志は通じた。娘は2人とも愛嬌があり、楽しい時間であった。今回、あらためて浅草を歩いてみて、街全体がずいぶん外国旅行者向けに作られているのを知った。情報センターもあるし、店には外国語表記が必ずあった。通る人はほとんど外国人なので、それに合わせているのだと思うが、ずいぶん変わってきたなと思った。
●皆と別れたあと、浅草から浅草橋まで歩いた。途中の田原町あたりには、お洒落な店がずいぶん出来ており、このへんも変わりつつあると感じた。


1月19日(金)

●新宿から池袋まで、ぶらぶら歩いた。
●池袋で、イカ天丼を食い、コーヒーを飲んだ。共に店名は確認しなかった。ラッシュの時間にまきこまれ、うんざりした。しかし家路にいそぐ人々は、競歩の試合のようである。誰も、負けてたまるか(追い抜かれて、たまるか)という顔で必死な顔をしている。見ていると、もう、精神異常である。モタモタ歩くのも、よくないが、同様に我先といそぐのも、なにか怖さを感じる。これで電車が1秒でも遅れたら駅員は殴られる。実際、殴られている。なんとも、である。
●テレビドラマチェックの第2弾である。『君が心に棲みついた』 吉岡里帆が半裸になって頑張ってるが、こんなドラマは誰も見ないだろう。打ち切り必然。『賭ケグルイ』 少女がギャンブル巧者に。つまらん。『人狼ゲーム』 ゲームドラマ。つまらん。『隣りの家族は青く見える』 フジテレビはこんなのばかり作る。子供とか、家族愛とか。時代錯誤なので、このドラマも打ち切りになる。『BG 身辺警護人』 話の細部がよくわからない。犯人の動機も、ウソをつく議員の動機もさっぱり?。俳優は贅沢な使い方で、次回以降どうなるか未知。『ROAD TO EDEN』 台湾ロケをしている。が、人が騒ぐだけで内容がよくわからない。『モブサイコ100』 高校超能力物語。テンポがいいのが取り得。


1月18日(木)

●武蔵境まで歩き、コロッケ定食を食い、モスドでコーヒーを飲んだ。しばし、ぼーっ、とし、台本を考えた。いいアイデアが浮かばず、ただぼーっとしていただけになった。ま、仕方ない。
また歩いて三鷹にもどり(30分くらいかかる)、もやし、バナナ、を買い、帰宅した。
●テレビ番組の録画がたまってきたので、チェックをして、見る必要のないものは削除した。ワシはドラマいがいにも報道、情報、語学などの番組を録画している。この作業は時間を食い、あっという間に夜が更けた。


1月17日(水)

●氷雨の日であった。駅前の松屋でカレーを食い、ドトールでコーヒーを飲んだ。ほかは、ビデオ機器の配線調整、読書、テレビ観賞であった。
●1月から冬シーズンのテレビドラマがはじまっており、いつものようにチェックをしている。全体に制作費がなくなってるのか、話が小さくなっている。セットも少なくなり、野外のシーンもカット数が少ない(撮影労働時間の短縮)。まだ全部を見ているわけではないが、見たものの感想。『FINAL CUT』 マスコミによる殺人というテーマはいいが、人物がハリボテ。ストーリーも安直でドラマ以前。『トドメの接吻』 ストーリー展開が遅すぎる。10分の内容を1時間にしている。キスシーンが売りモノのようだが、そんなもので人は見ない。打ち切りになるだろう。『anone』 脚本は坂本裕二。作家性のある人だが、最初良く、中パッパ、終り尻切れ、ということが多く、この作品もどうなるか。最初はいい。『西郷どん』 世間の評判は悪いが、初回を見る限り、そんなに悪くない。脚本は「ドクターX」の中園ミホ。この人は長編ドラマに弱いところがあるので原作を置いたのだろうが、原作者とはソリが合わない感じがあり、先行き不安。『漫画みたいにいかない』 バラエティの無駄な喋りのようなドラマ。見る気なし。『リピート』 内容が読めてしまい、つまらない。『また来てマチコの、もう恋はたくさんよ』 このノリは好きである。初回だけではよくわからないが。『アンナチュラル』 石原さとみが色っぽくなっている。医療+恋愛のドラマ。恋愛部分が邪魔。医療は中途半端。石原ファンには、彼女が動いてるだけで良く、そこそこ視聴率はいく。『オーマイ ジャンプ』 現実の鬱屈をヒーローとなってフッ飛ばすという内容で、現実の描写がわりとリアルで面白い。『MASKMAN』 前にこの枠で、山田孝之が赤羽に住んだり、カンヌに行ったりのドラマがあった。ドキュメンタリーのようなドラマ。今回は斉藤が芸人をめざすという設定。斉藤に個性がないので、面白くない。『もうすぐ冬です』 喜劇だが、スベっている。つまらない。『電影少女』 主役の女の子がいまひとつ可愛くない。『99.9刑事専門弁護士』 ストーリー展開が苦しい。つまらない。「陸王」の高視聴率を継いで初回の視聴率は良くなってるが、このドラマはいずれ落ちる。『海月姫』 好き嫌いが分かれる。初回は面白かった。


1月16日(火)

●昨日から継続の動画編集をして、完成させ、半日が過ぎた。
●原宿に出て、写真展「東京夜景」に行った。写真家の卵が5人集まって開いた写真展である。それぞれ、どこかユーモアのある写真で好感をもった。プロになる、という貪欲さはなく、それが逆に写真に魅了を与えている。プロをめざす人の写真は、俺が、俺が、というところがあり、それが写真に悪く出てしまってる場合が多い。会場には写真家本人も来ており、客は次から次と来て盛況であった。中心になってるSの人柄のせいだろう。ワシも彼らと、あれこれ雑談し楽しい時間をもった。Sは最近は関西に興味をもち、難波に音楽酒場をひらいた。商才のある人なのである。関西に行ったら寄ってみよう。去りぎわに、ひときわ美女がはいってきた。女優をやっているようで、Sの知り合いなので、さっそく名刺交換をさせていただいた。なんか、創造意欲をかきたてる人で、何か作るか、と思いはじめている。
●大久保に出て、例の八百屋に行ってみた。キャベツが丸ごと1個、190円で売っていた。安い。さっそく買った。しかし1個は食いでがある。今日から毎日、キャベツ食である。


1月15日(月)

●頼まれた動画の編集をして半日が過ぎた。たいそうな編集ではなく、旅先で撮った映像をつなぎ、ブレの部分は削除し、邪魔にならないくらいの音楽をかぶせた。作業は途中だったが、月曜の午後は隣家がピアノの練習をするので、用もなかったが、外出した。
●寒かったが、高円寺から阿佐ヶ谷まで歩き(短い距離)、麻婆定食を食い、ベッカーズでコーヒーを飲んだ。しばし読書し、100均店に寄りキャベツを探したがなかった。キャベツは最近やけに高く半カットが200円くらいする。この100均店は野菜も置いており、キャベツも100円で売っていたが、とうとうそれもできず、置くのをやめてしまったようだ。ワシは焼きソバくらいは作れ、それにキャベツが必要なのである。
●帰りの電車で知人に会った。偏差値の低い高校の先生で、就職担当をしている。話によれば、求人は殺到しているらしい。どこも人をほしがってるようである。職種では介護、流通が多いようである。


1月14日(日)

●イベントに出かけるつもりだったが、寒いので、途中まで行って、やめてしまった。中野で降り、吉野屋で牛鍋御膳を食い、マクドでコーヒーを飲み、ダイソーで買物をした。吉野屋、ダイソーはスイカが使えず、このカード、あんがい不便である。
●雑誌 『neoneo10号』を読んだ。『neoneo』というのは不定期で発刊されている映像ドキュメンタリーに特化した雑誌である。このような雑誌は売れないと思うが、よく10号まで続いている。スタッフや発行者の熱意がファンを集めているのだろう。今回の特集は「環境とエネルギー」。地味なテーマである。しかしその種のドキュメンタリーはけっこう多い。文化映画からエンタメまで、いろいろある。で、本雑誌、面白い文章はいくつかあるが、全体としては退屈であった。好きな者だけを対象にしてるような内向き感がまずいけない。コアな人向けの雑誌でもいいが、内容はそれほどコアではない。ならば一般読者向けをねらうべきだが、どうも内輪感がある。わかる人だけわかればいい、というようなところがある。全体を見渡す文章があってもいいと思うが、それはない。見渡す、というのは、このジャンルの作品の現在の状況を語る文のこと。昨年は何本くらいの作品がつくられ、制作会社はどんなところか、撮影方法は、資金は、興行は、といったことの報告。そういう文が欲しい。もうひとつ、この雑誌には、邪魔なものがある。悪く言えば「知」をキドっているところ。最近は若い世代による「知」の雑誌(「PLANETS」とか)が出ており、そういうものに引きずられているところがあるように思う。いくつかの文は、文体が似ている。これはドキュメンタリーの雑誌ではなく、「知」の雑誌を目指しているのか、と思うことは多い。それでいいのか、と思うのである。ドキュメンタリーを知で語りたいのかもしれないが、いいのかなあ、と思うのである。私はそういう頭デッカチな文より、ドキュメンタリーと格闘してる人の文を読みたいと思う。で、今回の雑誌。感想をいくつか箇条書きにしておく。
・多くの文に、自然を、良いもの、不可侵のもの、無垢なもの、美しいものという前提があり、思考停止、視野狭窄になっている。嫌われるもの、悪いもの、という視点がほしい。・自然を語って自分を忘れる文章が多い。対象が大きいので、つい自分のことをほっぽって文明論を語ったりする。もっと日常的なレベルの視点が必要に思う。自分にとってネイチャーとか環境とは何なのか。・自然には主体がないので、それを描くことは、自分を描くことである。そこを忘れて自然を理解しても、それは自己満足の空想になる。・映像技術の進化は激しく、ドローンやゴープロなどによって、自然はこれまでと違った面を見せている。それに伴い人の自然に対する認識も変化している。見える自然、見えない自然、見せる自然、その境界線を探ることも大切な気がする。


1月13日(土)

●日高屋と西友はスイカが使えなかった。よく行く店なので、残念。それとスイカはデポジットで500円を引かれるのだった。妙に残高が低いような気がして駅で利用履歴を見たら最初に500円が引かれていた。これは何か、と駅員に聞いたら、預かり金だという。なぜそんな預かり金をとるのか、理由がわからんが、ま、そういうことなのかと理解した。
●DVD(円盤)が部屋のあちこちに転がってるので整理した。いちいち中を確認するので、やけに時間がかかった。夕に西荻窪に出て、タンメンを食い、ファミマでコーヒーを飲んだ。スマホゾンビは相変わらず、そこらじゅうにおり、なぜ、彼らは、ああも、スマホに取りつかれてるのか、さっぱりわからない。スマホとの一体感が快感なのだろうか。スマホの先には、いろんな世界が広がっている。そういうものが全部、自分とつながっている。そういう頂上意識、というか包まれ感が、心地いいのか。そういう世界に比べれば、実際の人間関係は、わずらわしさしかなく、なんの魅力もないのだろう。現実の人間関係はさっさと済まして、どっぷりスマホ世界に浸っていたい、と、いうことなのかもしれない。いいことだとは、思えないのだが。


1月12日(金)

●ここ2日、スイカで諸々の支払をしているが、不安な点が2つある。ひとつは、ほんとに正しく処理されてるのかな、ということ。金額通り落ちてるのかどうかが、わからない。余分に取られていても、確認ができない。領収レシートはくれるが、その額とうりに落ちているかはわからない。もうひとつは残高がわからないということ。レシートを見れば書いてある場合もあるが小さな文字のためよく見えない。シートによって記載場所はまちまちなので瞬時には確認できない。というわけで、電子マネーカードは、あといくら残ってるのか、決済は正しくされているのか、の2点が、もうすこしわかりやすくなってほしい。
●なんとなく半日が過ぎ、駅前に出てトンカツ定食を食い、ドトールでコーヒーを飲んだ。ドトールでは、電話男が、うるさい。はじめは遠慮して小さな声ではじまるが、そのうち会話に気がはいり、ええ、とか、うわ〜、とか、あたりを無視して大声になる。で、終わりそうかな、と思うと、えんえんと終わらない。日本人の電話は、終わってからが、長い。仕事上の話は、では、と終わるが、ふと、別の話題となり、もうどうでもいい会話がえんえんと続く。こんど飲みに行きましょう、とか、そんな話である。ワシはイラつき、いつものように腕をつつき、うるさい、と言った。男は、我に帰ったように、あっ、と言い、すいません、と頭をさげ、ほどなく電話を切った。


1月11日(木)

●手持ちの現金がなくなり銀行ておろした。銀行は混んでおり、時間を食った。そのあと駅に行き、新規にスイカを作った。最近はスイカで支払える店が増えたのでカードで払うようにしようと思ってである。現金のやりとりは面倒である。クレジットと違って、時間もかからないし、個人情報がもれることもない。ワシのよく行くコンビニや外食店はみな対応しており、支払いが便利になる。定期券とは別にしたいため、支払い用のカードをつくったのである。
●大久保から新宿まで、ぶらぶら歩いた。大寒波が来てるようで寒かった。鼻が冷気でつんつん痛かった。久しぶりに歌舞伎町に行ってみたが、周辺に映画館のあった広場は、すっかり変わっていた。中央にあった生垣(広場は良からぬ集団の集合拠点になっていたので、集合の邪魔になるように生垣がつくられていた)は撤去され平地になっていた。そして映画館はぜんぶ消えていた。新宿ミラノ座とか、コマ東宝とか、みんな消えていた。跡地はホテルだったり、ゲームセンターになっており、歩いてるのは外国からの観光客ばかりとなっていた。
●歌舞伎町に住んでいたころ、よくいった食堂がまだあるかと行ってみた。つるかめ食堂。まだ残っていた。懐かしく入り日替わり定食を食ったが、不味かった。昔は、料理は乱暴だったが、さあ食いな、というような気持ちがあふれていたが、本日の料理にそういったものはなかった。すぐにわかったが料理人は外国人であり、日本風の気持ちをこめるのは無理なのだった。小鉢皿もなくなっていた。昔は入口のところに小鉢をいれたケースが立っていて、中に冷奴やおひたしや煮物やしらすなどの小鉢があって客が自由にとれる式だった。まさに台湾の下町食堂と同じである。そういう小鉢もなくなり、店はあれど、だいぶ変わったな、とすこし残念に思った。なお、おもいで横丁にも同じ名の食堂があるが、別物である。今回書いたのは歌舞伎町のド真中にある店。隣は風俗店である。


1月10日(水)

●洗濯をやって、ついでにトイレの掃除もし、半日が過ぎ、コインランドリーに洗濯物を乾かしに行き、その足で荻窪に出て、ソーセージ・コロッケ定食を食い、マクドでコーヒーを飲んだ。帰りに100均に寄り、乾燥ねぎ、味噌汁の元、フォーカップ麺を買った。
●帰り、電車で、60過ぎの男と10代娘がイチャイチャしていた。どういう関係なのかわからないが、娘はブスだったので、ま、いいか。


1月9日(火)

●原稿の手直しをして半日が過ぎ、四谷に出て、サバ塩焼き定食を食い、ドトールでコーヒーを飲み、ぶらぶら新宿まで歩いた。本日は初春のように温かく、いい散歩であった。紀伊国屋書店に寄り、あれこれ本を見たが、読む気のおこる本はなかった。


1月8日(月)

●本日は成人の日らしい。昔は15日だったが、最近は連休にする形式になったようだ。しかし祝日など、やめればいいのである。働け、勉強しろ、である。
●短い原稿を書いて半日が過ぎ、駅前に出て焼肉定食を食い、ドトールでコーヒーを飲んだ。本日は雨、街は陰々滅々としていた。
●映画 『君の名は』を見た。1953年の古い日本映画である。すばらしい作品だった。これは前にフィルムセンターで見たが、内容はすっかり忘れていた。今回見て、その内容の深さ、物語展開のうまさ、脚本の良さ、など、感じいった。ぐっと作品にひきこまれ、落涙した。


1月7日(日)

●カレンダーを見たら明日も休みだった。クソッ、である。外に出たら、やたら人が多く、どこかうかれていた。明日が休みのせいだったのだ。ごちゃごちゃ人が多く、イラついた。労働者に休日などいらん。毎日、せっせと働いてればいいのである。そうすれば町は穏やかになる。
●高円寺の図書館に本を返しにいき、帰り、天麩羅定食を食い、マクドでコーヒーを飲んだ。高円寺のマクドは最近、店内をリニューアルし、長椅子席が多くなった。背もたれがないので、本は読みずらく、前の席との仕切りが低いので正面から対面の人を顔を見ることになり、美少女ならいいが、ホームレスのようなオッサンだと最悪である。本日は高校生のような男子であったが、席自体落ち着かず、この店はもう行くのはやめよう。かといって他に店はなく(コーヒー店はあるが店内が暗い)、さてどうするか。コンビニのイートインコーナーがわりと好きなのだが、高円寺には知る限り、イートインのあるコンビニはない。
●フェイスブックにはよく投稿しているが、そろそろもうやめようかと思っている。「社会ネタ」は誰も見ないのである。「個人ネタ」は受けるようで、フェイスブックはそっち向きなのだろう。


1月6日(土)

●本日は、ぼーっ、として過ぎた。ネットの整理をしていたら半日が過ぎ、近くの中華食堂で味噌ラーメン+餃子を食った。隣りに若い女が座っていて、醤油ラーメンを食っていたが、音がしないように静かに食っていた。それが妙に鼻につくので、ワシはわざと大きな音をたてて、ズルズルズルと食った。女は嫌そうな視線を向けてきたが、構うか。大いに音をたててやった。いつから、音を立てないなどと、妙なことがはやり出したのか。日本では麺類は音をたてて食うのが常識である。が、すすったあと、クチャクチャ食うのはご法度である。それをするのが中国人で(最近は躾のなってない若い日本人もそれをやる)、まったく不快である。
●そのあと見知らぬコーヒー店にはいり、コーヒーを飲んだ。先客で、ふたり婆がおり、会話をしていたが、ひとりの婆がやたら、うるさい。がんがん喋り続けるのである。いつ息を吸ってるのかわからぬほど、えんえんと喋っている。長居をする気はなかったので注意はしなかったが、女というものは、なぜ、あんなに、喋るのか。不思議な動物である。


1月5日(金)

●あまりに寒いので、部屋にこもった。
●夕に腹がへり、仕方ないので駅前に出て、松屋のカレーを食った。そのあとマクドでコーヒーを飲んだ。隣りの高校女子は2人で雑談していて、「もう生きるのが面倒くさい」と言っていた。まだ16歳くらいの娘がそんなことを言っている。ワシもときどきそう思う。死にたい、とか、そういうことではなく、日々の雑事、歯を磨いたり、風呂にはいったり、クソをしたり、そういうことが面倒くさいのである。その娘も同じようなことを言っており、友達になりたいと思ったが、声をかけたら、ワシは不審な変態者となるのだろう。
●帰宅後はクラシックなど聞き、夜が更けた。


1月4日(木)

●荻窪に出て、回鍋肉定食を食い、サンマルでコーヒーを飲んだ。サンマルには、あきらかに不倫カップルの熟年男女がいた。両方、おしゃれをしており、双方、作ったような破裂笑いをあげていた。コーヒーのあとはホテルに直行だろう。
●『ゼロからの出発』(神林久雄・著)を読んだ。著者の次男と親しくなり、彼からもらった本。著者はすでに故人だが、生前にこの本を書いている。著者は戦時のソウルでうまれ、敗戦後は日本国内を点々としている。彼に定職というのはなく、生涯、絵と文章のうまさと、発明の才を発揮して、時に明日食う米もない最低の生活と、はぶりのいい社長稼業を、何回も繰り返してきた。その波乱の変転を書いたのが本書である。彼は性格的にはおだやかで、波乱の人生も、望んでそうしたのではなく、なんとなくそうなってしまったのである。なので本書を読んでいると、イヤ味はなく、どこかほのぼのとしている。彼の発明品で有名なのは「魔法瓶の、置いたままで湯が出る仕組み」である。この発明で彼の後半生の生活は豊かに支えられた。発明品の1つで食っていけたのである。が、それも、彼がずっと発明をし続けたからで、死蔵された(特許申請が受諾された)モノはたくさんある。この本を読んでいると、この本をくれた次男も似た生活をしている。親と同じく工作が大好きでイラストで食いつないでいる。定職はなく、なんとなく生活を維持している。似たもの親子である。ところで、イラストのうまい人というのは、車や飛行機が大好きだというのがわかる。著者に限らず、息子もそうだし、知ったイラストレーターも皆そうである。なにかモノを構造的に理解しようとするところがあり、これは職人の世界にも通じているのかもしれない。この本の文章も、モノを見る観察が、どこか構造的である。


1月3日(水)

●本日はもうほとんど平常どおりの街中であった。吉祥寺に出て、タンメン+餃子を食い、マクドでコーヒーを飲んだ。ややカップルが多いのは正月のデートで井の頭公園あたりを散歩してきたのだろう。しかし正月デートなど半世紀以上していない。昔々は神社に寄り、お守り交換などしたものである。自分で自分のお守りを買うのではなく、願いをこめて相手のために買い、お互い交換するのである。思えば、そのお守りは今も旅行バッグ(旅行用に整っているバッグで何も準備しなくてもそのバッグ1つで旅に出れる。海外も)にはいっている。
●風の冷たい日ですぐ帰宅した。帰りにコンビニでおでんを3品買った。夜に、それに餅を入れ雑煮とした。窒息しないよう、ゆっくり食った。美味かった。


1月2日(火)

●静かに正月の2日目となった。今年から年賀状は完璧にやめたため(昨年は若干、出していた)、くれた人のうちフェイスブックに入ってない人にはお礼のメールを送信した。メールのアドレスもない人には、申し訳ない、無視という形になった。1年前にもらったから今年も出す、という人もおり、そういう悪循環を断ち切るためにも、今年はきっぱり無視することにした。で、返信メール、予想外に時間がかかり、すぐ夜になってしまった。
●2日になると、外食食堂はみな営業していた。「すき家」に行き、おでん付き牛丼を食った。おでんが美味かった。そのあとドトールに行ったが、老人が店員に文句を言っていた。老人はカードで支払おうとしていたが、店では使えないカードのようで、それはできません、と言う店員に、老人は、それで落とせばいいんだよ、君のやり方がおかしいのだ、と頑固一点張り。あまりに怒気が激しいので、店長らしき人がきて、店で使えるカードと老人のカードをならべて示し、老人カードはダメなんだ、と優しく説明した。すると老人は納得し、笑顔まで見せ、現金支払いをした。つまり老人は、絵(現物)で、これは使えない、これは使える、を見せられて、やっと納得したのである。使うのはデジタル(カード)だが、頭の理解はアナログなのであった。そのへんを理解した店長は、さすが老人の扱いになれている。
●本日も寒い。


2018年1月1日(月)

●初詣をして、いい事があった、ということはないので、行っても無駄だと思うが、本日も行った。遠出は面倒なので、阿佐ヶ谷の神明宮に行った。行くと、すごい人出であった。拝殿には長蛇の列。人はいつから、こうゆう行事に熱心になったのか。10年くらい前は、元旦など誰も来なかった。日常生活にハイな行事がなくなり、せめて正月くらい、それを楽しみたいという気持ちなのかもしれない。ま、しかし、混雑は現実であり、本日、もう参拝はやめて、そのへんをウロウロしただけに終わった。しかし、ああゆう混雑の中で、手をつないで通せんぼをするカップルは、地獄に落ちろ、である。
●食堂はどこも休みだったが、松屋はやっていた。エラい。どこぞの食堂は、休みにして、労働改善などとエラそうに言っていたが(それを言うなら1週間くらい休め)、松屋はそんなことは言わず、粛々と営業をしていた。気に入ったので、入り、ハンバーグ・カレーを食った。
●阿佐ヶ谷駅のトイレでボックスに入ったが (パンツの位置が悪く直した)、大きな声で演歌を歌う男がはいってきて、それがガナる感じで、まことに、うるさいので、トイレのドアをたたいて、うるせえ、と意志表示をした。それが伝わったようで、相手はぴたっと歌をやめた。やれやれ、と思ったが、男は帰りぎわに、「正月にクソなんか、してんじゃねえよ」と反撃の言葉を残していった (正月にクソしちゃいかんのか。クソをしていたわけではないが)。



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