「恋するアジア」トップに戻る
つれづれ小腹立ち日記 春田の極私的日記
・日記へのコメントは春田へ  ・ 日記更新がない場合、コチラに移動 ・台湾の旅ほか  / YOUTUBE動画
  


10月22日(日)

朝から雨である。台風の影響だろうか。動画の編集をして半日が過ぎた。先月ライブの映像を撮ったが、混乱の中、カメラが壊れてしまい中断したが、映像はいちぶ残っており、それを見たところ、苦しいけれど何か動画ができそうなので編集したのである。その動画はコチラ
●選挙の投票に行った。いつもより人が多いように思った。投票率はけっこう高いのではないか。しかし今回は投票したい人が誰もいない。おそらく他の人もそうである。今回の争点は改憲である。自民も希望も改憲派であり、一般の人はそれが怖いので、立憲民主に票が多くいくのではないか。
●駅に行くと電車がとまっていた。大雨のせいのようだ。もろくなったJRである。昔は嵐がこようが、竜巻がこようが、定時通りに走っていたような気がする。駅の北口に出て茄子辛味噌定食を食い、ドトールでコーヒーを飲んだ。
●帰宅後はパソコンのファイル整理をおこなった。


10月21日(土)

●連日の雨である。梅雨みたい。外に出る気がおこらない。
●ホームページを手直しして半日が過ぎた。しかしもう個人のホームページというのは流行らない。誰も見ない。みなSNSに行っている。手直ししながら、あれこれ懐かしい感情もよみがえってきた。
●夕に駅前の吉野屋で、汁だく牛丼を食い、マクドでコーヒーを飲んだ。このマクドにはよく行くが、ひとり陰険な店員がいる。お互い、よく見る顔になってるが、ワシに対して、どういうわけか、フン、という顔をする。そいつがレジ担当で、ワシの番になると、ふいと向こうに行ってしまう。何か用事をやってるが、特に今でなくてもいい用事である。ワシに対するイヤガラセに思えて仕方がない。だいぶ待たせてレジに戻るが、レジの中を整理したりして、なかなかワシの注文を聞こうとはしない。なんなんじゃい、コイツ、と思うが、理由はわからない。見ただけで相手を嫌うということはあるようで、ワシは、そいつにとって、いるだけで不愉快な存在なのだろう。わが身の鬱屈(負け犬の私生活)をワシに吐き出しているだけなのかもしれない。困った野郎である。
●山形訪問記をアップした。映画の感想をだらだら書いてるだけである。興味あればコチラ


10月20日(金)

●朝からヘリコプターがうるさい。何回も上空を旋回している。何事か。凶悪犯が住宅地にまぎれこんだのか。市役所に電話して、理由がわかった。吉祥寺で車暴走の事件があって、それを上空から検証しているらしい。で、あとでわかったが、それほど大きな事件ではない。ヘリコプターは大袈裟すぎるのではないか。
●気になっていた写真展を見に行った。六本木である。が、別にどうということのない写真展であった。もっと過激なのかと思ったが、ごくふつうであった。香港の写真家だが、日本の写真レベルに比べると、まだ中庸である。会場も狭く展示写真の数も少ない。誰かいるかと思ったが、誰もいなかった。で、ひととおり見て、短時間で出た。
●久しぶりの六本木なので、周囲を散歩した。お洒落な建物、店が多い。正直、ワシは、そういうの、好きである。都会だなあと思う。野山より、ぜんぜん、いい。
●帰り、電車がとまっていた。小岩で人身事故があったらしい。誰かがジャンプしたのだろう。小岩はほんと多い。仕方ないので、代々木でマクドにはいり、しばらく時間をつぶした。


10月19日(木)

●本日はやけに寒く、ずっと雨。ほぼ1日、ヤマガタ訪問記を書いていた。まだ終わらない。内容はないのに時間ばかりかかる。
●夕に駅前の松屋に行き、「茄子辛味噌定食」を食い、コーヒーは飲まず、買物をしてもどった。買ったのは、バナナ、オレンジジャム、ネオソフト、リンゴジュース、乾燥うどん、がんもどき、缶コーヒー、ドーナツ、カップ焼きそば。
●夜はひたすらテレビ番組チェックてあった。天正遣欧少年使節の伊藤マンショの肖像画のドキュメンタリーを見たが、いい肖像画であった。未知の世界を見つめる少年の目が実にいい。


10月18日(水)

●洗濯をし、山形訪問記を書き、半日が過ぎ、近所の日高屋で餃子定食を食い、マクドでコーヒーを飲んだ。マクドのコーヒーは本日はサービスとかで無料だった。
●帰宅し、せっせと録画してあったテレビドラマをチェックした。ドラマの数は最近はやたら増えている。何故なのだろう。テレビを見る人間は減り、連続ドラマを見る人も減っているはずである。実際、視聴率は10%を越えれば御の字で7%が平均である。そんなドラマを何故つくるのか、わからない。バラエティのほうがつくるのは簡単だし視聴率もいい。バラエティも視聴率はそんなによくないのか。よくわからんデレビ業界である。


10月17日(火)

●すこし留守にしたのでホコリが溜まっており(前から溜まっていたが)、部屋の掃除をした。すこし奇麗になった。そのあと山形訪問記を書いた。簡単に書くつもりが、なんだか時間がかかり、まだ終わっていない。
●駅前のサイゼリアに行き、トマト・スパゲッティ+蒸しパン+コーラ2杯+コーヒー2杯、を腹におさめた。ドリンク・バーは貧乏性が出てつい飲みすぎる。しかしこれで700円というのは安い。ファミリーが押しかけるのもよくわかる。
●帰宅後は、録画してあるテレビ番組を見た。10月はドラマの開始月なので忙しい。
●石鹸は肌がカサカサになるので、本日からボディソープに切り替えた。開けたばかりなので芳香剤がキツい。その匂い、ふと、付き合っていた女の子を思い出した。彼女も同じ匂いがしていた。会う前、彼女は風呂に入りボディソープを使ったのだろう。


10月16日(月)

●ヘルツォークの映画上映をやっているので見に行った。ヘルツォーク作品がもつ毒は大好きで、やはり見ておきたい。本日の作品は『問いかける焦土』。1992年の作品で、1991の湾岸戦争で発生したクウェート大規模油田火災の消火活動を撮っている。フィクションではなくドキュメンタリー。この作品、テレビでも放送されたが、今回のは完全盤。ドキュメンタリーといっても、ヘルツォークがつくると、なんか、もう、独特な文明論になっている。宇宙人が地球にやってきて、戦争の傷跡が残る湾岸地帯を見たらこう感じるだろうというような感じでできている。地表から噴きあがる火炎は地獄の業火である。ヘルツォークはそういう油田火災の地獄絵図を見せながら、戦争で使用された拷問道具や(実に多い。トースターもあったが、手でも突っ込ませたのだろう)、暴力をふるわれた子供が失語症になってる様子も映しだす。人類の絶望のようなものが伝わってくる。といって、ヘルツォークはその悲劇を訴えているのではない。映像は美しい。ひとクセも、ふたクセもある、ヘルツォークなのであった。いいねえ。こういう映像作家、最近は、ほんと、いなくなった。
●上の映画には大満足であったが、平日の午後は、ジジの観客が多い。左のジジは、ときどき、足をパタパタさせ、まこと、うるさい。本人は気づいてないのだろう。10分おきくらいに、靴を何度も踏む。右のジジは気管支が弱ってるのか、息使いがゼーゼーうるさい。それも本人は無自覚なのだろうが、そばで聞かされると、ゼーゼー、リズムになっていて、まこと、うるさい。ワシは途中で彼らから離れた席に移動した。年寄りは、周囲に対する注意力が減退してるので、映画館では要注意である。
●テレビドラマ『陸王』が面白い。「半沢直樹」のスタッフが集合(原作、脚本、演出)している。「半沢」と似ているところが気になるが、視聴率はかなり上がるだろう。


10月15日(日)

●自転車で北京からウルムチまで旅行したSKが、その旅の報告会をやるというので参加した。会場は高田馬場である。2部構成で、1部は喫茶店でSKが持参したモニターに写真を映し旅の行程を話した。ワシはこちらは参加しなかった。かなり密度の濃い話だったらしく、聞かなかったのは残念であった。2部は近くのビルマ料理店でおこなわれた。ワシのように2部からの参加者も加わり、総勢9人の、ちょうどいいくらいの人数であった。女性は4人で、いずれも若い美女であった。2部は、ふつうの飲み会で、はじめての人や、久しぶりの人ばかりだったので、それぞれ話したいことが山ほどあり、会話は熱く交錯し、あっちで、こっちで、わあわあと盛り上がった。皆で1つのことを話すことはなく、皆さん、Bであろう。そのうち、話が1つにまとまってきたが、皆の話は多彩であり、やはり、とりとめのないものになった。イスラエルがらみの話が多かったような気もする。このあいだイスラエルのキブツで労働をしてきた女子大生、若い頃に見た塩分多の川で泳ぐ1枚の写真に魅せられてイスラエルに行った娘、海外放浪でイスラエルに行った元祖バックパッカー、イスラエルでヘブライ語を学ぶ映像作家、などがおり、しぜん話はイスラエルの話となったのである。そのあと、会場はミャンマー料理店なので、話はロヒンギャ問題になったが、スーチーを責めるバカ者はおらず、皆さん正しい見識をもっていた。そのあと、自己紹介となり、ここでも、話はあっちこっちに飛び、それがまた楽しいものとなった。そんなこんなで、2部の会は、全体に何を話したということはないが、久しぶりに、世間からの”あぶれ者”が集まる雑談会となり、なにか新鮮であった。またやりたいものである。
●帰りはSNと一緒になったが、SNは勤務先が変わり、往復の通勤が5時間かかるところになったとのこと。大変だなあと思った。負けずに頑張ってほしいものである。


10月14日(土)

●イベント「ワン・アジア」に出かけた。新宿である。アジア各国の音楽の実演があるというのて行ったのである。で、行くと、ちょうどやっていた。立派なステージができていて(場所は中央公園)、そこで、30人くらいが合奏していた。日本、韓国、ミャンマー、インドネシア、ベトナム、タイ、などなどの演奏者が民族楽器を演奏していた。これだけ多いと、合奏もたいへんだと思うが、分配よく、いい音楽だった。場所が野外なので、音が拡散して、ちょっと残念だったが、美女も多く、ワシは楽しんだ。が、2曲目にはいって雨が降ってきた。アジアの楽器は水に弱いらしく、急遽、演奏は中止になった。スタッフがビニール・シートをもってきて、あわてた様子で楽器にかぶせていた。かなり焦っていたので高価な楽器なのだろう。で、しばらく雨がやむのを待ったが、ぜんぜんやまず、演奏会は完全に中止となった。なんじゃ、つまらん、という感じだった。けっきょく1曲を聞いただけだった。ま、無料なので、それも仕方ないと、周辺のブースを見てまわった。絵本のワークショップや、タイ料理屋台や、アジア各国ビールの販売などやっていたが、それほど賑わいはなかった。知った人に会うかと思ったが、それもなかった。
●上に行く途中、I さんに会った。アジアや中東を巡回している音楽プロデューサーである。聞くと、上のイベントの帰りだとのこと。しばらく雑談し、明日のイベントのことを話したら彼も来るということになった。ところで、彼は可愛い娘を連れていた。女子大生らしい。不倫かと思ったが(I は結婚している)、イスラエルの同期生らしい(I はイスラエルでヘブライ語を学んでいる)。ワシは彼女と親しくなろうとしたが、一歩引いていたので、うまくいかなかった。
●駅のほうにもどり、亀田製麺で釜だし饂飩+稲荷+かき揚げを食ったが、ここのかき揚げは、ふつうの3倍くらいある。食い終わると、口の中が、玉ネギ、玉ネギしてくる。


10月13日(金)

●山形よりもどった。映画祭の感想は別に書くとして、やはり5日も東京を離れていると、田舎人間になる。東京にもどると、東京人間の異常さが、はっきりわかる。これは外国に行って帰ってきたときにも感じるが、東京人間はみな精神異常者である。一番に驚くのはスマホ人間の群れ。電車に乗ると、前に座る横一列の人間がみなスマホをのぞいている。そっけなく見てる、というのでなく、執着して見ている。山形でもスマホを見る人間はいるが、皆がスマホを見ているということはない。そうなのは、山形には子供と老人が多く、スマホを見たがる年代の中間層がいないから、とも言えるが、たとえばバス停にならぶ女子高生は、ほとんどが、遠くを見てぼんやりしているか、何か食べている。スマホを見ているのはいない。健全だなあ、とワシなどは思うのである。スマホいがいのことでは、狭い通りで、人とすれ違うとき、必ず半身をかたむけて、すいませんね、と頭をさげてくる。こっちも半身をかたむけるから、それに対して頭をさげてくるわけだが、ワシのほうも同様に頭をさげる。それで双方はいい気持ちになる。同じことは何度も書いているが、東京では、そういうことはない。こっちが半身をかたむけても、当然という顔で相手はそのまま通りすぎて行く。この野郎、と背中を蹴とばしたくなるが、山形ではそういうことはない。山形は自転車通学の女子高生が多いが、向こうからペタルをこいでくる乙女は、道をあけるワシに、ありがとうございます、ときちっと挨拶していく。声まで出さなくても、頭は全員がさげていく。感心である。東京ではこんなことはない。猿のようにパンツを見せて通りすぎていくだけである。といった次第で、ほかにもいろいろあるが、東京の人間はみな病んでいる。しかし、そんな言うなら、山形に移住しろよ、と言われそうだが、無理である。いい習慣は残っているが、退屈そうな町なのである。何もない。刺激がない。といったわけで、矛盾しているが、いい町だが、住みたくはないのである。
●上、何を言いたいのか、わからなくなってるが、ま、そういうことで、今はまだ山形モードである。


10月8日(日)

●明日から山形に行くので、準備をした。といっても、旅支度は常時そろっているので、それを押入れから出しただけである。あと電池などチェックして入れなおした。
●吉祥寺に出て、カレーを食い、マクドでコーヒーを飲んだ。連休の中日(なかび)で、ファミリーが多く、少々、イラっとした。
●10月から冬シーズンのテレビドラマがはじまっているが、『さくらの親子丼』は、なかなか、いい。よくあるベタな話だが、脚本のキメが細かい。調べたら、ケースワーカーの経験もある脚本家だった。崩壊している親子関係は、どうやったら修復できるのか、この人はわかってるような気がする。まだ1回目なので先の展開はわからないが、しばらく見てみよう。
●ところで、明日9日から13日まで、山形国際ドキュメンタリー映画祭に行ってくる。その間、この日記は休憩するので、ご容赦。


10月7日(土)

●イベントがあったので目黒に出たが、なんだか、行く気が失せ、散歩に切りかえた。こうゆうことは、よくある。本日のイベントは食事会のようなもので、高齢者が多く、その話す内容も想像ができ、なんとなく気分が向かなかったのである。高齢者の集まりなので、それなりに落ち着いた雰囲気があり、それはそれで良いのだが、本日はそういう空気に浸る気分ではなかった。で、目黒から五反田を経由して品川まで歩いた。ちょっとした山越えになるので、適度に疲れた。
●品川駅の近くの焼肉店で、焼肉カルビ定食を食い、近くのコーヒー店でコーヒーを飲んだ。品川駅はここ数年で、ガラッと周辺は変わっており、なんとなくシュールな町になっている。駅の北側にはまだ昔のゴミっとした雰囲気は残っているが、ほかは、ここは宇宙か、という感じである。そういう感じ、嫌いではない。
●本日は連休の1日目で、人出は多かった。で、いつものように、イライラした。いつもながら、人は、よけることをせず、まっ直ぐくる。どけどけ、という感じである。いつから、人は、こんなふうになってしまったのか。ちょっと半身をかたむける、ということは、まったく、しない。


10月6日(金)

●古い映像を整理して、半日が過ぎた。昔撮った映像は、編集のときに役に立つかもしれないと思い、なんでもかんでも残してあり、それがもはや不要と今は判断でき、そういうものを消去したのである。すっきりした。
●午後から雨で、遠くに行くのは面倒で、近所で中華丼を食い、コンビニで立ち飲みコーヒーを飲んだ。
●帰宅後は、フェイスブックの整理などし、メールを送り、夜が更けた。


10月5日(木)

●ネットで長時間動画を見て、その感想をメールしていたら、半日が過ぎた。
●駅前に出てトンカツ定食を食ったが、隣りのテーブルは4人のフランス人だった。最近は三鷹も外国人が増えた。しかしフランス語というのは、なにか映画を見てる感じだった。そのあと、ドトールでコーヒーを飲んだ。
●『朝鮮・琉球航海記』(ベイジル・ホール著 春名徹・訳)を読んだ。19世紀初頭、イギリスの軍艦が朝鮮と琉球を探検した、その体験記である。面白かった。19世紀には、ほとんどの新大陸は発見され、世界は狭いものになっていたが、朝鮮や琉球はまだ辺境であり、欧州勢が訪れることはなかった。そこに初訪問したのが、本書の軍艦で、何もかも新鮮なさまが描写されている。全体に特に事件が起こることはなく、淡々と地勢やそこの人々の衣装や振る舞いについて書いてあるだけだが、好奇心に満ちた書き手の息遣いが伝わってきて、面白い。朝鮮の人々が排他的なのに比べ、琉球の人がたいへん友好的だというのは、今もそんな気がし、なるほど、と思った。が、どちらもイギリス人を上陸させなかった点は共通している。警戒しているのである。琉球のほうは、すこし内地に案内するが、ほんのとば口のところだけである。この本を読むと、あらためて他文明との出会いはどうあるべきかを考えさせられる。この本の軍艦の船長は温厚だったので、特にトラブルはなかったが、人によったら、繰り返される現地人の非礼(欧州人から見て)に頭にきて武力でねじ伏せる、ということはあったかもしれない。実際、歴史にそういう例は多い。人の関係は、難しい。そういうことはともかく、冒険談としても、この本は面白い。


10月4日(水)

●ずいぶん寒くなった。夏仕様の服で外に出たら、じろじろ見られた。
●スマホを見て歩く奴は、あいかわらず、多い。もっと、ぼんやり、周囲の風景を見たほうが面白いと思うのだが、そんなのはワシだけらしい。皆さん、とりつかれたように、スマホを見ている。たぶん、周囲の風景より、ネット世界のほうが、面白いからだろう。つまり、現実は、あまりに退屈、ネット世界は娯楽にあふれている、ということだろう。人の感性は、現実ではあきたらなくなり、もっと刺激に満ちた世界を求めているのだろう。感性>現実、になってるのである。感性>肉体、と言ってもいい。この先、喜劇も悲劇も、そういうことが原因にあると思う。しかし、人の感性は人の肉体を越えられるのか。感性に限界はないのか、そのへんが気になる。
●錦糸町で知人の個展があったので見に行った。グループ展で、知人は写真を出していた。特にどうということはない植物の写真で、ワシにはつまらなかった。会場に知人がいたので、短い時間、外のコーヒー店に行き雑談した。知人は、北朝鮮はけしからん、と時事ネタを語っていた。


10月3日(火)

●政界は、もう、何がなんだか、ぐちゃぐちゃになっている。何もないよりは、面白いけれど。しかしネットは小池の悪口ばかりである。誰か、ほめる奴はいないのか。時の主流を批判すれば賢いと思ってるバカばかりである、日本は。安倍を批判し、小池を批判し、というのは、結局、何もうまない。批判は、バカでも、できる。
●新宿に出て、暖房器具を求めたが、まだ置いてなかった。カセット式のガス・ストーブがいいと思うのだが、いちいちカセットを買うのが面倒である。ガスを詰め替えできるカセットを、考案してもらえないだろうか。都市ガスを、カセットに詰め替えられるカセットである。そうすれば、家の都市ガスを使えるわけである。ふつうのガス・ストーブはコードが邪魔である。
●カレー屋にはいってコロッケ・カレーを食ったが、ワシが食うのを、じーっと見ているガキがいた。近い席なら、なんじゃ、おどらぁー、と怒ることもできたが、遠いので、ほっておいた。そんなに、ワシの食う姿はおかしいか。


10月2日(月)

●本日も散歩であった。家から南に向かって、知らぬ道を、どんどん歩いた。当然、迷子になり、三鷹、調布の田園を、あてどなく、さまよった。2時間くらいで疲れてしまい、バス停があったので、バスを待ち、乗って吉祥寺に出た。ちょっと距離があったので、だいぶ調布のほうに行っていたようだ。吉祥寺で、炒飯+餃子を食い、マクドでコーヒーを飲んだ。
●三鷹はちょっと南に行くと、もうすっかり田園で、高い建物もなく、空が広い。そんな下ではガキが遊んでおり、まだ小さいガキを抱いて婦人が散歩しており、その風景が、どっか牧歌的である。交通の便は悪いところで、バスの本数は少なく、車がないと通勤は難しいと思うが、そういう辺境で暮らすのも、いいかもしれない。
●北野武の映画は『キッズ・リターン』で終わった、と思っていたが、本日『アウトレイジ』『アウトレイジ ビヨンド』の2本を見て、面白かった。原点にもどっている。全編、ハードボイルドだが、笑い、である。北野は楽しんでつくっている。その楽しさが伝わってくる。ここ数年の北野映画は、映画なんてこんなものさ、というキドりがあり、見ちゃいられなかったが(ベルリン映画祭で大賞をとった『HANA-BI』などは最悪)、『アウトレイジ』で、正直になっている。


10月1日(日)

●水まわりの掃除をした。風呂場、トイレ、台所である。明日、水まわりの管の点検がはいるので、作業まわりを掃除したのである。本格的な掃除ではなく、そのへんをチャッチャッと掃除しただけである。掃除後も、人が見たら、ええっ、という汚さである。ま、よし、としよう。
●武蔵境まで散歩した。この町は、どんどん賑やかになっている。数年前は、ジジ、ババしか歩いていない田舎町だったが、今はお洒落娘が大挙して歩く町になっている。商店街も、周辺に広がっている。で、駅前の中華食堂で肉炒め定食を食い、マクドでコーヒーを飲んだ。
●帰り、スーパーで、バナナ6本が50円のタイム・サービスをやっていたので、つい、12本、買ってしまった。バナナは腐るので、朝、昼、晩、食わなくては。むせる。



リンク