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大腸雁之助の尿管結石闘病記

2006年4月5日(水) 
退院後初外来

川沿いの桜が冷たく濡れていた。東京は予報通りの雨。私は、傘を差し病院(日大板橋)へ向かった。

3月24日に退院してから今日までに痛み止め座薬を2回使った。退院翌日の3月25日朝と28日朝。退院翌日の痛みには「また救急車か?」と参った。けれど、何とか我慢できた。そして、28日朝に座薬を使って以降は、平穏な日々。(いつも座薬は持ち歩いているが……。)

午前8時35分、泌尿器科受付。

午前9時10分、診察。医師から石は出たか、と聞かれた。それに対して私は、まだだと思う、と答えた。すると、尿検査とレントゲン検査をしましょう、と医師。

午前9時15分、採尿。

午前9時30分、レントゲン検査。その後、画像を受け取り、再び泌尿器科へ。

午前9時50分、再度、診察。尿検査の結果、尿から赤血球反応無し。(体内に石があると、それが尿管を傷つけ潜血反応がでるらしい。)レントゲン画像では少し白い影があるが、尿検査の結果を考慮すると、石は尿と一緒に排出されたのではないか、とのこと。

午前10時、会計。

あっけない終わり方だった。尿管結石は、人によって個人差があるものの、排出されるまでに何ヶ月も掛かることがあると本に書いてあったのだが……。たった2週間ほど闘病だった。

病院の外に出ると雨の勢いが激しくなっていた。けれど、私はウキウキした気持ちだった。だって、もう石とはオサラバなのだから……。(と思っていた、この時は。)


 
2006年4月6日(木) 
あかん、痛い

せ、せ、背中が痛い……。いや、ちがぅ……。今度は……、は、は、腹や……。よ、よ、横っ腹や……。横っ腹が痛いんや……。

夕方、突然、右腹部が痛みだした。まだ、石が出てないんや。こら、あかん……。

体は正直だ。飲み薬を飲まなくなったら、痛くなってきた。(飲み薬は前日で終了していた。)仕方なく、座薬を使用。

痛みの場所が背中から腹部に移動したということは、徐々に石が排出へと向かっているのであろうか。


 
2006年4月7日(金) 
行くしかない、病院へ

早朝、腹部に痛み。寝られない。前日に続き、座薬(痛み止め)を使用。どう考えても、普通じゃない。石がまだ体内にあることを確信。病院に行くことにする。

午前9時前、病院(日大板橋)で受付。

午前10時15分、診察。医師に状況を説明し、前回と同じ飲み薬をもらう。ウロカルン錠225mg(腎臓や膀胱に出来た石を排出する薬)とチアトンカプセル5mg(腹痛を和らげる薬)。それぞれ2週間分。


 
2006年4月10日(月) 
痛みの場所、移動

本に書かれていた。「尿管結石は、実際に結石のある場所より下へ痛みが走る放散痛が特徴。具体的には、腎臓のある背部からわき腹、下腹部へと痛みは広がり、また、鼠蹊部(そけいぶ)や陰嚢(いんのう)に痛みを感じることもある。」

午前中、その通りの出来事が起こった。鼠蹊部(腹部と接する下肢の内側。もものつけね。)と陰嚢(きゃん○ま袋)が痛くなってきたのだ。

病気についての知識を得ることは、とても大事なことだ。何も知らず、ある日突然きゃん○ま袋が痛くなったらどうであろうか。きっと、とても不安な気持ちになると思うのだ。しかし、知識を得たお陰で、徐々に結石が排出へと向かっているのであろうと想像できる。


 
2006年4月11日(火) 
鼠蹊部、陰嚢

午前中、鼠蹊部と陰嚢に痛みあり。⇒ボルタレンサポ50mg(痛み止め座薬)使用。



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