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銀のキス 全体感想 その2

★☆2006年12月9日 マチネ Vita=芳樹松本深山組。
☆★2006年12月9日 ソワレ Anima=曽世舟見荒木組

その2 はまり場面を深読みで永遠に語る。

★その1 全体感想と気になるところをさくさく語る。 >>   ★その3 個人感想をさらっと語る。 >>

★☆★☆個々の場面にはまる。

☆★『300年前。サイモン、吸血鬼になる』場面にはまる。★☆

凶悪な笑顔がステキ!深山さん、不幸似合いすぎ!芳樹さん、意外にワイルドかつセクシーな存在感を放ったミッチ、とファンモード的にものすごいテンションアップ場面であった。

・その面白い髪型はどうなのか寺岡さん・・・そしてミッチ。
・三上さん可愛い可愛い〜。
・深山さんの衣装似合いっぷりが怖い・・・。

〜サイモン成長〜

・うわ〜芳樹さんが不幸不幸〜楽しい♪(←どういう見方なんだ自分・・・)。
・サイモンと話すランプ持ちクリストファーの目が邪悪にキラリと光った。怖い。
・キャー深山さんがすごい凶悪な笑顔!!
・深山さんの罠にさくりとかかる芳樹さんがダメすぎ。何でこの人こういう被虐的な役がはまりすぎなんだろ・・・。

・ミッチ絡みつくような視線と話し方がいやらしい〜(笑)。
・意外と(←すごく失礼)機敏に動ける人なんだびっくり。
・そして無駄にいやらしい吸血行動!!意外とセクスィ系(笑)も行ける??ステキステキ〜うっとり♪

・深山さんがミッチに痛めつけられている・・・可哀想・・・。
・杭出てきた〜ああ〜もうミッチの出演場面終わっちゃうよ〜。
・絶命。派手な死に方だな〜あーでもミッチを堪能した♪

・深山さん、凶悪すぎてでも笑い声が哀しすぎてどうしたらいいかわからない・・・。
・吉田さんの生贄の不安気に揺れる眼差しが素晴らしすぎる。
・お食事中クリストファー、視線はぴたっとサイモンに向けてるんだけどその時の目がものすごい怖い。

深山さんと芳樹さんはどういう関係性で登場しても、絡みがある時は大体「深山さんは芳樹さんを挑発する」という方向性に行くんだけど、今回はこの場面が一番怖かった。

はぁ〜堪能した。
深山さんの恐ろしさと、にも関わらず出せる切なさ、芳樹さん不幸オーラ大全開、ミッチ新境地開拓。
いい場面だった。盛り上がりました。



☆★サイモン兄弟(深山芳樹組)にはまる。★☆

上記のように場面にもはまったが、見る前の予想通り深山さんと芳樹さん兄弟にものすごくはまった。

このコンビですごく良いと思ったことは、二人が舞台上初めて対峙した瞬間に、力関係が分かる事。
そして、吸血鬼としての年月の影響が対照的なこと。すごく面白かった。
やっぱり私このコンビ好きだ。と改めて思う。そして私ってジュニ1大好きなんだな。とも改めて思う。


★二人の力関係。

☆ほぼ大人の体を持っているサイモンの方が、今は力も強いし勝てるはずなんだけど、でも、クリストファーが上なんだという事が、二人が初めて対峙した瞬間にぱっと見ですぐ分かるところがよかった。

サイモンがクリストファーを前にしていつも恐怖を感じている事、彼と対峙する時に「怖い」と言うんだけど、とても納得できた。

現代パートを先に見たあとに過去パートを見て、二人の関係性をさらに納得。
サイモンにとっては、クリストファーは「兄」と言っても赤ちゃんの頃にいなくなってしまった幻のような存在で、こうなるまではあまり意識しない存在だったと思う。多分彼の家の中に常に満ちている「不在」の不安の象徴としての抽象的な存在。

一方のクリストファーにとっては、あのまま普通に育っていたら・・・フォン・グラブに連れて行かれさえしなければ、当たり前に享受していたはずの「日常」を生きる弟。
彼はあっと言う間に自分を追い越し成長し続けている。
ランプ持ちとしてサイモンに話しかける場面のクリストファーがとても印象に残っているのだけれども、一瞬「獲物がかかった」事に対して満足気な笑顔になる。


深山さんのクリストファーは、過去パート時点までは、本当の所は家族の事が好きなんだろうな。愛してほしかったんだろうなという気がする。
母親の事を言う時も。6才で全てが止まって、でも頭の中は成長している歪みを感じさせる反応をする。
彼は自分の事を愛してほしくて、理解してくれる事を望んで、母親を「自分と同じ世界」に呼びたかったのだろうと思う。
でも母親側から見れば当然の事ながらモンスターになってしまった息子を見て驚愕しただろうし、その瞬間正気に戻ったかもしれないし、彼と同じ道を行くことはできないから拒否する。

この「拒否」は彼にとっては自分の存在自体を母親に否定されたのと同じ位の衝撃で、変な言い方だけど、吸血鬼になってしまった自分への「最後のとどめ」になったのではなかろうか。
そこで相手への怒りと「死ぬ事が出来る」存在に対する怒りの中で母親を殺してしまった感じがする。

弟のサイモンは第二ターゲット。今度は年月も経って彼は賢くなっていて、自分にとって「仲間」になりうると同時に、邪魔なフォン・グラブを抹殺してもっといい「保護者」を手に入れられる千載一遇のチャンス。
今度は確実に自分のものにすべく、相手が自ら誘いに乗るように仕掛ける。

この時、サイモンはクリストファーの事を「見知らぬ子ども」だと思っているのだけど、でもこの時点で二人の関係性はもう決まっている。サイモンは目の前にある恐怖の対象であるフォン・グラブから逃れるために、クリストファーの差し出す手に思わずすがる。
クリストファーは言葉巧みに彼の恐怖をあおり、「それ以外方法は全く無い」事を納得させて、自分の仲間になる事を同意させるのだけど、この時の攻防がすごく恐ろしくて同時に切ない。


☆芳樹さんは知らない間に深山さんの罠にかかっているんだけど、その引きずられ感が素晴らしくうまい。うまいというか持ち味の問題だと思うけど。気がつくともう自分の立場をクリストファーに全て委ねていて、翻弄されている。

一方の深山さん。ものすごく酷い人なのに同時に切ない。深山さんのすごさは凶悪な役で、「にもかかわらず見せる切なさ」だと思うのだけど、今回はその真骨頂だと思う。

あれだけ酷いことをしておきつつも、クリストファーは、母親同様にサイモンの事本当はかなり好きなんだろうな。弟だから一緒に行きたかったんだろうな。ただ一人の理解者になってほしかったんだろうな。
・・・と、見ながら普通に思った。これだけめちゃくちゃに弟を破壊してるのに。

いつもとは逆に、今回は芳樹さんの役が「本当は手に入っていたはずの人生」を当たり前に享受している。
多分クリストファーはそれを破壊して、自分のところまで彼を引きずり込んで、それで、分かり合える二人として今後の永遠を一緒に行きたかったんだろうと思う。

彼のもつどうしようもない怒りが、サイモンに向けられる事が哀しい。

そして、クリストファーに対して、怒りと恐怖しか持たないサイモンが彼を拒否する事が哀しい。
サイモンに手を伸ばして、でもするりと身をかわされて置き去りにされるクリストファーの孤独と絶望が哀しい。


★吸血鬼としての年月の影響。

深山さんクリストファーは経験がすべて積み重なっているからこその怒りとやり切れなさと行き過ぎ感がある。
一方芳樹さんサイモンは16才でぴたっと止まって永遠ループしている。
彼は300年の積み重ねが全く無い。どちらかと言えば人里離れて暮らしていた時間が長い分、人間のときよりもピュアで人慣れしていなくて純化されている。

☆深山さんが今回すごくいいと思ったのは、6才と、6才のまま年月が15年経ってる時と、300年経った時が明確に全く異なるところ。

実は初登場場面の深山さんを見て、ちょっとやり過ぎというか行き過ぎていると感じて違和感があった。ここまで激しく凶悪である必要はあるのか?と。

でもそれは過去パートが始まって、サイモンを仲間に引き入れる場面を見たときに「あ、300年経っちゃって、もうどうにもならなく行き着いたのがあのクリストファーなんだ」と理解して、すごく納得した。

行き着いた先を最初に見てから過去に戻る分、ただの子どもだった6才の無垢な輝きがどうしようもなく哀しい。(と同時に深山さんの外見力に驚嘆。)
そしてまだ彼が人間であった頃に彼にとっての現実だった「家族」が存在する十数年後。
時を止めた自分に対し、彼らが段々と老いて行き、成長していく姿を見続ける遣り切れなさと怒りが哀しい。
この時のクリストファーは、「永遠の6才を生きる事」が自分の中で段々と現実としてどういう事なのか分かってきて、そのどうにもならない怒りを自分の中で持て余している感じがする。

でもこの時点ではまだ人としての思いも充分持っていると思う。家族に対して執着を見せたり、自分を仲間に引き入れて手先として使っているフォン・グラブを何とかしたいと画策したり、割と現実的な事に対して色々考えていたり、比較的自分のテリトリーの中で一応「生きている」感じがする。

300年後の現代になると、もう何も考えていないというか、300年分が全部彼の中に詰め込まれていて、もう何に対して怒っているのかも忘れたけど、ただ、怒りだけは覚えている・・・みたいな存在。とてつもなく疲弊している。6才だけど永遠の老人。

彼が次々人を惨殺していくのは、彼にとって何に対してか分からないけど「復讐」な気がする。でも同時に自分で殺しておきながら相手が「死ぬ事ができる」事に対して毎回打ちのめされている感じもする。そのたびに「永遠の6才」である自分への呪い度がアップするというか。
深山クリストファーの「300年分」は、何ていうか人を殺した分の積み重ねみたいな行き過ぎ感と壊れ方をしている感じがする。

今回の深山さんが素晴らしかったのは「6才でとまって」「そこからの永遠」を感じさせるクリストファーだったこと。ものすごく疲れていて老人みたいなんだけど、あくまで「6才」らしい残酷さを感じさせる所とか。

☆芳樹さんのサイモンは、永遠の16才を生き続けている。

彼は何年積み重なっても人間の16才の時と印象が変わらない。人を殺して血を吸わないと存在できない自分を絶対に認められないままに、それでも否応なく存在し続けている。
普通の人間だった頃に「金はもういっぱいあるでしょう」「おれに何をしろというんです?」と父親に問いかけた時の、真っ直ぐさと甘さと弱さと潔癖さを持ち続けて現代にやってくる。

現代のサイモン&ゾーイパートが「タイムマシンものSF」に見えたのは、サイモンのこういう印象からだと思う。
300年前の人がひょんなことから現代にやってきて、革ジャン着てみたり今どきの言葉遣いをしてみるけど何か違和感。しかし現代には無いピュア感と真っ直ぐな優しさに惹かれていく現代の少女。そして二人の間にほのかな愛が芽生え・・・でも叶わぬ恋。そして別れ。みたいな。

芳樹さんはもっと現実的な話かつ短い年月で言うと、「白夜行」の時も19年の年月が一貫して「変わらない」印象だったんだけど、彼の持ち味である根本的な強靭さとか、それと相反する情緒のアンバランスさとか、どちらが表に出てきても「変わらない」印象を与える方向に行くのかなと思う。

今回は曽世さんも基本的に「永遠の16才ループ」の吸血鬼なので役自体がそうなんだけど、芳樹さんが演じる事でより輪郭がくっきりした感じがする。

芳樹さんの役は、亮司でも、サイモンでも、「昨日」と「ものすごく遠い過去」が同じ比重で存在している。
彼にとって最もインパクトのあった出来事が、永遠に「昨日」のごとく彼の中に存在していて、そこから逃れる事ができない。


☆現代にやってきてもなお、あらゆる意味で16才(むしろ人里離れていた分浮世離れ度UP)のままのサイモンと、6才の生き疲れた老人クリストファー。

サイモンはクリストファーに復讐を誓い探し続けるけれども、彼にとってのクリストファーは「自分を仲間に引き入れた恐ろしく力の強い子どもの姿の吸血鬼」「自分を見下ろし翻弄する恐ろしい兄」のままで、だから実際に対峙すると恐怖が先立つんだと思う。

一方、本当は自分の理解者になってほしかったけど、自分と、吸血鬼である事を拒否して生きる弟を挑発し続けるクリストファー。生き疲れた彼にとっては「変わらない」サイモンがある意味強烈に羨ましく同時に苛立ちを感じる存在なんだと思う。

今回、二人があらゆる意味で対照的に存在していて、だからお互いの存在が際立ってすごく面白かった。

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

☆★「吸血鬼」の定義とその存在について。★☆

今回すごく印象的だったのが、「吸血鬼」の存在の仕方。
過去の吸血公演には無い定義にて登場していると思う。

現代に書かれた物語だなとすごく思うのは「吸血鬼」である事に対して彼らが何らかの形で折り合いをつけようとしているところ。

サイモンは「ある程度大人になってから、自分の意志で首を縦に振った」事で、吸血鬼になってしまった。彼の中では「自業自得」で、だからこそ絶対に「吸血鬼な自分」と折り合いがつけられずに苦しむ。

一方クリストファーは、「子どもの時に、自分の意志とは全く関係なく」フォン・グラブに無理矢理仲間にされてこき使われている。
だから、自分が吸血鬼である事を多分本当は否定したい所なんだろうけど、現実の「吸血鬼な自分」をそのまま受け入れている。・・・と言っても本当は受け入れていなくて、そこに激しい怒りを感じるのだけど。

このスタンスの違いが、前述の二人の違いにも現れてくるところもあったと思うんだけど、そもそも過去の吸血公演の吸血鬼たちは自分の大前提に対して疑いは無いので、この違いがすごく印象的だった。

過去作品で唯一自分の存在に対して疑いを持っているのはなりたてルーシー位。
過去の作品の吸血鬼たちは「人間は動物を食べる」「蚊は人の血を吸う」のと同じように「吸血鬼なので人の血を吸う」。そこにいちいち葛藤は無い。

彼らの問題点は「永遠に生き続ける」事の壮絶な孤独。
だから仲間を欲したり、人に執着したり、全てを終わらせたがったりする。

今回のクリストファーとサイモンは、この部分が過去作品と決定的に異なっている。
彼らは孤独ではない。
憎しみや怒りかもしれないが、彼らは同じ永遠を生きる者として常に強烈につながっている。(本来の希望とは異なっているが、この点でクリストファーの願いは皮肉にも叶っている)
彼らの問題点は「吸血鬼」という存在になってしまった自分自身とどう折り合うのか。


フォン・グラブは過去の吸血鬼に近いスタンスらしくて、今現在(過去パート時点)は葛藤もなく、お気に入りの子を仲間にしてみたり、おいしそうな若い男女を獲物にしてみたり、結構吸血ライフを楽しんでいるみたいだけど、クリストファーとサイモンは違う。

基本的には「人間」のままに、でも自分の生態系が変わる・・・それは人間を殺して血を飲まないとダメという恐ろしい体質。
吸血鬼としての本能と、人間としての良心の葛藤の中で、どう永遠を生きていくのか・・・という話が「銀のキス」。

吸血行動が「お食事」ではなくて明確に「人殺し」なところが過去作品と違うんだと思う。


☆あと、過去の吸血鬼ものを踏襲して整理されて提示しているため、「吸血鬼」の不便さを際立って感じた。
正直、全然「永遠の命」だと思えない。
別に死にたければ結構簡単にいつでも死ねるだろう。と思う。
「太陽に当たる」「杭で貫かれる」「土が無くなる」。実行できると思うけど・・・これ・・・。
ただ自然に死ねない所が恐ろしいのであって。自分か他人の意志が介在しない限りは永遠に終われない所が人間と違う部分。
だからサイモンは「人の命を奪いたくない。でも自分で死ぬのはもっと怖い」という永遠ループにはまって苦しむ。

「人の命を奪って永遠に生きる恐ろしい吸血鬼」ではなくて「人とは違う種類の生態系を持っている何か」の物語に見えた。
「死」の定義は人間とは違うから、怪我しても治るし人間だと死んじゃう出来事でも絶対死なないけど、太陽にあたってみたり等、人とは違う事で絶命する種類の違う生きもの。
問題点は元人間だという事。そこに生まれる葛藤や狂気の物語。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆

☆★ 現実パート。林一家にはまる。★☆

★林さん初登場場面、出てきた瞬間にうるっときて、髪型を見て一瞬息をのんで、気づいたらもう泣いてた・・・。

普段、ライフの舞台を見るときは、「今見えているもの」と「自分が受け取る感情」の間に一段あって、「男性が演じている女性」だったり「ほんとは○才だけど6才役」だったり「アメリカ人」だったり「吸血鬼」だったりを、受け止める。

でも、今回は、ストレートに普通にお芝居を見ている時のようにゾーイのお父さんとお母さんを、「お父さんとお母さん」だと思って見ていた。
ものすごくリアルな一家で本当にびっくりした。
高根さんと林さんはリアル夫婦のようだった・・・。

★高根さんはハピファミの時と全く同じ事をやっぱり思ったんだけど・・・変な言い方だけど「私のお父さんかと思った」。

こういう状況に置かれたときの感情の動き方とか、実際の仕種とか、子どもに対する逡巡とか戸惑いとかの視線の向き方とか、めちゃくちゃ妻を愛しているんだけど限界があって、この状況なんだけど思わず妻に甘えちゃってる所とか、「自分ではない誰か」に思わず判断を預けちゃうところとか、それでもとりあえずとにかく自分は隣に居ようとしている所とか、周りの見えなさ具合とか、決定的な一言を普通の日常会話の中だとしてもどうしても言えない所とか。

特に動き方と視線。
無駄にうろうろしている姿(笑)とか、目が何かを探してさまよっちゃう感じとか、すーっと何となく外れていっちゃう感じがすごい「うちのお父さん」な感じがする・・・。

★ハピファミアランもそうだけど、今回のハリーがしている事は、多分追い詰められた状況下における最も典型的な反応の仕方のひとつなんだろうと思う。
あの、愛はめちゃくちゃ分かるけど不器用で、しかも現実としての生活作業レベルだと正直全然役立ってない感じがものすごいリアルだった。リアルというか、そのあたりが「私のお父さんかと思った」中身(笑)。

一番印象に残っているのは色々心配してアンの周りをうろうろしている時に、アンに手をぱしぱし叩かれながら「ハリーあなたは心配しすぎ」と怒られる所。
この辺はしつこいようだけどうちの両親の再現VTRかと思う感じにものすごいリアル。すごい好き。

林さんのたたき具合の本気さもすばらしいし、せりふ回しとタイミングもすごいし、それをしゅんとして困ったように受けて娘に対してばつが悪そうに居心地悪そうな空気感を漂わせる高根さんもすごいし。

この劇団のこういう話の中でこんなにもナチュラルに「妻に死なれそうな夫」を表現する高根さんはすごい人だと思う。

高根さんが普通に市井の人を演じる時・・・「かつて自分が見たことのある光景」だったり「受けた事のある視線」だったりを思い出すことが多いんだけど、今回もそうだった。いろんな事を思い出した。


★林さんは何でこんなにうまいのか本当に分からない位普通に「ガンで死にそうなお母さん」だった。
変な言い方だけど・・・生まれた時と死にゆく時は、人は見た目で性別が判断つきにくくなる印象が私の中であって、たぶんそれもあって、元々小さめで華奢なのもあって、本当に普通に「お母さん」に見えてた。

最後の方でゾーイと語らう場面は本当に色々な思いが交錯した。
自分が言いたかったけど言えなかった事や、聞きたかったけど聞けなかった事を、代わりに今言ってもらっているような気持ちにもなった。
林さんは元々言葉がすごく立つ役者さんなんだけど、今回も一言一言がものすごく印象に残った。
「自分の中にためこんじゃダメよ」とか。「世界がこわれてしまうわけじゃないのよ」とか。「よくあることよ。母さんに起きても不思議じゃないでしょ」とか。
見ながら心の中でそれに対して返答しながら見てた(笑)。


★6月のトーマの心臓の時も思ったことだけれども、自分の視点が子ども一辺倒ではなくなっている事に、一応大人になっている自分を感じる(笑)。
ゾーイにだけ感情移入して子どもの自分に戻っているのではなくて、同時に父親の立場での思いや、母親の立場での思いも感じて、それぞれに思っている事が分かりすぎて辛い。

それぞれの思いを見ながら、「子どもって子どもだからこそ分かってるよね」と改めて思った。
自分の記憶を考えるとすごく大人だから。
当時言葉できちんと説明できたかというとそうではないのだけれども、感じていた事はすごく大人。
大人というか「分かってる」。子どもだからこそかもしれないけれども。余計なものが無い分ストレートにそこに到達している感じがする。


★原作を読んだ時点でここにはまると思ってたけど、何か思っていた以上にストレートど真ん中にスイッチ入った自分にびっくりした。
6月にトーマを見て「区切りがついた」と晴れ晴れといろんな人に報告した舌の根も乾かぬ内からこの感想はどうだろう・・・。
でも、今までとは違って、きちんと「過去」になっている、と思う。
思い出した感情に振り回されたり生きるのが苦しくなっちゃったり(笑)はしてない。
その事が本当によかった。と思う。


★その1 全体感想と気になるところをさくさく語る。 >>   ★その3 個人感想をさらっと語る。 >>

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