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白夜行 第二部 全体感想編

☆★ 2005年12月3日 マチネ 晦(芳樹組)
★☆ 2005年12月3日 ソワレ 黎(笠原組)

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★マチネは2F、ソワレは1F前列という極端な席配置だったが、どちらも同じだけの思いを感じた。
全体で見ても、近くで見ても、それぞれによさがあり、伝わるものがあった。

★いつもは割とディティールにはまっていくのだが、今回はもう、ただひたすら「白夜行」の世界の中に圧倒されていた。何をどう感じているか自分でも分からないのだけれども、とにかく感情の何かがぐっと押されていた。
私は割と感情が高ぶると「泣く」という行為になる事が多いので、ひたすら泣き続けて、本当に泣き疲れた。

Sons以来の嗚咽する感じに号泣。
泣き過ぎて頭がガンガンした。
劇場出る時点でもまだ目は赤いままで非常に恥ずかしい感じであった・・・。

★一部は「違うけど同じ」と思ったが、二部は「同じだけど違う」作品だった。
それは私がスタジオライフという劇団に対して基本的に持っている印象で、「20周年記念作品」にて最初の印象とすごく一致したことで、私の中でも原点に戻った感じがした。

原作が好きという思いからすれば、ラストは振り返ってほしくない。
でも、見ながら、もう、倉田さんがそうしたいんだったらしょうがない。だってこれは舞台なんだから。と思った。

↑非常に不遜な言い方をしているし誤解を招くであろう事も分かっているけれども。


そもそも、原作「白夜行」は絶対に泣く話ではない。
最後まで、読者は二人の中には入って行くすべはない。ただ、笹垣と同じように、見届けるしかない。その冷え冷えとした空気感の中で、まさに「白夜」を行く二人の背中を追っていく、そういう話が、「白夜行」という小説なんだと思う。

簡単に読者に感情移入されては困る。気がする。
そういう作家が東野圭吾なんだと思っている。

今回の舞台の「白夜行」は、倉田さんの思いによって、亮司と雪穂の二人の絆、そして孤独と絶望が痛いほど伝わる作品になっていたと思う。
(「人が生きて動いて話している」事で、「観客」は「読者」よりもより多くの情報を得ている事から、感情が動かされやすいというのもあると思うけれども。)

それは多分東野さんの描く「白夜行」とは違う。
でも、それでもこれも「白夜行」なんだと、舞台の「白夜行」はこれなんだと思った。


「同じだけど違う」というのは、同じ場面で同じ言葉を話しているけれども、そこに独自の「舞台としての姿勢」というか「答え」が提示されていて、それは原作とは別のものなのだけれども、確かに、そういう物語としても立ち上げる事ができる、というバリエーションとしての存在、という意味なんだけれども・・・。うーんどう言うと正確に伝わるのか難しい・・・。


★今まで5時間半にわたって観客が目にしてきた物語が「すべてのはじまり」に向かって集約していき、ひとつひとつの符号がぴたりぴたりとはまっていくラストの回想シーンは倉田演出の真骨頂である。
二人が今までほんの僅か見せていたつながり、そして孤独と絶望が一気に語られ、明らかになる。

観客は今まで目にしてきた事の意味をひとつひとつ知り、そして現代に戻ったその時、物語は突然終わりを告げる。

亮司と雪穂が一度だけ交わす視線。
この瞬間に回想シーンの二人がオーバーラップし、そして今まで二人が歩いてきた道を思い、二人の深い絆を思う。

舞台「白夜行」のもつ世界観を思うと、やっぱりラストは二人の視線が合わないと終われないし、雪穂は振り返らないわけにはいかないのだと思う。


★原作者のファンとしてもっとも恐れていた事は、たぶん、「白夜行を見て、二人を『かわいそう』と思われること」だったと思う。
感情的な言い方すると、「幼い頃のトラウマによって犯罪者にならざるを得なかった哀しい二人の物語」と思われる事態は絶対にいや。絶対に「かわいそう」と思われたくない。
・・・でもこれは私だけじゃなくて、東野圭吾を好きだと思っている人たちの多くの人が持っている心情だと思う。

今回の舞台は、「ただ、二人の絆を描く」事をしたことで、回想シーンが「犯罪の理由」にならずに済んだと思う。
「その後二人が生きて、してきた事」を肯定する方向にも否定する方向にも見えなかった事が、原作ファンとしてすごくうれしい。
確かに二人の存在は、原作よりも断然理解しやすい、理解できるかもしれない身近な存在になってはいるのだけれども。でも、変に甘いところに着地することなく、でも、舞台として受け入れやすい形でまとまっていた。


★私は本を読んだり舞台を見たりしてもその殆どを忘れてしまう方で、白夜行も800ページのうち、正直覚えている部分は本当に少ない。
でも、何かはひっかかっていて、それは何らかのきっかけによって突然ふっとよみがえってくる。

「笹垣は死体が受けた傷を今も思い出すことができる。あの傷は、少年の心の傷でもあったのだ。」
この部分が、白夜行を読んで私の中でひっかかっていた所のひとつだった。

だから、芳樹さんの亮司が典子と大阪に来た時に語る「ある時男が殺された。」「ちょっとだけ知っている」をどういう気持ちで今言っているだろうと思ったらぐっときて突然泣いたりしたんだと思う。

回想、父親に「亮司」と呼ばれて「お父ちゃん」と寄り添う姿を見た瞬間本当に遣り切れない気持ちになる。
彼がこの後目の当たりにする光景を出来れば見せたくないと思った。
あの場面に遭遇してしまった瞬間の亮司の心に吹き荒れた感情、そして鋏をもって走り出した姿が目に焼きついて離れない。
回想シーンはとにかく圧倒された。
何に泣いたのかが説明できなくて、ただ、目の前で起きている事に、目の前の人の思いに圧倒されたんだと思う。

2Fはやっぱり表情や細かい動きは全然分からないけれども、亮司の思い、雪穂の思い、桐原洋介の、西本文代の思いはきちんと伝わってきた。


★第一部と第二部で、キャストが変わったり、性格設定が変わったりことは、やっぱり見ていて混乱する。
第一部から続いてきた19年の歳月が、「始まりに戻る」のがクライマックスなんだけど、やっぱり第二部は第二部でくるりと完結してしまう所がある。
一部との整合性に欠けている所で、及川さんと前田さんの存在を思い出せなくなっちゃった事がすごく残念。

ものすごくはまりつつも、回想シーンの二人と、現在の二人が見ていてすぱんと気持ちよく繋がらなくて、何となく違和感があったりもした。
一番つながりが良かったのはやっぱり松本雪穂→岩ア雪穂で、要するに第一部の記憶が無い分余計な混乱が無いから。
二人の持っている性質が何となく似ている感じがするのもあるけれども。

舟見さんは自分で全部演じていた分、松本雪穂と、一部の舟見雪穂が一本でつながりにくくて、別の話を見ているみたいになる。一部の子ども雪穂が宙に浮いちゃう。
あとやっぱり、ラストで芳樹亮司と見つめあった時に「あれ?この子が共に生きてきた人ってこの亮ちゃんだっけ?」と思ったし。


今回見ていて、自分の記憶のひっぱり方はどういう法則になっているんだろう・・・と考えたりした。
ライフは割と二人以上が一役である事が多いのだけれども、今まではそれが一回の舞台で完結していたし、あまり混乱する事はなかった。でも今回は、二部構成であったことや、人がチェンジしたのに「同じ場面」とか「その数日後」が普通に出てくる事で、混乱してしまったのかもしれない。

第一部、第二部を通してみると、途中で色々な事を思い出すのだけれども、例えば舟見雪穂は当然、舟見さんが演じていた雪穂を思い出す。
だから、松本雪穂が出てくると「あれ・・・こんな子だっけ??」と違和感を持ってしまったりする。

岩ア雪穂は回想シーンがあっても何も思い出せないので(当然だが)、誰で思い出すかというと・・・「この亮司(=笠原さん)が見てた雪穂=舟見さん」が記憶から引っ張られる。
岩アさんはどちらとも全然違うんだけど、でも、及川さんよりは舟見さんに近いというのもあるし。
でもやっぱり岩アさんの場合は「現在」と「子ども」の間に空白があってちょっと混乱する。

亮司は意外と誰ともうまくまとまっていて、ちび亮司が別人になっているけれどもそんなに違和感は無く(というよりあまりにもいい子だった松本亮司の記憶が奥田亮司によって上書きされる)、相手も二人とも変わっているんだけれどもやっぱりあまり違和感は無く、ラストもうまくちび亮司と大人の亮司がつながった。

桐原洋介は完全に別キャラになってしまったので、完全に前田さんの存在は船戸さんの存在によって上書きされる。
「ハーモニーでお買い物」は無かったことに・・・。

でも松浦は何故か常に高根さんを思い出してたりする・・・(笑)。第二部は藤原さんが一人で演じてたにも関わらず。
単に目立つ、派手な存在をぱっと思い出すだけなのか自分・・・と自問自答する。


そして及川さんの雪穂は、二部で思い出す余地が無くなってしまった。
松本さんがものすごく良かった事とは別の話で、一部からつながって完結するという意味で、ラストの回想シーンこそ、及川さんの雪穂を見たかった。

「ライフ第二部の白夜行」としての松本さんはすごくいいんだけど、やっぱり基本的にいたいけな子すぎて普通にいい子すぎる。
第一部冒頭の雪穂とは、明らかに違う人になってる気がする。
それは第一部と第二部で、微妙にテーマが変わっている感じがする部分とつながると思うので、役者さんの個性の違いだけではないと思うけれども。

及川さんが第一部の冒頭で見せた、頭がよくてしっかりしていて、決して大人に本当の顔を見せない、感情がコントロールされている少女。既に「完成されている」印象がある大人びた子ども。
この子が、亮司といる時にだけ見せていた安心感とか、あの場面に遭遇した時にどんな行動を取ったのか、それを知りたかった。

本当は第二部のこの場面を見ながら、一部の「風と共に去りぬ」を読んでいた雪穂を思い出したいんだけど、ここがつながらない。

ラストの怒濤の回想シーンとラストの余韻で「白夜行 第二部」はきちんと見せきっていると思うのだが、でも、第一部から第二部につながって、そして「すべてのはじまり」で終わる、事を考えると・・・やっぱり一部二部同時上演してほしかったと思う。
せめて同じ役者さんでつなげてほしかった。

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