反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役










反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役(8)







 タンネンベルク侯爵は、キルヒアイス・ミッターマイヤー両艦隊の撤退を見届けると、麾下艦隊に後退を命じた。

「我が艦隊の将兵諸君、私は総司令官のタンネンベルク元帥である。我々は勝ったのだ!これから、我が軍はオーディンへ凱旋する!!」

 タンネンベルク侯はマイクを取り、全艦に勝利を告げる放送を行う。それと同時に各艦のあちこちで、圧倒的な歓声が起こった。紛れもない大勝利である。喜ぶなと言う方が無理というものだ。やはり、兵士にとっては、主義主張云々言う以前に、戦いに強い司令官が理想なのである。そうでなければ、自分が生き延びられる可能性が低くなってしまう。いかに立派な理想を述べようと、死んでしまっては何にもなりはしないのだ。そういう意味では、兵士というものは正直なものであった。

「酒保を開いてやれ。兵士たちにも、存分に戦勝の喜びを味わわせるのだ。酒と食料をふんだんにな」

 艦隊がヴァルハラ星系内に入り、オーディンに接近したところで、タンネンベルク侯は命じた。侯爵は、兵士の士気の維持を決して軽く見てはいない。規律で押さえつけるだけでは、兵の戦意を昂揚することはできないのだ。飴と鞭の適切な使い分けが必要なのである。

「やれやれ、戦闘自体は勝つには勝ったが、どうも詰めが今ひとつだったな。シュタイナー少将とカーレンベルク大佐がミッターマイヤー艦隊を蹴散らしたところで、相手の戦力はもうなくなったものと早計してしまったが、あれがなければキルヒアイス提督を旗艦ごと葬り去ってしまうことが可能だったかも知れぬ。まあ、仮定の話ではあるが、その可能性は相当高かったと思うぞ」

 従兵が持ってきたワイングラスを傾けながら、タンネンベルク侯はシュリーフェン准将に話しかけた。もちろん、シュリーフェンの手にも同じワインのグラスがある。

「さようですな。理論的にいうのならば、艦隊が潰走状態に陥ったところで、戦力見積もりから除外されるのは当然の話なのです。元の戦力の一部とはいえ、あれだけ早く再編を行い、逆襲してくるなど通常の相手であれば論理的にはあり得ませぬ。小官としては、最後のあれは極めて理不尽な攻撃を受けたような気がしました」

「やはりローエングラム侯とその部下たちは、甘く見てはいけないということなのだろう。今回は、最小限の犠牲でその戦訓を得ることができた訳だから、却って儲けものだったかも知れぬ。勝った上で戦訓も得られる機会など、なかなか無いものだぞ。これは詳細を戦闘レポートの形でまとめ、全員に周知させるようにせねばならぬな。何しろ、ローエングラム侯との戦いの正念場は今後なのだから」

「全く以てその通りでしょう。それにしても常識外の戦法への対処まで考えておかねばならないとは、厄介な敵ではありますな。やり甲斐は確かにありますが」

 シュリーフェンもグラスを傾け、ワインを軽く口に含む。赤ワインの芳香が口中に広がった。

「どうだ。ヨハネスベルガー、薔薇色封タイプの463年ものだ。戦場用に持ってきたものなので、極上という訳ではないが、それでもなかなかのものだろう。ちょうど私が生まれた年のものだが、聞いた話では463年の葡萄のできは、中の上といったところであったそうだ。まあ、私はさほどワインには詳しい方ではないのだが」

「これは・・・・そうですな侯爵閣下。戦場で味わうものとしては、香りも芳醇な味わいも贅沢過ぎるほどです。酒保のワインなどとはレヴェルが違う!」

「まあ、さすがにそういうレヴェルのものとは比べて欲しくない代物だが・・・・」

 しばらく二人は、無言でワインの味と香りを楽しむ。グラスに鼻を寄せて芳香を楽しみ、口の中で転がすように、充分に味わうのだ。

「ところで、先ほどの戦闘でミッターマイヤー提督がこちらの艦隊へ後背から攻撃を加えるのではなく、委細構わずオーディンに直進した場合、我々としては相当困ることになったと思うのですが、彼はなぜそうしなかったのでしょうか?」

 シュリーフェンが疑問を投げかけた。タンネンベルク艦隊はオーディンから全力出撃していたのだから、ミッターマイヤーが再編した戦力でオーディンを突いた場合、無防備な帝都はあっさり陥落してしまうところだった。せっかく人質にしたアンネローゼを奪い返されてしまうばかりか、逆に皇帝サビーネと帝国宰相リッテンハイム公を捕虜にされてしまうだろう。その場合、情勢が完全にひっくり返ってしまうのだ。

「ふむ、その理由は二つある。一つは、ミッターマイヤー提督が、どちらかというと単純な武人だ、ということだ。目の前の戦闘に、どうしても気を取られてしまうタイプのな。もし、ローエングラム侯の陣営でも、ミッターマイヤー提督ではなくロイエンタール提督や参謀長のオーベルシュタイン中将が司令官だった場合は、オーディンを突く方がより望ましい戦略だ、ということを考えてみたことだろうが」

「なるほど。それで、もう一つは?」

「我々が、キルヒアイス艦隊を殲滅しつつあった、ということだろう。あの時、ミッターマイヤー提督が後背から攻撃して来なければ、キルヒアイス提督を旗艦とともに葬り去ることは十分可能だった。そのような事態は、ミッターマイヤー提督としては、到底座視し得ぬ。戦友を助ける為、矢も楯もたまらず突入してきたのだろうな。有力な味方を助けるという観点からは、それはそれで間違った選択をした訳ではないと思うぞ、ミッターマイヤー提督は。おそらくローエングラム侯も、その決断を責めるような真似はすまい」

 もちろん、タンネンベルク侯としては、あの時ミッターマイヤーにオーディンへ急進された場合は、相当困ったことになったであろうことは理解している。後ろから攻撃されたこと自体も、完全に想定外の事態で驚きだったくらいなのだから。むしろ、ミッターマイヤーが単純な武人タイプで助かった、というべきところであろう。

「つまり、我々は相手がミッターマイヤー提督だったから助かった、ということなのですな?楽に勝ったのかと思っていたのですが、実は結構危ない橋を渡っていた訳ですか」

「とはいえ、あそこまでの速さは、『疾風ウォルフ』、ミッターマイヤー提督でなければ為し得ないだろうな。短時間で、潰走したはずの艦隊を建て直して再編成する手腕といい、その後に後背から少数の艦で襲いかかってきた勇気ある決断といい、そしてその際の尋常ならざる移動速度といい。他の提督には、そのようなことをやってのけることはできなかっただろう。あの攻撃は、ミッターマイヤー提督でなければ不可能な彼の優れた能力と、その思考における彼の限界を如実に顕わしていると言えるな。まあ、いずれにしてもこの戦闘のレポートは、後で卿がまとめてくれ。私がチェックした後、皆に配ることとする」

 タンネンベルク侯は、「結果良ければ全て良し」と考えている訳ではない。勝った戦いだろうと負けた戦いだろうと、得られた戦訓は全員に周知し、共通の知識と化すべし、と考えている。本質的に、思いこみや過誤などでいつ何時状況が急変するか解らないものが艦隊戦闘である。敵とはいえ、ミッターマイヤー提督のような優秀な司令官でさえも、その例外ではない事を目の前で見たばかりなのだ。そういう危険は、なるべく潰しておくに越したことはない。その為の戦訓の共通化なのである。

「諒解しました。レポートはなるべく早くまとめ、閣下に提出することとします」

 シュリーフェンの答えに、タンネンベルク侯は頷いた。目の前には、帝都オーディンの姿が見えてきている。旗艦「カール・フォン・クラウゼヴィッツ」は、そのまま味方艦の小集団とともに、オーディンへ降下していった。宇宙港にはリッテンハイム公爵が出迎えに来ることになっている。更に、凱旋する「クラウゼヴィッツ」と、艦から降り立って帝国宰相の祝福を受けるタンネンベルク元帥の姿を収めるべく、テレビクルーが待機しているはずだ。もちろん、これは侯爵が予め連絡し手配しておいたことであった。



「帝国国営放送局より臨時ニュースを申し上げます。帝国軍務省の発表によれば、本日行われたヴァルハラ星系外縁部会戦にて、帝国軍最高司令官タンネンベルク元帥率いる帝国軍艦隊は、賊軍司令官キルヒアイス提督の艦隊戦力を撃破。敵二万隻余りを撃滅し、味方の損害は極めて軽微、大勝利を収めたということです。それでは、帝都宇宙港に凱旋するタンネンベルク元帥と、それを出迎えられた帝国宰相リッテンハイム公爵閣下の模様をご覧下さい」

 アナウンサーが原稿を読み上げている画面が切り替わり、先ずは宇宙港に降下してくるタンネンベルク侯爵の旗艦「カール・フォン・クラウゼヴィッツ」の映像になった。降下して近づいてきた「クラウゼヴィッツ」が、テレビの画面一杯に膨れ上がってゆく姿はさすがに迫力がある。そして、宇宙港に着陸した「クラウゼヴィッツ」からタラップが降り、その上を帝国元帥の軍服を着たタンネンベルク侯爵が、軍楽隊の演奏と拍手で出迎えるリッテンハイム公爵一行に向かって進んで来た。リッテンハイム公の目の前にやってきたタンネンベルク侯は敬礼すると、笑みを浮かべながら手を差し出してきた公爵と固く握手し、二言三言言葉を交わす。

「次に、軍務省報道官による公式発表をお知らせします」

 一旦カメラがアナウンサーの画面に切り替わってから、更に軍務省内の記者会見場にもう一度切り替わる。

「帝国暦488年8月2日、銀河帝国軍務省発表。銀河帝国軍最高司令官エーリッヒ・フォン・タンネンベルク元帥指揮下の銀河帝国軍部隊は、ヴァルハラ星系外縁部宙域で行われた戦闘にて、キルヒアイス上級大将及びミッターマイヤー大将指揮下の賊軍部隊三万八千隻のうち、二万隻余りを撃滅した。タンネンベルク元帥直率の艦隊戦力の被害は一千隻程度と極めて軽微、交換比で二十倍以上の敵を撃滅し、銀河帝国軍部隊の圧勝に終わっている。この戦闘を『ヴァルハラ星系外縁部会戦』と命名する」

 いかつい顔をして、八の字髭をたくわえた恰幅の良い中年の報道官が淡々と原稿を読み上げた。さすがにタンネンベルク艦隊の実戦力を明かしはしないし、キルヒアイス・ミッターマイヤー艦隊に与えた損害は若干水増しし、味方の損害も減らして発表してはいる。しかしそれは宣伝というものであり、報道官が言っていることが大筋で違っている訳ではない。タンネンベルク元帥の艦隊がキルヒアイス提督の艦隊を破った、ということは間違いのない事実であった。

「なお、すでにこの帝国軍の勝利以前から、オーディン近隣の星系の駐屯部隊より、タンネンベルク元帥統帥の帝国軍部隊への参加を希望する者が続出しており、現在オーディンの帝国軍部隊の戦力は日を追うごとに増大している状態である。銀河帝国宰相リッテンハイム公爵閣下及び銀河帝国軍最高司令官タンネンベルク元帥は、駆けつけた帝国軍部隊の勇気と忠誠を賞賛し、麾下部隊への参加を認められた」

 これは実際、近隣の星系へ駐屯していた帝国軍部隊のうち、オーディンに移動しタンネンベルク軍の指揮下に入ろうとする者がじわじわと増えている、という事実を宣伝しているものである。「来る者は拒まず」の姿勢であることを明言しているので、オーディンから近い星系では、タンネンベルク軍に参加した方が有利であるし安全だ、という意識が相当強くなっていた。ヴァルハラ星系外縁部会戦の勝利は、その意識を更に後押しすることだろう。タンネンベルク軍に参加してくる者が、更に増えていくであろうことは疑いのないところだ。




「ヴァルハラ星系外縁部会戦」にてキルヒアイス・ミッターマイヤー艦隊敗れる、の報はラインハルトの下にもたらされていた。当のキルヒアイスが、戦場から離脱した後、直ぐに報告を行った為である。

「ローエングラム侯爵閣下、申し訳ありません。敵、タンネンベルク侯爵艦隊との交戦による味方の被害は甚大です。損失は合計一万七千、拿捕された艦は三千。二万を失い、更に四千隻ほどが損傷を受けてしまいました。敵に与えた損害は、精々三千から四千というところです」

 FTLの画面を通し、沈痛な顔のキルヒアイスが、ラインハルトに報告した。それを聞いてラインハルトの顔は紅潮する。いくら腹心の親友と雖も、ここまでの敗北を喫したのでは、ラインハルトの感情をマイナスの方向に激しく刺激したことは疑いない。

「しかし閣下、これはタンネンベルク侯爵が武人の風上にも置けぬ、あまりに卑劣な手段を取ったが為の敗北です。彼は戦闘開始寸前、兵士たちがグリューネワルト伯爵夫人を取り囲み、銃を突きつけている映像を送ってくる、という挙に出ました。小官もキルヒアイス提督も、その為に、しばらくはタンネンベルク軍に対する攻撃を行うことができなかった訳です。その間に大損害を受けてしまいましたので、まともにやり合えば、決して負けてはいませんでした」

 ミッターマイヤーは、キルヒアイスの報告に間伐入れず、タンネンベルク侯爵の卑劣ぶりについて力説した。それを聞いて、ラインハルトの顔は更に赤くなり、激怒の様相を見せる。

「姉上をこれ見よがしの人質であることを誇示した上で、艦隊戦を仕掛けてきただと!?」

 怒声をあげるラインハルトだが、そのまま絶句してしまう。もちろん、タンネンベルク侯爵に対する怒りは沸騰点まで達しているが、状況のあまりの厳しさに、それ以上二の句が継げなかったのだ。この戦法をタンネンベルク侯に立て続けに使われた場合、ラインハルト軍は手も足も出なくなってしまう。ラインハルトがアンネローゼにこだわり続ける限りは。それこそ、オーベルシュタインの言うとおり、「自軍を敗北させるか、グリューネワルト伯爵夫人を犠牲にするか」という二者択一になってしまうだろう。どちらとも、ラインハルトにとっては、許容できない事態である。

「現在のところ、残存戦力二万二千をまとめ、ヴァルハラ星系より後退中です。今の状態で、更にオーディンのタンネンベルク艦隊と交戦することは、可能な限り避けるべきと思われますので」

 キルヒアイスの現状報告に、ラインハルトは超人的な努力で憤りを押さえ、答えた。

「・・・・・・・・・・・よい。そのままレンテンベルクまで後退し、本隊と合流せよ。当分の間、オーディンの敵とは戦えまいからな」

 両提督は敬礼し、FTLの画面から消える。ラインハルトは立ち上がると、苛々した様子で、「ブリュンヒルト」の司令官席の後ろのハッチを開け、階段を下りた。そのまま足早に歩いて行く。

「閣下!」

 ラインハルトは、追ってきたオーベルシュタインの声にぴくりと反応した。一番会いたくない男に呼び止められ、不機嫌そうな顔で振り向く。

「何の用だ、オーベルシュタイン」

 苛立ちを込めたラインハルトの受け答えにも、オーベルシュタインは全く動揺せずに続けた。

「小官が改めて申し上げるまでもないとは思いますが、今後もこのような事態が連続することは疑いありませぬ。閣下にはそろそろ最終的なご決断をいただきたい、と進言いたしますが」

「オーベルシュタイン、これだけは言っておく。私が最高司令官である限り、卿の主張する姉上を犠牲にせよ、という案は絶対に採用せぬ。よいか、絶対にだ。この件に関しては、以後意見は無用と心得よ」

 ラインハルトは、苛烈な蒼氷色の眼光をオーベルシュタインに向ける。一切を拒否する、激しく吹き荒れる嵐のような感情がそこにはあった。ラインハルトからはっきりとした拒絶の意思表示をされ、オーベルシュタインは無言で頭を下げる。ここまで断固とした拒否をされてしまっては、さすがのオーベルシュタインと雖も、これ以上同じことを言う訳にもいかないからだ。

「ところでオーベルシュタイン、奴らをいがみ合わせ、分裂させ戦わずして勢力を削ぐ方法はないものだろうか。卿の得意の方法でな」

 すでにオーベルシュタインは、レンテンベルク要塞の陥落直後に、第六通路で奮戦したオフレッサー上級大将を、敢えて無傷で逃がしその部下は全て処刑するという策により、疑心暗鬼に陥ったブラウンシュヴァイク公の手でオフレッサーを殺させ、貴族たちに相互不信の種を蒔く、という謀略を成功させている。それをタンネンベルク侯に適用できないか、とのラインハルトの問いかけであった。

「現時点では不可能と申し上げましょう。リッテンハイム公とタンネンベルク侯には、いがみ合う理由がありませぬ。リッテンハイム公は娘を皇帝とし、自分は帝国宰相となることで権力を独占しており、得意の絶頂とでもいうべきところ。タンネンベルク侯の方は、これは徹底的にリッテンハイム公を立てることで、自身へ過大な嫉視を招かないよう細心の注意を払っているようです。それにタンネンベルク侯は、将来はともかく今のところは自身が、リッテンハイム公に取って代わることも考えていない様子。彼の目的は、我が軍を敗北させ、戦役を貴族連合の勝利で終結させることのみでしょうな。これでは、この二人を分断する謀略を仕掛ける前提条件が、何ら成立してはおりませぬ」

「些細なものでもよい。『武勲をあげたタンネンベルクが、帝国宰相の地位を狙っている』のような、流言の類ではどうか。狡猾極まりないタンネンベルクの方はともかく、単純なリッテンハイムなら信じても不思議はないと私は思うが。自尊心だけは肥大したきゃつのことだ。疑心暗鬼の種を蒔く程度なら、どうにでもなるだろう。上手くすれば、タンネンベルクを捕縛し、監禁するなどの挙に出るやも知れぬ」

「侯爵閣下、それを行った場合、却って彼ら二人の結びつきが強力なものとなる可能性について、ご考慮なさいましたか」

「どういうことか?」

「リッテンハイム公がタンネンベルク侯に疑心を持ったとして、彼を排除するだけがリッテンハイム公の考えることではありませぬ。リッテンハイム公の娘は皇帝になったことで、簡単には釣り合いの取れる相手が居りませぬし、それに対するタンネンベルク侯はこれも実に都合のよいことに独身。そうなれば、リッテンハイム公は逆に女皇帝の婿としてタンネンベルク侯を迎え、両家の結びつきを強くしよう、との挙に出る可能性が高いでしょう。タンネンベルク侯爵は25歳、リッテンハイム公爵令嬢は14歳。一回りほど年は離れてはおりますが、貴族同士の政略結婚としては、障害になる年の差ではありませぬ。むしろ、悪くはない組み合わせではありませぬか。リッテンハイム公としては、それによりタンネンベルク侯を一蓮托生の身内としてしまい、裏切りを心配する必要をなくすことができる、という訳です。差し当たって今はリッテンハイム公爵令嬢の年齢が若すぎますが、取り敢えず婚約ということにしておいて、4年ほど経ってから正式な婚姻を結べば良いでしょうな。その時点でタンネンベルク侯爵は29歳、リッテンハイム公爵令嬢は18歳。何の問題もありませぬ」

 ラインハルトとしては、意表を突かれた思いだった。「政略結婚により、リッテンハイム公とタンネンベルク侯が縁戚となり、両家の関係が不可分なものになる」という可能性については、まるで考慮していなかったからだ。いかに政戦両略の天才ラインハルトと雖も、旧地球世紀より使い古されたあまりに俗な「門閥貴族的手法」には、考えが及ばなかったということであろう。いや、政治と軍事に突出しているラインハルトの才能は、このような分野にはない、ということだ。

「むしろ、そのような流言は、リッテンハイム公にタンネンベルク侯との縁戚を結び、より強固な味方としてしまう方策を早期に気付かせるだけで、まるで有害無益。小官としては、反対でございます」

 オーベルシュタインに断言され、ラインハルトは沈黙せざるを得なくなる。一見、有効に見えるリッテンハイム公とタンネンベルク侯の分断謀略だが、現段階では実行不可能であった。何と言っても、今の状況ではリッテンハイム公がタンネンベルク侯を妬むことはあり得ない。上位の者が下位の者を妬むという状況は、上位の者の地位が脅かされていると、その上位の者に思いこませる必要がある。「我が世の春」を謳歌しているリッテンハイム公を、そのような心情に追い込むのは、現状では到底不可能ということだ。仮にそのような謀略を仕掛けるにしても、もう少し時間が経ってタンネンベルク侯爵が更に巨大な武勲を立てた上でなければ、無理というものだろう。とはいえ、そうなるにはラインハルト軍自体が、タンネンベルク侯の前に敗北を続けなければならない、ということに他ならず、謀略の為に負けなければならないのでは、本末転倒でしかない。損害無しで敗北してみせる、というような器用な真似は、そう簡単にできるものではないし、相手がタンネンベルク侯である条件を考えれば尚更のことである。リッテンハイム公にタンネンベルク侯への嫉妬心を持たせる、ということはそういう条件をクリアせねばならないのだ。逆に、タンネンベルク侯にリッテンハイム公への不信を持たせ、不和を誘うのはそれ以上に困難である。そのような単純な相手ではない、とラインハルトもオーベルシュタインも認識しているので、さすがにそれは最初から検討しようとしてはいない。

「では、リッテンハイムとブラウンシュヴァイクを噛み合わせるのはどうか。リッテンハイムが帝国宰相では、ブラウンシュヴァイクの方は面白くはなかろう。これなら、対立どころではない、直接の交戦に至らせるのも簡単ではないのか」

「それも望み薄、と心得ます。確かに、ガイエスブルグへ潜入させている諜者の報告では、ブラウンシュヴァイク公爵やフレーゲル男爵などは怒り狂っておる様子。しかし、それ以外の貴族たちは、そうでもありませぬ」

「なるほど。どいつもこいつも、新皇帝と帝国宰相を擁する陣営に、鞍替えしたくてしょうがないということか。無知蒙昧なる貴族どもとはいえ、目先の理くらいは解るようだな」

「御意。何かきっかけがあれば、雪崩のような勢いで、リッテンハイム陣営に靡く者たちばかり、といったところございます。彼らを対立させるも何も、ブラウンシュヴァイク陣営が極端に弱体化しリッテンハイム陣営が取って代わるだけで、対立にも何にもなりはしませぬ。これでは、タンネンベルク侯爵にとって都合が良いだけで、閣下も不本意でございましょう」

 義眼の参謀長が断言すると、ラインハルトは不機嫌そうな顔のまま黙って踵を返し、背を向けて歩き去って行く。これ以上オーベルシュタインに用はないし、オーベルシュタインの方も「グリューネワルト伯爵夫人を犠牲にすべき」と提案をする前に拒絶されてしまったのでは、更に継ぐべき言葉がなかった。


「さて、取り敢えずフェルナーにも内々に命じてあるが、それだけではやはり上手く行くかどうか問題だな。ロイエンタール提督と一緒にいるのでは、自由な行動が取れるわけではあるまい。それ以外の方を、やはり進めておくべきだろう。その為には、少々の犠牲はやむを得ぬ」

 ラインハルトが去った後、オーベルシュタインは一人呟く。オーベルシュタインとしては、ラインハルトの指示に唯々諾々と従って、アンネローゼを人質にされたまま敗北を迎える気は全くない。もちろんオーベルシュタインは、グリューネワルト伯爵夫人がローエングラム侯の覇業の障害になるというのなら、躊躇なく犠牲にすべきだ、と考えている。例えそれが、ローエングラム侯自身の意志に逆らうことになろうとも。



「ヴァルハラ星系外縁部会戦にてタンネンベルク軍圧勝、ローエングラム軍は大損害を受け撤退」の報は、直ちにガイエスブルグ要塞にもたらされた。ブラウンシュヴァイク公爵は更に不愉快なこの報せに、自室に籠もったままフレーゲル男爵以下の近縁者を集め、酒盛りを始めてしまう。

「リッテンハイムにタンネンベルク、あのような不忠者たちが何ほどものか。たかだか金髪の孺子の軍を破ったくらいのことで、調子に乗りおって。帝国貴族としての矜持も忘れ、ただただ私利私欲をもって帝室を我が物とするなど、今に大神オーディンの神罰が下るというものだ。わっはっはっはっはっはっはっはっ・・・・・」

「伯父上、その通りです!あの連中を捕らえた暁には、金髪の孺子と並べ縛り首、いやギロチンにかけてやりましょうぞ!」

「そもそもリッテンハイム侯爵家など、ブラウンシュヴァイク公爵家に比べれば遙かに格下というもの。血筋で勝るエリザベート様がいらっしゃるのに、リッテンハイム侯の娘が新皇帝に即位するなど言語道断。到底我ら門閥貴族の認めるものではありませぬ!」

 実質、空騒ぎとしか言いようがないものでしかないが、アルコールの助けもあってブラウンシュヴァイク公は上機嫌である。とは言っても、空騒ぎのあげく、出撃して我らも金髪の孺子を叩き潰すぞ、という話になってはいない。レンテンベルクから前進してこないラインハルト軍との間には、まだまだ距離の隔たりが大きく、そう簡単には戦いようはないので、それはそれで当然のことである。しかし、そのような現実逃避の行為をやっている最中にも、事態は動いていた。

「タンネンベルク侯爵が、金髪の孺子の軍を叩き潰したそうだな」

「さすがは侯爵。金髪の孺子の得意の戦争なのに、鼻っ柱を叩き折られてしまったのでは、さぞや奴は怒り狂い当たり散らしていることだろう。ざまを見ろというものだ」

「やはり、タンネンベルク侯爵の軍事的能力ともなれば、兵力の多少の多寡などは気にもならないのかも知れぬ。今からでも遅くはないぞ、我らもあちらに付いた方が得ではないのか?」

「いやしかし、ガイエスブルグを脱出するにしても、正直言って少人数では心許ない。ある程度の数がまとまってから、オーディンへ向かわないと途中で金髪の孺子の軍と出くわした場合、負けないまでも無意味な損害を出すのではないか。それに、その場合は軍事に長けた専門家の指揮の下でないと・・・・・」

 噂話を聞き流しつつ、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将は大広間を横切っていた。ちらちらと横目でメルカッツを見ている者も多い。

「閣下」

 人の輪から離れたところで、副官のベルンハルト・フォン・シュナイダー少佐が話しかけてくる。

「閣下、状況は驚くほど激変しましたが、閣下としては今後どうなさるおつもりなのでしょうか?」

「少佐、卿も聞いただろう。どうやら、皆の者はわしに何らかの役割を期待しているようだな。早い話が自分が先陣切ってリッテンハイム陣営に鞍替えするほどの度胸はないから、一応軍司令官であるわしにそれをやってもらいたい、そうすれば黙って付いて行く、ということのようだな」

 シュナイダーが指摘するまでもなく、現況をよく理解しているメルカッツである。

「では閣下、小官としても、是非そうすべきだと思います。このままガイエスブルグに居ても、ブラウンシュヴァイク公が盟主では、閣下のお働きを有効活用することができるかどうか疑問でしょう。リッテンハイム公爵もどうかと思わないでもありませんが、軍司令官がタンネンベルク侯爵であれば、そのようなことはないと心得ます」

 メルカッツはシュナイダーの提案に即答せず、ため息をついた。若干間を置いてから話し始める。

「しかし、そのような行動を取った場合、わしの忠誠心はどこへ向いているのか、ということになりはしないだろうか。ブラウンシュヴァイク公に請われて貴族連合軍司令官となったのに、そのブラウンシュヴァイク公をあっさりと裏切らなければならないわしの矜持はな。有利だと見た方に日和見し簡単に鞍替えする、というのではあまりにあざといと言うものだ」

「何をおっしゃいます。閣下を司令官として迎えられたのは、確かにブラウンシュヴァイク公ではありますが、だからと言って閣下はブラウンシュヴァイク公の私的な部下になった訳ではありますまい。それに、そもそも銀河帝国の軍人である以上、我らが忠節を尽くす相手は皇帝陛下のはず。リッテンハイム公爵令嬢が皇帝陛下におなりになられた以上、そちらへの忠節が優先して、何らおかしくはないとは思いませんか?」

「卿の言うことは確かに正論だ。しかし・・・・・・・」

 メルカッツ上級大将は、それだけをいって言葉に詰まってしまう。メルカッツとしては、突然、戦役の勝敗を決する重大な決断を預けられた形になってしまい、困惑していた、というのが正直なところだ。メルカッツがリッテンハイム陣営に付くことを決断すれば、ブラウンシュヴァイク公の血族以外の者は、我も我もと雪崩をうってリッテンハイム陣営に鞍替えすることになる。兵力に大差が付いた上に総指揮官がタンネンベルク侯爵では、リップシュタット戦役の勝敗も、すぐに決してしまうだろう。いかに「戦争の天才」ローエングラム侯と雖も、兵力でも圧倒された上でタンネンベルク侯と戦うのでは、あまりに分が悪いというものだ。「帝国の覇権を決するような決断を、自分如きがやっても良いのか」「そもそも、門閥貴族がこのまま帝国の権力を握り続けるという構造が、本当に帝国にとって良いことなのか」ということが、メルカッツ自身の躊躇いである。

 メルカッツは、ブラウンシュヴァイク公に対してあまり好意を持っていない。メルカッツを貴族連合軍司令官とメルカッツ自身の意志を無視した上で決め、「受けないのなら娘に危害を加える」といわんばかりの脅迫めいた言辞を弄してきたことといい、疑心暗鬼からオフレッサー上級大将を処刑したことといい、リッテンハイム公と喧嘩別れしたことといい、こういった人物が権力を握った場合、帝国の統治は支離滅裂な様相を見せるのではないか、としか思えなかったのだ。それがリッテンハイム公やタンネンベルク侯に変わったとしても、所詮ブラウンシュヴァイク公と大差はないのではないか、との思いがどうしても胸の奥から噴き出してきて、止めようがなかった。

 沈黙する上官を前に、シュナイダーもそれ以上何も言うことができなくなる。結局、今の状況だけでは、メルカッツに決定的な決断を行わせるには至らないようだ。



 ガイエスブルグの貴族たちの中にも、判断を他人に任せず、自分の去就を決めた者もいた。アントン・フォン・ナイペルク伯爵は、「タンネンベルク侯爵、賊軍を破る」の報に狂喜乱舞し、すぐさまリッテンハイム陣営への参加を決断。気分を高揚させた状態で麾下部隊二千を率い、ガイエスブルグから離脱し、オーディンへ移動を開始したのである。

「我らの進む道は決まった!直ちにオーディンへ移動し、リッテンハイム公の陣営に参加するぞ!!」

 伯爵としては、リッテンハイム陣営への参加が早ければ早いほど、新体制では高い地位を得られると踏んでいた。そうであれば、愚図愚図と決断を先延ばしにするより、さっさと鞍替えして、自己の利益を図った方が得である。むしろ、他の貴族たちが、どっちつかずで困っている様子は都合が良い、と考えていたのだ。

 ナイペルク伯爵の部隊は、ガイエスブルグを発つと、一路オーディンを目指した。


「公爵閣下、ナイペルク伯爵が離脱しました。自分の部隊二千を率い、オーディンへと向かっているようです」

 アンスバッハ准将の報告に酒宴を一旦中断させられ、一瞬だけ不機嫌そうな顔をしたブラウンシュヴァイク公だったが、脱出した兵力がたった二千と少ないこと、ナイペルク伯爵だけで他の者は追随していないことから、「臆病者に用はない。勝手にさせておけばよかろう」と答え、そのまま酒盛りを続けている。アンスバッハ准将は主君のあまりの危機感の無さに絶望的な気分になったが、それ以上進言しても受け付けるような人物ではないことは承知しており、黙って引き下がった。



 オーディンの帝都宇宙港では、すでに税関と憲兵による商船一隻一隻への精緻な積み荷検査は行われなくなっていた。タンネンベルク侯のオーディン制圧からしばらくの間は行っていたのであるが、オーディンへ搬入される物資の量はあまりに多く、その全てを調べることは、限られた人員では到底不可能であるが為、なし崩しに行われなくなったわけである。ごくたまに何かの情報が入ると、思い出したように厳しい取り調べが行われることもあったのだが、それこそ滅多にあることではない。

 ロイエンタールとフェルナーが乗り込んだ軍用補給艦は、オーディンへ降り、宇宙港に係留されていた。税関の職員は、乗組員の偽造の査証と運んできた物資の納品伝票を通り一遍だけ目を通すと、すぐにスタンプを付き、帝都への入星を許可する。大量生産されている軍用の補給艦は、民間に払い下げられ商船として稼働しているものも結構あるので、それでオーディンへ降りてきたところで、特に目立つこともない。ごく一般的な光景でしかないのだ。

「久方ぶりの帝都か。しかし、任務はこの上なく重大だ」

 一般乗組員用の作業服に着替えたロイエンタールは、艦から降りると一人呟く。そして続いて降りてきたフェルナーを促すと、船から降ろしたトラックに乗り込み、移動を開始した。早速、フェルナーが確保してある拠点に、向かおうというのである。


「たった今、目標は工事用車輌にて移動を開始した。乗り込んだ男は、黒髪の長身に金銀妖瞳(ヘテロクロミア)。フェザーンから工作員の潜入があるなど、いい加減なガセ情報ばかりで、ろくでもない任務だと思っていたのだが、目的とは違うがとんだ大物が引っかかったな。賊軍の一員、ロイエンタール大将だ」

 その様子を、しばらく離れたところに止めてある車の中から双眼鏡で見つめていた、内務省社会秩序維持局の諜報員が、興奮した様子で無線機のマイクを取り一報を入れている。その男の手元には、ローエングラム軍の主な将帥の顔写真とデータを載せた、ブラックリストのファイルがあり、ロイエンタールとミッターマイヤーが並んでいるページが開かれていた。見覚えのあるロイエンタールの顔を見かけて、慌ててファイルを取り出し、該当ページを開いて確認したものだ。

「車はライトグレーの4人乗りタイプの小型トラック。荷台は幌で覆われている。幌の中は見えない。ナンバープレートは728−A5276、南に向かって行った。追尾を頼む」

「諒解。追尾を行い、奴らのアジトを確かめる」

 社会秩序維持局用の無線機は、最高レヴェルのスクランブラーが掛かっているので、盗聴するのは事実上不可能なものである。この諜報員から連絡を受けた社会秩序維持局の覆面パトロールカーは、直ぐにロイエンタールの乗るトラックを発見し尾行し始めた。ロイエンタールたちは、全く気付かないまま、オーディンへ入ると同時に、当局のフルマークを受けるようになってしまったようである。



「社会秩序維持局の長官が、私に面会だと。一体何の用だ?」

 宇宙港でリッテンハイム公爵の歓迎を受け、後の戦勝祝賀パーティーでの再会を約束し、一旦公爵と別れたタンネンベルク侯爵が軍務省に戻ったところで、内務省社会秩序維持局長官のハイドリッヒ・ラングが面会を求めて来た、という連絡が入った。受付に問い返すが、先方が言うには「緊急の要件である」とのことなので、取り敢えず会ってみることにする。普通に考えても、社会秩序維持局長官というラングの地位は、決して軽いものではない。ろくな用でもないのに、わざわざ面識もない自分に会いに来ることもあるまい、と判断してのことであった。

 五分ほど後、タンネンベルク侯が取り敢えず使用している、軍務尚書の執務室にラングが通される。一見、肥満していて頭頂部があらかた禿げている、背の低い中年の男でしかない。見た感じでは、どうしても赤ん坊のような印象を受けてしまうので、この男がかくも多くの「帝国の敵」を陰湿な拷問のあげく、葬り去ってきたようには到底思えないところだ。

「タンネンベルク侯爵閣下。お忙しいところ、私のような下賤な者の為に、かくも貴重なお時間を割いて頂き、まことにありがとうございました。私は、ただただ感激致しておるところでございます」

 その男のあまりに装飾過剰な物言いに、面食らうタンネンベルク侯であった。

「さすがに止めて欲しいな、そのような物言いは。普通に喋ることができない訳ではあるまい?」

 呆れたように言うタンネンベルク侯に、ラングは更に答えた。

「いえいえ、とんでもございません。私は、侯爵閣下にお目通り適って、本心から嬉しく思っているのでございます」

 揉み手をして、にこやかに笑ってみせるラングに、タンネンベルク侯は更に毒気を抜かれたようである。かくの如き風体の男であるにも拘わらず、声質はまるでオペラの歌手の如き地の底から響いてくるような低いバス。赤ん坊のような印象を受けるこの男に、似合う声はかん高い声ではないか、との先入観をどうしても持たされてしまうので、タンネンベルク侯と雖も、見た目とのギャップから思わず気後れしてしまう。初めてラングと会った人間が、大概抱くものから逃れられた訳ではなかったようである。

「解った解った。もうよいので要件を話してくれ。手短かにな」

 参ったと言わんばかりに手を挙げ、不毛なやり取りを制すと、要件を話すように促すタンネンベルク侯である。さすがのラングも、侯爵の様子を見て前置きを打ち切ると、要件を切り出した。

「実は、私ども社会秩序維持局の者が、先ほどオーディンの宇宙港にて、帝都に潜入してきた賊軍の重要人物を発見した次第にございまして。それ故私が、閣下に早速ご報告に参りました、ということです」

「賊軍の重要人物」というラングの科白に、ぴくりと反応するタンネンベルク侯である。

「ほう、賊軍の重要人物か。社会秩序維持局の長官である卿が、わざわざこの私に直接報せに来るくらいなのだから、かなりの大物なのだろうな」

 焦らさずに早く言え、と言わんばかりに顎をしゃくってみせる、タンネンベルク侯であった。

「実は、潜入してきたのは、オスカー・フォン・ロイエンタール大将にございまして。賊軍、ローエングラ・・・・いえ、ミューゼルもと元帥の直接の部下の」

 ラングは回りくどい物言いを止め、単刀直入に潜入した人物の名を告げた。これ以上、タンネンベルク侯を惑わしてみせたところで、意味がないと思ったようである。

「なに、ロイエンタールだと!奴が今、オーディンに居るというのか!!」

「左様でございます。なかなかの重要人物であると思いますが、いかがでしょうか?」

 ラングの問い掛けを無視し、しばし沈思黙考に耽るタンネンベルク侯である。どう考えても、尋常な事態ではない。何の目的も無く、ロイエンタールが今、オーディンに潜入してくる訳はないのだ。もちろん、タンネンベルク侯はロイエンタールの目的が、自分やリッテンハイム公ではなく、アンネローゼ絡みであろうことは直ぐに察知している。しかし、それが救出するつもりなのか、それともいっそということでアンネローゼを葬ってしまうつもりなのか、ということについてはそれ以上の情報がない以上、決定的な判断は付かなかったのだ。

「して、何故ロイエンタール提督が潜入してくる、と解ったのだ。もちろん、彼は定期旅客船か何かでやってきた訳ではあるまいな?」

「もちろんでございます。ロイエンタール提督は、偽装した貨物船の乗組員の一員として、入港しております。軍用の補給艦を払い下げられたものでしたので、これは数量的にはかなり存在するものですから、目立つものでもございませんでした」

「現在、帝都への通関の検査は大幅に緩和されている。一日数百隻も入港してくるようなものの中に、ロイエンタールがいると見破った理由は何か?」

 正直言って、タンネンベルク侯は胡散臭さを感じていた。社会秩序維持局が何を掴んだのかは知らないが、今の状況では間諜に帝都へ潜入されても、どうしようもないと思っていたからである。仮に、テロ目的の者に入って来られたとしても、入星審査を厳戒レヴェルで続けることが不可能である以上、やむを得ない。テロの対象になりそうな、サビーネとリッテンハイム公、それとタンネンベルク侯本人、グリューネワルト伯爵夫人の身の回りをしっかりとガードしていれば大丈夫、と考えその体制を万全に組み上げることで対処するつもりだった。その膨大な帝都への人と物の流れの中から、本来紛れてしまって識別できるとも思えないロイエンタールを特定できたということは、偶然であり得ることではない。何らかの意志が働いている、と考えるべきであろう。

「それは、私ども社会秩序維持局の要員による、総合的な情報活動の結果、ということでご理解頂きたいと思います。断片的な情報をかき集め、特定の型の船に関してねずみ取りのようなものを仕掛けていたのですが、何と引っかかった獲物が目的とも違う、思いも掛けない大物だった、ということでございまして。ロイエンタール提督が私どもの網に引っかかったのは、あくまで偶然でございます」

「何だと。意図したという訳ではなく、偶然だと言うのか?!」

「左様でして。実は、私ども社会秩序維持局はフェザーン方面からの、あまり友好的とは言えない情報収集活動に網を張ってございました。どうやら、フェザーンの黒狐が、今回の帝国の内戦について、色々と意図があるようでございますので」

「なるほど、アドリアン・ルビンスキーか。あの狸の考えそうなことだ。で、何か。奴は我が軍の戦力でも探らせるつもりなのか?」

「左様ですな。有り体に申せば、そのようでございまして。自治領主府に潜入させている諜者からの報告だけでも、フェザーンの黒狐は、タンネンベルク侯爵閣下の麾下にある、実際の戦闘能力について詳しく探ろうとしておる様子。それ以外でも、帝国領内で色々と工作員が暗躍中といったところでございます。と、なれば私どもとしても、陛下そして閣下の御為、黙って見過ごすことはできないわけでございまして」

「卿は本来、帝国の内務官僚である。陛下の御為に尽くすのは至極当然というものだが、その言や良しと私も認めよう。だが、いきなり私にこれを報せてきた理由は何か?私と卿では、同じ陛下の忠実なる臣とは言っても、あまりに任務が違う。今までは、知己だったわけでもない」

「それはもう、誰が見るところでも、タンネンベルク侯爵閣下が、この度の新皇帝陛下即位についての、第一位の功績を得ておられるではありませんか。偶然とはいえ、此度の内戦に関して、重要人物の情報が入った以上、閣下のお耳に入れておくのが当然かと心得まして」

 ラングがタンネンベルク侯に直接会いに来たのは、新たな権力者に重要な情報を提供して接近を図り、知己を得ることで自身の立場を強化しよう、と思ったからである。もちろん、提供する情報がなければそうもいかないのだが、今回は向こうから勝手に飛び込んできた、という状況であった。この幸運を、有効活用しないつもりは、ラングにはない。

「卿は、戦役勃発時にローエングラム侯に軟禁され、社会秩序維持局も自体も閉鎖されていたのであったな。確かに私が卿らの軟禁を解き、活動再開を許可したが、随分早く成果を上げたものだな」

「いえいえ、社会秩序維持局としての活動が、一時閉鎖前と変更があるわけではございませんので。本当に一時閉鎖されていただけでして、迅速なる活動の再開が可能であったわけです。私どものような仕事は、いつの世も不要になることはございませんので」

 そう言い放ったラングは、不敵な笑みを浮かべる。それを見て、タンネンベルク侯も苦笑した。

「なるほど、それは確かに卿の言う通りだ。『犬の仕事』などと言う者もおるだろうが、気にすることはない。存分に働いて欲しい。私は卿の皇帝陛下への忠誠心と、今後の成果を期待することとしよう」

 それを聞いて、頭を下げるラングである。

「ところで、そのロイエンタールの措置だが・・・・・・・そうだな、しばらくは泳がせておけ。何が目的か、ある程度は推測はつくが、正確に探り出したいところだしな。そして、アジトの監視は重々に行うこととし、何か動きがあったら直ぐに私に連絡して貰おうか。場合によっては、憲兵や装甲擲弾兵を動員して、武力制圧する場合もある得るが、それは構わぬな?その場合でも、功績は卿らのものとちゃんと記録しておく。そんなところでどうか」

「侯爵閣下のご指示、確かに承りました。私としては、何も申し上げることはございません」

 更に、深く頭を下げるラングであった。

「ああ、一々注意しておくまでもないとは思うが、絶対に奴らには監視を悟られぬようにせよ。自分たちが袋の鼠であることが、連中に露見してしまっては何もなりはせぬのでな。それと、帝国宰相閣下だが、この話はまだお耳に入れてはならぬ。このような泥臭い仕事の処置は、最終段階で私からお教えすることで充分だろう。余計なご心労もお掛けしたくない」

「心得ましてございます。では、本日はお忙しい中、私のような者の為に長々と時間を割いていただき、まことにありがとうございました」

 最後に、ラングはもう一度頭を下げ、退出して行く。ラングが出ていったところで、ぼんやりと考えをまとめるタンネンベルク侯であった。

「ロイエンタールがやってきたか・・・・まあ、目的はグリューネワルト伯爵夫人の奪還、で間違いのないところだろう。どのように、あの館の警備を突破、ないしかいくぐるつもりなのかは知らぬが。重火器を使用して正面突破、などの挙に出るやも知れぬから、その前にシュタウフェンベルクに制圧させることも考えておくべきか。しかし、奴はどう思っているのだろうかな。あそこまで姉にこだわるローエングラム侯のことを。『国家の行く末より、そこまで個人的感情を優先する男が、果たして卿の主君に相応しいのか。グリューネワルト伯爵夫人が仮に死んだところで、帝国の覇権を握るの握らないのという話には、まるで関係あるまい。グリューネワルト伯爵夫人の命は、些末事に過ぎないのだ』などのように上手く突いてやれば、案外簡単に転ぶやも知れぬぞ。実戦向きで、使える人材であることに間違いはないのだし・・・・」

「それにしても、現在では事実上帝都への潜入はフリーパスに近いのに、フェザーン工作員潜入監視の網に引っかかったとは、ロイエンタールも何とも運のないことよ。全く、最初は何かの謀略かと思ったが、こんな偶然が左右することもあるのだな・・・・このように運のない男であるのなら、仮にこちらに転んで来たとしても、重用するのは考えものかも知れぬか。かのナポレオンも、人材の登用には運を重視したということだしな」

 さすがのタンネンベルク侯も、「フェザーン自治領(ラント)、ルビンスキーの情報活動を監視している網に、たまたまロイエンタールが引っかかった」ということに関しては、疑問は持ちようもなかったようだ。実際、ラングがやっていたことは、それはそれで間違いはないのであるし、ラング自身も疑問を持ってやっていたわけではない。ルビンスキーが帝国の内戦の情報を収集する為、工作員を帝都に潜入させようとしていたことも事実だった。しかし、ここに想像を絶するほど、より辛辣な仕掛けが隠されているなど、タンネンベルク侯と雖も、万能の存在ではない以上気付くはずもない。



「・・・・・・・・・・・・」

 その男は、無言で帝都宇宙港に降り立った。彼の任務はただ一つ、グリューネワルト伯爵夫人の暗殺である。オーベルシュタインの破壊活動要員であるその男は、万が一の事態に備え、オーディンの近隣星系に待機していた。出番が無ければそれで重畳、といった存在でしかなかった男ではあるのだが、遂に主役を張る場面がやってきたということだ。考え得る限りの事態を想定し、何重もの予防線を張っていたオーベルシュタインだからこそ、帝都が敵に制圧されることも考慮して、暗殺及び破壊活動要員としてこのような男を用意していたわけである。この男をオーディンに貼り付けていなかった理由は、オーベルシュタインの用心深さから来ている、といえるだろう。敵がオーディンを制圧した場合、当然の如く潜伏しているラインハルト陣営の者が狩り出されることになる。その網に引っかかってしまっては、何にもなりはしないからだ。しかし、一旦狩りが行われてしまえば、盲点も生まれようというものだ。もちろん、そのような事態を避ける為に、反復して狩りを行う必要はあるのだが、それでも最初に比べれば狩り出す側に、気の緩みが発生することは否めない。そういうわけで、この男はタンネンベルク侯のオーディン占領からしばらくは動きが取れなかったのではあるが、帝都の入星審査が緩和されたことで、ようやくオーディンへやってくることが可能になった。銃火器までを持ち込めたわけではないが、それは予めオーベルシュタインがオーディンの隠し場所に用意している。あとは、オーベルシュタインが囮に使ったロイエンタールたちが捕らえられ、タンネンベルク侯の警戒が緩むのを待つばかりだ。

 オーベルシュタインの謀略は、今ここに着々と進んでいる。全く以て、オーベルシュタインのやりようは、辛辣という以外には表現のしようがない。ロイエンタールらの潜入を自然な形で偶然を装い、タンネンベルク侯に通報することにより注意を引き付けさせ、その間に隠し球の暗殺者を使い、アンネローゼを葬ってしまおう、というわけであるのだから。目的の為なら手段を選ばず、アンネローゼとロイエンタール、フェルナーを犠牲にしてでも、自軍の優位を確保すべしという思想は、まさしくオーベルシュタインのオーベルシュタインたる所以であろう。すでに、オーベルシュタインは、アンネローゼをラインハルトの覇業の障害としてしか見てはいない。アンネローゼの命を消滅させてしまうことによりラインハルトの決断を促し、自軍の行動の自由を確保しよう、と考えてのこの挙であった。ロイエンタールを囮として捕らえさせるか、あるいは彼を逮捕しにやってくるであろう治安部隊との地上戦で戦死させてしまうことにより、真の目的をカムフラージュしようということが、オーベルシュタインの目論見である。「ロイエンタール」という餌の大きさにタンネンベルク侯が惑わされることは間違いないし、フェザーン工作員の捕獲網に偶然引っかかったという形でタンネンベルク侯にロイエンタールの潜入が告げられるのでは、これも不自然に思う可能性は低い。

 その男の名はオットー・ドレクスラー曹長。叩き上げの装甲擲弾兵、戦斧を使用しての肉弾戦よりは、狙撃手としての腕前によって、二等兵からここまでのし上がってきた男だ。また、狙撃だけではなく、ナイフを使った戦闘や、爆発物や火器の取り扱いにも長けている、というかなり危険な男であった。しかも、降り立つのはドレクスラーだけではない。「ドレクスラーを長とする破壊工作チーム」が、オーベルシュタインの隠し球である。チームの人数は5人、ドレクスラーに続いて、残りの4人も別々に、オーディンへ集結する予定だった。




「ミュラー提督、卿に命ずる。卿は麾下の艦隊一万二千を率い、ガイエスブルグ正面へと移動。偵察行動を取れ。運用は卿に一任するが、ガイエスブルグの敵が大挙出撃してきた場合は、交戦は避けるようにせよ。あくまで、敵の動静を探るのが卿の任である。小規模な戦闘については、卿の判断で可否を決めてよい」

「御意」

 キルヒアイスとミッターマイヤーの敗報を聞き、しばらく自室に籠もって怒りを静めていたラインハルトだが、その後、気を落ち着けて指揮官シートに戻るとミュラーを呼び出し、ガイエスブルグ正面への偵察行動を命じた。現在の状況では、ラインハルトとしてはオーディンのタンネンベルク軍に手は出せない。しかし、タンネンベルクの方もオーディンを空にして、その隙にラインハルト軍に占領されるわけには行かないので、距離がかなりあるレンテンベルクに手を出せるわけではない。双方手詰まりと言えるような状況で、焦点はやはりガイエスブルグということにになろう。その為、ガイエスブルグの貴族連合軍の動静を、若干の兵力を出すことにより威力偵察しよう、ということがラインハルトの目論見である。いや、それよりは、何もせずロイエンタールからのグリューネワルト伯爵夫人奪還成功の報告を待っているだけの日々に、本来「攻め」の傾向が強いラインハルトの精神が、耐えられなくなった部分もあることには違いなかった。

「それと、そうだな、オーベルシュタイン。例の件を」

 ラインハルトに促され、オーベルシュタインが前に出る。

「ガイエスブルグに潜入している諜者からの情報では、貴族連合軍の一員、ナイペルク伯爵の率いる艦隊戦力二千がブラウンシュヴァイク公のもとより離脱し、オーディンのリッテンハイム軍に合流すべく、こちらへ向かっているとのこと。ミュラー提督には、この敵を撃滅していただきたい」

「分かるな、ミュラー。このナイペルク伯爵とやらに、易々とオーディンに到達されてしまっては、後を追う者が続出するやも知れぬ。この敵を殲滅し、我が軍の支配宙域を抜けることが、容易ならざることをガイエスブルグの貴族どもにも、オーディンのタンネンベルクにも、思い知らせてやるのだ」

「御意、では直ちに出撃し、ナイペルク伯爵隊を撃破。その後、ガイエスブルグ正面への偵察行動を取ることとします」

 ミュラーは敬礼すると、振り返って主君の前から去って行く。後にはオーベルシュタインだけが残った。

「何か言いたいことはあるか?」

 ラインハルトはオーベルシュタインに問う。

「いえ、適切なご処置かと。ところで、少々伺いたいことがございます」

「何だ?」

「グリューネワルト伯爵夫人を無事救出なさったとして、その後の我が軍の行動についてでございます。侯爵閣下にはいかがなさるおつもりなのでしょうか?」

「知れたことだ。全軍を以てオーディンに向かい、タンネンベルクを叩き潰す。その後オーディンを制圧してリッテンハイム父娘を捕縛し、むろん差し当たってのことではあるが、エルウィン・ヨーゼフ二世を復位させる。更にはガイエスブルグの敵に向かい、戦役の決着を付ける。それだけの話ではないか」

「そう仰られるのではと憂慮してございましたが、それでは、ガイエスブルグの敵多数がブラウンシュヴァイク公のもとから離脱し、オーディンの新皇帝軍に参加した後でも、そうなさるおつもりですか。最悪、タンネンベルク侯爵が率いる十五万隻の敵、味方の倍近い兵力を相手にしなければならぬ可能性がございますが。それでも勝てると仰られますか?」

「そこまでの兵力格差は生じない。ガイエスブルグから大貴族どもが離脱した場合、そちらを先に叩き、各個撃破しておく。そうしておけば、精々我が軍より若干多い兵力を率いるタンネンベルクと戦う必要がある程度だ」

「閣下はタンネンベルク侯爵が、艦隊指揮官として極めて有能であることはご存じのはず。しかも、キルヒアイス・ミッターマイヤー両提督を撃破したやり口を見れば、なり振り構わぬ用兵を平然と行い、最大の効率を達成するばかりではなく、臨機応変に事態に対処できるよう、あらゆる手を尽くしているような、極めてたちの悪い相手であることは明らかにお解りでしょう。このような人物を敗北させるのは、並大抵のことでは適いませぬ。しかも、この場合はこちらより多い兵力を率いているわけでございますから、このように不利な条件で正面からの決戦を求めるのはいかがなものでしょうか。小官は、そのような案には賛成できませぬ」

 単刀直入に指摘され、答に詰まるラインハルトであった。

「・・・・・・では、卿はどうしろというのか。卿の言いようだと、私ではタンネンベルク相手にまともにやりあっては勝てない、ということになろう。では、卿はどうやって勝つつもりだ」

 しばしの沈黙のあと、ラインハルトはオーベルシュタインに問い返す。

「小官としては、貴族連合軍が脱出して空になったガイエスブルグを占拠し、我が軍の拠点とすべきかと考えます。ガイエスブルグの防御力及び物資の補給能力があれば、タンネンベルク侯爵と雖も、容易には我が軍を打ち負かすことはできませぬ。その上で、自由惑星同盟との連携も視野に入れ、内戦の長期化を図るべきでしょう」

「内戦の長期化?同盟との連携だと?!」

「はい。すでに我が軍は、今後早い段階で決戦を行い、貴族連合軍を一掃して内戦を早期に終結させる、というような夢を描いている場合ではない状況に追い込まれております。『皇帝』という錦の御旗はリッテンハイム公・タンネンベルク侯に奪われ、前後に敵を抱えた状況で、なおかつ艦隊戦にて大敗まで喫してしまいました。麾下将兵の動揺も大きく、戦役前の想定のように貴族連合軍を追い詰め、彼らに精神的負荷を掛けるどころか、これでは話が逆になってしまっていましょう。となれば、我が軍は可能な限り戦役を長期化させ粘り強く戦うことで、貴族連合軍の内紛を誘うことが得策かと思われます。その際には、同盟にも連携を呼びかけ、彼らに戦力を出させることも肝要でしょう」

「内戦の長期化か・・・・・卿の言うことには一理あるが、しかしそれでは民衆に与える負荷が大きくなってしまうだろう。我が軍の正義は、民衆の貴族支配からの解放にある。戦役を長期化させ、その民衆を悪戯に苦しめるのでは、彼らの支持を得られなくなってしまうのではないか。また、同盟との連携と卿は言うが、その同盟に内戦を起こさせたのはこの私だ。彼らが私との連携など、受け入れるとも思えぬのだが」

「背に腹は代えられませぬな。我が軍が負けてしまっては、貴族支配からの民衆の解放、どころではない事態が訪れてしまいます。民衆にも多少の犠牲を強いることにはなりますが、やむを得ないでしょう。また、同盟の方の内戦は、我が軍の与り知らぬところで、同盟軍の不満分子が勝手に起こしたものと主張すれば、彼らが我が軍の関与の具体的な証拠を掴むことは、困難であると思われます。クーデターの首謀者たちが、『ローエングラム侯に唆された』などと白状するわけもありませぬからな。同盟にとっても、我が軍との連携は悪い選択ではありませぬから、話に乗ってくる可能性は高いと思われます」

「・・・・・・分かった。卿が言うような事態、すなわち貴族連合の兵力の大部分が、タンネンベルクの直接指揮下に入った場合、そのような選択もあり得る、ということを考えよう。しかし、早期に姉上の救出が達成された場合、速やかにオーディンのタンネンベルクを討つ。それに文句はあるまいな?」

「御意」

 オーベルシュタインの思惑としては、アンネローゼを暗殺した後、たった今ラインハルトに示した戦略を行わせるつもりである。しかし、この場合のラインハルトの感情を考慮に入れていないところが、オーベルシュタインのオーベルシュタインらしいところであり、欠陥でもあった。



 同日、オーディンのタンネンベルク侯のもとからも、それぞれ昇進を果たしたシュヴァルツェンベルク中将、レープ少将、マッケンゼン少将のガイエスブルグ合流組が進発している。シュヴァルツェンベルクの旗艦は「ウィーン」、レープの旗艦は「フェルディナント・フォン・ツェッペリン」、マッケンゼンの旗艦は「マクシミリアン・ホフマン」、それぞれ少数の艦を引き連れ、別個にガイエスブルグを目指すのだ。途中でローエングラム軍に捕捉されないよう、迂回路を通ってガイエスブルグに向かうことになるので、到着まで四週間ほどの時間が必要な航程であった。その間に、事態が激しく動くことも、当然あり得る。しかし、タンネンベルク侯爵が確保している「連絡線」を経由するので、適宜通信を行うことにより、「情報鎖国」に追いやられる可能性は先ずない。柔軟な姿勢で、事態の変化に対処することは充分に考慮されている移動である。















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