反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役










反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役(7)







 ロイエンタールの指揮するアンネローゼ奪還作戦は、ようやく帝都潜入の段階になっていた。リッテンハイム侯爵の艦隊が到着したことで、帝都宇宙港の業務の量が更に膨れ上がり、ついに通関を厳戒レヴェルで行うことが不可能になった為である。

「ミッターマイヤー、俺はこれから帝都への潜入を開始する。俺が連れてきた艦隊は、目立たぬように分散させ、航路の外れにでも隠匿しておく。卿はそうだな、大神オーディンに、幸運を祈っていてくれ」

 ロイエンタールが率いてきた艦隊は一千隻しかないので、広大な宇宙空間に小部隊ごとに分散させれば、隠すことはそう難しくはない。航路の外れなら尚更だ。万が一敵に発見された場合の偽装の用意も万全に行っており、ロイエンタールの救出作戦の支援を行う予定である。

「そうか。卿ならやり遂げてくれると信じている」

 ミッターマイヤーはそう言うと、通信スクリーンの中の友の姿に敬礼した。ロイエンタールも敬礼を返し、通信を切る。それと同時にロイエンタール隊一千隻はミッターマイヤー艦隊から分離し、行動を開始した。一旦は帝都から離れる方向へ移動し、その後分散し、潜入用の船を何隻か仕立て、帝都へ入る予定である。




 ノイマン大佐の「ザルツブルグ」がオーディンへ入港してきたのは、リッテンハイム侯がオーディンに到着した2日後のことである。もちろん、「ザルツブルグ」一隻ではなく、シュヴァルツェンベルク少将の旗艦「ウィーン」以下、九千隻に伴われての入港であった。それとほぼ同時に、若干消耗したキルヒアイス艦隊二万四千が、ヴァルハラ星系外のミッターマイヤー艦隊と合流している。こちらは集結した艦隊の総数は四万弱といったところだ。

「御父様!!」

 艦のハッチが開くと同時に、サビーネは出迎えに来たリッテンハイム侯爵に抱きついた。そして「御父様、聞いて」と、移動中の待遇についての不満を次々とぶつける。サビーネのお守り役を命じられたリヒトホーフェン中尉は、神経性胃炎に罹ってしまったくらいだったが、サビーネとしてはまだまだ不満が山盛り、といったところのようであった。何しろ、望むものは何でも手に入るような生活を送ってきたサビーネである。戦闘艦艇の狭い部屋に押し込められて、退屈な二週間を過ごすなどという経験は、我慢の出来るものではなかったようである。リッテンハイム侯は、しばらくの間は娘の不満をにこにこ笑いながら聞いていた。さすがに、侯も自分の娘には甘いようだ。

 奔流のようなサビーネの不満の羅列も、しばらくすると止んだ。

「御父様、この方は?」

 サビーネは侯爵の傍らにいる、淡い色の茶の髪と知性的な光をたたえた灰色の瞳を持つ、長身の男の存在にようやく気が付き、興味を持ったようだった。

「サビーネ様、初めまして。私はエーリッヒ・フォン・タンネンベルク伯爵と申します。現在は、お父上、リッテンハイム侯爵閣下のもとで、軍事に関する助言と運用を行わせていただいているところでして。以後、お見知りおきを」

 タンネンベルク伯は型どおりの挨拶を行い、恭しく一礼した。

「この方が、タンネンベルク伯爵さま?」

 値踏みするようなサビーネの視線に晒されても、タンネンベルク伯はにっこりと微笑んでいる。サビーネにも爽やかな印象を与えたようだ。

「うむ、そうだ。このタンネンベルク伯爵は、なかなか頼りになる男でな。家柄も申し分ないし、今回上手く帝都を金髪の孺子から奪還できたのも、伯爵の功績によるところが多い。わしの片腕として働いてもらっているところだ。サビーネよ、それはお前も承知しておいてくれ。何しろ、明日にはお前も、銀河帝国皇帝となるのだからな」

 喜色満面の父親に対し、サビーネはやや不安そうな顔をする。

「それなのですけど、本当にわたくしが皇帝になるのですか?正直言って、困ってしまいますわ、そう言われましても」

 正直なところ、まだ信じられないサビーネである。神聖不可侵たる銀河帝国皇帝に、自分が女の身でなる、などとは思ってみたこともなかったからだ。

「ぬ、どうして困るのだ?喜ばしいことではないか」

 娘の言いたいことがよく解っていないリッテンハイム侯である。

「御父様、わたくしは殿方ではありませんのよ。女の幸せは、殿方とは違うものです。皇帝になるから喜べ、と御父様はおっしゃられますけど、わたくしはあまり嬉しくはありませんわ」

 正直に「皇帝になりたいとは思ってなかった」と父に言うサビーネである。

「なーに、不安がることはない。わしが帝国宰相として、全面的にバックアップするし、軍事に関してはこのタンネンベルク伯がカバーする。皇帝とは言っても、お前は苦労する必要はないのだ。宮廷生活のことだけを考えておけばよいのでな」

 楽観的な見通しを述べるリッテンハイム侯である。

「それに、皇帝などになったりしてしまったら、わたくしの結婚相手はどうなってしまうのかしら。神聖不可侵なる銀河帝国皇帝の婿だなんて、余程の方でないとつり合いが取れませんことよ?わたくし、つり合いの取れる相手がいないからといって、生涯独身で過ごすことになるのは嫌ですわ」

 リッテンハイム侯は「まあそう言うな、相手はわしが何とかしてやる」と娘を宥める。サビーネとしても、父親の要求を断ることができないであろうことは解っていた。「好きで皇帝になる訳じゃないのよ」という、父親への意思表示の為、あれこれ並べていただけである。




「さてさて、これでかなり面白くなってきたな。明日以降、歴史の流れが激変する事になるのは間違いはあるまい。戦役勃発後、今までの流れは、ローエングラム侯にとって、あまりに都合良く行き過ぎたからな・・・・」

 その日の公務を全て終え、帝都の私邸にて深夜、グラスを片手にくつろぎながら、タンネンベルク伯は一人呟いた。「皇帝の寵姫の弟」と侮られていただけのはずの、美の極致のような青年が、あっという間に階位をのし上がったばかりか、帝国を二つに割った内戦の一方の主役を務めるにまでなっている。姉の引きという有利な立場にあったとは言え、若年で軍功をあげ続け、二十歳で元帥にまでなった彼の能力は賞賛に値するものだが、彼の思想が貴族社会とは相容れないものであることは、タンネンベルク伯としては看過し得ない。タンネンベルク伯は、ラインハルトの思想が、「姉を皇帝に奪われたとの思いが、貴族中心の帝国社会に対し、恨みがましい感情となっており、現在の帝国社会自体を破壊しようとする衝動につながっている」ということを、正確に読みとっていた。何しろ、ラインハルトが「皇帝の寵姫の弟」として注目されてから、今までの貴族社会に対する挙動には「何とか貴族階級の仲間内に入ろう」とする努力の跡が、全く見受けられないからだ。いかにブラウンシュヴァイク公らが「金髪の孺子」を嫌おうとも、へりくだってなるべく関わりを持とうとする方策は、いくらでもあったはずである。貴族社会と雖も決して一枚岩ではない。「皇帝の寵姫の弟」に渡りを付けておいて、皇帝自身への働きかけを行おう、と考える者がいなかったとも思えないのだ。しかし、かろうじて儀礼的な場には出席するものの、それ以外でサロンなどでラインハルトの姿を見た者は、ほとんどいないというのが実状である。表面上は儀礼を守っているようには見えたが、実際のところは彼は貴族なるものを毛嫌いしているな、ということをタンネンベルク伯は見抜いていたのだ。そのような者が、貴族社会の破壊を志したとしても、何の不思議があるだろうか。

「彼はかなり甘く見てくれていたのだろうが、数百年間の帝国貴族の歴史は伊達ではないぞ。未熟な革命家一人で、何とかなるようなものではないのだ。明日以降、ローエングラム侯には、それをたっぷりと思い知ってもらうとしようか」

 タンネンベルク伯は不敵な笑みを浮かべると、グラスに残る琥珀色の液体を喉に一気に流し込み、直ぐに床に着いた。明日も、早くから忙しいのだ。長時間の夜更かしは体に毒である。早く寝るにこしたことはない。




 翌日、皇宮では早朝から、式典参加者が続々と会場の大広間にやって来ていた。さすがに戴冠式であるので参列する者がそれなりにいなければ話にならず、皇宮の要員や各省庁の高級職員などが、問答無用でかき集められたのだ。全員のボディーチェックを行う必要があるので、動員組は早い時間から呼び集められている、ということである。本来、貴族が参列者の主体になるべきところなのだが、現在は帝都に残っている門閥派の貴族はほとんどいない。ガイエスブルグに滞在している者がほとんどであるからだ。帝都に残っていた貴族も、ローエングラム派のマリーンドルフ伯爵などはさすがに自宅軟禁されているが、どっちつかずの日和見派は戴冠式への参加を強制され、否応なく参列させられていた。もっとも、これを機会に日和見を止め、愛想笑いを浮かべながら「ゴールデンバウム王朝の臣でありますから」と言い立て、いかにも「自分は最初から積極的に参加しているのです」といわんばかりの貴族連中が多かったことは事実である。タンネンベルク伯とオーディンに残っている伯の幕僚は、午前十時頃にやってきて、最前列に参列していた。戴冠式自体は十時半からの予定である。

「本来なら、貴族階級の者多数を召集して、盛大に行うべきなのですが、この度は致し方ありませぬ。それでも人数はそれなりに動員しましたので、歴代の戴冠式に比べ、そう見劣りするものではないと思います。どうかご容赦下さい」

 タンネンベルク伯は、隣に立っているリッテンハイム侯に話しかけた。

「ぬ、それは確かに残念なのだが、仕方あるまい。卿のせいではないしな。まあ、戦役が勝利に終わった暁には、また別にサビーネの披露目の為に式典を行うとしようか。今度こそ、皆を集めてな」

 それがよろしゅうございますな、とタンネンベルク伯が言ったところで戴冠式の開始時刻になる。軍楽隊が荘厳な帝国国歌の演奏を始め、金管楽器と木管楽器のメロディーが高らかに鳴り響き、至尊者の入来を告げる式武官の声が参会者の鼓膜を叩いた。

「全人類の支配者にて全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の保護者、神聖にて不可侵なる銀河帝国皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世陛下の御入来!」

 それと同時に、皇宮大広間中央の台上、玉座に侍女に伴われたエルウィン・ヨーゼフ二世が現れる。

「いよいよ始まりますぞ!」

 演奏が終わると、宝石を多数ちりばめた、いささか華美の度が過剰に見える礼服姿のサビーネが、最前列から豪華な絨毯を敷いた階段を上り、玉座の前に移動した。そこで跪くと、エルウィン・ヨーゼフ二世の手から王冠を受け、それを冠する。とはいえ、我が儘な子供でしかないエルウィン・ヨーゼフ二世は、退屈な儀式にはまるで興味を示さず、儀礼の練習も受け付けなかったので、実際は侍女に介添えされての行為であった。大人しく座らせているだけでも多大な労力を要する有様だ、というのが実状である。エルウィン・ヨーゼフ二世の役目はそれで終わり、式武官の「前皇帝陛下のご退場!」との声とともに、直ぐに侍女と一緒に奥に引っ込んだ。

「今、わたくしはここに宣言します。銀河帝国第38代皇帝に、わたくし、サビーネ・フォン=リッテンハイム・フォン=ゴールデンバウムが即位し、神聖不可侵たる銀河帝国皇帝の責務を全うすることを!」

 サビーネは一旦立ち上がってから振り返り、玉座に背を向けた。そして舞台の前に進み、よく通る声で宣誓する。聴衆はどよめき、爆発的な歓声が起こった。

「新皇帝陛下万歳!」

「サビーネ陛下万歳!」

 そして誰からともなく起こった拍手が、その場の全員に広まり、大きな音となって鳴り響いた。拍手と歓声は5分ほど続き、ようやく収まる。見た目は可憐な十四歳の少女だが、なかなかどうして、サビーネには観衆を魅了する才もあったようだ。もちろん、「万歳!」を叫ぶいわゆる「サクラ」は、タンネンベルク伯が予め何人か用意してはいたのだが、「サクラ」が火を付けると同時に、大広間の全域に「万歳!」の空気が伝搬していったのは、「サクラ」だけの力ではなし得なかったことであろう。もっとも、そればかりではなく、新体制という名のバスに乗り遅れまい、という意識の者が多数いたことも疑いのないところだ。

「それでは次に、わたくしの補佐をする者について、皆に紹介しましょう」

 サビーネがそう告げると、待っていましたとばかりに、リッテンハイム侯爵・タンネンベルク伯爵の両名が揃って階段を進む。リッテンハイム侯爵は白を基調とした豪華な正装、タンネンベルク伯爵は帝国元帥の軍服姿である。そして、二人ともサビーネの前へ出ると、同時に跪いた。

「リッテンハイム侯爵ヴィルヘルム。汝を銀河帝国第38代皇帝サビーネの名において帝国宰相に任じ、位階を公爵といたします。以後、わたくし、いえ余の治世を補佐することを命じます」

「ははっ」

 リッテンハイム公は深く頭を下げる。そしてサビーネの手から国璽と宰相叙任の詔勅を受け取った。

「タンネンベルク伯爵エーリッヒ。汝を銀河帝国第38代皇帝サビーネの名において帝国元帥に任じ、位階を侯爵といたします。なお、帝国軍三長官職は、当分の間汝に預けますので、帝国軍最高司令官として軍を統帥し、賊軍を討伐することを命じます」

「ははっ、謹んでお受け致します」

 タンネンベルク侯も深く頭を下げ、サビーネの手から元帥丈と、帝国軍最高司令官叙任の詔勅が授与される。しばらく並んで跪いたままの二人だが、頃合いを見計らって若干頭を下げつつ、後ろ向きのまま階段を数段降り、振り返って辺りを見渡した。「どうだ!」と言わんばかりに得意満面のリッテンハイム公爵、穏やかに微笑を湛えつつ、何度も周囲に目をやるタンネンベルク侯爵。その姿は、「実質的な権力はこの二人が握った」ということを、その場にいた全員に強く印象付けたと言えようか。

 そのまま階段を下りてきた二人は、特別に用意された演壇の前に立つ。新体制の到来を、全帝国に演説するつもりである。多数のテレビカメラとマイクの前で、全帝国の注目がこの二人に集まった。

「えーっ、うぉっほん。本日ただ今より私、リッテンハイム公爵ヴィルヘルムが、銀河帝国宰相を務める事に相成った。見ているか金髪の孺子!、貴様はもう帝国軍最高司令官でも元帥でもない、単なる無役の叛逆者だっ!!いいか、今日からお前らが『賊軍』だ、『賊軍』。運にだけは恵まれて思い上がり、身の程知らずにも帝国の権力を簒奪すべく策を弄してきたこわっぱめ。金髪の孺子、貴様の命運もこれまでだ!!!!」

 リッテンハイム公の演説は、ラインハルトに対する罵倒の要素が多く、いささか品のないものであったことは否めない。しかし、カメラがタンネンベルク侯爵のアップに切り替わると、こちらは穏やかに、しかしよく通る声で宣言した。

「私、エーリッヒ・フォン・タンネンベルク元帥が、銀河帝国軍最高司令官としてここに正式通告する。前帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥は、帝国の秩序を悪戯に乱した罪科により、その階級を剥奪、帝国軍から放逐する。また、ローエングラム家の家名も没収とする。なお、現在、叛逆者ラインハルト・フォン・ミューゼルもと元帥の配下にいる者のうち、良心を取り戻し正道に立ち返りたいと思う者は、いつでもオーディンまたは最寄りの帝国軍部隊へ出頭せよ。寛大なる措置をサビーネ陛下より賜ることになろう。しかし、あくまで陛下に逆らおうという者は、賊軍の汚名を甘受する覚悟で来ることだ。私、銀河帝国軍最高司令官タンネンベルク元帥の名誉にかけて、陛下に逆らう者には容赦はしない。賊軍に与する者には、とこしえに滅びを与えることとなろう」

 目の前にはいないラインハルトを睨み付けるかのように、鋭い目つきをカメラに浴びせるタンネンベルク侯である。一旦切ってから更に続けた。

「また、ガイエスブルグ要塞に籠もる、正義派諸侯軍の同志諸君に告ぐ。我々は同じ志を持ち、帝国の秩序の回復を目指す同胞である。一時的な感情の諍いは忘れ、ともに手を取りあって逆賊と戦おうではないか!新体制は同志諸君の参加を心より歓迎する。サビーネ陛下も、諸君らの忠誠心に篤く報いるであろう」

「さようだ。ガイエスブルグの諸君、諸君らも我らのもとで金髪の孺子と戦うのだ。わしは帝国宰相として、ブラウンシュヴァイク公爵以下、皆の我が陣営への参加を待っておるぞ」

 にやついた顔で、優越感を隠そうともしないリッテンハイム公であった。タンネンベルク侯の方は笑みを浮かべつつ、沈黙を守っている。「侯爵閣下は、今の演説が全帝国に浸透するのを待っている風に思えた」とは、戴冠式に参列していたマッケンゼン大佐の感想である。




「ふん、笑止な。リッテンハイムといいタンネンベルクといい、図々しいにもほどがある。大体どこの誰が、帝国の秩序を乱しているというのだ。私ではなく、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候以下、大貴族どもが自分勝手な欲望で、戦乱を起こしたのではないか。それにこの私が、この程度の宣伝で動揺するとでも思っているようだが、まったく、甘く見られたものだな」

 ラインハルトは、ブリュンヒルトの指揮官シート腰掛けたまま、リッテンハイム公とタンネンベルク候を小馬鹿にするように嘲笑した。軍からの罷免も爵位の剥奪も、リッテンハイム軍にオーディンを占領された時からは、ラインハルトにとっては折り込み済みの予想でしかない。「今更どうした」ということが、ラインハルトの気分である。

「しかし、我が軍の将兵たちにとっては、些末事では済みますまい。高級指揮官クラスはともかく、一般将兵にとって『賊軍』というレッテル貼りは、精神的負担を伴うものでしょう。何らかの対策が必要ではと考えます。いやそれ以前に、このような宣伝を、我が軍将兵の全てに見せることもなかったのでは、と思いますが」

 オーベルシュタインの「事態はそう楽観的ではない」との含みを持った物言いである。

「オーベルシュタイン、奴らは新皇帝の即位とやらを、帝国中にしつこく宣伝して回るつもりだ。仮に一時的に隠したところで、いずれ我が軍の将兵にも広まってしまうだろう。情報を統制して疑心暗鬼を引き起こすくらいなら、最初から知らせてやった方が良い」

 情報をオープンにする方が、兵の信頼を得られるというラインハルトである。隠し立てした場合、隠しきることができれば良いが、そうでない場合は「上層部が不都合な情報を隠した」と、麾下将兵に不信感を持たれてしまう。ラインハルトとしては、そちらの方を恐れたのである。

「しかし、私自らが、我が軍の将兵たちに、呼びかけをする必要はありそうだな。卿の言う通り、麾下将兵たちは不安を抱いたことに間違いはないからな」

 ラインハルトはすぐに通信回線を開かせると、麾下全艦艇に向かって演説を始めた。

「我が軍の将兵諸君、私は総司令官のローエングラム元帥である。現在オーディンを占領している者たちは、我欲の亡者と化した大貴族どもだ。リッテンハイム公爵もタンネンベルク侯爵も、帝国の統治権と軍権を私物化しているというだけである。不正義と不公正を極めた彼らを叩き潰すことは、私と諸君らとの崇高なる任務であると、私、ローエングラム元帥は信ずる。諸君らは、何も恐れることはない。今までと同様軍務に邁進し、以て帝国に正義を取り戻す為の礎となることを、私は期待している」

 ラインハルトの映像と演説が全艦に放送されると、一斉にどよめきが起こった。間伐入れずラインハルトが打ったこの手は、さすがに効果はあったようだ。しかし、銀河帝国軍最高司令官直属の軍として「賊軍」を討伐していたはずなのに、いつの間にか逆に「賊軍」の汚名を甘受せねばならない立場になってしまい、司令官自身も単なる叛逆者になったということは、それまでの昂揚した気分とは随分違ってしまっていることは否めないところだろう。しかし、今のところは、それが表面化してすぐに「このままローエングラム侯に付いていたら、自分たちはおしまいだ」というところまでは至っていない。何しろ、今回の内戦では、ローエングラム軍は今まではまるで敗北は経験していないのだ。勝利を積み重ねる、ということは軍人にとっては得難く貴重な体験であることに疑問はないところだろう。その勝利を与えてくれる司令官に、疑念を持つまでにはそう簡単に至るものではない。

 また、下級指揮官や兵士のレヴェルはともかく、司令官クラスは事態を比較的冷静に受け止めている。

「ふん。リッテンハイム公もタンネンベルク侯も偉そうな事を言っているようだが、要はあの二人が帝国を私物化した、というだけではないか。全く、門閥貴族どものやることには品性がない。だいたいきゃつら、まだ勝ったわけでもあるまいに、何を勘違いして勝ち誇っているのか」

「正面から戦えば負けるわけがない」との自負を背負ったビッテンフェルトの悪口が、彼らの気分を代表している。司令官クラスにはまるで動揺はなく、その影響もあってかローエングラム侯爵軍内部では、新皇帝即位という事態の急展開についての心理的ストレスは、取り敢えず沈静化していった。しかし、将兵の心に、不安の種を蒔いてしまったことはどうしようもなかったのである。

 実際のところ、ローエングラム軍本隊やキルヒアイス、ミッターマイヤー艦隊などはともかく、辺境宙域で行動していたシュタインメッツ艦隊にとっては、この状況は致命的だった。シュタインメッツ艦隊は周囲に有力な味方がいない状況で、艦隊の規模もたかだか四千隻と決して大きくはない。しかも、サビーネ捕獲作戦の際に拿捕したままになっていた「ライプチヒ」「ミュンヘン」「デュッセルドルフ」艦長以下の乗組員たちが、艦内に乗り込んで監視にあたっている兵員に対し積極的に懐柔を働きかけた結果として、「今シュタインメッツ艦隊を脱走して、新皇帝軍に鞍替えすれば安全だ」という気分がウイルス性流行病のように急速に艦隊内に伝搬してしまった。「賊軍」の不安に陥っていた将兵に、この甘美な誘惑を断るのは困難だったのである。シュタインメッツが気付いた時には脱走艦が続出しており、あっという間に残っている艦が百隻を割り込んでしまう、というような状況になってしまっていた。シュタインメッツとしてはこうなってはどうしようもなく、せっかく確保していた辺境星域を放棄し、迂回航路を取ってレンテンベルクのローエングラム軍と合流すべく、残存艦を率いて逃避行につかざるを得ない状況に追い込まれてしまったのである。




「リッテンハイムにタンネンベルク、あの恥知らずな裏切り者どもめ!よくもここまでわしをこけにしてくれたな!!リッテンハイムの娘が皇帝だなどと、わしは絶対に認めはせぬ!!!おのれおのれおのれ、今に目に物見せてくれようぞ!!!!」

 ガイエスブルグ要塞では、ブラウンシュヴァイク公の怒号が響いていた。全帝国に衝撃を与えた新皇帝サビーネの戴冠式と、帝国宰相リッテンハイム公、帝国軍最高司令官タンネンベルク侯の就任演説。完全生中継で全帝国に送られた映像は、放送前に「帝国政府より、これから重大発表がある」と朝から何度も繰り返した後に放映されたので、いわゆる「視聴率」としては、80%を超えるものとなっていた。それだけではなく、その後も何度もニュース映像として流されたので、最終的にはほとんどの帝国臣民が見た、と言ってもいいだろう。当然、ここガイエスブルグでもこの映像は受信され、ブラウンシュヴァイク公以下貴族連合のほぼ全員が、このニュースを目にしていた。

 もちろん、それを聞いて真っ先にブラウンシュヴァイク公自身が激発する。分派活動のあげくに出ていった相手が、いきなり皇帝だの帝国宰相だの帝国軍最高司令官だのを言いたて「我が陣営への参加を待つ」などと、高飛車な態度を取っているのでは、公爵から見れば愉快な訳がない。

「しかし公爵閣下。リッテンハイム公もタンネンベルク侯も、もともとは我らの同志。敵ではありませぬ。ここは、彼らと一時的にでも共闘すべきではないか、と心得ますが。彼らも、それを望んでいるのですから、共闘の呼びかけを行っているのではないかと」

 アンスバッハ准将は、ブラウンシュヴァイク公を諭すように提案した。しかし、この提案自体、公爵の怒りに更に火を付けただけだった。

「アンスバッハ!!お前はわしに、リッテンハイムの下風に立てと言うのか!!冗談ではない、そんなことは絶対に許せん!!」

「伯父上のおっしゃる通り!あのような抜け駆けを許しては、他の者へに示しがつきませぬ!!」

 フレーゲル男爵がブラウンシュヴァイク公に賛同すると、公爵も大きく頷いた。それで、アンスバッハ准将も黙らざるを得なくなる。しかし、ブラウンシュヴァイク公も、その内雰囲気がおかしいことに気が付いた。気まずい顔をして、不安な様子で周囲を見渡している者が圧倒的に多かったからである。

「公爵閣下。リッテンハイム公もタンネンベルク侯も、我々にとっては敵ではありませぬ。いや、お二方とも、お見事な戦いぶりを見せてくれた、と心を強くしたところ。このランズベルク伯アルフレット、感服つかまつりました」

 公爵の怒りを全く気にしていないようなランズベルク伯の能天気な賞賛に、更に苛立たしい思いに囚われるブラウンシュヴァイク公である。

「皆の者、よもやリッテンハイムに靡こうなどと考える者はおるまいな?とにかく、わしは貴族連合軍の盟主として、このようなことは絶対に認めはせぬ!!そうであろう?!誰が帝国と帝室への忠誠を守っていたのか、よく思い出してみることだ!!」

 ブラウンシュヴァイク公は立ち上がると、フレーゲル男爵とアンスバッハ准将を伴い、大広間から去って行く。その間、他の者たちは静かにしていたが、三人の姿が消えるとざわつきが起こる。ブラウンシュヴァイク公の見解とは隔たりが大きい意見が、誰彼ともなく、怒濤の奔流となって広まり始めた。

「ブラウンシュヴァイク公はそれは激怒されるのかも知れぬが、正直言って我らとしては、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム公、どちらが皇帝を擁立し宰相として権力を持つことになろうが、構わぬのだがな。要は金髪の孺子を叩き潰し帝国に秩序を取り戻すことが目的であって、その為にはお二方のどちらが盟主であろうと良いのだから」

「しかし、正直リッテンハイム公が軍を割って出ていってしまわれた時は、一体どうなることかと思ったが、驚くようなことになったものだ。リッテンハイム公もなかなかやるものだな」

「いや、それはどちらかと言うと、タンネンベルク侯の方ではないだろうか。あの男、若いが軍事的才能は卓越していることは確かだ。彼なら、金髪の孺子を出し抜いて、オーディンを占領することくらいの芸当はやってのけるだろう。リッテンハイム公は、それに便乗しているだけではないのか」

「そこは違う。むしろ、タンネンベルク侯の方が、リッテンハイム公を上手く乗せているのではないだろうか?リッテンハイム公爵令嬢を皇帝に就け、公には宰相に就任してもらい、自分は軍の実権を握る。なんとも上手い方法だ。これでは、リッテンハイム公のタンネンベルク侯への信頼は揺るぎないものとなろう。確かにタンネンベルク家は帝国貴族としては重鎮ではあるが、候自身はまだ若いし、それに自らの力だけで立てられる皇帝候補を仰いではおらぬ。誰かの支持は必要であるのだから、タンネンベルク侯がリッテンハイム公を盟主として立てるのは、これも至極当然というもの。金髪の孺子とリヒテンラーデ公などよりは、余程強固な結びつきだ」

「しかし、確かにリッテンハイム公とタンネンベルク侯がオーディンを押さえ新たな皇帝陛下を擁したとはいえ、お二方の戦力はこちらの半分程度であろう。実戦力としては、あまりに少なく心許ない。それだけではなく、真っ先にブラウンシュヴァイク公を裏切って、あちらへ鞍替えするというのもいかがなものか。それではあまりにあざといような気がする。タンネンベルク侯爵の軍事的才能は驚くほどではあるが、今の戦力のままでは苦しいことに違いはないしな」

「だが、新皇帝にリッテンハイム公爵令嬢が即位したとなると、帝権の正統性はリッテンハイム公爵とタンネンベルク侯爵のお二人にあることになる。今のところは我らを『味方』として扱い、陣営への参加の呼びかけてくれているようだが、あまりにお二方を焦らした場合、逆賊の汚名を甘受せねばならぬようになるかも知れぬぞ。それはさすがに願い下げだ」

「ブラウンシュヴァイク公爵閣下が、意地を張るのをお止めになって下さればよいのだが。そうであれば、我らも困ることはなかろうに」


 結局、ガイエスブルグ組の貴族たちの本音は、「リッテンハイム陣営に靡きたいが、自分が先陣を切ってやるのは嫌だ。できれば、ブラウンシュヴァイク公自らにそうして貰いたい。しかしそれは難しいだろうから、しばらく様子を見て、今後の方針を決めるしかない」ということである。何のことはない、日和見気味の模様眺め、ということだ。しかし、「できれば新皇帝の陣営に付きたい。誰かが先陣を切ってくれないものか」という願望を、ブラウンシュヴァイク公やフレーゲル男爵などを除いて、ほとんどの貴族たちが持ったことは確かだった。




「それでは、ヴァルハラ星系外に居座っているミッターマイヤー艦隊と、公爵、いえ宰相閣下の艦隊を不遜にも追い掛けてきたキルヒアイス艦隊を、これから撃破して参ります。どうか吉報をお待ち下さい」

 タンネンベルク侯は戴冠式が終わるとリッテンハイム公にこれから出撃することを告げる。もちろん、リッテンハイム公としても異存はない。

「うむ、卿ならやってくれるということを信じている。金髪の孺子の子分どもに、新皇帝の武威をしっかりと見せつけてくるのだぞ」

 満面の笑みを浮かべながら、頼もしい味方を激励するリッテンハイム公爵である。タンネンベルク侯は笑顔で敬礼を返し、公爵の前から立ち去った。そして直ぐに宮殿を去り、宇宙港に向かいシャトルに乗り込む。

「全艦隊、出撃せよ!」

 連絡用シャトルに搭乗して小一時間で宇宙に上がり、「クラウゼヴィッツ」の艦橋に到達したタンネンベルク侯は、直ちに艦隊に進撃を命じる。すでに、シュタイナー少将、シュリーフェン准将、クライスト准将、エターリン大佐、カーレンベルク大佐の五名により、艦隊の再編成は完了していた。なお、今のところは正式に辞令が出ていないので、タンネンベルク侯の幕僚たちの階級は元のままである。タンネンベルク侯としては、この戦闘が終わったあと、彼らを昇進させるつもりだった。

「我が艦隊の忠勇なる将兵諸君、私は銀河帝国軍総司令官のエーリッヒ・フォン・タンネンベルク元帥である。今後の方針を伝えよう。我が艦隊は、これからヴァルハラ星系外に居座っている、賊軍艦隊を討伐するのだ。敵将はキルヒアイス・ミッターマイヤー両提督だが、恐れることはない。私の指揮を信頼して欲しい。なお、我が艦隊の編成は、各隊を一万ずつ五隊に分け、本隊一万は私の直率、最左翼隊はカーレンベルク大佐、左翼隊はシュタイナー少将、右翼隊はクライスト准将、最右翼隊はエターリン大佐となる。シュリーフェン准将には、私の旗艦『クラウゼヴィッツ』にて参謀長の役目を果たしてもらう。賊軍、キルヒアイス・ミッターマイヤー艦隊は、侮ってはならぬ強敵ではあるが、これを撃破することは決して不可能ではない。私、タンネンベルク元帥は、新皇帝サビーネ陛下のもと、我が艦隊の将兵の奮闘に期待すること大である!」

 タンネンベルク侯は、マイクを取ると全艦隊に放送した。それと同時に艦隊の将兵たちほぼ全員にどよめきが起こる。志気は極限まで高まっているようだ。何しろ、それまではほとんどリッテンハイム公の私兵のような存在だったものが、銀河帝国軍総司令官のもと、正統なる皇帝の軍としての地位を得たのである。自由惑星同盟のヤン提督のように、「国家」なるものを快く思っていない、人類社会全体から見て極少数派になるような「異端者」的な人間はともかく、そうでもない人間たちには、タンネンベルク侯の志気の鼓舞は効果があったということだろうか。



「敵艦隊、接近。約五万隻!」

 ヴァルハラ星系外で合流したミッターマイヤー艦隊とキルヒアイス艦隊。ミッターマイヤー艦隊が一万四千、キルヒアイス艦隊が二万四千で、合わせた兵力は四万に若干足らず三万八千程度である。これに対し、オーディンから出撃し、接近してきたタンネンベルク艦隊はほぼ五万。兵力的には明らかに劣勢であり、しかも軍事的能力が劣るリッテンハイム公爵が直率しているとでもいうのならともかく、タンネンベルク侯爵が相手では、あまりに不利と言えよう。しかし、今度の場合は、キルヒアイス提督もミッターマイヤー提督も、どうのこうのと考えている時間は、あまりなかったのである。いや、というより混乱の渦中に置かれてしまっていたのだ。結局、タンネンベルク侯の打った手があまりに素早かった為、どう対応していいのか困ってしまった、ということである。新皇帝即位の衝撃がまだ収まらない内に、まさかと思っていたオーディンからの敵艦隊出撃。矢継ぎ早の事態の展開に、ミッターマイヤーやキルヒアイスほどの男たちでも、状況に振り回されて冷静に事態を把握し、対処することが困難になってしまっていたのだ。

 それでも、さすがに練達の指揮官の二人だけに、敵艦隊が射程に接近するまでには、何とか麾下の艦隊に戦闘態勢を取らせることは済ませていた。しかし、そこに衝撃的な出来事が発生する。

「敵からの通信です!これは・・・・送信されてきた映像を表示します」

 キルヒアイスの「バルバロッサ」、ミッターマイヤーの「人狼(ベイオウルフ)」の艦橋のスクリーンに、同時に同じ映像が表示された。いずれも、何人もの兵士に取り囲まれ銃を突きつけられ床に座り込み、怯えたような顔で見上げているアンネローゼの姿である。

「アンネローゼさま・・・・」「グリューネワルト伯爵夫人・・・・」

 それだけを呟いて、青ざめた顔になるキルヒアイスとミッターマイヤーであった。二人ともそのまま、零下数十度にまで凍てついた氷の彫像のように、全く動けなくなってしまう。

「敵艦隊、射程距離に入りました!」

 索敵担当士官の悲鳴のような叫びと同時に、敵艦隊からビームとミサイルの雨が浴びせかけられる。キルヒアイス艦隊もミッターマイヤー艦隊もしたたかに撃ちすえられ、大損害を受けてしまった。しかし、司令官の命令がないのでまるで反撃できない。キルヒアイス麾下のルッツもワーレンも同じである。

「閣下、反撃を!」

 ベルゲングリューン准将が我に返り、キルヒアイス提督に進言する。しかし、キルヒアイスは固まったままわなわなと全身を震わせ唸り声をあげているだけで、何もできない。キルヒアイスにとってアンネローゼの存在は、あまりに大きすぎたのだ。しかも、ミッターマイヤーの報告で「タンネンベルク伯がグリューネワルト伯爵夫人の命を楯に取って脅迫してきた」と知っているだけに、尚更手が出ないのである。

「敵艦隊旗艦、『カール・フォン・クラウゼヴィッツ』のタンネンベルク侯爵を呼び出せ!」

 ミッターマイヤーはさすがにすぐ気を取り直すと、通信担当士官に命令してタンネンベルク侯への連絡を付けようとする。交信して相手の意図を探ろうとしたのだ。しかし、相手を呼びだしている間は反撃は何もできない。味方が大損害を受けているのをどうすることもできないまま、苛々しながら腕を組み足を踏みならし、「クラウゼヴィッツ」への連絡が付くのを待っていただけである。

「敵旗艦、『クラウゼヴィッツ』からの応答はありません!こちらの呼びかけは、意図的に無視されているようです!!」

 何度目かの呼び出しが無反応に終わったのを確認し、通信担当士官がミッターマイヤーに報告する。これでようやく、ミッターマイヤーも悟った。タンネンベルク侯は、先手を打つ為にアンネローゼの映像を使用したのだ、ということに。相手の目的は、キルヒアイス・ミッターマイヤー艦隊を怯ませておいて抵抗させず、その間に一気に叩き潰すことだ、ということに。

「糞(シャイセ)!タンネンベルク提督は、我々の手を縛っておいて先制攻撃を行う為、グリューネワルト伯爵夫人の映像を使ったのか!!心理的負荷を掛けることでこちらの抗戦意欲を削ぎ、一方的に攻撃する為に!!」

 タンネンベルク侯爵の卑怯な手段に、憤りを覚えるミッターマイヤーだが、いつまでもそうしている訳にもいかない。麾下の艦隊に反撃を命じ、応戦を開始させる。ミッターマイヤー艦隊の反撃を見て、ようやくキルヒアイス艦隊も順次砲撃を開始していった。しかし、それまでの間にも、一方的に撃ちまくられた味方艦隊は、かなりの損害を出してしまっている。

「キルヒアイス提督に通信を繋げ!」

 ミッターマイヤーの命令で、直ぐにキルヒアイスとの通信回線がつながった。FTLの画面に出たキルヒアイスは、沈痛な面もちで、まるで生気がないように見える。紙のような蒼白な顔をしていた。

「キルヒアイス提督、このままでは一方的にやられるだけで惨敗は必至。小官が麾下艦隊の機動力を生かして迂回攻撃を掛け、側背から敵に打撃を与えますから、その間に本隊をまとめて撤退させて下さい。『疾風ウォルフ』の真骨頂を、奴らに見せてやります」

 それを聞いて、キルヒアイスは力無く頷いた。

「解りましたミッターマイヤー提督。貴官の作戦案を採ることにしましょう。あまり無理はされないようにお願いします」

 もともと少ない数で、しかも敵の一方的な先制攻撃を許してしまった現状では、再逆転して勝利を得るのはほとんど不可能と言ってもよい。こうなっては、いかに戦線を縮小して、少しでも多くの麾下兵力を離脱させるかが司令官の腕の見せ所だ。

 間もなく、ミッターマイヤーは残存麾下兵力一万二千をまとめ、右翼方向に進路を取り、旋回しながら急進を開始した。キルヒアイスは残存兵力二万一千をまとめ、相互支援を密にし防御陣型を取り始めた。僅かの時間で、両艦隊合わせて五千からの兵力を失っていたが、ミッターマイヤーの兵力が限定的な反撃を行い、タンネンベルク艦隊の左翼を一時的に突き崩したところで、全体を撤退させるつもりである。



「ふふん、そう来たか。無駄なあがき、と言いたいところだが捨て置く訳にも行かぬ。もちろん、対処は用意してあるぞ、ミッターマイヤー提督」

 タンネンベルク侯は楽しそうに呟いていた。ミッターマイヤー艦隊の動きを見て、即座にその狙いを察知したのである。そして、通信担当士官に命じた。

「最左翼部隊、カーレンベルク大佐を呼び出すのだ!」

 タンネンベルク侯が命じると、待機していたかの如く直ぐにFTLの画面にカーレンベルク大佐が姿を現した。

「カーレンベルク大佐、卿は麾下部隊を率いて、左翼から迂回してくるミッターマイヤー提督の部隊を迎撃せよ。そのままでは兵力は若干不利だが、直ぐにシュタイナー少将の部隊を増援に送るので、しばらく支えておけばよい」

「はっ!諒解しました。直ちにミッターマイヤー艦隊の迎撃に向かいます」

 カーレンベルクは命令を受け取ると、旗艦「ヴァルター・ネーリング」の艦橋で声を張り上げた。

「麾下全艦隊、左回頭全速前進!左翼から迂回してくる、敵艦隊を迎撃するぞ!」

 その号令とともに、カーレンベルク隊一万は、左翼に回頭すると進発した。今までは一方的に攻撃していただけだったので、カーレンベルクの麾下兵力は、ほとんど減じていない。カーレンベルクとしては増援などなくとも、ミッターマイヤー艦隊を撃破してしまうつもりである。

 しかし、タンネンベルク侯は、カーレンベルクの勇猛だけに全てを任せるつもりはない。続いて「ダンツィヒ」艦上のシュタイナー少将を呼び出した。

「シュタイナー少将、卿は頃合いを見て、左翼に迂回しカーレンベルク大佐とともにミッターマイヤー艦隊を叩き潰せ。カーレンベルク隊だけでも相当やるとは思うが、卿の麾下部隊がそれに参加すれば、兵力差は倍近くに開く。圧倒的な戦勢となろう。更に、そのまま敗走する敵に付け入って、敵の本隊までを突き崩してしまうのだ。この任務は、卿の高速艦隊にはうってつけだろう」

「諒解しました。タイミングをよく見て、カーレンベルク隊の援護に駆けつけるとしましょう。前方の敵との交戦は、本隊に任せてよろしいですな?」

 タンネンベルク侯が無言で頷くと、シュタイナー少将は敬礼し画面から消えた。

「閣下、右翼のクライスト隊とエターリン隊には、特に指示をお出しにはなられないのですか?」

 今回は参謀長を務めているシュリーフェン准将が、タンネンベルク侯に話しかけてくる。

「いや、今のところは必要ない。差し当たって二人には、現状のまま戦闘を継続してもらえばよいのでな。敵のキルヒアイス艦隊は二万強、こちらは三隊で三万だ。例の手で先手も取っているし、普通にやれば負けはしない。むしろそれより、左翼方面の戦闘が焦点だろう」

「確かにそうですな。左翼部隊が敵を押し込めれば、そのまま敵の右翼に突っ込んで敵本隊の陣型も壊乱させることができます。しかし、シュタイナー閣下の部隊の投入タイミングは、なるべく早い方が良いのではありませぬか?カーレンベルク大佐は確かに勇猛ではありますが、相手がミッターマイヤー提督では楽ではありませぬし、兵力が若干でも少ないのでは、苦戦は必至と心得ますが」

「なに、シュタイナー少将のことだ。その程度の事は先刻承知であろう。一々細かに指示せずとも、上手くやってくれると思うぞ」

 タンネンベルク侯は、シュタイナー少将への信頼を口にする。候の方針としては、麾下の提督たちに考えさせながら戦わせる、ということであった。総司令官の命令を唯々諾々と実行するだけの部下が必要なのではない。自分で戦術をデザインし、ちゃんと実行する「考える」能力のある部下が必要なのだ。それに、シュタイナー少将はタンネンベルク閥の中でも、もっとも優れた部類の軍人である。軍歴もタンネンベルク侯より遙かに長いのだ。

「シュタイナー隊、移動を開始しました!」

 そう時間が経たない内に、「クラウゼヴィッツ」の艦橋にレーダー士官の報告がこだました。カーレンベルク隊とミッターマイヤー隊の距離が詰まり、間もなく交戦距離になるような状況になってからのことである。

「シュタイナー隊、全速で急進して行きます!」

 艦隊の陣型を表示している戦況スクリーン上では、シュタイナー隊が左翼方向に急速に移動し、カーレンベルク隊に続行してゆく模様が目に入る。

「よろしい。本隊、クライスト隊、エターリン隊はこのまま敵本隊との交戦を継続する。左翼部隊が敵の側背から攻撃を開始して、敵が崩れた時に一気に攻勢に転ずるのだ」

 タンネンベルク侯は笑みを浮かべて命じると、クライスト准将とエターリン大佐に指示を伝達させた。先ほどは敢えて右翼部隊には指示は出さなかったのだが、シュタイナー隊移動開始で戦況が変化した為、一応指示を伝達し念を押しておいたのである。



「敵艦隊より、一部の戦力がこちらへ向かってきます!数、およそ一万!!」

 ミッターマイヤーの旗艦「人狼(ベイオウルフ)」に、敵の一部が分離し、こちらへ向かってくる、との報が入る。

「ん、一万でこちらを迎撃するというのか?タンネンベルク侯爵ともあろうものが、こちらを甘く見ているのか・・・・・」

 ミッターマイヤーはしばし熟考する。一万程度の相手なら、強引に密集隊形で中央突破を仕掛けて蹴散らし、敵右翼に殺到しても良いところだ。しかし、タンネンベルク侯ともあろうものが、そう簡単にこちらの思い通りの戦術展開を許すものだろうか?

「よし、陣型を密集隊形に変更する。敵の中央を突破するぞ!」

 一抹の不安はあるにせよ、せっかくの機会である。ミッターマイヤーとしては、艦隊を急進させて迎撃に出てきた敵の中央を突破し、敵本隊に迫る戦術を採ることとした。何しろ、早いところタンネンベルク侯の本隊に打撃を与え、一時的にでも相手を怯ませねばならないのだ。迎撃に出てきた敵の一部に、いつまでも関わり合いになってはいられない。ミッターマイヤーには、時間の余裕があまり与えられていないのである。

 ミッターマイヤー艦隊は、艦と艦の距離を詰め、密集隊形をとり陣型を三角形に変更しつつ、カーレンベルク隊に接近していった。間もなく、交戦距離に到達する、と思ったその時である。

「新たなる敵部隊、こちらに接近中!最初の敵と同規模!!」

 索敵担当士官の、悲鳴のような叫びがあがった。戦況スクリーン上に、新たなる敵一万が急速に接近してくる姿が目に映る。

「提督、これは・・・!!」

 バイエルライン少将が息を飲む。後から現れた敵部隊は、高速で先行部隊に追いつくと、横に並ぶような位置に占位した。そして敵の両隊は、左右対称の斜型陣を取りつつ、三角形に布陣したミッターマイヤー艦隊を、両側から挟み込むような陣型に移行している。これでは、ミッターマイヤーがこのまま無理に中央を突破しようとした場合は、両側の敵から集中砲火を浴び、壊滅的な損害を受けてしまうだろう。しかし、今更戦術を変更し、更に迂回して側方から攻撃したりできるものではない。敵の移動速度があまりに速すぎたのだ。

「しまった!!後から現れた敵部隊は、キルヒアイス提督の艦隊を翻弄したという高速部隊だ。確かタンネンベルク侯の右腕という、シュタイナー少将が指揮官だったか。話には聞いていたものの、ここまで速いとは思わなかった。俺としたことが、とんだ手抜かりだな。百聞は一見にしかずとは、よくもまあ言ったものだ」

 ミッターマイヤーは舌打ちすると中央突破戦術を中止し、艦隊に後退を命じた。更に陣型を変更して、防御戦に移るつもりだったが、シュタイナーとカーレンベルクはそれを許さない。

「撃て!」
「撃て!」

 射程に達したところで二人の指揮官が同時に命令を発すると、両隊は砲撃を開始した。両側からの敵に攻撃されたミッターマイヤー艦隊は、集中砲火を浴びせられ、命中弾を喰らった艦艇が連続的に爆発する。左右両側の敵のどちらに向いても、一方には無防備な面を晒してしまう状態なので、圧倒的に不利な状況だ。しかも、密集隊形をしいているので、陣型の中の方の艦はあまり戦闘に参加できないし、艦と艦の間が詰まっているので、回避もろくにできはしない。

「全艦隊、応戦しつつ後退せよ!後退して散開し、陣型を再編するのだ!!」

 ミッターマイヤーは必死になって艦隊を後退させ、陣型の再編を図ろうとする。しかし、シュタイナーとカーレンベルクは距離を開けさせず、全速で追撃してきた。三角形状に布陣する中央の敵を、斜めに構えた両隊が、両側から挟み込むように攻撃している。両サイドから一度に攻撃された相手は、左右の両方の敵に同時に対処せねばならず、応戦も困難な状態に陥ってしまうのだ。旧地球世紀、英海軍のネルソン提督がフランス艦隊を破ったアブキール海戦のような戦いに持ち込むことができたのだから、シュタイナーとカーレンベルク側は、その有利を手放しなどはしなかった。

 しかしそれでも、時間が経つにつれ、ミッターマイヤー艦隊の陣型は密集隊形から分散隊形に移行し、防御用の球形陣に再編されていった。甚大な犠牲を出しつつではあったのだが、ようやく密集隊形のまま狭い空間に折り重なって、一方的に両側から攻撃される愚からは逃れることができたのである。

「よろしい。今度はこちらが機動力を発揮させてもらうとしようか。これから、我が隊は中央突破を掛ける!」

「ダンツィヒ」の艦橋でシュタイナーは力強く告げると、艦隊を集結させつつ急進を命じた。カーレンベルクはすかさずその後方に付き、シュタイナーの突入の援護に回っている。今までの戦闘で、ミッターマイヤー艦隊は五千を失い、残存戦力は七千程度になってしまっていた。そこで若干減じたとはいえ、一万近くの艦隊が突入して来たのでは、支える方が無理というものだ。しかも、背後に敵の突入を援護する同数の戦力があり、味方艦隊の陣型は分散されてしまっている状態である。シュタイナー隊が高速で突入を開始すると、ミッターマイヤー艦隊はあっという間に分断され、四分五裂の状態になってしまった。戦術も何もなく、艦隊の陣型は一瞬で木っ端微塵になり、キルヒアイス艦隊目がけて潰走する艦が続出する。シュタイナー隊はそれを適当に攻撃しつつ、一緒になってキルヒアイス艦隊を目指していた。このまま敵の潰走に付け入り、横合いから敵本隊に突っかけるつもりである。



「何たるざまだ!!全く信じられん。俺ともあろうものが、ここまでの惨敗を喫するとは・・・・・」

 ミッターマイヤーは、シュタイナーとカーレンベルクに、完全に手玉に取られてしまっていた。すでに麾下の艦隊は潰走状態にあり、旗艦「人狼(ベイオウルフ)」周辺にいた艦艇百隻ほどをまとめて、戦場を離脱するのが精一杯という状況である。ミッターマイヤー艦隊所属の残存艦はそれなりには残ってはいるものの、すでに統制は全く取れていない。初めはちょっとした判断ミスに過ぎないことから、結局は艦隊の壊滅まで招いてしまう。艦隊戦闘は、時にはこのような恐ろしい結果を生むものだ、ということはミッターマイヤーほどの将帥なら当然熟知していることではあるが、だからといってこの惨状が避けられた訳ではなかった。戦力的にはまだ半分近く残ってはいるものの、潰走状態になってしまっては、もはやその数は何の役にも立たない。むしろ、キルヒアイス艦隊に向けて無秩序に逃げる艦が多い状況では、健在な味方の妨害にしかならないのだ。ミッターマイヤーは歯がみしつつ、何とか逃れた味方艦をかき集め、戦場から離脱するだけであった。やはり、劣勢の上に先制されたのでは、あまりに情勢が不利だった、ということであろう。それに敵の戦術、すなわちシュタイナー隊の速さを読めなかったことが、ミッターマイヤーの敗因である。

「右翼より敵艦隊接近!敵は、逃げてくる味方と一緒になって進撃してきます!」

 キルヒアイス艦隊右翼部隊の指揮を執っているワーレンの旗艦「火竜(サラマンドル)」の艦橋に、索敵担当士官の驚愕したような声の報告が響く。逃げる味方と一緒になって敵が進撃してくる、など最悪の事態であった。いかにワーレンと雖も、このような事態に有効な対処ができる訳はない。

 ミッターマイヤー艦隊の残存艦を蹴散らしつつ進撃したシュタイナー隊は、キルヒアイス艦隊の右翼側面に取り付くと、猛然と砲火を浴びせかけた。正面の三万の敵に対処するだけでも精一杯だったところに、更に右翼から別の敵約一万に攻撃されたのでは、持ちこたえられる訳もない。しかも、敵艦隊は逃げるミッターマイヤー艦隊の残存艦と一緒になって接近してきたのである。これでは、キルヒアイス艦隊の側から、攻撃する訳にはいかない。味方を巻き添えにしてしまうからだ。冷酷無情な司令官ならば、そのような場合でも平然と味方を犠牲にするかも知れないが、キルヒアイスの性格ではそれは困難、いや初めから無理な話である。結局、キルヒアイス艦隊の右翼は次々と突き崩され、壊滅状態になっていった。ワーレンほどの将帥だろうと誰だろうと、支えられる訳はない。シュタイナー隊だけではなく、更にカーレンベルク隊にまで接近され攻撃され、無秩序に逃げてきた味方艦が、艦隊の陣型を混乱の渦に陥らせているに至っては、もはやどうしようもなかった。

「全艦隊、後退します!各隊ごとに分散し、相互支援を行いながら戦場から離脱して下さい!!」

 さすがのキルヒアイスもミッターマイヤー艦隊が雲散霧消に近い状態になり、更に右翼から破滅的な危機が迫っている状況となっては、これ以上交戦を継続しようとは思わなかった。すでにキルヒアイス・ミッターマイヤー両艦隊合わせて一万近い損害を出しており、更に戦ったところで、損害が増すばかりなのは目に見えているところだ。ミッターマイヤーが側背から逆襲して敵を怯ませ、その隙に撤退するという作戦が失敗した以上、損害は覚悟した上で散開して退却する方針を採るしかない。それで運のいい者は逃げられるだろう。

 キルヒアイスの命令で、艦隊は小部隊に分かれ、順序だって後退を開始した。キルヒアイスの「バルバロッサ」は最後まで戦場に残り、味方の撤退を支援しようとする。

「あの不利な状況からでもよく戦い、よく守り、最後まで指揮官先頭を貫く、か。キルヒアイス提督、若いがさすがにローエングラム侯の片腕と言われる男だけのことはある。もちろん、深追いする訳には行かぬが、だからと言って思い通りに逃げさせはせぬぞ。ローエングラム侯軍との戦力差を、少しでも埋める好機だからな」

 タンネンベルク侯は、直属の本隊のみならず、クライスト隊、エターリン隊にも前進しての追撃を命じた。退却する敵を追い、少しでも損害を与えておくのだ。ラインハルト軍とは倍の戦力差がある状況で、その敵の一部とはいえ大損害を与える機会が訪れたのである。ここは厳しく追撃し、少しでも戦果を拡大すべきであった。

「全艦、全速前進!滅多とない好機だ。一隻でも多くの敵を叩くぞ!」

 エターリン大佐はそう命じるとともに、旗艦「ドレスデン」を前進させた。クライスト准将も同じく旗艦「ヘルマン・ホート」艦上から味方にけしかけるように指示を出し、艦を前進させる。撤退するキルヒアイス艦隊を半包囲するような布陣で、タンネンベルク艦隊の五隊は攻撃を続行し、敵を叩きのめした。もはや、キルヒアイス艦隊は殲滅される前に、どのくらいの味方を逃がすか、という状況でしかない。この会戦の戦勢は、遂に一方的殺戮と言える段階になってしまったのである。



「このまま負けて逃げる訳には行かない。全艦反転、敵の後背に襲いかかるぞ!」

 戦場からいち早く離脱したミッターマイヤーは、脱出してきた味方艦がある程度の数にまとまったのを見て、再度の逆襲を行うことを決断した。現在、ミッターマイヤーの手元には、三千隻の艦艇がある。戦場を離脱した時は百隻あまりだったのだが、戦闘宙域外に達したところで、バラバラになって逃げ出してきた味方艦をかき集め、何とかまとまった戦力を確保したのだ。潰走した味方を短時間でかき集めて再編し、戦力化したところはミッターマイヤーの将帥としての非凡さを顕わしていると言えよう。

 最初に比べれば五分の一程度にまで落ち込んでしまっていたが、それでも三千隻というのはそれなりの戦力である。しかも、タンネンベルク艦隊は全軍が前進し、キルヒアイス艦隊への攻撃に熱中しているので、後背への備えはまるでない。好機であることは間違いなかった。

「いいか、後方から敵の中央に集中砲火を加え、そのまま突破する。一撃だけだが、タンネンベルク侯爵の度肝を抜いてやるのだ!」

 もちろん、ミッターマイヤーはいかに後背から襲いかかろうとも、たった三千隻では五万隻近くのタンネンベルク艦隊に勝敗を逆転させるような大きな損害を与えることができないことは承知していた。タンネンベルク侯爵にせめて一矢報い、キルヒアイス艦隊の退却を支援することだけが目的である。
 ミッターマイヤー艦隊残存部隊は、高速でタンネンベルク艦隊中央の真後ろに回り込み、射程距離に達すると、突入口を作る為に一点集中砲火を浴びせた。更に撃ちまくりながら、隊列が崩れた敵艦隊の真っ直中に突入する。



「敵、後方から突入してきます。数、およそ三千!」

「なんだと!!」

 さすがのタンネンベルク侯も、後方から突入してくる敵の存在には驚いていた。よもや、潰走したはずのミッターマイヤー艦隊が、再度逆襲してくるなどとは思いもよらなかったからである。完全に意表を突かれた攻撃だったのだ。

「敵艦隊、本隊中央部後方を蹂躙中!」

「クラウゼヴィッツ」の戦況スクリーンにも、味方艦隊中央後方から、楔のように撃ち込まれた敵の図が表示された。その楔は前進し、味方陣型内に突き進みつつある。

「これは油断していたな。ミッターマイヤー提督が脱出艦を集めて再戦力化し、後方に回り込み逆襲してきたのだ。こんなに早く戦力を再編し、攻撃してくることができるとは思わなかった。さすがは『疾風ウォルフ』と言うべきところか」

 タンネンベルク侯は、素直にミッターマイヤー提督への賞賛を口にする。もっともこの余裕は、すでに勝利自体が動かないところから来ているものではあった。

「閣下、この場は、前方の敵への追撃を中止し両側に退いて艦隊中央に通路を開け、後背からの敵を通過させた方がよろしいかと存じますが。すでに我が艦隊の勝利は確定しておりますし、戦果は十分と言えるでしょう。止めを刺せないのは残念ですが、これ以上戦闘を継続した場合は損害が増えるので、得策ではないと心得ます。何しろ、今回の目的は、一戦して敵を叩き潰し、新皇帝陛下の武威を示すことですからな」

 シュリーフェン准将が意見を述べる。参謀長としては、適切な助言だった。

「確かに、少数の敵ではあるが、後背から攻撃されたのでは対処のしようがない。卿の言う通りだな。全艦隊、前方の敵への追撃は中止。艦隊中央部にいる艦は、左右に分かれよ。通路を作って、敵艦隊を通過させてやるのだ。これ以上の交戦は無用である」

 あと一歩のところで、キルヒアイスの旗艦「バルバロッサ」を含む集団を捕獲または撃破する、というところまで相手を追い詰めていたタンネンベルク侯であったが、シュリーフェンの提案を採用し、これ以上の戦闘継続を断念、後方からの敵艦隊の通過も許すこととした。すでに大戦果をあげており、宣伝効果としてはこれで十分なので、窮鼠の反撃に付き合って無駄な損害を出すことを嫌ったが為である。

 直きにタンネンベルク侯の旗艦「カール・フォン・クラウゼヴィッツ」も右横に移動を開始した。艦隊中央部の通路は、タンネンベルク艦隊が大して損害を出さない内に、短時間で形成されたのである。



「敵艦隊、左右に分かれました。中央部ががら空きになって行きます!」

「よろしい。このまま前進しキルヒアイス艦隊と合流、戦場から撤退する」

「人狼(ベイオウルフ)」の艦橋で報告を受け、窓外の戦況も把握したミッターマイヤーは頷くと、そのまま全速前進を命じた。ミッターマイヤーは、タンネンベルク侯の思惑が「無駄な犠牲を嫌った」であろうことを、当然の如く読み取っている。それならばその思惑に乗り、残存艦隊を無事に撤退させる方が、更に敵に食い付いて無理な攻撃を仕掛け、結果的に全滅してしまうよりは遙かにましと言うものだ。ここで、タンネンベルク侯とミッターマイヤーの思惑は一致した訳である。

 間もなく、ミッターマイヤー艦隊残存部隊三千は、敵艦隊中央に形成された通路を通過すると、更に前進してキルヒアイス艦隊残存部隊と合流を果たした。そのまま一緒になって、戦場からの撤退を開始する。すでにタンネンベルク艦隊も離れつつあり、戦闘は完全に終結していた。



「ミッターマイヤー提督、ご無事でしたか」

 キルヒアイスは、ミッターマイヤーの「人狼(ベイオウルフ)」が「バルバロッサ」の隣に並んできたところで、FTLの回線を繋ぎ、画面の中のミッターマイヤーに話しかけた。

「はっ、小官は無事ですが、しかし今回はいささかやられましたな・・・・・」

 沈痛な面持ちになるミッターマイヤー提督である。最後の最後で「疾風ウォルフ」の真価を発揮し一矢報いたとはいうものの、戦闘自体は完敗というべき結果であった。

「それは致し方ありません。タンネンベルク侯爵に、あのような卑劣な方法を取られたのでは、やむを得ない敗戦でしょう、今回は」

 珍しく憤りを込め熱の入ったキルヒアイスの言葉である。アンネローゼの命を楯に取った、タンネンベルク侯のやりように、キルヒアイスが好意など持つはずもなかった。

「全く、卑怯千万としか言いようがありませぬ。これでは手足を縛られて戦うことを強制されたようなもの。いかに兵力差があったとはいえ、本来ならこのような惨敗を喫することはない、と小官も確信します」

 ミッターマイヤーとしても、当然タンネンベルク侯のやりようには、憤りを憶えていた。か弱き女を人質に取るばかりでなく、「男と男の勝負」であるべき艦隊戦闘においてまでそれを脅迫に利用するなど、一本気なミッターマイヤーの性格では、到底許せるものではなかった。

「タンネンベルク侯爵に言いたい事は、お互い山ほどあるとは思いますが、そうも言っていられないでしょう。艦隊はこのまま星系3つ分ほど後退させオーディンの敵との距離を取り、ラインハルトさま、いやローエングラム侯に事態をご報告しなければ。その上でのご指示を仰ぎましょう」

 敬礼したミッターマイヤーの姿がスクリーンから消えると、キルヒアイスはため息をついた。タンネンベルク侯があまりに卑怯な戦法を採ってきたとは言うものの、味方が大損害を受けたことには変わりがない。結局「ヴァルハラ星系外縁部会戦」と名付けられたこの戦いで、キルヒアイス・ミッターマイヤー両艦隊は合わせて一万三千隻余りを失い、三千隻ほどを拿捕されてしまっていた。それに対しタンネンベルク艦隊に与えた損害は、最後のミッターマイヤーの攻撃を入れても三千隻程度である。キルヒアイスはこの他に、キフォイザー星域でシュタイナーに四千隻の損害を与えられているので、合計で損害は一万七千。しかもその計算には損傷艦は入っておらず、拿捕された艦はそっくりそのまま敵に組み込まれる可能性が高いので、実質のところ敵はほとんど損害なしで、ローエングラム軍に二万の損害を与えた、と見てもよいところだ。全く以て、惨敗という以外に表現のしようがない。その事を考えると、キルヒアイスとしては憂鬱にならざるを得ない訳である。しかも、アンネローゼが捕らえられたままでは、その未来もどうしようもないほど暗かった。残存二万二千の艦隊はそれなりの規模ではあるのだが、惨敗を喫した後でもあり、その足取りは重く、ゆっくりとしたものである。















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